説明

原子核分析方法及び原子核分析装置

【課題】放射化分析や質量分析の適用が困難な試料に対して、正確に原子核の分析を行う。
【解決手段】この原子核分析装置10は、γ線源11、放射線検出器15、γ線モニタ用検出器16、パーソナルコンピュータ(分析部)17を具備する。この分析方法においては、被測定試料原子核40にγ線12が照射されることによって、被測定試料31中の原子核40に(γ、n)反応を生じさせ、この際に発生する中性子41のエネルギー(スペクトル)を放射線検出器15によって測定することによって、原子核40の核種を特定する。ここで、γ線12のエネルギーを調整することによって特定の反応((γ、n)反応)のみを選択的に生じさせることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質を構成する原子の原子核を特定し、この原子核をもつ原子の組成分析等を行う原子核分析方法、及びこれに用いられる原子核分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
物質を構成する原子の種類を特定し、その組成を分析する分析方法には各種のものが知られている。例えば、原子を構成する電子のエネルギー準位間の遷移によって発生するX線(特性X線)の分析を行うことにより、原子の種類を特定する技術は広く用いられている。しかしながら、例えば、水素とトリチウム(三重水素)のような同位体を識別するためには、原子を構成する電子に関する情報ではなく、原子核に関する情報を得ることが必要になる。
【0003】
こうした原子核の種類(核種)を分析する方法としては、放射化分析という手法が知られている。放射化分析の一例は、例えば特許文献1等に記載されている。この技術においては、原子核に中性子線等を照射することによってこの原子核を半減期の短い放射性の原子核に変換(放射化)する。この原子核が壊変する際に発生するγ線(壊変γ線)のエネルギースペクトル測定を行い、スペクトル中に現れるピークを識別することによって元の原子核種を特定することができる。γ線スペクトルの測定は、例えば半導体検出器を用いて行うことができる。この放射化分析は非常に高精度であり、微量の元素(原子核)に対しても有効であることが知られている。
【0004】
また、特許文献2には、中性子線の照射ではなく、強いγ線を照射することによって(γ、n)反応(原子核がγ線を吸収することによって1個の中性子を放出して新たな原子核となる反応:光分解反応)を被測定試料の原子核に発生させて放射性の核種を生成して同様に分析を行う技術が記載されている。ここでは、放射性の核種を生成するためのγ線として、特にレーザー逆コンプトンγ線を用いている。レーザー逆コンプトンγ線は準単色、すなわち、そのエネルギーがほぼ一定であるため、放射性の核種を生成する際に、そのエネルギーを調整することによって特定の核反応((γ、n)反応)を選択的に起こすことができるため、元の核種の特定を特に正確に行うことができる。更に、レーザー逆コンプトンγ線をパルス状に発振することができるため、放射性の核種が生成される際に発生する即発γ線の影響を低減することができる。従って、その後に発生する壊変γ線を選択的に測定することが可能となり、この点からもより正確な分析が可能である。
【0005】
ただし、上記の分析方法においては、放射化によって新たに生成された核種がγ線を発することが必要であるため、γ線を発する核種を生成しない核種に対しては適用ができない。放射性の廃棄物における重要な分析対象であるトリチウム(三重水素)はこの一例である。
【0006】
核融合の材料として知られるトリチウムは水素の同位体であるため、様々な物質に取り込まれ、かつそのβ崩壊の半減期が12.33年と長く、長期間にわたり放射能をもち、生体に対する影響が非常に大きい。従って、放射性廃棄物の管理上、トリチウムの分析は非常に重要である。
【0007】
しかしながら、トリチウムにおける中性子捕獲反応は吸熱反応であるため、例えば特許文献1に記載の分析方法は適用できない。また、トリチウムの原子核には準安定な励起状態は存在しないため、トリチウム原子核を原子核共鳴蛍光散乱や中性子の非弾性散乱によって発するγ線を検出することによるその特定は困難である。
【0008】
従って、上記の核反応を利用した分析手法はトリチウムに対しては有効ではない。また、トリチウムが自然崩壊する際に発するβ線を検出することによってその分析を行うことも可能であるが、β線の最大エネルギーは18.59keVと低く検出はγ線等の検出と比べて困難である。そのため、上記の放射化分析と同様の精度でその分析を行うことは困難である。従って、放射線を利用した分析はトリチウムの場合には有効ではなく、質量分析等を行うことによってその分析が行われている。質量分析においては、分析対象から水素成分だけを分離し、その質量を測定することにより、水素と、水素の同位体であるジュウテリウム(重水素)やトリチウムの存在比率を算出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001−235547号公報
【特許文献2】特開2004−219187号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、質量分析等を行うためには、化学処理によって特定の元素を採取することが必要である。しかしながら、前記のとおり、トリチウムが含まれる物質は多種にわたり、こうした物質の中には、水素を採取することが困難なものもあった。
【0011】
また、多量のサンプルを採取して分析を行うのではなく、例えばコンクリート等の壁の中の被測定物質に対して非破壊(非接触)で分析を行うことが好ましい場合もあった。この点においては、放射化分析は有効であるが、前記の通り、この分析方法はトリチウムに対しては適用ができなかった。
【0012】
すなわち、放射化分析や質量分析の適用が困難な試料に対して、正確に原子核の分析を行うことのできる原子核分析方法は存在しなかった。
【0013】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の原子核分析方法は、被測定試料中の原子核の分析を行う原子核分析方法であって、前記被測定試料に単色又は準単色のγ線を照射することにより、前記被測定試料中の原子核において(γ、n)反応を発生させ、発生した中性子のエネルギースペクトルを測定することによって、前記被測定試料中の原子核の分析を行うことを特徴とする。
本発明の原子核分析方法において、前記γ線をパルス状に発振し、前記中性子のエネルギースペクトルの測定を飛行時間分析法によって行うことを特徴とする。
本発明の原子核分析方法は、前記飛行時間分析法において、前記被測定試料を透過した前記γ線を測定した結果を利用することを特徴とする。
本発明の原子核分析方法において、前記γ線はレーザー逆コンプトンγ線であることを特徴とする。
本発明の原子核分析方法は、前記被測定試料に対して、遮蔽物を介して前記γ線を照射することを特徴とする。
本発明の原子核分析方法において、前記被測定試料中にはトリチウムが含まれることを特徴とする。
本発明の原子核分析方法は、前記γ線を、7.5〜8MeVの範囲のエネルギーをもつ単色又は準単色のγ線とすることを特徴とする。
本発明の原子核分析装置は、被測定試料中の原子核の分析を行う原子核分析装置であって、単色又は準単色のγ線を放射するγ線源と、前記γ線が照射された前記被測定試料から放射される中性子を検出する放射線検出器と、前記放射線検出器が検出した中性子のエネルギースペクトルにおけるピークを解析することによって前記被測定試料中の原子核の分析を行う分析部とを具備することを特徴とする。
本発明の原子核分析装置は、前記被測定試料を透過したγ線を検出するγ線モニタ用検出器を具備することを特徴とする。
本発明の原子核分析装置において、前記γ線源から前記γ線はパルス状に発振され、前記分析部において、前記中性子のエネルギースペクトル解析は飛行時間分析法によって行われることを特徴とする。
本発明の原子核分析装置において、前記γ線はレーザー逆コンプトンγ線であることを特徴とする。
本発明の原子核分析装置において、前記γ線のエネルギーは7.5〜8MeVの範囲であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上のように構成されているので、放射化分析や質量分析の適用が困難な試料に対しても、正確に原子核の分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係る原子核分析装置の構成を示す図である。
【図2】原子核における(γ、n)反応の際のエネルギー準位の変化を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る原子核分析装置において測定される中性子エネルギースペクトル及びγ線源の出力の概要を示す図である。
【図4】トリチウム原子核における(γ、n)反応の際のエネルギー準位の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態に係る原子核分析装置につき説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る原子核分析装置10の構成を示す図である。この原子核分析装置10は、γ線源11、放射線検出器15、γ線モニタ用検出器16、パーソナルコンピュータ(分析部)17を具備する。図1において、γ線源11は、準単色かつパルス状のγ線12を発する。このγ線12は、コンクリート壁(遮蔽物)30の中の被測定試料31を構成する原子の原子核40に照射される。これにより、原子核40はγ線12を吸収して中性子41を放射する(γ、n)反応が生ずる。同時に、γ線12は原子核40によってコンプトン散乱され、散乱γ線42となる。中性子41や散乱γ線42は放射線検出器15によって検出される。また、γ線12のうち一部はそのままコンクリート壁30や被測定試料を透過する。このγ線はγ線モニタ用検出器16によって検出される。パーソナルコンピュータ(分析部)17には、放射線検出器15とγ線モニタ用検出器16の出力が入力され、これによって被測定試料中の原子核の分析を行う。
【0018】
γ線源11としては、限定されたエネルギー領域、すなわち準単色のγ線12を発するγ線源が用いられる。また、γ線12を時間を限定して出力させることができるので、パルス状の出力をすることができる。
【0019】
特にこのγ線12として好ましいのは、特許文献2に記載の技術と同様に、レーザー逆コンプトンγ線である。レーザー逆コンプトンγ線は、例えば蓄積リング中の高エネルギー電子にレーザー光を照射し、このレーザー光が高エネルギー電子からエネルギーを得て放射されるγ線である。このγ線は、入射するレーザー光と同期して発振されるため、レーザー光と同様に、パルス状とすることができる。また、そのエネルギーは、レーザー光のエネルギー(波長)と電子のエネルギーとで決定される。レーザー光のエネルギーも、蓄積リング中の電子のエネルギーも一定であるため、このγ線のエネルギーは略一定、すなわち準単色となる。このエネルギー分布の半値幅は一般には数%以下である。また、例えば電子のエネルギーを調整することによってこのエネルギーを調整することができる。
【0020】
被測定試料31は任意であるが、この分析方法によって特にトリチウムの分析を精度よく行うことができるため、トリチウムを含むことが好ましい。従って、被測定試料31中の原子核40には、少なくともトリチウム原子核が含まれることが好ましい。また、この分析方法においては、コンクリート壁(遮蔽物)30の中の被測定試料31の分析を行うことができる。
【0021】
放射線検出器15としては、例えば有機シンチレータと光電子増倍管とを組み合わせた構成のものを用いることができる。有機シンチレータにおいては、中性子41によって陽子が弾性散乱され、この陽子によって発光が生ずる。この発光が光電子増倍管によって検出されることによって、間接的に中性子41を検出することができる。同様に、散乱γ線42や他のバックグラウンド成分も放射線検出器15によって検出される。ただし、この分析方法において特に検出すべき対象は中性子41である。
【0022】
ここで、中性子検出においては、飛行時間検出法(Time of Flight法)が用いられる。すなわち、中性子41が検出された時間を認識することにより、中性子41のエネルギーを認識できる構成とし、中性子エネルギースペクトルを測定することができる。
【0023】
γ線モニタ用検出器16も、例えば放射線検出器15と同様の構成とすることができる。ただし、γ線モニタ用検出器16は中性子を検出する必要はなく、γ線のみを検出する構成とすればよいため、例えばゲルマニウム等を用いた半導体検出器を用いることもできる。
【0024】
パーソナルコンピュータ(分析部)17は、放射線検出器15とγ線モニタ用検出器16の出力において見られるピークを解析することによって、被測定試料31に含まれる原子核40の分析を行う。この機能は、ロードするプログラム等によって実行され、このため、放射線検出器15とγ線モニタ用検出器16の出力は適宜デジタル変換されて用いられる。
【0025】
以下に、この原子核分析装置10において実行される原子核分析方法について説明する。
【0026】
この分析方法においては、被測定試料原子核40にγ線12が照射されることによって、被測定試料31中の原子核40に(γ、n)反応を生じさせ、この際に発生する中性子41のエネルギー(スペクトル)を放射線検出器15によって測定することによって、原子核40の核種を特定する。ここで、γ線12のエネルギーを調整することによって特定の反応((γ、n)反応)のみを選択的に生じさせることができる。また、γ線12をパルス状にすることによって、γ線12のオン、あるいはオフの時刻が特定されるため、これらの時刻を基準とした飛行時間検出法を用いて中性子41のエネルギースペクトルを高精度で測定することができる。
【0027】
図2は、一般的な原子核x(元素X、原子量A)に対して準単色のγ線を照射した際のエネルギー準位を示す。なお、図中の右側にはこのγ線のエネルギースペクトルが示してある。原子核Xは、γ線12を吸収して1個の中性子41を放出し、新たに原子核x’(元素X、原子量A−1)になる。ここで、原子核xと原子核x’における陽子数Zは同じである、すなわち、xとx’は同位体の原子核である。原子核xの基底状態(a)と原子核x’の基底状態(c)とのエネルギー差を中性子離別エネルギーSnとする。
【0028】
図2右に示される狭い範囲のエネルギーをもつγ線12が基底状態(a)の原子核x(原子量A)に入射すると、この原子核はこのγ線を吸収し、励起状態(b)となる。
【0029】
この際、γ線のエネルギーがこの原子核xの中性子離別エネルギーSnよりも大きければ、この原子核は、中性子を1個放出することによって新たに原子核x’となる。そこで、中性子が放出されることにより、この原子核x’は、その基底状態(c)に遷移する。あるいは、基底状態ではなく、第一励起状態(d)、又は第二励起状態(e)に遷移する。この際、放出される中性子のエネルギーと残留原子核x’のエネルギーの和は、励起状態(b)と基底状態(c)との差、あるいは励起状態(b)と第一励起状態(d)、励起状態(b)と第二励起状態(e)との差となる。ただし、この中でこのエネルギーの和が最も大きな場合(E)は、基底状態(c)に遷移した場合である。
【0030】
このエネルギーEは、放出された中性子と残留原子核x’に振り分けられるが、これは重心系ではこれらの2体間の反応におけるエネルギーの振り分けの問題として考えることができる。すなわち、運動量保存則とエネルギー保存則により、中性子の質量をm、残留原子核x’の質量をmとした場合、中性子のエネルギーEは、E=m/(m+m)×Eとなる。ここで、中性子の質量mと残留原子核x’の質量mが既知であり、残留原子核x’が取りうる状態が基底状態(c)である場合、中性子41のエネルギーはこの式から決まる。また、γ線12が準単色である場合には、中性子41も準単色、すなわち、そのエネルギーが略一定となる。
【0031】
従って、この分析方法において放射線検出器15で検出されるスペクトルは、模式的には図3中の上側の図に示されるとおりとなる。ここで、図3上側の図における横軸は飛行時間に対応し、この飛行時間は図3の下側に示されるように、例えばγ線源11のパルス状の出力のオフ時に同期したタイミングから計測される。
【0032】
まず、最も早い(最もエネルギーの高い)ピークIは、散乱γ線42による。これは、γ線12が被測定試料31やコンクリート壁30中でコンプトン散乱されることによってエネルギーを失った後に放射線検出器15で検出されたことによる出力である。γ線の速度は光速であり、中性子よりも速く放射線検出器15に到着するため、最初のピークとなる。また、γ線12は被測定試料31等において散乱されるが、その速度(光速)は影響を受けないため、この測定においては鋭いピークとなって認識される。なお、これに対応するピークはγ線モニタ用検出器16によっても得られるため、放射線検出器15の出力とγ線モニタ用検出器16の出力とを比較することによって、このピークを認識することは容易である。
【0033】
その後のピークII〜IVは、複数の原子核から放出された中性子41のエネルギーに対応する。すなわち、IIのピークは最もエネルギーの高い中性子に対応し、以降のピークはこれよりもエネルギーの低い中性子41に対応する。それぞれのピークの半値幅は、主にγ線12のエネルギー分布の半値幅を反映する。ただし、この中性子41が放出された後で、被測定試料31中やコンクリート壁(遮蔽物)30中での非弾性散乱により、この中性子41のエネルギーは減衰(減速)する。従って、これらの各ピークは低エネルギー側(飛行時間の長い側)に裾を引いた形状となり、図3のスペクトルではこれらが重ね合わさった形態となる。
【0034】
各原子核について、図2に示されるエネルギー準位は予め知られている。従って、図3の結果より、このエネルギーの中性子41を放出する原子核Xを特定することができる。すなわち、ピークII〜IVが確認され、これらのピークに対応するエネルギーが算出できれば、これを放出した原子核の特定が可能である。このエネルギーの算出は、飛行時間検出法によって、パルス状のγ線12の出力時間を基準として算出された中性子の飛行時間から算出することができる。この際、中性子のエネルギーは被測定試料31やコンクリート壁30において減衰するが、中性子エネルギーのこれらによる減衰は例えばβ線等と比べて非常に小さく、その減衰比率の算出も、被測定試料31やコンクリート壁30の主成分や厚さがわかっていれば容易に算出できる。従って、各ピークに対応するエネルギーの算出は容易である。
【0035】
また、ピークの同定を行うことにより、原子核についての定性分析を行うことができる。更に、異なる原子核に対応する複数のピーク強度を比較することにより、組成比を算出することができ、定量分析を行うことができる。
【0036】
この際、最もエネルギーの高い中性子に対応するピークIIを認識する際のバックグラウンドとして考えられるのは、前記の通り、図3に示されるように、散乱γ線42によるピークIと、この中性子以外の中性子に対応するピークIII、IV及びこれらの減衰成分である。ここで、ピークIII、IV及びこれらの減衰成分は、ピークIIよりも低エネルギー側(飛行時間の長い側)においてのみ現れる。従って、ピークIIの検出においてこれらが与える影響は小さい。また、散乱γ線42によるピークIの認識は前記の通り容易であり、かつ、その半値幅も狭い。従って、ピークIがピークIIの検出に与える影響も小さい。従って、図3におけるピークIIを生ずる中性子を放出する原子核の分析は、ピークIII、IVを生ずる中性子を放出する原子核の分析と比べて、特に精度よく行うことができる。
【0037】
実際の各種原子核について、中性子離別エネルギーSn、(γ、n)反応によって発生した中性子41のエネルギーEn(γ線12のエネルギーが7.5MeVと8MeVの場合。エネルギーの単位はkeV)、残留原子核の第一励起状態の励起エネルギーExを測定した結果について表1に示す。ここで、トリチウムについては準安定な励起状態が存在しないため、 (γ、2n)反応が発生する閾値エネルギーExを示す。
【0038】
【表1】

【0039】
この結果より、質量数が大きいほど中性子離別エネルギーは小さくなる傾向がある。質量数が60以下の領域では、中性子離別エネルギーが10MeV以上であるものが多く、質量数が60より大きい場合、中性子離別エネルギーは8MeV以上の場合が多い。ここで、この中性子離別エネルギーよりも低いエネルギーのγ線12を照射しても、(γ、n)反応は生じないため、図3におけるピークを構成することはなく、この原子核の分析は上記の方法では行うことができない。一方、この原子核が他の原子核の分析におけるバックグラウンドを形成することもない。
【0040】
また、中性子41のエネルギーが残留原子核の第一励起状態の励起エネルギーExよりも大きい場合、中性子のエネルギーは、基底状態と第一励起状態のそれぞれに対応して2種類となる。この場合、検出される中性子のエネルギーが一定、すなわち準単色とはならない。更に、中性子41のエネルギーが残留原子核の中性子離別エネルギーより大きい場合には、残留原子核が更にもう1個の中性子を放出する。これらの場合、検出される中性子のエネルギーは準単色とはならないので、上記の分析方法の適用が困難である。すなわち、表1において、EnがExを越えない条件で上記の分析方法を実行することが好ましい。
【0041】
この点において、トリチウム(H)の中性子離別エネルギーは6257keVと極めて低い。これを反映して、中性子のエネルギーEnは高くなっている。また、トリチウムには準安定な励起状態が存在せず、(γ、2n)反応の閾値エネルギーExも2224keVであり、Enと比べて充分高い。このため、(γ、n)反応のみを選択的に発生させることが容易である。すなわち、準単色の中性子を放出させることが特に容易である。従って、上記の分析方法は、トリチウムの分析に特に適している。図2に示されたエネルギー準位を特にトリチウムについて具体的に示したのが図4である。
【0042】
例えば、γ線12のエネルギーを7.5MeVとした場合、中性子離別エネルギーがこれよりも低いトリチウム(H)、10Be、79Se、91Zr、93Zr、208PbのEnは、それぞれ、829keV、619keV、530keV、302keV、738keV、131keVとなる。しかしながら、トリチウムが発する中性子のエネルギーがこれらの中では最も大きく、図3中における(II)のピークとして認識することが可能である。例えば、7.5MeVの準単色γ線を照射した際に、829keVのエネルギーをもつ中性子が確認された場合、被測定試料31にはトリチウムが有意に検出されたことになる。この際、これに対応するピークは、散乱γ線42によるピークから容易に識別でき、かつこれ以外で複数見られるピークのうち最も飛行時間の短いピークとなる。従って、このピークの認識は容易であり、このピークが認識された場合には、被測定試料31にはトリチウムが有意に含まれることになる。
【0043】
また、例えばγ線12としてレーザー逆コンプトンγ線を用い、そのエネルギー分布の半値幅を1%とした場合、この半値幅の絶対値は75keVとなる。上記の中性子の各エネルギーは、いずれも75keV以上離れているため、これらのピークの分離は容易である。すなわち、トリチウムの分析のみならず、上記の核種の分析も同時に行うことができる。
【0044】
γ線12のエネルギーを8MeVとした場合でも、上記に96Zr、193Irが加わり、トリチウム、10Be、79Se、91Zr、93Zr、96Zr、193Ir、208PbのEnは、それぞれ、1162keV、1069keV、1024keV、796keV、1252keV、144keV、227keV、629keVとなる。従って、93Zr以外の原子核が放出する中性子のエネルギーはいずれもトリチウムが放出する中性子のエネルギーよりも低く、前記と同様に、これらがトリチウムの検出に与える影響は小さい。93Zrからはトリチウムよりも高い1252keVの中性子が放出されるが、このエネルギーはその残留原子核の第一励起状態の励起エネルギーEx(934keV)よりも大きい。従って、実際には93Zrからは準単色の中性子は放出されない、あるいは1252keVのエネルギーをもつ中性子の数は極めて少なくなる。従って、93Zrがトリチウムの検出に与える影響も小さい。
【0045】
上記の原子核分析装置、原子核分析方法によって、特にトリチウムの検出を精密に行うことができる。ここで、特に、γ線12としてレーザー逆コンプトンγ線を用いた場合、これをパルス状に発振することができるため、上記の飛行時間測定が特に容易である。また、γ線12のエネルギーを容易に変えることができるため、γ線12のエネルギーを、トリチウムの検出が特に容易となる値とすることができる。
【0046】
更に、γ線12や中性子41がコンクリート壁(遮蔽物)30に吸収される割合は、例えばβ線等と比べて低いため、被測定試料31に対する上記の分析を、コンクリート壁30を介して行うことができる。すなわち、被測定試料31に対して非接触、非破壊でこの分析を行うことができる。従って、質量分析を行うことが不可能な様々な被測定試料に対してもこの分析を行うことができる。
【0047】
7〜8MeVのエネルギーのγ線に対するトリチウム原子核の光分解反応の反応断面積は0.2〜0.5barn(1barnは10−24cm)である。従って、反応断面積を0.3barn、7.5MeVのγ線強度を3×10photons/s/keV、そのエネルギー半値幅を1%、照射面積を1cm、放射線検出器15における中性子41の絶対検出効率を10%、測定時間を1000秒とし、ピークカウント数を100とした場合、トリチウムの測定下限は0.07μg程度となる。
【0048】
なお、上記の例では、γ線としてレーザー逆コンプトンγ線を用いた場合につき記載したが、パルス状かつ準単色のγ線であれば、これに限定されない。また、中性子のエネルギースペクトルを飛行時間測定法によって測定するためにこのγ線をパルス状にする設定としたが、中性子のエネルギースペクトルをこれ以外の方法で測定することができれば、必ずしもγ線をパルス状とする必要はない。また、図3に示した中性子のエネルギースペクトルにおけるピークが認識できる限りにおいて、γ線のエネルギー半値幅の値は適宜設定できる。
【0049】
上記の例ではトリチウムに対してこの分析方法を適用した場合につき説明したが、その原理より、トリチウム以外の原子核に対しても、図3に示されたピークが識別できればこれを適用できることは明らかである。すなわち、この分析方法は、トリチウムに対してのみ適用されるものではなく、放射化分析や質量分析の適用が困難な試料に対しても、正確に原子核の分析を行うことができる。この際、分析対象となる原子核に応じてγ線のエネルギーを設定すればよい。γ線源もこれに応じて適宜設定することができ、このエネルギーのγ線を発する特性γ線を発する単色のγ線源が存在すれば、これを用いることも可能である。
【符号の説明】
【0050】
10 原子核分析装置
11 γ線源
12 γ線
15 放射線検出器
16 γ線モニタ用検出器
17 パーソナルコンピュータ(分析部)
30 コンクリート壁(遮蔽物)
31 被測定試料
40 原子核
41 中性子
42 散乱γ線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定試料中の原子核の分析を行う原子核分析方法であって、
前記被測定試料に単色又は準単色のγ線を照射することにより、前記被測定試料中の原子核において(γ、n)反応を発生させ、発生した中性子のエネルギースペクトルを測定することによって、前記被測定試料中の原子核の分析を行うことを特徴とする原子核分析方法。
【請求項2】
前記γ線をパルス状に発振し、
前記中性子のエネルギースペクトルの測定を飛行時間分析法によって行うことを特徴とする請求項1に記載の原子核分析方法。
【請求項3】
前記飛行時間分析法において、前記被測定試料を透過した前記γ線を測定した結果を利用することを特徴とする請求項2に記載の原子核分析方法。
【請求項4】
前記γ線はレーザー逆コンプトンγ線であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の原子核分析方法。
【請求項5】
前記被測定試料に対して、遮蔽物を介して前記γ線を照射することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の原子核分析方法。
【請求項6】
前記被測定試料中にはトリチウムが含まれることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の原子核分析方法。
【請求項7】
前記γ線を、7.5〜8MeVの範囲のエネルギーをもつ単色又は準単色のγ線とすることを特徴とする請求項6に記載の原子核分析方法。
【請求項8】
被測定試料中の原子核の分析を行う原子核分析装置であって、
単色又は準単色のγ線を放射するγ線源と、
前記γ線が照射された前記被測定試料から放射される中性子を検出する放射線検出器と、
前記放射線検出器が検出した中性子のエネルギースペクトルにおけるピークを解析することによって前記被測定試料中の原子核の分析を行う分析部と、
を具備することを特徴とする原子核分析装置。
【請求項9】
前記被測定試料を透過したγ線を検出するγ線モニタ用検出器を具備することを特徴とする請求項8に記載の原子核分析装置。
【請求項10】
前記γ線源から前記γ線はパルス状に発振され、
前記分析部において、前記中性子のエネルギースペクトル解析は飛行時間分析法によって行われることを特徴とする請求項8又は9に記載の原子核分析装置。
【請求項11】
前記γ線はレーザー逆コンプトンγ線であることを特徴とする請求項8から請求項10までのいずれか1項に記載の原子核分析装置。
【請求項12】
前記γ線のエネルギーは7.5〜8MeVの範囲であることを特徴とする請求項8から請求項11までのいずれか1項に記載の原子核分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−210452(P2010−210452A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−57349(P2009−57349)
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】