説明

切削加工方法及び装置

【課題】切削加工の加工精度向上には、主軸の回転精度やテーブルの位置決め精度といった様々な要因の検討が必要であるが、本発明では、切削熱に起因する被削材の熱変形による切削加工精度の悪化を防止し、加工精度および加工能率の向上を図ることを目的とする。
【解決手段】工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法又は装置において、当該被削材に対する工具の経路又は切込み等の切削条件を切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する工程又は手段を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削加工方法及び装置、特に被削材の熱変形を考慮した切削加工方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境に配慮した切削加工を実現するため、切削油の使用をできるだけ少なくしたドライ加工やMQL加工についての研究開発が盛んに行われている。一般的な切削加工では切削油は切削工具と被削材の冷却と潤滑のために供給されるが、切削油には有害な化学物質が含まれる場合が多く、その廃棄処理が難しいなど環境負荷が大きかった。
【0003】
本発明は、切削油を一切使用しないドライ加工でも、高精度・高能率加工できる方法について検討中に、被削材の切削熱による温度上昇量に応じて切削速度や送り又は切削経路といった切削条件を決定するとともに、被削材を設置するテーブルの温度制御を行う切削加工法を発明するに至ったものである。
【0004】
従前より、被削材を切削する際、加工時間の短縮を図り、しかも良好な面精度を得るための切削加工条件の決定法に関する提案がある(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、被削材の損傷を最小限に抑えつつ、加工時間を短くすることのできる切削加工条件を導出する方法についての提案がある(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
特許文献1に開示の技術は、被削材に複数回の切削作業を施して所望の加工形状を得る場合に、所定の切込みを複数段の切込みに分割し、この切込みに応じて切削加工機械の主軸の回転数及び送りを決定する切削加工条件の決定方法であって、使用する切削工具と切削量とに応じて予め定められた主軸の回転数及び送りの組み合わせのうち最適なものを切削作業ごとに選択するものである。なお、本書で「切込み」とは被削面(切削加工を行う前の工作物表面)と切削仕上げ面との間の距離を言い、二次元切削では、切込みは切取り厚さと一致する。
【0007】
特許文献2に開示の技術は、材料を削って被加工材の形状を形成する切削加工において、被削材の状態、工具に作用する切削力と切削加工条件の関係を用いて、被削材の状態の制限条件、切削力の制限条件に対して、その制限条件を満足するような条件のうち加工時間が短い切削加工条件を自動的に導出できる切削加工システムである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−245739号公報
【特許文献2】特開2005−46929号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
金属の被削材の不要な部分を切りくずとして除去し、所望の形状や寸法に仕上げる除去加工法の一つに、マシニングセンタやNC旋盤といった工作機械を用いる切削加工法がある。マシニングセンタは、回転工具を使用し、工具の自動工具交換機能を備え、工作物の取り付け替えなしに多種類の加工を施す数値制御工作機械である。マシニングセンタによる切削加工では、主軸に装着された回転工具とテーブルに設置した被削材の相対運動を利用し、良好な仕上げ面を容易に得ることができるため、マシニングセンタによる切削加工
は金属加工現場で広く用いられている。
【0010】
マシニングセンタの主軸やテーブルは数値制御(NC制御)されており、被削材を所定の形状に仕上げるためにあらかじめ作成したNC加工プログラムを数値制御装置に記録させ、そのNC加工プログラムを逐次実行して切削加工を行っている。
【0011】
近年、マシニングセンタや切削工具の性能向上に伴って、複雑形状製品や高硬度材料の高精度加工に対する要求がますます高まっている。マシニングセンタを用いた切削加工の加工精度向上には、主軸の回転精度やテーブルの位置決め精度といった様々な要因の検討が必要である。本発明は、その中でも切削熱に起因する被削材の熱変形による切削加工精度の悪化を防止し、マシニングセンタを用いた切削加工の加工精度および加工能率の向上を図る方法を提供するものである。
【0012】
例えば、板厚の薄い平板の切削加工では、切削に伴って発生する熱が原因で平板が熱変形し、それが加工精度上問題となる。通常、平板は治具でマシニングセンタのテーブルに固定して切削加工を行うが、治具による拘束がない部分が必ず存在するため、その部分が切削によって温度変化を受けると熱膨張や収縮によって変形が生じる。被削材が熱変形した状態で平板の切削加工を行うと、NC加工プログラムで設定した所定の切込みが得られず、過切削や削り残しが生じる問題があった。被削材の熱変形の状態は平板を固定する治具の配置方法によっても異なるため、従来の加工方法では被削材の変形状態を考慮した切削加工法の実現は困難であった。
【0013】
従来は、被削材の変形量に応じた切込みを再設定して再加工を行うなど、切削工具の切込みを試行錯誤的かつ段階的に変化させて切削加工を行っていた。しかし、このような方法は、マシニングセンタを用いた切削加工の加工能率低下の原因の一つになっていた。背景技術でも示したように、従来のマシニングセンタを用いた切削加工では切削熱による被削材の熱変形の影響はほとんど考慮されていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するため、本発明の請求項1に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、当該被削材に対する工具の経路を切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する工程を有することを特徴とする切削加工方法である。
【0015】
請求項2に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、当該被削材に対する工具の切込みを切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する工程を有することを特徴とする切削加工方法である。
【0016】
請求項3に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱を切削条件に基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正する工具の経路又は切込みを補正する工程とを有することを特徴とする切削加工方法である。
【0017】
請求項4に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工装置において、当該被削材に対する工具の経路又は切込みを切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する手段を有することを特徴とする切削加工装置である。
【0018】
請求項5に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱をCAMで生成したNCデータに基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正したNCデータに修正する工程とを有することを特徴とする請求項3に記載の切削加工方法である。
【0019】
請求項6に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱を切削力の測定結果に基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正する工具の経路又は切込みを補正する工程とを有することを特徴とする請求項3に記載の切削加工方法である。
【0020】
請求項7に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱を工具温度の測定結果に基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正する工具の経路又は切込みを補正する工程とを有することを特徴とする請求項3に記載の切削加工方法である。
【0021】
請求項8に記載の発明は、工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工装置において、切削加工中に発生する切削熱をCAMで生成したNCデータに基づいて計算する手段と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する手段と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正したNCデータに基づいて切削加工する手段とを有することを特徴とした請求項4に記載の切削加工装置である。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る切削加工方法および装置によれば、被削材の熱変形による切削加工誤差の低下が防止されるため、過切削や削り残しといった不具合を回避できる。
【0023】
発明が解決しようとする課題で述べたように、従来技術では過切削となることを防止するために、切込みを徐々に増加させて試行錯誤的に被削材を所望の寸法に仕上げる方法が一般的である。本発明に係る切削加工方法および装置を用いれば、薄板の切削加工を行う場合でも過切削や削り残しの危険性が少なくなり、切込みを試行錯誤的に増加させて切削加工を行う回数は少なくなり、平板の切削加工の加工能率を大幅に向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施形態に係る切削加工法の概念を説明するための機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、添付の図面を参照しつつ、本発明の実施の形態例を具体的に説明する。
【0026】
図1は、本発明の実施形態に係る切削加工法の概念を説明するための機能ブロック図である。マシニングセンタによる従来の切削加工法と比較して、切削熱による被削材の温度上昇量を計算する温度上昇量計算部4’と、その温度上昇量の計算結果に基づいて被削材
の熱変形量を計算する熱変形計算部5’と、被削材の熱変形量の計算結果に基づいてNC加工プログラムの補正を行うプログラム補正部6’とを備えたことが、本発明に係る切削加工法の特徴である。従来の方法で生成したNC加工プログラムに対して、そのNC加工プログラムで加工したときの被削材の熱変形による加工誤差を見積もり、その加工誤差を最小化するように前記NC加工プログラムを補正する方法を提供するものである。
【0027】
本発明に係る切削加工法では、まず、開始のステップを1とし、被削材の最終形状や加工条件を外部から読み込むステップ2がある。加工条件には、被削材の形状・材質、使用する切削工具の形状・材質、切削工具の回転速度や移動速度、テーブルの移動速度、切削加工油使用の有無などが含まれるが、これらに限定されるものではない。そして、これらの条件に対応するNC加工プログラムを生成するステップ3があり、このNC加工プログラムは、被削材を最終形状に仕上げるためにマシニングセンタの動作を記述した一連のコードであり、マシニングセンタはこのNC加工プログラムに従って主軸の回転速度や移動速度、テーブルの移動量や移動速度を設定して切削加工を行う。このNC加工プログラムは従来技術のCAMを用いて生成してもよい。このステップは従来技術の切削加工法でも採用されているが、本発明に係る切削加工法では、本ステップで生成されたNC加工プログラムに基づいて補正を行うので、本発明に係る発明では必須のステップとなる。
【0028】
続いて、温度上昇量計算部4’(ステップ4)に入り、ステップ3で生成したNC加工プログラムを用いて被削材を加工したときの被削材の温度上昇量の計算を行う。前記NC加工プログラム中に記載された、切削工具やテーブルの移動速度、工具回転数といった切削加工条件を考慮するものとする。被削材の温度上昇量の計算には、有限要素法などの数値シミュレーションを利用して計算する。例えば、切削加工時の被削材の温度上昇量がシミュレーションできる市販のソフトウェアとして、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社が販売する切削加工専用シミュレーションプログラム「AdvantEdge」がある。また、切削作用による発熱を非定常移動熱源でモデル化して被削材の温度上昇量を解析してもよい。非定常移動熱源モデルの解析ができる市販のソフトウェアとして株式会社計算力学研究センターが販売する3次元溶接変形解析プログラム「Quick Welder」などがある。請求項6に記載のように、ステップ3で生成したNC加工プログラムを用いた切削加工が実施できる場合、その切削加工中の切削力の測定結果から発熱量を概算して被削材の温度上昇量を求めてもよい。いずれの方法でも切削点における被削材の温度上昇量を計算できる方法であればよい。
【0029】
次に、熱変形計算部5’(ステップ5)では、被削材の温度上昇量の計算結果に基づいて被削材の熱変形の計算を行う。被削材が切削の作用によって温度変化を受けると熱膨張や収縮を起こすため、NC加工プログラムの設定値と実際の切込みとの間に誤差が生じるが、被削材の温度上昇量に基づいて被削材の熱変形量を計算すれば被削材の熱変形による設定切込みとの誤差を見積もることが可能になる。このように、ステップ4で求めた被削材の温度上昇量と、マシニングセンタテーブルに設置した被削材のクランプ条件を考慮し、被削材の熱変形量の計算を行う。熱変形量の計算には有限要素法などの数値シミュレーションを用いてもよい。熱変形の計算ができる市販のソフトウェアとしてサイバネットシステム株式会社が販売する有限要素解析ソフトウェア「ANSYS」などがある。また、各切削点における切削力が推定できる場合は、その切削力を考慮した熱変形量を計算して、後述するプログラムの補正を行ってもよい。
【0030】
さらに、プログラム補正部6’(ステップ6とステップ7)では、被削材の熱変形量の計算結果と被削材の最終形状とを比較し、切削工具の切込みの補正量を決定する。この補正量に基づいて、ステップ3で生成したNC加工プログラムの補正を行う。
【0031】
最終的には、ステップ7で補正したNC加工プログラムをマシニングセンタに転送し、
そのNC加工プログラムによる切削加工を行うことによって所定の形状を得ることができる。このように、ステップ3で生成したNC加工プログラムに対して、ステップ7で被削材の熱変形に相当する切込みを補正して被削材の過切削や削り残しといった不具合が発生しない切削加工の実現が可能になる。
【符号の説明】
【0032】
1 ステップ「開始」
2 ステップ「加工条件等入力」
3 ステップ「NC加工プログラム生成」
4 ステップ「被削材の温度上昇量の計算」
4’ 温度上昇量計算部
5 ステップ「被削材の熱変形量の計算」
5’ 熱変形計算部
6 ステップ「補正量の計算」
6’ プログラム補正部
7 ステップ「NC加工プログラムの補正」
8 ステップ「NC加工プログラムのマシニングセンタへの転送」
9 ステップ「切削加工」
10 ステップ「終了」

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、当該被削材に対する工具の経路を切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する工程を有することを特徴とする切削加工方法。
【請求項2】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、当該被削材に対する工具の切込みを切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する工程を有することを特徴とする切削加工方法。
【請求項3】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱を切削条件に基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正する工具の経路又は切込みを補正する工程とを有することを特徴とする切削加工方法。
【請求項4】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工装置において、当該被削材に対する工具の経路又は切込みを切削加工中の当該被削材の熱変形量に応じて補正する手段を有することを特徴とする切削加工装置。
【請求項5】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱をCAMで生成したNCデータに基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正したNCデータに修正する工程とを有することを特徴とする請求項3に記載の切削加工方法。
【請求項6】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱を切削力の測定結果に基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正する工具の経路又は切込みを補正する工程とを有することを特徴とする請求項3に記載の切削加工方法。
【請求項7】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工方法において、切削加工中に発生する切削熱を工具温度の測定結果に基づいて計算する工程と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する工程と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正する工具の経路又は切込みを補正する工程とを有することを特徴とする請求項3に記載の切削加工方法。
【請求項8】
工具および被削材の一方または両方の回転運動と工具および被削材の相対運動を利用して被削材を所定の形状に除去加工する切削加工装置において、切削加工中に発生する切削熱をCAMで生成したNCデータに基づいて計算する手段と、前記切削熱の計算結果から当該被削材の熱変形量を計算する手段と、当該被削材の熱変形による切削加工誤差を補正したNCデータに基づいて切削加工する手段とを有することを特徴とした請求項4に記載の切削加工装置。

【図1】
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【公開番号】特開2012−38017(P2012−38017A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176210(P2010−176210)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】