説明

唾液中のペルオキシダーゼ活性を指標とする健康度判別方法及び健康度判別装置

【課題】 比較的弱いストレス負荷などに対しても高感度で反応しうる生体応答システムを利用し、ストレス以外の原因によるものも含めた広い意味での健康状態を簡便に判別・評価しうる方法、及びそれを用いた健康度判別装置を提供することを課題とする。
【解決手段】 被験者に軽度のストレスを負荷して該ストレス負荷の前後で唾液を採取し、次いで採取した唾液中のペルオキシダーゼ活性を測定し、該ペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を求め、さらに予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向と、前記被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向との差異を求めることによって、健康度を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、唾液中に含まれるペルオキシダーゼ活性(を示す成分)を指標として、健康度を判別する方法、及びその方法を用いた健康度判別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、社会が成熟し且つ複雑化するにつれて、人々の健康に対する関心も飛躍的に高まってきている。また、一口に健康と言っても、その内容は年々多様化する傾向にある。一見元気そうに見える人でも、実際には花粉症、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性疾患や、更年期障害、うつ病などの悩みを抱えていたり、自分は健康に何ら不安を感じていないと思っている人でも自覚症状がないままに様々な病気の原因を抱えていたりすることがある。あるいは、最近どうも体調が良くないが原因がわからず、健康に対する漠然とした不安を感じているという人もいる。
【0003】
このような現代社会において、各人の健康度をチェックする方法としては、医療機関で健康診断を受けたり人間ドックに入ったりする方法があるが、それとは別に、そこまでしなくても、自分の健康度を簡易な方法で判別し、体調をその都度チェックすることができれば便利であり、余計な不安を抱かずに済む一方で、体調の異常をいち早く察知することができるため、予防医学上も大変有効である。
【0004】
一方、人が日常生活の中で受ける様々なストレスが、免疫能の低下をもたらしたり、それに伴う各種疾患の原因を生じさせたりする場合があることは知られている。特に近年は、ストレス社会とも言われ、ストレスに起因すると思われる疾患が大きな問題となっている。医療分野では、このようなストレスを主原因とする疾患の治療に役立てるため、ストレスの程度を判定する方法あるいはストレスの定量方法が、各種開発されてきた。そして、そのストレスの程度を判定する指標としては、当初、血中や尿中に含まれる物質が採用されてきた。
【0005】
たとえば、特開平11−155454号公報には、縦軸に過不足度合い、平均値、百分比を表し、横軸に指標物質の項目を表し、被測定物質を、血清中又は尿中の損傷物質、前駆物質、総抗酸化物質、水溶性抗酸化物質、油溶性抗酸化物質、脂肪・蛋白質・グルコース及び抗酸化酵素に区分してその一部又は全部をグラフ化した酸化的ストレス判断解析表が提案されている。この発明によれば、酸化ストレス判断解析表に基づいて不足する抗酸化成分の適切量を天然物で補充することができる。従って酸化的ストレスが主原因と言われる病気や老化の制御に役立つ効果があるとのことである(特許文献1参照)。
【0006】
このように、従来、ストレスの治療の分野では、ストレスの程度を判定する指標として、主に血中や尿中に含まれる生理活性物質が用いられてきたが、採血や採尿は、それ自体で被験者にストレスを与えかねず、本来のストレス定量に影響を与える恐れがあった。
そこで、それらに代わって唾液中に含まれる生理活性物質を指標とすることにより、被験者に測定の影響を与えずにストレスを定量する方法が開発されるようになった。
【0007】
たとえば、特開平11−23579号公報には、マッサージの前後に唾液中のコルチゾール等の副腎皮質ホルモン量を測定し、その変化の割合を指標とすることによって、マッサージの抗ストレス効果を数値として評価する方法が提案されている。この方法によれば、マッサージの血行促進などの生理的な効果以外のメリットの評価を客観的に測定することができるとのことである(特許文献2参照)。
【0008】
また、特開平11−38004号公報には、唾液における副腎性性ステロイド及び/又はその代謝物の濃度を指標とする、ストレスの定量法が提案されている。この発明によれば、ストレスを的確に、且つ人体に測定の影響を与えずに定量する技術を提供することができるとのことである(特許文献3参照)。
【0009】
また、特開平11−326318号公報には、採取した唾液より溶媒抽出を7回以上繰り返して濃縮して得られた抽出物中のデヒドロエピアンドロステロン及び/又はコルチゾール濃度を測定し、それを指標として負荷ストレスを鑑別する方法が提案されている。この発明によれば、採取した唾液中のデヒドロエピアンドロステロンとコルチゾールの濃度を有効に測定する技術を提供することができる。また、ストレスをかけずに体液を採取するので、測定時にストレスをかけることなく経時的に負荷ストレスを鑑別する技術を確立することができる、とのことである(特許文献4参照)。
【0010】
また、特開2002−131318号公報には、血液、尿又は唾液中のストレスにかかわる指標物質の項目を縦軸などに表すと共に、被験者の血液、尿又は唾液中の前記複数の指標物質の過不足程度を表す数値を横軸などに表して図表化すること、および、その図表を用いて被験者の快・不快ストレス状態を解析する方法が提案されている。不快物質として、コルチゾール、アドレナリン、ACTH(下垂体ホルモン)、サイロキシン(T4)、その他の指標物質としてIgA(抗体)、プロスタグランジンD2、E2a、ATP(RNA合成の直接の前駆体)が挙げられている(特許文献5参照)。
【0011】
また、特開2000−275248号公報には、慢性ストレス判定方法及びその装置、記録媒体、判定シートが提案されている。この発明の目的は、慢性(蓄積)ストレスを簡易に且つ被験者に負担をかけることなく正確に測定し得る判定方法ないし装置等を提供することであり、多数の健常人の一日の所定時間範囲にわたる唾液中コルチゾール濃度を測定して該測定結果より標準コルチゾール濃度変化範囲を規定する工程と、特定被験者の唾液中コルチゾール濃度変化を調べ、前記標準コルチゾール濃度変化範囲から逸脱する者を慢性ストレスを有している可能性のある者と判定する判定工程とを備えた方法である(特許文献6参照)。
【0012】
また、特開2002−168860号公報には、ストレスをかけずに唾液を採取し、唾液中のα−アミラーゼ活性を指標物質として、その生理活性物質を簡単に測定して、被験者の負荷ストレスを判定する方法及びそのための装置が提案されている(特許文献7参照)。
【0013】
しかしながら、人が日常感じる体調不良や健康に対する不安の原因は、必ずしもストレスを起因とするものとは限らない。したがって、ストレス以外の原因によるものも含めた広い意味での健康状態をチェックし、体調の低下傾向や異常をいち早く察知して様々な疾患を予防するという観点から見れば、単にストレスの定量のみでは不十分である。
【0014】
【特許文献1】特開平10−155454号公報
【特許文献2】特開平11−023579号公報
【特許文献3】特開平11−038004号公報
【特許文献4】特開平11−325318号公報
【特許文献5】特開2002−131318号公報
【特許文献6】特開2000−275248号公報
【特許文献7】特開2002−168860号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、比較的弱いストレス負荷などに対しても高感度で反応しうる生体応答システムを利用し、ストレス以外の原因によるものも含めた広い意味での健康状態を簡便に判別・評価しうる方法、及びそれを用いた健康度判別装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上述した課題に鑑み鋭意検討した結果、唾液中の成分のうち、ペルオキシダーゼ活性を有する成分が、弱いストレスに対しても高い感度でしかも迅速に変化し、且つその変化パターン(変化傾向)が被験者の健康状態と密接に関連して変動することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(5)に示す健康度判別方法と、(6)〜(8)に示す健康度判別装置を提供するものである。
(1)被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の、軽度のストレス負荷による変化傾向を指標とする、被験者の健康度判別方法。
【0018】
(2)以下のステップ(a)〜(c)を含むことを特徴とする、(1)記載の健康度判別方法。
(a)被験者に軽度のストレスを負荷し、該ストレス負荷の前後で唾液を採取する。
(b)採取した唾液中のペルオキシダーゼ活性を測定し、該ペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を求める。
(c)予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向と、前記被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向との差異を求め、健康度を判別する。
【0019】
(3)前記ペルオキシダーゼ活性を示す成分が、唾液中に存在する唾液ペルオキシダーゼ及び/又はミエロペルオキシダーゼであることを特徴とする、(1)又は(2)記載の健康度判別方法。
(4)前記軽度のストレスが、計算ストレスであることを特徴とする、(1)〜(3)のいずれかに記載の健康度判別方法。
【0020】
(5)軽度のストレスを負荷する前に、予め被験者を順化させることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれかに記載の健康度判別方法。
(6)唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の測定手段を備えていることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれかに記載の健康度判別方法に使用する健康度判別装置。
(7)さらに、唾液の採取手段を備えていることを特徴とする、(6)記載の健康度判別装置。
【0021】
(8)さらに、予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向を、前記測定手段で得られた測定結果と共に記憶する変化傾向記憶手段と、被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向と前記標準変化傾向との差異を求めて健康度を判別する判別手段と、を備えていることを特徴とする、(6)又は(7)記載の健康度判別装置。
【発明の効果】
【0022】
本発明の方法は、被験者に軽度のストレスを与えて唾液中のペルオキシダーゼ活性の変化を測定し、その変化パターンの違いにより被験者の健康度を判別する方法である。この方法によれば、ストレスに起因するものだけでなく、広い意味での健康状態をチェックすることができ、また目に見えて健康を損なうまではいかないようなわずかな体調不良をも簡便な方法で検出できるため、健康状態が低下する方向へと進むわずかな変化を察知・予見することが可能となる。
さらにこの方法は、被験者にストレスを与えることなく簡単に採取できる唾液中の成分を測定するだけでよく、しかも比較的弱いストレス負荷でも高感度で迅速に反応が得られるため、生体に測定の影響を与えずに測定結果を引き出すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。
1.健康度判別方法
本発明の健康度判別方法は、被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の、軽度のストレス負荷による変化傾向を指標とすることを特徴とする。より具体的には、以下のステップ(a)〜(c)を含むことを特徴とする。
(a)被験者に軽度のストレスを負荷し、該ストレス負荷の前後で唾液を採取する。
(b)採取した唾液中のペルオキシダーゼ活性を測定し、該ペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を求める。
(c)予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向と、前記被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向との差異を求め、健康度を判別する。
【0024】
(1)ストレス負荷
本発明の健康度判別方法では、唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性のストレス負荷による変化傾向を指標とする。ここでいうストレス負荷としては、比較的弱い軽度のストレスの負荷であって、ストレス負荷自体によって測定に影響を与えない程度のものである。具体的には計算ストレスの負荷が挙げられるが、これに限られず、例えばGO/NO−GO task等の精神的作業負荷試験等のストレス負荷などであっても良い。
【0025】
計算ストレスとしては、例えばクレペリンテストに代表されるような簡単な計算を行わせる方法が挙げられる。その他には、暗算課題MATHや、フラッシュ暗算及び右脳キッズのようなゲーム形式のものなどが挙げられる。
【0026】
なお、被験者に軽度のストレスを負荷する前には、一定時間順化を行って、各被験者のストレス負荷前の状態ができるだけおなじになるよう導くことが、本方法の確実性及び客観性を保つことができるので好ましい。
この場合、順化の方法としては、例えばATMT(Advanced Trail Making Test)などの軽いゲーム感覚の作業を行わせたり、また、このような作業とリラクゼーション効果を伴う休憩とを組み合わせたりする方法がある。
【0027】
ここで、ATMTとは、スクリーン上に不規則に表示された数字を順に押して行く検査で、1つ1つの番号を押すまでの時間を計測して脳の反応時間の変化を評価することにより、脳の疲労度を検出する方法として一般に用いられている。なお、ATMTは、それ自体で本発明における軽いストレス負荷の一手段として用いることもできる。
また、リラクゼーション効果を伴う休憩の仕方としては、様々なリラックス作用などが知られているカラー眼鏡を一定時間着用する方法がある。ただし、順化の方法はこれらに限定されるものではなく、従来公知の方法を任意に組み合わせて実施することができる。
【0028】
(2)唾液の採取
本発明の方法では、軽度のストレス負荷の前後で唾液を採取し、採取した唾液中のペルオキシダーゼ活性を測定して該ペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を求める。
【0029】
血液や尿中の成分を指標とすると、採血や採尿の際に被験者にストレスを与え、それが測定結果に影響を与える場合があるが、本発明の方法では、被験者に負担をかけずに検体を採取することができるため、正確に測定結果を得ることができる。
【0030】
唾液の採取はストレス負荷の前後で行うが、ストレス負荷に伴ってその前後に順化を行う場合は、順化の過程でも複数回唾液を採取しペルオキシダーゼ活性を測定して、その活性値の変化パターンをとることが、健康時と不健康時のパターンの差をより明確にすることができるので好ましい。
【0031】
唾液の採取方法は特に限定されず、公知の方法を採用することができる。例えば、ウレタンやナイロン綿等の唾液を吸収できるスポンジ状のものを口に含んだり噛み締めたりして、唾液をしみこませて採取する方法などがある。唾液をスポンジ状物にしみこませた後は、注射筒などに入れて絞り出す、あるいは遠心分離器にかけるなどの方法によって唾液原液を分離採取することができる。また、例えば市販の唾液採取用キット(商品名「サリベット」;(株)アシスト)などを用いることもできる。
【0032】
(3)ペルオキシダーゼ活性の測定
本発明の指標であるペルオキシダーゼ活性は、いかなる方法で測定されるものであっても良く、特に限定されない。通常は、ペルオキシダーゼ活性によって過酸化物を分解し、その過酸化物から遊離した活性酸素によって発色する還元型試薬(発色剤)の発色度を測定する方法が用いられる。そのような測定方法としては、例えばヘモグロビン測定法に準じて測定する方法が挙げられる。
【0033】
ここでいうヘモグロビン測定方法は、ヘモグロビンの有するペルオキシダーゼ様作用(ペルオキシダーゼ活性)により過酸化水素(H22)等の過酸化物を分解して活性酸素を遊離し、この遊離した活性酸素によって還元型試薬成分を酸化して発色させ、これを吸光度測定等の方法により測定する方法である。
【0034】
ここで用いられる還元型試薬成分としては、例えば2,7−ジアミノフルオレン(DAF)、4−クロロ−1−ナフトール(4-chloro-1-naphtol)、2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)[2,2'-Azinobis(3-ethylbenzothiazolin-6-sulfonic Acid;略称ABTS]、o−フェニレンジアミン(o-phenylene diamine;略称OPD)等が挙げられる。
また、発色した試薬の測定には従来公知の方法を用いることができ、例えば吸光度測定、比色定量、蛍光分光分析等が挙げられる。
【0035】
唾液中に含まれる成分であって、ペルオキシダーゼ活性を示す指標物質としては、具体的には、主として唾液ペルオキシダーゼ及び/又は白血球由来のミエロペルオキシダーゼが挙げられるが、上記ヘモグロビン測定方法により検出可能な唾液成分であれば、これらに限定されない。なお、上記ヘモグロビン測定方法では、唾液中にヘモグロビンが含まれる場合、ヘモグロビン自体がもつ偽ペルオキシダーゼ活性も同時に測定するので、正確なペルオキシダーゼ活性を求めるためには、あらかじめ唾液中のヘモグロビンを抗ヘモグロビン抗体で吸収しておくことが好ましい。
本発明では、ペルオキシダーゼ活性を測定できる手段であれば、上記ヘモグロビン測定方法以外であってもよく、ペルオキシダーゼ活性によって分解された過酸化物から遊離した活性酸素による還元型試薬(発色剤)の発色度を測定する他の方法を採用することもできる。また、その他のペルオキシダーゼ活性測定方法であっても良い。
【0036】
本発明の方法において指標とするペルオキシダーゼ活性は、唾液中に存在するものであるため被験者にストレスを与えずに採取することができ、しかも簡便に測定することができる。また、比較的弱い軽度のストレスに対しても高感度で且つ迅速に反応するため、測定の影響を与えずに健康度を判別することができる。
【0037】
(4)変化傾向
本発明においては、被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の変化パターン(変化傾向)が、被験者の健康状態(健康度)と高い相関関係を有していることを見いだしたものである。
【0038】
ここでいう変化傾向は、軽度のストレス負荷の前後におけるペルオキシダーゼ活性値の差あるいは変化の度合いである。この変化傾向は健康状態によって変動し、健康状態が良好な場合のペルオキシダーゼ活性値の差と健康状態が良好でない場合のペルオキシダーゼ活性値の差が著しく異なる。すなわち、一定形式で軽度ストレスを与えたときのペルオキシダーゼ活性値の変化パターンに違いが現れるのである。そのため、この変化パターンを指標として、人の健康状態の微妙な変化を検出することが可能となる。
【0039】
より具体的には、予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性のストレス負荷による変化傾向を測定して標準変化傾向(標準パターン)を設定し、被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の変化パターン(変化傾向)との差異を求める。そして、その標準パターンからの差異が大きいほど、すなわち変化傾向が標準変化傾向から大きく逸脱しているほど、健康度が低い(健康状態が悪い)と言うことができ、これによって、被験者の健康度を判別することができる。
【0040】
2.健康度判別装置
本発明の健康度判別装置は、上述した健康度判別方法に使用するものであって、唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の測定手段を備えたものである。好ましくは、これに更に唾液の採取手段が備わっている。また、これにストレス負荷手段を備えていても良い。
ペルオキシダーゼ活性の測定手段としては、既存の基質(過酸化水素など)と発色試薬(ABTS、DAF等)を組み合わせたキットを組み込む方法などがある。唾液採取手段としては、サリベットや唾液吸収材(ウレタン、ナイロン綿等)を用いた唾液採取器を組み込む方法が挙げられる。ただし、唾液採取手段は必ずしも本発明の健康度判別装置に備わっている必要はなく、例えば採取した唾液検体をペルオキシダーゼ活性測定手段のセンサ部に注入してペルオキシダーゼ活性を測定する形式であっても良い。
ストレス負荷手段としては、ATMTやGO/NO GO taskなどの単純でゲーム性の高いプログラムを組み込んだり、かかるプログラムを備えたパソコンを連結させたりする方法が挙げられる。
【0041】
さらに好ましくは、予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向を前記測定手段で得られた測定結果と共に記憶する変化傾向記憶手段と、被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向と前記標準変化傾向との差異を求めて健康度を判別する判別手段と、を備えているのがよい。さらに、判別結果を表示する表示部を備えていても良い。
【0042】
操作手順としては、採取した唾液検体が測定手段に注入されると共に、被験者の性別、年齢、体温、その他の自覚症状等の情報が入力される。ストレス負荷過程における一連の採取検体に対するペルオキシダーゼ活性の測定結果が変化傾向記憶手段に記憶され、次いで判定手段において測定結果が標準変化傾向からどの程度逸脱しているかが判定される。判定結果は、表示部に表示される。
健康状態の表示は、健康/不健康のみではなく、標準変化傾向からの逸脱度に応じて複数段階にわたって表示することができる。
【0043】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
1.被験者
本実験の被験者は、全体で65名(男女比率;男性35名、女性30名、年齢;21〜23歳)であった。この被験者全員に対し、実験前の問診によって、健康状態が良好であるグループ(Healthy)と、良好でないグループ(Unhealthy)とに分類した結果、Healthyは31名、Unhealthyは34名であった。ここで、分類の基準は以下の通りである。
【0045】
Healthy;通院、自覚症状、及び薬の服用のいずれもがない。
Unhealthy;通院、自覚症状、及び薬の服用、の少なくともいずれかがある。
【0046】
なお、ここでいう薬には、風邪薬などの一時的な服用や、喘息薬、抗アレルギー薬等の慢性疾患用薬を含むが、サプリメントは含まれない。また、自覚症状としては、健康状態に不安を感じる要因となる急性・慢性の症状であって、具体的には風邪等の一時的な症状や、喘息、花粉症、鼻炎、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー等のアレルギー症状、貧血、(偏)頭痛、うつの症状、疲労感等が挙げられる。
【0047】
2.実験の手順
(1)順化とストレス負荷
本実験では、上記65名の被験者全員に、まず実験の一連の流れを説明し、次いで一定時間順化させた後、軽度のストレスを負荷した。その間、複数回にわたり唾液を採取した。具体的には以下の通りである。また、図1に、この順化・ストレス負荷過程の流れを図示した。
・実験の説明後5分間休憩し、1回目の唾液採取を行った(Sampling Period 1)。
・次いで、ATMTを1サイクル(約5分間)行い、2回目の唾液採取を行った(Sampling Period 2)。
・カラー眼鏡を一定時間着用した後、3回目の唾液採取を行った(Sampling Period 3)。
・再度ATMTを1サイクル行い、4回目の唾液採取を行った(Sampling Period 4)。
・クレペリンテストを行った後、5回目の唾液採取を行った(Sampling Period 5)。
・再度ATMTを1サイクル行った後、6回目の唾液採取を行った(Sampling Period 6)。
【0048】
なお、カラー眼鏡の種類は、透明、赤、青、及び緑があり、それぞれの着用時間は透明と赤が10分、青と緑が30分である。カラー眼鏡の各色の着用者数は、透明が15名、赤が15名、青が15名、緑が15名である。カラー眼鏡の各色の作用は以下の通りである。
赤;興奮作用、炎症や体温の増大
青;鎮静作用、炎症抑制作用、リラックス作用
緑;過度の興奮の抑制、感情面の調和
透明;なし
【0049】
クレペリンテストは、ランダムに並んだ数値の列の左端から隣同士の2つの数字を足して一の位の数を間に書き込む作業であり、1分後の試験管の合図で次の行に移る。この操作を前半15分、休憩3分、後半15分行った。
【0050】
(2)唾液の採取
上記順化・ストレス負荷の一連の流れの中で、合計6回唾液を採取した(Sampling Period 1〜6)。唾液の採取には、商品名サリベット(Salivette;(株)アシスト販売)を用いた。サリベットは遠心チューブ本体、サスペンドインサート、円筒スポンジ、およびキャップから構成されており、サリベットから円筒スポンジを取り出し、約45秒ほどそれを噛み締めることによって、流涎が行われる。円筒スポンジをサリベットにもどし遠心分離を行うことによって、0.5〜1.5mlの唾液サンプルが遠心管の底に分離される。円筒スポンジの入ったサスペンドインサートを取り出し、遠心管内の唾液を検体として使用した。
【0051】
(3)ペルオキシダーゼ活性の測定
得られた唾液検体について、ヘモグロビン測定方法により、ペルオキシダーゼ活性を測定した。なお、本実験で行ったヘモグロビン測定方法は以下の通りである。
<試薬の調製>
270μlの酢酸中に溶解した7.5mgのDAF(2,7-diaminofluorene;MW=196.25)とDDW(精製水)30μlとを混合して調製液を得た。
次いで、上記調製液と10.81gの尿素とを、100mMのリン酸緩衝液(Tris Phosphate Buffer;pH7.0)に溶解し、全体で30mlとした。
さらに、上記調製液15mlに対して36μlの過酸化水素(H22)を、測定直前に加えた。
【0052】
<測定操作>
スタンダードとして、HRP(Horse Radish Peroxidase)を0,3,5,10,30,50,75,100μg/mlとなるよう、50mMのPBS(リン酸緩衝生理食塩水;pH7.4)で希釈調整した。次いで、前記スタンダードと被験者の唾液現役(検体)とを、96ウェルの透明プラスチックプレートに50μl/wellの割合で均等に注液した。
さらに、上記(1)で調製した試薬(2.5%DAF、0.18%H22 in 100mM Tris Phosphate Buffer;pH7.0)を150μl/well加え、穏やかに混和した。
室温で12分インキュベートした後、吸光度測定器(東ソー株式会社製、商品名「マイクロプレートリーダー MPR−A4」)を用いて、光学密度600nmの波長で吸光度を測定した。
【0053】
3.実験結果
(1)全体
唾液の各採取段階(Sampling Period 1〜6)において採取された各被験者の唾液検体について、ヘモグロビン測定方法でペルオキシダーゼ活性を測定した結果(被験者65名全体の平均値)を、図2に示す。
図2からわかるように、ストレス負荷(クレペリンテスト)の前後において、ペルオキシダーゼ活性が著しく変動し、その変動幅が大きい。本実験で行ったような軽度の計算ストレスに対し、ペルオキシダーゼ活性が高い感度でしかも迅速に反応していることが分かる。
【0054】
(2)健康状態による変化傾向の違い
被験者65名のペルオキシダーゼ活性の測定結果を、健康状態が良好であるグループ(Healthy)と、健康状態が良好でないグループ(Unhealthy)とに分類し、男女別に表したものを、図3に示す。図3中、(a)は男性の被験者、(b)は女性の被験者の測定結果を示している。
図3からわかるように、健康状態が良好であるグループのペルオキシダーゼ活性と、健康状態が良好でないグループのペルオキシダーゼ活性のストレス負荷による変化パターンは、個人差のレベルを超えて、明らかに違いが生じている。
【0055】
このことから、良好な健康状態から不健康な状態へ移行する場合に、唾液中のペルオキシダーゼ活性のストレス負荷による変化パターンが大きく変わることがわかる。
したがって、唾液中のペルオキシダーゼ活性のストレス負荷による変化パターンを指標とすれば、健康状態を判別することができ、良好な健康状態から不健康な状態へ移行するのをいち早く察知・予見し、予防に役立てることができる。
【実施例2】
【0056】
(1)各種ストレスマーカーの測定
本実施例2(比較実験)では、唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性を示す成分の他に、比較として、同様に唾液中に存在しストレスに反応して検出量が変化する物質(ストレスマーカー)として公知の各種成分を、実施例1と同一の被験者65名に対し実施例1と同じ条件で順化・ストレス負荷をかけて各採取段階(Sampling Period 1〜6)で測定し、その変化傾向を観察した。
【0057】
測定したストレスマーカーと本実験で採用したその測定方法は、以下の通りである。
・アミラーゼ活性;アミラーゼ−テスト(和光純薬工業(株))を用い、Caraway法に準じて測定した。
・クロモグラニン;酵素抗体法による測定キット「YK070 Human Chromogranin A EIA」;矢内原研究所)を用いて測定した。
・コルチゾール;Salivary Cortisol Enzyme Immunoassay Kit (SALIMETRICS)を用いて測定した。
・IgA;anti-human IgA-IgG, HRP-Goat anti-human IgAを用いたELISA法により測定した。
【0058】
(2)実験結果
図4に、唾液中のアミラーゼ活性を測定した結果を示す。アミラーゼ活性は、ペルオキシダーゼ活性に比べ、ストレス負荷の前後の変動幅が小さい。なお、アミラーゼ活性の単位は、Caraway法に準じた計算によるU(ユニット)である。
図5に、唾液中のクロモグラニンを測定した結果を示す。クロモグラニンも、ペルオキシダーゼ活性に比べ、ストレス負荷の前後の変動幅が小さく、実験開始前の値と比べるとさらに差が生じない。
図6に、唾液中のコルチゾールを測定した結果を、標準誤差とともに示す。コルチゾールは、ストレス負荷の段階(Sampling Period 5)での値の上昇幅が小さく、しかもその後(Sampling Period 6)の段階でもあまり下降せず、全体的にストレス負荷に対する反応が遅いことが分かる。また全体的に個人差のばらつきも大きい。よって、本発明の軽度のストレス負荷による変化パターンを指標とする健康度判別方法には適さない。
図7に、唾液中のIgAを測定した結果を示す。IgAは、ペルオキシダーゼ活性に比べて変動幅が小さく、且つ応答が遅く、また全体的に個人差のばらつきも大きい。
【0059】
以上の実験結果から、生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性が軽度のストレス負荷に対し、公知のストレスマーカーに比べて格段に高感度で且つ迅速に変化(反応)すること、及び、健康状態の良好な場合と良好でない場合とでその変化パターンが著しく変動することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の方法によれば、ストレスに起因するものだけでなく、ストレスと無関係な原因によるものも含めた広い意味での健康状態をチェックすることができ、また目に見えて健康を損なうまではいかないようなわずかな体調不良をも簡便・迅速な方法で検出できるため、健康状態が低下する方向へと進むわずかな変化を容易に察知・予見することが可能となる。
【0061】
また、この方法は、被験者にストレスを与えることなく簡単に採取できる唾液中の成分を測定するものであり、しかも比較的弱いストレス負荷でも高感度で迅速に反応が得られるため、生体に測定の影響を与えずに測定結果を得ることができる。
よって、確実性と客観性に優れた新たな健康状態の評価システムとして、予防医学上きわめて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】実施例1における順化及びストレス負荷過程の流れを示す概略図である。
【図2】実施例1におけるペルオキシダーゼ活性の測定結果(被験者65名全体の平均)を示すグラフである。
【図3】実施例1におけるペルオキシダーゼ活性の測定結果を、健康状態が良好であるグループ(Healthy)と、良好でないグループ(Unhealthy)とに分類し、男女別に表したグラフである。図3中、(a)は男性の被験者の測定結果、(b)は女性の被験者の測定結果である。
【図4】実施例2におけるアミラーゼ活性の測定結果を示すグラフである。
【図5】実施例2におけるクロモグラニンの測定結果を示すグラフである。
【図6】実施例2におけるコルチゾールの測定結果を示すグラフである。
【図7】実施例2におけるIgAの測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0063】
A・・・Healthy
B・・・Unhealthy

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の、軽度のストレス負荷による変化傾向を指標とする、被験者の健康度判別方法。
【請求項2】
以下のステップ(a)〜(c)を含むことを特徴とする、請求項1記載の健康度判別方法。
(a)被験者に軽度のストレスを負荷し、該ストレス負荷の前後で唾液を採取する。
(b)採取した唾液中のペルオキシダーゼ活性を測定し、該ペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を求める。
(c)予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向と、前記被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向との差異を求め、健康度を判別する。
【請求項3】
前記ペルオキシダーゼ活性を示す成分が、唾液中に存在する唾液ペルオキシダーゼ及び/又はミエロペルオキシダーゼであることを特徴とする、請求項1又は2記載の健康度判別方法。
【請求項4】
前記軽度のストレスが、計算ストレスであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の健康度判別方法。
【請求項5】
軽度のストレスを負荷する前に、予め被験者を順化させることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の健康度判別方法。
【請求項6】
唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の測定手段を備えていることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の健康度判別方法に使用する健康度判別装置。
【請求項7】
さらに、唾液の採取手段を備えていることを特徴とする、請求項6記載の健康度判別装置。
【請求項8】
さらに、予め複数の健康な生体の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向を測定して設定した標準変化傾向を、前記測定手段で得られた測定結果と共に記憶する変化傾向記憶手段と、被験者の唾液中に存在するペルオキシダーゼ活性の軽度のストレス負荷による変化傾向と前記標準変化傾向との差異を求めて健康度を判別する判別手段と、を備えていることを特徴とする、請求項6又は7記載の健康度判別装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−266720(P2006−266720A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−81585(P2005−81585)
【出願日】平成17年3月22日(2005.3.22)
【出願人】(802000020)財団法人浜松科学技術研究振興会 (63)
【Fターム(参考)】