説明

原子力発電機器用鍛鋼材および原子力発電機器用溶接構造物

【課題】溶接施工した後の応力除去焼鈍後においても、強度、靭性、耐水素割れ性に優れる原子力発電機器用鍛鋼材、およびそれら複数の原子力発電機器用鍛鋼材を用いて溶接して構成された原子力発電機器用溶接構造物を提供することを課題とする。
【解決手段】所定の化学成分組成を満足すると共に、金属組織の結晶粒度がASTMによる粒度番号で4.5〜7.0である。また、AlとNの質量比(Al/N)が、1.93以上のときはNの含有量が0.0100質量%以上、1.93未満のときはAlの含有量が0.022質量%以上であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力発電用施設の圧力容器や蒸気発生器等の機器を構成する部材として用いられる原子力発電機器用鍛鋼材、およびそれら複数の原子力発電機器用鍛鋼材を用いて溶接して構成されている原子力発電機器用溶接構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大型の鍛鋼材は、優れた強度、靭性を有するため、原子量発電プラントの圧力容器や蒸気発生器等の機器類の組み立て用部材として好適な部材とされ、従来から原子力発電機器用部材として多く用いられてきた。また、近年、地球環境の保護、特に地球温暖化防止という背景があり、COを排出しないという特長を有する原子力発電は、益々増加する傾向がある。更には、エネルギー需要の増加の度合いも近年は従来に増して顕著で、原子力発電プラントの圧力容器や蒸気発生器等の機器類は更に大型化する傾向がある。
【0003】
このように、原子量発電プラントの圧力容器や蒸気発生器等の機器類は年々大型化しているため、原子量発電プラントの圧力容器や蒸気発生器等の機器類に用いる大型鍛鋼材にも、強度および靭性により一層優れること、また、併せて耐水素割れ性にも優れることが求められつつある。
【0004】
また、大型鍛鋼材を母材として組み立てられる原子力発電機器用溶接構造物においては、通常、溶接施工後に応力除去を目的とした長時間の応力除去焼鈍が施されるが、この応力除去焼鈍後においても、原子力発電機器用の大型鍛鋼材には、強度、靭性に優れることが求められる。
【0005】
このように、原子力発電機器用の大型鍛鋼材には、強度、靭性、更には耐水素割れ性に優れることが求められるが、このように強度や靭性に優れた鋼材として、古くから特許文献1〜4記載の技術が既に提案されている。しかしながら、当時の原子量発電プラントは大型化が進む前のものであり、求められる強度や靭性は、大型化が進んだ現在と比較すると、それほど高いものではなかった。
【0006】
一方、耐水素割れ性については、鋼の精錬技術、鋼の成分組織の両方の面から対策が検討されている。精錬技術の面からは、溶鋼の精錬時における水素量の上限値を規定し、その上限値を超えた際には脱水素処理を施すということが実操業において既に実施されている。しかしながら、この脱水素処理は、処理時間および処理費用の点から水素量の低減に限界があるといわれている。従って、一般的には1〜数ppmレベルでの製造管理が実施されているのが現状であるが、水素割れはより微量の水素により発生するため、1〜数ppmレベルでの現状の製造管理では、水素割れを完全に防止することはできなかった。
【0007】
鋼の成分組織の面からは、鋼中のSの含有量を増加させることにより、MnS系介在物を鋼中に積極的に導入して、そのMnS系介在物を拡散性水素のトラップサイトとして活用することで、耐水素割れ性を向上させる方法が、溶鋼の精錬方法として特許文献5により提案されている。確かにこの方法によって、耐水素割れ性を向上させることはできるものの、この方法によっても水素割れを完全に防止することは困難であった。また、この方法では、当然のことではあるが介在物が増加するため、耐水素割れ性が向上する反面、靭性が低下してしまうという問題も兼ね備えていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭55−100964号公報
【特許文献2】特開昭63−53243号公報
【特許文献3】特開昭63−69944号公報
【特許文献4】特開昭64−20031号公報
【特許文献5】特開2003−268438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、溶接施工した後の応力除去焼鈍後においても、強度、靭性、耐水素割れ性に優れる原子力発電機器用鍛鋼材、およびそれら複数の原子力発電機器用鍛鋼材を用いて溶接して構成された原子力発電機器用溶接構造物を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.15〜0.24%、Si:0.15〜0.30%、Mn:1.0〜1.6%、P:0.015%以下(0%を含まない)、S:0.0015%以下(0%を含まない)、Cu:0.10%以下(0%を含む)、Ni:0.70〜1.10%、Cr:0.05〜0.30%、Mo:0.40〜0.60%、V:0.05%以下(0%を含む)、Al:0.015〜0.030%、O:0.0030%以下(0%を含まない)、N:0.0050〜0.0150%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、金属組織の結晶粒度がASTMによる粒度番号で4.5〜7.0であることを特徴とする原子力発電機器用鍛鋼材である。
【0011】
請求項2記載の発明は、AlとNの質量比(Al/N)が、1.93以上のときはNの含有量が0.0100質量%以上、1.93未満のときはAlの含有量が0.022質量%以上である請求項1記載の原子力発電機器用鍛鋼材である。
【0012】
請求項3記載の発明は、金属組織中に存在するセメンタイトの平均円相当径が0.5μm以下である請求項1または2に記載の原子力発電用大型鍛鋼材である。
【0013】
請求項4記載の発明は、更に、質量%で、Nb:0.005〜0.050%、Ti:0.005〜0.030%、B:0.0005〜0.0050%、Ca:0.0005〜0.0050%よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の原子力発電機器用鍛鋼材である。
【0014】
請求項5記載の発明は、請求項1乃至4のいずれかに記載の原子力発電用鍛鋼材を用いて、複数の原子力発電用鍛鋼材相互を溶接して構成されていることを特徴とする原子力発電機器用溶接構造物である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の原子力発電機器用鍛鋼材および原子力発電機器用溶接構造物は、溶接施工した後の応力除去焼鈍後においても、強度、靭性、耐水素割れ性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例の耐水素割れ性の評価でSSRT(低歪み速度試験)を行っている状態を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
大型鍛鋼材を母材として組み立てられる原子力発電機器用溶接構造物においては、通常、溶接施工後に応力除去を目的とした長時間の応力除去焼鈍が施されるが、従来からの原子力発電機器用鍛鋼材は、その鍛鋼材自体としてはそれなりに強度、靭性に優れているものの、応力除去焼鈍後の強度、靭性、更には耐水素割れ性については特に検討されておらず、本発明者らは、応力除去焼鈍後についても、優れた強度、靭性、耐水素割れ性を有する原子力発電機器用鍛鋼材および原子力発電機器用溶接構造物を開発するために様々な角度から鋭意研究を行った。
【0018】
従来は鋼中のSの含有量を増加させることにより、MnS系介在物を鋼中に積極的に導入して、そのMnS系介在物を拡散性水素のトラップサイトとして活用することで、鍛鋼材の耐水素割れ性を向上させていたが、耐水素割れ性はそれでも十分でなかった。本発明者らは、この従来の鍛鋼材より優れた耐水素割れ性を有する鍛鋼材を見出すために検討を行った。その結果、逆に、鋼中のSの含有量を低減することで、鍛鋼材の耐水素割れ性を向上できることを見出した。なぜ、耐水素割れ性を向上できるかは現時点では解明できていないが、生成するMnS系介在物の量が減少し、MnS系介在物とマトリックス界面に生じる応力集中を低減できるためと考えられる。
【0019】
更に、金属組織の結晶粒度を通常より大きくして、擬ポリゴナル・フェライト、グラニュラ・ベイナイトの生成を抑制することで、応力除去焼鈍後においても、優れた強度、靭性、耐水素割れ性を兼ね備えた原子力発電機器用鍛鋼材および原子力発電機器用溶接構造物とすることができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0020】
また併せて、AlN析出物の量を制御することで、更に優れた靭性、耐水素割れ性を得ることができることも見出した。また更に、金属組織中に存在するセメンタイトを微細化することで靭性を一層改善できることも見出した。
【0021】
以下、本発明を実施形態に基づき詳細に説明する。
【0022】
前記したように、本発明では、鍛鋼材の成分組成と、金属組織の結晶粒度を、必須要件として規定するが、まず、成分組成について詳細に説明する。以下、各元素(化学成分)の含有率については単に%と記載するが、全て質量%を示す。
【0023】
(成分組成)
C:0.15〜0.24%
Cは、強度を確保するための必須元素である。Cの含有量が0.15%より低いと、必要な強度を確保できなくなる。一方で、Cの含有量が0.24%を超えると、マルテンサイト等の硬質組織の増加をもたらし、その結果、靭性劣化を招くことになる。従って、Cの含有量は0.15〜0.24%とする。Cの含有量の好ましい下限は0.17%、好ましい上限は0.22%、より好ましい上限は0.20%である。
【0024】
Si:0.15〜0.30%
Siは、Cと同様に強度を向上させる作用を有する。強度向上の点からは微量であっても良いが、本発明ではSiの含有量の下限は0.15%とする。一方、過剰に添加されると、強度の過大な上昇、マルテンサイト等の硬質組織の増加をもたらし、靭性の劣化を招く。そのため、Siの含有量の上限は0.30%とする。また、好ましい上限は0.27%、より好ましい上限は0.25%である。
【0025】
Mn:1.0〜1.6%
Mnは、強度および靭性の向上に有効な元素である。その含有量が1.0%未満ではその作用が過小となる。逆に、過剰に添加すると、強度の過大な上昇、マルテンサイト等の硬質組織の増加をもたらすほか、粒界炭化物の粗大化を招き、強度および靭性の劣化の原因となる。従って、Mnの含有量は1.0〜1.6%とする。Mnの含有量の好ましい下限は1.2%、好ましい上限は1.5%である。
【0026】
P:0.015%以下(0%を含まない)
Pは、不可避的に混入してくる不純物元素であり、靭性に悪影響を及ぼす元素であるので、その含有量はできるだけ少ないことが好ましい。このような観点から、Pの含有量は0.015%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.010%以下とする。しかし、工業的に鋼中のPを0%にすることは困難である。
【0027】
S:0.0015%以下(0%を含まない)
Sは、MnSを形成して耐水素割れ性を低下させる元素であるので、その含有量はできるだけ少ないことが好ましい。このような観点から、Sの含有量は0.0015%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.0013%以下、より好ましくは0.0012%以下とする。しかし、工業的に鋼中のSを0%にすることは困難である。
【0028】
Cu:0.10%以下(0%を含む)
Cuは、強度および靭性の向上に有効な元素であるため、必要により添加される。但し、過剰の添加は、強度の過大な上昇、マルテンサイト等の硬質組織の増加をもたらし、強度および靭性の劣化の原因となる。従って、Cuの含有量の上限は0.10%、好ましくは0.05%とする。
【0029】
Ni:0.70〜1.10%
Niは、強度および靭性の向上に有効な元素である。その含有量が0.70%未満ではその作用が過小となり、逆に、過剰に添加すると、強度の過大な上昇を招き、靭性に悪影響を及ぼす。そのため、Niの含有量は0.70〜1.10%とする。Niの含有量の好ましい下限は0.80%、好ましい上限は1.05%、より好ましい上限は1.00%である。
【0030】
Cr:0.05〜0.30%
Crは、強度および靭性を向上させる作用を有する。その含有量が0.05%未満ではその作用が過小となり、逆に、過剰に添加すると、粒界炭化物の粗大化を招き、強度、靭性に悪影響を及ぼす。そのため、Crの含有量は0.05〜0.30%とする。Crの含有量の好ましい下限は0.10%、好ましい上限は0.27%、より好ましい上限は0.25%である。
【0031】
Mo:0.40〜0.60%
Moは、強度および靭性を向上させる作用を有する。その作用を有効に発揮させるためには、0.40%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.45%、より好ましい下限は0.50%である。一方、過剰に添加すると、粒界炭化物の粗大化を招き、靭性に悪影響を及ぼす。そのため、Moの含有量の上限は0.60%とする。好ましい上限は0.55%である。
【0032】
V:0.05%以下(0%を含む)
Vは、強度および靭性の向上に有効な元素であるため、必要により添加される。しかしながら、過剰に添加すると酸化物の粗大化を招き、靭性に悪影響を及ぼすため、Vの含有量の上限は0.05%とする。好ましい上限は0.03%である。
【0033】
Al:0.015〜0.030%
Alは、脱酸元素として酸素量低減に有用な元素である。その作用を有効に発揮させるためには、0.015%以上含有させる必要がある。しかし、その含有量が過剰になると酸化物の粗大化を招き、かえって靭性に悪影響を及ぼすので、含有量を0.0030%以下に抑える必要がある。
【0034】
O:0.0030%以下(0%を含まない)
Oは、酸化物を形成させて靭性を低下させる元素であり、不可避的に混入する以外はできるだけ少なくすることが望ましい。従って、Oの含有量は0.0030%以下、好ましくは0.0020%以下、より好ましくは0.0015%以下とする。
【0035】
N:0.0050〜0.0150%
Nは、Al或いは必要により添加されるNb、Ti、Vと共に炭窒化物を形成し、靭性を向上させる作用を有する。その作用を有効に発揮させるためには、0.0050%以上含有させる必要がある。しかし、その含有量が過剰になると、固溶Nとして歪時効をもたらし、靭性に悪影響を及ぼすため、その上限を0.0150%とする。
【0036】
以上が本発明で規定する含有元素であって、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれるSn、As、Pb等の元素の混入が許容される。また、更に以下に示す元素を積極的に含有させることも有効であり、含有される元素(化学成分)の種類によって鍛鋼材の特性が更に改善される。
【0037】
Nb:0.005〜0.050%
Nbは、焼入れ性を向上させて強度を向上させる作用を発揮する。しかしながら、多量に含有させると炭化物の生成が多くなり靭性が劣化するため、含有させる場合は、0.050%以下、好ましくは0.040%以下とする。尚、これらの作用を有効に発揮させるためには、0.005%以上含有させる必要がある。
【0038】
Ti:0.005〜0.030%
Tiは、鋼中にTiNを微細分散させて加熱中のオーステナイト粒の粗大化を防止する作用を発揮する。その作用を有効に発揮させるためには、0.005%以上含有させる必要がある。しかしながら、Tiの含有量が過剰になると溶接性が損なわれるので、含有させる場合は0.030%以下とする。
【0039】
B:0.0005〜0.0050%
Bは、焼入れ性を向上させて強度を向上させる作用を発揮する。しかしながら、多量に含有させると粗大な組織を形成させて靭性が劣化するため、含有させる場合は、0.0050%以下、好ましくは0.0040%以下、より好ましくは0.0020%以下とする。尚、これらの作用を有効に発揮させるためには、0.0005%以上含有させる必要がある。
【0040】
Ca:0.0005〜0.0050%
Caは、硫化物の形態を制御して靭性の向上に寄与する元素である。しかし、0.0050%を超えて過剰に含有させても靭性がかえって低下する。尚、これらの作用を有効に発揮させるためには、0.0005%以上含有させる必要がある。
【0041】
(金属組織の結晶粒度)
以上の化学成分組成を満足した上で、本発明の鍛鋼材は、金属組織の結晶粒度をASTMによる粒度番号で4.5〜7.0の範囲とする必要がある。本発明の鍛鋼材は、金属組織は主としてベイナイト組織となるが、金属組織の結晶粒度をASTMによる粒度番号で4.5〜7.0の範囲とすることにより、変態後のベイナイト組織における擬ポリゴナル・フェライト、グラニュラ・ベイナイトの組織割合を、冷却速度に関係なく低下させることができる。その結果、応力除去焼鈍後においても、強度、靭性を優れたものとすることができる。
【0042】
(AlとNの質量比)
前記した成分組成および金属組織の結晶粒度の条件を満足することで、溶接施工した後の応力除去焼鈍後においても、強度、靭性、耐水素割れ性に優れる原子力発電機器用鍛鋼材とすることができるが、更に、AlとNの質量比(Al/N)が、以下の要件を満足させることで、金属組織の整粒度が高くなり、靭性および耐水素割れ性を更に高めることができる。
【0043】
すなわち、(Al/N)≧1.926のときは、Nの含有量を0.0100質量%以上とし、(Al/N)<1.926のときは、Alの含有量を0.022質量%以上とする。
【0044】
(セメンタイト微細化)
また、前記金属組織の結晶粒度の制御に加えて、金属組織中に存在するセメンタイトを微細化することで一層強度・靭性バランスを向上させることができる。具体的には、セメンタイトの平均円相当径を0.5μm以下とすることが好ましい。
【0045】
<製造要件>
本発明の鍛鋼材は、前記成分組成を満足する鋼を用い、通常の鍛造方法(1000〜1300℃加熱、加工歪量は任意)で製造することができるが、焼入れ時の加熱温度を、880℃以上、1000℃未満とすることが必要である。焼入れ時の冷却速度は、10℃/分程度以上の通常の条件とすれば良く、焼戻し温度も650℃前後の通常の条件で行えば良い。また、応力除去焼鈍処理も600℃前後の通常の条件で行えば良い。
【0046】
焼入れ時の加熱温度を880℃以上とする理由は、金属組織の結晶粒度をASTMによる粒度番号で4.5以上とするためである。一方、焼入れ時の加熱温度を1000℃未満とする理由は、金属組織の結晶粒度をASTMによる粒度番号で7.0以下に抑えるためである。
【0047】
また、前記した微細なセメンタイトを得るためには、焼戻し時間を従来に比して短くすることが必要である。従来は、むしろ焼戻し時間が長いほど転位密度(強度)が低下するため靭性が向上すると考えられてきたのが一般的であるが、本発明者らの検討によれば、焼戻し時間を逆に短縮すると、強度は高くなるものの、セメンタイト微細化による靭性改善効果の方が顕著に現れ、結果として強度・靭性バランスが向上するものと考えられる。
【0048】
焼戻し時間は、通常10時間超、15時間以下程度で行われるのが一般的であるが、これを5時間以上、10時間以下に短縮することにより、強度・靭性が向上できる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0050】
本発明の実施例では、まず、表1および表2に示す各成分組成の鋼(20トン)を溶解し、1200℃で加熱後、15%の加工歪を与えて板材(鍛鋼材)とした。焼入れ、焼戻しの条件は、表3および表4に示すとおりである。尚、各試験サンプルの焼戻し時間は、No.11〜24が12時間、それ以外のNo.1〜10、31〜62が10.5時間である。また、各試験サンプルは、いずれも、加熱温度:607℃、保持時間:48時間の条件で応力除去焼鈍を施した。
【0051】
また、焼戻し時間の影響を調べた別の試験結果を表5および表6に示す。鍛鋼材を得るまでの工程は上記実験と同様である。
【0052】
(結晶粒度の測定)
各板材(鍛鋼材)の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、圧延方向に直角に20mm角の試験片を採取した後に表面を研磨し、JIS G 0551に記載の結晶粒定量化方法で、結晶粒度を測定した。
【0053】
(セメンタイト粒径の測定)
セメンタイト粒径は、以下のようにして定量化することができる。結晶粒測定用に採取しておいたサンプルを用いて、再度表面研磨したあとナイタール腐食を行い、SEMにより組織観察を行った。また、撮影は4000倍、1視野30×30μmの範囲で視野撮影し、組織写真から白く見えるセメンタイトを透明フォルムに写し取り、セメンタイトサイズの平均サイズを画像解析装置(Image−Pro−Plus)にて平均円相当径として定量化した。
【0054】
(降伏強度および引張り強度の評価)
各板材(鍛鋼材)の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、圧延方向に直角にASTM SA−370の標準サイズ試験片を採取し、JIS Z 2241の引張り試験を実施して、試験片の圧延方向の降伏強度(YS)、および引張り強度(TS)を測定により求めた。本実施例では、TSが550MPaという条件を満たすものを、強度に優れる鍛鋼材であると評価した。測定結果を表3および表4に示す。
【0055】
(靭性の評価)
各板材(鍛鋼材)の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、シャルピー衝撃試験片(JIS Z 2201の4号試験片)を3本ずつ採取(試験片の軸心が前記t/4の位置を通るように採取)してシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギーを測定してそれらの平均値を求め、100Jが得られる温度(vE100)を各鍛鋼材の靭性とした。本実施例では、TSが650MPa以上の鍛鋼材ではvE100が−5℃以下であるものを、TSが650MPa未満の鍛鋼材ではvE100が−20℃以下であるものを、夫々靭性に優れる鍛鋼材であると評価した。測定結果を表3および表4に示す。
【0056】
(耐水素割れ性の評価)
各板材(鍛鋼材)の表面から深さt/4(t:板厚)の位置から、丸棒形の試験片を採取した。(試験片の軸心が前記t/4の位置を通るように採取)採取後、試験片を、長さ150mm、標線間距離10mmのダンベル状に加工し、中央部分を直径4mmに加工すると共に、両端のつかみ具部分を直径8mmに加工して長さ15mmにわたってネジを設けた。
【0057】
耐水素割れ性の評価は、この試験片を用いて、鍛造用鋼の水素割れ感受性の比較試験法により実施した。
【0058】
まず、 図1に示すように、各試験片1を、試験装置2にセットして、0.5Mol/1HSO+0.01Mol/1KSCN水溶液3に浸漬した。その状態で、水素を添加しつつ、電流密度0.5A/dmにて陰極電解を行った。以上の準備を完了した試験片1に、長軸方向の引張り負荷を与えてその応力S1(伸び)を測定するSSRT(低歪み速度試験)を実施した。このときの試験装置2のクロスヘッドの引張り速度は2×10−3mmとした。
【0059】
一方、水溶液3への浸漬を省略した状態、すなわち大気中で、前記した条件と同条件でSSRT(低歪み速度試験)を実施して、同様に破断応力S2を測定した。
【0060】
これらの測定で得られた測定値を下記式に代入して水素割れ感受性S値を算出した。
S値=(1−S1/S0)×100
【0061】
各試験片毎に得られたS値を下記基準に従って評価した。評価が◎或いは○であるものを、耐水素割れ性に優れる鍛鋼材であると評価した。評価結果を表3および表4に示す。
◎:S値が30未満・・・・耐水素割れ性が極めて優れている。
○:S値が30〜40・・・耐水素割れ性が優れている。
△:S値が40〜50・・・耐水素割れ性がやや劣る。
×:S値が50以上・・・・耐水素割れ性が劣る。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
No.1〜24は、本発明の要件を満足する発明例であり、鍛鋼材の成分組成および金属組織の結晶粒度は適切である。その結果、強度、靭性、耐水素割れ性が全て優れるという試験結果を得ることができた。
【0067】
これに対し、No.31〜62は、鍛鋼材の成分組成、金属組織の結晶粒度の少なくとも何れかで、本発明の要件を満足しない比較例である。その結果、強度、靭性、耐水素割れ性の少なくとも1項目で、評価基準を満足しなかった。
【0068】
【表5】

【0069】
【表6】

【0070】
また、焼戻し時間の影響を調べた表5および表6に示す別の試験結果によると、従来並みの10時間超の焼戻しを行った例(A1,B1)に比較して、焼戻し時間を短縮した例(A2〜A4,B2〜B4)は、いずれも強度・靭性バランスが向上していることが分かる。
【符号の説明】
【0071】
1…試験片
2…試験装置
3…0.5Mol/1HSO+0.01Mol/1KSCN水溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.15〜0.24%、Si:0.15〜0.30%、Mn:1.0〜1.6%、P:0.015%以下(0%を含まない)、S:0.0015%以下(0%を含まない)、Cu:0.10%以下(0%を含む)、Ni:0.70〜1.10%、Cr:0.05〜0.30%、Mo:0.40〜0.60%、V:0.05%以下(0%を含む)、Al:0.015〜0.030%、O:0.0030%以下(0%を含まない)、N:0.0050〜0.0150%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
金属組織の結晶粒度がASTMによる粒度番号で4.5〜7.0であることを特徴とする原子力発電機器用鍛鋼材。
【請求項2】
AlとNの質量比(Al/N)が、1.93以上のときはNの含有量が0.0100質量%以上、1.93未満のときはAlの含有量が0.022質量%以上である請求項1記載の原子力発電機器用鍛鋼材。
【請求項3】
金属組織中に存在するセメンタイトの平均円相当径が0.5μm以下である請求項1または2に記載の原子力発電用大型鍛鋼材。
【請求項4】
更に、質量%で、Nb:0.005〜0.050%、Ti:0.005〜0.030%、B:0.0005〜0.0050%、Ca:0.0005〜0.0050%よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の原子力発電機器用鍛鋼材。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の原子力発電用鍛鋼材を用いて、複数の原子力発電用鍛鋼材相互を溶接して構成されていることを特徴とする原子力発電機器用溶接構造物。

【図1】
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【公開番号】特開2012−188747(P2012−188747A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−18488(P2012−18488)
【出願日】平成24年1月31日(2012.1.31)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】