説明

先行車追従制御方法及び先行車追従制御装置

【課題】個々の運転者のフィーリングに合う先行車追従制御ができ、ヒヤリハットを防止できる先行車追従制御方法及び先行車追従制御装置を提供する。
【解決手段】先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定する先行車追従制御方法において、自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した加速度要因加速度と、自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した速度要因加速度と、車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度として演算した車間距離要因加速度とを重み付きで総和して目標加速度とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、個々の運転者のフィーリングに合う先行車追従制御ができ、ヒヤリハットを防止できる先行車追従制御方法及び先行車追従制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定し、この目標加速度に従ってアクセル開度アクチュエータや自動ブレーキアクチュエータを制御して車両を加減速制御する先行車追従制御装置が知られている。
【0003】
目標加速度を決定する方式として次のようなものが知られている。
【0004】
第一の方式;開発時における試験運転者による走行で得られた自車加速度、先行車加速度、自車速度、先行車速度、車間距離と自車加速度との関係から目標加速度マップを作成し、この目標加速度マップを市販車両に搭載することにより、運転者(ユーザ)による実走行時、リアルタイムに先行車及び自車の車両情報で目標加速度マップを参照して目標加速度を決定する。
【0005】
第二の方式;開発時における試験運転者による走行で得られた車両情報に基づきパラメータが固定されたモデル式を作成し、このパラメータ固定のモデル式を市販車両に搭載することにより、運転者(ユーザ)による実走行時、リアルタイムに先行車及び自車の車両情報をモデル式に代入して目標加速度を決定する(特許文献1)。モデル式は後述のように各種知られている。モデル式中のパラメータは、運転者の個人的特徴を具現する数量である。
【0006】
第三の方式;開発時における試験者による走行で得られた車両情報に基づきパラメータが可変である1つのモデル式を作成し、このパラメータ可変のモデル式を市販車両に搭載することにより、運転者による学習走行時、先行車及び自車の車両情報に合うようにパラメータを学習し、運転者による実走行時、リアルタイムに先行車及び自車の車両情報をモデル式に代入して目標加速度を決定する(特許文献2)。
【0007】
第四の方式;モデル式に基づいて目標加速度を決定する手段を車両に搭載し、運転者による学習走行時、先行車及び自車の車両情報からモデル式を導出して学習し、運転者による実走行時、リアルタイムに先行車及び自車の車両情報をモデル式に代入して目標加速度を決定する(特許文献3)。つまり、モデル式全体が運転者の個人的特徴を具現するパラメータと見なせる。
【0008】
モデル式として次のようなものが知られている(非特許文献1参照)。
【0009】
チャンドラーモデル(Chandler Model)式
f(t+T)=K1(vl(t)−vf(t))
ニューエルモデル(Newell Mode1)式
f(t+T)=K2(Xl(t)−Xf(t))
LFBモデル式
f(t+T)=K3(Xl(t)−Xf(t))
+K4(vl(t)−vf(t))
−K5vf(t)−K6
ここに、
f(t) ;時刻tでの目標加速度
l(t) ;時刻tでの先行車速度
f(t) ;時刻tでの自車速度
l(t) ;時刻tでの先行車位置
f(t) ;時刻tでの自車位置
T ;運転者反応時間(パラメータ)
K1〜K6 ;ゲイン(パラメータ)
である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006−188155号公報
【特許文献2】特開2005−178691号公報
【特許文献3】特開2007−272834号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「速度調整操作モデルにおけるドライバー特性の解析」宮本秀樹、鈴木高宏、生産研究、59巻、3号、201頁〜204頁、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
先行車追従制御装置は、単に安全性が守られる先行車追従制御だけではなく、個々の運転者のフィーリングに合った先行車追従制御、つまりその運転者が円滑であると感じるような先行車追従制御が要求される。
【0013】
第一、第二の方式は、目標加速度マップやモデル式が開発時に作成したとおりに固定されるため、個々の運転者のフィーリングに合った先行車追従制御はできない。
【0014】
第三、第四の方式は、運転者の個人的特徴を具現するパラメータを学習して使用することにより、個々の運転者のフィーリングに合った先行車追従制御を目指すものである。
【0015】
しかしながら、第三の方式は、運転者による学習走行時の車両情報からパラメータを学習するので、学習走行時に通常走行でない走行をした場合(例えば、特異な道路ばかりを走行した場合、運転者の機嫌や体調が悪いときに走行した場合)の車両情報からパラメータを学習すると、学習後、そのような通常走行でない走行が再現されることになる。このとき、開発時に作成されたモデル式によっては、いわゆるヒヤリハット(意図せず安全性を無視した運転をしてしまったこと)が起きやすい先行車追従制御となる。また、通常走行でない走行が学習・再現された場合、当然、通常時の運転者のフィーリングに合った先行車追従制御とはならない。
【0016】
第四の方式は、運転者による学習走行時の車両情報からモデル式を学習するので、学習走行時に通常走行でない走行をした場合の車両情報からモデル式を学習すると、学習後、そのような通常走行でない走行が再現されることになる。また、パラメータを含むモデル式全体が学習されるので、パラメータのみを学習する第三の方式よりも、より運転者の個人的特徴を具現するモデル式が導出される可能性がある反面、学習走行時の走行によっては第三の方式以上に発散する(好ましくないモデル式が導出される)可能性もあるため、実用には採用できない。
【0017】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、個々の運転者のフィーリングに合う先行車追従制御ができ、ヒヤリハットを防止できる先行車追従制御方法及び先行車追従制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するために本発明の先行車追従制御方法は、先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定する先行車追従制御方法において、自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した加速度要因加速度と、自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した速度要因加速度と、車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度として演算した車間距離要因加速度とを重み付きで総和して目標加速度とするものである。
【0019】
前記重みは、実走行中の車両情報から各要因加速度を演算し、各要因加速度ごとに与えた離散的な複数の重み係数候補を用いて各要因加速度の重み付き総和を複数の重み係数候補の組み合わせについて演算し、これら複数の重み付き総和の中で最も当該実走行中の自車加速度に近似する重み付き総和が得られた重み係数候補の組み合わせを重みとして学習することにより設定してもよい。
【0020】
また、本発明の先行車追従制御装置は、先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定する先行車追従制御装置において、自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度を演算して加速度要因加速度とする加速度要因加速度演算部と、自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度を演算して速度要因加速度とする速度要因加速度演算部と、車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度を演算して車間距離要因加速度とする車間距離要因加速度演算部と、各要因加速度を重み付きで総和して目標加速度とする目標加速度演算部と、を備えたものである。
【0021】
前記重みを、実走行中の車両情報から各要因加速度を演算し、各要因加速度ごとに与えた離散的な複数の重み係数候補を用いて各要因加速度の重み付き総和を複数の重み係数候補の組み合わせについて演算し、これら複数の重み付き総和の中で最も当該実走行中の自車加速度に近似する重み付き総和が得られた重み係数候補の組み合わせを重みとして学習することにより設定する重み設定部を備えてもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明は次の如き優れた効果を発揮する。
【0023】
(1)個々の運転者のフィーリングに合う先行車追従制御ができる。
【0024】
(2)ヒヤリハットを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施形態を示す先行車追従制御装置の構成図である。
【図2】本発明において目標車間距離を同定するための先行車速度対車間距離グラフである。
【図3】(a)は、本発明において運転者反応時間を同定するための時間対先行車及び自車速度グラフ、(b)は、その移動平均グラフ、(c)はその部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0027】
図1に示されるように、本発明に係る先行車追従制御装置1は、先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定する先行車追従制御装置1において、自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度を演算して加速度要因加速度とする加速度要因加速度演算部2と、自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度を演算して速度要因加速度とする速度要因加速度演算部3と、車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度を演算して車間距離要因加速度とする車間距離要因加速度演算部4と、各要因加速度を重み付きで総和して目標加速度とする目標加速度演算部5と、前記重みを、実走行中の車両情報から各要因加速度を演算し、各要因加速度ごとに与えた離散的な複数の重み係数候補を用いて各要因加速度の重み付き総和を複数の重み係数候補の組み合わせについて演算し、これら複数の重み付き総和の中で最も当該実走行中の自車加速度に近似する重み付き総和が得られた重み係数候補の組み合わせを重みとして学習することにより設定する重み設定部6とを備える。
【0028】
これら加速度要因加速度演算部2、速度要因加速度演算部3、車間距離要因加速度演算部4、目標加速度演算部5、重み設定部6は、ECU(電子制御ユニット又はエンジン制御ユニット)に設けるとよい。
【0029】
車両においては、公知のセンサ、演算部、情報通信手段等より、先行車車両情報と自車車両情報がECUで読み取り可能に提供されている。先行車車両情報には、先行車加速度、先行車速度、先行車位置などがあり、自車車両情報には、自車加速度、自車速度、自車位置などがある。車間距離は、車間距離センサで測定してもよいし、先行車位置と自車位置とから求めてもよい。また、本発明の先行車追従制御装置1が演算した目標加速度に基づき、公知の演算部がアクセル開度を演算し、公知のエンジン制御部に提供するようになっている。
【0030】
本発明では、次のAVD(Acceleration, Velocity of Leading Vehicle and Inter-Vehicular Distance)モデル式[1]、[2]を定義する。
【0031】
【数1】

【0032】
ここに、
f(t) ;時刻tでの目標加速度(=自車加速度)
l(t) ;時刻tでの先行車加速度
l(t) ;時刻tでの先行車速度
f(t) ;時刻tでの自車速度
d(t) ;時刻tでの車間距離
des(t) ;時刻tでの目標車間距離(パラメータ)
T ;運転者反応時間(パラメータ)
Ka、Kv、Kd ;ゲイン(パラメータ)
である。Ka、Kv、Kdは、各要因加速度を重み付きで総和する際の重み係数となる。
【0033】
AVDモデル式の考え方を説明する。
【0034】
(1)運転者は、自車の加速度を先行車の加速度と一致させるような運転をしているものと考えられる。これを第一運転傾向とする。
【0035】
(2)同時に、運転者は、自車の速度を先行車の速度と一致させるような運転をしているものと考えられる。これを第二運転傾向とする。
【0036】
(3)同時に、運転者は、車間距離を目標とする車間距離と一致させるような運転をしているものと考えられる。これを第三運転傾向とする。
【0037】
運転者は、第一〜第三の3つの運転傾向を同時に混じり合わせ持ち、運転するものと考えられる。また、運転者によって、第一〜第三の運転傾向の比率は異なるものと考えられる。例えば、
(1)自車の加速度を先行車の加速度と一致させることだけを志向している運転者がいる。
(2)自車の速度を先行車の速度と一致させることだけを志向している運転者がいる。
(3)車間距離を目標とする車間距離と一致させることだけを志向している運転者がいる。
【0038】
このような運転者の志向は、第一〜第三の運転傾向の比率で表すことができる。その比率は、運転者によって異なり、その比率が運転者の個人的特徴を具現することになる。そこで、本発明では、運転者によって異なるパラメータとしてゲインKa,Kv,Kdを定義する。ゲインKa,Kv,Kdは、運転者によって異なるパラメータであるので、学習によって設定することになる。
【0039】
次に、それぞれの運転傾向に関連する加速度として、
(1)自車の加速度を先行車の加速度と一致させるような運転を実現するための第一加速度と、
(2)自車の速度を先行車の速度と一致させるような運転を実現するための第二加速度と、
(3)車間距離を目標とする車間距離と一致させるような運転を実現するための第三加速度とを仮に定義する。
【0040】
これら第一〜第三の加速度は、それぞれ単独で演算することができる。これら第一〜第三の加速度にゲインKa,Kv,Kdをかけて足し合わせれば、当該運転者の志向を反映した目標加速度が求まる。
【0041】
ところで、もし、各ゲインの値が
(Ka,Kv,Kd)=(1,3,1)
だったとして、ある時刻tで第一加速度が0.3m/s2と演算され、第二加速度が0.2m/s2と演算され、第三加速度が0.5m/s2と演算されたとする。このとき、
1×0.3+3×0.2+1×0.5=1.4
となり、目標加速度は1.4m/s2と演算される。
【0042】
一方、もし、各ゲインの値が
(Ka,Kv,Kd)=(2,6,2)
だったとして、ある時刻tで第一〜第三の加速度が前述と同じになったとすると、
2×0.3+6×0.2+2×0.5=2.8
となり、目標加速度は2.8m/s2と演算される。
【0043】
これら2つの演算は、ゲインKa,Kv,Kdの比率が同じにもかかわらず、異なる結果となる。この矛盾を解消するには、ゲインKa,Kv,Kdを正規化する必要がある。すなわち、
Ka+Kv+Kd=1
と正規化する必要がある。このように正規化することで、
(Ka,Kv,Kd)=(1,3,1)
より、
Ka=1/(1+3+1)=0.2
Kv=3/(1+3+1)=0.6
Kd=1/(1+3+1)=0.2
となる。
【0044】
これら
Ka+Kv+Kd=1
となるゲインを重み係数Ka,Kv,Kdと呼ぶことにする。第一〜第三の加速度を重み係数Ka,Kv,Kdの重み付きで総和すれば、目標加速度が得られる。
【0045】
ここで、
(1)自車の加速度を先行車の加速度と一致させることだけを志向している運転者の個人的特徴は、
(Ka,Kv,Kd)=(1,0,0)
で表され、
(2)自車の速度を先行車の速度と一致させることだけを志向している運転者の個人的特徴は、
(Ka,Kv,Kd)=(0,1,0)
で表され、
(3)車間距離を目標とする車間距離と一致させることだけを志向している運転者の個人的特徴は、
(Ka,Kv,Kd)=(0,0,1)
で表される。
【0046】
以上の3種類の運転者を含むどの運転者についても、ヒヤリハットのない先行車追従制御が実現されなくてはならない。
【0047】
次に、運転者反応時間について考察する。
【0048】
運転者は、たとえ(1)自車の加速度を先行車の加速度と一致させようと意図しても、また、たとえ(2)自車の速度を先行車の速度と一致させようと意図しても、先行車の挙動に対して自車の挙動にはある程度の遅れが生じる。この遅れは、運転者の個人的特徴であるので、運転者反応時間Tを定義する。運転者反応時間Tは、運転者によって異なるパラメータであるので、学習によって設定することになる。
【0049】
次に、車間距離について考察する。
【0050】
個々の運転者には、車間距離の好みがある。長い車間距離を好む運転者もいれば、短い車間距離を好む運転者もいる。一方、一般に、速度が速いほど車間距離は長くなると考えられる。例えば、同じ運転者でも、渋滞時(低速時)と高速走行時とでは渋滞時のほうが車間距離は短い。そこで、運転者が走行中に目標とする車間距離(目標車間距離)ddes(t)は、先行車速度の関数によって表すことができると考えられる。目標車間距離ddes(t)は、運転者によって異なるパラメータであるので、学習によって設定することになる。
【0051】
次に、パラメータ以外の部分の導出について考察する。
【0052】
(1)自車の加速度を先行車の加速度と一致させるような運転(第一運転傾向)を実現するための加速度を次の式[3]で定義する。
【0053】
【数2】

【0054】
この定義の根拠はつぎの通りである。自車加速度が先行車加速度に遅れをもって追従する。つまり、
f(t)=al(t−T)
であるので、
l(t−T)=af(t)
故に、式[4]となるからである。
【0055】
【数3】

【0056】
(2)自車の速度を先行車の速度と一致させるような運転(第二運転傾向)を実現するための加速度を次の式[5]で定義する。
【0057】
【数4】

【0058】
この定義の根拠はつぎの通りである。等加速度直線運動の公式より、
f(t)=vf(t−T)+af(t)・T [6]
であり、ここで、自車速度が先行車速度に遅れをもって追従すのであるから、
f(t)=vl(t−T) [7]
となり、式[5]と式[6]からvf(t)を消去すると、
l(t−T)=vf(t−T)+af(t)・T [8]
よって、これを変形して前述の式[5]が得られる。
【0059】
(3)車間距離を目標とする車間距離と一致させるような運転(第三運転傾向)を実現するための加速度を次の式[9]で定義する。
【0060】
【数5】

【0061】
この定義の根拠はつぎの通りである。車間距離d(t)は、先行車位置と自車位置との差であり、T秒前の車間距離とT秒で先行車が進んだ距離の和から、T秒で自車が進んだ距離を引いたものであるから、
d(t)=d(t−T)+vl(t)・T−vf(t)・T
=d(t−T)+{vl(t)−vf(t)}・T
=d(t−T)
+[vl(t)−{vf(t−T)+af(t)・T}]・T
[10]
となる。最下行は式[6]を代入したものである。
【0062】
ここで、車間距離を目標車間距離に合わせると、
d(t)=ddes(t) [11]
であるので、式[10]と式[11]からd(t)を消去すると、
des(t)=d(t−T)
+[vl(t)−{vf(t−T)+af(t)・T}]・T
[12]
よって、これを変形して前述の式[9]が得られる。
【0063】
以上により、AVDモデル式[1]、[2]が定義される。すなわち、目標加速度af(t)は、自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した加速度要因加速度(式[3])と、自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した速度要因加速度(式[5])と、車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度として演算した車間距離要因加速度(式[9])とを重み付きで総和したものであり、各要因加速度は先行車及び自車の車両情報の関数である。
【0064】
次に、各パラメータの導出について説明する。
【0065】
目標車間距離ddes(t)は、運転者が実際に走行したときの車両情報により学習して設定される。図2に示されるように、先行車速度を横軸に、車間距離を縦軸に取り、実走行中の車両情報を点でプロットしていくと、プロット点の集合は実走行時の車間距離分布を表すことになる。このグラフの近似式から目標車間距離ddes(t)を求める。
【0066】
例えば、車間距離を表す近似式が先行車速度の二次式であるとすると、
des(t)=0.02vl(t)×vl(t)
+2.5vl(t)+5.1
のように求まる。この場合、各定数0.02、2.5、5.1が運転者の個人的特徴を具現するパラメータとなる。
【0067】
運転者反応時間Tは、運転者が実際に走行したときの車両情報により学習して設定される。図3(a)に示されるように、時間(時刻)を横軸に、速度を縦軸に取り、実走行中の先行車速度と自車速度を点でプロットして、それぞれの速度の変化曲線を描いてみると、自車速度が先行車速度に対して遅れて追従している様子が分かる。先行車速度と自車速度を適宜な時間幅で移動平均した図3(b)に示されるように、それぞれの速度の変化曲線が平滑化されると、両者はほぼ同じ波形であることが分かる。図3(c)に示した、図3(b)中の楕円部分の拡大図を見ると、遅れ時間が各時刻において存在することが分かる。全時間(ここでは40〜150sec)での遅れ時間の平均を運転者反応時間Tとする。
【0068】
ゲイン(重み係数)Ka,Kv,Kdは、運転者が実際に走行したときの車両情報により学習して設定される。すなわち、加速度要因加速度の重み係数Kaになり得る離散的な複数の重み係数候補(0.0、0.1、0.2、…、1.0)、速度要因加速度の重み係数Kvになり得る離散的な複数の重み係数候補(0.0、0.1、0.2、…、1.0)、車間距離要因加速度の重み係数Kdになり得る離散的な複数の重み係数候補(0.0、0.1、0.2、…、1.0)の中から、
Ka+Kv+Kd=1
を満足する重み係数候補の組み合わせ(Ka,Kv,Kd)を作る。例えば、(1.0,0.0,0.0)、(0.1,0.2,0.7)、(0.6,0.1,0.3)、(0.0,0.9,0.1)、(0.8,0.0,0.2)などが考えられる。
【0069】
学習時に、運転者が実際に走行したときの車両情報(加速度、速度、車間距離)が得られるたびに、これらの車両情報と各重み係数候補の組み合わせをAVDモデル式[1]、[2]に代入して重み付き総和(目標加速度)を演算する。
【0070】
この学習時目標加速度と学習時自車加速度とを比較して誤差が最も小さい重み係数候補の組み合わせを最適な重みとして学習する。
【0071】
なお、ここでは重み係数候補の値の刻みを小数点以下第一位の単位としたが、小数点以下第何位まででも細かくすることができる。重み係数候補の値の刻みを細かくするほど、より個人に適合する(運転者の個人的特徴を精度よく具現する)パラメータが得られ、その反面、演算回数が増えて煩雑化、長時間化する。よって、重み係数候補の値の刻みをどうするかは、ECUの演算性能(数値表現桁数、基本処理速度、記憶容量など)を勘案した上で定めるのが好ましい。
【0072】
以下、本発明の作用効果について説明する。
【0073】
まず、背景技術の欄で述べた公知のモデル式について詳しく再検討する。
【0074】
チャンドラーモデル式は、パラメータが運転者反応時間TとゲインK1の2つのみであり、多様な運転者の個人的特徴を具現するには不十分である。また、チャンドラーモデル式は、車両情報を自車速度と先行車速度しか用いておらず、自車及び先行車の複雑な挙動に対応して適切な目標加速度を演算することができない。
【0075】
ニューエルモデル式は、パラメータが運転者反応時間TとゲインK2の2つのみであり、多様な運転者の個人的特徴を具現するには不十分である。また、ニューエルモデル式は、車両情報を自車位置と先行車位置しか用いておらず、自車及び先行車の複雑な挙動に対応して適切な目標加速度を演算することができない。
【0076】
LFBモデル式は、学習時の車両情報によっては、(K3,K4,K5,K6)=(0.1,0.2,0.1,0.2)のような通常考えられるゲインの組が同定される場合以外に、例えば、(K3,K4,K5,K6)=(0,0,0,0.2)と同定される場合もある。この場合、目標加速度が常に0.2(m/s2)となってしまう可能性がある。目標加速度が常に0.2(m/s2)で先行車追従制御を行うと、先行車の挙動に関係なく加速し続けることになり、安全性に問題がある。
【0077】
本発明に係るAVDモデル式は、従来のモデル式の欠点を解消するものである。
【0078】
すなわち、AVDモデル式は、パラメータが運転者反応時間Tと重み係数Ka、Kv、Kdと目標車間距離ddes(t)の5つであるため、多様な運転者の個人的特徴を具現することができる。
【0079】
また、AVDモデル式は、車両情報として自車加速度、先行車加速度、自車速度、先行車速度、車間距離を用い、さらにパラメータとして先行車速度の関数である目標車間距離を用いているため、自車及び先行車の複雑な挙動に対応して適切な目標加速度を演算することができる。
【0080】
また、AVDモデル式は、パラメータである重み係数Ka、Kv、Kdがどのような比率であっても、ヒヤリハットが無く安全性の高い先行車追従制御を行うことができる。学習時の車両情報によっては、(Ka,Kv,Kd)=(0.3,0.6,0.1)のような通常考えられる重み係数の組が同定される場合以外に、例えば、(Ka,Kv,Kd)=(1,0,0)や(Ka,Kv,Kd)=(0,1,0)や(Ka,Kv,Kd)=(0,0,1)と同定される場合もある。しかし、これらの場合でも、ヒヤリハットが無く安全性の高い先行車追従制御を行うことができる。その理由を各例について説明する。
【0081】
(Ka,Kv,Kd)=(1,0,0)の場合、AVDモデル式は、加速度要因加速度の項のみとなる。加速度要因加速度のみでは、車両情報として先行車加速度しか用いていないため複雑な挙動までには対応しきれない。しかし、加速度要因加速度を目標加速度とすることによって、自車加速度が先行車加速度に遅れ時間をもって追従することが可能である。よって、ヒヤリハットを防止して安全性を確保することができる。
【0082】
(Ka,Kv,Kd)=(0,1,0)の場合、AVDモデル式は、速度要因加速度の項のみとなる。速度要因加速度のみでは、車両情報として先行車速度と自車速度しか用いていないため複雑な挙動までには対応しきれない。しかし、速度要因加速度を目標加速度とすることによって、自車速度が先行車速度に遅れ時間をもって追従することが可能である。よって、ヒヤリハットを防止して安全性を確保することができる。
【0083】
(Ka,Kv,Kd)=(0,0,1)の場合、AVDモデル式は、車間距離要因加速度の項のみとなる。車間距離要因加速度は、車両情報として先行車速度と自車速度と車間距離を用い、さらにパラメータとして先行車速度の関数である目標車間距離を用いているため、ある程度複雑な挙動まで対応して適切な目標加速度を演算することができる。また、車間距離要因加速度を目標加速度とすることによって、車間距離が目標車間距離と同じになるような先行車追従制御が行われるので、ヒヤリハットを防止して安全性を確保することができる。
【0084】
なお、通常では、(Ka,Kv,Kd)=(0.3,0.6,0.1)のように、いずれの重み係数も0でない重み係数の組が同定されると考えられる。この場合、AVDモデル式は、式[13]のようになる。
【0085】
【数6】

【0086】
式[13]は、自車加速度、先行車加速度、自車速度、先行車速度、車間距離、目標車間距離を用いているため、自車及び先行車の複雑な挙動に対応して適切な目標加速度を演算することができる。
【0087】
また、式[13]に限らず、いずれの重み係数も0でないAVDモデル式においては、自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従でき、かつ、自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従でき、かつ、車間距離を所定の目標車間距離に保てるという3つの先行車追従制御を同時に実現することができる。
【0088】
以上説明したように、本発明によれば、加速度要因加速度と速度要因加速度と車間距離要因加速度とを重み付きで総和して目標加速度とするようにしたので、自車及び先行車の複雑な挙動に対応した適切な目標加速度でる先行車追従制御を行うことができる。
【0089】
また、本発明によれば、学習時に運転者が手動運転したときの車両情報を用いて学習を行うため、個々の運転者のフィーリングに合った違和感のない円滑な先行車追従制御を行うことができる。
【0090】
また、本発明によれば、学習によって同定された重み係数のパラメータがどのような値であっても、いずれかの要因加速度が目標加速度となるので、ヒヤリハットを防止できる。
【実施例】
【0091】
重み係数の学習の具体的な実施例を説明する。
【0092】
今、運転者反応時間T=3(s)とする。
【0093】
学習時、t−T(s)において、自車速度vf(t−T)=24(m/s)、先行車速度vl(t−T)=25(m/s)、車間距離d=80m、先行車加速度al(t−T)=0.3(m/s2)であったとする。また、t(s)において、自車加速度af(t)=0.4(m/s2)、先行車速度vl(t)=26(m/s)、目標車間距離ddes=75mであるとする。これらの車両情報をAVDモデル式[1]、[2]に代入すると、次の式[14]が得られる。
【0094】
【数7】

【0095】
各要因加速度について複数の重み係数候補の組み合わせを発生させ、前式[14]に代入していくと、例えば、
【0096】
【数8】

【0097】
のようになる。
【0098】
全ての重み係数候補の組み合わせを表1の左の3列に示す。各行における重み係数候補を用いて式[14]の各項を求めた数値をその隣の3列に示す。全ての重み係数候補の組み合わせによる式[14]の演算結果を(a)の列に示す。学習時の自車加速度af(t)=0.4(m/s2)を(b)の列に示す。誤差|(a)−(b)|を(c)の列に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
表1より、(c)の列が最小値となる行の重み係数候補が重み係数として同定される。すなわち、(Ka,Kv,Kd)=(0.7,0.2,0.1)が同定される。よって、学習後は、この重み係数を用いてAVDモデル式[1]、[2]より目標加速度af(t)が演算される。
【符号の説明】
【0101】
1 先行車追従制御装置
2 加速度要因加速度演算部
3 速度要因加速度演算部
4 車間距離要因加速度演算部
5 目標加速度演算部
6 重み設定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定する先行車追従制御方法において、
自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した加速度要因加速度と、
自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度として演算した速度要因加速度と、
車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度として演算した車間距離要因加速度とを重み付きで総和して目標加速度とすることを特徴とする先行車追従制御方法。
【請求項2】
前記重みは、
実走行中の車両情報から各要因加速度を演算し、
各要因加速度ごとに与えた離散的な複数の重み係数候補を用いて各要因加速度の重み付き総和を複数の重み係数候補の組み合わせについて演算し、
これら複数の重み付き総和の中で最も当該実走行中の自車加速度に近似する重み付き総和が得られた重み係数候補の組み合わせを重みとして学習することにより設定することを特徴とする請求項1記載の先行車追従制御方法。
【請求項3】
先行車と自車の車両情報を用いて自車が先行車に追従するための目標加速度を決定する先行車追従制御装置において、
自車加速度が先行車加速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度を演算して加速度要因加速度とする加速度要因加速度演算部と、
自車速度が先行車速度に所定の遅れ時間をもって追従できる加速度を演算して速度要因加速度とする速度要因加速度演算部と、
車間距離を所定の目標車間距離に保てる加速度を演算して車間距離要因加速度とする車間距離要因加速度演算部と、
各要因加速度を重み付きで総和して目標加速度とする目標加速度演算部と、
を備えたことを特徴とする先行車追従制御装置。
【請求項4】
前記重みを、実走行中の車両情報から各要因加速度を演算し、各要因加速度ごとに与えた離散的な複数の重み係数候補を用いて各要因加速度の重み付き総和を複数の重み係数候補の組み合わせについて演算し、これら複数の重み付き総和の中で最も当該実走行中の自車加速度に近似する重み付き総和が得られた重み係数候補の組み合わせを重みとして学習することにより設定する重み設定部を備えたことを特徴とする請求項3記載の先行車追従制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−51498(P2011−51498A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−202976(P2009−202976)
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】