説明

光学素子

【課題】 プレス成形によって形成された光学素子において、表面にヤケやクモリなどの発生を抑え、かつ、波長帯域特性・入射角度特性にも優れた反射防止性能を実現した光学素子を提供する。
【解決手段】 プレス成形法によって形成されており、非球面の光学面を有する光学素子1であって、該光学面の光線有効部2bには、該光学素子の基材とは異なる成分を含み平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造を有する反射防止構造体4が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学素子に関し、特に、プレス成形法によって形成された光学素子表面に平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造を有する反射防止構造体が形成された光学素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ガラスやプラスチックなどの透光性媒質(透光性部材)を用いた光学素子(レンズ)においては、表面反射による透過光の損失を低減させるために、光入出射面に反射防止膜を設けるなどの表面処理を施している。例えば、可視光に対する反射防止膜としては、誘電体薄膜を複数層積層した多層膜(いわゆるマルチコート)が知られている。この多層膜は、透光性部材の表面に真空蒸着法やスパッタ法により金属酸化物などを成膜して形成されている。
【0003】
しかしながら、この方法による反射防止膜は、各膜の表面・界面で発生する反射光の干渉を利用しているため、設計波長・設計入射角以外の光に対しては、十分な反射防止特性が得られないという課題があった。
【0004】
また、上記以外の反射防止手段として、透光性部材の表面に微細凹凸形状を形成する方法が知られている。この方法では、微細凹凸形状のピッチが波長以下で、形状が円錐や四角錐のような錐形状の場合では、屈折率が空気から基板に向かって徐々に変化する膜と等価になるため、波長帯域特性・入射角度特性に優れた反射防止性能が期待できる。
【0005】
特許文献1には表面に微細な凹凸を有する成形型を用いて、クラウンホウ珪酸ガラスをプレス成形し、光学素子表面に微細な凹凸を転写することで表面反射を低減する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−283581号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示された技術で形成された光学素子は、表面に微細な凹凸形状からなる反射防止構造が形成されているために、波長帯域特性・入射角度特性に優れた反射防止性能が期待できる。
【0008】
ところで、非球面の光学面を有する光学素子は、球面の光学面を有する光学素子とは異なり、光学素子の素材を研磨のみによって形成することが難しく、一般にプレス成形法が用いられる。しかしながら、プレス成形に用いられるガラス転移点(Tg)の低いガラスは、化学的耐久性が低く、一般に「ヤケ」と呼ばれる表面変質や析出物などによる「クモリ」などの光学素子としての不具合が生じるという課題があった。さらに、微細な凹凸形状をガラス表面に形成した場合では、表面積が大きくなっているために、平坦な場合(通常のレンズ表面)以上にヤケやクモリが生じやすくなってしまう。
【0009】
そこで本発明は、波長帯域特性、入射角度特性にも優れた反射防止性能を実現し、かつプレス成形によって形成された光学素子でも、表面にヤケやクモリなどの発生を抑えた光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の光学素子は、プレス成形法によって形成されており、非球面の光学面を有する光学素子であって、該光学面の光線有効部には、該光学素子の基材とは異なる成分を含み平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造を有する反射防止構造体が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、波長帯域特性、入射角度特性にも優れた反射防止性能を実現し、かつプレス成形によって形成された光学素子でも、表面にヤケやクモリなどの発生を抑えた光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】微細凹凸構造を有する反射防止構造体の断面模式図。
【図2】微細凹凸構造を有する反射防止構造体の反射率を示す図。
【図3】微細凹凸構造を有する反射防止構造体の断面模式図。
【図4】本発明の実施例1に係る光学素子の断面模式図。
【図5】本発明の実施例2に係る光学素子の断面模式図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、添付の図面に基づいて説明する。
【0014】
本発明の光学素子(レンズ)は、プレス成形法によって形成された光学素子であって、少なくとも一つの光学面は非球面である。そして、その非球面の光線有効部の少なくとも一部には光学素子の基材とは異なる成分を含み、かつ平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造を有する反射防止構造体が形成された構成となっている。つまり、微細凹凸構造のピッチは使用波長の範囲において、屈折率が空気から基板に向かって徐々に変化する膜と等価になるようになっており、波長帯域特性・入射角度特性に優れた反射防止性能を有している。
【0015】
さらに、本発明の微細凹凸構造は、光学素子と異なる成分を含む物質(例えばアルミニウムや酸化アルミニウム)から構成されており、化学的耐久性に優れた無機物である。そのため、微細凹凸構造を有する反射防止構造体は、光学素子の界面での反射を抑えるだけでなく、光学素子の基材を保護し、ヤケやクモリの発生を抑えることもできる。
【0016】
なお、平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造は、どのような方法で製作されたものであっても構わない。例えば、ゾル−ゲル法を用いて酸化アルミニウムを含む溶液をレンズ表面に塗布して皮膜を形成し、該皮膜を40℃以上100℃以下の温水に浸漬することで微細凹凸構造を形成する方法を用いることができる。この方法によれば、大面積で、かつ、曲率の大きな非球面などの光学素子表面であっても安価に形成することができて好適である。
【0017】
また、金型に設けた微細凹凸形状を転写する方法の場合、半開角が30°以上のレンズでは、離型の際に微細凹凸構造を破損したり、離型応力が大きくなるために面変形や屈折率分布の異常が発生してしまう。しかしながら、この方法によれば、半開角が30°以上の部分を有するレンズであっても、微細凹凸構造の破損、面変形や屈折率分布の異常などを抑えることができる。
【0018】
図1に本発明に用いられる微細凹凸構造を有する反射防止構造体の断面模式図を示す。図1において、111は光学素子、112はガラス基材、113は微細凹凸構造を有する反射防止構造体である。
【0019】
屈折率(n)が1.583、屈折率分散(ν)が59.4、ガラス転移点(Tg)が506℃のガラス基材112の上に、酸化アルミニウムを含む材料からなり、平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造を有する反射防止構造体113が形成されている。ここで、平均ピッチが400nm以下であるのは、それ以上にすると可視光で回折による有害光が発生してしまうからである。
【0020】
この反射防止構造体が形成された光学素子111の反射率を図2に示す。波長以下の微細凹凸構造体からなる反射防止構造体を形成したことで、可視域全域という広い波長帯域で、また、0°以上60°以下という大きな入射角度範囲で反射率が1.6%以下という非常に良好な反射防止特性を発揮している。
【0021】
ガラス基材112は、プレス成形用ガラスであり、ガラス転移点(Tg)を低下させるために、アルカリ金属およびアルカリ土類金属のうち少なくとも1種類を含んでいる。アルカリ金属およびアルカリ土類金属のうち少なくとも1種類が含まれていることにより、ガラス基材のガラス転移点を300℃以上620℃以下とすることができ、結果としてプレス成形用のガラスとして好適に用いられるようになる。
【0022】
このようなガラス基材は、基材表面を露出したまま放置すると、空気中の酸素や水分などと反応してヤケやクモリなどの不具合が生じてしまう。しかし、本発明では、化学的に安定な無機物である酸化アルミニウムやアルミニウムを含む皮膜(微細凹凸構造)113で表面を覆っているため、高温・高湿の環境下で使用してもヤケやクモリの発生を抑えることができる。なお図1では、非常に小さな範囲を拡大しているために、ガラス基材112は平面であるように図示されているが、実際は非球面である。
【0023】
また、ガラス基材112の屈折率や材質に応じて、図3に示したようにガラス基材112と微細凹凸構造体113の間に、薄膜層114を設けてもよい。図3では、薄膜層114は単層膜と成っているが、多層膜でもよい。このような方法をとることで、本発明は、ガラス基材の屈折率(n)が1.51以上1.95以下の範囲内で高い効果を発揮することができる。
【実施例1】
【0024】
図4は、本発明の実施例1に係る光学素子の断面模式図である。図4において、1は光学素子、2は光線裕光部、3は非光線有効部、4は微細凹凸構造を有する反射防止構造体、5は光軸である。
【0025】
図4において、光学素子1の基材は屈折率(n)が1.58、屈折率分散(ν)が59.4、ガラス転移点(Tg)が506℃のガラス材をプレス成形法で形成したメニスカスレンズである。また、光学素子1の基材は、酸化珪素を主成分とし、ガラス転移点を下げるためにアルカリ金属であるリチウムや、アルカリ土類金属であるバリウムを含んでいる。そのため、ガラス表面が露出した状態ではヤケやクモリの生じやすいガラス基材である。
【0026】
光線有効部2aは曲率半径が31.87mm、有効径が49.96mmの球面である。また、光線有効部2bは有効径が37.29mmの非球面であり、光軸に垂直な方向に距離R離れた位置での、光軸方向の面位置をSag(R)としたとき、
【0027】
【数1】

【0028】
ここで、
r=13.52
K=−6.05×10-1
A4=2.34×10-7
A6=−5.85×10-8
A8=2.32×10-10
A10=−8.25×10-13
A12=0
の関係を満足する形状である。この面の半開角θの最大値は53.4°である。
【0029】
光線有効部2aには誘電体多層膜からなる反射防止膜が形成されている。
【0030】
さらに、光線有効部2bには、酸化アルミニウムを含む材料からなり、平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造からなる反射防止構造体4が形成されている。そのため、高温・高湿の環境下でもヤケやクモリなどの発生を抑え、優れた環境信頼性を有している。
【0031】
また、非球面の光学面を有する光学素子は、撮像光学系に使用した際、ゴースト発生面になると球面の場合とは異なり、いびつな(変形した)形状のゴーストとなり、作画上非常に有害なものとなる。しかし、本実施例では、非球面形状を有する光線有効部2bに波長帯域特性、入射角度特性に優れた反射防止構造体4を形成しているために、光学系に使用した際もゴーストの発生を抑え、高品位な光学系を実現することができる。
【0032】
本実施例では、メニスカスレンズの場合を示したが、本発明はこれに限定されるものではない。プレス成形法で形成され、非球面の光学面を有する光学素子であれば、両凸レンズ、両凹レンズ、プリズムなど、どんな形状の光学素子でもよい。
【実施例2】
【0033】
図5は、本発明の実施例2に係る光学素子の断面模式図である。図5において図1に対応する部分には同じ記号を用いている。
【0034】
図5において、光学素子1の基材は屈折率(n)が1.854、屈折率分散(ν)が40.4、ガラス転移点(Tg)が614℃のガラス材をプレス成形法で形成したメニスカスレンズである。また、光学素子1の基材は、酸化ランタンを主成分とし、ガラス転移点を下げるためにアルカリ金属であるカリウムやリチウムを含んでいる。そのため、ガラス表面が露出した状態ではヤケやクモリの生じやすいガラス基材である。
【0035】
光線有効部2aは曲率半径が52.44mm、有効径が50.09mmの球面である。また、光線有効部2bは有効径が32.69mmの非球面であり、光軸に垂直な方向に距離R離れた位置での、光軸方向の面位置をSag(R)としたとき、
【0036】
【数2】

【0037】
ここで、
r=13.78
K=−8.32×10-1
A4=1.23×10-5
A6=−1.79×10-8
A8=2.37×10-10
A10=−7.23×10-13
A12=9.90×10-16
の関係を満足する形状である。この面の半開角θの最大値は59.5°である。
【0038】
光線有効部2aには誘電体多層膜からなる反射防止膜が形成されている。
【0039】
さらに、光線有効部2bには、シリカを主成分とする薄膜層を形成し、その上に酸化アルミニウムを含む材料からなり、平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造からなる反射防止構造体4が形成されている。そのため、高温・高湿の環境下でもヤケやクモリなどの発生を抑え、優れた環境信頼性を有している。
【0040】
また、非球面形状を有する光学素子は、撮像光学系に使用した際、ゴースト発生面になると球面の場合とは異なり、いびつな(変形した)形状のゴーストとなり、作画上非常に有害なものとなる。しかし、本実施例では、非球面形状を有する光線有効部2bに波長帯域特性、入射角度特性に優れた反射防止構造体4を形成しているために、光学系に使用した際もゴーストの発生を抑え、高品位な光学系を実現することができる。
【0041】
本実施例では、メニスカスレンズの場合を示したが、本発明はこれに限定されるものではない。プレス成形法で形成され、非球面を有する光学素子であれば、両凸レンズ、両凹レンズ、プリズムなど、どんな形状の光学素子でもよい。
【0042】
本発明は、以上に説明した光学素子を用いた光学系を構成することができ、さらに撮像装置のレンズ鏡筒や、画像投影装置の光学系等の光学装置に用いることができる。
【符号の説明】
【0043】
1 光学素子
2a,2b 光線有効部
3 非光線有効部
4 反射防止構造体
5 光軸
111 光学素子
112 ガラス基材
113 反射防止構造体
114 薄膜層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレス成形法によって形成されており、非球面の光学面を有する光学素子であって、
該光学面の光線有効部には、該光学素子の基材とは異なる成分を含み平均ピッチが400nm以下の微細凹凸構造を有する反射防止構造体が形成されていることを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記光学素子の基材は、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のうち少なくとも1種類を含むガラスからなることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記微細凹凸構造は、アルミニウム又は酸化アルミニウムを含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記微細凹凸構造は、ゾル−ゲル法によって形成された皮膜を40℃以上100℃以下の温水に浸漬することによって形成された構造であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項5】
前記非球面は、半開角が30°以上の部分を有することを特徴とする請求項4に記載の光学素子。
【請求項6】
前記光学素子の基材は、ガラス転移点が300℃以上620℃以下のガラスからなることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項7】
前記光学素子の基材は、屈折率が1.51以上1.95以下のガラスからなることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項8】
請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の光学素子を有していることを特徴とする光学系。
【請求項9】
請求項8に記載の光学系を有していることを特徴とする光学装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−191074(P2010−191074A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−34036(P2009−34036)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】