説明

四輪駆動車用トランスファ

【課題】小型軽量化や低コスト化を可能とした四輪駆動車用トランスファを提供する。
【解決手段】四輪駆動車用トランスファは、入力軸からの駆動力を少なくとも高速又は低速の2段に切替える副変速機と、副変速機からの駆動力を後輪出力軸及び前輪出力軸に配分する多板クラッチ機構と、二輪駆動モード又は四輪駆動モードに切替える二輪・四輪切替機構とを備えている。副変速機の高速側又は低速側への切替えと、二輪・四輪切替機構の二輪駆動モード又は四輪駆動モードへの切替えと、多板クラッチ機構の伝達トルク制御とを単一のアクチュエータ11の回転駆動により行う切替機構81が備えられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、四輪駆動車用トランスファに係わり、特に、高速段又は低速段への切替え、二輪駆動又は四輪駆動への切替え、及び差動制限トルクの制御を行う四輪駆動車用トランスファに関するものである。
【背景技術】
【0002】
四輪駆動車用トランスファの一例としては、2段変速を行う副変速機、前後輪の駆動力配分を行うセンターデファレンシャル(以下、「センターデフ」という。)、及びセンターデフの差動制限を行う差動制限装置を備えた四輪駆動車用駆動力伝達装置が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
上記特許文献1に記載された四輪駆動車用駆動力伝達装置は、高速段又は低速段への切替えと二輪駆動又は四輪駆動への切替えとを行う第1のアクチュエータを備えるとともに、差動制限装置としての多板クラッチ機構の伝達トルクを制御する第2のアクチュエータを備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−58684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この種の四輪駆動車用駆動力伝達装置においてセンターデフの差動制限装置を電子制御する場合は、高速段又は低速段への切替えと二輪駆動又は四輪駆動への切替えとを行うアクチュエータの他に、差動制限装置を差動制限するアクチュエータがもう一つ必要となる。2つのアクチュエータを使用することは、大型化して重量が嵩むばかりでなく、コストアップの要因となる。このため、重量低減の面やコスト削減の面から改善の余地がある。
【0006】
本発明の目的は、小型軽量化や低コスト化を可能とした四輪駆動車用トランスファを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]本発明は、エンジンからの駆動力を入力する入力軸と、前記入力軸からの駆動力を少なくとも高速又は低速の2段に切替える副変速機と、前記副変速機からの駆動力を後輪出力軸及び前輪出力軸に配分する多板クラッチ機構と、前記前輪出力軸への駆動力を断ってフリー状態とする二輪駆動モード、又は前記前輪出力軸へ駆動力を配分する四輪駆動モードに切替える二輪・四輪切替機構と、前記副変速機の高速側又は低速側への切替え、前記二輪・四輪切替機構の二輪駆動モード又は四輪駆動モードへの切替え、及び前記多板クラッチ機構の伝達トルク制御を単一のアクチュエータの回転駆動により行う切替機構とを備えたことを特徴とする四輪駆動車用トランスファにある。
【0008】
[2]上記[1]記載の発明にあって、前記副変速機を高速側又は低速側に切替える第1シフト機構と、前記二輪・四輪切替機構を前記二輪駆動モード又は前記四輪駆動モードに切替える第2シフト機構と、前記アクチュエータの回転運動を直線運動に変換して前記第1シフト機構及び前記第2シフト機構をシフトさせ、高速二輪駆動モードのシフトポジション、高速四輪駆動モードのシフトポジション、又は低速四輪駆動モードのシフトポジションを設定する単一のシフトカムとを備えており、前記切替機構は、前記シフトカムを介して前記アクチュエータの基準位置からの回転方向及び回転角を制御することで、前記高速二輪駆動モード、前記高速四輪駆動モード、又は前記低速四輪駆動モードのそれぞれのシフトポジションの切替えとは独立して前記多板クラッチ機構のクラッチ押付力を調整することを特徴とする。
【0009】
[3]上記[2]記載の発明にあって、前記切替機構は、前記アクチュエータを前記基準位置からシフト方向に所定の回転角で回転させた後に前記基準位置に戻すことで、前記シフトカムを所定の回転角毎に前記シフトポジションに順送り動作させるように構成されるとともに、前記アクチュエータを前記所定の回転角で回転させることなく、前記基準位置に戻す場合には、前記シフトカムを前記アクチュエータと一緒に前記基準位置に戻すように構成され、前記アクチュエータを前記基準位置からシフト方向とは反対側に回転させた場合は、前記シフトカムを回転させることなく、前記多板クラッチ機構のみを駆動するように構成されていることを特徴とする。
【0010】
[4]上記[1]〜[3]のいずれかに記載の発明にあって、前記高速四輪駆動モードのシフトポジション及び前記低速四輪駆動モードのシフトポジションは、前記基準位置から所定の回転角の位置に設定されるとともに、前記高速二輪駆動モードのシフトポジションは、前記所定の回転角範囲内の位置にあり、前記高速二輪駆動モード及び前記高速四輪駆動モードは、前記アクチュエータの正逆両方向の回転のうちのいずれの方向からも切替え自在に設定されていることを特徴とする。
【0011】
[5]上記[2]〜[4]のいずれかに記載の発明にあって、前記高速四輪駆動モードから前記低速四輪駆動モードへの切替えは、前記シフトカムの所定の回転角の順送り動作を2回行い、前記低速四輪駆動モードから前記高速四輪駆動モードへの切替えは、前記シフトカムの所定の回転角の順送り動作を1回行うことを特徴とする。
【0012】
[6]上記[2]記載の発明にあって、前記切替機構は、前記アクチュエータの出力軸に固定された回転駆動部材により構成され、前記回転駆動部材の外面の法線方向の軸線を回転中心として設けられたラチェットレバーを備えており、前記ラチェットレバーは、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向とは反対側に回転駆動したとき前記シフトカムから離脱して回転し、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向に所定の回転角で回転駆動したとき前記シフトカムと連動して回転することを特徴とする。
【0013】
[7]上記[6]記載の発明にあって、前記回転駆動部材に相対回転可能に同軸に配置され、前記多板クラッチ機構のクラッチ押付力を調整する多板クラッチ駆動用カムを備えており、前記ラチェットレバーは、前記シフトカムに形成されたラチェット溝と噛み合って前記シフトカムを回転させる駆動爪と、前記多板クラッチ駆動用カムに設けられた駆動ピンに当接することで、前記駆動爪を前記ラチェット溝と噛み合わない開放位置に回転して退避させる腕部とを一体に形成したことを特徴とする。
【0014】
[8]上記[7]記載の発明にあって、前記回転駆動部材には、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向とは反対側に回転駆動したとき前記多板クラッチ駆動用カムに形成された被駆動突起に当接して前記多板クラッチ駆動用カムを回転させ、前記多板クラッチ機構のクラッチ押付力を調整する第1の駆動突起と、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向に所定の回転角で回転駆動したとき前記被駆動突起に当接して前記回転駆動部材を停止させる第2の駆動突起とが設けられ、前記第2の駆動突起が前記被駆動突起に当接して前記回転駆動部材を停止させるとともに、前記腕部が前記駆動ピンに当接した後、前記シフトカムを停止したままの状態で、前記回転駆動部材が前記基準位置に戻ることを特徴とする。
【0015】
[9]上記[7]又は[8]記載の発明にあって、前記回転駆動部材がシフト方向に所定の回転角で回転駆動したところで前記腕部が前記駆動ピンに当接することで、前記駆動爪を前記ラチェット溝と噛み合わない開放位置に回転して退避させたとき、前記駆動爪と前記ラチェット溝との間に介在して前記駆動爪と前記ラチェット溝との噛み合いを抑止するシャッター部材を備えていることを特徴とする。
【0016】
[10]上記[2]、[3]、[5]〜[8]のいずれかに記載の発明にあって、前記シフトカムには、前記シフトカムのシフト位置となる3箇所に対応して前記シフト位置を決めるチェック機構が同軸に支持されており、前記チェック機構には、前記シフトカムに対する回り止めとなる保持片が形成され、前記保持片は、前記多板クラッチ機構の逆回転を阻止する位置決めロッドに貫通して支持されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、小型軽量化や低コスト化を図りながら、単一のアクチュエータにより、高速段又は低速段への切替え、二輪駆動又は四輪駆動への切替え、及び差動制限トルクの制御を行う構成が効果的に得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係わる典型的な第1の実施の形態であるトランスファの一構造例を一部省略して概略的に示す説明図であり、断面を示すハッチングを省略している。
【図2】第1の実施の形態に係るトランスファに好適に用いられるシフト・クラッチ制御機構を示す機能ブロック図である。
【図3】第1の実施の形態に係るトランスファに好適に用いられる駆動力配分装置のスケルトン図である。
【図4】(a)はシフト・クラッチ制御機構の分解斜視図であり、(b)はシフト・クラッチ制御機構の一構成部品である切替機構の斜視図である。
【図5】第1の実施の形態に係るトランスファに好適に用いられるアクチュエータによるシフト動作範囲とクラッチ動作範囲とを説明するための図である。
【図6】(a)はシフト・クラッチ制御機構に好適に用いられるシフトカムのシフト位置とH−Lシフト機構及び2WD−4WDシフト機構の切替えモードとの関係を示す説明図であり、(b)はシフトカムを模式的に示す展開図である。
【図7】(a)〜(d)は回転操作部材によるシフトカム順送り動作の一例を説明するための図である。
【図8】(a)及び(b)は回転操作部材によるシフトカム順送り動作の他の一例を説明するための図である。
【図9】(a)及び(b)はシフト・クラッチ制御機構におけるクラッチ制御の説明図である。
【図10】シフト・クラッチ制御機構に好適に用いられるチェック機構の断面図である。
【図11】シフト・クラッチ制御機構に好適に用いられるシャッター機構のシャッター部材を示す斜視図である。
【図12】(a)〜(d)はシャッター機構の動きを説明するための説明図である。
【図13】(a)はシフト・クラッチ制御機構に好適に用いられるシフト機構の断面図であり、(b)は(a)のXIIIb−XIIIb線の矢視断面図である。
【図14】本発明の第2の実施の形態であるトランスファに好適に用いられる駆動力配分装置のスケルトン図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づいて具体的に説明する。
【0020】
[第1の実施の形態]
(トランスファの全体構成)
図1において、全体を示す符号1は、この第1の実施の形態に係る典型的なトランスファの全体構成を概略的に示している。図示例によるトランスファ1は、例えばFR(フロントエンジン、リヤドライブ)方式をベースにした四輪駆動車に適用されるものである。
【0021】
このトランスファ1は、図1に示すように、フロントケース2及びリアケース3からなるトランスファケースを有している。このフロントケース2の前側部位には、図示しないエンジンからの回転駆動を同じく図示を省略した自動変速機あるいは手動変速機を介して入力する入力軸4がベアリング5を介して回転可能に固定支持されている。この入力軸4には、フロントケース2及びリアケース3の内部にわたって同軸的に配された主出力軸である後輪出力軸6が直結されている。
【0022】
この後輪出力軸6の前側部位には、図1に示すように、2段変速を行う副変速機20、及び副変速機20から入力する駆動力を後輪出力軸6及び前輪出力軸7に差動配分する配分機構であるセンターデフ40が同軸的に配されている。この後輪出力軸6の後側部位には、センターデフ40の差動制限を行う差動制限装置である多板クラッチ機構60が同軸的に配されている。
【0023】
この後輪出力軸6と平行な部位には、図1に示すように、主出力軸に対する副出力軸となる前輪出力軸7が設けられている。この後輪出力軸6のセンターデフ40及び多板クラッチ機構60の間には、駆動スプロケットギヤ8が同軸的に設けられている。一方の前輪出力軸7の同軸上には、駆動スプロケットギヤ8に対する従動スプロケットギヤ9が設けられている。この駆動スプロケットギヤ8と従動スプロケットギヤ9とには、環状のチェーン10が掛け回されている。
【0024】
このトランスファ1は、図1に示すように、副変速機20において高速段H又は低速段Lの走行変速切替えを行うH−Lシフト機構30と、センターデフ40において二輪駆動(2WD)又は四輪駆動(4WD)の切替えを行う2WD−4WDシフト機構50とを備えている。トランスファ1は更に、H−Lシフト機構30の切替え、2WD−4WDシフト機構50の切替え、及び多板クラッチ機構60の接断を操作する単一のアクチュエータ11を備えている。
【0025】
このアクチュエータ11には、図1及び図2に示すように、モータ12のトルクを増幅する減速機13が内蔵されている。その減速機13による回転駆動は、アクチュエータ出力軸14を介してH−Lシフト機構30、2WD−4WDシフト機構50、及び多板クラッチ機構60に伝達される。
【0026】
このアクチュエータ11には、図2に示すように、H−Lシフト機構30、及び2WD−4WDシフト機構50のシフト位置を検出するスイッチ201からの情報やモータ回転駆動を検出するパルスセンサ202などの各種の情報を入力して、モータ駆動を制御する制御装置(ECU)200が電気的に接続されている。この制御装置200は、例えばCPU、ROM、及びRAM等を備えたマイクロコンピュータを含んで構成される。
【0027】
このトランスファ1は、図1に示すように、入力軸4を介して副変速機20に入力した駆動力を高速出力モード又は低速出力モードに切替え、副変速機20からセンターデフ40に入力した駆動力を2WDモード又は4WDモードに切替える。4WDモードにおいては、チェーン10を介して後輪出力軸6と前輪出力軸7とに伝達され、多板クラッチ機構60を制御することで4WDモードにおける後輪出力軸6と前輪出力軸7との駆動力(トルク)配分比が可変制御される。
【0028】
(副変速機の構成)
この副変速機20は、図1に示すように、H−Lシフト機構30の操作により、入力軸4に入力するエンジン駆動力を少なくとも高速段H又は低速段Lの2段の減速比に切替えを行う。このH−Lシフト機構30は、副変速機20の遊星歯車機構に同軸的に配されたH−L切替え用のクラッチスリーブ31を備えている。
【0029】
この遊星歯車機構は、図1に示すように、入力軸4の外周に一体形成された高速用ギヤ(サンギヤ)21と、フロントケース2に固定されたリングギヤ22と、このサンギヤ21の外周に噛み合うとともに、リングギヤ22の内周に噛み合う複数のプラネタリギヤ23,…,23とを備えている。
【0030】
このプラネタリギヤ23のそれぞれは、図1に示すように、同一の位相差をもって配された支軸24を介して円形のキャリアケース25に自転可能に固定支持されている。このキャリアケース25は、サンギヤ21と相対回転可能に入力軸4の軸回りに固定支持されている。このキャリアケース25の後端部には、内スプライン(歯部)26aを有する円形のプラネタリキャリア26が一体に固定されており、支軸24の両端がキャリアケース25とプラネタリキャリア26とに支持固定されている。
【0031】
低速状態においては、クラッチスリーブ31のスプラインが高速用ギヤ21から脱することで、プラネタリキャリア26の内スプライン26aにクラッチスリーブ31のスプラインをスプライン係合させ、プラネタリギヤ23から伝達された回転駆動力が、低速回転駆動力として後輪出力軸6に伝達される。一方、図1に示す高速状態においては、クラッチスリーブ31のスプラインと高速用ギヤ21とが互いに噛合して連結されており、入力軸4の回転駆動力が、高速回転駆動力として後輪出力軸6に伝達される。
【0032】
(センターデフの構成)
このセンターデフ40は、図1に示すように、2WD−4WDシフト機構50の操作により、副変速機20から入力する駆動力を後輪出力軸6及び前輪出力軸7に差動配分する。この2WD−4WDシフト機構50は、センターデフ40の遊星歯車機構に同軸的に配された2WD−4WD切替え機構用のクラッチスリーブ51を二輪・四輪切替機構の一構成部品として備えている。
【0033】
このセンターデフ40のデフケース47の内側には、図1及び図3に示すように、前後輪間の駆動力を配分する遊星歯車機構が備えられている。遊星歯車機構の構成部品は、副変速機20に備えられた遊星歯車機構と基本的な構成において変わるところはない。この遊星歯車機構のサンギヤ41は、ベアリング16,16を介して後輪出力軸6の軸回りに支持されている。サンギヤ41と、そのサンギヤ41とは同心状に配されたリングギヤ42との間に形成された径方向対向空間には、複数のプラネタリギヤ43,…,43が介装されている。
【0034】
このプラネタリギヤ43のそれぞれは、図1及び図3に示すように、同一の位相差をもって配された支軸44を介してキャリアケース45に自転可能に固定支持されている。このキャリアケース45は、サンギヤ41と相対回転可能に後輪出力軸6の軸回りに固定支持されている。このキャリアケース45の後端部には、円形のプラネタリキャリア46が一体に固定されており、支軸44の両端がキャリアケース45とプラネタリキャリア46とに支持固定されている。このプラネタリキャリア46の後端側には、円形リング状のスプライン48aを有するスプライン部材48が一体に形成されている。
【0035】
(二輪・四輪切替機構の構成)
このセンターデフ40と駆動スプロケットギヤ8との間には、図1及び図3に示すように、二輪・四輪切替機構が配されている。この二輪・四輪切替機構は、サンギヤ41の延長筒部の外周にベアリング17を介して駆動スプロケットギヤ8の延長筒部を支持するとともに、クラッチハブ49を固定支持している。そのクラッチハブ49の外周に形成されたスプラインがクラッチスリーブ51と摺動自在に噛み合うようになっている。駆動スプロケットギヤ8の延長筒部にはクラッチギヤ8aが形成されている。クラッチスリーブ51と駆動スプロケットギヤ8の延長筒部との間には、クラッチスリーブ51と駆動スプロケットギヤ8との回転を同期させるシンクロ機構53が設けられている。
【0036】
このクラッチスリーブ51が図3に示す2WD高速段位置にある2WDモードにおいては、クラッチスリーブ51のスプラインとスプライン部材48のスプライン48aとが互いに噛み合うと、サンギヤ41とプラネタリキャリア46とがクラッチスリーブ51を介して結合される。センターデフ40の差動作用が不能なロック状態となり、駆動スプロケットギヤ8とクラッチスリーブ51との結合が解除されてフリー状態となる。これにより、前輪を切り離してもセンターデフ40が空転せず、後輪を駆動することができる。
【0037】
一方、クラッチスリーブ51が図1に示す4WD高速段位置にある4WDモードにおいては、クラッチスリーブ51のスプラインがスプライン部材48のスプライン48aから離脱すると、サンギヤ41と駆動スプロケットギヤ8とがクラッチスリーブ51を介して結合される。クラッチスリーブ51からの駆動力がサンギヤ41から駆動スプロケットギヤ8に伝達されるとともに、センターデフ40の差動作用が可能なロック解除(フリー)状態となり、センターデフ40は差動自在となる。
【0038】
(多板クラッチ機構の構成)
この多板クラッチ機構60は、図1及び図3に示すように、環状のクラッチハブ61を後輪出力軸6に固定するとともに、環状のクラッチドラム62をサンギヤ41の延長筒部に固定している。このクラッチハブ61とクラッチドラム62とにより形成された第1環状空間内には、トルク伝達を行うための多数枚のクラッチプレート63,…,63が軸方向移動可能に支持されている。このクラッチハブ61とクラッチドラム62とにより形成された第2環状空間内には、リターンスプリング65が設けられている。
【0039】
この多板クラッチ機構60は、図1に示すように、クラッチプレート63の接断動作を制御することで、前輪及び後輪の間の差動制限の度合を調整する差動制限機構として機能するものであり、クラッチプレート63のクラッチ締結力に応じて、後輪出力軸6及び前輪出力軸7に対して伝達されるトルク配分が変更可能である。
【0040】
この多板クラッチ機構60は、図1に示すように、後輪出力軸6と同一軸上に移動可能な環状のクラッチ押付部材64と、アクチュエータ11の回転運動を直線運動に変換し、クラッチ押付部材64に軸方向変位を付与するボールカム機構70とを備えている。このクラッチ押付部材64は、リターンスプリング65により多板クラッチ開放方向に付勢されており、アクチュエータ11の回転駆動により軸方向へ移動されるようになっている。
【0041】
(ボールカム機構の構成)
このボールカム機構70は、図1及び図4に示すように、多板クラッチ機構60のクラッチ締結力を無段階に制御する。このボールカム機構70には、後輪出力軸6と同一軸上に反力側のカムプレート(反力カムプレート)71、及び駆動側のカムプレート(駆動カムプレート)72により構成された一対のボールカムが設けられている。この反力カムプレート71は、スラスト軸受73を介して環状の固定部材74に固定されている。一方の駆動カムプレート72は、スラスト軸受75を介してクラッチ押付部材64に当接して連結されている。
【0042】
この反力カムプレート71は、図4に示すように、アクチュエータ出力軸14側に向けて延在する自由端部を位置決めロッド107に支持している。この位置決めロッド107は、アクチュエータ出力軸14と同軸上に回転可能に支持された多板クラッチ駆動用の板カム76の逆回転を阻止するストッパとしての機能をも有している。
【0043】
一方の駆動カムプレート72は、図4に示すように、反力カムプレート71とは所定角度の位相差をもってアクチュエータ出力軸14側に向けて延在する先細り状のアーム部72aが一体形成されている。そのアーム部72aの先端部分にはカムフォロア77が回転自在に軸支されている。そのカムフォロア77は、板カム76のカム面76aに常時接触されており、アクチュエータ11の回転をボールカム機構70に伝達するようになっている。
【0044】
ボールカム機構70の駆動カムプレート72は、カムフォロア77が板カム76のカム面76aにならって回転駆動するので、例えばピニオンギヤにより駆動カムプレートを回転駆動する構成と比べて、クラッチプレート63の間が離間しているクラッチ締結解除状態からクラッチ締結状態へ移る際の長い移動距離をアクチュエータ11による小さい回転角度で移動させることが可能となる。
【0045】
この多板クラッチ機構60を締結する場合は、アクチュエータ11の後側からみて、板カム76がアクチュエータ出力軸14の軸心回りに正回転方向に右回転することで、駆動カムプレート72が反力カムプレート71に対して一定方向に回転駆動される。この駆動カムプレート72が回転駆動すると、駆動カムプレート72は、ボールカム溝内のボール78による押圧を受けながら、後輪出力軸6の軸方向に移動する。駆動カムプレート72が移動すると、クラッチ押付部材64は、後輪出力軸6の軸方向前方に押されてクラッチプレート63を押圧する。これにより、アクチュエータ11の回転量に応じてクラッチ押付力が増加する。
【0046】
一方、多板クラッチ機構60の締結を解除する場合は、上記操作とは逆に板カム76が回転することで、上記操作と逆の操作を行うこととなる。これにより、板カム76のカム面76aの形状に対応する変化パターンで、多板クラッチ機構60のクラッチ押付部材64を後輪出力軸6の軸方向に移動させることができる。
【0047】
この多板クラッチ機構60のクラッチ締結力を制御することで、前後輪のトルク配分が前後50:50の直結による4WDからセンターデフ40によるトルク配分比の範囲でセンターデフ40の差動作用の制限が行われる。摩擦摺動するクラッチプレート63が完全に締結された状態になると、センターデフ40の差動が制限され、前後輪のトルク配分が前後直結状態となり、前輪出力軸6と後輪出力軸7との回転数が同じになる。多板クラッチ機構60が滑りを許容する状態で前後輪のトルク配分が自動的に移行するオート4WDモードと、多板クラッチ機構60の滑りがなく、前後輪のトルク配分が前後直結状態となるリジッド4WDモードとが実現される。
【0048】
(シフト機構の構成)
このシフト機構は、図1に示すように、H−Lシフト機構30と2WD−4WDシフト機構50とからなり、2本のシフトロッド32,52が後輪出力軸6と平行に配されている。このH−Lシフト機構30のシフトロッド32の一端部は、フロントケース2に回転可能に固定支持されており、シフトロッド32の他端部は、一対のベアリング15,15を介してリアケース3に回転可能に固定支持された切替機構である回転駆動部材81に支持されている。一方の2WD−4WDシフト機構50のシフトロッド52は、一端部がフロントケース2に片持ち状態で固定支持されている。
【0049】
このH−Lシフト機構30のシフトロッド32には、図1に示すように、円筒状のシフトカム33が同軸的に固定支持されている。このシフトカム33の外周面には、アクチュエータ11の回転運動をH−Lシフト機構30と2WD−4WDシフト機構50との直線運動に変換するH−Lカム溝33a及び2WD−4WDカム溝33bが独立して形成されている。
【0050】
このH−Lカム溝33aには、H−Lシフト機構30の一端が係合されており、その他側がH−L切替え用のクラッチスリーブ31に係合されている。一方の2WD−4WDカム溝33bには、2WD−4WDシフト機構50の一端が係合されており、その他端が2WD−4WD切替機構用のクラッチスリーブ51に係合されている。
【0051】
(シフト・クラッチ制御機構の構成)
この第1の実施の形態に係る一つの主要な基本の構成は、図2及び図4に示すように、H−Lシフト機構30、2WD−4WDシフト機構50、及び多板クラッチ機構60を制御するシフト・クラッチ制御機構80にある。従って、上記のように構成されたトランスファ1は、従来のものと基本的な構成において変わるところはない。よって、トランスファ1の全体構成は、図示例に限定されるものではない。
【0052】
この第1の実施の形態に係る典型的なシフト・クラッチ制御機構80は、図1、図2及び図4に示すように、単一のアクチュエータ11によって副変速機20の切替え動作、二輪・四輪切替機構の切替え動作、及び多板クラッチ機構60の接断動作を個別に制御することを可能とする。図示例によると、この制御は、シフトカム33のチェック位置を制御原点とした一方側に所定の回転角でクラッチ制御を行い、チェック位置を制御原点とした一方側とは逆の他方側に所定の回転角で副変速機20の切替えと二輪・四輪切替機構の切替えとを行っている。
【0053】
下記の表1に、2WD高速段位置(2Hポジション)、4WD高速段位置(4Hポジション)、及び4WD低速段位置(4Lポジション)の3つのシフトポジションにおける副変速機20、センターデフ40、駆動スプロケット(FRスプロケット)8、及び多板クラッチ機構60の状態を示す。
【0054】
【表1】

【0055】
図5を参照すると、同図にはアクチュエータ11によるシフト動作範囲とクラッチ動作範囲との関係が示されている。以下の説明において、シフト方向とは、アクチュエータ11の後側からみて左回りをいい、クラッチ押付方向とは、アクチュエータ11の後側からみて右回りをいう。アクチュエータ11によるシフト動作範囲は、シフトカム33の制御原点(以下、「基準位置」ともいう。)Aから左回りに回転角θ1の停止位置Bに達するまでの範囲であり、120°に設定されている。アクチュエータ11を基準位置Aからシフト方向に120°の回転角で回転させた後に基準位置Aに戻すことで、シフトカム33が3つのシフトポジションの切替えを順番に繰り返す順送り動作が行われる。
【0056】
一方、アクチュエータ11によるクラッチ動作範囲は、図5に示すように、制御原点Aから右回りの回転角θ2の範囲に設定されている。このクラッチ動作範囲は、クラッチ押付部材64の初期位置であるフリー位置A1からクラッチ押付部材64の押付開始位置である4WD原点(クラッチ伝達トルクゼロ点)B1までのクラッチ隙間領域と、クラッチ押付部材64の4WD原点B1からクラッチ押付部材64の押付最大位置C1までの4WD制御領域とに区分されている。
【0057】
このシフト・クラッチ制御機構80は、図1及び図4に示すように、H−Lシフト機構30をシフトロッド32に沿って直線移動させるとともに、2WD−4WDシフト機構50をシフトロッド52に沿って直線移動させるシフトカム33と、多板クラッチ機構60のクラッチ押付力を変化させる板カム76と、シフトカム33及び板カム76を個別に回転駆動させる回転駆動部材(切替機構)81とにより主に構成されている。このシフトカム33、板カム76、及び回転駆動部材81は、アクチュエータ出力軸14と同軸上に配されており、アクチュエータ11の回転量に応じて動作する。
【0058】
(回転駆動部材の構成)
この回転駆動部材81は、図1及び図4に示すように、シフトカム対向側の大径部分82と板カム対向側の小径部分83とが中心線O方向に段差をもつ中間段差部83aを介して一体形成された円筒体からなる。この大径部分82は、シフトカム33の端面と対向して配置されており、シフトロッド32の一端部が大径部分82及び中間段差部83aに連通して形成された中心孔部に相対回転可能に支持されている。
【0059】
この小径部分83の外周部は、図1及び図4に示すように、一対のベアリング15,15を介してリアケース3に回転可能に支持されている。小径部分83の内周部は、スプラインによる固定状態でアクチュエータ出力軸14と結合されている。中間段差部83aの外周部には、板カム76が相対回転可能に支持されている。
【0060】
この回転駆動部材81の大径部分82には、図4に示すように、矩形状を有する一対のクラッチ制御機構用の駆動突起84とシフト制御機構用の駆動突起85とが板カム76側に突出して形成されている。
【0061】
この駆動突起84,85は、図4に示すように、所定の位相差をもって大径部分82の同一円周上に配されている。この駆動突起84は、回転駆動部材81の右回転駆動により、板カム76に形成された被駆動突起76cに当接して板カム76を同期回転させる駆動面84aを有している。
【0062】
一方の駆動突起85は、図4に示すように、回転駆動部材81の左回転駆動により、板カム76の被駆動突起76cに当接して回転駆動部材81の動作を停止させるストッパ面85aを有している。この板カム76の被駆動突起76cは、駆動突起84の駆動面84aと駆動突起85のストッパ面85aとの間の同一円周上に突出形成されている。
【0063】
この一対の駆動突起84,85の間に切欠して形成された平坦状の大径部分82の外面には、図4に示すように、外面の法線方向に延びる回転軸86を介してラチェットレバー87が双方向回転可能に支持されている。このラチェットレバー87は、バネ89によりシフトカム33の端面側に向けて付勢されており、回転駆動部材81の回転方向と直交する方向に回転する。
【0064】
このラチェットレバー87の回転基部には、図4に示すように、回転軸86を中心として設けられたラチェット部90が一体に形成されている。このラチェット部90の駆動爪であるラチェット爪91は、シフトカム33の端面をシフト方向(左方向)、及びシフト方向とは反対側の戻し方向(右方向)の両方向に駆動可能な外形形態に形成されている。
【0065】
このラチェット爪91は、図4に示すように、シフトカム33の端面に形成されたラチェット溝33dにバネ89の弾力に抗して係脱可能とされている。このラチェット爪91の外面には、シフト完了の戻り時にラチェット溝33dとの係合を阻止する突部92が突出して形成されている。
【0066】
このラチェットレバー87には、図4に示すように、回転軸86と直交する一対のシフトカム33側の腕部88と板カム76側の腕部88とが一体に形成されている。この一対の腕部88は、回転駆動部材81の回転中心線から右回り方向に傾斜している。この一対の腕部88の右回り方向の側面は、回転軸86に対称に形成されたカム面88a,88bを有している。
【0067】
このカム面88aは、回転駆動部材81が制御原点からシフト方向とは逆側の右方向(多板クラッチ押付方向)へ回転駆動したとき、ラチェット爪91をシフトカム33のラチェット溝33dから離脱させる開放状態に保持し、クラッチ制御動作中にシフトカム33を回転させないようにするものである。一方のカム面88bは、回転駆動部材81が制御原点から停止位置まで左方向(シフト方向)へ120°回転駆動したとき、ラチェット爪91を開放させるものである。
【0068】
(シフト制御機構の構成)
一方の板カム76には、図4に示すように、回転駆動部材81側の対向面に円柱状の長短一対の駆動ピン76b,76bが突出して形成されている。この長尺の駆動ピン76bは、ラチェットレバー87のシフトカム33側の腕部88の回転軌跡内に配されている。一方の短尺の駆動ピン76bは、ラチェットレバー87の板カム76側の腕部88の回転軌跡内に配されている。
【0069】
この長尺の駆動ピン76bは、図4に示すように、回転駆動部材81が制御原点からクラッチ押付方向へ回転駆動したとき、回転駆動部材81の腕部88のカム面88aに当接して押圧することで、ラチェット爪91をシフトカム33のラチェット溝33dから離脱させ、ラチェット爪91を開放する。一方の短尺の駆動ピン76bは、回転駆動部材81が制御原点からシフト方向へ120°回転駆動したとき、回転駆動部材81の腕部88のカム面88bに当接して押圧することで、ラチェット爪91を開放する。
【0070】
このシフトカム33のラチェット溝33dと、板カム76の駆動ピン76bと、回転駆動部材81の駆動突起85及びラチェットレバー87とによりシフト制御機構が主に構成される。この回転駆動部材81の回転中心線の法線方向の軸線を中心としてラチェットレバー87が双方向回転可能に固定支持された構成となっており、ラチェット爪91がラチェット溝33dから離脱するのに必要となるラチェット爪91の作動回転角を小さくすることが可能となる。
【0071】
(シフトカムの構成)
図6を参照すると、同図にはシフトカム33のシフト位置と、H−Lシフト機構30及び2WD−4WDシフト機構50の切替えモードとの関係が示されている。シフトカム33の外周面には、120°の位相差をもって3つのシフトポジションが設定されている。図示例では、4Hポジション、ダミーポジション、及び4Lポジションのそれぞれが、120°の間隔で配置されており、2Hポジションは、4Hポジションとダミーポジションとの間に設定されている。
【0072】
このシフトカム33のH−Lカム溝33aは、図6に示すように、4Hポジションからダミーポジションまでの区間をシフトカム33の回転軸線に直交する直線カム溝とし、ダミーポジションから4Lポジションまでの区間を傾斜カム溝とし、4Lポジションから4Hポジションまでの区間を傾斜カム溝としており、2Hポジションが4Hポジションとダミーポジションとの間の直線カム溝に設定されている。
【0073】
一方の2WD−4WDカム溝33bは、図6に示すように、4Hポジションから2Hポジションまでの区間を傾斜カム溝とし、2Hポジションからダミーポジションまでの区間を直線カム溝とし、ダミーポジションから4Lポジションまでの区間を傾斜カム溝として設定されている。
【0074】
(シフトカムの順送り動作)
この第1の実施の形態に係るもう一つの主要な基本の構成は、H−Lシフト機構30及び2WD−4WDシフト機構50のシフト動作にある。このシフト動作は、図6に示すように、アクチュエータ11を基準位置A(シフトカム33のチェック位置)からシフト方向に所定の回転角で回転させた後に基準位置Aに戻すアクチュエータ11の往復回転動作を繰返すことで、シフトカム33が4Hポジション、ダミーポジション、及び4Lポジションの3つのシフトポジションに順送り動作するようになっている。
【0075】
アクチュエータ11を基準位置Aから120°の回転角(図5に示す停止位置B)に達するまで回転駆動させると、シフトカム33は、チェック位置で決められた現在のポジションから次のポジションまで回転する。ここで、現在のポジションが4Hポジションであり、ダミーポジションが次のポジションであるとすれば、シフト操作を120°の回転角で行うと、ダミーポジションでチェック位置決めされる。続けてシフトカム33をシフト操作すると、シフトカム33は、ダミーポジションから4Lポジションに回転する。
【0076】
アクチュエータ11を基準位置Aから120°の回転角で駆動回転させることなく、シフトカム33の次のチェック位置に達する前に基準位置Aに戻した場合は、シフトカム33をアクチュエータ11と一緒に基準位置Aに戻すようになっている。アクチュエータ11を基準位置Aからクラッチ押付方向に駆動回転させた場合は、シフトカム33を回転させることなく、多板クラッチ機構60のみを駆動するようになっている。
【0077】
(2Hと4Hとの切替え)
H−Lシフト機構30及び2WD−4WDシフト機構50の4Hから2Hへの切替え、あるいは2Hから4Hへの切替えは、図6に示すように、アクチュエータ11を4Hポジションから120°以下の位置にある2Hポジションまで駆動回転させた後に停止させて保持する。このシフト操作により、2Hポジションとなる。アクチュエータ11を基準位置Aからシフト方向に駆動回転させた場合でも、120°まで駆動回転させない場合は、回転駆動部材81のラチェットレバー87のラチェット爪91は常に、シフトカム33のラチェット溝33dに噛み合っており、アクチュエータ11とシフトカム33とは一体で回転する。よって、アクチュエータ11を120°の回転角に達する前の位置に保持した場合は、シフトカム33は120°に達する前の位置に保持される。
【0078】
アクチュエータ11を120°に達する前の位置から基準位置Aへ戻すと、シフトカム33もアクチュエータ11と一緒に基準位置Aに戻る。アクチュエータ11を2Hポジションから基準位置Aに戻すと、シフトカム33は、アクチュエータ11と一緒に回転して4Hポジションとなる。
【0079】
従って、2H及び4Hは、アクチュエータ11の正逆両方向の駆動回転のうちのいずれの方向からも切替え自在に設定されており、車両走行中でも、切替えが必要な2Hと4Hとの間は、4Lを通ることなく、相互に切替えが可能となる。
【0080】
(4Hから4Lへの切替え)
H−Lシフト機構30及び2WD−4WDシフト機構50の4Hから4Lへの切替えにおいては、図6に示すように、シフトカム33の4Hポジションから4Lポジションまでは240°の位相差をもって離れているため、アクチュエータ11による1回の順送り動作では、シフトカム33を4Hポジションから4Lポジションにシフト動作させることはできない。図示例にあっては、アクチュエータ11を基準位置Aからシフト方向に120°の順送り動作を2回繰り返すことで、シフトカム33を4Lポジションに切替えることができる。
【0081】
(4Lから4Hへの切替え)
H−Lシフト機構30及び2WD−4WDシフト機構50の4Lから4Hへの切替えは、図6に示すように、シフトカム33の4Lポジションから4Hポジションまでは120°の間隔であり、アクチュエータ11による1回の順送り動作で済む。アクチュエータ11を基準位置Aからシフト方向に120°の順送り動作を行うことで、シフトカム33を1回のシフト動作で4Lポジションから4Hポジションへ切替えることが可能となる。
【0082】
このように、4Hから4Lへの切替えは、シフトカム33の所定の回転角の順送り動作を2回行い、4Lから4Hへの切替えは、シフトカム33の所定の回転角の順送り動作を1回行う。このシフト動作により、制御原点Aを起点に所定の回転角をもって往復回転を繰り返すことで、4Hポジション、及び4Lポジションの切替えを行うことができる。
【0083】
(回転操作部材によるシフトカム順送り動作)
図7を参照すると、同図には、シフトカム33、板カム76、及び回転駆動部材81を組み付けた状態が展開して示されている。同図において、チェックボール104の両側に位置する2つの駆動ピン76b、及び被駆動突起76cは同一のものであるが、展開図としては別々に表している。
【0084】
以下に、図7を参照しながら、回転操作部材81によるシフトカム33の順送り動作の一例を説明する。なお、図7では、シフトカム33のH−Lカム溝33aを例示して回転操作部材81の動作を説明する。
【0085】
図7(a)において、回転駆動部材81は基準位置にあり、回転操作部材81のラチェット爪91は、シフトカム33のラチェット溝33dに噛み合った状態にある。シフトカム33はチェック位置に停止している。板カム76は制御開始前の停止位置にある。
【0086】
図7(b)においては、回転駆動部材81が基準位置からシフト方向(左方向)に回転駆動している状態にある。回転駆動部材81のラチェット爪91は、シフトカム33のラチェット溝33dに噛み合っており、シフトカム33と回転駆動部材81とが一体に往路回転している。板カム76は、停止位置に残ったままの状態で停止している。
【0087】
この回転駆動部材81の回転角が120°に達すると、図7(c)に示すように、チェックボール104が次のチェック溝33cに嵌合してシフト位置が位置決めされる。シフターピン38は、シフトカム33のH−Lカム溝33aに沿って軸方向に案内移動され、次のポジションへの移動を完了している。
【0088】
図7(c)においては、回転駆動部材81における駆動突起85のストッパ面85aが板カム76の被駆動突起76cに当接して停止するとともに、板カム76の短尺の駆動ピン76bがラチェットレバー87の板カム76側の腕部88bに当接して押圧する。ラチェットレバー87のラチェット爪91は、弾力に抗して回転軸86を中心とする左方向に回転して開放する。
【0089】
このラチェット爪91がシフトカム33のラチェット溝33dから離脱すると、図7(d)に示すように、シフトカム33をシフト位置に残したままの状態で、回転駆動部材81だけが基準位置(右方向)に復路(戻り)回転する。ラチェット爪91は、シフトカム33の端面に沿って右方向に回転し、ラチェット溝33dに噛み合っていない。
【0090】
上記回転駆動部材81の動作により、シフトカム33を4Hポジション、ダミーポジション、及び4Lポジションの3つのシフトポジションに順送り動作させることができる。
【0091】
ところで、トランスファ1の切替え操作後にトランスミッションをあまり早く操作すると、シフトの途中でエンジン駆動力が入力され、シフト機構のシフトフォークが動かなくなってシフト完了前で停止する場合がある。そのような場合は、シフトフォークを元の位置に戻すことで、車両が走り始めてから突然にシフトするような動作を回避することが望ましい。
【0092】
このシフト・クラッチ制御機構80においては、シフトフォークがシフト完了前に停止した場合は、図8に示すように、回転駆動部材81のラチェット爪91をシフトカム33のラチェット溝33dにおけるシフト方向の端面に引っ掛かった係合状態からラチェット溝33dのシフト方向とは反対側の端面に引っ掛かった係合状態で、シフトカム33と回転駆動部材81とをアクチュエータ11と一体に回転させる。これにより、シフトフォークを元の位置に戻すことができるため、車両が走り始めてからの突然のシフト動作を回避することができる。
【0093】
(クラッチ制御機構の構成)
このシフト・クラッチ制御機構80のもう一つの主要部を構成するクラッチ制御機構は、図4に示すように、板カム76の被駆動突起76cと回転駆動部材81の駆動突起84とにより主に構成されており、アクチュエータ11を制御原点からシフト方向とは反対側に駆動回転させることで、シフトカム33を回転させることなく、多板クラッチ機構60のみを駆動するように構成されている。
【0094】
この板カム76の外周に形成されるカム面76aは、図4に示すように、カム立ち上がり部分76dをシフトロッド32及びカム面76a間の距離の変化率が二次曲線的に変化する非線形に形成されるとともに、そのカム立ち上がり部分76dから駆動回転方向にわたって線形形状に形成されている。この板カム76の一方が板カム76の逆回転を阻止する位置決めロッド107に固定支持されるとともに、板カム76の他方が板カム76のカム面76aに沿って移動するカムフォロア77を介して駆動される。
【0095】
この板カム76の作用により、多板クラッチ機構60のクラッチプレート63の遊び部分を少ない回転角で、多板クラッチ機構60の初期位置からクラッチプレート63間の隙間を縮めてクラッチ押付力が作用する。従って、多板クラッチ機構60の初期位置からクラッチプレート63間の隙間を縮めてクラッチ押付力が作用する位置までのストロークが長い区間を短時間でクラッチ接断動作を行うことが可能になる。
【0096】
(回転操作部材によるクラッチ制御の構成)
図9を参照すると、同図には、図7と同様に、シフトカム33、板カム76、及び回転駆動部材81を組み付けた状態が展開して示されている。図9(a)において、回転駆動部材81を右方向に回転駆動させることで、回転駆動部材81の駆動突起84の駆動面84aが板カム76の被駆動突起76cに当接する位置が、多板クラッチ機構60における制御開始位置となる。
【0097】
この多板クラッチ機構60においては、図9(b)に示すように、回転駆動部材81を右方向に回転駆動させると、回転駆動部材81のラチェットレバー87における腕部88のカム面88aが、板カム76の長尺の駆動ピン76bに当接して押圧される。ラチェットレバー87のラチェット爪91は、弾力に抗して回転軸86を中心に左方向に回転して開放する。
【0098】
この板カム76の被駆動突起76cは、図9(b)に示すように、回転駆動部材81の駆動突起84の駆動面84aにより押圧荷重を受ける。この回転駆動部材81は、シフトカム33をシフトポジションに残したままの状態で、板カム76を右方向に回転駆動させることになる。このとき、ラチェット爪91は、板カム76の駆動ピン76bの作用により開放状態に保持される。
【0099】
この板カム76は、回転駆動部材81と一緒に右方向に回転駆動し、回転駆動部材81による板カム76の回転に伴い、駆動カムプレート72が反力カムプレート71に対して一定方向に回転駆動される。駆動カムプレート72は、ボールカム溝内のボール78による押圧を受けながら、カムフォロア77を介してクラッチプレート63を押圧することで、クラッチ押付力を増加させる。一方、この回転駆動部材81が左回転すると、上記操作とは逆に板カム76の回転に応じてクラッチ押付力を減少させる。
【0100】
上記第1の実施の形態に係るシフト・クラッチ制御機構80によると、以下の様々な効果が得られる。
【0101】
(1)単一のアクチュエータ11を用いることで、高速段H又は低速段Lの切替え、2WD又は4WDの切替え、及び差動制限トルクの制御を行うことが可能となる。
(2)H−Lシフト機構30、2WD−4WDシフト機構50、及び多板クラッチ機構60を駆動操作する機構をモジュール化することが容易な構造が得られる。
(3)一つのアクチュエータ11で、高速段H又は低速段Lの切替え、2WD又は4WDの切替え、及び差動制限トルクの制御を行うことが可能であるため、トランスファ1の全体構造を安価にかつ小型軽量に設計することができる。
(4)使用頻度の多い2WDモード及び高速4WDモードの切替えは、車両走行中においても、アクチュエータ出力軸14の正逆両方向(左右方向)の回転のうちのいずれの方向からも切替え可能である。
(5)高速4WDモードから低速4WDモードへの切替えは、シフト順送り動作を連続して2回行う必要があり、若干切替え時間が長くなるものの、低速4WDモードを使用する頻度は非常に少ないため、ユーザーの不便は最小限に抑えられる。
(6)回転駆動部材81の回転方向と直交する方向に回転するラチェットレバー87を装着した構成となっているため、ラチェット溝33dから離脱するのに必要となるラチェット爪91の作動回転角を小さくすることが可能となり、シフト時間を短縮することができる。
(7)H−Lシフト機構30、及び2WD−4WDシフト機構50の切替え時間が短くなるので、回転駆動部材81がシフト途中で停止することはない。回転駆動部材81がシフト途中で停止したとしても、元の位置に戻すことができる。
(8)回転駆動部材81の駆動突起85、及び板カム76の被駆動突起76cが、シフトカム33のシフトエンドに対応して設定されているので、回転駆動部材81がシフトエンドでオーバーランすることがなくなり、制御バラツキがあったとしても確実にシフトを完了することができる。
【0102】
(チェック機構の構成)
このシフトカム33の回転駆動部材寄りの端部には、図1、図2、図4及び図10に示すように、シフト・クラッチ制御機構80のもう一つの主要部を構成するチェック機構100が同軸に支持されている。このチェック機構100は、シフトカム33のシフト位置を決めるものであり、シフトカム33と相対回転する円形筐体状のチェック部101と、そのチェック部101と一体形成された細長い円筒状のチェックブロック102とを備えている。
【0103】
このチェックブロック102は、図4及び図10に示すように、チェック部101の外周に放射状に延在されている。このチェックブロック102の内部には、コイルスプリング103の弾性反発力(付勢力)によりシフトカム33のチェック溝33cに押付けられるチェックボール104が設けられている。チェックブロック102の先端部開口は、プラグ105により閉鎖されている。
【0104】
このチェックボール104が嵌め入れられて係合するチェック溝33cは、図4及び図10に示すように、シフトカム33の端部に形成されている。このシフトカム33のチェック溝33cは、シフトカム33のラチェット溝33dで決まるシフト位置となる3箇所のシフトエンドに対応して形成されている。このチェックボール104のチェック溝33cに対する係合で、4H、ダミー、及び4Lの3つのシフトポジションのシフト位置を位置決めしている。
【0105】
このチェック部101とチェックブロック102との間には、図4及び図10に示すように、チェック機構100の回り止めとなる扁平状の保持片106が一体に形成されている。この保持片106は、板カム76の逆回転を阻止するとともに、反力カムプレート71を支持する位置決めロッド107に貫通して支持されている。
【0106】
ところで、クラッチプレート63を押付けた状態でアクチュエータ11が駆動力を失うと、多板クラッチ機構60の反発力によりアクチュエータ11が逆転駆動する場合がある。
【0107】
この第1の実施の形態のもう一つの基本の構成は、チェック機構100の吸収エネルギーが多板クラッチ機構60の反発力によりアクチュエータ11を逆転駆動させるときに放出するエネルギーよりも大きくなるように、チェック機構100のチェックトルクと回転角とを設定することにある。
【0108】
ここで、チェック機構100の吸収エネルギーは、チェック機構100のチェックトルクとシフトカム33の回転角とにより計算される。このチェックトルクは、コイルスプリング103の弾力によりチェック溝33cに付勢された状態で係合するチェックボール104が、このコイルスプリング103の付勢力に抗してチェックボール104とチェック溝33cとの係合を解除する抵抗トルクである。チェック機構100の吸収エネルギーは、次式(1)により計算される。
【0109】
チェック機構100の吸収エネルギー=チェック機構100の抵抗トルク×シフトカム33の回転角……(1)
【0110】
上記第1の実施の形態に係るチェック機構100の構成によると、以下の効果が得られる。
【0111】
(1)このチェック機構100の吸収エネルギーを上記式(1)の関係に設定することで、クラッチ制御とシフト制御とを単一のアクチュエータ11で行うトランスファ1の構成であっても、例えばアクチュエータ11の駆動を失うような故障に対してシフトカム33をシフト方向に回転駆動させることなく、車両走行中の副変速機20の切替えを未然に防止することができる。
(2)チェック部101の円形外周の対角位置にチェックボール104を設けた構成となっているため、安価なチェックボール104及びコイルスプリング103により強いチェックトルクを発生することができる。
【0112】
(シャッター機構の構成)
この回転駆動部材81が、図7(c)及び図7(d)に示すように、シフトカム33のシフト位置から戻り方向へ回転駆動するとき、ラチェットレバー87のラチェット爪91がシフトカム33のラチェット溝33dに嵌まり込むと、シフトカム33は、回転駆動部材81と一緒に回転してしまうことになる。
【0113】
この第1の実施の形態では、図4、図11及び図12に示すように、シフト・クラッチ制御機構80のもう一つの主要部を構成するシャッター部材110が、板カム76を介して回転駆動部材81に相対回転可能に取り付けられている。このシャッター部材110により、ラチェットレバー87におけるラチェット爪91のラチェット溝33dに対する嵌まり込みを阻止することができる。
【0114】
このシャッター部材110は、図11及び図12に示すように、挿入孔111を有する円形の薄板材からなる。その薄板材の外周辺から回転駆動部材側へ直交する方向に第1突出片112が屈曲して突出されており、この第1突出片112の先端から円周方向に第2突出片113が延びている。この突出片112,113の形状は、円形の薄板材と同一曲率に設定されている。このシャッター部材110は、捻りバネ114により第2突出片113がラチェットレバー87の突部92と当接する方向に付勢されている。
【0115】
図12を参照すると、同図には、回転駆動部材81がシフトカム33のシフト(カム溝端部)方向への回転駆動から戻り方向へ回転駆動するまでの間のシャッター部材110の動きが模式的に示されている。このシャッター部材110は、図12(d)に示すように、捻りバネ114により第2突出片113がシフトカム33のラチェット溝33dを閉鎖した状態で配される。
【0116】
この回転駆動部材81が、図12(a)に示すように、シフトカム33のカム溝端部方向に回転駆動する動きで、回転駆動部材81のラチェットレバー87の突部92は、捻りバネ114の弾力に抗してシャッター部材110の第2突出片113に当接して押圧荷重を加える。このラチェットレバー87の腕部88は、図12(b)に示すように、回転駆動部材81の回転駆動に伴って板カム76の短尺の駆動ピン76bに当接する。
【0117】
このラチェットレバー87は、図12(c)に示すように、回転駆動部材81の回転駆動に伴い板カム76の短尺の駆動ピン76bの押圧荷重により回転軸86を中心として左方向に回転する。このラチェットレバー87のラチェット爪91は、シフトカム33のラチェット溝33dから離脱して開放される。このラチェット爪91が開放されると、ラチェットレバー87の突部92が弾力に抗してシャッター部材110の第2突出片113を乗り越えて、シャッター部材110の内側にラチェット爪91を押し込む。
【0118】
このシャッター部材110は、図12(c)に示すように、ラチェットレバー87の突部92による押圧から外れて捻りバネ114の弾性反発力により初期の位置に復帰し、シフトカム33のラチェット溝33dを閉鎖する。このラチェットレバー87の突部92が、図12(c)及び図12(d)に示すように、シャッター部材110から外れるまで、ラチェットレバー87の開放状態が維持される。
【0119】
上記第1の実施の形態に係るシャッター機構の構成によると、以下の効果が得られる。
【0120】
このシャッター部材110により、回転駆動部材81がシフトを完了して制御原点に戻るとき、ラチェット爪91がシフトカム33のラチェット溝33d内に嵌まり込むのを阻止するので、ラチェット爪91とラチェット溝33dとの間の引っ掛かりを防止することができるとともに、シフトカム33の回転を阻止することができるようになる。
【0121】
この第1の実施の形態に係るシフト・クラッチ制御機構80のもう一つの主要な構成は、H−Lシフト機構30、及び2WD−4WDシフト機構50にある。
【0122】
(H−Lシフト機構の構成)
このH−Lシフト機構30は、図13に示すように、フォーク本体34及び摺動ホルダ35がコイルバネ36を介して相対移動可能な二部材により主に構成されている。このフォーク本体34の一側は、シフトロッド32に移動可能に挿通支持されている。このフォーク本体34の他側には、H−L切替え用のクラッチスリーブ31に係合した二股状のシフトフォークが延出されている。フォーク本体34の幅方向両側に相対する立設側壁の内面には、内方に膨出した細長い柱状の一対のバネ荷重受部34a,34aがシフトロッド軸方向両側にそれぞれ形成されている。
【0123】
一方の摺動ホルダ35は、図13に示すように、シフトロッド32と同軸上に挿通支持される一対の摺動脚部35a,35aを介してフォーク本体34に相対移動可能に設けられている。この摺動脚部35aは、フォーク本体34のバネ荷重受部34a間の間隔より小さく設定されるとともに、この一対の摺動脚部35aの間の間隔は、フォーク本体34の長さ方向両側一対のバネ荷重受部34a間の間隔に略等しく設定されている。
【0124】
この一対の摺動脚部35aの対向内面には、図13に示すように、一対の円形のワッシャ37,37がシフトロッド32と同軸上に配されている。このワッシャ37は、フォーク本体34の幅方向両側一対のバネ荷重受部34a間の間隔より大径に形成されている。
【0125】
この一対の摺動脚部35a及びワッシャ37は、図13に示すように、コイルバネ36の両端を保持するバネ保持機能と、コイルバネ36を作動させるバネ作動機能とを兼ね備えている。フォーク本体34のバネ荷重受部34aと摺動ホルダ35の摺動脚部35aとの相対移動で生じるコイルバネ36の圧縮力及び復元力によってシフト操作力を蓄積する待ち機構が構成される。
【0126】
この摺動ホルダ35の長さ方向一端部には、図13に示すように、シフトロッド32に沿って延びるアーム部35bが一体に形成されている。このアーム部35bの先端部には円柱状のシフターピン38が突出して支持されている。このシフターピン38はH−Lカム溝33a内に摺動自在に遊嵌されている。シフターピン38は、アーム部35bを介してフォーク本体34よりもシフトカム33側に配置される構成となっており、装置内の狭小な設置空間を合理的に使用することができる。
【0127】
シフトカム33の回転運動は、図13に示すように、H−Lカム溝33aの傾斜部に沿って移動するシフターピン38を介して摺動ホルダ35へと伝達され、摺動ホルダ35の直線運動に変換される。この直線運動は、コイルバネ36を介してシフトロッド32に沿ってフォーク本体34を直線運動させる。このフォーク本体34の直線運動により、フォーク本体34を介して副変速機20のサンギヤ21とプラネタリギヤ23との間で駆動力の連結・切断を行うクラッチスリーブ31をシフトさせ、副変速機20の高速段Hと低速段Lの切替えが行われる。
【0128】
(2WD−4WDシフト機構の構成)
この2WD−4WDシフト機構50は、H−Lシフト機構30と基本的な構成において変わるところはない。図1において、H−Lシフト機構30の構成要素と同等の構成要素には同一の部材名と符号を付している。従って、H−Lシフト機構30と実質的に同じ部材に関する詳細な説明は省略する。
【0129】
このフォーク本体34の一側は、シフトロッド52に移動可能に挿通支持されている。フォーク本体34の他側には、2WD−4WD切替機構用のクラッチスリーブ51に係合した二股状のシフトフォークが延出されている。シフトカム33の回転運動は、2WD−4WDカム溝33bの傾斜部に沿って移動するシフターピン38を介して摺動ホルダ35へと伝達され、摺動ホルダ35の直線運動に変換される。この直線運動は、コイルバネ36を介してシフトロッド52に沿ってフォーク本体34を直線運動させる。このフォーク本体34の直線運動により、フォーク本体34を介して2WD−4WD切替機構用のクラッチスリーブ51をシフトさせ、2WDモードと4WDモードの切替えが行われる。
【0130】
上記第1の実施の形態に係るシフト機構の構成によると、以下の効果が得られる。
【0131】
(1)摺動ホルダ35の摺動脚部35aに、ワッシャ37を介してコイルバネ36の両端を保持する機能と、コイルバネ36を作動する機能とを集約化して配置させることにより、フォーク本体34に対する摺動ホルダ35のシフトロッド軸方向への移動ストロークに余裕をもたせることができる。摺動ホルダ35に必要な移動ストロークが確保され、フォーク本体34の長さ方向が不必要に長くなることもない。
(2)この摺動ホルダ35の摺動脚部35aにバネ保持機能とバネ作動機能とを備えることにより、フォーク本体34のシフトロッド軸方向の長さは、少なくとも摺動脚部35aがフォーク本体34のバネ荷重受部34aを通過する移動ストローク分の長さを確保するとともに、摺動ホルダ35及びコイルバネ36の組み付けに必要な最小限の内部空間を確保すれば、フォーク本体34の小型化と短縮化という二つの利点を併せ持つシフト機構が得られる。
【0132】
[第2の実施の形態]
図14を参照すると、図14には、駆動力配分装置の他の一構成例が示されている。上記第1の実施の形態では、前後輪の駆動力配分を行うセンターデフ40、及びセンターデフ40の差動制限を行う多板クラッチ機構60を備えたトランスファ1の構成を例示したが、この第2の実施の形態にあっては、センターデフ40を有しないトランスファ1の駆動力配分装置を例示している。なお、同図において上記第1の実施の形態と実質的に同じ部材には同一の部材名と符号を付している。従って、これらの部材に関する詳細な説明は省略する。
【0133】
この多板クラッチ機構60は、図14に示すように、副変速機20からの駆動力を後輪及び前輪にトルク配分する配分機構として構成されるとともに、差動制限機構として構成されている。多板クラッチ機構60の環状のクラッチドラム62の延長部分は、ベアリング17を介して駆動スプロケットギヤ8を支持するとともに、クラッチハブ49を固定支持している。このクラッチハブ49の外周に形成されたスプラインがクラッチスリーブ51と摺動自在に噛み合うようになっており、二輪・四輪切替機構として構成される。
【0134】
(第2の実施の形態の効果)
この第2の実施の形態に係るトランスファに適用される駆動力配分装置にあっても、上記シフト・クラッチ制御機構80を用いることで、単一のアクチュエータ11によって副変速機20の高速側又は低速側への切替えと、二輪駆動モード又は四輪駆動モードへの切替えと、多板クラッチ機構60の差動制限とを個別に制御することが可能である。
【0135】
上記実施の形態に係る四輪駆動車用トランスファにあっては、センターデフ付きFRタイプ、及びセンターデフを備えないFRタイプの四輪駆動車用トランスファについて説明したが、本発明は、これに限定されるものではないことは勿論であり、例えばFFタイプの四輪駆動車用トランスファに効果的に使用することができる。また、上記実施の形態では、HポジションとLポジションとの走行変速切替を行う副変速機20を説明したが、本発明は、これに限定されるものではない。本発明は、例えば副変速機における切替えポジションとして、ニュートラルや4WDロックなどの各種のポジションを増加させて設定することができる。
【0136】
なお、自動二輪車あるいは農業機械、建設土木機械、運搬機械等の作業用車両などの各種車両に本発明の駆動力配分装置を効果的に使用することができることは勿論である。
【0137】
以上の説明からも明らかなように、本発明の四輪駆動車用トランスファの代表的な構成例を上記実施の形態、変形例及び図示例を挙げて説明したが、上記実施の形態、変形例及び図示例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。上記実施の形態、変形例及び図示例の中で説明した特徴の組合せの全てが本発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきであり、本発明の技術思想の範囲内において種々の構成が可能であることは勿論である。
【符号の説明】
【0138】
1…トランスファ、2…フロントケース、3…リアケース、4…入力軸、5,15,16,17…ベアリング、6…後輪出力軸、7…前輪出力軸、8…駆動スプロケットギヤ、8a…クラッチギヤ、9…従動スプロケットギヤ、10…チェーン、11…アクチュエータ、12…モータ、13…減速機、14…アクチュエータ出力軸、20…副変速機、21,41…サンギヤ、22,42…リングギヤ、23,43…プラネタリギヤ、24,44…支軸、25…キャリアケース、26,46…プラネタリキャリア、26a…内スプライン、30…H−Lシフト機構、31,51…クラッチスリーブ、32,52…シフトロッド、33…シフトカム、33a…H−Lカム溝、33b…2WD−4WDカム溝、33c…チェック溝、33d…ラチェット溝、34…フォーク本体、34a…バネ荷重受部、35…摺動ホルダ、35a…摺動脚部、35b…アーム部、36…コイルバネ、37…ワッシャ、38…シフターピン、40…センターデフ、45…キャリアケース、47…デフケース、48…スプライン部材、48a…スプライン、49…クラッチハブ、50…2WD−4WDシフト機構、53…シンクロ機構、60…多板クラッチ機構、61…クラッチハブ、62…クラッチドラム、63…クラッチプレート、64…クラッチ押付部材、65…リターンスプリング、70…ボールカム機構、71…反力カムプレート、72…駆動カムプレート、72a…アーム部、73,75…スラスト軸受、74…固定部材、76…板カム、76a,88a,88b…カム面、76b…駆動ピン、76c…被駆動突起、76d…カム立ち上がり部分、77…カムフォロア、78…ボール、80…シフト・クラッチ制御機構、81…回転駆動部材、82…大径部分、83…小径部分、84,85…駆動突起、84a…駆動面、85a…ストッパ面、86…回転軸、87…ラチェットレバー、88…腕部、89…バネ、90…ラチェット部、91…ラチェット爪、92…突部、100…チェック機構、101…チェック部、102…チェックブロック、103…コイルスプリング、104…チェックボール、105…プラグ、106…保持片、107…位置決めロッド、110…シャッター部材、111…挿入孔、112…第1突出片、113…第2突出片、114…捻りバネ、200…ECU、201…スイッチ、202…パルスセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンからの駆動力を入力する入力軸と、
前記入力軸からの駆動力を少なくとも高速又は低速の2段に切替える副変速機と、
前記副変速機からの駆動力を後輪出力軸及び前輪出力軸に配分する多板クラッチ機構と、
前記前輪出力軸への駆動力を断ってフリー状態とする二輪駆動モード、又は前記前輪出力軸へ駆動力を配分する四輪駆動モードに切替える二輪・四輪切替機構と、
前記副変速機の高速側又は低速側への切替え、前記二輪・四輪切替機構の二輪駆動モード又は四輪駆動モードへの切替え、及び前記多板クラッチ機構の伝達トルク制御を単一のアクチュエータの回転駆動により行う切替機構とを備えたことを特徴とする四輪駆動車用トランスファ。
【請求項2】
前記副変速機を高速側又は低速側に切替える第1シフト機構と、
前記二輪・四輪切替機構を前記二輪駆動モード又は前記四輪駆動モードに切替える第2シフト機構と、
前記アクチュエータの回転運動を直線運動に変換して前記第1シフト機構及び前記第2シフト機構をシフトさせ、高速二輪駆動モードのシフトポジション、高速四輪駆動モードのシフトポジション、又は低速四輪駆動モードのシフトポジションを設定する単一のシフトカムとを備えており、
前記切替機構は、前記シフトカムを介して前記アクチュエータの基準位置からの回転方向及び回転角を制御することで、前記高速二輪駆動モード、前記高速四輪駆動モード、又は前記低速四輪駆動モードのそれぞれのシフトポジションの切替えとは独立して前記多板クラッチ機構のクラッチ押付力を調整することを特徴とする請求項1記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項3】
前記切替機構は、前記アクチュエータを前記基準位置からシフト方向に所定の回転角で回転させた後に前記基準位置に戻すことで、前記シフトカムを所定の回転角毎に前記シフトポジションに順送り動作させるように構成されるとともに、前記アクチュエータを前記所定の回転角で回転させることなく、前記基準位置に戻す場合には、前記シフトカムを前記アクチュエータと一緒に前記基準位置に戻すように構成され、前記アクチュエータを前記基準位置からシフト方向とは反対側に回転させた場合は、前記シフトカムを回転させることなく、前記多板クラッチ機構のみを駆動するように構成されていることを特徴とする請求項2記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項4】
前記高速四輪駆動モードのシフトポジション及び前記低速四輪駆動モードのシフトポジションは、前記基準位置から所定の回転角の位置に設定されるとともに、
前記高速二輪駆動モードのシフトポジションは、前記所定の回転角範囲内の位置にあり、
前記高速二輪駆動モード及び前記高速四輪駆動モードは、前記アクチュエータの正逆両方向の回転のうちのいずれの方向からも切替え自在に設定されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項5】
前記高速四輪駆動モードから前記低速四輪駆動モードへの切替えは、前記シフトカムの所定の回転角の順送り動作を2回行い、
前記低速四輪駆動モードから前記高速四輪駆動モードへの切替えは、前記シフトカムの所定の回転角の順送り動作を1回行うことを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項6】
前記切替機構は、前記アクチュエータの出力軸に固定された回転駆動部材により構成され、前記回転駆動部材の外面の法線方向の軸線を回転中心として設けられたラチェットレバーを備えており、
前記ラチェットレバーは、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向とは反対側に回転駆動したとき前記シフトカムから離脱して回転し、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向に所定の回転角で回転駆動したとき前記シフトカムと連動して回転することを特徴とする請求項2記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項7】
前記回転駆動部材に相対回転可能に同軸に配置され、前記多板クラッチ機構のクラッチ押付力を調整する多板クラッチ駆動用カムを備えており、
前記ラチェットレバーは、前記シフトカムに形成されたラチェット溝と噛み合って前記シフトカムを回転させる駆動爪と、前記多板クラッチ駆動用カムに設けられた駆動ピンに当接することで、前記駆動爪を前記ラチェット溝と噛み合わない開放位置に回転して退避させる腕部とを一体に形成したことを特徴とする請求項6記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項8】
前記回転駆動部材には、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向とは反対側に回転駆動したとき前記多板クラッチ駆動用カムに形成された被駆動突起に当接して前記多板クラッチ駆動用カムを回転させ、前記多板クラッチ機構のクラッチ押付力を調整する第1の駆動突起と、前記回転駆動部材が前記基準位置からシフト方向に所定の回転角で回転駆動したとき前記被駆動突起に当接して前記回転駆動部材を停止させる第2の駆動突起とが設けられ、
前記第2の駆動突起が前記被駆動突起に当接して前記回転駆動部材を停止させるとともに、前記腕部が前記駆動ピンに当接した後、前記シフトカムを停止したままの状態で、前記回転駆動部材が前記基準位置に戻ることを特徴とする請求項7記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項9】
前記回転駆動部材がシフト方向に所定の回転角で回転駆動したところで前記腕部が前記駆動ピンに当接することで、前記駆動爪を前記ラチェット溝と噛み合わない開放位置に回転して退避させたとき、前記駆動爪と前記ラチェット溝との間に介在して前記駆動爪と前記ラチェット溝との噛み合いを抑止するシャッター部材を備えていることを特徴とする請求項7又は8記載の四輪駆動車用トランスファ。
【請求項10】
前記シフトカムには、前記シフトカムのシフト位置となる3箇所に対応して前記シフト位置を決めるチェック機構が同軸に支持されており、
前記チェック機構には、前記シフトカムに対する回り止めとなる保持片が形成され、
前記保持片は、前記多板クラッチ機構の逆回転を阻止する位置決めロッドに貫通して支持されていることを特徴とする請求項2、3、5〜8のいずれかに記載の四輪駆動車用トランスファ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−47042(P2013−47042A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−185818(P2011−185818)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【出願人】(000154347)株式会社ユニバンス (132)
【Fターム(参考)】