説明

原子発振器

【課題】専用の電源を不要として、小型化と省エネを実現した原子発振器を提供する。
【解決手段】本実施形態に係る原子発振器100は、アルカリ金属原子(Na、Rb、Cs)が封入された原子セル3と、アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための共鳴光2を照射する半導体レーザー(光源)1と、原子セル3を透過した透過光(共鳴光対)4を検出する光検出手段5と、アルカリ金属原子が発する蛍光6の強度に応じた電力を発電する太陽電池(発電手段)7と、太陽電池7から供給された電力によってアルカリ金属原子に与える磁場を発生するコイル(磁場発生手段)8と、光検出手段5で検知した信号を同期制御する制御手段9と、を備えて構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子発振器に関し、特に、原子セルが受ける外来磁場からの影響を低減した原子発振器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁誘起透過方式(EIT方式、CPT方式と呼ばれることもある)による原子発振器は、アルカリ金属原子に波長の異なる二つの共鳴光を同時に照射することにより、二つの共鳴光の吸収が停止する電磁誘起透過現象(EIT或いはCPT現象)を利用した発振器である。電磁誘起透過現象を発現する際に、アルカリ金属原子に吸収されたレーザー光によりアルカリ金属原子が蛍光を発することが知られている。原子発振器を安定させるEIT信号の観測方法は2通りある。即ち、電磁誘起透過現象により透過したレーザー光を直接観測する方法と、アルカリ金属原子から発光された蛍光を観測する方法である。さらに、EIT信号はアルカリ金属原子の遷移により、磁場の影響が大きい信号と小さい信号がある。そこで、アルカリ金属原子に磁場をかけ、最も磁場の影響が少ない信号を取り出さなければいけない。その結果、磁場を発生するコイルに電流を流すための電力が生じ、原子発振器の小型化と省エネの障壁となっている。
従来技術として特許文献1には、アルカリ金属原子から発生された蛍光を検出して、電磁誘起透過現象を得る原子発振器について開示されている。この従来技術においても、外来磁場の影響を少なくするために、弱磁場を原子セルに供給している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】US6320472B1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に開示されている従来技術は、原子セルに強制的に磁場を供給するための電源が必要となり、装置の小型化、省エネを実現し難いといった問題がある。
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、アルカリ金属原子から発光した蛍光、又はアルカリ金属原子を透過した光を光電素子で受光して電力を発電し、当該電力を外来磁場の影響を少なくするための磁場を発生するエネルギーとして利用することにより、専用の電源を不要として小型化と省エネ化を実現した原子発振器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0006】
[適用例1]アルカリ金属原子が封入された原子セルと、前記アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための共鳴光を照射する光源と、前記アルカリ金属原子を透過した前記共鳴光、或いは前記アルカリ金属原子が発する蛍光を検出して、前記共鳴光の強度或いは前記蛍光の強度に応じた電力を発電する発電手段と、前記発電手段から供給された電力によって前記アルカリ金属原子に与える磁場を発生する磁場発生手段と、を備えたことを特徴とする。
【0007】
本発明の原子発振器においては、外来磁場の影響が少ない信号を取り出すために、所定量の磁場を原子セルに供給する。そのとき、本発明では、磁場を発生するための電源として、原子セルから発生する蛍光、或いはアルカリ金属原子を透過した共鳴光を発電手段により光電変換して電力を得ている。これにより、磁場を発生するための電力及び回路部が削減され、原子発振器の小型化、省エネに貢献することができる。
【0008】
[適用例2]前記発電手段が少なくとも前記原子セルの光軸方向と平行な面を取り囲むように設けられていることを特徴とする。
【0009】
原子セルから発光する蛍光は、原子セルの全ての面から発光するが、原子セルの側面から発光する蛍光が最も多いので、少なくとも原子セルの側面を囲むように発電手段を設ける。これにより、原子セルから発光する蛍光を効率よく受光することができる。
【0010】
[適用例3]前記発電手段は、前記共鳴光の入射側と出射側に夫々開口部を備えた構成としたことを特徴とする。
【0011】
原子セルの入射側と出射側は共鳴光が通過するため、障害となるものを配置できない。しかし、これらの部分からも蛍光が発光するため、その部分にも発電手段を配置することにより受光効率が高くなる。そこで本発明では、原子セルの入射側と出射側に相当する部分の発電手段に開口部を備え、共鳴光の通過を阻害することなく、発電効率を高めるものである。これにより、蛍光の受光効率を更に高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る原子発振器の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の第2の実施形態に係る原子発振器の構成を示すブロック図である。
【図3】EIT方式の原理を説明する図である。
【図4】(a)は、アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させたときの透過光強度と共鳴光対の周波数差の関係をグラフにした図であり、(b)はアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させたときの蛍光強度と共鳴光対の周波数差の関係をグラフにした図である。
【図5】(a)は本発明の第1の実施形態に係る原子セルと太陽電池の配置を示す側断面図、(b)は原子セルの出射口から見た前面図である。
【図6】(a)は本発明の第2の実施形態に係る原子セルと光検出手段の配置を示す側断面図、(b)は原子セルの出射口から見た前面図である。
【図7】太陽電池により得られる電流量について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を図に示した実施形態を用いて詳細に説明する。但し、この実施形態に記載される構成要素、種類、組み合わせ、形状、その相対配置などは特定的な記載がない限り、この発明の範囲をそれのみに限定する主旨ではなく単なる説明例に過ぎない。
【0014】
図1は本発明の第1の実施形態に係る原子発振器の構成を示すブロック図である。本実施形態に係る原子発振器100は、アルカリ金属原子(Na、Rb、Cs等)が封入された原子セル3と、アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための共鳴光2を照射する半導体レーザー(光源)1と、原子セル3を透過した透過光(共鳴光対)4を検出する光検出手段5と、アルカリ金属原子が発する蛍光6の強度に応じた電力を発電する太陽電池(発電手段)7と、太陽電池7から供給された電力によってアルカリ金属原子に与える磁場を発生するコイル(磁場発生手段)8と、光検出手段5で検知した信号に基づいて原子発振器100を同期制御する制御手段9と、を備えて構成されている。
【0015】
原子セル3内のアルカリ金属原子のうち、電磁誘起透過現象(CPT、EIT)を発現しないアルカリ金属原子が相当数存在する。それらの気体状のアルカリ金属原子は、様々な速度分布を持って存在している。その中で、速度がゼロのごく一部のアルカリ金属原子は、電磁誘起透過現象を発現するが、速度の速い相当数の原子はドップラー効果により共鳴光対の波長が見かけ上変化するため、電磁誘起透過現象を発現しない。この電磁誘起透過現象を発現しない相当数のアルカリ金属原子は、共鳴光対4の一方を吸収し励起状態に励起され、再びエネルギー的に安定な基底状態へと戻る。このとき励起状態のアルカリ金属原子が基底状態へと戻るときにエネルギーを放出して蛍光6を発光する(自然放出という)。当然、電磁誘起透過現象を発現したときも蛍光6を発する。
本実施形態では、原子セル3から発光した蛍光6を太陽電池7で受光して光電変換を行い、発電した電力を原子セル3に巻き回したコイル8(詳細は後述する)に給電することにより、原子セル3内のアルカリ金属原子に所定の磁場を供給することができる。
【0016】
図2は本発明の第2の実施形態に係る原子発振器の構成を示すブロック図である。同じ構成要素には図1と同じ参照番号を付して説明する。本実施形態に係る原子発振器110は、アルカリ金属原子(Na、Rb、Cs等)が封入された原子セル3と、アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための共鳴光2を照射する半導体レーザー(光源)1と、原子セル3を透過した透過光(共鳴光対)4の強度に応じた電力を発電する太陽電池(発電手段)7と、太陽電池7から供給された電力によってアルカリ金属原子に与える磁場を発生するコイル(磁場発生手段)8と、アルカリ金属原子が発する蛍光6を検出する光検出手段5と、光検出手段5で検知した信号に基づいて原子発振器110を同期制御する制御手段9と、を備えて構成されている。
図2が図1と異なる点は、電磁誘起透過現象を発現させるための光を蛍光6により行い、太陽電池7で発電する光を原子セル3を透過した透過光4により行なっている点である。この場合、発電のための光強度は、図1の蛍光に比べて非常に大きいため、同じ磁場の強度を得るためにコイル8の巻き数を少なくすることができる。
【0017】
本実施形態では、原子セル3から透過した透過光4を太陽電池7で受光して光電変換を行い、発電した電力を原子セル3に巻き回したコイル8(詳細は後述する)に給電することにより、原子セル3に所定の磁場を供給することができる。
以上の説明のとおり、本実施形態の原子発振器100、110は、外来磁場の影響が少ない信号を取り出すために、所定量の磁場を原子セル3に供給する。そのとき、本実施形態では、磁場を発生するための電源として、原子セル3から発生する蛍光6、或いはアルカリ金属原子を透過した透過光4を太陽電池7により光電変換して電力を得ている。これにより、磁場を発生するための電源を別に備える必要がなくなるので、原子発振器100、110の小型化、及び省エネに貢献することができる。
【0018】
尚、アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるためには、周波数の異なる2つの共鳴光(周波数ω1、ω2)2をアルカリ金属原子に照射する必要がある。EIT方式による原子発振器は、図3に示すように、第1基底準位33と第2基底準位34は準位のエネルギーが若干異なるため(ΔE12)、共鳴光もそれぞれ第1共鳴光31と第2共鳴光32の波長f1、f2が若干異なる。同時に照射される第1共鳴光31と第2共鳴光32の周波数差f1−f2(波長の差:ω1−ω2)が正確に第1基底準位33と第2基底準位34のエネルギー差ΔE12に一致すると、図3の系は2つの基底準位の重ね合わせ状態になり、励起準位30への励起が停止する(EIT現象と呼ぶ)。EITはこの原理を利用して、第1共鳴光31と第2共鳴光32のどちらか,または両方の波長を変化させたときに、ガスセルでの光吸収(つまり励起準位30への転換)が停止する状態を検出、利用する方式である。
【0019】
図4(a)は、アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させたときの透過光強度と共鳴光対の周波数差の関係をグラフにした図であり、図4(b)はアルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させたときの蛍光強度と共鳴光対の周波数差の関係をグラフにした図である。図4(a)から明らかなとおり、共鳴光対の周波数差がゼロに近づくと、アルカリ原子により共鳴光が吸収されて透過光強度は急激に低下し、共鳴光対の周波数差がゼロになると、電磁誘起透過現象を発現して吸収が停止してEIT信号が発現する。また、図4(b)では、逆に共鳴光対の周波数差がゼロに近づくと、原子セル3から蛍光6が発光して蛍光の強度は急激に上昇し、共鳴光対の周波数差がゼロになると、電磁誘起透過現象を発現して蛍光が停止(実際には完全に停止しない)してEIT信号が発現する。
このように、原子セル3からは、透過光4によるEIT信号(図4(a))と、蛍光6によるEIT信号(図4(b))が発現するため、図1の第1の実施形態では、透過光4によるEIT信号で原子発振器を制御して、蛍光6を磁場を発生するための電力を発電する光に使用する。また、図2の第2の実施形態では、蛍光6によるEIT信号で原子発振器を制御して、透過光4を磁場を発生するための電力を発電する光に使用する。
【0020】
図5(a)は本発明の第1の実施形態に係る原子セルと太陽電池の配置を示す側断面図、図5(b)は原子セルの出射口から見た前面図である。同じ構成要素には図1と同じ参照番号を付して説明する。本実施形態では、太陽電池7が原子セル3の全面を取り囲むように設けられている。そして、電源1から照射された共鳴光2を原子セル3に入射する入射口10、及び原子セル3から透過した透過光4の出射口11に夫々開口部10a、11aを備えた。そして、太陽電池7の外周にコイル8を巻きまわし、太陽電池7とコイル8はワイヤ12により電気的に接続されている。本実施形態では、光源1から照射された共鳴光2は開口部10aを通過して原子セル3の入射口10から入射して、原子セル3の出射口11aから開口部11を通過して光検出手段5により検出される。
【0021】
原子セル3内では、共鳴光により光が吸収されて、そのときのエネルギーを放出することにより蛍光6が発光する(図4(b))。蛍光6は、原子セル3の全面から放出され、周囲に設けた太陽電池7により受光されて蛍光強度に応じた電力が発電される。その電力は、コイル8に流れ、コイル8の巻数(T)と太陽電池7により発電された電力でコイル8に流れる電流(A)の積ATに比例した磁場が発生する(詳細は後述する)。尚、図では、太陽電池7と原子セル3を離して配置したが、太陽電池7を原子セル3に密着して配置しても構わない。
【0022】
また、原子セル3から発光する蛍光6は、原子セル3の全ての面から発光する。しかし、原子セル3の側面から発光する蛍光6が最も多いので、少なくとも原子セル3の側面を囲むように太陽電池7を設ける。これにより、原子セル3から発光する蛍光6を効率よく受光することができる。
また、原子セル3の入射側と出射側は共鳴光2が通過するため、障害となるものを配置できない。しかし、これらの部分からも蛍光6が発光するため、その部分にも太陽電池7を配置することにより受光効率が高くなる。そこで本実施形態では、原子セル3の入射側と出射側に当たる太陽電池7(或いは受光手段5)に開口部10a、11aを備え、共鳴光2の通過を阻害することなく、発電効率を高めるものである。これにより、蛍光6の受光効率を更に高めることができる。
【0023】
図6(a)は本発明の第2の実施形態に係る原子セルと光検出手段の配置を示す側断面図、図6(b)は原子セルの出射口から見た前面図である。同じ構成要素には図2と同じ参照番号を付して説明する。
本実施形態では、光検出手段(例えば太陽電池等)5が原子セル3の全面を取り囲むように設けられている。そして、電源1から照射された共鳴光2を原子セル3に入射する入射口10、及び原子セル3から透過した透過光4の出射口11に夫々開口部10a、11aを備えた。そして、光検出手段5の外周にコイル8を巻きまわし、透過光4の出射口11に太陽電池7を配置し、太陽電池7とコイル8はワイヤ12により電気的に接続されている。本実施形態では、光源1から照射された共鳴光2は開口部10aを通過して原子セル3の入射口10から入射して、原子セル3の出射口11aから開口部11を通過して太陽電池7により検出される。また、原子セル3内では、共鳴光により光が吸収されて、そのときのエネルギーを放出することにより蛍光6が発光する(図4(b))。蛍光6は、原子セル3の全面から放出され、周囲に設けた光検出手段5によりEIT信号(図4(b))が検出される。
【0024】
従って、本実施形態では、光検出手段5の出力は制御手段9に接続される。また、太陽電池7により受光された共鳴光4により、その強度に応じた電力が発電されてコイル8に流れ、コイル8の巻数(T)と太陽電池7により発電された電力でコイル8に流れる電流(A)の積ATに比例した磁場が発生する(詳細は後述する)。尚、図では、光検出手段5と原子セル3を離して配置したが、光検出手段5を原子セル3に密着して配置しても構わない。
【0025】
図7は太陽電池により得られる電流量について説明する図である。
まず、磁場の強さについて検討する。0.1Gauss程度の磁場をかける時、2.5uA程度の電流だと、コイルの巻き数が1万回ほど必要である。また、現在の観測系でPDで観測した信号vs光強度の関係は、5uW/Vである。現在のプロトタイプでの吸収スペクトルの深さは、図から1V程度なので、5uW程度の蛍光が発生している。
一般的なPDの受光感度は、0.5A/Wなので、すべての蛍光をキャッチできたとして、0.5×5×10−6=2.5uA以上の電流が磁場発生へ貢献できる。
【符号の説明】
【0026】
1 半導体レーザー、2 共鳴光、3 原子セル、4 透過光、5 光検出手段、6 蛍光、7 太陽電池、8 コイル、9 制御手段、10 入射口、11 出射口、12 ワイヤ、30 励起基準、31 第1共鳴光、32 第2共鳴光、33 第1基底準位、34 第2基底準位、100、110 原子発振器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属原子が封入された原子セルと、
前記アルカリ金属原子に電磁誘起透過現象を発現させるための共鳴光を照射する光源と、
前記アルカリ金属原子を透過した前記共鳴光、或いは前記アルカリ金属原子が発する蛍光を検出して、前記共鳴光の強度或いは前記蛍光の強度に応じた電力を発電する発電手段と、
前記発電手段から供給された電力によって前記アルカリ金属原子に与える磁場を発生する磁場発生手段と、を備えたことを特徴とする原子発振器。
【請求項2】
前記発電手段が少なくとも前記原子セルの光軸方向と平行な面を取り囲むように設けられていることを特徴とする請求項1に記載の原子発振器。
【請求項3】
前記発電手段は、前記共鳴光の入射側と出射側に夫々開口部を備えた構成としたことを特徴とする請求項1または2のいずれか一項に記載の原子発振器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−98605(P2013−98605A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−236926(P2011−236926)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】