説明

動圧軸受装置およびその製造方法

【課題】動圧発生溝を有する軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置およびその製造方法として、低コストかつ高精度化を図ること。
【解決手段】軸受面3a1、32a1に動圧溝3a11、32a11を形成した軸受スリーブ3又は軸部材32を備えた動圧軸受装置1、31において、前記軸受スリーブ3又は軸部材32が、軸受面3a1、32a1に動圧溝3a11、32a11のない形状のCIMによるセラミックス焼結体3b、32bを用いたものであって、この軸受面3a1、32a1に超短パルスレーザー加工により形成された動圧溝3a11、32a11を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーザービームプリンタのポリゴンミラーモータ用空気軸受等、気体を流体として用いた動圧軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
空気などの気体を流体として用いた動圧軸受装置においては、耐摩耗性に優れるセラミックスが軸受材料として用いられる。このセラミックスを材料とした軸受スリーブの製造方法として、粉末成形にて軸受スリーブを形成する方法が知られている(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、一般に粉末成形では、焼結後の寸法精度が悪くなるため、精度を確保するためには研削での取り代を多くして仕上げる必要がある。通常、動圧溝の深さは数μm程度であるので、焼結後の研削取り代が大きくなれば、研削によって動圧溝が消失する。
【0004】
一方で、研削の取り代を考慮して、予め動圧溝を深くつけた形状で成形する場合、溝深さが成形品のスプリングバック量を上回ってしまい、金型から成形品が抜けなくなったり、無理抜きして動圧溝を損傷してしまう可能性がある。
【0005】
また、軸受スリーブの製造方法として、セラミックス粉体を用いたセラミックス射出成形法、すなわち、CIM(セラミックス・インジェクション・モールディング)成形法が知られている(特許文献2)。この製造方法では、動圧溝を転写形成するための凸状部を外周に有する円筒状の樹脂製中子を、軸受スリーブ形状のキャビティを有する金型内部に入れ、セラミックス粉体とバインダーを混練して作った成形材料を射出成形するものである。この成形体を焼結炉の中にいれて加熱し、バインダー成分を熱分解させると共に樹脂製中子を熱分解させて消滅させるものである。
【0006】
しかしながら、上記の製造方法では、軸受スリーブ1個ごとに樹脂製中子を熱分解させて消滅させる必要があり、生産性の面やコスト面で問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−38076号公報
【特許文献2】特開2008−241030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述したように、従来技術は、いずれもセラミックス材料を用いた軸受スリーブの成形段階で、動圧溝を形成するものであるので、特許文献1では、焼結後の研削取り代が大きくなれば、研削によって動圧溝が消失することや金型から成形品が抜けなくなったり、無理抜きして動圧溝を損傷してしまう可能性があるという問題があり、一方、特許文献2では、軸受スリーブ1個ごとに樹脂製中子を熱分解させて消滅させる必要があり、生産性の面やコスト面で問題がある。
【0009】
この発明の目的は、動圧溝を有する軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置およびその製造方法として、低コストかつ高精度化を図ることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願の発明者らは、従来技術の前述した問題に着目し、種々検討した。その結果、CIM成形段階における軸受スリーブ又は軸部材の成形品の形状が、動圧軸受装置の低コスト化と高精度化のために大きな要因となることを見出した。
【0011】
そして、軸受スリーブ又は軸部材として、軸受面に動圧溝のないシンプルな形状で高精度なCIM成形品を用いることと、この軸受面に超短パルスレーザー加工による高精度な動圧溝を形成することという、相乗的なメリットを生み出す二つの手段を着想した。
【0012】
この発明に係る動圧軸受装置は、軸受面に動圧溝を形成した軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置において、前記軸受スリーブ又は軸部材が、軸受面に動圧溝のない形状のセラミックス射出成形品を用いたものであって、この軸受面に超短パルスレーザー加工により形成された動圧溝を備えていることを特徴とするものである。
【0013】
請求項2の発明は、請求項1に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブ又は軸部材の軸受面が研削加工により仕上げられていることを特徴とするものである。
【0014】
請求項3の発明は、請求項1又は請求項2に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブ又は軸部材のセラミックス材料がジルコニアであることを特徴とするものである。
【0015】
請求項4の発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の動圧軸受装置において、前記動圧溝が超短パルスレーザーによる連続打点で加工されていることを特徴とするものである。
【0016】
請求項5の発明は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の動圧軸受装置において、前記超短パルスレーザーのパルス幅が1〜100nsであることを特徴とするものである。
【0017】
請求項6の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブの軸受面が内周面および端面の少なくとも一つであることを特徴とするものである。
【0018】
請求項7の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の動圧軸受装置において、前記軸部材の軸受面が外周面および端面の少なくとも一つであることを特徴とするものである。
【0019】
請求項8の発明は、請求項6又は請求項7に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブの内周面あるいは軸部材の外周面に形成された動圧溝がヘリングボーン形状であることを特徴とするものである。
【0020】
請求項9の発明は、請求項6又は請求項7に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブあるいは軸部材の端面に形成された動圧溝がスパイラル形状であることを特徴とするものである。
【0021】
請求項10の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブが底部を有し、該軸受スリーブの軸受面が内周面および底部上面の少なくとも一つであることを特徴とするものである。
【0022】
請求項11の発明は、請求項10に記載の動圧軸受装置において、前記軸受スリーブの内周面に形成された動圧溝がヘリングボーン形状であり、前記底部上面に形成された動圧溝がスパイラル形状であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項12の発明は、請求項1〜11のいずれか1項に記載の動圧軸受装置において、
前記動圧軸受装置が空気の動圧作用により軸受スリーブ又は軸部材を支持することを特徴とするものである。
【0024】
請求項13の発明に係る動圧軸受装置の製造方法は、軸受面に動圧溝を形成した軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置の製造方法において、前記軸受スリーブ又は軸部材が、セラミックス射出成形により軸受面に動圧溝のない形状に成形し、脱脂・焼結する工程と、超短パルスレーザーにより前記軸受面に動圧溝を形成する工程とから製造されることを特徴とするものである。
【0025】
請求項14の発明は、請求項13の動圧軸受装置の製造方法において、前記軸受スリーブ又は軸部材の製造工程として、更に軸受面を研削する工程を含むことを特徴とするものである。
【0026】
請求項15の発明は、請求項13に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記動圧溝を超短パルスレーザーによる連続打点で加工することを特徴とするものである。
【0027】
請求項16の発明は、請求項15に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記超短パルスレーザーとして、1nsから100nsのパルス幅を有する超短パルスのQ−スイッチYAGレーザーの基本波、2倍波および3倍波のいずれか1つを用いると共に、前記連続打点による加工において、レーザー出力密度を1GW/cm2〜100GW/cm2の範囲の値とし、レーザーのビームスポットの直径を動圧溝の幅より小さくしたことを特徴とするものである。
【0028】
請求項17の発明は、請求項15又は請求項16に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記連続打点による加工の際に、前記レーザーのビームスポットの光学系を、電気的制御および機械的制御の少なくとも1つの制御により揺動させたことを特徴とするものである。
【0029】
請求項18の発明は、請求項13および請求項15〜17のいずれか1項に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記レーザー加工の際に、加工対象のセラミックス焼結体を水中に配置するか、又はセラミックス焼結体に流水をかけることを特徴とするものである。
【0030】
請求項19の発明は、請求項13および請求項15〜18のいずれか1項に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記レーザー加工の際に、レーザーのビームの照射方向をセラミックス焼結体の加工面に垂直な線に対して傾斜させたことを特徴とするものである。
【0031】
請求項20の発明は、請求項13に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記セラミックス射出成形の金型に、成形品のセラミックス材料の硬度以上の硬度を有する硬質皮膜が施されていることを特徴とするものである。
【0032】
請求項21の発明は、請求項20に記載の動圧軸受装置の製造方法において、前記硬質皮膜が、窒化チタン(TiN)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、窒化クロム(CrN)のいずれかから選択された硬質皮膜であることを特徴とするものである。
【0033】
請求項22の発明は、請求項13〜21のいずれか1項に記載の動圧軸受装置の製造方法に基づく軸受スリーブ又は軸部材である。
【発明の効果】
【0034】
本発明の動圧軸受装置およびその製造方法によれば、軸受スリーブ又は軸部材を、軸受面に動圧溝のないシンプルな形状のCIM成形品としたので、CIM成形品の焼成後の精度が一層優れるため、後工程の研削コストを低く抑えることができ、又は研削を省略することが可能である。したがって、動圧溝を有する軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置およびその製造方法として、低コストかつ高精度化を図ることができる。
【0035】
また、軸受スリーブ又は軸部材を、軸受面に動圧溝のないシンプルな形状のCIM成形品としたことと相俟って、超短パルスレーザー加工により動圧溝が形成されるので、加工部位に熱影響層を残すことなく、溝深さの制御も容易で、溝寸法のバラツキを抑え、高精度に仕上がるので、軸受機能を高めることができる。
【0036】
更に、超短パルスレーザーとして、1nsから100nsのパルス幅を有する超短パルスのQ−スイッチYAGレーザーの基本波、2倍波および3倍波のいずれか1つを用いると共に、レーザーのビームスポットの連続打点による加工の際、レーザーのエネルギ密度として、1GW/cm2〜40GW/cm2の範囲にすることにより、加工効率が良好で、熱影響層の残留や加工面へのバリ発生などが抑制され、品質も良好になる。
【0037】
連続打点による加工の際に、レーザーのビームスポットの光学系を、電気的制御および機械的制御の少なくとも1つの制御により揺動させたので、動圧溝加工面(溝の底面)を平滑化でき、溝底の平面度が向上する。これにより、動圧溝の形状および加工除去面の品質を高めることができる。
【0038】
レーザー加工際に、軸受スリーブ又は軸部材の被加工物を水中に配置するか、又は被加工物に流水をかけて加工すると除去加工が更に向上し、2倍波、3倍波のレーザーは、水に吸収されずに加工することができ、加工面を綺麗に仕上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】この発明の第1の実施形態に係る動圧軸受装置の縦断面図である。
【図2】前記動圧軸受装置の構成部品である軸受スリーブの縦断面図である。
【図3】前記軸受スリーブの製造工程を示す図である。
【図4】CIM成形工程を示す縦断面図である。
【図5】軸受スリーブの動圧溝のレーザー加工を示す縦断面図である。
【図6】軸受スリーブの加工の流れを示す概要図である。
【図7】この発明の第2の実施形態の構成部品である軸受スリーブを示す縦断面図である。
【図8】第2の実施形態における軸受スリーブの加工の流れを示す概要図である。
【図9】この発明の第3の実施形態に係る動圧軸受装置の縦断面図である。
【図10】前記動圧軸受装置の構成部品である軸部材の平面図である。
【図11】軸部材の加工の流れを示す概要図である。
【図12】この発明の第4の実施形態の構成部品である軸受スリーブを示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下に本発明の実施の形態を図1〜図12に基づいて説明する。
【0041】
図1〜図6に本発明の第1の実施形態を示す。図1に示すように動圧軸受装置1は、ハウジング4と、この内周に組み込まれて固定された軸受スリーブ3と、この内周に挿入された軸部材2を主な構成とする。軸受スリーブ3の内周面3aの軸受面3a1には動圧溝3a11が形成されている。軸部材2の外周面2aの軸受面2a1と、軸受スリーブ3の軸受面3a1との間にラジアル隙間5が形成されている。軸方向荷重を支持するために、軸部材2の端面2bは、ハウジング4の底部4aの上面に形成されたスラスト軸受部4bに対向して配置されている。図示は省略するが、スラスト軸受部4bにも動圧溝が形成されている。軸部材2は、図示しないモータのロータに連結されている。図1は、軸部材2が回転している状態を示すもので、ラジアル隙間5およびスラスト隙間6に生じる空気の動圧作用により、軸部材2が浮上し、軸部スリーブ3およびハウジング4の底部4aに対して非接触状態で支持される。尚、ラジアル隙間5およびスラスト隙間6は、分かりやすくするため誇張して表している。
【0042】
図2は実施形態の構成部品である軸受スリーブ3を示す。軸受スリーブ3は円筒状に形成され、内周面3aを有する。内周面3aの軸受面3a1にはヘリングボーン形状の動圧溝3a11が形成されている。動圧溝3a11の溝深さは数μmであり、形状寸法は高精度に仕上げられている。動圧溝3a11と動圧溝3a11との間は丘部3a12が形成されており、その軸方向中央部に帯状部分3a13が形成されている(動圧溝3a11をクロスハッチングで示す)。このような構成になっているので、軸部材2が回転すると、動圧溝3a11により空気が圧縮されて軸部材2が浮上する。
【0043】
軸受スリーブ3は、軸受面3a1に動圧溝3a11のないシンプルな形状のCIM成形品としたものである(図6参照)。CIM成形品の焼成後の精度が一層優れるため、後工程の研削コストを低く抑えることができ、又は研削を省略することも可能である。また、軸受スリーブ3の軸受面3a1に超短パルスレーザー加工により形成された高精度な動圧発生溝3a11を備えている。
【0044】
図3は軸受スリーブ3の製造工程を示す。軸受スリーブ3の製造工程は、セラミックスコンパウンドの射出成形、脱脂、焼結からなるCIM工程と、これにより製造された軸受スリーブのセラミックス焼結体3b(図6参照)に動圧溝3a11を形成する超短パルスレーザー加工工程から構成されている。
【0045】
図4にCIMの射出成形工程を示す。セラミックコンパウンドMは、セラミックス粉末と樹脂系のバインダーが混練されたもので、これを金型8内に射出成形する。金型8は、例えば割り型で構成され、その内部に中金型9を配置して、キャビティ10を有する。セラミックコンパウンドMを射出ノズル11からキャビティ10内に注入して射出成形する。金型8の内周面および中金型9の外周面は円筒状表面とされており、射出成形された成形体は内外周面とも円筒状である。
【0046】
軸受スリーブ3を構成するセラミックスの種類は特に限定されないが、耐摩耗性の面から、ジルコニア、アルミナ、窒化珪素、炭化珪素および窒化アルミナが例示される。その中でも、他のセラミックスに比べて機械的強度が高く、靭性に優れるジルコニアが好ましい。また、ジルコニアは線膨張係数が金属とほぼ同等であるため他方の部材(例えば軸部材)を金属部材で構成しても温度変化による軸受隙間の変化が小さく、双方セラミックにするよりも、コスト低減が可能である。
【0047】
CIMにおいて、セラミックスは硬度が高いため、金型8、中金型9の摩耗対策としてセラミックスよりも表面硬度の高い硬質皮膜を金型8、中金型9に付与しておくとよい。例えば、軸受スリーブ3を構成するセラミックスとしてジルコニア(Hv1300程度)を用いる場合は、金型8、中金型9への表面処理として、窒化チタン(TiN:Hv2000〜3000)やダイヤモンドライクカーボン(DLC:Hv1000〜8000)、窒化クロム(CrN:Hv2000〜2200)等を処理する例が挙げられる。
【0048】
成形体を金型8および中金型9から取り出し、焼結炉の中に入れて脱脂・焼結する。これにより軸受スリーブのCIMによるセラミックス焼結体3b(図6参照)が得られる。セラミックス焼結体3bの内周面には、まだ動圧溝3a11は形成されていない。
【0049】
上記の軸受スリーブのセラミックス焼結体3bの精度を確認するため、成形テストを実施した結果は、以下のとおりである。成形サンプルは内径φ4.0mm、外径φ9.5mm、幅7.57mm、底厚さ1.5mmの有底円筒である。
〔テスト結果〕
試料1:内径径不同2μm、外径径不同2μm
試料2:内径径不同2μm、外径径不同7μm
試料3:内径径不同1μm、外径径不同4μm
試料4:内径径不同1μm、外径径不同1μm
試料5:内径径不同2μm、外径径不同1μm
CIMによるセラミックス焼結体3bの径不同は、最大でも7μm程度であり、研削取代が数μm程度で高精度な真円形状が得られることが分かった。
【0050】
次に、動圧溝3a11の超短パルスレーザー加工について図5に基づき説明する。超短パルスレーザーを用いて、レーザーのビームスポット12の連なりで動圧溝3a11を形成する。この超短パルスレーザーは、パルス幅が1nsから100nsのQ−スイッチYAGレーザーで、このYAGレーザーの基本波(波長1064nm)、2倍波(波長532nm)および3倍波(波長355nm)のいずれか1つを用いる。図5は、軸受スリーブ3のヘリングボーン形状の動圧溝3a11の加工例を示す。軸受スリーブ3に回転と軸方向の移動を与えながら動圧溝3a11の傾斜形状に沿ってレーザーのビームスポット12を当て、連続打点の連なりで動圧溝3a11を加工する。上記の加工例では、基本波(波長1064nm)の超短パルスレーザーで実施したが、これに限らず、更に波長の短い2倍波(波長532nm)又は3倍波(波長355nm)の超短パルスレーザーも使用可能である。
【0051】
レーザーのビームスポット12の連続打点による加工の際、レーザーのエネルギ密度としては、1GW/cm2〜40GW/cm2の範囲が特によい。1GW/cm2より小さい出力密度では、金属やセラミックス表面を瞬時にアブレーションできず、加工効率が著しく低下する。40GW/cm2よりも大きな出力密度とすると、熱影響層の残留や、加工面へのバリ発生などにより、品質が悪化する。
【0052】
また、動圧溝3a11の加工面(溝の底面)は、レーザーのエネルギ密度分布の形状に依存してしまうため、溝底の平面度を向上させるために、レーザーのビームスポット12をオシレーション(揺動)させながら動圧溝3a11を加工すると更に良い。このとき加工効率も考慮すれば、レーザーのビームスポット12の直径としては、動圧溝3a11の幅の1/10〜1/2の範囲が特に好ましい。
【0053】
更に、レーザー加工の際に、レーザーのビームの照射方向を被加工物の加工面に垂直な線に対して傾斜させて加工すると良い。これにより、気体化・プラズマ化したセラミックスが光学系へ付着しにくくなり、光学系の汚染によるレーザのエネルギ密度の低下やビーム精度の低下が抑制できる。
【0054】
レーザーを照射された気体化・プラズマ化した物質は、ワークである軸受スリーブのCIM成形品3bセラミックス焼結体に再付着(凝華)し、突起やバリの要因となる。したがって、気体化・プラズマ化したセラミックスが軸受スリーブ3に付着しないように水やガス等を吹付けながら加工するのが望ましい。特に2倍波または3倍波のレーザーは、水に吸収されることなく軸受スリーブ3を加工することができるため、レーザー加工の際に、軸受スリーブ又は軸部材の被加工物を水中に配置するか、又は被加工物に流水をかけて加工すると加工効率を落とすことなく品質の高い動圧溝加工が可能である。
【0055】
超短パルスレーザーの照射点は、1〜4μmの極表層が瞬間的(ナノ秒オーダー)に5000℃以上に加熱されて気体化・プラズマ化して除去される。昇温速度が非常に早く瞬間的に気体化・プラズマ化して除去されるため、対象となる軸受スリーブのセラミックス焼結体3b内での熱伝導が最小限に抑えられ、結果として、熱影響層が最小限に抑えられる。
【0056】
図6に、軸受スリーブ3の加工の流れを示す。この流れでは、CIMによる成形・脱脂・焼結後、軸受スリーブのセラミックス焼結体3bを研削加工する工程を経て、動圧溝3a11をレーザー加工するものを示した。しかし、動圧溝3a11のレーザー加工の後に研削加工を実施してもよい。また、軸受スリーブのセラミックス焼結体3bの径不同が極めて小さい場合は、研削加工を不要とすることも可能である。
【0057】
図7、図8に、本発明の第2の実施形態に用いる軸受スリーブ23を示す。この軸受スリーブ23は、端面23cにスパイラル形状の動圧溝23c11が形成されている。このスパイラル形状の動圧溝23c11はスラスト軸受として機能する。図7、図8に示す軸受スリーブ23は、内周面23aに動圧溝を形成していないものを図示したが、第1の実施形態に用いた軸受スリーブ3の内周面3aと同様の動圧溝3a11を形成してもよい。この場合、軸受スリーブ23はラジアル軸受とスラスト軸受の両機能を有する。
【0058】
この軸受スリーブ23が用いられる動圧軸受装置は、後述する第3の実施形態の動圧軸受装置31と類似した形態となる。軸受スリーブ23を図9に示す回転スリーブ33に置き換えることにより基台34のスラスト軸受部36aの動圧溝を省略できる。図示は省略する。
【0059】
また、軸受スリーブ23の製造工程を図8に示すが、軸受スリーブ23の製造工程におけるCIM工程、CIM成形金型の硬質皮膜処理、軸受スリーブ23のセラミックスの種類、動圧溝23a11のレーザー加工および研削加工の要否など、いずれも、第1の実施形態に用いる軸受スリーブ3と同様であるので、説明を省略する。
【0060】
図9〜11に第3の実施形態を示す。図9に示すように動圧軸受装置31は、軸部材32が基台34にねじ37により締付け固定されている。回転スリーブ33は、軸部材32に外嵌されている。軸部材32は、その外周面32aの軸受面32a1にヘリングボーン形状の動圧溝32a11が形成されている。軸部材32の外周面32aの軸受面32a1と回転スリーブ33の内周面33aとの間にラジアル隙間35が形成されている。軸方向荷重を支持するために、回転スリーブ33の端面33bは基台34の上面に形成されたスラスト軸受部36aに対向して配置されている。図示は省略するが、スラスト軸受部36aにも動圧溝が形成されている。この動圧軸受装置31では軸部材32が固定タイプで、軸部材32に外嵌された回転スリーブ33が回転自在となっている。回転スリーブ33は、図示しないモータのロータに連結されており、回転スリーブ33に取り付けられたレーザービームピリンターのポリゴンミラー等の回転体(二点鎖線で示す)を回転させる。図9は、回転スリーブ33が回転している状態を示すもので、ラジアル隙間35およびスラスト隙間38に生じる空気の動圧作用により、回転スリーブ33が浮上し、軸部材32および基台34の上面に対して非接触状態で支持される。この実施形態においても、ラジアル隙間35およびスラスト隙間38は、分かりやすくするため誇張して表している。
【0061】
図10は第3の実施形態の構成部品である軸部材32を示す。軸部材32は円筒軸状に形成され、外周面32aを有する。外周面32aの軸受面32a1にはヘリングボーン形状の動圧溝32a11が形成されている。動圧溝32a11の溝深さは数μmであり、形状寸法は高精度に仕上げられている。動圧溝32a11と動圧溝32a11との間は丘部32a12が形成されており、その軸方向中央部に帯状部分32a13が形成されている(動圧溝32a11をクロスハッチングで示す)。このような構成になっているので、回転スリーブ33が回転すると、動圧溝32a11により空気が圧縮されて回転スリーブ33が浮上する。
【0062】
軸部材32の製造工程は、第1の実施形態の構成部品である軸受スリーブ3と同様に、セラミックスコンパウンドの射出成形、脱脂、焼結からなるCIM工程と、これにより製造された軸部材のセラミックス焼結体32b(図11参照)に動圧溝32a11を形成する超短パルスレーザー加工工程から構成されている。
【0063】
第3の実施形態の構成部品である軸部材32も、軸受面32a1に動圧溝32a11のないシンプルな形状のセラミックス焼結体32bとしたものである。したがって、セラミックス焼結体32bの精度が一層優れるため、後工程の研削コストを低く抑えることができ、又は研削を省略することも可能である。また、軸部材32の軸受面32a1に超短パルスレーザー加工により形成された高精度な動圧溝32a11を備えている。
【0064】
図11に、軸部材32の加工の流れを示す。この流れでは、CIMによる成形・脱脂・焼結後、セラミックス焼結体32bを研削加工する工程を経て、動圧溝32a11をレーザー加工するものを示した。しかし、第1の実施形態でも述べたように、研削加工は動圧溝32a11のレーザー加工の後でも良く、またセラミックス焼結体32bの径不同が極めて小さい場合は、研削加工を不要とすることも可能である。
【0065】
軸部材32の製造工程におけるCIM工程、CIM成形金型の硬質皮膜処理、軸部材32のセラミックスの種類、動圧溝32a11のレーザー加工など、いずれも、第1の実施形態の構成部品である軸受スリーブ3と同様であるので、詳細説明を省略する。
【0066】
図12は、第4の実施形態の構成部品である軸受スリーブ43を示す。この軸受スリーブ43は、円筒状部分43dの一端に底部43cが形成されている。この底部43cの上面にはスパイラル形状の動圧溝43c11が形成されている。
【0067】
この軸受スリーブ43が用いられる動圧軸受装置は、第1の実施形態の動圧軸受装置1と類似した形態となるので、図示は省略する。また、軸受スリーブ43の製造工程におけるCIM工程、CIM成形金型の硬質皮膜処理、軸受スリーブ43のセラミックスの種類、動圧溝43c11のレーザー加工および研削加工の要否など、いずれも、第1の実施形態の構成部品である軸受スリーブ3と同様であるので、説明を省略する。
【0068】
各実施形態の構成部品である軸受スリーブ又は軸部材に形成される動圧溝は、へリングボーン形状やスパイラル形状に限定されるものではない。これに限らず、他の形式の動圧溝を形成したり、例えば、軸受スリーブの内周面や軸部材の外周面を複数の円弧を組合わせた多円弧形状とすることにより、動圧発生部を構成してもよい。
【符号の説明】
【0069】
1 動圧軸受装置
2 軸部材
2a 外周面
2a1 軸受面
2b 端面
3 軸受スリーブ
3a 内周面
3a1 軸受面
3a11 動圧溝
3a12 丘部
3a13 帯状部分
3b CIMによるセラミックス焼結体
4 ハウジング
4a 底部
4b スラスト軸受部
5 ラジアル隙間
6 スラスト隙間
8 金型
9 中金型
10 キャビティ
11 射出ノズル
12 ビームスポット
23 軸受スリーブ
23a 内周面
23b CIMによるセラミックス焼結体
23c 端面
23c11 動圧溝
31 動圧軸受装置
32 軸部材
32a 外周面
32a1 軸受面
32a11 動圧溝
32a12 丘部
32a13 帯状部分
32b CIMによるセラミックス焼結体
33 回転スリーブ
33a 内周面
33b 端面
34 基台
35 ラジアル隙間
36a スラスト軸受部
37 ねじ
38 スラスト隙間
43 軸受スリーブ
43c 底部
43c11 動圧溝
43d 円筒状部分
M セラミックスコンパウンド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受面に動圧溝を形成した軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置において、前記軸受スリーブ又は軸部材が、軸受面に動圧溝のない形状のセラミックス射出成形品を用いたものであって、この軸受面に超短パルスレーザー加工により形成された動圧溝を備えていることを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】
前記軸受スリーブ又は軸部材の軸受面が研削加工により仕上げられていることを特徴とする請求項1に記載の動圧軸受装置。
【請求項3】
前記軸受スリーブ又は軸部材のセラミックス材料がジルコニアであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の動圧軸受装置。
【請求項4】
前記動圧溝が超短パルスレーザーによる連続打点で加工されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の動圧軸受装置。
【請求項5】
前記超短パルスレーザーのパルス幅が1〜100nsであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の動圧軸受装置。
【請求項6】
前記軸受スリーブの軸受面が内周面および端面の少なくとも一つであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の動圧軸受装置。
【請求項7】
前記軸部材の軸受面が外周面および端面の少なくとも一つであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の動圧軸受装置。
【請求項8】
前記軸受スリーブの内周面あるいは軸部材の外周面に形成された動圧溝がヘリングボーン形状であることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の動圧軸受装置。
【請求項9】
前記軸受スリーブあるいは軸部材の端面に形成された動圧溝がスパイラル形状であることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の動圧軸受装置。
【請求項10】
前記軸受スリーブが底部を有し、該軸受スリーブの軸受面が内周面および底部上面の少なくとも一つであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の動圧軸受装置。
【請求項11】
前記軸受スリーブの内周面に形成された動圧溝がヘリングボーン形状であり、前記底部上面に形成された動圧溝がスパイラル形状であることを特徴とする請求項10に記載の動圧軸受装置。
【請求項12】
前記動圧軸受装置が空気の動圧作用により軸受スリーブ又は軸部材を支持することを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の動圧軸受装置。
【請求項13】
軸受面に動圧発生溝を形成した軸受スリーブ又は軸部材を備えた動圧軸受装置の製造方法において、前記軸受スリーブ又は軸部材が、セラミックス射出成形により軸受面に動圧溝のない形状に成形し、脱脂・焼結する工程と、超短パルスレーザーにより前記軸受面に動圧溝を形成する工程とから製造されることを特徴とする動圧軸受装置の製造方法。
【請求項14】
前記軸受スリーブ又は軸部材の製造工程として、更に軸受面を研削する工程を含むことを特徴とする請求項13の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項15】
前記動圧溝を超短パルスレーザーによる連続打点で加工することを特徴とする請求項13に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項16】
前記超短パルスレーザーとして、1nsから100nsのパルス幅を有する超短パルスのQ−スイッチYAGレーザーの基本波、2倍波および3倍波のいずれか1つを用いると共に、前記連続打点による加工において、レーザー出力密度を1GW/cm2〜100GW/cm2の範囲の値とし、レーザーのビームスポットの直径を動圧溝の幅より小さくしたことを特徴とする請求項15に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項17】
前記連続打点による加工の際に、前記レーザーのビームスポットの光学系を、電気的制御および機械的制御の少なくとも1つの制御により揺動させたことを特徴とする請求項15又は請求項16に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項18】
前記レーザー加工の際に、加工対象のセラミックス焼結体を水中に配置するか、又はセラミックス焼結体に流水をかけることを特徴とする請求項13および請求項15〜17のいずれか1項に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項19】
前記レーザー加工の際に、レーザーのビームの照射方向をセラミックス焼結体の加工面に垂直な線に対して傾斜させたことを特徴とする請求項13および請求項15〜18のいずれか1項に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項20】
前記セラミックス射出成形の金型に、成形品のセラミックス材料の硬度以上の硬度を有する硬質皮膜が施されていることを特徴とする請求項13に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項21】
前記硬質皮膜が、窒化チタン(TiN)、ダイアモンドライクコーティング(DLC)、窒化クロム(CrN)のいずれかから選択された硬質皮膜であることを特徴とする請求項20に記載の動圧軸受装置の製造方法。
【請求項22】
請求項13〜21のいずれか1項に記載の動圧軸受装置の製造方法に基づく軸受スリーブ又は軸部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−208669(P2011−208669A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−74448(P2010−74448)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【出願人】(510086327)株式会社最新レーザ技術研究センター (2)
【Fターム(参考)】