説明

共鳴トンネルダイオードおよびテラヘルツ発振器

【課題】二重障壁層を通過した電子が電子走行層を通過する際の速度の低下を抑制し、発振器の動作周波数を向上させる。
【解決手段】共鳴トンネルダイオードは、バッファ層22と、サブエミッタ層23と、エミッタ層24と、スペーサ層25と、第1の障壁層26と、井戸層27と、第2の障壁層28と、電子走行層29と、コレクタ層30とが、基板21上に順次積層された構造からなる。電子走行層29は、第2の障壁層28との接合面でのポテンシャルがコレクタ層30のポテンシャルよりも低く、コレクタ層30との距離が近づくに従ってポテンシャルがコレクタ層30のポテンシャルに近づき、コレクタ層30との接合面でのポテンシャルがコレクタ層30のポテンシャルと同じになるような構造をしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ周波数帯の光源となる発振素子を構成する共鳴トンネルダイオードの層構造、および共鳴トンネルダイオードを使用したテラヘルツ発振器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
100GHzから10THzにあるテラヘルツ周波数帯は、電子デバイスの動作周波数の上限に近く、簡便に利用可能な小型の光源が無かったことから、これまで特殊な計測・分析、電波天文学等に利用が限られていた。室温で動作する小型のテラヘルツ周波数帯光源は、イメージングによるセキュリティ技術、短距離大容量の無線通信技術への応用等、幅広い分野への応用が期待されることから、その実現が望まれている。
【0003】
負性微分抵抗を有する共鳴トンネルダイオード(Resonant Tunneling Diode:以下、RTD)は、電子が走行する際の短いトンネル時間と短い空乏層(電子走行層)走行時間、高電流密度と小さい寄生容量とがもたらす短い充電時間により、テラヘルツ周波数帯の発振が可能であることから、室温動作する小型のテラヘルツ光源として期待されている。その中でもInP基板上に積層したInGaAs層、AlAs層からなるRTDは、InGaAsとAlAs間の大きな伝導帯バンド不連続により室温において比較的大きな負性微分抵抗を得ることが可能であり、優れた発振特性をもたらす。
【0004】
RTDは、電流−電圧特性における負性微分抵抗領域において発振動作する。RTDの電流−電圧特性を特徴づけるパラメータとして、ピーク電流密度JPとピーク電圧VP等がある。
発明者らは、これまでにInP基板上に積層したInGaAs層、AlAs層からなるRTD、特に1×106A/cm2を上回る高いピーク電流密度JPを有するRTDを用いた発振器によって、831GHzの室温基本波発振を実現した(非特許文献1参照)。
【0005】
発明者らは、前記非特許文献1において、理論的に予想される発振周波数よりも実験的に得られた発振周波数が低くなることを見出した。そして、実験において発振周波数の上昇を制限している理由は、電子走行層を走行する際のΓ−Lバレー間散乱による電子の走行速度低下であると考察した。
【0006】
最近、発明者らは、同じくInP基板上に積層したInGaAs層、AlAs層からなるRTDを用いた発振器において、前記のΓ−Lバレー間散乱による電子速度の低下を抑制するために、階段状のポテンシャル形状を有するエミッタおよびスペーサからなる、グレーデッドエミッタ構造を適用することによって、低VP化、つまり発振器の低電圧動作化を実現し、低電圧動作に伴う電子走行時間の短縮により、室温において1.04THzまで基本波発振を向上させることに成功した(非特許文献2参照)。
このように1THzを上回る発振周波数が従来のRTDによって実現されているが、テラヘルツ周波数帯の光源として用いるために、さらなる発振周波数の高周波化が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Safumi Suzuki,Atsushi Teranishi,Kensuke Hinata,Masahiro Asada,Hiroki Sugiyama,and Haruki Yokoyama,“Fundamental Oscillation of up to 831 GHz in GaInAs/AlAs Resonant Tunneling Diode”,Applied Physics Express 2,社団法人応用物理学会,054501,2009年4月17日
【非特許文献2】Safumi Suzuki,Atsushi Teranishi,Masahiro Asada,Hiroki Sugiyama,and Haruki Yokoyama,“Increase of Fundamental Oscillation Frequency in Resonant Tunneling Diode with Thin Barrier and Graded Emitter Structures”,2010 35th International Conference on Infrared, Millimeter and Terahertz Waves(IRMMW-THz 2010),IEEE,Tu-C1.2,Rome,2010年9月5日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記のようにRTDを用いた発振器の発振周波数を向上させるためには、低動作電圧化によって電子走行層を電子が走行する際のΓ−Lバレー間散乱を抑制する必要があった。しかし、低動作電圧化は、素子動作時のコレクタ層のポテンシャルと二重障壁層のポテンシャルとの差が小さくなることを意味している。
【0009】
RTDでは、二重障壁層を通過した電子は、ポテンシャルの高い二重障壁層からポテンシャルの低いコレクタ層に向かって走行する。そこでは、二重障壁層が電子のランチャーとして作用しており、二重障壁層とコレクタ層との間のポテンシャルの差が大きいほど電子は弾道的に走行しやすくなる。
【0010】
低電圧動作のRTDでは、前記の二重障壁層のランチャーとしての効果は小さくなる。このため、二重障壁層を通過した後に弾道的に高速で走行する電子が少なくなり、電子走行層中の電子の走行時間は長くなる。この電子走行速度の低下が発振周波数の上昇を制限していると考えられる。そこで、非特許文献2に記載のような低動作電圧RTD発振器の動作周波数をさらに上昇させるためには、二重障壁層のランチャー効果を促進し、電子速度の低下を抑制する必要がある。
【0011】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、動作電圧が低いRTDにおいて、二重障壁層を通過した電子が電子走行層を通過する際の速度の低下を抑制し、発振器の動作周波数を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の共鳴トンネルダイオードは、不純物がドープされた半導体からなるエミッタ層と、電気的に中性な半導体からなるスペーサ層と、前記エミッタ層および前記スペーサ層の各層の電子に対して障壁となる第1の障壁層と、電気的に中性な半導体からなる井戸層と、前記エミッタ層および前記スペーサ層の各層の電子に対して障壁となる第2の障壁層と、電気的に中性な半導体からなり、前記エミッタ層から前記スペーサ層と前記第1の障壁層と前記井戸層と前記第2の障壁層とを経て電子が流れ込む電子走行層と、不純物がドープされた半導体からなるコレクタ層とが順次積層され、前記電子走行層は、前記第2の障壁層との接合面でのポテンシャルが前記コレクタ層のポテンシャルよりも低く、前記コレクタ層との距離が近づくに従ってポテンシャルが前記コレクタ層のポテンシャルに近づき、前記コレクタ層との接合面でのポテンシャルが前記コレクタ層のポテンシャルと同じになることを特徴とするものである。
【0013】
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例において、前記エミッタ層および前記スペーサ層は、前記第1の障壁層との距離が近づくに従ってポテンシャルが高くなることを特徴とするものである。
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例において、前記半導体はInGaAsであり、前記電子走行層を構成するInGaAsは、前記第2の障壁層側でのIn組成が前記コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成よりも高く、前記コレクタ層との距離が近づくに従ってIn組成が前記コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成に近づき、前記コレクタ層との接合面でのIn組成が前記コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成と同じになることを特徴とするものである。
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例において、前記半導体はInGaAsであり、前記エミッタ層と前記スペーサ層とを構成するInGaAsは、前記第1の障壁層との距離が近づくに従ってIn組成が低くなることを特徴とするものである。
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例において、前記電子走行層、前記エミッタ層および前記スペーサ層は、ポテンシャルが階段状に変化することを特徴とするものである。
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例において、前記電子走行層および前記エミッタ層は、それぞれ複数の層からなることを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例は、前記エミッタ層に負の電圧が印加され、前記コレクタ層に正の電圧が印加される場合において、基板上に前記エミッタ層、前記スペーサ層、前記第1の障壁層、前記井戸層、前記第2の障壁層、前記電子走行層、前記コレクタ層の順に積層されることを特徴とするものである。
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例は、前記エミッタ層に正の電圧が印加され、前記コレクタ層に負の電圧が印加される場合において、基板上に前記コレクタ層、前記電子走行層、前記第2の障壁層、前記井戸層、前記第1の障壁層、前記スペーサ層、前記エミッタ層の順に積層されることを特徴とするものである。
また、本発明の共鳴トンネルダイオードの1構成例は、さらに、前記エミッタ層の外側に前記エミッタ層と接するように積層され、前記エミッタ層および前記コレクタ層と同じ導電型を示す不純物で、かつ前記エミッタ層よりも高い濃度の不純物がドープされた半導体からなるサブエミッタ層と、前記コレクタ層の外側に前記コレクタ層と接するように積層され、前記エミッタ層および前記コレクタ層と同じ導電型を示す不純物で、かつ前記コレクタ層よりも高い濃度の不純物がドープされた半導体からなるサブコレクタ層とを有することを特徴とするものである。
【0015】
また、本発明のテラヘルツ発振器は、共鳴トンネルダイオードと、この共鳴トンネルダイオードに接続された共振器であるスロットアンテナと、前記共鳴トンネルダイオードのエミッタ層とコレクタ層との間にバイアス電圧を印加する電源とからなることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、電子走行層を、第2の障壁層との接合面でのポテンシャルがコレクタ層のポテンシャルよりも低く、コレクタ層との距離が近づくに従ってポテンシャルがコレクタ層のポテンシャルに近づき、コレクタ層との接合面でのポテンシャルがコレクタ層のポテンシャルと同じになるような構造とすることにより、二重障壁層(第1の障壁層、井戸層、第2の障壁層)と電子走行層とのポテンシャル差を大きくすることができ、二重障壁層と電子走行層との界面における電子のランチャー効果を促進することができるので、電子走行層中の電子を高速化することができる。その結果、本発明では、バイアス電圧を低下させても二重障壁層からコレクタ層にかけての電子の走行速度が低下しなくなるため、共鳴トンネルダイオードの動作速度を向上させることができる。したがって、本発明の共鳴トンネルダイオードを発振器に利用すれば、発振器の発振周波数を高周波化することができる。
【0017】
また、本発明では、エミッタ層およびスペーサ層を、第1の障壁層との距離が近づくに従ってポテンシャルが高くなるような構造とすることにより、バイアス電圧を低下させやすくすることができる。その結果、本発明では、低バイアス電圧化により共鳴トンネルダイオードおよび発振器の消費電力を低減することが可能となる。
【0018】
また、本発明では、電子走行層を構成するInGaAsを、第2の障壁層側でのIn組成がコレクタ層を構成するInGaAsのIn組成よりも高く、コレクタ層との距離が近づくに従ってIn組成がコレクタ層を構成するInGaAsのIn組成に近づき、コレクタ層との接合面でのIn組成がコレクタ層を構成するInGaAsのIn組成と同じになるような構成とすることにより、電子走行層内での電子の有効質量を低減する事が可能となり、電子を更に高速化することができ、共鳴トンネルダイオードの動作速度を更に向上させることができる。その結果、本発明では、発振器の発振周波数を更に高周波化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る共鳴トンネルダイオードの構造を示す断面図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態に係る共鳴トンネルダイオードの発振器動作点バイアス電圧における伝導帯バンドプロファイルを計算した結果を示す図である。
【図3】本発明の第2の実施の形態に係る共鳴トンネルダイオードの発振器動作点バイアス電圧における伝導帯バンドプロファイルを計算した結果を示す図である。
【図4】本発明の第3の実施の形態に係る共鳴トンネルダイオードの構造を示す断面図である。
【図5】本発明の第3の実施の形態に係るテラヘルツ発振器の構造を示す斜視図である。
【図6】本発明の第3の実施の形態に係るテラヘルツ発振器の分解斜視図である。
【図7】本発明の第3の実施の形態に係るテラヘルツ発振器の等価回路図である。
【図8】本発明の第3の実施の形態に係る共鳴トンネルダイオードの発振器動作点バイアス電圧における伝導帯バンドプロファイルを計算した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[第1の実施の形態]
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1は本発明の第1の実施の形態に係るRTDの構造を示す断面図である。本実施の形態のRTD20は、電気的に中性な半導体からなるバッファ層22と、不純物がドープされた半導体からなるサブエミッタ層23と、不純物がドープされた半導体からなるエミッタ層24と、電気的に中性な半導体からなるスペーサ層25と、サブエミッタ層23、エミッタ層24およびスペーサ層25の各層の電子に対して障壁となる第1の障壁層26と、電気的に中性な半導体からなる井戸層27と、サブエミッタ層23、エミッタ層24およびスペーサ層25の各層の電子に対して障壁となる第2の障壁層28と、電気的に中性な半導体からなり、サブエミッタ層23からエミッタ層24とスペーサ層25と第1の障壁層26と井戸層27と第2の障壁層28とを経て電子が流れ込む電子走行層29と、不純物がドープされた半導体からなるコレクタ層30とが、基板21上に順次積層された構造からなる。
【0021】
RTD20は、下側に位置する右電極31と上側に位置する左電極32にオーミックに接続される構造となっている。サブエミッタ層23とコレクタ層30は、右電極31と左電極32のオーミック接触抵抗を小さくし、またそれぞれ右電極31からエミッタ層24までの寄生抵抗成分、左電極32からコレクタ層30までの寄生抵抗成分を小さくすることで、素子全体の寄生抵抗成分を小さくする役目を果たす。
【0022】
図2は、図1に示したRTD20の発振器としての動作電圧付近での伝導帯バンドプロファイルを計算した結果を示す図である。横軸は基板表面を原点とした層構造の厚さ、縦軸はエネルギーである。ここでは、基板側のサブエミッタ層23に負の電圧を印加し、コレクタ層30に正の電圧を印加した状態を示している。エミッタ層24側のバンドが平坦な領域とコレクタ層30側のバンドが平坦な領域とのエネルギー差が、印加バイアス電圧に対応する。
【0023】
本実施の形態では、図2に示すようにRTD20の電子走行層29において、第2の障壁層28にヘテロ接合している電子走行層29の伝導帯の電子から見たポテンシャルを変化させ、第2の障壁層28との接合面での電子走行層29のポテンシャルがコレクタ層30のポテンシャルよりも低く、コレクタ層30との距離が近づくに従って電子走行層29のポテンシャルがコレクタ層30のポテンシャルに近づくようにし、コレクタ層30との接合面での電子走行層29のポテンシャルがコレクタ層30のポテンシャルと同じになるような構造としている。
【0024】
このような構造により、本実施の形態では、二重障壁層(第1の障壁層26、井戸層27、第2の障壁層28)と電子走行層29とのポテンシャル差を大きくすることができ、二重障壁層と電子走行層29との界面における電子のランチャー効果を促進することができるので、電子走行層29中の電子を高速化することができる。その結果、本実施の形態では、バイアス電圧を低下させても二重障壁層からコレクタ層30にかけての電子の走行速度が低下しなくなるため、RTDの動作速度を向上させることができる。したがって、本実施の形態のRTDを発振器に利用すれば、発振器の発振周波数を高周波化することができる。
【0025】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。本実施の形態においても、RTDの構造は第1の実施の形態と同様であるので、図1に示したRTDの符号を用いて説明する。図3は、本実施の形態のRTDの発振器としての動作電圧付近での伝導帯バンドプロファイルを計算した結果を示す図である。図2の場合と同様に、図3は基板側のサブエミッタ層23に負の電圧を印加し、コレクタ層30に正の電圧を印加した状態を示している。
【0026】
本実施の形態では、エミッタ層24の組成を層中で変化させることにより、エミッタ層24の伝導帯の電子から見たポテンシャルを変化させ、第1の障壁層26との距離が近づくに従ってエミッタ層24およびスペーサ層25のポテンシャルが高くなるような構造としている。このような構造により、本実施の形態では、バイアス電圧を低下させやすくすることができる。その結果、本実施の形態では、低バイアス電圧化によりRTDの消費電力を低減することが可能となる。
【0027】
[第3の実施の形態]
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。本実施の形態は、第1、第2の実施の形態で説明したRTDの具体例を示すものである。図4は本実施の形態に係るRTDの構造を示す断面図である。本実施の形態のRTD9は、アンドープインジウムガリウムヒ素(un−In0.53Ga0.47As)からなるバッファ層90と、n型インジウムガリウムヒ素(n−In0.53Ga0.47As)からなるサブエミッタ層91と、n型インジウムガリウムヒ素(n−In0.53Ga0.47As)からなるエミッタ層92と、n型インジウムガリウムヒ素(n−In0.51Ga0.49Asおよびn−In0.49Ga0.51As)からなるグレーデッドエミッタ層93と、アンドープインジウムガリウムヒ素(un−In0.47Ga0.53As)からなるスペーサ層94と、アルミニウムヒ素(AlAs)からなる第1の障壁層95と、アンドープインジウムガリウムヒ素(un−In0.8Ga0.2As)からなる井戸層96と、アルミニウムヒ素(AlAs)からなる第2の障壁層97と、アンドープインジウムガリウムヒ素(un−In0.7Ga0.3As)からなる第1の電子走行層98と、アンドープインジウムガリウムヒ素(un−In0.6Ga0.4As)からなる第2の電子走行層99と、アンドープインジウムガリウムヒ素(un−In0.53Ga0.47As)からなる第3の電子走行層100と、n型インジウムガリウムヒ素(n−In0.7Ga0.3Asおよびn−In0.53Ga0.47As)からなるコレクタ層101とが、基板1上に順次積層された構造からなる。
【0028】
RTD9は、下側に位置する右電極2と上側に位置する左電極4にオーミックに接続される構造となっている。サブエミッタ層91とコレクタ層101は、右電極2と左電極4のオーミック接触抵抗を小さくし、またそれぞれ右電極2からエミッタ層92までの寄生抵抗成分、左電極4からコレクタ層101までの寄生抵抗成分を小さくすることで、素子全体の寄生抵抗成分を小さくする役目を果たす。
【0029】
バッファ層90、サブエミッタ層91、エミッタ層92、グレーデッドエミッタ層93、スペーサ層94、第1の障壁層95、井戸層96、第2の障壁層97、第1の電子走行層98、第2の電子走行層99、第3の電子走行層100、コレクタ層101の厚さは、それぞれ200nm、400nm、20nm、5nm、2nm、1.2nm、4.5nm、1.2nm、10nm、10nm、5nm、23nmである。グレーデッドエミッタ層93は、基板1に近い方から順に、厚さ2.5nmのn−In0.51Ga0.49Asと厚さ2.5nmのn−In0.49Ga0.51Asの2層からなる。コレクタ層101は、基板1に近い方から順に、厚さ15nmのn−In0.53Ga0.47Asと厚さ8nmのn−In0.7Ga0.3Asの2層からなる。
【0030】
サブエミッタ層91のドーパントはSiで、ドーピング濃度は2×1019cm-3、エミッタ層92とグレーデッドエミッタ層93のドーパントはSiで、ドーピング濃度は3×1018cm-3、コレクタ層101のドーパントはSiで、ドーピング濃度は2×1019cm-3である。
【0031】
次に、本実施の形態のRTD9を用いたテラヘルツ発振器について説明する。図5は本実施の形態に係るテラヘルツ発振器の構造を示す斜視図である。図5に示すテラヘルツ発振器では、インジウムリン(InP)からなる基板1上に、金(Au)、パラジウム(Pd)、またはチタン(Ti)等で作製される右電極2が積層されている。同じく金、パラジウムまたはチタンからなる左電極4は、酸化シリコンからなる絶縁体3を挟んで右電極2と対向するように積層されている。
【0032】
左電極4には、右電極2と絶縁体3を介して重なっている部分の中央部に2箇所の凹部5,6が形成されており、この2つの凹部5,6に挟まれた箇所に凸部7が形成されている。さらに、この凸部7の先端に突起部8が形成され、この突起部8の下側に右電極2と挟まれるようにして、図4に示したRTD9が配置されている。右電極2と左電極4には、直流電源11が接続されるとともに、寄生発振を防止するための抵抗10が接続されている。
【0033】
この右電極2と左電極4とからスロットアンテナが形成されている。右電極2と左電極4とは、絶縁体3によって高周波的に短絡されると共に、直流的に遮断されるように形成されている。凹部5,6の深さ(図5のD)は4μm程度、凸部7の幅(図5のW)は6μm程度が好ましいが、このサイズはこれに限定されるものではなく、発振する高周波の周波数に応じて設計上適宜設定されるものである。
【0034】
図6は本実施の形態のテラヘルツ発振器の分解斜視図である。図6に示すように、右電極2と、絶縁体3と、左電極4と、RTD9とが基板1上に積層されてテラヘルツ発振器が構成される。
図7は本実施の形態のテラヘルツ発振器の等価回路図である。図7において、GRTDはRTD9の抵抗成分、GANTはスロットアンテナの抵抗成分、CRTDはRTD9のキャパシタンス成分、CANTはスロットアンテナのキャパシタンス成分、Lはスロットアンテナのインダクタンス成分である。
【0035】
右電極2と左電極4とからなるスロットアンテナは、共振器と電磁波の放射アンテナとを兼ねている。図5、図7に示したように、テラヘルツ発振器に対して直流電源11からバイアス電圧を供給すると、基板1に対して上方向と下方向の2方向に電磁波が放射される。このとき、テラヘルツ発振器の発振周波数fは、1/[2π{L(CRTD+CANT)}1/2]となる。
【0036】
次に、本実施の形態のRTD9とテラヘルツ発振器の特性について説明する。図4に示した構造を有するRTD9の試料Aのパラメータの値を表1に示す。なお、比較用の試料として、電子走行層の組成がコレクタ層と同一であり、組成の段階的な分布の無い試料Bのパラメータも示す。
【0037】
【表1】

【0038】
図8は、図4に示したRTD構造を有する試料A,Bの発振器としての動作電圧付近での伝導帯バンドプロファイルを計算した結果を示す図である。図2、図3の場合と同様に、図8は基板側のサブエミッタ層91に負の電圧を印加し、コレクタ層101に正の電圧を印加した状態を示している。エミッタ層92側のバンドが平坦な領域とコレクタ層100側のバンドが平坦な領域とのエネルギー差が、印加バイアス電圧に対応する。
【0039】
本実施の形態では、電子走行層を、第1の電子走行層98と第2の電子走行層99と第3の電子走行層100の3層のInGaAs層で構成し、そのうち第1の電子走行層98と第2の電子走行層99をIn組成の高いInGaAsで構成することにより、電子走行層において、第2の障壁層97にヘテロ接合している電子走行層の伝導帯の電子から見たポテンシャルを変化させ、第2の障壁層97との接合面での電子走行層のポテンシャルがコレクタ層101のポテンシャルよりも低く、コレクタ層101との距離が近づくに従って電子走行層のポテンシャルがコレクタ層101のポテンシャルに近づくようにし、コレクタ層101との接合面での電子走行層のポテンシャルがコレクタ層101のポテンシャルと同じになるような構造としている。このような構造により、第1の実施の形態で説明した効果を得ることができる。
【0040】
エミッタ層92側のバンドが平坦な領域のポテンシャルと、第2の障壁層97と電子走行層との接合界面のエネルギー差が、二重障壁層(第1の障壁層95、井戸層96、第2の障壁層97)を電子がトンネルする際のランチャー効果の指標となる。つまり、このエネルギー差が大きいほど、二重障壁層を電子がトンネルする際のランチャー効果は大きくなる。
【0041】
図8によると、試料Aのエネルギー差DAは約280meVであり、試料Bのエネルギー差DBは160meVである。電子走行層を3層構造とし、第3の電子走行層100と比較してIn組成を高くしたInGaAsを第1、第2の電子走行層98,99に用いたことにより、試料Bよりも試料Aの方が大きなエネルギー差が得られることが分かる。つまり、二重障壁層のランチャー効果は本実施の形態の試料Aの方が大きくなることが分かる。
【0042】
また、高いIn組成のInGaAsにおける電子の有効質量は、格子整合InGaAsにおける電子の有効質量よりも小さくなる。そのため、試料Bよりも本実施の形態の試料Aの方が、電子走行層中の電子の有効質量が小さくなるため、電子走行層中の電子の速度は上昇する。
【0043】
発明者らは、上記の試料A,BをそれぞれRTD9として使用した図5のようなテラヘルツ発振器を作製した。試料Aを使用した場合、発振器の最高発振周波数として1.08THzが得られ、試料Bを使用した場合、最高発振周波数として1.04THzが得られた。
【0044】
得られた最高発振周波数より電子走行層の走行時間を計算すると、試料Aの電子走行層走行時間は140fsであり、試料Bの電子走行層走行時間は170fsであった。すなわち、本実施の形態の試料Aの方が電子の走行時間を30fs短縮出来ていることが分かる。この走行時間の短縮は、高いIn組成のInGaAsからなる電子走行層を用いることによって、二重障壁層と電子走行層との界面における電子のランチャー効果が促進されると共に、電子走行層内での電子の有効質量が低減され、電子が高速化したことを示唆している。
【0045】
また、本実施の形態では、エミッタ層をエミッタ層92とグレーデッドエミッタ層93の2層のInGaAs層で構成し、グレーデッドエミッタ層93を段階的にIn組成が低くなるInGaAsで構成することにより、エミッタ層の伝導帯の電子から見たポテンシャルを変化させ、第1の障壁層95との距離が近づくに従ってエミッタ層およびスペーサ層のポテンシャルが高くなるような構造としている。このような構造により、第2の実施の形態で説明した効果を得ることができる。
【0046】
以上のように、本実施の形態では、二重障壁層のランチャー効果の促進と電子の有効質量の低減が可能となり、電子走行層中の電子の走行時間を短縮することができるので、テラヘルツ発振器の高周波化を実現することができる。また、本実施の形態では、バイアス電圧を低減することができ、RTDおよびテラヘルツ発振器の消費電力を低減することが可能となる。
【0047】
なお、本実施の形態では、電子が基板側から表面側に流れるバイアス極性を想定し、グレーデッドエミッタ層93を二重障壁部分よりも基板側に設置し、第1、第2、第3の電子走行層98,99,100を二重障壁部分よりも表面側に設置した。電子が表面側から基板側に流れるバイアス極性、つまりサブエミッタ層91に正の電圧を印加し、コレクタ層101に負の電圧を印加する極性を想定する場合には、グレーデッドエミッタ層93を二重障壁部分よりも表面側に設置し、第1、第2、第3の電子走行層98,99,100を二重障壁部分よりも基板側に設ければ良い。つまり、図4において、エミッタ層92から第3の電子走行層100までの構造の上下を反転させた構造を用いても、本実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0048】
また、本実施の形態では、電子走行層を、3つの異なるIn組成を有するInGaAsによって構成する例を示したが、本実施の形態の効果を得るための電子走行層内の組成の分布はこの限りではない。電子走行層の構成は、第2の障壁層側からコレクタ層側にかけてIn組成が段階的に変化し、第2の障壁層側で高In組成のInGaAsからなり、コレクタ層との距離が近づくに従い、コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成に近づくようにすればよい。各々のInGaAs層のIn組成と厚さは、格子不整合による格子緩和の起きない範囲で構成すれば良い。
【0049】
なお、In組成が高くなるにつれて、電子走行層に加わる圧縮歪みが大きくなり、臨界膜厚が低下する。電子走行層を構成するInGaAsのIn組成の上限値は、電子走行層の膜厚がIn組成で定まる臨界膜厚と一致するIn組成の値である。
【0050】
また、本実施の形態では、製造の容易さから、電子走行層を3層に分割し、各層で混晶組成を変化させることで階段状にポテンシャルを変化させているが、本発明は伝導帯のポテンシャルが連続的に変化する構造でも階段状のポテンシャル構造と同様の効果を得ることができるので、連続的に組成が変化する傾斜組成層で電子走行層を構成しても構わない。
【0051】
また、本実施の形態では、グレーデッドエミッタ層93とスペーサ層94を、3つの異なるIn組成を有するInGaAsによって構成する例を示したが、本実施の形態の効果を得るための各層の組成の構成はこの限りではなく、エミッタ層から障壁層にかけて、エミッタを構成するInGaAsの組成から段階的にIn組成が低下する層構成となっていればよい。例えば、4層ないし5層の異なるIn組成からなるInGaAsによって、グレーデッドエミッタ層93とスペーサ層94を構成しても同様の効果は得られる。
【0052】
なお、In組成が低くなるにつれてスペーサ層94およびグレーデッドエミッタ層93に加わる引っ張り歪みが大きくなり、臨界膜厚が低下する。スペーサ層94およびグレーデッドエミッタ層93を構成するInGaAsのIn組成の下限値は、スペーサ層94とグレーデッドエミッタ層93の膜厚がIn組成で定まる臨界膜厚と一致するIn組成の値である。
【0053】
また、本実施の形態では、エミッタ層をエミッタ層92とグレーデッドエミッタ層93の2層で構成し、各層で混晶組成を変化させることで階段状にポテンシャルを変化させているが、電子走行層の場合と同様に、ポテンシャルが連続的に変化する構造でも階段状のポテンシャル構造と同様の効果を得ることができるので、連続的に組成が変化する傾斜組成層でエミッタ層を構成しても構わない。
【0054】
また、第1〜第3の実施の形態では、エミッタ層24,92の外側にサブエミッタ層23,91を設けているが、同様にコレクタ層30,101の外側(コレクタ層30,101と左電極4,32との間)にサブコレクタ層を設けるようにしてもよい。サブコレクタ層は、エミッタ層24,92およびコレクタ層30,101と同じ導電型を示す不純物で、かつコレクタ層30,101よりも高い濃度の不純物がドープされた半導体によって構成すればよい。
【0055】
また、第3の実施の形態では、第1、第2の実施の形態で説明したRTDの構造をInGaAs/InP系の半導体材料で実現している例を示したが、第1〜第3の実施の形態で説明した伝導帯のポテンシャルの構造(バンドラインナップ)を実現できるのであれば、InGaAs/InP系以外の半導体材料を使用してRTDを製作することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、共鳴トンネルダイオード、および共鳴トンネルダイオードを使用したテラヘルツ発振器に適用することができる。
【符号の説明】
【0057】
1,21…基板、2,31…右電極、3…絶縁体、4,32…左電極、5,6…凹部、7…凸部、8…突起部、9,20…共鳴トンネルダイオード、10…抵抗、11…直流電源、22,90…バッファ層、23,91…サブエミッタ層、24,92…エミッタ層、25,94…スペーサ層、26,27,95,97…障壁層、27,96…井戸層、29,98,99,100…電子走行層、30,101…コレクタ層、93…グレーデッドエミッタ層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不純物がドープされた半導体からなるエミッタ層と、
電気的に中性な半導体からなるスペーサ層と、
前記エミッタ層および前記スペーサ層の各層の電子に対して障壁となる第1の障壁層と、
電気的に中性な半導体からなる井戸層と、
前記エミッタ層および前記スペーサ層の各層の電子に対して障壁となる第2の障壁層と、
電気的に中性な半導体からなり、前記エミッタ層から前記スペーサ層と前記第1の障壁層と前記井戸層と前記第2の障壁層とを経て電子が流れ込む電子走行層と、
不純物がドープされた半導体からなるコレクタ層とが順次積層され、
前記電子走行層は、前記第2の障壁層との接合面でのポテンシャルが前記コレクタ層のポテンシャルよりも低く、前記コレクタ層との距離が近づくに従ってポテンシャルが前記コレクタ層のポテンシャルに近づき、前記コレクタ層との接合面でのポテンシャルが前記コレクタ層のポテンシャルと同じになることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項2】
請求項1記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記エミッタ層および前記スペーサ層は、前記第1の障壁層との距離が近づくに従ってポテンシャルが高くなることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項3】
請求項1記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記半導体はInGaAsであり、
前記電子走行層を構成するInGaAsは、前記第2の障壁層側でのIn組成が前記コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成よりも高く、前記コレクタ層との距離が近づくに従ってIn組成が前記コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成に近づき、前記コレクタ層との接合面でのIn組成が前記コレクタ層を構成するInGaAsのIn組成と同じになることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項4】
請求項2記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記半導体はInGaAsであり、
前記エミッタ層と前記スペーサ層とを構成するInGaAsは、前記第1の障壁層との距離が近づくに従ってIn組成が低くなることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記電子走行層、前記エミッタ層および前記スペーサ層は、ポテンシャルが階段状に変化することを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項6】
請求項5に記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記電子走行層および前記エミッタ層は、それぞれ複数の層からなることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記エミッタ層に負の電圧が印加され、前記コレクタ層に正の電圧が印加される場合において、基板上に前記エミッタ層、前記スペーサ層、前記第1の障壁層、前記井戸層、前記第2の障壁層、前記電子走行層、前記コレクタ層の順に積層されることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項8】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
前記エミッタ層に正の電圧が印加され、前記コレクタ層に負の電圧が印加される場合において、基板上に前記コレクタ層、前記電子走行層、前記第2の障壁層、前記井戸層、前記第1の障壁層、前記スペーサ層、前記エミッタ層の順に積層されることを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の共鳴トンネルダイオードにおいて、
さらに、前記エミッタ層の外側に前記エミッタ層と接するように積層され、前記エミッタ層および前記コレクタ層と同じ導電型を示す不純物で、かつ前記エミッタ層よりも高い濃度の不純物がドープされた半導体からなるサブエミッタ層と、
前記コレクタ層の外側に前記コレクタ層と接するように積層され、前記エミッタ層および前記コレクタ層と同じ導電型を示す不純物で、かつ前記コレクタ層よりも高い濃度の不純物がドープされた半導体からなるサブコレクタ層とを有することを特徴とする共鳴トンネルダイオード。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれか1項に記載の共鳴トンネルダイオードと、
この共鳴トンネルダイオードに接続された共振器であるスロットアンテナと、
前記共鳴トンネルダイオードのエミッタ層とコレクタ層との間にバイアス電圧を印加する電源とからなることを特徴とするテラヘルツ発振器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−160686(P2012−160686A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21439(P2011−21439)
【出願日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)