説明

分画装置および分画装置用カートリッジ

【課題】 本発明が解決しようとする課題は以下のとおりである。
1)タンパク質などの生体成分を含む溶液を原液とし、原液から、得られる溶液への異物の混入が少なく、また系外への汚染が少なく、簡便・迅速に目的の溶質を分画する分画装置を提供すること。
2)生体成分を含む溶液に含まれる高分子量のタンパク質を効率的に除去し、低分子量タンパク質を高回収率で回収する生体成分の分画方法および分画装置を提供すること。
【解決手段】 送液ポンプローターに着脱可能なカートリッジの中に、膜分画システムをコンパクトに収納することによって、簡便に次の試料の分画操作に着手することができ、分析検体(分画装置回収液)のコンタミネーションおよびバイオハザードを防止しながら、原液、特に血漿をはじめとする体液からアルブミン等の高分子量タンパク質を簡便かつ効率よく分離し、低分子量タンパク質を高回収率で回収することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体成分含有溶液、特にヒトの血液、血漿、尿等の原液からタンパク質などの生体分子を分画して、原液から組成を変化せしめた試料を得るための方法およびそのための装置に関する。特に、臨床プロテオーム解析を目的とし、微量成分の検出に対して妨害する成分、特に高分子量のタンパク質を除去し、生体成分の組成を変化させた溶液を分画する方法およびそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポストゲノム研究として、プロテオーム解析研究(プロテオミクス)が注目され始めた。遺伝子産物であるタンパク質は遺伝子よりも疾患の病態に直接リンクしていると考えられることから、タンパク質を網羅的に調べるプロテオーム解析の研究成果は診断と治療に広く応用できると期待されている。しかも、ゲノム解析では発見できなかった病因タンパク質や疾患関連因子を多く発見できる可能性が高い。
【0003】
プロテオーム解析の急速に進展しだしたのは、技術的には質量分析装置(mass spectrometer: MS)による高速構造分析が可能となってきたことが大きく、MALDI-ToF-MS (matrix assisted laser desorption ionization time-of-flight mass spectrometry) 等の実用化によって、ポリペプチドのハイスループット超微量分析が可能となり、従来検出し得なかった微量タンパク質までが同定可能となり、疾患関連因子の探索に強力なツールとなってきている。
【0004】
プロテオーム解析の臨床応用の第一目的は、疾患によって誘導あるいは消失するバイオマーカータンパク質の発見である。バイオマーカーは、病態に関連して挙動するため、診断のマーカーとなり得るほか、創薬ターゲットとなる可能性も高い。すなわち、プロテオーム解析の成果は、特定遺伝子よりも診断マーカーや創薬ターゲットとなる可能性が高いため、ポストゲノム時代の診断と治療の切り札(エビデンス)技術となり、同定されたバイオマーカーは患者の薬剤応答性評価や副作用発現予測という直接的に患者が享受しえる利益につながることから、いわゆるテーラーメード医療(オーダーメード医療)の推進に大きな役割を果たすといえる。
【0005】
臨床研究にプロテオーム解析(臨床プロテオミクス)を導入する場合には、大量の検体を迅速、確実に解析することが求められており、しかも臨床検体は微量で貴重なために高分解能・高感度・高機能測定を迅速に行う必要がある。この大きな推進力となったのは質量分析(mass spectrometry)であり、質量分析装置のもつ超高感度でハイスループットの特性の貢献するところが大きい。しかしながら、その手法や機器が急速に改良されてきてはいるものの、プロテオーム解析が臨床現場で簡便かつ迅速に実施できる状況には、まだない。
【0006】
その原因のひとつに臨床検体の前処理が挙げられる。質量分析にかける前の処理として臨床検体のタンパク質を分画し精製することが必要で、この処理にはまだ数日かかるのが実態であり、さらに前処理の操作が煩雑で経験も必要とされることが、臨床への応用の大きな障害となっている。少量の血液や体液から全身の疾患の診断や病態管理ができれば、その有用性は極めて大きいものの、血漿中に含まれるタンパク質の多様性のために、多くの課題を生じている。
【0007】
ヒト・タンパク質は10万種以上とも推定されているが、血清中に含まれるタンパク質だけでも約1万種類にものぼるといわれ、総量としての血清中濃度は約60〜80mg/mLである。血清中の高含量のタンパク質は、アルブミン(分子量66kDa)、免疫グロブリン(150〜190kDa)、トランスフェリン(80kDa)、ハプトグロビン(>85kDa)、リポタンパク質(数100kDa)等であり、いずれも大量(>mg/mL)に存在する。一方、病態のバイオマーカーや病因関連因子と考えられているペプチドホルモン、インターロイキン、サイトカイン等の生理活性タンパク質の多くは、極微量(<ng/mL)にしか存在しない。その含有量比は高分子の高含量成分に比べて、実にナノからピコレベルである。タンパク質の大きさという点では、タンパク質全種類の70%以下は分子量60 kDa以下であり、上記の極微量なバイオマーカータンパク質はいずれもこの領域に含まれる場合がほとんどである(例えば非特許文献1)。これらのタンパク質は腎臓を通過して尿中に一部排泄されるため、血液のみならず尿を検体として測定することも可能である。
【0008】
一般的な血清学的検査でプロテオーム解析するには、1)病因関連の微量成分検出の妨害となる分子量6万以上の高分子量成分を分離し、除外すること、2)分離された分子量6万未満の病因関連の微量成分を確実に回収することが重要となる。
【0009】
高分子量タンパク質の分離手段として、現状では高速液体クロマトグラフィー (liquid chromatography: LC) や二次元電気泳動 (2 dimensional-polyacrylamide gel electrophoresis: 2D-PAGE) が用いられているが、LCや2D-PAGEの作業だけでも1〜2日を要している。この所要時間は、MALDI-TOF-MSやESI-MS (electrospray ionization mass spectrometry) 等の数分という分析時間に比べて非常に長く、MSのもつハイスループットという大きな利点が臨床プロテオーム解析では十分発揮できずにいる。このため、医療現場で診断や治療のためにできるだけ短時間に分析結果がほしいという目的には、現時点では実用性に極めて乏しいといわざるを得ず、日常の臨床検査にMSが利用しにくいひとつの大きな原因になっている。この点が解決されると、臨床プロテオーム解析による臨床検査の診断の迅速性は飛躍的に向上すると期待できる。具体的には、LCや2D-PAGEの代替となるような、微量の検体で高速に目的タンパク質群を分画できるデバイス・装置があればよい。
【0010】
またLCや2D-PAGEは、微量のサンプルしか処理できないために、得られるサンプル中に含まれるバイオマーカーの量も少なく、これまで開示された試料の調整方法では、MS分析、2次元電気泳動分析などのタンパク質分析を行ってもマーカーが検出されない場合がある。
【0011】
アルブミンを主な除去対象物質として、すでに実用化されている製品あるいは開示されている技術としては、ブルー色素などのアフィニティーリガンドを固定化した担体、高分子量成分を遠心分離ろ過によって分画する遠心管形式の装置(非特許文献2、特許文献1)、電気泳動原理によって分画する方法、Cohnのエタノール沈澱などの伝統的な沈殿法やクロマトグラフィーによって分画する方法(例えば非特許文献3)などがある。また、アルブミンと免疫グロブリンG(IgG)を同時に除去する製品も市販されている。しかしこれらは、いずれも分画性能が十分ではなかったり、微量サンプルには不適当であったり、分析の対象となるタンパク質が希釈されてしまったり、あるいは質量分析等に障害となる薬剤が混入したり、再現性に乏しいなどの問題点があった。
【0012】
2D-PAGEや液体クロマトグラフィーなどは高分離能ではある。しかし煩雑で時間がかかる手法よりも、簡便で短時間に、かつ高い分離能を有するデバイスが求められている。ごく最近でも、Affi-Gel Blueゲルを用いた方法(非特許文献4)やGradiflowシステムを用いた方法(非特許文献5)などが有効な改良されたアルブミン除去法として発表されてはいるが、さらに簡便にして高分離能を有する手法は報告されていない。また、Blueゲルは、アルブミンのような高分子量のタンパク質を特異的に除去するものではなく、プロテオーム解析の対象となるタンパク質をも同時に除去する可能性は否定できない。液体を循環可能な濾過装置としては、らせん状に巻かれた平膜をハウジング中に装填したろ過装置が開示されている(特許文献2)が、このままでは分画性能が十分でなかった。
【0013】
また、極微量のタンパク質を精度良く検知するためには異物の混入を防ぐ必要がある。異物としてはタンパク質以外のものはもちろん、目的以外の細胞や微生物も含まれる。さらに、例えばある患者の血清中のタンパク質の分析において、別の患者の血清中のタンパク質が異物となる。異物混入に対する対策が施されている装置は無い。
【0014】
タンパク質溶液から分離膜を使ってタンパク質を分画・回収する方法については、例えば、特許文献3、4に開示されている。特許文献3は方法のみを開示し、タンパク質分画に必須の構造を有する具体的装置までは開示していない。また特許文献4では、必須構成部分を全て備えてなる1台の分画装置については言及されていない。
【0015】
また、特許文献4に示すように、中空糸膜を用いて目的タンパク質を分画する技術が知られている。ポリアクリロニトリルやポリスルホンからなるペンシル型中空糸膜モジュールとそのモジュール用小型実験装置(旭化成ケミカルズ社製)も市販されている。特許文献4および上記市販装置では直接開示されていないが、これらの分画技術においては、膜を設置したカラムまたはゲルを充填したカラムと送液ポンプとを、シリコン、テフロン(登録商標)、ポリプロピレン、ステンレスなどから成る配管で接続し、送液ポンプにより移動相を搬送し、その流れの中に目的物質を含む原液を投入して膜またはカラムに接触させることにより目的物質を分画する方法が一般的である。しかしながら、複数の異なる試料を処理する場合には、分析間の汚染を避けるために洗浄操作が必要で、その結果、時間がかかること、また万が一、試料中に病原体が含まれる場合には、処理操作中に病原体が漏出して作業者が感染する恐れもあった。
【0016】
これらを解決する方法や装置の開発により、医学研究ならびに臨床現場でプロテオーム解析が広く行われるようになり、より迅速で高精度な検査や診断が可能となって、有用な治療法がない難治性の疾患の原因究明や早期の診断法の開発には強力なツールとなると期待できる。
【非特許文献1】アンダーソン・NL(Anderson NL),アンダーソン・NG( Anderson, NG)著,「ザ・ヒューマン・プラズマ・プロテオーム:ヒストリー・キャラクター・アンド・ダイアグノスティック・プロスペクツ (The human plasma proteome: history, character, and diagnostic prospects)」,モレキュラー・アンド・セルラー・プロテオミクス(Molecular & Cellular Proteomics),(米国),ザ・アメリカン・ソサエティー・フォー・バイオケミストリー・アンド・モレキュラー・バイオロジー・インコーポレーテッド(The American Society for Biochemistry and Molecular Biology, Inc.),2002年,第1巻,p845-867
【非特許文献2】ラダークリシュナ エス ティルマライ(Radhakrishna S. Tirumalai)ら著,「キャラクタリゼーション オブ ザ ロー モレキュラー ウェイト ヒューマン シーラム プロテオーム(Characterization of the low molecular weight human serum proteome)」,モレキュラー・アンド・セルラー・プロテオミクス(Molecular & Cellular Proteomics),(米国),ジ・アメリカン・ソサエティー・フォー・バイオケミストリー・アンド・モレキュラー・バイオロジー・インコーポレーテッド(The American Society for Biochemistry and Molecular Biology, Inc.),2003年,第2巻,p1096-1103
【非特許文献3】日本生化学会編,「新生化学実験講座(第1巻)タンパク質(1)分離・精製・性質」, 東京化学同人, 1990年
【非特許文献4】アーメド エヌ(N. Ahmed )ら著、「アン・アプローチ・トゥ・リウーブ・アルブミン・フォア・ザ・プロテオミック・アナリシス・オブ・ロー・アバンダンス・バイオマーカーズ・イン・ヒューマン・シーラム(An approach to remove albumin for the proteomic analysis of low abundance biomarkers in human serum)」、プロテオミクス(Proteomics)、 2003年、3巻、p1980-1987
【非特許文献5】ローセムント エル ディー(D. L. Rothemund )ら著、「デプリーション・オブ・ザ・ハイリー・アバンダント・プロテイン・アルブミン・フロム・ヒューマン・プラズマ・ユージング・ザ・グラディフロー(Depletion of the highly abundant protein albumin from human plasma using the Gradiflow.)」、プロテオミクス(Proteomics)、2003年、3巻、p279-287
【特許文献1】特表2002-542163号公報
【特許文献2】特開平04-330921公報
【特許文献3】特開昭59-116223号公報
【特許文献4】特開平7-133289号公報
【特許文献5】特開2003-130882号公報
【特許文献6】特開昭58-40323号公報
【特許文献7】特許第3297707号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明が解決しようとする課題は以下のとおりである。
(1)タンパク質などの生体成分を含む溶液を原液とし、原液から、得られる溶液への異物の混入が少なく、また系外への汚染が少なく、簡便・迅速に目的の溶質を分画する分画装置を提供すること。
(2)生体成分を含む溶液に含まれる高分子量のタンパク質を効率的に除去し、低分子量タンパク質を高回収率で回収する生体成分の分画方法および分画装置を提供すること。
【課題を解決するための手段】
【0018】
課題を解決するための手段は以下のとおりである。
(1)カートリッジおよびローラー型チューブポンプとを具備し、原液の溶質またはその一部を膜を用いて分画する回路からなる分画装置であって、カートリッジが、実質的に、ローラー型チューブポンプによって圧搾されるチューブと、原液を供給するための供給部と、供給される原液を搬送するための移動相を蓄えたリザーバーと、前記供給部から流路によって接続された分画を行う濾過部と、前記濾過部から流路によって接続された分画された溶質を回収する回収部およびこれらを接続する流路からなる回路の少なくとも一部を内蔵していることを特徴とする分画装置。
(2)前記カートリッジの外壁の一部が、前記ローラー型チューブポンプによって前記チューブを圧搾するのに用いられる圧搾部材であって、前記チューブが前記圧搾部材の表面の一部に設けられていることを特徴とする(1)に記載の分画装置。
(3)前記カートリッジが前記供給部および前記濾過部を内蔵していることを特徴とする(1)または(2)に記載の分画装置。
(4)前記回収部が、回収液量に応じて内容積が変えられる袋および/またはピストン付きシリンジであることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の分画装置。
(5)チューブ、リザーバー、供給部、濾過部、回収部およびこれらを接続する流路がなす回路が閉鎖回路であることを特徴とする(1〜(4)のいずれかに記載の分画装置。
(6)前記閉鎖回路の内容積が200mL以下であることを特徴とする(5)に記載の分画装置。
(7)膜が中空糸膜であることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載の分画装置。
(8)移動相が炭酸アンモニウム水溶液、重炭酸アンモニウム水溶液、蟻酸アンモニウム水溶液、酢酸アンモニウム水溶液から選ばれる水溶液であることを特徴とする(1)〜(7)のいずれかに記載の分画装置。
(9)前記カートリッジを、前記ローラー型チューブポンプのローターに隣接する方向に移動させて、チューブを圧搾できるようにする移動機構を備えていることを特徴とする(1)〜(8)のいずれかに記載の分画装置。
(10)原液が体液または生体成分含有液であることを特徴とする(1)〜(9)のいずれかに記載の分画装置。
(11)FULKA社、No.31394、No.31388、No.31387、No.31389、No.31397、No.31398のデキストランを各々0.5mg/mL含有する水溶液を分画したときの重量平均分子量11000以下のデキストランの回収率が70%以上であることを特徴とする(1)〜(10)のいずれかに記載の分画装置。
(12)ヒトインターロイキン−8が10ng/mLとなるよう添加されたヒト正常血清タンパク質もしくはペプチドを含有する水溶液を投入し分画する処理したとき、分子量11.5kDaのタンパク質もしくはペプチドヒトβミクログロブリンの回収率が70%以上であることを特徴とする(1)〜(11)のいずれかに記載の分画装置。
(13)ヒトインターロイキン−8が10ng/mLとなるよう添加されたヒト正常血清タンパク質もしくはペプチドを含有する水溶液を投入し分画する処理したとき、ヒトインターロイキン−8分子量6.5kDaのタンパク質もしくはペプチドの回収率が50%以上であることを特徴とする(1)〜(12)のいずれかに記載の分画装置。
(14)カートリッジおよびローラー型チューブポンプとを具備し、原液の溶質またはその一部を膜を用いて分画する分画装置用カートリッジであって、前記カートリッジ中に、原液を供給するための供給部と、前記供給部から流路によって接続された分画を行う濾過部を内蔵し、前記カートリッジの外壁の一部が圧搾部材であって、前記ローラー型チューブポンプによって圧搾されるチューブが前記圧搾部材の表面の一部に設けられていることを特徴とする分画装置用カートリッジ。
(15)分画された溶質を回収する回収部を内蔵していることを特徴とする(14)に記載の分画装置用カートリッジ。
(16)供給される原液を搬送するための移動相を蓄えたリザーバーを内蔵していることを特徴とする(14)に記載の分画装置用カートリッジ。
【発明の効果】
【0019】
送液ポンプローターに着脱可能なカートリッジの中に、膜分画システムをコンパクトに収納することによって、簡便に次の試料の分画操作に着手することができ、分析検体(分画装置回収液)のコンタミネーションおよびバイオハザードを防止しながら、原液、特に血漿をはじめとする体液からアルブミン等の高分子量タンパク質を簡便かつ効率よく分離し、低分子量タンパク質を高回収率で回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明でいう「分画」とは溶液中の溶質を分離することであり、溶質が複数種類含まれている場合には、その全部または一部を分離することを指す。体液成分をMS分析法によってプロテオーム解析するための試料の調製の場合には、回収目的のタンパク質と廃棄目的のタンパク質を弁別することになる。
【0021】
本発明の分画装置は原液の溶質またはその一部を膜を用いて分画するものであり、カートリッジおよびローラー型チューブポンプとを具備し、カートリッジが、実質的に、ローラー型チューブポンプによって圧搾されるチューブと、原液を供給するための供給部と、供給される原液を搬送するための移動相を蓄えたリザーバーと、前記供給部から濾過部と、前記濾過部から流路に分画された溶質を回収する回収部およびこれらを接続する流路からなる回路の少なくとも一部を内蔵するものである。分画装置の好ましい態様としては、前記カートリッジの外壁の一部が、前記ローラー型チューブポンプによって前記チューブを圧搾するのに用いられる圧搾部材であって、前記チューブが前記圧搾部材の表面の一部に設けられている構成である。
【0022】
前記分画装置の好ましい態様として、更に、前記カートリッジが前記供給部および前記濾過部を内蔵していることがあげられる。前記リザーバーと前記回収部はカートリッジに収納されていても良いし、収納されていなくても良い。収納されていない場合には、例えば、多数回の分画処理をするのに十分な量の移動相を蓄えたリザーバーと、回収容器とを装置に設置し、カートリッジを装置に装着する度毎にリザーバーや回収容器に流路を接続すればよい。リザーバーと回収容器は必ずしも装置に組み込まれている必要はなく、リザーバーと回収容器を装置周辺に設置してもよい。
【0023】
しかし、頻回の接続操作は時間もかかり、接続操作が煩雑となるため、前記カートリッジが前記回収部を内蔵していることが好ましい。また、前記カートリッジが前記リザーバーを内蔵していることが好ましい。リザーバーと回収部の両方ともがカートリッジに収納されていれば接続操作が不要となり煩雑さは回避できる。
【0024】
更に、チューブ、リザーバー、供給部、濾過部、回収部およびこれらを接続する流路がなす回路がそれぞれ閉鎖回路となっていることが好ましい。閉鎖回路とは回路の内部が装置外に開放されていないことを意味する。閉鎖回路をとることによって、コンタミネーションおよびバイオハザードを防止することができる。上記構成をとることにより、目的とする溶液をコンタミネーションなく回収部に得ることができる。閉鎖回路の内容積は200mL以下であることが好ましい。100mL以下であることがなお好ましい。
【0025】
本発明の装置は外部から原液を投入するための供給部を備えている。供給部の構造としては、透析回路の採血口として使われているゴムボタンや三方活栓が例示される。シリンジポンプ、注射器、原液バックなどから原液をゴムボタンや三方活栓などの供給部に供給する。これらの供給手段は密閉性が高く、投入速度を制御できる点で好ましい。原液を投入する速度は、投入速度が速すぎると回路の圧が上昇し回路からのリークや膜の破損を引き起こす。また、遅すぎると原液の処理に長時間を要する。
【0026】
原液を閉鎖回路の外部から供給部に投与する場合に、投与された原液の体積に等しい体積変化が回路内で起こる。この変化を吸収できる部分が無いと回路や膜に過剰な圧力がかかる可能性がある。そのため、体積変化を吸収する緩衝作用の役割を果たす部分を回路のいずれかの位置に設置することが好ましい。T字コネクターを介して気密性良く接続されたバックあるいはピストン付きシリンジ等の機構が好ましく用いられる。回収液を回収する回収容器が体積変化を吸収できるバックあるいはピストン付きシリンジであることが好ましく、回路全体をコンパクトにできる。
【0027】
供給部と濾過部とは流路を介して接続されている。通常は、前記流路には輸送用の送液ポンプが設けられていることが好ましい。送液ポンプとしてはローラー型のチューブポンプが好ましい。濾過部では溶質の一部が濾過される。
【0028】
本発明の装置の濾過部においては、濾過器を使用することが好ましく、さらに中空糸膜または平膜を内蔵した濾過モジュールが好ましく用いられる。膜の分子分画性能に関しては、回収したい溶質の分子量と除去したい溶質の分子量を考慮して、分子分画能(カットオフ値)を有する膜を適宜選択できる。
【0029】
また、濾過モジュールにおいては、膜の原液側には原液入口と原液出口とを有し、また膜の濾過側には濾過成分出口を有していることが好ましい。原液入口と原液出口とはチューブなどに流路を構成し、その流路に対して送液ポンプが設けられ、ポンプによって被処理液がモジュール内の膜の原液側を循環する構造になっていることが好ましい。それにより被処理液は濾過操作が繰り返し行われることになる。送液ポンプとしてはローラー型のチューブポンプが好ましい。
【0030】
効率を上げるために、濾過部において、濾過モジュールを多段にかつ直列に接続することができる。多段の場合、供給部に近い最初の濾過モジュールは、原液入口と原液出口とが接続された流路の途中に、供給部からの流路が接続される。
【0031】
最初の濾過モジュールの濾過成分出口からの流路は、次の濾過モジュールの原液入口と原液出口とを接続する回路の途中に接続される。その次の濾過モジュールの濾過成分出口からの流路も同様に、さらにその次のモジュールの原液側流路に接続される。最後の濾過モジュールで濾過部の機能は終わるが、濾過成分出口からの流路は、回収部に接続される。
【0032】
濾過モジュールが多段の場合、濾過モジュールの原液入口と原液出口との流路に存在するポンプは別々の駆動で運転されても良いし、同一の駆動で同軸運転されても良い。滞留なく送液し最大の分画効率を得るためには、同一の流量を維持するように運転されることが好ましい。送液ポンプがローラー型のチューブポンプである場合には、ローラー軸を同軸にすることによって多段回路を並列することが可能になりコンパクトにできる。
【0033】
濾過モジュールにおいて、通常は溶質の分子量に従って溶質が分別される。濾過モジュールに使用される膜は、セルロース、セルローストリアセテート等のセルロースアセテート系ポリマー、ポリカーボネート、ポリスルホンやポリエーテルスルホンなどのポリスルホン系ポリマー、ポリメチルメタクリレート等のポリメタクリレート、ポリアクリレート、ポリアミドナイロン、ポリ弗化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、ポリエステル、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリエチレンおよびポリプロピレンからなる群より1種類以上選択される素材を含むフィルターあるいは中空糸を用いることにより一層効率的に目的とする溶質成分を分画することができる。平面フィルター、カートリッジ式フィルター等の平膜型分離膜(フィルター)、中空糸等の中空状分離膜(中空糸膜)のいずれも用いることができる。
【0034】
これらのフィルターあるいは中空糸膜に、抗体やそのフラグメント、ポリエチレンイミン、アミノメチルピリジン、ポリフェノール、ブルー色素、2価金属イオン(Zn2+, Ni2+, Co2+, Cu2+等)および疎水性化合物(メチル基、ベンジル基、フェニル基、クロロメチル基、オクチル基、ラウリル基等)からなる群より1種類以上選択される物質(リガンド)を固定化することにより、フィルターあるいは中空糸膜に溶質への親和性を付与できる。MS分析用の試料の前処理に使用する場合には、アルブミンをはじめとする、MS分析に不要なタンパク質を吸着除去する機能を付与することができる。
【0035】
アルブミンとしてはヒト、ウシ、その他哺乳動物及び鳥類由来のアルブミンが例示される。アルブミンより分子量が大きいとは(高分子量成分)、主にアルブミン(分子量6〜7万)以上の高分子量のタンパク質のことをいう。アルブミン以上の高分子量であるか否かはSDS-PAGE(sodium dodecylsulfate - poly(acrylamide) gel electrophoresis:ドデシル硫酸ナトリウムを含むポリアクリルアミドゲル電気泳動)という方法により判別可能である。アルブミンを用いて本発明を特定する場合には、ヒトアルブミンにより定義することが好ましい。
【0036】
本発明の濾過モジュールに用いられる膜としては、処理液量あたりの表面積が大きく、操作上の圧損が少ないという理由で特に中空糸膜が好ましく用いられる。中空糸膜を備えた濾過器である中空糸膜モジュールは、タンパク質関係では従来より人工腎臓(透析モジュール)として多く利用されているが、いずれもアルブミン等のタンパク質を漏れさせないように保持され、クレアチニンや尿素などの低分子成分を漏出させて中空糸内腔側を流れる血液を浄化する目的で使用される。
【0037】
一方、第1の発明の濾過部に用いられる膜では、原液側から濾過された成分を分析のために収集する目的で使用される。具体的には原液側にはアルブミン等の高分子量成分を残存させながら、低分子量、例えば分子量5kDa以下のタンパク質成分を漏出させるのが好ましい。
【0038】
濾過部の濾過モジュールの原液出口と原液入口とを接続する流路には、前の段のモジュールからの流路が接続されるが、接続され液が合流した後、送液ポンプが送液操作するように送液ポンプを配置したほうが好ましい。その結果、分画効率がさらに向上する。
【0039】
本分画装置において、濾過部において分画された濾液を回収する回収部に接続される。回収部としては通常回収用の容器が用いられる。回収液量に応じて内容積が変えられるような袋やピストン付きシリンジであることが好ましく、上述のように、回路全体が閉鎖回路となっている場合は、なお好ましい。
【0040】
本発明の分画装置において、供給部と濾過部との間および濾過部に必要に応じて設置される送液ポンプは、別々の駆動で運転されても良いし、同一の駆動で同軸運転されても良い。同軸で運転する場合には、膜の分離効率に応じて、各部分の運転速度およびシーケンスを適宜選択できる。送液ポンプがローラー型のチューブポンプである場合には、ローラー軸を同軸にすることによって多段回路を並列することが可能になりコンパクトにできる。
【0041】
本発明のカートリッジはローラー型チューブポンプのローター駆動部またはそれを支持する部材に着脱可能であることが好ましい。またカートリッジおよび内容物はディスポーザブルであることがより好ましい。流路の一部であるチューブをカートリッジ内からカートリッジ外壁に露出させて、露出したチューブをローラー型チューブポンプのローターによって圧搾するものであるが、このとき濾過部に設けられた各モジュールの原液側入口と原液側出口の位置関係については圧搾部材にチューブを取り付ける方向と一致させることが好ましい。
【0042】
各モジュールのポートに接続された流路であるチューブは圧搾部材を介して、液が循環出来るようになっていることが好ましい。圧搾の精度を維持するためにチューブはローター駆動軸の根本により近くに位置していることが好ましい。精度が狂うとチューブが押さえつけられなくなり定量送りが難しくなる。
【0043】
カートリッジを本体に簡便かつ正確に装着させるためには、カートリッジとポンプそれぞれに、相互に嵌合するための手段を設けるのが好ましい。例えば一方にガイド穴を備え、他方にガイド軸を設け、ガイド穴をガイド軸に貫通させることで容易に嵌合が行われる。続いて、圧搾部材の位置を固定させることによって複数本のチューブからなる流路がローラー型チューブポンプの回転ローターと適正な距離を保持することができる。ローラー型チューブポンプを作動させることによって、複数のモジュール内の原液は順次送液される。予め、複数本のモジュールを収納した収納箱と圧搾部材とを一体化して、流路の一部であるチューブを圧搾部材に載架したものを用意しておけば、ローラーポンプ部分への装着と脱着はより簡便に行うことができる。
【0044】
カートリッジの素材は特に限定されないが、ハンドリングし易く、運搬し易く、強度があるという理由でプラスチック製のものが好ましい。形状は特に限定されないが、カラムと送液回路を収納できるほどの十分なスペースを内部に有し、ローラー型チューブポンプの駆動ローターで圧搾を受ける圧搾部材の圧搾面は圧搾される方向に弧状に彎曲した曲面になっていることが特に好ましい。曲面になっていることで駆動ローターとの接触面積が増え、結果的に安定した流量が確保できる。
【0045】
カートリッジの圧搾部材の表面とローラー型チューブポンプの駆動ローターの外周に回転自在に設置されたローラーがこのチューブを挟むことによって送液機能が完成し、駆動ローターが周方向に回転することによってカートリッジ内にある各部分に存在する液体が循環する。カートリッジ外殻の圧搾面に対してチューブは圧搾されるように設置されているが、必ずしも圧搾面に接していなくてもよい。圧搾の際にチューブが圧搾方向と垂直の方向に振動するのを防ぐため、チューブが、カートリッジの外殻の弧状に彎曲した圧搾面に対して弧状に設置されていることが特に好ましい。
【0046】
カートリッジは手動で駆動ローターに押し当ててもよいが、作業者に対する安全性の点から、カートリッジを設置すると、カートリッジをローラー型チューブポンプのローターに隣接する方向に移動させて、チューブ圧搾できるようにする移動機構を備えていることが好ましい。
【0047】
本発明の分画装置を用いて分画するとき、その移動相は水または水溶液が好ましい。特に原液が体液であり、溶質がタンパク質である場合にはpH緩衝液を用いることが好ましい。pHは分画したいタンパク質の性質に合わせて適宜選択できる。
【0048】
さらに本装置により得られる試料をMS分析装置に適用する場合には、多量の濾液すなわち回収液から低分子量タンパク質を濃縮しやすく、MS分析を阻害しないように揮発性の物質から構成される緩衝液を用いることが好ましく、例えば炭酸アンモニウム水溶液、重炭酸アンモニウム水溶液、蟻酸アンモニウム水溶液、酢酸アンモニウム水溶液が好ましく用いられる。
【0049】
移動相の水溶液には、界面活性剤、乳化剤、有機溶媒、酸、アルカリからなる群より1種類以上選択される物質を含むことにより、高分子成分のタンパク質の凝集による巨大分子化を促進し、吸着の促進や分画膜からの漏出を抑制し、高分子成分を効率的にカットオフし最終的な分画性能を向上させることができる。界面活性剤(両性界面活性剤や陰イオン性海面活性剤等)はタンパク質間の相互作用を抑制する効果があり、分子分画を効率的に行うことができる。これらの物質においても揮発性であることが好ましく、アルコール、アセトニトリル、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、アンモニア等が例示される。
【0050】
上記の水溶液溶質の選択は、目的とするタンパク質群の分画の程度を勘案しながら行うことができる。
【0051】
本発明の分画装置の各構成要素を接続する流路としては、チューブを使用することが好ましく、さらに柔軟な弾性体から成っていることが好ましい。例えば、シリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、フッ素樹脂、天然ゴム、合成ゴムが好ましく用いられるが、目的の生体成分の吸着が少ないという点でシリコーン樹脂、フッ素樹脂が特に好ましい。
【0052】
生体成分としては、化合物としてタンパク質、核酸、糖、脂質、ビタミン、無機塩類が例示され、生体成分である血液、血清、血漿、尿、リンパ液、関節液、唾液、涙液、脳脊髄液、腹水、胸水、羊水等の体液の成分が例示される。
【0053】
本発明の分画装置に用いられる、回収液を採取する回収容器は目的の生体成分の吸着の少ない材質から成ることが好ましく、ポリプロピレン、シリコーン樹脂、フッ素樹脂が好ましく用いられる。その他にもポリスチレン、ガラスなどの用いられるが、目的の生体成分の吸着を抑制するために内表面に吸着を抑制するための処理が施してあるものが好ましい。吸着を抑制するための処理とは、例えば親水性化処理であり、プラズマ処理や、親水性ポリマーのコーティングや表面グラフトがこれに相当する。
【0054】
本発明の分画装置は体液または生体成分含有液を原液とすることが適している。特にヒトの血漿、血清、尿、関節液、唾液、涙液、脳脊髄液、腹水、胸水、羊水、リンパ液等からの生体分子の分画に適する。
【0055】
上記の各フィルターならびに中空糸膜モジュールのサイズならびに還流液の流速それぞれは、原料とする血漿や尿等の生体材料の質と量に依存して適宜決められるが、一般的にモジュールが大きすぎると取り扱いが容易ではなく、またモジュール自体の表面積が大きくなるため微量成分の吸着ロスの原因となる。モジュールが小さいと大量の検体量に対処できない。
【0056】
特に中空糸膜を用いて、臨床において現実的な0.1〜100mLの検体を処理する場合には、直径0.2〜5cm、長さ3〜20cmの円筒形のモジュールが好ましく用いられる。いわゆる卓上サイズで分画処理を実施する場合、用いる検体の量として好ましいのは血漿では1〜400mL、より好ましくは5〜100mLで実施される。また、好ましい流速は0.1〜20mL/min、さらに好ましくは0.2〜10mL/minで行われる。
【0057】
本発明の分画装置で処理して得られる回収液には低分子量のバイオマーカーが高濃度で含有されていることが好ましい。回収液をMS分析で分析する際に、濃度が濃いほどマーカー物質が検出される確率は高くなる。回収液中の濃度を高く保つためには、投入した検体中に含まれる目的タンパクの大部分を回収液中に回収する分画性能が要求される。
【0058】
検体中に含まれる目的物質の量に対する、回収液中に含まれる量の割合を回収率で表すと、デキストランを分子量指標とした場合には、FULKA社製、No.31394、No.31388、No.31387、No.31389、No.31397、No.31398のデキストランを各々0.5 mg/mL含有する水溶液を分画したときの重量平均分子量11000以下のデキストランの回収率が70%以上である分画装置が好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。また、重量平均分子量10000以下の低分子量デキストランの回収率が70%である分画装置がより好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。FULKA社製デキストランについては同社のカタログ(例えば2004年版)に詳細が記されている。
【0059】
ヒトβミクログロブリンを指標にした場合には、ヒトインターロイキン−8が10ng/mLとなるよう添加されたヒト正常血清を分画したとき、ヒトβミクログロブリンの回収率が70%以上であることが好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。
【0060】
また、インターロイキン−8を指標にした場合には、インターロイキン−8が10 ng/mLとなるよう添加されたヒト正常血清を分画したとき、ヒトインターロイキン−8の回収率が50%以上であることが好ましく、60%以上であることがさらに好ましい。
【0061】
上記のデキストラン、ヒトβミクログロブリン、ヒトインターロイキン−8のそれぞれの回収率は実施例で用いた方法で測定されるものである。
【0062】
一般的に、膜分離においては溶質の過剰な濃縮による分離性能低下を防ぐ目的で、多量の移動相で原液を希釈することが行われる。原液を多量の移動相で希釈しながら搬送する手段が一般的である。多量の移動相は回収液に回収され低分子量バイオマーカー等の濃度が薄まる原因となる。従って、バイオマーカー等を高濃度で得るためには、多量の移動相を除去しなければならない。本発明の装置および回路に濃縮用中空糸膜モジュールを備えた濃縮部を濾過部の下流側に設置し、濃縮部において、濾過部の濾液から移動相を除去してバイオマーカーを濃縮できれば濃いバイオマーカーの回収液が得ることができる。濃縮部を備えたた上記システムでは、分離と濃縮を同時に行うことができる。しかしながら、濃縮用中空糸膜の孔径サイズにも限界があり、移動相のみを透過できるほどの小孔径の膜はなく、溶質も透過してしまうのが一般的である。また、膜表面にはタンパク質などの溶質は特に付着しやすいと言われている。
【0063】
このように濃縮用中空糸膜モジュールを備えた濃縮部を設置すると、多量の移動相を除去できるが、透過や吸着が原因で溶質をロスし回収率が低下する。特にプロテオーム解析におけるバイオマーカータンパク質は、もともと極微量にしか存在しないため、透過や吸着によるロスがあるとMS分析でも検出されなくなるおそれがあり致命的となる。このような濃縮部の致命的な欠点を鑑みて、本発明の、濃縮部のない分画装置に至った。 本発明の分画装置に対し、生体成分を含有する原液を投入し、運転することにより最終的には回収部に得られた試料は、液体クロマトグラフ、電気泳動、MS等の各種のタンパク質分析に有用であるが、特に好ましくは電気泳動やMSを用いたプロテオーム解析に有用である。
【0064】
本装置の分画装置で得られた試料を適用できるMSは特に限定されないが、イオン化部分として、電子スプレーイオン化型、大気圧イオン化型、高速原子衝突型、四重極型、サイクロトロン共鳴型、磁気セクター型、マトリックス支援レーザー破壊イオン化型などが、イオン補足型、飛行時間型、フーリエ変換型などの質量分析部と適宜組み合わせて用いられる。この場合、MS/MS、MSなどのタンデムMSやFT-MSとして用いることもできる。タンデムMSの場合は、全てのタイプのMSが適用可能であるが、特にイオン捕捉型、四重極−飛行時間(Q-TOF)型、FT-MSなどの組合せで使用することが効率がよい。
【0065】
本装置との組み合わせによる分析により、各種微量タンパク質成分の構造情報を集めることができるが、それらはペプチド・マスフィンガープリント(peptide-mass fingerprint: PMF)のみならず、各ペプチドの一次構造情報(アミノ酸配列)も含まれる。
以下、本発明の分画装置の一態様例について図を用いながら説明するが、本発明はこれに規定されるものではない。
【実施例】
【0066】
図1、2、3は、本発明の分画装置を説明する図である。図1、3は濾過部が3つのモジュールによって構成されていることを示す。
【0067】
図1を参照されたい。供給部に相当するゴムボタン2bに対して継手2aと継手2cが接続されている。フレキシブルなチューブ3aが継手2cと濾過部中空糸膜モジュール5aの下ノズル6aを多チャンネル式圧搾部材8の曲面に這うようにして接続されている。更に、継手2aには装置近傍に設置したリザーバー10が接続されている。圧搾部材各濾過部中空糸膜モジュール5a、5b、5cの各上端に備えた各上ノズル4a、4b、4cにはフレキシブルなチューブ3b、3c、3dが接続されている。これらのチューブは、多チャンネル式の圧搾部材8の曲面に這うようにして配設され下ノズル6a、6b、6cに各々接続されている。濾過部中空糸膜モジュール5aの胴体下ノズル7aと中空糸膜モジュール5bの下ノズル6bとの間に、また中空糸膜モジュール5bの胴体下ノズル7bと中空糸膜モジュール5cの下ノズル6cとの間に各々チューブが接続されている。また中空糸膜モジュール5cの胴体下ノズル7cと回収容器11との間にチューブが接続されている。分画にあたっては、上記に記した全ての中空糸膜モジュール、ノズル、チューブ、継手を含む回路内には移動相として緩衝液が充填される。上記回路をカートリッジ12に収納した。
【0068】
図2は、本発明の分画装置の全体図であり、(A)は正面図、(B)は左側面図である。装置Mには多チャンネル式の回転ローター9が装備されている。カートリッジ12に存在する圧搾部材8の側面に設けられたガイド穴に対し、装置本体側から配置されているガイド軸8a、8bを貫通しつつ、カートリッジ12を押し込むことによって装置に固定された。固定されたカートリッジ12は多チャンネル式回転ローター9の側に平行移動し、多チャンネル式回転ローラー9およびローターと、圧搾部材8と、圧搾部材8の曲面に設置された4本のチューブとにより送液システムを形成した。
【0069】
またシリンジ1が取り付けられた。多チャンネル式回転ローラー9のそれぞれの回転ローラーにはモーターからの駆動機構が各々取り付けられた。
【0070】
図3は、リザーバーと回収容器として内容積可変なバックを設置し、供給部、濾過部、袋状のリザーバーおよび袋状の回収容器が閉鎖回路を形成している図である。この閉鎖回路をカートリッジ12に収容した。
【0071】
図1にもどり説明する。液の流れを矢印で示してある。血清などの原液を封入したシリンジ1の針を供給部のゴムボタン2bに刺した後、検体はシリンジポンプによって予定の速度で投入された。投入後シリンジ1はゴムボタン2bからはずされた。投入された原液は、リザーバー10から供給される移動相と混じり合いながら、モーターによって駆動される回転ローター9aの回転によって搬送されながら濾過部中空糸膜モジュール5aに送液された。モーターによって駆動される回転ローター9bの回転によって中空糸膜モジュール5aを循環する間に生成した濾液は胴体下ノズル7aから出て、後段の濾過部中空糸膜モジュール5bに回転ローター9bの回転によって搬送された。濾過部中空糸膜モジュール5bの濾液は、更に後段の濾過部中空糸膜モジュール5cに搬送された。
【0072】
このように原液の溶質は、濾過部を構成する中空糸膜モジュール5a、5b、5cで分画された。中空糸膜モジュール5cからの濾液は、回収容器11に搬送され回収された。濾過部における液の循環と送液は回転ローター9bによって行われた。指定された時間が経過した後、回転ローター9a、9bは停止し、カートリッジ12は再び初期状態に戻るように平行移動して、回転ローター9から離れた。
【0073】
図4は、濾過部の濾液から水を除去する濃縮部を設置した分画装置を説明する図である。図4は濾過部が3つのモジュール、濃縮部が1つのモジュールによって構成されていることを示す。
【0074】
供給部に相当するゴムボタン22bに対して3方継手22aと継手22cが接続されている。フレキシブルなチューブ3が継手22cと濾過部中空糸膜モジュール25aの下ノズル26aを多チャンネル式圧搾部材28の曲面に這うようにして接続されている。更に、3方継手22aにチューブ付きバック32が接続されている。圧搾部材各濾過部中空糸膜モジュール25a、25b、25cおよび濃縮部25dの各上端に備えた各上ノズル24a、24b、24c、24dにはフレキシブルなチューブが接続されている。これらのチューブは、多チャンネル式の圧搾部材28の曲面に這うようにして配設され下ノズル26a、26b、26c、26dに各々接続されている。濾過部中空糸膜モジュール25aの胴体下ノズル27aと中空糸膜モジュール25bの下ノズル26bとの間に、また中空糸膜モジュール25bの胴体下ノズル27bと中空糸膜モジュール25cの下ノズル26cとの間に、また中空糸膜モジュール25cの胴体下ノズル27cと中空糸膜モジュール25dの下ノズル26dとの間に各々チューブが接続されている。中空糸膜モジュール25dの胴体下ノズル27dと3方継ぎ手22aとがチューブで接続されている。更に中空糸膜モジュール25dの下ノズル26dと回収容器30の上部にある回収容器キャップ31とがチューブで接続されている。中空糸膜モジュール25dの上ノズル24dと回収容器キャップ31とも接続されている。上記に記した全ての中空糸膜モジュール、ノズル、チューブ、継手、チューブ付きバック、回収容器、回収容器キャップは閉鎖回路となっている。
【0075】
分画にあたってはこの閉鎖回路内には移動相として水系の緩衝液が充填される。上記回路をカートリッジに収納した。
【0076】
図1の分画装置と同様、原液の溶質は、濾過部を構成する中空糸膜モジュール25a、25b、25cで分画された。中空糸膜モジュール25cからの濾液は、濃縮部中空糸膜モジュール25dに搬送された。中空糸膜モジュール25dを循環する間に生成した濾液は胴体ノズル27aから出て継手22aを介して供給部に返送された。中空糸膜モジュール25cの濾液は、濃縮部の中空糸膜25dに搬送された。濾過部と濃縮部における液の循環と送液は回転ローター29bによって行われた。指定された時間が経過した後、回転ローター29a、29bは停止し、モーターによって駆動される回転ローター29cが始動した。これにより回収容器30内にある空気が濃縮部内の回路にある濃縮液を押し出し、濃縮液は下ノズル26dを通り回収容器30に回収された。
(実施例1−1)
図1記載の分画装置(回路容積:50mL)を用いてデキストラン水溶液の分画を行った。本発明におけるデキストランの回収率は以下の方法で測定されるものである。FULKA社製デキストラン 平均分子量〜1500(No.31394)、平均分子量〜6000(No.31388)、平均分子量15000〜20000(No.31387)、平均分子量〜40000(No.31389)、平均分子量〜60000(No.31397)、平均分子量〜200000(No.31398)を各々0.5mg/mL(溶質全体では3.0mg/mL)になるように蒸留水で溶解し、デキストラン水溶液(原液)を作成する。デキストラン水溶液4 mLを分画装置に0.48mL/分の速度でシリンジより投入しながら、濾過流量0.6 mL/分、中空糸膜モジュールを循環させる循環流量3 mL/分、処理温度25℃の条件で1時間処理を行った後、回収容器に回収液36mLを得た。
【0077】
デキストラン濃度の測定は、次のように行った。サンプリングした水溶液を細孔径0.5ミクロンのフィルターで濾過し、その回収液をGPC用カラム(東ソーTSK-gel-G3000PWXL)、カラム温度40℃、移動相を液クロ用蒸留水1mL/min、サンプル打ち込み量100μlで分析を行い、示差屈折率計(東ソー社製 RI-8020)にてslice time 0.02min、base-line-range 4.5〜11.0minで測定する。カラムのキャリブレーションは、測定直前に単分散のデキストラン(Fluka社製デキストランスタンダード No.31416, No.31417, No.31418, No.31420, No.31422)を用いて行った結果、重量平均分子量1000、2000、4000および10000のデキストランの回収率はそれぞれ90%、85%、88%および83%であった。
(実施例1−2)
図1記載の分画装置(回路容積:50mL)を用いて血清の分画を行った。本発明におけるヒトβ2ミクログロブリンとヒトインターロイキン−8の回収率は以下の方法で測定されるものである。ヒト正常血清(SIGMA、Catalogue No.H1388、lot.073K0445)にヒトインターロイキン−8が10 ng/mLになるように添加した後、25mM重炭酸水素ナトリウム水溶液(pH8.2)で4倍に希釈し、その4 mLを分画装置に0.48mL/分の速度でシリンジより投入した。濾過流量0.6 mL/分、中空糸膜カラムを循環させる循環流量3 mL/分、処理温度25℃の条件で1時間処理を行った後、回収容器に回収液36mLを得た。
【0078】
この回収液について、ヒト血清アルブミン(分子量:69,000)をAlbumin, Human, ELISA Quantitation Kit (BETHYL社)で、ヒトβ2ミクログロブリン(分子量:11,500)の濃度をグラザイムβ2-Microglobulin-EIA TESET(和光純薬)で、ヒトインターロイキン−8(分子量:6,500)の濃度をEndogen(R) HumanIL-8 ELISA Kit(Pierce Biotechnology, Inc)でそれぞれ測定した。投入した希釈血清中の含有量に対する、回収液中の含有量の割合を表す回収率は、アルブミンが0.0005%、ヒトβ2ミクログロブリンが84.0%、ヒトインターロイキン−8が65.0%であった。回収液を凍結乾燥すると重炭酸アンモニウム水溶液が全て揮発し、低分子量タンパク質の混合物のみを獲ることができた。バイオマーカー探索目的のプロテオーム解析に適した試料を得ることができた。
(比較例1−1)
図4記載の分画装置(回路容積:20mL)を用いて、実施例1−1記載と同様の方法でデキストラン水溶液の分画を行った。処理温度25℃の条件で1時間処理を行った後、濃縮部の循環回路内の残液を回収容器に回収し濃縮液1.8 mLを得た。デキストラン濃度測定を行った結果、重量平均分子量1000、2000、4000および10000のデキストランの回収率はそれぞれ20%、40%、75%および80%であった。
(比較例1−2)
図4記載の分画装置(回路容積:20mL)を用いて、実施例1−2記載と同様の方法で血清の分画を行った。処理温度25℃の条件で1時間処理を行った後、濃縮部の循環回路内の残液を回収容器に回収し濃縮液1.8 mLを得た。この回収液について、ヒト血清アルブミン(分子量:69,000)とヒトβ2ミクログロブリン(分子量:11,500)の濃度を測定した結果、回収率は、アルブミンが0.00001%、β2ミクログロブリンが41.0%、ヒトインターロイキン−8が17.0%であった。バイオマーカー探索目的のプロテオーム解析に適した試料を得ることができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】実施例に使用した装置の斜視図
【図2】実施例に使用した装置の正面図および左側面図
【図3】好ましい態様の装置の斜視図
【図4】比較例に使用した装置の斜視図
【符号の説明】
【0080】
1 シリンジ
2a 継手
2b ゴムボタン(供給部)
2c 継手
3a、3b、3c、3d フレキシブルチューブ
5a、5b、5c 濾過部中空糸膜モジュール
6a、6b、6c、6d 下ノズル
7a、7b、7c、7d 胴体下ノズル
8 圧搾部材
8a、8b ガイド軸
9 多チャンネル式回転ローター
9a、9b、9c 回転ローター
10 リザーバー
11 回収容器
12 カートリッジ
13 回収容器キャップ
14 チューブ付きバック
M 分画装置全体
S シリンジポンプ
21 シリンジ
22a 3方継手
22b ゴムボタン(供給部)
22c 継手
25a、25b、25c 濾過部中空糸膜モジュール
25d 濃縮部中空糸膜モジュール
26a、26b、26c、26d 下ノズル
27a、27b、27c、27d 胴体下ノズル
28 圧搾部材
28a ガイド軸
28b ガイド軸
29 多チャンネル式回転ローター
29a 回転ローター
29b 回転ローター
29c 回転ローター
30 回収容器
31 回収容器キャップ
32 チューブ付きバック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カートリッジおよびローラー型チューブポンプとを具備し、原液の溶質を膜を用いて分画する回路からなる分画装置であって、前記回路が、ローラー型チューブポンプによって圧搾されるチューブと、原液を供給するための供給部と、供給される原液を搬送するための移動相を蓄えたリザーバーと、分画を行う濾過部と、分画された溶質を回収する回収部およびこれらを接続する流路からなり、カートリッジが前記回路の少なくとも一部を内蔵していることを特徴とする分画装置。
【請求項2】
前記カートリッジの外壁の一部が、前記ローラー型チューブポンプによって前記チューブを圧搾するのに用いられる圧搾部材であって、前記チューブが前記圧搾部材の表面の一部に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の分画装置。
【請求項3】
前記カートリッジが前記供給部および前記濾過部を内蔵していることを特徴とする請求項1または2に記載の分画装置。
【請求項4】
前記回収部が、回収液量に応じて内容積が変えられる袋および/またはピストン付きシリンジであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の分画装置。
【請求項5】
チューブ、リザーバー、供給部、濾過部、回収部およびこれらを接続する流路がなす回路が閉鎖回路であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の分画装置。
【請求項6】
前記閉鎖回路の内容積が200mL以下であることを特徴とする請求項5に記載の分画装置。
【請求項7】
膜が中空糸膜であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の分画装置。
【請求項8】
移動相が炭酸アンモニウム水溶液、重炭酸アンモニウム水溶液、蟻酸アンモニウム水溶液、酢酸アンモニウム水溶液から選ばれることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の分画装置。
【請求項9】
前記カートリッジを、前記ローラー型チューブポンプのローターに隣接する方向に移動させて、チューブを圧搾できるようにする移動機構を備えていることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の分画装置。
【請求項10】
原液が体液または生体成分含有液であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の分画装置。
【請求項11】
FULKA社製、No.31394、No.31388、No.31387、No.31389、No.31397、No.31398のデキストランを各々0.5mg/mL含有する水溶液を分画したときの重量平均分子量11000以下のデキストランの回収率が70%以上であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の分画装置。
【請求項12】
ヒトインターロイキン−8が10ng/mLとなるよう添加されたヒト正常血清を分画したとき、ヒトβミクログロブリンの回収率が70%以上であることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の分画装置。
【請求項13】
ヒトインターロイキン−8が10ng/mLとなるよう添加されたヒト正常血清を分画したとき、ヒトインターロイキン−8の回収率が50%以上であることを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の分画装置。
【請求項14】
カートリッジおよびローラー型チューブポンプとを具備し、原液の溶質またはその一部を膜を用いて分画する分画装置用カートリッジであって、前記カートリッジ中に、原液を供給するための供給部と、分画を行う濾過部を内蔵し、前記カートリッジの外壁の一部が圧搾部材であって、前記ローラー型チューブポンプによって圧搾されるチューブが前記圧搾部材の表面の一部に設けられていることを特徴とする分画装置用カートリッジ。
【請求項15】
分画された溶質を回収する回収部を内蔵していることを特徴とする請求項14に記載の分画装置用カートリッジ。
【請求項16】
供給される原液を搬送するための移動相を蓄えたリザーバーを内蔵していることを特徴とする請求項14に記載の分画装置用カートリッジ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−272137(P2006−272137A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−94338(P2005−94338)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】