説明

光学活性ミルタザピンの製造方法

【課題】効率よく光学活性ミルタザピンが製造できる方法を提供すること。
【解決手段】溶媒の存在下でミルタザピンのRS混合物を光学活性酒石酸で光学分割する光学活性ミルタザピンの製造方法。より具体的には、溶媒の存在下、ミルタザピンのRS混合物と光学活性酒石酸とを接触させ、光学活性ミルタザピンの塩を優先的に結晶化させることを特徴とする光学活性ミルタザピンの製造方法。かかる溶媒としては、水溶性有機溶媒と水の混合溶媒が好ましく、炭素数1〜3のアルコール溶媒と水の混合溶媒がより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性ミルタザピンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性ミルタザピンの製造方法としては、例えば、光学活性O,O−ジベンゾイル酒石酸を用いてミルタザピンのRS混合物を光学分割する方法が知られている(特許文献1参照)。しかしながら、かかる方法では比較的高価な分割剤を用いるにもかかわらず収率が低いため、工業的に満足できる方法とはいえなかった。
【特許文献1】特開昭51−122093号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
このような状況のもと、本発明者らは、ミルタザピンのRS混合物を光学分割することにより、効率よく光学活性ミルタザピンを製造できる方法を提供すべく、鋭意検討した結果、分割剤として安価な光学活性酒石酸を用いれば、収率よく光学活性ミルタザピンが得られることを見出し、本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0004】
すなわち本発明は、溶媒の存在下でミルタザピンのRS混合物を光学活性酒石酸で光学分割する光学活性ミルタザピンの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、ミルタザピンのRS混合物を収率よく光学分割することができる。また、分割剤が安価なため、コスト面でも工業的に有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0007】
ミルタザピンとは、下式で示される化合物であり、R体とS体の2つの異性体が存在する。
【化1】

本発明において、ミルタザピンのRS混合物とは、ミルタザピンのR体とS体とが任意の割合で混合された混合物であることを意味し、完全ラセミ体であってもよいし、いずれかの異性体が過剰に含まれていてもよいものとする。
【0008】
光学活性酒石酸は、通常、市販のものを用いることができる。コスト面から好ましくは、L−酒石酸である。
【0009】
光学活性酒石酸の使用量は、ミルタザピンのRS混合物に対して、通常0.5〜1.5モル倍、好ましくは0.8〜1.2モル倍の範囲である。
【0010】
溶媒としては、通常、水溶性有機溶媒、水、および、それらの混合溶媒が挙げられる。水溶性有機溶媒と水の混合溶媒が好ましい。ここで、水溶性有機溶媒と水とを予め混合した混合物を混合溶媒として用いてもよいし、それらを光学分割操作中の系内で混合して用いてもよい。水溶性有機溶媒と水との混合割合は、特に限定されないが、通常、水に対して水溶性有機溶媒が1〜100重量倍、好ましくは3〜50重量倍の範囲である。
【0011】
水溶性有機溶媒とは、水と任意の割合で均一に混合し得る有機溶媒であれば、特に限定されず、例えば、テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシメタン、1,2−ジメトキシエタン、ジグリム、ジオキサン、1,3−ジオキソラン等のエーテル溶媒;メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール等のアルコール溶媒;アセトン等のケトン溶媒;ジメチルスルホキシド、スルホラン等の含硫黄溶媒;アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルプロピオンアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、1,3−ジメチル−3,4,5,6−テトラヒドロ−2(1H)−ピリジノン等の含窒素溶媒;γ−ブチロラクトン等のラクトン溶媒;炭酸ジメチル等の炭酸エステル溶媒;が挙げられる。なかでもアルコール溶媒が好ましく、メタノールがより好ましい。
【0012】
溶媒の使用量は、ミルタザピンのRS混合物に対して、通常1〜50重量倍、好ましくは5〜20重量倍の範囲である。
【0013】
本発明の光学分割は、溶媒の存在下でミルタザピンのRS混合物と光学活性酒石酸とを接触させることにより実施される。溶媒とミルタザピンのRS混合物と光学活性酒石酸の混合順序は特に限定されず、それらの混合物を所定の混合温度に調整した後、必要により冷却すれば、通常、光学活性ミルタザピンの塩が優先的に析出する。具体的な実施態様としては、例えば、溶媒とミルタザピンのRS混合物と光学活性酒石酸とを一括混合し、得られた混合物を所定の混合温度に調整して均一の溶液を得た後に、該溶液を冷却して光学活性ミルタザピンの塩が優先的に析出させる態様;ミルタザピンのRS混合物と水溶性有機溶媒とを混合し、所定の混合温度に調整した後、該混合物に光学活性酒石酸を加えて混合して均一溶液を得、そこに水を加えて混合してから、必要により該混合物を冷却して、光学活性ミルタザピンの塩が優先的に析出させる態様;等が挙げられる。かかる光学分割において、必要により、光学活性ミルタザピンの塩を種晶として用いることもできる。好ましい実施態様としては、ミルタザピンのRS混合物と水溶性有機溶媒とを混合し、所定の混合温度に調整した後、該混合物に光学活性酒石酸を加えて混合して均一溶液を得、そこに水を加えて混合してから、必要により該混合物を冷却して、光学活性ミルタザピンの塩が優先的に析出させる態様が挙げられる。ここで、冷却中もしくは冷却後に、さらに水を加えてもよい。また、水を加えた段階で光学活性ミルタザピンの塩が結晶として析出する場合は、該結晶を含んだまま冷却してもよいし、該結晶を分離した後に冷却してもよいし、加熱して該結晶を溶解させた後に冷却してもよいし、冷却することなく該結晶を分離して下記の後処理を行ってもよい。
【0014】
上記混合温度としては、通常35〜100℃、好ましくは35〜65℃の範囲である。上記冷却終了後の温度としては、−10〜30℃、好ましくは5〜30℃の範囲である。
【0015】
上記の光学分割により得られる混合物には、通常、光学活性ミルタザピンの塩が結晶として含まれており、かかる結晶を混合物から分離することにより、光学活性ミルタザピンの塩を取り出すことができる。上記の分離は、例えば、ろ過やデカンテーション等の操作により実施できる。必要により、上記の溶媒を用いて、取り出された光学活性ミルタザピンの塩を洗浄処理してもよい。さらに、再結晶やカラムクロマトグラフィー等の通常の精製処理により、光学活性ミルタザピンの塩を精製してもよい。
【0016】
上記の分離により得られる液相には、取り出された光学活性ミルタザピンの塩に含まれるとは逆の立体の光学活性ミルタザピンが豊富に含まれることがあり、この場合は、かかる液相に、例えば洗浄、濃縮、蒸留、晶析等の通常の後処理を施すことによって、光学活性ミルタザピンを単離してもよい。
【0017】
上記の分離により取り出された光学活性ミルタザピンの塩は、光学活性ミルタザピンと光学活性酒石酸とからなり、光学活性酒石酸としてL−酒石酸を用いれば、塩に含まれる光学活性ミルタザピンは、通常、S体に富み、光学活性酒石酸としてD−酒石酸を用いれば、塩に含まれる光学活性ミルタザピンの塩は、通常、R体に富む。かかる光学活性ミルタザピンの塩は、水和物であってもよい。光学活性ミルタザピンの塩を塩基と接触させることにより、対応する光学活性ミルタザピンが得られる。
【0018】
かかる塩基としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩;炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩;ナトリウムメチラート、ナトリウムエチラート等のアルカリ金属アルコラート;トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、トリブチルアミン等の第三級アミン;等が挙げられる。
【0019】
光学活性ミルタザピンの塩と塩基との接触は、通常、溶媒の存在下で行われる。かかる溶媒としては、例えば、水;メタノール、エタノール、2−プロパノール等のアルコール溶媒;テトラヒドロフラン等のエーテル溶媒;等が挙げられる。塩基の使用量は、光学活性ミルタザピンの塩に含まれる光学活性酒石酸に対し、通常0.5〜2モル倍の範囲である。
【0020】
光学活性ミルタザピンの塩と塩基との接触温度は、通常0℃〜50℃の範囲である。光学活性ミルタザピンと塩基の混合順序は特に制限されない。
【0021】
光学活性ミルタザピンの塩と塩基とを接触させた後、得られた混合物に、分液、濃縮、蒸留、晶析等の通常の後処理を施すことにより、光学活性ミルタザピンを単離することができる。具体的には、例えば、得られた混合物を、必要により水および/または水と混和しない有機溶媒と混合して分液処理し、得られた有機層を濃縮処理する態様が挙げられる。再結晶やカラムクロマトグラフィー等の通常の精製処理により、光学活性ミルタザピンをさらに精製してもよい。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【0023】
各実施例において、ミルタザピンの光学純度は、いずれも高速液体クロマトグラフィー面積百分率法にて求めた。分析条件は、以下の通りである。
<分析条件>
カラム:CHIRALCEL OD−H 4.6mm×250mm,40℃
移動層:ヘキサン/2−プロパノール(9/1)
流速:1ml/分
検出器: UV(290nm)
保持時間:6.3分(R−ミルタザピン)、7.4分(S−ミルタザピン)
【0024】
実施例1
ミルタザピン15.0g(56.5mmol、ラセミ体)とメタノール180mLとを混合し、得られた混合物を50℃に加熱した。そこに、L−酒石酸8.65g(57.6mmol)を加えて攪拌し、均一溶液を得た。そこに、同温度で水18mLを約5分間かけて滴下したところ、結晶が析出した。得られた混合液を60℃に昇温し、大部分の結晶を溶解した後、約22時間かけて25℃まで冷却した。得られた混合物から、ろ過により結晶を取り出し、該結晶をメタノール−水(10:1)25mLで洗浄した後、減圧乾燥し、白色粉末としてS−ミルタザピンのL−酒石酸塩の粗結晶12.5gを得た。
上記の粗結晶12.5gをメタノール60mLと混合し、該混合物を45℃に加熱して混合したところ、結晶は完全に溶解した。そこに、水1.5mLを加えて混合したところ、結晶の析出が見られた。得られた混合物を64℃に加熱して該結晶を溶解した後、約1時間かけて40℃まで冷却したところ、結晶が析出した。そこに、水4.5mLを1時間で加えた後、約15時間かけて25℃まで冷却した。得られた混合物から、ろ過により結晶を取り出し、該結晶をメタノール−水(10:1)15mLで洗浄した後、減圧乾燥し、白色粉末としてS−ミルタザピンのL−酒石酸塩の結晶11.9gを得た。得られた結晶中のS−ミルタザピンの光学純度は100%eeであった。また、カールフィッシャー法により、該結晶の含水量は9.4重量%であった。
S−ミルタザピンのL−酒石酸塩の1H−NMRスペクトルチャートを図1に示す。
δ(ppm in DMSO−d6):2.34(1H,m),2.37(3H,s),2.51(1H,t−like,J=ca.11Hz),2.86((1H,dt,J=11,2Hz),2.96((1H,dd,J=11,2Hz),3.42(1H,d,J=13Hz),3.47(1H,m),3.69(1H,m),4.35(1H,dd,J=10,4Hz),4.52(1H,d,J=13Hz),6.73(1H,dd,J=7,5Hz),7.09〜7.17(4H,m),7.31(1H,dd,J=7,2Hz),8.15(1H,dd,J=5,2Hz)
【0025】
上記で得られたS−ミルタザピンのL−酒石酸塩のうち10.6gと、水酸化ナトリウム2.6gを水20mLに溶解させた溶液とを混合し、tert−ブチルメチルエーテルで抽出した(20mL×2回)。硫酸マグネシウムを用いて、得られた有機層を脱水し、脱水後の有機層を濃縮することにより、白色結晶としてS−ミルタザピンを6.10g得た。収率は91%(ミルタザピン(ラセミ体)基準)であった。
【0026】
参考例1
実施例1で得たS−ミルタザピン6.1gをヘプタン15mLと混合し、50℃でS−ミルタザピンの結晶を溶解させた後、徐々に0〜5℃まで冷却したところ、結晶が析出した。析出した結晶を、ろ過により取得した後、該結晶をヘプタン2mLで洗浄し、乾燥して、白色結晶としてS−ミルタザピンを5.6g得た。晶析収率は92%であった。
S−ミルタザピン結晶の物性データ:
比旋光度〔α〕D23: 535°(c 0.1 メタノール)
融点(3回測定):86.0℃,85.8℃,85.9℃
1H−NMRスペクトルチャートを図2に、XRDデータを図3に、それぞれ示す。
【0027】
参考例2
参考例1で得たS−ミルタザピン4.2gをアセトン4mLに溶解させた後、40℃で水10mLを徐々に滴下したところ、結晶が析出した。得られた混合物を40℃で1時間撹拌した後、徐々に25℃まで冷却した。析出した結晶を、ろ過により取得した後、該結晶を水2mLで洗浄し、25℃で減圧乾燥して、白色結晶としてS−ミルタザピンを4.0g得た。晶析収率は95%であった。
S−ミルタザピン結晶の物性データ:
融点(3回測定):84.7℃,85.2℃,84.2℃
1H−NMRスペクトルチャートを図4に、XRDデータを図5に、それぞれ示す。
【0028】
実施例2
ミルタザピン15.0g(56.5mmol、ラセミ体)とD−酒石酸8.65g(57.6mmol)とメタノール180mLとを混合し、得られた混合物を50℃に加熱して撹拌し、均一溶液を得た。そこに、同温度で水18mLを約105分間かけて滴下したところ、結晶が析出した。得られた混合液を約15時間かけて25℃まで冷却した。得られた混合物から、ろ過により結晶を取り出し、該結晶をメタノール−水(10:1)25mLで洗浄した後、減圧乾燥し、白色粉末としてR−ミルタザピンのD−酒石酸塩の粗結晶12.8gを得た。得られた粗結晶中のR−ミルタザピンの光学純度は97.4%eeであった。
上記の粗結晶12.8gをメタノール60mLと混合し、該混合物を50℃に加熱して混合したところ、結晶は完全に溶解した。そこに、水6mLを加えて混合したところ、結晶が析出した。得られた混合物を25℃まで約21時間かけて冷却した。得られた混合物から、ろ過により結晶を取り出し、該結晶をメタノール−水(10:1)5mLで洗浄した後、減圧乾燥し、白色粉末としてR−ミルタザピンのD−酒石酸塩の結晶10.7gを得た。得られた結晶中のR−ミルタザピンの光学純度は100%eeであった。また、カールフィッシャー法により、該結晶の含水量は9.2重量%であった。
R−ミルタザピンのD−酒石酸塩の1H−NMRスペクトルチャートを図6に示す。
【産業上の利用可能性】
【0029】
光学活性ミルタザピンは、例えば、睡眠障害治療薬として利用可能であり(例えば、国際特許公開2006/51111号公報参照。)、本発明によれば、かかる化合物を収率よく、安価に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】S−ミルタザピンのL−酒石酸塩の1H−NMRスペクトルチャート(実施例1)
【図2】S−ミルタザピンの1H−NMRスペクトルチャート(参考例1)
【図3】S−ミルタザピンのXRDデータ(参考例1)
【図4】S−ミルタザピンの1H−NMRスペクトルチャート(参考例2)
【図5】S−ミルタザピンのXRDデータ(参考例2)
【図6】R−ミルタザピンのD−酒石酸塩の1H−NMRスペクトルチャート(実施例2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒の存在下、ミルタザピンのRS混合物を光学活性酒石酸で光学分割する光学活性ミルタザピンの製造方法。
【請求項2】
溶媒の存在下、ミルタザピンのRS混合物と光学活性酒石酸とを接触させ、光学活性ミルタザピンの塩を優先的に結晶化させることを特徴とする光学活性ミルタザピンの製造方法。
【請求項3】
得られた光学活性ミルタザピンの塩を、さらに塩基と接触させる請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
溶媒が、水溶性有機溶媒と水の混合溶媒である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項5】
水溶性有機溶媒が、炭素数1〜3のアルコール溶媒である請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
光学活性酒石酸が、L−酒石酸であり、得られる光学活性ミルタザピンが、S−ミルタザピンである請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
光学活性酒石酸と光学活性ミルタザピンとからなる塩。
【請求項8】
L−酒石酸とS−ミルタザピンとからなる塩。
【請求項9】
D−酒石酸とR−ミルタザピンとからなる塩。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−18992(P2009−18992A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−180645(P2007−180645)
【出願日】平成19年7月10日(2007.7.10)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】