説明

冠型保持器及び玉軸受

【課題】高温、高速化による弾性片(爪状部)の変形を効果的に抑制し、しかも、軽量化による高速使用中の保持器の振れ回りを防止すること。
【解決手段】保持器の側面の少なくとも一方に、金属板4aがインサート成形してある。即ち、金属板4aは、主部1の側面と、一つの弾性片3と隣接する弾性片3との側面に、一体的にインサート成形してある。これにより、安価、且つ、軽量であり、高速、高温下での変形を抑制することが出来る。金属板4aは、ポケット2間の主部1の側面に対応する中央部の位置に、円孔5を有している。この円孔5内には、インサート成形する合成樹脂の一部を浸入させて固化することにより、この箇所で合成樹脂と金属板4aが位置決めされるので、主部1と金属板4aとを強固に結合することができ、剥離を防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の転動体を転動自在に保持する冠型保持器、及び、当該冠型保持器を備えて各種回転機械装置の回転部分を支持するラジアル玉軸受等の玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、高速回転用軸受に使用され、合成樹脂からなる保持器としては、図5に示したものが従来から知られている。図5は、従来例(特許文献1)に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【0003】
図5の従来例(特許文献1)に於いては、複数個の玉6、6が保持器7に転動自在に保持されている。この保持器7は、冠型と呼ばれるもので、合成樹脂を射出成形する事により、一体的に形成されている。この保持器7は、合成樹脂製で円環状の主部8と、この主部8の軸方向片面(図5の上面)に設けられた複数組のポケット9、9とを備えている。これら各ポケット9、9は、互いに間隔をあけて配置された1対の弾性片10、10(爪状部)から成る。各ポケット9、9を構成する1対の弾性片10、10の互いに対向する面は、一般的には、互いに同心の球状凹面をなしている。各玉6、6は、各弾性片10、10の間隔を弾性的に押し広げつつ、1対の弾性片10、10の間に押し込む事により、各ポケット9、9に転動自在に保持するものである。
【0004】
主部8の軸方向他面(図5の下面)に、円環状の金属板14を添設している。SPCC等の冷間圧延炭素鋼により造られたこの金属板14には、円周方向複数個所に亙って円孔15、15を形成している。これら各円孔15、15は、主部8から離れるに従って内径が大きくなるテーパ孔としている。
【0005】
この様な金属板14は、主部8及び弾性片10、10を射出成形する際、成形型内にこの金属板14をインサートする事によって主部8の全周に亙り、この主部8に対して非分離に添設している。即ち、主部8及び弾性片10、10を構成する合成樹脂の一部を各円孔15、15内に浸入させて固化する事により、主部8と金属板14とを強固に結合している。
【0006】
このように、特許文献1に於いては、合成樹脂より高い金属の弾性定数(剛性)を利用し、その効果は、合成樹脂部分の高温且つ高速で使用される場合の弾性変形、或いは塑性変形を抑制し、リングとの接触による焼付きや破損を防ぐ事が出来る。また、大部分合成樹脂を使用することで、安価、且つ、軽量な保持器が実現できる。
【0007】
また、特許文献2では、玉軸受用冠型保持器を、円環状の金属製素子を合成樹脂中にインサートする事により造る。この円環状の金属製素子の軸方向片面には、複数の凹部を形成している。この凹部の表面に合成樹脂を添設する事により、ポケットを形成している。
【0008】
さらに、特許文献3では、転がり軸受は、内輪と外輪との間に、複数の玉と、この玉を保持する金属製保持器とが介挿され、この金属製保持器の表面の少なくとも転動体案内面には、ポリアミド樹脂を含む被覆樹脂部が一体成形されている。
【特許文献1】特開平8−145061号公報
【特許文献2】特開平9−79265号公報
【特許文献3】特開2002−323046号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、更なる高温、高速化が進む中で、保持器の変形、特に、図5に示した冠型保持器のポケットを形成する弾性片(爪状部)の変形を小さく抑えることが要求されている。
【0010】
本発明は、上述したような事情に鑑みてなされたものであって、高温、高速化による弾性片(爪状部)の変形を効果的に抑制することができ、弾性片(爪状部)側面部付近をインサート成形することにより更に安価で軽量な保持器を実現でき、しかも、軽量化による高速使用中の保持器の振れ回りを防止することもできる、冠型保持器及び玉軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するため、本発明に係る冠型保持器は、合成樹脂からなる円環状の主部と、当該主部の軸方向片面に設けられた複数組のポケットとを備え、
各ポケットは、前記主部と一体的に形成されて円周方向に互いに間隔をあけて配置された1対の弾性片の間に玉を1個ずつ、転動自在に保持する冠型保持器に於いて、
前記冠型保持器の側面の少なくとも一方に、金属板がインサート成形してあることを特徴とする。
【0012】
好適には、前記金属板は、少なくとも一つの前記弾性片と隣接する前記弾性片との側面に、一体的にインサート成形してある。
【0013】
また、好適には、前記金属板は、前記ポケット間の前記主部の側面に対応する位置に、孔を有し、
当該孔内には、インサート成形する合成樹脂の一部を浸入させて固化することにより、前記主部と前記金属板とが強固に結合してある。
【0014】
また、本発明に係る玉軸受は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の冠型保持器が装着してあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、冠型保持器の側面の少なくとも一方に、金属板がインサート成形してあることから、高温、高速化による弾性片(爪状部)の変形を効果的に抑制することができ、弾性片(爪状部)側面部付近のみインサート成形することにより更に安価で軽量な保持器を実現でき、しかも、軽量化による高速使用中の保持器の振れ回りを防止することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態に係る冠型保持器及び玉軸受を図面を参照しつつ説明する。
【0017】
(第1実施の形態)
図1は、本発明の第1実施の形態に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【0018】
本実施の形態に係る保持器は、冠型と呼ばれるもので、合成樹脂を射出成形する事により一体的に形成されている。この保持器は、合成樹脂製で円環状の主部1と、この主部1の軸方向片面(図1の上面)に設けられた複数組のポケット2,2とを備えている。これら各ポケット2,2は、互いに間隔をあけて配置された1対の弾性片3,3(爪状部)から成る。
【0019】
各ポケット2,2を構成する1対の弾性片3,3の互いに対向する面は、一般的には、互いに同心の球状凹面をなしている。各玉(図示略)は、各弾性片3,3の間隔を弾性的に押し広げつつ、1対の弾性片3,3の間に押し込む事により、各ポケット2,2に転動自在に保持するものである。
【0020】
さて、本実施の形態では、保持器の側面の少なくとも一方に、金属板4aがインサート成形してある。即ち、金属板4aは、主部1の側面と、一つの弾性片3と隣接する弾性片3との側面に、一体的にインサート成形してある。これにより、安価、且つ、軽量であり、高速、高温下での変形を抑制することが出来る。
【0021】
金属板4aは、ポケット2間の主部1の側面に対応する中央部の位置に、円孔5を有している。この円孔5内には、インサート成形する合成樹脂の一部を浸入させて固化することにより、この箇所で合成樹脂と金属板4aが位置決めされるので、主部1と金属板4aとを強固に結合することができ、剥離を防止することができる。
【0022】
合成樹脂製の冠型保持器の玉を保持するポケット2,2を形成する弾性片3,3(爪状部)を含む保持器の側面に、金属板4aをインサート成形することにより、弾性片3,3の剛性が大きくなるため、玉が冠型保持器のポケット2,2内を移動して弾性片3,3が変形しようとしても、弾性片3,3の変形を小さく抑制することができる。
【0023】
したがって、玉軸受が玉案内保持器の場合において、玉が冠型保持器のポケット2,2内を移動して、弾性片3,3が変形しようとしても、弾性片3,3の変形も小さく抑制することができ、高温高速下で使用される玉案内保持器を用いた玉軸受に有効である。
【0024】
図1のように、金属板4aを合成樹脂製の保持器の一方の側面のみにインサート成形した場合は、もう一方の側面は合成樹脂の表面となるので、この面がそれぞれ内輪外径面或いは外輪内径面と対向するように、内輪案内又は外輪案内の保持器として玉軸受を用いることもできる。
【0025】
合成樹脂製の冠型保持器の主部1及びポケット2,2を形成する一対の弾性片3,3を構成する材料としては、ナイロン46、 ナイロン66、 ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等の合成樹脂を用いることができる。
【0026】
これらの材料は、金属との接触において、摩擦係数が小さく、摺動性に優れるので、ポケット2,2で保持する玉(転動体)の回転の拘束の影響を小さくすることができる。
【0027】
また、これらの樹脂にガラス繊維(GF)や炭素繊維(CF)等の補強材を10〜40重量%程度含有させることで、高温・高速化での靭性並びに機械的強度を高めることができる。
【0028】
金属板4aとしては、SPCC等の冷間圧延鋼板等の炭素鋼板や、ステンレス鋼板、銅合金やアルミニウム合金等の金属板が用いられるが、できるだけ弾性定数が大きい炭素鋼板やステンレス鋼板が望ましい。
【0029】
(第2実施の形態)
図2は、本発明の第2実施の形態に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【0030】
本実施の形態では、合成樹脂製の主部1の両側面に、金属板4a,4bをインサート成形することにより、より一層大きな変形応力が働く場合に対応できる。
【0031】
この場合は、冠型保持器の両側面に、金属板4a,4bがインサート成形されるので、軌道輪案内の場合は、内輪外径面(内輪案内)或いは外輪内径面(外輪案内)と金属板4a,4bが対向することになり、合成樹脂が対向する場合よりそれぞれの面での摺動性は劣るので、玉軸受案内保持器で使用される玉軸受とすることが望ましい。
【0032】
その他の構成、作用、及び効果は、上述した実施の形態と同様である。
【0033】
(第3実施の形態)
図3は、本発明の第3実施の形態に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【0034】
本実施の形態では、金属インサート成形部位を、弾性片3,3(爪状部)付近のみに限定する事で、変形の抑制に加えて、安価で軽量な保持器が実現できる。
【0035】
すなわち、金属板4cは、一つの弾性片3(爪状部)と隣接する弾性片3(爪状部)との側面に、一体的にインサート成形してあり、しかも、両方の弾性片3,3に隣接する金属板4cの部位は、一体的に連続してある。
【0036】
このとき、図3に示すように、隣の弾性片3(爪状部)と一体となった金属板4cの方が変形の抑制に効果的である。
【0037】
その他の構成、作用、及び効果は、上述した実施の形態と同様である。
【実施例】
【0038】
図4(a)は、従来例に係る金属板の補強を行っていない合成樹脂製の冠型保持器が高温・高速回転している場合に関する変形量の計算結果の一例を示す図であり、(b)は、本発明の第2実施の形態に係る主部の両側面に金属板をインサート成形した合成樹脂製の冠型保持器が高温・高速回転している場合に関する変形量の計算結果の一例を示す図であり、(c)は、(b)の変形前の合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【0039】
対象とする軸受は、呼び番号6210(内径50mm、外径90mm、幅20mm)の深溝玉軸受で、軸受の内輪回転速度は20000min−1、保持器回転速度は8186min−l、保持器温度100℃で、保持器は、玉案内の場合である。
【0040】
計算結果は、金属板の補強を行っていない合成樹脂製の保持器の主部端面の変形量を1とした相対量で表してあり、弾性片(爪状部)の最大変位部の変形量は、28となる。
【0041】
これに対し、本発明の保持器は、主部端面の変形量は、0.3、弾性片(爪状部)の最大変位部の変形量は、5.8となり、保持器の変形について金属板をインサート成形しない場合より極めて小さく抑えることができる。
【0042】
なお、本発明は、上述した実施の形態及び実施例に限定されず、種々変形可能である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の第1実施の形態に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【図2】本発明の第2実施の形態に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【図3】本発明の第3実施の形態に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【図4】(a)は、従来例に係る金属板の補強を行っていない合成樹脂製の冠型保持器が高温・高速回転している場合に関する変形量の計算結果の一例を示す図であり、(b)は、本発明の第2実施の形態に係る主部の両側面に金属板をインサート成形した合成樹脂製の冠型保持器が高温・高速回転している場合に関する変形量の計算結果の一例を示す図であり、(c)は、(b)の変形前の合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【図5】従来例(特許文献1)に係る合成樹脂製の冠型保持器の部分的斜視図である。
【符号の説明】
【0044】
1 主部
2 ポケット
3 弾性片
4a,4b,4c 金属板
5 円孔
6 玉
7 保持器
8 主部
9 ポケット
10 弾性片
14 金属板
15 円孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成樹脂からなる円環状の主部と、当該主部の軸方向片面に設けられた複数組のポケットとを備え、
各ポケットは、前記主部と一体的に形成されて円周方向に互いに間隔をあけて配置された1対の弾性片の間に玉を1個ずつ、転動自在に保持する冠型保持器に於いて、
前記冠型保持器の側面の少なくとも一方に、金属板がインサート成形してあることを特徴とする冠型保持器。
【請求項2】
前記金属板は、少なくとも一つの前記弾性片と隣接する前記弾性片との側面に、一体的にインサート成形してあることを特徴とする請求項1に記載の冠型保持器。
【請求項3】
前記金属板は、前記ポケット間の前記主部の側面に対応する位置に、孔を有し、
当該孔内には、インサート成形する合成樹脂の一部を浸入させて固化することにより、前記主部と前記金属板とが強固に結合してあることを特徴とする請求項1又は2に記載の冠型保持器。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の冠型保持器が装着してあることを特徴とする玉軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−278418(P2007−278418A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−106742(P2006−106742)
【出願日】平成18年4月7日(2006.4.7)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】