説明

内燃機関用点火コイルおよびその製造方法

【課題】従来よりも良好なコロナ寿命を有する点火コイルを提供すること。
【解決手段】減圧工程および高圧工程によって、ハウジング10内に収容された二次コイル17等を樹脂材料20で気密に封止する。樹脂材料20には、充填剤を65重量%以上80重量%以下含有し、さらに、充填剤を60重量%以上の球状シリカ、40重量%以下の破砕シリカを用いることにより、ハウジング10内を封止する樹脂成形体20a中の充填剤の粒子が、絶縁破壊路を形成する電気トリーの進展に対する大きな障害となる。これにより、とりわけ高電圧が発生する二次コイル17近傍における電気トリーの進展が鈍化し、点火コイル100のコロナ寿命が良化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関において点火プラグに印加する電圧を発生させる内燃機関用点火コイルおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関用点火コイル(以下、単に「点火コイル」と称す。)は、内燃機関に取り付けられた点火プラグに高電圧を印加して、混合気に着火させるためのものであって、一次コイル、二次コイル等を熱硬化性樹脂等からなる樹脂成形体により封止してなる(例えば特許文献1参照)。
【0003】
従来、樹脂成形体中に前記一次コイル、二次コイルを封止する方法として、一次コイル、二次コイル等の点火コイルの構成要素を内包するハウジングを炉内にセットし、炉内を真空あるいは大気状態とした後、液状の樹脂成形体の前駆体を上記ハウジングの開口部に滴下し、ハウジング内に上記前駆体を充填する。その後、大気圧環境下で樹脂を加熱し硬化させ、一次コイル、二次コイル等を樹脂成形体によって封止、接着するものが知られている。
【0004】
樹脂成形体としては、エポキシ樹脂に充填剤として樹脂成形体内における電気トリーの進展を抑制することが知られているシリカを添加したものが広く用いられており、このようなシリカを含有する樹脂成形体を用いた点火コイルを上記の製造方法で製造する際、液状の前駆体を一次巻線の線間および二次巻線の線間に十分含浸させるため、詳細には、上記線間に、電気トリーの進展を加速するボイドが発生することのないよう、シリカの含有量を樹脂成形体の重量に対して約50重量%を上限として上記前駆体の粘度が50ポアズよりも小さくなるよう樹脂成形体に対するシリカの含有量を調整していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−26267号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、低燃費、低公害の車両に対応するための環境型エンジンとして、過給、リーンバーンのガソリン直噴エンジンにおいては、高圧縮比、高EGR(Exhaust Gas Recirculation)の使用に伴い、点火コイルの着火性の低下が懸念されており、この着火性の低下を防止するための一つの手段として、高出力(発生電圧、放電エネルギー等)の点火コイルが求められている。このような点火コイルの更なる高出力化の要求に伴い、二次コイルの放電電圧は40kV程度まで要求されている。
【0007】
しかしながら、このような高出力の点火コイルの高耐電圧寿命を確保するために、プラグホールやシリンダヘッド上方の空間において、そのハウジングの体格を増加することによって絶縁距離をかせぎ、その高耐電圧寿命を担保することは歩行者保護法等によりボンネット内の空間を確保しなければいけない観点から好ましくない。
【0008】
そこで、点火コイルの体格を増加することなく、高出力の点火コイルの高耐電圧寿命を十分に担保するために、エポキシ樹脂に含有されて電気トリーの進展を抑制するシリカの含有量を50重量%よりも大きくすることが考えられる。しかしながら、上述のように樹脂成形体に対するシリカの含有量が50重量%以上になると樹脂成形体の粘度が増加し、一次巻線および二次巻線の線間に樹脂成形体が十分に含浸せず、ボイドが発生し、該ボイドによって逆に高耐電圧寿命の低下、具体的には、コロナ放電に対する寿命(以下、コロナ寿命と称す。)の低下を招来する虞があるため、高出力の点火コイルにおいて、シリカの含有量が50重量%以上の樹脂成形体を用いることは困難であるとされていた。
【0009】
本発明は、こうした問題に鑑みてなされたものであって、その目的は、従来よりもコロナ寿命が良好な点火コイルおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の内燃機関用点火コイルは、一次巻線を複数回巻回してなる一次コイルと、線径が30〜100μmの二次巻線を複数回巻回してなる二次コイルと、一次巻線の線間および二次巻線の線間に含浸するとともに、一次コイルおよび二次コイルを封止する樹脂成形体とを有する内燃機関用点火コイルにおいて、樹脂成形体は、樹脂成形体中の電気トリーの進展を抑制するために、60重量%以上の球状シリカと40%重量%以下の破砕シリカとからなる充填剤を65重量%以上80重量%以下含有する。
【0011】
このように、シリカを65重量%以上80重量%以下含有する樹脂成形体で一次コイルおよび二次コイルを封止することにより、樹脂成形体内に65%以上80%以下の重量分率を占める充填剤の粒子が絶縁破壊路を形成する電気トリーの進展に対する大きな障害となって電気トリーの進展を抑制し、コロナ寿命を向上することができる。
【0012】
さらに、発明者の鋭意研究により、60重量%以上の球状シリカと40重量%以下の破砕シリカとで充填剤を構成することで、点火コイルのコロナ寿命のバラつきが大幅に改善されるとともに、所望のコロナ寿命を有する点火コイルが確実に得られることを初めて見出した。ここで、一般的に樹脂成形体に充填剤として含有されるシリカは、その粒子形状から球状シリカと破砕シリカとに大別されることは周知の事項である。
【0013】
以上の樹脂成形体を用いることにより、とりわけコロナ放電が発生しやすい二次コイル近傍の耐高電圧特性が向上し、コロナ寿命の良好な点火コイルが得られる。
【0014】
請求項2、6に記載の発明によると、樹脂成形体の線膨張係数は、10×10−6〜27×10−6/℃である。このような線膨張係数の樹脂成形体を用いることにより、点火コイルを構成する一次コイル、二次コイル等の線膨張係数と樹脂成形体の線膨張係数との差異が小さくなる。これにより、点火コイルがその使用環境下で受ける冷熱サイクルの影響が緩和され、樹脂成形体の耐クラック性が向上し、コロナ寿命の良好な点火コイルが得られる。
【0015】
請求項3に記載の発明は、一次巻線を複数回巻回してなる一次コイルと、線径が30〜100μmの二次巻線を複数回巻回してなる二次コイルと、一次巻線の線間および二次巻線の線間に含浸するとともに、一次コイルおよび二次コイルを封止する、充填剤を65重量%以上80重量%以下含有する樹脂成形体とを有する内燃機関用点火コイルの製造方法であって、一次コイルおよび二次コイルを収容する収容体の内部を大気圧よりも低圧状態にする減圧工程と、樹脂成形体の前駆体によって、一次コイルおよび二次コイルを封止する注型工程と、前駆体を加圧する加圧工程とを備えることを特徴とする内燃機関用点火コイルの製造方法である。
【0016】
つまり、樹脂成形体を成形する際、一次コイルおよび二次コイルが収容された収容体が低圧状態のときに樹脂成形体の前駆体により一次コイルおよび二次コイルを封止し、その後、前駆体を加圧することで、一次巻線または二次巻線の線間に上記前駆体が十分に含浸する。これにより、コロナ寿命が良好な点火コイルを製造することができる。
【0017】
請求項4に記載の発明によると、樹脂成形体に含有される充填剤は、球状シリカと破砕シリカとからなり、前記球状シリカを60重量%以上、前記破砕シリカを40重量%以下含有する。球状シリカは、破砕シリカと比べて鋭角な部分が少ないことから、樹脂成形体と充填剤との界面において電界集中が起こりにくい、換言すると、電気トリーが進展しにくい。
【0018】
また、球状シリカは、破砕シリカと比べて鋭角な部分が少ないことから、樹脂成形体と充填剤との界面における応力(以下、樹脂応力と称す。)が発生しにくく、クラックが発生しにくい。したがって、点火コイルの使用環境下において、クラックにより生じる空気層が点火コイルのコロナ寿命を低下させる虞が少なく、点火コイル毎のコロナ寿命のバラつきが抑制され、コロナ寿命が良好な点火コイルを製造することができる。
【0019】
さらに、球状シリカは、破砕シリカに比べて、樹脂成形体の粘度を低減する効果が大きいという知見に基づき、球状シリカを60重量%以上含有する樹脂成形体を用いることによって、一次巻線または二次巻線の線間に樹脂成形体が充填しやすく、ボイドが発生しにくい。これにより、コロナ寿命の良好な点火コイルが得られる。
【0020】
請求項5に記載の発明によると、加圧工程にて、前駆体を2MPa以上8MPa以下にて加圧する。加圧工程において加える圧力が2MPaよりも低い場合には、上記前駆体が一次巻線の線間および二次巻線の線間に十分に含浸せず、ボイドが残存する虞がある。一方、上記圧力が8MPaよりも高い場合には、点火コイルの構成部品の位置ずれ等、悪影響が及ぶ虞がある。よって、加圧工程において、前駆体を2MPa以上8MPa以下で加圧することより、一次巻線の線間および二次巻線の線間に前駆体を十分に含浸させることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】点火コイルを示す縦断面の模式図である。
【図2】充填剤の含有量と点火コイルのコロナ寿命との関係を示す特性図である。
【図3】点火コイルのコロナ寿命と点火コイル内に発生する電界強度との関係を示す特性図である。
【図4】充填剤の含有量と樹脂材料の線膨張係数との関係を示す特性図である。
【図5】球状シリカおよび破砕シリカの含有比率とコロナ寿命との関係を示す特性図である。
【図6】図5の試験条件を示す模式図である。
【図7】(a)球状シリカおよび破砕シリカの簡易モデルを用いた電界集中の発生しやすさの比較図である。 (b)球状シリカおよび破砕シリカの簡易モデルを用いた樹脂応力の比較図である。
【図8】減圧工程を示す模式図である。
【図9】注型工程を示す模式図である。
【図10】加圧工程を示す模式図である。
【図11】点火コイルの構造の変形例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
【0023】
まず、本発明に係る点火コイル100の基本的構成について説明する。なお、図1は、点火コイル100の縦断面の模式図である。
【0024】
(基本的構成)
ハウジング10はPBT等の硬質樹脂からなり、エンジンヘッド1のプラグホール2の横断面積よりも大きな底面を有する矩形箱状を呈し、プラグホール2の開口部外側に固定されている。また、ハウジング10の側壁には、ハウジング10から外側に突出するコネクタ部10aがそれぞれ一体に形成されている。コネクタ部10aは、外部電源(図示せず)とイグナイタ23とを電気的に接続する役割を果たす。さらに、エンジンヘッド1に対向するハウジング10の底壁には、ハウジング10からプラグホール2側に突出する筒状部材10bが一体に形成されている。
【0025】
図1に示すように、ハウジング10の内部には、中心コア13、一次スプール14、一次コイル15、および二次スプール16、二次コイル17が収容され、またハウジング10の外部には、外周コア18が設けられている。
【0026】
中心コア13は、磁性材を積層してなり、全体として円柱状を呈している。中心コア13は、その軸方向がプラグホール2の軸方向に対して略垂直となるように、設けられている。
【0027】
外周コア18は、磁性材を積層してなり、全体としてプラグホール2に向かって開口する箱状を呈している。外周コア18のうち、一対の対向する側面は、中心コア13の両端面と対向しており、これにより、中心コア13と外周コア18とで、磁気エネルギーの損失を抑制する閉磁路を形成している。
【0028】
一次スプール14は、PP、PE等の硬質樹脂からなり、中心コア13の外周側に中心コア13と略同心状に設けられている。一次コイル15は、ボビン形状の一次スプール14に断面円形の一次巻線115を巻回してなる。なお、一次コイル15については、直径が0.3〜0.8mmの銅線を100〜230ターン巻回することによって形成している。
【0029】
二次スプール16は、PP、PE等の硬質樹脂からなり、一次コイル15の外周側に中心コア13と略同心状に設けられている。二次コイル17は、ボビン形状の二次スプール18に断面円形の二次巻線117を巻回してなる。なお、二次コイル17については、直径が30μm以上100μm以下、好ましくは40〜50μmの銅線を10000〜20000ターン、斜向巻き等の巻回方法を用いて巻回することにより形成される。
【0030】
ハウジング10の内部には、樹脂材料20が充填されている。樹脂材料20は、二次コイル17とハウジング10との間に介在しており、両者を電気的に絶縁している。また、樹脂材料20は、一次コイル15と二次コイル17との間にも介在しており、両者を電気的に絶縁している。
【0031】
図1に示すようにシール部材24は、ゴム材料からなり、全体として略円筒状を呈している。シール部材24は、筒状部材10bの外周面、ハウジング10の底壁およびエンジンヘッド1の上面との間に介設され、プラグホール2の開口部をシールしている。筒状部材10bの内周側には、高圧端子22が設けられ、二次コイル17を構成する自己融着線の巻き終わり部分は、金属端子21を介して当該高圧端子22に電気的に接続されている。
【0032】
上記構成において、エンジンコントロールユニット(図示せず)からの信号により、スイッチング素子を内蔵するイグナイタ23が、一次コイル15に流れる電流を遮断すると、一次および二次コイル15,17間の相互誘導作用により、40数kVの高電圧が二次コイル17に発生する。こうして二次コイル17に発生した高電圧は、高圧端子22等を介して、点火プラグ101に導かれ、点火プラグ101の先端で火花放電を発生させる。
【0033】
(特徴的構成)
上述のように、ハウジング10の内部には、樹脂材料20が充填されており、樹脂材料20は、中心コア13、一次スプール14、一次コイル15、二次スプール16、二次コイル17、外周コア18、およびイグナイタ23を封止、絶縁している。
【0034】
樹脂材料20は、熱硬化性樹脂に充填剤として球状シリカ(図示せず)を、75重量%含有してなる。なお、熱硬化性樹脂には、絶縁性に加え、中心コア13、一次スプール14、一次コイル15、二次スプール16、二次コイル17、外周コア18、およびイグナイタ23との接着性、省コストなどの性能が求められることから、エポキシ樹脂を用いることが好ましい。樹脂材料20は、ガラス転移点Tgよりも低い温度のときには、流動性のないガラス状となり、ガラス転移点Tgよりも高い温度のときは流動性のあるゴム状となる。なお、両者は、状態こそ異なるが、組成は同一である。
【0035】
以下、両者を区別するため、ガラス状の樹脂材料20を樹脂成形体20a、ゴム状の樹脂材料20を前駆体20bとする。なお、点火コイル100の製造工程において、ハウジング10内に前駆体20bが注入され、その後加熱されることにより、前駆体20bは、樹脂成形体20aに変態する。つまり、最終製品である点火コイル100には、樹脂材料20は、該樹脂成形体20aの状態で存在する。
【0036】
図2は、樹脂成形体20aを100重量%としたときに、球状シリカ100%よりなる充填剤の含有量を種々変更した際の、点火コイル100のコロナ寿命(耐電圧寿命)を示す特性図であり、図3は、点火コイル100の使用時に発生する電界強度(kV/mm)とコロナ寿命(h)との関係を示す特性図である。図2から、樹脂成形体20aに上記の充填剤を65重量%以上80重量%以下含有させたときに、樹脂成形体20aのコロナ寿命は370時間以上という良好な値をとる。これは、点火コイル100の高電圧側、具体的には、たとえば二次コイル17の高電圧側から外周コア18に向かって発生するコロナ放電に起因して成長、進展する電気トリーに対して、樹脂成形体20a内の球状シリカが進展抵抗となって電気トリーの進展を抑制することによる。
【0037】
また、図3に示すように、たとえば、実際の点火コイル100の使用域である電界強度20kV/mmにおいて、実線で示される本実施形態の点火コイル100は、破線で示される従来の点火コイルと比べてコロナ寿命が数千時間ほど向上することが実験により確認されている。なお、図3の実験結果は、樹脂成形体20aに対する充填剤の含有量が45重量%の従来品と、樹脂成形体20aに対する充填剤の含有量を75重量%とした本件発明とを比較したものであり、点火コイルの体格、充填剤の組成、および構成部品は全て同一の条件で行ったものである。なお、図3において本件発明の樹脂成形体20aにおいて充填剤は球状シリカ100%であり、一方、従来品の充填剤は、球状シリカが10重量%、破砕シリカが90重量%で構成したものである。ここで、球状シリカと破砕シリカとの差異として、球状シリカは、高温で溶融させて真球状に加工することで、略真球の形状を有するのに対し、破砕シリカは、機械的に粉砕をかけて製造するため、鋭角なエッジを有する角張った形状を呈するものをいう。
【0038】
図3より、樹脂成形体20a中に充填剤を65重量%以上80重量%以下含有する樹脂成形体を用いることにより、従来よりもはるかに良好なコロナ寿命を有する点火コイル100を得ることができる。ここで、電気トリーとは、トリーイング破壊により生じる樹枝状の絶縁破壊路のことである。
【0039】
なお、樹脂材料20は、充填剤の含有量が80重量%を超えると、樹脂材料20中の基材、たとえばエポキシ基が減少することにより、接着性等の特性が失われてしまうため不適である。
【0040】
図4は、充填剤の含有量と樹脂材料20の線膨張係数との関係を示す特性図である。図4に示されるように、樹脂成形体20aに含有するシリカ重量比率を増やせば増やすほど、樹脂成形体20aの線膨張係数が線形的に低下する。中でも球状シリカが100重量%で構成される充填剤を65重量%以上80重量%以下含有した樹脂成形体20aの線膨張係数は、17〜27(×10−6/℃)といった樹脂材料20としては非常に小さな値となる。一次コイル15、二次コイル17、中心コア13、外周コア18といった金属よりなる点火コイル100の各構成部材の線膨張係数は10〜15(×10−6/℃)程度であるので、これら構成部材の線膨張係数と樹脂成形体20aの線膨張係数との差異は非常に小さくなる。
【0041】
これにより、点火コイル100の使用環境下で発生する冷熱ストレスに対して、点火コイル100の構成要素全てが略一体に伸縮することにより、樹脂成形体20aと上記金属製の構成部材との間に働く応力が減少し、樹脂成形体20aに応力由来のクラック発生が抑制される。空気層であるクラックは、電気トリ−の進展を助長するものであるため、上記樹脂成形体20aを用いることによって、樹脂成形体20aにクラックが発生しにくい分、電気トリーの進展が抑制されて、点火コイル100のコロナ寿命をより一層増加させることに繋がる。すなわち、樹脂成形体20aの線膨張係数を低下させて点火コイル100のコロナ寿命の向上を図るために、上記充填剤の含有量を65重量%以上とすることに特定される。なお、図3において、75重量%の充填剤を含有する樹脂成形体20aは100重量%の球状シリカで充填剤を構成したときのものであるが、球状シリカの重量比率を60重量%〜100重量%の間で変更したときにおいても、つまり、充填剤に破砕シリカを40重量%以下含有させた場合においても、多少の程度の差こそあれ同様の挙動を示すことが実験により分かっている。
【0042】
図5は、本実施形態と組成が同様の樹脂成形体20a(充填剤に対する球状シリカを100重量%含有)の板状の試料1と、樹脂成形体20aの充填剤に対して破砕シリカを100重量%含有する試料1と同一形状の試料2とを準備し、これら試料1、2のコロナ寿命を比較したものである。試験方法としては、図6に示すように、厚さが約1.0mmの試料1、2に直径10mmの鋼球を押し当て、該鋼球に点火コイル100を接続して、100Hzの周波数にて25kVの電圧を印加したときの試験結果(試験回数は5回)である。
【0043】
図5の縦軸はコロナ寿命(h)、横軸は樹脂成形体20aに含有される球状シリカ、破砕シリカの各重量比率(%)を示したものである。図5に示されるように、試料1(球状シリカ100重量%)のコロナ寿命は、約430時間〜790時間の範囲内に収まるのに対し、試料2(破砕シリカ100重量%)のコロナ寿命は、約220時間〜790時間といった広い範囲でバラつくことが分かる。すなわち、試料1と試料2とを比較したとき、試料1と試料2とのコロナ寿命の最大値の差異は僅かであるが、試料2は試料1に比べてコロナ寿命のバラつきが大きく、試料2では、樹脂成形体20aの製造バラつきに起因して、点火コイル100として所望されるコロナ寿命である370時間を大きく下回ることがあり、所望のコロナ寿命を有さない点火コイルが製造される虞がある。そこで、このような問題を解消するために、球状シリカと破砕シリカとの重量比率を最適化すべく、上記試験結果において、試料1のコロナ寿命の最小値と試料2のコロナ寿命の最小値とを直線で結び、該直線と所望のコロナ寿命の下限値(370時間)との交点を求めた。そして、この交点から所望のコロナ寿命を有する点火コイル100を製造可能とするには、球状シリカが60重量%以上100重量%以下、破砕シリカが0重量%以上40重量%以下となる充填剤を用いることが好適であると結論づけた。
【0044】
図7は、充填剤を100重量%の球状シリカで構成したものと、100重量%の破砕シリカで構成したものとで、電界集中の発生しやすさ、および樹脂応力を、簡易モデルを用いて比較したものである。ここで、簡易モデルとは、100重量%の球状シリカを用いたものを球体とし、100重量%の破砕シリカを用いたものを立方体として模擬したものである。また、図7の結果は、アンシス ジャパン株式会社製のソフトウェアANSYSを用いて計算した。
【0045】
図7(a)に示されるように、球状シリカは、破砕シリカと比べて、電界集中の発生しやすさが20%程度低い。これは、球状シリカが破砕シリカと比べて鋭角な部分が少ないことに起因すると考えられる。つまり、球状シリカは破砕シリカと比べて電界集中が発生しにくいことから、電気トリーの進展が鈍化し、コロナ寿命が良化して点火コイル毎のコロナ寿命が良好な範囲で安定するものと考えられる。
【0046】
また、図7(b)に示されるように、球状シリカは、破砕シリカと比べて、樹脂応力が70%程度小さい。これも上記と同様に、球状シリカが破砕シリカと比べて、鋭角な部分が極めて少ないことに起因すると考えられる。球状シリカは、破砕シリカと比べて、樹脂応力が発生しにくいことから、樹脂成形体20aと充填剤との界面における樹脂応力が発生しにくく、クラックが発生しにくい。したがって、点火コイル100の使用環境下において、クラックにより生じる空気層が点火コイル100のコロナ寿命を低下させる虞が少なく、点火コイル100毎のコロナ寿命のバラつきが抑制され、コロナ寿命が良好な点火コイル100を製造することができる。
【0047】
また、球状シリカが含有された樹脂成形体20aは、破砕シリカの含有された樹脂成形体20aと比べてガラス転移点Tg以下の温度における粘度が低い。よって、後述する樹脂材料20の注型工程および加圧工程において、二次コイル17の二次巻線117の線間に樹脂成形体20aが含浸しやすく、点火コイル100の絶縁性、耐電圧を高めることができる。
【0048】
以下、上記の点火コイル100の製造方法について詳述するが、該製造方法のうち、本実施形態において最も特徴的な製造工程である、ハウジング10内に前駆体20bを充填する工程について図8〜図10を用いて詳述する。
【0049】
まず、図8に示すように、中心コア13、一次スプール14、一次コイル15、二次スプール16、二次コイル17、外周コア18、およびイグナイタ23がハウジング10内に位置決めされた状態で、気密空間を形成可能な炉200の中にハウジング10を設置する。このとき、ハウジング10の側壁のうち、コネクタ部10aが突出する部分のみ開口しており、この開口部から後述する前駆体20bが注入されるようハウジング10を炉200内に設置する。また、筒状部材10bの開口部にはターミナル等の封止栓40を差し込み閉口しておく。ここで、炉200は、請求項記載の収容体に相当する。
【0050】
次いで、減圧工程を実施して、圧力調整装置201を用いて炉200の内部をたとえば3〜4torrまで減圧する。なお、本実施形態においては、真空引きする時間も考慮した上で炉200の内部を3〜4torrとしたが、十分な時間を費やして、炉200の内部をたとえば1torr程度の高い真空状態にしてもよい。
【0051】
減圧工程完了後、図9に示す注型工程では、筒状のノズル202から前駆体20bをハウジング10内に注入し、ハウジング10内部の中心コア13、一次スプール14、一次コイル15、二次スプール16、二次コイル17、外周コア18、およびイグナイタ23を封止する。このとき、前駆体20bは、球状シリカを70重量%含有している。球状シリカを多く含有する前駆体20bは破砕シリカを多く含有する前駆体20bと比べて前駆体20bの粘度は低い。とはいえ、前駆体20bに対して75重量%もの球状シリカを含む本実施形態の充填剤は、50ポアズ以上と粘度が高く、二次巻線117の線間に樹脂成形体20aが十分に含浸せず、ハウジング10内部に気泡に起因するボイド(図示せず)が残存している虞がある。
【0052】
そこで、図10に示すように、続く加圧工程では、圧力調整装置201を用いて、低圧状態にある炉200内に圧縮空気を導入し、たとえば5MPaの高圧状態とする。これにより、ハウジング10内に注入された前駆体20bが加圧され、ハウジング10内に残存している虞のある、極低圧状態のボイドを極めて微小な大きさに縮小、または消失させることができる。このように電気トリーの進展を加速、助長するボイドを排除することによって、製造される点火コイル100のコロナ寿命が向上する。
【0053】
ここで、加圧工程において、炉200の内部の圧力を増加させる際、圧力が2MPaよりも小さいと、ボイドを縮小、消失させることができず、一方、圧力が8MPaよりも大きい場合には、ハウジング10内に取り付けられている中心コア13、一次スプール14、一次コイル15、二次スプール16、二次コイル17、外周コア18、およびイグナイタ23が位置ズレを起こしてしまう。よって、加圧工程において加える圧力は2〜8MPa、中でも5MPaとすることが好ましい。
【0054】
また、上記の加圧工程によって、前駆体20bの二次巻線117等への含浸時間は、従来1時間以上必要としていたが、本実施形態では、上記含浸時間は5分以下と大幅に低減することができ、点火コイル100の生産性を向上することができる点でも有利である。
【0055】
加圧工程完了後、加圧によって前駆体20bの容積が減少した分を補充するために、前駆体20bを再度注入し、前駆体20bを加熱硬化させてガラス状の樹脂成形体20aとし、封止栓40を取り外して、点火コイル100が完成する。
【0056】
以上の製造方法によってはじめて、一次導線115または二次導線117の線間に球状シリカよりなる充填剤を65重量%以上80重量%以下含有した樹脂成形体20aが含浸し、良好なコロナ寿命を有する点火コイル100が製造される。
【0057】
なお、上記の加圧工程では、炉200に圧縮空気を導入することによって前駆体20bを加圧したが、前駆体20bが二次巻線117等に十分含浸する製造方法であれば上記の製造方法以外を採用してもよい。
【0058】
具体的には、たとえば、請求項記載の収容体として金属製の成形型(図示せず)を準備し、該成形型に一次コイルおよび二次コイルを収容し、減圧工程を経た後、たとえばインジェクション成形により、前駆体20b射出時に圧力を加える加圧方法を採用してもよい。このインジェクション成形は、請求項に記載の注型工程と加圧工程とを同時に行うことが可能となるため、点火コイル100の製造に要する時間を短縮することができる。インジェクション成形によって前駆体20bを射出する場合には、図11に示すように、樹脂成形体20aによって点火コイル100の筐体を構成するいわゆるハウジングレスの点火コイル100を製造することができる。このようなハウジングレスの点火コイル100は、ハウジング10を有する上記の点火コイル100と比してハウジング10が無い分、点火コイル100の小型化、省コスト、工数削減を実現できる。なお、インジェクション成形後に、点火コイル100を炉200内に設置し、その後2〜8MPaの加圧工程を実施して確実に前駆体20bを二次巻線117に含浸させることがより好ましい。
【0059】
また、インジェクション成形においては、ノズル202を可動式とし、ノズル202をハウジング10内に突っ込んだ状態で注型工程を開始し、その後ノズル202をハウジング10から遠ざかる方向に移動させながら前駆体20bの注型を終了させる方法を採用してもよい。
【0060】
またさらに、上述の成形型に前駆体20bを注入した後、プランジャー等を用いて前駆体20bを加圧する方法を採用してもよい。このような加圧工程を採用することにより、比較的粘度の高い前駆体20bを二次巻線117等の線間に確実に含浸させることができる。
【0061】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態について説明してきたが、本発明は、上記実施形態に限定して解釈されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において種々の実施形態に適用することができる。
【0062】
上記実施形態では、充填剤を球状シリカのみで構成したが、40重量%以下の破砕シリカを含有してもよいことは上述の通りで、さらに、球状シリカにアルミナ、ガラス、砂等を混ぜた充填剤を、樹脂材料20に含有させてもよい。
【0063】
また、樹脂材料20には、充填剤の他に、樹脂材料20と充填剤との濡れをよくするために、多官能の界面活性剤を含有させることが好ましい。
【符号の説明】
【0064】
1…エンジンヘッド
2…プラグホール
10…ハウジング
10a…コネクタ部
10b…筒状部材
13…中心コア
14…一次スプール
15…一次コイル
115…一次巻線
16…二次スプール
17…二次コイル
117…二次巻線
18…外周コア
20…樹脂材料
20a…樹脂成形体
20b…前駆体
21…金属端子
22…高圧端子
23…イグナイタ
24…シール部材
40…封止栓
100…点火コイル
101…点火プラグ
200…炉
201…圧力調整装置
202…ノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一次巻線を複数回巻回してなる一次コイルと、
線径が30〜100μmの二次巻線を複数回巻回してなる二次コイルと、
前記一次巻線の線間および前記二次巻線の線間に含浸するとともに、前記一次コイルおよび前記二次コイルを封止する樹脂成形体と
を有する内燃機関用点火コイルにおいて、
前記樹脂成形体は、前記樹脂成形体中の電気トリーの進展を抑制するために、充填剤を65重量%以上80重量%以下含有し、前記充填剤は、60重量%以上の球状シリカと、40重量%以下の破砕シリカとからなることを特徴とする内燃機関用点火コイル。
【請求項2】
前記樹脂成形体の線膨張係数は、10×10−6〜27×10−6/℃であることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関用点火コイル。
【請求項3】
一次巻線を複数回巻回してなる一次コイルと、
線径が30〜100μmの二次巻線を複数回巻回してなる二次コイルと、
前記一次巻線の線間および前記二次巻線の線間に含浸するとともに、前記一次コイルおよび前記二次コイルを封止する、充填剤を65重量%以上80重量%以下含有する樹脂成形体と
を有する内燃機関用点火コイルの製造方法であって、
前記一次コイルおよび前記二次コイルを収容する収容体の内部を大気圧よりも低圧状態にする減圧工程と、
前記樹脂成形体の前駆体によって、前記一次コイルおよび前記二次コイルを封止する注型工程と、
前記前駆体を加圧する加圧工程と
を備えることを特徴とする内燃機関用点火コイルの製造方法。
【請求項4】
前記充填剤は、球状シリカと破砕シリカとからなり、前記球状シリカを60重量%以上、前記破砕シリカを40重量%以下含有することを特徴とする請求項3に記載の内燃機関用点火コイルの製造方法。
【請求項5】
前記加圧工程にて、前記収容体の内部を2MPa以上8MPa以下で加圧することを特徴とする請求項3または4に記載の内燃機関用点火コイルの製造方法。
【請求項6】
前記樹脂成形体の線膨張係数は、10×10−6〜27×10−6/℃であることを特徴とする請求項3乃至5のいずれか一項に記載の内燃機関用点火コイルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−278074(P2009−278074A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−95458(P2009−95458)
【出願日】平成21年4月10日(2009.4.10)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】