説明

光電変換素子用電解質組成物及びそれを用いた光電変換素子

【課題】イオン伝導性が高く、且つ引火等のおそれのない安全性の高いイオン液体及びそれを含有する電解質組成物を提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩イオン液体を含有することを特徴とする光電変換素子用電解質組成物である。このイオン液体の25℃における粘度は200mPa・sec以下であることが好ましい。一般式(1)において、アルコキシアルキル基がメトキシメチル基であり、アルキル基がすべてエチル基であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、四級ホスホニウム塩イオン液体を含む光電変換素子用電解質組成物及びそれを用いた光電変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
単結晶シリコン、多結晶シリコン及びアモルファスシリコンを用いたシリコン系太陽電池は、20%に及ぶ優れた光電変換効率を有しており、太陽光発電システムの主力技術として実用化されている。しかしながら、このシリコン系太陽電池は素材製造にかかるエネルギーコストが高く、価格及び材料供給等の観点から制限を受けている。一方、Gratzel等により提案された色素増感型太陽電池が近年注目を集めている。これは、増感色素を担持させた酸化チタン多孔質電極と対極との間に電解液を介在させた構造を有し、材料及び製法等の点から大幅なコストダウンが可能なものである。
【0003】
この色素増感型太陽電池では、通常、電解液としてヨウ素レドックス対を含むアセトニトリルやエチレンカーボネートなどの有機溶剤が使用される。このため、電解液の揮発による光電変換効率の低下や、電解液の漏洩による環境汚染及び引火などの危険性が指摘されている。この問題を解決するために、揮発性がなく、引火性のないイオン液体(常温溶融塩)を電解質として用いる方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。イオン液体として用いられるものは、主としてイミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、四級アンモニウム塩、ピロリジニウム塩、ピペリジニウム塩のような、窒素系カチオンを有する化合物である(例えば特許文献2ないし5参照)。しかしながら、これらのイオン液体を電解質として用いた色素増感型太陽電池では、イオン液体の高い粘性がヨウ素の拡散に影響し、光電変換効率を十分に高くすることができないという問題がある。更に、不燃性と言われるイオン液体でも、高温下に晒されると熱分解生成物を生成し、これに着火して結果的に燃焼する可能性も否定できない。
【0004】
一方、リン系の四級ホスホニウムカチオンを主体とするイオン液体も知られている。四級ホスホニウム塩は化学的及び熱的に安定であることが知られており、更にリンを含有することによる難燃性(自己消火性)を有することも知られている。四級ホスホニウム塩の色素増感型太陽電池の電解液への応用に関しては、例えば特許文献6及び7に、窒素原子又はリン原子に結合したアルキル基又はアルケニル基からなる四級アンモニウム塩及びホスホニウム塩を含んでなる電解質組成物が記載されている。しかしながら、同文献に記載された四級ホスホニウム塩イオン液体はいずれも粘性が高く、光電変換効率の低下の問題を解決するには至っていない。
【0005】
【特許文献1】特開2002−289267号公報
【特許文献2】特開2003−31270号公報
【特許文献3】特開2005−85587号公報
【特許文献4】特開2005−116367号公報
【特許文献5】特開2006−286257号公報
【特許文献6】特開2001−35253号公報
【特許文献7】国際公開第02/076924号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、前述した従来技術が有する種々の欠点を解消し得る光電変換素子用電解質組成物及びそれを用いた光電変換素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる実情において、本発明者らは鋭意検討を行った結果、特定の四級ホスホニウム塩からなるイオン液体は粘性が著しく低く、イオン導電性が高く、且つ耐熱性・難燃性に富むことから、色素増感型太陽電池の電解質組成物に利用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち本発明は、下記一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩イオン液体を含有することを特徴とする光電変換素子用電解質組成物を提供することにより前記目的を達成したものである。
【0009】
【化1】

【0010】
また本発明は、
半導体層;
該半導体層の一方の面に設けられた色素層;
該色素層に対向して配された対極;及び
該色素層と該対極との間に配された、前記の電解質組成物からなる電解質層;
を具備することを特徴とする光電変換素子を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光電変換素子用電解質組成物に含まれる四級ホスホニウム塩イオン液体は粘性が低いものである。したがって該イオン液体を含有する本発明の電解質組成物は、粘性が低いためイオン伝導性が高い。この電解質組成物を光電変換素子に用いることで、高い光電変換効率が得られる。しかも耐熱性及び難燃性も高くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明は前記の一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩イオン液体を含有する光電変換素子用電解質組成物に係るものである。一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩における4つの基のうちの3つは、R1で表される同一のアルキル基であり、残りの一つは−(CH2nO−R2で表されるアルコキシアルキル基である。このような構造の四級ホスホニウム塩は、リンに結合する基がすべてアルキル基である四級ホスホニウム塩に比べて粘度が格段に低くなる。この理由は現時点では完全には解明されていないが、アルコキシ基の電子供与性によりカチオン電荷を弱めていることに起因すると考えられる。また、3つのアルキル基はすべて同じ基であることによって、電気化学的安定性及び耐熱性が向上する。
【0013】
一般式(1)中のR1の具体的なアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ヘキシル基、i−プロピル基、i−ブチル基、n−ペンチル基、n−へキシル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。これらの基のうち、四級ホスホニウム塩イオン液体の粘度が低下する観点から、メチル基又はエチル基が特に好ましい。
【0014】
一般式(1)中の−(CH2nO−R2で表される具体的なアルコキシアルキル基としては、メトキシメチル基、2−メトキシエチル基、3−メトキシプロピル基、4−メトキシブチル基、5−メトキシペンチル基、6−メトキシヘキシル基、エトキシメチル基、2−エトキシエチル基、3−エトキシプロピル基、4−エトキシブチル基、5−エトキシペンチル基、6−エトキシヘキシル基等が挙げられる。これらのアルコキシアルキル基のうち、アルキレン部位の炭素数が1又は2であるもの、特に1であるものが、四級ホスホニウム塩イオン液体の粘度を低下させる観点及び電解質組成物に含有される有機化合物の溶解性を高める観点から好ましい。
【0015】
一般式(1)中のXのアニオン成分としては、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(N(SO2CF32)又はジシアナミド(N(CN)2)が用いられる。これらのアニオン成分を、上述のホスホニウムカチオン成分と組み合わせることで、イオン液体の粘性が極めて低くなることが本発明者らの検討の結果判明した。これらのアニオン成分のうち、ジシアナミドを用いると、優れた光電変換効率を発現するので特に好ましい。
【0016】
一般式(1)で表される具体的な四級ホスホニウム塩としては、例えば、トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−プロピル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−プロピル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ブチル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ブチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ペンチル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ペンチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ヘキシル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ヘキシル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムジシアナミド、トリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムジシアナミド、トリ−n−ブチル(メトキシメチル)ホスホニウムジシアナミド、トリ−n−ブチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムジシアナミドなどが挙げられる。これらの中でトリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ブチル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリ−n−ブチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムジシアナミド、トリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムジシアナミド、トリ−n−ブチル(メトキシメチル)ホスホニウムジシアナミド、トリ−n−ブチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムジシアナミド等が特に低粘性を発現する観点から好ましい。更にこれらの中で、トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムジシアナミド及びトリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムジシアナミドが、特に優れた光電変換効率を発現するので好ましい。
【0017】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩は、室温(25℃)においてイオン伝導性を有する液状体、即ちイオン液体である。この四級ホスホニウム塩イオン液体は、25℃における粘度が好ましくは200mPa・sec以下、更に好ましくは100mPa・sec以下、一層好ましくは50mPa・sec以下である。粘度を200mPa・sec以下とすることで、イオン液体の精製における脱水効率が高まるので好ましい。粘度を100mPa・sec以下とすることで、ヨウ素レドックス対の拡散が高効率化するので好ましい。更に、粘度が50mPa・sec以下であると、イオン導電性が著しく高まり、光電変換効率が高まるので好ましい。四級ホスホニウム塩からなるイオン液体の粘度の下限値に特に制限はなく、低ければ低いほど好ましいが、25℃における粘度が20mPa・sec程度に低ければ、イオン導電性が十分に高くなり、光電変換効率が十分に高まるので好ましい。
【0018】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩は、四級ホスホニウムハライドとアニオン成分の金属塩とを反応させアニオン交換することにより得ることができる。四級ホスホニウムハライドとは、一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩におけるアニオン部分がハロゲンであるものの総称である。
【0019】
四級ホスホニウムハライドがトリアルキル(アルコキシアルキル)ホスホニウムハライドである場合、この化合物は、例えばトリアルキルホスフィンとハロゲン化アルコキシアルキルを反応させて得ることができる。特に、リン原子に結合している3つのアルキル基が同一であるトリアルキルホスフィン(一般式:(Ra3P)と、ハロゲン化アルコキシアルキル(一般式:X−(CH2nO−Rb)とを反応させる方法を採用すると不純物の
少ない目的物を得ることができるため好ましい。また、四級ホスホニウムハライドのハロゲンが臭素やヨウ素であると、四級ホスホニウムハライドを再結晶により精製することができるので好ましい。この観点から、ハロゲン化アルコキシアルキルとして、臭化アルコキシアルキルやヨウ化アルコキシアルキルを用いることが好ましい。なお、四級ホスホニウムハライドにおけるハロゲンが臭素及びヨウ素以外の元素である場合、例えば塩化物等であっても、ヨウ化ナトリウム等を用いることで、塩素をヨウ素又は臭素に置換することができる。
【0020】
四級ホスホニウムハライドがトリアルキル(アルコキシアルキル)ホスホニウムハライドである場合、この化合物を生成させるためには、トリアルキルホスフィンに対してハロゲン化アルコキシアルキルを好ましくは0.5〜2倍モル、更に好ましくは0.9〜1.2倍モル添加する。そして、塩素を含まない不活性溶媒中、例えばトルエン中で、好ましくは20〜150℃、更に好ましくは30〜100℃で、好ましくは3時間以上、更に好ましくは5〜12時間反応させる。反応雰囲気は酸素が存在しない雰囲気が好ましい。例えば窒素雰囲気又はアルゴン雰囲気が好ましい。酸素が存在する雰囲気中でトリアルキルホスフィンとハロゲン化アルコキシアルキルを反応させると、トリアルキルホスフィンに酸素が結合したトリアルキルホスフィンオキシドが生成してしまい収率が低下する傾向にある。トリアルキルホスフィンオキシドは適宜有機溶媒で洗浄することで除去できるが、四級ホスホニウムハライドの炭素数の総数が大きくなると四級ホスホニウムハライドも有機溶媒に溶解する傾向があるため除去が困難になる。したがって、トリアルキルホスフィンオキシドを生成させないようにするために、不活性雰囲気下で反応を行うことが好ましい。
【0021】
アニオン交換によって、四級ホスホニウムハライドへ他のアニオンを導入するために使用するアニオン成分の金属塩としては、例えば前記したアニオン成分のLi塩などのアルカリ金属塩を使用することができる。アルカリ金属塩を用いると、該塩と四級ホスホニウムハライドとの反応により生じたハロゲン化アルカリを、水洗や吸着剤によって容易に除去できることから好ましい。
【0022】
水洗に用いる水は超純水や脱イオン水を用いることができる。水洗は不純物含有量が低下するまで適宜繰り返して行うことが好ましい。水洗により除去すべき不純物としては、未反応原料及びハロゲン化アルカリ等が挙げられる。目的物がジシアナミド塩のように水溶性のイオン液体である場合には、水洗による精製を行うことができないので、シリカゲルやアルミナなどの吸着剤を使用することが好ましい。吸着剤の使用によって、ハロゲン化アルカリを効率よく除去することができる。また、未反応原料や副生物等を除去するために、適宜有機溶媒による洗浄を行うこともできる。洗浄に用いることができる有機溶媒としては、塩素を含まない非極性溶媒、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタンなどを用いることが好ましい。これらの非極性溶媒を用いることで、四級ホスホニウム塩を溶解させることなく、不純物等の非極性有機化合物を効率よく除去することができる。
【0023】
水や有機溶媒で洗浄した四級ホスホニウム塩は、水分や有機溶媒を除去するために精製されることが好ましい。精製法としては、モレキュラーシーブによる脱水及び真空乾燥による脱溶媒等の方法が挙げられる。不純物の混入を防止し、水分と有機溶媒を一度に除去できることから真空乾燥による精製が好ましい。真空乾燥による精製では、乾燥温度が好ましくは70〜120℃、更に好ましくは80〜100℃であり、真空度が好ましくは0.1〜1.0kPa、更に好ましくは0.1〜0.5kPaである。時間は好ましくは2〜8時間程度、更に好ましくは5〜12時間程度である。
【0024】
このようにして得られた一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体は、アルコキシアルキル基由来の低粘性、高いイオン伝導性、適度な溶解性、化学的安定性及び熱的安定性という性質を有することから、光電変換素子の電解質として好適に使用される。低粘性である場合、拡散や対流が促進されイオン伝導性が著しく向上するだけでなく、冷却による粘度増加度も低いために、低温下でのイオン液体の使用が可能になるという観点から有利である。また、アルコキシアルキル基が導入されているので、有機化合物の溶解性が向上する傾向がある。つまり、アルキル基を短くすることによって分子量を減少させて低粘性のイオン液体を得ることができる一方で、アルキル基が短くなることで有機化合物系の添加物の溶解性が低下するという問題を、アルコキシアルキル基の導入で解決することができる。
【0025】
更に、一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩を始めとする有機リン化合物は、難燃性及び自己消火性を発現する。そして、一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体は、アルキル基が短く(炭素数1〜6)、分子量が小さいことからリン原子の割合が高く、適度な難燃性及び自己消火性を有する。したがって該イオン液体は、光電変換素子の難燃性電解質として使用することができる。
【0026】
以上の説明から、一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体は、粘性が低いためイオン伝導性が高く、その結果高い短絡光電流密度及び光電変換効率が得られ、且つ耐熱性及び難燃性が高い。したがって該イオン液体は、光電変換素子の電解質組成物として有利に使用できるものであることが明らかである。
【0027】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体を含有する電解質組成物を備えた光電変換素子としては、光を電気エネルギーに変換する素子及び逆に電気エネルギーを光に変換する素子が包含される。前者の代表的なものとしては、色素増感型太陽電池やフォトダイオード等の発電デバイスが挙げられる。後者の代表的なものとしては、発光ダイオードや半導体レーザ等の発光デバイスが挙げられる。光電変換素子が発電デバイス及び発光デバイスのいずれである場合においても、図1に示すように、光電変換素子10は、半導体層11、半導体層11の一方の面に設けられた色素層12、半導体層11の他方の面に設けられた透明電極層13、色素層12に対向して配された対極14、及び色素層12と対極14との間に配された電解質層15を具備する。色素層12と対極14との間隔、すなわち電解質層15の厚みは一般に100〜500μmとすることができる。電解質層15は、一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体を含有する組成物からなる。図1に示す光電変換素子10を発電デバイスとして用いる場合には、透明電極層13の側から太陽光(可視光)を照射することで、透明電極層13と対極14との間に起電力が生じる。同図に示す光電変換素子10を発光デバイスとして用いる場合には、透明電極層13と対極14との間に電圧を印加することで。半導体層11と色素層12との間で発光が起こる。なお、図1においては、透明電極層13及び対極14に導線が接続されているが、透明電極層13に代えて、半導体層11に導線を接続することもできる。この場合には透明電極層13は必須ではない。
【0028】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体を含有する電解質組成物を用いた光電変換素子10は、発電デバイスの一種である色素増感型太陽電池として特に有用なものである。特にジシアナミドをアニオンとして有する四級ホスホニウム塩イオン液体は、従来の四級塩イオン液体に比較して粘度が著しく低く、電解質層中でのイオン伝導性を向上させるなどの効果が期待できるので好ましい。また、この電解質組成物を色素増感型太陽電池に用いると、他のイオン液体を用いた場合に比較して、高い短絡光電流密度及び高い開放電圧が得られるので好ましい。
【0029】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体を含有する電解質組成物を用いた光電変換素子が色素増感型太陽電池である場合、該色素増感型太陽電池の具体的な構成の一例は次のとおりである。すなわち色素増感型太陽電池は、透明電極層、それに塗設され且つ増感色素が担持されたナノポーラス酸化物半導体層、対極、及び透明電極層と対極との間の少なくとも一部に配されたレドックス対を含む電解質層から構成される。透明電極側から照射された太陽光(例えば可視光)が酸化物半導体上の色素を励起すると、励起された色素は酸化物半導体の伝導帯に電子を注入する。その結果生じた色素酸化体は、電解質層中の還元体から電子を受容し、基底状態色素に戻り、還元体は酸化体となる。酸化物半導体層に注入された電子は外部回路を経由し、対極で電解質層中の酸化体に電子を供与する。以上のサイクルにより、回路に定常的な光電流が流れる。
【0030】
前記の透明電極層は、光透過率がよく、表面に導電材料からなる層を形成して導電性を有するものであればその種類に特に限定はない。例えばスズ添加酸化インジウム(ITO)、酸化スズ(SnO2)、フッ素添加酸化スズ(FTO)、酸化亜鉛(ZnO)などの透明な酸化物半導体を単独又は組み合わせて、ガラス、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリカーボネート(PC)などの非導電且つ透明基板上に薄膜として形成されることが好ましい。ナノポーラス酸化物半導体層は、酸化チタン(TiO2)、酸化スズ(SnO2)、酸化タングステン(WO3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化二オブ(Nb25)などを単独で又は組み合わせて使用した酸化物半導体微粒子を主成分とする多孔質薄膜である。用いる酸化物半導体微粒子の平均粒径は好ましくは1〜200nm、更に好ましくは3〜100nm、一層好ましくは5〜50nmである。酸化物半導体は一般にn型のものであるが、これに限られずp型のものであってもよい。ナノポーラス酸化物半導体に担持される増感色素は、効率よく太陽光(例えば可視光)を吸収するものであれば特に制限されない。例えばビピリジン構造、ターピリジン構造などを含む配位子を有するルテニウム錯体及び鉄錯体などの含金属錯体、ポルフィリン系やフタロシアニン系の含金属錯体、エオシン、ローダミン、メロシアニン、クマリンなどの有機色素などであることが、太陽光照射条件での光励起の観点から好ましい。対極としては、前記の透明電極との間で起電力を生じさせる電極であれば特に限定されないが、金、白金、炭素系材料などの導電性材料を、スパッタ法や蒸着法といった真空製膜法、塗布法、塩化白金酸溶液などの含白金溶液を塗布後に熱処理を加える湿式製膜法などの方法により、電極として基板上に形成したものを用いることが好ましい。
【0031】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体を含有する電解質組成物を、色素増感型太陽電池の電解質層として用いる場合には、該電解質組成物にレドックス対を添加することが好ましい。レドックス対としては、そのレドックス対の酸化還元電位が励起色素の還元電位と対極の酸化電位との間にあれば特に限定されないが、ヨウ化物イオン(I-)、臭化物イオン(Br-)、塩化物イオン(Cl-)などのハロゲン化物イオンと、Br3-、I3-、I5-、I7-、Cl2-、ClI2-、Br2-、BrI2-などのポリハロゲン化物イオンとからなる含ハロゲン系レドックス対を用いることが好ましい。レドックス対の該電解質組成物に対する濃度は、モル濃度で好ましくは0.05〜4.0M、更に好ましくは0.1〜3.0M、一層好ましくは0.5〜2.0Mである。この含ハロゲン系レドックス対は、ヨウ化物イオン、臭化物イオン、塩化物イオンなどのハロゲン化物イオンに、ハロゲン分子を反応させることによって得ることができる。ハロゲン化物イオンに対するハロゲン分子の比は、特に限定されないが、モル比で好ましくは1〜100%であり、更に好ましくはモル比で2〜50%であり、一層好ましくはモル比で3〜30%である。ハロゲンイオンの供給源としては、リチウム塩、ナトリウム塩、イミダゾリウム塩、四級アンモニウム塩、四級ホスホニウム塩、ピリジニウム塩、ピロリジニウム塩、ピペリジニウム塩、スルホニウム塩などを単独で又は組み合わせて用いることができ、特に四級ホスホニウム塩を単独で又は他の塩類と組み合わせて用いることが好ましい。
【0032】
一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩からなるイオン液体を含有する電解質組成物を、色素増感型太陽電池の電解質層として用いる場合には、必要に応じて、該電解質組成物に4−tert−ブチルピリジン(TBP)、2−ビニルピリジン、N−ビニル−2−ピロリドンなどの有機窒素化合物、リチウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、ヨウ化物、チオシアン酸塩、水などの各種添加物を、光電変換効率を高めるために添加することが好ましい。後述する実施例において例証されるように、添加物としてTBPを用いたり、あるいはTBPと水とを組み合わせて用いたりすると、光電変換効率が一層向上するので好ましい。これらの添加物の添加量に特に制限はないが、電解質組成物中における各添加剤のモル濃度を好ましくは0.01〜4.0M、更に好ましくは0.05〜3.0M、一層好ましくは0.1〜2.0Mとする。
【実施例】
【0033】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。特に断らない限り「%」は「重量%」を意味する。
【0034】
〔合成例1〕
トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドの合成及び物性測定
(1)合成
トリエチルホスフィン25%トルエン溶液(日本化学工業株式会社製品名:ヒシコーリン(登録商標)P−2)236g(0.5mol)に、ブロモメチルメチルエーテル(東京化成工業株式会社試薬)62g(0.5mol)を滴下し、70〜80℃で6時間反応させた。反応終了後ヘキサンを加えて晶析させ、トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムブロミドの結晶を97g得た(収率80%)。このトリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムブロミド73g(0.3mol)に、リチウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(関東化学株式会社試薬)86g(0.3mol)を加えて水系で反応させた。次いで室温で3時間攪拌して熟成させた。攪拌終了後、下層(生成物)を分離した。分離した生成物に対して純水洗浄を4回行い、続いてヘキサン洗浄を4回行った。洗浄終了後、100℃、真空度0.5kPaにて5時間真空乾燥した。このようにして得られた生成物の確認を、1H−NMR、13C−NMR、31P−NMR、19F−NMRにて行っ
た。生成物(無色透明液体)の収量は104g(収率78%)であり、31P−NMRより純度98%以上であることを確認した。
【0035】
(2)物性測定
生成物の融点を示差走査熱量分析(セイコーインストルメンタル株式会社、DSC6200)により測定した。また粘度を、振動式粘度計(CBC株式会社、VM−10A)を用いて測定した。なお、粘度は測定条件により、±5%程度の誤差が生じる。更に熱分解温度(10%重量減少)を熱重量分析装置(セイコーインストルメンタル株式会社、TG/DTA6300)を用いて測定した。測定結果を以下の表1に示す。以上の測定はすべて窒素雰囲気下にて行った。
【0036】
〔合成例2〕
トリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムジシアナミドの合成及び物性測定
(1)合成
合成例1と同様にして合成したトリエチル(メトキシメチル)ホスホニウムブロミド73g(0.3mol)に、ナトリウムジシアナミド(和光純薬工業株式会社試薬)27g(0.3mol)を加えて水系で反応させた。次いで室温で3時間攪拌して熟成させた。攪拌終了後、ジクロロメタンで生成物を抽出し、シリカゲルカラムに通して精製してから溶剤留去し、100℃、真空度0.5kPaにて5時間真空乾燥した。このようにして得られた生成物の確認を、1H−NMR、13C−NMR、31P−NMRにて行った。生成物
(淡黄色透明液体)の収量は34g(収率50%)であり、31P−NMRより純度98%以上であることを確認した。
【0037】
(2)物性測定
生成物の融点、粘度及び熱分解温度を合成例1と同様に測定した。測定結果を以下の表1に示す。
【0038】
〔合成例3(比較)〕
トリエチルペンチルホスホニウムジシアナミドの合成及び物性測定
(1)合成
トリエチルホスフィン25%トルエン溶液(日本化学工業株式会社製品名:ヒシコーリン(登録商標)P−2)236g(0.5mol)に、1−ブロモペンタン(東京化成工業株式会社試薬)77g(0.5mol)を滴下し、70〜80℃で6時間反応させた。反応終了後ヘキサンを加えて晶析させ、トリエチルペンチルホスホニウムブロミドの結晶を113g得た(収率84%)。このトリエチルペンチルホスホニウムブロミド81g(0.3mol)に、ナトリウムジシアナミド(和光純薬工業株式会社試薬)27g(0.3mol)を加えて水系で反応させた。次いで室温で3時間攪拌して熟成させた。攪拌終了後、ジクロロメタンで生成物を抽出し、シリカゲルカラムに通して精製してから溶剤留去し、100℃、真空度0.5kPaにて5時間真空乾燥した。このようにして得られた生成物の確認を、1H−NMR、13C−NMR、31P−NMRにて行った。生
成物(淡黄色透明液体)の収量は77g(収率69%)であり、31P−NMRより純度98%以上であることを確認した。
【0039】
(2)物性測定
生成物の融点、粘度及び熱分解温度を合成例1と同様に測定した。測定結果を以下の表1に示す。
【0040】
〔合成例4(比較)〕
トリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウム テトラフルオロボレートの合成及び物
性測定
(1)合成
トリエチルホスフィン25%トルエン溶液(日本化学工業株式会社製品名:ヒシコーリン(登録商標)P−2)236g(0.5mol)に,2−ブロモエチルメチルエーテル
(東京化成工業株式会社試薬)73g(0.5mol)を滴下し、70〜80℃で6時間反応させた。反応終了後ヘキサンを加えて晶析させ、トリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムブロミドの結晶を125g得た(収率97%)。このトリエチル(2−メトキシエチル)ホスホニウムブロミド77g(0.3mol)に、ホウフッ化ナトリウム(関東化学株式会社試薬)33g(0.3mol)を加えて水系で反応させた。次いで室温で3時間攪拌して熟成させた。攪拌終了後、100℃、真空度0.5kPaにて完全に脱水し、更に乾燥塩化メチレンを100ml加えて、沈殿をろ過した。この濾液を濃縮し、100℃、真空度0.5kPaにて5時間真空乾燥した。このようにして得られた生成物の確認を、1H−NMR、13C−NMR、31P−NMR、19F−NMRにて行った。生成
物(無色透明液体)の収量は60g(収率76%)であり、31P−NMRより純度98%以上であることを確認した。
【0041】
(2)物性測定
生成物の融点、粘度及び熱分解温度を合成例1と同様に測定した。測定結果を以下の表1に示す。
【0042】
〔合成例5(比較)〕
トリエチル(メトキシメチル)アンモニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドの合成及び物性測定
(1)合成
トリエチルアミン(東京化成工業株式会社試薬)51g(0.5mol)に、ブロモメチルメチルエーテル(東京化成工業株式会社試薬)77g(0.6mol)を滴下し、60〜70℃で6時間反応させた。反応終了後ヘキサンを加えて晶析させ、トリエチル(メトキシメチル)アンモニウムブロミドの結晶を96g得た(収率85%)。このトリエチル(メトキシメチル)アンモニウムブロミド34g(0.15mol)に、リチウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(関東化学株式会社試薬)52g(0.18m
ol)を加えて水系で反応させた。次いで室温で3時間攪拌して熟成させた。攪拌終了後、下層(生成物)を分離した。分離した生成物に対し純水洗浄を4回行い、続いてヘキサン洗浄を4回行った。洗浄終了後、100℃、真空度0.5kPaにて5時間真空乾燥した。このようにして得られた生成物の確認を、1H−NMR、13C−NMR、19F−NM
Rにて行った。生成物(無色透明液体)の収量は59g(収率93%)であった。
【0043】
(2)物性測定
生成物の融点、粘度及び熱分解温度を合成例1と同様に測定した。測定結果を以下の表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
〔実施例1ないし5並びに比較例1ないし2〕
表2に示すように、各合成例で得られた化合物からなるイオン液体、レドックス対及び必要に応じて添加剤を混合して電解質組成物を調製した。
【0046】
【表2】

【0047】
得られた電解質組成物を用い、色素増感型太陽電池を以下の手順で作製し、その評価を以下の方法で行った。その結果を表3に示す。
【0048】
光アノードとして、酸化チタンナノ粒子(Solaronix D)を、膜厚が15μmとなるようにドクターブレードによって塗布したフッ素添加酸化スズ透明電極(FTO;旭硝子株式会社製、10.8Ωcm-2)を、450℃で30分間焼成したものを用いた。この光アノードを、0.3mMのN3色素(cis−ジ(チオシアナト)−N,N−ビス(2,2’−ビピリジル−4,4’−ジカルボン酸)ルテニウム(II)錯体)エタノール溶液中に40℃で数時間浸漬させ、色素を担持させた。色素を担持させた光アノードと白金担持対極とを挟んでセルを組み(間隔:300μm)、両者の間に実施例及び比較例で得られた電解質組成物を充填した。光アノードの作用面積は0.283cm3であり、それ以外の面をマスクした。それ以外は常法に従い色素増感型太陽電池を作製した。このようにして得られた色素増感型太陽電池について、光電流−起電圧特性を、ケイスレー2400型高圧電源及び500Wキセノンランプを装備したAM1.5ソーラーシミュレータ(ペクセルPEC−L10N)を用いて測定した。光強度は、NDフィルターを用いて調整した(100mWcm-2)。すべての測定は、常温常圧の条件で行った。なお形状因子は、電気的な内部損失を示す指標であり数値が大きい方ほど電池が高性能であることを意味する。
【0049】
【表3】

【0050】
表3に示す結果から明らかなように、実施例の電解質組成物を用いた太陽電池は、比較例の電解質組成物を用いた太陽電池に比べて、高い短絡光電流密度及び高い光電変換効率を示すことが判る。特に、実施例5の結果から明らかなように、添加剤として、4−tert−ブチルピリジンと水との組み合わせを用いた場合、光電変換効率が非常に高くなることが判る。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、本発明の光電変換素子の一実施形態の構造を示す模式図である。
【符号の説明】
【0052】
10 光電変換素子
11 半導体層
12 色素層
13 透明電極層
14 対極
15 電解質層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される四級ホスホニウム塩イオン液体を含有することを特徴とする光電変換素子用電解質組成物。
【化1】

【請求項2】
25℃における粘度が200mPa・sec以下である請求項1記載の光電変換素子用電解質組成物。
【請求項3】
1がエチル基であり、nが1である請求項1又は2記載の光電変換素子用電解質組成物。
【請求項4】
XがN(CN)2で表される請求項1ないし3の何れかに記載の光電変換素子用電解質組成物。
【請求項5】
ハロゲン化物イオンと、ポリハロゲン化物イオンとからなる含ハロゲン系レドックス対を0.05〜4.0M含む請求項1ないし4の何れかに記載の光電変換素子用電解質組成物。
【請求項6】
4−tert−ブチルピリジン又は水を0.01〜4.0M含む請求項1ないし5の何れかに記載の光電変換素子用電解質組成物。
【請求項7】
半導体層;
該半導体層の一方の面に設けられた色素層;
該色素層に対向して配された対極;及び
該色素層と該対極との間に配された、請求項1記載の電解質組成物からなる電解質層;
を具備することを特徴とする光電変換素子。
【請求項8】
色素増感型太陽電池である請求項7記載の光電変換素子。

【図1】
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【公開番号】特開2009−70811(P2009−70811A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208598(P2008−208598)
【出願日】平成20年8月13日(2008.8.13)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】