説明

光音響分光装置及びその制御方法

【課題】小型でかつ高感度な光音響分光装置を提供すること。
【解決手段】被検体に励起用レーザー光を出射する励起用レーザー光源3と、被検体にレーザー光を出射することで発生する音響波が伝搬する縦共振器2と、縦共振器に、測定用レーザー光を出射する測定用レーザー光源4と、縦共振器の共振周波数と一致させるように、励起用レーザー光の出射及び停止の周期を制御する励起レーザー制御部と、縦共振器から出射した測定用レーザー光を受光して、音響波を検出する受光器5とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内部の血液成分などをIn vivo状態で計測するための開放型光音響セルを有する光音響分光装置及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な医療分野において、非侵襲かつ非観血で、簡便に生体機能を検査又は診断する手法の確立が望まれている。
【0003】
例えば、動脈硬化などの重大な合併症の発生を伴う糖尿病の検査又は診断するためである。糖尿病の患者数は、国内で700万人を越えている。また、糖尿病予備軍も900万人程度と予想されている。
【0004】
糖尿病患者に対する日常の臨床管理及び予備軍の予防医療を行うためには、糖尿病患者又は予備軍の自らが、In vivoで、かつ、簡便に血糖値を測定できるシステムが必要である。ここで、「In vivo」とは、生体内を意味する。
【0005】
この要求に対して、多くの種類の血糖値センサをはじめとする簡易検査型生体センサの開発が進められている。それらの1手法として、光音響分光法を利用した生体センサがある。
光音響分光法は固体試料などの微量化学分析に主に用いられる手法として知られている。
【0006】
特許文献1には、光音響分光法を用いて、血液中のグルコースの非侵襲測定装置(血糖値センサ)が開示されている。
【0007】
図9は、特許文献1に開示された光音響型血糖値センサの概略構成図である。以下、図9を用いて、基本的な光音響分光の原理と、特許文献1に開示された血糖値センサの特徴とを説明する。
【0008】
図9に示す光音響型血糖値センサ91は、被検体11(生体組織)の血糖値を測定する。
【0009】
光音響型血糖値センサ91は、図示していない光源から出射された励起光98を伝達する伝達装置96と、励起光98を生体内に照射するウィンドウ95を備える。伝達装置96およびウィンドウ95を介して、生体内に照射された励起光98は、被検体11である生体組織の内部に、ある程度の深さ(最大数ミリ程度)まで進入し、生体組織で吸収される。
【0010】
例えば、特許文献1における光音響型血糖センサは、1520nm〜1850nm又は2050nm〜2340nmの波長を有する励起光98を用いて血糖値を計測している。励起光98の周波数帯は、血液中のグルコースの吸収帯に相当する。
【0011】
血液中のグルコースによって励起光98が吸収されることによって、血液あるいはそれらの周辺組織の温度が上昇する。その結果、組織の拡張が発生する。
【0012】
励起光98が吸収されなくなった場合、熱の拡散効果により、血液あるいはそれらの周辺組織の温度がただちに低下する。よって、周期的かつ断続的に、励起光98を生体組織に照射することより、生体組織に励起光98の明滅周期に同期した伸縮を発生させることができる。すなわち励起光98の光吸収部12が伸縮することによって弾性波30を発生さる。この弾性波は生体内部を伝搬して体表に達し、音波を外部へ放射する。光の吸収効果のよって発生した弾性波(音波)を光音響波と呼び、その振幅は光吸収部12における吸収度に比例する。
【0013】
光音響型血糖値センサ91は音響計測機能として測定用セル93、参照用セル94、差動マイクロフォン92、および各セルと差動マイクロフォン92を音響的に結合させるための伝送管97−1、97−2を備えている。測定用セル93は励起光98の通過体を兼ねており、音源である光吸収部12の正面に位置する。また、参照用セル94は、光吸収部12から一定の距離をおいて配置されている。吸収部で発生した弾性波30により測定用セル93には微弱な音波が放射され、伝送管97−1を介して差動マイクロフォン92の一方の音響セルに音圧がかかる。しかしながら、体内で発生する光音響波は極めて微弱であって、体動や心臓の鼓動などに起因する周囲雑音にほとんどマスキングされて、そのままでは測定することが極めて困難である。参照用セル94はこれらの雑音をキャンセルするためのものある。すなわち、光音響波によって発生する音圧は微弱であるため参照用せる94にはほとんど到達しないが、周囲雑音は測定用セル93と参照用セル94に同相でかつ、同レベルの信号が進入するとすれば、差動マイクロフォン92によって同相成分である周囲雑音がキャンセルされ、差動成分である光音響波の成分が検出される。光音響波が微弱な理由は、生体に放射できる光強度が安全面から規制されている。具体的には、米国FDA基準によれば10数ミリW以下の低パワーであることと、グルコースの光吸収の絶対量が少ないことがあげられる。
【0014】
光音響波の測定感度を向上させる従来の取り組みとしては非特許文献1(和田森ら、電子情報通信学会技術報告MBE2003−61)に開示された音響的共振器を持つ光音響分光器がある。図10は、非特許文献1に開示された光音響分光器の概略図である。図10において共鳴セル102は回転楕円型と呼ばれるもので、長楕円を長軸方向に回転させた形状において、楕円の一方の焦点105にマイクロフォン101を配置し、他方の焦点105が光の光吸収部12になるように設計されている。非特許文献1によれば、共鳴セルの共振時のQ値は56であり、電気系の処理を含めたシステム全体として約50dBのS/Nを実現している。
【0015】
図11は、図10の共鳴セル有する光音響分光器を使用した、75g経口糖深試験の結果であり、横軸は経口による糖の投入からの時間(分)を示している。左縦軸は比較のために他の簡易型血糖センサを2種類を用いて計測された血糖値である。2種類の血糖値センサは値および時間変化ともに良好な相関を示している。
【0016】
図11の右縦軸は、共鳴セル方光音響分光器の分光出力であり、他の簡易型血糖センサと比較的良い相関を示している。非特許文献1によれば、2種類の他の簡易型血糖センサと光音響分光器による計測結果の相関はR2=0.88であり、光音響分光器による血糖値モニタリングの可能性を示している。
【0017】
計測に使用した光は、キセノン光から分光された830nmの光であり、図10の光ファイバーを介して光吸収部12に照射され、光音響波を発生させている。また、励起光の変調周波数は、1360Hzに設定されている。この周波数は脈拍などによる生体内部からの雑音や、周囲の機械装置などの影響を受けにくいとともに、光音響の計測深度が変調周波数によって変化することも考慮して決定される。非特許文献1によれは、計測深度、すなわち光吸収部12の中心は体表から4mmに設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開平11−235331号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】和田森他、電子情報通信学会技術報告 MBE2003−61 P31−35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
特許文献1及び非特許文献1における光音響波の測定には、マイクロフォンが用いられている。従来技術において、感度を向上させるために、コンデンサマイクロフォンが利用される場合が多い。しかし、マイクロフォンは、周波数帯域の上限である共振周波数以下で感度特性が平坦であるので、低周波の雑音を計測する。
【0021】
特許文献1に開示されているマイクロフォンは、差動動作により、低周波領域を含む同相雑音を抑制する。マイクロフォンの位置および感度は完全に一致させることが出来ない。光音響波は一般的に周囲雑音よりも50dB程度低レベルであることから、差動動作のみの雑音抑制効果は限定的なものになると予想される。
【0022】
非特許文献1のように共鳴セルによる光音響波の増幅効果は大きいが、1kHz程度の共鳴セルの寸法は150mm程度になって簡易型としてはかなり大きい。また、固体振動を用いない純音響的共鳴セルであるため、生体との接触点の状態が音響共鳴の境界条件に大きく影響して、共鳴状態の安定化が困難である。非特許文献1によれば、図11のデータに関しても再現性の問題があるとの記述がある。
【0023】
本願発明は、上記の課題を解決するものであって、小形であり、脈拍などに起因する周囲雑音又はその他の外乱に対して耐性が高く、かつ高感度に光音響波を計測できる光音響分光器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
前記課題を解決するために、本発明の第1の態様の光音響分光器は、被検体に励起用レーザー光を出射して、被検体で発生した光音響波を検出する光音響分光装置であって、被検体に、励起用レーザー光を出射する励起用レーザー光源と、前記被検体に前記レーザー光を出射することで発生する音響波が伝搬する縦共振器と、前記縦共振器に、測定用レーザー光を出射する測定用レーザー光源と、前記縦共振器の共振周波数と一致させるように、励起用レーザー光の出射及び停止の周期を制御する励起レーザー制御部と、前記縦共振器から出射した測定用レーザー光を受光して、前記音響波を検出する受光器とを備える。
【0025】
本発明のその他の態様の光音響分光器は、シリカナノ多孔体であるナノフォーム材料によって構成された縦振動共振器と、前記縦共振器2の一部を含む光干渉器と、生体内に光音響波を励起するための励起用レーザーおよび関連駆動回路を具備し、前記縦共振器2は、被検体内部で発生する光音響波を取り込み、縦振動モードで共振動作し、所定の振動の節の位置にひずみを発生し、前記光干渉器は、前記縦共振器2の節の位置を含み、前記の発生したひずみに伴う音圧を高精度に計測する光音響分光器であり、前記光干渉器は、圧電素子による動作点の調整機構を含み、ファブリペロー光共振器を構成する。本願発明の実施形態2の光音響分光器は、前記光干渉器として圧電素子による動作点の調整機構を含み自己混合型レーザーによるホモダイン干渉器を構成する。
【発明の効果】
【0026】
外乱に対して耐性がたかく、小形でかつ高感度に光音響波の検出を行う光音響分光器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施の形態1の基本構成図。
【図2A】本発明の実施形態1の基本構成の断面図。
【図2B】本発明の実施形態1の基本構成の断面図。
【図3】本発明の実施形態1における光音響分光器の動作の説明図。
【図4】ナノフォーム共振器の周波数応答の説明図。
【図5】ナノフォーム共振器の振動モードの説明図。
【図6】本発明の実施形態1における光共振器の基本動作の説明図。
【図7】本発明の実施形態1における信号取得の流れを示す説明図。
【図8】本発明の実施形態2における光干渉計の概略構成図。
【図9】特許文献1の従来の光音響分光器の概略構成図。
【図10】非特許文献1の従来の光音響分光器の概略構成図。
【図11】図10の従来の光音響分光器を用いた血糖値モニタリングの実験結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を参照しながら、本発明の光音響分光器の実施形態を説明する。
(実施形態1)
本発明の第1の実施形態における光音響分光器1の構成を説明する。図1は、本発明における光音響分光器1の基本構成を示す概略図である。
【0029】
図1に示す光音響分光器1は、縦共振器2と、励起用レーザー光源3と、計測用レーザー光源4と、受光器5と、レーザー出射光を兼ねた音孔7を含む底板6と、ピエゾアクチュエータ8とを具備している。
【0030】
図2A及び図2Bは、図1に示す光音響分光器1の詳細な断面図である。図2Aは図1におけるAA’線における断面図である。具体的には、励起用レーザー光源3縦共振器2の短軸方向断面図である。図2Bは、図1におけるBB’線における断面図である。具体的には、縦共振器2短軸方向中央の長軸方向断面図である。
【0031】
図2Aにおいて、ハーフミラー20と、21は共振器カバー21と、計測用レーザ光源4を保持するレーザーホルダー22と、光学窓23とを備える。
【0032】
図1及び図2に示すように、縦共振器2は励起用レーザー光9と密着し、かつ縦共振器2のホルダを兼ねる光学窓23と接合して共振器カバー21内に保持される。
【0033】
励起用レーザー光源3は、縦共振器2に向けて、励起用レーザー光9を出射する。
光学窓23は、励起用レーザー光源3及び縦共振器2の間に配置されている。励起用レーザー光9は、光学窓23を通過して、縦共振器2に入射する。
【0034】
底板6と光学窓23との間に、縦共振器2が配置されている。縦共振器2を挟んで、底板6に設けられた音孔7と光学窓23とが対向する位置に配置されている。
【0035】
縦共振器2に入射した励起用レーザー光9は、底板6に設けられた音孔7を通過して、被検体11に出射される。
【0036】
計測用レーザー光源4は、底板6とレーザーホルダー22によって保持される。計測用レーザー光源4は、縦共振器2に向かって、計測用レーザー光10を出射する。計測用レーザー光10を出射する方向は、縦共振器2を励起用レーザー光9が伝搬する方向と交差する角度を有することが好ましい。
【0037】
ハーフミラー20―1及びハーフミラー20―2は、縦共振器2を挟んで対向する位置に配置されている。ハーフミラー20―1は、計測用レーザー光源4と縦共振器2との間に配置されている。
【0038】
縦共振器2に接続されている共振器カバー21の一部に設けられたハーフミラー20―1および20−2によって、ファブリペロー型光共振器が構成されている。
【0039】
すなわち、計測用レーザー光源4から第1のハーフミラー20−1に向けて出射された計測用レーザー光10−1は、第1のハーフミラー20−1を通過し、縦共振器2を横断する。縦共振器2を横断した後に出射した計測用レーザー光10−1は、第2のハーフミラー20−2によって一部が反射され、第1のハーフミラー20−1方向へ伝搬する。第1のハーフミラー10−1に達すると、その一部が反射され第2のハーフミラー20−2方向へ向かう。このプロセスの繰り返しによって往復する計測用レーザー光10−2が形成される。
【0040】
受光器5は、ハーフミラー20−2を通過した計測用レーザー光10−3を受光し、その強度に応じた電気信号に変換する。
【0041】
ハーフミラー20−2は、受光器5およびピエゾアクチュエータ8と一体化して接続されても良い。このとき、ハーフミラー20−2は、計測用レーザー光10の数波長程度の移動ができる程度に、共振器カバー21と結合することが好ましい。例えば、ピエゾアクチュエータ8が、計測用レーザー光10の伝搬方向に伸縮することにより、ピエゾアクチュエータ8と接続されているハーフミラー20−2は、伸縮に応じて移動することができる。
【0042】
図2の上下の方向を縦方向と呼び、左右方向を縦共振器2の短軸方向と呼び、紙面に対して垂直な方向を縦共振器2の長軸方向と呼ぶ。
【0043】
励起用レーザー光源3および音孔7は、縦共振器2の中央部に縦方向に配置される。計測用レーザー光源4、ハーフミラー20、受光器5ならびにピエゾアクチュエータ8は縦共振器2の中央部に短軸方向に並んで配置されている。図2Bに示すように、縦共振器2の伸縮方向28は長軸方向に沿う。
【0044】
図2Aに示すように、実施形態1の光音響分光器1は、励起用レーザー光源3が出射する励起用レーザー光9を制御する励起レーザー駆動回路24と、計測用レーザー光源4が出射する計測用レーザー光10を制御する計測用レーザー駆動回路25と、ロックインアンプ26と、ピエゾアクチュエータ8の駆動を制御するピエゾ駆動回路27とを備えている。
【0045】
縦共振器2の材料は、シリカ乾燥ゲルが好ましい。シリカ乾燥ゲルは、密度が70〜280kg/m3と小さく、また音速も50〜150m/sと空気中の音速340m/sよりも小さい。以下、シリカ乾燥ゲルをナノフォーム材料とも表記する。
【0046】
<動作>
図3(a)−(d)を用いて、光音響分光器1の動作を説明する。図3(a)−(d)は、本発明の実施形態1における励起用レーザー光9と光音響波30および縦共振器2の時間的な動作の関係を示した図である。
【0047】
図3(a)は、被検体11に対する励起用レーザー光9の照射を開始した直後の状態を示している。すなわち、光の光吸収部12−1の吸収量は小さく(図12の丸の大きさは熱拡張の大きさを示す)、熱の発生および周辺組織の拡張の程度も小さいので光音響波30−1の振幅も小さい。
【0048】
図3(b)は、図3(a)の状態から励起用レーザー光9の照射が継続された状態を示している。励起用レーザー光9を吸収することにより、光吸収部12−2の熱拡張が進展している。光音響波30−2の振幅が大きくなり、音孔7を介して、縦共振器2に伝達する。その結果、縦共振器2の伸縮方向28−1に縦振動が励振される。ここで、伸縮方向28−1の矢印の大きさは、振幅の大きさを示している。
【0049】
図3(c)は、励起用レーザー光9の照射を終了する直前の状態を示している。光吸収部12−3の熱拡張は最大になり、光音響波30−3の振幅が最大になる。このとき縦共振器2の振動振幅もほぼ最大になる。図3(c)に示すように、図3(b)と比較して、縦共振器2の振幅が大きくなる。
【0050】
図3(d)は、励起用レーザー光9の照射を停止した後の状態を示している。光吸収部12に、励起用レーザー光9が照射されなくなるので、熱発生がなくなる。その結果、熱拡散により光吸収部12の温度が低下する。図3(a)から(c)の拡張状態から、収縮状態へ変化する。
【0051】
したがって、光音響波30−4の振幅も低下し、縦共振器2の振幅も減少していく。
【0052】
光吸収部12の輪郭を点線で示しているのは、収縮状態を表している。また、光音響波30−3および縦共振器2の伸縮方向28−3が点線で示してあるのは、振幅が減少する方向であることを示す。
【0053】
図3に示す通り、励起用レーザー光9の照射のオン・オフにより光音響波30の状態が変化する。光音響分光の原理にそって、計測用レーザー駆動回路25により、励起用レーザー光9を周期的にオン・オフさせることにより、このオン・オフの周期に同期して光音響波30が発生し、縦共振器2に駆動力となる。
【0054】
ここで、縦共振器2の縦共振周波数と励起用レーザー光9のオン・オフ周期を一致させれば、縦共振器2の機械的Q値に対応して、振動振幅を増幅することができ光音響波の検出感度が大きく向上する。励起レーザー駆動回路24は、縦共振器2の共振周波数とを一致させるように、励起用レーザー光9のオン・オフ周期を制御する。具体的には、励起用レーザー光9を出射する時間と出射しない時間との周期が、縦共振器2の共振周波数と一致するようにする。励起レーザー駆動回路24は、「励起レーザー制御部」とも表記する。
【0055】
(実施例)
発明者らは独自にナノフォーム共振器についての数値計算及び評価実験を実施した。
【0056】
図4は、縦共振器2の材料に、密度0.1g/cc、縦波音速50m/sを有するナノフォーム材料を使用した時の周波数応答の検討結果を示す図である。
【0057】
図4(a)は、有限要素法を用いた縦共振器2の周波数特性を示す。図4(b)は、共振器の周波数特性の実験結果を示す。図4(c)は、縦共振器2の形状と振動モードの1例を示す。
【0058】
縦共振器2の寸法は30x18x5mmである。図4(a)及び図4(b)の横軸は対数表示の周波数である。図4(a)及び図4(b)の縦軸は、発生ひずみから計算された屈折率変化による光路長変化量であり、対数で表示している。
【0059】
発生ひずみは図4(c)のCC‘方向(計測軸)、すなわち短軸方向中心における長軸方向ひずみであり、光路長変化は長軸方向の積分値である。評価実験においては、ヘテロダイン型マッハゼンダ干渉系に縦共振器2を組み込んで光路長変化を計測した。図4(a)及び図4(b)を見ると、790Hz付近に第1の共振があり、1.4kHz付近に第2の共振が観察され、解析と実測のほぼ一致している。第1の共振は長軸(30mm)方向の1/2波長縦共振であり、第2の共振は短軸(18mm)方向の1/2波長縦共振モードである。振幅拡大率は、計算値30dBを確保し、実験値でも20dB以上を確保している。
【0060】
図3(c)の振動モードは短軸方向の1/2波長縦共振であり、計測軸CC’に沿って変位の小さい、振動の節が発生し、短軸方向端面に変位の大きい、振動の腹が発生している。これらの結果からナノフォーム材料で、光音響分光に好適な数kHz帯における低周波共振器が実現できることがわかる。
【0061】
次に、図5を用いて、縦共振器2の振動姿態と外乱の影響を説明する。図5(a)は、縦共振器2の長軸方向の縦振動を示し、伸縮方向28−5方向にそって変位が発生する。縦共振器2が長軸方向に1/2波長の縦振動モード共振する場合には、図4(c)の場合にみられるように、中心方向に一様に振動の節ができて発生ひずみが最大となる。
【0062】
この場合には、計測用レーザー光10は図5(a)に示されるように、長軸に直交する方向であれば、短軸方向でも、縦方向でも同様に計測することができる。前述したように励起用レーザー光9のオン・オフ周波数と縦共振器2の共振周波数が一致した状態あれば、被検体から発生する光音響波30によって、図5(a)に示す縦モード共振が励振される。また、被検体の動きなどの低周波の外乱が伸縮方向28方向に加わった場合は、縦共振器2は剛体として並進運動するのみであるので、計測用レーザー光10との位置関係が保たれる限りにおいて影響を受けない。
【0063】
図5(b)及び図5(c)は被検体の動きなどの低周波の外乱によって誘発されるたわみ変形54を示している。図5(b)は、計測用レーザー光10と直交する方向にたわみ変形が誘発された場合を示している。51はたわみ変形の場合に発生する中性面を示している。たわみ変形における中性面においては、縦共振器2の長軸方向長さは変化しなしいため、計測用レーザー光10が中性面を通るように配置する構成にすることによって、図5(b)のたわみ変形の影響をキャンセルすることができる。
【0064】
また、図5(c)は、計測用レーザー光10と同方向にたわみ変形54が誘発された場合を示している。圧縮歪部52及び伸張歪部53は、それぞれ中性面51を挟んで発生する。中性面51は、縦共振器2のいずれかの面に該当する。例えば、計測用レーザー光10の伝搬方向と平行な面上等である。具体的には、縦共振器2の面のうち、測定用レーザー光10が入射する面及び出射する面以外の面である。
【0065】
計測用レーザー光10は、圧縮歪部52及び伸張歪部53により変化している部分を通過し、それぞれの変形にともなう屈折率変化の影響を受ける。
【0066】
圧縮歪部52および伸張歪部53に関してはその歪の絶対値は等しく、符号が異なるものであることから、互いに打消し、結果として計測用レーザー光10には検出されない。したがって、縦共振器2は、被検体の動きなどの低周波の外乱に対しては感度が低く、励起用レーザー光9のオン・オフ周波数に同期した光音響波に関して高感度となる。
【0067】
本発明の実施形態1においては、縦共振器2に発生した振動による屈折率変化は、ハーフミラー20−1および20−2によって構成されるファブリペロー型光共振器によって光強度として変調されとして受光器5によって電気信号に変換される。以下、図6を用いて、ナノフォーム材料を用いたファブリペロー光共振器の特性について説明する。
【0068】
図6(a)において、横軸は縦共振器2の振動の結果として発生する屈折率変化を示し、縦軸はハーフミラー20−1への計測用レーザーからの入射する計測用レーザー光10−1とハーフミラー20−1から受光器5へ出力される出力計測用レーザー光10−3との光強度の比の数値計算結果を示している。ナノフォーム材料では、光が減衰するため光の減衰率を50dB/mと130dB/mを考慮して計算を行った。なお、計測用レーザー光としては、He−Neレーザー(波長632.8nm)、ナノフォーム材料の厚みは5mmである。
【0069】
図6(a)に示されるように、光の減衰効果のための、消光比が低下するが130dB/mの減衰が存在する場合においても、屈折率の変化に対して振幅が充分変調されることが確認される。図6(b)は、ナノフォーム材料をファブリペロー光共振器に組み込んで、適当な受光器で光変調を計測した結果を示しており、横軸はナノフォーム材料へ入力した音圧値、縦軸は受光器で観測された光変調強度の出力結果(受光器の出力電圧値)を示している。ナノフォーム材料を非共振状態で計測した結果である。
【0070】
使用したナノフォームは、縦波音速50m/s、密度0.11g/ccを有し、He−Neレーザー光に対する減衰は130dB/mである。受光器5のノイズレベルまでの測定が可能であるため、最低感度は74dBSPLであった。ナノフォーム材料を縦振動モードで計測すれば、30dB程度の感度向上が達成できる。
【0071】
次に、図7を用いて、信号取得の流れを説明する。図7(a)において、71は図2(a)の励起レーザー駆動回路24から励起用レーザー光源3に印加される励起信号を示している。励起信号71によって励起レーザー9が被検体11へ照射されると、光吸収部12において光音響波30が発生する。
【0072】
図7(b)の光音響信号72は、光音響波の音圧レベルの時間変化である光音響信号である。図7(b)に示す光音響信号72は、レーザーによる励起が充分行われて定常的になった状態を示している。
【0073】
光音響信号72は、レーザー立下り時間73で概ね最大音圧となり、レーザー立ち上がり時間74で最小音圧となる。光音響信号の一部は音孔7から共振器カバー21に侵入し、縦共振器2を励振するが、レーザー励起信号71の周期Tは縦共振器2の共振周波数における周期と一致しているため、縦共振器2には、縦振動モードの共振振動が励起される。
【0074】
図7(c)を用いて、光変調信号78と光変調信号78との関係を説明する。光変調信号78は、光音響信号72が縦共振器2に縦振動モードを励起した結果として計測用レーザー光10に与えられる屈折率変化に対応する。
【0075】
図7(c)は、図6(a)を表記し直した図である。図7(c)の横軸は屈折率変化に対応する光路長変化であり、図7(c)の縦軸は、図6(a)と同じく光出力強度の入出力比である。ただし、入力は一定値であるので実質的に出力光強度を示す。
【0076】
まず、図7(c)のファブリペロー光共振器の出力曲線において、光路長変化に対する出力が線形に変化すると近似できる範囲を計測動作範囲76とする。
【0077】
図7(c)では、上限を76−1、下限を76−2としている。この範囲の中央付近に動作点77を計測前のキャリブレーションとして設定し、ピエゾアクチュエータ8により、ファブロペロー光共振器のハーフミラー20−2の位置を調節して静的な動作点を確保する。
【0078】
計測中は、光変調信号が動作点77を中心に印加されて、ファブリペロー光共振器の共同出力は79のように変調される。しかしながら、光音響波は極めて微小であるため、一般的には電気系のノイズレベルや、その他の音響的なノイズレベル以下である。
【0079】
図7(d)は、光共振器強度出力79とノイズレベル80の関係とその後段の電気的な処理の概略を示す。ノイズレベルの上限80−1と下限80−2にマスキングされた光共振器強度出力79はロックインアンプ26に入力され、参照信号としての周期Tの正弦波(参照信号81)とロックインされることにより、ノイズレベル80の中から、実部および虚部信号として取り出される。
【0080】
一般的にロックインアンプでロックインすることにより、参照信号と同期する信号であれば、ノイズレベル比−60dBから−80dB程度の微弱信号の検出は充分できる。したがって、本実施形態の光音響分光器1は、ナノフォーム材料の非共振時の音圧感度、および縦共振器2による屈折率変化の増加率、ならびにロックインアンプによる信号検出能により、−20dBSPL程度の実効音圧が計測可能であり、周囲雑音レベルとして−40dBを想定すれば、充分な計測感度を有する。
【0081】
本実施形態では、縦共振器2の材料にシリカナノ多孔体であるナノフォームを使用する。ナノフォームは、密度が70〜280kg/m3と小さく、また音速も50〜150m/sと空気中の音速340m/sよりも小さい。
【0082】
例えば、音速50m/sec、密度100kg/m3のシリカ乾燥ゲルを用いると、音響インピーダンスは、空気の音響インピーダンスの11.3倍程度とその差が小さく、音響は界面での反射は70%に止まり、音響波のエネルギーの30%程度が界面で反射されずに、内部へ取り込まれる。
【0083】
そのため、光音響波を効率よく内部に取り込むことができるとともに、非特許文献1の共鳴器と比較して約1/10程度の小形の共振器が構成できる。
【0084】
さらに、縦共振器2と、その発生歪を光共振器によって計測する構成にすることによって、脈拍などの被検体の動きによって誘発される同相雑音成分の影響を抑制し、高感度な光音響分光器が構成できる。
【0085】
(実施の形態2)
以下、図8を参照して、本発明の実施形態2について説明する。なお、実施形態1の光音響分光器1と同じ構成部材等については、同じ図番を用いている。
【0086】
本実施形態2に示す光音響分光装置と実施形態1の光音響分光器1との違いは、光計測機構の違いであり、ファブリペロー光共振器を、自己混合型レーザーを用いたホモダイン光干渉系と置換していることである。
【0087】
以下、関連する構造および動作の変化について説明する。図8は、光音響分光装置の縦共振器2の長軸方向中心における短軸方向の断面図である。計測用レーザー光源4は、内部にレーザー共振器84とともに、受光器85を内臓する。
【0088】
レーザー共振器84からは、計測用レーザー光がナノフォーム縦振動共振器2方向に加えて、87−2のレーザー光として受光器85にも照射されレーザー共振器84の出力をモニターする。
【0089】
実施形態1のハーフミラーは光学窓88と反射ミラー86に変更した。光学窓88と縦共振器2を通過した計測用レーザー光87−1は、反射ミラー86で完全反射され、再び縦共振器2を通過して光学窓88を通過して計測用レーザー光源4に帰還する計測用レーザー光87−3となり、受光器85に達する。
【0090】
受光器85は、レーザー共振器からの直接光はである計測用レーザー光87−2と縦共振器2の屈折率変化による光路長変化をうけた計測用レーザー光87−3が同時干渉した結果として変調された光強度出力が出力される。この光干渉器はホモダイン型であって、光路長が変化したときの出力結果は図6(a)に示したファブリペロー光共振器の出力曲線と類似する。
【0091】
したがって、図7に示すように光音響信号の取得が可能になる。この場合、反射ミラー86は動作点を調整するピエゾアクチュエータ8と直結され、より簡便な構造とすることができる。
【0092】
本発明の実施形態1および実施形態2の光音響分光器よれば、縦共振器2により、光音響波の振幅を30dB程度増幅することができる。
【0093】
また、縦共振器2とひずみ検出器である受光器5の位置を適切に設定することによって、大きな外乱や脈動などに起因する低周波の同相雑音をキャンセルすることができる。また、ナノフォーム材料は音速が50m/s〜300m/sであり、空気よりも音速が遅いために共振器の小形化が出来る。
【0094】
なお、光干渉計としては、ファブリペロー光共振器又は自己混合型ホモダイン光干渉系を用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明にかかわる光音響分光器は、小形でかつ脈拍などの被検体の動きによって誘発される同相雑音成分の影響を抑制し高感度な光音響波の検出を行うことができるため、血糖値やヘモグロミンの連続モニタリングなどの生体計測器として好適である。
【符号の説明】
【0096】
1 光音響分光器
2 縦共振器
3 励起用レーザー光源
4 計測用レーザー光源
5 受光器
6 底板
7 音孔
8 ピエゾアクチュエータ
9 励起用レーザー光
10 計測用レーザー光
11 被検体
12 光吸収部
20 ハーフミラー
21 共振器カバー
22 レーザーホルダー
23 光学窓
24 励起レーザー駆動回路
25 計測用レーザー駆動回路
26 ロックインアンプ
27 ピエゾ駆動回路
28 伸縮方向
30 光音響波
51 中性面
52 圧縮歪部
53 伸張歪部
54 たわみ変形
71 レーザー励起信号
72 光音響信号
73 レーザー立下り時間
74 レーザー立ち上がり時間
75 出力強度変化曲線
76 計測動作範囲
77 動作点
78 光変調信号
79 光共振器強度出力
80 ノイズレベル
81 参照信号
82 ロックイン出力
84 レーザー共振器
85 受光器
86 反射ミラー
91 光音響型血糖値センサ
92 差動マイクロフォン
93 測定用セル
94 参照用セル
95 ウィンドウ
96 伝達装置
97 伝送管
98 励起光
100 光音響分光器
101 マイクロフォン
102 共鳴セル
103 光ファイバー
104 回転楕円形
105 焦点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体に励起用レーザー光を出射して、被検体で発生した光音響波を検出する光音響分光装置であって、
被検体に、励起用レーザー光を出射する励起用レーザー光源と、
前記被検体に前記励起用レーザー光を出射されことで発生する音響波が伝搬する縦共振器と、
前記縦共振器に、測定用レーザー光を出射する測定用レーザー光源と、
前記縦共振器の共振周波数と一致させるように、励起用レーザー光の出射及び停止の周期を制御する励起レーザー制御部と、
前記縦共振器から出射した測定用レーザー光を受光して、前記音響波を検出する受光器と、
を備える光音響分光装置。
【請求項2】
前記縦共振器の材料は、70kg/m3以上300kg/m3以下の密度を有し、かつ、その内部を伝搬する音の速度が30m/s以上300m/s以下である、
請求項1に記載の光音響分光装置。
【請求項3】
前記測定用レーザー光源と前記縦共振器との間、及び前記縦共振器と前記受光器との間に、ハーフミラーが配置されており、前記縦共振器と接続されている、
請求項1に記載の光音響分光装置。
【請求項4】
前記測定用レーザー光源は、前記縦共振器における、前記測定用レーザー光が入射する面及び出射する面以外の面上を伝搬するように、前記測定用レーザー光を出射する、
請求項1に記載の光音響分光装置。
【請求項5】
さらに、前記測定用レーザー光が伝搬する方向における前記光干渉器の位置を調整するアクチュエータを具備する、
請求項1に記載の光音響分光装置。
【請求項6】
前記アクチュエータは、ピエゾアクチュエータである、
請求項5に記載の光音響分光装置。
【請求項7】
被検体に励起用レーザー光を出射して、被検体で発生した光音響波を検出する光音響分光装置を制御する方法であって、
前記光音響分光装置は、
被検体に、励起用レーザー光を出射する励起用レーザー光源と、
前記被検体に前記励起用レーザー光を出射されことで発生する音響波が伝搬する縦共振器と、
前記縦共振器に、測定用レーザー光を出射する測定用レーザー光源と、
前記縦共振器から出射した測定用レーザー光を受光して、前記音響波を検出する受光器とを備え、
前記縦共振器の共振周波数と一致させるように、励起用レーザー光の出射及び停止の周期を制御する、
光音響分光装置を制御する方法。


【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−74995(P2013−74995A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−216337(P2011−216337)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】