説明

刺激応答材料

【課題】生体適合性と生分解性に優れたポリリジンを主鎖とする重合体からなる、温度及びpH等の外部刺激に応答可能な材料、並びにその製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】下記一般式で示されるアルキルを導入したリジン構成単位(A)を少なくとも含むポリリジンを主鎖とする重合体からなる刺激応答材料であり、少なくとも1つのリジン構成単位(A)における、アルキルがブチルであり、中性pH域での相転移温度が20〜80℃の範囲にある、刺激応答材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリリジンを主鎖とし、側鎖にアルキルを導入した重合体からなる刺激応答材料に関する。詳しくは、本発明はドラッグデリバリーシステム(DDS)、遺伝子導入用キャリア、分離剤、センサー、バイオテクノロジーを利用した生産系の足場材料などに好適に利用される刺激応答材料に関する。
【背景技術】
【0002】
温度、pH、光などの外部刺激の変化に応答して相転移を示すことで様々な機能を発現する刺激応答材料の開発は重要である。その代表例であるポリN−イソプロピルアクリルアミドは、有用生理活性物質や薬剤の機能発現に好都合なヒト体温に近い32℃に下限臨界溶液温度(LCST)を持つため、温度応答性材料として生医学、特に、DDSの分野においての研究が活発に行われている。
【0003】
このような熱刺激応答材料をDDS領域で活用していくためには、有用生理活性物質や薬剤が機能発現する温度帯にて、細かな温度制御で鋭敏に反応することが好ましい。さらに、このような材料の実医療等の高度な医療領域における応用のためには、生体適合性、生分解性、制御されたサイズなど、より一層の特性要件が要求されてくる。
【0004】
その中でも、タンパク質やコラーゲンなどに代表されるポリペプチド類は、生体内においては分解生成物が毒性の少ないアミノ酸となるため生体に適合しやすいという特徴を有しており、DDS用の好適材料として開発が進められている。また近年、カチオン性ポリペプチドとしてのポリリジンが遺伝子治療用の非ウイルス(合成)型ベクター用の高分子キャリアとしても注目を浴びている。
【0005】
しかしながら、リジン一成分だけからなる単一ポリペプチドでは、ウイルス型ベクターに比べて安全性には優れているものの、標的細胞までの輸送性や標的細胞への取り込み、および核内への移行などにおける効率の低さから、in vivoにおける遺伝子導入効率が低いという問題を抱えている。
【0006】
そこで、側鎖修飾や共重合体をつくることにより表面電位を低くする、サイズをウイルスなみの100nm前後に抑える、などの検討がなされている。しかしながら、天然系のポリペプチド、特にεポリリジンを主鎖とし、適切な温度域やpH域における応答制御と100nm以下のサイズ制御ができるような特徴を有する外部刺激応答材料は未だ見いだされていなかった。
なお、非特許文献1ではεポリリジンにコレステロールを結合させたコンジュゲートのナノ粒子形成が調べられているが、粒径は150〜200nmと記載されている(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】Biomacromolecules,6,2374(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、生体適合性と生分解性に優れたポリリジンを主鎖とする重合体からなる温度及びpH等の外部刺激に応答可能な材料、及びその製造方法、並びにそれを用いた薬物放出カプセルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ポリリジンの側鎖アミノ
に特定のアルキルを導入して得られる重合体が、ナノサイズの分布をもち、外部刺激、特にpH、温度に対して応答が可能な材料として機能することを見出し、本発明を完成するに至った
【0009】
すなわち、本発明の第一の態様は以下に示す刺激応答材料に関する。
[1] 下記一般式で示されるアルキルを導入したリジン構成単位(A)を少なくとも含むポリリジンを主鎖とする重合体からなる刺激応答材料であり、少なくとも1つのリジン構成単位(A)における、アルキルがブチルであり、中性pH域での相転移温度が20〜80℃の範囲にある、刺激応答材料。
【化1】

(式(A)中、導入基Rは炭素数1〜20のアルキルを表す。)
[2] アルキルを導入したリジン構成単位(A)として、アルキルがブチル以外であるリジン構成単位をさらに含む、[1]記載の刺激応答材料。
[3] アルキルを導入したリジン構成単位(A)の主鎖への導入率が合計で60モル%以上であることを特徴とする、[1]又は[2]記載の刺激応答材料。
[4] アルキルを導入したリジン構成単位(A)が、アルキルがブチルであるリジン構成単位又はアルキルがブチルであるリジン構成単位およびアルキルがプロピルであるリジン構成単位からなり、アルキルを導入したリジン構成単位(A)に占めるアルキルがブチルであるリジン構成単位の割合が10〜100モル%であることを特徴とする、[1]〜[3]のいずれかに記載の刺激応答材料。
[5] 前記重合体が、ストレプトマイセス属細菌より生産されたεポリリジンにアルキルを導入したものであることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれかに記載の刺激応答材料。
[6] 前記重合体が、凝集条件下で粒子径100nm以下の微粒子を形成することを特徴とする、[1]〜[5]のいずれかに記載の刺激応答材料。
[7] アルキルを導入したリジン構成単位(A)に占めるアルキルがブチルであるリジン構成単位の割合を任意に設定することによって相転移温度が制御されたことを特徴とする、[1]〜[6]のいずれかに記載の刺激応答材料。
[8] 中性pH域での相転移温度が20〜40℃の範囲にある、[1]〜[7]のいずれかに記載の刺激応答材料。
[9] εポリリジンに水溶性縮合剤存在下、吉草酸のみ、又は一定量の吉草酸とそれ以外の脂肪族カルボン酸との混合物を加えて脱水縮合することにより得られる、前記一般式で示されるアルキルを導入したリジン構成単位(A)を少なくとも含むポリリジンを主鎖とする重合体からなる刺激応答材料。
[10] 水溶性縮合剤が水溶性カルボジイミドである[9]に記載の刺激応答材料。
[11] 水溶性縮合剤に加えて活性助剤を併用することで得られる[9]に記載の刺激応答材料。
[12] 水溶性縮合剤をεポリリジンに対して30〜300重量%用いることで得られる[9]に記載の刺激応答材料。
本発明の第二の態様は以下に示す刺激応答材料に関する。
[13][1]に記載の刺激応答材料を製造する方法であって、
ポリリジンと吉草酸を含む脂肪族カルボン酸とを、水溶性カルボジイミドを用いて縮合反応させるステップを含むことを特徴とする方法。
[14] 脂肪族カルボン酸に占める吉草酸の割合を任意に設定することによって、刺激
応答材料の相転移温度を制御することを特徴とする、[13]に記載の方法。
[15] [1]〜[12]のいずれかに記載の刺激応答材料を用い、相転移温度が任意に設定された薬物放出カプセル。
【発明の効果】
【0010】
本発明の刺激応答材料は、ポリリジン主鎖への導入アルキルの種類及び/又は導入率を調整することにより中性pH域での相転移温度を20〜80℃の間で任意に設定することができる。よって、生医学領域で重要なヒト体温近傍温度帯で外部刺激、特にpH、温度に対して応答制御可能な性質を有し、且つ100nm以下のナノサイズの分布を持つ。また、ポリペプチドを構成成分とするので生体適合性及び生分解性に優れた材料である。これらのことから、ドラッグデリバリーシステム(DDS)、遺伝子導入用材料、分離剤、センサー、バイオテクノロジーを利用した生産系の足場材料など分野で好適に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
<本発明の刺激応答材料>
本発明の刺激応答材料は、前記一般式で示されるアルキルを導入したリジン構成単位(A)を主鎖に有する重合体からなる刺激応答材料であり、少なくとも1つのリジン構成単位(A)における、アルキルがブチルであり、中性pH域での相転移温度が20〜80℃の範囲にある、刺激応答材料である。すなわち、本発明の刺激応答材料は、ポリリジンを主鎖とする重合体である。
(1)ポリリジンを主鎖とする重合体
本発明の刺激応答材料は、カチオン性ポリペプチドであるポリリジンを主鎖とする重合体(ポリマー)である。本発明の刺激応答材料は、例えば、ポリリジンを原料して製造することができる。
【0012】
原料であるポリリジンは、その結合様式によってεポリリジンもしくはαポリリジンまたはその混合物でありうるが、本発明で好ましいのはεポリリジンである。ポリリジンのリジン重合度は任意であるが、5〜40であることが好ましく、より好ましくは25〜35である。重量平均分子量(Mw)は600〜5500であることが好ましい。
また、重量平均分子量と数平均分子量(Mn)との比率(Mw/Mn)は、1〜2であるのが好ましい。
【0013】
また前記ポリリジンは、食品添加物として認可されているなど、安全性が確認されているものであることが好ましい。例えばεポリリジンであれば、ストレプトマイセス属細菌、例えばストレプトマイセス アルブラス(Steptomyces albulus)細菌より醗酵生産される食品添加物として認可されているεポリリジンが好ましく例示される(特開平09−173057号公報に記載のリジン重合度25〜35のポリリジンを主成分とするポリリジン)。さらに、この醗酵生産されるεポリリジンを、特開平10−306160号公報の処理法により低含水化したεポリリジンも好ましく例示される。
【0014】
(2)リジン構成単位
本発明の重合体は、その構成単位に少なくとも下記一般式で示されるリジン構成単位(A)を含むポリリジンからなる。
【0015】
【化2】

【0016】
上記一般式中、Rは導入基であって炭素数1〜20のアルキルを表す。すなわち上記一般式で表されるリジン構成単位(A)は、通常のポリリジンを構成するリジン構成単位の側鎖アミノに疎水性基としてアルキルRが導入されたものである。
【0017】
本発明におけるポリリジンには、上記リジン構成単位(A)の他に、以下に示すアルキルRが導入されていない通常のリジン構成単位(B)を含んでいても良い。
【0018】
【化3】

【0019】
ポリリジンの構成単位全体におけるリジン構成単位(A)の含有割合は特に限定されないが、ポリリジンの主鎖へのアルキルの導入率が好ましくは60%以上、より好ましくは60〜99%となるようにするのがよい。ここでいう導入率とは、以下の式によって表すことができる。導入率が低すぎると相転移が発現しないことがある。なお、以下の式中、[A]はリジン構成単位(A)のモル数、[B]はリジン構成単位(B)のモル数をそれぞれ表す。
(数1)
導入率=[A]/{[A]+[B]}×100
【0020】
(3)導入基R
導入基Rは炭素数1〜20の直鎖でも分岐鎖でもよいアルキルであるが、本発明の重合体中には、導入基Rとして、かならずブチル基(C49−)を含む。すなわち、本発明の重合体は、導入基Rとしてブチルが導入されたリジン構成単位(A)を必ず含み、ブチル以外のアルキルが導入されたリジン構成単位(A)を含んでいてもよい。リジン構成単位(A)には導入基Rとしてブチルの他にプロピル(C37−)、2−メチルプロピル(イソブチル)、2-ブチル等を導入することができるが、導入基Rはすべてブチルであるか、あるいはブチルとプロピルの両方を含むことが好ましい。導入したアルキル全体に占めるブチルの割合は10〜100%(モル%)とするのが好ましく、より好ましくは30〜100%、特に好ましくは50〜100%である。ブチルの割合が少なすぎると20〜80℃の間で相転移が発現しないことがある。
【0021】
(4)相転移温度
本発明のポリリジンを主鎖とする重合体からなる刺激応答材料は、中性pH域での相転移温度が20〜80℃の範囲に入る。すなわち、重合体を含む溶液のpHが中性域(具体的にはpH6.5〜9程度)において、バイオテクノロジー分野で有用な20〜80℃の間で相転移が発現する。ここで、本発明の重合体の相転移とは、溶液中における重合体の構造が溶解状態から凝集状態へ変化する現象と考えられる。
【0022】
この相転移温度は、使用環境のpHや、ポリリジン主鎖への疎水性基(アルキル)の導
入率、あるいは導入されるアルキル全体に対するブチルの割合を制御することにより、20〜80℃の間で任意に設定することが可能である。例えば、一定のpH条件下では、アルキルの導入率あるいはブチルの割合に応じて相転移温度が変化する。また、構成として同じアルキルの導入率あるいはブチルの割合を持つ重合体では、溶液のpH値に応じて相転移温度が変化する。よって、それぞれの用途に応じた最適な相転移温度を設定することができる。
【0023】
本発明の重合体の刺激応答性評価は、特開2004−35791号公報の実施例に記載の方法の例に従って行うことができる。例えば、相転移温度は、任意のpHにおいて昇温(あるいは降温)中における重合体を含む水溶液の波長500〜800nmにおける透過率の変化を測定することにより定めることができる。
【0024】
バイオテクノロジー分野で好適な20〜80℃間における任意の相転移温度に対応する本発明の重合体の構造は、このような透過率を評価することにより設計可能となる。
【0025】
特に、リジン重合度が25〜35のものを主成分とするεポリリジンのアミノにプロピルとブチルが導入された本発明の重合体を、生医学領域で好適な30℃〜40℃温度帯での任意の相転移温度に設定することは、後述する本発明の実施例1)および3)のように、pH域を6.5〜7.5に調整することにより、また、プロピルに対するブチルの導入割合を50〜100%の間で制御することにより実施可能である。
【0026】
また、本発明の重合体は、その凝集条件下で、遺伝子治療に有効とされる非ウイルス型ベクターに利用可能な粒子径100nm以下のナノ微粒子を形成する。このナノサイズの微粒子は、より具体的には50〜100nm程度の粒子径を持つ。ここで凝集条件下とは、溶液中でポリマー鎖が凝集している状態である。
【0027】
<本発明の重合体の製造方法>
本発明の重合体は、例えば、ポリリジンの側鎖アミノにアルキルを導入することによって製造される。導入の方法は、アミノに対してカルボキシルなどを縮合反応(例えば脱水縮合反応)させればよい。このような特徴を持ち、且つ安価に入手可能な導入用の原料としては脂肪族カルボン酸が好ましい。特に生医学領域で利用可能なヒト体温域に相転移温度を持たせるためには、ブチルの導入に吉草酸を、ブチルとプロピルを導入する場合は吉草酸と酪酸の混合物を用いて導入するのが好ましい。
【0028】
導入されるアルキル全体に占めるブチルの割合は、縮合反応時に、原料の脂肪族カルボン酸全量に対する吉草酸の割合を予め調整することによって制御することができる。脂肪族カルボン酸に占める吉草酸の割合を任意に設定することによって、製造される刺激応答材料の相転移温度を制御することができる。目的とする相転移温度の重合体を得るためには、例えば、アルキル全体に占めるブチルの割合を変化させ、得られる重合体の相転移温度を測定し、目的の相転移温度となるブチルの割合を予め調べておけばよい。
【0029】
また、導入における縮合反応は、縮合剤を用いて行うことができる。用いられる縮合剤は、アニオン性基(例えばカルボキシル)とカチオン性基(例えばアミノ)とを縮合反応させた場合に、縮合剤由来の残基を形成させないものであれば特に制限されないが、縮合反応は水性溶媒で行われることが好ましいので、水溶性の縮合剤を用いることが好ましい。
【0030】
水溶性の縮合剤の例には、水溶性カルボジイミド、トリアジン型の脱水縮合剤などが含まれるが、好ましくは水溶性カルボジイミドである。特に好ましい例は、Biomaterials 17 765-773 (1996)、またはJournal of Applied Polymer Science 90 747-753 (2003)に記
載されている水溶性カルボジイミドである1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドである。
【0031】
前記縮合反応において用いられる縮合剤の量は、ポリリジンの重量に対して30〜300重量%程度とするのが好ましい。用いられる縮合剤の量を調整することにより、得られる刺激応答材料のポリリジン主鎖へのアルキルの導入率を制御することができる。したがって、製造される刺激応答材料の用途や目的に応じて、縮合剤の量は適宜調整される。
【0032】
また、前記縮合反応においては、縮合剤と併せて該縮合剤の活性を上げるために、活性助剤を用いて行うこともできる。水溶性カルボジイミドの活性助剤の例には、N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)などが含まれる。活性助剤としてNHSを用いる場合は、水溶性カルボジイミド1モルに対して、0.1〜3モル程度用いることが好ましい。
【0033】
前記縮合は水性溶媒を溶媒とする水性溶液中で行われることが好ましい。水性溶媒とは、水または水と有機溶媒の混合溶媒であって、有機溶媒としては、例えば水と均一に混合される溶媒(メタノール、エタノール、アセトン、DMF、DMSO、DMAc、N−メチル−2−ピロリドンなど)などが挙げられ、これらの混合溶媒であってもよい。
【0034】
水性溶液におけるポリリジンの溶解量(濃度)は任意であるが、10〜100mg/mL程度であることが好ましい。溶解量が少なすぎるとアルキルの導入率が低くなり、多すぎるとポリリジンが完全に溶解しないことがある。
【0035】
前記縮合反応は、例えば常温にて行われることができるが、特に限定されるわけではない。
また、縮合反応によりアルキルを導入されるポリリジンを含む水性溶液のpHの範囲は6.5〜11.0であることが好ましい。前記縮合反応は縮合剤を用いて行われるので、上記pH範囲から大きくずれると縮合剤が作用しにくく、縮合反応が進行しないことがある。
【0036】
<本発明の薬物放出カプセル>
本発明の薬物放出カプセルは、前述の本発明の刺激応答材料および有効成分(薬物)を含む。薬物放出カプセルは、ドラッグデリバリーシステムにおいて、温度やpH等の変化により可逆的な膨潤収縮に伴い、内包された薬物の放出を制御するものである。
【0037】
本発明の薬物放出カプセルは、当該分野で通常用いられる態様に従うものであるが、本発明の重合体からなる刺激応答材料を用いることにより、相転移温度を任意に設定することができる。
【0038】
カプセルに含まれる薬物としては、アドレアマイシン、タキソール等の抗ガン剤等の各種薬剤以外に、酵素、抗体、サイトカイン等のタンパク質医薬、核酸等が挙げられる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されるものではない。
【0040】
<実施例1>
(1)重合体の合成
本実験では、下記式で表されるブチルが導入されたリジン構成単位と側鎖アミノにアルキルが導入されていないリジン構成単位とを有する重合体を、以下に示す方法で製造した。
【0041】
【化4】

【0042】
1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド290mg(WSC、和光純薬社製)、N−ヒドロキシスクシンイミド170mg(NHS、和光純薬社製)、吉草酸130mgを蒸留水4mLに溶解させた。
【0043】
この溶液を4℃に冷却し、攪拌しながら、εポリリジン140mg(リジン重合度25〜35、重量平均分子量4,700、チッソ社製)を加えた。反応混合物を透析膜(cut-off分子量2000、Spectra/Pore製)を用いて室温で純水中、24時間攪拌して未反応低分子物を除去し、得られた重合体を単離・精製してサンプル1とした。この時のサンプル1の収率は65%であった。
【0044】
サンプル1の構造を400MHz・NMR(Bruker製、DPX400)を用いて確認し、アルキル導入率を求めた。400MHz・NMRのケミカルシフトは次の通りであった。
【0045】
1H-NMR (D2O-d2): (= 4.1(br, NHCHC(=O)), 3.1(br, NHCH2),
2.2(br, CH2CH2C(=O)), 1.6-1.2(br, NHCH2(CH2)3CH2C(=O)),
1.4(br, CH2CH2CH3), 1.2(br, CH2CH3), 0.7(br, CH2CH3).
【0046】
<実施例2;重合体の合成>
本実験では、下記式で表されるブチルが導入されたリジン構成単位とプロピルが導入されたリジン構成単位とアルキルが導入されていないリジン構成単位とを有する重合体を、以下に示す方法で製造した。
【0047】
【化5】

【0048】
吉草酸を吉草酸と酪酸の混合物(混合モル比;吉草酸:酪酸=50:50)に変えた以外は実施例1と同一の条件で重合体を合成し、サンプル2とした。さらに、実施例1と同様のNMRを用いて構造解析を行い、アルキル導入率を求めた。結果を表1に示す。
【0049】
<比較例1;重合体の合成>
本実験では、下記式で表されるプロピルが導入されたリジン構成単位とアルキルが導入されていないリジン構成単位とを有する重合体を、以下に示す方法で製造した。
【0050】
【化6】

【0051】
吉草酸を酪酸に変えた以外は実施例1と同一の条件で重合体を合成し、サンプル3とした。さらに、実施例1と同様のNMRを用いて構造解析を行い、アルキル導入率を求めた。結果を表1に示す。
【0052】
<実施例4;平均分子量の測定>
実施例1)、2)及び比較例1)で得られたサンプル1〜3の数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)を求めるため、東ソー製GPC−8020を用いて以下の測定条件でGPC分析した。
カラム:TSKgel (−3000と(−Mを連結
溶離液:0.10Mの濃度で塩化リチウムを溶解したDMF
流速:1.0mL/min
測定温度:60℃
【0053】
各サンプルの平均分子量の測定結果を実施例1)、2)および比較例1)の収率、構造解析とともに表1に示した。
【0054】
【表1】

【0055】
<実施例5;相転移温度の測定>
実施例1)、2)及び比較例1)で得られたサンプル1〜3の1重量%濃度のリン酸緩衝液(pH7.5)を調製し、その溶液を1℃/分で昇温(あるいは降温)し、温度調整機能付きのUV−可視分光光度計(日立製U−2001)を用いて昇温(あるいは降温)中における波長800nmでの透過率を測定した。
【0056】
リン酸緩衝液(pH7.5)中におけるサンプル1〜3の昇温時における透過率曲線を図1に示した。サンプル1の昇温、降温時における透過率曲線を図2に示した。図1〜2からも分かるように、温度を変化させると、透過率はある特定の温度領域で急激に変化する(昇温時の場合は低下する)ので、この近傍で相転移があったことがわかる。
【0057】
昇温時の透過率90%を示す温度を相転移温度と定めると、サンプル2の相転移温度は36℃、サンプル1は27℃であった。一方、比較例1のサンプル3は相転移を示さなかった。
【0058】
<実施例6;粒子径の測定>
実施例1)、2)および比較例1)で得られたサンプル1〜3の0.1重量%濃度のリン酸緩衝液(pH7.5)を調整し、その溶液を1℃/分で昇温し、動的光散乱装置(大塚電子製、DLS7000)を用いて昇温中における粒子径の変化を測定した。測定結果を図3に示した。相転移温度を室温域にもつサンプル1およびサンプル2の凝集域における粒子径は40nmであり、生医学領域、特に、遺伝子治療に有効とされる非ウイルス型ベクターに利用可能な100nm以下のナノ微粒子であった。
【0059】
<実施例7;相転移pHの測定>
実施例1)で得られたサンプル1の1重量%濃度の水溶液を調製し、温度を37℃に保ちながら、希酸あるいは希アルカリでpHを5〜8の範囲で変化させて、上記実施例5と同様にUV−可視分光光度計を用いて波長800nmでの透過率の変化を測定した。結果を図4に示す。図4からもわかるように、サンプル1は一定温度において、pHの変化に対して、特にpH6.5〜pH7.5の中性域で応答した。
【0060】
また、サンプル1の1重量%濃度の水溶液を希酸あるいは希アルカリを用いてpH=6、6.5、7及び7.5に調整し、各pH値の水溶液について、上記実施例5と同様の方法で昇温中における波長800nmでの透過率を測定した。結果を図5に示す。図5によ
れば、pHを6.5〜7.5の範囲で変えることにより相転移温度が変化した。このことから、pHを選択することによって、特にpH6.5〜7.5のpH域における任意のpHを選択することによっても、相転移温度を制御できることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の重合体は、ポリペプチドであるポリリジンを主鎖とし、バイオテクノロジー領域の利用に好適な中温、中pH域で、温度やpHなどの外部変化、特にヒト体温近傍の温度域で相転移を発現して優れた刺激応答特性を示し、且つその凝集条件下ではナノサイズを持つ微粒子を形成することが確認された刺激応答材料である。さらにポリリジンの側鎖アミノに導入するアルキルの導入率及び該アルキル全体に対するブチルの割合を制御したり、使用pH域を選択したりすることによって、任意の相転移温度を持たせることが可能である。従って、本発明の刺激応答材料は、薬物放出カプセル、遺伝子導入用キャリア、バイオテクノロジー領域における分離・足場・センサー材料等の用途として極めて有用である。
【0062】
薬物放出カプセルは、必要なときに必要なだけ薬物を投与可能なインテリゼント化製剤であり、ドラッグデリバリーシステム等の分野で利用できる。
また、バイオテクノロジー領域における分離・足場・センサー材料としては、刺激応答材料の相転移というスイッチング機能を利用した回収等の分野で利用でき、例えば、クロマトグラム用のリガンドスペーサー、細胞培養用の培養器表面処理剤などに利用することができる。
【0063】
また、標的物質を簡便で効率よく捕集、回収するために、本発明の重合体を磁性体粒子と結合させて複合化させることも可能である。標的物質は本発明の重合体の刺激応答特性を利用した方法、例えば、塩濃度を上げる、pHを変える、温度を変えるなどの簡便な操作により容易に分離させることができる。
【0064】
このように、本発明の重合体は刺激応答型分離材料としても利用することができ、具体的には、残留農薬の検出等の如き検査薬、診断薬への応用、微生物や細胞培養等のバイオプロダクトの分離などの領域で特に有効に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】実施例1)、2)および比較例1)で得られたサンプル1〜3溶液の昇温条件における透過率と温度の関係を示すグラフである。
【図2】実施例1)で得られたサンプル1溶液の昇温(Heating)および降温(Cooling)条件における透過率と温度の関係を示すグラフである。
【図3】実施例1)、2)および比較例1)で得られたサンプル1〜3溶液の昇温条件における粒子径と温度の関係を示すグラフである。
【図4】実施例1)で得られたサンプル1溶液の透過率とpHの関係を示すグラフである。
【図5】実施例1)で得られたサンプル1の各pHにおける溶液の昇温条件における透過率と温度の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式で示されるアルキルを導入したリジン構成単位(A)を少なくとも含むポリリジンを主鎖とする重合体からなる刺激応答材料であり、少なくとも1つのリジン構成単位(A)における、アルキルがブチルであり、中性pH域での相転移温度が20〜80℃の範囲にある、刺激応答材料。
【化1】

(式(A)中、導入基Rは炭素数1〜20のアルキルを表す。)
【請求項2】
アルキルを導入したリジン構成単位(A)として、アルキルがブチル以外であるリジン構成単位をさらに含む、請求項1記載の刺激応答材料。
【請求項3】
アルキルを導入したリジン構成単位(A)の主鎖への導入率が合計で60モル%以上であることを特徴とする、請求項1または2記載の刺激応答材料。
【請求項4】
アルキルを導入したリジン構成単位(A)が、アルキルがブチルであるリジン構成単位又はアルキルがブチルであるリジン構成単位およびアルキルがプロピルであるリジン構成単位からなり、アルキルを導入したリジン構成単位(A)に占めるアルキルがブチルであるリジン構成単位の割合が10〜100モル%であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項記載の刺激応答材料。
【請求項5】
前記重合体が、ストレプトマイセス属細菌より生産されたεポリリジンにアルキルを導入したものであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の刺激応答材料。
【請求項6】
前記重合体が、凝集条件下で粒子径100nm以下の微粒子を形成することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の刺激応答材料。
【請求項7】
アルキルを導入したリジン構成単位(A)に占めるアルキルがブチルであるリジン構成単位の割合を任意に設定することによって相転移温度が制御されたことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の刺激応答材料。
【請求項8】
中性pH域での相転移温度が20〜40℃の範囲にある、請求項1〜7のいずれか一項に記載の刺激応答材料。
【請求項9】
εポリリジンに水溶性縮合剤存在下、吉草酸のみ、又は一定量の吉草酸とそれ以外の脂肪族カルボン酸との混合物を加えて脱水縮合することにより得られる、下記一般式で示されるアルキルを導入したリジン構成単位(A)を少なくとも含むポリリジンを主鎖とする重合体からなる刺激応答材料。
【化2】

(式(A)中、導入基Rはアルキルを表す。ただし、少なくとも1つのリジン構成単位(A)におけるアルキルはブチルである。)
【請求項10】
水溶性縮合剤が水溶性カルボジイミドである請求項9に記載の刺激応答材料。
【請求項11】
水溶性縮合剤に加えて活性助剤を併用することで得られる請求項9に記載の刺激応答材料。
【請求項12】
水溶性縮合剤をεポリリジンに対して30〜300重量%用いることで得られる請求項9に記載の刺激応答材料。
【請求項13】
請求項1記載の刺激応答材料を製造する方法であって、
ポリリジンと吉草酸を含む脂肪族カルボン酸とを、水溶性カルボジイミドを用いて縮合反応させるステップを含むことを特徴とする方法。
【請求項14】
脂肪族カルボン酸に占める吉草酸の割合を任意に設定することによって、刺激応答材料の相転移温度を制御することを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜12のいずれか一項に記載の刺激応答材料を用い、相転移温度が任意に設定された薬物放出カプセル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−230871(P2007−230871A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50774(P2006−50774)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】