内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構
【課題】狙いとする圧縮比のときの圧縮比のばらつきを精度よく調整する。
【解決手段】制御軸の回転により偏心軸部の位置を変化させることによってピストンの上死点位置が変化して圧縮比が変化すると共に、偏心スリーブを偏心軸部に対して回転させることで、各気筒毎にピストンの上死点位置が調整可能な内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構において、制御軸の角度を最高圧縮比における角度に設定し、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフトを固定した上で、偏心スリーブを、線形特性領域の中央となる姿勢で偏心軸部に組付けたときに、ピストン位置が、最高圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品を予め加工(各部品寸法を設定)しておく。
【解決手段】制御軸の回転により偏心軸部の位置を変化させることによってピストンの上死点位置が変化して圧縮比が変化すると共に、偏心スリーブを偏心軸部に対して回転させることで、各気筒毎にピストンの上死点位置が調整可能な内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構において、制御軸の角度を最高圧縮比における角度に設定し、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフトを固定した上で、偏心スリーブを、線形特性領域の中央となる姿勢で偏心軸部に組付けたときに、ピストン位置が、最高圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品を予め加工(各部品寸法を設定)しておく。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1には、ピストンに揺動自由に連結された第1リンクと、この第1リンクに回動自在に連結されると共に、クランクシャフトのクランクピンに回転自由に装着された第2リンクと、偏心軸部を有するコントロールシャフトと、第2リンクに連結ピンを介して回転自由に連結されると共に、コントロールシャフトの偏心軸部に揺動可能に連結された第3リンクと、を備え、機関運転状態に応じてコントロールシャフトを回転して偏心軸部を位置を変更して内燃機関の圧縮比を可変制御する内燃機関の可変圧縮比機構において、各気筒毎に独立して圧縮比を調整可能な調整手段が前記第3リンクの下部に設けられたものが開示されている。
【0003】
この特許文献1においては、第3リンクの下部に、ネジ溝が形成されたボルト穴が設けられ、そのボルト穴に調整ボルトが螺合していると共に、第3リンクの下部に一対の半割構造の偏心スリーブ軸受が設けられている。そして、この偏心スリーブ軸受の外周と調整ボルトの先端が係合しており、調整ボルトを回転させて前進後退させることて偏心スリーブ軸受が回転するので、第3リンクと第2リンクとを連結する連結ピンと、第3リンクの下部の揺動中心間の距離の微調整が可能となり、圧縮比の微調整が可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−69027
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、この特許文献1に開示された可変圧縮比機構においては、ピストンの上死点位置を調整する際の設定圧縮比や偏心スリーブの角度姿勢についてまでは言及されておらず、例えば内燃機関が特定の圧縮比を多用する使われ方をする場合等、狙いとする圧縮比のときの圧縮比のばらつきを精度よく調整できない虞がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明は、制御軸の回転により偏心軸部の位置を変化させることによってピストンの上死点位置が変化して圧縮比が変化すると共に、偏心スリーブを前記偏心軸部に対して回転させることで、各気筒毎にピストンの上死点位置が調整可能な内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構において、前記制御軸の角度を所定の圧縮比に対応した角度に設定し、前記クランクシャフトの角度を前記ピストンが所定のストローク位置となる角度に設定した上で、前記偏心スリーブを、該偏心スリーブの回転角度に対する前記ピストンのストローク位置の関係が線形に近い線形特性領域の中央となる姿勢で前記偏心軸部に組付けたときに、前記ピストンのストローク位置が所定の圧縮比における所定のストローク位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各要素が構成されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、狙いとする所定の圧縮比のときの圧縮比のばらつきを精度よく調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明が適用された内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構の概略構成を示す説明図。
【図2】制御軸付近の構成を示す側面図。
【図3】制御軸の側面図。
【図4】制御軸の正面図。
【図5】本発明が適用された内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構におけるコントロールリンクと制御軸との連結部分を拡大して示した説明図。
【図6】本発明が適用された内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構に用いられる偏心スリーブを示す説明図であり、(a)は正面図、(b)は側面図、(c)は背面図である。
【図7】偏心スリーブの回転角度とピストンの高さ変化の関係を模式的に示した説明図。
【図8】本発明の第1実施形態における偏心スリーブの回転角度と最高圧縮比のときのピストンの高さ変化の関係を模式的に示した説明図。
【図9】本発明の第1実施形態における偏心スリーブの回転角度と制御軸の回転角度の関係を模式的に示した説明図。
【図10】本発明の第2実施形態における偏心スリーブの回転角度と中間圧縮比のときのピストンの高さ変化の関係を模式的に示した説明図。
【図11】本発明の第2実施形態における偏心スリーブの回転角度と制御軸の回転角度の関係を模式的に示した説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1及び図2は、本発明が適用される複リンク式ピストン−クランク機構の基本的な構成の一例を示すものであって、直列4気筒の内燃機関へ適用された場合を示している。図1は内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構の概略構成を示す説明図であり、図2は制御軸6(後述)付近の構成を示す側面図である。
【0010】
複リンク式ピストン−クランク機構は、ピストン1とクランクシャフト2とを連結するアッパリンク3及びロアリンク4と、アッパリンク3及びロアリンク4の動きを規制するコントロールリンク5と、コントロールリンク5の一端が揺動可能に連結される偏心軸部7を有する制御軸6と、から大略構成されている。
【0011】
ピストン1は、シリンダブロック9に形成されたシリンダ10内を摺動可能に配置されており、アッパリンク3の一端(図1における上端)にピストンピン11を介して揺動可能に連結されている。
【0012】
アッパリンク3は、他端(図1における下端)が、第1連結ピン12を介してロアリンク4の一端部に回転可能に連結されている。
【0013】
ロアリンク4は、その中央部においてクランクシャフト2のクランクピン13に回転可能に取り付けられている。
【0014】
クランクシャフト2は、複数のジャーナル部14とクランクピン13とを備えており、その回転軸となるジャーナル部14がシリンダブロック9に回転可能に支持されている。クランクピン13は、ジャーナル部14から所定量偏心しており、ここにロアリンク4が回転自在に連結されている。
【0015】
ロアリンク4の運動を拘束するコントロールリンク5は、一端(図1における上端)が第2連結ピン16を介してロアリンク4の他端部に回動可能に連結され、他端(図1おける下端)が内燃機関本体の一部となるシリンダブロック9に揺動可能に支持されている。コントロールリンク5の他端は、内燃機関の圧縮比の変更のために、その揺動支点17の位置が内燃機関本体に対して変位可能となっている。具体的には、クランクシャフト2と平行に延びた制御軸6を備え、この制御軸6に偏心して設けられた偏心軸部7にコントロールリンク5の他端が回転可能に嵌合している。つまり、揺動支点17は偏心軸部7の中心位置である。
【0016】
制御軸6は、図1〜図4に示すように、シリンダブロック9に対して回転可能に支持される主軸部8と、この主軸部8に対して所定量e0だけ偏心した偏心軸部7と、有している。偏心軸部7は、主軸部8よりも大径となるよう設定されていて、偏心軸部7と主軸部8の間は偏心軸部7及び主軸部8のどちらよりも径が細い接続部26となっている。制御軸6の一端には、電気モータ等のアクチュエータ19が取り付けられている。本実施形態において、制御軸6は、4箇所に偏心軸部7が形成され、これらの偏心軸部7に4つの気筒のコントロールリンク5がそれぞれ連結されている。
【0017】
従って、圧縮比の変更のために、アクチュエータ19により制御軸6を回転駆動すると、コントロールリンク5の揺動支点17となる偏心軸部7の中心位置が機関本体に対して移動する。これにより、コントロールリンク5によるロアリンク4の運動拘束条件が変化して、クランク角に対するピストン1の行程位置が変化し、ひいては圧縮比が変更されることになる。
【0018】
また、この複リンク式ピストン−クランク機構においては、クランクシャフト2のジャーナル部14の中心15が、シリンダ10のボア中心線L1に対して、図1における右側にオフセットした構成となっている。また、制御軸6の回転軸となる主軸部8が、ジャーナル部14の中心15を通り、シリンダ10のボア中心線L1に対して平行なジャーナル部中心線L2に対して、図1における右側にオフセットすると共に、クランクシャフト2のジャーナル部14よりも図1における下方に位置するよう構成されている。
【0019】
換言すれば、複リンク式ピストン−クランク機構は、シリンダ10のボア中心線L1に対して、クランクシャフト2のジャーナル部14と、制御軸6の主軸部8とが同じ方向にオフセットし、かつ制御軸6がクランクシャフト2よりも下方に位置するように構成されている。
【0020】
ここで、制御軸6の偏心軸部7の周囲(外周)には、図5及び図6に示すように、略円筒状の継ぎ目の無い偏心スリーブ20が圧入されている。偏心スリーブ20は、機関運転中に偏心軸部7に対して相対回転することなく、十分な圧入代に基づく圧入によって固定される。従って本発明によれば、従来技術のようにコントロールリンクの連結ピン孔(軸受メタルの内周)の中心位置が調整される代わりに、制御軸6の偏心軸部7(軸側の外周)の中心位置が調整される。
【0021】
この偏心スリーブ20は、偏心軸部7に圧入される筒状部21と、筒状部21の一端に形成された回転角度調整部22と、を有している。筒状部21は、偏心軸部7の外周面と対向する内周面23に対して、コントロールリンク5の他端側に取り付けられた円筒状の軸受けメタル24と回転可能に嵌合する外周面25が、所定量eだけ偏心するよう形成されている。回転角度調整部22は、筒状部21の一端の全周に鍔状に形成された凸部であって、偏心スリーブ20を軸方向から見て、外形が6角形となるように形成されている。
【0022】
ここで、偏心スリーブ20は、制御軸6の偏心軸部7に圧入されているため、偏心スリーブ20の筒状部21の内周面23と、偏心軸部7の外周面とが直接接触する部分が必ず存在することになる。すなわち、偏心スリーブ20の筒状部21の内周面23と、偏心軸部7の外周面との間は、少なくとも流体潤滑状態とはならないように設定されている。
【0023】
尚、本実施形態における制御軸6は、図3に示すように、4つの偏心軸部7を有しており、偏心軸部7a、7bについては図3における右側から、偏心軸部7c、7dについては図3における左側からそれぞれ偏心スリーブ20が組付けられている。これは、偏心軸部7a、7dの外径が、偏心軸部7b、7cの外径よりも(例えば1mmほど)小さく設定されているからである。但し、偏心軸部7a、7dに圧入される偏心スリーブ20の筒状部21の内径は、偏心軸部7b、7cに圧入される偏心スリーブ20の筒状部21の内径よりも小さく設定され、圧入代δ(偏心軸部7の外径と、偏心スリーブ20の筒状部21の内径との差)は全気筒同一となるよう設定されている。また、偏心スリーブの外径は全気筒で同一となるように構成され、コントロールリンク5は全気筒で共通のものを用いることができるようになっている。
【0024】
偏心スリーブ20の外径中心と内径中心のずれに相当する偏心量eは、全気筒で等しく、気筒間の圧縮比のばらつき調整に必要な最小限の偏心量に設定されたものであって、制御軸6における偏心軸部7の主軸部8に対する偏心量e0よりも小さく設定されている。
【0025】
このような複リンク式ピストン−クランク機構において、内燃機関の組み立て工程中に圧縮比の調整を行う場合には、全てのリンク部品(アッパリンク3、ロアリンク4、コントロールリンク5)を組付けた後、制御軸6を回転しないように固定し、例えば上死点位置における各気筒のピストン1の高さを測定し、測定した高さと、その時の制御軸6の角度に対応する上死点位置の計算上のピストン高さとの比較から各気筒の偏心スリーブ20の必要回転角度を算出し、治具を偏心スリーブ20の回転角度調整部22に係合させて、各気筒の偏心スリーブ20を回転させ、ピストン1の高さを調整する。ピストン1のストローク位置の中で、上死点位置を採用して調整することにすれば、治具を用いた調整が容易に行なえる。
【0026】
ここで、偏心スリーブ20の回転角度とピストン1の高さ変化の関係は、図7に示すような関係になっている。制御軸8を固定し、ピストン上死点位置において(調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2を固定して)偏心スリーブ21のみを回転させた場合、ピストン上死点位置が最も高くなる回転角度からピストン上死点位置が最も低くなる回転角度になる過程に、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1の上死点位置(高さ)の関係が線形(割合が一定)に近い領域(線形特性領域)が存在する。このような線形に近い領域では、ピストン1の高さを調整する際に、要求されるピストン高さの調整量を偏心スリーブ20の回転角度に精度よく変換可能となり、偏心スリーブ21の回転角度管理が可能となることからピストン高さを調整することによる圧縮比ばらつきの調整作業が容易になる。
【0027】
偏心スリーブ20を回転させてピストン1の上死点位置の調整を行う場合、例えば、各気筒のピストン1の上死点位置を設計上の中央値(設計中央値)に一致するように調整する場合、調整を行った圧縮比においては(制御軸8の角度が上死点位置の調整を行った角度であれば)、気筒間の圧縮比ばらつきを略ゼロにすることが可能である。しかしながら、ピストン1の上死点位置の調整を行った圧縮比以外の圧縮比におけるピストン1の上死点位置については、気筒間のばらつきがゼロになっているわけではない。
【0028】
そのため、例えば偏心スリーブ20を回転させてピストン1の上死点位置の調整を行ったときの圧縮比以外の圧縮比が、内燃機関の運転中に多用されるのであれば、使用頻度の低い圧縮比のときの気筒間の圧縮比ばらつきを最小限とする利点は少ない。一方、使用頻度の高い圧縮比のときの気筒間の圧縮比ばらつきを最小限にできれば、総じて燃費性能を向上させることが可能となるなどの利点が多い。
【0029】
そこで、内燃機関が複リンク式ピストン−クランク機構で実現可能な最高圧縮比をその運転中に最も使用するような場合には、図8、図9に示す本発明の第1実施形態のように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品寸法を設定する。すなわち、制御軸8の角度を最高圧縮比における角度に設定し、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2を固定した上で、偏心スリーブ20を、線形特性領域の中央となる姿勢で偏心軸部7に組付けたときに、ピストン位置が、最高圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品を予め加工(各部品寸法を設定)しておく。実際の組立て工程において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際には、制御軸6の回転角度が最高圧縮比のときの回転角度で、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2が固定された状態で、偏心スリーブ20を偏心軸部7に対して回転させピストン1の上死点位置の調整を実施する。本例の場合、複リンク式ピストン−クランク機構の構成が、コントロールリンク5の上下方向の動きを、比較的ダイレクトにピストン1ないしアッパリンク3の上下方向の動きへと変換する構成になっている(クランクピン13を中心とした点対称に近い配置になっている)ため、偏心スリーブ20の偏心方向P2(詳細は後述)はコントロールリンク5の長手方向と交差した向き(コントロールリンク5をリニアに動かすことができる概ね垂直に近い向き)を向いている。
【0030】
この第1実施形態において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際の(調整前の)偏心軸部7に対する偏心スリーブ20の組付け角度は、図8に示すように、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1の上死点位置(高さ)の関係が線形(割合が一定)に近い領域内(線形特性領域)の中心付近の角度となっている。
【0031】
また、図9に示すように、制御軸6の回転角度が最高圧縮比のときの回転角度のときに、ピストン1の上死点位置が設計上の中央値となるように偏心スリーブ20を回転させて圧縮比の調整を行っているので、ピストン上死点位置が低いときに比べて上死点位置が高くなるほど(圧縮比が低いときに比べて圧縮比が高くなるほど)、設計上の中央値となるピストン上死点位置へと調整後のピストン上死点位置が接近していく傾向の特性となって、使用頻度の高い最高圧縮比のときに最も設計中央値に近づいている。
【0032】
尚、この第1実施形態においては、図9に示すように、主軸部8に対する偏心軸部7の偏心方向P1に対して、偏心スリーブ20の偏心方向P2が図9における時計周り方向側に所定角度ずれて位置していて、この向きの設定は、高圧縮比のときの複リンク式ピストン−クランク機構の姿勢を織り込んだ上で、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1のストローク位置の関係を最も線形に近づける(割合を最も一定に近づける)ものとなっている。図9中の31は、主軸部8の中心位置であり、32は偏心スリーブ20の中心位置(偏心スリーブ20の外周面25の中心位置)である。また、偏心スリーブ20の偏心方向P2を示す矢印は、偏心スリーブ20を正面から見たときに、偏心スリーブ20の中心位置32と、偏心スリーブ20(筒状部21)の最も肉厚が薄くなる部分と、最も肉厚が厚くなる部分と、を通る直線上に位置するものである。ちなみに、偏心スリーブ20によりピストン1の上死点位置の調整を行う前は、ピストン上死点位置は、設計上の中央値に対して、図9中に2本の2点鎖線で挟まれた範囲で示めされるばらつきの範囲を持つことになる。
【0033】
このような第1実施形態においては、例えば、過給機と併用され、内燃機関が最高圧縮比を多用するような場合に、多用される最高圧縮比のばらつきが無くなるように精度よく調整することができるので、ノックキングの発生を抑制することができると共に、高圧縮比、特に最高圧縮比で運転された際の燃費を向上させることができる。つまり、この第1実施形態は、最もばらつきを減らしたい圧縮比が最高圧縮比である場合に適用するのが好適である。
【0034】
また、内燃機関が複リンク式ピストン−クランク機構で実現可能な最高圧縮比と最低圧縮比との間の中間圧縮比をその運転中に最も使用するような場合には、図10、図11に示す本発明の第2実施形態のように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品寸法を設定する。すなわち、制御軸8の角度を中間圧縮比における角度に設定し、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2を固定した上で、偏心スリーブ20を、線形特性領域の中央となる姿勢で偏心軸部7に組付けたときに、ピストン位置が、中間圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品を予め加工(各部品寸法を設定)しておく。実際の組立て工程において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際には、制御軸6の回転角度が中間圧縮比のときの回転角度で、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2が固定された状態で、偏心スリーブ20を偏心軸部7に対して回転させピストン1の上死点位置の調整を実施する。本例の場合、複リンク式ピストン−クランク機構の構成が、コントロールリンク5の上下方向の動きを、比較的ダイレクトにピストン1ないしアッパリンク3の上下方向の動きへと変換する構成になっている(クランクピン13を中心とした点対称に近い配置になっている)ため、偏心スリーブ20の偏心方向P2はコントロールリンク5の長手方向と交差した向き(コントロールリンク5をリニアに動かすことができる概ね垂直に近い向き)を向いている。
【0035】
この第2実施形態において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際の(調整前の)偏心軸部7に対する偏心スリーブ20の組付け角度は、図10に示すように、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1の上死点位置(高さ)の関係が線形(割合が一定)に近い領域内(線形特性領域)の中心付近の角度となっている。
【0036】
また、図11に示すように、制御軸6の回転角度が中間圧縮比のときの回転角度のときに、ピストン1の上死点位置が設計上の中央値となるように偏心スリーブ20を回転させて圧縮比の調整を行っているので、制御軸6の回転角度が中間圧縮比のときの回転角度へ近づくほど、設計上の中央値となるピストン上死点位置へと調整後のピストン上死点位置が接近していく傾向の特性となって、使用頻度の高い中間圧縮比のときに最も設計中央値に近づいている。
【0037】
尚、この第2実施形態においては、図11に示すように、主軸部8に対する偏心軸部7の偏心方向P1に対して、偏心スリーブ20の偏心方向P2が図11における反時計周り方向側に所定角度ずれて位置していて、この向きの設定は、中間縮比のときの複リンク式ピストン−クランク機構の姿勢を織り込んだ上で、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1のストローク位置の関係を最も線形に近づける(割合を最も一定に近づける)ものとなっている。複リンク式ピストン−クランク機構の姿勢が、圧縮比が異なる第1実施形態とは違うため、偏心方向P2は第1実施形態とは若干異なる方向となる。ちなみに、この第2実施形態においても、偏心スリーブ20によりピストン1の上死点位置の調整を行う前は、ピストン上死点位置は、設計上の中央値に対して、図11中に2本に2点鎖線に挟まれた範囲で示されるばらつきの範囲を持つことになる。
【0038】
このような第2実施形態においては、例えば、ハイブリッド車両等に搭載され、バッテリの充電のために主として内燃機関を運転するため、最低圧縮比よりも大きいとある中間の圧縮比で多用する場合に、このとある中間の圧縮比を前記中間圧縮比とすることで、多用される中間圧縮比のばらつきが無くなるように精度よく調整することができ、中間圧縮比で運転された際の燃費を向上させることができる。つまり、この第2実施形態は、最もばらつきを減らしたい圧縮比が最低圧縮比よりも大きいとある中間の圧縮比である場合に適用するのが好適である。
【0039】
また、上述した第1、第2実施形態においては、偏心スリーブ20により、気筒間の圧縮比のばらつきが低減されるため、その分、吸排気弁とピストンとの干渉回避のために設定されるマージンの低減、点火時期進角、EGR領域の拡大、が可能となり、燃費を向上させることが可能となる。そして、偏心スリーブ20により、気筒間の圧縮比のばらつきが低減されるため、その分、過給圧領域の拡大が可能となり、出力、トルクを向上させることが可能となる。
【0040】
尚、最低圧縮比におけるピストン上死点位置が、最低圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値と一致するよう、偏心軸部7に偏心スリーブ20を圧入すると共に、制御軸6の回転角度が最低圧縮比のときに、偏心スリーブ20を偏心軸部7に対して回転させピストン1の上死点位置の調整を実施すると、図9、図11の傾向から、圧縮比が高くなるほど、圧縮比のばらつきが大きくなるので、少なくとも最低圧縮比以外の圧縮比を最もばらつきを減らす圧縮比に設定するのが望ましい。
【符号の説明】
【0041】
5…コントロールリンク
6…制御軸
7…偏心軸部
20…偏心スリーブ
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1には、ピストンに揺動自由に連結された第1リンクと、この第1リンクに回動自在に連結されると共に、クランクシャフトのクランクピンに回転自由に装着された第2リンクと、偏心軸部を有するコントロールシャフトと、第2リンクに連結ピンを介して回転自由に連結されると共に、コントロールシャフトの偏心軸部に揺動可能に連結された第3リンクと、を備え、機関運転状態に応じてコントロールシャフトを回転して偏心軸部を位置を変更して内燃機関の圧縮比を可変制御する内燃機関の可変圧縮比機構において、各気筒毎に独立して圧縮比を調整可能な調整手段が前記第3リンクの下部に設けられたものが開示されている。
【0003】
この特許文献1においては、第3リンクの下部に、ネジ溝が形成されたボルト穴が設けられ、そのボルト穴に調整ボルトが螺合していると共に、第3リンクの下部に一対の半割構造の偏心スリーブ軸受が設けられている。そして、この偏心スリーブ軸受の外周と調整ボルトの先端が係合しており、調整ボルトを回転させて前進後退させることて偏心スリーブ軸受が回転するので、第3リンクと第2リンクとを連結する連結ピンと、第3リンクの下部の揺動中心間の距離の微調整が可能となり、圧縮比の微調整が可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−69027
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、この特許文献1に開示された可変圧縮比機構においては、ピストンの上死点位置を調整する際の設定圧縮比や偏心スリーブの角度姿勢についてまでは言及されておらず、例えば内燃機関が特定の圧縮比を多用する使われ方をする場合等、狙いとする圧縮比のときの圧縮比のばらつきを精度よく調整できない虞がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明は、制御軸の回転により偏心軸部の位置を変化させることによってピストンの上死点位置が変化して圧縮比が変化すると共に、偏心スリーブを前記偏心軸部に対して回転させることで、各気筒毎にピストンの上死点位置が調整可能な内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構において、前記制御軸の角度を所定の圧縮比に対応した角度に設定し、前記クランクシャフトの角度を前記ピストンが所定のストローク位置となる角度に設定した上で、前記偏心スリーブを、該偏心スリーブの回転角度に対する前記ピストンのストローク位置の関係が線形に近い線形特性領域の中央となる姿勢で前記偏心軸部に組付けたときに、前記ピストンのストローク位置が所定の圧縮比における所定のストローク位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各要素が構成されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、狙いとする所定の圧縮比のときの圧縮比のばらつきを精度よく調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明が適用された内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構の概略構成を示す説明図。
【図2】制御軸付近の構成を示す側面図。
【図3】制御軸の側面図。
【図4】制御軸の正面図。
【図5】本発明が適用された内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構におけるコントロールリンクと制御軸との連結部分を拡大して示した説明図。
【図6】本発明が適用された内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構に用いられる偏心スリーブを示す説明図であり、(a)は正面図、(b)は側面図、(c)は背面図である。
【図7】偏心スリーブの回転角度とピストンの高さ変化の関係を模式的に示した説明図。
【図8】本発明の第1実施形態における偏心スリーブの回転角度と最高圧縮比のときのピストンの高さ変化の関係を模式的に示した説明図。
【図9】本発明の第1実施形態における偏心スリーブの回転角度と制御軸の回転角度の関係を模式的に示した説明図。
【図10】本発明の第2実施形態における偏心スリーブの回転角度と中間圧縮比のときのピストンの高さ変化の関係を模式的に示した説明図。
【図11】本発明の第2実施形態における偏心スリーブの回転角度と制御軸の回転角度の関係を模式的に示した説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1及び図2は、本発明が適用される複リンク式ピストン−クランク機構の基本的な構成の一例を示すものであって、直列4気筒の内燃機関へ適用された場合を示している。図1は内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構の概略構成を示す説明図であり、図2は制御軸6(後述)付近の構成を示す側面図である。
【0010】
複リンク式ピストン−クランク機構は、ピストン1とクランクシャフト2とを連結するアッパリンク3及びロアリンク4と、アッパリンク3及びロアリンク4の動きを規制するコントロールリンク5と、コントロールリンク5の一端が揺動可能に連結される偏心軸部7を有する制御軸6と、から大略構成されている。
【0011】
ピストン1は、シリンダブロック9に形成されたシリンダ10内を摺動可能に配置されており、アッパリンク3の一端(図1における上端)にピストンピン11を介して揺動可能に連結されている。
【0012】
アッパリンク3は、他端(図1における下端)が、第1連結ピン12を介してロアリンク4の一端部に回転可能に連結されている。
【0013】
ロアリンク4は、その中央部においてクランクシャフト2のクランクピン13に回転可能に取り付けられている。
【0014】
クランクシャフト2は、複数のジャーナル部14とクランクピン13とを備えており、その回転軸となるジャーナル部14がシリンダブロック9に回転可能に支持されている。クランクピン13は、ジャーナル部14から所定量偏心しており、ここにロアリンク4が回転自在に連結されている。
【0015】
ロアリンク4の運動を拘束するコントロールリンク5は、一端(図1における上端)が第2連結ピン16を介してロアリンク4の他端部に回動可能に連結され、他端(図1おける下端)が内燃機関本体の一部となるシリンダブロック9に揺動可能に支持されている。コントロールリンク5の他端は、内燃機関の圧縮比の変更のために、その揺動支点17の位置が内燃機関本体に対して変位可能となっている。具体的には、クランクシャフト2と平行に延びた制御軸6を備え、この制御軸6に偏心して設けられた偏心軸部7にコントロールリンク5の他端が回転可能に嵌合している。つまり、揺動支点17は偏心軸部7の中心位置である。
【0016】
制御軸6は、図1〜図4に示すように、シリンダブロック9に対して回転可能に支持される主軸部8と、この主軸部8に対して所定量e0だけ偏心した偏心軸部7と、有している。偏心軸部7は、主軸部8よりも大径となるよう設定されていて、偏心軸部7と主軸部8の間は偏心軸部7及び主軸部8のどちらよりも径が細い接続部26となっている。制御軸6の一端には、電気モータ等のアクチュエータ19が取り付けられている。本実施形態において、制御軸6は、4箇所に偏心軸部7が形成され、これらの偏心軸部7に4つの気筒のコントロールリンク5がそれぞれ連結されている。
【0017】
従って、圧縮比の変更のために、アクチュエータ19により制御軸6を回転駆動すると、コントロールリンク5の揺動支点17となる偏心軸部7の中心位置が機関本体に対して移動する。これにより、コントロールリンク5によるロアリンク4の運動拘束条件が変化して、クランク角に対するピストン1の行程位置が変化し、ひいては圧縮比が変更されることになる。
【0018】
また、この複リンク式ピストン−クランク機構においては、クランクシャフト2のジャーナル部14の中心15が、シリンダ10のボア中心線L1に対して、図1における右側にオフセットした構成となっている。また、制御軸6の回転軸となる主軸部8が、ジャーナル部14の中心15を通り、シリンダ10のボア中心線L1に対して平行なジャーナル部中心線L2に対して、図1における右側にオフセットすると共に、クランクシャフト2のジャーナル部14よりも図1における下方に位置するよう構成されている。
【0019】
換言すれば、複リンク式ピストン−クランク機構は、シリンダ10のボア中心線L1に対して、クランクシャフト2のジャーナル部14と、制御軸6の主軸部8とが同じ方向にオフセットし、かつ制御軸6がクランクシャフト2よりも下方に位置するように構成されている。
【0020】
ここで、制御軸6の偏心軸部7の周囲(外周)には、図5及び図6に示すように、略円筒状の継ぎ目の無い偏心スリーブ20が圧入されている。偏心スリーブ20は、機関運転中に偏心軸部7に対して相対回転することなく、十分な圧入代に基づく圧入によって固定される。従って本発明によれば、従来技術のようにコントロールリンクの連結ピン孔(軸受メタルの内周)の中心位置が調整される代わりに、制御軸6の偏心軸部7(軸側の外周)の中心位置が調整される。
【0021】
この偏心スリーブ20は、偏心軸部7に圧入される筒状部21と、筒状部21の一端に形成された回転角度調整部22と、を有している。筒状部21は、偏心軸部7の外周面と対向する内周面23に対して、コントロールリンク5の他端側に取り付けられた円筒状の軸受けメタル24と回転可能に嵌合する外周面25が、所定量eだけ偏心するよう形成されている。回転角度調整部22は、筒状部21の一端の全周に鍔状に形成された凸部であって、偏心スリーブ20を軸方向から見て、外形が6角形となるように形成されている。
【0022】
ここで、偏心スリーブ20は、制御軸6の偏心軸部7に圧入されているため、偏心スリーブ20の筒状部21の内周面23と、偏心軸部7の外周面とが直接接触する部分が必ず存在することになる。すなわち、偏心スリーブ20の筒状部21の内周面23と、偏心軸部7の外周面との間は、少なくとも流体潤滑状態とはならないように設定されている。
【0023】
尚、本実施形態における制御軸6は、図3に示すように、4つの偏心軸部7を有しており、偏心軸部7a、7bについては図3における右側から、偏心軸部7c、7dについては図3における左側からそれぞれ偏心スリーブ20が組付けられている。これは、偏心軸部7a、7dの外径が、偏心軸部7b、7cの外径よりも(例えば1mmほど)小さく設定されているからである。但し、偏心軸部7a、7dに圧入される偏心スリーブ20の筒状部21の内径は、偏心軸部7b、7cに圧入される偏心スリーブ20の筒状部21の内径よりも小さく設定され、圧入代δ(偏心軸部7の外径と、偏心スリーブ20の筒状部21の内径との差)は全気筒同一となるよう設定されている。また、偏心スリーブの外径は全気筒で同一となるように構成され、コントロールリンク5は全気筒で共通のものを用いることができるようになっている。
【0024】
偏心スリーブ20の外径中心と内径中心のずれに相当する偏心量eは、全気筒で等しく、気筒間の圧縮比のばらつき調整に必要な最小限の偏心量に設定されたものであって、制御軸6における偏心軸部7の主軸部8に対する偏心量e0よりも小さく設定されている。
【0025】
このような複リンク式ピストン−クランク機構において、内燃機関の組み立て工程中に圧縮比の調整を行う場合には、全てのリンク部品(アッパリンク3、ロアリンク4、コントロールリンク5)を組付けた後、制御軸6を回転しないように固定し、例えば上死点位置における各気筒のピストン1の高さを測定し、測定した高さと、その時の制御軸6の角度に対応する上死点位置の計算上のピストン高さとの比較から各気筒の偏心スリーブ20の必要回転角度を算出し、治具を偏心スリーブ20の回転角度調整部22に係合させて、各気筒の偏心スリーブ20を回転させ、ピストン1の高さを調整する。ピストン1のストローク位置の中で、上死点位置を採用して調整することにすれば、治具を用いた調整が容易に行なえる。
【0026】
ここで、偏心スリーブ20の回転角度とピストン1の高さ変化の関係は、図7に示すような関係になっている。制御軸8を固定し、ピストン上死点位置において(調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2を固定して)偏心スリーブ21のみを回転させた場合、ピストン上死点位置が最も高くなる回転角度からピストン上死点位置が最も低くなる回転角度になる過程に、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1の上死点位置(高さ)の関係が線形(割合が一定)に近い領域(線形特性領域)が存在する。このような線形に近い領域では、ピストン1の高さを調整する際に、要求されるピストン高さの調整量を偏心スリーブ20の回転角度に精度よく変換可能となり、偏心スリーブ21の回転角度管理が可能となることからピストン高さを調整することによる圧縮比ばらつきの調整作業が容易になる。
【0027】
偏心スリーブ20を回転させてピストン1の上死点位置の調整を行う場合、例えば、各気筒のピストン1の上死点位置を設計上の中央値(設計中央値)に一致するように調整する場合、調整を行った圧縮比においては(制御軸8の角度が上死点位置の調整を行った角度であれば)、気筒間の圧縮比ばらつきを略ゼロにすることが可能である。しかしながら、ピストン1の上死点位置の調整を行った圧縮比以外の圧縮比におけるピストン1の上死点位置については、気筒間のばらつきがゼロになっているわけではない。
【0028】
そのため、例えば偏心スリーブ20を回転させてピストン1の上死点位置の調整を行ったときの圧縮比以外の圧縮比が、内燃機関の運転中に多用されるのであれば、使用頻度の低い圧縮比のときの気筒間の圧縮比ばらつきを最小限とする利点は少ない。一方、使用頻度の高い圧縮比のときの気筒間の圧縮比ばらつきを最小限にできれば、総じて燃費性能を向上させることが可能となるなどの利点が多い。
【0029】
そこで、内燃機関が複リンク式ピストン−クランク機構で実現可能な最高圧縮比をその運転中に最も使用するような場合には、図8、図9に示す本発明の第1実施形態のように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品寸法を設定する。すなわち、制御軸8の角度を最高圧縮比における角度に設定し、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2を固定した上で、偏心スリーブ20を、線形特性領域の中央となる姿勢で偏心軸部7に組付けたときに、ピストン位置が、最高圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品を予め加工(各部品寸法を設定)しておく。実際の組立て工程において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際には、制御軸6の回転角度が最高圧縮比のときの回転角度で、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2が固定された状態で、偏心スリーブ20を偏心軸部7に対して回転させピストン1の上死点位置の調整を実施する。本例の場合、複リンク式ピストン−クランク機構の構成が、コントロールリンク5の上下方向の動きを、比較的ダイレクトにピストン1ないしアッパリンク3の上下方向の動きへと変換する構成になっている(クランクピン13を中心とした点対称に近い配置になっている)ため、偏心スリーブ20の偏心方向P2(詳細は後述)はコントロールリンク5の長手方向と交差した向き(コントロールリンク5をリニアに動かすことができる概ね垂直に近い向き)を向いている。
【0030】
この第1実施形態において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際の(調整前の)偏心軸部7に対する偏心スリーブ20の組付け角度は、図8に示すように、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1の上死点位置(高さ)の関係が線形(割合が一定)に近い領域内(線形特性領域)の中心付近の角度となっている。
【0031】
また、図9に示すように、制御軸6の回転角度が最高圧縮比のときの回転角度のときに、ピストン1の上死点位置が設計上の中央値となるように偏心スリーブ20を回転させて圧縮比の調整を行っているので、ピストン上死点位置が低いときに比べて上死点位置が高くなるほど(圧縮比が低いときに比べて圧縮比が高くなるほど)、設計上の中央値となるピストン上死点位置へと調整後のピストン上死点位置が接近していく傾向の特性となって、使用頻度の高い最高圧縮比のときに最も設計中央値に近づいている。
【0032】
尚、この第1実施形態においては、図9に示すように、主軸部8に対する偏心軸部7の偏心方向P1に対して、偏心スリーブ20の偏心方向P2が図9における時計周り方向側に所定角度ずれて位置していて、この向きの設定は、高圧縮比のときの複リンク式ピストン−クランク機構の姿勢を織り込んだ上で、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1のストローク位置の関係を最も線形に近づける(割合を最も一定に近づける)ものとなっている。図9中の31は、主軸部8の中心位置であり、32は偏心スリーブ20の中心位置(偏心スリーブ20の外周面25の中心位置)である。また、偏心スリーブ20の偏心方向P2を示す矢印は、偏心スリーブ20を正面から見たときに、偏心スリーブ20の中心位置32と、偏心スリーブ20(筒状部21)の最も肉厚が薄くなる部分と、最も肉厚が厚くなる部分と、を通る直線上に位置するものである。ちなみに、偏心スリーブ20によりピストン1の上死点位置の調整を行う前は、ピストン上死点位置は、設計上の中央値に対して、図9中に2本の2点鎖線で挟まれた範囲で示めされるばらつきの範囲を持つことになる。
【0033】
このような第1実施形態においては、例えば、過給機と併用され、内燃機関が最高圧縮比を多用するような場合に、多用される最高圧縮比のばらつきが無くなるように精度よく調整することができるので、ノックキングの発生を抑制することができると共に、高圧縮比、特に最高圧縮比で運転された際の燃費を向上させることができる。つまり、この第1実施形態は、最もばらつきを減らしたい圧縮比が最高圧縮比である場合に適用するのが好適である。
【0034】
また、内燃機関が複リンク式ピストン−クランク機構で実現可能な最高圧縮比と最低圧縮比との間の中間圧縮比をその運転中に最も使用するような場合には、図10、図11に示す本発明の第2実施形態のように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品寸法を設定する。すなわち、制御軸8の角度を中間圧縮比における角度に設定し、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2を固定した上で、偏心スリーブ20を、線形特性領域の中央となる姿勢で偏心軸部7に組付けたときに、ピストン位置が、中間圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各部品を予め加工(各部品寸法を設定)しておく。実際の組立て工程において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際には、制御軸6の回転角度が中間圧縮比のときの回転角度で、調整対象の気筒が上死点位置となるようにクランクシャフト2が固定された状態で、偏心スリーブ20を偏心軸部7に対して回転させピストン1の上死点位置の調整を実施する。本例の場合、複リンク式ピストン−クランク機構の構成が、コントロールリンク5の上下方向の動きを、比較的ダイレクトにピストン1ないしアッパリンク3の上下方向の動きへと変換する構成になっている(クランクピン13を中心とした点対称に近い配置になっている)ため、偏心スリーブ20の偏心方向P2はコントロールリンク5の長手方向と交差した向き(コントロールリンク5をリニアに動かすことができる概ね垂直に近い向き)を向いている。
【0035】
この第2実施形態において、偏心スリーブ20を偏心軸部7に圧入した際の(調整前の)偏心軸部7に対する偏心スリーブ20の組付け角度は、図10に示すように、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1の上死点位置(高さ)の関係が線形(割合が一定)に近い領域内(線形特性領域)の中心付近の角度となっている。
【0036】
また、図11に示すように、制御軸6の回転角度が中間圧縮比のときの回転角度のときに、ピストン1の上死点位置が設計上の中央値となるように偏心スリーブ20を回転させて圧縮比の調整を行っているので、制御軸6の回転角度が中間圧縮比のときの回転角度へ近づくほど、設計上の中央値となるピストン上死点位置へと調整後のピストン上死点位置が接近していく傾向の特性となって、使用頻度の高い中間圧縮比のときに最も設計中央値に近づいている。
【0037】
尚、この第2実施形態においては、図11に示すように、主軸部8に対する偏心軸部7の偏心方向P1に対して、偏心スリーブ20の偏心方向P2が図11における反時計周り方向側に所定角度ずれて位置していて、この向きの設定は、中間縮比のときの複リンク式ピストン−クランク機構の姿勢を織り込んだ上で、偏心スリーブ20の回転角度に対するピストン1のストローク位置の関係を最も線形に近づける(割合を最も一定に近づける)ものとなっている。複リンク式ピストン−クランク機構の姿勢が、圧縮比が異なる第1実施形態とは違うため、偏心方向P2は第1実施形態とは若干異なる方向となる。ちなみに、この第2実施形態においても、偏心スリーブ20によりピストン1の上死点位置の調整を行う前は、ピストン上死点位置は、設計上の中央値に対して、図11中に2本に2点鎖線に挟まれた範囲で示されるばらつきの範囲を持つことになる。
【0038】
このような第2実施形態においては、例えば、ハイブリッド車両等に搭載され、バッテリの充電のために主として内燃機関を運転するため、最低圧縮比よりも大きいとある中間の圧縮比で多用する場合に、このとある中間の圧縮比を前記中間圧縮比とすることで、多用される中間圧縮比のばらつきが無くなるように精度よく調整することができ、中間圧縮比で運転された際の燃費を向上させることができる。つまり、この第2実施形態は、最もばらつきを減らしたい圧縮比が最低圧縮比よりも大きいとある中間の圧縮比である場合に適用するのが好適である。
【0039】
また、上述した第1、第2実施形態においては、偏心スリーブ20により、気筒間の圧縮比のばらつきが低減されるため、その分、吸排気弁とピストンとの干渉回避のために設定されるマージンの低減、点火時期進角、EGR領域の拡大、が可能となり、燃費を向上させることが可能となる。そして、偏心スリーブ20により、気筒間の圧縮比のばらつきが低減されるため、その分、過給圧領域の拡大が可能となり、出力、トルクを向上させることが可能となる。
【0040】
尚、最低圧縮比におけるピストン上死点位置が、最低圧縮比におけるピストン上死点位置の設計上の中央値と一致するよう、偏心軸部7に偏心スリーブ20を圧入すると共に、制御軸6の回転角度が最低圧縮比のときに、偏心スリーブ20を偏心軸部7に対して回転させピストン1の上死点位置の調整を実施すると、図9、図11の傾向から、圧縮比が高くなるほど、圧縮比のばらつきが大きくなるので、少なくとも最低圧縮比以外の圧縮比を最もばらつきを減らす圧縮比に設定するのが望ましい。
【符号の説明】
【0041】
5…コントロールリンク
6…制御軸
7…偏心軸部
20…偏心スリーブ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のピストンとクランクシャフトとを連結する複数のリンク部材と、これら複数のリンク部材の動きを規制するコントロールリンクと、前記コントロールリンクの一端が揺動可能に連結される偏心軸部を有する制御軸と、前記偏心軸部に圧入された筒状の偏心スリーブと、を有し、前記制御軸の回転により前記偏心軸部の位置を変化させることによって前記ピストンの上死点位置が変化して圧縮比が変化すると共に、前記偏心スリーブを前記偏心軸部に対して回転させることで、各気筒毎にピストンの上死点位置が調整可能な内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構において、
前記制御軸の角度を所定の圧縮比に対応した角度に設定し、前記クランクシャフトの角度を前記ピストンが所定のストローク位置となる角度に設定した上で、前記偏心スリーブを、該偏心スリーブの回転角度に対する前記ピストンのストローク位置の関係が線形に近い線形特性領域の中央となる姿勢で前記偏心軸部に組付けたときに、前記ピストンのストローク位置が所定の圧縮比における所定のストローク位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各要素が構成されていることを特徴とする内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項2】
所定の圧縮比は、前記制御軸を回転させることで実現可能な最低圧縮比よりも大きい圧縮比であることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項3】
所定の圧縮比は、前記制御軸を回転させることで実現可能な最高圧縮比であることを特徴とする請求項1または2に記載の内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項4】
前記ピストンの所定のストローク位置は上死点位置であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項1】
内燃機関のピストンとクランクシャフトとを連結する複数のリンク部材と、これら複数のリンク部材の動きを規制するコントロールリンクと、前記コントロールリンクの一端が揺動可能に連結される偏心軸部を有する制御軸と、前記偏心軸部に圧入された筒状の偏心スリーブと、を有し、前記制御軸の回転により前記偏心軸部の位置を変化させることによって前記ピストンの上死点位置が変化して圧縮比が変化すると共に、前記偏心スリーブを前記偏心軸部に対して回転させることで、各気筒毎にピストンの上死点位置が調整可能な内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構において、
前記制御軸の角度を所定の圧縮比に対応した角度に設定し、前記クランクシャフトの角度を前記ピストンが所定のストローク位置となる角度に設定した上で、前記偏心スリーブを、該偏心スリーブの回転角度に対する前記ピストンのストローク位置の関係が線形に近い線形特性領域の中央となる姿勢で前記偏心軸部に組付けたときに、前記ピストンのストローク位置が所定の圧縮比における所定のストローク位置の設計上の中央値とほぼ一致するように、複リンク式ピストン−クランク機構の各要素が構成されていることを特徴とする内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項2】
所定の圧縮比は、前記制御軸を回転させることで実現可能な最低圧縮比よりも大きい圧縮比であることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項3】
所定の圧縮比は、前記制御軸を回転させることで実現可能な最高圧縮比であることを特徴とする請求項1または2に記載の内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【請求項4】
前記ピストンの所定のストローク位置は上死点位置であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の内燃機関の複リンク式ピストン−クランク機構。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2013−11207(P2013−11207A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−143626(P2011−143626)
【出願日】平成23年6月29日(2011.6.29)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月29日(2011.6.29)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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