説明

光応答性高分子、当該光応答性高分子が形成されてなる成形物およびその利用

【課題】鋳型を必要とせず、微細パターンの形成を3次元的に行うことを可能とする光応答性高分子を提供する。
【解決手段】本発明に係る光応答性高分子は、光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の光線量に応じた量の体積が減少するものである。上記光応答基は、光の照射を受けて互いに二量化する二量化基であることが好ましく、上記二量化基としては、シンナモイル基、クマリン基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基およびウラシル基などが例示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光応答性高分子および当該光応答性高分子が形成されてなる成形物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、微細パターンの形成にマイクロコンタクトプリント法、フォトレジスト法などが採用され、各種の分野にて応用されている。
【0003】
上記マイクロコンタクトプリント法は、微細パターンを持つスタンプに分子を塗布し、スタンプを基板に密着させることによって基板等に微細パターンを形成する方法である。上記スタンプの作製は、光リソグラフィー等によって作製した鋳型をシリコーンゴム等に転写することによってなされる。スタンプの微細パターンはナノメートルオーダーである場合もあり、精密な鋳型形成が要求される。
【0004】
また、基板でなく、高分子等の材料に対してスタンプを密着させることによって、微細パターンを形成することもできる。なお、マイクロコンタクトプリント法に関する一例として、特許文献1が挙げられる。
【0005】
具体的な作製物としてはマイクロ流路が挙げられる。マイクロ流路は、マイクロ化学分析(μ−TAS)などに用いられ、デバイス要素を有するものである。このマイクロ流路は様々なプリント技術を用いて作製されているが、基板に対して、鋳型のプリント工程が必要である。
【0006】
一方、フォトレジスト法では、光照射を受けた部分が溶媒に対して不溶化または可溶化するフォトレジストが使用される。当該方法では、上記材料に光を照射した後に溶媒を用いて可溶部を溶解させる現像という作業が必要であり、可溶部または不溶部の変化に基づくため、フォトレジストの残存の有無によって情報が記録される。
【0007】
このようにマイクロコンタクトプリント法、フォトレジスト法などの微細加工技術はナノテクノロジーを支える重要な要素技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−140493号公報(2006年6月1日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記従来の方法には鋳型(またはスタンプ)の作製が必要であるか、または、微細パターンの形成が2次元的であるという問題点がある。
【0010】
まず、マイクロコンタクトプリント法による微細加工の場合には、高分子等の表面に鋳型を接触させることによってその形状を写し取るため、Z軸方向の構造制御が可能である。しかしながら、予め鋳型を準備する必要があり、その鋳型作製の段階でやはり別の微細加工技術を必要とする。鋳型の作製は容易ではないため、課題が存在するといえる。また、マイクロ流路をプリント工程にて形成する場合も鋳型を使用するため同様である。
【0011】
次に、フォトレジスト法では、光照射によるフォトレジストの構造変化によって可溶部と不溶部とのコントラストを形成することにより微細パターン形成が可能である。しかし、フォトレジストの膜厚方向における厚さの制御は難しく、可溶部と不溶部との白黒の描画になる。
【0012】
それゆえ、フォトレジストを用いた微細加工技術の場合には、現像作業の後にさらに基板のエッチングによって膜厚方向の微細加工が必要になる。例えば、基材表面にマイクロ流路などを直接作製する場合には、膜厚方向の加工制御も必要となってくる。このように材料のXY平面だけではなく、Z軸方向の構造制御も必要な場合には、フォトレジストによる微細加工はそれほど有効ではない。
【0013】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、鋳型を必要とせず、微細パターンの形成を3次元的に行うことを可能とする光応答性高分子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の光応答性高分子は、上記課題を解決するために、光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の光線量に応じた量の体積が減少することを特徴としている。また、上記本発明の光応答性高分子は、光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の照射方向に沿って厚さが減少し、上記光の照射方向以外の厚さが減少しないものであると換言できる。
【0015】
上記光応答性高分子は光応答性基を含んでおり、光応答性基が架橋構造を形成することで、光の光線量に応じた体積が減少する。このため、(1)光の照射領域の設定により、光応答性高分子の体積を減少させる平面領域を決定することができる。(2)さらに、光の照射方向に沿って、光の光線量(照射時間)に応じた量の光応答性高分子の体積を減少させることができる。このため、上記光応答性高分子は、光の照射によって3次元的な微細パターンが形成される対象となるものであり、微細パターンの形成に鋳型を必要としない。
【0016】
また、本発明の光応答性高分子では、柔軟な高分子鎖を含み、上記柔軟な高分子鎖は、上記光応答性基が架橋構造を形成するとき、上記架橋構造の形成に伴って体積変化することが好ましい。
【0017】
これにより、光応答性高分子による架橋構造が形成されたとき、主鎖を含む構造(光応答性高分子以外の構造)が変形し、体積変化し易く、加えて架橋構造が生じ易くなるという利点もある。
【0018】
また、本発明の光応答性高分子では、上記光応答性基は、光の照射を受けて互いに二量化する二量化基であることが好ましい。
【0019】
光応答性基が二量化基であることによって、より速やかに二量化反応が生じる光応答性高分子を提供することができる。
【0020】
また、本発明の光応答性高分子では、上記二量化基が、シンナモイル基、クマリン基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基およびウラシル基からなる群から選ばれる少なくとも1種類の置換基であることが好ましい。
【0021】
これらの二量化基は光の照射時間に応じて光応答性高分子の体積を減少させ易い。
【0022】
また、本発明の光応答性高分子では、上記柔軟な高分子鎖は、ケイ素数が20以上、50000以下の、シロキサンおよびシリコーン;ならびに炭素数が20以上、50000以下のイソプレン、スチレン−ブタジエン、ブタジエン、エチレン−プロピレン、ブタジエン−ニトリル、クロロプレン、アクリルおよびウレタンからなる群から選ばれる少なくとも1種類の構造を含むことが好ましい。
【0023】
上記の構造はガラス転移温度が低いため、柔軟な高分子鎖に含まれることにより、二量化時に光応答性高分子の体積減少を促進することができる。
【0024】
また、本発明の成形物は、上記光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなるものである。
【0025】
当該成形物は、鋳型等を必要とせず、光の照射によって3次元的な微細パターンが形成された物である。したがって、マイクロコンタクトプリント法などの従来の方法に比較して、簡易な製造工程にて作製可能である。
【0026】
また、本発明のマイクロ流路は、上記光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなるものである。
【0027】
また、本発明のホログラムは、上記光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなるものである。
【0028】
また、本発明の表面レリーフは、上記光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなるものである。
【発明の効果】
【0029】
本発明の光応答性高分子は、以上のように、光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の光線量に応じた量の体積が減少するものである。
【0030】
上記光応答性高分子は光応答性基を含んでおり、光応答性基が架橋構造を形成することで、光の光線量に応じた体積が減少する。このため、(1)光の照射領域の設定により、光応答性高分子の体積を減少させる平面領域を決定することができる。(2)さらに、光の照射方向に沿って、光の光線量(照射時間)に応じた量の光応答性高分子の体積を減少させることができる。このため、上記光応答性高分子は、光の照射によって3次元的な微細パターンが形成される対象となるものであり、微細パターンの形成に鋳型を必要としないという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る光応答性高分子が二量化する前後の状態を示す断面図である。
【図2】本発明に係るPVCi-g-PDMSのH‐NMRピークを示す図である。
【図3】本発明に係るPVCi-g-PDMSのUV−VISスペクトルを示す図である。
【図4】本発明に係るPVCi-g-PDMS、VCiおよびPDMS macromonomerのUV照射による相対吸光度変化を示すグラフである。
【図5】本発明に係るPVCi-g-PDMSのFT−IRスペクトルを示す図である。
【図6】実施例1にてUV照射を行った際のPDMSに対するVCiの吸光度変化を示す図である。
【図7】本発明に係る光応答性高分子の膜厚とUV照射時間との関係を示す図である。
【図8】AFMの表面粗さ解析に基づくフィルムの膜厚とUV照射時間との関係を示す図である。
【図9】UVを照射した本発明に係る光応答性高分子のAFM画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の一実施形態について図1に基づいて説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0033】
(I)光応答性高分子の構成
本発明の光応答性高分子は、光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の光線量に応じた量の体積が減少するものである。この体積の減少は光の照射方向に沿って生じる。光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の照射方向に沿って厚さが減少し、上記光の照射方向以外の厚さが減少しないものであると換言できる。上記光線量は、光の照射面積当たりのエネルギーで示され、mJ/cmで表される(または、mW・s/cmで表される)。
【0034】
上記光応答性高分子は上記光応答性基を含むものであり、光の照射により体積が減少するものであればよく公知の高分子構造(主鎖)を採用できる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリ塩化ビニル、ポリエステル(PET)、ポリアミド、ポリカーボネートなどが挙げられる。この他に、アクリル酸系ポリマーを採用することもでき、(メタ)アクリル酸;アルキル(メタ)アクリレート;マレイン酸;ビニルスルホン酸;ビニルベンゼンスルホン酸;(メタ)アクリルアミド;アクリルアミドアルキルスルホン酸;(メタ)アクリロニトリル;ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド等のアミノ置換(メタ)アクリルアミド;ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸アミノ置換アルキルエステル;2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシエチルメタクリレート;スチレン;ビニルピリジン;ビニルカルバゾール;ジメチルアミノスチレン;N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N,N’−ジメチル(メタ)アクリルアミド等のアルキル置換(メタ)アクリルアミド;酢酸ビニル;アリルアミン等を単独または2種以上組み合わせて使用することができる。また、得られる光応答性高分子の性能に悪影響を与えるものでなければ、さらに他のモノマーを組み合わせてもよい(なお、本明細書において、「アクリル」または「メタクリル」を意味する場合には、「(メタ)アクリル」と表記している)。
【0035】
本光応答性高分子では光応答性基による架橋構造形成に伴い、光応答性高分子中で分子の移動が生じる。このとき、光応答性高分子が変形を生じ易い構造を有していることが好ましい。そのような構造を有することにより、光応答性基による架橋構造が形成されたとき、主鎖を含む構造(光応答性基以外の構造)が変形し、体積変化し易く、加えて架橋構造が生じ易くなるという利点もある。また、架橋構造が生じたとき、光応答性高分子に亀裂等が生じ難い。
【0036】
このような観点から、主鎖構造は柔軟性を有することが好ましい。これにより、光の照射による体積変化がより生じ易い光応答性高分子を提供できる。柔軟な主鎖構造としては、ポリジメチルシロキサン系ポリマー、ポリエチレングリコール系ポリマーが好ましい構造として挙げられる。また、ゴムとして採用されている高分子構造を採用することもでき、例えば、スチレン‐ブタジエン共重合ポリマー、ポリブタジエン、ポリイソプレン、アクリロニトリル‐ブタジエン共重合ポリマー、イソプレン‐イソブチレン共重合ポリマー、エチレン‐プロピレン−ジエン共重合ポリマー、ハロゲン化ブチルポリマーなどの構造を例示することができる。
【0037】
本発明の光応答性高分子には、柔軟な高分子鎖が含まれていることが好ましい。柔軟な高分子鎖とは、その高分子からなるフィルムなどの材料の体積変化を生じ易い分子構造を有するものであり、上記光応答性基が架橋構造を形成するとき、架橋構造の形成に伴って柔軟な高分子鎖が変形する。当該柔軟な高分子鎖は、主鎖構造に含まれていてもよいし、側鎖として主鎖に結合していてもよい。上記柔軟な高分子鎖は、ケイ素鎖、炭素鎖などを基本骨格とする長鎖構造を有するものであり、二量化での架橋結合形成により、主鎖の移動に伴って表面構造が変化することができる。
【0038】
柔軟な高分子鎖の長鎖構造は、ケイ素数または炭素数が20以上、50000以下のケイ素鎖または炭素鎖で構成されていることが好ましい。ケイ素数または炭素数が20未満であるとフィルムなどの材料を形成しにくく、50000を超えると光応答性基の相対的な濃度が低くなるため、架橋構造が形成され難くなるおそれがある。
【0039】
柔軟な高分子鎖の長鎖構造に含まれるモノマー構造(繰り返し単位)としては、ケイ素鎖の場合、シロキサン、シリコーンなどの構造が挙げられる。また、炭素鎖の場合、イソプレン、スチレン−ブタジエン、ブタジエン、エチレン−プロピレン、ブタジエン−ニトリル、クロロプレン、エチレングリコール、プロピレングリコール、アクリル、ウレタンなどの構造が挙げられる。これらのモノマー構造(繰り返し単位)は、1種類であっても複数種類であってもよいし、無置換であっても一部が置換されていてもよい。
【0040】
上記の構造はガラス転移温度が低いため、柔軟な高分子鎖として含まれることにより、二量化時に光応答性高分子の体積減少を促進することができる。
【0041】
また、光応答性高分子の100重量%に対する柔軟な高分子鎖の割合は、10重量%以上、80重量%以下であることが好ましい。上記柔軟な高分子鎖の割合が上記範囲であることにより、光応答性基による架橋構造が形成されたとき、主鎖を含む構造が変形し易く、体積変化し易い光応答性高分子を提供することができる。
【0042】
柔軟な高分子鎖を含む光応答性高分子はガラス転移点(Tg)が低く、光応答性高分子の柔軟性が高いため、架橋構造の形成によって構造変化をより生じ易くなる。上記ガラス転移温度の好ましい範囲は、−140℃以上、20℃以下である。
【0043】
本発明の光応答性高分子には光応答性基が含まれている。当該光応答性基とは、光の照射を受けて、光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成するものであればよい。また、加工時間の短縮の観点から、あまりに架橋構造が形成され難いものである場合は、好ましくない。よって、より具体的には、光応答性基特有の光吸収ピークでの吸光度が初期の吸光度(照射時間0分)に対して1/2になるまでの時間は、180分以下であることが好ましく、60分以下であることがより好ましい。また、上記時間が短時間であるほど加工時間を短縮できるため、上記時間は0分に近いほど好ましい。
【0044】
架橋構造を生じさせる光としては、紫外線(UV光)、可視光線を挙げることができ、光の波長は光応答性基の種類によって異なる。具体的には紫外線の波長は10nm以上、400nm以下であり、可視光線の波長は400nmを超えて、830nm以下であるとする。
【0045】
光の照射を受けた光応答性基は架橋構造を形成し、架橋構造の形成前後にて架橋構造に関与する原子間の距離が減少する。すなわち、架橋構造が形成されることによって、光応答性高分子の体積が減少する。光応答性基は、光応答性高分子に含まれていればよく、その配置は特に限定されない。例えば、光応答性基がモノマーに含まれている場合、光応答性高分子がランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体の構造を有していてもよい。また、光応答性基の割合が高いほど、光の照射による架橋構造が形成され易くなる。
【0046】
光応答性高分子の100重量%に対する光応答性基の割合は、10重量%以上、90重量%以下であることが好ましい。上記割合が10重量%以上であることにより、架橋構造が形成される程度を実効性のある範囲とすることができる。また、上記割合が90重量%以下であることにより、光応答性基の割合が高すぎることによる、光応答性高分子の柔軟性損失を回避することができ、体積変化し易い高分子を得ることができる。
【0047】
上記光応答性基は、光の照射を受けて互いに二量化する二量化基であることが好ましい。光応答性基が二量化基であることによって、より速やかに二量化反応が生じる光応答性高分子を提供することができる。また、上記二量化基は、光環化付加反応によって二量化基同士の結合が生じるものであることが好ましい。これにより、速やかに二量化反応が生じる光応答性高分子を提供することができる。上記光環化付加反応とは、π電子系の骨格を形成する反応である。この場合、上記二量化基はπ電子共役構造を含んでおり、[A+A](Aは2、4などの整数)環化付加反応を生じるものである。
【0048】
上記光応答性基としては特に限定されるものではないが、例えば、アジド基、クロロメチル基、光開始ラジカル発生基などを挙げることができる。中でも二量化基としては、シンナモイル基、クマリン基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基、ウラシル基などが挙げられる。これらの光応答性基(二量化基)は少なくとも1種類含まれていればよく、複数種類が含まれていてもよい。特に上記二量化基は光の照射時間に応じて光応答性高分子の体積を減少させ易い。また、光応答性基(二量化基)が1種類である場合には、同種の光応答性基(二量化基)のみが存在するため架橋構造の形成(または二量化)を制御し易いメリットがある。一方、複数種類が含まれている場合には、異種の光応答性基(二量化基)は架橋構造を形成(二量化)する光の波長が異なるため、異なる光の波長を用いて光応答性高分子の体積を減少させることが可能である。
【0049】
上記光応答性高分子に光を照射すると、光応答性基(二量化基)による架橋が形成されるために、光応答性高分子の自由体積が減少する。二量化基がシンナモイル基である場合の二量化形成モデルは式1に示す通りである。
【0050】
【化1】

【0051】
シンナモイル基特有の光吸収ピークは280nm付近であり、この波長の紫外線を吸収して二量化する。式1に示すように、二量化前、シンナモイル基同士は互いに離間しているが、上記紫外線を照射することにより、シンナモイル基同士が二量化して架橋構造を形成する。架橋構造ではシンナモイル基同士が結合しており、その分子構造が立体的により固定されている。また、架橋構造の形成により、主鎖同士が互いに接近する。その結果、光応答性高分子の自由体積が減少することとなる。
【0052】
本発明に係る光応答性高分子の形状は特に限定されるものではないが、フィルム状、繊維状、水などの溶媒を含んだゲル状などの固形状であることが好ましい。一定の形状を有していることにより、光が照射される際に、光応答性高分子をより固定し易くなる。
【0053】
光応答性高分子の分子量も、特に限定されるものではないが、本発明における光応答性高分子とは、分子量が1000以上の化合物をいうものとし、2000以上、5000000以下であることが好ましい。分子量が上記範囲であることにより、主鎖が一定以上の長さを有することとなる。架橋構造が形成されることにより主鎖同士が接近するが、このとき、主鎖長が一定以上の長さを有するので、フィルムなどを形成し易く、光応答性高分子における体積減少の作用をより顕著とすることができる。
【0054】
(II)光応答性高分子の製造方法
〔製造方法1〕
光応答性高分子の製造方法について以下に説明する。以下に示す製造方法はあくまで一例であり、本発明の光応答性高分子、すなわち、少なくとも光応答性基を含み、光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の光線量に応じた量の体積が減少する光応答性高分子を製造することができれば、いかなる方法を用いてもよい。
【0055】
まず、本発明の光応答性高分子を製造する方法として、光応答性基を含むモノマーを重合する、または、光応答性基を含むオリゴマーを重合方法が挙げられる。用いるモノマーまたはオリゴマーは1種類でなくともよく、例えば、柔軟な高分子鎖を含むモノマーまたは柔軟な高分子鎖を含むオリゴマーを重合に用いてもよい。当該方法によれば、光応答性基がモノマーまたはオリゴマーに含まれているため、光応答性基の導入をより確実に行うことができる。
【0056】
当該方法における光応答性基を含むモノマーの具体例としては、アジド基、クロロメチル基、光開始ラジカル発生基などを有する各種モノマーを挙げることができる。例えば、アジド基、クロロメチル基、光開始ラジカル発生基を有する、;ビニルモノマー;プロピレンモノマー;ブテンモノマー;塩化ビニルモノマー;テレフタル酸モノマー、1、3‐プロパンジオール;ε‐カプロラクタムモノマー、ウンデカンラクタムモノマー、ラウリルラクタムモノマー;ビスフェノールモノマー;アクリル酸モノマー;ジメチルシロキサンモノマー;エチレングリコールモノマー;スチレンモノマー、ブタジエンモノマー;イソプレンモノマー、イソブチレンモノマーなどの各種モノマーを挙げることができる。中でも二量化基を含むモノマーとしては、シンナミル基、クマリン基、キノン基またはウラシル基を有する、;ビニルモノマー;プロピレンモノマー;ブテンモノマー;塩化ビニルモノマー;テレフタル酸モノマー、1、3‐プロパンジオール;ε‐カプロラクタムモノマー、ウンデカンラクタムモノマー、ラウリルラクタムモノマー;ビスフェノールモノマー;アクリル酸モノマー;ジメチルシロキサンモノマー;エチレングリコールモノマー;スチレンモノマー、ブタジエンモノマー;イソプレンモノマー、イソブチレンモノマーなどを挙げることができる。これらのモノマーに代えてオリゴマーを用いることもできる。
【0057】
当該方法における重合の種類は、特に限定されるものではなく、ラジカル重合、イオン重合、重縮合、開環重合等を好適に用いることができる。また、重合に用いられる溶媒は、モノマー(および使用する場合、重合開始剤)等が溶解するものであればよく、例えば、水、メタノール、エタノール、酢酸エチル、塩化メチル、クロロホルム、エーテル、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、n−ヘキサンなどの公知の溶媒を好適に用いることができる。
【0058】
重合開始剤を使用する場合、重合開始剤は特に限定されるものではなく、例えば、過硫酸アンモニウム、過硫酸ナトリウム等の過硫酸塩;過酸化水素;t−ブチルハイドロパーオキシド、クメンハイドロパーオキシド等のパーオキシド類、アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル等を好適に使用することができる。これらの重合開始剤の中でも、特に、過硫酸塩やパーオキシド類等のような酸化性を示す開始剤は、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン等とのレドックス開始剤としても用いることができる。あるいは、光、放射線等を開始剤として用いてもよい。一方、他の重合方法、例えば重縮合の場合、加熱によって重合反応を行うなど、重合の種類に応じて重合すればよい。
【0059】
重合温度はモノマーの耐熱温度、重合開始剤の種類によって変更されるため、一義的に決定することは困難であるが、例えば、重合温度を50℃以上、100℃以下に設定することができる。また、重合時間も、特に限定されるものではないが、通常4時間以上、48時間以下である。
【0060】
モノマーの重合が終了することにより、光応答性高分子が生成される。光応答性高分子の精製は公知の方法にて行えばよい。重合反応後の光応答性高分子が溶液の場合には、光応答性高分子が不溶な溶媒に上記溶液を添加することにより、光応答性高分子を析出させて沈殿により精製することができ、溶媒の除去により未反応のモノマーを分離することができる。
【0061】
〔製造方法2〕
光応答性高分子の他の製造方法として、重合により主鎖を構築した後、主鎖に光応答性基(二量化基)を導入する方法が挙げられる。
【0062】
使用するモノマーとしては、光応答性基(二量化基)を有しない、ビニルモノマー;プロピレンモノマー;ブテンモノマー;塩化ビニルモノマー;テレフタル酸モノマー、1、3‐プロパンジオール;ε‐カプロラクタムモノマー、ウンデカンラクタムモノマー、ラウリルラクタムモノマー;ビスフェノールモノマー;アクリル酸モノマー;ジメチルシロキサンモノマー;エチレングリコールモノマー;スチレンモノマー、ブタジエンモノマー;イソプレンモノマー、イソブチレンモノマーなどを挙げることができる。これらのモノマーに代えてオリゴマーを用いることもできる。
【0063】
光応答性高分子のマトリックスとなる高分子の製造条件(重合の種類、溶媒、重合開始剤、重合温度、重合時間、精製等)は製造方法1と同様である。当該方法では、上述した主鎖を構成するモノマー((I)光応答性高分子の構成にて記載)を重合して高分子を得る。その後、光応答性基(二量化基)を含む光応答性基(二量化基)含有化合物を高分子の主鎖に反応させて主鎖に二量化基を導入し、光応答性高分子を得ることができる。
【0064】
光応答性基含有化合物としては、アジド基、クロロメチル基、光開始ラジカル発生基などを有するビニル化合物やアルコール、カルボン酸、アミン、エステル、エーテルなどを例示することができる。中でも二量化基含有化合物としては、シンナミル基、クマリン基、キノン基またはウラシル基を有するビニル化合物やアルコール、カルボン酸、アミン、エステル、エーテルなどを例示することができる。
【0065】
光応答性基(二量化基)含有化合物の反応条件は、光応答性基(二量化基)含有化合物の種類および光応答性基(二量化基)含有化合物が導入される主鎖の構造により異なるが、上記高分子と光応答性基(二量化基)含有化合物とを混合した後に、光応答性基(二量化基)含有化合物に存在する水酸基やカルボキシル基、アミノ基、エステル結合、エーテル結合などと上記高分子に存在する官能基との反応によって結合させることにより光応答性基(二量化基)の導入を行うことができる。
【0066】
(III)光応答性高分子の利用
本発明に係る光応答性高分子は光応答性基を含み、架橋構造の形成によって光の光線量に応じた量の体積が減少するため、まず、(1)光応答性高分子における光の照射の有無により、体積減少を生じさせるか否かを決定することができる。光を照射しない箇所には、マスキングを配置させることによって光の照射を遮ることができる。次に、(2)光の光線量を調節することにより、光応答性高分子の体積減少を段階的に生じさせることができる。
【0067】
光照射を行う前段階として、光応答性高分子が固形状を有しておらず、溶液状の場合、スピンコート、バーコートなどによりフィルムを形成する。成膜条件は光応答性高分子の種類、所望の膜厚によって適宜変更すればよい。次に、光応答性高分子に対して光の照射を行う。
【0068】
図1は、シンナモイル基を有する光応答性高分子が二量化する前後の状態を示す断面図である。図1(a)では、フィルム状の光応答性高分子1の表面に、メッシュ状のマスク2が被覆された状態となっている。そして、図1(b)では、光応答性高分子1の表面(Z軸方向の一方)から紫外線を照射しており、紫外線はマスク2によって遮られ、光応答性高分子1の被覆されていない表面が紫外線の照射を受けて、二量化基であるシンナモイル基3同士が二量化する。これにより、シンナモイル基3が結合している主鎖4同士が接近し、光応答性高分子1の体積が減少する。図1(b)に示すように、光の照射方向に沿って体積の減少が生じていることが分かる。図1(b)では、光の照射を受けたシンナモイル基3同士は結合しているが、マスク2によって光の照射を受けないシンナモイル基は位置が移動していない。このため、光応答性高分子1はZ方向において厚さが減少しているものの、光が非照射の部分において、XおよびY方向で厚さの変化が生じない。よって、光応答性高分子1は体積が減少していることがわかる。
【0069】
このように、上記光応答性高分子1に光を照射することによって、微細加工が可能であり、例えば凹凸を形成することが可能である。また、光の照射を長時間行うことによって、さらに二量化を生じる二量化基の割合を増加させて、光応答性高分子1の体積をさらに減少させることができる。このため、本発明の光応答性高分子によれば、(1)光の照射領域の設定により、光応答性高分子の体積を減少させるX−Y面の領域を決定することができる。(2)さらに、光の照射方向(Z軸方向)に沿って、光の光線量(照射時間)に応じた量の光応答性高分子1の体積を減少させることができる。すなわち、従来のフォトレジストなどではZ軸方向の体積減少(膜厚の減少)は考慮されていなかったが、光の照射方向(Z軸方向)に沿った光応答性高分子1の形状変化を行うことができる。さらに、光の照射をX軸、さらにはY軸から行うことによっても二量化による形状変化(膜厚の減少)が可能であり、光応答性高分子1を複雑な形状に成形できる。なお、二量化基でない光応答性基を有する光応答性高分子についても同様である。
【0070】
微細パターン(凹凸形状)の形成は、上記のように公知のフォトマスクを用いて行ってもよいし、光応答性高分子に微小なパターンの光照射が可能なレーザー光によって、微細パターンを形成してもよい。
【0071】
本発明によれば、光の照射により微細パターンを形成するため、マイクロコンタクトプリント法のようにスタンプおよび鋳型を必要としない。また、スタンプによる転写によって微細パターンを形状するのではなく、より直接的に微細パターンを形成するため、精密な微細パターンを形成することが可能であり優れている。
【0072】
当該光応答性高分子を利用することにより、微細パターンを有する高分子によって構成される成形物を作製することができる。当該成形物の形状は特に限定されるものではなく、種々の形状を採用することが可能である。当該成形物は、本発明に係る光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなる(形成されている)ものである。上記成形物の具体例としては例えば、マイクロ流路、ホログラム、表面レリーフ、光記録材料などを挙げることができる。好適には、フィルム状の光応答性高分子に微細パターンが形成されたフィルムが上記成形物の構成材料として使用される。また、光応答性高分子が溶解する溶媒によって、光応答性高分子の一部を除去することにより、光応答性高分子をフォトレジストとしても利用できる。
【0073】
本発明のマイクロ流路の場合、鋳型により直接形成するのではなく、光の照射によって形成を行うため、微細な流路パターンを容易に形成することが可能である。また、流路のパターンを変更する場合、レーザー光のビーム照射位置を変更することによって実現でき、多様なパターンの形成が容易である。当然ながら、従来のマイクロコンタクトプリント法でのスタンプまたは鋳型の劣化という問題は生じない。
【0074】
次に、本発明のホログラムの場合、凹凸による微細パターンを形成できるだけでなく、屈折率変化を誘起することもできる。すなわち、光応答性高分子において架橋構造の形成が生じた部分は体積変化(密度変化)するために屈折率に変化が生じる。当該光応答性高分子では微細パターンを形成できるため、屈折率分布を生じさせることができるのである。当該ホログラムを構成材料として用いれば、体積型のホログラムを作製することができる。
【0075】
体積型のホログラムは、エンボス型ホログラムと異なり、立体像の再生用途に好適である。また、偽造が困難であるため、紙幣、金券などに貼付して偽造防止の確認用途に好適である。
【0076】
また、光の光線量に応じた量の光応答高分子の高さを減少させることができるため、X軸、Y軸およびZ軸における3次元的な微細加工が可能であり、本発明のホログラムは、光記録材料として利用可能である。
【0077】
さらに、本発明の表面レリーフ材料の場合、光応答性高分子にレーザーの二光波を干渉露光することによって表面レリーフ材料を作製する。このため、2方向からレーザーを照射し、干渉縞に対応した凹凸のレリーフが形成される。通常、表面レリーフの原料としては、アゾベンゼンなどの光応答性官能基を導入した液晶高分子のように極めて特殊で、高価なポリマーが用いられてきた。一方、本発明の光応答性高分子は、汎用の高分子へ光応答性基(二量化基)を導入することにより合成できるため、より安価での製造が可能である。
【0078】
なお、本発明は、上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0079】
本発明の一実施形態について図1ないし図9に基づいて説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0080】
〔実施例1〕
光応答性高分子として、二量化基としてシンナモイル基を含むモノマーであるケイ皮酸ビニル(VCi)と、柔軟な高分子鎖としてポリジメチルシロキサン(PDMS)を含むマクロモノマー(PDMS macromonomer)とを共重合して光応答性高分子であるグラフト共重合体を合成した。当該グラフト共重合体は多段反応等を必要とせず、合成が容易であるにも関わらず、本発明の光応答性高分子として作用するものである。また、合成後、上記グラフト共重合体に対して、UV光を照射して、膜厚の変化による微細パターンの形成を行った。
【0081】
まず、5.48gのVCi および 2.44g のPDMS macromonomer を、全モノマー量が20wt%になるように31.68mlのベンゼンに溶解させて溶液を調製した。この溶液に対して、窒素雰囲気下、開始剤として0.40gの2,2’-Azobis isobutyronitrile (AIBN) を添加し(全モノマー量に対して5.0wt%)、70℃で8時間、窒素雰囲気下で重合を行うことにより PVCi-g-PDMSを合成した。
【0082】
【化2】

【0083】
(PVCi-g-PDMS中のlは、5以上、100000以下の整数であり、nは、2以上、5000以下の整数であり、mは、5以上、5000以下の整数である)
PVCi-g-PDMSが溶解した溶液を、メタノール/n−ヘキサン (2:1) の混合溶液600mlに滴下し、PVCi-g-PDMSを沈殿させた。未反応のモノマーは溶媒に溶解するため、溶媒を除去することにより未反応のモノマーを除去した。再度、PVCi-g-PDMS を50mlのベンゼンに溶解させ、メタノール/n−ヘキサン (2:1) の混合溶液300mlに滴下し、沈殿させることにより、PVCi-g-PDMSを精製した。溶液を除去した後、さらにメタノール/n−ヘキサンにて PVCi-g-PDMS を洗浄することにより精製処理を終了した。得られたPVCi-g-PDMSの組成をH‐NMRによって決定した。図2は、PVCi-g-PDMS のH‐NMRピークを示す図である。また、図2から算出したPVCi-g-PDMSの組成を表1に示した。
【0084】
【表1】

【0085】
次に合成した PVCi-g-PDMS における光二量化反応を確認するため、PVCi-g-PDMSをクロロホルムに溶解させ、所定時間だけUV (270nm) 照射した際のUV−VISスペクトルを調べた。図3は、UV−VISスペクトルを示す図である。図3から明らかなように、UV照射時間の増加に伴ってシンナモイル基特有の280nm付近の吸収が減少することが確認された。これは、式1において示したように、UV照射によりシンナモイル基が二量体を形成したことを示している。したがって、PVCi-g-PDMSのシンナモイル基は二量化によって分子間架橋可能であることがわかった。二量化時の二量化形成モデルは式1にて上述した通りである。なお、図3から、シンナモイル基特有の光吸収ピークの吸光度が初期の吸光度(照射時間0分)に対して1/2になるまでの時間は、60分であった。
【0086】
同様に、モノマーであるVCiおよびPDMS macromonomerについてもUV−VIS測定を行い、UV照射前の吸光度でそれぞれ規格化したものを図4に示した。図4は、PVCi-g-PDMS、VCiおよびPDMS macromonomerのUV(270nm)照射による相対吸光度変化を示すグラフである。図4から、UV照射時間が増加してもPDMS macromonomerの相対吸光度がほぼ一定であるのに対して、PVCi-g-PDMSおよびVCiの相対吸光度が減少していることが確認された。これより、UV照射による吸光度の減少がシンナモイル基の二量化によるものだと言える。
【0087】
また、FT−IRによってもPVCi-g-PDMSの二量化反応を検討した。図5は、PVCi-g-PDMSのFT−IRスペクトルを示す図である。図5より、UV(270nm)照射時間の増加に伴い、PDMS由来の1100cm−1付近のスペクトルに変化が見られないのに対して、シンナモイル基由来の1700cm−1付近のスペクトルが減少していることが確認された。この変化をさらに検討するために、FT−IRスペクトル中のPDMS由来の吸光度(1100cm−1付近)に対するシンナモイル基由来の吸光度(1700cm−1付近)とUV照射時間との関係を図6に示した。図6は、UV照射を行った際のPDMSに対するVCiの吸光度変化を示す図である。
【0088】
図6より、UV照射時間の増加に伴いPDMSに対するVCiの吸光度が減少していることから、UV照射によりシンナモイル基が二量体を形成していることが確認できる。したがって、UV−VIS測定の結果と同様にPVCi-g-PDMSのシンナモイル基は二量化によって分子間架橋可能であると言える。
【0089】
次に、10wt%になるようにPVCi-g-PDMSをベンゼンに溶解させ、3000rpmの回転速度で10分間、シリコンウエハ上にスピンキャストすることによって PVCi-g-PDMSフィルムを調製した。
【0090】
図7は、PVCi-g-PDMSフィルムの膜厚とUV照射時間との関係を示す図である。図7には所定時間だけUV(270nm)照射した際のフィルムの膜厚変化が示されており、UV照射時間に伴ってフィルムの膜厚が次第に減少することが確認された。これは、UV照射によりシンナモイル基が二量化し、架橋構造が形成されるために自由体積が減少したためと考えられる。さらに、照射時間によって1割以上も膜厚が減少することが明らかになり、光照射時間によって膜厚を制御できることがわかった。なお、PVCi-g-PDMSフィルムでは二量化は不可逆反応であり、UV照射を停止した後、フィルムの膜厚は元に戻らなかった。
【0091】
次に、2000rpmの回転速度で10分間スピンキャストしたPVCi-g-PDMSフィルムにシートメッシュ(応研商事株式会社 THIN BARグリッド Cu G2000HS 27011)(pitch =12.5 m、hole =7.5 m、bar = 5 m)を通して所定時間UV(270nm)を照射し、原子間力顕微鏡(AFM)によって表面の粗さ解析を行った結果を図8に示した。図8は、AFMの表面粗さ解析に基づくフィルムの膜厚とUV照射時間との関係を示す図である。図8より、UV照射に伴い膜厚の減少量が徐々に増加していることが確認された。
【0092】
また、このときの5分間および2時間UV照射した際のフィルム表面の観察結果を図9に示した。図9(a)は、UVの照射時間が5分のAFM画像を示す図であり、図9(b)は、UVの照射時間が2時間のAFM画像を示す図である。図9に示すように、UV照射された部分のフィルムの膜厚が減少しており、はっきりとシートメッシュに対応する形状がフィルム表面に確認された。
【0093】
これは、UV照射された部分に存在するシンナモイル基のみが二量体を形成することにより、架橋構造が形成されて高分子鎖同士の距離が縮まることで体積が減少したためと考えられる。また、図9(a)に比較してUV照射時間が長い図9(b)の方が膜厚の減少量が大きくなっているが、UV照射時間の短い図9(a)の方がより鮮明なシートメッシュの形状が確認された。
【0094】
これは、UV照射時間の増加に伴い二量体を形成するシンナモイル基の割合が増加することで膜厚が著しく減少するが、UV光がシートメッシュの下にまで徐々に回り込むためにシートメッシュの形状が若干不鮮明になったと考えられる。したがって、UV照射部分および時間を制御することによりフィルムのXY平面にコントラストをつけることが可能であり、さらに膜厚方向であるZ軸方向の構造も制御できることがわかった。なお、UV照射を受けていないフィルム部分では、厚さの増加は生じておらず、フィルム全体の体積が減少している。また、Z軸方向に膜厚が減少した状態は、図1(b)にて示した状態と同様である。
【0095】
以上の結果より、光二量化反応するシンナモイル基を導入したPVCi-g-PDMSフィルムは、UV照射によりシンナモイル基が二量体を形成することでフィルムの膜厚が減少することがわかった。さらに、UV照射条件を変化させることによって、X軸、Y軸、Z軸方向の構造を光制御することができ、新しい微細加工技術や光記録技術として利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明に係る光応答性高分子は、マイクロ流路、ホログラム、表面レリーフの構成材料として利用可能である。
【符号の説明】
【0097】
1 光応答性高分子
2 マスク
3 シンナモイル基
4 主鎖

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光の照射を受けて架橋構造を形成する光応答性基を含む高分子であって、
光の光線量に応じた割合の光応答性基が架橋構造を形成することにより、上記光の光線量に応じた量の体積が減少することを特徴とする光応答性高分子。
【請求項2】
柔軟な高分子鎖を含み、
上記柔軟な高分子鎖は、上記光応答性基が架橋構造を形成するとき、上記架橋構造の形成に伴って体積変化することを特徴とする請求項1に記載の光応答性高分子。
【請求項3】
上記光応答性基は、光の照射を受けて互いに二量化する二量化基であることを特徴とする請求項1または2に記載の光応答性高分子。
【請求項4】
上記二量化基が、シンナモイル基、クマリン基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基およびウラシル基からなる群から選ばれる少なくとも1種類の置換基を含むことを特徴とする請求項3に記載の光応答性高分子。
【請求項5】
上記柔軟な高分子鎖は、ケイ素数が20以上、50000以下の、シロキサンおよびシリコーン;ならびに炭素数が20以上、50000以下のイソプレン、スチレン−ブタジエン、ブタジエン、エチレン−プロピレン、ブタジエン−ニトリル、クロロプレン、アクリルおよびウレタンからなる群から選ばれる少なくとも1種類の構造を含むことを特徴とする請求項2に記載の光応答性高分子。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載の光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなることを特徴とする成形物。
【請求項7】
請求項1〜5の何れか1項に記載の光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなることを特徴とするマイクロ流路。
【請求項8】
請求項1〜5の何れか1項に記載の光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなることを特徴とするホログラム。
【請求項9】
請求項1〜5の何れか1項に記載の光応答性高分子が、上記光応答性基に光の照射を受けて、光の光線量に応じた量の体積が減少することによって形成されてなることを特徴とする表面レリーフ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−144610(P2012−144610A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2989(P2011−2989)
【出願日】平成23年1月11日(2011.1.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「分子応答性材料を用いたインテリジェントインターフェースの創製」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】