説明

低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】磁気特性の優れた一方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】析出物を完全固溶させるべく成分調整し、かつ、スラブを1350℃以下の温度で加熱し、脱炭焼鈍工程で窒化してインヒビターを形成する一方向性電磁鋼板の製造方法において、熱間圧延における仕上圧延時、及び、コイル巻取りまでの板温も低く抑えることで、再結晶及び粒成長を抑制し、引き続き、熱延板焼鈍を施す際に、急速加熱することにより、効果的に再結晶の微細化を図る。これにより、冷延後の一次再結晶集合組織において、素材粒界近傍から発生する{111}<112>方位が増え、その結果、{110}<001>方位二次再結晶の集積度が上がり、磁気特性の優れた一方向性電磁鋼板を製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延板焼鈍工程の条件改善によって、優れた磁気特性を有する、トランスの鉄心等に利用される一方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一方向性電磁鋼板は、トランス等の電気機器の鉄心材料として使用されており、磁気特性として、励磁特性と鉄損特性が良好でなくてはならない。しかも、近年、特に環境問題からエネルギーロスの少ない低鉄損素材への市場要求が強まっている。磁束密度の高い鋼板は、鉄損が低く、また、鉄心が小さくできるので、極めて重要な開発目標である。
【0003】
この高い磁束密度を有する一方向性電磁鋼板は、適切な冷延と焼鈍とにより、熱延板から最終板厚にした鋼板を仕上焼鈍して、通称、ゴス方位と呼ばれる{110}<001>方位を有する一次再結晶粒を選択成長させる、いわゆる、二次再結晶によって得られる。
【0004】
この二次再結晶は、鋼板中に、インヒビターとよばれる微細な析出物、例えば、MnS、AlN、MnSe、Cu2S、BN、(Al、Si)N等が存在すること、又は、Sn、Sb等の粒界偏析型の元素が存在することによって達成される。
【0005】
この二次再結晶を制御するための一つの方法として、微細析出物を、熱間圧延前のスラブ加熱時に完全固溶させ、その後に、熱間圧延及びその後の焼鈍工程で微細析出させる方法が、工業的に実施されている。しかし、この方法では、析出物を完全固溶させるために、1350℃ないし1400℃以上の高温で、スラブを加熱する必要がある。
【0006】
この温度は、普通鋼のスラブ加熱温度に比べて約200℃高く、そのための専用の加熱炉が必要であり、また、溶融スケール量が多いことや、線状の二次再結晶不良が発生し易いため連続鋳造スラブの使用が困難という問題を含んでいる。
【0007】
そこで、上述の問題を回避するために、1350℃以下の低温でスラブを加熱して、方向性電磁鋼板を製造する方法について研究開発が進められた。低温スラブ加熱による製造方法として、例えば、小松らは、窒化処理により形成した(Al、Si)Nをインヒビターとして用いる方法を、特許文献1で開示している。また、小林らは、その際の窒化処理の方法として、脱炭焼鈍後にストリップ状で窒化する方法を、特許文献2で開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭62−045285号公報
【特許文献2】特開平02−077525号公報
【特許文献3】特開昭62−040315号公報
【特許文献4】特開平02−274812号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方向性電磁鋼板の磁気特性をより優れたものにする一方法として、{110}<001>ゴス方位二次再結晶の集積度を上げるため、一次再結晶集合組織において、ゴス方位に蚕食され易い{111}<112>方位等の面強度を高める方法が知られている。
【0010】
例えば、熱間圧延における仕上圧延の最終3パスの累積圧下率や、最終パスの圧下率を高めることにより、歪の蓄積を促進し、その後、自らの熱エネルギーを利用して、極力、再結晶させ、結晶微細化を図ることで、冷間圧延後の一次再結晶で、{111}<112>方位等の面強度を高める製造方法が、特許文献4等に開示されている。
【0011】
しかし、この方法では、熱延後の自らの熱エネルギーを利用して再結晶を図るので、スラブ加熱時のスキッド上と、スキッドとの間における温度差や、鋼板の幅方向の温度差等により、再結晶集合組織及び/又は磁気特性のバラツキが生じ易いという問題がある。
【0012】
このため、本発明は、優れた磁気特性を有する一方向性電磁鋼板を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下の特徴を有するものである。
【0014】
(1)本発明は、まず、質量%で、Si:0.8〜7%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.01〜0.065%、N:0.0075%以下、Mn:0.02〜0.20%、Seq.=S+0.406×Se:0.003〜0.05%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる珪素鋼スラブを、下記式で表す温度T1、T2、及び、T3(℃)のいずれの温度以上、1350℃以下で、かつ、T1〜T4が1350℃以下となる温度で加熱し、その後、熱間圧延し、得られた熱延板を焼鈍し、一回の冷間圧延又は焼鈍を介する複数の冷間圧延を施して最終板厚の鋼板とし、その鋼板を脱炭焼鈍した後、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍を施すとともに、脱炭焼鈍から仕上焼鈍の二次再結晶開始までの間に、鋼板の窒素量を増加させる処理を施すことよりなる一方向性電磁鋼板の製造方法において、熱間圧延における仕上圧延時の終了温度を950℃以下とし、かつ、圧延終了後2秒以内に冷却速度10℃/sec以上の急冷を開始して、巻取温度700℃以下で巻き取り、引き続き、熱延板焼鈍を施す際に、板温800〜1000℃の間の昇温速度を5℃/sec以上とすることを特徴とする。
【0015】
T1=10062/(2.72−log([Al]×[N]))−273
T2=14855/(6.82−log([Mn]×[S]))−273
T3=10733/(4.08−log([Mn]×[Se]))−273
T4=43091/(25.09−log([Cu]×[Cu]×[S]))−273
ここで、[Al]、[N]、[Mn]、[S]、[Se]、及び、[Cu]は、それぞれ、酸可溶性Al、N、Mn、S、Se、及び、Cuの含有量(質量%)である。
【0016】
(2)本発明は、前記(1)の発明において、熱間圧延における仕上圧延の累積圧下率が93%以上であることを特徴とする。
【0017】
(3)本発明は、前記(1)、又は、(2)の発明において、熱間圧延における仕上圧延の最終3パスの累積圧下率が40%以上であることを特徴とする。
【0018】
(4)本発明は、前記(1)、(2)、又は、(3)の発明において、前記珪素鋼スラブが、質量%で、Cu:0.01〜0.30%含有することを特徴とする。
【0019】
(5)本発明は、前記(1)、(2)、(3)、又は、(4)の発明において、前記珪素鋼スラブが、質量%で、Cr:0.3%以下、P:0.5%以下、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下、Ni:1%以下、及び、Bi:0.01%以下の1種又は2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、二次再結晶制御のための主たるインヒビターを脱炭焼鈍工程以降の窒化処理により形成する低温スラブ加熱方式であるので、二次再結晶を制御するインヒビターへの影響を及ぼすことなく、仕上げ圧延時の板温を容易に低く抑えることができ、さらに、熱間圧延でのコイル巻取りまでの板温も急速に低く抑えることで再結晶及び粒成長を抑制し、続く、熱延板焼鈍を施す際に急速加熱することにより、鋼板の長さ及び幅方向とも、均一かつ効果的に再結晶の微細化を図ることができる。
【0021】
これらのことにより、一次再結晶集合組織が改善されて、{110}<001>方位二次再結晶の集積度が上がり、コイル内で磁気特性が均一でかつ優れた方向性電磁鋼板をより容易に製造することができる。
【0022】
さらに、本発明では、熱間圧延における仕上圧延の累積圧下率の制御をより厳格に行うことにより、一次再結晶集合組織がさらに改善されて、二次再結晶をより安定的に行い、一層の磁気特性向上効果を得ることができる。
【0023】
さらに、本発明では、熱間圧延での仕上圧延における後段パスの圧下率をより高めることにより、一次再結晶集合組織がさらに改善されて、二次再結晶をより安定的に行い、一層の磁気特性向上効果を得ることができる。
【0024】
さらに、本発明によれば、添加元素に応じて磁気特性を改良した一方向性電磁鋼板を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】熱間圧延における仕上げ圧延時の終了温度の条件と磁束密度B8の関係を示す図である。
【図2】熱延板焼鈍の昇温速度の条件と磁束密度B8を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、AlNを二次再結晶の主なインヒビターとする一方向性電磁鋼板の製造方法において、1350℃以下の低温でスラブを加熱することが前提である。即ち、本発明は、熱間圧延前の低温スラブ加熱において、インヒビターを完全に固溶させ、かつ、後工程の窒化により、インヒビターの補強を行うものであり、例えば、特許文献3で開示されている、二次再結晶に必要なインヒビターを、脱炭焼鈍(一次再結晶)完了以降から、仕上げ焼鈍における二次再結晶発現以前までに造り込む技術を利用するものである。
【0027】
1350℃以下の低温スラブ加熱を前提とする製造方法においては、二次再結晶を制御するインヒビターに影響を及ぼすことなく、仕上げ圧延時の板温を低く抑えることができる。本発明者らは、このことを活用し、さらに、熱間圧延でのコイル巻取りまでの板温も低く抑えることで、再結晶・粒成長を抑制し、続いて、熱延板焼鈍を施す際に急速加熱することにより、効果的に、再結晶粒の微細化を図ることができる。
【0028】
この現象の解明は充分なされているわけではないが、熱間圧延時の加工歪蓄積を増大し、保持した後、この熱延板を急速加熱することにより、再結晶粒の微細化が促進されるものと推定される。
【0029】
この方法によれば、冷延後の一次再結晶集合組織において、素材粒界近傍から発生する{111}<112>方位を増やすことができ、その結果、{110}<001>方位二次再結晶の集積度が上がり、効果的に、磁気特性の優れた一方向性電磁鋼板を製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0030】
次に、本発明で用いる珪素鋼素材の成分組成を限定する理由について説明する。以下、%は、質量%を意味する。
【0031】
本発明は、少なくとも、Si:0.8〜7%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.01〜0.065%、N:0.0075%以下、Mn:0.02〜0.20%、Seq.=S+0.406×Se:0.003〜0.05%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成、又は、この成分組成に、さらに、Cu:0.01〜0.30%、Cr:0.3%以下、P:0.5%以下、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下、Ni:1%以下、及び、Bi:0.01%以下の1種又は2種以上を含有させた成分組成を基本とし、必要に応じて、他の成分を含有する方向性電磁鋼板用の珪素鋼スラブを素材として用いる。成分組成の限定理由は次の通りである。
【0032】
Siは、添加量を多くすると電気抵抗が高くなり、鉄損特性が改善される。しかし、7%を超えると、冷延が極めて困難となり、圧延時に、鋼板が割れてしまうので、7%以下とする。より工業生産に適するのは4.8%以下である。一方、0.8%より少ないと、仕上焼鈍時にγ変態が生じ、鋼板の結晶方位が損なわれてしまうので、0.8%以上とする。好ましくは、2.8〜4.0%である。
【0033】
Cは、一次再結晶組織を制御するうえで有効な元素であるが、磁気特性に悪影響を及ぼすので、仕上焼鈍前に脱炭する必要がある。Cが0.085%より多いと、脱炭焼鈍時間が長くなり、工業生産における生産性が損なわれてしまうので、0.085%以下とする。好ましくは、0.05〜0.08%である。
【0034】
酸可溶性Alは、本発明においてNと結合し、(Al、Si)Nとして、インヒビターとしての機能を確保するのに必須の元素である。インヒビター機能を確保するため、0.01%以上含有する必要があるが、0.06%を超えると、二次再結晶が不安定となるので、酸可溶性Alは、二次再結晶が安定する0.01〜0.065%とする。好ましくは、0.022〜0.035%である。
【0035】
Nは、0.012%を超えると、冷延時、鋼板中にブリスターとよばれる空孔を生じ、また、インヒビターとして機能させるためには、0.0075%以下とすることが必要である。0.0075%を超えると析出物の分散状態が不均一となり、二次再結晶が不安定になる。好ましくは、0.006〜0.0075%である。
【0036】
Mnは、0.02%より少ないと、熱間圧延において、割れが発生し易くなる。Mnは、インヒビターとして機能するMnS及び/又はMnSeを形成するが、0.20%を超えると、MnS及び/又はMnSeの析出分散が不均一になり易く、二次再結晶が不安定になるので、0.20%以下とする。好ましくは、0.03〜0.09%である。
【0037】
S及びSeは、Mnと結合して、インヒビターとして機能するMnS及び/又はMnSeを形成するので、含有量は、Seq.=S+0.406×Seで規定する。Seq.=S+0.406×Seが0.003%より少ないと、インヒビターとしての機能が減じてしまうので、Seq.は0.003%以上とする。一方、0.05%を超えると、析出物の分散が不均一になり易く、二次再結晶が不安定になるので、0.05%以下とする。好ましくは、0.005〜0.05%である。
【0038】
本発明では、さらに、インヒビター構成元素としてCuを添加する。Cuも、SやSeと結合し、インヒビターとして機能する析出物を形成する。0.01%より少ないと、インヒビターとしての機能が減じてしまうので、0.01%以上とする。一方、0.3%を超えると、析出物の分散が不均一になり易く、鉄損低減効果が飽和してしまうので、0.3%以下とする。好ましくは、0.05〜0.3%である。
【0039】
本発明の珪素鋼スラブは、上記成分に加え、必要に応じて、さらに、Cr、P、Sn、Sb、Ni、Biの少なくとも1種類を、Cr:0.3%以下、P:0.5%以下、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下、Ni:1%以下、Bi:0.01%以下の範囲で含有してもよい。
【0040】
Crは、脱炭焼鈍の酸化層を改善し、グラス被膜形成に有効な元素であり、0.3%以下とする。好ましくは、0.02〜0.3%である。
【0041】
Pは、比抵抗を高めて鉄損を低減させることに有効な元素である。0.5%を超えると、圧延性に問題が生じるので、0.5%以下とする。好ましくは、0.02〜0.3%である。
【0042】
SnとSbは、粒界偏析元素である。本発明は、Alを含有しているので、仕上げ焼鈍の条件によっては、焼鈍分離剤から放出される水分によりAlが酸化されて、コイル位置でインヒビター強度が変動し、磁気特性がコイル位置で変動する場合がある。この対策の一つとして、Sn及び/又はSbの粒界偏析元素を添加して酸化を防止する方法がある。
【0043】
本発明では、コイル位置での磁気特性の変動を抑制するため、Sn及び/又はSbを0.30%以下添加する。0.30%を超えると、脱炭焼鈍時に酸化され難く、グラス皮膜の形成が不十分となるとともに、脱炭焼鈍性が著しく阻害される。好ましくは、0.02〜0.30%である。
【0044】
Niは、比抵抗を高めて鉄損を低減させることに有効な元素である。また、熱延板の金属組織を制御して、磁気特性を向上させるうえで有効な元素である。しかし、1%を超えると、二次再結晶が不安定になるので、1%以下とする。好ましくは、0.02〜0.30%である。
【0045】
Biは、0.01%以上添加すると硫化物などの析出物を安定化してインヒビターとしての機能を強化する効果がある。しかし、0.01%を超えると、グラス被膜形成に悪影響を及ぼすので、0.01%以下とする。好ましくは、0.0005〜0.01%である。
【0046】
さらに、本発明で用いる珪素鋼スラブは、磁気特性を損なわない範囲で、上記以外の元素及び/又は他の不可避的混入元素を含有していてもよい。
【0047】
次に、本発明の製造条件について説明する。
【0048】
上記成分組成を有する珪素鋼スラブは、転炉又は電気炉等により鋼を溶製し、必要に応じて、溶鋼を真空脱ガス処理し、次いで、連続鋳造又は造塊後分塊圧延によって得られる。
【0049】
珪素鋼スラブは、通常、150〜350mm、好ましくは、220〜280mmの厚みに鋳造されるが、30〜70mmの薄スラブであってもよい。薄スラブの場合は、熱延板を製造する際に、中間厚みに粗加工を行う必要がないという利点がある。
【0050】
<スラブ加熱温度>
珪素鋼スラブは、その後、熱間圧延に先だってスラブ加熱がなされる。本発明においては、スラブ加熱温度は1350℃以下として、熱間圧延前のスラブ加熱において、インヒビターを完全に固溶させ、かつ、高温スラブ加熱における諸問題(専用の加熱炉が必要であり、また、溶融スケール量が多い等の問題)を回避する。
【0051】
本発明では、インヒビター(AlN、MnS、及び、MnSeなど)が完全溶体化する必要があるので、スラブ加熱温度を、下記式で表す温度T1、T2、及び、T3(℃)のいずれの温度以上とするとともに、インヒビター構成元素量を制御する必要がある。
【0052】
AlとNの含有量に関しては、下記式T1が1350℃以下となるようにする必要がある。同様に、MnとSの含有量、また、MnとSeの含有量、さらに、CuとSの含有量に関しては、それぞれ、下記式T2、T3、及び、T4が、1350℃以下となるようにする必要がある。
【0053】
T1=10062/(2.72−log([Al]×[N]))−273
T2=14855/(6.82−log([Mn]×[S]))−273
T3=10733/(4.08−log([Mn]×[Se]))−273
T4=43091/(25.09−log([Cu]×[Cu]×[S]))−273
ここで、[Al]、[N]、[Mn]、[S]、[Se]、及び、[Cu]は、それぞれ、酸可溶性Al、N、Mn、S、Se、及び、Cuの含有量(質量%)である。
【0054】
<熱延仕上圧延終了温度>
スラブ加熱は、上述したように1350℃以下で行い、引続き熱間圧延され、所要板厚の熱延板とされる。その際、仕上圧延時の終了温度は、950℃以下とすることで、磁気特性が明確に向上する。
【0055】
この作用は、充分、解明されてはいないが、圧延歪の蓄積が増大すると、その後の急冷により、熱延終了まで再結晶が抑制され、かつ、熱延板焼鈍での急速加熱による再結晶の際に、結晶微細化が促進され、冷延後の一次再結晶集合組織において素材粒界近傍から発生する{111}<112>方位が増加し、その結果、{110}<001>方位二次再結晶が成長し易くなるためと考えられる。
【0056】
仕上圧延時の終了温度は、磁気特性にとって低い方が好ましいので下限を定めないが、下げ過ぎると、圧延性等の生産上の支障が生じるので、下限温度はこの支障が生じない温度を選択する。仕上げ圧延時の終了温度の好ましい温度範囲は、750〜900℃である。
【0057】
以下に、本発明の基礎をなす知見が得られた実験について説明する。なお、磁気測定は、60×300mmの単板を用いたJIS C 2556 記載の単板磁気特性試験方法(SST試験法)で行い、B8(800A/mのときの磁束密度、単位はテスラ)を測定した。
【0058】
(実験例1)
まず、熱間圧延における仕上げ圧延時の終了温度の条件と磁束密度B8の関係を調査した。
【0059】
Si:3.26%、C:0.055%、酸可溶性Al:0.028%、N:0.005%、Mn:0.05%、S:0.01%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる40mm厚のスラブを、1320℃の温度で加熱した後、2.3mm厚に熱間圧延した。その際、仕上圧延の終了温度を760〜1010℃の範囲で変化させた。
【0060】
熱間圧延における仕上圧延の累積圧下率は94.3%、仕上圧延の最終3パスの累積圧下率は45%とした。仕上圧延後から巻取りまでの冷却速度は16℃/sとした。
【0061】
この熱延板を、板温の800〜1000℃の間の昇温速度を7.2℃/secとして加熱して、1100℃の温度で焼鈍した。その後、焼鈍した熱延板を0.23mm厚まで冷間圧延し、その後、850℃で脱炭焼鈍し、続いて、アンモニア含有雰囲気で焼鈍して、鋼板中の窒素を0.019%に増加させ、次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、その後、1200℃で20時間の仕上焼鈍を施した。
【0062】
得られた仕上焼鈍後の鋼板の磁気特性を図1に示す。図1から、仕上圧延の終了温度を950℃以下にすることにより、B8で1.91T以上の高磁束密度が得られることが分かる。
【0063】
<仕上圧延の累積圧下率>
仕上圧延の累積圧下率を93%以上とすることで、さらに、磁気特性が向上する。この作用は、仕上圧延時の終了温度を下げる場合と同様に、歪蓄積効果が増大するためと考えられる。仕上圧延の累積圧下率の好ましい範囲は、93〜97%である。
【0064】
<仕上圧延の最終3パスの累積圧下率>
最終3パスの累積圧下率を40%以上とすることにより、同様な作用が得られ、磁気特性が向上する。
【0065】
上記圧下率は、いずれも、上限を定めるものではないが、圧延能力等の生産上の理由で制限される。上記圧下率の好ましい範囲は、45〜60%である。
【0066】
<仕上圧延終了後、冷却開始までの時間>
上記方法で歪蓄積を増大させても、圧延終了後2秒以内に冷却を開始しなければ、熱延での再結晶抑制、かつ、熱延板焼鈍での急速加熱に伴う結晶微細化効果による磁気特性の向上が充分に果たせない。これは、鋼板の長さ及び幅方向の温度バラツキにより、不均一に再結晶が始まるためと考えられる。
【0067】
<仕上圧延終了後から巻取りまでの冷却速度>
仕上圧延後から巻取りまでの冷却速度についても、10℃/sec以上にしなければ、上記冷却開始時間と同様な作用により、再結晶抑制・結晶微細化効果による磁気特性向上が充分果たせない。冷却速度の上限は定めるものではないが、冷却設備能力等の生産上の理由で制限される。
【0068】
<巻取温度>
巻取温度についても、700℃以下にしなければ、上記冷却開始時間・冷却速度と同様な作用により、結晶微細化効果による磁気特性向上が充分果たせない。この温度は低いほど効果があり、下限を定めるものではないが、熱延板形状等の生産上の理由で制限される。好ましくは、450〜600℃である。
【0069】
<熱延板焼鈍加熱時の昇温速度>
熱延板の焼鈍工程の昇温の際に、板温の800〜1000℃の間の昇温速度を5℃/sec以上に急速加熱することにより、効果的に磁気特性を向上させることができる。この作用は充分解明されてはいないが、熱延での圧延加工強化・再結晶抑制により蓄積された圧延歪を活用して、急速加熱により再結晶粒の微細化促進を図り、かつ、連続焼鈍により、鋼板の長さ・幅方向の温度バラツキがなく均一に再結晶させることができるので、前述したような集積度の高い{110}<001>方位二次再結晶を得るのに好ましい冷延前素材となると考えられる。
【0070】
(実験例2)
熱延板焼鈍の昇温速度の条件と磁束密度B8の関係を調査した。
【0071】
Si:3.25%、C:0.057%、酸可溶性Al:0.027%、N:0.004%、Mn:0.06%、S:0.011%、Cu:0.1%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる40mm厚のスラブを1320℃の温度で加熱した後、2.3mm厚に熱間圧延した。その際、仕上圧延の終了温度を840℃とした。
【0072】
熱間圧延における仕上圧延の累積圧下率は94.3%、仕上圧延の最終3パスの累積圧下率は45%とし、仕上圧延後から巻取りまでの冷却速度は16℃/sとした。
【0073】
この熱延板を、板温の800〜1000℃の間の昇温速度を約3〜8℃/secで加熱して、1100℃の温度で焼鈍した。その後、焼鈍した熱延板を0.23mm厚まで冷間圧延し、その後、850℃で脱炭焼鈍し、続いて、アンモニア含有雰囲気で焼鈍して、鋼板中の窒素を0.017%に増加させ、次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、その後、1200℃で20時間の仕上焼鈍を施した。
【0074】
得られた仕上焼鈍後の鋼板の磁気特性を図2に示す。図1から、熱延板焼鈍時に、板温の800〜1000℃の間の昇温速度を5℃/sec以上とすることにより、B8で1.91T以上の高磁束密度が得られることが分かる。
【0075】
<熱延板焼鈍の加熱温度>
熱延板の焼鈍は、熱延で生じた温度履歴の差による結晶組織・析出物分散の不均一性を解消するために、1000〜1150℃の温度範囲で行う。
【0076】
<冷間圧延>
一回又は焼鈍を挟んだ二回以上の冷間圧延により、最終板厚の冷延板とする。冷間圧延の回数は、望む製品の特性レベルとコストとを勘案して適宜選択する。冷間圧延に際しては、最終冷間圧延率を80%以上とすることが、{110}<001>方位二次再結晶の集積度を高めるために有利な{111}等の一次再結晶方位を発達させる上で必要である。
【0077】
<脱炭・窒化>
冷間圧延後の鋼板に、鋼中に含まれるCを除去するために、湿潤雰囲気中で脱炭焼鈍を施す。この後、二次再結晶発現前に、鋼中にNを侵入させることによって、インヒビターとして機能する(Al、Si)Nを形成させ、磁束密度の高い製品を安定して製造する。
【0078】
窒素を増加させる窒化処理としては、脱炭焼鈍工程において、アンモニア等の窒化能のあるガスを含有する雰囲気中で焼鈍する方法、MnN等の窒化能のある粉末を焼鈍分離剤中に添加すること等により仕上げ焼鈍中に行う方法等がある。
【0079】
脱炭焼鈍工程では、一次再結晶粒径が7〜18μmとなるよう、800〜900℃で加熱する。この加熱により、二次再結晶をより安定して発現でき、さらに優れた方向性電磁鋼板を製造することができる。その後、マグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、次いで、仕上焼鈍を行い{110}<001>方位粒を、二次再結晶により優先成長させる。
【0080】
以上、説明したように、本発明によれば、珪素鋼スラブを、所定の析出物が完全溶体化する温度以上、かつ、1350℃以下の温度で加熱し、その後に熱間圧延し、熱延板焼鈍し、次いで、一回の冷間圧延又は焼鈍を介する複数の冷間圧延を施して最終板厚とし、脱炭焼鈍後、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍を施すとともに、脱炭焼鈍から仕上焼鈍の二次再結晶開始までの間に鋼板に窒化処理をして、一方向性電磁鋼板を製造する際に、熱間圧延工程における仕上圧延時の終了温度を950℃以下とし、かつ、圧延終了後2秒以内に急冷開始して巻取温度を700℃未満とするとともに、引き続き、熱延板焼鈍を施す際に、板温の800〜1000℃の間の昇温速度を5℃/sec以上とすることにより、磁束密度の高い方向性電磁鋼板を製造することができる。
【実施例】
【0081】
以下に本発明の実施例を説明するが、実施例で採用した条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するための一条件例である。従って、本発明はこの一条件例に限定されるものではなく、本発明を逸脱せず本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0082】
なお、磁気測定はSST試験法(前述)で行い、B8(800A/mのときの磁束密度、単位はテスラ)を測定した。
【0083】
<実施例1>
表1に示す化学成分を有する40mm厚の珪素鋼スラブを1320℃の温度で加熱し、その後、2.3mm厚に熱間圧延した。その際、仕上熱延の終了温度を875〜885℃、仕上圧延後から冷却開始までの時間を1秒、冷却開始から巻取りまでの冷却速度を13〜14℃/sec、巻取温度を580〜610℃とした。熱間圧延における仕上圧延の累積圧下率は94%、仕上圧延の最終3パスの累積圧下率は45%とした。
【0084】
これらの熱延板について、板温の800〜1000℃の間の昇温速度を7℃/secとして加熱して、1100℃の温度で焼鈍した。その後、焼鈍を施した熱延板を0.23mm厚まで冷間圧延し、その後、850℃で脱炭焼鈍し、続いて、アンモニア含有雰囲気で焼鈍して、鋼板中の窒素を0.016%に増加させ、次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、その後、1200℃で20時間の仕上焼鈍を施した。
【0085】
仕上焼鈍後の鋼板の磁気特性(B8)を、表2の発明例B10〜B16に示す。仕上熱延及び熱延板焼鈍とも、本発明の条件を満たしており、本発明のいずれかの成分組成の場合も、高い磁束密度が得られた。
【0086】
【表1】

【0087】
【表2】

【0088】
<実施例2>
表1の鋼符号A1の成分組成の40mm厚の珪素鋼スラブを、表2に示す条件で製造した。表2に示す条件以外の条件は、以下の通りである。熱延板の焼鈍後、熱延板を0.23mm厚まで冷間圧延し、その後、850℃で脱炭焼鈍し、続いて、アンモニア含有雰囲気で焼鈍して、鋼板中の窒素を0.016%に増加させ、次いで、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、その後、1200℃で20時間の仕上焼鈍を施した。
【0089】
得られた仕上焼鈍後の鋼板の磁気特性を、表2の発明例B1〜B9及び比較例C1〜C6に示す。仕上熱延及び熱延板焼鈍とも、本発明の条件を満たす場合には、高い磁束密度が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明によれば、優れた磁気特性、特に、高い磁束密度を有する低鉄損の一方向性電磁鋼板を製造することができる。よって、本発明は、電磁鋼板製造及び利用産業において利用可能性が高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Si:0.8〜7%、C:0.085%以下、酸可溶性Al:0.01〜0.065%、N:0.0075%以下、Mn:0.02〜0.20%、Seq.=S+0.406×Se:0.003〜0.05%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる珪素鋼スラブを、下記式で表す温度T1、T2、及び、T3(℃)のいずれの温度以上、1350℃以下で、かつ、T1〜T4が1350℃以下となる温度で加熱し、その後、熱間圧延し、得られた熱延板を焼鈍し、一回の冷間圧延、又は、焼鈍を介する複数の冷間圧延を施して最終板厚の鋼板とし、その鋼板を脱炭焼鈍した後、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍を施すとともに、脱炭焼鈍から仕上焼鈍の二次再結晶開始までの間に、鋼板の窒素量を増加させる処理を施すことよりなる一方向性電磁鋼板の製造方法において、熱間圧延における仕上圧延時の終了温度を950℃以下とし、かつ、圧延終了後2秒以内に冷却速度10℃/sec以上の急冷を開始して、巻取温度700℃以下で巻き取り、引き続き、熱延板焼鈍を施す際に、板温800〜1000℃の間の昇温速度を5℃/sec以上とすることを特徴とする低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。
T1=10062/(2.72−log([Al]×[N]))−273
T2=14855/(6.82−log([Mn]×[S]))−273
T3=10733/(4.08−log([Mn]×[Se]))−273
T4=43091/(25.09−log([Cu]×[Cu]×[S]))−273
ここで、[Al]、[N]、[Mn]、[S]、[Se]、及び、[Cu]は、それぞれ、酸可溶性Al、N、Mn、S、Se、及び、Cuの含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記熱間圧延における仕上圧延時の累積圧下率が93%以上であることを特徴とする請求項1に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記熱間圧延における仕上圧延時の最終3パスの累積圧下率が40%以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記珪素鋼スラブが、さらに、質量%で、Cu:0.01〜0.30%を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記珪素鋼スラブが、さらに、質量%で、Cr:0.3%以下、P:0.5%以下、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下、Ni:1%以下、及び、Bi:0.01%以下の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の低鉄損一方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−246750(P2011−246750A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−119471(P2010−119471)
【出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】