説明

体細胞を再プログラムするためのRNAの使用

本発明は、胚又は胎児を生成させずに体細胞を幹様細胞に脱分化させるための方法を提供する。より具体的には、本発明は、体細胞の脱分化を誘導する因子をコードするRNAを体細胞中に導入し、その体細胞を培養して細胞を脱分化させることにより、幹細胞特性、特に多能性を有する細胞への、体細胞の脱分化を達成するための方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚又は胎児を生成させずに体細胞を幹様細胞に脱分化させるための方法を提供する。より具体的には、本発明は、体細胞の脱分化を誘導する因子をコードするRNAを体細胞中に導入し、その体細胞を培養して細胞を脱分化させることにより、幹細胞特性、特に多能性(pluripotency)を有する細胞への、体細胞の脱分化を達成するための方法を提供する。脱分化させた後、細胞は、同じ体細胞タイプ又は異なる体細胞タイプ、例えばニューロン細胞タイプ、造血細胞タイプ、筋細胞タイプ、上皮細胞タイプ、及び他の細胞タイプへと、再分化するように誘導することができる。本発明によって誘導される幹様細胞は、「細胞療法」による変性疾患の処置に医学的応用を有し、心臓障害、神経障害、内分泌障害、血管障害、網膜障害、皮膚障害、筋骨格障害、及び他の疾患の処置における新規な治療戦略に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
幹細胞は、前駆細胞とも呼ばれ、自己複製する能力、未分化状態を保つ能力、及び成熟表現型を有する1種または2種以上の特殊化した細胞タイプに分化した状態になる能力を持つ細胞である。幹細胞は最終分化しておらず、分化経路の末端にはない。
【0003】
全能性(totipotent)細胞は、胎盤の細胞を含む身体の全ての細胞を作り出すのに必要な全ての遺伝情報を含有している。ヒト細胞は、受精卵の最初の数回の分裂中にのみ、この分化全能性を有する。全能性細胞が3〜4回分裂した後には、一連のステージが続き、そこでは、細胞がますます特殊化した状態になる。次の分裂ステージでは多能性(pluripotent)細胞がもたらされる。この多能性細胞は高度に多機能であり、胎盤又は子宮の他の支持組織の細胞を除く任意の細胞タイプを生じることができる。次のステージでは、細胞が複能性(multipotent)になる。すなわち、これらの細胞は、他のいくつかの細胞タイプを生じることができるが、それらのタイプは数が限られている。胚を作りあげる長い細胞分裂の連鎖の最後にあるのが、特殊な機能に永続的にコミットされたとみなされる「最終分化」細胞である。
【0004】
幹細胞には主要なグループが3つある:(i)全ての出生後生物に存在する成体又は体幹細胞(出生後)、(ii)前胚又は胚発生ステージに由来し得る胚性幹細胞、及び(iii)発生中の胎児から単離することができる胎児幹細胞(出生前)。
【0005】
ヒト胚性幹細胞の単離及び使用を伴う幹細胞技術は、医学研究の重要な主題になっている。ヒト胚性幹細胞は、複合組織を含む人体内のありとあらゆる細胞タイプに分化する潜在能力を有する。細胞の機能障害に起因する多くの疾患に、ヒト胚性幹細胞又はヒト胚性幹細胞由来細胞の投与による処置を適用することができるだろうと予想される。分化して多数の特殊化した成熟細胞を生じるという多能性胚性幹細胞の潜在能力は、損傷した又は罹患した細胞、組織及び臓器を置き換え、修復し、又は補足する手段としての、これらの細胞の潜在的応用を示している。しかし科学的及び倫理的考察が、中絶胚又は体外受精技法を使って形成された胚から回収された胚性幹細胞を用いる研究の進歩を遅らせている。
【0006】
成体幹細胞は低頻度でしか存在せず、制限された分化能及び不十分な成長を示す。成体幹細胞の使用に付随するさらにもう一つの問題は、これらの細胞が免疫特権を持たないか、移植後にその免疫特権を失い得ることである。ここで、「免疫特権を持つ(immunologically privileged)」という用語は、レシピエントの免疫系がそれらの細胞を異物と認識しない状態を表すために使用されている。したがって成体幹細胞を使用する場合は、大半の場合、考えられるのは自家移植片だけである。現在想定されている幹細胞療法の形態の大半は本質的にカスタマイズされた医療手法であり、したがってそのような手法に付随する経済的要因が、それらの広範囲にわたる潜在能力を制限することになる。
【0007】
少なくともいくつかの測定された胚特異的遺伝子の発現の回復が、胚性幹細胞との融合後に体細胞で観察されている。しかし、結果として生じる細胞はハイブリッド(多くの場合、四倍体遺伝子型を有するもの)であり、したがって移植用の正常細胞又は組織適合性細胞としては適さない。
【0008】
体細胞核移植を使用すれば、多能性を採択するように体細胞核内容物を適切に再プログラムできることは示されているが、その道徳的地位の他にも、一群の懸念が生じる。卵細胞と導入された核の両方に加えられるストレスは非常に大きく、それは、結果として生じる細胞の大きな損失につながる。さらにまた、この手法は顕微鏡下に手作業で行なわれるので、体細胞核移植は非常に資源集約的である。加えて、各々のミトコンドリアDNAを含有するドナー細胞のミトコンドリアは置き去りにされるので、ドナー細胞の遺伝情報の全てが移植されるわけではない。結果として生じるハイブリッド細胞は、元々卵に属していたミトコンドリア構造を保持している。その結果、クローンは核のドナーの完全なコピーではないことになる。
【0009】
患者由来の多能性細胞に向けた大きな一歩が2006年にTakahashiらによってなされた。幹細胞の多能性を調節し維持することが知られている所定の転写因子(TF)(非特許文献1および非特許文献2)の過剰発現により、誘導多能性幹(iPS)細胞と呼ばれるマウス体性線維芽細胞の多能性状態を誘導できることが示された。この研究において著者らは、iPS細胞の生成に要求されるものとして、OCT3/4、SOX2、KLF4及びc-MYCを同定した(非特許文献1)。その後の研究において著者らは、同じTFが成体ヒト線維芽細胞を再プログラムできることを示し(非特許文献3)、一方、他のグループは、ヒト(非特許文献4)又はマウス(非特許文献5)線維芽細胞に関して、この活性が、OCT3/4、SOX2、NANOG及びLIN28で構成される改変TFカクテルに起因すると考えた。これらの初期研究並びにその後の研究の大半では、レトロウイルスベクター又はレンチウイルスベクターを使って、再プログラミングTFが過剰発現された。ウイルスプロモーターのサイレンシングのせいで、再プログラミングプロセス中は、外因性TFの発現がシャットダウンされることを、これらの研究は再現性よく示す(非特許文献6に総説がある)。したがって多能性状態は、活性化された内在性転写因子によって維持される。さらにまた、ウイルスによって発現されるTFのサイレンシングは、その後に起こる組織特異的前駆体へのiPS細胞の再分化にとって必須である(非特許文献4)。ウイルス送達の大きな欠点は、強力な癌遺伝子をコードする組み込み型レトロウイルスの確率的再活性化であり、c-MYCの場合は、これがキメラマウスにおける腫瘍の誘導につながった(非特許文献7)。一方、iPS細胞の生成はMYCの非存在下でも可能であることが証明されている(非特許文献8)。全体としては、再プログラミングにはOCT4とSOX2だけが不可欠であると報告されており、MYCやKLF4のような癌遺伝子はエンハンサーのように働くと思われる(非特許文献9)。したがって、他のトランスフォーミング遺伝子産物、例えばSV40ラージT抗原又はhTERTも、iPS生成の効率を改善できることが示されている(非特許文献10)。後成的再プログラミングにはクロマチンリモデリングを伴うので、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤(バルプロ酸など)又はDNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(5'-azaCなど)の添加によって再プログラミング効率は著しく改善され(非特許文献11)、TFの必要性が、OCT4及びSOX2に限定される(非特許文献12)。
【0010】
宿主ゲノムへのレトロウイルス組み込みに付随するリスクを減少させるためのもう一つの戦略は、再プログラミングには十分な一過性の導入遺伝子発現を媒介する非組み込み型アデノウイルスベクターの使用である(非特許文献13)。導入遺伝子の組み込みは、一過性の遺伝子発現をもたらす従来の真核発現プラスミドを使用することによっても回避される。今までのところ、この戦略を使って、MEFがiPS細胞にうまく再プログラムされている(非特許文献14)。ゲノム組み込みはこの研究では検出されなかったが、トランスフェクトされたプラスミドDNAの安定なゲノム組み込みが細胞のごく一部で起こる可能性を完全に排除することはできない。
【0011】
成体ヒト線維芽細胞は、健常ドナーから、又は(将来的な臨床的応用では)患者から、危険な外科的介入を伴わずに、容易に得られる。しかし、ヒトケラチノサイトは、より容易に、しかもより効率よく、iPS細胞に再プログラムされること、そして例えば毛包由来ケラチノサイトは、患者由来のiPS細胞にとって選り抜きの、より良い供給源になり得ることが、最近の研究で示されている(非特許文献15)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Takahasiら, 2006, Cell 126, 663-676
【非特許文献2】Schulz及びHoffmann, 2007, Epigenetics 2, 37-42
【非特許文献3】Takahasiら, 2007, Cell 131, 861-872
【非特許文献4】Yuら, 2007, Science 318, 1917
【非特許文献5】Wernigら, 2007, Nature 448, 318-324
【非特許文献6】Hotta及びEllis, 2008, J. Cell Biochem. 105, 940-948
【非特許文献7】Okitaら, 2007, Nature 448, 313-317
【非特許文献8】Nakagawaら, 2008, Nat. Biotechnol., 26(1), 101-106
【非特許文献9】McDevitt及びPalecek, 2008, Curr. Opin. Biotechnol. 19, 527-33
【非特許文献10】Maliら, 2008, Stem Cells 26, 1998-2005
【非特許文献11】Huangfuら, 2008, Nat. Biotechnol. 26, 795-797
【非特許文献12】Huangfuら, 2008, Nat. Biotechnol. 26, 1269-1275
【非特許文献13】Stadtfeldら, 2008, 322, 945-949
【非特許文献14】Okitaら, 2008, Science 322, 949-53
【非特許文献15】Aasenら, 2008, Nat. Biotechnol. 26(11), 1276-84
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
分化した体細胞を再プログラムして、研究に適した再プログラム細胞を作出し、品質管理のために試験し、大量に且つ良好な品質で細胞療法に使用するための、改良された技術は、今も必要とされている。
【0014】
本発明は、DNAの使用を回避して、再プログラム細胞を作出する技術を提供する。これらの技術は、容易に、且つ安価に、量的に無制限に得られる細胞を使用し、細胞療法に有用な再プログラム細胞を提供する。本発明によるアプローチは、ゲノム組み込みのリスクが全くなく、宿主ゲノムの改変を伴わない再プログラミングの可能性を切り開く。
【0015】
本発明は、適当な因子を与えれば、最終分化細胞の運命を多能性へとリダイレクトすることができるという事実を利用する。具体的には、本発明は、動物分化体細胞を、幹細胞特性を有する細胞へと再プログラムするための技術を提供する。この方法により、インビトロで明確な系を使って、あるタイプの体細胞を多能性幹様細胞に脱分化させることが可能になる。本発明の方法は、一実施形態において、最初の体細胞試料を供与した個体と同じ個体における細胞移植のための自家(同系)細胞タイプを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によれば、幹細胞特性を有する細胞への体細胞の再プログラミングを誘導する1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAが、1つまたは2つ以上の体細胞に与えられる。これらの因子を発現させることのできるRNAの発現は、体細胞に未分化細胞の特性を付与し、体細胞の再プログラミングを容易にする。
【0017】
RNAの形態での因子の導入には、DNAコンストラクトの使用と比較して、細胞の細胞質に入るだけで発現には十分であり、細胞核に入る必要はないという利点がある。したがってRNA導入はトランスフェクトされる細胞の分裂活性に依存しない。さらにまた、RNAを使って達成することのできるトランスフェクション率は比較的高く、多くの細胞タイプで90%超にもなるので、選択の必要がない。達成されるタンパク質の量は、生理的発現における量と一致する。
【0018】
さらにまた、本発明によれば、細胞中に導入されるRNAの量並びにその細胞におけるそのRNAの安定性及び翻訳レベルを制御することが可能である。したがって、その細胞内でそのRNAによって発現される一定の因子の発現量及び発現時間を、必要に応じて調節することができる。このようにして、細胞における異なる発現レベルの効果をシミュレートし、RNAを、体細胞の再プログラミング及び脱分化を誘導するのに十分な量で細胞中に導入して、幹細胞特性を有する細胞を、好ましくは体細胞を多能性細胞へと発生させるのに十分な量で、作出することが可能である。
【0019】
最も重要なことに、トランスフェクトされたRNAは、宿主ゲノムへの有意な組み込みをもたらさない。これに対して、医療用のDNAのトランスフェクションは遺伝子治療とみなされる。DNA導入は、悪性トランスフォーメーションのリスクの増加を伴う宿主ゲノムにおける突然変異の重大なリスクと関連する。したがってRNA導入は、はるかに良好な安全性プロファイルを有し、遺伝子治療とはみなされない。そのうえ、トランスフェクトされたRNAは数日以内に宿主細胞内で分解される。これは、RNAのトランスフェクションによって誘導される幹細胞が、自家天然幹細胞と遺伝的に同一であることを意味する。したがって、そのような幹細胞から得られる細胞タイプ及び組織は、それらの自家天然対応物とは、遺伝的に識別不可能である。これに対して、DNAトランスフェクションによって誘導される幹細胞は、追加された外来遺伝子を保持する。そのような組換え幹細胞に由来する組織は全て同じ遺伝子マーカーを保持し、したがって、増大した悪性トランスフォーメーションリスクを示す。
【0020】
ある態様において、本発明は、(i)体細胞を含む細胞集団を用意するステップ、(ii)前記体細胞の少なくとも一部にRNAを導入するステップ、ここで前記RNAは、体細胞中に導入された場合に、幹細胞特性の発生を誘導することができる、及び(iii)幹細胞特性を有する細胞を発生させるステップを含む、幹細胞特性を有する細胞を作出するための方法に関する。一実施形態では、RNAが、幹細胞などの未分化細胞、例えば胚性幹細胞又は成体幹細胞に由来する。これに関して、「由来する(derived)」という用語は、そのRNAがその細胞から、例えば単離と、場合によっては分画とによって得られたものであり、それゆえに細胞RNAの単離物若しくはその画分であること、且つ/又はそれが由来する細胞又はその画分のRNA組成と類似する組成を有するという事実を現わす。一実施形態では、RNAが全細胞RNAを含む。もう一つの実施形態では、RNAが、前記未分化細胞に特異的である。この実施形態において、RNAは、全細胞RNAの一画分であることができる。一実施形態では、RNAが、インビトロ転写によって得られたものである。
【0021】
好ましくは、ステップ(iii)は、胚性幹細胞培養条件下で、好ましくは多能性幹細胞を未分化状態に維持するのに適した条件下で、体細胞を培養することを含む。
【0022】
本発明によれば、RNAは、好ましくは、前記体細胞の少なくとも一部に、エレクトロポレーションによって導入される。
【0023】
本発明の方法の一実施形態では、幹細胞特性が胚性幹細胞形態を含み、前記胚性幹細胞形態は、好ましくは、コンパクトなコロニー、高い核対細胞質比及び顕著な核小体からなる群より選択される形態学的基準を含む。一定の実施形態では、幹細胞特性を有する細胞が、正常な核型を有し、テロメラーゼ活性を発現させ、胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーを発現させ、且つ/又は胚性幹細胞に特有の遺伝子を発現させる。胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーは、ステージ特異的胚抗原3(SSEA-3)、SSEA-4、腫瘍関連抗原1-60(TRA-1-60)、TRA-1-81、及びTRA-2-49/6Eからなる群より選択することができ、胚性幹細胞に特有の遺伝子は、内在性OCT4、内在性NANOG、増殖分化因子3(GDF3)、REX1(reduced expression 1)、線維芽細胞増殖因子4(FGF4)、胚性細胞特異的遺伝子1(ESG1)、DPPA2(developmental pluripotency-associated 2)、DPPA4、及びテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)からなる群より選択することができる。
【0024】
好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、脱分化され且つ/又は再プログラムされた体細胞である。好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、多能性状態などといった、胚性幹細胞の本質的特性を示す。好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、3つの一次胚葉全ての高度派生物(advanced derivative)へと分化する発生能を有する。一実施形態では、一次胚葉が内胚葉であり、高度派生物が腸管様上皮組織である。さらにもう一つの実施形態では、一次胚葉が中胚葉であり、高度派生物が横紋筋及び/又は軟骨である。さらにもう一つの実施形態では、一次胚葉が外胚葉であり、高度派生物が神経組織及び/又は表皮組織である。ある好ましい実施形態では、幹細胞特性を有する細胞が、ニューロン細胞及び/又は心臓細胞へと分化する発生能を有する。
【0025】
一実施形態では、体細胞が、間葉表現型を持つ胚性幹細胞由来体細胞である。好ましい実施形態では、体細胞が線維芽細胞、例えば胎児線維芽細胞若しくは出生後線維芽細胞、又はケラチノサイト、好ましくは毛包由来ケラチノサイトである。さらなる実施形態では、線維芽細胞が肺線維芽細胞、包皮線維芽細胞又は皮膚線維芽細胞である。特定の実施形態では、線維芽細胞が、American Type Culture Collection(ATCC)にカタログ番号CCL-186として寄託されている線維芽細胞、又はAmerican Type Culture Collection(ATCC)にカタログ番号CRL-2097として寄託されている線維芽細胞である。一実施形態では、線維芽細胞が成体ヒト皮膚線維芽細胞である。好ましくは、体細胞はヒト細胞である。本発明によれば、体細胞は遺伝子改変されてもよい。
【0026】
さらにもう一つの態様において、本発明は、(i)体細胞を含む細胞集団を用意するステップ、(ii)OCT4を発現させることのできるRNA及びSOX2を発現させることのできるRNAを、前記体細胞の少なくとも一部に導入するステップ、及び(iii)幹細胞特性を有する細胞を発生させるステップを含む、幹細胞特性を有する細胞を作出するための方法に関する。一実施形態では、本方法が、NANOGを発現させることのできるRNA及び/又はLIN28を発現させることのできるRNAを導入することをさらに含み、或いは、又はそれに加えて、KLF4を発現させることのできるRNA及び/又はc-MYCを発現させることのできるRNAを導入することをさらに含む。
【0027】
一実施形態では、ステップ(ii)が、OCT4を発現させることのできるRNA、SOX2を発現させることのできるRNA、NANOGを発現させることのできるRNA及びLIN28を発現させることのできるRNAを、前記体細胞の少なくとも一部に導入することを含む。
【0028】
もう一つの実施形態では、ステップ(ii)が、OCT4を発現させることのできるRNA、SOX2を発現させることのできるRNA、KLF4を発現させることのできるRNA及びc-MYCを発現させることのできるRNAを、前記体細胞の少なくとも一部に導入することを含む。
【0029】
好ましくは、ステップ(iii)は、胚性幹細胞培養条件下で、好ましくは多能性幹細胞を未分化状態に維持するのに適した条件下で、体細胞を培養することを含む。
【0030】
本発明によれば、RNAは、好ましくは、前記体細胞の少なくとも一部に、エレクトロポレーションによって導入される。
【0031】
本発明の方法の一実施形態では、幹細胞特性が胚性幹細胞形態を含み、前記胚性幹細胞形態は、好ましくは、コンパクトなコロニー、高い核対細胞質比及び顕著な核小体からなる群より選択される形態学的基準を含む。一定の実施形態において、幹細胞特性を有する細胞は、正常な核型を有し、テロメラーゼ活性を発現させ、胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーを発現させ、且つ/又は胚性幹細胞に特有の遺伝子を発現させる。胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーは、ステージ特異的胚抗原3(SSEA-3)、SSEA-4、腫瘍関連抗原1-60(TRA-1-60)、TRA-1-81、及びTRA-2-49/6Eからなる群より選択することができ、胚性幹細胞に特有の遺伝子は、内在性OCT4、内在性NANOG、増殖分化因子3(GDF3)、REX1(reduced expression 1)、線維芽細胞増殖因子4(FGF4)、胚性細胞特異的遺伝子1(ESG1)、DPPA2(developmental pluripotency-associated 2)、DPPA4、及びテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)からなる群より選択することができる。
【0032】
好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、脱分化され且つ/又は再プログラムされた体細胞である。好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、多能性状態などといった、胚性幹細胞の本質的特性を示す。好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、3つの一次胚葉全ての高度派生物へと分化する発生能を有する。一実施形態では、一次胚葉が内胚葉であり、高度派生物が腸管様上皮組織である。さらにもう一つの実施形態では、一次胚葉が中胚葉であり、高度派生物が横紋筋及び/又は軟骨である。さらにもう一つの実施形態では、一次胚葉が外胚葉であり、高度派生物が神経組織及び/又は表皮組織である。ある好ましい実施形態では、幹細胞特性を有する細胞が、ニューロン細胞及び/又は心臓細胞へと分化する発生能を有する。
【0033】
一実施形態では、体細胞が、間葉表現型を持つ胚性幹細胞由来体細胞である。好ましい実施形態では、体細胞が線維芽細胞、例えば胎児線維芽細胞若しくは出生後線維芽細胞、又はケラチノサイト、好ましくは毛包由来ケラチノサイトである。さらなる実施形態では、線維芽細胞が肺線維芽細胞、包皮線維芽細胞又は皮膚線維芽細胞である。特定の実施形態では、線維芽細胞が、American Type Culture Collection(ATCC)にカタログ番号CCL-186として寄託されている線維芽細胞、又はAmerican Type Culture Collection(ATCC)にカタログ番号CRL-2097として寄託されている線維芽細胞である。一実施形態では、線維芽細胞が成体ヒト皮膚線維芽細胞である。好ましくは、体細胞はヒト細胞である。本発明によれば、体細胞は遺伝子改変されてもよい。
【0034】
さらにもう一つの態様において、本発明は、動物分化体細胞を、幹細胞特性を有する細胞へと再プログラムするための方法であって、幹細胞特性を有する細胞への前記体細胞の再プログラミングを可能にする1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを、前記体細胞中に導入するステップを含む方法に関する。
【0035】
一実施形態では、RNAが、幹細胞などの未分化細胞、例えば胚性幹細胞又は成体幹細胞に由来する。一実施形態では、RNAが全細胞RNAを含む。もう一つの実施形態では、RNAが、前記未分化細胞に特異的である。この実施形態において、RNAは、全細胞RNAの一画分であることができる。一実施形態では、RNAが、インビトロ転写によって得られたものである。別の実施形態では、RNAによって発現されることのできる前記1種または2種以上の因子が、(i)OCT4及びSOX2、(ii)OCT4、SOX2、並びにNANOG及びLIN28の一方又は両方、(iii)OCT4、SOX2並びにKLF4及びc-MYCの一方又は両方からなる群より選択される因子の集合を含む。一実施形態では、RNAによって発現されることのできる前記1種または2種以上の因子が、OCT4、SOX2、NANOG及びLIN28又はOCT4、SOX2、KLF4及びc-MYCを含む。好ましくは、RNAは、前記動物分化体細胞中に、エレクトロポレーション又はマイクロインジェクションによって導入される。好ましくは、本方法は、例えば体細胞を胚性幹細胞培養条件下、好ましくは多能性幹細胞を未分化状態に維持するのに適した条件下で培養することなどによって、幹細胞特性を有する細胞を発生させることをさらに含む。
【0036】
本発明の方法の一実施形態では、幹細胞特性が胚性幹細胞形態を含み、前記胚性幹細胞形態は、好ましくは、コンパクトなコロニー、高い核対細胞質比及び顕著な核小体からなる群より選択される形態学的基準を含む。一定の実施形態では、幹細胞特性を有する細胞が、正常な核型を有し、テロメラーゼ活性を発現させ、胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーを発現させ、且つ/又は胚性幹細胞に特有の遺伝子を発現させる。胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーは、ステージ特異的胚抗原3(SSEA-3)、SSEA-4、腫瘍関連抗原-1-60(TRA-1-60)、TRA-1-81、及びTRA-2-49/6Eからなる群より選択することができ、胚性幹細胞に特有の遺伝子は、内在性OCT4、内在性NANOG、増殖分化因子3(GDF3)、REX1(reduced expression 1)、線維芽細胞増殖因子4(FGF4)、胚性細胞特異的遺伝子1(ESG1)、DPPA2(developmental pluripotency-associated 2)、DPPA4、及びテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)からなる群より選択することができる。
【0037】
好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、脱分化され且つ/又は再プログラムされた体細胞である。好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、多能性状態などといった、胚性幹細胞の本質的特性を示す。好ましくは、幹細胞特性を有する細胞は、3つの一次胚葉全ての高度派生物へと分化する発生能を有する。一実施形態では、一次胚葉が内胚葉であり、高度派生物が腸管様上皮組織である。さらにもう一つの実施形態では、一次胚葉が中胚葉であり、高度派生物が横紋筋及び/又は軟骨である。さらにもう一つの実施形態では、一次胚葉が外胚葉であり、高度派生物が神経組織及び/又は表皮組織である。ある好ましい実施形態では、幹細胞特性を有する細胞が、ニューロン細胞及び/又は心臓細胞へと分化する発生能を有する。
【0038】
一実施形態では、動物分化体細胞が、間葉表現型を持つ胚性幹細胞由来体細胞である。好ましい実施形態では、体細胞が線維芽細胞、例えば胎児線維芽細胞若しくは出生後線維芽細胞、又はケラチノサイト、好ましくは毛包由来ケラチノサイトである。さらなる実施形態では、線維芽細胞が肺線維芽細胞、包皮線維芽細胞又は皮膚線維芽細胞である。特定の実施形態では、線維芽細胞が、American Type Culture Collection(ATCC)にカタログ番号CCL-186として寄託されている線維芽細胞、又はAmerican Type Culture Collection(ATCC)にカタログ番号CRL-2097として寄託されている線維芽細胞である。一実施形態では、線維芽細胞が成体ヒト皮膚線維芽細胞である。好ましくは、動物分化体細胞はヒト細胞である。本発明によれば、動物分化体細胞は遺伝子改変されてもよい。
【0039】
本発明の方法の特定の実施形態は、幹細胞特性を有する細胞を冷凍保存するステップを、さらに含む。
【0040】
さらなる態様において、本発明は、本発明の方法によって調製される幹細胞特性を有する細胞及び本発明の方法によって調製される幹細胞特性を有する細胞の組成物に関する。一実施形態では、組成物が医薬組成物である。
【0041】
さらなる態様において、本発明は、医学、特に移植医学における、又は疾患モデルを作出するための、若しくは薬物開発のための、本発明の細胞又は組成物の使用に関する。
【0042】
さらにもう一つの態様において、本発明は、本発明の幹細胞特性を有する細胞又は本発明の幹細胞特性を有する細胞の組成物を、ある特定細胞タイプへの部分的な又は完全な分化を誘導する又は方向付ける条件下で培養するステップを含む、分化細胞タイプを派生させる方法に関する。一実施形態では、ある特定細胞タイプへの部分的な又は完全な分化を誘導する又は方向付ける条件が、少なくとも1つの分化因子の存在を含む。好ましくは、本発明に従って得られる分化細胞の体細胞タイプは、脱分化に使用した体細胞の体細胞タイプとは異なる。好ましくは、脱分化細胞は線維芽細胞型細胞に由来し、前記再分化細胞タイプは線維芽細胞型細胞とは異なる。もう一つの実施形態では、脱分化細胞がケラチノサイトに由来し、前記再分化細胞タイプがケラチノサイトとは異なる。
【0043】
さらにもう一つの態様において、本発明は、動物分化体細胞を、幹細胞特性を有する細胞に再プログラムするのに役立つ1種または2種以上の因子を同定するためのアッセイであって、1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを前記体細胞中に導入するステップ、及び前記体細胞が幹細胞特性を有する細胞に発生したかどうかを決定するステップを含むアッセイに関する。好ましくは、本方法は、例えば動物分化体細胞を胚性幹細胞培養条件下、好ましくは多能性幹細胞を未分化状態に維持するのに適した条件下で培養することなどによって、幹細胞特性を有する細胞を発生させるステップを、さらに含む。好ましくは、RNAは、前記動物分化体細胞中に、エレクトロポレーション又はマイクロインジェクションによって導入される。
【0044】
一実施形態では、前記体細胞が幹細胞特性を有する細胞に発生したかどうかを決定するステップが、本発明の方法によって得られる細胞の遺伝子発現を胚性幹細胞(好ましくは同じ細胞タイプのもの)に見いだされる遺伝子発現と比較して、前記1種または2種以上の因子が細胞再プログラミングに役割を果たすかどうかを決定することを含む。
【0045】
一実施形態では、1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを前記体細胞中に導入するステップが、幹細胞特性を有する細胞への動物分化体細胞の再プログラミングに関与することがわかっている因子を発現させることのできるRNAを導入することを含む。一実施形態では、幹細胞特性を有する細胞への動物分化体細胞の再プログラミングに関与することがわかっている前記因子に、OCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4及びc-MYCからなる群より選択される少なくとも1つの因子が含まれる。一実施形態では、幹細胞特性を有する細胞への動物分化体細胞の再プログラミングに関与することがわかっている前記因子に、OCT4及びSOX2の組合せ、OCT4、SOX2、NANOG及び/又はLIN28の組合せ、並びにOCT4、SOX2、KLF4及び/又はc-MYCの組合せが含まれる。
【0046】
体細胞、幹細胞特性を有する細胞、及び幹細胞特性を有する細胞を発生させるための培養条件のさまざまな実施形態は、本発明の他の態様による方法に関して上述したとおりである。
【0047】
さらにもう一つの態様において、本発明は、幹細胞特性を有する細胞への動物分化体細胞の再プログラミングに関与することがわかっている1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを含む、幹細胞特性を有する細胞を作出するためのキットに関する。好ましくは、前記キットは、OCT4を発現させることのできるRNA及びSOX2を発現させることのできるRNAを含み、好ましくはさらに、(i)NANOGを発現させることのできるRNA及び/又はLIN28を発現させることのできるRNA、及び/又は(ii)KLF4を発現させることのできるRNA、及び/又はc-MYCを発現させることのできるRNAを含む。本キットは胚性幹細胞培養培地をさらに含み得る。
【0048】
さらにもう一つの態様において、本発明は、体細胞中に導入された時に前記細胞において幹細胞特性の発生を誘導することのできるRNAを含む医薬組成物に関する。RNA、体細胞及び幹細胞特性を有する細胞の特定の実施形態は、本発明の他の態様に関して本明細書に記載するとおりである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】20μgのeGFP IVT(インビトロ転写)RNA及び2dGFP IVT RNAのそれぞれによる786-0細胞のトランスフェクション後の転写物及びタンパク質の量に対する時間の影響の決定。FACS-Kaliburを使ったeGFPの平均蛍光強度の決定。
【図2】複製物の類似性を決定するための全遺伝子の散布図。SYT-SSX2又はeGFPをトランスフェクトした細胞の複製物の比較。24時間後の複製物の図示。
【図3】SYT-SSX2によって調節される遺伝子の図示。a.解析した全遺伝子の散布図。各15μgのIVT RNAをトランスフェクトした後の、SYT-SSX2トランスフェクト細胞とeGFPトランスフェクト細胞との比較。24時間後の複製物の図示。黄橙色は、有意でない領域(すなわちファクター2未満)の発現差異を表し、赤色及び緑色はそれぞれ、ファクターが2を超えるアップレギュレーション及びダウンレギュレーションを示す。b.15μgの各遺伝子のIVT RNAのトランスフェクションによって、それぞれ8時間後及び24時間後に有意に調節される遺伝子の数の図示。
【図4】さまざまな5'-キャップ構造の概要。(A)mRNAの天然5'キャップ構造と、mRNAを安定化することが示されたその5'キャップの化学修飾型(ARCA、D1及びD2;D1及びD2はホスホロチオエート成分によって作り出されるジアステレオ異性体を指す)を図示する。(B)インビトロ翻訳されたmRNA(IVT-RNA)の図式的概要。
【図5】ヒト線維芽細胞(CCD1079Sk)及びマウス胚性線維芽細胞(MEF)のエレクトロポレーション。CCD1079Sk線維芽細胞及びMEFに、eGFPをコードする10μgのIVT-RNAを、1回エレクトロポレートした。電圧及び電気容量を表示のように選択した。エレクトロポレーションの24時間後に、トランスフェクション効率[%]をFACSによって測定した。平均蛍光レベルを括弧内に記載する。
【図6】IVT RNAキャップ構造の最適化。CCD1079Sk線維芽細胞に、ARCA-luc(ルシフェラーゼ(luc)をコードし、ARCA-5'-キャップを有する)、D1-luc又はD2-lucのIVT-RNA(各10μg)をエレクトロポレートした(250V、300μF)。2時間、4時間、8時間、24時間、48時間、及び72時間後に、ルシフェラーゼアッセイを2重に行った。データを平均ルシフェラーゼ活性±SDとして表す。
【図7】エレクトロポレートされたIVT-RNAのヒト線維芽細胞における持続性。CCD1079Sk線維芽細胞に、15μgの各転写因子のIVT-RNAを1回エレクトロポレートした。それらIVT-RNAコンストラクトの細胞内レベルを、エレクトロポレーションの7日後に、qRT-PCRによって定量した。
【図8】IVT-RNAコンストラクトのエレクトロポレーション後のヒト及びマウス転写因子の発現。(A)MEF及び(B)CCD1079Sk線維芽細胞に、4つの転写因子(TF)OCT4、SOX2、KLF4及びc-MYC(OSKM)をコードするそれぞれ10μg及び2.5μgのIVT-RNAを、1回エレクトロポレートした。エレクトロポレーション後の表示の時点で細胞を溶解した。タンパク質発現を、特異的抗体を用いるウェスタンブロット法によってモニターした。OSKMをコードする15μgのIVT-RNAをエレクトロポレートした293T細胞を陽性対照として使用した。
【図9】エレクトロポレーションを受けたヒトCCD1079Sk線維芽細胞のアルカリホスファターゼ染色。(A)CCD1079Sk線維芽細胞に、4つのTF OSKMをコードするIVT-RNA又はバッファー(モック)を、1回エレクトロポレートし、ヒトES細胞培地で培養した。(B)10日後に、細胞をアルカリホスファターゼ(AP)について染色し、その結果生じる赤色蛍光をFACSによってモニターした。
【図10】エレクトロポレーションを受けたヒトCCD1079Sk線維芽細胞のアルカリホスファターゼ染色。(A)CCD1079Sk細胞に、GFP(モック)又は4つのTF OSKMをコードするIVT-RNA(各2.5又は1.25μg)を、48時間間隔で、3回連続してエレクトロポレートした。 OSKM又はモックトランスフェクト細胞をiPS培地で培養した。(B)168時間後に、細胞をアルカリホスファターゼ(AP)について染色し、蛍光顕微鏡法によってモニターした。
【図11】エレクトロポレーションを受けたMEFのアルカリホスファターゼ染色。(A)第3継代まで培養したMEFに、GFP(モック)又は4つのマウスTF OSKMをコードするIVT-RNA(各5μg)を、48時間間隔でエレクトロポレートした。OSKM又はモックトランスフェクトMEFを、マウスES細胞培地中、表示のとおり2mMバルプロ酸(VPA)の存在下又は非存在下で培養した。(B)96時間後に、細胞をアルカリホスファターゼ(AP)について染色し、蛍光顕微鏡法によってモニターした。
【図12】エレクトロポレーションを受けたCCD1079Sk細胞のヒトESマーカー遺伝子の発現。(A)CCD1079Sk線維芽細胞に、バッファー(モック)又は転写因子OSKMをコードする15μgのIVT-RNAを、2回エレクトロポレートし、ヒトES細胞培地中、表示のとおりVPA(0.5又は1mM)の存在下又は非存在下で培養した。(B)表示した時点の後、その後のエレクトロポレーションに先だって、細胞の10%を培養から取り出し、全RNAを単離し、ヒトESマーカー遺伝子OCT4(内在性)、TERT及びGDF3のmRNA発現をリアルタイムPCRによって評価した。
【図13】エレクトロポレーションを受けたCCD1079Sk細胞のヒトESマーカー遺伝子の発現。(A)CCD1079Sk線維芽細胞に、転写因子OSKMをコードする15μg若しくは5μgのIVT-RNA又はバッファー(モック)を、表示のとおりエレクトロポレートし、ヒトES細胞培地中、表示のとおり1mM VPAの存在下又は非存在下で培養した。(B)表示の時点の後、その後のエレクトロポレーションに先だって、細胞の10%を培養から取り出し、全RNAを単離し、ヒトESマーカー遺伝子OCT4(内在性)、TERT、GDF3及びDPPA4のmRNA発現を、qRT-PCRによって定量化した。
【図14】エレクトロポレーションを受けたMEFのマウスESマーカー遺伝子の発現。(A)MEFに、GFP(モック)又は4つのマウス転写因子OSKMをコードする5又は2.5μgのIVT-RNAを、6回連続してエレクトロポレートし、マウスES細胞培地中、表示のとおり2mM VPAの存在下又は非存在下で培養した。(B)表示の時点の後、その後のエレクトロポレーションに先だって、細胞の10%を培養から取り出し、全RNAを単離し、マウスESマーカー遺伝子mTertのmRNA発現を、qRT-PCRによって評価した。
【発明を実施するための形態】
【0050】
本発明は、高度に特殊化した体細胞の1タイプ、例えば線維芽細胞又はケラチノサイトを、別のタイプ、例えばニューロン細胞に、多能性細胞中間体を経由して変化させるための技術を提供する。
【0051】
具体的には、多能性細胞タイプ、好ましくは幹細胞、より好ましくは胚性幹細胞中に存在する因子を、分化体細胞に与えることにより、本発明は、その細胞の後成的記憶を、多能性幹細胞の後成的記憶と類似する状態にまで回復させる。本発明では、幹細胞特性を有する細胞、特に多能性を有する細胞を生成させるために、胚を使用し、作製し、又は破壊する必要がなく、それゆえに倫理上の問題がなくなる。さらにまた、本発明は、ゲノムに組み込まれるベクターの使用、例えば挿入部位に突然変異を導入する可能性があるウイルスベクターなどの使用を必要としない。
【0052】
本発明に従って使用される体細胞は、インビトロで容易に数を拡大することができるという点で、再プログラミングを誘導する手段として、卵母細胞に対して重要な利点を有する。加えて、本発明では、患者特異的体細胞を使用することができ、それゆえに、免疫拒絶の懸念及び患者の免疫抑制に関連する問題を、おおむね排除することができる。本発明に従って生成させた細胞を自家細胞移植に使用すれば、有害副作用及び/又は耐性が誘導されることはないだろう。必要であれば、反復細胞移植も実行できる。しかし本発明では、急性拒絶及び超急性拒絶を減少させるために患者の免疫抑制を行なう必要が著しく低下するだろうから、反復移植手法の必要性も軽減され、疾患処置のコストが下がることになるだろう。
【0053】
「幹細胞特性を有する細胞(stem cell characteristics)」「幹細胞特性を有する細胞(stem cell properties)」又は「幹様細胞」などの用語は、本明細書では、分化体性非幹細胞に由来する細胞ではあるが、幹細胞、特に胚性幹細胞に典型的な1つまたは2つ以上の特質を示す細胞を示すために用いられる。そのような特質には、コンパクトなコロニー、高い核対細胞質比及び顕著な核小体などの胚性幹細胞形態、正常な核型、テロメラーゼ活性の発現、胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーの発現、及び/又は胚性幹細胞に特有の遺伝子の発現が含まれる。胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーは、例えば、ステージ特異的胚抗原3(SSEA-3)、SSEA-4、腫瘍関連抗原1-60(TRA-1-60)、TRA-1-81、及びTRA-2-49/6Eからなる群より選択される。胚性幹細胞に特有の遺伝子は、例えば、内在性OCT4、内在性NANOG、増殖分化因子3(GDF3)、REX1(reduced expression 1)、線維芽細胞増殖因子4(FGF4)、胚性細胞特異的遺伝子1(ESG1)、DPPA2(developmental pluripotency-associated 2)、DPPA4、及びテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)からなる群より選択される。一実施形態では、幹細胞に典型的な1つまたは2つ以上の特質に、多能性が含まれる。
【0054】
「幹細胞」は、自己複製する能力、未分化状態を保つ能力、及び分化した状態になる能力を有する細胞である。幹細胞は、少なくともそれが本来存在する動物の寿命の間は、際限なく分裂することができる。幹細胞は最終分化しておらず、分化経路の末端にはない。幹細胞が分裂する場合、各娘細胞は、幹細胞のままであることもできるし、最終分化につながるコースに乗ることもできる。
【0055】
全能性幹細胞は、全能的分化特性を有し、完全な生物に発生することのできる細胞である。この特性は、精子による卵母細胞の受精後、8細胞期までの細胞が持っている。これらの細胞を単離して子宮内に移植すると、それらは完全な生物に発生することができる。
【0056】
多能性幹細胞は、外胚葉層、中胚葉層及び内胚葉層に由来するさまざまな細胞及び組織に発生することのできる細胞である。受精の4〜5日後に生成する、胚盤胞の内部にある内部細胞塊に由来する多能性幹細胞は「胚性幹細胞」と呼ばれ、他のさまざまな組織細胞に分化することができるが、新しい生きた生物を形成することはできない。
【0057】
複能性幹細胞は、通常はそれぞれの起源である組織及び臓器に特異的な細胞タイプだけに分化する幹細胞である。複能性幹細胞は、胎児期、新生児期及び成体期におけるさまざまな組織及び臓器の成長及び発生に関与するだけでなく、成体組織ホメオスタシスの維持及び組織損傷時の再生を誘導する機能にも関与する。組織特異的複能性細胞は「成体幹細胞」と総称される。
【0058】
「胚性幹細胞」は、胚に存在する又は胚から単離される幹細胞である。これは、多能性(その生物中に存在するありとあらゆる細胞に分化する能力を有するもの)であるか、複能性(2つ以上の細胞タイプに分化する能力を持つもの)であることができる。
【0059】
本明細書で使用する「胚」とは、その発生の初期ステージにある動物を指す。これらのステージは、着床及び原腸形成(ここでは、3つの胚葉が規定され、確立される)並びにそれら胚葉の個々の臓器及び臓器系への分化を特徴とする。3つの胚葉とは、内胚葉、外胚葉及び中胚葉である。
【0060】
「胚盤胞」は、受精卵子が卵割を起こし終え、液体で満たされた空洞を取り囲む球状の細胞層が形成されつつあるか、形成され終えた、発生の初期ステージにおける胚である。この球状の細胞層が栄養外胚葉である。栄養外胚葉の内側には、内部細胞塊(ICM)と呼ばれる細胞のクラスターがある。栄養外胚葉は胎盤の前駆体であり、ICMは胚の前駆体である。
【0061】
成体幹細胞は、体性幹細胞とも呼ばれ、成体中に見いだされる幹細胞である。成体幹細胞は分化した組織に見いだされ、自己複製することができ、いくらかの制限の下で分化して、その起源組織の特殊化した細胞タイプを与えることができる。その例には、間葉系幹細胞、造血幹細胞、及び神経幹細胞が含まれる。
【0062】
「分化細胞」は、より特殊化した形態又は機能へと漸進的な発生的変化を起こした成熟細胞である。細胞分化は、細胞が、明らかに特殊化した細胞タイプへと成熟する時に経るプロセスである。分化細胞は独特な特性を有し、特殊な機能を果たし、分化度の低い対応する細胞ほどには、分裂する可能性がない。
【0063】
「未分化」細胞、例えば未成熟細胞、胚性細胞、又は原始細胞は、通例、非特異的な外観を有し、複数の非特異的活動を行ない得るが、分化細胞が通例果たす機能は、全く果たさないことはないとしても、わずかしか果たさない。
【0064】
「自家」という用語は、ある生物自身の組織、細胞、又はDNAに由来するものを説明するために使用される。例えば「自家移植片」とは、同じ生物に由来する組織又は臓器の移植片を指す。そのような手法は、他の方法では拒絶をもたらす免疫学的障壁を乗り越えるので、有利である。
【0065】
「異種」という用語は、複数の異なるエレメントからなるものを説明するために使用される。一例として、ある個体の骨髄の異なる個体への導入は、異種移植を構成する。異種遺伝子はその生物以外の供給源に由来する遺伝子である。
【0066】
「体細胞」は、ありとあらゆる分化細胞を指し、幹細胞、生殖細胞、又は配偶子を含まない。好ましくは、本明細書で使用する「体細胞」は、最終分化細胞を指す。
【0067】
本明細書で使用する「コミットされた(committed)」は、特殊な機能に永続的にコミットされたとみなされる細胞を指す。コミットされた細胞を「最終分化細胞」ともいう。
【0068】
本明細書で使用する「分化」は、特定の形態又は機能に対する細胞の適応を指す。細胞では、分化が、より強くコミットされた(more committed)細胞をもたらす。
【0069】
本明細書で使用する「脱分化」は、形態又は機能の特殊化の喪失を指す。細胞では、脱分化は、より弱くコミットされた(less committed)細胞を指す。
【0070】
本明細書で使用する「再プログラミング」は、細胞の遺伝的プログラムのリセットを指す。再プログラムされた細胞は、好ましくは、多能性を示す。
【0071】
「脱分化された」及び「再プログラムされた」という用語又は類似する用語は、本明細書では、幹細胞特性を有する体細胞由来細胞を示すために、可換的に使用される。しかし、これらの用語は、機械的又は機能的考察によって本明細書に開示する内容を限定しようとするものではない。
【0072】
「幹細胞特性の発生を誘導するRNA」という用語は、体細胞中に導入された時に、脱分化するように細胞を誘導するRNAを指す。
【0073】
本明細書で使用する「生殖細胞(germ cell)」は、精母細胞若しくは卵母細胞などの生殖細胞(reproductive cell)、又は生殖細胞へと発生するであろう細胞を指す。
【0074】
本明細書で使用する「多能性」は、胎盤の細胞又は子宮の他の支持細胞を除く任意の細胞タイプを生じることができる細胞を指す。
【0075】
本発明によれば、核酸の作製、細胞の培養及び細胞内へのRNAの導入には、標準的な方法を使用することができる。
【0076】
本発明によれば、用語「核酸」は、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、それらの組合せ、及びそれらの修飾型を含む。この用語は、ゲノムDNA、cDNA、mRNA、組換え生産分子及び化学合成分子を含む。本発明によれば、核酸は、一本鎖又は二本鎖の線状分子又は共有結合で環状に閉じた分子として、存在することができる。
【0077】
核酸は、本発明によれば、単離され得る。「単離された核酸」という用語は、本発明によれば、核酸が、(i)インビトロで、例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって、増幅されたこと、(ii)クローニングによって組換え生産されたこと、(iii)例えば切断とゲル電気泳動での分離とによって、精製されたこと、又は(iv)例えば化学合成によって合成されたことを意味する。
【0078】
好ましい一実施形態では、クローン化された核酸が、本発明によれば、ベクター中に存在し、そのベクターは、場合によっては、その核酸の発現を制御するプロモーターを含む。「ベクター」という用語は、その最も一般的な意味で使用され、例えば原核細胞及び/又は真核細胞中に核酸を挿入し、場合によってはそれをゲノムに組み込むことを可能にする、任意の核酸用中間運搬体(intermediate vehicle)を含む。そのようなベクターは、好ましくは、その細胞内で複製され且つ/又は発現される。中間運搬体は、例えばエレクトロポレーション、遺伝子銃、リポソーム投与、アグロバクテリアを使った導入、又はDNA若しくはRNAウイルスを介した挿入での使用に適合させることができる。ベクターは、プラスミド、ファージミド又はウイルスゲノムを含む。
【0079】
「遺伝子」という用語は、本発明によれば、1種または2種以上の細胞産物の産生及び/又は1つまたは2つ以上の細胞間機能若しくは細胞内機能の獲得を担う、特定の核酸配列に関する。特にこの用語は、特異的タンパク質又は機能的若しくは構造的RNA分子をコードするDNAセグメントに関する。
【0080】
本明細書で使用する用語「RNA」は、少なくとも1つのリボヌクレオチド残基を含む分子を意味する。「リボヌクレオチド」は、β-D-リボフラノース成分の2'位にヒドロキシル基を有するヌクレオチドを意味するものとする。この用語には、二本鎖RNA、一本鎖RNA、単離されたRNA、例えば部分精製されたRNA、本質的に純粋なRNA、合成RNA、組換え生産RNA、並びに1つまたは2つ以上のヌクレオチドの付加、欠失、置換及び/又は改変によって天然のRNAとは異なっている、改変されたRNAが含まれる。そのような改変には、非ヌクレオチド物質の付加、例えばRNAの一端若しくは両端への付加、又は内部への付加、例えばRNAの1つまたは2つ以上のヌクレオチドにおける付加を含めることができる。RNA分子中のヌクレオチドは、非標準的ヌクレオチド、例えば非天然又は化学合成ヌクレオチド又はデオキシヌクレオチドも含むことができる。これらの改変されたRNAは類似体又は天然RNAの類似体とも呼ぶことができる。
【0081】
本発明によれば、「RNA」という用語には、「mRNA」(これは、「メッセンジャーRNA」を意味し、テンプレートとしてDNAを使って産生され得る「転写物」を指し、ペプチド又はタンパク質をコードする)が含まれ、好ましくはこれを指す。mRNAは、典型的には、5'非翻訳領域、タンパク質又はペプチドコーディング領域及び3'非翻訳領域を含む。mRNAは細胞内及びインビトロで限られた半減期を有する。好ましくは、mRNAは、DNAテンプレートを使って、インビトロ転写によって作製される。
【0082】
「発現」という用語は、本発明によれば、その最も一般的な意味で使用され、例えば転写及び/又は翻訳によるRNAの産生又はRNA及びタンパク質/ペプチドの産生を含む。これは、核酸の部分的発現も含む。そのうえ、発現は一過性又は安定であることができる。RNAについて言えば、「発現」という用語は、特にタンパク質/ペプチドの産生を指す。
【0083】
本発明に従って、ある核酸と機能的に連結することができる、発現制御配列又は発現調節配列は、その核酸に対して同種又は異種であることができる。コーディング配列と調節配列は、コーディング配列の転写又は翻訳がその調節配列の制御下又は影響下に置かれるような形でそれらが一つに共有結合されるのであれば、「機能的に」連結されるという。コーディング配列が機能的タンパク質に翻訳されるものである場合、調節配列をコーディング配列と機能的に連結すれば、調節配列の誘導が、コーディング配列の読み枠シフトを引き起こすことなく、又はコーディング配列が所望のタンパク質又はペプチドに翻訳され得ないということなく、コーディング配列の転写をもたらす。
【0084】
「発現制御配列」又は「調節配列」という用語は、本発明によれば、プロモーター、リボソーム結合配列、及び遺伝子の転写、又は得られたRNAの翻訳を制御する他の制御エレメントを含む。本発明の一定の実施形態では、発現制御配列を制御することができる。調節配列の正確な構造は、種に応じて、又は細胞タイプに応じて変動し得るが、一般的には、転写又は翻訳の開始に関与する5'-非転写配列並びに5'-及び3'-非翻訳配列、例えばTATAボックス、キャッピング配列、CAAT配列などを含む。特に5'-非転写調節配列は、機能的に結合された遺伝子の転写制御のためのプロモーター配列が含まれるプロモーター領域を含む。調節配列は、エンハンサー配列又は上流活性化因子配列も含むことができる。
【0085】
「転写」という用語は、本発明によれば、DNA配列中の遺伝暗号がRNAに転写されるプロセスを指す。次にRNAはタンパク質に翻訳され得る。本発明によれば、「転写」という用語は、「インビトロ転写」(IVT)を含み、これは、RNA、特にmRNAが、インビトロ無細胞系中で、好ましくは適当に調製された細胞抽出物を使って合成されるプロセスを指す。好ましくは、一般に転写ベクターと呼ばれるクローニングベクターを使って、転写物が産生される。
【0086】
「翻訳」という用語は、本明細書によれば、メッセンジャーRNAの鎖がアミノ酸の配列の組み立てを指示してタンパク質又はペプチドを作る、細胞のリボソームにおけるプロセスを指す。
【0087】
特定の実施形態では、本発明に従って細胞中に導入されるRNAが、異なるRNA分子の集団、例えば全細胞RNA、RNAライブラリー、又はその一部、例えば特定の細胞タイプ、例えば未分化細胞、特に胎性幹細胞などの幹細胞において発現されるRNA分子のライブラリー、又はRNA分子のライブラリーの画分、例えば未分化細胞、特に胎性幹細胞などの幹細胞中で、分化細胞よりも高濃度に発現されるRNAなどを含む。
【0088】
したがって、本発明によれば、「RNA」という用語には、細胞からのRNAの単離を含むプロセスによって、及び/又は組換え手段、特にインビトロ転写によって得ることができる、全細胞RNA又はその画分を含めることができる。
【0089】
本発明の方法の一実施形態では、細胞中に導入されるRNAが、適当なDNAテンプレートのインビトロ転写によって得られる。転写を制御するためのプロモーターは、RNAポリメラーゼ用の任意のプロモーターであることができる。RNAポリメラーゼの特定の例は、T7、T3及びSP6 RNAポリメラーゼである。好ましくは、インビトロ転写は、本発明によれば、T7又はSP6プロモーターによって制御される。
【0090】
インビトロ転写のためのDNAテンプレートは、核酸、特にcDNAをクローニングし、それを適当なインビトロ転写用ベクター中に導入することによって得ることができる。cDNAは、RNAの逆転写によって得ることができる。cDNA含有ベクターテンプレートは、転写後に異なるRNA分子(場合によっては異なる因子を発現させることができるもの)の集団をもたらす異なるcDNAインサートを保持するベクターを含むか、又は転写後に因子を一つだけ発現させることができる単一RNA種の集団だけをもたらす一種類だけのcDNAインサートを保持するベクターを含むことができる。したがって、単一の因子だけを発現させることのできるRNAを作製するか、又は異なるRNAの組成物、例えば2つ以上の因子(例えば胚性幹細胞に特異的な因子の組成物)を発現させることのできるRNAライブラリー及び全細胞RNAなどを作製することが可能である。本発明では、そのようなRNAの全ての、体細胞中への導入が想定される。
【0091】
特に、インビトロ転写によって全細胞RNA又はその画分を得るには、次のようにすることができる:1.RNAを細胞から単離し、場合によっては、そのRNAを分画して、さらなる加工のためにRNAの特異的部分(specific subspecies of RNA)を選択する。2.こうして得たRNAを、特に逆転写によって、cDNAに変換する。3.場合によっては、さらなる加工のためにcDNAの特異的部分を選択するべく、分離ステップを行なった後、そのcDNAをインビトロ転写に適したベクター中に挿入する。4.cDNAを含有するベクターを(場合によってはそのベクターを線状化した後に)インビトロ転写に付す。RNAを分画する随意のステップは、ポリA配列を含有するRNAを、そのような配列を含有しないRNAから分離するのに役立ち得る。さらにまた、これは、例えばサイズ、特定の発現パターンなどに応じてRNAを分離するのにも役立ち得る。例えば未分化細胞、特に胎性幹細胞などの幹細胞をRNAの単離に使用する場合、前記細胞中では特異的に発現されるが、例えば分化細胞では発現されないようなRNAをさらなる加工のために選択することが可能である。ステップ3ではcDNAの同様の分画が可能である。
【0092】
本発明に従って使用されるRNAは、その組成がわかっていてもよいし(この実施形態の場合、好ましくは、どの因子がそのRNAによって発現されているかがわかる)、RNAの組成が部分的に又は全くわからなくてもよい。或いは、本発明に従って使用されるRNAは、その機能がわかっていてもよいし、RNAの機能が部分的に又は全くわからなくてもよい。
【0093】
本発明は、体細胞中に導入した時に、単独で、又は他の因子と組み合わされて、多能性などの幹細胞特性を有する細胞への動物分化体細胞の再プログラミングを誘導、強化又は阻害することのできる因子をスクリーニングするための方法にも関係する。この方法は、観察される動物分化体細胞に対する効果を引き起こすRNAのヌクレオチド配列の決定も含むことができる。
【0094】
本発明によれば、特定の因子に関して「(それを)発現させることのできるRNA」という用語は、そのRNAが、適当な環境中(好ましくは細胞内)に存在するのであれば、発現されて前記因子を産生し得ることを意味する。好ましくは、本発明のRNAは、細胞の翻訳装置と相互作用して、それが発現させることのできる因子を与えることができる。
【0095】
本発明に従って特定の因子を発現させることのできるRNAには、前記因子を発現させることのできる天然RNA、及び前記因子を発現させることのできる任意の非天然RNA、例えば前記因子を発現させることのできる天然RNAの修飾型又は変異体が含まれる。例えば、遺伝暗号は縮重しているので、発現される因子の配列を変えずにRNAの配列を改変することができる。さらにまた、RNAを改変して、その安定性及び発現レベルを変化させることもできる。
【0096】
特定の因子に関して「(それを)発現させることのできるRNA」という用語には、その因子をコードするRNAだけを含有する組成物、及びその因子をコードするRNAを含むだけでなく、他のRNA、特に異なるタンパク質/ペプチドをコードするRNAも含む組成物が含まれる。したがって、特定の因子に関して「(それを)発現させることのできるRNA」という用語には、全細胞RNA又はその画分も含めることができる。
【0097】
本発明において2つ以上の因子を発現させるRNAへの言及がなされた場合、そのRNAは、それら2つ以上の因子の異なる物を発現させる、異なるRNA分子を含むことができる。しかし、本発明には、一つのRNA分子が(場合によっては互いに連結された)異なる因子を発現させる状況も含まれる。
【0098】
本発明によれば、細胞中に導入されたRNAの安定性及び翻訳効率は、必要に応じて改変することができる。例えば、安定化効果を有し且つ/又はRNAの翻訳効率を増加させる1つまたは2つ以上の改変によって、RNAを安定化し、その翻訳を増加させることができる。そのような改変は、例えば参照により本明細書に組み込まれるPCT/EP2006/009448に記載されている。
【0099】
例えば、マスクされていないポリA配列を有するRNAは、マスクされたポリA配列を有するRNAよりも効率よく翻訳される。「ポリA配列」という用語は、RNA分子の3'端に典型的に位置するアデニル(A)残基の配列を指し、「マスクされていないポリA配列」とは、RNA分子の3'端にあるポリA配列がそのポリA配列のAで終わっていて、そのポリA配列の3'端側の位置(すなわち下流)に、A以外のヌクレオチドが後続していないことを意味する。さらにまた、約120塩基対の長いポリA配列は、RNAの最適な転写安定性及び翻訳効率をもたらす。
【0100】
それゆえ、本発明に従って使用されるRNAの安定性及び/又は発現を増加させるには、ポリA配列(好ましくは10〜500個、より好ましくは30〜300個、さらに好ましくは65〜200個、とりわけ100〜150個のアデノシン残基を有するもの)と連結して存在するように、それを改変することができる。とりわけ好ましい一実施形態では、ポリA配列が約120アデノシン残基の長さを有する。本発明に従って使用されるRNAの安定性及び/又は発現をさらに増加させるために、ポリA配列をアンマスクすることができる。
【0101】
加えて、RNA分子の3'非翻訳領域への3'非翻訳領域(UTR)の組み込みも、翻訳効率の強化をもたらすことができる。そのような3'非翻訳領域を2つ以上組み込むことによって、相乗効果を達成することもできる。3'非翻訳領域は、それらが導入されるRNAにとって自家でも異種でもよい。ある特定の実施形態では、3'非翻訳領域がヒトβ-グロビン遺伝子に由来する。
【0102】
上述した改変の組合せ、すなわちポリA配列の組み込み、ポリA配列のアンマスキング及び1つまたは2つ以上の3'非翻訳領域の組み込みの組合せは、RNAの安定性に対して相乗的影響を有し、翻訳効率を増加させる。
【0103】
本発明に従って使用されるRNAの発現を増加させるために、コーディング領域内を、すなわち発現される因子をコードする配列内を、好ましくは発現される因子の配列を変化させずに、GC含量を増加させてmRNAの安定性が増加するように、また、その細胞が由来する種に応じたコドン最適化を行なうことで細胞における翻訳が強化されるように、改変してもよい。
【0104】
本発明のさらなる実施形態では、細胞中に導入されるRNAが、その5'端に、宿主細胞における翻訳を促進するキャップ構造又は調節配列を有する。好ましくは、RNAは、5'-5'架橋によってmRNA鎖の第1転写ヌクレオチドに取付けられた、修飾されていてもよい7-メチルグアノシンによって、その5'端がキャッピングされる。好ましくは、RNAの5'端は、次の一般式を有するキャップ構造を含む:
【化1】

[式中、R1及びR2は、独立して、ヒドロキシ又はメトキシであり、W-、X-及びY-は、独立して、酸素又は硫黄である]。好ましい一実施形態では、R1及びR2がヒドロキシであり、W-、X-及びY-が酸素である。さらにもう一つの好ましい実施形態では、R1及びR2の一方(好ましくはR1)がヒドロキシ、他方がメトキシであり、W-、X-及びY-が酸素である。さらにもう一つの好ましい実施形態では、R1及びR2がヒドロキシであり、W-、X-及びY-の一つ、好ましくはX-が硫黄であると同時に、その他が酸素である。さらにもう一つの好ましい実施形態では、R1及びR2の一方(好ましくはR2)がヒドロキシ、他方がメトキシであり、W-、X-及びY-の一つ、好ましくはX-が硫黄であると同時に、その他が酸素である。
【0105】
上記の式において、右側のヌクレオチドは、その3'基を介してRNA鎖につながれている。5'キャップ構造の好ましい実施形態を図4Aにも示す。
【0106】
W-、X-及びY-の少なくとも一つが硫黄であるキャップ構造、すなわちホスホロチオエート成分を有するキャップ構造は、異なるジアステレオ異性体型で存在し、それらは全てここに包含される。さらにまた、本発明は、上記の式の全ての互変異性体及び立体異性体を包含する。
【0107】
例えば、R1がメトキシであり、R2がヒドロキシであり、X-が硫黄であり、W-及びY-が酸素である、上記の構造を有するキャップ構造は、2つのジアステレオ異性体型(Rp及びSp)で存在する。これらは逆相HPLCで分割することができ、逆相HPLCカラムからの溶出順序に応じてD1及びD2と名付けられる。本発明によれば、m27,2'-OGppSpGのD1異性体は特に好ましい。
【0108】
もちろん、本発明において、RNAの安定性及び/又は翻訳効率を減少させることが望まれる場合は、RNAの安定性及び/又は翻訳効率を増加させる上述のエレメントの機能が妨害されるように、RNAを改変することができる。
【0109】
本発明によれば、RNAを細胞中に導入するには、RNAを細胞中に導入するのに役立つ任意の技法を使用することができる。好ましくは、RNAを標準的技法によって細胞中にトランスフェクトする。そのような技法には、エレクトロポレーション、リポフェクション及びマイクロインジェクションが含まれる。本発明の特に好ましい一実施形態では、RNAがエレクトロポレーションによって細胞中に導入される。
【0110】
エレクトロポレーション又は電気透過処理(electropermeabilization)とは、外部から印加された電場によって引き起こされる細胞形質膜の電気伝導率及び透過性の有意な増大を指す。これは通常、分子生物学では、細胞中に何らかの物質を導入する方法として使用される。
【0111】
エレクトロポレーションは通常、細胞溶液中に電磁場を作り出す器具であるエレクトロポレーターを使って行なわれる。その側面に2つのアルミニウム電極を有するガラス製又はプラスチック製のキュベットに、細胞懸濁液をピペットで入れる。
【0112】
エレクトロポレーションには、通例、250マイクロリットル程度の細胞懸濁液が使用される。エレクトロポレーションに先だって、それを、形質転換しようとする核酸と混合する。その混合物をピペットでキュベットに入れ、電圧及び電気容量を設定し、キュベットをエレクトロポレーターに挿入する。好ましくは、エレクトロポレーション後直ちに(キュベット中又はエッペンドルフチューブ中で)液体培地を加え、細胞を回復させると共に、場合によっては、抗生物質耐性を発現させるために、そのチューブをその細胞の至適温度で1時間以上インキュベートする。
【0113】
好ましくは、本発明によれば、200〜300V、好ましくは230〜270V、より好ましくは250V付近の電圧と、200〜600μF、好ましくは250〜500μF、より好ましくは300〜500μFの電気容量とを、エレクトロポレーションに使用する。
【0114】
本発明によれば、本発明に開示する一定の因子を発現させることのできるRNAの体細胞中への導入は、再プログラミングを完了するために、ある期間にわたって前記因子の発現をもたらし、幹細胞特性を有する細胞の発生をもたらす。好ましくは、本明細書に開示する一定の因子を発現させることのできるRNAの体細胞中への導入は、長期間にわたる、好ましくは少なくとも10日間、好ましくは少なくとも11日間、より好ましくは少なくとも12日間にわたる、前記因子の発現をもたらす。そのような長期間の発現を達成するには、RNAを、好ましくは定期的に2回以上、好ましくはエレクトロポレーションを使って細胞中に導入する。長期間にわたる1種または2種以上の因子の発現を保証するために、好ましくは、少なくとも2回、より好ましくは少なくとも3回、より好ましくは少なくとも4回、さらに好ましくは少なくとも5回から、好ましくは6回まで、より好ましくは7回まで、さらには8、9又は10回まで、好ましくは少なくとも10日間、好ましくは少なくとも11日間、より好ましくは少なくとも12日間の期間にわたって、RNAを細胞中に導入する。好ましくは、RNAの反復導入の間に経過する期間は、24時間〜120時間、好ましくは48時間〜96時間である。一実施形態では、RNAの反復投与の間に経過する期間が、72時間を超えず、好ましくは48時間又は36時間を超えない。一実施形態では、次のエレクトロポレーションに先だって、細胞を前のエレクトロポレーションから回復させる。この実施形態では、RNAの反復導入の間に経過する期間が少なくとも72時間、好ましくは少なくとも96時間、より好ましくは少なくとも120時間である。いずれの場合も、条件は、因子が、再プログラミングプロセスをサポートする量で、再プログラミングプロセスをサポートする期間にわたって、細胞内で発現されるように選択されるべきである。
【0115】
エレクトロポレーション1回あたり、各因子につき、好ましくは少なくとも1μg、好ましくは少なくとも1.25μg、より好ましくは少なくとも1.5μgから、好ましくは20μgまで、より好ましくは15μgまで、より好ましくは10μgまで、より好ましくは5μgまで、好ましくは1〜10μg、さらに好ましくは1〜5μg、又は1〜2.5μgのRNAを使用する。
【0116】
好ましくは、幹細胞特性を有する細胞を発生させるために、細胞を、1種または2種以上のDNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤及び/又は1種または2種以上のヒストンデアセチラーゼ阻害剤の存在下で培養する。好ましい化合物は、5'-アザシチジン(5'-azaC)、スベロイルアニリドヒドロキサム酸(SAHA)、デキサメタゾン、トリコスタチンA(TSA)及びバルプロ酸(VPA)からなる群より選択される。好ましくは0.5〜10mMの濃度、より好ましくは1〜5mMの濃度、最も好ましくは約2nMの濃度のバルプロ酸(VPA)の存在下で、細胞を培養することが好ましい。
【0117】
本発明の好ましい一実施形態では、反復エレクトロポレーションによってRNAを体細胞中に導入する。好ましくは、細胞の生存性の喪失が起こるのであれば、過去にエレクトロポレーションを受けていない細胞をキャリア細胞(carrier cell)として加える。好ましくは、過去にエレクトロポレーションを受けていない細胞は、4回目以降、好ましくは5回目以降のエレクトロポレーションの1つまたは2つ以上の前、最中又は後に、例えば4回目及び6回目のエレクトロポレーションの前、間又は後に加えられる。好ましくは、過去にエレクトロポレーションを受けていない細胞を、4回目又は5回目及びそれ以降の各エレクトロポレーションの前、間又は後に加える。好ましくは、過去にエレクトロポレーションを受けていない細胞は、RNAが導入される細胞と同じ細胞である。
【0118】
好ましくは、1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを細胞中に導入することにより、その細胞における、それら1種または2種以上の因子の発現が引き起こされる。
【0119】
「RNAのトランスフェクション」という用語は、本発明によれば、細胞中への1種または2種以上の核酸の導入を指す。本発明によれば、細胞は単離された細胞であるか、臓器、組織及び/又は生物の一部を形成することができる。
【0120】
本発明による「因子」という用語が、RNAによるその発現に関連して使用される場合、この用語には、タンパク質及びペプチド並びにその誘導体及び変異体が含まれる。例えば「因子」という用語は、OCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4及びc-MYCを含む。
【0121】
因子は任意の動物種(例えば哺乳動物及び齧歯動物)の因子であることができる。哺乳動物の例には、例えばヒト及び非ヒト霊長類が含まれるが、これらに限るわけではない。霊長類には、ヒト、チンパンジー、ヒヒ、カニクイザル、及び他の任意の新世界ザル又は旧世界ザルが含まれるが、これらに限るわけではない。齧歯動物には、マウス、ラット、モルモット、ハムスター及びスナネズミが含まれるが、これらに限るわけではない。
【0122】
OCT4は、真核POU転写因子類の転写因子であり、胚性幹細胞の多能性の指標である。これは、母性発現をするオクトマー(Octomer)結合タンパク質である。これは卵母細胞、未分化胚芽細胞の内部細胞塊、及び始原生殖細胞中に存在することが観察されている。遺伝子POU5F1はOCT4タンパク質をコードする。この遺伝子名の別名には、OCT3OCT4OTF3及びMGC22487が含まれる。胚性幹細胞が未分化状態に留まるには、特異的濃度のOCT4の存在が必要である。
【0123】
好ましくは、「OCT4タンパク質」又は単に「OCT4」とは、ヒトOCT4を指し、好ましくは配列番号1の核酸によってコードされるアミノ酸配列、好ましくは配列番号2のアミノ酸配列を含む。上述したOCT4のcDNA配列がOCT4 mRNAと等価であり、OCT4を発現させることのできるRNAの作製に使用できることは、当業者には理解されるだろう。
【0124】
Sox2は、単一のHMG DNA結合ドメインを有する転写因子をコードするSox(SRY関連HMGボックス)遺伝子ファミリーのメンバーである。SOX2は、神経前駆細胞をその分化能力の阻害によって制御することが見いだされている。この因子の抑制は脳室帯からの剥離をもたらし、その後に、細胞周期からの離脱が起こる。これらの細胞は、前駆細胞マーカー及び初期ニューロン分化マーカーの喪失により、その前駆細胞特色も失いはじめる。
【0125】
好ましくは、「SOX2タンパク質」又は単に「SOX2」とは、ヒトSOX2を指し、好ましくは配列番号3の核酸によってコードされるアミノ酸配列、好ましくは配列番号4のアミノ酸配列を含む。上述したSOX2のcDNA配列がSOX2 mRNAと等価であり、SOX2を発現させることのできるRNAの作製に使用できることは、当業者には理解されるだろう。
【0126】
NANOGはNK-2型ホメオドメイン遺伝子であり、幹細胞多能性の維持において、おそらくは胚性幹細胞の複製及び分化に不可欠な遺伝子の発現を調節することによって、重要な役割を果たすと提唱されている。NANOGは、そのC末端に埋込まれた二つの並外れて強い活性化ドメインを有する転写活性化因子として挙動する。NANOG発現の減少は、胚性幹細胞の分化を誘導する。
【0127】
好ましくは、「NANOGタンパク質」又は単に「NANOG」とは、ヒトNANOGを指し、好ましくは配列番号5の核酸によってコードされるアミノ酸配列、好ましくは配列番号6のアミノ酸配列を含む。上述したNANOGのcDNA配列がNANOG mRNAと等価であり、NANOGを発現させることのできるRNAの作製に使用できることは、当業者には理解されるだろう。
【0128】
LIN28は、RNA結合モチーフの珍しいペアリング、すなわちコールドショックドメインと一対のレトロウイルス型CCHCジンクフィンガーとを持つ、保存された細胞質タンパク質である。哺乳動物では、これが、多様なタイプの未分化細胞に豊富に存在する。多能性哺乳動物細胞では、LIN28が、ポリ(A)結合タンパク質とのRNase感受性複合体中、及びスクロース勾配のポリソーム画分中に観察されることから、これはmRNAの翻訳に関連することが示唆される。
【0129】
好ましくは、「LIN28タンパク質」又は単に「LIN28」とは、ヒトLIN28を指し、好ましくは配列番号7の核酸によってコードされるアミノ酸配列、好ましくは配列番号8のアミノ酸配列を含む。上述したLIN28のcDNA配列がLIN28 mRNAと等価であり、LIN28を発現させることのできるRNAの作製に使用できることは、当業者には理解されるだろう。
【0130】
クルッペル様因子(KLF4)は、さまざまな組織、例えば結腸、胃及び皮膚の分裂終了上皮細胞において強く発現されるジンクフィンガー転写因子である。KLF4はこれらの細胞の最終分化にとって不可欠であり、細胞周期調節に関与する。
【0131】
好ましくは、「KLF4タンパク質」又は単に「KLF4」とは、ヒトKLF4を指し、好ましくは配列番号9の核酸によってコードされるアミノ酸配列、好ましくは配列番号10のアミノ酸配列を含む。上述したKLF4のcDNA配列がKLF4 mRNAと等価であり、KLF4を発現させることのできるRNAの作製に使用できることは、当業者には理解されるだろう。
【0132】
MYC(cMYC)は、広範囲にわたるヒト癌において過剰発現される癌原遺伝子である。これは、特異的に突然変異させるか、過剰発現させると、細胞増殖を増加させ、癌遺伝子として機能する。MYC遺伝子は、エンハンサーボックス配列(Eボックス)への結合及びヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)の動員によって全遺伝子の15%の発現を調節する転写因子をコードする。MYCは転写因子のMYCファミリーに属し、このファミリーにはN-MYC及びL-MYC遺伝子も含まれる。MYCファミリー転写因子はbHLH/LZ(塩基性ヘリックス-ループ-ヘリックスロイシンジッパー)ドメインを含有する。
【0133】
好ましくは、「cMYCタンパク質」又は単に「cMYC」は、ヒトcMYCを指し、好ましくは配列番号11の核酸によってコードされるアミノ酸配列、好ましくは配列番号12のアミノ酸配列を含む。上述したcMYCのcDNA配列がcMYC mRNAと等価であり、cMYCを発現させることのできるRNAの作製に使用できることは、当業者には理解されるだろう。
【0134】
本明細書における具体的因子、例えばOCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4若しくはc-MYCへの言及、又はその具体的配列への言及は、本明細書に記載するそれら具体的因子又はその具体的配列のあらゆる変異体も包含すると理解すべきである。特に、細胞が自然に発現させるこれらの具体的因子/配列の全てのスプライス変異体、翻訳後修飾変異体、コンフォメーション、アイソフォーム及び種ホモログも包含すると理解すべきである。
【0135】
本発明によれば、「ペプチド」という用語は、オリゴペプチド及びポリペプチドを含み、ペプチド結合による共有結合で連結された2個以上、好ましくは3個以上、好ましくは4個以上、好ましくは6個以上、好ましくは8個以上、好ましくは10個以上、好ましくは13個以上、好ましくは16個以上、好ましくは21個以上、そして好ましくは8、10、20、30、40又は50個、特に100個までのアミノ酸を含む物質を指す。「タンパク質」という用語は、大きなペプチド、好ましくは100個を超えるアミノ酸残基を持つペプチドを指すが、一般的には「ペプチド」及び「タンパク質」という用語は同義語であり、本明細書では可換的に使用される。
【0136】
本発明に従って記載されるタンパク質及びペプチドは、組織又は細胞ホモジネートなどの生物学的試料から単離することができ、数多くの原核発現系又は真核発現系で組換え発現させることもできる。
【0137】
本発明に関して、タンパク質若しくはペプチド又はアミノ酸配列の「変異体」は、アミノ酸挿入変異体、アミノ酸欠失変異体及び/又はアミノ酸置換変異体を含む。
【0138】
アミノ酸挿入変異体は、アミノ末端及び/又はカルボキシ末端融合を含み、特定アミノ酸配列における単一アミノ酸又は2個以上のアミノ酸の挿入も含む。挿入を有するアミノ酸配列変異体の場合、1つまたは2つ以上のアミノ酸残基がアミノ酸配列中の特定部位に挿入されるが、ランダムな挿入とその結果生じる産物の適当なスクリーニングも可能である。
【0139】
アミノ酸欠失変異体は、配列からの1つまたは2つ以上のアミノ酸の除去を特徴とする。
【0140】
アミノ酸置換変異体は、配列中の少なくとも1つの残基が除去され、別の残基がその位置に挿入されることを特徴とする。相同タンパク質又は相同ペプチド間で保存されていないアミノ酸配列中の位置で改変がなされること、及び/又はアミノ酸を類似する特性を有する他のアミノ酸で置き換えることが好ましい。
【0141】
「保存的置換」は、例えば、関与する残基の極性、電荷、溶解性、疎水性、親水性、及び/又は両親媒性の類似性に基づいて行なうことができる。例えば、(a)非極性(疎水性)アミノ酸には、アラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン、及びメチオニンが含まれ;(b)極性中性アミノ酸には、グリシン、セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、及びグルタミンが含まれ;(c)正電荷(塩基性)アミノ酸には、アルギニン、リジン、及びヒスチジンが含まれ;(d)負電荷(酸性)アミノ酸には、アスパラギン酸及びグルタミン酸が含まれる。置換は、典型的には、グループ(a)〜(d)内で行なうことができる。加えて、グリシンとプロリンも、α-ヘリックスを破壊するその能力に基づいて、互いに置換することができる。いくつかの好ましい置換は、次の群内で行なうことができる:(i)S及びT;(ii)P及びG;並びに(iii)A、V、L及びI。公知の遺伝暗号並びに組換え及び合成DNA技法により、当業者は、保存的アミノ酸変異体をコードするDNAを容易に構築することができる。
【0142】
好ましくは、本明細書に記載する具体的アミノ酸配列とその具体的アミノ酸配列の変異体であるアミノ酸配列の間の類似性(好ましくは同一性)の程度は、少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、さらに好ましくは少なくとも90%又は最も好ましくは少なくとも95%、96%、97%、98%若しくは99%であるだろう。類似性又は同一性の程度は、好ましくは、少なくとも約20、少なくとも約40、少なくとも約60、少なくとも約80、少なくとも約100、少なくとも約120、少なくとも約140、少なくとも約160、少なくとも約200又は250アミノ酸の領域について与えられる。好ましい実施形態では、類似性又は同一性の程度が、基準アミノ酸配列の全長について与えられる。
【0143】
上述したアミノ酸変異体は、公知のペプチド合成技法、例えば固相合成(Merrifield, 1964)及び類似の方法、又は組換えDNA操作などを利用して、容易に製造することができる。置換、挿入又は欠失を有するタンパク質及びペプチドを製造するためのDNA配列の操作は、例えばSambrookら(1989)に詳述されている。
【0144】
本発明によれば、タンパク質及びペプチドの「変異体」は、タンパク質又はペプチドに関連する任意の分子、例えば糖質、脂質及び/又はタンパク質若しくはペプチドの、単一又は複数の置換、欠失及び/又は付加も含む。「変異体」という用語は、前記タンパク質及びペプチドの全ての機能的化学的等価物にも及ぶ。
【0145】
本発明によれば、タンパク質又はペプチドの変異体は、好ましくは、それが由来するタンパク質又はペプチドの機能的特性を有する。そのような機能的特性を、OCT4、SOX2、NANOG、LIN28、KLF4及びc-MYCについて、それぞれ上に述べた。好ましくは、タンパク質又はペプチドの変異体は、動物分化細胞の再プログラミングにおいて、それが由来したタンパク質又はペプチドと同じ特性を有する。好ましくは、変異体は動物分化細胞の再プログラミングを誘導し、又は強化する。
【0146】
本発明の方法を使って任意のタイプの体細胞の脱分化を達成することができる。使用することができる細胞には、本発明の方法によって脱分化させ、又は再プログラムすることができる細胞、特に完全に又は部分的に分化した細胞、より好ましくは最終分化した細胞が含まれる。好ましくは、体細胞は、前期胚、胚、胎児、及び出生後多細胞生物に由来する二倍体細胞である。使用することができる細胞の例には、線維芽細胞、例えば胎児及び新生児線維芽細胞又は成体線維芽細胞、ケラチノサイト、特に初代ケラチノサイト、より好ましくは毛髪に由来するケラチノサイト、B細胞、T細胞、樹状細胞、脂肪細胞、上皮細胞、表皮細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経細胞、膠細胞、アストロサイト、心臓細胞、食道細胞、筋細胞、メラノサイト、造血細胞、骨細胞、マクロファージ、単球及び単核球が含まれるが、これらに限るわけではない。
【0147】
本発明の方法を使用することができる細胞は、任意の動物種、例えば哺乳動物及び齧歯動物のものであることができる。本発明によって脱分化及び再分化させることができる哺乳動物細胞の例には、ヒト及び非ヒト霊長類細胞が含まれるが、これらに限るわけではない。本発明を実施することができる霊長類細胞には、ヒト、チンパンジー、ヒヒ、カニクイザル、及び他の任意の新世界ザル若しくは旧世界ザルの細胞が含まれるが、これらに限るわけではない。本発明を実施することができる齧歯動物細胞には、マウス、ラット、モルモット、ハムスター及びスナネズミ細胞が含まれるが、これらに限るわけではない。
【0148】
「生物」という用語は、本発明によれば、遺伝情報を増幅し又は伝達することのできる任意の生物学的ユニットを指し、植物及び動物、並びに微生物、例えば細菌、酵母、真菌及びウイルスを含む。「生物」という用語には、ヒト、非ヒト霊長類又は他の動物、特に哺乳動物、例えばウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、又は齧歯動物、例えばマウス及びラットが含まれるが、これらに限るわけではない。特に好ましい実施形態では、生物がヒトである。
【0149】
本発明に従って調製される脱分化細胞は、多能性幹細胞の要求性と同じ要求性の多くを示すと予想され、胚性幹細胞に使用される条件、例えばES細胞培地、又は胚性細胞の成長をサポートする任意の培地で、拡大し、維持することができる。胚性幹細胞は、培養された不活化胎児線維芽細胞上で、例えば照射マウス胚性線維芽細胞又はヒト線維芽細胞(例えばヒト包皮線維芽細胞、ヒト皮膚線維芽細胞、ヒト子宮内膜線維芽細胞、ヒト卵管線維芽細胞)上で、維持した場合に、インビトロでその多能性を保持する。一実施形態において、ヒトフィーダー細胞は、直接分化によって同じ再プログラム細胞の培養物から派生させた自家フィーダー細胞であることができる。
【0150】
さらにまた、ヒト胚性幹細胞は、マウス胎仔線維芽細胞によって調整(conditioned)された培地中のマトリゲル上でも、うまく増殖させることができる。ヒト幹細胞は、長期間にわたって培養中で成長させることができ、特殊な培養条件下では未分化状態のままであることができる。
【0151】
一定の実施形態では、細胞培養条件が、細胞を、細胞の分化を阻害するか、さもなければ細胞の脱分化を増強することができる因子、例えば非ES細胞、栄養外胚葉又は他の細胞タイプへの細胞の分化を防止することができる因子と接触させることを含み得る。
【0152】
本発明に従って調製される脱分化細胞は、細胞の表現型の変化を監視し、それらの遺伝子発現及びタンパク質発現を特徴づけることを含む方法によって評価することができる。遺伝子発現はRT-PCRによって決定することができ、翻訳産物は、免疫細胞化学及びウェスタンブロット法によって決定することができる。特に、トランスクリプトミクスを含む当技術分野で周知の技法を使って、脱分化細胞を特徴づけて、遺伝子発現パターンを決定すると共に、再プログラム細胞が胚性幹細胞などの未分化多能性対照細胞に予想される発現パターンと類似する遺伝子発現のパターンを示すかどうかを決定することができる。
【0153】
これに関連して次に挙げる脱分化細胞の遺伝子の発現を評価することができる:OCT4、NANOG、増殖分化因子3(GDF3)、REX1(reduced expression 1)、線維芽細胞増殖因子4(FGF4)、胚性細胞特異的遺伝子1(ESG1)、DPPA2(developmental pluripotency-associated 2)、DPPA4、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)、胚抗原3(SSEA-3)、SSEA-4、腫瘍関連抗原1-60(TRA-1-60)、TRA-1-81、及びTRA-2-49/6E。
【0154】
再プログラム細胞の比較対象とすることができる未分化細胞又は胚性幹細胞は、分化体細胞と同じ種から得ることができる。或いは、再プログラム細胞の比較対象とすることができる未分化細胞又は胚性幹細胞は、分化体細胞とは異なる種から得ることもできる。
【0155】
いくつかの実施形態では、未分化細胞において特異的に発現される一定の遺伝子が再プログラム細胞でも発現されるのであれば、再プログラム細胞と未分化細胞、例えば胚性幹細胞との間に、遺伝子発現パターンの類似性が存在する。例えば、分化体細胞では通例、検出することができない一定の遺伝子、例えばテロメラーゼを使って、再プログラミングの程度をモニターすることができる。同様に、一定の遺伝子については、発現の非存在を使って再プログラミングの程度を評価することができる。
【0156】
テロメラーゼ活性の誘導によって示される自己複製能は、脱分化細胞においてモニターすることができる、幹細胞のもう一つの特徴である。
【0157】
核型解析は、有糸分裂細胞から得られる染色体展開標本、スペクトル核型決定、テロメア長のアッセイ、全ゲノムハイブリダイゼーション、又は当技術分野で周知の他の技法を使って行なうことができる。
【0158】
本発明を使って、適当な因子をコードするRNAを、例えばエレクトロポレーションにより、1つまたは2つ以上の体細胞中に取り込ませる。取り込み後に、細胞を、好ましくは、脱分化細胞の維持をサポートする条件(すなわち幹細胞培養条件)を使って培養する。次に、脱分化細胞を拡大し、細胞療法に必要とされる、異なるタイプの体細胞に再分化するように、誘導することができる。本発明に従って得られる脱分化細胞は、インビトロ又はインビボで、1つまたは2つ以上の所望の体細胞タイプに分化するように誘導することができる。
【0159】
好ましくは、本発明に従って得られる脱分化細胞は、3つの胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉、及び外胚葉のいずれから得られる細胞でも生じることができる。例えば脱分化細胞は、骨格筋、骨格、皮膚の真皮、結合組織、泌尿生殖器系、心臓、血液(リンパ細胞)、及び脾臓(中胚葉);胃、結腸、肝臓、膵臓、膀胱;尿道の内壁、気管の上皮部分、肺、咽頭、甲状腺、副甲状腺、腸(内胚葉);又は中枢神経系、網膜及び水晶体、脳及び感覚神経節及び神経、色素細胞、頭結合組織(head connective tissue)、表皮、毛髪、乳腺(外胚葉)に分化することができる。本発明に従って得られる脱分化細胞は、当技術分野で知られる技法を使って、インビトロ又はインビボで再分化させることができる。
【0160】
本発明の一実施形態では、本発明の方法によって得られる再プログラム細胞を使って、分化した子孫を作出する。したがってある態様では、本発明は、(i)本発明の方法を使って再プログラム細胞を得ること;及び(ii)その再プログラム細胞の分化を誘導して、分化細胞を作出することを含む、分化細胞を作出するための方法を提供する。ステップ(ii)はインビボ又はインビトロで行なうことができる。さらにまた、分化は、適当な分化因子(これは、例えば再プログラム細胞が導入された身体、臓器又は組織に添加するか、又は本来その場に存在するものであることができる)の存在によって誘導され得る。分化細胞を使って、細胞、組織、及び/又は臓器移植の分野において有利に使用される細胞、組織及び/又は臓器を派生させることができる。所望であれば、再プログラミングに先だって、遺伝子改変を例えば体細胞中に導入することができる。本発明の分化細胞は、好ましくは、胚性幹細胞又は胚性生殖細胞の多能性を持たず、本質的に、組織特異的な部分的又は完全に分化した細胞である。
【0161】
本発明の方法の利点の一つは、本発明によって得られる再プログラム細胞が、事前に選択又は精製又は細胞株の樹立を行なわずに、分化させることができるということである。したがって一定の実施形態では、再プログラム細胞を含む不均一な細胞集団を、所望の細胞タイプに分化させる。一実施形態では、本発明の方法から得られる細胞の混合物を、1種または2種以上の分化因子に曝露し、インビトロで培養する。
【0162】
本明細書に開示する方法によって得られる再プログラム細胞を分化させる方法は、再プログラム細胞を透過処理するステップを含み得る。例えば、本明細書に記載する再プログラミング技法によって生成する細胞、或いは再プログラム細胞を含む不均一な混合物を、1種または2種以上の分化因子又は分化因子を含む細胞抽出物若しくは他の調製物に曝露する前に、透過処理することができる。
【0163】
例えば、少なくとも1つの分化因子の存在下で未分化再プログラム細胞を培養し、その培養物から分化細胞を選択することによって、分化細胞を得ることができる。分化細胞の選択は、分化細胞上に存在する一定の細胞マーカーの発現などといった表現型に基づいて行なうか、機能アッセイ(例えば特定分化細胞タイプの1つまたは2つ以上の機能を果たす能力)によって行なうことができる。
【0164】
もう一つの実施形態では、本発明に従って再プログラムされた細胞が、そのDNA配列の付加、欠失、又は修飾によって遺伝子改変される。
【0165】
本発明に従って調製された再プログラム細胞若しくは脱分化細胞又は再プログラム細胞若しくは脱分化細胞に由来する細胞は、研究及び治療に役立つ。再プログラムされた多能性細胞は、限定するわけではないが皮膚、軟骨、骨、骨格筋、心筋、腎、肝、血液及び造血、血管前駆体及び血管内皮、膵β、ニューロン、グリア、網膜、神経、腸、肺、及び肝臓細胞を含む、身体の細胞のどれにでも分化させることができる。
【0166】
再プログラム細胞は、再生/修復医療に有用であり、その必要がある患者に移植することができる。一実施形態では、細胞が患者にとって自家細胞である。
【0167】
本発明に従って提供される再プログラム細胞は、例えば心臓障害、神経障害、内分泌障害、血管障害、網膜障害、皮膚障害、筋骨格障害、及び他の疾患の処置における治療戦略に使用することができる。
【0168】
例えば、限定するつもりはないが、本発明の再プログラム細胞は、年齢又は癌放射線療法及び化学療法などのアブレーション療法によって自然細胞が消耗している動物において、細胞を補充するために使用することができる。もう一つの限定でない例では、本発明の再プログラム細胞が、臓器再生及び組織修復に役立つ。本発明の一実施形態では、損傷した筋組織、例えばジストロフィー筋及び心筋梗塞などの虚血イベントによって損傷した筋を再活性化するために、再プログラム細胞を使用することができる。本発明のもう一つの実施形態では、外傷又は手術後の、ヒトを含む動物における瘢痕化を改善するために、本明細書に開示する再プログラム細胞を使用することができる。この実施形態では、本発明の再プログラム細胞が全身投与(例えば静脈内投与)され、損傷した細胞が分泌する循環サイトカインによって動員されて、新たに外傷を起こした組織の部位に移動する。本発明のもう一つの実施形態では、修復又は再生を必要とする処置部位に再プログラム細胞を局所的に投与することができる。
【0169】
「患者」という用語は、本発明によれば、ヒト、非ヒト霊長類又は他の動物、特に哺乳動物、例えばウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、又は齧歯動物、例えばマウス及びラットを意味する。特に好ましい実施形態では、患者がヒトである。
【0170】
本発明の説明に関連して(特に後述の請求項に関連して)使用する「ある」「一つの」「その」(a、an、the)及び類似の指示対象(referent)は、本明細書において別段の表示がない限り、又は文脈上明らかに矛盾しない限り、単数形と複数形の両方を包含すると解釈すべきである。本明細書における値の範囲の記載は、単に、その範囲内に含まれる別々の値に個別に言及する簡略な方法として使用しているに過ぎない。本明細書において別段の表示がない限り、個々の値は、あたかも本明細書において個別に記載されているかのように、本明細書に組み込まれる。本明細書で述べる方法は全て、本明細書において別段の表示がない限り、又は文脈上明らかに矛盾しない限り、任意の適切な順序で行なうことができる。本明細書に記載するありとあらゆる実施例又は例示的語法(例えば「など」)は、単に本発明をより良く例示するための物であり、別の形でクレームされる本発明の範囲に限定を加えるものではない。本明細書における用語はいずれも、本発明の実施に欠かすことのできない請求項に記載のない要素(non-claimed element)を示すものではないと、解釈すべきである。
【0171】
図面及び以下の実施例によって本発明を詳細に説明するが、これらの目的は単なる例示であって、限定を意図するものではない。これらの説明及び実施例により、当業者は、本発明に同様に包含されるさらなる実施形態に到達することができる。
【実施例】
【0172】
実施例1
IVT RNAの作製
IVT RNAの作製における第1ステップは、特定因子のコーディング配列を含有し、且つ開始コドンの前に、そこからのインビトロ転写の開始が可能なSP6プロモーター又はT7プロモーターを有するプラスミドの線状化を含む。この目的を達成するには、例えば制限酵素を使用する。線状化の後、酵素をフェノール-クロロホルム沈殿によって不活化し、除去する。そのために、等体積の、フェノールとクロロホルムの混合物を加え、よく混合する。
【0173】
10,000×gで短時間の遠心分離により、下層の有機層と、DNAを含有する上層の水相とに分離する。後者を新しい反応容器に移す。次に、フェノール残渣を全て除去するために、水相を等体積の純粋なクロロホルムと混合する。遠心分離後に水相を取り出し、-20℃の2体積のエタノール及び10%v/v3M酢酸ナトリウム(pH4.5)を加えることにより、2時間沈殿させる。
【0174】
DNAを、4℃において10,000×gで45分間の遠心分離によって沈降させ、塩類を除去するために70%エタノールで洗浄し、適切な体積のRNAseフリー水にとる。ゲル電気泳動を使って線状化が成功して完了していることを証明する。DNAの濃度を260nmでの光度測定によって決定する。加えて、DNAの純度を決定するために、280nmでも光学密度を測定して、OD260/280比を得る。
【0175】
インビトロ転写には10μgの線状化DNAを使用する。そのために、40μlのdNTP類(dGTPの4/5にキャップ構造を追加したもの)、10μlの10×バッファー、20μlのdTT及び10μlのT7又はSP6ポリメラーゼを、37℃で2時間インキュベートする。ポリメラーゼは、転写されるべきORFの5'側に位置するそれらのT7又はSP6認識配列に結合して、相補的RNA鎖を合成する。
【0176】
MegaClearキットを使ってIVT RNAを精製する。そのために、それを、シリカメンブレンへのRNAの最適な結合に必要な塩類を含有する結合バッファー濃縮物にとる。エタノールを加えると、RNA水和殻から水が除去される。その混合物をシリカカラムに充填し、10,000×gで2分間遠心分離する。RNAがカラムに結合するのに対し、不純物、例えば酵素残渣は、洗い流される。数回の洗浄ステップ後に、精製されたRNAを溶出させる。溶出バッファーは、溶出の効率を上げるために、95℃に予熱しておく。
【0177】
品質管理及び定量はゲル電気泳動及び光度測定によって行なわれる。
【0178】
実施例2
細胞のエレクトロポレーション
エレクトロポレーションの原理は、短い電流パルスによって細胞の膜内外電位差を乱すことに基づく。外部刺激による膜内外電位差の変化は、次の等式によって記載される:
ΔVm=fEextr cosφ
Vmは膜内外電位差であり、fは細胞外の電場分布に対する細胞の影響を記述する形状因子である。fEextは印加される電場、rは細胞半径、φは外から印加された電場に対する角度を記述する。因子fはしばしば1.5とされるが、これは他の多くの因子に依存する。細胞のエレクトロポレーションは、印加した電場が細胞膜の電気容量を超えれば、すなわちΔVmが、1Vとされる閾値ΔVsよりも大きければ成功である(Kinosita, K., Jr.及びTsong、T.Y. (1977) Nature 268, 438-441)。二重層という細胞膜の構造は、真核細胞に共通する特質であり、この値は、細胞株が異なっても、ほとんど変動を示さない。膜内外電位差の絶縁破壊により、一過性に親水性の細孔が形成され、そこを通って水が細胞中に浸透して、細胞中に核酸などの分子を輸送する(Weaver, J.C. (1995) Methods Mol. Biol. 55, 3-28;Neumann, E.ら. (1999) Bioelectrochem. Bioenerg. 48, 3-16)。エレクトロポレーションに先立ち、使用する接着細胞をセミコンフルエントまで培養し、PBSで洗浄し、トリプシンを使って細胞培養フラスコから剥離する。細胞を、10%FCS(ウシ胎仔血清)を含む培地に移し、500×gで8分間遠心分離する。ペレットを無血清培地X-Vivoに再懸濁し、再び500×gで8分間遠心分離する。以降のエレクトロポレーションを妨害するであろうFCSの残渣を除去するために、この洗浄操作をさらに2回行なう。洗浄後に、細胞を250μl中で所望の細胞密度に調節し、エレクトロポレーションキュベットに移し、氷上に置く。適当な量のインビトロ転写RNAを加え、よく撹拌した後、200V及び250μFで、エレクトロポレーションを行なう。次に細胞を直ちに妥当な栄養培地に移してインキュベートする。
【0179】
本発明によれば、細胞株を最高90%、さらにはそれ以上の効率でトランスフェクトすることが可能だった。
【0180】
そのうえ、2×106〜2×107細胞の範囲では、細胞数がトランスフェクション効率に及ぼす影響を排除することができた。エレクトロポレーション条件も、試験した範囲では、トランスフェクション効率に決定的な影響を持たない。
【0181】
RNAの安定性が24時間にわたって証明されたのに対し、タンパク質はその半減期に依存して、48〜72時間の期間にわたって、細胞中に検出することができる。
【0182】
トランスフェクトされたRNAの量と利用可能なタンパク質の量の間には、直接的な依存性があることを示すことができた。
【0183】
実施例3
トランスフェクトされたRNAによって発現されるタンパク質の安定性
本発明者らは、次に、異なる半減期を有するタンパク質が、IVT RNAの導入後に、どのくらい長く細胞中に安定に検出され得るかについて調べた。786-0細胞に、20μgのeGFP IVT RNA及び2dGFP IVT RNAをそれぞれトランスフェクトし、蛍光強度を3時間〜120時間にわたって経時的に測定した。eGFPタンパク質は16時間の半減期を有し、一方、タンパク質分解を引き起こすPESTアミノ酸配列の組み込みによる不安定化変異体2dGFPの半減期は、2時間に減少する(Clontech, 1998)。実験により、4時間後には早くも、かなりの量の翻訳されたタンパク質が検出可能であり、それがトランスフェクションの24時間後までさらに増加することがわかった。eGFPタンパク質の量は120時間超にわたって比較的一定に保たれる。不安定化された2dGFPでさえ、48時間にわたって安定なタンパク質発現を示す(図1)。長期間にわたって安定な2dGFPのタンパク質発現を誘導するために、RNAを48時間ごとにトランスフェクトすることができる。
【0184】
実施例4
RNAエレクトロポレーション後の、方法論に起因する効果の検討
本発明者らは、次に、エレクトロポレーション及び細胞への一本鎖RNAの導入によって、どの非特異的効果が誘導されるかを調べた。これらの効果は、IVT RNAとして導入された特異的遺伝子産物によって誘導される細胞分化に重なって起こり得る。2×107個の786-0細胞に、20μgのeGFP IVT RNAをトランスフェクトし、さらに8時間、24時間及び72時間培養した。非トランスフェクト細胞との比較は成長挙動の変化を示さず、強化されたアポトーシスも示さなかった。いずれの場合も、トランスフェクション後の生細胞の割合は、約95%だった。
【0185】
さらにもう一つのステップでは、RNAを細胞から抽出し、プローブの調製に使用した。それらのプローブを、数百の遺伝子を有するcDNAマイクロアレイチップにハイブリダイズさせた。次に、プログラムImaGeneソフトウェアバージョン4.1(BioDiscovery、カリフォルニア州ロサンジェルス(Los Angeles, CA))を使って基本的評価を行なった。裸眼で見えるアレイ上の不純物は手作業でマスクした。アレイ上に同様にスポットした対照遺伝子を使って標準化を行なった後、基準と比較する相対発現レベルを得た。有意に調節された遺伝子の数を表1に示す。
表1:20μgのeGFP IVT RNAをトランスフェクトした2×107個の786-0細胞における、非トランスフェクト対照細胞と比較して有意に調節された遺伝子の数。それぞれ2超及び0.5未満の調節だけを有意な変化であるとみなした。
【表1】

【0186】
有意に調節される遺伝子の数はあまり多くなく、時間と共に減少した。エレクトロポレーション及び細胞への一本鎖RNAの導入の24時間後に、依然として発現差異があるのは15遺伝子(1.3%)に過ぎなかった。無関係なIVT RNAを使ってトランスフェクトした細胞の追加解析により、これらの遺伝子のeGFP特異的調節の可能性は排除された。したがって、この方法論によって本質的に引き起こされる遺伝子の非特異的調節に関して、細胞のトランスクリプトームの機能障害は低い。このように、IVT RNAを使ったトランスフェクションによる細胞の再プログラミングは、この方法論に固有の問題による影響を受けないか、極めてわずかにしか受けないと予想される。
【0187】
実施例5
転写因子をコードするRNAの導入による細胞の再プログラミング
細胞のプログラムを変化させるために遺伝子の導入を使用できるかどうかを調べるために、本発明者らは、転座t(X;18)(p11.2;q11.2)によって生じ(Clarkら, 1994;Crewら, 1995)、滑膜肉腫の90%超に検出され得る(Sreekantaiahら, 1994)、発癌性転写因子SYT-SSX1及びSYT-SSX2のトランスフェクションの効果を解析した。SYT-SSX1及びSYT-SSX2 IVT RNAのトランスフェクションによって引き起こされる分子変化を、Affymetrixオリゴヌクレオチドマイクロアレイを使って解析した。異なるコンストラクトをそれぞれ三つ一組にしてトランスフェクトした。蛍光顕微鏡でトランスフェクション効率を調べることができるように、eGFPによるトランスフェクションを行なった。8時間後に、トランスフェクション効率は95%を上回ると決定された(データ未掲載)。細胞を8時間、24時間及び72時間後にそれぞれ収集し、RNAを抽出した。列挙した遺伝子のRNA導入後に起こる細胞中の分子変化を解析するために、本発明者らは、22,000遺伝子の発現の変化を同時に調べることができるAffymetrixオリゴヌクレオチドマイクロアレイを使った。
【0188】
SYT-SSX2及びeGFPをトランスフェクトした細胞を解析するために、2つのヒトゲノムU133Aアレイを、それぞれの8時間及び24時間時点で、ハイブリダイズさせた。SSX2及びSYT-SSX1は、8時間及び24時間時点での単回決定で調べた。データの評価は、ソフトウェアMicroarray Suite 5.0及びArrayAssistを使って行なった(図2)。互いのデュプリケートの比較において、有意に調節された遺伝子の数はゼロだった。これにより、結果の再現性に関して十分な信頼が得られたので、単回決定でのみ示されるトランスフェクタントのマイクロアレイ結果(SYT-SSX1及びSSX2)も解析に含めることができた。
【0189】
SYT-SSX2によって有意に調節される遺伝子を決定するために、eGFPトランスフェクト細胞の発現値を基準とし、SSX2、SYT-SSX1及びSYT-SSX2 IVT RNAトランスフェクト細胞の発現パターンを、それと比較した(図3)。データの評価は、プログラムMicroarray Suite 5.0及びArrayAssistを使って行なった。図3aは、SYT-SSX2による遺伝子の発現差異を、例示的に示している。
【0190】
評価には、このシステムの感度範囲に対応する、ファクターが少なくとも2の調節を、基準として採用した。p=5%の値を有意性の基準とみなした。これらの条件下で、SYT-SSX2トランスフェクト細胞では8時間後に185の遺伝子を検出することができ、24時間後には218の遺伝子を検出することができた。8時間後にも24時間後にも調節される遺伝子の割合は、41.3%である(図3b)。
【0191】
調節される遺伝子は、それらの機能に基づいて、異なるグループに割り当てることができる。それらは、例えば、増殖因子、ニューロン遺伝子、腫瘍関連遺伝子、コラーゲン、並びにシグナル伝達、細胞接着、細胞発生及び細胞分化の過程に関与するもの、並びに細胞周期の調節に関与するものである。
【0192】
これに関連して、過剰発現される遺伝子の割合は、抑制される遺伝子の割合よりも有意に高いことが注目される。SYT-SSX1によって調節される遺伝子は、SYT-SSX2によって調節されるものと95%超同一である。
【0193】
解析した遺伝子のインビボでの発現差異は、滑膜肉腫において明確に確認することができた。BMP7及びEPHA4の増加した発現は、他の研究でも既に記述されている(Nagayamaら, 2002)。滑膜肉腫における過剰発現は、FGFR4、p57、BMP5及びPGFについても検出可能だった。
【0194】
これらの研究は、転写因子のRNAの導入を、細胞の分化を変化させるために、うまく使用できることを示している。
【0195】
実施例6
転写因子カクテルをコードするRNAの導入による細胞の再プログラミング
TFカクテルOCT4、SOX2、KLF4及びc-MYC(OSKM)又はOCT4、SOX2、LIN28及びNANOG(OSLN)をコードするインビトロ翻訳mRNA(IVT-RNA)を、ヒト又はマウス線維芽細胞の細胞質中に電気導入(electro-transfer)した。
【0196】
最初の実験セットでは、eGFPをコードするIVT-RNAを使って、ヒト新生児包皮線維芽細胞(CCD1079Sk)及びマウス胚性線維芽細胞(MEF)について、エレクトロポレーションパラメータを最適化した。
【0197】
IVT-RNAコンストラクト及びタンパク質翻訳の安定性を増加させるための一般的手段として、GC含量を増加させ、ヒト又はマウス細胞における翻訳が強化されるように、TFのヌクレオチド配列のコドン最適化が行なわれた。IVT-RNAの発現効率及び安定性は主として5'-キャップ構造に依存するので、本発明者らは、CCD1079Sk細胞におけるルシフェラーゼの発現に関して本発明者らの研究室において確立されている3つの異なる5'-キャップ構造(図4)の効果を評価した。
【0198】
本発明者らは、エレクトロポレーションの効率が、一貫して90%より高いことを見いだした。これは、他の研究者らが公表したレトロウイルス形質導入効率よりも高い(Takahasiら, 2006;Takahasiら, 2007)。とりわけ、1つのレトロウイルスベクターについて80%という感染効率は、要求される4つのベクター全てについての同時形質導入効率がそれよりも低くなる(0.84=0.4)ことを意味するということを考慮する必要がある。本発明者らのアプローチ、すなわち4つのTFの同時エレクトロポレーションは、90%を超える細胞に、4つの因子の全てが導入されることを保証するだろう。
【0199】
本発明者らは、CCD1079SK細胞又はMEFをそれぞれ300μF/250V又は500μF/250Vでエレクトロポレートした場合に、eGFPの平均蛍光に関して、最も高い効率が達成される(これは最も高い発現レベルに対応する)ことを観察した(図5)。
【0200】
本発明者らは、さらにまた、D1キャップ構造を持つIVT-mRNAがCCD1079Sk細胞において最も高く最も安定したルシフェラーゼの発現を示すことも見いだし(図6)、それゆえに以降の実験には、これを選択した。D2キャップ構造を持つIVT-mRNAは、ARCAキャップ構造を持つIVT-mRNAよりも高く安定したルシフェラーゼの発現を示した。
【0201】
次に本発明者らは、エレクトロポレートされたRNAの細胞内量と、6つのTF SOX2、OCT4、KLF4、cMYC、NANOG、及びLIN28をコードするそれら外来mRNAコンストラクトの発現レベルを調べた。qRT-PCR研究にはコドン最適化したコンストラクトに特異的なオリゴヌクレオチドを使った。同じ実験セットにおいて、本発明者らは、時間経過実験で、IVT-RNA及びコードされているタンパク質の半減期を決定した。
【0202】
本発明者らは、次の事実を見いだした:
(i)エレクトロポレーションを受けたCCD1079Sk細胞において、24時間後に、qRT-PCRによって高レベルのIVT-RNAを検出することができる(図7)。
(ii)エレクトロポレーションの168時間後でさえ、6つの転写因子全てのIVT-RNAを、十分に検出することができる(図7)。
(iii)ウェスタンブロット解析によってモニターすると、4つのTF SOX2、OCT4、KLF4、及びcMYC(OSKM)をコードするIVT-RNAは、エレクトロポレーションの24時間後に、高いタンパク質レベルに翻訳される(図8)。
(iv)SOX2と共に再プログラミングにとって最も重要なTFであるOCT4(Huangfuら, 2008)は、胚性癌細胞株NTERA細胞におけるレベルと類似するレベル又はそれより高いレベルで、72時間(CCD1079Sk細胞中)〜96時間(MEF中)にわたって発現され、SOX2発現は、48時間(CCD1079Sk細胞中)〜72時間(MEF中)にわたって検出可能だった(図8)。
(v)MYC及びKLF4は少なくとも24時間(CCD1079Sk細胞中)及び48時間(MEF中)にわたって発現された。どちらのTFについても、短い半減期が公表されている(Chenら, 2005, Cancer Res. 15:65(22), 10394-10400;Searsら, 2000, Genes及びDev. 14:2501-2514)(図8)。
【0203】
全ての哺乳動物多能性幹細胞がアルカリホスファターゼ(AP)活性を発現させること、そしてAPが再プログラミングプロセスの初期マーカーであることは、確証されているので(Peraら, 2000, Journal of Cell Science 113, 5-10;Brambrinkら, 2008, Cell Stem Cell. 7, 151-159;O'Connorら, 2008, Stem Cells, 26, 1109-1116)、本発明者らは、4つのTF OSKMをコードするIVT-RNA(15μgの各TF)の単回エレクトロポレーション時のAP発現の誘導を調べた。
【0204】
本発明者らは、FACS解析によって明らかになるように、エレクトロポレーションの10日後には細胞の約6%が、APに関して陽性染色されることを見いだした(図9)。これらのデータは、ドキソサイクリン(doxocyclin)誘導系における4つのTF OSKMの3日間の発現が約5%のAP陽性細胞をもたらすことを示す最近公表されたデータ(Brambrinkら, 2008)と一致する。上述のように、単回エレクトロポレーションでも、3〜4日間の発現がもたらされる。
【0205】
それでもなお、単回エレクトロポレーションでは、iPSコロニーの成長を誘導するには十分でなかった。これは、APの誘導が可逆的であることと、再プログラミングプロセスを完了するにはTFが少なくとも12日間は発現される必要があることを示す、最近公表されたデータと合致している(Brambrickら, 2008)。そこで、時間経過実験(図8)に基づいて、CCD1079Sk細胞及びMEFのエレクトロポレーションを48時間ごとに繰り返した。これは、少なくとも12日間のTF発現を保証するには、6回のエレクトロポレーションが必要であることを意味する。
【0206】
異なる時点の後、本発明者らは、初期再プログラミングマーカーAPに関して細胞を染色し、蛍光顕微鏡法で解析した。さらに本発明者らは、各エレクトロポレーションの直前に細胞から全RNAを単離し、定量的リアルタイムPCRによって内在性ヒト及びマウスES細胞マーカーのmRNA発現を評価した。本発明者らは、本発明者らの研究に、HDAC阻害剤VPAも含めた。なぜなら、VPAは再プログラミング効率を強化することが証明されているからである(Huangfuら, 2008)。
【0207】
本発明者らは、次の事実を見いだした:
(i)細胞は、APに関して再現性よく陽性染色された。APは最初の実験で解析した時点よりも早い時点でも誘導されていた(4〜7日)。AP陽性をもたらすIVT-RNAの量は、TFあたりわずか1.25μgからTFあたり5μgに達した(図10及び11)。
(ii)VPAの添加は、4つのTF OSKMをコードするIVT-RNAをエレクトロポレートされたAP陽性MEFのパーセンテージを著しく増加させる(図11)。
(iii)再プログラミングプロセスをさらにはっきり示すヒト及びマウスES細胞マーカー、すなわち内在性ヒトOCT4(図12)、ヒト及びマウスTERT(テロメラーゼ逆転写酵素)(図12〜14)、ヒトGDF3(増殖分化因子3)(図12及び13)並びにヒトDPPA4(developmental pluripotency associated 4)(図13)が誘導された。APの場合と同様に、VPAの添加は、ヒト及びマウスES細胞マーカーの誘導を増加させた(図12〜14)。
(iv)反復エレクトロポレーションは、2回目のエレクトロポレーション後に初めて明らかになった細胞生存性の喪失と関連する。その後はエレクトロポレーションの度に生存性がさらに低下した。
【0208】
4回目及び6回目のエレクトロポレーション時に過去にエレクトロポレーションを受けていない細胞(「キャリア」細胞として働く)を添加すると、エレクトロポレーションを受けた細胞が救出されることが判明した(図14A)。
【0209】
本発明者らは、最後のエレクトロポレーション後に多数の細胞が生存可能なままであることを見いだした。これにより、本発明者らは、これらの細胞を照射MEFフィーダー細胞上にプレーティングすることが可能になった。これらの細胞からの多能性コロニーの増殖は今も調査中である。
【0210】
本発明者らのデータは全体として、幹細胞多能性を調節するTFをコードするIVT-RNAを体細胞中に電気導入することにより、再プログラミングプロセスがうまく開始されることを示している。細胞の限られた生存性という問題は、細胞を再プログラムするのに必要なTF発現の時間を減少させるか、又はエレクトロポレーション時の細胞の生存率を増加させることによって改善されるだろうと予想される。
【0211】
次の手段によって、再プログラミングの継続時間は短縮されると予想される:
(i)ケラチノサイトは、線維芽細胞よりも迅速に且つ効率よく、多能性細胞に再プログラムされることが、最近公表されている(Aasenら, 2008, Nat. Biotechnol. 26, 1276-84)。したがって、初代ケラチノサイト(「正常ヒト表皮ケラチノサイト」Promocell、ドイツ・ハイデルベルク(Heidelberg,Germany))などのケラチノサイトを使用することにより、少ないエレクトロポレーション回数でも、必要な発現期間をカバーするのに十分になると予想される。
(ii)細胞を不死化することが知られているタンパク質hTERT及びSV40ラージT抗原の発現は、再プログラミングの効率及びペースを向上させることが、最近公表されている(Parkら, 2008, Nature Protocols 3, 1180-1186;Maliら, 2008)。したがって、そのようなタンパク質をコードするIVT-RNA、例えばコドン最適化されたラージT抗原をコードするIVT-RNAを、TFカクテルに添加すれば、有益な効果が得られると予想される。
【0212】
次の手段によって、細胞の生存率が増加すると予想される:
(i)本明細書で使用したエレクトロポレーションの電圧及び電気容量設定は、1回のエレクトロポレーション後の最大発現レベルに関して最適化されたものである。しかし、GFPの平均蛍光によってモニターすると、より温和な条件でも、発現レベルがわずかに低下するだけで、同じようなパーセンテージのトランスフェクト細胞がもたらされた(図4)。したがって、75%より低いトランスフェクション効率を許容することなく、設定を、反復エレクトロポレーション後の生存率に関して、さらに最適化することができるはずである。
(ii)本発明者らの結果は、ヒト線維芽細胞が、1回のエレクトロポレーション後に少なくとも10日間は、AP陽性になり、且つその状態を保つことを示している。これは、外因性TFの発現よりも2又は3倍長い。本発明者らは、本発明者らの時間経過実験において、ヒト線維芽細胞がエレクトロポレーション誘発性損傷から約96時間後に回復しはじめることに気付いた。したがって本発明者らは、エレクトロポレーションの頻度を96又は120時間に引き上げることで、再プログラミングプロセスを損なうことなく、細胞をより良く回復させることができる可能性があると推論する。
(iii)エレクトロポレーションの条件及び頻度の変更の他に、アポトーシス促進タンパク質p53のアップレギュレーションを妨げることでアポトーシスを阻害することによっても、増加した生存率を得ることができる。この目的を達成するために、本発明者らは、ヒトパピローマウイルス16トランスフォーミングタンパク質E6(HPV-16 E6)を本発明者らのTFカクテルに加えるつもりである。E6は、p53のポリユビキチン化及びプロテアソーム分解を誘導し、他のアポトーシス促進タンパク質(Bak、FADD、プロカスパーゼ8)を妨害することによって、アポトーシスを阻害する。さらにまた、これは、hTERTの発現を誘導し、c-MYCと正に協同する(Ristrianiら, 2008, Oncogene [出版前の電子ジャーナル];Narisawa-Saito及びKiyono 2007, Cancer Sci., 98(10),1505-11)。
(iv)加えて、本発明者らは、バーキットリンパ腫に見いだされ既に記述されている安定化点突然変異(Thr-58→Ala-58)(Searsら, 2000;Gregory及びHann 2000 Mol. Cell. Biol., 20(7) 2423-2435)を導入することによって、MYCタンパク質の半減期を増加させるつもりである。
(v)本発明者らは、半減期をさらに増加させるために、c-MYC中の不安定化PESTドメインを機能的に欠失させるつもりである。PESTドメイン欠失は、c-MYCの安定性を増加させることが示されている(Gregory及びHann 2000)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)体細胞を含む細胞集団を用意するステップ、(ii)前記体細胞の少なくとも一部にRNAを導入して、幹細胞特性の発生を誘導するステップ、及び(iii)幹細胞特性を有する細胞を発生させるステップを含む、幹細胞特性を有する細胞を作出するための方法。
【請求項2】
前記RNAが未分化細胞に由来する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記未分化細胞が幹細胞である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記幹細胞が胚性幹細胞又は成体幹細胞である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記RNAが全細胞RNAを含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記RNAが前記未分化細胞に特異的なRNAを本質的に含む、請求項2〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記RNAがインビトロ転写によって得られたものである、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
(i)体細胞を含む細胞集団を用意するステップ、(ii)OCT4を発現させることのできるRNA及びSOX2を発現させることのできるRNAを、前記体細胞の少なくとも一部に導入するステップ、及び(iii)幹細胞特性を有する細胞を発生させるステップを含む、幹細胞特性を有する細胞を作出するための方法。
【請求項9】
NANOGを発現させることのできるRNA及び/又はLIN28を発現させることのできるRNAを導入することをさらに含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
KLF4を発現させることのできるRNA及び/又はc-MYCを発現させることのできるRNAを導入することをさらに含む、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
ステップ(iii)が、胚性幹細胞培養条件下で前記体細胞を培養することを含む、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記幹細胞特性が胚性幹細胞形態を含む、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記幹細胞特性を有する細胞が、正常な核型を有し、テロメラーゼ活性を発現させ、胚性幹細胞に特有の細胞表面マーカーを発現させ、且つ/又は胚性幹細胞に特有の遺伝子を発現させる、請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記幹細胞特性を有する細胞が多能性状態を示す、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記幹細胞特性を有する細胞が3つの一次胚葉(primary germ layers)全ての高度派生物(advanced derivatives)へと分化する発生能を有する、請求項1〜14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記体細胞が線維芽細胞である、請求項1〜15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記線維芽細胞が肺線維芽細胞、包皮線維芽細胞又は皮膚線維芽細胞である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記体細胞が遺伝子改変される、請求項1〜17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記体細胞がヒト細胞である、請求項1〜18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
前記RNAが前記体細胞の少なくとも一部にエレクトロポレーションによって導入される、請求項1〜19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
請求項1〜20のいずれか一項に記載の方法によって調製される、幹細胞特性を有する細胞。
【請求項22】
請求項1〜20のいずれか一項に記載の方法によって調製される幹細胞特性を有する細胞の組成物。
【請求項23】
医薬組成物である請求項22に記載の組成物。
【請求項24】
医学に使用するための、請求項21に記載の細胞又は請求項22若しくは23に記載の細胞の組成物。
【請求項25】
移植医学における請求項21に記載の細胞又は請求項22若しくは23に記載の細胞の組成物の使用。
【請求項26】
疾患モデルを作出するための、請求項21に記載の細胞又は請求項22若しくは23に記載の細胞の組成物の使用。
【請求項27】
薬物開発のための、請求項21に記載の細胞又は請求項22若しくは23に記載の細胞の組成物の使用。
【請求項28】
請求項21に記載の幹細胞特性を有する細胞又は請求項22若しくは23に記載の幹細胞特性を有する細胞の組成物を、ある特定細胞タイプへの部分的な又は完全な分化を誘導する又は方向付ける条件下で培養するステップを含む、分化細胞タイプを派生させる方法。
【請求項29】
動物分化体細胞を、幹細胞特性を有する細胞に再プログラムするための方法であって、幹細胞特性を有する細胞への体細胞の前記再プログラミングを可能にする1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを、前記体細胞中に導入するステップを含む方法。
【請求項30】
前記1種または2種以上の因子がOCT4、SOX2、NANOG及びLIN28を含む、請求項29に記載の方法。
【請求項31】
前記1種または2種以上の因子がOCT4、SOX2、KLF4及びc-MYCを含む、請求項29に記載の方法。
【請求項32】
動物分化体細胞を、幹細胞特性を有する細胞に再プログラムするのに役立つ1種または2種以上の因子を同定するためのアッセイであって、1種または2種以上の因子を発現させることのできるRNAを前記体細胞中に導入するステップ、及び前記体細胞が幹細胞特性を有する細胞に発生したかどうかを決定するステップを含むアッセイ。
【請求項33】
前記体細胞が幹細胞特性を有する細胞に発生したかどうかを決定するステップが、前記RNAの前記導入によってもたらされる前記細胞の遺伝子発現を、同じタイプの胚性細胞と比較することを含む、請求項32に記載のアッセイ。
【請求項34】
OCT4を発現させることのできるRNA及びSOX2を発現させることのできるRNAを含む、幹細胞特性を有する細胞を作出するためのキット。
【請求項35】
胚性幹細胞培養培地をさらに含む、請求項34に記載のキット。
【請求項36】
体細胞中に導入された時に前記細胞において幹細胞特性の発生を誘導することのできるRNAを含む医薬組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公表番号】特表2011−505814(P2011−505814A)
【公表日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−537325(P2010−537325)
【出願日】平成20年12月12日(2008.12.12)
【国際出願番号】PCT/EP2008/010593
【国際公開番号】WO2009/077134
【国際公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(510164267)ビオエヌテヒ・アクチエンゲゼルシャフト (2)
【出願人】(506261523)ヨハネス グーテンベルク ウニベルジテート マインツ (6)
【Fターム(参考)】