説明

分光分析方法及び装置

【課題】液体クロマトグラフィーによって分離された各微量成分の赤外スペクトルをオンラインでかつ高感度に取得すること。
【解決手段】液体クロマトグラフィーにより分離された移動相中の試料成分を、1試料成分ごと、貴金属の薄膜を設けた赤外透過基板を有するフロースルーセル(14)に通過させ、前記フロースルーセル(14)を通過中の1試料成分に赤外線を照射して赤外線スペクトルを検出することを特徴とする分光分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、シリコンウェハーを赤外透過基材とし、ここにAuやAgなどの貴金属を真空蒸着法にて蒸着したフロースルーセルを用いて、液体クロマトグラフィーによって分離された移動相中の試料成分の原子団をオンラインで、赤外分光装置を用いて検出する手法である。また、その原子団を同定するため、高感度分析を行うための手法に関する。この手法は有機化合物、更には高分子材料、生化学、天然化合物等を試料とし、液体クロマトグラフィーを用いた種々の分野で利用可能である。
【背景技術】
【0002】
従来、有機化合物の原子団情報取得には、赤外分光法やラマン分光法が用いられている。いずれもスペクトルとして原子団情報が得られる分光法である。赤外分光法は試料に赤外線を当て、吸収された赤外吸収スペクトルを測定することで原子団情報を得ることができる手法である。
【0003】
液体クロマトグラフィー(LC)は、多成分の混合液や混合物を、成分ごとに分離、精製する手法である。しかしながら、個々に分離された成分の原子団情報を得ることはできない。そこで、液体クロマトグラフィーと赤外分光光度計(IR)とを組み合わせることで、分離された成分の赤外スペクトルを得ることができる(例えば特許文献1参照)。LC/IRは定性手段として、極めて有効な分析手法として利用可能である。
【0004】
しかしながら、液体クロマトグラフィーと赤外分光装置の組み合わせは、一般的手法には至っていない。これは、液体クロマトグラフィーで移動相に使用される溶媒は、一般に赤外領域にかなり強い吸収バンドを有するため、非常に微量な試料は検出不可能であるといった問題があるためである。また、試料濃度にも問題があり、FT−IR(フーリエ変換赤外分光光度計)の検出能力には約数mgの試料が必要である。
【0005】
表面増強赤外分光法は、蒸着金属薄膜表面に吸着した分子が自由電子に比べ101〜103倍強い赤外吸収を示すことを利用するもので、超微量化学種の高感度分析手法として応用されてきた。この手法は表面増強ラマン散乱に類似した特徴を示し、表面増強赤外吸収(SEIRA)と呼ばれている。この表面増強赤外吸収では蒸着した金属薄膜(厚さ20nm程度)のものを用いるため、吸着分子種の吸収の増強により、液体クロマトグラフィーの溶媒吸収と同程度となる。そのため、この手法を用いることで差スペクトルにより試料の赤外吸収の検出が可能となる。
【0006】
LC/FT−IRの手法として、近年用いられている中に、フロースルーセルを用いて液体クロマトグラフィーから移動相中の分離流出物を直接測定する手法がある(例えば特許文献2参照)。これは移動相だけのスペクトルをあらかじめ測定しておく差スペクトル法である。
【0007】
表面増強赤外吸収の増強率は金属表面に直接接触した分子で著しく、金属表面より2〜5nm以内に急速に減衰する。そのため、より高感度分析を行うためには金属ナノ粒子の表面に試料をより吸着させることが必要である。
【特許文献1】特開平3−226670号公報
【特許文献2】特開平11−201896号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、液体クロマトグラフィーの移動相に使用される溶媒が赤外領域に強い吸収をもつことから、微量試料の検出が不可能であるといった従来の問題に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、液体クロマトグラフィーによって分離された各微量成分の赤外スペクトルをオンラインでかつ高感度に取得することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明において上記課題を達成するために、まず請求項1の発明では、液体クロマトグラフィーにより分離された移動相中の試料成分を、1試料成分ごと、貴金属の薄膜を設けた赤外透過基板を有するフロースルーセルに通過させ、前記フロースルーセルを通過中の1試料成分に赤外光を照射して赤外線スペクトルを検出することを特徴とする分光分析方法としたものである。
【0010】
この請求項1の発明によれば、液体クロマトグラフィーで分離された各試料成分の赤外スペクトルを、オンラインでかつ高感度に得られる。
【0011】
また請求項2の発明では、前記フロースルーセルは、前記赤外透過基材としてシリコンウェハーを用い、このシリコンウェハーに貴金属の薄膜を設けることで、表面増強赤外吸収を利用するものであることを特徴とする請求項1に記載の分光分析方法としたものである。
【0012】
請求項2の発明によれば、微量な試料成分の赤外スペクトルを高感度で確実に得ることが可能である。
【0013】
また請求項3の発明では、液体クロマトグラフィーの配管で検出器通過後の部分に、貴金属の薄膜を設けた赤外透過基板を有し、前記液体クロマトグラフィーにより分離された移動相中の試料成分を1試料成分ごとに通過させるフロースルーセルと、
前記フロースルーセルを通過中の1試料成分に赤外光を照射する赤外光源と、
前記フロースルーセルを通過中の1試料成分からの赤外線スペクトルを検出する赤外線分光検出器とを備えたことを特徴とする分光分析装置としたものである。
【0014】
この請求項3の発明によれば、液体クロマトグラフィーで分離された各試料成分の赤外スペクトルを、オンラインでかつ高感度に得られる。
【0015】
また請求項4の発明では、前記フロースルーセルは、前記赤外透過基材としてシリコンウェハーを用い、このシリコンウェハーに貴金属の薄膜を設けることで、表面増強赤外吸収を利用するものであることを特徴とする請求項3に記載の分光分析装置としたものである。
【0016】
この請求項4の発明によれば、微量な試料成分の赤外スペクトルを高感度で確実に得ることが可能である。
【0017】
また請求項5の発明では、前記分離された移動相中の1試料成分が前記検出器を通過した後、前記検出器からの検出信号により1試料成分通過ごとに稼動し、前記フロースルーセル内および前記配管内に残留した試料成分の自動洗浄を行う洗浄ポンプを備えたことを特徴とする請求項3又は4に記載の分光分析装置としたものである。
【0018】
この請求項5の発明によれば、配管および次に設けられるフロースルーセルの該残存物質を遊離させて自動で除去することが可能である。
【0019】
また請求項6の発明では、前記分離された移動相中の試料成分が、1試料成分ごと、前記検出器を通過した後、前記配管内の切り替えを行う六方バルブを備えたことを特徴とする請求項3〜5の何れか1項に記載の分光分析装置としたものである。
【0020】
この請求項6の発明によれば、目的試料成分以外の成分および移動相を廃液として排出し、目的試料成分のみ1試料成分ごとにフロースルーセルに送り込み、フロースルーセルを1試料成分通過ごとに自動洗浄を円滑に行うことが可能である。
【0021】
また請求項7の発明では、前記六方バルブの一方ともう一方にとにそれぞれ配置された切り替えバルブと、
前記六方バルブの一方に配置された切り替えバルブと、もう一方に配置された切り替えバルブとの間にループ状の配管とを備え、
前記分離された移動相中の各試料成分が所定のループに蓄積されることを特徴とする請求項6に記載の分光分析装置としたものである。
【0022】
この請求項7の発明によれば、分離された移動中の各試料成分が、それぞれ所定のループに蓄積された後に、1試料成分ごとにフロースルーセルに送り込むことが可能である。
【発明の効果】
【0023】
以上、本発明は、液体クロマトグラフィーによって分離された各微量成分の赤外スペクトルをオンラインでかつ高感度に取得できるという効果がある。
【0024】
従って、本発明によれば、液体クロマトグラフィーにより微量試料が分離された各成分の原子団情報を赤外分光法でオンラインに測定し、かつ微量試料を高感度に分析することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の分光分析方法および分光分析装置の一実施形態を以下に図面を参照しながら詳細に説明する。
【0026】
図1は本発明の分光分析方法および分光分析装置の一実施形態について概略を説明するための説明概略図である。
【0027】
図1に示すように、本発明の分光分析装置は、液体クロマトグラフィー用ポンプ(2)、試料を導入するための導入部(3)、カラム(4)、液体クロマトグラフィー用検出器(5)、記録モニター(6)、六方バルブV1(7)、切り替えバルブV2(9)、切り替えバルブV3(11)、サンプリングループ(10)、洗浄液(12)、洗浄液用ポンプ(13)、微量試料赤外吸収セル(14)、赤外分光検出器(16)、赤外光源(15)、から構成されている。サンプリングループ(10)は、図1中では一本しか描かれていないが、複数本あっても良い。
【0028】
前記の液体クロマトグラフィー用ポンプ(2)は、試料を導入するための導入部(3)と接続され、導入部(3)はカラム(4)に接続されている。カラムにより分離された試料は次に接続されている検出器(5)によって分離され、試料の分離情報は次に接続されている記録モニター(6)により得られる。この検出器(5)は六方バルブ(7)および切り替えバルブV2,V3(9、11)に接続されており、分離の状況に応じてバルブが切り替えられる仕組みとなっている。検出器(5)の後には六方バルブ(7)が接続されている。この六方バルブ(7)は検出器(5)により制御され、移動相(1)および、目的成分以外の成分は廃液(8)に排出される。
【0029】
また、カラム(4)より分離された各成分は六方バルブ(7)の切り替えにより切り替えバルブV2,V3(9、11)で接続された、複数本ある中の所定のサンプリングループ(10)へと送り込まれる。各成分はそれぞれ所定のサンプリングループ(10)に蓄積される。ここで、切り替えバルブV2,V3(9、11)の切り替えは、試料中の個々の成分が所定のサンプリングループ(10)に蓄積されるように、検出器(5)からの検出信号に応じて行われる。
【0030】
また、切り替えバルブV3(11)を検出信号により切り替えることにより、切り替えバルブV3(11)と微量試料赤外吸収セル(14)を連結させ、試料が一成分ずつ送り込まれる仕組みになっている。この一成分通過後、検出器(5)から送られる検出信号により洗浄用ポンプ(13)が稼動し、試料が通過した配管内および微量試料赤外吸収セル(14)内が洗浄液(12)で洗浄される。
【0031】
図2に示すように、微量試料赤外吸収セル(14)は、赤外透過基材であるシリコンウェハー(19A、19B)に、AuやAgなどの貴金属の薄膜(20A、20B)を真空蒸着法にて蒸着させたものからなるセル本体(21)を、赤外線非透過部材(18A,18B)で外側から狭持し、金属薄膜(20A、20B)の間を試料が通過するフロースルーセルである。分離された成分が微量試料赤外吸収セル(14)を通過したときには、セル内の金属微粒子に試料が吸着され、赤外光源(15)から赤外光が照射されると試料の増強作用が起こり、赤外分光検出器(16)により、赤外スペクトルが高感度に得られる。
【0032】
前記したカラム(4)としては、順相系クロマトグラフィー用、サイズ排除カラムクロマトグラフィー用、逆相系カラムクロマトグラフィー用、吸着クロマトグラフィー用などのものが挙げられる。
【0033】
液体クロマトグラフィーに使用される移動相(1)は一般的に使用される溶媒であれば使用することが可能である。例えば、メタノール、ヘキサン、アセトニトリル、トルエン、クロロホルム、THF等が挙げられる、グラジエント分析も可能である。
【0034】
洗浄液(12)として使用されるものとして、溶離液の中で最も溶出力の強いものが簡便でかつ好ましい。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の実施例とその比較例とを具体的に挙げて更に詳しく説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【0036】
[実施例]
試料として、プラスチック(5cm×5cm)を用いた。このプラスチック試料をクロロホルム50mlに10分間浸し、プラスチックに含まれる添加剤リン酸トリフェニルを抽出した。
【0037】
装置として、Agilent1100を使用し、液体クロマトグラフィー用カラムにはShodex GP KF−402HQ(4.6mmID×250mm)×2を用い、カラム温度40℃とした。液体クロマトグラフィー用移動相にはクロロホルムを用い、移動相流量は0.3mL/minとした。
【0038】
液体クロマトグラフィー用検出器にはUV検出器(254nm)を使用した。
【0039】
また、洗浄用溶液としてリン酸トリフェニルが易溶なクロロホルムを用いた。
【0040】
赤外透過基板としてフッ酸洗浄したシリコンウェハーを使用し、シリコンウェハー表面を金属薄膜が剥離しないように、まずメルカプトシランにより基板を修飾処理した。この基板に蒸着速度0.01nm/sでAuを約10nmの金属薄膜の膜厚になるように真空蒸着したものを微量試料赤外吸収セルとして用いた。
【0041】
[比較例]
クロロホルムにより抽出したプラスチックの添加剤を、液体クロマトグラフィーを用いて分取した。この分取した分離溶媒のクロロホルムを除去した後、IRにより赤外吸収スペクトルを得た。ここで、液体クロマトグラフィーによる分離条件およびサンプル濃度は実施例と同様に行った。
【0042】
[評価結果]
表1に実施例および比較例で測定したリン酸トリフェニルの赤外吸収の吸光度を示す。
【0043】
【表1】

微量赤外吸収セルを使用せず、液体クロマトグラフィーにより分取した後IR測定を行う方法では、赤外吸収スペクトルがわずかに得られる状況であるのに対し、微量赤外吸収セルを用いる本発明の測定では、シリコンウェハー基板上に金の平均薄膜が10nm前後で赤外吸収が最大となり、増強倍率が約20倍となった。この手法を用いることにより、数ng、更には数pg量での微量有機成分の原子団同定が可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明を用いることにより、微量な複数成分混合試料を液体クロマトグラフィーで分離し、単一成分ごとにオンラインでかつ高感度に原子団の同定が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の分光分析方法および分光分析装置の一実施形態について概略を説明するための説明概略図である。
【図2】本発明で用いる赤外スペクトルを得るための微量赤外吸収セルの構成図である。
【符号の説明】
【0046】
1…移動相
2…液体クロマトグラフィー用ポンプ
3…試料を導入するための導入部
4…カラム
5…液体クロマトグラフィー用検出器
6…記録モニター
7…六方バルブ
8…廃液1
9…切り替えバルブA
10…サンプリングループ
11…切り替えバルブB
12…洗浄液
13…洗浄液用ポンプ
14…微量試料赤外吸収セル
15…赤外光源
16…赤外分光検出器
17…廃液2
18A,18B…セル本体21を外側から挟持するための赤外線非透過部材
19A,19B…セル部材となる赤外透過基材であるシリコンウェハー
20A,20B… 金属薄膜
21…セル本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体クロマトグラフィーにより分離された移動相中の試料成分を、1試料成分ごと、貴金属の薄膜を設けた赤外透過基板を有するフロースルーセルに通過させ、前記フロースルーセルを通過中の1試料成分に赤外光を照射して赤外線スペクトルを検出することを特徴とする分光分析方法。
【請求項2】
前記フロースルーセルは、前記赤外透過基材としてシリコンウェハーを用い、このシリコンウェハーに貴金属の薄膜を設けることで、表面増強赤外吸収を利用するものであることを特徴とする請求項1に記載の分光分析方法。
【請求項3】
液体クロマトグラフィーの配管で検出器通過後の部分に、貴金属の薄膜を設けた赤外透過基板を有し、前記液体クロマトグラフィーにより分離された移動相中の試料成分を1試料成分ごとに通過させるフロースルーセルと、
前記フロースルーセルを通過中の1試料成分に赤外光を照射する赤外光源と、
前記フロースルーセルを通過中の1試料成分からの赤外線スペクトルを検出する赤外線分光検出器とを備えたことを特徴とする分光分析装置。
【請求項4】
前記フロースルーセルは、前記赤外透過基材としてシリコンウェハーを用い、このシリコンウェハーに貴金属の薄膜を設けることで、表面増強赤外吸収を利用するものであることを特徴とする請求項3に記載の分光分析装置。
【請求項5】
前記分離された移動相中の1試料成分が前記検出器を通過した後、前記検出器からの検出信号により1試料成分通過ごとに稼動し、前記フロースルーセル内および前記配管内に残留した試料成分の自動洗浄を行う洗浄ポンプを備えたことを特徴とする請求項3又は4に記載の分光分析装置。
【請求項6】
前記分離された移動相中の試料成分が、1試料成分ごと、前記検出器を通過した後、前記配管内の切り替えを行う六方バルブを備えたことを特徴とする請求項3〜5の何れか1項に記載の分光分析装置。
【請求項7】
前記六方バルブの一方ともう一方にとにそれぞれ配置された切り替えバルブと、
前記六方バルブの一方に配置された切り替えバルブと、もう一方に配置された切り替えバルブとの間にループ状の配管とを備え、
前記分離された移動相中の各試料成分が所定のループに蓄積されることを特徴とする請求項6に記載の分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−281506(P2008−281506A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−127750(P2007−127750)
【出願日】平成19年5月14日(2007.5.14)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】