説明

同時糖化発酵による有価物製造方法

【課題】前培養に要するコストが軽減され、さらに再利用した醪中に含まれる酵素も再利用され、効率的かつ安価に同時糖化発酵を行うことができる方法を提供する。
【解決手段】セルロース系バイオマスを原料とする同時糖化発酵方法において、同時糖化発酵反応を行った後に生じた醪の一部を次に行う同時糖化発酵反応に加えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース系バイオマスを原料とした場合の同時糖化発酵に用いる発酵用微生物を含む醪の利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の代替燃料として、近年植物由来のアルコールが注目されている。特に食料と競合しないセルロース系バイオマス由来のエタノール生産が世界的に検討されている。セルロース系バイオマスは主にリグニン、セルロース、ヘミセルロースといった構成成分からなる。リグニンは芳香族系化合物のポリマーが主な構成成分であり、セルロースはグルコースなどのヘキソース、ヘミセルロースはヘキソースとペントースから主に構成されている。これら構成成分は互いに複雑に絡み合うことで構造を維持していることから、エタノールに変換するための発酵用微生物が資化するためには原料を単糖もしくはオリゴ糖まで分解するという前処理および糖化といった過程が必要となる。前処理および糖化の方法としては、物理的粉砕、アルカリ処理、酸処理、メカノケミカル処理、爆砕、水熱処理、水による離解、脱水による水分調整等、物理的および化学的方法や、セルラーゼ産生微生物による処理や酵素単体を作用させる生物学的処理がある。現時点では、どの前処理もコストの問題やエネルギー回収、廃棄物の問題等があり、より効果的な前処理および糖化の検討が世界中でなされている。
【0003】
セルロース系バイオマスのアルコール化として有効な方法の1つとして同時糖化発酵が挙げられる。この方法は、適切な前処理を行ったセルロース系バイオマス原料に、酵素と発酵用微生物を同時に作用させることにより、同一反応槽内で糖化と発酵を行うというものである。セルロースを加水分解する酵素であるセルラーゼによる糖化は他の方法に比べて過分解物の発生がなく糖への変換率も高いが、生成するグルコースによる競争阻害の問題もあり、反応時間が長くなる。同時糖化発酵は酵素による加水分解産物を直ちに発酵微生物が資化するため競争阻害が起こりにくく、結果的に反応時間の短縮が図れるうえ、反応槽等の施設費の軽減にも繋がると期待される。しかしセルラーゼの一般的な至適温度は50℃付近であるのに対して発酵用微生物の成育至適温度は30℃付近であり、一般的な成育限界温度も40℃程度である。酵素反応において反応温度は非常に重要なファクターであり、5℃異なるだけでも活性が数倍以上異なる場合がある。
【0004】
このような問題はあるが、同時糖化発酵は効率的なアルコール生産にとっては大きな可能性を持った方法であり、耐熱性微生物の適用、セルラーゼ等酵素機能を付加させた微生物の育種、低温でも高活性なセルラーゼの開発等が行われている。
【0005】
現状、発酵用微生物の成育限界温度付近では、発酵用微生物の継続的な活性の維持が困難なため、成育限界温度よりも3〜8℃程度低い温度での同時糖化発酵が検討されており、その場合、使用微生物にもよるが、増殖に最も適した成育最適温度よりも5〜10℃程度高い温度で反応が行われることになる(非特許文献1)。
【0006】
一方で、同時糖化発酵を行う際の発酵用微生物にかかる培地成分や施設費といったコストは決して低くなく(非特許文献2)、生産物に対するコストとして非常に重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Biotechnol.Biofuels」、2008年、第1巻、第1号、p.7
【非特許文献2】「アルコールハンドブック」、第9版、技報堂出版、ISBN;4−7655−0031−4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上を踏まえて、セルロース系バイオマスの同時糖化発酵を考えると、同時糖化発酵後の醪には主に未発酵および難発酵残渣、酵素、発酵用微生物が含まれている。醪または醪を含む反応液を次に行う同時糖化反応に利用することで発酵用微生物の再利用ができ、発酵用微生物の新規投入を減量するもしくは削減することができる。すなわち前培養に要するコストが軽減され、さらに再利用した醪中に含まれる酵素も再利用され、効率的かつ安価に同時糖化発酵を行うことができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段より構成される。
【0010】
(1)セルロース系バイオマスを原料とする同時糖化発酵方法において、同時糖化発酵反応を行った後に生じた醪の一部を次に行う同時糖化発酵反応に加えることを特徴とする同時糖化発酵方法。
【0011】
(2)同時糖化発酵反応を行った後に生じた醪を固液分離した後に生じた固形分を、次に行う同時糖化発酵反応に加える、前記(1)の同時糖化発酵方法。
【0012】
(3)前記醪の一部もしくは前記固形分は、次に行う同時糖化発酵反応に使用される前に、微生物が成育できる限界温度以下まで昇温させられる、前記(1)または(2)に記載の同時糖化発酵方法。
【0013】
(4)前記昇温度は、同時糖化発酵反応の温度よりも2℃以上高い温度である、前記(3)の同時糖化発酵方法。
【0014】
(5)前記醪の一部もしくは前記固形分は、同時糖化発酵反応終了時の温度よりも低い温度に降温させた後に、次の同時糖化発酵反応に使用される、前記(1)または(2)の同時糖化発酵方法。
【0015】
(6)前記降温は、同時糖化発酵反応終了時の温度よりも2℃以上低い温度である、前記(5)の同時糖化発酵方法。
【0016】
(7)前記降温の際に発酵用微生物が要求する栄養塩を加える、前記(5)の同時糖化発酵方法。
【0017】
次に、本発明についてさらに詳細に説明する。セルロース系バイオマスを原料として同時糖化発酵を行った際の反応液は、反応生成物だけでなく、使用発酵微生物、使用酵素の残留分、未反応残渣、難反応残渣、反応不可物質で構成されており、反応条件や原材料の種類、原材料の前処理方法によってこれらの比率が変化する。このような反応生成物以外の成分をも含んだ残渣もしくは残渣を含む同時糖化発酵反応液の一部、好ましくは10〜50%を次に行う同時糖化発酵反応に利用することで、使用酵母の軽減もしくは削減が期待され、さらに残留した使用酵素や未反応残渣の反応継続による反応収率の向上といった効果も期待できる。微生物を含む反応残渣もしくは反応液を再利用する方法は、下水処理や、生ゴミを用いたアルコール生産(特開2008−104452号公報、特に、請求項15、段落[0010]〜[0011])において報告されているが、セルロース系バイオマスを用いたアルコール製造に関しての報告はない。さらに、セルロース系バイオマスを用いた同時糖化発酵は、他の原料、例えばデンプン系原料を用いた場合と比べて反応時間が長いため、雑菌汚染の可能性が高く、さらに使用発酵微生物の活性が低下しやすくなる。また、セルロース系バイオマス中に含まれるセルロースは高度に結晶化しているものが残存していることが多く、同時糖化発酵後の残渣中に含まれる未反応残渣の相対量比率が高く、その結果発酵用微生物の相対量比率が低くなるため、残渣の返送の検討はされていないのが現状である。
【0018】
本発明はセルロース系原料を用いた同時糖化発酵における醪もしくは固液分離後の固形物の再利用に関するものであり、その適応はセルロース系原料に対してセルラーゼをはじめとする原料を分解する酵素を用いて反応させる際に、同時に発酵用微生物を作用させる同時糖化発酵を行っているが、ここで、「同時」というのは、厳密に同時である必要はなく、糖化と発酵の反応が重複して行われてさえいれば、多少の時間的なずれがあっても本発明に言う「同時」に含まれるものとする。また、セルロース系原料は、糖化によりグルコース等を生じさせるようなものを含んでさえいれば良く、その種類および含有量の多少についてなんら制限はない。さらに、使用酵素および発酵用微生物の種類および使用量についても、本発明の目的とする糖化および発酵を生じさせることができるのであれば、なんらの制限も課されない。さらに、同時糖化発酵時の温度、pH、溶存酵素量、攪拌速度、攪拌方法、栄養添加物といった条件についても何らの制限はない。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、同時糖化発酵の醪もしくは醪の固液分離後の固形物を次に行う同時糖化発酵に用いるものであり、これにより以下のような効果を得ることができる:
(1)発酵用微生物の新規投入を減量もしくは削減することができる。
【0020】
(2)発酵用微生物の減量もしくは削減により前培養に要するコストが軽減される。
【0021】
(3)同時糖化発酵の醪もしくは醪の固液分離後の固形物を次に行う同時糖化発酵に用いる際に、発酵用微生物の成育限界温度付近まで反応液の温度を上昇させることで、雑菌汚染の危険性が減少する。
【0022】
(4)同時糖化発酵の醪もしくは醪の固液分離後の固形物を次に行う同時糖化発酵に用いる際に、発酵用微生物の成育最適温度付近まで反応液の温度を低下させることで、発酵用微生物の活性を上昇させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の概要を説明するフロー図である。
【図2】実施例1の結果を示すグラフである。
【図3】実施例2の結果を示すグラフである。
【図4】実施例4の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0025】
以下、実施例は、原料としてリグニン含量が少なく、品質が一定していると考えられる市販OA紙を用いた。市販OA紙はコクヨ工業滋賀株式会社、ロットNo.71106678を用いた。このOA紙は事前に大量の酵素を作用させて生成したグルコース量を計測した結果、1gのOA紙より約0.8gのグルコースが生成した。なお、グルコースおよびエタノール濃度は王子計測株式会社製グルコースセンサー(BF−5)にて計測を行った。
【0026】
(実施例1:固液分離後の醪の利用)
総反応量を100gとし、反応槽中に原料であるOA紙が15重量%になるように水を用いて調整し、セルラーゼ酵素(ジェネンコア社製アクセララーゼ)をOA紙1g当たり15FPU加えた。以下の実施例における同時糖化発酵についても同様にして原料を調整した。さらにそれぞれに同時糖化発酵用微生物として酵母(サッカロマイセスセルビジエ)を反応槽当たり湿重量で1g加え、38℃で3日間反応させることにより同時糖化発酵後の醪を得た(表1)。
【0027】
【表1】

【0028】
醪作製用の反応液を3500rpmで5分間遠心後、醪中の固形分の湿重量を計測し、その1/5量と、酵母0.5gを加え、それ以外は同条件で再び次の同時糖化発酵反応(実施区A)を行った(表2)。
【0029】
【表2】

【0030】
さらに、対照区として酵素量を15FPU/g−紙、使用酵母量を1g用いた対照区Aおよび使用酵母量を0.5g用いた対象区Bを行った(表3)。
【0031】
【表3】

【0032】
本発明の実施条件である実施区AのEtOH生成量は、図2に示されるように、対照区Bより多く、対照区Aとほぼ同量であった。したがって、酵母の使用量を半減させることができた。
【0033】
(実施例2:醪の利用)
実施例1と同様の原料を用い、残渣を含む同時糖化発酵反応液の調整を行った。反応容量を100gで行い、反応槽中の原料であるOA紙が15重量%になるように水で調整し、セルラーゼ酵素(ジェネンコア社製アクセララーゼ)を紙1g当たり10FPU加え、同時糖化発酵用微生物として酵母(サッカロマイセスセルビジエ)を湿重量で1g加え38℃で3日間反応させることにより同時糖化発酵後の醪を得た(表4)。
【0034】
【表4】

【0035】
同時糖化発酵後の醪のうち、1/2、1/5、1/10にあたる反応液を使用酵母の代わりに用い、水で15重量%に調整したOA紙100gを加えた。OA紙1gに対して10FPUのセルラーゼ酵素(ジェネンコア社製アクセララーゼ)を加えて38℃で次の同時糖化発酵反応を行った(表5)。
【0036】
【表5】

【0037】
同時糖化発酵後の反応液を利用したことで、利用した反応液中にEtOHが含まれている。したがって、使用酵母の代わりに同時糖化発酵後の反応液を使用した場合に観測されるEtOH量を算出し、同時糖化発酵後の反応液に含まれていたEtOH量を減算した正味のEtOH生成量(mL)を産出した。図3にこの結果を示す。発酵用微生物である酵母を新たに使用せずに、同時糖化発酵後の反応液中に含まれている酵母のみで次の同時糖化発酵が進行し、その返送割合の中で50%の返送が最もエタノールの生成量が多く、この場合は対照区よりも多かった。
【0038】
したがって、醪の再利用により酵母の使用を削減することができることが示された。
【0039】
(実施例3)
実施例1の対照区Aの同時糖化発酵反応液を、反応終了後温度を41℃に上昇させ、6時間インキュベートした場合としない場合で雑菌汚染の度合いを調べた(表6)。
【0040】
【表6】

【0041】
反応液を1000倍に希釈し、そのうち50μLをニュートリエント培地に播き、30℃で2日間インキュベートした後のコロニー数を計数した。温度を上昇させることで、雑菌の成育を約3分の2に抑えることができたことから、反応の安定性が増した。
【0042】
(実施例4)
実施例2の実施区Dを対照区Dとし、表4で示した醪の残りを、増殖に適した温度である30℃で6時間インキュベートした場合(実施区E)において、同時糖化発酵反応によるエタノール生成能を比較した。醪の返送量は1/10量とした。この結果を図4に示す。温度低下処理をすることで反応液中に残存する発酵用微生物の活性が向上したと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース系バイオマスを原料とする同時糖化発酵方法において、同時糖化発酵反応を行った後に生じた醪の一部を次に行う同時糖化発酵反応に加えることを特徴とする同時糖化発酵方法。
【請求項2】
同時糖化発酵反応を行った後に生じた醪を固液分離した後に生じた固形分を、次に行う同時糖化発酵反応に加える、請求項1に記載の同時糖化発酵方法。
【請求項3】
前記醪の一部もしくは前記固形分は、次に行う同時糖化発酵反応に使用される前に、微生物が成育できる限界温度以下まで昇温させられる、請求項1または2に記載の同時糖化発酵方法。
【請求項4】
前記昇温度は、同時糖化発酵反応の温度よりも2℃以上高い温度である、請求項3に記載の同時糖化発酵方法。
【請求項5】
前記醪の一部もしくは前記固形分は、同時糖化発酵反応終了時の温度よりも低い温度に降温させた後に、次の同時糖化発酵反応に使用される、請求項1または2に記載の同時糖化発酵方法。
【請求項6】
前記降温は、同時糖化発酵反応終了時の温度よりも2℃以上低い温度である、請求項5に記載の同時糖化発酵方法。
【請求項7】
前記降温の際に発酵用微生物が要求する栄養塩を加える、請求項5に記載の同時糖化発酵方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−55714(P2011−55714A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205829(P2009−205829)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(000005119)日立造船株式会社 (764)
【Fターム(参考)】