説明

原子力プラント用ガスケット

【課題】 塩化物イオン濃度を一般的基準(100ppm未満)より更に低く制限し、熱クリープや金属フランジの腐食を可及的に抑制して原子力プラントの配管等において石綿系ガスケット代替品として好適に使用しうる原子力プラント用ガスケットを提供する。
【解決手段】 原子力プラント用ガスケットは、膨張黒鉛と、アラミド繊維と、ゴム結合材と、加硫促進剤及び加硫剤を主体とするゴム薬品と、を含有する材料から形成されるシートガスケットであって、当該材料におけるゴム結合材、ゴム薬品及び加硫促進剤の各含有量を、ゴム結合材:10〜18mass%、ゴム薬品:3〜5mass%及び加硫促進剤:0.8〜2.0mass%として、塩化物イオン濃度を10ppm以下に制限するように構成したものである。加硫促進剤は塩化物イオンを含有しない酸化亜鉛である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力プラント(原子炉等)の配管等に使用される原子力プラント用ガスケットであって、特に、膨張黒鉛と、アラミド繊維と、ゴム結合材と、加硫促進剤及び加硫剤を主体とするゴム薬品と、を含有する材料から形成されるシートガスケットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種のシートガスケットとしては、伝統的に、石綿系ガスケットが使用されていたが、石綿については、肺気腫の原因となる等、健康,環境衛生上の問題から使用禁止措置や使用制限措置が講じられ、近時、非石綿系ガスケットが多用される傾向にある。
【0003】
かかる傾向は原子力プラントにおいても同様であり、伝統的な石綿系ガスケットに代えて非石綿系ガスケットが使用されるようになっており、このような非石綿系ガスケットとして、例えば、特許文献1に開示される如く、膨張黒鉛,アラミド繊維,ゴム結合材,ゴム薬品等を含有する材料から形成されるシートガスケットが提案されている。
【0004】
ところで、原子力プラントにあっては極めて厳格な安全性や耐久性が求められることから、金属製プラント部品(例えば、原子炉の構造材や配管等)については耐腐食性に優れたSUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼が使用されている。しかし、このようなステンレス鋼で構成された配管においてもフランジ間に装填されるガスケットによってはフランジに応力腐食割れ(SCC)が生じることがあり、これは、主としてガスケットから溶出する塩化物イオンによるものであるとされている。そこで、原子力プラント用ガスケットとしては、一応の目安として、塩化物イオン濃度が100ppm未満のものを使用することが好ましいとされている。ちなみに、伝統的な原子力プラント用ガスケットである石綿系ガスケットにおいては、原料として使用する石綿鉱物に予め塩化物イオン除去処理(煮沸処理や流水による洗浄処理)を施すことによって塩化物イオンを除去していたため、このような基準値(100ppm)以上の塩化物イオンを含むことはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−201988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、従来の非石綿系ガスケットには、特許文献1に開示されるようにシール性,耐熱性等の特性が石綿系ガスケットに近似するものがあり、原子力プラント用ガスケットとして石綿系ガスケットの代替品として期待できるものがある。しかし、特許文献1に開示されるガスケットを含めて従来の非石綿系ガスケットにあって、石綿系ガスケットの代替品として使用できるものは塩化物イオン濃度が100ppm以上であったり、逆に塩化物イオン濃度が低減されているものは石綿系ガスケットに比して熱クリープ性等が大幅に劣るものであり、何れにしても原子力プラント用ガスケットとして好適に使用し得るものは提案されていないのが実情である。
【0007】
本発明は、かかる実情に鑑みてなされたもので、塩化物イオン濃度を上記の一般的基準(100ppm未満)より更に低く制限し、熱クリープや金属フランジの腐食を可及的に抑制して原子力プラントの配管等において石綿系ガスケット代替品として好適に使用しうる原子力プラント用ガスケットを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題を解決した本発明の原子力プラント用ガスケットは、膨張黒鉛と、アラミド繊維(芳香族ポリアミド繊維)と、ゴム結合材と、加硫促進剤及び加硫剤を主体とするゴム薬品と、を含有する材料(以下「ガスケット原料」という)から形成されるシートガスケットにおいて、当該ガスケット原料におけるゴム結合材、ゴム薬品及び加硫促進剤の各含有量(ガスケット原料の全質量に対する質量比率)を、ゴム結合材:10〜18mass%、ゴム薬品:3〜5mass%及び加硫促進剤:0.8〜2.0mass%として、塩化物イオン濃度を10ppm以下に制限するように構成しておくことを提案するものである。ゴム結合材はシール性の向上等を目的として含有されるものであるが、含有量が10mass%未満ではシール性等を十分に向上させることができず、逆に含有量が18mass%を超えると、引張強度等に悪影響を及ぼす虞れがある。ゴム結合材としては、ニトリルゴム(NBR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、天然ゴム(NR)、アクリルゴム(ACM)、イソプレンゴム(IR)、クロロプレンゴム(CR)、ブタジエンゴム(BR)、ブチルゴム(IIR)、エチレンプロピレンゴム(EPDM)、フッ素ゴム(FKM)やこれらから選択した二種以上を組み合わせたものを使用することができ、一般に耐油性、圧縮復元性、機械強度にバランス良く優れるNBRが最適するが、その含有量は復元性等を考慮して10〜18mass%としておくのがよい。また、ゴム薬品はゴムの加硫促進及び熱クリープ性の向上等を目的として配合されるもので、加硫剤(架橋剤)及び加硫促進剤を主体とするものである。ゴム薬品には、耐熱性,耐油性,耐酸性,耐光性,色調等の目的に応じて、加硫剤及び加硫促進剤に加えて、更に、老化防止剤,スコーチ防止剤,硫黄,可塑剤,顔料等が含まれるが、ゴム薬品の含有量は熱クリープ性及び加硫促進効果等を考慮して3〜5mass%としておくのがよく、特に、加硫促進剤については塩化物イオン濃度も考慮して、その含有量を0.8〜2.0mass%としておく必要がある。
【0009】
かかる原子力プラント用ガスケットの好ましい実施の形態にあっては、加硫促進剤としては塩化物イオンを含有しない酸化亜鉛を使用することが好ましい。具体的には、JIS K5102(2009年2月20日廃止)に規定される亜鉛華1種、亜鉛華2種又は亜鉛華3種を使用するのが最適である。
【0010】
また、本発明の原子力プラント用ガスケットにおいては、前記ガスケット原料における膨張黒鉛、アラミド繊維及びゴム結合材の合計含有量(ガスケット原料の全質量に対する質量比率)を40〜50mass%としておくことが好ましい。これらの合計含有量が40mass%未満では石綿系ガスケット相当のシール性等を確保することが困難であり、逆に50mass%を超えると、熱クリープ特性に悪影響を及ぼす虞れがある。
【0011】
また、前記ガスケット原料における膨張黒鉛及びアラミド繊維の各含有量(ガスケット原料の全質量に対する質量比率)は、石綿系ガスケット相当のシール性,強度等が確保できるように設定しておく必要があり、膨張黒鉛については15〜35mass%としておくことが好ましく、アラミド繊維については4〜15mass%としておくことが好ましい。すなわち、膨張黒鉛は加熱時におけるガスケットの復元性を確保するものであるが、含有量が15mass%未満では所定の復元性を確保することができず、逆に含有量が35mass%を超えると、シール性及び強度(引張強度)に悪影響を及ぼし、熱クリープ性が低下する虞れがある。またアラミド繊維は、引張強度及び熱クリープ性の向上に寄与するものであるが、含有量が4mass%未満ではこのような機能が十分に発揮されず、逆に含有量が15mass%を超えると、シール性等が低下する虞れがある。
【0012】
なお、ガスケット原料には、上記したものの他、必要に応じて、無機繊維及び無機充填剤等が含有される。無機繊維は、加熱強度の向上、特に初期加熱時の熱変形(熱クリープ)の防止、復元性の向上を図るために含有されるものであり、ロック・スラグ繊維、アルミナ−シリケート繊維、アルミナ繊維、ジルコニヤ繊維、ロックウールなどのセラミック繊維、石英ガラス繊維、高珪酸ガラス繊維などのガラス繊維、カーボン繊維、ホスフェート繊維、金属繊維等が使用される。また、無機充填材は、主として目詰め材として機能し、シール性,圧縮強度,耐熱性の向上に寄与するものであり、一般には含有量(ガスケット原料の全質量に対する質量比率)を20〜40mass%としておくことが好ましく、カオリン,セピオライト,クレー,タルク,重質炭酸カルシウム,軽質炭酸カルシウム,シリカ,マイカ,硫酸バリウム,カーボンブラック,アルミナ,ひる石等から選択された1種又は2種以上を、更にはケイ素,アルミニウムを主体としてマグネシウム,鉄,アルカリ土類金属,アルカリ金属を含む含水珪酸塩鉱物の粉末やワラストナイト等の天然鉱物粉末等の無機質粉体を使用することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の原子力プラント用ガスケットは、塩化物イオン濃度を冒頭で述べた一般的基準(100ppm未満)より更に低減(10ppm以下)したものであり、熱クリープや金属フランジに対する腐食の発生を効果的に防止できるものであって、原子力プラントにおいて石綿系ガスケット代替品として好適に使用しうるものであり、その実用的価値は極めて大きいものである。
【実施例】
【0014】
実施例として、表1に示す各ガスケット原料を使用して常法(熱ロール法等)により円板状のガスケット(ジョイントシート)No.1〜No.8を製作した。この実施例ガスケットNo.1〜No.8においては、ゴム結合材としてNBRを使用し、加硫促進剤として塩化物イオンを含まない酸化亜鉛(冒頭で述べたJIS K5102に規定される亜鉛華3種に相当)を使用した。なお、ゴム薬品には、加硫剤,加硫促進剤の他、老化防止剤等が含まれているが、これらの含有量は加硫剤の含有量との合計として表1の「加硫剤等」の欄に記載してある。
【0015】
また、比較例として、表1に示す各ガスケット原料を使用して実施例ガスケットNo.1〜No.8と同一工程により同一形状(円板状)のガスケットNo.9〜No.12を製作した。この比較例ガスケットNo.9,No.10においては、ガスケット原料の構成材(アラミド繊維,ゴム結合材,膨張黒鉛,無機繊維,無機充填材,ゴム薬品)は実施例ガスケットNo.1〜No.8に使用したものと同一のものを使用した。また、比較例ガスケットNo.11,No.12においては、加硫促進剤としてステアリン酸亜鉛(淡南化学社製の「ジンクステアレートN」)を使用した点を除いて、ガスケット原料の構成材(アラミド繊維,ゴム結合材,膨張黒鉛,無機繊維,無機充填材,ゴム薬品(加硫促進剤を除く))は実施例ガスケットNo.1〜No.8に使用したものと同一のものを使用した。
【0016】
而して、各ガスケットNo.1〜No.12について熱クリープ性の確認試験を行った。この確認試験は、各ガスケットNo.1〜No.12を、約200℃に加熱したステンレス鋼(SUS304)製の受台と押圧台との間で適当面圧(98N/mm2)で1分間挟圧することによって行い、試験前後のガスケット径を測定することによって熱クリープ率を求めたものである。すなわち、熱クリープ率Rは、各ガスケットにおける試験前の平均径d1と試験後の平均径d2とからR=(((d2)2−(d1)2)/(d1)2)×100(%)として算出される。熱クリープ性の良否は熱クリープ率Rによって判定され、熱クリープ率Rが低いもの程、熱クリープ性に優れるものとされる。一般に、熱クリープ性に優れるためにはR≦40%であることが好ましい。
【0017】
その結果は表2に示す通りであり、実施例ガスケットは、No.8を除いて、熱クリープ率Rが上記の好ましい範囲内にあり、熱クリープ性に優れるものであることが確認された。実施例ガスケットNo.8は、アラミド繊維、ゴム結合材及び膨張黒鉛の合計含有量が前記した好ましい範囲(40〜50mass%)を僅かながら超えているため、熱クリープ率Rが上記の好ましい範囲を超えている(R=42%)が、当該範囲を僅かに超える程度であり、熱クリープ性に特に劣るという程ではない。一方、比較例ガスケットNo.9,No.10は、ゴム結合材,加硫促進剤等の含有量が前記した好ましい範囲から逸脱しているため、熱クリープ率が極めて高く、熱クリープ性に劣るものである。
【0018】
また、各ガスケットNo.1〜No.12について、イオンクロマトグラフ法により塩化物イオン濃度(ppm)を測定した。その結果は表2に示す通りであった。
【0019】
表2から理解されるように、実施例ガスケットNo.1〜No.8は、何れも塩化物イオン濃度が10ppm以下であり、SCC等の金属腐食を効果的に防止できて原子力プラント用ガスケットとして好適するものである。一方、比較例ガスケットNo.11,No.12については、ガスケット原料の各成分含有量がすべて前記した好ましい範囲から逸脱していないにも拘わらず、塩化物イオン濃度が極めて高い。また、比較例ガスケットNo.9,No.10については、ガスケット原料の各成分含有量に前記した好ましい範囲から逸脱しているものがあるにも拘わらず、塩化物イオン濃度が実施例ガスケットと同等又はこれに近い値となっている。これらの点から、塩化物イオン濃度の高低は加硫促進剤の種類によるところが大きいことが理解され、塩化物イオン濃度を低減させるには加硫促進剤としてJIS K5102に規定される亜鉛華(酸化亜鉛)を使用するのが最適であることが理解される。
【0020】
さらに、各ガスケットNo.1〜No.12について、金属フランジに対する腐食性の確認試験を行った。すなわち、原子力プラントにおける配管フランジ(SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼製)間に装填されたガスケットと同等の条件下で、各ガスケットNo.1〜No.12によるフランジ腐食を確認した。具体的には、SUS304製の金属板間に各ガスケットNo.1〜No.12を挟圧保持させて、所定時間経過後における金属板表面(ガスケットとの接触面)の腐食状態を目視確認した。なお、金属板の温度は常温とし、ガスケットの挟圧による面圧は2.9N/mm2とし、挟圧時間は72時間とした。
【0021】
その結果は表2に示す通りであった。表2においては、金属板表面が全く腐食されていない場合には「○」で、金属板表面が僅かに腐食されている場合には「△」で、また金属板表面が顕著に腐食されている場合には「×」で示した。
【0022】
この表2に示す結果から明らかなように、塩化物イオン濃度が10ppm以下である実施例ガスケットNo.1〜No.8及び比較例ガスケットNo.9についてはフランジ腐食が全く生じていない。これに対して、塩化物イオン濃度が10ppmを僅かに超える比較例ガスケットNo.10についてはフランジ腐食が殆ど生じないものの、塩化物イオン濃度が10ppmを大きく上回る比較例ガスケットNo.11,No.12については顕著なフランジ腐食が生じている。特に、塩化物イオン濃度が冒頭で述べた一般的な基準値(100ppm)を超える比較例ガスケットNo.12についてはフランジ腐食の程度が甚だしく、原子力プラント用ガスケットとしては明らかに不適なものであることが確認された。
【0023】
したがって、フランジ腐食は主としてガスケットの塩化物イオン濃度に起因するものであり、塩化物イオン濃度を10ppm以下に制限しておくことによって、原子力プラント用ガスケットとして極めて有効なものとなることが理解される。なお、原子力プラント用ガスケットとして好適するためには、フッ素イオン濃度の低減(一般的には5ppm未満が好ましいとされている)も必要であるが、実施例ガスケットNo.1〜No.8については何れもフッ素イオン濃度が1ppm以下であり、本発明の原子力プラント用ガスケットはフッ素イオン濃度についても大きく低減された(1ppm以下)ものであることが理解される。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
膨張黒鉛と、アラミド繊維と、ゴム結合材と、加硫促進剤及び加硫剤を主体とするゴム薬品と、を含有する材料から形成されるシートガスケットであって、
当該材料におけるゴム結合材、ゴム薬品及び加硫促進剤の各含有量を、ゴム結合材:10〜18mass%、ゴム薬品:3〜5mass%及び加硫促進剤:0.8〜2.0mass%として、塩化物イオン濃度を10ppm以下に制限するように構成したことを特徴とする原子力プラント用ガスケット。
【請求項2】
加硫促進剤が塩化物イオンを含有しない酸化亜鉛であることを特徴とする、請求項1に記載する原子力プラント用ガスケット。
【請求項3】
前記材料における膨張黒鉛、アラミド繊維及びゴム結合材の合計含有量が40〜50mass%であることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載する原子力プラント用ガスケット。
【請求項4】
前記材料における膨張黒鉛の含有量が15〜35mass%であることを特徴とする、請求項1〜3の何れかに記載する非石綿系ジョイントシート。
【請求項5】
前記材料におけるアラミド繊維の含有量が4〜15mass%であることを特徴とする、請求項1〜4に記載する原子力プラント用ガスケット。

【公開番号】特開2011−74334(P2011−74334A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230204(P2009−230204)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000229737)日本ピラー工業株式会社 (337)
【Fターム(参考)】