説明

使用済み製品からの希土類合金粉末回収方法

【課題】希土類磁石が組み込まれた機器類に対し、予め分解し磁石を取り出すことなく、脱磁処理および粉砕処理を一度に行い、希土類合金粉末を回収するための希土類磁石の回収方法を提案する。
【解決手段】希土類磁石3が組み込まれた機器類1から希土類合金粉末4を回収する希土類合金粉末回収方法であって、希土類磁石3が組み込まれた機器類1ごと水素雰囲気炉2に投入し、水素雰囲気炉2内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させるとともに、上記希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁して回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類磁石が組み込まれた機器類から、希土類合金粉末を回収する希土類合金粉末回収方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、省エネやエコロジーの観点から、ハイブリッド車や電気自動車などの次世代環境対応車が持て囃され、自動車業界は各社が次々と次世代環境対応車の開発および販売を行っている。その進歩は目覚ましいものがあり、特にハイブリッド車や電気自動車の心臓部とも言えるモータやバッテリーにおいては、小型化および高性能化が図られ、今後更なる進化が問われている。またそれに伴い、非鉄金属類を代表とするレアメタルやレアアースなどの原材料は、モータに使用される希土類磁石に使用され、その調達を危惧する声も聞こえてきている。
【0003】
ところで、上記レアアース(希土類元素)を含有する希土類磁石は、ハイブリッド車など次世代環境対応車のモータだけでなく、先端技術を駆使するOA器機、家電製品にも使用されている。特に家電製品では、2000年以降に製造された比較的新しい形式のエアコンや冷蔵庫のコンプレッサ、または洗濯機のモータに希土類磁石が使用されている。
【0004】
また、電化製品の使用年数が、概ね10年程度であることを踏まえると、既存の家電リサイクルルートにおいて、既に希土類磁石を使用した家電製品、特にエアコンや洗濯機が回収されていると推測される。そこで、この家電リサイクルルートから希土類磁石を使用したエアコンや洗濯機などの家電製品を回収することにより、レアメタルやレアアースなどの資源を回収することが可能であると考えられる。
【0005】
しかしながら、現在使用済みの家電製品を回収し、リサイクルする過程において、エアコンや冷蔵庫のコンプレッサ、または洗濯機のモータから希土類磁石を取り出して回収することは、殆ど実施されていないのが現状である。
【0006】
なお、エアコンなどに使用されるコンプレッサのリサイクルは、複数業者によって事業化され、鉄、銅、珪素鋼板などの素材に分離して再資源化が行われているものの、モータのコア部分に取り付けられている磁石は単体で分離されることはなく、鉄スクラップとして処理されている。
【0007】
そこで、下記特許文献1においては、希土類磁石の磁石製造の工程から排出される研磨粉、削り屑などのスクラップを、湿水素雰囲気下で加熱処理し、該スクラップから炭素を除去した後に、カルシウムによる直接還元を行う再利用方法が提案されている。
【0008】
また、希土類磁石のリサイクル方法としては、使用済みの磁石を粉砕して酸に溶解させ、希土類元素を回収する希土類回収法と、使用済みの磁石を塊状のまま溶解して磁石合金として再生させる合金再生法とがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭61−153201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところが、上記特許文献1の希土類磁石のリサイクル方法は、希土類磁石の製造過程において排出される削り屑などに用いる場合には有効であるが、使用済みの家電製品から取り出したモータなどに使用されている希土類磁石の回収に用いる場合には、モータ自体を分解し、さらには複数の希土類磁石を一つずつ取り出さなければならず、非常に手間が掛かるという問題がある。
【0011】
また、希土類磁石を複数備えている洗濯機のモータは、樹脂などで覆われているものが殆どで、この樹脂を取り除く工程を別途必要とするため、さらに手間が掛かるという問題もある。
【0012】
さらに、上記合金再生法においては、リサイクルに必要な工程は短いものの、めっきの剥離工程、カーボンの除去工程、分析による成分把握といった前処理が必要であるため、設備の大型化とともに、設備やメンテナンス費用などのコストが嵩むという問題がある。
【0013】
また、上記希土類回収法においては、使用済みの磁石を100μm程度まで粉砕するための粉砕機や、さらに粉砕の工程を考慮すると事前に脱磁処理を行う必要があるため、上記合金製再生法と同様に、設備やメンテナンス費用などのコストが嵩むという問題がある。
【0014】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたもので、希土類磁石が組み込まれた機器類に対し、予め分解し磁石を取り出すことなく、脱磁処理および粉砕処理を一度に行い、希土類合金粉末を回収するための希土類磁石の回収方法を提案することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、希土類磁石が組み込まれた機器類から希土類合金粉末を回収する希土類合金粉末回収方法であって、上記希土類磁石が組み込まれた機器類ごと水素雰囲気炉に投入し、当該水素雰囲気炉内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させるとともに、上記希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁することを特徴とするものである。
【0016】
また、請求項2に記載の発明は、希土類磁石が組み込まれた機器類から希土類合金粉末を回収する希土類合金粉末回収方法であって、上記希土類磁石が組み込まれた機器類に、上記希土類磁石に到達する切欠を形成した後に、上記機器類ごと水素雰囲気炉に投入し、当該水素雰囲気炉内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させて粉砕するとともに、上記希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁することを特徴とするものである。
【0017】
そして、請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の発明において、上記水素雰囲気炉内の昇温時に、炉内圧力が低下し始めた時点の温度以上の温度によって、一定時間保持することを特徴とするものである。
【0018】
さらに、請求項4に記載の発明は、請求項3に記載の発明において、上記炉内圧力が低下した時点の温度以上の温度によって、5〜80分間保持することを特徴とするものである。
【0019】
また、請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の発明において、上記希土類磁石は、Nd−Fe−B磁石であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0020】
請求項1〜5に記載の本発明によれば、希土類磁石が組み込まれた機器類ごと水素雰囲気炉に投入し、当該水素雰囲気炉内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温し一定時間保持することにより、希土類合金が水素を吸収してHD現象(Hydrogen Decrepitation)が生じて、当該希土類合金に多数のクラックを発生させることができるため、上記機器類に組み込まれた上記希土類磁石を予め取り外すことなく、上記希土類合金をハンマーなどにより容易に粉砕し、上記機器類と分離させて希土類合金粉末を回収することができる。
【0021】
また、上記HD現象によるクラックの発生時の上記希土類合金と上記水素との反応は、発熱反応であるため、上記水素雰囲気炉内において、上記希土類合金をキュリー温度以上に加熱することなく、脱磁することができる。これにより、上記水素雰囲気炉の温度を高くする必要がなく、さらに脱磁するための設備を別途設ける必要もないから、燃料や設備に掛かるコストを抑えることができる。
【0022】
請求項2に記載の発明によれば、希土類磁石が組み込まれた機器類に、当該希土類磁石に到達する切欠を形成した後に、上記機器類ごと水素雰囲気炉に投入し、当該水素雰囲気炉内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温し一定時間保持することにより、希土類合金が水素を吸収してHD現象が生じて、当該希土類合金に多数のクラックを発生させ粉砕することができるため、上記機器類に組み込まれた上記希土類磁石を予め取り外すことなく、上記希土類合金のみを粉砕し、上記機器類と分離させて希土類合金粉末を回収することができる。
【0023】
請求項3に記載の発明によれば、上記水素雰囲気炉内の昇温時に、炉内圧力が低下した時点の温度以上の温度によって一定時間保持するため、上記水素を確実に上記希土類磁石に吸収させることができるとともに、HD現象を生じさせて、当該希土類合金にクラックを発生させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の希土類合金粉末回収方法の一実施形態であり、希土類磁石が組み込まれたコンプレッサのロータごと水素雰囲気炉に投入した後に取り出す一連の工程を模した概略図である。
【図2】本発明の希土類合金粉末回収方法の他の実施形態であり、希土類磁石が組み込まれたモータユニットに切欠を形成した後に、モータユニットごと水素雰囲気炉に投入して取り出す一連の工程を模した概略図である。
【図3】(a)〜(b)は、板状の希土類磁石とモータユニットに組み込まれた希土類磁石とがHD現象によって、どのような変化が生じるかの実験結果を表す写真である。
【図4】本発明の希土類合金粉末回収方法のさらに他の実施形態であり、希土類磁石が組み込まれたモータのロータを大気炉に投入後、さらに水素雰囲気炉に投入して取り出す一連の工程を模した概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<実施形態1>
図1に示すように、本発明の希土類合金粉末回収方法の一実施形態は、希土類磁石3が組み込まれた機器類1である使用済みコンプレッサのロータ5ごと水素雰囲気炉2に投入し、当該水素雰囲気炉2内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、当該希土類合金に多数のクラックを発生させるとともに、当該希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁して、希土類合金粉末4を回収するように概略構成されている。
【0026】
ここで、コンプレッサのロータ5に組み込まれている希土類磁石3は、例えば希土類のネオジムを含むNd−Fe−B磁石3である。このNd−Fe−B磁石3は、エアコンまたは冷蔵庫のコンプレッサのロータ5、洗濯機のモータのロータ6、自動車のモータのロータなどの機器類1に組み込まれているものである。
【0027】
また、水素雰囲気炉2は、水素を封入した炉内の内圧を0.3kgf/cm程度の水素加圧状態に調整することができるとともに、外熱式ヒータにより400℃まで昇温することができる。さらに、水素雰囲気炉2内の昇温時に、水素雰囲気炉2内の圧力の低下した時点の温度を監視して、当該内圧が低下して炉内温度が低下した場合には、当該内圧の低下が生じ始める時点の温度まで再び昇温し、その温度を保持することができるように構成されている。また、炉内が負圧になると危険なため、炉内の内圧を監視するとともに、当該内圧が低下した場合には、水素が追加できるように構成されている。さらには、水素雰囲気炉2は、炉自体が回転可能な構造、もしくは水素雰囲気下での熱処理中に、振動を与えられる構造であってもよい。
【0028】
以上の構成からなる希土類合金粉末回収方法を用いて、コンプレッサのロータ5に組み込まれているNd−Fe−B磁石3を、当該ロータ5から取り外すことなくNd−Fe−B合金粉末4として回収するには、まず、エアコンのコンプレッサからロータ5を取り外す。そして、図1に示すように、ロータ5を水素雰囲気炉2に投入する。
【0029】
そして投入後、水素雰囲気炉2の内圧を0.3kgf/cm2程度の水素加圧状態に調整し、炉内を250〜400℃まで昇温するとともに、5〜80分間保持する。このときに、水素雰囲気炉2内では、Nd−Fe−B磁石3が250〜350℃まで加熱される。これによりNd−Fe−B磁石3のNd−Fe−B合金が水素を吸収するとともに、水素原子が当該Nd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入して、当該結晶格子が体積膨張し、そこに発生した歪みが伝播することにより、Nd−Fe−B合金にクラックが多数入る。これは、HD現象と呼ばれているもので、Nd−Fe−B合金などの希土類合金が低温において水素を吸収するという特性を利用したものである。
【0030】
さらに、水素雰囲気炉2の昇温時に、水素雰囲気炉2内の圧力低下を監視して、炉内圧力が低下し始めた時点の炉内温度に、水素雰囲気炉2の昇温する温度を設定し、その温度を一定時間保持してもよい。これにより、水素雰囲気炉2内に投入する機器類1の形状や大きさに左右されることなく、確実に上記Nd−Fe−B合金が水素を吸収しHD現象が生じる。
【0031】
このように、水素が上記Nd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入し、当該結晶格子が膨張することにより発生した歪みは、結晶粒界に集中するため、クラックが発生し粒界破壊が起きる。この粒界破壊だけで歪みが開放されないと、この歪みは、結晶粒界内にも影響を与え粒内破壊を起こさせる。これらの破壊が繰り返し起こる。
【0032】
また、上記Nd−Fe−B合金が水素を吸収する吸収反応は、発熱反応であるため、まず低温において水素を吸収しやすい結晶相が反応してHD現象を起こし、その界面で温度が上昇し、その熱は次に水素を吸収しやすい相にHD現象を誘起することにより、順次伝播して連鎖反応的にHD現象が起こる。この際に、水素雰囲気炉2内を250〜400℃まで昇温し、Nd−Fe−B磁石3を250〜350℃まで加熱するだけでも、上記HD現象により生じた発熱反応で得られた熱量によって、上記Nd−Fe−B磁石3を脱磁することができる。
【0033】
そして、Nd−Fe−B磁石3は、水素雰囲気炉2内に5〜80分間保持された後に、水素雰囲気炉2から取り出すと、HD現象により上記Nd−Fe−B合金に多数のクラックが生じている。さらに、上記HD現象は、上記Nd−Fe−B合金以外には影響されないため、上記Nd−Fe−B合金に衝撃や振動を与えることにより、上記Nd−Fe−B合金をNd−Fe−B合金粉末4として容易に回収することができる。
【0034】
<実施形態2>
また、図2に示すように、本発明の他の実施形態では、希土類磁石3が組み込まれた機器類1であるモータユニット9に、希土類磁石3に到達する切欠10を形成した後に、モータユニット9ごと水素雰囲気炉2に投入し、水素雰囲気炉2内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させて粉砕するとともに、上記希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁して、希土類合金粉末4を回収するように概略構成されている。
【0035】
ここで、モータユニット9に組み込まれている希土類磁石3は、例えば希土類のネオジムを含むNd−Fe−B磁石3である。このNd−Fe−B磁石3は、例えば、エアコンまたは冷蔵庫のコンプレッサのロータ5、洗濯機のモータのロータ6、自動車のモータのロータなどの機器類1に組み込まれているものである。
【0036】
また、水素雰囲気炉2は、上記実施形態1と同様に、水素を封入した炉内の内圧を0.3kgf/cm2程度の水素加圧状態に調整することができるとともに、外熱式ヒータにより400℃まで昇温することができる。さらに、水素雰囲気炉2内の昇温時に、水素雰囲気炉2内の圧力の低下した時点の温度を監視して、当該内圧が低下して炉内温度が低下した場合には、当該内圧の低下が生じ始める時点の温度まで再び昇温し、その温度を保持することができるように構成されている。また、炉内が負圧になると危険なため、炉内の内圧を監視するとともに、当該内圧が低下した場合には、水素が追加できるように構成されている。さらには、水素雰囲気炉2は、炉自体が回転可能な構造、もしくは水素雰囲気下での熱処理中に、振動を与えられる構造であってもよい。
【0037】
以上の構成からなる希土類合金粉末回収方法を用いて、モータユニット9に組み込まれているNd−Fe−B磁石3を、当該ロータ5から取り外すことなくNd−Fe−B合金粉末4として回収するには、まず、エアコンのコンプレッサなどから、モータユニット9を取り外す。そして、図2に示すように、モータユニット9の波線に沿って、グラインダ11により、切欠10を形成する。この切欠10は、モータユニットの珪素鋼板により形成された外装から、Nd−Fe−B磁石3に到達する深さに切り込まれている。
【0038】
そして、切欠10を形成したモータユニット9を水素雰囲気炉2に投入する。投入後、上記実施形態1と同様に、水素雰囲気炉2の内圧を0.3kgf/cm2程度の水素加圧状態に調整し、炉内を250〜400℃まで昇温するとともに、5〜80分間保持する。このときに、水素雰囲気炉2内では、Nd−Fe−B磁石3が250〜350℃まで加熱される。これによりNd−Fe−B磁石3のNd−Fe−B合金が水素を吸収するとともに、水素原子が当該Nd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入して、当該結晶格子が体積膨張し、そこに発生した歪みが伝播することにより、Nd−Fe−B合金にクラックが多数入る。これは、HD現象と呼ばれているもので、Nd−Fe−B合金などの希土類合金が低温において水素を吸収するという特性を利用したものである。
【0039】
さらに、水素雰囲気炉2の昇温時に、水素雰囲気炉2内の圧力低下を監視して、炉内圧力が低下し始めた時点の炉内温度に、水素雰囲気炉2の昇温する温度を設定し、その温度を一定時間保持してもよい。これにより、水素雰囲気炉2内に投入する機器類1の形状や大きさに左右されることなく、確実に上記Nd−Fe−B合金が水素を吸収しHD現象が生じる。
【0040】
このように、水素が上記Nd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入し、当該結晶格子が膨張することにより発生した歪みは、結晶粒界に集中するため、クラックが発生し粒界破壊が起きる。この粒界破壊だけで歪みが開放されないと、この歪みは、結晶粒界内にも影響を与え粒内破壊を起こさせる。これらの破壊が繰り返し起こり、上記Nd−Fe−B合金が粉砕する。
【0041】
また、上記Nd−Fe−B合金が水素を吸収する吸収反応は、発熱反応であるため、まず低温において水素を吸収しやすい結晶相が反応してHD現象を起こし、その界面で温度が上昇し、その熱は次に水素を吸収しやすい相にHD現象を誘起することにより、順次伝播して連鎖反応的にHD現象が起こる。この際に、水素雰囲気炉2内を250〜400℃まで昇温し、Nd−Fe−B磁石3を250〜350℃まで加熱するだけでも、上記HD現象により生じた発熱反応で得られた熱量によって、上記Nd−Fe−B磁石3を脱磁することができる。
【0042】
そして、Nd−Fe−B磁石3は、水素雰囲気炉2内に5〜80分間保持された後に、水素雰囲気炉2から取り出すと、HD現象により上記Nd−Fe−B合金は粉砕している。さらに、上記HD現象は、上記Nd−Fe−B合金以外には影響されないため、上記Nd−Fe−B合金に衝撃や振動を与えることにより、上記Nd−Fe−B合金をNd−Fe−B合金粉末4として容易に回収することができる。
【0043】
<実施例1>
ここで、上記実施形態2によって、Nd−Fe−B磁石3に到達する切欠10を形成したモータユニット9が、水素雰囲気炉2内に投入した際に、上記HD現象がにどのような影響を与えるかについて実験し、図3にまとめた。
この実験は、以下の条件によって行われた。
(a)
・磁石 板状のNd−Fe−B磁石
・処理条件 0.3kgf/cm2の水素雰囲気中
340℃−60min保持
【0044】
(b)
・磁石 エアコンのコンプレッサのロータ(Nd−Fe−B磁石組込)
・処理条件 0.3kgf/cm2の水素雰囲気中
340℃−60min保持
外周の珪素鋼板に切欠を形成
【0045】
この実験の結果、板状のNd−Fe−B磁石3は、水素雰囲気炉2内において、上記HD現象を生じて粉砕された。一方、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれたエアコンのコンプレッサのロータは、組み込まれているNd−Fe−B磁石3のみが粉砕し、ロータ自体は略原形を留めている。これは、上記ロータの外装に、Nd−Fe−B磁石3に到達する切欠10を形成することにより、水素と触れる面積が増えて、Nd−Fe−B合金が水素を吸収して起こる上記HD現象が生じ、当該Nd−Fe−B合金の結晶格子の膨張が連鎖的に起こることにより、当該Nd−Fe−B合金が粉砕したためである。
【0046】
この実験により、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれたロータの外装に、Nd−Fe−B磁石3に到達する切欠10を形成することにより、水素がNd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入することができ、さらに上記HD現象によるNd−Fe−B合金の結晶格子の膨張が連鎖的に起こり、上記ロータに組み込まれたNd−Fe−B磁石3をNd−Fe−B合金粉末4として取り出せることが判明した。
【0047】
<実施形態3>
また、図4に示すように、本発明のさらに他の実施形態は、希土類磁石3が組み込まれた使用済みモータのロータ6ごと大気炉8に投入し、500℃に昇温して当該樹脂を灰化させ除去した後に、水素雰囲気炉2に投入し、当該水素雰囲気炉2内を250〜400℃まで昇温して5〜80分間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させるとともに、当該希土類合金を粉砕し、さらに当該希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁し、希土類合金粉末4を回収するように概略構成されている。
【0048】
ここで、使用済みモータのロータ6は、樹脂で覆われているとともに、組み込まれている希土類磁石3は、例えば希土類のネオジムを含むNd−Fe−B磁石3である。このNd−Fe−B磁石3を組み込んだ樹脂で覆われたロータ6は、その他洗濯機のモータ、自動車のモータなどの機器類1に使用されている。
【0049】
また、水素雰囲気炉2は、上記実施形態1と同様に、水素を封入した炉内の内圧を0.3kgf/cm2程度の水素加圧状態に調整することができるとともに、外熱式ヒータにより400℃まで昇温することができる。さらに、水素雰囲気炉2内の昇温時に、水素雰囲気炉2内の圧力の低下した時点の温度を監視して、当該内圧が低下して炉内温度が低下した場合には、当該内圧の低下が生じ始める時点の温度まで再び昇温し、その温度を保持することができるように構成されている。また、炉内が負圧になると危険なため、炉内の内圧を監視するとともに、当該内圧が低下した場合には、水素が追加できるように構成されている。さらには、水素雰囲気炉2は、炉自体が回転可能な構造、もしくは水素雰囲気下での熱処理中に、振動を与えられる構造であってもよい。
【0050】
以上の構成からなる希土類合金粉末回収方法を用いて、使用済みモータのロータ6に組み込まれているNd−Fe−B磁石3を、樹脂で覆われた当該ロータ6から取り外すことなくNd−Fe−B合金粉末4として回収するには、まず、モータをロータ6とステータとに分解する。次いで、図4に示すように、ロータ6を大気炉8に投入する。そして、大気炉8内を500℃に昇温し、ロータ6を覆っている樹脂を灰化させて除去する。
【0051】
次に、大気炉8から取り出したロータ6を水素雰囲気炉2に投入する。そして、水素雰囲気炉2の内圧を0.3kgf/cm2程度の水素加圧状態に調整し、炉内を250〜400℃まで昇温するとともに、5〜80分間保持する。このときに、水素雰囲気炉2内では、Nd−Fe−B磁石3が250〜350℃まで加熱される。このときNd−Fe−B磁石3のNd−Fe−B合金が水素を吸収するとともに、水素原子が当該Nd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入して、当該結晶格子が体積膨張し、そこに発生した歪みが伝播することにより、Nd−Fe−B合金にクラックが多数入る。
【0052】
さらに、水素雰囲気炉2の昇温時に、水素雰囲気炉2内の圧力低下を監視して、炉内圧力が低下し始めた時点の炉内温度に、水素雰囲気炉2の昇温する温度を設定し、その温度を一定時間保持してもよい。これにより、水素雰囲気炉2内に投入する機器類1の形状や大きさに左右されることなく、確実に上記Nd−Fe−B合金が水素を吸収しHD現象が生じる。
【0053】
このように、水素が上記Nd−Fe−B合金の結晶格子間に侵入し、当該結晶格子が膨張することにより発生した歪みは、上記実施形態1と同様に結晶粒界に集中するため、クラックが発生し粒界破壊が起きる。この粒界破壊だけで歪みが開放されないと、この歪みは、結晶粒界内にも影響を与え粒内破壊を起こさせる。これらの破壊が繰り返し起こる。
【0054】
また、上記Nd−Fe−B合金が水素を吸収する吸収反応は、発熱反応であるため、まず低温において水素を吸収しやすい結晶相が反応してHD現象を起こし、その界面で温度が上昇し、その熱は次に水素を吸収しやすい相にHD現象を誘起することにより、順次伝播して連鎖反応的にHD現象が起こる。この際に、水素雰囲気炉2内を250〜400℃まで昇温し、Nd−Fe−B磁石3を250〜350℃まで加熱するだけでも、上記HD現象により生じた発熱反応で得られた熱量によって、上記Nd−Fe−B磁石3の脱磁を行うことができる。
【0055】
そして、Nd−Fe−B磁石3は、水素雰囲気炉2内に5〜80分間保持された後に、水素雰囲気炉2から取り出すと、HD現象により上記Nd−Fe−B合金に多数のクラックが生じている。さらに、上記HD現象は、上記Nd−Fe−B合金以外には影響されないため、上記Nd−Fe−B合金に衝撃や振動を与えることにより、上記Nd−Fe−B合金をNd−Fe−B合金粉末4として容易に回収することができる。
【0056】
上述の実施形態1による希土類合金粉末回収方法によれば、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれた使用済みコンプレッサのロータ5など機器類1ごと水素雰囲気炉2に投入し、当該水素雰囲気炉2内を250〜400℃まで昇温し、5〜80分間保持することにより、希土類合金が水素を吸収してHD現象を起こし、当該希土類合金に多数のクラックを発生させることができるため、上記機器類に組み込まれた上記希土類磁石を予め取り外すことなく、Nd−Fe−B合金粉末4を容易に回収することができる。
【0057】
また、上記HD現象によるクラックの発生時の上記Nd−Fe−B合金と上記水素との反応は、発熱反応であるため、水素雰囲気炉2内において、上記Nd−Fe−B合金をキュリー温度以上に加熱することなく、脱磁することができる。これにより、上記水素雰囲気炉の温度を高くする必要がなく、さらに脱磁するための設備を別途設ける必要もないため、燃料や設備に掛かるコストを抑えることができる。
【0058】
そして、上述の実施形態2による希土類合金粉末回収方法によれば、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれた使用済みモータユニット9に、当該Nd−Fe−B磁石3に到達する切欠10を形成した後に、モータユニット9ごと水素雰囲気炉2に投入し、当該水素雰囲気炉2内を250〜400℃まで昇温し、5〜80分間保持することにより、Nd−Fe−B合金が水素を吸収してHD現象が生じて、当該Nd−Fe−B合金に多数のクラックを発生させ粉砕することができるため、モータユニット9に組み込まれたNd−Fe−B磁石3を予め取り外すことなく、上記Nd−Fe−B合金のみを粉砕し、モータユニット9と分離させて希土類合金粉末を回収することができる。
【0059】
さらに、上述の実施形態3による希土類合金粉末回収方法によれば、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれた使用済みモータのロータ6を水素雰囲気炉2に投入する前に、大気炉8に投入するため、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれた使用済みモータのロータ6に樹脂が覆われていたとしても、予め樹脂を灰化させた使用済みモータのロータ6を水素雰囲気炉2に投入することができる。この結果、Nd−Fe−B磁石3が組み込まれた使用済みモータのロータ6から、Nd−Fe−B合金粉末4を容易に回収することができる。
【0060】
なお、上記実施形態1〜3において、使用済みコンプレッサのロータ5および使用済みモータのロータ6さらに使用済みモータユニット9を、水素雰囲気炉2に投入して昇温する際に、250〜400℃まで昇温して5〜80分間保持する場合のみ説明したが、これに限定されるものでなく、水素雰囲気炉2に投入する機器類1またはNd−Fe−B磁石3の大きさや形状によって、温度および保持時間をその都度変更して対応することができる。また、昇温する温度は、水素雰囲気炉2内の圧力が低下した時点の温度以上の温度によって設定することができる。
さらに、上記実施例1において、使用済みモータユニット9を水素雰囲気炉2に投入して昇温する際に、340℃まで昇温して60分間保持する場合のみ説明したが、これに限定されるものでなく、水素雰囲気炉2に投入する機器類1またはNd−Fe−B磁石3の大きさや形状によって、温度および保持時間をその都度変更して対応することができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
希土類磁石が組み込まれた機器類に利用することができる。
【符号の説明】
【0062】
1 機器類
2 水素雰囲気炉
3 Nd−Fe−B磁石(希土類磁石)
4 Nd−Fe−B合金粉末(希土類合金粉末)
5 コンプレッサのロータ
6 モータのロータ
7 ステータ
8 大気炉
9 モータユニット
10 切欠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類磁石が組み込まれた機器類から希土類合金粉末を回収する希土類合金粉末回収方法であって、
上記希土類磁石が組み込まれた機器類ごと水素雰囲気炉に投入し、当該水素雰囲気炉内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させるとともに、上記希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁することを特徴とする使用済み製品からの希土類合金粉末回収方法。
【請求項2】
希土類磁石が組み込まれた機器類から希土類合金粉末を回収する希土類合金粉末回収方法であって、
上記希土類磁石が組み込まれた機器類に、上記希土類磁石に到達する切欠を形成した後に、上記機器類ごと水素雰囲気炉に投入し、当該水素雰囲気炉内を水素吸収現象を生じさせる温度まで昇温して一定時間保持することにより、希土類合金に多数のクラックを発生させて粉砕するとともに、上記希土類合金のクラック発生の際の発熱反応を利用し、上記希土類合金を脱磁することを特徴とする使用済み製品からの希土類合金粉末回収方法。
【請求項3】
上記水素雰囲気炉内の昇温時に、炉内圧力が低下し始めた時点の温度以上の温度により一定時間保持することを特徴とする請求項1または2に記載の使用済み製品からの希土類合金粉末回収方法。
【請求項4】
上記炉内圧力が低下した時点の温度以上の温度により5〜80分間保持することを特徴とする請求項3に記載の使用済み製品からの希土類合金粉末回収方法。
【請求項5】
上記希土類磁石は、Nd−Fe−B磁石であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の使用済み製品からの希土類合金粉末回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−62532(P2012−62532A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−207964(P2010−207964)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】