説明

光学素子及び光学素子製造方法

【課題】わずかな表面状態の劣化を回復し、光学機能膜をほぼ設計通りに機能させることができる光学素子の製造方法を提供する。
【解決手段】光学素子を製造するときに、光学素子の基材となる硝材を、300度を越え400度未満の温度で、空気中で1時間以上加熱する。その後、硝材を自然にゆっくりと冷却し、硝材の表面に設ける光学機能膜や接着剤等の材料と硝材との屈折率差に基づく反射を低減するマッチング膜を硝材表面に成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラス基板,プリズム,レンズ等の硝材の表面に光学機能膜が成膜された光学素子や、界面に光学機能膜が介在するように2つの硝材を接合させた光学素子の製造方法に関するものであり、さらに詳しくは、光学機能膜や接着剤等と硝材との間に、光学機能膜と接着剤の界面や接着剤と硝材の界面における反射を抑制する薄膜であるマッチング膜を設けた光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
反射防止膜や防眩膜等の光学機能膜を設けたレンズやプリズム、特定の波長帯の光を透過(または反射)するダイクロイックミラー等、硝材の表面に光学機能膜が成膜されて形成される光学素子が知られている。また、界面に色分離膜や偏光分離膜が介在するように、2つのプリズムを接合して形成されるビームスプリッタ等、界面に光学機能膜を介在させて硝材を接合した光学素子(以下、接合型光学素子という)が知られている。特にこうした接合型光学素子の場合、単に光学機能膜が成膜された一方の硝材と他方の硝材を接着剤で接合させるのではなく、他方の硝材の接着剤に当接する他方の硝材表面に、硝材と接着剤の屈折率差に基づく反射を抑制するマッチング膜を設けておくことで、光学機能膜の特性がより設計通りの特性となるように工夫される。
【0003】
また、上述のような光学素子を製造するときに、真空中で硝材を200〜300度程度に加熱しながら光学機能膜を成膜することにより、硬く傷つきにくい光学機能膜を成膜するホットコーティングと称される技術が知られている。また、真空中で硝材を400度以上の温度に加熱しながら光学機能膜を成膜することにより、硝材表面に付着,吸着されたガスや汚れ、水蒸気を除去し、硝材への光学機能膜の付着率を向上させ、光学機能膜の耐久性,耐候性を向上させる技術が知られている(特許文献1)。
【0004】
また、光学素子の基礎となる硝材は、ケイ酸等を主成分とする無機金属酸化物の溶融固化体であり、硬く、変質しにくい材料である。しかし、空気中に含まれる水蒸気や、酸に長時間さらされると、表面が経時的に風化されることがある。このようなガラスの風化現象として、白ヤケや青ヤケ(虹ヤケ)といった、ヤケと呼ばれる現象が知られている。
【0005】
白ヤケは、硝材の表面に付着した水分と硝材中の可溶性成分が反応して、炭酸水素ナトリウムや炭酸カルシウム等が析出し、硝材の表面が白く曇る現象である。白ヤケは、比較的水分が少ない空気中に硝材を保管した場合に発生する。また、炭酸水素ナトリウムや炭酸カルシウム等の析出物が生成される過程で、硝材表面は粗面化されてしまうため、硝材表面を研磨し、清浄な表面を露呈させる以外に白ヤケを回復する方法はない。
【0006】
青ヤケは、硝材の表面に付着した水分や、この水分に空気中の二酸化炭素等が溶け込んで生成される酸によって、硝材表面が侵食され、干渉色の反射光が観察されるようになる現象である。青ヤケは、比較的水分が多い環境で硝材を保管した場合に発生する。また、青ヤケは、ヒドロニウムイオンと硝材中の金属イオンとがイオン交換反応を起こして、硝材表面に低屈折率の薄層が形成されることが原因とされる。このため、白ヤケの場合と同様に、硝材表面を研磨して低屈折率の薄層を除去し、清浄な表面を露呈させる以外に青ヤケを回復する方法はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭53−102766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、研磨によって清浄な表面を露呈させた後、硝材を長時間保管すると、白ヤケや青ヤケ(以下、単にヤケと総称する。)が発生するので、当然ながら、光学素子の製造には、良好な条件下で保管され、かつ保管期間が短く、ヤケが生じていない硝材が用いられる。しかしながら、いわゆるヤケが生じていない硝材であっても、研磨後の清浄表面は、空気中の成分との反応等によって、わずかながらも経時的な変化が生じている。
【0009】
また、表面や界面に光学機能膜を設けた光学素子では、ヤケが生じていない硝材を用いて製造することを前提として光学機能膜の設計が行われる。このため、ヤケが生じていなくても、前述のようなわずかな表面状態の劣化が生じていると、期待通りの性能が発揮されないことがある。例えば、偏光分離膜によって偏光の状態に応じて入射光を分離する偏光ビームスプリッタの場合、偏光分離膜が所定の偏光状態の光を100%透過(または反射)するものであれば、偏光分離膜を成膜する表面のわずかな劣化にはそれほど敏感ではなく、概ね設計通りの特性が得られやすい。しかし、これと同じような偏光分離膜であっても、所定の偏光状態の光を90%透過し、残り10%を反射するような部分的な透過特性(偏光状態や波長が同じ光に対して、これを部分的に透過及び反射する特性。以下、透過及び反射の割合によらず、「ハーフ特性」という)の場合、わずかでも表面状態が劣化していると、所定範囲の波長帯でほぼ一定の特性(例えば90%透過,10%反射)となるように設計したとしても、数nmオーダーの波長の変化に対して数%〜数十%も透過率及び反射率が変動してしまうことがある等、成膜する表面の状態に敏感である。こうしたハーフ特性の偏光分離膜を備える光学素子のように、わずかな表面状態の劣化にも敏感な光学機能膜を備える光学素子を製造する場合には、ガラス基板等の硝材表面に生じたわずかな表面状態の劣化を回復することが望まれる。
【0010】
さらに、前述のように、偏光ビームスプリッタのような接合型光学素子の場合には、硝材‐接着剤界面での反射を抑えるマッチング膜が設けられることがあるが、マッチング膜は、偏光分離膜のような光学機能膜よりもわずかな表面状態の劣化に対してさらに敏感である。したがって、マッチング膜を備える光学素子を製造する場合、特に前述のようなハーフ特性の光学機能膜とマッチング膜をともに備える光学素子を製造する場合には、硝材表面に生じたわずかな表面状態の劣化を回復することが望まれる。
【0011】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、光学素子の製造時に硝材のわずかな表面状態の劣化を回復し、表面状態に左右されずに光学機能膜をほぼ設計通りに機能させることができる光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の光学素子製造方法は、300度を越え400度未満の温度で硝材を空気中で1時間以上加熱する加熱工程と、前記加熱工程を経た硝材の表面に、その表面上に配置される光学機能膜または接着剤の屈折率と前記硝材の屈折率との差に基づく反射を低減させる薄膜であるマッチング膜を成膜する成膜工程と、を備えることを特徴とする。
【0013】
前記マッチング膜が成膜された硝材と、入射光の偏光の状態または波長に応じて前記入射光の一部成分を透過し、残りの成分を反射する部分的な透過特性を有する光学機能膜が成膜された硝材とを接合する接合工程を備えることが好ましい。
【0014】
前記光学機能膜は、少なくともS偏光光に対して部分的な透過特性を有することが好ましい。
【0015】
本発明の光学素子は、第1の硝材と第2の硝材を接着剤で接合して形成され、前記第1の硝材と前記第2の硝材の接合面に、300度を越え400度未満の温度で前記第1の硝材を空気中で1時間以上加熱した後に前記第1の硝材表面に成膜され、前記接着剤の屈折率と前記第1の硝材の屈折率との差に基づく反射を低減させるマッチング膜と、前記接着剤と、前記第2の硝材の表面に成膜された光学機能膜と、を備えることを特徴とする。
【0016】
また、前記光学機能膜が、入射光の偏光の状態または波長に応じて、前記入射光の一部成分を透過し、残りの成分を反射する部分的な透過特性を有する光学機能面を形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、光学素子の製造時に硝材のわずかな表面状態の劣化を回復することによって、表面状態に左右されずに光学機能膜をほぼ設計通りに機能させた光学素子を提供することができる。なお、本発明の製造方法は、わずかな表面状態の劣化に敏感なマッチング膜を備えた接合型光学素子の製造に好適であり、ハーフ特性の光学機能膜を介在させる硝材界面にマッチング膜を備えた接合型光学素子の製造に特に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】光ピックアップ及びPBSの構成を示す説明図である。
【図2】PBSの製造工程を示す説明図である。
【図3】加熱工程の有無によって表面状態の劣化が回復する様子を示すグラフである。
【図4】加熱工程によって表面状態の劣化が回復する様子を示すグラフである。
【図5】加熱工程の有無によって反射率が異なることを示すグラフである。
【図6】複合光学素子及びこれを用いた光ピックアップの構成を示す説明図である。
【図7】複合光学素子の各光学機能面の構成を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1(A)に示すように、光ピックアップ11は、光ディスク12のデータを読み出したり、光ディスク12にデータを記録する光学系であり、光源ユニット13、偏光ビームスプリッタ(PBS)14、オートマチックパワーコントロール(APC)16、コリメートレンズ17、1/4波長板18、対物レンズ19、フォトダイオード21等から構成される。
【0020】
光ディスク12は、波長405nmの青色光によってデータの読み取り(書き込み)が行われる青色光ディスクである。光源ユニット13は、光ディスク12の読み取りや書き込みに利用される青色光を発するユニットであり、波長405nmの青色光を発するレーザーダイオードや、このレーザーダイオードから発せられた光の偏光方向を整える1/2波長板等から構成される。このため、光源ユニット13が発する青色光は、波長405nmの青色光であるとともに、PBS14の偏光分離面31(後述)に対してS偏光光に整えられている。また、光源ユニット13が発した青色光は、PBS14に入射されると、その一部成分(光量約90%)は後述する偏光分離面31で反射され、コリメートレンズ17、1/4波長板18、対物レンズ19等を介して光ディスク12に入射される。一方、光源ユニット13が発した青色光のうち、偏光分離面31を透過した成分(光量約10%)は、APC16に入射する。
【0021】
PBS14は、光源ユニット13等から入射する入射光を、偏光の状態に応じて透過または反射する光学素子であり、2個の三角柱状プリズム26,27を接合して立方体状に形成される。プリズム26,27の接合面には、後述するように偏光分離膜43(図1B参照)等が設けられ、これらの作用により偏光分離面31が形成される。偏光分離面31は、光源ユニット13から光ディスク12への光軸に対して45度傾斜するように配置され、偏光分離膜43の作用によってS偏光光を約90%反射し、S偏光光の約10%を透過する。また、偏光分離面31は、P偏光光をほぼ100%透過する。
【0022】
偏光分離面31は、偏光の状態に応じて透過率及び反射率が異なる偏光分離特性を持った光学機能面であると同時に、特定の偏光状態の光を部分的に透過(反射)するハーフ特性を持った光学機能面である。以下では、偏光分離面31はP偏光光をほぼ100%透過する偏光分離特性を有し、さらに、S偏光光の約90%を反射し、S偏光光の約10%を透過するハーフ特性を有するものとする。また、偏光分離面31には、光源ユニット13から光ディスク12への光軸Lに対して45度傾斜して配置される。
【0023】
このため、偏光分離面31に光源ユニット13から青色のS偏光光が入射すると、偏光分離面31はその約10%の成分を透過してAPC16に入射させる。APC16は、こうして入射するS偏光光の光量を検出し、これに基づいて光源ユニット13をフィードバック制御する。これにより、光源ユニット13から出射させる光の光量が調節される。
【0024】
一方、偏光分離面31に光源ユニット13から青色のS偏光光が入射すると、偏光分離面31はその約90%の成分を反射する。こうして偏光分離面31で反射されたS偏光光は、コリメートレンズ17によって平行光線に変換された後、1/4波長板18を通ることにより円偏光に変換される。その後、対物レンズ19によって光ディスク12のデータ記録面に集光される。光ディスク12のデータを読み出す場合には、光ディスク12に集光された円偏光は、記録されたデータを反映して反射または散乱される。光ディスク12からの反射光は、光ディスク12への入射時と同じ向きに偏光方向が回転するが、進行方向が入射時とは逆になる。このため、光ディスク12からの反射光が、1/4波長板18を透過すると、P偏光光に変換され、再び偏光分離面31に入射する。こうしてP偏光光となった光ディスク12からの反射光は、偏光分離面31に入射すると、ほぼ100%透過し、PD21に入射する。
【0025】
PD21は、PBS14から入射する青色光の光量やスポット形状等を検出する。光ピックアップ11を搭載した光ディスクドライブは、PD21で検出された光ディスク12からの反射光の情報に基づいて,トラッキングやフォーカシング等の制御を行うとともに、光ディスク12からのデータの読み取りや、光ディスク12へのデータの書き込みを行う。
【0026】
図1(B)に示すように、偏光分離面31は、マッチング膜41、接着剤42、偏光分離膜43からなる。マッチング膜41は、プリズム26の表面に設けられる薄膜であり、プリズム26と接着剤42の屈折率差に基づく反射を低減する。なお、マッチング膜41は、各種光学機能膜と異なり、これ自体単独で機能するものではなく、あくまでも特定の材料(プリズム26と接着剤42)の間に配置されることで機能する。偏光分離膜43は、プリズム27の表面に、複数種類の誘電体薄膜を積層して形成され、偏光分離特性を有するとともに、S偏光光に対してはハーフ特性を有する光学機能膜である。この偏光分離膜43の層構成は、P偏光光をほぼ100%透過すると同時に、S偏光光の約90%を反射し、S偏光光の約10%を透過するように定められる。接着剤42は、例えば、紫外線硬化型接着剤であり、プリズム26とプリズム27を接合させる。
【0027】
上述のように構成されるPBS14は、図2に示すように、平行平板状の透明な2枚のガラス基板61,62から製造される。ガラス基板61は、将来的にプリズム26となるガラス基板である。このため、ガラス基板61の厚さは、研磨や切断代等を考慮して、偏光分離面31からプリズム26の稜線(図1ではPBS14の左下の角)までの長さとほぼ等しい。また、ガラス基板62は、将来的にプリズム27となるガラス基板である。このため、ガラス基板62の厚さは、偏光分離面31からプリズム27の稜線までの長さとほぼ等しい。
【0028】
なお、ガラス基板61,62は、表面が予め鏡面仕上げされており、ヤケが生じにくい環境で保管される。また、ガラス基板61,62は、PBS14の製造に用いる前に表面検査が行われ、白ヤケや青ヤケが生じていないこと(生じていてもPBS14の性能に影響しない程度の一定水準以下のものであること)が確認される。したがって、以下では、ガラス基板61,62には、白ヤケや青ヤケといったいわゆるヤケは生じていないものとする。但し、ガラス基板61,62の表面61a,61b,62a,62bは、ガラス基板61,62の製造後(あるいは清浄表面を露呈させる研磨後)の保管環境等に応じて経時的な変化が生じており、表面状態は理想的な状態と比較してわずかに劣化している。
【0029】
これらのガラス基板61,62からPBS14を製造するときには、まず、所定温度で所定時間、加熱される(加熱工程)。その後、ガラス基板61,62は、大気中でゆっくりと自然に冷却(以下、自然冷却という)された後、ガラス基板61,62の表面にはマッチング膜41や偏光分離膜43がそれぞれ成膜される(成膜工程)。
【0030】
加熱工程は、ガラス基板61,62を、空気中で300〜400度程度の温度で2〜3時間程度加熱する工程である。この加熱工程を経ることで、ガラス基板61,62は、各表面61a,61b,62a,62bに生じていたわずかな劣化状態が回復され、ガラス基板61,62製造時の理想的な表面状態に近づけられる。また、この工程における適切な加熱温度及び加熱時間は、ガラス基板61,62の具体的な硝材によって異なるが、概ね上述の範囲に収まるようにすることで、ガラス基板61,62の表面61a,61b,62a,62bの劣化状態が顕著に回復され、ガラス基板61,62を加熱せずにPBS14を製造した場合と比較して、偏光分離膜43の特性によらない偏光分離面31での反射、特にプリズム26と接着剤42との界面における反射を抑えることができる。
【0031】
例えば、加熱工程での加熱温度は、200度以上ガラス転移点未満であれば良く、実際的な加熱時間にするためには、300度より高温で加熱することが好ましい。また、400度以上に加熱するためには、通常、高価なヒータや追加のヒータが必要になるため、加熱温度は400度より低温であることが好ましい。特に、加熱温度が320度以上380度以下の場合には、一般的で安価なヒータを用い、かつ、2〜3時間程度の生産効率がそれほど悪化しない程度の時間で、加熱工程を完了することができる。加熱時間は、加熱温度が比較的高温の場合であっても、加熱工程による効果を十分に得るために、少なくとも1時間以上であることが好ましく、生産性効率を悪化させないためには5時間以下であることが好ましい。加熱工程による効果と生産効率を両立するためには、加熱時間は、2時間以上4時間以下であることが好ましく、特に2.5時間以上3.5時間以下であることが好ましい。
【0032】
成膜工程では、ガラス基板61の一方の表面61aにマッチング膜41が成膜され、第1基板66が形成される。また、ガラス基板62の一方の表面62aには偏光分離膜43が成膜され、第2基板67が形成される。
【0033】
その後、第1基板66及び第2基板67は、PBS14のサイズに合わせた所定の幅で表面に対して垂直に切断され、複数の四角柱状の部材(以下、四角柱部材)68,69に切り分けられる。さらに、四角柱部材68,69は、端面の形状が直角三角形状となるように、マッチング膜41,偏光分離膜43が設けられた側面に対して斜め45度の角度で切断(または研磨)され、マッチング膜41,偏光分離膜43を含まない2つの角が除去される。これにより、四角柱部材68,69からそれぞれ三角柱状の部材71,72が形成される。なお、三角柱状の部材(以下、三角柱部材という)71,72を形成したときに新たに露呈される側面71a,71b,72a,72bは、PBS14の外周の面となるので、三角柱部材71,72を形成した段階で鏡面に研磨される。
【0034】
こうして形成された三角柱部材71,72は、マッチング膜41と偏光分離膜43を向かい合わせ、接着剤42によって接合される(接合工程)。したがって、この接合工程で形成される接合体73には、その接合面に偏光分離面31が形成される。また、接合体73は、ガラス基板61,62の大きさに応じて、PBS14複数個分の長さとなっている。このため、接合体73は、所定の間隔で切り分けられ、複数の立方体形状のPBS14が形成される。
【0035】
上述のように製造されるPBS14は、マッチング膜41や偏光分離膜43の成膜前にガラス基板61,62を加熱することによって、ガラス基板61,62の表面状態の劣化を回復する。このため、PBS14の偏光分離面31は、偏光分離膜43の特性によらない反射が低減され、偏光分離膜43の特性通りの透過率及び反射率が得られる。これにより、PBS14をほぼ設計通りに機能させることができる。特に、マッチング膜41は、ガラス基板61の表面61aのわずかな劣化にも敏感であるため、上述のようにガラス基板61を加熱してから製造したPBS14では、マッチング膜41は設計通りに良好に機能する。このため、PBS14は、ハーフ特性を有する偏光分離膜43をほぼ設計通りの特性で機能させることができる。
【0036】
以下では、上述の「表面状態の劣化」と、加熱工程による効果を説明する。まず、製造からの経過時間及び保管条件がほぼ等しい2種類のガラス基板#1,#2を用意した。
【0037】
ガラス基板#1は、ニオブを含むいわゆるクリスタルガラスであり、屈折率n=1.65412、アッベ数ν=39.7であり、高屈折率高分散ガラスである。また、ガラス基板#1の化学的耐久性は、粉末法耐水性及び粉末法耐酸性がともに1級であり、ISO試験法による耐酸性がクラス1.0である。したがって、ガラス基板#1は、白ヤケや青ヤケは極めて発生しにくい硝材からなる。
【0038】
ガラス基板#2は、いわゆるホウケイ酸ガラスからなり、屈折率nd=1.65844、アッベ数ν=50.9の高屈折率低分散ガラスである。また、ガラス基板#2の化学的耐久性は、粉末法耐水性が1級、粉末法耐酸性が3級、ISO試験法による耐酸性がクラス5.2である。したがって、ガラス基板#2をガラス基板#1と比較すると、白ヤケの発生のし難さは同程度であるが、青ヤケは若干発生しやすい。但し、ここで用いるガラス基板#1,#2は、PBS14の製造前と同様に、白ヤケや青ヤケが発生していないものを用いた。
【0039】
これらのガラス基板#1,#2について、まず、表面反射率(%)を測定し、理論値からの誤差Δ(%)を算出した。次いで、ガラス基板#1,#2を空気中で、かつ、380度の温度で、3時間加熱し、常温まで自然冷却されるのを待って再び表面反射率を測定し、理論値からの誤差Δ(%)を算出した。その結果、図3に示すように、ガラス基板#1,#2のどちらも、加熱前の表面反射率は理論値よりも低下している。そして、この表面反射率の低下は、基板によって程度の違いはあるが、加熱によって改善されることが確認された。
【0040】
また、ガラス基板#1と同じ硝材からなる別のガラス基板#3,#4を用意し、上述と同様に、表面反射率を測定し、理論値からの誤差Δを算出した。次いで、ガラス基板#3,#4を、空気中で、かつ、上述よりも低い340度の温度で、3時間加熱し、常温まで自然冷却されるのを待って再び表面反射率を測定し、理論値からの誤差Δを算出した。その結果、図4に示すように、基板毎に詳細な値は異なるが、表面反射率が改善されることが確認された。なお、ここで用いたガラス基板#3,#4は、前述のガラス基板#1,#2と同様に、少なくともPBS14への使用に耐え得る程度に、ほぼヤケが発生していないガラス基板である。また、製造からの保管期間や保管環境も、ガラス基板#1,#2とほぼ同様である。
【0041】
このように、ガラス基板#1〜#4の表面反射率を低下させていた原因が、前述の「表面状態の劣化」である。一方、前述のように、ガラス基板#1〜#4は、少なくともPBS14への使用に耐え得る程度に、ほぼヤケが発生していないガラス基板であり、また、白ヤケや青ヤケはその発生メカニズムから、清浄な表面を回復する方法は、表面を研磨してしまう以外になく、上述のような加熱によっては改善されない。したがって、「表面状態の劣化」は、いわゆるヤケとは異なる。あるいは、この「表面状態の劣化」は、ヤケに至る前の前駆状態である。
【0042】
また、図5と図6を比較すれば分かる通り、表面状態の劣化は、ガラス基板の保管期間や保管条件がほぼ同じならば、ほぼ同様の傾向を示す。また、加熱によって表面状態の劣化が改善される点も同様である。但し、図3と図4を比較すると、加熱温度がより高いほうが表面状態の劣化がより改善されるように見えるが、改善率(加熱前後のΔの差)はほぼ同じである。したがって、加熱によって表面状態の劣化が完全に回復されるわけではないが、加熱は一定の割合で表面状態の劣化を回復させる。このため、加熱後の表面反射率は、加熱前の表面反射率(表面状態の劣化程度)に応じてほぼ定まる。
【0043】
以下、上述のような表面状態の劣化がマッチング膜や光学機能膜にもたらす影響を説明する。ここでは、表面状態の劣化に最も敏感なマッチング膜を例に説明する。
【0044】
まず、ガラス基板#1,#3−#4とほぼ同等のガラス基板#5(波長405nmにおける屈折率1.68072)を用意し、このガラス基板#5を2つに分割した。その一方には、加熱せずにマッチング膜を成膜し、さらに接着剤を塗布して基板#5aを作製した。他方は、空気中で、かつ380度の温度で、3時間加熱した後、常温まで自然冷却されるのを待って、基板#5aと同様に、マッチング膜を成膜し、さらに接着剤を塗布して基板#5bを作製した。なお、これらの基板#5a,#5bと、マッチング膜及び接着剤は、下記表1に示す通りである。ここで用いたガラス基板#5、マッチング膜及び接着剤は、PBS14の偏光分離面31に用いるマッチング膜41及び接着剤42と同様の構成のものであり、マッチング膜は、少なくとも波長405nmで、基板#5a,#5b(プリズム26)と接着剤42との間での反射をできるだけ小さく抑えるように設計されている。
【0045】
【表1】

【0046】
これらの基板#5a,#5bに、表面に対して45度の角度でガラス基板側から波長405nmの光を入射させ、反射率を測定した。すると、図5に示すように、基板#5a(加熱工程なしの場合)と基板#5b(加熱工程ありの場合)を比較すると、波長に対する反射率の変化はいずれも同様の傾向を示すが、加熱した場合(基板#5b)の方が測定した全波長帯を通して反射率を小さく抑えられる。特に、PBS14で使用される波長405nm近傍では、加熱した場合の反射率はほぼ0%に抑えられる。このことは、ガラス基板の加熱によって表面の劣化が回復することで、わずかな劣化もない清浄表面に設けられることを前提に設計されたマッチング膜が、ほぼ設計通りに機能するようになることを示している。
【0047】
ここでは表面状態の劣化に最も敏感なマッチング膜を例に説明したが、マッチング膜の場合ほど顕著でないが、偏光分離膜43等の光学機能膜を成膜する場合にも同様であり、光学機能膜の成膜前に、硝材を加熱することによって、光学機能膜と硝材との界面における表面状態の劣化に起因した反射が抑制される。
【0048】
以上のことから分かるように、PBS14を製造するときに、マッチング膜や各種光学機能膜を成膜する成膜工程の前に、ガラス基板等を加熱する加熱工程を設けることによって、マッチング膜や各光学機能膜がほぼ設計通りに機能する高精度なPBS14を容易に製造することができる。
【0049】
なお、上述の実施形態では、光学機能面が1種類(偏光分離面31)のPBS14を例に説明したが、本発明は光学機能面を複数備えた複合光学素子にも好適である。例えば、図6に示すように、PBS14の代わりに複合光学素子110を用いて光ピックアップ111を構成する場合、上述の実施形態で説明したPBS14の製造方法と同様にして、複合光学素子110を製造することが好ましい。
【0050】
複合光学素子110は、複数の光学機能面を備えた光学素子であり、4個のプリズム121,122,123,124を接合し、直方体に形成される。複合光学素子110の両端に配置されたプリズム121,124は台形状に形成される。また、これらの台形状プリズム121,124の間に配置されるプリズム122,123は平行四辺形状に形成される。複合光学素子110は、これらのプリズム121,122,123,124の接合面はそれぞれ等間隔であり、また、平行である。これらの接合面は、それぞれ偏光分離面126、ハーフミラー面127、全反射面128が形成される。
【0051】
偏光分離面126は、偏光の状態に応じて透過率及び反射率が異なる偏光分離特性を持った光学機能面であると同時に、特定の偏光状態の光を部分的に透過(反射)するハーフ特性を持った光学機能面である。ここでは、偏光分離面126は、S偏光光をほぼ100%反射する偏光分離特性を持ち、同時に、P偏光光を約90%透過し、P偏光光の約10%を反射するハーフ特性を持った光学機能面である。したがって、偏光分離面126は、前述のPBS14の偏光分離膜31とは、ハーフ特性になる偏光方向が異なる。こうした偏光分離面126の特性に応じて、光ピックアップ111の光源ユニット131は、前述の光ピックアップ11と同様に波長405nmのレーザー光を複合光学素子110に入射させるが、その偏光方向は、P偏光光に整えられている。
【0052】
このため、光源ユニット131から複合光学素子111に入射したP偏光光の約10%は偏光分離面126で反射され、APC16に入射する。APC16の動作は前述と同様である。一方、偏光分離面126を透過した約90%のP偏光光は、コリメートレンズ17、1/4波長板18、対物レンズ19等を介して光ディスク12に入射される。こうして光ディスク12に入射したP偏光光は、光ディスク12の記録面で散乱または反射される。そして、光ディスク12からの反射光は、1/4波長板18によってS偏光光に変換され、複合光学素子111に再び入射する。こうして光ディスク12から入射したS偏光光は、偏光分離面126でほぼ100%反射され、ハーフミラー面127に入射する。
【0053】
ハーフミラー面127は、入射光を所定の光量比で部分的に透過及び反射することにより、入射光を2方向に分岐させるハーフ特性を持った光学機能面である。ここでは、ハーフミラー面127は、入射光の約20%を反射してPD132に入射させるとともに、入射光の約80%を透過して全反射面128に入射させる。したがって、前述のように、光ピックアップ111においては、ハーフミラー面127に入射する光ディスク12からの反射光はS偏光光であるから、ハーフミラー面127はS偏光光に対してハーフ特性を持った光学機能面である。また、PD132は、ハーフミラー面127から入射する光の光量やスポット形状等を検出する。こうしてPD132で検出された各種情報は、トラッキングやフォーカシングに利用される。
【0054】
全反射面128は、入射光を全反射する光学機能面である。このため、ハーフミラー面127から入射するS偏光光を100%反射し、PD21に入射させる。PD21の動作は、前述の光ピックアップ111のものと同様である。
【0055】
図7に示すように、偏光分離面126は、マッチング膜141、接着剤42、偏光分離膜143からなる。マッチング膜141は、プリズム121の表面に設けられている点以外は、前述のマッチング膜41と同様である。したがって、マッチング膜141は、プリズム121と接着剤42との屈折率差に基づく反射を低減する。偏光分離膜143は、プリズム122の表面に設けられ、複数種類の誘電体薄膜を積層して形成される。偏光分離膜143の層構成は、S偏光光をほぼ100%反射する偏光分離特性を有し、P偏光光の約90%を透過し、P偏光光の約10%を反射するハーフ特性を有するように定められる。
【0056】
また、ハーフミラー面127は、マッチング膜146、接着剤42、ハーフミラー膜148からなる。マッチング膜146は、ハーフミラー面127を形成するプリズム122の表面に設けられている点を除けば前述のマッチング膜41,141と同様である。ハーフミラー膜148は、プリズム123の表面に設けられ、偏光分離面126を形成する偏光分離膜143と同様に、複数種類の誘電体薄膜を積層して形成される。但し、ハーフミラー膜148の層構成及び光学特性は、偏光分離膜143と異なり、ハーフミラー膜148は、入射光を所定の光量比で部分的に透過及び反射することにより、入射光を2方向に分岐させるハーフ特性を持った光学機能膜である。ここでは、ハーフミラー面127にはS偏光光が入射するので、ハーフミラー膜148は、少なくともS偏光光に対してハーフ特性を有するように、その層構成が定められる。
【0057】
全反射面128は、接着剤42と全反射膜153からなる。全反射膜153は、偏光の状態や波長に関わらず、入射光を全て反射する光学機能膜であり、プリズム124の表面に設けられる。また、全反射膜153は、前述の偏光分離膜143やハーフミラー膜148と同様に複数種類の誘電体薄膜を積層して形成され、その層構成は上述の光学特性を呈するように定められる。
【0058】
このように構成される複合光学素子110は、PBS14と同様に、例えば、各プリズム121,122,123,124に対応する4枚のガラス基板から製造される。こうしてガラス基板から複合光学素子110を製造するときには、各ガラス基板は前述のPBS14の製造時と同様に、まず、これらのガラス基板を加熱し、表面状態の劣化を回復する。次いで、各ガラス基板には、マッチング膜141,146や各種光学機能膜143,148,153が成膜され、四角柱状の部材に切断される。その後、プリズム121,122,123,124の各々の形状に合わせてそれぞれ切断,研磨され、端面が台形状の部材や平行四辺形上の部材が形成される。そして、これらの部材は、複合光学素子110の様態に合わせて、接着剤42によって接合し、長手方向を所定間隔で切断,研磨される。これにより、複合光学素子110が形成される。
【0059】
こうして複合光学素子110を製造するときに、マッチング膜141,146や光学機能膜143,148,153を成膜する前に基材となるガラス基板を加熱し、その表面状態を回復させる。このため、各光学機能面126,127,128を構成するマッチング膜141,146や各光学機能膜143,148,153がほぼ設計通りの特性を示すようになり、高精度な複合光学素子110を容易に得ることができる。
【0060】
また、上述の実施形態では、マッチング膜が特に表面状態の劣化に対して敏感であるため、光学機能膜とともにマッチング膜を備えたPBS14や複合光学素子110を例に挙げたが、これに限らない。例えば、マッチング膜を介さずに光学機能膜と接着剤だけを介在させて硝材を接合した接合型光学素子や、硝材表面に直接光学機能膜を成膜した光学素子を製造する場合にも、光学機能膜の成膜前に硝材を上述の実施形態と同様に加熱することによって、より高精度に設計通りに機能する光学素子を製造することができる。
【0061】
なお、上述の実施形態では、複合光学素子110に含まれる3種の光学機能面のうち、偏光分離面126とハーフミラー面127の2面に、硝材の加熱後に成膜したマッチング膜141,146を設ける例を説明したが、これに限らない。複合光学素子110のように、複数の光学機能面があり、これら全ての光学機能面を経由する光路の光を利用する光学素子の場合には、複数の光学機能面のうち少なくとも1つに、硝材の加熱後に成膜したマッチング膜を設けておくことで光学素子を設計通りの特性に近づける事ができる。
【0062】
また、複数の光学機能面を備える光学素子の場合、複数ある光学機能面の中でも、偏光分離面31やハーフミラー面32のようなハーフ特性の光学機能面にマッチング膜を設けることが好ましい。このように、少なくともハーフ特性の光学機能面に、硝材の加熱後に成膜したマッチング膜を設けておくことで、光学素子の特性をより設計通りの特性に近づけることができる。
【0063】
さらに、ハーフ特性の光学機能面が複数ある場合には、必ずしもハーフ特性の光学機能面の全てにマッチング膜を設ける必要はなく、少なくともS偏光光の透過(反射)特性がハーフ特性の光学機能面に、硝材の加熱後に成膜したマッチング膜を設けておくことが特に好ましい。これは、硝材/マッチング膜/接着剤/光学機能膜/硝材という層構造で多重干渉が起きることによってP偏光光の透過率Tp,S偏光光の透過率Ts,P偏光光の反射率Rp,S偏光光の反射率Rsにはそれぞれ周期的な変化が生じるが、こうした周期的な変化がP偏光光(Tp,Rs)よりもS偏光光(Ts,Rs)について特に顕著であるからである。したがって、例えば、複合光学素子110は、P偏光光に対してハーフ特性を有する偏光分離面126とS偏光光に対してハーフ特性を有するハーフミラー面127の2面がハーフ特性の光学機能面であり、上述の実施形態ではこれらの双方にそれぞれマッチング膜141,146を設ける例を説明したが、複合光学素子110の場合には、少なくともハーフミラー面127に、硝材の加熱後に成膜したマッチング膜を設けておくことが好ましい。このように、S偏光光に対してハーフ特性の光学機能面に、硝材の加熱後に成膜したマッチング膜を設けることは、光学素子全体としての光学特性の改善に最も効果的である。なお、前述のPBS14の場合には、唯一の光学機能面である偏光分離面31がS偏光光に対してハーフ特性を有する光学機能面であるため、例えば、同様のPBSでも、P偏光光に対してハーフ特性を有するものよりも、マッチング膜の成膜前に硝材を加熱したことによる効果が顕著である。
【0064】
なお、上述の複合光学素子110では、偏光分離面126とハーフミラー面127にマッチング膜141,146を設け、全反射面128にはマッチング膜を設けない例を説明したが、全反射面128にマッチング膜を設けても良い。同様に、複数の光学機能面がある光学素子を製造する場合、ハーフ特性の光学機能面にマッチング膜を設けても良い。
【0065】
なお、上述の実施形態では、PBS14や複合光学素子110を製造するときに、基材となるガラス基板の全てを、成膜工程に先立って加熱する例を説明したがこれに限らない。上述の実施形態のように全てのガラス基板を加熱してから、その表面にマッチング膜や各種光学機能膜を成膜することが好ましいが、表面状態の劣化に極めて敏感で、加熱工程を行わないことによる弊害が最も大きいことから、少なくともマッチング膜を成膜するガラス基板を、マッチング膜の成膜前に加熱すれば良い。例えば、PBS14の場合には、少なくともガラス基板61をマッチング膜41の成膜前に加熱すれば良い。また、複合光学素子110の場合には、少なくともプリズム121,122となるガラス基板を、マッチング膜141,146の成膜前に加熱すれば良い。そして、マッチング膜41,141,146が成膜されないガラス基板については、加熱工程を省略しても良い。
【0066】
また、上述の実施形態では、複合光学素子110を製造するときに、PBS14の製造時と同様にして、マッチング膜や各種光学機能膜が成膜される前のガラス基板を加熱する例を説明したが、これに限らない。例えば、複合光学素子110の場合には、最低限、マッチング膜141,146の成膜前に基材となるガラス基板を加熱すれば、複合光学素子110をほぼ設計通りに高精度に機能させることができる。このため、例えば、一方の表面にマッチング膜146が成膜され、他方の表面に偏光分離膜143が成膜され、プリズム122となるガラス基板の場合には、偏光分離膜143を成膜したあとで加熱し、その後、他方の表面にマッチング膜146を成膜しても良い。このように一方の面に光学機能膜を設けてから、ガラス基板を行う場合には、既に成膜した光学機能膜にダメージを与えないように、前述の範囲内で加熱温度や加熱時間を選択することが好ましい。
【0067】
なお、前述のように、表面状態の劣化は、加熱工程によって完全に回復されるわけではなく、加熱工程によってほぼ一定の割合で回復するので、表面状態の劣化程度が一定水準よりも大きい場合には、加熱工程によっても表面状態の劣化程度の回復が十分でないことがある。したがって、上述の実施形態では、ガラス基板に白ヤケや青ヤケが発生していないことを確認してから利用する例を説明したが、さらに、表面状態の劣化の程度を確認する検査工程(表面検査工程)を設け、表面状態の劣化の程度が一定水準以下であるときに、PBS14や複合光学素子110の製造に利用することが好ましい。この表面検査工程における一定水準とは、例えば、所定波長(PBS14や複合光学素子110で使用する波長)におけるガラス基板の屈折率をnとするときに、表面反射率Rが下記数1の条件を満たす範囲であることが好ましい。
【0068】
【数1】

【0069】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板と接着剤との屈折率差に関わらず、ガラス基板を加熱する例を説明したが、ガラス基板と接着剤の屈折率差があまりにも大きい場合や、逆にガラス基板と接着剤の屈折率差がほとんどない場合等には、加熱工程による表面状態の劣化回復の効果は相対的に小さくなる。このため、本発明の製造方法は、所定波長(例えばPBS14で使用する波長)におけるガラス基板の屈折率をn,接着剤の屈折率をnとするときに、屈折率差|n−n|が0.01<|n−n|<0.7の条件を満たす場合に特に好適である。
【0070】
なお、上述の実施形態では、PBS14の例では、偏光分離面31が、S偏光光の約90%を反射し、S偏光光の約10%を透過するとともに、P偏光光100%透過する例を説明したがこれに限らない。また、上述の実施形態では、複合光学素子110の例では、偏光分離面126がS偏光光を100%反射し、P偏光光の約90%を透過し、P偏光光の約10%を反射するとともに、ハーフミラー面127が、入射光の約80%を透過し、残り20%を反射する例を説明したがこれに限らない。こうした偏光分離面やハーフミラー面の透過率及び反射率は、実際に製造する光学素子の様態に応じて、偏光分離膜43,143やハーフミラー膜148の膜構成を調節し、任意に定めることができる。
【0071】
なお、上述の実施形態では、PBS14や複合光学素子110のように接合型光学素子を例にあげて説明したが、これに限らない。例えば、上述の実施形態で説明したような接合型光学素子や、偏光状態によらず波長帯によって入射光を分岐させるビームスプリッタ(接合型光学素子)だけでなく、レンズやミラー等の表面に空気と接する反射防止膜(空気と硝材の間に配置されるマッチング膜)等の光学機能膜を設ける場合にも、上述の実施形態と同様に硝材を加熱してから光学機能膜やマッチング膜を成膜することによって、より高精度に設計通りに機能する光学素子を製造することができる。
【0072】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板(プリズム)や接着剤、マッチング膜等の例として、表1等に特定の材料を挙げて説明したが、ガラス基板やプリズム,接着剤,マッチング膜等、光学素子を構成するものの材料としては、製造する光学素子に応じて任意の材料を用いることができる。
【0073】
なお、上述の実施形態では、平行平板状のガラス基板からPBS14や複合光学素子110を製造する例を説明したが、これに限らず、予め所定形状に形成されたプリズムの表面にマッチング膜や光学機能膜を成膜し、接合することによってPBS14や複合光学素子110を製造しても良い。また、上述の実施形態では、ガラス基板の表面に、マッチング膜や光学機能膜を成膜した後、これらの膜が成膜された基板を切断,研磨して角柱状の部材を作製し、これらを接合する例を説明したが、これに限らない。例えば、マッチング膜や光学機能膜を成膜したガラス基板を接合し、これを切断,研磨して、PBS14や複合光学素子110の形状に合わせた角柱状の部材を作製し、これを切り分けることによって各光学素子14,110を製造しても良い。さらに、上述の実施形態では、ガラス基板の表面にマッチング膜や光学機能膜を成膜する例を説明したが、ガラス基板から予め角柱状の部材を作製した後、所定の側面にマッチング膜や光学機能膜を成膜しても良い。
【0074】
なお、上述の実施形態では、透明な2枚のガラス基板61,62からPBS14を製造する例を説明したが、ここでいう透明とは、少なくともPBS14に使用される波長(405nm)とPBS14の製造工程で接着剤42を硬化させるために照射する紫外線を透過することを意味する。このことは、複合光学素子110の場合にも同様である。また、上述の実施形態では、波長405nmの青色光で使用されるPBS14や複合光学素子110を例に説明したが、赤色光で使用されるDVD用の光学素子や赤外光で使用されるCD用の光学素子を上述の実施形態と同様にして製造するときには、これらの光学素子の製造に用いるガラス基板やプリズム等の硝材は、少なくともこれらの光学素子で使用される波長と、その製造工程において接着剤の硬化等のために硝材を透過させて使用する波長に対して透明であれば良い。さらに、紫外線や赤外線等で使用される光学素子を製造する場合も同様であり、複数の波長帯で使用される光学素子を製造する場合も同様である。
【0075】
なお、上述の実施形態では、光ピックアップの中でも最も高精度な特性が要求される青色光用の光ピックアップ11,111を例に、PBS14や複合光学素子110を説明したが、本発明はCDやDVD、あるいはCD/DVD兼用の光ピックアップ及びこれに含まれる光学素子にも好適である。
【符号の説明】
【0076】
11,111 光ピックアップ
12 光ディスク
13,131 光源ユニット
14 偏光ビームスプリッタ(PBS)
16 オートマチックパワーコントロール(APC)
17 コリメートレンズ
18 1/4波長板
19 対物レンズ
21,132 フォトダイオード(PD)
26,27,121〜124 プリズム
31,126 偏光分離面
41,141,146 マッチング膜
42 接着剤
43,143 偏光分離膜
61,62 ガラス基板
66 第1基板
67 第2基板
68,69 四角柱部材
71,72 三角柱部材
73 接合体
110 複合光学素子
127 ハーフミラー面
128 全反射面
148 ハーフミラー膜
153 全反射膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
300度を越え400度未満の温度で硝材を空気中で1時間以上加熱する加熱工程と、
前記加熱工程を経た硝材の表面に、その表面上に配置される光学機能膜または接着剤の屈折率と前記硝材の屈折率との差に基づく反射を低減させる薄膜であるマッチング膜を成膜する成膜工程と、
を備えることを特徴とする光学素子製造方法。
【請求項2】
前記マッチング膜が成膜された硝材と、入射光の偏光の状態または波長に応じて前記入射光の一部成分を透過し、残りの成分を反射する部分的な透過特性を有する光学機能膜が成膜された硝材とを接合する接合工程を備えることを特徴とする請求項1記載の光学素子製造方法。
【請求項3】
前記光学機能膜は、少なくともS偏光光に対して部分的な透過特性を有することを特徴とする請求項2記載の光学素子製造方法。
【請求項4】
第1の硝材と第2の硝材を接着剤で接合して形成され、
前記第1の硝材と前記第2の硝材の接合面に、300度を越え400度未満の温度で前記第1の硝材を空気中で1時間以上加熱した後に前記第1の硝材表面に成膜され、前記接着剤の屈折率と前記第1の硝材の屈折率との差に基づく反射を低減させるマッチング膜と、前記接着剤と、前記第2の硝材の表面に成膜された光学機能膜と、を備えることを特徴とする光学素子。
【請求項5】
前記光学機能膜が、入射光の偏光の状態または波長に応じて、前記入射光の一部成分を透過し、残りの成分を反射する部分的な透過特性を有することを特徴とする請求項4記載の光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−170092(P2011−170092A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33715(P2010−33715)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】