説明

制振構造およびその諸元設定方法

【課題】原理的にはTMDと同様に機能するものの、従来一般のTMDのように格別の付加質量を必要とせずに、充分な応答低減効果が得られる制振構造とその諸元設定方法を提供する。
【解決手段】建物内の任意の層間(たとえば1階と2階との間)に中段階(たとえば中2階)として使用する中間層5を設置し、中間層の躯体を上層および下層の躯体に対してそれぞれ上下の支持部材(吊り材6および間柱7)を介して水平変位可能に支持し、中間層と上層または下層との間には付加バネ10を介装し、中間層と上下の支持部材と付加バネにより構成される付加振動系を建物内に設ける。中間層の質量mと、中間層と上層との間の層剛性k01と、中間層と下層との間の層剛性k02と、付加バネのバネ定数kとにより定まる付加振動系の固有振動数を、建物の固有振動数に同調させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は建物の振動を低減させるための制振構造およびその諸元設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の振動を低減するための機構として、たとえば特許文献1に示されるような所謂チューンド・マス・ダンパー(Tuned Mass Damper:TMD)が知られている。これは、建物に対して付加質量を付加バネおよび付加減衰を介して設置して、付加質量と付加バネとにより定まる付加振動系の固有振動数を主振動系としての建物の固有振動数に同調させることによって共振点近傍における応答を低減させるものである。
【0003】
また、特許文献2には、建物の下層階における外周部と内部架構とに分離するとともに内部架構と基礎とを分離してそれらの間に減衰装置を設置することにより、建物の下層階において水平剛性を低下させて長周期化し、下層階に集中する水平変形を減衰装置により効果的に減衰させるという制振方法および制振構造についての開示がある。
【特許文献1】特開昭63−156171号公報
【特許文献2】特開2000−345732号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に示されるような従来一般のTMDでは充分な振動低減効果を得るためには付加質量を充分に大きくする必要があるが、建物にあまり大きな質量を付加することは現実的ではないので、通常は建物自重の1〜2%程度とすることが限度であり、したがって制振効果にも自ずと限界がある。
また、特許文献2に示される制振方法および制振構造は制振と免震の双方の効果が得られるものではあるが、TMDのような振動数同調による制振効果を意図したものではないので共振点近傍での応答を充分に低減できるものではない。
【0005】
上記事情に鑑み、本発明は原理的にはTMDと同様に機能するものの、従来一般のTMDのように格別の付加質量を必要とせずに充分な応答低減効果が得られる制振構造とその諸元設定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の制振構造およびその諸元設定方法は、建物内の任意の層間に中段階として使用する中間層を設置し、該中間層の躯体を上層および下層の躯体に対してそれぞれ上下の支持部材を介して水平変位可能に支持するとともに、該中間層と上層または下層との間には付加バネを介装することによって、それら中間層と上下の支持部材と付加バネにより構成される付加振動系を建物内に設け、前記中間層の質量mと、該中間層と上層との間の層剛性k01と、該中間層と下層との間の層剛性k02と、前記付加バネのバネ定数kとにより定まる付加振動系の固有振動数(あるいは固有角振動数)を、建物の固有振動数(あるいは固有角振動数)に同調させるようにしたものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、建物の主体構造を構成している本来の層間にたとえば中2階等の中段階として使用する中間層を設けて、その中間層の質量をTMD機構における錘として利用することにより、従来のTMD機構のように建物に対して大きな負荷となる錘やバネが不要であり、しかもその質量を建物の全質量のたとえば10%以上にも充分に大きくすることが可能であり、したがって優れた制振効果が得られ、風荷重や交通振動のような小振幅だけでなく大地震時の応答低減にも効果的であり、極めて合理的にして有効な制振機構を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の一実施形態を図1〜図3に示す。図示例の実施形態は3階建ての建物への適用例であって、図1に建物全体の軸組を架構モデルとして示し、また図2に振動モデルとして示すように、1階の床梁を構成している第1層1、2階の床梁を構成している第2層2、3階の床梁を構成している第3層3,屋上階の床梁を構成している第4層4を有する架構を主体とするものであるが、そのような主体構造の内部には第1層(1階)1と第2層(2階)2との間に大きな吹き抜け空間を確保してそこに中段階(この場合は中2階)の床梁を構成している中間層5を設け、その中間層5の躯体の質量を付加質量として利用してTMD機構として機能させることを主眼としている。
【0009】
すなわち、本実施形態では第1層1と第2層2との間に中2階として使用される中間層5を設け、その中間層5は上層である第2層2から上側の支持部材としての吊り材6により吊り支持されるとともに、下層である第1層1から下側の支持部材としての間柱7により支持されている。
本実施形態においては間柱7の柱脚は第1層1に対してピン接合されており、それにより中間層5は第1層1と第2層2との間で水平方向に相対振動可能とされ、かつその中間層5の相対振動は制振装置8により制御されるようになっている。
図示例の制振装置8は中間層5と第2層2との間に間柱の形態で設置されているが、これは図2に示すように中間層5の水平振動を減衰させるためのダンパー9と、それに並列に設置された付加バネ10とから構成されている。なお、この制振装置8は中間層5の上下のいずれかに設置すれば良く、図示例のように中間層5と第2層2との間に設置することに代えて中間層5と第1層1との間に設置しても良い。
【0010】
上記構造による本実施形態の制振構造は、振動モデルとしては建物全体の主体構造による主振動系に対して、中間層5と、上下の支持部材である吊り材6と間柱7と、制振装置8とにより構成される付加振動系を組み込んだものであり、その付加振動系の固有振動数は、図2に示す各諸元、すなわち中間層5の質量mと、中間層5とその上層である第2層2との間の層剛性k01と、中間層5とその下層である第1層1との間の層剛性k02と、制振装置8を構成している上記の付加バネ10のバネ定数kとによって定まるものである。
具体的には、付加振動系の固有振動数を固有角振動数として表した場合、その固有角振動数ωは、上記各諸元から次式の関係で定まるものである。
【0011】
【数1】

【0012】
そして本実施形態では、上式で定まる付加振動系の固有角振動数ωを建物の固有角振動数、特に1次固有角振動数ωに同調させることにより、中間層5による付加振動系の全体をTMD機構として機能させる、換言すれば、中間層5の質量mをTMD機構における付加質量として利用するものであり、それにより通常のTMD機構のように格別の付加質量を必要とすることなく、また所望の制振効果を得るために必要となる充分な付加質量を支障なく確保でき、それにより建物全体の1次モードの共振点近傍における振動を有効に減衰させることができるものである。
【0013】
なお、中間層5は必ずしも1階と2階との間に中2階として設けることはなく、任意の層間に設ければ良いが、特に地震時に層間変位が大きくなる位置に設置することが好ましい。
また、共振点の設定は建物の1次固有(角)振動数に限られず、制振対象とする特定の固有(角)振動数に同調させればその共振点近傍での応答を低減させることができる。
また、中間層5の面積は本来の各階を構成している他の層の面積よりも小さくても良いし、中間層5の平面重心位置は建物の中心となるのが好ましいが、偏芯していても構わない。これは、一般に中間層制振による応答低減効果の方がその偏芯によるねじり応答の影響(割増効果)より大きいためである。
また、上記のように中間層5を上下の支持部材としての吊り材6および間柱7により上下からそれぞれ支持していることから、中間層5の固有振動数が小さい(長周期となる)場合でも安定して支持できて過大な変位振幅を生じ難いものとなっている。なお、そのように中間層5を上下から支持することは中間層5の上下にそれぞれバネが取り付くことになり、その点で上下の一方だけにバネが取り付く従来一般のTMD機構とは振動特性がやや異なるものとなるが、ほぼ同様の効果を発揮することには変わりがない。
【0014】
以下、本実施形態の制振構造の具体例をさらに説明する。
図2に示す振動モデルにおいて、質点j(j=1〜3)の加振方向変位をxとし、質点jの静止座標系(絶対変位)の釣り合い式で表示すると次式となる。
【0015】
【数2】

【0016】
図2に示しているように主体構造の各層の質量m、m、m、剛性k、k、k、減衰c、c、cが均等であるとし、m=m=m、k=k=k、c=c=cとする。
変位xが角振動数ωの正弦波振動x=xiωtであるとし、ω=k/m
=c/(2mω)、ξ=ω/ωとする。
中間層の構造減衰は無視し、c01=c02=0とする。
質量については、( ̄m)=m/mとし、バネについては( ̄k01)=k01/k、( ̄k02)=k02/kとする。付加バネについては( ̄k)=k/k、付加減衰hはh=c/(2mω)とする。
なお、( ̄m)は、mの上部に ̄(バー)がつくことを表すものである(他の記号についても同様)。
【0017】
それらの値を用いて振動方程式をマトリクス形式でまとめると次式となる。
【0018】
【数3】

【0019】
この式から求まるx/x(複素数の絶対値、j=1〜3)が、加振入力に対する各質点の変位応答倍率を示す。なお、加振入力に対する応答倍率は変位、速度、加速度とも同じになる。
【0020】
各諸元を具体的に次のように設定した場合における解析結果を以下に示す。
中間層5の質量を他の層の質量m〜mの0.2倍とする。すなわち、m=0.2mとする(m=m=m)。
中間層5と第2層2との間の層剛性k01は他の層剛性k〜kの0.015倍であり、中間層5と第1層1との間の層剛性k02は他の層剛性k〜kの0.0075倍とする。すなわち、k01=0.015k、k02=0.0075kとする(k=k=k)。
ダンパー9の減衰係数cによる付加減衰は、h=c/(2mω)=0.1
とする。主体構造の構造減衰はh=0.02とする。
ダンパー9と並列にする付加バネ10はk=0.001kとし、これにより付加振動系の固有角振動数ωを建物全体の1次固有角振動数ω(≒0.35ω)に同調させる。
【0021】
各諸元を上記のように設定した場合における応答低減効果を伝達関数で示し、その結果を図3に示す。
図3に示される結果から、中間層(中2階)の質量効果を利用した応答低減機構(TMD機構)が地震に対しても有効であることがわかる。
すなわち、一般階の20%(0.2倍)程度の質量を利用するだけで、最大値が1/4以下(最大応答が78%低減)と大きな応答低減効果が得られる。したがってたとえば吹き抜けの一部を中2階として利用するような建築計画にも充分に適用可能である。また、中2階の床も過大な振幅にならず、制振しないときの2階床と同等以下の揺れに納まる。
また、上記は建物の1次固有振動数に同調させた場合の解析例であるので、当然に1次モードの振動が大きく低減している。すなわち、図中でξ=ω/ω=0.35が建物の1次モードの共振点であり、この近傍だけ応答低減している。しかも、中2階で制振することで2階近傍だけでなく頂部まで建物全体の振動を効果的に抑制できることがわかる。
【0022】
本発明の制振構造によれば、以下に列挙するような効果が得られる。
(1)中2階のような中段階として使用する中間層の質量を錘として利用するので、従来のTMD機構のように建物の負荷となる錘やバネ(積層ゴム、コイルバネ等)が不要となる。中間層という建築計画上で必要な部分の質量を錘として利用するため、TMD機構として新たに格別の錘を設ける必要のある従来型のTMD機構よりはるかにローコストに実現できる。
(2)従来のTMD機構では錘質量を建物の1〜2%程度しか与えることが現実的にできなかったが、本発明によれば建物の一部を錘として利用するのでたとえば10%以上でも比較的容易に実現できる。そのため、風荷重や交通振動のような小振幅だけでなく大地震時の応答低減にも効果的となる。また、固定端(地表面)から加速度加振される地震のみならず、建物へ加振力として作用する風荷重にも効果的な応答低減機構である。また、従来のTMDより錘質量が大きいため応答低減できる振動数範囲は広く、中間層の重量が1割程度変動しても、あるいは積載荷重が5割程度変動しても、問題なく機能することができ、安定した応答低減効果を発揮できる。
【0023】
(3)中間層の質量を錘として利用することから従来のTMD機構と比較して大きな錘質量を付与できるため、中間層を主体構造と一体化した場合(つまり中間層を制振に利用しない場合)と比較して主体構造と中間層のいずれも応答を低減することができる。これは、2棟間にダンパーを介して連結することで双方の応答を低減できる2棟間制振と同等の効果である。したがって、この制振機構を採用することによって中間層の居住性が低下するということはない(制振しないときと同等以上の居住性を確保できる)。
(4)中間層は中2階のように主体構造の階高の大きい位置に設けられるのが一般的であるが、階高の大きい階は自ずと層剛性が小さくなりかつ層間変位が大きくなるため、自ずと制振効果を発揮し易くなり合理的である。
(5)建物の特定箇所だけに中間層を設置しても微小振幅から大振幅まで広範囲の外乱に対して大きな応答低減効果が得られるので、各階に層間ダンパー(ブレースダンパーや制振壁など)を設置する通常の制振構造の場合よりも建築計画上で組み込み易い。特定箇所とは必ずしも中2階(1階と2階との間)に限らないが、層間変形の大きい箇所の方が効果的である。また、高さ方向に2カ所以上に設置すれば応答をより低減することができる。
【0024】
(6)中間層は特定箇所だけに設置すれば良く、その中間層の上下のいずれかに制振装置を設置すれば良いので、設置コストは充分に安くて済む。
(7)従来のTMD機構と同様に慣性質量効果を利用した応答低減機構であるので、微小振幅から効果を発揮できるし、一般的な鋼材ダンパーのような制振ダンパーを用いる通常の制振構造のように鋼材が降伏してから後だけ効果を発揮するものとは異なる。
(8)本発明は建物の共振による応答増大を防止する機構であり、共振点近傍での応答変位、反力を大きく低減することができ、地下基礎部への負担低減や浮き上がり防止にも効果的である。また、一般部の応答変位を低減することで居住性も向上する。
(9)本発明のTMD機構を設置した後の振動数同調作業は、従来のTMD機構の場合と同様に付加バネの値を調整することで容易に対応できる。
【0025】
(10)本発明の制振構造は、通常の粘性系や履歴系の制振ダンパーと併用することも可能であり、それにより応答低減効果を更に高めることも可能である。
(11)本発明は建築計画と密接に絡む制振架構といえる。建物の一部をさりげなく錘として利用した質量効果型の制振機構であり、積層ゴムや滑り支障を用いた可動機構を持たず、外見上や架構からは通常の耐震架構との差異はない。また、従来のTMD機構では一般に建物頂部に配置していたが、本発明では中2階のように低層部に配置しても効果的である。さらに、従来のTMD機構では錘部分の振幅が非常に大きくなって居住には適さないものであったが、本発明では中間層の振幅を制振しない場合と同等以下に抑えられる。このような特性を生かした建築計画を立案することで、ローコストで耐震性に優れた魅力的な建物を設計することが可能になる。
【0026】
以上で本発明の一実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものでは勿論なく、建物の規模や形態、構造、用途、中間層の位置、中間層を上下各層に対して相対振動可能に支持するための支持部材の構造やそれらによる支持の形態、中間層の振動を制御するための制振装置の構成や設置形態、その他、細部の具体的な構成については、本発明の要旨を逸脱しない範囲で任意の設計的変更が可能であることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態である制振構造を示すもので、建物全体の軸組を架構モデルとして示した図である。
【図2】同、振動モデルとして示した図である。
【図3】同、効果を説明するための解析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 第1層(1階)
2 第2層(2階)
5 中間層(中段階)
6 吊り材(支持部材)
7 間柱(支持部材)
8 制振装置
9 ダンパー
10 付加バネ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物内の任意の層間に中段階として使用する中間層を設置し、該中間層の躯体を上層および下層の躯体からそれぞれ支持部材を介して水平変位可能に支持するとともに、該中間層と上層または下層との間には付加バネを介装することによって、それら中間層と上下の支持部材と付加バネにより構成される付加振動系を建物内に設けてなる制振構造であって、
前記中間層の質量mと、該中間層と上層との間の層剛性k01と、該中間層と下層との間の層剛性k02と、前記付加バネのバネ定数kとにより定まる付加振動系の固有振動数を、建物の固有振動数に同調させてなることを特徴とする制振構造。
【請求項2】
建物内の任意の層間に中段階の床として使用する中間層を設置し、該中間層の躯体を上層および下層の躯体に対してそれぞれ上下の支持部材を介して水平変位可能に支持するとともに、該中間層と上層または下層との間には付加バネを介装することによって、それら中間層と上下の支持部材と付加バネにより構成される付加振動系を建物内に設けてなる制振構造における諸元設定方法であって、
前記中間層の質量mと、該中間層と上層との間の層剛性k01と、該中間層と下層との間の層剛性k02と、前記付加バネのバネ定数kとにより定まる付加振動系の固有振動数を、建物の固有振動数に同調させることを特徴とする制振構造における諸元設定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−7916(P2009−7916A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−210216(P2007−210216)
【出願日】平成19年8月10日(2007.8.10)
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】