説明

内燃機関

【課題】筒内直噴型の内燃機関であって、タンブル流を好適に利用し気筒内により均質な混合気を形成する内燃機関を提供する。
【解決手段】筒内直噴型内燃機関において、内燃機関において吸気行程の所定時期に気筒内に発生するタンブル流について、想定される該タンブル流の渦中心と燃料噴射装置の噴射口をむすんで形成される仮想渦中心線と気筒の径方向に延在する基準面とが為す角が渦中心角と定義され、燃料噴射装置から噴射された燃料噴霧の、気筒の縦方向における広がりにおける中心線と基準面とが為す角が噴射角と定義される。そして、燃料噴射装置は、気筒内において基準面よりも下方に燃料噴射を行い、渦中心角に対する噴射角の比率は0.7以下に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
燃費向上や低エミッションのために燃料と吸気の均質な混合気を形成し燃焼を行う筒内直噴型の内燃機関が開発されている。このような筒内直噴型の内燃機関では、噴射された燃料噴霧と吸気弁とが干渉してしまい、吸気弁に燃料が付着することで必要量の燃料燃焼が行えず機関出力が低下してしまう場合がある。そこで、燃料噴射装置からの燃料噴霧の中心軸線が、内燃機関に設けられた二つの吸気弁の間を通る垂直平面と重なるように燃料噴射方向を決定することで、吸気弁への燃料付着を回避する技術が開示されている(例えば、特許文献1を参照)。当該技術では、さらに吸気行程で発生させたタンブル流(縦方向の渦流)と燃料噴霧を衝突させることでその微粒化を促進させ、気筒内の混合気の均質化を図る点が開示されている。
【0003】
また筒内直噴型の内燃機関においてタンブル流を適度に発生させると、混合気の均質化をより促進させることができる。そこで、気筒内への吸気の流入方向が変化しても適度なタンブル流と燃料噴霧とを同調させる技術が開示されている(例えば、特許文献2を参照)。当該技術では、燃料噴射装置からの燃料の噴射方向が可変となるように構成され、吸気の流入方向に沿って燃料の噴射方向が制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−218603号公報
【特許文献2】特開2008−255833号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
筒内直噴型の内燃機関においては、混合気の均質化のためにタンブル流の利用が従来から行われているが、筒内に生成されたタンブル流と衝突する方向に燃料噴霧が燃料噴射装置から噴射されると、タンブル流が減衰し気筒内に燃料が均質に拡散せず、偏在した状態でその燃焼時期を迎えることになる。その結果、混合気の均質化による燃費向上や低エミッションを実現することが難しくなる。
【0006】
また、一般的には筒内直噴型の内燃機関では吸気ポート側に燃料噴射装置が設置されるが、この場合、噴射された燃料噴霧が吸気弁と干渉するおそれがある。吸気弁に燃料が付着すると、気筒内に必要量の燃料が供給されないことになるため、機関出力の低下や、燃料の気化熱による冷却効果の低減、エミッションの悪化等が生じ得る。
【0007】
本発明は、上記した問題点に鑑みてなされたものであり、筒内直噴型の内燃機関であって、タンブル流を好適に利用し気筒内により均質な混合気を形成する内燃機関を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明において、上記課題を解決するために、燃料噴射装置から噴射される燃料噴霧の方向を、燃料噴霧が気筒内に生成されるタンブル流の渦中心から所定の割合だけ上方の位置に到達する方向とすることとした。この構成の採用により、噴射された燃料がタンブル流と衝突するのを回避でき、効果的に同調させることで、タンブル流を減衰させることな
く混合気の均質化を図ることが可能となる。
【0009】
詳細には、本発明は、吸気弁の近傍に設けられ、気筒内に直接的に燃料噴射を行う燃料噴射装置と、前記吸気弁の開閉により気筒内の縦方向にタンブル流を発生させるタンブル流生成機構と、を備える内燃機関である。そして、前記内燃機関において吸気行程の所定時期に前記タンブル流生成機構が前記気筒内に発生させるタンブル流について、想定される該タンブル流の渦中心と前記燃料噴射装置の噴射口をむすんで形成される仮想渦中心線と前記気筒の径方向に延在する所定径方向面とが為す角が渦中心角と定義され、前記燃料噴射装置から噴射された燃料噴霧の、前記気筒の縦方向における広がりにおける中心線と前記所定径方向面とが為す角が噴射角と定義される。そして、前記燃料噴射装置は、前記気筒内において前記所定径方向面よりも下方に燃料噴射を行い、前記渦中心角に対する前記噴射角の比率は0.7以下に設定される。
【0010】
本発明に係る内燃機関は、燃料噴射装置から気筒内に直接的に燃料噴射が行われる筒内直噴型の内燃機関である。そして、当該内燃機関にはタンブル流生成機構が備えられ、これにより吸気行程の所定時期に気筒内にタンブル流を生成することが可能である。タンブル流生成機構によるタンブル流の生成については、既知の様々な生成態様が採用でき、例えば、気筒につながる吸気ポートの形状を工夫したり、また気筒内に吸入される吸気の流れを調整したりすることでタンブル流の生成が可能であることは知られている。ここで、気筒内に生成されたタンブル流は、排気弁側の気筒内壁を下降し、ピストン頂部を経て吸気弁側の気筒内壁を上昇する、いわば縦方向の渦を形成する。このタンブル流に、燃料噴射装置からの燃料噴霧が同調することで、燃料を気筒内に効率的に拡散させ均質な混合気を形成することができる。しかし、タンブル流の流れに対して燃料が対向する向きで噴射されると、タンブル流の勢いが減衰されてしまい、気筒内での均質な混合気の形成が阻害されてしまい、燃費悪化やエミッションの悪化が懸念される。
【0011】
そこで、本発明に係る内燃機関では、上記のとおり渦中心角と噴射角が定義される場合、渦中心角に対する噴射角の比率である噴射角比率が0.7以下に設定される。渦中心角とは、タンブル流生成機構によって気筒内に生成されたタンブル流の、想定される渦中心と燃料噴射装置の噴射口をむすんで形成される仮想渦中心線と、気筒径方向の基準面とが為す角として定義される。実際には、気筒内で生成されるタンブル流は完全な縦方向の渦ではなく、気筒やピストン頂部の形状、吸気の流入速度や流入方向等によって不規則もしくは規則的な乱れを内包するものである。この点を踏まえて、本願発明における想定されるタンブル流の渦中心とは、当業者が、既知の技術を用いて気筒内におけるタンブル流の渦流を把握できる場合、当該渦流の中心として認定される位置をいう。そして、この渦流の中心の認定については、当業者の目視による把握でもよく、また渦流をコンピュータ等の計算機を用いて算出した場合、算出された渦流に関するパラメータ(位置と流速の相関等)を考慮して行われてもよい。具体的には、コンピュータ等を用いた数値流体力学(CFD:Computational Fluid Dynamics)に基づく算出方法や、その他の既存の可視化技術を用いることで気筒内のタンブル流を視覚的にもしくは数値的に把握し、導き出される渦の中心を、上記想定されるタンブル流の渦中心としてもよい。したがって、想定されるタンブル流の渦中心は、必ずしも厳密な意味での唯一無二の渦中心として限定される必要はなく、当業者が既知の技術に従い合理的に算出される渦中心も含むものである。
【0012】
一方で噴射角は、燃料噴射装置からの燃料噴霧の中心線と上記基準面との為す角として定義される。そして、渦中心角に対する噴射角の比率である噴射角比率は、その値が0〜1の範囲において、値が1に近づくほどタンブル流の渦中心に近接して燃料噴霧が存在することを意味する。しかし、一般には、燃料噴霧は、その縦方向(気筒の軸方向)に厚みを有するものであり、たとえば、前記燃料噴射装置から噴射される燃料噴霧が、先広がりの扇形状を有する噴霧の場合、比較的大きな厚みを有することとなる。そのため、燃料噴
霧の下側は、その中心軸よりもよりタンブル流の渦中心に近付くことになり、場合によっては、気筒内において渦中心を通る仮想渦中心線を越えて更に下方に位置することになる。一方で、この仮想渦中心線を挟んで上方と下方ではタンブル流の向きが反転することになるから、上記のように燃料噴霧の下側が仮想渦中心線より下方に位置してしまうと、燃料噴霧の一部がタンブル流に対向するように噴射されることになるため、タンブル流を減衰させてしまい、均質な混合気の形成を阻害してしまう結果となる。また、仮想渦中心線を超えないにしても、タンブル流の渦中心近くに燃料噴霧が存在するだけでは、渦中心近くのタンブル流の速度は外周部分よりも低いため、効果的に燃料噴霧をタンブル流に同調させることが難しくなる。
【0013】
そこで、本願に係る内燃機関においては、燃料噴射装置からの燃料噴射は、上記基準面より下方、すなわちタンブル流の渦中心側に噴射するとともに、噴射角比率が0.7以下となるように設定される。噴射角比率を0.7以下に設定することで、噴霧燃料の下側部分も含めて燃料全体を同調させることが可能となるため、タンブル流の減衰を回避でき、以て機関出力の低下等を抑制することが可能となる。なお、噴射角比率を極端に小さくすると気筒の大きさや燃料の噴射圧等によっては、気筒の内壁への燃料噴霧の付着量が増加するおそれがある。したがって、好ましくは噴射角比率が0.7に近くなるように燃料噴射装置の噴射方向を設定するのがよい。
【0014】
均質な混合気を気筒内に形成する観点に立てば、比較的大きなタンブル流が生成され、タンブル流と燃料噴霧との同調後に圧縮行程でタンブル流の乱れにより燃料と吸気との混合が促進される、内燃機関の吸気行程における吸気下死点近傍の時期に燃料噴射が行われるのが好ましい。したがって、上記の内燃機関における前記所定時期は、前記内燃機関の吸気行程における吸気下死点近傍の時期であってもよく、それにより、当該吸気下死点近傍の時期において、噴射角比率が0.7以下となるように燃料噴射装置による噴射方向が設定されるのが好ましい。
【0015】
また、前記内燃機関で、燃料噴霧が先広がりの扇形状を有する場合、前記吸気弁が開弁のために最大リフト状態にあるときに前記燃料噴射装置から噴射される燃料噴霧が該吸気弁と干渉するのであれば、仮想的に該吸気弁との干渉が無いとしたときの該燃料噴霧の噴霧幅に対する、該吸気弁との干渉が存在するときの該吸気弁によって干渉された噴霧幅の割合として定義される噴霧干渉割合が0.7以下であるのが好ましい。噴射角比率を0.7以下とすると、燃料噴射装置の近傍に位置する吸気弁と燃料噴霧とが干渉する可能性がある。干渉により吸気弁やその近傍に燃料が付着すると、機関出力の低下やエミッションの悪化等が懸念される。そこで、上記のように噴射角比率を0.7以下に設定しつつ、さらに噴霧干渉割合が0.7以下とすることで、均質な混合気の形成と、吸気弁等への燃料付着の回避を両立することができる。
【0016】
上述までの内燃機関は、筒内直噴型の内燃機関であれば、火花点火内燃機関であっても圧縮着火内燃機関であってもよい。たとえば、火花点火内燃機関の場合であれば、燃料噴射装置から噴射された燃料噴霧を気筒内に均質化させて、点火プラグで点火することで燃焼を行えばよい。また圧縮着火内燃機関の場合であれば、予混合気を気筒内に均質に形成し、圧縮上死点近傍での噴射燃料を火種として燃焼を行えばよい。いずれの形態の内燃機関においても、気筒内に均質化された混合気(予混合気)を形成するためには、上述したように噴射角比率を0.7以下に設定することが好ましいと言える。
【発明の効果】
【0017】
筒内直噴型の内燃機関であって、タンブル流を好適に利用し気筒内により均質な混合気を形成する内燃機関を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施例に係る内燃機関の概略構成を示す図である。
【図2】図1に示す内燃機関の気筒内での燃料噴霧の様子を示す図である。
【図3】図1に示す内燃機関において噴射角比率と排気中の一酸化炭素濃度との相関を示す図である。
【図4A】図1に示す内燃機関の気筒内での燃料噴霧の拡散の状況を示す図である。
【図4B】従来の内燃機関の気筒内での燃料噴霧の拡散の状況を示す図である。
【図5】図1に示す内燃機関においてストローク・ボア比と、渦中心角および噴射角との相関を示す図である。
【図6】図1に示す内燃機関において噴射開始時期と排気中に含まれるPM粒子数との相関を示す図である。
【図7】図1に示す内燃機関において、燃料噴霧と吸気弁との干渉の様子を示す図である。
【図8】気筒の体積効率の向上代と内燃機関の発揮トルクの向上代に関し、図1に示す内燃機関と従来のポート噴射型の内燃機関とを比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施形態について図面に基づいて説明する。本実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置等は、特に記載がない限りは発明の技術的範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0020】
<実施例>
本発明に係る内燃機関の実施例について、本願明細書に添付された図に基づいて説明する。図1は、本実施例に係る内燃機関の、特に燃料噴射装置近傍の縦断面の概略構成を示す図である。内燃機関1は車両駆動用の筒内噴射型の火花点火式内燃機関である。内燃機関1において、気筒8には吸気ポート2および排気ポート3がつながれている。吸気ポート2は吸気弁3の開閉を通して吸気を気筒8内に送り込み、排気ポート3は排気弁5の開閉を通して燃焼ガス等を排気として内燃機関1の排気系へ送り出す。なお、図1に示す断面図には吸気弁4、排気弁5はそれぞれ一つしか記載されていないが、実際には2つの吸気弁4と2つの排気弁5が並列に設けられている。また、気筒8内にはピストン10が配され、ピストン10に対向する気筒8の頂部には点火プラグ6が、気筒内の混合気に点火可能となるように配されている。
【0021】
また、内燃機関1では、燃料噴射装置7が吸気ポート2の下側(すなわち、吸気ポート2が設けられるシリンダヘッドにおいて、よりシリンダブロック側に近い側)の、2つの吸気弁4の間の近傍となる位置に設けられている。そして、燃料噴射装置7の噴射方向は、概略的には気筒8の内部において斜め下方向に設定されている。なお、この燃料噴射方向の詳細については後述する。さらに、燃料噴射装置7から噴射された燃料噴霧7aは、後述する図7(b)に示すように先広がりの扇形状を有し、その縦方向においても図1等に示すようにある程度の厚みを持ち、該燃料噴霧の先端にいくに従い該燃料噴霧の厚みは大きくなる。
【0022】
また、内燃機関1の吸気ポート2には、その吸気行程において気筒8内へ導入される吸気によって、気筒8内壁の排気ポート3側に沿って下降し、気筒8内壁の吸気ポート2側、すなわち、燃料噴射装置7側に沿って上昇する縦方向の渦流であるタンブル流9を生成するタンブル流生成機構が、隔壁11aと閉鎖弁11bによって構成されている。隔壁11aは、吸気弁4近傍の吸気ポート2をその延在方向に沿って上下二分割しており、分割された吸気ポートのうち下側の吸気ポート部分に閉鎖弁11bが設けられている。閉鎖弁11bは、図示しないECU等の制御装置からの指示に従って当該下側吸気ポート部分の流れを閉塞し、またその流れを弱めることができる。このように閉鎖弁11bによって下
側吸気ポート部分における吸気の流れが弱められ又は閉塞されれば、閉鎖弁11bが設けられていない上側吸気ポート部分から気筒8内へ供給される吸気の勢いが強くなる。その結果、吸気を吸気ポート2の上壁に沿わせて気筒内へ供給することとなり、気筒8内に効果的なタンブル流9の生成が可能となる。なお、内燃機関1においてより多くの機関出力が求められている場合等、多量の吸気が必要となる時には、閉鎖弁11bを開弁して、吸気を上側吸気ポート部分及び下側吸気ポート部分の両方から気筒内へ供給するようにし、吸気不足を解消することも求められる。
【0023】
このように気筒8内にタンブル流を生成することで、燃料噴射装置7から噴射された燃料噴霧7aを吸気と効率的に混合させ、均質な混合気を形成することが可能となる。この混合気の形成を促進するために、気筒8内においてタンブル流が減衰するのは好ましくない。そこで、タンブル流9がピストン10の頂面に沿って進行する際の通過抵抗を低減するために、図1に示すようにピストン10の頂部にはタンブル流の周方向に円弧形状となっている円弧状底壁を有するキャビティが形成されている。上記のとおり、内燃機関1には吸気弁4が2つ設けられていることから、これら2つの吸気弁4を介して気筒内に並列して生成される二つのタンブル流は、互いに合流して気筒内を旋回し、この際の減衰を抑制するために当該キャビティの幅は十分に大きくされている。
【0024】
ここで、タンブル流を利用して均質な混合気を形成する場合、燃料噴射装置7から噴射された燃料噴霧7aによってタンブル流が減衰されるのは好ましくない。タンブル流は、図1に示すように気筒8内において排気弁5側の気筒内壁を下方に沿って流れ、吸気弁4側の気筒内壁を上方に沿って流れることで、燃料噴霧と吸気との混合気が均質な状態で気筒2の内部に広く形成されることになる。仮にタンブル流の流れが燃料噴霧7aによって減衰等されてしまうと、気筒2内に混合気が偏在してしまい均質な拡散状態を形成できず、燃費の悪化やエミッションの悪化が懸念される。そこで、本発明に係る内燃機関1では、燃料噴射装置7からの燃料噴射方向が、気筒2内に形成されるタンブル流と燃料噴霧との相関を踏まえて決定されている。
【0025】
燃料噴射装置7の燃料噴射方向の詳細は、図2の縦断面図に基づいて説明する。図2は、図1と同様に内燃機関1の縦断面図であり、特に燃料噴射装置7からの燃料噴霧7aと気筒8内に生成されるタンブル流9との相関を模式的に示した図である。先ず、図2において、燃料噴射装置7の噴射口を通って気筒8の径方向に延在する平面を基準面L0で表わす。気筒8が鉛直に設置される場合は、この基準面L0は水平面となるが、内燃機関1において気筒8が斜めに設置される場合には、気筒8の軸方向に垂直な方向に延在する面となる。
【0026】
次に、気筒2内に形成されるタンブル流9について、想定される当該タンブル流の渦中心をP1とし、燃料噴射装置7の噴射口とこの渦中心P1とを結ぶ線を仮想渦中心線L1とする。ここでいう「想定される渦中心」とは、実際に気筒8内で生成されるタンブル流9の渦中心も含み、事前にコンピュータ等を用いて数値流体力学(CFD:Computational Fluid Dynamics)に基づいて算出、想定される渦中心や、その他の既存の可視化技術を用いて気筒8内で生成されるタンブル流について想定される渦中心も含むものである。すなわち、本願に係る「想定される渦中心」とは、気筒8内で生成されるタンブル流9の厳密な渦中心は常時安定しているものではないことを考慮し、当業者において想定が可能な範囲でのタンブル流の渦中心を言う。また、「想定される渦中心」の対象となるタンブル流については、吸気行程において吸気弁4が開弁しピストン10が下降することで気筒8内にはタンブル流が生成されるが、燃料噴射装置7からの燃料噴霧と吸気との混合を考慮し、その混合により寄与するタンブル流としての、吸気行程における吸気下死点近傍の所定時期に気筒8内に生成されるタンブル流を設定するのが好適である。例えば、内燃機関1でのクランクアングルが220〜180BTDCにおいて気筒8内で生成されるタンブ
ル流9の想定される渦中心が、点P1として表わされる。
【0027】
次に、上述のとおり、燃料噴射装置7からの燃料噴霧7aは、先広がりの扇形状を有している。そして、図2に示すように燃料噴霧7aの厚さ方向(縦方向)においてその中心を通る中心軸を噴霧中心線L2とする。したがって、燃料噴霧7aがその厚さ方向において噴霧角Cを有する場合、噴霧中心線L2はその噴霧角Cを等分する。
【0028】
このように基準面L0、仮想渦中心線L1、噴霧中心線L2が設定されたとき、本願の内燃機関1では、基準面L0と仮想渦中心線L1とが為す角である渦中心角V1に対する基準面L0と噴霧中心線L2とが為す角である噴射角Vの比率、すなわちV/V1で表わされる比率(以下、「噴射角比率」という)が略0.7以下に設定されている。ここで、繰り返しになるがタンブル流9は、概略的には、気筒8内において、排気弁5側の気筒内壁に沿って下方に流れ、ピストン10の頂部を沿って流れ、その後吸気弁4側の気筒内壁に沿って上方に流れる吸気の渦流である。仮に、このタンブル流9の渦中心P1から下方に向かって燃料噴射装置7から燃料が噴射されると、タンブル流の流れに反するように燃料が噴射されることになるため、タンブル流の流れを燃料噴霧が阻害してしまい、結果的にタンブル流を減衰させることになる。タンブル流が減衰されると圧縮行程後期ではタンブル流による撹拌作用が低下してしまい、気筒8内における混合気の均質性が低下し、混合気の偏在が顕著となってしまう。また、タンブル流9の渦中心P1から上方に向かって燃料噴射装置7から燃料を噴射したとしても、燃料噴霧には一定の厚さが存在することから、その燃料噴霧の下側がタンブル流の流れに対向して噴射されれば、やはり部分的にタンブル流の減衰が生じ、好適な混合気の均質化が困難となり得る。
【0029】
したがって、燃料噴射装置7から燃料を噴射するにあたり、均質な混合気の形成という観点に立てば、タンブル流9の渦中心P1から一定割合以上の上方に向かって燃料噴射装置7から燃料を噴射することが好ましい。これにより、燃料噴霧を気筒8内のタンブル流に同調させて、タンブル流と燃料噴霧の勢いとを重ね合わせることで、より効率的な混合気の均質化を図ることが可能となる。そして、本出願人は、ストローク・ボア比(ストローク/ボア)が1.0の気筒を有する内燃機関において、渦中心角V1と噴射角Vとの相関を変動させて、両角度と混合気の均質化との関連性を導き出した。一般に、気筒8内の空燃比がストイキで運転される場合には、排気中の一酸化炭素濃度は混合気の均質性を示す指標として捉えられている。そこで、図3に示すように、ストローク・ボア比(ストローク/ボア)が1.0の気筒を有する内燃機関で空燃比をストイキに設定した状態で、噴射角比率(=V/V1)と排気中の一酸化炭素(CO)濃度との相関を測定した。すると、噴射角比率が低くなるに従い排気中の一酸化炭素濃度は小さくなり、また噴射角比率が0.7を境にそれ以下では排気中の一酸化炭素濃度は概ね一定となる傾向を、本出願人は見出した。このことから、噴射角比率が略0.7以下となるように燃料噴射装置7の燃料噴射方向を設定するのが好ましい。
【0030】
図4Aに噴射角比率を0.7とした場合の気筒8内の燃料噴霧の流れを数値流体力学(CFD)を用いて示し、図4Bには噴射角比率を概ね1とした場合の気筒8内の燃料噴霧の流れを数値流体力学を用いて示す。これらからも理解できるように、噴射角比率が大きく概ね1程度であれば気筒8内で燃料噴霧が滞留する傾向にあり、一方で、射角比率を0.7とすることで、燃料噴射装置7からの燃料噴霧が気筒8内により均質に拡散している。
【0031】
なお、噴射角比率を極端に小さくしてしまうと燃料噴射装置7からの燃料噴霧が気筒8の内壁面に燃料が付着する可能性が高くなる。したがって、噴射角比率が略0.7以下であれば混合気の均質性に大きな相違が出ないという傾向を踏まえると、噴射角比率を略0.7以下の範囲で過度に小さくしないのが好ましく、それにより気筒8の内壁面への燃料
付着を抑制することが可能となる。
【0032】
ここで、気筒8のストローク・ボア比が大きくなるほど渦中心P1の位置は、渦中心角V1が大きくなるように、燃料噴射装置7の噴射口に対してより下方に推移する。そこで、図5に示すように、混合気の均質化の観点に立てば、気筒8についてストローク・ボア比が大きくなるほど、噴射角Vは大きくなるように設定するのが好ましく、且つストローク・ボア比にかかわらず、噴射角比率は0.7以下に設定するのが好ましい。
【0033】
上述までの通り、本出願人は、筒内直噴型の内燃機関1において燃料噴射装置7の噴射角比率を0.7以下とすることで、気筒8内に均質な混合気を形成することが可能となることを見出した。しかしながら図1に示す内燃機関1の構造に従えば、燃料噴射装置7は吸気ポート2の下部に配置されている。これは、吸気ポート2から気筒8内への吸気に燃料噴霧を同調させるうえでは極めて効率的な配置であるが、それ故に燃料噴射装置7の噴射方向に吸気弁4が存在する配置となる。特に、吸気弁4が最大リフト状態にある場合には、吸気弁4と燃料噴霧とが干渉しやすくなり、吸気弁4やシリンダヘッド側に燃料が付着する可能性がある。このような燃料付着が生じると、燃焼に供される燃料量が減少するため所望の機関出力を発揮できなくなるばかりか、図6に示すように、タイミング制御できない燃焼によりスモークの発生、排気中のPM粒子数の増加等を引き起こしてしまい、結果的に燃料噴射装置7による好適な燃料噴射が実現しにくくなる。図6は、燃料噴射装置7から燃料を噴射するタイミングと排気中のPM粒子数の相関を示す図であり、線L3は吸気弁4と燃料噴霧との干渉が存在する場合の相関であり、線L4は当該干渉が存在しない場合の相関である。このように、当該干渉が存在することで、燃料噴射装置7からの燃料噴射タイミング関して、広い範囲で排気中のPM粒子数が多くなる結果となるため、好適な燃料噴射のタイミングを決定することが難しくなる。
【0034】
また、筒内直噴型の内燃機関1においては、気筒8内に燃料が直接噴射されることで燃料の気化熱により気筒8内を冷却し、吸気ポート2からの吸気の体積効率(ηV)を向上させ、例えばWOT(Wide Open Throttle)性能を高めることができる。しかし、上記のように燃料噴霧と吸気弁4とが干渉すると、気筒8内で気化する燃料量が減少するため十分な気筒8内の冷却ができず、吸気の体積効率(ηV)を高めることが難しくなる。上記のとおり混合気の均質化の観点から噴射角比率を0.7以下に設定する場合、端的に言えば、燃料噴射装置7の噴射方向が比較的上方に設定されることから、当然に、図7(a)に示すように気筒8の縦断面において燃料噴射装置7の前方に位置する吸気弁4と、燃料噴霧との干渉は起こりやすくなる。
【0035】
そこで、本願に係る内燃機関1においては、燃料噴射弁7からの燃料噴霧と吸気弁4との噴霧干渉割合を所定値以下に設定することで、混合気の均質化と、燃料噴霧干渉による吸気体積効率低下の抑制を両立することが可能となる。具体的には、図7(b)に示すように、噴霧干渉割合は以下の式に従って算出される。
噴霧干渉割合 = (a−b)/a
a:仮に吸気弁4と燃料噴霧との干渉が存在しない場合の、該燃料噴霧の広がり幅
b:吸気弁4燃料噴霧との干渉が存在する場合の、該燃料噴霧の広がり幅
なお、上記燃料噴霧の広がり幅については、図7(b)に示すように、対となる吸気弁4を挟んで燃料噴射装置7とは反対側において、燃料噴霧が扇形状の広がりを維持していると認められる程度の場所における、該燃料噴霧の幅を指すものであって、上記a、bに係る広がり幅は、共通する場所でのそれぞれの燃料噴霧の幅である。
【0036】
このように噴霧干渉割合が設定される場合、当該噴霧干渉割合が大きくなるに従い燃料噴射装置7からの燃料噴霧が吸気弁4と干渉し、付着等し得る割合が高くなることを意味する。そこで、本願の内燃機関1においては、当該噴霧干渉割合を0.7以下とすること
で、混合気の均質化と、内燃機関1での体積効率や機関出力の向上とを両立することが可能となることを見出した。図8上図は、従来の吸気ポート噴射型の内燃機関における体積効率向上代(図で線L5で示されている)と、本願に係る内燃機関1における体積効率向上代(図で線L6で示されている)を表わしている。また、図8下図は、従来の吸気ポート噴射型の内燃機関におけるトルク向上代(図で線L7で示されている)と、本願に係る内燃機関1におけるトルク向上代(図で線L8で示されている)を表わしている。
【0037】
上述までのように、本願に係る内燃機関1では、噴射角比率を0.7以下に設定することで気筒8内での混合気の均質化を向上させるとともに、噴霧干渉割合を0.7以下とすることで吸気弁4と燃料噴霧との干渉が抑制される。その結果、図8に示すように、内燃機関1はそのほぼ全体の機関回転数において、体積効率向上代およびトルク向上代について従来の吸気ポート噴射型の内燃機関に対する優位性を発揮することができる。
【0038】
<その他の実施例>
上述までの実施例においては、点火プラグを有する筒内直噴型の火花点火内燃機関において、噴射角比率を0.7以下に設定することで混合気の均質化を向上させ、更に噴霧干渉割合を、所定の値以下とすることで、気筒8内での吸気の体積効率を向上させる本願発明について言及した。ここで、本願発明は、筒内直噴型の圧縮着火内燃機関についても適用が可能である。一般に、圧縮着火内燃機関は気筒内に直接燃料噴射を行う燃料噴射装置を有するが、当該燃料噴射装置を利用して、圧縮行程上死点近傍時の燃料噴射より前のタイミングで、気筒内に予混合気を形成するために燃料噴射装置から気筒内に燃料噴射を行う場合がある。そのような場合に、気筒内にタンブル流を形成するとともに、そのタンブル流に好適に燃料噴霧を同調させるべく、上述した本願発明を適用してもよい。また、吸気弁と燃料噴霧との干渉を可及的に抑制するために、上述した本願発明を適用してもよい。
【符号の説明】
【0039】
1・・・・内燃機関
2・・・・吸気ポート
3・・・・排気ポート
4・・・・吸気弁
5・・・・排気弁
6・・・・点火プラグ
7・・・・燃料噴射装置
7a・・・・燃料噴霧
8・・・・気筒
9・・・・タンブル流
10・・・・ピストン
11a・・・・隔壁
11b・・・・閉鎖弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸気弁の近傍に設けられ、気筒内に直接的に燃料噴射を行う燃料噴射装置と、
前記吸気弁の開閉により気筒内の縦方向にタンブル流を生成するタンブル流生成機構と、を備える内燃機関であって、
前記内燃機関において吸気行程の所定時期に前記タンブル流生成機構が前記気筒内に発生させるタンブル流について、想定される該タンブル流の渦中心と前記燃料噴射装置の噴射口をむすんで形成される仮想渦中心線と前記気筒の径方向に延在する基準面とが為す角が渦中心角と定義され、
前記燃料噴射装置から噴射された燃料噴霧の、前記気筒の縦方向における広がりにおける中心線と前記基準面とが為す角が噴射角と定義され、
前記燃料噴射装置は、前記気筒内において前記基準面よりも下方に燃料噴射を行い、
前記渦中心角に対する前記噴射角の比率は0.7以下に設定される、
内燃機関。
【請求項2】
前記所定時期は、前記内燃機関の吸気行程における吸気下死点近傍の時期である、
請求項1に記載の内燃機関。
【請求項3】
前記燃料噴射装置から噴射される燃料噴霧は、先広がりの扇形状を有する噴霧である、
請求項1又は請求項2に記載の内燃機関。
【請求項4】
前記吸気弁が開弁のために最大リフト状態にあるときに前記燃料噴射装置から噴射される燃料噴霧が該吸気弁と干渉する場合、仮想的に該吸気弁との干渉が無いとしたときの該燃料噴霧の噴霧幅に対する該吸気弁との干渉が存在するときの該吸気弁によって干渉された噴霧幅の割合として定義される噴霧干渉割合が0.7以下である、
請求項3に記載の内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−19404(P2013−19404A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155797(P2011−155797)
【出願日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】