光学素子及び光学素子を用いた装置
【課題】様々な光源、特に高強度レーザ光や短パルスレーザ光に対しても利用可能である空間位相変調素子を実現すること。さらに、従来では困難であった空間位相変調素子による強度と位相変調の同時制御を可能にすること。
【解決手段】複数の光透過構造体2と、該光透過構造体2へ液体を供給する液体供給手段3から成り、少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記液体供給手段3によって上記光透過構造体2の内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調する光学素子10である。
【解決手段】複数の光透過構造体2と、該光透過構造体2へ液体を供給する液体供給手段3から成り、少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記液体供給手段3によって上記光透過構造体2の内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調する光学素子10である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーザ光を透過又は反射させることにより、空間的に位相分布を有するレーザ波面を形成することできる光学素子、及びこれを適用したレーザ加工装置、レーザマニピュレーション装置に関する。
上記光学素子は、光の位相を制御することにより空間光変調器として利用することが可能であり、レーザ光の波面収差補正、集光分布補正、又はホログラフィック加工用マスクとして、さらに光演算、光計測、記録、ディスプレイ、光通信分野への利用も可能である。
また、光の僅かな位相分布を補正することにより、光補償素子として機能させることが可能であり、同様に光演算、光計測分野等において利用することも可能である。
そして、光の位相と強度を同時に制御することにより、ホログラフィック素子として高い機能を有する素子を実現することが可能である。
【背景技術】
【0002】
従来、光の空間位相変調は、マトリクス状に配置された薄膜や液晶材料の物性変化を利用した手法や、透過薄膜の距離を変化させる手法によって成されてきた。これら空間位相変調は、通常、透明電極や磁気薄膜への電界や磁界を制御することにより成されている。(詳細は、「光情報処理の基礎」谷田貝ら(丸善、平成10年8月31日発行)p.53〜を参照。)
粘性を有する材料の変形によって光の位相を変化させるものとして、特許第3258029号公報(超大集積空間光変調器用の位相変調微細構造)に記載されているものがある。この特許公報のものは、電気信号により誘電体材料の形状を変化させることにより、そこを透過する光の空間位相の変調を行っている。
【0003】
このように、従来の光学素子では、光透過性酸化物薄膜や液晶高分子等を用いて光の位相の変化を行っているので、次のような問題点がある。
(1) 高強度のレーザ光では損傷が起こる。
(2) 繰り返しレーザ光照射により変質が起こり、透過率の変化が生じる。
(3) 特に、短波長紫外域では透過材料に制限がある。
(4) 薄膜材料では、位相変調を大きくすることが困難である。
(5) 利用できる波長範囲が狭い。
(6) 構成が複雑になる。
(7) 材料の選択幅が狭い。
【0004】
レーザ光による材料の損傷は、材料の光吸収と材料の熱伝播による高温化や化学反応により影響される。固体材料では高強度のレーザ光照射時に、僅かな光吸収でも吸収による直接材料変質や高温化による変質が起こる。これらにより高強度のレーザ光照射時には、瞬間あるいは時間を経て物質の光特性が変化し、さらにレーザ光強度が強い場合には材料が除去され、空間変調器としての機能を果たさなくなる。
【特許文献1】特許第3258029号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点を踏まえ、様々な光源、特に高強度レーザ光や短パルスレーザ光に対しても利用可能である空間位相変調素子を実現することである。さらに、従来では困難であった空間位相変調素子による強度と位相変調の同時制御を可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に対する解決手段は、光学素子の透明セル中に屈折率の異なる液体材料を導入し、この液体材料の屈折率変化により位相変調を行うことが基本である。液体材料を利用することにより、高強度や短波長レーザであっても、簡便に利用可能な空間的位相変調を行うことができる。
なお、ここで使用している「液体」とは、流動性を有しているものであれば、ゾル状の液状体あるいは流動性粘性体も含む。これは、「特許請求の範囲」においても同様である。
【0007】
透明セル中の液体材料の屈折率を変化させることにより、透過光の位相を変化させることができる。
ある波長λでの液体材料の平均屈折率をn(λ)とし、液体材料の入れられた透明セルの距離(透過光路長)をLとすると、その液体材料での位相変化量は次のように表される。
位相変化量=2π×n(λ)×L/λ
液体材料の屈折率は通常1.1程度から1.6程度まで選択が可能であり、距離を一定とし、内部に入れる液体材料の屈折率を変化させることにより、構造体(セル)ごとの位相の変化が可能となる。
これら複数の位相を持つ構造体を空間的に配置するか、あるいは変化させることにより、ホログラム型の光再生が可能となる。例えば、空間的に位相を変化させた光を集光することにより、集光点にパタンを形成することが可能である。また、複数の線上に位相を変化させることにより、回折格子としての機能を持ち、光を回折光として分割したりすることが可能となる。(ホログラム再生や位相変調についての詳細は、上記刊行物「光情報処理の基礎」のp.27〜を参照。)
【0008】
液体材料は分子間の結合が無いため分子間の熱伝導が小さく、照射レーザ光の吸収が少ない材料では、高温化を抑制することが容易となる。また、低分子の液体材料では、光の吸収による分子内結合解離エネルギーが高いため、照射レーザ光による特性変化を起こし難い。また、紫外域で吸収の少ない材料を選択することが容易である。さらに、液体材料であるため、流すことにより新規な液体材料の供給が可能であり、レーザ損傷を起こしていない新規な液体材料を順次利用することが可能となる。
また、固体材料では位相変調を薄膜で行うことが多いが、その場合、膜厚を厚くすることがプロセス上困難であることが多く、通常数十ミクロン程度である。液体材料の場合は、セルの厚みを大きくすることにより透過距離を大きくすることが容易であり、厚みを変化させた場合に光学特性が変化することはない。
【0009】
また、紫外領域で透過して位相変調を起こす材料は、無機酸化物の僅かな材料に制限されるが、液体材料の場合は紫外域で透明な材料の選択幅が広く、またレーザ光によるダメージしきい値も無機材料に比べ低い材料が多く存在することが知られている。
さらに、これら薄膜やバルクの透明材料を空間位相変調に用いる場合には、空間的に厚みを変化させる等の工法が必要となる。この空間的に厚みや屈折率を変化させるのは多数のマスクを用いて、順次フォトリソグラフィー法を適用するなど非常に複雑な工法と管理が要求される。一方、本発明においては、液体セルの穴加工を行い、流す液体材料の屈折率を変えるだけで空間変調が実現でき、簡便なプロセスで安価に作製することが可能となる。
【0010】
〔解決手段1〕(請求項1に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段1は、複数の光透過構造体と、上記光透過構造体へ液体を供給する第1の液体供給手段から成り、少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記第1の液体供給手段によって上記光透過構造体の内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調する光学素子である。
〔作 用〕
複数の光透過構造体(透明セル)によって屈折率の異なる液体を空間的選択的に配置し、その際、透明セルの光路長を一定とすることにより、液体の屈折率のみで位相変調をすることが可能である。このとき、セルの温度と圧力が一定に保たれることが望ましい。ただし、通常液体の圧力による屈折率の変化は0.0001/気圧程度で、温度での変化も0.001/度ほどであり、通常は精密な管理を必要としない。
この透明セル中に屈折率の異なる液体を流して、液体の屈折率変化により位相変調を行っている。液体を利用することによって、上記理由により高強度レーザであっても多くの材料を利用することが可能である。
【0011】
〔実施態様1〕(請求項2に対応)
実施態様1は、上記解決手段1の光学素子において、屈折率の異なる液体を混合することにより、少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を調整する液体混合手段を備えることである。
〔作 用〕
少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、屈折率の異なる液体を混合することにより調整しているので、容易に屈折率の変調が可能である。
【0012】
〔実施態様2〕(請求項3に対応)
実施態様2は、上記解決手段1又は実施態様1の光学素子において、透過光の波長がλであり、屈折率の異なる液体の最大屈折率がnmax、最小屈折率がnminであるとき、光透過構造体の光透過距離をλ/(nmax−nmin)の整数倍とすることである。
〔作 用〕
液体の屈折率の差による透過光の光学距離を最大2π位相差分としており、液体の混合割合により0〜2πまでの位相変調を行っている。
【0013】
〔解決手段2〕(請求項4に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段2は、上記解決手段1、実施態様1、又は実施態様2の光学素子において、第1の液体供給手段の他に、光吸収性を有する液体を光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段を備えて成り、
上記第2の液体供給手段によって、上記光吸収性を有する液体を上記光透過構造体の内部に所定の混合割合で供給することにより、透過光の強度を位相と合わせて空間的に変調することである。
【0014】
〔作 用〕
屈折率の異なる液体に加え、光吸収性のある液体を利用して両方を混合することにより、空間位相変調だけでなく強度変調も行うことができる。液体がある波長の光に対して吸収性を有する場合、その吸収係数をαとし、透過距離をLとすると、
透過率T=exp(−αL)
となり、吸収係数αの異なる液体を用いることにより光の透過率を制御することができる。液体は透過光の波長に対して吸収性のあるものを選択することが可能であり、それを加えることによって屈折率と吸収率の調整を同時に行っている。
これにより、透過光における位相と透過率の変化は、異なる液体の混合割合により同時に制御することが可能であり、上記解決手段1、実施態様1及び実施態様2における透過光の位相変化に加えて、空間的強度の調整が可能となる。
【0015】
〔実施態様3〕(請求項5に対応)
実施態様3は、上記解決手段1〜2、又は実施態様1〜2のいずれかの光学素子において、2種類以上の屈折率の異なる液体が、互いに可溶性液体であることである。
〔作 用〕
屈折率の異なる液体として可溶性のものを選択することにより、混合部での液体の混合が容易であり、屈折率の均一性が高まり、液界面等の発生を防止することができる。
【0016】
〔実施態様4〕(請求項6に対応)
実施態様4は、上記解決手段1〜2、又は実施態様1〜2のいずれかの光学素子において、2種類以上の屈折率の異なる液体が、同一溶媒又は可溶性の溶媒であり、溶質の濃度により屈折率を変化せしめることである。
〔作 用〕
混合する液体として溶液を用いて、溶質の濃度により屈折率を変化させる。これにより屈折率の調整が容易であり、溶液の選択範囲も広い。
【0017】
〔解決手段3〕(請求項7に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段3は、透過光の位相を変調するための複数の光透過構造体を積層した第1光透過構造体と、所定の屈折率の液体を上記第1光透過構造体へ選択的に供給する第1の液体供給手段と、
上記第1光透過構造体の光透過方向に配置し、透過光の強度を変調するための複数の第2光透過構造体と、2種類以上の吸収率の異なる液体を上記複数の第2光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段とから成り、
上記所定の屈折率の液体と2種類以上の吸収率の異なる液体を、上記第1及び第2の液体供給手段によって、上記第1及び第2光透過構造体のそれぞれに供給することにより、透過光の位相と強度を空間的に変調する光学素子である。
【0018】
〔作 用〕
第1光透過構造体により透過光の位相を変調し、第2光透過構造体により透過光の強度を変調するので、上記解決手段2と同様に、透過光の空間位相を変調すると共に強度も変調することができる。
いわゆるMEMS(マイクロマシン・システム)技術の発展により、微細な3次元加工技術が実現されており、液体流路(第1及び第2光透過構造体)も立体的な形成が可能であり、光の透過方向に何層ものセル構造(第1及び第2光透過構造体)を配置することが可能である。液体流路を積層配置して、少なくともその一層に光吸収材料を導入することにより、透過光の位相と光強度を同時に制御することが可能である。
光吸収層での位相を一定にすることにより、位相変調層のみでの位相変調を行うことが可能である。また、この場合、光吸収層の厚みを変化させて透過強度の調整を行い、位相変調層で位相の補正を行うような、それぞれ独立した制御も可能となる。
【0019】
〔実施態様5〕(請求項8に対応)
実施態様5は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜4のいずれかの光学素子において、少なくとも一部の液体供給手段を透過する透過光を遮光する遮光部材を設けたことである。
〔作 用〕
流路部への光の透過を阻むマスク等の遮光部材を配置することにより、透過光は位相変調を行う領域のみを通すことになる。
【0020】
〔実施態様6〕(請求項9に対応)
実施態様6は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜5のいずれかの光学素子において、複数の光透過構造体の透過光を反射する反射層を備え、液体供給手段が該反射層の裏側に配置されていることである。
〔作 用〕
位相変調素子を反射型とするために、透過光に対しする反射層を配置している。その際、液体供給手段(流路)を該反射層の裏側に配置して、液体の供給を該反射層側から行うようにする。
【0021】
〔実施態様7〕(請求項10に対応)
実施態様7は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜6のいずれかの光学素子において、複数の光透過構造体の透過光路長が異なっていることである。
〔作 用〕
光透過構造体自体でも透過光の位相に変化を与え、さらに屈折率が調整された液体を導入することにより位相変調を行う。
これにより位相変調幅として、必ずしも2πの位相変調が必要ない場合、又はある程度初期位相が分かっている光の位相変調を行う場合、僅かな量の液体を用いるだけで行うことができる。
【0022】
〔解決手段4〕(請求項11に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段4は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7のいずれかの光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に照射するレーザ加工装置である。
〔作 用〕
投影型のレーザ加工では、フォトマスクを透過したレーザ光による加工が行われている。その際、光の多くの部分はマスクで遮蔽され、エネルギー利用効率の低い加工となることがあった。回折素子やホログラム素子と呼ばれる素子を利用して、レーザ光の空間位相変調を行うことにより、例えば、集光レンズ焦点面において様々な形状を作成したり、レーザ光を分割したりすることが可能であり、マスク投影法に比べてエネルギー利用効率が高いというメリットがある。しかし、通常の位相変調素子では、高強度レーザでの利用や、紫外レーザでの利用が困難であることが多い。
これに対して、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7の光学素子を空間位相変調素子としてレーザ加工装置に利用することにより、高強度レーザの位相変調が可能となり、高強度レーザでのホログラフィック加工が可能となる。
【0023】
〔解決手段5〕(請求項12に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段5は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7のいずれかの光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に制御するレーザマニピュレーション装置である。
〔作 用〕
上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7の光学素子を空間位相変調素子としてレーザマニピュレーション装置に利用することにより、上記解決手段4と同様に高ピークパワーのレーザ光の制御が可能となり、ビームの分割、微小集光径、又は照射位置の調整が可能となる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の効果を主な請求項毎に整理すると、次ぎのとおりである。
(1) 請求項1に係る発明
液体を利用しているため、広い波長領域で透過性の高い材料(液体)が存在し、紫外域での透明材料の選択幅が広く、屈折率の選択幅も広い。また、流路の長さ(透明セルの光路長)により、位相の大幅な変化が可能となり、穴加工のみにより位相変調素子を作製することが可能である。さらに、液体を流路(透明セル)に流すことにより、液体が劣化した場合でも新たな液体の導入が可能であり、劣化のない素子が実現できる。
(2) 請求項2に係る発明
液体の屈折率の調整を液体の混合によって行っているので、容易に屈折率の調整が可能であり、連続した(無限諧調での)屈折率の調整ができるばかりでなく、様々な屈折率の調整が可能となる。
【0025】
(3) 請求3に係る発明
液体の屈折率の差による透過光の光学距離を最大2π位相差分として、液体の混合割合により0〜2πの位相変調を行っており、液体の混合によるそれ以上の位相変調を考える必要がないので、位相の算出が容易となる。
(4) 請求項4に係る発明
屈折率の異なる液体と光吸収性のある液体とを混合することにより、透過光の位相変調に加えて、同時に空間的強度の変調が可能であるので、3次元的なホログラム像の作成が容易であり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計の簡便化が可能となる。
また、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
【0026】
(5) 請求項5に係る発明
可溶性の液体を選択することにより混合部での液体の混合が容易であるので、屈折率の均一性が高まり、液界面等の発生を防止することができる。また、種々の液体を利用することが可能であり、安価な材料を選択することができる。
(6) 請求項6に係る発明
混合する液体として溶液を用いて、溶質の濃度により屈折率を変化させるので、屈折率の調整が容易であり、溶液の選択範囲も広くすることができる。また、種々の溶質を用いることができるので、安価な材料を利用することが可能となる。
【0027】
(7) 請求項7に係る発明
透過光の空間位相変調と強度変調を同時に制御すると共に、それぞれ独立して制御することができるので、従来困難とされていた空間光変調が可能となり、3次元的なホログラム像の作成が容易となり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計の簡便化が可能となる。
また、請求項4に係る発明と同様に、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
(8) 請求項8に係る発明
透過光は位相変調を行う領域のみを通ることになるので、ホログラム像のノイズ低減が可能であり、流路部での光回折による波面の変化を抑制することが可能となる。
【0028】
(9) 請求項9に係る発明
位相変調素子を反射型として、反射層の裏側に流路を配置することにより、透過型に比較して2倍の位相変調が可能であり、さらに流路部での光透過による影響を低減すると共に、構造を単純化することが可能となる。
(10) 請求項10に係る発明
屈折率が調整された液体と光透過構造体(セル)の透過光路長(厚さ)によって位相変調を行うことにより、位相変調幅として、必ずしも2πの位相変調が必要ない場合、又はある程度初期位相が分かっている光の位相変調を行う場合、僅かな量の液体を用いるだけでよいから、高精度の位相変調が可能であり、光透過構造体の加工が容易となる。これによりレーザ光の位相補償素子として機能することも可能である。
【0029】
(11) 請求項11に係る発明
請求項1〜請求項10光学素子を空間位相変調素子としてレーザ加工装置に用いることにより、高強度レーザの位相変調が可能となり、高強度レーザでのホログラフィック加工が可能となるので、マスク投影に比べて大幅な効率的加工、例えば、マルチビームへの分割による高速加工、ビーム干渉による高精度加工、又はパタンを変化させる任意形状加工等を行うことが可能となる。
また、透過光の強度と位相を同時に変化させることにより、光の3次元的な強度分布形成が容易となり、内部改質加工、3次元形状加工、又は3次元露光(造形)等を容易に実現することができる。
(12) 請求項12に係る発明
請求項1〜請求項10光学素子を空間位相変調素子として、レーザマニピュレーション装置に用いることにより、高ピークパワーのレーザ光の制御が可能となるので、大きな粒子の移動、複数粒子の捕獲あるいは移動、照射パタン変化による連続移動、又は3次元移動等の粒子制御を実現することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
様々な光源、特に高強度レーザ光や短パルスレーザ光に対しても利用可能である空間位相変調素子を実現すると共に、従来では困難であった空間位相変調素子による強度と位相変調の同時制御をするという目的を、光学素子の透明セル中に屈折率の異なる液体を導入し、この液体の屈折率変化により位相変調を行うという、比較的単純な構造でしかも安価に実現した。
【実施例1】
【0031】
本発明の実施例1(請求項1〜3に対応)について、図1−1〜図2を参照しながら説明する。図1−1〜図2はいずれも光学素子の模式図である。
光学素子10は、透明基板1内に光を透過する多数のセル2,2…が、例えばマトリクス状に形成されて成り、これらのセル2,2…に対して微細流路3,3…によって液体が導入できるように配置されている。このとき、微細流路3,3…は三次元的に配置することが可能であり、例えば各セル2,2…ごとに導入口4や排出口5などが設けられる。上記透明基板1の材料としては、例えば、石英、アクリル等の透明高分子材料が好適であり、可視、近い赤外光を入射する場合は、ガラス、ポリカーボネート等の高分子材料を用いることができる。
そして、この光学素子10において、図1−1(a)では紙面に垂直な方向から光が入射され、(b)では紙面の左方向から光が入射される。
これら立体的なセル2,2…の加工は、フォトリソグラフィとドライエッチングによる加工及び接着法あるいはレーザによる3次元造形、レーザによる直接加工あるいは内部加工等の技術により実現可能である。現在においては、特に深さ方向等でナノオーダの精度でこれら加工を実現することができる。
【0032】
このように高精度に加工された立体的なセルに屈折率の異なる液体を各セルごとに導入する。液体供給手段としては、液体タンクからバルブを介して流路を接続して液体を供給し、また、液体をポンプ等で吸引して排出タンクへ排出する等により、セルに対する液体の供給・排出が可能である。そして、バルブの流量調整やバルブ径により流量を調整することが望ましい。また、排出タンクに排出するのみでなく、流路を循環型とすることにより繰り返し液体を導入することも可能である。この時、途中にフィルター等を設けて不純物やゴミ等の排除をすることも可能である。
液体には、照射レーザ光に対して透過性のある液体を用いることができ、例えばナトリウム塩、塩などの水溶液を用いることにより、水の広い透過領域に対応した広い波長幅において屈折率変調を実現することができる。これにより、例えば従来困難であった193nmの真空紫外光の空間変調も可能となる。この他にエタノールやイソプロピルアルコール等のアルコールやシリコンオイル、顕微鏡に用いられるイマルジョンオイル等多くの溶液や液体が利用可能であり、これらを混ぜ合わせて屈折率を変化せしめることも可能である。
【0033】
液体の選択はそれぞれの流路に個別に異なる液体を接続して、屈折率の異なる液体を選択的に流路に流すことにが可能であり、同一の液体を異なるセルに流すためには、そのセルごとに供給タンクから液体選択バルブ等の開閉により、液体のを選択を行うことが可能である。この選択バルブを複数用意することにより、多数の液体の一つを選択して流路に導入することが可能となる。
この透明基板1に光を入射することにより、空間的に位相分布を生じる透過光の生成が可能となる。このときセル2,2…の高さや幅は任意に選ぶことができる。
これらの各セル2,2…は液体をフローさせることが可能であるので、順次あるいは必要に応じて各セルの位相変調を変化させることが可能であり、時間経過と共に変化する位相変調器としての機能を果たすことができる。
【0034】
この場合セルはマトリクス形状である必要はなく、流路として、例えば図1−2に示すセル12,12…のような線状の形状としても良い。このとき液体は複数種類のもの(屈折率が異なるもの)を流路13を通じて流すことができ、それぞれの流路13を液体14又は液体15といった違う種類のものにバルブ16,17等により切り替えて利用することもできる。また、液体を循環させるため液体排出部18を利用して、循環して用いることも可能である。
このように、透過光の位相を変化させる材料として、液体を利用しているため、広い波長領域で透過性の高い材料(液体)が存在し、紫外域での透明材料の選択幅が広く、屈折率の選択幅も広い。また、流路の長さ(透明セルの光路長)により、位相の大幅な変化が可能となり、穴加工のみにより位相変調素子を作製することが可能である。さらに、液体を流路(透明セル)に流すことにより、液体が劣化した場合でも新たな液体の導入が可能であり、劣化のない素子を実現することができる。
【0035】
次に、図2に示されている光学素子30は、各セルに導入する液体の屈折率の調整を、2種類の液体を混合することによって簡便に行えるようにしたものである。
複数のセル22,22…に流路23から液体を導入する際、液体24と液体25の混合過程を設ける。これは、例えばコック26とコック27により各液体の量を調整した後、分岐型流路で混合することによって行うことができる。このような混合は素子内で行う必要はなく、外部に混合機構を設けることも可能である。このように量を調整して混合された液体は、流路の選択を、例えば液体の導入穴位置を変化させる移動機構29等により導入位置を選択しながら行うことが可能である。また、導入位置を選択することにより同一屈折率の液体(材料)を同時に複数のセル22,22…に導入することもできる。このように液体を混合して導入することにより、容易に屈折率の調整が可能であり、連続した(無限諧調での)屈折率の調整ができるばかりでなく、様々な屈折率の調整が可能となる。
【0036】
次に、屈折率の異なる2種類の液体を混合することにより、透過光の位相差を2πまで連続的に変調可能にする光学素子について説明する。
屈折率の異なる2種類の液体における最大屈折率と最小屈折率に合わせて、セルの光透過距離を変化させる。例えば、屈折率1.4と1.5のオイルを混合して用いる際、照射レーザ光の波長を400nmとする時、セルの光透過距離を4ミクロンの整数倍とする。このとき低屈折率側の位相変化は14*2π、高屈折率側では15*2π=14*2π+2πとなり、その差分は丁度2πとなる。この2種類の液体の混合液の屈折率はその中間値をとり得るから、液体の混合割合を変えることにより2π以内の位相変調が可能となる。
このように、液体の屈折率の差による透過光の光学距離を最大2π位相差分として、液体の混合割合により0〜2πの位相変調を行っているので、液体の混合によるそれ以上の位相変調を考える必要がなく、位相の算出が容易である。
【実施例2】
【0037】
本発明の実施例2(請求項4〜6に対応)について、図3を参照しながら説明する。図3は光学素子の上面図と側面図である。
従来の位相変調素子では、単一材料において屈折率を制御しているため強度の変調を同時に行うことが難しく、3次元的なホログラム像の再生が困難であり、ホログラム像のノイズの低減やホログラム設計が困難であった。
この実施例2の光学素子40は、屈折率と光吸収率の異なる3種類状の液体を混合して用いることにより、空間位相変調と共に強度も変調することができる。
図3に示すように、透明基板31内に複数のセル32,33を形成する。これらのセル32,33は3次元的に配置することが可能であり、ここでは例えば第一層にセル32,32…を2次元に、第二層にセル33,33…を2次元に配置している。このようなセルの配置は、ほぼ同一構造のセルを積層することにより実現可能であり、平面の重ね合わせにより加工し易いメリットがある。
なお、図3(a)の上面図では紙面に垂直な方向から光が入射し、(b)の側面図では紙面の上側方向から光が入射する。
【0038】
このとき各セル32,33には、それぞれ屈折率の異なる液体(溶液)用の流路34,35などが配置されると共に、上記液体用の流路34の液体と同じ屈折率を有し、吸収材料を溶解した吸収性液体用の流路36も配置される。このとき各流路34,35,36への液体(溶液)の導入量を調整することにより、透過光の強度と位相を変調することができる。流路34と流路36からの導入量の割合で透過光強度を変調することができ、流路34と流路36の導入量の和と、流路35の導入量の割合で透過光の位相を変調することができる。
液体の各セルへの導入は、それぞれのセルへの接続口を3次元的に配置することにより実現可能であり、2次元に加工したバルブ付きの導入流路を貼り合わせるか、あるいは重ねて配置することにより実現できる。この流路への配管はガラス等の構造体である必要はなく、微細なプラスチックのチューブや微細な管を接着する等により実現できる。
【0039】
このように構成することにより、各セルごとに透過光の位相と強度を同時に変調することが可能となる。また、上記のように複数のセルを積層して構成することによって、強度のみあるいは位相のみというようにそれぞれ独立して制御することができ、さらに多層配置とし、それぞれ異なった液体を導入することで、精密に強度あるいは位相を制御することができる。
上記説明では複数のセルを積層したものについて記載したが、単層のものにおいても混合液体の種類、混合割合を変化させることで、透過光の位相と強度を同時に変調することが可能である。
以上のように、屈折率の異なる液体と光吸収性のある液体とを混合することにより、透過光の位相変調に加えて、同時に空間的強度の変調が可能であるので、3次元的なホログラム像の作成が容易であり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計が簡便にできるようになる。また、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
【0040】
次に、光学素子のセルに導入する液体について説明する。液体としては、2種類以上の可溶性のものを用いることにより、屈折率が連続して変化する材料として用いることができる。これは、例えば2種類のアルコール等を用いて容易に実現できる。アルコール同士は混合が可能であり、混合液は2種類の液体の中間値となるので、アルコールの屈折率も混合割合に応じて連続して変化させることができる。
このように、可溶性の液体を選択することにより混合部での液体の混合が容易であるので、屈折率の均一性が高まり、液界面等の発生を防止することができる。また、種々の液体を利用することが可能であり、安価な材料を選択することができる。
【0041】
また、別の液体としては、2種類以上の同一溶媒の液体を用いることにより、屈折率が連続して変化する材料として用いることができる。これは、例えば2種類の濃度の異なる食塩水等を用いて容易に実現できる。混合液は濃度が2種類の液体の中間値となるので、屈折率も濃度に応じて連続して変化させることができる。これは、その他の塩の水溶液等でも同様に、混合割合により屈折率変化を実現することができる。
このように、混合する液体として溶液を用いて、溶質の濃度により屈折率を変化させるので、屈折率の調整が容易であり、溶液の選択範囲も広くすることができる。また、種々の溶質を用いることができるので、安価な材料を利用することが可能である。
【実施例3】
【0042】
本発明の実施例3(請求項7、8に対応)について、図4及び図5を参照しながら説明する。図4は光学素子の側面図であり、光は紙面の上側方向から入射する。図5は光学素子の上面図ある。
この実施例3の光学素子50は、複数種類の液体を用いて、位相変調と強度変調を一緒に行うものであって、透過光の位相と強度を独立して変調可能なものである。
この光学素子50は、上記図3に示されているものと同様に、立体的なセル42,43,44を透明基板41内に形成し、透過光の位相変調は、セルを選択して、例えばセル43とセル44に液体を導入することにより、それぞれのセルの積層によって実現している。このような構成により、容易に位相の加算をすることが可能となる。
また、この光学素子50においては、上記のような位相変調の制御に加えて、光吸収性の液体を導入するセル45を別途配置する。この光吸収性の液体を導入するセルごとに、例えば光吸収材料の濃度を変えた液体(溶液)を流路46により導入する。このとき、セル45は位相変調用のセル42〜44と同一の高さにする必要はなく、独立して光透過長さを設定することが可能である。このような光吸収性液体用のセル45を配置することにより、透過光の位相のみでなく強度も同時に独立して変調することができる。
【0043】
以上のように、透過光の空間位相変調と強度変調を同時に制御すると共に、それぞれ独立して制御することができるので、従来困難とされていた空間光変調が可能となり、3次元的なホログラム像の作成が容易となり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計が簡便にできるようになる。
また、上記実施例2と同様に、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
【0044】
光学素子60は、上記図4に示されている光学素子50等において、セルとセルの間の部分を遮光することにより、セル以外の部分(特に流路部)による影響を抑制するものである。
図5に示すように、例えば、流路が形成されている個所に遮光用フォトマスク54を配置する。この遮光用フォトマスク54は、透明基板51へ蒸着した金属をエッチングする等して、容易に形成することが可能である。これによって、通常は積層されていたり複雑に配置されている流路53を透過する光を除くことができ、セル52のみによって一層制御された位相変調を行うことが可能となる。
このように、透過光は位相変調を行う領域のみを通ることになるので、ホログラム像のノイズ低減が可能であり、流路部での光回折による波面の変化を抑制することが可能となる。
上記遮光用フォトマスク54等の遮光部材は、本実施例3の光学素子に限らず、上記実施例1及び実施例2の全ての光学素子においても同様に配置し得ることは勿論である。
【実施例4】
【0045】
本発明の実施例4(請求項9に対応)について、図6を参照しながら説明する。図6は光学素子の斜視図であり、光は紙面の上側方向から入射する。
この実施例4の光学素子70は、反射層を設けて反射型とすることにより、流路部からの透過光の影響を抑制すると共に、位相変調を増大させるものである。
図6に示すように、透明基板61内に形成されたセル62は、液体導入口63と排出口64を経由して流路に連通されるように、例えばマトリクス状に配置されている。このセル62の背面(図6の下側)には、入射レーザ光用の反射ミラーコーティングされた反射層65が配置される。この反射層65は、多層膜や金属材料を透明基板にスパッタ法により堆積させるか、あるいはバルク基板を接触させる等により実現可能である。このとき入射した光は反射層65で反射され、セル62の屈折率を変調することによって反射型の空間位相変調器となる。
【0046】
このように構成することにより、2次元的に配置されたセルを用いる場合に問題となる流路での光透過による影響を低減することができる。マトリクス型にセルを配置した透過型光学素子では、流路部の光透過量はセル以外の流路の面積により影響されるが、流路を反射面の裏側に配置し、セルの面積に対して、流路の径をかなり小さくすることにより、流路によるセルの位相変調の誤差を透過型に比べ大幅に低減することができる。
以上のように、位相変調素子を反射型として、反射層の裏側に流路を配置することにより、透過型に比較して2倍の位相変調が可能であり、さらに流路部での光透過による影響を低減すると共に、構造を単純化することができる。
上記実施例1〜実施例3の光学素子(図1−1〜図5を参照)は透過型のものとして説明しているが、これらの光学素子においても、反射層を配置することにより反射型光学素子として構成し得ることは言うまでもない。このとき光路は2倍の距離となるため、変化量は2倍となる。そのため透過型より2倍の変調が可能となる。
【実施例5】
【0047】
本発明の実施例5(請求項10に対応)について、図7を参照しながら説明する。図7は光学素子の正面断面図である。
この実施例5の光学素子80は、わずかな位相変化による高精度の位相変調が可能なものであり、位相変調を同一の厚みのセルではなく、厚みの異なるセルを用いるものである。
この光学素子80は、図7に示すように、透明基板71内に光を透過する多数のセルが形成され、レーザ光は同図の上側方向から入射するようにし、反射膜74により反射して利用するよう構成されている。このときセル72とセル73の厚みを変えることにより、位相変化量を調整しておき、このセルに液体を流すことにより、上記実施例1において説明したと同じ原理で位相の空間変調が行われる。予めセルの厚さ(透過光路長)を調整することによって、例えば僅かな屈折率の変化で大きな位相変調を行ったり、位相の精密な制御を行うことが可能となる。
このように、屈折率が調整された液体とセルの透過光路長(厚さ)によって位相変調を行うことにより、位相変調幅として、必ずしも2πの位相変調が必要ない場合、又はある程度初期位相が分かっている光の位相変調を行う場合、僅かな量の液体を用いるだけでよいから、高精度の位相変調が可能であり、セルの加工が容易となる。これによりレーザ光の位相補償素子として機能することも可能である。
【実施例6】
【0048】
本発明の実施例6(請求項11、12に対応)として、本発明の光学素子を具体的に適用する場合の種々の例について、図8〜図11を参照しながら説明する。
最初に、本発明の光学素子を位相変調素子として適用したレーザ加工装置について、図8を用いて説明する。
このレーザ加工装置90においては、図8(a)に示されているように、レーザ81から出射されたレーザ光は、例えば透過型の空間位相変調素子82により位相変調され、レンズ83で集光され加工サンプル84上に照射される。このとき位相変調素子82と加工サンプル84の位置をレンズ83の焦点距離fの位置に配置する。そして、この位相変調素子82は、液体制御装置85により所望の変調になるよう調整される。
【0049】
このとき位相変調素子82を、例えば図8(b)の86で示すような位相分布とする。ここでは白が0、黒が2πの位相とし、グレーはその中間位相とする。
この位相変調素子の屈折率変調セルは、例えば64×64のセルにそれぞれ個別の液体を導入することにより実現可能であり、例えば図6のセルを必要個数だけ準備し、その中に空間選択的に屈折率の異なる液体を導入することにより実現することができる。
このような位相変調像を図8(a)に示したレーザ加工装置において用いると、像再生により加工サンプル84の表面に図8(b)の87で示すAという文字の強度分布が形成され、この形に加工することができる。これは単なる一例であり、このように位相変調を行うことによるホログラム再生により、様々な形状を作製することが可能となる。
以上のように、上記実施例1〜実施例5の光学素子をレーザ加工装置に適用することにより、高強度レーザの位相変調が可能となり、高強度レーザでのホログラフィック加工が可能となるので、マスク投影に比べて大幅な効率的加工、例えば、マルチビームへの分割による高速加工、ビーム干渉による高精度加工、又はパタンを変化させる任意形状加工等を行うことが可能となる。
また、透過光の強度と位相を同時に変化させることにより、光の3次元的な強度分布形成が容易となり、内部改質加工、3次元形状加工、又は3次元露光(造形)等を容易に実現することができる。
【0050】
さらに、本発明の光学素子である位相変調素子について、図9を参照しながら説明する。
図9(a)に示されているのは液体の屈折率分布セル構造であり、セルの本数と屈折率により空間的に屈折率分布を作製したものでる。この構造体に対して円形のレーザ光を照射した場合の強度分布を図9(b)に示す。このように液体の配置により円形のレーザ光を直線のビームへ変換することが可能となる。このように液体の屈折率分布に対応してビームの形状を変化させたり、位相レーザ光の収差を補正することも可能である。
この形状は計算により求めることが可能であり、例えばパルスごとに屈折率分布を変化させて、レーザ光の幅を変化させることにより、立体的なレーザ加工や強度調整を行うことが可能となる。
【0051】
また、本発明の光学素子である位相変調素子は、例えば図10に示されているように、回折格子のように利用することも可能である。透明基板88中にライン状に液体セル89を配置した位相変調素子に入射レーザ光91を照射すると、このレーザ光91は液体セル89のピッチに応じて回折効果により、0次光92と1次光93のように分岐されることになる。ここで液体セル89の屈折率を変化させることによって、1次光と2次光等の強度を調整することが可能となる。この場合、各セルは同一の液体を用いることも可能である。また、このときセルの屈折率を基板の屈折率と同じにすることにより、回折光を0にすることもできる。
このように回折格子に利用して光を分離することにより、多数点の加工や照射位置の制御を行うことが可能である。
【0052】
次に、空間変調素子のセル構造が複数のリング状流路により形成されているものについて、図11を参照しながら説明する。
空間変調素子のセルの構造は、上記各実施例において説明したように、必ずしもマトリクス状に配置する必要はなく、図11に示されているように、例えば、透明基板95中に円形の幅を調整した複数のリング状流路(セル)96,97,98,…を形成する。ここで各流路の屈折率を変化させ、その後、例えばレンズ等によって集光することにより、集光位置を僅かに変化させることが可能となる。また、複雑な強度パタンを初期の流路(セル)形状と屈折率によって調整することも可能となる。
このとき、例えば透明基板95と僅かに屈折率の異なる液体により透過位相を調整することによって、加工誤差による位相変化を調整するなどの補正用光学素子としての機能を果たすことも可能である。
【0053】
次に、空間変調素子をレーザマニピュレーション装置として利用する場合について説明する。
例えば、上記図11に示されている空間変調素子100によって、レーザ光の集光位置を変化させる。レーザマニピュレーション法では、レーザ光の集光位置に材料(粒子)をトラップして移動することが可能であり、このような空間変調素子100をレーザマニピュレーション装置に適用することにより、高ピークパワーのレーザ光の制御が可能となるので、大きな粒子の移動、複数粒子の捕獲あるいは移動、照射パタン変化による連続移動、又は3次元移動等の粒子制御を実現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1−1】は、本発明の実施例1における、マトリクス状のセルを備える光学素子の模式図であり、(a)は上面図、(b)は側面断面図である。
【図1−2】は、実施例1における、線状形状のセルを備える光学素子の模式的な上面図である。
【図2】は、同じく実施例1における、線状形状のセルを備える光学素子の模式的な上面図である。
【図3】は、本発明の実施例2における、セルを3次元に配列した光学素子の模式図であり、(a)は上面図、(b)は正面断面図である。
【図4】は、本発明の実施例3における、セルを3次元に配列した光学素子の模式的な正面断面図である。
【図5】は、実施例3における、遮光膜を備える光学素子の模式的な上面図である。
【図6】は、本発明の実施例4における、反射型の光学素子の模式的な斜視図である。
【図7】は、本発明の実施例5における、セルの厚さが異なる光学素子の模式的な正面断面図である。
【図8】は、本発明の光学素子の適用例を示す模式図であり、(a)はレーザ加工装置の模式図、(b)は光学素子の説明図である。
【図9】は、本発明の光学素子である位相変調素子の説明図であり、(a)は液体の屈折率分布セル構造を示し、(b)はレーザ光の強度分布を示す。
【図10】は、本発明の光学素子である位相変調素子を回折格子として利用した場合の説明図である。
【図11】は、レーザマニピュレーション装置等に適用されるリング形状のセルを備える光学素子の模式図であり、(a)は上面図、(b)は側面断面図である。
【符号の説明】
【0055】
1,31,41,51,61,71‥‥透明基板
2,12,22,32,33,42〜45,52,62,72,73‥‥セル(光透過構造体)
3,13,23,34〜36,46,53,63‥‥流路(液体供給手段)
4,64‥‥導入口
5‥‥排出口
10,20,30,40,50,60,70,80,100‥‥光学素子(位相変調素子)
18,28‥‥液排出部
14,15,24,25‥‥液体
16,17,26,27‥‥バルブ、コック
29‥‥移動機構
54‥‥遮光用フォトマスク、遮光部材
65,74‥‥反射層
88,95‥‥透明基板
89,96〜98‥‥セル(流路、光透過構造体)
91〜93‥‥レーザ光
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーザ光を透過又は反射させることにより、空間的に位相分布を有するレーザ波面を形成することできる光学素子、及びこれを適用したレーザ加工装置、レーザマニピュレーション装置に関する。
上記光学素子は、光の位相を制御することにより空間光変調器として利用することが可能であり、レーザ光の波面収差補正、集光分布補正、又はホログラフィック加工用マスクとして、さらに光演算、光計測、記録、ディスプレイ、光通信分野への利用も可能である。
また、光の僅かな位相分布を補正することにより、光補償素子として機能させることが可能であり、同様に光演算、光計測分野等において利用することも可能である。
そして、光の位相と強度を同時に制御することにより、ホログラフィック素子として高い機能を有する素子を実現することが可能である。
【背景技術】
【0002】
従来、光の空間位相変調は、マトリクス状に配置された薄膜や液晶材料の物性変化を利用した手法や、透過薄膜の距離を変化させる手法によって成されてきた。これら空間位相変調は、通常、透明電極や磁気薄膜への電界や磁界を制御することにより成されている。(詳細は、「光情報処理の基礎」谷田貝ら(丸善、平成10年8月31日発行)p.53〜を参照。)
粘性を有する材料の変形によって光の位相を変化させるものとして、特許第3258029号公報(超大集積空間光変調器用の位相変調微細構造)に記載されているものがある。この特許公報のものは、電気信号により誘電体材料の形状を変化させることにより、そこを透過する光の空間位相の変調を行っている。
【0003】
このように、従来の光学素子では、光透過性酸化物薄膜や液晶高分子等を用いて光の位相の変化を行っているので、次のような問題点がある。
(1) 高強度のレーザ光では損傷が起こる。
(2) 繰り返しレーザ光照射により変質が起こり、透過率の変化が生じる。
(3) 特に、短波長紫外域では透過材料に制限がある。
(4) 薄膜材料では、位相変調を大きくすることが困難である。
(5) 利用できる波長範囲が狭い。
(6) 構成が複雑になる。
(7) 材料の選択幅が狭い。
【0004】
レーザ光による材料の損傷は、材料の光吸収と材料の熱伝播による高温化や化学反応により影響される。固体材料では高強度のレーザ光照射時に、僅かな光吸収でも吸収による直接材料変質や高温化による変質が起こる。これらにより高強度のレーザ光照射時には、瞬間あるいは時間を経て物質の光特性が変化し、さらにレーザ光強度が強い場合には材料が除去され、空間変調器としての機能を果たさなくなる。
【特許文献1】特許第3258029号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、上記従来技術の問題点を踏まえ、様々な光源、特に高強度レーザ光や短パルスレーザ光に対しても利用可能である空間位相変調素子を実現することである。さらに、従来では困難であった空間位相変調素子による強度と位相変調の同時制御を可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に対する解決手段は、光学素子の透明セル中に屈折率の異なる液体材料を導入し、この液体材料の屈折率変化により位相変調を行うことが基本である。液体材料を利用することにより、高強度や短波長レーザであっても、簡便に利用可能な空間的位相変調を行うことができる。
なお、ここで使用している「液体」とは、流動性を有しているものであれば、ゾル状の液状体あるいは流動性粘性体も含む。これは、「特許請求の範囲」においても同様である。
【0007】
透明セル中の液体材料の屈折率を変化させることにより、透過光の位相を変化させることができる。
ある波長λでの液体材料の平均屈折率をn(λ)とし、液体材料の入れられた透明セルの距離(透過光路長)をLとすると、その液体材料での位相変化量は次のように表される。
位相変化量=2π×n(λ)×L/λ
液体材料の屈折率は通常1.1程度から1.6程度まで選択が可能であり、距離を一定とし、内部に入れる液体材料の屈折率を変化させることにより、構造体(セル)ごとの位相の変化が可能となる。
これら複数の位相を持つ構造体を空間的に配置するか、あるいは変化させることにより、ホログラム型の光再生が可能となる。例えば、空間的に位相を変化させた光を集光することにより、集光点にパタンを形成することが可能である。また、複数の線上に位相を変化させることにより、回折格子としての機能を持ち、光を回折光として分割したりすることが可能となる。(ホログラム再生や位相変調についての詳細は、上記刊行物「光情報処理の基礎」のp.27〜を参照。)
【0008】
液体材料は分子間の結合が無いため分子間の熱伝導が小さく、照射レーザ光の吸収が少ない材料では、高温化を抑制することが容易となる。また、低分子の液体材料では、光の吸収による分子内結合解離エネルギーが高いため、照射レーザ光による特性変化を起こし難い。また、紫外域で吸収の少ない材料を選択することが容易である。さらに、液体材料であるため、流すことにより新規な液体材料の供給が可能であり、レーザ損傷を起こしていない新規な液体材料を順次利用することが可能となる。
また、固体材料では位相変調を薄膜で行うことが多いが、その場合、膜厚を厚くすることがプロセス上困難であることが多く、通常数十ミクロン程度である。液体材料の場合は、セルの厚みを大きくすることにより透過距離を大きくすることが容易であり、厚みを変化させた場合に光学特性が変化することはない。
【0009】
また、紫外領域で透過して位相変調を起こす材料は、無機酸化物の僅かな材料に制限されるが、液体材料の場合は紫外域で透明な材料の選択幅が広く、またレーザ光によるダメージしきい値も無機材料に比べ低い材料が多く存在することが知られている。
さらに、これら薄膜やバルクの透明材料を空間位相変調に用いる場合には、空間的に厚みを変化させる等の工法が必要となる。この空間的に厚みや屈折率を変化させるのは多数のマスクを用いて、順次フォトリソグラフィー法を適用するなど非常に複雑な工法と管理が要求される。一方、本発明においては、液体セルの穴加工を行い、流す液体材料の屈折率を変えるだけで空間変調が実現でき、簡便なプロセスで安価に作製することが可能となる。
【0010】
〔解決手段1〕(請求項1に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段1は、複数の光透過構造体と、上記光透過構造体へ液体を供給する第1の液体供給手段から成り、少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記第1の液体供給手段によって上記光透過構造体の内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調する光学素子である。
〔作 用〕
複数の光透過構造体(透明セル)によって屈折率の異なる液体を空間的選択的に配置し、その際、透明セルの光路長を一定とすることにより、液体の屈折率のみで位相変調をすることが可能である。このとき、セルの温度と圧力が一定に保たれることが望ましい。ただし、通常液体の圧力による屈折率の変化は0.0001/気圧程度で、温度での変化も0.001/度ほどであり、通常は精密な管理を必要としない。
この透明セル中に屈折率の異なる液体を流して、液体の屈折率変化により位相変調を行っている。液体を利用することによって、上記理由により高強度レーザであっても多くの材料を利用することが可能である。
【0011】
〔実施態様1〕(請求項2に対応)
実施態様1は、上記解決手段1の光学素子において、屈折率の異なる液体を混合することにより、少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を調整する液体混合手段を備えることである。
〔作 用〕
少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、屈折率の異なる液体を混合することにより調整しているので、容易に屈折率の変調が可能である。
【0012】
〔実施態様2〕(請求項3に対応)
実施態様2は、上記解決手段1又は実施態様1の光学素子において、透過光の波長がλであり、屈折率の異なる液体の最大屈折率がnmax、最小屈折率がnminであるとき、光透過構造体の光透過距離をλ/(nmax−nmin)の整数倍とすることである。
〔作 用〕
液体の屈折率の差による透過光の光学距離を最大2π位相差分としており、液体の混合割合により0〜2πまでの位相変調を行っている。
【0013】
〔解決手段2〕(請求項4に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段2は、上記解決手段1、実施態様1、又は実施態様2の光学素子において、第1の液体供給手段の他に、光吸収性を有する液体を光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段を備えて成り、
上記第2の液体供給手段によって、上記光吸収性を有する液体を上記光透過構造体の内部に所定の混合割合で供給することにより、透過光の強度を位相と合わせて空間的に変調することである。
【0014】
〔作 用〕
屈折率の異なる液体に加え、光吸収性のある液体を利用して両方を混合することにより、空間位相変調だけでなく強度変調も行うことができる。液体がある波長の光に対して吸収性を有する場合、その吸収係数をαとし、透過距離をLとすると、
透過率T=exp(−αL)
となり、吸収係数αの異なる液体を用いることにより光の透過率を制御することができる。液体は透過光の波長に対して吸収性のあるものを選択することが可能であり、それを加えることによって屈折率と吸収率の調整を同時に行っている。
これにより、透過光における位相と透過率の変化は、異なる液体の混合割合により同時に制御することが可能であり、上記解決手段1、実施態様1及び実施態様2における透過光の位相変化に加えて、空間的強度の調整が可能となる。
【0015】
〔実施態様3〕(請求項5に対応)
実施態様3は、上記解決手段1〜2、又は実施態様1〜2のいずれかの光学素子において、2種類以上の屈折率の異なる液体が、互いに可溶性液体であることである。
〔作 用〕
屈折率の異なる液体として可溶性のものを選択することにより、混合部での液体の混合が容易であり、屈折率の均一性が高まり、液界面等の発生を防止することができる。
【0016】
〔実施態様4〕(請求項6に対応)
実施態様4は、上記解決手段1〜2、又は実施態様1〜2のいずれかの光学素子において、2種類以上の屈折率の異なる液体が、同一溶媒又は可溶性の溶媒であり、溶質の濃度により屈折率を変化せしめることである。
〔作 用〕
混合する液体として溶液を用いて、溶質の濃度により屈折率を変化させる。これにより屈折率の調整が容易であり、溶液の選択範囲も広い。
【0017】
〔解決手段3〕(請求項7に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段3は、透過光の位相を変調するための複数の光透過構造体を積層した第1光透過構造体と、所定の屈折率の液体を上記第1光透過構造体へ選択的に供給する第1の液体供給手段と、
上記第1光透過構造体の光透過方向に配置し、透過光の強度を変調するための複数の第2光透過構造体と、2種類以上の吸収率の異なる液体を上記複数の第2光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段とから成り、
上記所定の屈折率の液体と2種類以上の吸収率の異なる液体を、上記第1及び第2の液体供給手段によって、上記第1及び第2光透過構造体のそれぞれに供給することにより、透過光の位相と強度を空間的に変調する光学素子である。
【0018】
〔作 用〕
第1光透過構造体により透過光の位相を変調し、第2光透過構造体により透過光の強度を変調するので、上記解決手段2と同様に、透過光の空間位相を変調すると共に強度も変調することができる。
いわゆるMEMS(マイクロマシン・システム)技術の発展により、微細な3次元加工技術が実現されており、液体流路(第1及び第2光透過構造体)も立体的な形成が可能であり、光の透過方向に何層ものセル構造(第1及び第2光透過構造体)を配置することが可能である。液体流路を積層配置して、少なくともその一層に光吸収材料を導入することにより、透過光の位相と光強度を同時に制御することが可能である。
光吸収層での位相を一定にすることにより、位相変調層のみでの位相変調を行うことが可能である。また、この場合、光吸収層の厚みを変化させて透過強度の調整を行い、位相変調層で位相の補正を行うような、それぞれ独立した制御も可能となる。
【0019】
〔実施態様5〕(請求項8に対応)
実施態様5は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜4のいずれかの光学素子において、少なくとも一部の液体供給手段を透過する透過光を遮光する遮光部材を設けたことである。
〔作 用〕
流路部への光の透過を阻むマスク等の遮光部材を配置することにより、透過光は位相変調を行う領域のみを通すことになる。
【0020】
〔実施態様6〕(請求項9に対応)
実施態様6は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜5のいずれかの光学素子において、複数の光透過構造体の透過光を反射する反射層を備え、液体供給手段が該反射層の裏側に配置されていることである。
〔作 用〕
位相変調素子を反射型とするために、透過光に対しする反射層を配置している。その際、液体供給手段(流路)を該反射層の裏側に配置して、液体の供給を該反射層側から行うようにする。
【0021】
〔実施態様7〕(請求項10に対応)
実施態様7は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜6のいずれかの光学素子において、複数の光透過構造体の透過光路長が異なっていることである。
〔作 用〕
光透過構造体自体でも透過光の位相に変化を与え、さらに屈折率が調整された液体を導入することにより位相変調を行う。
これにより位相変調幅として、必ずしも2πの位相変調が必要ない場合、又はある程度初期位相が分かっている光の位相変調を行う場合、僅かな量の液体を用いるだけで行うことができる。
【0022】
〔解決手段4〕(請求項11に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段4は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7のいずれかの光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に照射するレーザ加工装置である。
〔作 用〕
投影型のレーザ加工では、フォトマスクを透過したレーザ光による加工が行われている。その際、光の多くの部分はマスクで遮蔽され、エネルギー利用効率の低い加工となることがあった。回折素子やホログラム素子と呼ばれる素子を利用して、レーザ光の空間位相変調を行うことにより、例えば、集光レンズ焦点面において様々な形状を作成したり、レーザ光を分割したりすることが可能であり、マスク投影法に比べてエネルギー利用効率が高いというメリットがある。しかし、通常の位相変調素子では、高強度レーザでの利用や、紫外レーザでの利用が困難であることが多い。
これに対して、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7の光学素子を空間位相変調素子としてレーザ加工装置に利用することにより、高強度レーザの位相変調が可能となり、高強度レーザでのホログラフィック加工が可能となる。
【0023】
〔解決手段5〕(請求項12に対応)
上記課題を解決するために講じた解決手段5は、上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7のいずれかの光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に制御するレーザマニピュレーション装置である。
〔作 用〕
上記解決手段1〜3、又は実施態様1〜7の光学素子を空間位相変調素子としてレーザマニピュレーション装置に利用することにより、上記解決手段4と同様に高ピークパワーのレーザ光の制御が可能となり、ビームの分割、微小集光径、又は照射位置の調整が可能となる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の効果を主な請求項毎に整理すると、次ぎのとおりである。
(1) 請求項1に係る発明
液体を利用しているため、広い波長領域で透過性の高い材料(液体)が存在し、紫外域での透明材料の選択幅が広く、屈折率の選択幅も広い。また、流路の長さ(透明セルの光路長)により、位相の大幅な変化が可能となり、穴加工のみにより位相変調素子を作製することが可能である。さらに、液体を流路(透明セル)に流すことにより、液体が劣化した場合でも新たな液体の導入が可能であり、劣化のない素子が実現できる。
(2) 請求項2に係る発明
液体の屈折率の調整を液体の混合によって行っているので、容易に屈折率の調整が可能であり、連続した(無限諧調での)屈折率の調整ができるばかりでなく、様々な屈折率の調整が可能となる。
【0025】
(3) 請求3に係る発明
液体の屈折率の差による透過光の光学距離を最大2π位相差分として、液体の混合割合により0〜2πの位相変調を行っており、液体の混合によるそれ以上の位相変調を考える必要がないので、位相の算出が容易となる。
(4) 請求項4に係る発明
屈折率の異なる液体と光吸収性のある液体とを混合することにより、透過光の位相変調に加えて、同時に空間的強度の変調が可能であるので、3次元的なホログラム像の作成が容易であり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計の簡便化が可能となる。
また、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
【0026】
(5) 請求項5に係る発明
可溶性の液体を選択することにより混合部での液体の混合が容易であるので、屈折率の均一性が高まり、液界面等の発生を防止することができる。また、種々の液体を利用することが可能であり、安価な材料を選択することができる。
(6) 請求項6に係る発明
混合する液体として溶液を用いて、溶質の濃度により屈折率を変化させるので、屈折率の調整が容易であり、溶液の選択範囲も広くすることができる。また、種々の溶質を用いることができるので、安価な材料を利用することが可能となる。
【0027】
(7) 請求項7に係る発明
透過光の空間位相変調と強度変調を同時に制御すると共に、それぞれ独立して制御することができるので、従来困難とされていた空間光変調が可能となり、3次元的なホログラム像の作成が容易となり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計の簡便化が可能となる。
また、請求項4に係る発明と同様に、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
(8) 請求項8に係る発明
透過光は位相変調を行う領域のみを通ることになるので、ホログラム像のノイズ低減が可能であり、流路部での光回折による波面の変化を抑制することが可能となる。
【0028】
(9) 請求項9に係る発明
位相変調素子を反射型として、反射層の裏側に流路を配置することにより、透過型に比較して2倍の位相変調が可能であり、さらに流路部での光透過による影響を低減すると共に、構造を単純化することが可能となる。
(10) 請求項10に係る発明
屈折率が調整された液体と光透過構造体(セル)の透過光路長(厚さ)によって位相変調を行うことにより、位相変調幅として、必ずしも2πの位相変調が必要ない場合、又はある程度初期位相が分かっている光の位相変調を行う場合、僅かな量の液体を用いるだけでよいから、高精度の位相変調が可能であり、光透過構造体の加工が容易となる。これによりレーザ光の位相補償素子として機能することも可能である。
【0029】
(11) 請求項11に係る発明
請求項1〜請求項10光学素子を空間位相変調素子としてレーザ加工装置に用いることにより、高強度レーザの位相変調が可能となり、高強度レーザでのホログラフィック加工が可能となるので、マスク投影に比べて大幅な効率的加工、例えば、マルチビームへの分割による高速加工、ビーム干渉による高精度加工、又はパタンを変化させる任意形状加工等を行うことが可能となる。
また、透過光の強度と位相を同時に変化させることにより、光の3次元的な強度分布形成が容易となり、内部改質加工、3次元形状加工、又は3次元露光(造形)等を容易に実現することができる。
(12) 請求項12に係る発明
請求項1〜請求項10光学素子を空間位相変調素子として、レーザマニピュレーション装置に用いることにより、高ピークパワーのレーザ光の制御が可能となるので、大きな粒子の移動、複数粒子の捕獲あるいは移動、照射パタン変化による連続移動、又は3次元移動等の粒子制御を実現することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
様々な光源、特に高強度レーザ光や短パルスレーザ光に対しても利用可能である空間位相変調素子を実現すると共に、従来では困難であった空間位相変調素子による強度と位相変調の同時制御をするという目的を、光学素子の透明セル中に屈折率の異なる液体を導入し、この液体の屈折率変化により位相変調を行うという、比較的単純な構造でしかも安価に実現した。
【実施例1】
【0031】
本発明の実施例1(請求項1〜3に対応)について、図1−1〜図2を参照しながら説明する。図1−1〜図2はいずれも光学素子の模式図である。
光学素子10は、透明基板1内に光を透過する多数のセル2,2…が、例えばマトリクス状に形成されて成り、これらのセル2,2…に対して微細流路3,3…によって液体が導入できるように配置されている。このとき、微細流路3,3…は三次元的に配置することが可能であり、例えば各セル2,2…ごとに導入口4や排出口5などが設けられる。上記透明基板1の材料としては、例えば、石英、アクリル等の透明高分子材料が好適であり、可視、近い赤外光を入射する場合は、ガラス、ポリカーボネート等の高分子材料を用いることができる。
そして、この光学素子10において、図1−1(a)では紙面に垂直な方向から光が入射され、(b)では紙面の左方向から光が入射される。
これら立体的なセル2,2…の加工は、フォトリソグラフィとドライエッチングによる加工及び接着法あるいはレーザによる3次元造形、レーザによる直接加工あるいは内部加工等の技術により実現可能である。現在においては、特に深さ方向等でナノオーダの精度でこれら加工を実現することができる。
【0032】
このように高精度に加工された立体的なセルに屈折率の異なる液体を各セルごとに導入する。液体供給手段としては、液体タンクからバルブを介して流路を接続して液体を供給し、また、液体をポンプ等で吸引して排出タンクへ排出する等により、セルに対する液体の供給・排出が可能である。そして、バルブの流量調整やバルブ径により流量を調整することが望ましい。また、排出タンクに排出するのみでなく、流路を循環型とすることにより繰り返し液体を導入することも可能である。この時、途中にフィルター等を設けて不純物やゴミ等の排除をすることも可能である。
液体には、照射レーザ光に対して透過性のある液体を用いることができ、例えばナトリウム塩、塩などの水溶液を用いることにより、水の広い透過領域に対応した広い波長幅において屈折率変調を実現することができる。これにより、例えば従来困難であった193nmの真空紫外光の空間変調も可能となる。この他にエタノールやイソプロピルアルコール等のアルコールやシリコンオイル、顕微鏡に用いられるイマルジョンオイル等多くの溶液や液体が利用可能であり、これらを混ぜ合わせて屈折率を変化せしめることも可能である。
【0033】
液体の選択はそれぞれの流路に個別に異なる液体を接続して、屈折率の異なる液体を選択的に流路に流すことにが可能であり、同一の液体を異なるセルに流すためには、そのセルごとに供給タンクから液体選択バルブ等の開閉により、液体のを選択を行うことが可能である。この選択バルブを複数用意することにより、多数の液体の一つを選択して流路に導入することが可能となる。
この透明基板1に光を入射することにより、空間的に位相分布を生じる透過光の生成が可能となる。このときセル2,2…の高さや幅は任意に選ぶことができる。
これらの各セル2,2…は液体をフローさせることが可能であるので、順次あるいは必要に応じて各セルの位相変調を変化させることが可能であり、時間経過と共に変化する位相変調器としての機能を果たすことができる。
【0034】
この場合セルはマトリクス形状である必要はなく、流路として、例えば図1−2に示すセル12,12…のような線状の形状としても良い。このとき液体は複数種類のもの(屈折率が異なるもの)を流路13を通じて流すことができ、それぞれの流路13を液体14又は液体15といった違う種類のものにバルブ16,17等により切り替えて利用することもできる。また、液体を循環させるため液体排出部18を利用して、循環して用いることも可能である。
このように、透過光の位相を変化させる材料として、液体を利用しているため、広い波長領域で透過性の高い材料(液体)が存在し、紫外域での透明材料の選択幅が広く、屈折率の選択幅も広い。また、流路の長さ(透明セルの光路長)により、位相の大幅な変化が可能となり、穴加工のみにより位相変調素子を作製することが可能である。さらに、液体を流路(透明セル)に流すことにより、液体が劣化した場合でも新たな液体の導入が可能であり、劣化のない素子を実現することができる。
【0035】
次に、図2に示されている光学素子30は、各セルに導入する液体の屈折率の調整を、2種類の液体を混合することによって簡便に行えるようにしたものである。
複数のセル22,22…に流路23から液体を導入する際、液体24と液体25の混合過程を設ける。これは、例えばコック26とコック27により各液体の量を調整した後、分岐型流路で混合することによって行うことができる。このような混合は素子内で行う必要はなく、外部に混合機構を設けることも可能である。このように量を調整して混合された液体は、流路の選択を、例えば液体の導入穴位置を変化させる移動機構29等により導入位置を選択しながら行うことが可能である。また、導入位置を選択することにより同一屈折率の液体(材料)を同時に複数のセル22,22…に導入することもできる。このように液体を混合して導入することにより、容易に屈折率の調整が可能であり、連続した(無限諧調での)屈折率の調整ができるばかりでなく、様々な屈折率の調整が可能となる。
【0036】
次に、屈折率の異なる2種類の液体を混合することにより、透過光の位相差を2πまで連続的に変調可能にする光学素子について説明する。
屈折率の異なる2種類の液体における最大屈折率と最小屈折率に合わせて、セルの光透過距離を変化させる。例えば、屈折率1.4と1.5のオイルを混合して用いる際、照射レーザ光の波長を400nmとする時、セルの光透過距離を4ミクロンの整数倍とする。このとき低屈折率側の位相変化は14*2π、高屈折率側では15*2π=14*2π+2πとなり、その差分は丁度2πとなる。この2種類の液体の混合液の屈折率はその中間値をとり得るから、液体の混合割合を変えることにより2π以内の位相変調が可能となる。
このように、液体の屈折率の差による透過光の光学距離を最大2π位相差分として、液体の混合割合により0〜2πの位相変調を行っているので、液体の混合によるそれ以上の位相変調を考える必要がなく、位相の算出が容易である。
【実施例2】
【0037】
本発明の実施例2(請求項4〜6に対応)について、図3を参照しながら説明する。図3は光学素子の上面図と側面図である。
従来の位相変調素子では、単一材料において屈折率を制御しているため強度の変調を同時に行うことが難しく、3次元的なホログラム像の再生が困難であり、ホログラム像のノイズの低減やホログラム設計が困難であった。
この実施例2の光学素子40は、屈折率と光吸収率の異なる3種類状の液体を混合して用いることにより、空間位相変調と共に強度も変調することができる。
図3に示すように、透明基板31内に複数のセル32,33を形成する。これらのセル32,33は3次元的に配置することが可能であり、ここでは例えば第一層にセル32,32…を2次元に、第二層にセル33,33…を2次元に配置している。このようなセルの配置は、ほぼ同一構造のセルを積層することにより実現可能であり、平面の重ね合わせにより加工し易いメリットがある。
なお、図3(a)の上面図では紙面に垂直な方向から光が入射し、(b)の側面図では紙面の上側方向から光が入射する。
【0038】
このとき各セル32,33には、それぞれ屈折率の異なる液体(溶液)用の流路34,35などが配置されると共に、上記液体用の流路34の液体と同じ屈折率を有し、吸収材料を溶解した吸収性液体用の流路36も配置される。このとき各流路34,35,36への液体(溶液)の導入量を調整することにより、透過光の強度と位相を変調することができる。流路34と流路36からの導入量の割合で透過光強度を変調することができ、流路34と流路36の導入量の和と、流路35の導入量の割合で透過光の位相を変調することができる。
液体の各セルへの導入は、それぞれのセルへの接続口を3次元的に配置することにより実現可能であり、2次元に加工したバルブ付きの導入流路を貼り合わせるか、あるいは重ねて配置することにより実現できる。この流路への配管はガラス等の構造体である必要はなく、微細なプラスチックのチューブや微細な管を接着する等により実現できる。
【0039】
このように構成することにより、各セルごとに透過光の位相と強度を同時に変調することが可能となる。また、上記のように複数のセルを積層して構成することによって、強度のみあるいは位相のみというようにそれぞれ独立して制御することができ、さらに多層配置とし、それぞれ異なった液体を導入することで、精密に強度あるいは位相を制御することができる。
上記説明では複数のセルを積層したものについて記載したが、単層のものにおいても混合液体の種類、混合割合を変化させることで、透過光の位相と強度を同時に変調することが可能である。
以上のように、屈折率の異なる液体と光吸収性のある液体とを混合することにより、透過光の位相変調に加えて、同時に空間的強度の変調が可能であるので、3次元的なホログラム像の作成が容易であり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計が簡便にできるようになる。また、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
【0040】
次に、光学素子のセルに導入する液体について説明する。液体としては、2種類以上の可溶性のものを用いることにより、屈折率が連続して変化する材料として用いることができる。これは、例えば2種類のアルコール等を用いて容易に実現できる。アルコール同士は混合が可能であり、混合液は2種類の液体の中間値となるので、アルコールの屈折率も混合割合に応じて連続して変化させることができる。
このように、可溶性の液体を選択することにより混合部での液体の混合が容易であるので、屈折率の均一性が高まり、液界面等の発生を防止することができる。また、種々の液体を利用することが可能であり、安価な材料を選択することができる。
【0041】
また、別の液体としては、2種類以上の同一溶媒の液体を用いることにより、屈折率が連続して変化する材料として用いることができる。これは、例えば2種類の濃度の異なる食塩水等を用いて容易に実現できる。混合液は濃度が2種類の液体の中間値となるので、屈折率も濃度に応じて連続して変化させることができる。これは、その他の塩の水溶液等でも同様に、混合割合により屈折率変化を実現することができる。
このように、混合する液体として溶液を用いて、溶質の濃度により屈折率を変化させるので、屈折率の調整が容易であり、溶液の選択範囲も広くすることができる。また、種々の溶質を用いることができるので、安価な材料を利用することが可能である。
【実施例3】
【0042】
本発明の実施例3(請求項7、8に対応)について、図4及び図5を参照しながら説明する。図4は光学素子の側面図であり、光は紙面の上側方向から入射する。図5は光学素子の上面図ある。
この実施例3の光学素子50は、複数種類の液体を用いて、位相変調と強度変調を一緒に行うものであって、透過光の位相と強度を独立して変調可能なものである。
この光学素子50は、上記図3に示されているものと同様に、立体的なセル42,43,44を透明基板41内に形成し、透過光の位相変調は、セルを選択して、例えばセル43とセル44に液体を導入することにより、それぞれのセルの積層によって実現している。このような構成により、容易に位相の加算をすることが可能となる。
また、この光学素子50においては、上記のような位相変調の制御に加えて、光吸収性の液体を導入するセル45を別途配置する。この光吸収性の液体を導入するセルごとに、例えば光吸収材料の濃度を変えた液体(溶液)を流路46により導入する。このとき、セル45は位相変調用のセル42〜44と同一の高さにする必要はなく、独立して光透過長さを設定することが可能である。このような光吸収性液体用のセル45を配置することにより、透過光の位相のみでなく強度も同時に独立して変調することができる。
【0043】
以上のように、透過光の空間位相変調と強度変調を同時に制御すると共に、それぞれ独立して制御することができるので、従来困難とされていた空間光変調が可能となり、3次元的なホログラム像の作成が容易となり、ホログラム像のノイズ低減やホログラムパタンの設計が簡便にできるようになる。
また、上記実施例2と同様に、高精度で計算による算出が容易なホログラム素子を実現することができる。
【0044】
光学素子60は、上記図4に示されている光学素子50等において、セルとセルの間の部分を遮光することにより、セル以外の部分(特に流路部)による影響を抑制するものである。
図5に示すように、例えば、流路が形成されている個所に遮光用フォトマスク54を配置する。この遮光用フォトマスク54は、透明基板51へ蒸着した金属をエッチングする等して、容易に形成することが可能である。これによって、通常は積層されていたり複雑に配置されている流路53を透過する光を除くことができ、セル52のみによって一層制御された位相変調を行うことが可能となる。
このように、透過光は位相変調を行う領域のみを通ることになるので、ホログラム像のノイズ低減が可能であり、流路部での光回折による波面の変化を抑制することが可能となる。
上記遮光用フォトマスク54等の遮光部材は、本実施例3の光学素子に限らず、上記実施例1及び実施例2の全ての光学素子においても同様に配置し得ることは勿論である。
【実施例4】
【0045】
本発明の実施例4(請求項9に対応)について、図6を参照しながら説明する。図6は光学素子の斜視図であり、光は紙面の上側方向から入射する。
この実施例4の光学素子70は、反射層を設けて反射型とすることにより、流路部からの透過光の影響を抑制すると共に、位相変調を増大させるものである。
図6に示すように、透明基板61内に形成されたセル62は、液体導入口63と排出口64を経由して流路に連通されるように、例えばマトリクス状に配置されている。このセル62の背面(図6の下側)には、入射レーザ光用の反射ミラーコーティングされた反射層65が配置される。この反射層65は、多層膜や金属材料を透明基板にスパッタ法により堆積させるか、あるいはバルク基板を接触させる等により実現可能である。このとき入射した光は反射層65で反射され、セル62の屈折率を変調することによって反射型の空間位相変調器となる。
【0046】
このように構成することにより、2次元的に配置されたセルを用いる場合に問題となる流路での光透過による影響を低減することができる。マトリクス型にセルを配置した透過型光学素子では、流路部の光透過量はセル以外の流路の面積により影響されるが、流路を反射面の裏側に配置し、セルの面積に対して、流路の径をかなり小さくすることにより、流路によるセルの位相変調の誤差を透過型に比べ大幅に低減することができる。
以上のように、位相変調素子を反射型として、反射層の裏側に流路を配置することにより、透過型に比較して2倍の位相変調が可能であり、さらに流路部での光透過による影響を低減すると共に、構造を単純化することができる。
上記実施例1〜実施例3の光学素子(図1−1〜図5を参照)は透過型のものとして説明しているが、これらの光学素子においても、反射層を配置することにより反射型光学素子として構成し得ることは言うまでもない。このとき光路は2倍の距離となるため、変化量は2倍となる。そのため透過型より2倍の変調が可能となる。
【実施例5】
【0047】
本発明の実施例5(請求項10に対応)について、図7を参照しながら説明する。図7は光学素子の正面断面図である。
この実施例5の光学素子80は、わずかな位相変化による高精度の位相変調が可能なものであり、位相変調を同一の厚みのセルではなく、厚みの異なるセルを用いるものである。
この光学素子80は、図7に示すように、透明基板71内に光を透過する多数のセルが形成され、レーザ光は同図の上側方向から入射するようにし、反射膜74により反射して利用するよう構成されている。このときセル72とセル73の厚みを変えることにより、位相変化量を調整しておき、このセルに液体を流すことにより、上記実施例1において説明したと同じ原理で位相の空間変調が行われる。予めセルの厚さ(透過光路長)を調整することによって、例えば僅かな屈折率の変化で大きな位相変調を行ったり、位相の精密な制御を行うことが可能となる。
このように、屈折率が調整された液体とセルの透過光路長(厚さ)によって位相変調を行うことにより、位相変調幅として、必ずしも2πの位相変調が必要ない場合、又はある程度初期位相が分かっている光の位相変調を行う場合、僅かな量の液体を用いるだけでよいから、高精度の位相変調が可能であり、セルの加工が容易となる。これによりレーザ光の位相補償素子として機能することも可能である。
【実施例6】
【0048】
本発明の実施例6(請求項11、12に対応)として、本発明の光学素子を具体的に適用する場合の種々の例について、図8〜図11を参照しながら説明する。
最初に、本発明の光学素子を位相変調素子として適用したレーザ加工装置について、図8を用いて説明する。
このレーザ加工装置90においては、図8(a)に示されているように、レーザ81から出射されたレーザ光は、例えば透過型の空間位相変調素子82により位相変調され、レンズ83で集光され加工サンプル84上に照射される。このとき位相変調素子82と加工サンプル84の位置をレンズ83の焦点距離fの位置に配置する。そして、この位相変調素子82は、液体制御装置85により所望の変調になるよう調整される。
【0049】
このとき位相変調素子82を、例えば図8(b)の86で示すような位相分布とする。ここでは白が0、黒が2πの位相とし、グレーはその中間位相とする。
この位相変調素子の屈折率変調セルは、例えば64×64のセルにそれぞれ個別の液体を導入することにより実現可能であり、例えば図6のセルを必要個数だけ準備し、その中に空間選択的に屈折率の異なる液体を導入することにより実現することができる。
このような位相変調像を図8(a)に示したレーザ加工装置において用いると、像再生により加工サンプル84の表面に図8(b)の87で示すAという文字の強度分布が形成され、この形に加工することができる。これは単なる一例であり、このように位相変調を行うことによるホログラム再生により、様々な形状を作製することが可能となる。
以上のように、上記実施例1〜実施例5の光学素子をレーザ加工装置に適用することにより、高強度レーザの位相変調が可能となり、高強度レーザでのホログラフィック加工が可能となるので、マスク投影に比べて大幅な効率的加工、例えば、マルチビームへの分割による高速加工、ビーム干渉による高精度加工、又はパタンを変化させる任意形状加工等を行うことが可能となる。
また、透過光の強度と位相を同時に変化させることにより、光の3次元的な強度分布形成が容易となり、内部改質加工、3次元形状加工、又は3次元露光(造形)等を容易に実現することができる。
【0050】
さらに、本発明の光学素子である位相変調素子について、図9を参照しながら説明する。
図9(a)に示されているのは液体の屈折率分布セル構造であり、セルの本数と屈折率により空間的に屈折率分布を作製したものでる。この構造体に対して円形のレーザ光を照射した場合の強度分布を図9(b)に示す。このように液体の配置により円形のレーザ光を直線のビームへ変換することが可能となる。このように液体の屈折率分布に対応してビームの形状を変化させたり、位相レーザ光の収差を補正することも可能である。
この形状は計算により求めることが可能であり、例えばパルスごとに屈折率分布を変化させて、レーザ光の幅を変化させることにより、立体的なレーザ加工や強度調整を行うことが可能となる。
【0051】
また、本発明の光学素子である位相変調素子は、例えば図10に示されているように、回折格子のように利用することも可能である。透明基板88中にライン状に液体セル89を配置した位相変調素子に入射レーザ光91を照射すると、このレーザ光91は液体セル89のピッチに応じて回折効果により、0次光92と1次光93のように分岐されることになる。ここで液体セル89の屈折率を変化させることによって、1次光と2次光等の強度を調整することが可能となる。この場合、各セルは同一の液体を用いることも可能である。また、このときセルの屈折率を基板の屈折率と同じにすることにより、回折光を0にすることもできる。
このように回折格子に利用して光を分離することにより、多数点の加工や照射位置の制御を行うことが可能である。
【0052】
次に、空間変調素子のセル構造が複数のリング状流路により形成されているものについて、図11を参照しながら説明する。
空間変調素子のセルの構造は、上記各実施例において説明したように、必ずしもマトリクス状に配置する必要はなく、図11に示されているように、例えば、透明基板95中に円形の幅を調整した複数のリング状流路(セル)96,97,98,…を形成する。ここで各流路の屈折率を変化させ、その後、例えばレンズ等によって集光することにより、集光位置を僅かに変化させることが可能となる。また、複雑な強度パタンを初期の流路(セル)形状と屈折率によって調整することも可能となる。
このとき、例えば透明基板95と僅かに屈折率の異なる液体により透過位相を調整することによって、加工誤差による位相変化を調整するなどの補正用光学素子としての機能を果たすことも可能である。
【0053】
次に、空間変調素子をレーザマニピュレーション装置として利用する場合について説明する。
例えば、上記図11に示されている空間変調素子100によって、レーザ光の集光位置を変化させる。レーザマニピュレーション法では、レーザ光の集光位置に材料(粒子)をトラップして移動することが可能であり、このような空間変調素子100をレーザマニピュレーション装置に適用することにより、高ピークパワーのレーザ光の制御が可能となるので、大きな粒子の移動、複数粒子の捕獲あるいは移動、照射パタン変化による連続移動、又は3次元移動等の粒子制御を実現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1−1】は、本発明の実施例1における、マトリクス状のセルを備える光学素子の模式図であり、(a)は上面図、(b)は側面断面図である。
【図1−2】は、実施例1における、線状形状のセルを備える光学素子の模式的な上面図である。
【図2】は、同じく実施例1における、線状形状のセルを備える光学素子の模式的な上面図である。
【図3】は、本発明の実施例2における、セルを3次元に配列した光学素子の模式図であり、(a)は上面図、(b)は正面断面図である。
【図4】は、本発明の実施例3における、セルを3次元に配列した光学素子の模式的な正面断面図である。
【図5】は、実施例3における、遮光膜を備える光学素子の模式的な上面図である。
【図6】は、本発明の実施例4における、反射型の光学素子の模式的な斜視図である。
【図7】は、本発明の実施例5における、セルの厚さが異なる光学素子の模式的な正面断面図である。
【図8】は、本発明の光学素子の適用例を示す模式図であり、(a)はレーザ加工装置の模式図、(b)は光学素子の説明図である。
【図9】は、本発明の光学素子である位相変調素子の説明図であり、(a)は液体の屈折率分布セル構造を示し、(b)はレーザ光の強度分布を示す。
【図10】は、本発明の光学素子である位相変調素子を回折格子として利用した場合の説明図である。
【図11】は、レーザマニピュレーション装置等に適用されるリング形状のセルを備える光学素子の模式図であり、(a)は上面図、(b)は側面断面図である。
【符号の説明】
【0055】
1,31,41,51,61,71‥‥透明基板
2,12,22,32,33,42〜45,52,62,72,73‥‥セル(光透過構造体)
3,13,23,34〜36,46,53,63‥‥流路(液体供給手段)
4,64‥‥導入口
5‥‥排出口
10,20,30,40,50,60,70,80,100‥‥光学素子(位相変調素子)
18,28‥‥液排出部
14,15,24,25‥‥液体
16,17,26,27‥‥バルブ、コック
29‥‥移動機構
54‥‥遮光用フォトマスク、遮光部材
65,74‥‥反射層
88,95‥‥透明基板
89,96〜98‥‥セル(流路、光透過構造体)
91〜93‥‥レーザ光
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の光透過構造体と、
上記光透過構造体へ液体を供給する第1の液体供給手段から成り、
少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記第1の液体供給手段によって上記光透過構造体の内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調することを特徴とする光学素子。
【請求項2】
屈折率の異なる液体を混合することにより、上記少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を調整する液体混合手段を備えることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
透過光の波長がλであり、屈折率の異なる液体の最大屈折率がnmax、最小屈折率がnminであるとき、光透過構造体の光透過距離をλ/(nmax−nmin)の整数倍とすることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の光学素子。
【請求項4】
上記第1の液体供給手段の他に、光吸収性を有する液体を上記光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段を備えて成り、
上記第2の液体供給手段によって、上記光吸収性を有する液体を上記光透過構造体の内部に所定の混合割合で供給することにより、透過光の強度を位相と合わせて空間的に変調することを特徴とする請求項1〜請求項3に記載の光学素子。
【請求項5】
上記2種類以上の屈折率の異なる液体が、互いに可溶性液体であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の光学素子。
【請求項6】
上記2種類以上の屈折率の異なる液体が、同一溶媒又は可溶性の溶媒であり、溶質の濃度により屈折率を変化せしめることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の光学素子。
【請求項7】
透過光の位相を変調するための複数の光透過構造体を積層した第1光透過構造体と、
所定の屈折率の液体を上記第1光透過構造体へ選択的に供給する第1の液体供給手段と、
上記第1光透過構造体の光透過方向に配置し、透過光の強度を変調するための複数の第2光透過構造体と、
2種類以上の吸収率の異なる液体を上記複数の第2光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段とから成り、
上記所定の屈折率の液体と2種類以上の吸収率の異なる液体を、上記第1及び第2の液体供給手段によって、上記第1及び第2光透過構造体のにそれぞれに供給することにより、透過光の位相と強度を空間的に変調することを特徴とする光学素子。
【請求項8】
少なくとも一部の液体供給手段を透過する透過光を遮光する遮光部材を設けたことを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれかに記載の光学素子。
【請求項9】
上記複数の光透過構造体の透過光を反射する反射層を備え、上記液体供給手段が該反射層の裏側に配置されていることを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれかに記載の光学素子。
【請求項10】
上記複数の光透過構造体の透過光路長が異なっていることを特徴とする請求項1〜請求項9のいずれかに記載の光学素子。
【請求項11】
請求項1〜請求項10のいずれかに記載の光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に照射することを特徴とするレーザ加工装置。
【請求項12】
請求項1〜請求項10のいずれかに記載の光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に制御することを特徴とするレーザマニピュレーション装置。
【請求項13】
複数のセルと、
上記セルへ液体を供給する流路から成り、
少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記流路によって上記セルの内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調することを特徴とする光学素子。
【請求項1】
複数の光透過構造体と、
上記光透過構造体へ液体を供給する第1の液体供給手段から成り、
少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記第1の液体供給手段によって上記光透過構造体の内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調することを特徴とする光学素子。
【請求項2】
屈折率の異なる液体を混合することにより、上記少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を調整する液体混合手段を備えることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
透過光の波長がλであり、屈折率の異なる液体の最大屈折率がnmax、最小屈折率がnminであるとき、光透過構造体の光透過距離をλ/(nmax−nmin)の整数倍とすることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の光学素子。
【請求項4】
上記第1の液体供給手段の他に、光吸収性を有する液体を上記光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段を備えて成り、
上記第2の液体供給手段によって、上記光吸収性を有する液体を上記光透過構造体の内部に所定の混合割合で供給することにより、透過光の強度を位相と合わせて空間的に変調することを特徴とする請求項1〜請求項3に記載の光学素子。
【請求項5】
上記2種類以上の屈折率の異なる液体が、互いに可溶性液体であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の光学素子。
【請求項6】
上記2種類以上の屈折率の異なる液体が、同一溶媒又は可溶性の溶媒であり、溶質の濃度により屈折率を変化せしめることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の光学素子。
【請求項7】
透過光の位相を変調するための複数の光透過構造体を積層した第1光透過構造体と、
所定の屈折率の液体を上記第1光透過構造体へ選択的に供給する第1の液体供給手段と、
上記第1光透過構造体の光透過方向に配置し、透過光の強度を変調するための複数の第2光透過構造体と、
2種類以上の吸収率の異なる液体を上記複数の第2光透過構造体へ供給する第2の液体供給手段とから成り、
上記所定の屈折率の液体と2種類以上の吸収率の異なる液体を、上記第1及び第2の液体供給手段によって、上記第1及び第2光透過構造体のにそれぞれに供給することにより、透過光の位相と強度を空間的に変調することを特徴とする光学素子。
【請求項8】
少なくとも一部の液体供給手段を透過する透過光を遮光する遮光部材を設けたことを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれかに記載の光学素子。
【請求項9】
上記複数の光透過構造体の透過光を反射する反射層を備え、上記液体供給手段が該反射層の裏側に配置されていることを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれかに記載の光学素子。
【請求項10】
上記複数の光透過構造体の透過光路長が異なっていることを特徴とする請求項1〜請求項9のいずれかに記載の光学素子。
【請求項11】
請求項1〜請求項10のいずれかに記載の光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に照射することを特徴とするレーザ加工装置。
【請求項12】
請求項1〜請求項10のいずれかに記載の光学素子を空間位相変調素子として備え、該空間位相変調素子によりレーザ光を空間選択的に制御することを特徴とするレーザマニピュレーション装置。
【請求項13】
複数のセルと、
上記セルへ液体を供給する流路から成り、
少なくとも2種類以上の屈折率の異なる液体を、上記流路によって上記セルの内部に供給することにより、透過光の位相を空間的に変調することを特徴とする光学素子。
【図1−1】
【図1−2】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1−2】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−243667(P2006−243667A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−62982(P2005−62982)
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】
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