説明

光学活性ムスコールの製造方法

【課題】ムスコールの4つの光学異性体を合成し、その絶対立体配置を決定するために有用な製造方法を提供し、これら光学異性体の香気を判定することによって香料工業に有用な香料を提供し、さらには優れた香気を有する新たな香料組成物及び化粧料を提供する。
【解決手段】(±)−ムスコンをトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩により還元することにより得られる(±)−トランス−ムスコールにアシル化試薬及び加水分解酵素を作用させ、不斉エステル化を行い、(1R,3R)−ムスコールのアシル化物及び(1S,3S)−ムスコールを得、このアシル化物を酸あるいはアルカリ加水分解することを特徴とする(1R,3R)−ムスコール及び(1S,3S)−ムスコールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性ムスコール、すなわち(1R,3R)−ムスコール、(1S,3S)−ムスコールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3−メチルシクロペンタデカン−1−オール、すなわち、ムスコールは、不斉炭素を二つ持つことより下記の通り式(I)〜(IV)で示される4種類の光学異性体が存在する。
【0003】
【化1】

【0004】
【化2】

【0005】
【化3】

【0006】
【化4】

【0007】
天然型ムスコールについては、天然物トンキンムスク(Tonquin musk)からの抽出物としてのムスコールが、第8回国際精油会議要旨集、1980,580−583頁(非特許文献1)に記載されている。しかしながら、この報告においては、その絶対配置については、全く触れられていない。また、光学活性ムスコールに関しては、光学活性ムスコンの合成の中間体としてラセミ体ムスコールに酵素を用いる不斉エステル化反応で得られることが、第39回香料・テルペン及び精油化学に関ずる討論会要旨集、1995,177−178頁(非特許文献2)及び特開平11−189号公報(特許文献1)、ケミカル ファーマシュテカル ブリテン(Chem.Pharm.Bull.,46,1484−1485,1998)(非特許文献3)に記載されている。
【0008】
この文献においても、光学活性ムスコールの3位のメチル基の絶対配置については記載されているが、1位の水酸基の絶対配置については記載されておらず、また、その4種類の立体異性体をそれぞれ合成した報告はない。なお、ラセミ体のムスコールの合成については、テトラヘドロン レターズ(Tetrahedron Letters,1976,3585−3586頁)(非特許文献4)、ヘルベチカ・キミカ・アクタ(Helvetica Chimica Acta,1977,60巻,1969−1979頁)(非特許文献5)、ジャーナル・オブ・オルガニックケミストリー(Journal of Organic Chemistry,1986,51巻,2721−2724頁)(非特許文献6)に記載されているが、香料工業的の有用性については報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−189号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】第8回国際精油会議要旨集、1980,580−583頁
【非特許文献2】第39回香料・テルペン及び精油化学に関ずる討論会要旨集、1995,177−178頁
【非特許文献3】Chem.Pharm.Bull.,46,1484−1485,1998
【非特許文献4】Tetrahedron Letters,1976,3585−3586頁
【非特許文献5】Helvetica Chimica Acta,1977,60巻,1969−1979頁
【非特許文献6】Journal of Organic Chemistry,1986,51巻,2721−2724頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
香料化合物は、一般に、香気的には光学異性体間に大きな差があることが認められており、ムスク様香気が期待されるムスコールの光学異性体の間に、香気の特徴を現わす物質としてこれを特定するためには、4種類の光学異性体を合成し、その香気を判定する必要があった。
【0012】
従って、本発明の目的は、ムスコールの4つの光学異性体を合成し、その絶対立体配置を決定するために有用な製造方法を提供し、これら光学異性体の香気を判定することによって香料工業に有用な香料を提供し、さらには、優れた香気を有する新たな香料組成物及び化粧料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、光学活性ムスコンあるいは市販で入手し得るラセミムスコンを原料として、高選択的に還元することにより、光学活性シス−ムスコールあるいはラセミ−シス−ムスコールを高純度で合成する方法を見い出し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は、(R)−ムスコンをトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩により還元することを特徴とする前記式(I)で示される(1R,3R)−ムスコールの製造方法、(S)−ムスコンをトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩により還元することを特徴とする前記式(II)で示される(1S,3S)−ムスコールの製造方法にある。また、(1R,3R)−ムスコールをトリフェニルホスフィン及びアゾジカルボン酸ジアルキルエステルの存在下、安息香酸誘導体を反応させ、(1S,3R)−ムスコールの安息香酸エステルとした後、加水分解することを特徴とする前記式(III)で示される(1S,3R)−ムスコールの製造方法、及び(1S,3S)−ムスコールをトリフェニルホスフィン及びアゾジカルボン酸ジアルキルエステルの存在下、安息香酸誘導体を反応させ、(1R,3S)−ムスコールの安息香酸エステルとした後、加水分解することを特徴とする式(IV)で示される(1R,3S)−ムスコールの製造方法にある。
【0015】
さらに、(±)−ムスコンをトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩により還元することを特徴とする(±)−トランス−ムスコールの製造方法、該製造法で得られる(±)−トランス−ムスコールにアシル化試薬及び加水分解酵素を作用させ、不斉エステル化を行い、(1S,3S)−ムスコールと、(1R,3R)−ムスコールのアシル化物との混合物を得、両者を分離して(1S,3S)−ムスコールを得、一方(1R,3R)−ムスコールのアシル化物を酸あるいはアルカリ加水分解して(1R,3R)−ムスコールを製造する方法にある。
【0016】
そして、(1R,3R)−ムスコール、(1S,3S)−ムスコール、(1S,3R)−ムスコール及び(1R,3S)−ムスコールからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の光学活性ムスコールを配合することを特徴とする香料組成物並びに化粧料にある。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、従来公知ではなかったムスコールの4種類の光学異性体を高選択的かつ高純度で合成することができ、これら4種類の異性体とも非常に特徴的な香気を有する化合物であり、今後香粧品や飲食類、保険・衛生・医薬品類への賦香用に有望な香料物質として提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ムスコールのニトロフタール酸エステルの単斜晶のX線結晶解析図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明における出発原料の光学活性ムスコンについては、特開平6−192161号公報に開示されている方法、すなわち、3−メチル−2−シクロペンタデセン−1−オンをルテニウム−光学活性ホスフィン錯体を触媒として不斉水素化することにより、(R)−ムスコン及び(S)−ムスコンのいずれも入手することができる。
【0020】
本発明に用いられるトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩からなる還元剤としては、リチウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライド(アルドリッチ社製 L−Selectride等)、カリウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライド(アルドリッチ社製 K−Selectride等)あるいはナトリウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドを挙げることができるが、好ましくは、リチウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドが用いられる。これらの還元剤は、通常、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶媒もしくはヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系溶媒中にて用いられる。好ましくは、テトラヒドロフランが用いられる。
【0021】
また、反応温度は低温が好ましく、通常、−50℃以下で反応させることで、高い立体選択性が得られる。例えば、3−メチルシクロヘキサノンの還元においては、0℃で85%のトランス体とシス体15%の比で3−メチルシクロヘキサノールが得られるが、−78℃では94.5%トランス体と5.5%シス体の比でが得られることが知られている(ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ;Journal of American Chemical Society,1972,94,7159−7161)。一方、2−メチルあるいは4−メチルシクロヘキサノンの還元においては、ケトン類の還元が、Syn−選択的に起こり、シス体リッチの2−メチルあるいは4−メチルシクロヘキサノールが得られることも知られている(ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ;1972,94,7159−7161)、フィーザー・アンド・フィーザーのリエジェンツ・フォー・オルガニック シンセシス(Fieser and Fieser's Reagents for Organic Synthesis)、15巻、192−193頁、ジョンウイリーアンドサンズ社;John Wiley&Sons,Inc.)、有機化学講座、6巻、有機金属化学、山本嘉則ら著、丸善社)。
【0022】
還元後の後処理においては、通常、過酸化水素などの酸化剤により反応中間体のボラン錯体を酸化開裂し、塩酸などで酸性にしたのち、適当な有機溶媒で目的物を抽出すれば、目的のアルコール体が得られる。
本還元反応によって得られる光学活性ムスコールの絶対構造については、水酸基とメチル基が1,3−位置の関係であり、前述の文献から類推するとトランス体が高選択的に得られると考えられる(ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ;1972,94,7159−7161)。視かしながら、現在まで光学活性ムスコールの合成報告例がなく、本還元反応によって得られた光学活性ムスコールのスペクトルデータを比較することができなかった。
【0023】
本発明者らは、本還元反応の原料として(R)−ムスコンを用い、得られた光学活性ムスコールのX線結晶解析を行うことによりその絶対構造を決定した。すなわち、(R)−ムスコンをテトラヒドロフランを溶媒として、リチウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライド(L−SelectrideTM)により、50℃以下で反応させることにより、98%以上の立体選択性で得られた光学活性ムスコールに、3−ニトロ無水フタール酸を作用させ、ムスコールのニトロフタール酸エステル(V)を得た(反応式1)。次にこのエステル体(V)をシクロヘキサンより再結晶し、融点135〜137℃の単斜晶を得、X線結晶解析を行ったところ、図1に示した如く、トランス体の(1R,3R)−ムスコール(I)であることが確認された。
【0024】
以上のことから、本還元反応の原料として(S)−ムスコンを用いた場合には、トランス体の(1R,3S)−ムスコール(IV)が得られ、またラセミムスコンを原料に用いた場合には、ラセミ−トランス−ムスコールがいずれも98%以上の選択性で得られることが判明した。
【0025】
【化5】

【0026】
次いで、光学活性シス体の(1S,3R)−ムスコール(III)及び(1R,3S)−ムスコール(IV)の合成については、上記の方法によって得られた光学活性トランス体の(1R,3R)−ムスコール(I)及び(1S,3S)−ムスコール(II)の1位の水酸基の立体配置を反転させることにより、目的物が得られると考えた。一般に、水酸基の立体配置を反転させる反応として、光延反応と呼ばれる方法が知られている(オルガニック・リアクジョンズ(0rganic Reactions)、42巻、335−656頁、ジョンウイリーアンドサンズ社、John Wiley&Sons;Inc.)。
【0027】
発明者らは、本光延反応を、例えば、トランス体の(1R,3R)−ムスコール(I)に適応すれば、シス体の(1S,3R)−ムスコール(III)が得ることができると考えた。事実、トランス体の(1R,3R)−ムスコール(I)に、ホスフィン類、例えば、トリ−n−ブチルホスフィン、置換基を有するトリアリールホスフィン類、トリス(ジメチルアミノ)ホスフィン、トリアルキルホスファイト類、トリフェニルホスフィン、フェノキシジフェニルホスフィンあるいはジフェノキシフェニルホスフィン、好ましくは、トリフェニホスフィンの1当量乃至1.5当量、及びジアルキルアゾジカルボキシレート、例えば、ジエチルアゾジカルボキシレートあるいはジイソプロピルアゾジカルボキシレート、好ましくはジエチルアゾジカルボキシレートの1当量乃至1.5当量の存在下、求核剤としてカルボン酸類、例えば、安息香酸、酢酸、ギ酸、パラニトロ安息香酸、3,5−ジニトロ安息香酸等、好ましくは安息香酸1当量乃至1.5当量を加え、溶媒として、ジオキサン、ジクロロメタン、クロロホルム、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、トルエン、ベンゼン、ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルホスホラン等、好ましくはテトラヒドロフランを用い、−50℃から100℃、好ましくは、−15℃から0℃の範囲で反応させたのち、通常の後処理を行うことによって、1位の水酸基の配置が反転した光学活性シス体の(1S,3R)−ムスコール安息香酸エステルが高収率で得られことが判明した。
【0028】
そして、得られる(1S,3R)−ムスコール安息香酸エステルを水酸化ナトリウムあるいは水酸化カリウムなどにより、アルカリ性加水分解することで、光学活性シス体の(1S,3R)−ムスコール(III)が98%以上の純度で得られた。
一方、同様な条件で光学活性トランス体の(1S,3S)−ムスコール(II)を処理することにより、光学活性シス体の(1R,3S)−ムスコール(IV)が98%以上で得られた。
【0029】
本発明においては、出発原料のラセミ−ムスコンは市販のものも用いることができる。ラセミ−ムスコンを、上記と同様に、トリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩により還元すると、高選択的にラセミ−トランス−ムスコールが98%の純度で得られた。これに、加水分解酵素、リパーゼ類、好ましくは、名糖産業社製リパーゼQLG〔アルカリゲネシス(Alcaligeness.p.)〕の存在下、酢酸ビニル、酢酸イソプロピル等のアセチル化剤、好ましくは、酢酸ビニルを用い、溶媒として、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン等の工ーテル系溶媒、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類あるいはアセトニトリル溶媒、好ましくは、ヘキサンを溶媒として、室温で24時間作用させ、反応生成物として光学活性トランス−ムスコールのアセテートを40%から50%生成させる。これにより、生成した光学活性(1R,3R)−ムスコールのアセテートの光学純度を90%eeから96%eeとすることができる。光学純度はキラルカラムを装着したガスクロマトグラフィーにより測定することができる。一方、未反応光学活性トラシスムスコール、即ち、(1S,3S)−ムスコール(II)の光学純度は、84%eeから78%eeであった。
【0030】
反応生成物と未反応アルコールとは、蒸留もしくはシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて精製することができる。単離したアセテート体は、常法により、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ性加水分解を行い、光学活性トランス−ムスコール、即ち、(1R,3R)−ムスコール(I)を得ることができる。さらに、この2種類の光学活性トランス−ムスコールは、前述と同様に光延反応により、1位の水酸基の配置を反転することができ、各々光学活性トランスムスコール、即ち、(1S,3R)−ムスコール(III)及び(1R,3S)−ムスコール(IV)を高純度で得ることができる(下記反応式2)。
【0031】
【化6】

【0032】
かくして得られる、光学活性ムスコールの香気については、(1R,3R)−ムスコール(I)は、薬品的で広がりのない、非常に弱いムスク香、(1S,3R)−ムスコール(III)は、ボリュームがあり、拡散性に優れた強いムスク香、やわらかさがあり、優雅な麝香用香気を持っていた。(1S,3S)−ムスコール(II)、(1R,3S)−ムスコール(IV)は、わずかなフェノリック臭を持った、弱いアニマルウッディの香質であったが、(1S,3S)−ムスコールの方が若干のフルーティな甘さを持っていた。
【0033】
このように、光学活性ムスコール、即ち、(1R,3R)−ムスコール(I)、(1S,3S)−ムスコール(II)、(1S,3R)−ムスコール(III)及び(1R,3S)−ムスコール(IV)は、非常に特徴的な香気を有する化合物であり、今後香粧品や飲食類、保険・衛生・医薬品類への賦香用に有望な香料物質として提供できる。
【0034】
本発明に係る光学活性ムスコールは、通常の香料成分と同様、特に限定されずに香料組成物とすることができ、また、化粧料、例えば、コロン、オードトワレ、ローション、化粧水、ミルク、洗顔料、シャンプー、入浴剤、メイクアップ化粧料等に使用でき、その配合量も特に限定されない。
【実施例】
【0035】
以下に、実施例、参考実施例及び比較例を挙げて本発明を詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものでない。
実施例、参考実施例及び比較例中の物理データは、以下の測定機器を用いて行った。
【0036】
化学純度及び光学純度;
・ガスクロマトグラフィー:GC−14A(島津製作所社製)
カラム;シリコンNUTRABOND−1(0.25mm×30m)
(GLサイエンス社製)
温度;150℃より230℃まで毎分2℃ずつ昇温
カラム:CHIRASIL DEX−CB(0.25mm×25m)
(CROMPACK杜)
温度;150℃定温
・赤外吸収スペクトル(IR):Nicolet Avatar 360FT−
IR(ニコレジャパン株式会社製)
・質量スペクトル(MS):M−80質量分析計(イオン化電圧20eV)
(日立製作所株式会社製)
・核磁気共鳴スペクトル(H−NMR):DRX−500型(500MHz)
(ブルッカー社製)
13C−NMR):DRX−500型(125MHz)
(ブルッカー社製)
内部標準物質;テトラメチルシラン
・旋光度:旋光度計DIP−4(日本分光光学株式会社製)
【0037】
参考実施例1:(1R,3R)−ムスコール(I)の合成
窒素気流下、(R)−ムスコン47.68g(純度99%、96%ee,200ミリモル)をTHF480mLに溶解したのち、ドライアイス/アセトンバスにて−50〜−60℃に冷却した。これに攪拌下、リチウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライド〔L−Selectride(アルドリッチ社製、1mol/L THF溶液)400mL(400ミリモル)〕を2時間かけ滴下した。そのまま、5時間反応させたのち、30%過酸化水素226.7mL(2モル)をゆっくり滴下した。反応液を0℃まで上げたのち、5%塩酸水でpH3とした。ヘプタン2Lにて抽出したのち、飽和重曹水1Lにて洗浄、さらに飽和食塩水1Lにて洗浄後、減圧下溶媒を濃縮し、(1R,3R)−ムスコール(I)の結晶物47.9g(収率100%)を得た。
【0038】
純度99%、トランス/シス比98/2、光学純度96%ee、融点43−44℃、[α]D24=69.0°(c=1,MeOH)、
IR(CHCl)3684,3619,3021,2926,2858,2400,1521,1460cm−1
H−NMR(CDCl)0.86(d,J=6.4Hz,3H,CH),0.95−0.99(m,1H),1.23−1.82(m,27H),1.58−1.63(m,1H),3.62−3.73(m,1H,CHOH).
13C−NMR(CDCl)21.35(CH),23.64(CH),25.18(CH),26.52(CH),26.54(CH),26.58(CH),26.63(CH),26.69(CH),26.88(CH),27.06(CH),28.63(CH),34.31(CH),34.67(CH),45.39(CH),69.14(CH).
MS(m/Z)222(M−18,7),207(2),196(6),180(2),166(2),152(2),138(4),124(7),109(11),96(28),82(41),71(46),55(765),41(100),29(43).
【0039】
参考実施例2:
L−セレクトライドの代わりにカリウムトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライド〔K−Selectride(アルドリッチ社製、1モル/L THF溶液)〕を使用し、反応時間を8時間とした以外は参考実施例1と同様に処理し、(1R,3R)−ムスコールの結晶物46.1g(収率96%)を得た。純度99%、トランス/シス比93/7で得た。
【0040】
参考実施例3:(1S,3S)−ムスコール(II)の合成
(S)−ムスコン(純度99%、78%ee)を参考実施例1と同様に処理し、(1S,3S)−ムスコール(II)を収率98%で得た。
【0041】
化学純度99%、光学純度78%ee、トランス/シス比98/2、融点36−37℃、[α]D24=−55.76°(c=1,MeOH)、
IR(CHCl)3684,3619,3020,2930,2858,2400,1521,1460cm-1
H−NMR(CDCl)0.92(d,J=6.7Hz,3H,CH),0.99−1.08(m,1H),1.25−1.52(m,27H),1.64−1.70(m,1H),3.74−3.79(m,1H,CHOH).
13C−NMR(CDCl)21.39(CH),23.65(CH),25.21(CH),26.50(CH),26.56(CH),26.57(CH),26.73(CH),26.90(CH),27.09(CH),27.38(CH),28.67(CH),34.35(CH),34.73(CH),45.40(CH),69.23(CH)、
MS(m/Z)222(M−18),30),196(19),180(4),166(4),152(4),138(8),124(15),110(30),96(70),82(93),71(100),57(30),43(22).
【0042】
参考比較例1
(R)−ムスコンをメタノール溶媒として水素化ホウ素ナトリウムを用いて、20℃以下で還元した場合、トランス/シス比は75/25であった。
【0043】
参考比較例2
(R)−ムスコンを酢酸溶媒中、酸化白金を触媒として用い、水素による還元を室温で行なった場合、トランス/シス比は75/25であった。
【0044】
参考実施例4:(1S,3R)−ムスコール(III)の合成
安息香酸3.05g(25ミリモル)及びトリフェニルホスフィン7.9g(30ミリモル)をTHF10mLに溶解し、さらに参考実施例1で得た(1R,3R)−ムスコール(I)6.01g(25ミリモル)とTHF6mL混液を加えた。温度15℃に保ちながらジエチルアゾジカルボキシレート40%トルエン溶液15.2mL(35ミリモル)を80分かけ滴下した。そのまま、5時間反応させたのち、不溶物をろ別し、ろ液を濃縮し、粗生成物23.3gを得た。シリカゲルカラム(トルエン溶媒)にて精製し、(1S,3R)−ムスコールの安息香酸エステルを油状物として4.91gを得た。
【0045】
IR(CHCl)2980,2857,1716,1451,1274cm−1
H−NMR(CDCl)0.95(d,J=6.7Hz,3H,CH),1.33−1.49(m,25H),1.57−1.62(m,1H),1.69−1.80(m,3H),5.18−5.23(m,1H),7.26−7.45(m,2H),7.52−7.56(1H,m),8.04−8.05(2H,m).
13C−NMR(CDCl)20.70(CH33),22.85(CH),24.11(CH),26.57(CH),26.63(CH),26.71(CH),26.73(CH),26.82(CH),27.06(CH),27.36(CH),28.73(CH),32.92(CH),35.53(CH),39.93(CH),73.75(CH),128.26(2XCH),129.51(2XCH),131.00(C),132.63(CH).
MS(m/Z)344(M,1),316(2),222(32),
120(100),105(8),77(13),55(11),43(6).
【0046】
このエステル体4.9gに5%水酸化カリウム/メタノール水25mLを加え、室温にて23時間反応させた。10%酢酸にて中和したのち、ヘキサンにて抽出、5%重曹水にて洗浄、さらに水洗して、溶媒濃縮し、粗生成物3.42gを得た。シリカゲルカラム(トルエン溶媒)にて精製し、(1S,3R)−ムスコール(III)3.1gを得た。
【0047】
収率52%、化学純度.99%、光学純度96%ee、シス/トランス比98/2、融点43−44℃、
[α]D24=3.57°(c=1,MeOH)、
IR(CHCl)3684,3619,3020,2931,2858,2400,1521,1460cm−1
H−NMR(CDCl)0.92(d,J=6.3Hz,3H,CH),1.17−1.22(m,1H),1.26−1.43(m,23H),1.49−1.58(m,1H),1.59−1.65(m,1H),3.73−3.79(m,1H,CHOH).
13C−NMR(CDCl)21.09(CH),22.71(CH),23.88(CH),26.49(CH),26.55(CH),26.59(CH),26.66(CH),26.69(CH),27.09(CH),27.37(CH),28.69(CH),35.41(CH),36.18(CH),43.58(CH),69.65(CH).
MS(m/Z)222(M−18,8),196(8),137(4),123(8),110(11),96(34),82(45),71(57),55(85),43(100),28(90).
【0048】
参考実施例5
安息香酸の代わりにパラニトロ安息香酸を使用した以外は、参考実施例4と同様に処理して、(1S,3R)−ムスコールを収率64%、純度99%、シス/トランス比98/2で得た。
【0049】
参考実施例6:(1R,3S)−ムスコール(IV)の合成
参考実施例3で得た(1S,3S)−ムスコール(II)を参考実施例4と同様に処理し、(1R,3S)−ムスコール(IV)を収率54%で得た。
【0050】
化学純度99%、光学純度77%ee、シス/トランス比98/2、融点38−38.5℃、[α]D24=11.65°(c=1,MeOH)、
IR(CHCl3)3684,3619,3021,2926,2858,2400,1521.1430cm−1
H−NMR(CDCl)0.92(d,J=6.7Hz,3H,CH),1.17−1.22(m,1H),1.23−1.43(m,23H),1.49−1.58(m,3H),1.59−1.65(m,1H),3.73−3.79(m,1H,CHOH).
13C−NMR(CDCl)21.16(CH),22.77(CH),23.94(CH2),26.56(CH2),26.62(CH),26.66(CH),26.73(CH),26.76(CH),27.16(CH),27.44(CH),28.79(CH),35.46(CH),36.26(CH),43.68(CH),69.79(CH).
MS(m/Z)222(M−18,22),196(19),180(4),166(8),152(4),137(4),124(11),110(26),96(59),82(89),71(100),57(41),43(22)
【0051】
実施例1:(±)−トランス−ムスコールの合成
窒素気流下、(±)−ムスコン47.68g(フィルメニッヒ社製、200ミリモル)をTHF400mLに溶解したのち、ドライアイス/アセトンバスにて−55℃に冷却した。これに攪拌下、L−セレクトライド(アルドリッチ社製)480mLを2時間かけ滴下した。そのまま、5時間反応させたのち、30%過酸化水素226.7mLをゆっくり滴下した。反応液を0℃まで上げたのち、5%塩酸水でpH3とした。ヘプタン2Lにて抽出したのち、飽和重曹水1Lにて洗浄、さらに飽和食塩水1Lにて洗浄後、減圧下溶媒を濃縮し、残留物を減圧蒸留して油状物46.6gを得た。沸点130−134℃/0.3torr、収率95%、純度99%、トランス/シス比98/2。
【0052】
参考実施例7:(±)−シス−ムスコールの合成
実施例1で得た(±)−トランス−ムスコールを参考実施例4と同様に処理し、(±)−シス−ムスコールを収率57%、純度99%、シス/トランス比98/2で得た。
【0053】
実施例2:(1R,3R)−ムスコール(I)及び(1S,3S)−ムスコール(II)の合成
ノルマルヘキサン96mLに、実施例1で得た(±)−トランス−ムスコール24g(100ミリモル)を溶解し、これに酢酸ビニル4.25g(49.4ミリモル)及びリパーゼQLG〔名糖産業社製;シュードモナスフルオレッセンス(Pseudomonas fluorescense)〕12gを加え、室温で1日攪拌した。ガスクマトグラフィーで反応をチェックし、アセテート/未反応アルコール=49/51を確認した。酵素をろ別し、溶媒を減圧濃縮し、アセテート体及び未反応アルコール体の混合物22.77gを得た。これを、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(トルエン溶媒)を用いてアセテート体を油状物として11.8g(収率40%)と、さらに未反応アルコール体[(1S,3S)−ムスコール(II)]を結晶物として12.6g(収率53%)を得た。
【0054】
アセテート体は、10%水酸化カリウムのメタノール液を加え、室温にて17時間攪拌し、ガスクロマトグラフィーにて転化率100%を確認した。10%酢酸水にて中和し、反応混合液をノルマルヘキサンにて抽出、5%重曹水にて洗浄、水洗したのち、有機層を無水硫酸マグネシウムにて乾燥した。溶媒を減圧濃縮し、結晶物として(1R,3R)−ムスコール(I)3.92g(16%)を得た。
【0055】
実施例3
実施例2のリパーゼQLGの代わりに、名糖産業社製リパーゼAKを使用し、以下、同様な条件で実施した結果、(1R,3R)−ムスコールを収率54%、光学純度83%eeで得、(1S,3S)−ムスコールは収率15%、光学純度72%eeで得た。
【0056】
参考例1
香気質の評価:
実施例2,3で合成した(1R,3R)−ムスコール(I)、(1S,3S)−ムスコール(II)、参考実施例4,5で合成した(1S,3R)−ムスコール(III)、及び参考実施例6で合成した(1R,3S)−ムスコール(IV)のそれぞれを10%エタノール溶液を作成し、匂い紙上で、10人の専門パネラーにより香質の評価を行った。
【0057】
その結果、(1R,3R)−ムスコールは、薬品的で広がりのない、非常に弱いムスク香、(1S,3R)−ムスコールは、ボリュームがあり、拡散性に優れた強いムスク香、やわらかさがあり、優雅な麝香用香気を持っていた。一方、(1S,3S)−ムスコール、(1R,3S)−ムスコールは、わずかなフェノリック臭を持った、弱いアニマルウッディの香質であったが、(1S,3S)−ムスコールの方が若干のフルーティな甘さを持っている。
【0058】
参考例2
(シャンプー)
参考実施例4で合成した(1S,3R)−ムスコールを下記の処方で調合した香料組成物を下記シャンプーに賦香(0.4%)したものと(処方1)、(1S,3R)−ムスコールの代わりにDPGを同量用いた香料組成物で賦香したもの(処方2)を、専門パネラー10名が香質を比較した。その結果、パネラー全員が処方1を用いた方が香りに厚みとナチュラル感があると答えた。
【0059】
処方1 質量部
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
レモンオイルテルペン 40
ベルガモットオイル 20
オレンジオイル 60
ライムオイル 10
テサロン 60
ヘキシルシンナミックアルデヒド 45
リナロール 100
リナリルアセテート 60
アップルベース0087 20
ジャスミンベース 135
ローズデマイ2000 30
フェニルエチルアルコール 40
ヘディオン 100
リリアール 50
ウディフロー 50
サンタレックスT 20
レボサンドール 5
イソイースーパー 40
オークモス#1 15
ムスクT 50
(1S,3R)−ムスコール 50
【0060】
処方2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
POE(3)ラウリルエーテル硫酸ナトリウム 5.0
ラウリル硫酸トリエタノールアミン 5.0
N−ヤシ油脂肪酸アシル−DL− 1.0
アラニントリエタノールアミン
N−ラウロイル−N−カルボキシメチル−N− 2.0
ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン液
(商品名:ソフタゾリンCL[川研ファインケミカル社製])
ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン 5.0
ラウリン酸モノイソプロパノールアミド 1.0
エチレングリコールジステアレート 2.0
セバシン酸ジエチル 0.1
ゲンチアナ抽出物 0.1
(商品名:ゲンチアナ抽出液BG[丸善製薬社製]
海藻抽出物(商品名:カイソウ抽出液[丸善製薬社製]) 0.1
高分子シリコン水性乳濁液(商品名:BY22−029 2.0
[東レ・ダウ コーニング・シリコーン社製])
シリル化ペプチド誘導体 0.2
(商品名:プロモイスW−52SIG[成和化成社製])
カチオン化セルロース誘導体 0.5
(商品名:カチナールHC−200[東邦化学工業社製])
1,3−ブチレングリコール 2.0
L−セリン 0.01
D−パンテノール 0.1
ジメチルジアリルアンモニウムクロライド・アクリルアミド 1.0
コポリマー(商品名:MERQUAT550[カルゴン社製])
ウンデシレン酸トレハロース 0.1
EDTA−2Na 0.1
クエン酸 適 量
パラベン 0.2
安息香酸ナトリウム 0.3
香料 0.4
精製水 残 余


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(±)−ムスコンをトリ−セカンダリー−ブチルボロハイドライドアルカリ金属塩により還元することにより得られる(±)−トランス−ムスコールにアシル化試薬及び加水分解酵素を作用させ、不斉エステル化を行い、(1R,3R)−ムスコールのアシル化物及び(1S,3S)−ムスコールを得、このアシル化物を酸あるいはアルカリ加水分解することを特徴とする(1R,3R)−ムスコール及び(1S,3S)−ムスコールの製造方法。

























【図1】
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【公開番号】特開2010−22382(P2010−22382A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253213(P2009−253213)
【出願日】平成21年11月4日(2009.11.4)
【分割の表示】特願2001−300386(P2001−300386)の分割
【原出願日】平成13年9月28日(2001.9.28)
【出願人】(000169466)高砂香料工業株式会社 (194)
【出願人】(504180206)株式会社カネボウ化粧品 (125)
【Fターム(参考)】