光双安定素子及びメモリ安定化方法
【課題】PN構造により発生したキャリアの移動をコントロールすることで、長時間安定な光双安定メモリを実現する。
【解決手段】本発明は、高速動作が可能なキャリアプラズマ分散効果を用いた光双安定動作に基づいた光メモリを、フォトニック結晶の前記光共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP形半導体領域、N形半導体領域の2つの電極を設け、電界を印加する構造とし、生成したキャリアが非発光再結合して熱に変わる前に高速に共振器の外に引き出すことで、熱の発生を抑え、メモリ保持時間を延ばす。
【解決手段】本発明は、高速動作が可能なキャリアプラズマ分散効果を用いた光双安定動作に基づいた光メモリを、フォトニック結晶の前記光共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP形半導体領域、N形半導体領域の2つの電極を設け、電界を印加する構造とし、生成したキャリアが非発光再結合して熱に変わる前に高速に共振器の外に引き出すことで、熱の発生を抑え、メモリ保持時間を延ばす。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光双安定素子及びメモリ安定化方法に係り、特に、光通信や光信号処理回路で用いられる、集積可能な光メモリの状態記憶時間の長時間安定な光双安定素子及びメモリ安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
屈折率の異なる2つ以上の材料を光の波長オーダの長さで周期的に配列したものをフォトニック結晶という。特にその周期構造を2次元的に構成したものを2次元フォトニック結晶とよぶ。2次元フォトニック結晶の一つに、シリコンなどの屈折率の高い半導体材料の薄膜に周期的に空気穴をあけるなどしたスラブ構造をとるものがある。この構造では、薄膜の上下面は空気やSiO2などの低屈折率材料からなるクラッド層で挟み込んでいる。また空気穴は三角格子や正方格子状に配置されていることが多い。
【0003】
フォトニック結晶を用いると特定の波長の光の伝播を禁止するフォトニックバンドギャップを発現できる。2次元フォトニック結晶構造では、上下面は空気と半導体材料の屈折率差によって光を閉じ込め、平面内はフォトニックバンドギャップで光を閉じ込めることができる。それを利用すると微小光共振器を実現できる。具体的には、2次元フォトニック結晶の周期性を局所的に破壊することによって、そこに光を局在化させ光を閉じ込める。
【0004】
特にシリコン2次元フォトニック結晶を用いて作成された微小光共振器では、高度なシリコンの作成プロセスを用いることもできるため、非常に高性能なものを実現できるようになっている。例えば、光の閉じ込めの度合いを示すQ値が120万の共振器が示されている(例えば、非特許文献1参照)。さらに、この共振器のモード体積は極めて小さい(λ/n)3。ここでλは光の波長、nはシリコンの屈折率である。
【0005】
フォトニック結晶微小光共振器は光を強く閉じ込められるため、小さな光入力エネルギーで高い光子密度が得られる。その結果、通常では高強度光電界下でしか生じない光学非線形性を容易に発現できる。代表的な光学非線形性には光カー効果、二光子吸収効果などがあるが、シリコンでは1550 nm帯の光通信波長帯の光でも実キャリアを生成できる光学非線形性として二光子吸収が重要である。
【0006】
フォトニック結晶微小光共振器とフォトニック結晶導波路を組み合わせると、共鳴トンネルフィルタが実現される。図12に示す共鳴トンネルフィルタでは、フォトニック結晶導波路101を通じてフォトニック結晶微小光共振器102に光を入射させることができる。光は共振器と共鳴する共鳴波長成分のみが反対側のフォトニック結晶導波路101に伝播することができる。図13に示すように二つの共鳴モードをもつフォトニック結晶共振器の共鳴スペクトルの例を示す。
【0007】
光の吸収率や、光が感じる屈折率が変化する光学非線形を発現する媒質を含む光共振器を用いると光双安定現象が観測されることが知られている(例えば、非特許文献2参照)。 屈折率が変化する光学非線形性を用いた光共振器で得られる光双安定現象は分散性光双安定現象と呼ばれる。
【0008】
光学非線形は光のパワー密度やエネルギー密度に応じて屈折率などが変化する現象である。通常、光学非線形性は極めて小さいためその現象も通常の光強度ではわずかしか観測されない。しかし、光共振器では多くのエネルギーを閉じ込めることができるので、わずかな光パワー入力で効率的に光学非線形性を発現することができる。共振器内の光子密度を高くするためには、光の閉じ込めを表すQ値が高く、共振器のモードVが小さい必要がある。すなわち、Q/Vが高いデバイスが有利である。その点、フォトニック結晶微小光共振器はQ/Vが極めて高い共振器として知られている。
【0009】
図13に示すスペクトルの共鳴波長の一つをMode S、他方をMode Bと呼ぶ。Mode Bからわずかに短波長にずらした波長の連続光をBias光とよび、微小なパワーのBias光を入力側フォトニック結晶導波路に入射する。Bias光はフォトニック結晶共振器との共鳴波長からわずかにずれているために、光はほとんど共振器内に入らない。その結果、出力側フォトニック結晶導波路で得られる光パワーは小さく、フォトニック結晶微小光共振器の透過率は低い。この状態を模式的に示したのが図14のaである。
【0010】
Bias光の強度を上げていくと、共振器に閉じ込められる光エネルギーも増加する。シリコンでは光子密度が高くなると二光子吸収によってキャリアが発生し、シリコンの屈折率がキャリアプラズマ分散効果によって低下する。その結果共鳴波長が短波長側にシフトする。すると、図13に示すMode Bが短波長側にシフトする。すなわち、Bias光の強度を上げていくと、共振器の共鳴波長が入射Bias光の波長に近づいてくる。共鳴波長がBias光の波長に近づくので、光がさらに効率的に共振器に入るようになり、二光子吸収キャリアもさらに多く発生する。ある一定以上Bias光が強くなると共振器の共鳴波長が急激にBias光の波長に引き込まれて、共振器の透過率が高くなる。図14のbに透過率が高くなった状態を模式的に示す。一旦透過率が高くなると、共振器への入射光の結合が強くなるので入射Bias光を元のaの状態まで弱めても、高い透過率が維持される。その状態を図14のcに示す。したがって、入射パワー対出力光パワーは図14に示すヒステリシス特性が得られ、これは前述の非特許文献2に示されているように光双安定現象の動作の典型例である。
【0011】
次に、本発明に関連する従来技術について説明する。
【0012】
第1の従来技術について説明する。
【0013】
光双安定デバイスを用いると光トランジスタや光双安定素子などを実現できることが知られている。低パワーで動作可能な光双安定デバイスとして、シリコンフォトニック結晶微小光共振器を用いた、シリコンの光学非線形性による光双安定デバイスが実現されている。シリコンは1550nm帯の光に対しては透明であるが、非線形感受率の存在によってわずかな二光子吸収キャリアが生成する。キャリアが緩和すると熱が発生し、シリコンの屈折率が上昇することが知られている。入射連続光の波長をフォトニック結晶共振器の共鳴波長よりもわずかに長波長に設定しておくことによって、熱光学効果による光双安定が発現できることが開示されている(例えば、非特許文献3参照)。入力・出力光パワーの関係を図15に示すが、光双安定が数10μWの低入力パワー光で得られている。
【0014】
第2の従来の技術について説明する。
【0015】
熱光学効果を用いた光双安定デバイスでは、熱の発生及び熱の緩和の速度がデバイスの動作速度を制限する。シリコンフォトニック結晶微小光共振器ではその応答速度は数100nsである。より高速に動作させるために、キャリアプラズマ分散を用いた光双安定デバイスが報告されている(例えば、非特許文献4参照)。Bias光はMode Bより短波長に設定し、入力パワーをあげていく。キャリアが生成すると屈折率が低下するために、Mode Bの共鳴波長が短波長側にシフトする。その結果光双安定が実現できる。キャリアプラズマ効果による光双安定デバイスでは、動作速度はキャリアの実効的な緩和時間によって決まり、ある実験ではその値は約100 psである(例えば、非特許文献5)。
【0016】
キャリアプラズマ効果を用いたシリコンフォトニック結晶微小光共振器による光双安定を用いた光メモリ動作が実現されている。図13に示すBias光を図14のaに示す光強度に設定して入射した。Bias光を入射したのみでは共振器は透過率が低いOFFの状態となっている。そこで、図13に示すSetの波長の短い光パルスを入射させた。Setパルスは共振器のもう一つの共鳴モードMode Sと共鳴するため、効率的に二光子吸収キャリアが発生する。その結果、シリコンフォトニック結晶微小光共振器のMode Bの共鳴波長とBias光との関係は図14のcに示す高い透過率の状態になる。一旦共振器が高透過率の状態になれば、Bias光自身によって光双安定が維持され図14のcの高い透過率の状態(ON)を維持する。図14のcのON状態から図14のaのOFF状態へと移行するためには、一旦Bias光を切ればよい。以上のキャリアプラズマ分散効果を用いた光双安定素子の一連の動作を図16に示す。同図では、
(1)Set/ResetなしでBiasのみ入射した場合;
(2)(1)の条件に加えてSetをさらに入射した場合;
(3)Set/Reset有の場合;
をそれぞれ示している。図16に示す動作では、Setパルス及びReset負パルスのいずれかが最後に入射したかの情報を、共振器の透過率の高低として保持しているので、シリコンフォトニック結晶微小光共振器による双安定デバイスが光メモリとして動作していることがわかる。
【非特許文献1】T. Tanabe, M. Notomi, E. Kuramochi, A. Shinya, and H. Taniyama, "Trapping and delaying photons for one nanosecond in an ultrasmall high-Q photonic-crystal nanocavity," Nature Photon., Vol. 1, No. 1, 49-52 (2007).
【非特許文献2】M. Notomi, A. Shinya, S. Mitsugi, G. Kira, E. Kuramochi, and T. Tanabe, "Optical bistable switching action of Si high-Q photonic-crystal nanocavities," Optics Express, Vol. 13, No. 7, pp. 2678-2687, (2005).
【非特許文献3】T. Tanabe, M. Notomi, A. Shinya, S. Mitsugi, and E. Kuramochi, "Fast bistable all-optical switch and memory on silicon photonic crystal on-chip," Optics Letters, Vol. 30, No. 19, 2575-2577 (2005).
【非特許文献4】T. Tanabe, M. Notomi, A. Shinya, S. Mitsugi, and E. Kuramochi, "All-optical switches on a silicon chip realized using photonic crystal nanocavities," Applied Physics Letters, Vol. 87, No. 15, 151112 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
シリコンフォトニック結晶共振器を用いた光双安定デバイスは集積可能で動作パワーが小さいため、全光論理回路の基本素子として有望である。前述の非特許文献4で示されているキャリアプラズマ効果による動作は高速な光双安定素子動作を可能とする。図17は、非特許文献4に示すレート方程式を用いて計算したシリコンフォトニック結晶微小光共振器双安定デバイスの透過波形を示す。Bias光にはステップ入力を加え、そのパワーは双安定閾値より僅かに高い状態とした。図17のaは、双安定閾値よりも僅かに大きい光強度のステップ状の入射Bias光、bは、共振器からの透過波形、cは、共振器の共鳴波長シフト、dは、共振器の共鳴波長シフトの熱光学効果による成分、eは、共振器の共鳴波長シフトのキャリアプラズマ分散効果による成分、fは、入射Bias光の波長を示す。このデバイスのメモリ保持時間は双安定状態の透過率が高いON状態を維持できる時間によって決まる。キャリアプラズマ分散効果による屈折率変化のみが存在する系であればBias光を切らない限りON状態を保持可能であるが、実際には図17(a)に示すようにキャリアプラズマ分散効果による光双安定のON状態は数nsしか保持できない。これは熱光学効果が存在するためである。
【0018】
熱はキャリアがシリコン中にて非発光再結合で消滅すると発生する。光双安定のON状態を維持するためにはBias光の供給を続ける必要があるが、そのために光共振器で熱が蓄積し、熱光学効果によって共振器の共鳴波長が長波長側にシフトする。熱光学効果による共鳴波長のシフト方向はキャリアプラズマ効果とは逆方向なため、キャリアプラズマ効果による双安定現象を打ち消す方向に作用する。図17(b)に示すように、熱の蓄積が進む数ns後にキャリアプラズマ効果による共鳴波長シフト量eと、熱による共鳴波長シフト量dがほぼ同じ量になり、共振器の共鳴波長シフトcは急激に長波長側にシフトし、キャリアプラズマ効果による光双安定ON状態が破壊される。
【0019】
本発明は、上記の点に鑑みなされたもので、高速動作が可能なキャリアプラズマ分散効果を用いた光双安定動作に基づいた光メモリを、フォトニック結晶共振器にPIN構造を作成して、生成したキャリアが非発光再結合して熱に変わる前に高速に共振器の外に引き出すことで、熱の発生を抑え、メモリ保持時間を延ばすことが可能な光双安定素子及びメモリ安定化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
図1は、本発明の原理構成図である。
【0021】
本発明(請求項1)は、フォトニック結晶1中に作成された光導波路50,60及び光共振器10からなる光双安定素子であって、
フォトニック結晶1中に、
光学非線形を発現する媒質を含む光共振器10と、
光共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP形半導体領域、N形半導体領域の2つの電極と、
電極に電界を印加する電界印加手段と、を有する。
【0022】
また、本発明(請求項2)は、フォトニック結晶1を、高屈折率材料からなるスラブに低屈折率材料を周期的に配置した2次元フォトニック結晶とする。
【0023】
また、本発明(請求項3)は、フォトニック結晶中に作成された共振器10を、
空気穴40を格子定数の範囲内でシフトする構造、または、特定の領域に空気穴を形成しない点欠陥型構造、または、該空気穴を1列形成しない線欠陥の幅を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の格子定数を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の穴径を部分的に変調した構造とする。
【0024】
本発明(請求項4)は、フォトニック結晶中に作成された光導波路及び光共振器からなる光双安定素子を用いたメモリ安定化方法において、
共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP領域、N領域の2つの電極を設け、電界を印加する構造を有する光双安定素子を用い、
熱光学効果によるメモリ不安定化を防止するために、電極に電界を印加することにより、キャリアを引き抜く。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、上記のように、シリコンフォトニック結晶共振器内で二光子吸収によって生成したキャリアを高速に引き抜くために、共振器の両脇にP領域とN領域を形成し、逆バイアス電圧を加える構造となっている。これにより、フォトニック結晶は強く光を閉じ込めることが可能なため、共振器の近くにPN領域を配置可能である。本発明によれば、P領域とN領域を共振器の近くに配置することが可能なため、デバイスサイズを極めて小さくすることができる。
【0026】
また、本発明の構成によれば、キャリアが発生するフォトニック結晶共振器部分と、キャリアを引き抜くために用いるPN領域を直線状に配置可能なため、キャリアを高速に共振器の外に引き出し、 PN領域に達したキャリアは電極を介してフォトニック結晶デバイスの外に引き抜かれる。
【0027】
前述の理由により、PN構造がないシリコンフォトニック結晶微小光共振器で双安定メモリ動作を行う場合と比較して熱の発生を約3割に低減させることができる。
【0028】
また、PN領域の間隔は狭いため、キャリアの掃引に必要な印加電界は小さくても良い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、図面と共に本発明の実施の形態を説明する。
【0030】
[第1の実施の形態]
図2は、本発明の第1の実施の形態における光双安定素子の構成を示し、図3は、本発明の第1の実施の形態におけるフォトニック結晶共振器の構成例を示す。
【0031】
共振器部分10は空気穴を一つだけ空けない点欠陥共振器で六重極共振器とも呼ぶ。図3では、当該点欠陥六重共振器を上面図で示している。共振器10の最近接穴40は少し共振器10の外側にずらしてある。共振器10中央から最近接穴40中央の距離をckとしたときにck=1.23とした。ここでaは格子定数(フォトニック結晶の低屈折材料(空気穴)の間隔距離)420nmである。スラブ厚は200nmで上下面は空気である。スラブはシリコンである。この共振器10にて最高Q値3.2×105が実現できる。ここで、当該フォトニック結晶は、高屈折率材料からなるスラブに、屈折材料を周期的に配置した2次元フォトニック結晶とする。スラブに用いられる高屈折材料として、Si、Ge、GaAs、AlAs、SiC、InP、InAs、GaP、GaN、A1N、ZnSe、ZnOの半導体、または、これらの半導体のうちの、いずれか複数の混晶半導体を含む材料を用いる。また共振器20の電界分布を図4に示す。
【0032】
基板シリコンの熱平衡キャリア密度は1.02×1010 cm-3である。本共振器から左右ぞれぞれ±2μm離れた位置にP型及びN型のシリコン領域を作製し、Insulator領域(I領域)を挟んで直線状または直線から0〜5μmずれた位置に配置され、共振器20を上下から挟む、または左右から挟むPIN構造を形成する。なお、フォトニック結晶導波路についても同様である。P及びN領域のドナー及びアクセプタ濃度は5×1019 cm3とする。
【0033】
図5は、本発明の第1の実施の形態におけるPN構造付Air-bridgeフォトニック結晶構造の作製プロセスを示す。
【0034】
始めにSOI基板をEBレジストとドライエッチング(1)でフォトニック結晶のパターンを作製する(2)。P及びN領域周辺のみ選択的にSiO2を堆積し(3)、さらに選択的にSiO2をエッチングしてP型シリコンおよびN型シリコンを形成するために順番にイオン注入する(4)。その後電極を堆積とアニーリングにより形成し、フォトニック結晶領域以外をレジストで保護してウェットエッチングによってair-bridge構造を形成する(6)。
【0035】
図6は、本発明の第1の実施の形態における外部電界を印加しない場合の六重フォトニック結晶微小共振器のキャリア分布の時間変換を示す。
【0036】
図6(a)に本共振器をスイッチング動作させるときの初期二光子吸収キャリア分布を示す。同図に示す濃度の二光子吸収キャリアを用いると1550 nm帯の光で本共振器の共鳴波長を-0.15 nmシフトすることが可能であり、双安定を実現するために十分な量である。
【0037】
始めにPIN構造に電圧を加えない、共振器への外部電界が印加されていない場合のキャリア拡散の様子を図6(b)、及び図6(c)に示す。8ps及び24ps後にもキャリアが共振器付近にとどまっていることがわかる。
【0038】
図7は、本発明の第1の実施の形態におけるキャリアを引き抜かない場合のキャリアから熱に変換するエネルギー量について示す。同図では、時刻0psで-0.15nm共鳴波長をシフトさせるために必要な量のキャリアを発生させたときの、六重共振器内に蓄積されるキャリアのエネルギーと、キャリアの非発光再結合によって熱に変換されるエネルギーの関係を示し、aは、キャリアの非発光再結合(高速キャリア緩和成分を除く)によって生成される熱エネルギーであり、bは、キャリアのエネルギーを表している。
【0039】
キャリアの持つエネルギーのうち31%は高速な緩和によって熱に変換されるので、図7のグラフよりキャリアのもつ43%のエネルギーが100ps後に熱に変わることがわかる。400ps後には51%のエネルギーが熱に変換される。最終的には100%のエネルギーが熱に変換される。
【0040】
図8は、本発明の第1の実施の形態におけるPとN領域にそれぞれ接触させた電極間に0.5Vの逆電圧を印加した場合のキャリアの移動の様子を示す。同図では、4μm間隔距離のあるPN間に逆電圧0.5Vを印加した場合の、六重共振器で生成した二光子吸収キャリアの空間分布の時間変化を表しており、16ps後(同図(c))には大半のキャリアがn領域に達して電極を通じてフォトニック結晶デバイス外に引き抜くことが可能であることがわかる。
【0041】
図8より、20ps以内にキャリアを共振器外に引き抜くことが可能であり、図6より20ps後には熱の発生は33%に抑えられるので、PIN構造を作成しない場合と比較して熱の発生を33%に抑えることが可能であることがわかる。
【0042】
熱の発生が抑制される結果、前述の図17のdで示す熱効果による長波長シフトも約3割に低減される。その結果、図17のcで示す共振器のシフトの長波長への傾きが緩やかになり、メモリ保持時間を延ばすことが可能になる。
【0043】
[第2の実施の形態]
図9は、本発明の第2の実施の形態における光双安定素子であるD4共振器の共振器モードを示し、図10は、本発明の第2の実施の形態における導波路に結合したD4共振器のPIN付構造の模式図を示す。D4共振器70は、光双安定素子であることが報告されている。D4共振器70は、フォトニック結晶中の4つの空気穴を一列あけない領域を作り共振器を形成する。共振器の両端の穴はわずかに外側にシフトさせ穴径も小さくしている。本共振器70におけるQ値は2.3×104である。
【0044】
図11は、本発明の第2の実施の形態におけるD4共振器の場合のキャリアのエネルギーから熱エネルギーへの変換を示す。同図は、時刻0psで‐0.15nm共鳴波長をシフトさせるために必要な量のキャリアを発生させた時の、D4共振器内に蓄積されるキャリアのエネルギーと、キャリアの非発光再結合によって熱に変換されるエネルギーの関係を示している。同図aは、キャリアの非発光再結合(高速キャリア緩和成分を除く)によって生成される熱エネルギーであり、同図bは、キャリアのエネルギーを示す。同図から約20ps後にはキャリアのエネルギーの約33%が熱に変換されていることがわかる。
【0045】
第1の実施の形態と同様に共振器の両側にPIN構造を作製することによって、キャリアを高速に共振器の外に引き抜くことが可能である。
【0046】
なお、本発明は、上記の実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲内において種々変更・応用が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、光通信や光信号処理回路に用いられる集積可能な光メモリに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の原理構成図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態における光双安定メモリの構成図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態におけるフォトニック結晶共振器の構成図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態における共振器の電界分布である。
【図5】本発明の第1の実施の形態におけるPIN付Air-bridgeシリコンフォトニック結晶の作成プロセスである。
【図6】本発明の第1の実施の形態における外部電界を印加しない場合の六重極フォトニック結晶微小光共振器のキャリア分布の時間変化である。
【図7】本発明の第1の実施の形態におけるキャリアを引き抜かない場合のキャリアから熱に変換するエネルギー量を示す図である。
【図8】本発明の第1の実施の形態における4μm間隔距離のあるPN間に逆電圧0.5Vを印加した場合の、六重極共振器で生成した二光子吸収キャリアの空間分布の時間変化を示す図である。
【図9】本発明の第2の実施の形態におけるD4共振器の共振器モードである。
【図10】本発明の第2の実施の形態における導波路に結合したD4共振器のPIN付構造の模式図である。
【図11】本発明の第2の実施の形態におけるD4共振器の場合のキャリアエネルギーから熱エネルギーへの変換を示す図である。
【図12】入出力導波路と結合した2次元フォトニック結晶共鳴トンネルフィルタ共振器の鳥瞰図である。
【図13】共鳴トンネルフィルタの透過スペクトルの例である。
【図14】共振器デバイスの光双安定の説明図である。
【図15】熱効果によるシリコンフォトニック結晶共振器における光双安定特性を表すグラフである。
【図16】キャリアプラズマ分散効果を用いて光双安定メモリの動作を示す図である。
【図17】非特許文献4に示すレート方程式を用いて計算したシリコンフォトニック結晶微小光共振器双安定デバイスの透過波形である。
【符号の説明】
【0049】
1 フォトニック結晶、シリコン
10 共振器、六重極共振器
20 P領域(p-Si領域)
30 N領域(n-Si領域)
40 空気穴、最近接穴
50 入力導波路
60 出力導波路
70 共振器
101 フォトニック導波路
102 フォトニック結晶微小共振器
【技術分野】
【0001】
本発明は、光双安定素子及びメモリ安定化方法に係り、特に、光通信や光信号処理回路で用いられる、集積可能な光メモリの状態記憶時間の長時間安定な光双安定素子及びメモリ安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
屈折率の異なる2つ以上の材料を光の波長オーダの長さで周期的に配列したものをフォトニック結晶という。特にその周期構造を2次元的に構成したものを2次元フォトニック結晶とよぶ。2次元フォトニック結晶の一つに、シリコンなどの屈折率の高い半導体材料の薄膜に周期的に空気穴をあけるなどしたスラブ構造をとるものがある。この構造では、薄膜の上下面は空気やSiO2などの低屈折率材料からなるクラッド層で挟み込んでいる。また空気穴は三角格子や正方格子状に配置されていることが多い。
【0003】
フォトニック結晶を用いると特定の波長の光の伝播を禁止するフォトニックバンドギャップを発現できる。2次元フォトニック結晶構造では、上下面は空気と半導体材料の屈折率差によって光を閉じ込め、平面内はフォトニックバンドギャップで光を閉じ込めることができる。それを利用すると微小光共振器を実現できる。具体的には、2次元フォトニック結晶の周期性を局所的に破壊することによって、そこに光を局在化させ光を閉じ込める。
【0004】
特にシリコン2次元フォトニック結晶を用いて作成された微小光共振器では、高度なシリコンの作成プロセスを用いることもできるため、非常に高性能なものを実現できるようになっている。例えば、光の閉じ込めの度合いを示すQ値が120万の共振器が示されている(例えば、非特許文献1参照)。さらに、この共振器のモード体積は極めて小さい(λ/n)3。ここでλは光の波長、nはシリコンの屈折率である。
【0005】
フォトニック結晶微小光共振器は光を強く閉じ込められるため、小さな光入力エネルギーで高い光子密度が得られる。その結果、通常では高強度光電界下でしか生じない光学非線形性を容易に発現できる。代表的な光学非線形性には光カー効果、二光子吸収効果などがあるが、シリコンでは1550 nm帯の光通信波長帯の光でも実キャリアを生成できる光学非線形性として二光子吸収が重要である。
【0006】
フォトニック結晶微小光共振器とフォトニック結晶導波路を組み合わせると、共鳴トンネルフィルタが実現される。図12に示す共鳴トンネルフィルタでは、フォトニック結晶導波路101を通じてフォトニック結晶微小光共振器102に光を入射させることができる。光は共振器と共鳴する共鳴波長成分のみが反対側のフォトニック結晶導波路101に伝播することができる。図13に示すように二つの共鳴モードをもつフォトニック結晶共振器の共鳴スペクトルの例を示す。
【0007】
光の吸収率や、光が感じる屈折率が変化する光学非線形を発現する媒質を含む光共振器を用いると光双安定現象が観測されることが知られている(例えば、非特許文献2参照)。 屈折率が変化する光学非線形性を用いた光共振器で得られる光双安定現象は分散性光双安定現象と呼ばれる。
【0008】
光学非線形は光のパワー密度やエネルギー密度に応じて屈折率などが変化する現象である。通常、光学非線形性は極めて小さいためその現象も通常の光強度ではわずかしか観測されない。しかし、光共振器では多くのエネルギーを閉じ込めることができるので、わずかな光パワー入力で効率的に光学非線形性を発現することができる。共振器内の光子密度を高くするためには、光の閉じ込めを表すQ値が高く、共振器のモードVが小さい必要がある。すなわち、Q/Vが高いデバイスが有利である。その点、フォトニック結晶微小光共振器はQ/Vが極めて高い共振器として知られている。
【0009】
図13に示すスペクトルの共鳴波長の一つをMode S、他方をMode Bと呼ぶ。Mode Bからわずかに短波長にずらした波長の連続光をBias光とよび、微小なパワーのBias光を入力側フォトニック結晶導波路に入射する。Bias光はフォトニック結晶共振器との共鳴波長からわずかにずれているために、光はほとんど共振器内に入らない。その結果、出力側フォトニック結晶導波路で得られる光パワーは小さく、フォトニック結晶微小光共振器の透過率は低い。この状態を模式的に示したのが図14のaである。
【0010】
Bias光の強度を上げていくと、共振器に閉じ込められる光エネルギーも増加する。シリコンでは光子密度が高くなると二光子吸収によってキャリアが発生し、シリコンの屈折率がキャリアプラズマ分散効果によって低下する。その結果共鳴波長が短波長側にシフトする。すると、図13に示すMode Bが短波長側にシフトする。すなわち、Bias光の強度を上げていくと、共振器の共鳴波長が入射Bias光の波長に近づいてくる。共鳴波長がBias光の波長に近づくので、光がさらに効率的に共振器に入るようになり、二光子吸収キャリアもさらに多く発生する。ある一定以上Bias光が強くなると共振器の共鳴波長が急激にBias光の波長に引き込まれて、共振器の透過率が高くなる。図14のbに透過率が高くなった状態を模式的に示す。一旦透過率が高くなると、共振器への入射光の結合が強くなるので入射Bias光を元のaの状態まで弱めても、高い透過率が維持される。その状態を図14のcに示す。したがって、入射パワー対出力光パワーは図14に示すヒステリシス特性が得られ、これは前述の非特許文献2に示されているように光双安定現象の動作の典型例である。
【0011】
次に、本発明に関連する従来技術について説明する。
【0012】
第1の従来技術について説明する。
【0013】
光双安定デバイスを用いると光トランジスタや光双安定素子などを実現できることが知られている。低パワーで動作可能な光双安定デバイスとして、シリコンフォトニック結晶微小光共振器を用いた、シリコンの光学非線形性による光双安定デバイスが実現されている。シリコンは1550nm帯の光に対しては透明であるが、非線形感受率の存在によってわずかな二光子吸収キャリアが生成する。キャリアが緩和すると熱が発生し、シリコンの屈折率が上昇することが知られている。入射連続光の波長をフォトニック結晶共振器の共鳴波長よりもわずかに長波長に設定しておくことによって、熱光学効果による光双安定が発現できることが開示されている(例えば、非特許文献3参照)。入力・出力光パワーの関係を図15に示すが、光双安定が数10μWの低入力パワー光で得られている。
【0014】
第2の従来の技術について説明する。
【0015】
熱光学効果を用いた光双安定デバイスでは、熱の発生及び熱の緩和の速度がデバイスの動作速度を制限する。シリコンフォトニック結晶微小光共振器ではその応答速度は数100nsである。より高速に動作させるために、キャリアプラズマ分散を用いた光双安定デバイスが報告されている(例えば、非特許文献4参照)。Bias光はMode Bより短波長に設定し、入力パワーをあげていく。キャリアが生成すると屈折率が低下するために、Mode Bの共鳴波長が短波長側にシフトする。その結果光双安定が実現できる。キャリアプラズマ効果による光双安定デバイスでは、動作速度はキャリアの実効的な緩和時間によって決まり、ある実験ではその値は約100 psである(例えば、非特許文献5)。
【0016】
キャリアプラズマ効果を用いたシリコンフォトニック結晶微小光共振器による光双安定を用いた光メモリ動作が実現されている。図13に示すBias光を図14のaに示す光強度に設定して入射した。Bias光を入射したのみでは共振器は透過率が低いOFFの状態となっている。そこで、図13に示すSetの波長の短い光パルスを入射させた。Setパルスは共振器のもう一つの共鳴モードMode Sと共鳴するため、効率的に二光子吸収キャリアが発生する。その結果、シリコンフォトニック結晶微小光共振器のMode Bの共鳴波長とBias光との関係は図14のcに示す高い透過率の状態になる。一旦共振器が高透過率の状態になれば、Bias光自身によって光双安定が維持され図14のcの高い透過率の状態(ON)を維持する。図14のcのON状態から図14のaのOFF状態へと移行するためには、一旦Bias光を切ればよい。以上のキャリアプラズマ分散効果を用いた光双安定素子の一連の動作を図16に示す。同図では、
(1)Set/ResetなしでBiasのみ入射した場合;
(2)(1)の条件に加えてSetをさらに入射した場合;
(3)Set/Reset有の場合;
をそれぞれ示している。図16に示す動作では、Setパルス及びReset負パルスのいずれかが最後に入射したかの情報を、共振器の透過率の高低として保持しているので、シリコンフォトニック結晶微小光共振器による双安定デバイスが光メモリとして動作していることがわかる。
【非特許文献1】T. Tanabe, M. Notomi, E. Kuramochi, A. Shinya, and H. Taniyama, "Trapping and delaying photons for one nanosecond in an ultrasmall high-Q photonic-crystal nanocavity," Nature Photon., Vol. 1, No. 1, 49-52 (2007).
【非特許文献2】M. Notomi, A. Shinya, S. Mitsugi, G. Kira, E. Kuramochi, and T. Tanabe, "Optical bistable switching action of Si high-Q photonic-crystal nanocavities," Optics Express, Vol. 13, No. 7, pp. 2678-2687, (2005).
【非特許文献3】T. Tanabe, M. Notomi, A. Shinya, S. Mitsugi, and E. Kuramochi, "Fast bistable all-optical switch and memory on silicon photonic crystal on-chip," Optics Letters, Vol. 30, No. 19, 2575-2577 (2005).
【非特許文献4】T. Tanabe, M. Notomi, A. Shinya, S. Mitsugi, and E. Kuramochi, "All-optical switches on a silicon chip realized using photonic crystal nanocavities," Applied Physics Letters, Vol. 87, No. 15, 151112 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
シリコンフォトニック結晶共振器を用いた光双安定デバイスは集積可能で動作パワーが小さいため、全光論理回路の基本素子として有望である。前述の非特許文献4で示されているキャリアプラズマ効果による動作は高速な光双安定素子動作を可能とする。図17は、非特許文献4に示すレート方程式を用いて計算したシリコンフォトニック結晶微小光共振器双安定デバイスの透過波形を示す。Bias光にはステップ入力を加え、そのパワーは双安定閾値より僅かに高い状態とした。図17のaは、双安定閾値よりも僅かに大きい光強度のステップ状の入射Bias光、bは、共振器からの透過波形、cは、共振器の共鳴波長シフト、dは、共振器の共鳴波長シフトの熱光学効果による成分、eは、共振器の共鳴波長シフトのキャリアプラズマ分散効果による成分、fは、入射Bias光の波長を示す。このデバイスのメモリ保持時間は双安定状態の透過率が高いON状態を維持できる時間によって決まる。キャリアプラズマ分散効果による屈折率変化のみが存在する系であればBias光を切らない限りON状態を保持可能であるが、実際には図17(a)に示すようにキャリアプラズマ分散効果による光双安定のON状態は数nsしか保持できない。これは熱光学効果が存在するためである。
【0018】
熱はキャリアがシリコン中にて非発光再結合で消滅すると発生する。光双安定のON状態を維持するためにはBias光の供給を続ける必要があるが、そのために光共振器で熱が蓄積し、熱光学効果によって共振器の共鳴波長が長波長側にシフトする。熱光学効果による共鳴波長のシフト方向はキャリアプラズマ効果とは逆方向なため、キャリアプラズマ効果による双安定現象を打ち消す方向に作用する。図17(b)に示すように、熱の蓄積が進む数ns後にキャリアプラズマ効果による共鳴波長シフト量eと、熱による共鳴波長シフト量dがほぼ同じ量になり、共振器の共鳴波長シフトcは急激に長波長側にシフトし、キャリアプラズマ効果による光双安定ON状態が破壊される。
【0019】
本発明は、上記の点に鑑みなされたもので、高速動作が可能なキャリアプラズマ分散効果を用いた光双安定動作に基づいた光メモリを、フォトニック結晶共振器にPIN構造を作成して、生成したキャリアが非発光再結合して熱に変わる前に高速に共振器の外に引き出すことで、熱の発生を抑え、メモリ保持時間を延ばすことが可能な光双安定素子及びメモリ安定化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
図1は、本発明の原理構成図である。
【0021】
本発明(請求項1)は、フォトニック結晶1中に作成された光導波路50,60及び光共振器10からなる光双安定素子であって、
フォトニック結晶1中に、
光学非線形を発現する媒質を含む光共振器10と、
光共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP形半導体領域、N形半導体領域の2つの電極と、
電極に電界を印加する電界印加手段と、を有する。
【0022】
また、本発明(請求項2)は、フォトニック結晶1を、高屈折率材料からなるスラブに低屈折率材料を周期的に配置した2次元フォトニック結晶とする。
【0023】
また、本発明(請求項3)は、フォトニック結晶中に作成された共振器10を、
空気穴40を格子定数の範囲内でシフトする構造、または、特定の領域に空気穴を形成しない点欠陥型構造、または、該空気穴を1列形成しない線欠陥の幅を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の格子定数を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の穴径を部分的に変調した構造とする。
【0024】
本発明(請求項4)は、フォトニック結晶中に作成された光導波路及び光共振器からなる光双安定素子を用いたメモリ安定化方法において、
共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP領域、N領域の2つの電極を設け、電界を印加する構造を有する光双安定素子を用い、
熱光学効果によるメモリ不安定化を防止するために、電極に電界を印加することにより、キャリアを引き抜く。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、上記のように、シリコンフォトニック結晶共振器内で二光子吸収によって生成したキャリアを高速に引き抜くために、共振器の両脇にP領域とN領域を形成し、逆バイアス電圧を加える構造となっている。これにより、フォトニック結晶は強く光を閉じ込めることが可能なため、共振器の近くにPN領域を配置可能である。本発明によれば、P領域とN領域を共振器の近くに配置することが可能なため、デバイスサイズを極めて小さくすることができる。
【0026】
また、本発明の構成によれば、キャリアが発生するフォトニック結晶共振器部分と、キャリアを引き抜くために用いるPN領域を直線状に配置可能なため、キャリアを高速に共振器の外に引き出し、 PN領域に達したキャリアは電極を介してフォトニック結晶デバイスの外に引き抜かれる。
【0027】
前述の理由により、PN構造がないシリコンフォトニック結晶微小光共振器で双安定メモリ動作を行う場合と比較して熱の発生を約3割に低減させることができる。
【0028】
また、PN領域の間隔は狭いため、キャリアの掃引に必要な印加電界は小さくても良い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、図面と共に本発明の実施の形態を説明する。
【0030】
[第1の実施の形態]
図2は、本発明の第1の実施の形態における光双安定素子の構成を示し、図3は、本発明の第1の実施の形態におけるフォトニック結晶共振器の構成例を示す。
【0031】
共振器部分10は空気穴を一つだけ空けない点欠陥共振器で六重極共振器とも呼ぶ。図3では、当該点欠陥六重共振器を上面図で示している。共振器10の最近接穴40は少し共振器10の外側にずらしてある。共振器10中央から最近接穴40中央の距離をckとしたときにck=1.23とした。ここでaは格子定数(フォトニック結晶の低屈折材料(空気穴)の間隔距離)420nmである。スラブ厚は200nmで上下面は空気である。スラブはシリコンである。この共振器10にて最高Q値3.2×105が実現できる。ここで、当該フォトニック結晶は、高屈折率材料からなるスラブに、屈折材料を周期的に配置した2次元フォトニック結晶とする。スラブに用いられる高屈折材料として、Si、Ge、GaAs、AlAs、SiC、InP、InAs、GaP、GaN、A1N、ZnSe、ZnOの半導体、または、これらの半導体のうちの、いずれか複数の混晶半導体を含む材料を用いる。また共振器20の電界分布を図4に示す。
【0032】
基板シリコンの熱平衡キャリア密度は1.02×1010 cm-3である。本共振器から左右ぞれぞれ±2μm離れた位置にP型及びN型のシリコン領域を作製し、Insulator領域(I領域)を挟んで直線状または直線から0〜5μmずれた位置に配置され、共振器20を上下から挟む、または左右から挟むPIN構造を形成する。なお、フォトニック結晶導波路についても同様である。P及びN領域のドナー及びアクセプタ濃度は5×1019 cm3とする。
【0033】
図5は、本発明の第1の実施の形態におけるPN構造付Air-bridgeフォトニック結晶構造の作製プロセスを示す。
【0034】
始めにSOI基板をEBレジストとドライエッチング(1)でフォトニック結晶のパターンを作製する(2)。P及びN領域周辺のみ選択的にSiO2を堆積し(3)、さらに選択的にSiO2をエッチングしてP型シリコンおよびN型シリコンを形成するために順番にイオン注入する(4)。その後電極を堆積とアニーリングにより形成し、フォトニック結晶領域以外をレジストで保護してウェットエッチングによってair-bridge構造を形成する(6)。
【0035】
図6は、本発明の第1の実施の形態における外部電界を印加しない場合の六重フォトニック結晶微小共振器のキャリア分布の時間変換を示す。
【0036】
図6(a)に本共振器をスイッチング動作させるときの初期二光子吸収キャリア分布を示す。同図に示す濃度の二光子吸収キャリアを用いると1550 nm帯の光で本共振器の共鳴波長を-0.15 nmシフトすることが可能であり、双安定を実現するために十分な量である。
【0037】
始めにPIN構造に電圧を加えない、共振器への外部電界が印加されていない場合のキャリア拡散の様子を図6(b)、及び図6(c)に示す。8ps及び24ps後にもキャリアが共振器付近にとどまっていることがわかる。
【0038】
図7は、本発明の第1の実施の形態におけるキャリアを引き抜かない場合のキャリアから熱に変換するエネルギー量について示す。同図では、時刻0psで-0.15nm共鳴波長をシフトさせるために必要な量のキャリアを発生させたときの、六重共振器内に蓄積されるキャリアのエネルギーと、キャリアの非発光再結合によって熱に変換されるエネルギーの関係を示し、aは、キャリアの非発光再結合(高速キャリア緩和成分を除く)によって生成される熱エネルギーであり、bは、キャリアのエネルギーを表している。
【0039】
キャリアの持つエネルギーのうち31%は高速な緩和によって熱に変換されるので、図7のグラフよりキャリアのもつ43%のエネルギーが100ps後に熱に変わることがわかる。400ps後には51%のエネルギーが熱に変換される。最終的には100%のエネルギーが熱に変換される。
【0040】
図8は、本発明の第1の実施の形態におけるPとN領域にそれぞれ接触させた電極間に0.5Vの逆電圧を印加した場合のキャリアの移動の様子を示す。同図では、4μm間隔距離のあるPN間に逆電圧0.5Vを印加した場合の、六重共振器で生成した二光子吸収キャリアの空間分布の時間変化を表しており、16ps後(同図(c))には大半のキャリアがn領域に達して電極を通じてフォトニック結晶デバイス外に引き抜くことが可能であることがわかる。
【0041】
図8より、20ps以内にキャリアを共振器外に引き抜くことが可能であり、図6より20ps後には熱の発生は33%に抑えられるので、PIN構造を作成しない場合と比較して熱の発生を33%に抑えることが可能であることがわかる。
【0042】
熱の発生が抑制される結果、前述の図17のdで示す熱効果による長波長シフトも約3割に低減される。その結果、図17のcで示す共振器のシフトの長波長への傾きが緩やかになり、メモリ保持時間を延ばすことが可能になる。
【0043】
[第2の実施の形態]
図9は、本発明の第2の実施の形態における光双安定素子であるD4共振器の共振器モードを示し、図10は、本発明の第2の実施の形態における導波路に結合したD4共振器のPIN付構造の模式図を示す。D4共振器70は、光双安定素子であることが報告されている。D4共振器70は、フォトニック結晶中の4つの空気穴を一列あけない領域を作り共振器を形成する。共振器の両端の穴はわずかに外側にシフトさせ穴径も小さくしている。本共振器70におけるQ値は2.3×104である。
【0044】
図11は、本発明の第2の実施の形態におけるD4共振器の場合のキャリアのエネルギーから熱エネルギーへの変換を示す。同図は、時刻0psで‐0.15nm共鳴波長をシフトさせるために必要な量のキャリアを発生させた時の、D4共振器内に蓄積されるキャリアのエネルギーと、キャリアの非発光再結合によって熱に変換されるエネルギーの関係を示している。同図aは、キャリアの非発光再結合(高速キャリア緩和成分を除く)によって生成される熱エネルギーであり、同図bは、キャリアのエネルギーを示す。同図から約20ps後にはキャリアのエネルギーの約33%が熱に変換されていることがわかる。
【0045】
第1の実施の形態と同様に共振器の両側にPIN構造を作製することによって、キャリアを高速に共振器の外に引き抜くことが可能である。
【0046】
なお、本発明は、上記の実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲内において種々変更・応用が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、光通信や光信号処理回路に用いられる集積可能な光メモリに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の原理構成図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態における光双安定メモリの構成図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態におけるフォトニック結晶共振器の構成図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態における共振器の電界分布である。
【図5】本発明の第1の実施の形態におけるPIN付Air-bridgeシリコンフォトニック結晶の作成プロセスである。
【図6】本発明の第1の実施の形態における外部電界を印加しない場合の六重極フォトニック結晶微小光共振器のキャリア分布の時間変化である。
【図7】本発明の第1の実施の形態におけるキャリアを引き抜かない場合のキャリアから熱に変換するエネルギー量を示す図である。
【図8】本発明の第1の実施の形態における4μm間隔距離のあるPN間に逆電圧0.5Vを印加した場合の、六重極共振器で生成した二光子吸収キャリアの空間分布の時間変化を示す図である。
【図9】本発明の第2の実施の形態におけるD4共振器の共振器モードである。
【図10】本発明の第2の実施の形態における導波路に結合したD4共振器のPIN付構造の模式図である。
【図11】本発明の第2の実施の形態におけるD4共振器の場合のキャリアエネルギーから熱エネルギーへの変換を示す図である。
【図12】入出力導波路と結合した2次元フォトニック結晶共鳴トンネルフィルタ共振器の鳥瞰図である。
【図13】共鳴トンネルフィルタの透過スペクトルの例である。
【図14】共振器デバイスの光双安定の説明図である。
【図15】熱効果によるシリコンフォトニック結晶共振器における光双安定特性を表すグラフである。
【図16】キャリアプラズマ分散効果を用いて光双安定メモリの動作を示す図である。
【図17】非特許文献4に示すレート方程式を用いて計算したシリコンフォトニック結晶微小光共振器双安定デバイスの透過波形である。
【符号の説明】
【0049】
1 フォトニック結晶、シリコン
10 共振器、六重極共振器
20 P領域(p-Si領域)
30 N領域(n-Si領域)
40 空気穴、最近接穴
50 入力導波路
60 出力導波路
70 共振器
101 フォトニック導波路
102 フォトニック結晶微小共振器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォトニック結晶中に作成された光導波路及び光共振器からなる光双安定素子であって、
前記フォトニック結晶中に、
光学非線形を発現する媒質を含む光共振器と、
前記光共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP形半導体領域、N形半導体領域の2つの電極と、
前記電極に電界を印加する電界印加手段と、
を有することを特徴とする光双安定素子。
【請求項2】
前記フォトニック結晶は、
高屈折率材料からなるスラブに低屈折率材料を周期的に配置した2次元フォトニック結晶である
請求項1記載の光双安定素子。
【請求項3】
前記フォトニック結晶中に作成された共振器は、
空気穴を格子定数の範囲内でシフトする構造、または、特定の領域に空気穴を形成しない点欠陥型構造、または、該空気穴を1列形成しない線欠陥の幅を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の格子定数を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の穴径を部分的に変調した構造とする
請求項1記載の光双安定素子。
【請求項4】
フォトニック結晶中に作成された光導波路及び光共振器からなる光双安定素子を用いたメモリ安定化方法において、
前記共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP領域、N領域の2つの電極を設け、電界を印加する構造を有する光双安定素子を用い、
熱光学効果によるメモリ不安定化を防止するために、前記電極に電界を印加することにより、キャリアを引き抜くことを特徴とするメモリ安定化方法。
【請求項1】
フォトニック結晶中に作成された光導波路及び光共振器からなる光双安定素子であって、
前記フォトニック結晶中に、
光学非線形を発現する媒質を含む光共振器と、
前記光共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP形半導体領域、N形半導体領域の2つの電極と、
前記電極に電界を印加する電界印加手段と、
を有することを特徴とする光双安定素子。
【請求項2】
前記フォトニック結晶は、
高屈折率材料からなるスラブに低屈折率材料を周期的に配置した2次元フォトニック結晶である
請求項1記載の光双安定素子。
【請求項3】
前記フォトニック結晶中に作成された共振器は、
空気穴を格子定数の範囲内でシフトする構造、または、特定の領域に空気穴を形成しない点欠陥型構造、または、該空気穴を1列形成しない線欠陥の幅を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の格子定数を部分的に変調した構造、または、線欠陥に接する空気穴の穴径を部分的に変調した構造とする
請求項1記載の光双安定素子。
【請求項4】
フォトニック結晶中に作成された光導波路及び光共振器からなる光双安定素子を用いたメモリ安定化方法において、
前記共振器部位を挟んで対向する2つの領域に、キャリアを引き抜くためのP領域、N領域の2つの電極を設け、電界を印加する構造を有する光双安定素子を用い、
熱光学効果によるメモリ不安定化を防止するために、前記電極に電界を印加することにより、キャリアを引き抜くことを特徴とするメモリ安定化方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図4】
【図6】
【図8】
【図9】
【図12】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図10】
【図11】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図4】
【図6】
【図8】
【図9】
【図12】
【公開番号】特開2009−237095(P2009−237095A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−81094(P2008−81094)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人 情報通信研究機構、「全光パケットルータ実現のための光RANサブシステムの研究開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人 情報通信研究機構、「全光パケットルータ実現のための光RANサブシステムの研究開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】
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