説明

光学測定における試料冷却方法及び光学測定用クライオスタット

【課題】極低温下で行なわれる光学測定において、簡便に優れた測定精度が得られる試料冷却方法、及び光学測定用クライオスタットを提供する。
【解決手段】試料管を収納する側光部と、寒剤収容部とを備えた光学測定用クライオスタットを用い、極低温下で行なわれる光学測定において、
前記測光部と寒剤収容部との間に、寒剤透過性を有する隔壁を設置することを特徴とする試料冷却方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学測定における試料冷却方法及び光学測定用クライオスタットに関し、特に、測定部への氷片の遮断による光学測定精度の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
物質に可視、紫外領域の光を照射すると、物質の種類によっては、照射した光の波長ようりも長波長の光を放射することがある。物質を構成する分子は光を吸収して電子的に励起されるが、励起状態に遷移した電子は非常に不安定であるため、極めて短時間のうちに安定した基底状態へ戻る。前記した長波長の光は、その際に失うエネルギーが光として放射されたものであり、励起状態のうち励起一重項状態から基底状態へ失活する際の発光が蛍光、励起三重項状態からの失活がリン光である。
蛍光とリン光の波長、強度、偏光性や寿命は電子的に励起されている分子の性質とその環境とに深く関連しているため、蛍光・リン光の測定、すなわち蛍光・リン光分光法は、物質の定性・定量分析の手段として不可欠である。
蛍光分光光度計10の一般的な構成は図1に示すとおりである。光源12を出た光は励起側分光器14で単色光となり、試料室16中の試料に照射される。試料から放射した蛍光は、蛍光側分光器18で目的の波長だけが検出器20に入る。ここで電気信号に変換され、蛍光強度に応じた出力が指示計22に表示される。
【0003】
リン光分光法における測定原理は、前記蛍光分光法と全く同じである。しかしながら、励起三重光状態にある分子は比較的安定し、容易に光としてエネルギーを放出しないことから、その間に溶媒や他の共存する化学種との相互作用を抑制するために、リン光測定においては極低温に冷却された試料が用いられる。また、蛍光測定においても、試料を極低温に冷却することで蛍光強度が上昇し、より鋭いスペクトルが得られることが知られている。
一般的な蛍光ないしリン光分光法においては、試料を極低温に冷却する手段として光学測定用クライオスタットが汎用されている。
光学測定用クライオスタットは、通常、液体窒素等の寒剤を収容できるデュワー瓶等の断熱容器によって構成され、その底部に試料を入れた試料管を立てたまま収納することのできる測光部が設けられている。測光部は、励起光の入射及びリン光の放射を介することのできる窓を外側面に有しているため、該クライオスタットを所定の手段で前記試料室16に取付けることで、極低温における光学測定を可能としている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した従来の光学測定用クライオスタットを用いたリン光測定の場合、クライオスタット内に残存した空気中の水分が極低温下において氷結し、これにより生じた氷片が測定時に入射光及び照射光を錯乱させてしまうという問題があった。すなわち、クライオスタット内において寒剤中を浮遊する前記氷片が、寒剤を介して測光部に進入し、測定精度を低下させるのである。
このような測定精度の低下を避けるためには、湿度の低い日を選んで測定する、測定室の湿度を制御する、寒剤を頻繁に交換するといった原始的で煩雑な手段が採られており、これらを超える有効な対策は現在に至るまで存在しなかった。
本発明は上記課題に鑑みなされたものであり、極低温下で行なわれる光学測定において、簡便に優れた測定精度が得られる試料冷却方法、及び光学測定用クライオスタットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等が鋭意検討した結果、試料を冷却する光学測定用クライオスタットにおいて、空気中の水分に由来する氷片が測光部に入り込まないような隔壁を設けることにより、該氷片による測定光の散乱を防ぐことができ、延いては高い測定精度が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明にかかる試料冷却方法は、試料管を収納する側光部と、寒剤収容部とを備えたクライオスタットを用い、極低温下で行なわれる光学測定において、前記測光部と寒剤収容部との間に、寒剤透過性を有する隔壁を設置することを特徴とする。
前記試料冷却方法において、前記光学測定が、リン光測定であることが好適である。
【0006】
また、本発明にかかる光学測定用クライオスタットは、試料管を収納する測光部と、寒剤収容部と、前記測光部と寒剤収容部との間に、寒剤透過性を有する隔壁とを備えた光学測定用クライオスタットであって、前記隔壁によって測光部への氷片の進入が遮断されていることを特徴とする。
さらに、本発明にかかるフィルターは、光学測定用クライオスタットの試料管を収納する測光部と寒剤収容部との間に設置される隔壁であって、寒剤透過性を有し、且つ氷片を遮断することを特徴とする。
前記フィルターは、試料管を通す穴が形成されたろ紙であることが好適である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、寒剤中に入り込んだ氷片に妨害されることなく、精度の高い光学測定を安定して行なうことができる。そのため、極低温下における光学測定を行なうにあたり、天気を選ぶ必要、測定室の空調を制御する必要、ないしは寒剤を頻繁に換える必要なく、容易に信頼度の高いデータを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について詳細に説明する。
前述のとおり、光学測定用クライオスタットを用いて行われる、従来の極低温下における蛍光・リン光測定では、クライオスタット内の測光部に氷片が入り込み、これが光照射に応じて試料から放射される蛍光ないしリン光を散乱させて測定精度を低下させていると考えられた。
前記氷片は、前記クライオスタットの寒剤収容部において、空気中の水分が寒剤表面で冷やされて氷結することによって生じ、寒剤中の浮遊物となる。通常、クライオスタットは、寒剤収容部と測光部とが接続した構造を有しており、使用時には両部とも寒剤によって満たされる。すなわち、従来のクライオスタットにおいては、試料の冷却に際し、前記氷片が寒剤を媒体として寒剤収容部から測光部へと自由に進入することが可能となっている。
そこで、本発明においては、試料の冷却に用いられる光学測定用クライオスタットの寒剤収容部と測光部との間に隔壁を設け、試料の冷却の際に氷片が測光部へ進入することを妨げ、続く光学測定において測定精度を向上せしめた。
隔壁を設けた本発明にかかる光学測定用クライオスタットの基本的な実施形態を、図2に例示する。
【0009】
図2に示すとおり、本発明にかかる光学測定用クライオスタット100は、寒剤収容部102及び測光部104から構成されている。クライオスタット本体は、従来同様デュワー瓶106を用いることができる。クライオスタットへの試料の供給は、細身の試料管108の底に試料112入れ、該試料管108をクライオスタット内にセットすることで行なわれる。測光部104は、寒剤収容部102の底部より突出する構造を有しており、該突出に前記試料管108を収納することで、管は安定に保持される。また、管が測光部104に収納されることで、管の底に置かれた試料112が測光部104に納まり、そのまま光学測定に供されることになる。クライオスタット本体が遮光性である場合は、測光部104の外側面に光を透過する窓を設置することによって、光学測定時には該窓を通じて試料へ光を照射し、応じて試料より発せられる蛍光ないしリン光を検知することができる。
さらに、本発明にかかる光学測定用クライオスタット100は、前記寒剤収容部102と測光部104との間に、隔壁110を備えている。
【0010】
本発明にかかる光学測定用クライオスタットには、従来のものと同様の使用方法を適用することができる。すなわち、試料を入れた試料管をクライオスタットにセットした後、クライオスタット内を適量の寒剤で満たし、収納された試料を冷却する。
本発明に用い得る寒剤の種類は特に制限されないが、一般に極低温化における光学測定に使用される寒剤として、液体窒素や液体ヘリウム等の使用が挙げられる。
また、クライオスタットを満たす寒剤の量は、測定に供する試料を十分に冷却できる量であれば特に上限はないが、少なくともクライオスタット内の隔壁が完全に浸漬される量を要する。前述のとおり、光学測定において精度低下をもたらす氷片は、寒剤表面に水分を含む空気が触れて氷結することによって生じ、寒剤中に混入する。したがって、氷片の測光部進入を隔壁によって確実に遮断するためには、空気と寒剤の接触面を隔壁よりも上位置とすることが必要となる。
同様の理由から、本発明にかかる光学測定用クライオスタット内において、隔壁を設置する位置も、使用時に該隔壁を寒剤で浸漬することのできる範囲となる。換言すれば、前記条件を満たし、且つ寒剤収容部と測光部の間を遮断し得る位置であれば、隔壁の設置位置は特に制限されない。ただし、寒剤注入時の氷片混入をできるだけ防ぐ観点から、寒剤収容部の測光部により近い位置に隔壁を設置することが好ましい。
【0011】
また、本発明にかかる光学測定用クライオスタットにおいて、前記隔壁は、寒剤を通過させ、且つ氷片、すなわち固形物を通過させないフィルター構造を有していることが好ましい。
フィルターのメッシュサイズは、氷片の通過を妨げることのできるサイズであれば限定されない。通常、100μmメッシュ以下のフィルターを用いれば、十分に氷片を遮断することができる。
前記フィルターの素材についても限定はないが、加工の容易さ及びろ過精度の点から、特に化学分析等に用いられるろ紙材の使用が好ましい。
また、前記フィルターは、使用毎に交換する形態、またはクライオスタットに備え付けられた形態のいずれを採ることもできるが、フィルターのろ過精度維持の点を考慮すれば、交換式がより好適である。
【0012】
本発明における隔壁(フィルター)の形状を図3に例示する。
図3において、隔壁110の形状は、図2のクライオスタット100における寒剤収容部102の形状に合わせて形成されている。また、隔壁110には、クライオスタットに試料管(図2における試料管108)を通す穴114が形成されており、試料管の形状に合わせて適宜形成することが可能である。
【0013】
上記隔壁を備えた光学測定用クライオスタットは、従来の光学測定用クライオスタットと同様に、極低温における光学測定に使用することができる。本発明のクライオスタットにより、蛍光及びリン光の検知精度の著しい向上が認められることから、特に蛍光・リン光分光測定法における使用が好ましい。
蛍光分光光度計10の一般的な構成は図1に示すとおりである。光源12を出た光は励起側分光器14で単色光となり、試料室16中の試料に照射される。試料から放射した蛍光は、蛍光側分光器18で目的の波長だけが検出器20に入る。ここで電気信号に変換され、蛍光強度に応じた出力が指示計22に表示される。極低温に冷却した試料の測定は、寒剤を満たした光学測定用クライオスタットを試料室16に設置することで可能となる。
【実施例】
【0014】
以下、本発明の具体的な実施例を示すが、これらは一例であり本発明を限定するものではない。
図4は、本発明にかかる光学測定用クライオスタットと、隔壁を有さない従来のクライオスタットとを用いて測定したリン光スペクトルである。図4中、「フィルターあり」と表したグラフは、隔壁を備えた光学測定用クライオスタットを用いたスペクトルを示し、「フィルターなし」は、隔壁を有さない従来のクライオスタットによるスペクトルを示す。
図4の示す結果から、本発明にかかる光学測定用クライオスタットを用いることにより、極めて精度の高いスペクトルデータが得られることが明らかである。
【0015】
測定条件
使用計器:分光蛍光光度計(FP−6500、日本分光株式会社)
励起側バンド幅:20nm
蛍光側バンド幅:5nm
感度:High
測定範囲:415〜750nm
データ取込間隔:5nm
励起波長:380.0nm
遅延時間:50.0msec
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】蛍光分光光度計の一般的な構成を示す図である。
【図2】本発明にかかる光学測定用クライオスタットの構造を示す図である。
【図3】本発明にかかる光学測定用クライオスタットにおける隔壁の構造を示す図である。
【図4】本発明にかかる光学測定用クライオスタットと、隔壁を有さない従来のクライオスタットとを用いて測定したリン光スペクトルである。
【符号の説明】
【0017】
10 蛍光分光光度計
12 光源
14 励起側分光器
16 試料室
18 蛍光側分光器
20 検出器
22 表示計
100 光学測定用クライオスタット
102 寒剤収容部
104 測光部
106 デュワー瓶
108 試料管
110 隔壁
112 試料
114 試料管を通す穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料管を収納する側光部と、寒剤収容部とを備えた光学測定用クライオスタットを用い、極低温下で行なわれる光学測定において、
前記測光部と寒剤収容部との間に、寒剤透過性を有する隔壁を設置することを特徴とする試料冷却方法。
【請求項2】
前記光学測定が、リン光測定であることを特徴とする請求項1に記載の試料冷却方法。
【請求項3】
試料管を収納する測光部と、寒剤収容部と、前記測光部と寒剤収容部との間に、寒剤透過性を有する隔壁とを備えた光学測定用クライオスタットであって、前記隔壁によって測光部への氷片の進入が遮断されていることを特徴とする光学測定用クライオスタット。
【請求項4】
光学測定用クライオスタットの試料管を収納する測光部と寒剤収容部との間に設置される隔壁であって、寒剤透過性を有し、且つ氷片を遮断することを特徴とするフィルター。
【請求項5】
試料管を通す穴が形成されたろ紙であることを特徴とする請求項4に記載のフィルター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−169563(P2010−169563A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−12957(P2009−12957)
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【出願人】(000232689)日本分光株式会社 (87)
【Fターム(参考)】