説明

加水分解酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステル化合物の製造方法

優れた光学純度及び収率を有する安価で産業的に入手可能な酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステル化合物の製造方法を開示する。この際、前記加水分解酵素は、サビナーゼ(Savinase)、アルカラーゼ(Alcalase)、ノボザイム243(Novozym 243)、エバラーゼ(Everlase)、エスパラーゼ(Esperlase)、プロテアーゼ7(Protease 7)及びアシラーゼ(Acylase)よりなる群から選択され、単純な製造工程で少なくとも99%e.eの光学純度を有する(S)−インドリン−2−カルボン酸及びそのメチルエステルを得ることができ、経済的利点がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、加水分解酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸{(S)−Indoline−2−carboxylic acid}及びそのメチルエステルの製造方法に関するものである。より詳しくは、本発明は、微生物由来の産業的に入手可能な加水分解酵素を用いて、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体から光学純度が99%e.e.以上の(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステル化合物は、現在、実験及び臨床段階における多くの新薬の中間体として使用されているとともに、水素化によって(2S)−(2α,3αβ,7αβ)−オクタヒドロインドール−2−カルボン酸に転換すると、現在セルビエ社(Servier、フランス)から市販されているペリンドプリル(PerindoprilTM)のような高血圧治療剤の中間体として使用することもできる。したがって、(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルに関する鋭意の研究が行われてきた。
【0003】
現在、光学活性を有する(S)−インドリン−2−カルボン酸及びそのメチルエステルの生成は、大きく4種、すなわち(1)キラル補助体(Chiral auxiliary)を用いた再結晶法、(2)キラル補助体を用いた非対称水素化、(3)キラル補助体を用いた非対称還元による化学合成、(4)微生物及び酵素を用いたエナンチオ選択的加水分解法、に分類される。
【0004】
まず、前記再結晶法は、光学活性を有する化合物を補助物質として使用し、特定の光学異性体を選択的に塩として析出させて他の光学異性体から分離することを特徴とする。この点に関連し、(+)−アルファ−メチルベンジルアミンがキラル補助体として用いられ、96%e.e.の光学純度を有する(S)−インドリン−2−カルボン酸のみが分離される(Vincent M.et al.,Tetrahedron Letters,23(16),1677,1982)。
【0005】
また、アセチル化インドリン−2−カルボン酸とともに(−)−(R,R)−4−(O2N)C64CH(OH)CH(NH2)CH2OHがキラル補助体として用いられ、99%e.e.の光学純度を有するアセチル化(S)−インドリン−2−カルボン酸のみが分離される(Hendrickx A.J.J.& Kuilman T.,EP 937,714(1999))。しかし、再結晶法は、キラル補助体が高価であり回収が困難なため、経済的利点が打ち消されるという欠点がある。したがって、上記の方法の商業的産業への適用は困難である。
【0006】
二つ目に、キラル補助体を用いた前記非対称水素化は、基質とキラルリガンドを持つ金属触媒とを溶媒に添加した後、該基質を光学選択的に水素化することを特徴とする。例えば、炭酸セシウムを含むイソプロパノール溶液中で、触媒として[Rh(ノルボルナジエン)2]+SbF6-、リガンドとしてビス(ジフェニルフォスフィノエチル)−ビフェロセン(S,S)−(R,R)−PhTRAPとともに、60℃、5.0MPaの条件でアセチル化インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを水素化して、95%e.e.の光学純度を有するアセチル化(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが95%の収率で得られる(Kuwano R.et al.,JACS,122(31),7614,2000)。上記工程は、生成物の収率が高いという利点があるが、反面、光学純度が低い、また、水素化のために高いキラル補助体を使用するうえこのキラル補助体は合成が困難であるという欠点がある。さらに、上記の水素化法は高価の装備及び施設を必要とし、大規模な工程には適用できない。
【0007】
三つ目として、キラル補助体を用いた非対称還元による前記化学合成法は、プロキラル型のニトロフェニルピルビン酸をキラル補助体を用いて光学選択的に還元してアルコール誘導体を製造し、該誘導体を中間体として光学活性(S)−インドリン−2−カルボン酸を生成させることを特徴とする。これに関連し、D−(+)−プロリン及び水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)が、それぞれキラル補助体及び還元剤として用いられ、ニトロフェニルピルビン酸を光学選択的に還元して、85%の収率で(S)−アルファ−ヒドロキシベンゼンプロピオン酸を合成する。続いて、合成した(S)−アルファ−ヒドロキシベンゼンプロピオン酸を塩素化した後、ニトロ基をアミン基に還元して塩基性水溶液中で環状構造を形成させて最終的に(S)−インドリン−2−カルボン酸を合成する(Buzby G.C.Jr et al.,USP 4,614,806(1988))。しかし、上記の方法は、例えばニトロフェニルピルビン酸から4工程といった多くの反応工程により(S)−インドリン−2−カルボン酸が合成され、32%以下という非常に低い反応収率であるという欠点がある。さらに、高価なD−(+)−プロリンを使用するという欠点があり経済的な目的物の生成が不可能である。
【0008】
四つ目に、微生物及び酵素を用いて前記エナンチオ選択的加水分解方法として、アサダ(Asada)らとオレステ(Oreste)らによって別に提案された2種の工程が挙げられる。
【0009】
アサダらによれば、ブタノール、アミルアルコール、ベンジルアルコール、シクロヘキサノール、シクロヘキサンジオール、グリセロール、グリセロール−アルファ−モノクロロヒドリン、エチレングリコール、ジクロロプロパノール、モノクロロヒドリン、ペンタントリオールからなる群から選択される高分子量アルコールをインドリン−2−カルボン酸のラセミ体と反応させエステル化合物を製造し、該エステル化合物を産業用酵素及び微生物から精製した酵素を用いて光学選択的に分割して、(S)型または(R)型のエステル化合物を生成させ、これをさらに加水分解、濃縮、結晶化、析出化、濾過して、最終的に高い光学純度を有する(S)型または(R)型のインドリン−2−カルボン酸を得る(Asada et al.,USP 4,898,822(1990))。
【0010】
基質として使用する高分子量アルコールから構成されるエステル化合物は、カラムに充填された疎水性樹脂に対する吸着率を高めて収率を増加させることができるが、同一量では低分子量のエステル化合物と比較して単位体積当たりモル数が減少して反応全体の収率が低くなり工程費用が増加することになる。
【0011】
アサダらが用いた酵素及び微生物の中で、ステアプシン(Steapsin)及びアルスロバクターニコチナ(Arthrobacter nicotianea)由来の加水分解酵素が比較的高い活性を有している。
【0012】
ステアプシンは豚膵膓から得られる安価なリパーゼであるが、総量の25%だけがタンパク質であり、該タンパク質はさらにアミラーゼ及びプロテアーゼを含む。従って、副反応が発生して不純物が生成し易い。また生成物の分離及び精製の際、不純物とステアプシンの全体タンパク質内の不要なタンパク質とによってエマルジョン層が形成されるため、分離/精製工程は困難であり、精製収率も減少する。
【0013】
さらに、微生物由来の酵素は、該微生物の培養条件によって酵素の力価と活性が異なり、酵素の精製にはカラムクロマトグラフィーなど複雑な工程が必要である。
【0014】
また、前記の酵素反応で得られた(S)型または(R)型のエステル化合物は、加水分解、濃縮、結晶化、析出化、及び濾過のような複雑な工程の方法によって高い光学純度を有する(S)型または(R)型のインドリン−2−カルボン酸に変換することができる。従って、反応工程は複雑であり、収率も低く経済的な利点が打ち消される。
【0015】
一方、オレステらによれば、微生物及び酵素により、アセチル化インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を選択的に加水分解して、光学活性を有するアセチル化(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを生成させる(Oreste G.et al.,DE 3,727,411(1988))。しかし、得られるアセチル化(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの収率は9%で、光学純度は最大98%e.e.であり、上記の方法は高い光学活性と高収率とが求められる工業的生成に適用することできない。また、生成物からアセチル基を除去しなければならないため、キラル中心がラセミ化し易く光学純度が低下する場合がある。
【非特許文献1】Vincent M.et al.,Tetrahedron Letters,23(16),1677,1982
【非特許文献2】Hendrickx A.J.J.& Kuilman T.,EP 937,714(1999)
【非特許文献3】Kuwano R.et al.,JACS,122(31),7614,2000
【非特許文献4】Buzby G.C.Jr et al.,USP 4,614,806(1988)
【非特許文献5】Asada et al.,USP 4,898,822(1990)
【非特許文献6】Oreste G.et al.,DE 3,727,411(1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
先行技術に存在する問題を避けるため本発明者らが(S)−インドリン−2−カルボン酸及びそのメチルエステルの生成法につき鋭意、徹底的に研究を行った結果、低分子量のメチルアルコールをインドリン−2−カルボン酸のラセミ体と反応させてインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を製造し、該ラセミ体を産業的に入手可能な加水分解酵素を使用して光学分割することで、高い光学純度を有する(S)−インドリン−2−カルボン酸及びそのエステル化合物を得ることができることが見出され、本発明に至った。
【0017】
すなわち、本発明の目的は、簡便な製造工程と高い製造効率とにおいて有利である加水分解酵素を用いて(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の第一の観点によれば、加水分解酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの製造方法であって、
インドリン−2−カルボン酸のラセミ体をメタノール及び塩化チオニルと反応させてインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を得る工程;
緩衝溶液中で加水分解酵素を用いて前記インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体のR体を選択的に加水分解して(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステル(好ましくは、少なくとも99%e.e.の光学純度を有する)を生成させる工程;及び
前記(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを分離、回収する工程を含み、かつ
前記加水分解酵素は、サビナーゼ(Savinase)、アルカラーゼ(Alcalase)、ノボザイム243(Novozym 243)、エバラーゼ(Everlase)、エスパラーゼ(Esperlase)、プロテアーゼ7(Protease 7)及びアシラーゼ(Acylase)からなる群から選択される方法が提供される。
【0019】
本発明の第2の観点によれば、加水分解酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸の製造方法であって、
インドリン−2−カルボン酸のラセミ体をメタノール及び塩化チオニルと反応させてインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を得る工程;
緩衝溶液中で加水分解酵素を用いて前記インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体のR体を選択的に加水分解して非加水分解(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを得る工程;
前記(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを分離、回収する工程;及び
前記の回収された(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルをアルカリ水溶液中で加水分解して(S)−インドリン−2−カルボン酸を生成させ、得られた(S)−インドリン−2−カルボン酸(好ましくは、少なくとも99%e.e.の光学純度を有する)を回収する工程を含み、かつ
前記加水分解酵素は、サビナーゼ、アルカラーゼ、ノボザイム243、エバラーゼ、エスパラーゼ、プロテアーゼ7及びアシラーゼからなる群から選択される方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明によれば、目的の(S)−インドリン−2−カルボン酸及び(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを製造するために、まず、インドリン−2−カルボン酸のラセミ体とメタノール及び塩化チオニルとの反応が行われる。
インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体の製造は下記反応式1で示される。
【0021】
【化1】

【0022】
反応式1の出発物質であるインドリン−2−カルボン酸のラセミ体を、メタノールに溶解させた後、塩化チオニルをゆっくり加えながら反応を行い、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を得る。
この時、メタノール及び塩化チオニルは、インドリン−2−カルボン酸のラセミ体に対してそれぞれ約1当量〜30当量及び1当量〜2当量で用いられる。
【0023】
ついで、前記インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体につき、光学分割、すなわち下記反応式2に従って酵素的光学分割される。反応式2に示すように、前記反応式1により製造されたインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を基質として用い、緩衝溶液(例えば100mM炭酸ナトリウム緩衝溶液)に適切に溶解及び分散させた後、加水分解酵素を添加して撹拌する。この加水分解中、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの(R)体を加水分解酵素の作用で選択的に加水分解させる。結果として、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが、高い光学純度(少なくとも99%e.e.)で加水分解されずに残る。得られた(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルは(R)−インドリン−2−カルボン酸から分離して当業者に公知の方法で回収すればよい。
【0024】
【化2】

【0025】
本発明においては、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体のような低分子量のエステル化合物が酵素基質として用いられるので、高分子量ルコールから構成されるエステル化合物と比較して、同一量での単位体積当たりモル数が増加する。従って、経済的な生成工程の開発が可能になる。また、微生物から精製した酵素の代わりに、触媒として安定的な力価と優れた活性とを有する産業的に入手可能な酵素を使用するために、従来公開されている産業用酵素に比較して高い活性で安価である産業的に入手可能な酵素の製造が確立されなければならず、これは大規模生成のためにも必須である。
【0026】
上記を考慮して、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体のエナンチオ選択的加水分解に適した市販の酵素の探索のため、本発明者らは、微生物や哺乳類起源のさまざまな加水分解酵素を適用した。その結果、下記7種の酵素が、(R)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのみを加水分解して残った(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが所望の生成物として得られるエナンチオ選択的な加水分解において重要な役割を果たすことができた。上記のような活性を持つ産業用酵素としては、プロテアーゼ類とアシラーゼとが例示される。
【0027】
プロテアーゼ類の例としては、サビナーゼ[Savinase,バチルス(Bacillus)由来、ノボ(Novo)社製]、アルカラーゼ[Alcalase、バチルスリケンホルミス(Bacillus lichenformis)由来、ノボ社製]、ノボザイム243[Novozym 243、バチルスリケンホルミス由来、ノボ社製]、エバラーゼ[Everase、バチルス由来、ノボ社製]、エスパラーゼ[Esperase、バチルス由来、ノボ社製]、プロテアーゼ7[Protease 7、アスペルギルスオリザ(Aspergillus oryzae)由来、ユーロパ(Europa)社製]が挙げられ、アシラーゼの例としてはアシラーゼ[ペニシリウム(Penicillium)由来、ユーロパ社製]がある。
【0028】
前記7種類の酵素の中ではサビナーゼが好ましい。サビナーゼは、(R)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを短時間で選択的に加水分解する優れた性能を示して高収率及び高光学純度の(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを生成する。また、サビナーゼは非常に安価であり、市販用の工程に用いることに特に適している。
【0029】
サビナーゼはセリン基を持つスブチリシン様のプロテアーゼ(Subtilisin,EC 3.4.21.62)であって、遺伝子改変された好塩基性バチルス属(Alkalophilic Bacillus sp.)の醗酵によって生産され、洗剤産業での大量に使用される程安価である(Mahmoudian M.et al.,Tetrahedron:Asymmetry,10,1201,1999)。また、この酵素は水溶液の形態で販売されるため、加水分解の際、反応器に直接適用することができる。もちろん、前記酵素は粉末状、液状、または担体に固定化された形態で取り込まれてもよい。
【0030】
本発明において、前記酵素反応時のpHはpH7〜9の範囲が好ましい。pHが低すぎると反応速度が遅くなり、pHが高すぎると収率が落ちる場合がある。また、酵素反応温度は25〜50℃が好ましい。温度が低すぎると反応速度が遅くなりすぎる。一方、反応温度が高すぎると光学純度の低下が問題となる。
【0031】
前記酵素と基質との好ましい重量比は、1:10〜1:40の範囲である。比が前記範囲を超える場合、用いられる酵素の量が多すぎて経済的な利点を維持することが困難であり、または反応速度が遅くなりすぎる場合がある。このように、基質は10〜50%(w/v)の濃度であることが好ましい。この濃度が10%未満の場合、基質の量が少なすぎて経済的な利点が打ち消される。一方、濃度が50%を越えると反応速度は遅くなり、収率が低下する。また、反応時間は3〜85時間の範囲が好ましい。
【0032】
最後に、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルから光学的に純粋な(S)−インドリン−2−カルボン酸を上述のように生成させるための加水分解は下記反応式3のように行われる。
【0033】
【化3】

【0034】
反応式2により製造された(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを、アルカリ水溶液(例えば水酸化ナトリウム水溶液)中で(S)−インドリン−2−カルボン酸に通常室温で実質的に光学純度を減少させることなく加水分解反応させる。さらに得られた(S)−インドリン−2−カルボン酸を慣用の方法で回収する。例えば、加水分解の終了時またはその後に、反応混合物は酸水溶液(例えば塩酸水溶液)で酸性化してpHをおよそpH5に維持し、有機溶媒で抽出して、光学的に純粋な(S)−インドリン−2−カルボン酸を製造する。
このように調製された(S)−インドリン−2−カルボン酸は少なくとも99%e.e.の高い光学純度を有する。
【実施例】
【0035】
一般的に本発明を説明したので、例示の目的でここに示され、特に示さない限限定を意図していない具体的な実施例を参照してさらに理解することができる。
【0036】
例1
インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体の調製
滴下漏斗が取り付けられた500ml反応器にインドール−2−カルボン酸25gとメタノール130mlを入れ、その後、滴下漏斗を通じて塩化チオニル11.2mlをゆっくり反応器に投入した。塩化チオニル添加のあと、反応温度を上げて60℃とし、その温度で2時間さらに撹拌した。反応生成物を減圧下で蒸留して塩化チオニルとメタノールを除去し、酢酸エチル130mlを加えて、攪拌しながら炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)飽和水溶液100mlをゆっくり投入した後、静置した。得られた反応生成物を、分液漏斗を用いて酢酸エチル130mlで2回抽出し、有機層を500ml丸底フラスコに入れ、減圧蒸留して溶媒を除去して、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体26.6gを得た。反応生成物は核磁気共鳴分析法でインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体であることを確認した。NMRの結果は以下のようである:
1H NMR(200 MHz,CDCl3)δ3.38(dd,2H),3.77(s,3H),4.40(dd,1H),6.76(t,2H),7.07(t,2H)
【0037】
例2
産業用加水分解酵素を利用したエステルラセミ体の光学分割
100mM炭酸緩衝溶液(pH8.0)80mlに、例1で調製したインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体20gを入れ、pH8.0に調整した後、さらにサビナーゼ(ノボ社製)1gを酵素的分割のために定量して添加した。反応は35℃で行った。このように、pHは5N水酸化ナトリウム溶液を用いて7.8〜8.2に維持させた。その後、一定時間ごとに得られた反応生成物0.1mlを0.1mlの飽和炭酸水素ナトリウム水溶液とよく混ぜた後、0.5mlの酢酸エチルで抽出し、ガスクロマトグラフィーを用いて分析した。
【0038】
ガスクロマトグラフィー分析条件としては、シリカ充填キャピラリカラム(Beta−DEX 120、30m×0.25mm×0.25m、Supelco社製)を160℃で1分間静置した後、1℃/分の速さで180℃まで昇温し、さらに5分間静置した。キャリアガスとしてのヘリウムを1ml/分の速度で流し、検出は250℃で炎イオン化検出器(Flame Ionization Detector、FID)を用いて行った。実際、(R)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルは17.0分、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルは17.4分で検出されたので、二つの異性体は用意に区別することができた。
【0039】
分析結果は収率[%]と光学純度[%e.e.]で表し、(S)−エステルの収率及び光学純度はそれぞれ数式1及び数式2に従って計算した。
【数1】

【数2】

反応時間による(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度(%e.e.)を測定した。結果を下記表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
5時間の反応後、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度が99%e.e.以上になったときに反応を止めた。反応溶液を分液漏斗に移した後、酢酸エチル80mlで3回抽出し、有機溶媒層を分離し、減圧蒸留で溶媒を除去した。その結果、9.38gの(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが得られ、その後、ガスクロマトグラフィーを用いた分析を行った。このように、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルは収率が47.0%であり、光学純度は99.3%e.e.であった。
【0042】
例3
加水分解による(S)−インドリン−2−カルボン酸の製造
pHメーターを装着した250mlの反応器に、例2で製造した(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステル8.1gと1N水酸化ナトリウム水溶液50mlを入れ、室温で強く撹拌した。(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが(S)−インドリン−2−カルボン酸に転換されたことを確認した。その後、反応器の温度を20℃以下に維持しつつ1N塩酸水溶液をゆっくり添加してpH5に調整した。得られた反応生成物を、分液漏斗を利用して酢酸エチル50mlで3回抽出し、有機層を丸底フラスコに入れた。有機層の溶媒を減圧蒸留によって除去して、(S)−インドリン−2−カルボン酸7.0gを得た。このように製造した(S)−インドリン−2−カルボン酸の光学純度を、液体クロマトグラフィーを用いて分析した。
【0043】
液体クロマトグラフィーの分析条件としては、アミロース誘導体から構成されるキラルパック(Chiralpak)ADカラム(ダイセル(Daicel)社製)を使用し、溶離液として、95:5:0.1の比でヘキサン、イソプロパノール及びトリフルオロ酢酸を1ml/分で適用した。反応生成物はUV220nmで検出した。前記反応の反応物である(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルは11.9分に検出され、(R)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルは12.4分に検出された。さらに、加水分解生成物である(S)−インドリン−2−カルボン酸は23.8分、(R)−インドリン−2−カルボン酸は32.0分に検出された。
【0044】
分析結果は収率[%]と光学純度[%e.e.]で表し、(S)−エステルの収率は数式3に従って計算し、(S)−エステルの光学純度は数式2に従って計算した。
【数3】

前記加水分解によって生成した(S)−インドリン−2−カルボン酸は、収率[%]が94.5%であり、光学純度[%e.e.]が99.3%e.e.であった。
【0045】
例4〜10
緩衝溶液のpHを6.5、7.0、7.5、8.0、8.5、9.0、及び10.0に多様に変化させた以外は、基質及び酵素の量、反応温度、緩衝溶液の体積を例2の反応条件と同様に保って、この例を実施した。得られた反応生成物を毎時分析し、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度が約99%e.e.になった時に反応を止めた。例2と同様に反応生成物を回収して分析した。結果を下記表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
例11〜17
反応温度を25、30、35、40、45、50、60℃に多様に変化させた以外は、基質及び酵素の量、緩衝溶液のpH及び体積を、例2の反応条件と同様に保ってこの例を実施した。得られた反応生成物を毎時分析し、(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度が約99%e.e.になった時に反応を止めた。反応生成物は例2と同様に回収して分析した。結果を下記表3に示す。
【0048】
【表3】

【0049】
例18〜22
基質/酵素の比を20に維持して基質量を10、20、30、40、50gに多様に変化させた以外は、緩衝溶液のpH及び体積、反応温度は例2の反応条件と同様に保ってこの例を実施した。得られた反応生成物を毎時分析し、反応を行いながら時間ごとに分析して(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度が約99%e.e.になった時に反応を止めた。反応生成物は例2と同様に回収して分析した。結果を下記表4に示す。
【0050】
【表4】

【0051】
例23〜26
基質/酵素の比を10、20、30、40に多様に変化させた以外は、基質量、緩衝溶液のpH及び体積、ならびに反応温度は例2の反応条件と同様に保ってこの例を実施した。得られた反応生成物を毎時分析し、反応を行いながら時間ごとに分析して(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度が約99%e.e.になった時に反応を止めた。反応生成物は例2と同様に回収して分析した。結果を下記表5に示す。
【0052】
【表5】

【0053】
例27〜33
酵素の量を4gに変え、産業用酵素として、サビナーゼ、アルカラーゼ、ノボザイム243、エバラーゼ、エスパラーゼ、プロテアーゼ7、アシラーゼを用いた以外は、緩衝溶液のpH及び体積、基質量、反応温度は例2の反応条件と同様に保ってこの例を実施した。得られた反応生成物を毎時分析し、反応を行いながら時間ごとに分析して(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの光学純度が99%e.e.程度になった時反応を止めた。反応生成物は例2と同様に回収して分析した。結果を下記表6に示す。
【0054】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0055】
ここに記載したように、本発明は、産業的に入手可能な加水分解酵素を用いた光学純度99%e.e.以上の非常に高い光学純度を有する(S)−インドリン−2−カルボン酸及びそのメチルエステルの製造方法であって、単純な製造工程であり、経済的利点があるという点で有利である方法を提供する。
以上、本発明の好適な態様を例示の目的で説明したが、当業者であれば多様な修正、付加及び代替が可能であることが分かるであろう。したがって、本発明は、添付する特許請求の範囲内で、具体的に記載されたもの以外に実施することができることを理解しなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加水分解酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルの製造方法であって、
インドリン−2−カルボン酸のラセミ体をメタノール及び塩化チオニルと反応させてインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を得る工程;
緩衝溶液中で加水分解酵素を用いて前記インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体のR体を選択的に加水分解して(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを生成させる工程;及び
前記(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを分離、回収する工程を含み、かつ
前記加水分解酵素は、サビナーゼ、アルカラーゼ、ノボザイム243、エバラーゼ、エスパラーゼ、プロテアーゼ7及びアシラーゼからなる群から選択される方法。
【請求項2】
前記緩衝溶液が炭酸ナトリウム水溶液であり、pH7〜9に維持される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記の選択的に加水分解する工程が25〜50℃で3〜85時間行われる請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記加水分解酵素とインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体との重量比が1:10〜1:40である請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記の選択的に加水分解する工程において、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体の濃度が10〜50%(w/w)である請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記加水分解酵素が粉末状もしくは液状、または担体に固定化された形態である請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記の回収された(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが少なくとも99%e.eの光学純度を有する請求項1に記載の方法。
【請求項8】
加水分解酵素を用いた(S)−インドリン−2−カルボン酸の製造方法であって、
インドリン−2−カルボン酸のラセミ体をメタノール及び塩化チオニルと反応させてインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体を得る工程;
緩衝溶液中で加水分解酵素を用いて前記インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体のR体を選択的に加水分解して非加水分解(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを得る工程;
前記(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルを分離、回収する工程;及び
前記の回収された(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルをアルカリ水溶液中で加水分解して(S)−インドリン−2−カルボン酸を生成させ、得られた(S)−インドリン−2−カルボン酸を回収する工程を含み、かつ
前記加水分解酵素は、サビナーゼ、アルカラーゼ、ノボザイム243、エバラーゼ、エスパラーゼ、プロテアーゼ7及びアシラーゼからなる群から選択される方法。
【請求項9】
前記緩衝溶液が炭酸ナトリウム水溶液であり、pH7〜9に維持される請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記の選択的に加水分解する工程が25〜50℃で3〜85時間行われる請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記加水分解酵素とインドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体の重量比が1:10〜1:40である請求項8に記載の方法。
【請求項12】
前記の選択的に加水分解する工程において、インドリン−2−カルボン酸メチルエステルのラセミ体の濃度が10〜50%(w/w)である請求項8に記載の方法。
【請求項13】
前記加水分解酵素が粉末状もしくは液状、または担体に固定化された形態である請求項8に記載の方法。
【請求項14】
前記の回収された(S)−インドリン−2−カルボン酸メチルエステルが少なくとも99%e.eの光学純度を有する請求項8に記載の方法。

【公表番号】特表2007−512016(P2007−512016A)
【公表日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−541023(P2006−541023)
【出願日】平成16年11月3日(2004.11.3)
【国際出願番号】PCT/KR2004/002806
【国際公開番号】WO2005/051910
【国際公開日】平成17年6月9日(2005.6.9)
【出願人】(598176488)エス ケー コーポレイション (10)
【Fターム(参考)】