説明

回転アーク溶接トーチ

【課題】互いに交差する回転モータの軸芯と電極の軸芯が作る面の垂直方向の変動を抑制して、電極の回転中心位置の変動を抑制する。
【解決手段】回転モータ6の軸芯と電極1の軸芯を含む平面が球面軸受2を中心に旋回しないように、連結板3、電極部又は自動調芯軸受ブロック4を、押え具30、40で押さえて、電極先端の回転軌跡の中心位置を、溶接トーチ本体20に対して、定位置に保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アークを回転させて溶接を行なう回転アーク溶接トーチに係り、特に、ガスシールド消耗電極式回転アーク溶接に用いるのに好適な、電極の回転中心位置の変動を抑制して、安定した溶接を行うことが可能な回転アーク溶接トーチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶接トーチの電極に歳差運動をさせることにより、溶接アークを円運動させる回転アーク溶接トーチが特許文献1や2に記載されている。その構成は、電極の上部を自動調芯玉軸受により支持すると共に、電極中間部を自動調芯玉軸受を介して偏心リングにより支持し、その偏心リングに取付けられたギヤ機構をモータで回転駆動するものである。
【0003】
前記回転アーク溶接トーチにおいては、偏心リングをモータにより回転駆動すると、電極はその上部の自動調芯玉軸受を支点として歳差運動をするので、溶接ワイヤの先端で発生する溶接アークが所定の直径を持つ円運動をする。これによって、溶接アークを高速で回転させながら溶接する、いわゆる高速回転アーク溶接が可能である。
【0004】
又、特許文献3の図2には、本願の図1に示す如く、球面軸受2を利用して、電極1と回転モータ6の軸芯をθだけ傾斜させることが記載されている。これは、電極1の基端部を球面軸受2で支持し、該球面軸受2の球状に形成した内輪2aのフランジに円運動を伝えることにより、電極1に歳差運動を生起させて溶接アークを回転する構成にし、更に、図の上端が自動調芯軸受ブロック4に固定され、下端の球面軸受2を基点として、電極1と一体になって歳差運動する連結板3が電極1の軸芯と平行する方向に延伸し、溶接ワイヤ9が、電極1の基端部と前記自動調芯軸受ブロック4との間から、回転モータ6の軸芯と傾斜させた方向に引き出されているので、電極1を短縮でき、溶接トーチを容易に小型、軽量化することが可能である。図において、4aは自動調芯軸受、5は、回転モータ6により回転駆動され、先端(図の下端)の偏心部が偏心量aの円運動をして、自動調芯軸受ブロック4に円運動を発生させるための偏心シャフト、8はガスシールドノズル、10は冷却水ホース、11は溶接ワイヤシールドガス供給ホース、12は電気ケーブル、20はトーチ本体である。
【0005】
【特許文献1】特開昭62−104684号公報
【特許文献2】特開平7−185803号公報
【特許文献3】特開2000−15450号公報(図2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1や2に記載の技術では、回転モータの軸芯と電極の軸芯を傾けることができず、溶接トーチを小型・軽量化することが困難である。
【0007】
一方、特許文献3に記載されている溶接トーチは、図1に示した如く、電極1と回転モータ6の軸芯をθだけ傾斜させることが可能な機構であるが、水平隅肉溶接の場合、溶接トーチのトーチ角度が45度±15度程度で使用される場合が多く、このときトーチ寸法を小型化するには、電極1と回転モータ6の軸芯の交差角度θを(90度−トーチ角度)にした場合が最小寸法になるので、交差角度θをできるだけ大きく、特に30度〜60度とするのが望ましい。
【0008】
しかしながら、この溶接トーチでは、交差角度θが大きくなるに連れて、電極先端の回転中心位置を設計上の軸芯(一般にガスシールドノズル8の中心)に固定できず、変動し易くなる。これは、トーチ本体20側と剛に接続しているのは、図2(A)に示す如く、回転モータ本体6と、交差角度θが生じる変曲点の球面軸受2の2箇所であるが、自動調芯軸受49及び球面軸受2の機構上、それぞれの軸芯に垂直な面の回転運動は固定する機構となっていないからである。従って、図2(B)に示す如く、球面軸受2及び電極1は、回転モータ6の回転を伝達されると同時に、回転モータ6と球面軸受2を結ぶ直線を軸中心とした円運動は制御機構がなく、自由に回転する状態である。
【0009】
図3を参照して、更に詳しく説明すると、回転モータ6は、回転アークの回転速度(周波数)と同一速度で回転している。偏心シャフト5は、図3(A)に示す如く、回転モータ6の軸6Sと剛に接続されているので、図3(B)に示す如く、回転モータ6と同一速度で回転している。従って、回転モータ6の軸芯(以下、モータ軸芯と称する)6Cと偏心シャフト5の軸芯5C間の距離d1が、回転アークの回転半径を決める1つのパラメータとなる。図3(B)に示したような回転軌跡を有する偏心シャフト5の軸芯5Cの軌跡は、図3(C)に実線Aで示す如く、モータ軸芯6Cを中心とする半径d1の回転運動をしている。一方、自動調芯軸受ブロック4は、偏心シャフト5と剛に接続していないので、回転モータ6、偏心シャフト5と同一の円運動をするのではなく、図3(D)に破線Bで示すように、モータ軸芯6Cを中心として、偏心量d1を半径とする円状の軌跡を描くことになる。つまり、該自動調芯軸受けブロック4のC面(前面)側は常に紙面の右側を向いたまま円状の軌跡を描く、動きを行う。該自動調芯軸受ブロック4は連結板3を介して電極1及び溶接ワイヤ9と剛に接続しているので、電極部も、図3(D)に示した破線Bと同一の周波数の運動を行なう。但し、電極1及び溶接ワイヤ9の各点での回転半径は、球面軸受2の部分で電極1の一点が固定され支点となるので、球面軸受からの距離に比例する。このとき交差角度があれば、電極先端は、回転モータ6の軸芯方向に半径d1のある比例量分回転することになるが、交差角度が約45度以下であれば、実際の溶接施工には問題がない。
【0010】
図4に示す如く、自動調芯軸受ブロック4と球面軸受2間の距離をD3、球面軸受2と溶接ワイヤ9の先端間の距離をD4とすると、溶接ワイヤ9の先端の回転アーク半径d2は、次式で示す如くとなる。
【0011】
d2=(D4/D3)×d1 …(1)
【0012】
以上のように、自動調芯軸受ブロック4は、理論的には回転モータ6の回転と別の動きをする筈であるが、実際には、自動調芯軸受ブロック4が回転モータ6と同一の動きをすることがある。例えば回転モータ6が駆動開始する瞬間等に、いわゆるモーメントが発生して、自動調芯軸受ブロック4自体が、図3(E)に示すように、数度であるが回転することがある。この回転によって、図3(F)に示すように、電極1の先端(溶接ワイヤ9)では、大きな位置変動が生じてしまう。しかしながら、特許文献3では、この同一の動きを抑制する機構については、記載されていなかった。
【0013】
今、傾斜角度が0度、即ち、回転モータ6からの軸と電極1の軸が同一であれば、自動調芯軸受4a及び球面軸受2が回転していても、電極1の中心で回転するだけなので、実質問題にならない。
【0014】
しかし、交差角度θが大きくなり、回転モータ6と球面軸受2を結ぶ軸からの距離が大きくなると、円運動をする毎に溶接ワイヤ9の先端が横方向に変動する。電極1の溶接ワイヤ9の先端がガスシールドノズル8中心から変動すれば、溶接アークのシールド性が十分でなくなり、ブローホール等の溶接欠陥の原因となる。又、ロボットや自動溶接機に搭載して使用する場合、ワイヤ狙い位置が設計上の位置と差を生じるために、所定の溶接施工ができなくなるといった不具合を発生していた。
【0015】
本発明は、前記従来の問題点を解決するべくなされたもので、回転モータの回転駆動を阻害することなく、電極の回転中心位置が固定された回転アーク溶接トーチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、回転モータと、その軸心方向に配設された該回転モータの回転が伝達される偏心シャフトと、該偏心シャフト先端の偏心部が挿入され円運動を発生させる自動調芯軸受ブロックとからなる回転発生部と、中心に溶接ワイヤを供給する孔を有する電極と、該電極の上端から電極の孔を貫通して供給される溶接ワイヤと、前記電極の基端部を円運動自在に支持する球面軸受とからなる電極部とが、前記回転モータの軸芯と前記電極軸芯が所定の交差角度を有して交差する位置に配設され、且つ、前記回転発生部の自動調芯軸受ブロックに一端が固定され、他端が前記電極部に固定された、前記円運動を伝達する連結手段とで連結されて、前記電極に生起する歳差運動によりアークを回転させる回転アーク溶接トーチにおいて、前記回転モータの軸芯と電極の軸芯を含む平面が球面軸受を中心に旋回しないように、電極先端の回転軌跡の中心位置を、溶接トーチ本体に対して、定位置に保持することにより、前記課題を解決したものである。
【0017】
又、前記電極先端の回転軌跡の中心位置が、溶接トーチ本体に対して、定位置を保持するように、前記連結手段、電極部、又は、自動調芯ブロックを押え具で押さえるようにしたものである。
【0018】
本発明により、アーク点を回転モータの軸芯を中心とする円運動から抑制するに際しては、電極部、連結手段、自動調芯軸受ブロックが1つの剛体であるから、この剛体を該垂直方向から固定すれば、アーク点での変動を抑制することが可能になる。但し、トーチ本体等と剛に接合した場合は、回転アークに利用する回転運動を阻害することになるので、アークを回転させる円運動を阻害することなしに抑制する必要があり、押え具は、例えばゴム材、ばね機構等の弾力性のあるもので押さえることが望ましい。
【0019】
一般に、高速回転アーク溶接でのワイヤ先端での回転径d2は2〜5mm程度であることが多く、回転モータの負荷に問題が無い程度に、2本の軸を結ぶ面と垂直な方向から加圧力を加えて押える。
【0020】
又、押える位置については、前記平面の回転が無くなるようにできれば、とこでもよいが、図5に示す如く、回転モータ6の軸芯からできるだけ遠い破線C上の位置で押える方がよい。何故ならば、弾力性のあるもので押さえた場合、抑制量が微小に変動することがあるが、回転モータ6から遠い程、微小変動によるアーク点の変動量が小さくなるからである。
【0021】
又、前記所定の交差角度は、20〜60度とすることができる。即ち、回転モータの軸に垂直な面で見たときに回転モータの軸芯からアーク発生点の距離が離れる程、今回の変動は大きくなる。距離が離れるとは、(1)交差角度θが大きくなる、(2)球面軸受2と溶接ワイヤ9先端距離が長くなる、の2種類があるが、(2)は、実用を考えると、それほど極端な距離にはならない。前記回転モータの軸芯と電極の軸芯の交差角度θは、角度が大きくなり、45度に近い方がトーチの小型化設計には有利であるが、実用を考えると、20度以上の場合に本発明によるブレ止めの必要性が高まる。
【0022】
本発明は、又、前記回転モータを、フレキシブルシャフトで前記偏心シャフトに連結するようにして、溶接トーチの一層の小型化を可能としたものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、交差角度等が大きい溶接トーチでも、電極の軸芯が変動することがなく、小型、軽量化された溶接トーチを得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0025】
本発明の第1実施形態は、図6(A)(正面から見た断面図)、図6(B)(側面から見た断面図)、及び、図6(C)(上面から見た断面図)に示す如く、図1に示した従来例と同様のトーチ本体20と「く」の字状連結板3との左右の隙間に、弾力性のあるゴム(例えばシリコンゴム)やスポンジ等の弾性固定部材30を挟んで横ぶれを防止したものである。
【0026】
図において、13は溶接チップ、14は電極ブロック、15は冷却水入側ホース、16は冷却水出側ホース兼パワーケーブルである。
【0027】
ここで、回転モータ6の軸芯及び球面軸受(ブロック)2はトーチ本体20に固定され、偏心シャフト5の軸芯は、トーチ本体20から見て、偏心量だけ回転し、球面軸受2の中央の内輪2aは自由運動している。
【0028】
又、溶接ワイヤ9、溶接チップ13、電極ブロック14、連結板3、自動調芯軸受ブロック4は、電極1と剛に接続されている。
【0029】
前記弾性固定部材30による固定位置は、トーチ本体20内で、できる限り溶接ワイヤ9の先端位置直上に近い位置とする。
【0030】
固定量によって、回転モータ6の負荷が極端に大きくならず、運棒によるアークセンサ倣いに影響が無い範囲であれば、回転径は、真円から楕円形状に変動しても構わない。
【0031】
次に、図7を参照して、本発明の第2実施形態を詳細に説明する。
【0032】
この第2実施形態は、第1実施形態の弾性固定部材30の代わりに、球面軸受上部の電極ブロック14又は連結板3を、トーチ本体20の外側の垂直方向から、スプリングプランジャと称する押しばね40で両側から押し込んで、回転運動を防止するようにしたものである。
【0033】
ここで、押しばね40は、片側1本だけであると、モーメントが作用して、電極ブロック14が回転する可能性があるので、片側で複数本で押さえる。
【0034】
なお、図では電極上部のブロック14を押えているが、連結板3を押えても構わない。
【0035】
前記実施形態においては、いずれも、連結板3により自動調芯軸受ブロック4と電極1を剛に接続しているので、溶接トーチ内に配設される溶接ワイヤ、冷却水、シールドガス等のケーブルやホースを効率良く避けて配置することが容易である。なお、連結手段の構成はこれに限定されず、自動調芯軸受ブロック4と電極1を剛に接続できるものであれば、棒や円筒等であってもよい。
【0036】
又、前記実施形態においては、本発明が、ガスシールド消耗電極式の溶接トーチに適用されていたが、本発明の適用対象はこれに限定されず、ガスシールド以外、消耗電極式以外のアーク溶接トーチにも同様に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】特許文献3の図2に記載された回転アーク溶接トーチを示す正面から見た断面図
【図2】従来の問題点を説明するための模式図
【図3】同じく回転発生部で生じる回転を示す模式図
【図4】同じく回転アーク半径の計算を示す模式図
【図5】本発明の原理を示す模式図
【図6】本発明の第1実施形態を示す(A)正面から見た断面図、(B)側面から見た断面図、(C)上面から見た断面図
【図7】本発明の第2実施形態を示す(A)正面から見た断面図、(B)側面から見た断面図、(C)上面から見た断面図
【符号の説明】
【0038】
1…電極
2…球面軸受(ブロック)
3…連結板
4…自動調芯軸受ブロック
5…偏心シャフト
6…回転モータ
9…溶接ワイヤ
14…電極ブロック
20…トーチ本体
30…弾性固定部材
40…押しばね
θ…交差角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転モータと、その軸心方向に配設された該回転モータの回転が伝達される偏心シャフトと、該偏心シャフト先端の偏心部が挿入され円運動を発生させる自動調芯軸受ブロックとからなる回転発生部と、
中心に溶接ワイヤを供給する孔を有する電極と、該電極の上端から電極の孔を貫通して供給される溶接ワイヤと、前記電極の基端部を円運動自在に支持する球面軸受とからなる電極部とが、
前記回転モータの軸芯と前記電極軸芯が所定の交差角度を有して交差する位置に配設され、
且つ、前記回転発生部の自動調芯軸受ブロックに一端が固定され、他端が前記電極部に固定された、前記円運動を伝達する連結手段とで連結されて、前記電極に生起する歳差運動によりアークを回転させる回転アーク溶接トーチにおいて、
前記回転モータの軸芯と電極の軸芯を含む平面が球面軸受を中心に旋回しないように、電極先端の回転軌跡の中心位置を、溶接トーチ本体に対して、定位置に保持することを特徴とする回転アーク溶接トーチ。
【請求項2】
前記電極先端の回転軌跡の中心位置が、溶接トーチ本体に対して、定位置を保持するように、前記連結手段を押え具で押さえることを特徴とする請求項1に記載の回転アーク溶接トーチ。
【請求項3】
前記電極先端の回転軌跡の中心位置が、溶接トーチ本体に対して、定位置を保持するように、前記電極部を押え具で押さえることを特徴とする請求項1に記載の回転アーク溶接トーチ。
【請求項4】
前記電極先端の回転軌跡の中心位置が、溶接トーチ本体に対して、定位置を保持するように、前記自動調芯軸受ブロックを押え具で押さえることを特徴とする請求項1に記載の回転アーク溶接トーチ。
【請求項5】
前記所定の交差角度が20〜60度であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の回転アーク溶接トーチ。
【請求項6】
前記回転モータが、フレキシブルシャフトで前記偏心シャフトに連結されたことを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の回転アーク溶接トーチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−98419(P2007−98419A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−289842(P2005−289842)
【出願日】平成17年10月3日(2005.10.3)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】