説明

固体電解質シート

【課題】特に靭性に優れた薄肉で且つ大版の固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートを提供すること。
【解決手段】本発明に係る固体酸化物形燃料電池用固体電解質シートは、立方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、アルミナを0.01〜4質量%含有し、ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が1.6MPa・m0.5以上であり、且つジルコニア粒子が、安定化剤としてスカンジウム、および/またはイッテルビウムの酸化物を含む安定化ジルコニアからなり、破壊靭性値の変動係数が30%以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、燃料電池はクリーンエネルギー源として注目されており、その用途は家庭用発電から業務用発電、更には自動車用発電などを主体にして急速に実用化研究が進められている。
【0003】
固体酸化物形燃料電池としては、固体電解質シートの片面側にアノード電極、他方面側にカソード電極を設けたセルを縦方向に多数積層したスタックを代表的な基本構造とするものがある。この構造の場合、個々の電解質膜には大きな積層荷重がかかる他、稼動時に継続的な振動を受ける。さらに移動用途の燃料電池では、断続的な振動も受ける。その結果、電解質膜が損傷する場合がある。
【0004】
燃料電池セルは直列に接続されているために、1枚の電解質膜が完全に損傷すると、燃料電池全体の発電能が大きく低下する。そこで本発明者らは、特許文献1、特許文献2、および特許文献3などの技術を提案した。これら技術では、固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートについて、積層荷重に耐えるべき強度の向上、ウネリや反り、バリなどの低減と割れ防止などの形状特性の向上、イオン導電ロスを低減するための薄肉化、更には電極印刷の均一性と密着性を高めるための表面粗さの適正化などを目的としている。
【0005】
これらの技術で、固体電解質膜を薄肉且つ緻密化し得ると共に、形状特性の改善、即ちウネリ、反り、バリなどの低減により、セルを積層したときの耐積層荷重強度や耐熱ストレス性、更には電極印刷の密着性や均質性も大幅に改善できた。
【0006】
ところで、非特許文献1には、セラミック焼結体を製造する際に、正方晶スカンジア安定化ジルコニア粉末を型に入れてプレスした後にCIP成型し、次いで焼成して得られた焼結体をHIP加圧処理することによって、焼結体の密度を高める技術が記載されている。しかしHIP(Hot-Isostatic-Pressing)加圧処理は、高温のガス等により均等に圧縮して緻密化する技術であるが、薄肉で且つ大版のシートの製造は困難であり、また、大量生産に向く方法ではない。
【0007】
特許文献4には、未焼成セラミック成形体を特定方向に加圧して、成形体の密度を高めると共に、密度補正を行って焼成収縮率のバラツキを抑えるという技術が記載されている。しかし当該公報のセラミック成形体は、セラミックグリーンシート同士を積層して得られる多層回路基板の材料などとしての利用が志向されており、薄肉で且つ大版のセラミックシートへの当該技術の応用は、全く記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−281438号公報
【特許文献2】特開2001−89252号公報
【特許文献3】特開2001−10866号公報
【特許文献4】特開平8−133847号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】第8回SOFC研究発表会予講集(1999年12月16〜17日、第63頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した様に、本願発明者らは、固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートの様々な特性を向上させるべく研究してきた。そして、固体酸化物形燃料電池を長寿命化するためには、固体電解質シートの一部が損傷した場合でも、その損傷が周辺に伝播しないよう、固体電解質シートの靭性を高めることが特に重要であるとの結論に至った。
【0011】
ところで、上述した様に、セラミック成形体を加圧して密度を高める技術は存在した。しかし、当該技術を薄肉・大版シートに、ひいては固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートに適用した例はなかった。また、セラミック成形体を単に加圧しても、焼成条件によっては靭性が十分に向上しない場合もある。
【0012】
かかる状況の下、本発明が解決すべき課題は、特に靭性に優れた薄肉で且つ大版の固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートと、その製造方法を提供することにある。
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、特にセラミックシートの製造条件について鋭意研究を重ねた。その結果、セラミックグリーンシートの段階で加圧処理すると共に、焼成条件と冷却条件を適切に規定することによって、特にセラミックシートの靭性を顕著に高められることを見出して、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートの製造方法は、
ジルコニア粒子、バインダー、可塑剤および分散媒を含むスラリーを成形し乾燥することによって、薄肉で且つ大版のジルコニアグリーンシートを得る工程;
ジルコニアグリーンシートを厚さ方向に10MPa以上40MPa以下で加圧する工程;
加圧されたジルコニアグリーンシートを1200〜1500℃で焼成する工程;および
焼成後、冷却する際に、500℃から200℃までの温度域の時間を100分間以上400分間以下に制御する工程;
を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る第1の固体酸化物形燃料電池用固体電解質シートは、
正方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、
ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が3.6MPa・m0.5以上であり、且つ
破壊靭性値の変動係数が20%以下
であることを特徴とする。
【0016】
本発明に係る第2の固体酸化物形燃料電池用固体電解質シートは、
立方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、
アルミナを0.01〜4質量%含有し、
ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が1.6MPa・m0.5以上であり、且つ
破壊靭性値の変動係数が30%以下
であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明方法により得られた固体電解質シートは、特に本発明で規定された加圧工程、焼成工程、および冷却工程を経ることにより、理論密度に対して99.0%以上の高い密度を有し、且つ高い靭性を有する。従って、本発明に係る固体電解質シートは、耐久性の高い固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シートに利用できるものとして、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例で採用したグリーンシートの加圧処理法を示す概念図である。図中、AはPETフィルムを表し、Bはグリーンシートを表し、Cはアクリル板を表し、Pはプレス板を表す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る固体酸化物形燃料電池用固体電解質シートの製造方法は、
ジルコニア粒子、バインダー、可塑剤および分散媒を含むスラリーを成形し乾燥することによって、薄肉で且つ大版のジルコニアグリーンシートを得る工程;
ジルコニアグリーンシートを厚さ方向に10MPa以上40MPa以下で加圧する工程;
加圧されたジルコニアグリーンシートを1200〜1500℃で焼成する工程;および焼成後、冷却する際に、500℃から200℃までの温度域の時間を100分間以上400分間以下に制御する工程;
を含むことを特徴とする方法。以下、実施の順番に従って、本発明の製法を説明する。
【0020】
(1) スラリーの調製工程
先ず、ジルコニア粒子、バインダー、可塑剤および分散媒を含むスラリーを調製する。
【0021】
スラリーの構成成分であるジルコニアとしては、MgO、CaO、SrO、BaOなどのアルカリ土類金属酸化物;Y23、La23、CeO2、Pr23、Nd23、Sm23、Eu23、Gd23、Tb23、Dy23、Ho23、Er23、Yb23などの希土類元素酸化物;Sc23、Bi23、In23等の酸化物を安定化剤として1種もしくは2種以上含有するジルコニアを例示することができる。さらにその他の添加剤として、SiO2、Ge23、B23、SnO2、Ta25、Nb25等が含まれていてもよい。
【0022】
中でも、より高レベルの強度と靭性を確保する上で好ましいのは、安定化剤としてスカンジウム、イットリウム、イッテルビウムから選ばれる少なくとも1種の元素の酸化物を含有する安定化ジルコニアである。より好適なものとしては、安定化剤としてスカンジウム、イットリウム、およびイッテルビウムからなる群より選択される少なくとも1種の元素の酸化物を3〜6モル%含む正方晶ジルコニアと、安定化剤としてスカンジウム、イットリウム、およびイッテルビウムからなる群より選択される少なくとも1種の元素の酸化物を7〜12モル%含む立方晶ジルコニアを例示することができる。
【0023】
スラリーを製造する際に用いられるバインダーの種類は、熱可塑性のものであれば格別の制限はなく、従来から知られた有機質のバインダーを適宜選択して使用することができる。有機質バインダーとしては、例えばエチレン系共重合体、スチレン系共重合体、アクリレート系及びメタクリレート系共重合体、酢酸ビニル系共重合体、マレイン酸系共重合体、ポリビニルブチラール樹脂、ビニルアセタール系樹脂、ビニルホルマール系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、ワックス類、エチルセルロース等のセルロース類等が例示される。
【0024】
これらの中でもグリーンシートの成形性や強度、焼成時の熱分解性などの点から、メチルアクリレート、エチルアクリレート、プロピルアクリレート、ブチルアクリレート、イソブチルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、2−エチルヘキシルアクリレート等の炭素数10以下のアルキル基を有するアルキルアクリレート類;メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、イソブチルメタクリレート、オクチルメタクリレート、2−エチルヘキシルメタクリレート、デシルメタクリレート、ドデシルメタクリレート、ラウリルメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレート等の炭素数20以下のアルキル基を有するアルキルメタクリレート類;ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート等のヒドロキシアルキル基を有するヒドロキシアルキルアクリレートまたはヒドロキシアルキルメタクリレート類;ジメチルアミノエチルアクリレート、ジメチルアミノエチルメタクリレート等のアミノアルキルアクリレートまたはアミノアルキルメタクリレート類;(メタ)アクリル酸、マレイン酸、モノイソプロピルマレートの如きマレイン酸半エステル等のカルボキシル基含有モノマー等の中から少なくとも1種を重合または共重合させることによって得られるポリマーが好ましく使用される。
【0025】
これらの中でも特に好ましいのは、数平均分子量が20,000〜200,000、より好ましくは50,000〜150,000の(メタ)アクリレート系共重合体である。これらの有機質バインダーは、単独で使用し得る他、必要により2種以上を適宜組み合わせて使用することができる。特に好ましいのはイソブチルメタクリレートおよび/または2−エチルヘキシルメタクリレートを60質量%以上含むモノマーの重合体である。
【0026】
ジルコニア粉末とバインダーの使用比率は、前者100質量部に対して後者5〜30質量部、より好ましくは10〜20質量部の範囲が好適である。バインダーの使用量が不足する場合は、グリーンシートの強度や柔軟性が不十分となる。逆に多過ぎると、スラリーの粘度調節が困難になるばかりでなく、焼成時のバインダー成分の分解放出が多く且つ激しくなって均質な焼結体シートが得られ難くなる。
【0027】
本発明で用いる可塑剤としては、ポリエステル系のものが好適である。本発明で行う加圧処理は、ジルコニアグリーンシート同士を接合するためのものではなく、グリーンシート内に存在する気孔をグリーンシート外に排除することによって、均質で且つ高靭性の固体電解質シートを得るためのものである。かかる効果を有効に発揮するためには、グリーンシートの圧縮弾性率が適切なものであることが好ましい。しかし、通常用いられている可塑剤であるフタル酸エステル等のモノマー可塑剤では、ブルーミング等のために、適切な圧縮弾性率を有するグリーンシートは得られ難い。一方、好適な圧縮弾性率のグリーンシートを得るためには、可塑剤としてポリエステル系可塑剤が好適である。ポリエステル系可塑剤を用いれば、ブルーミングが少なく、また、加圧による気孔の移動がスムーズに起こる。
【0028】
ポリエステル系可塑剤としては、式:R−(A−G)n−A−R[式中、Aは二塩基酸残基を示し、Rは末端停止剤残基を示し、Gはグリコール残基を示し、nは重合度を示す]で表されるものがある。二塩基酸としてはフタル酸、アジピン酸、セバチン酸等を挙げることができ、末端停止剤残基としては、メタノール、プロバノール、ブタノール等の低級1価アルコールを挙げることができる。重合度は、10〜200が好適であり、より好ましくは20〜100である。
【0029】
可塑剤として用いるポリエステルとしては、例えば、分子量が1000〜1600のフタル酸系ポリエステル、分子量が1000〜4000のアジピン酸系ポリエステル、およびこれらの混合可塑剤が好適である。特に、粘度が0.8〜1Pa・s(25℃)程度のフタル酸系ポリエステルと、粘度が0.2〜0.6Pa・s(25℃)程度のアジピン酸系ポリエステルが好適である。これら可塑剤は、ジルコニア粒子等と共にスラリーを調製する際に攪拌適合性が良好である。
【0030】
さらに、グリーンシートに柔軟性を付与するため、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル等のフタル酸エステル類、プロピレングリコール等のグリコール類やグリコールエーテル類からなる可塑剤を使用してもよい。
【0031】
可塑剤の配合量は、使用するバインダーのガラス転移温度にもよるが、ジルコニア粒子100質量部に対して1〜10質量部とすることが好ましい。1質量部未満であると、十分な効果が発揮されない場合があるからであり、一方、10質量部を超えると、かえって可塑性が強くなり過ぎ、また、焼成時の熱分解に悪影響を及ぼし得るからである。さらに好ましくは2質量部以上、8質量部以下であり、特に好ましくは3質量部以上、7質量部以下である。
【0032】
スラリー調製に用いる溶媒としては、メタノール、エタノール、2−プロパノール、1−ブタノール、1−ヘキサノール等のアルコール類;アセトン、2−ブタノン等のケトン類;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル等の酢酸エステル類等を例示することができ、これらから適宜選択して使用する。これらの溶媒は単独で使用し得る他、2種以上を適宜混合して使用することができる。これら溶媒の使用量は、グリーンシート成形時におけるスラリーの粘度を加味して適当に調節するのがよく、好ましくはスラリー粘度が1〜20Pa・s、より好ましくは1〜5Pa・sの範囲となる様に調整するのがよい。
【0033】
立方晶ジルコニア主体の結晶構造を有する固体電解質シートの場合には、ジルコニア粒子とアルミナの合計に対してアルミナを0.01〜4質量%配合することが好ましい。立方晶ジルコニアは、正方晶ジルコニアに比較して強度は劣るものの優れた酸素イオン導電性を有しており、立方晶ジルコニアの強度を高めるためアルミナを添加する。但し、その添加量が0.01質量%未満では強度向上効果が不十分であり、また4質量%を超えると、強度は向上するものの酸素イオン導電性が低下する。即ち、優れた酸素イオン導電性を保ちつつ高い強度特性を有するシートとするために、立方晶ジルコニアシートの場合には、アルミナを添加する。
【0034】
特に、アルミナのより好ましい添加量は0.03〜3質量%、更に好ましくは0.05〜2質量%である。この様なアルミナ添加量を確保すれば、3点曲げ強度で0.3GPa以上、そのワイブル係数は10以上と優れた強度を有するものとなる。
【0035】
また、正方晶ジルコニア主体の結晶構造を有する固体電解質シートの場合でも、焼結性の向上のためにアルミナを添加してもよい。この場合、アルミナの好適な添加量は0.01〜2質量%、より好ましくは0.01〜1質量%である。
【0036】
なお、アルミナは、原料ジルコニア粉末中に0.002〜0.005質量%程度不可避的に含まれているが、ジルコニア焼結体中のアルミナ含量は、これら原料中に含まれるアルミナと後から添加されるアルミナの合計量をいう。
【0037】
スラリーの調製に当たっては、ジルコニア原料粉末の解膠や分散を促進するため、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸アンモニウム等の高分子電解質、クエン酸、酒石酸等の有機酸、イソブチレンまたはスチレンと無水マレイン酸との共重合体およびそのアンモニウム塩あるいはアミン塩、ブタジエンと無水マレイン酸との共重合体およびそのアンモニウム塩等からなる分散剤;更には界面活性剤や消泡剤などを必要に応じて添加することができる。
【0038】
原料であるスラリーとしては、当該スラリー中の固形物の平均粒径が0.08〜0.8μm、より好ましくは0.1〜0.4μmの範囲で、90体積%径が2μm以下、より好ましくは0.8〜1.5μmであるものを使用するのがよい。この様な粒度構成のスラリーを使用すると、シート状に形成した後の乾燥工程で固形物粒子間に微細で且つ均一なサイズの細孔が形成され易く、適度の加圧とも相まって粗大な気孔が残らなくなり、微細な気孔は焼結により消滅して高密度の焼結体となる。その上、結晶粒径の変動係数も可及的に小さく抑えられ、延いては、高レベルの破壊靭性値と小さな変動係数の焼結体シートが得られる。
【0039】
原料粉末やスラリー中の固形成分の粒度構成とは、下記の方法で測定した値をいう。測定装置としては、堀場製作所製のレーザー回折式粒度分布測定装置「LA−920」などの粒度分布測定装置を用いる。原料粉末の粒度構成は、先ず、蒸留水中に0.2質量%のメタリン酸ナトリウムを添加した水溶液を分散媒とし、当該分散媒100mL中に原料粉末0.01〜1質量%を加え、3分間超音波処理して分散させて測定する。また、スラリー中の固形成分の粒度構成は、スラリー中の溶媒と同組成の溶媒を分散媒として使用し、当該分散媒100mL中に各スラリーを0.01〜1質量%となる様に加え、同様に3分間超音波処理して分散させた後の測定値である。平均粒径とは、粒径分布曲線における固形分全体積中の50%に相当するときの粒径であり、90体積%径とは、粒径分布曲線における固形分全体積中の90%に相当するときの粒径である。
【0040】
スラリーの調製に当たっては、上記構成成分の懸濁液をボールミル等により均一に混練破砕する方法が採用される。分散剤の種類や分散剤の添加量などの混練条件によっては、スラリー調製工程で原料粉末の一部が2次凝集を起こしたり、一部は更に破砕されたりするので、原料粉末の粒度構成がそのままスラリー中の固形成分の粒度構成と同じになるわけではない。よって、本発明の固体電解質シートを製造する際には、シート状に塗工する前のスラリー中に含まれる固形成分の粒度構成が上記好適範囲内となる様に調整するのがより確実な方法といえる。
【0041】
(2) グリーンシートの成形工程
次に、得られたスラリーをシート状に成形する。成形方法は特に制限されず、ドクターブレード法やカレンダーロール法などの常法を用いる。具体的には、原料スラリーを塗工ダムへ輸送し、ドクターブレードにより均一な厚さとなるように高分子フィルム上にキャスティングし、乾燥することによりジルコニアグリーンシートとする。乾燥条件は特に制限されず、例えば40〜150℃の一定温度で乾燥してもよいし、50℃、80℃、120℃の様に順次連続的に昇温して加熱乾燥してもよい。
【0042】
本発明は、薄肉で且つ大判の固体電解質シートを得ることを目的とする。従って、乾燥後におけるジルコニアグリーンシートの厚さは、焼成工程後のシート厚を考慮して、0.1〜1.2mm程度にすることが好ましく、0.12〜0.6mm程度にすることがより好ましい。
【0043】
ジルコニアグリーンシートの圧縮弾性率は、適度に調節することが好ましい。本発明ではグリーンシートに対して加圧処理を行うことによって、グリーンシート中に存在する微細な気孔を排除する。その結果、焼成後のジルコニアシートの気泡も顕著に抑制され、破壊靭性値は高くなる。ここで、グリーンシートの圧縮弾性率を適度なものにすれば、加圧処理の効率が高められ破壊靭性値は高くなると共に、シート内の位置による破壊靭性値の差も抑制される。
【0044】
ジルコニアグリーンシートの圧縮弾性率としては、5MPa以上35MPa以下が好適である。圧縮弾性率が5MPa未満であると、緩和な加圧条件でも加圧方向の垂直方向にグリーンシートが過度に伸張し、また、加圧処理によりシート厚が薄くなり易くなり、寸法精度が低下するおそれがある。一方、圧縮弾性率が35MPaを超えると、グリーンシートの寸法精度は高まるが、微細な気孔を排除するためには、加圧条件を高圧、高温、または長時間としなければならない場合がある。
【0045】
ジルコニアグリーンシートの圧縮弾性率を適度なものとする方法は、可塑剤としてポリエステル系のものを用い、その種類や量を調整すればよい。より具体的には、主に使用するジルコニア粒子の種類に応じてポリエステル系可塑剤の種類や量を適宜選択した上で、試験的にジルコニアグリーンシートの圧縮弾性率を測定し、測定値が大き過ぎれば可塑剤の量を増やす等すればよい。
【0046】
固体電解質シートの前駆体であるジルコニアグリーンシートを大量生産する場合には、連続的に成形しさらに乾燥した後に、所望の形状に切断または打ち抜かれるのが一般的である。シートの形状は特に制限されず、円形、楕円形、R(アール)を持った角形など何れでもよく、これらのシート内に円形、楕円形、Rを持った角形などの穴を有するものであってもよい。
【0047】
本発明は、発電効率向上のために、大判の固体電解質シートを製造することを目的とする。従って、ジルコニアグリーンシートの平面部面積としては、100〜900cm2程度が好ましい。なお上記面積とは、シート内に穴がある場合は、該穴の面積を含んだ外周縁で囲まれる全面積を意味する。
【0048】
(3) グリーンシートの加圧工程
次に、上記で得られたジルコニアグリーンシートを、厚さ方向に10MPa以上40MPa以下で加圧する。当該加圧処理によりグリーンシート内に存在する気孔を極力低減してから焼成処理を行えば、固体電解質シートの密度や靭性が大幅に高められる。圧力としては12MPa以上30MPa以下がより好ましく15MPa以上25MPa以下がさらに好ましい。一方、圧力が高過ぎると、グリーンシートが平面方向へ伸張して厚さ方向に縮小し易くなり、電解質シートの寸法精度が劣る場合があることから、上限としては40MPaが好適である。
【0049】
加圧条件は特に制限されず、シート等に対する一般的な加圧条件を採用すればよい。例えば、加圧装置としては一般的な圧縮成形機を用い、グリーンシートをアクリル板などの硬質板に挟んで加圧してもよい。また、グリーンシートはPETフィルムなどの樹脂フィルムで挟んでもよい。更に、グリーンシート同士の接合を防止するために、間に高分子フィルムを介在させて複数枚のグリーンシートを同時に加圧してもよい。
【0050】
(4) 焼成工程
次に、加圧されたジルコニアグリーンシートを1200〜1500℃で焼成する。1200℃以上で焼成すれば十分な焼成効果が得られ、高靭性の固体電解質シートが得られる。しかし、焼成温度が高過ぎるとシートの結晶粒径が過大となって靭性が低下するおそれがあるため、上限を1500℃とする。
【0051】
焼成温度に至るまでの加熱速度は適宜調整すればよいが、通常、0.05〜2℃/分程度とすることができる。
【0052】
好ましくは、1300〜1500℃の焼結温度域で保持すると共に、当該焼結温度より20〜100℃低い温度で保持する。保持する時間としては、それぞれ10分間〜5時間が好適である。当該条件の下では、焼成炉内の温度分布が小さくなり、シートの焼結性が均質となる。その結果、焼結密度も均質になり、シート内部の位置による破壊靭性値の相違やその変動係数も抑制されることになる。
【0053】
さらに本発明では、シートの破壊靭性値の変動係数を抑制するために、焼成炉内の温度分布を±15%以下に調節することが好ましく、±10%以下に抑制することがより好ましい。
【0054】
(5) 冷却工程
焼成後の電解質シートは、冷却する際に、500℃から200℃までの温度域の時間を100分間以上400分間以下に制御する。冷却時における500℃から200℃までの温度域の経過時間を上記の様に定めたのは、次の様な理由による。
【0055】
本発明の対象となる固体電解質シートにおけるジルコニアの結晶構造は、温度500℃を境にしてその前後で変化し、500℃を超えると結晶構造は正方晶または立方晶主体で安定化するのに対し、500℃以下の温度域では単斜晶の割合が多い結晶構造になる。かかる結晶構造の変化は、特に正方晶ジルコニアで顕著に表れる。また、一般に、ジルコニアシートの破壊靭性値に及ぼす結晶構造の影響をみると、単斜晶の割合が多いものほど低い値を示すことが知られている。従って、通常の焼成炉を用いて焼結体シートを製造する際の冷却条件では、室温まで冷却された固体電解質シートの結晶構造は単斜晶が多くなり、破壊靭性値は低くなる。
【0056】
ところが、固体電解質シートを製造する際の降温過程で、500℃から200℃までの温度域の経過時間が400分以下となる様に冷却条件を制御してやれば、500℃以上の温度域で形成されていた正方晶または立方晶主体の結晶構造が殆どそのまま維持され、室温まで降温した状態でも、破壊靱性に優れた正方晶または立方晶主体の結晶構造を有する焼結体シートが得られるのである。
【0057】
尚、降温時の下側温度を200℃と定めたのは、降温時の温度が200℃未満の低温になると、その後の冷却速度が多少遅くなっても、もはや単斜晶への結晶構造の変化は起こらず、正方晶主体の結晶構造をそのまま維持できるため、格別の降温速度制御を行う必要がないからである。
【0058】
但し、上記温度域の経過時間が100分を下回ると、炉の断熱材などに過度の急冷による熱ストレスがかかって炉の寿命を短縮し、また、焼結体シートにも熱ストレスが生じ易くなるので、少なくとも100分以上の経過時間を確保することが望ましい。当該温度域におけるより好ましい経過時間は100分以上200分以下である。尚、この間の降温速度は全温度域で一定にしなければならない訳ではなく、場合によっては段階的若しくは傾斜勾配的に冷却速度を変化させてもよい。しかし、安定した効果が得られ易いのは、上記温度域の降温速度を略一定にする方法である。
【0059】
上記冷却速度を確保するための手段は特に制限されないが、通常の焼成炉や加熱炉を使用する場合は、該炉に強制冷却用の冷風吹込み部を設けて強制冷却する方法を採用すればよい。また、焼結のための燃焼用空気吹込み口を有している焼成炉を使用する場合は、当該空気吹込み口を冷風吹込み用として兼用することも可能である。また強制冷却のための冷風吹込みの際には、冷風が炉内の焼結体に満遍なく均一に当って全体を極力均一に冷却できる様、吹込み口に冷風拡散部材などを取付けることが望ましく、それにより得られるジルコニアシート面内における破壊靭性値の変動係数を可及的に小さく抑えることができるので好ましい。
【0060】
本発明に係る固体電解質シートは、燃料電池用固体電解質膜などとしての実用性を高める意味から、その厚さが0.1mm以上で、1mm以下、より好ましくは500μm以下が望ましい。また、実用可能な発電性能を確保するには、面積で50cm2以上、900cm2以下のものが好ましく、100cm2以上、400cm2以下のものがより好ましい。シートの形状は、円形、楕円形、R(アール)を持った角形など何れでもよく、これらのシート内に同様の円形、楕円形、Rを持った角形などの穴を有するものであってもよい。なお、上記面積とは、シート内に穴がある場合は、該穴の面積を含んだ外周縁で囲まれる全面積を意味する。
【0061】
本発明に係る第1の固体酸化物形燃料電池用固体電解質シートは、
正方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、
ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が3.6MPa・m0.5以上であり、且つ
破壊靭性値の変動係数が20%以下
であることを特徴とする。
【0062】
また、本発明に係る第2の固体酸化物形燃料電池用固体電解質シートは、
立方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、
アルミナを0.01〜4質量%含有し、
ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が1.6MPa・m0.5以上であり、且つ
破壊靭性値の変動係数が30%以下
であることを特徴とする。
【0063】
上記各電解質シートは、本発明の製造方法において、ジルコニア粒子としてそれぞれ正方晶ジルコニアまたは立方晶ジルコニアを主体とするものを用いた上で、焼成後の冷却条件を適切なものとすることにより製造することができる。
【0064】
本発明に係る固体電解質シートは、靭性に優れている。靭性は物質のねばり強さを表し、曲げ特性や衝撃特性などの総合的特性と考えられる。よって、靭性は、積層荷重や振動、熱ストレスなどを受ける燃料電池用固体電解質膜などの耐久寿命に少なからぬ影響を及ぼすと考えられる。
【0065】
靭性を表す指標としては破壊靱性値があり、当該値が高いほど靭性に優れているといえる。本発明において、破壊靭性値は、島津製作所製のセミビッカース硬度計「HSV−20型」を使用し、ビッカース圧子圧入法によって測定した値をいう。
【0066】
本発明に係る第1の固体電解質シートは、正方晶を主体とする。具体的には、正方晶比率(%)が85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。正方晶比率(%)は、固体電解質シートにおけるジルコニア結晶のX線回折パターンから各ピーク強度を求め、各強度値と下記式から算出することができる。
【0067】
正方晶比率(%)=(100-単斜晶比率)×[t(400) +t(004)]÷[t(400)+t(004)+c(400)]
[式中、t(400)は正方晶(400)面のピーク強度を示し、t(004)は正方晶(004)面のピーク強度を示し、c(400)は立方晶(400)面のピーク強度を示す]
【0068】
本発明の固体電解質シートにおいては、単斜晶の比率が低いことが好ましい。具体的には、下記計算式によって算出される単斜晶比率が15%以下、より好ましくは10%以下、更に好ましくは5%以下で、優れた靭性が発揮される。
【0069】
単斜晶比率(%)=[m(111)+m(-111)]/[m(111)+m(-111)+tc(111)]×100
[式中、m(111)は単斜晶(111)面のピーク強度、m(-111)は単斜晶(-111)面のピーク強度、tc(111)は正方晶および立方晶(111)面のピーク強度、をそれぞれ表す]
【0070】
本発明に係る第1の固体電解質シートは、ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が3.6MPa・m0.5以上であり、且つ破壊靭性値の変動係数が20%以下である。かかる破壊靭性値であれば、固体酸化物形燃料電池の固体電解質シートとして利用しても、十分な耐性を発揮することができる。
【0071】
また、シート面内の破壊靭性値の変動係数を20%以下、より好ましくは15%以下、更に好ましくは10%以下に抑えたものは、固体酸化物形燃料電池用固体電解質膜として実用化する際に局部的な応力集中を起こすこともなく、安定して優れた耐荷重性能を発揮する。かかる均質な固体電解質シートは、焼成工程後、全面に渡って極力均一に冷却することで得られる。
【0072】
本発明に係る第1の正方晶固体電解質シートのより好ましい実施形態としては、固体電解質シートの厚み方向断面内に観察される1μm2以上の閉気孔の数が、1000μm2当り10個以下、より好ましくは8個以下で、且つ同断面内に観察される閉気孔の開孔面積が全て5μm2以下、より好ましくは2μm2以下のものが挙げられる。即ち、シート断面内の閉気孔の数が少なく、且つそのサイズが小さいものほど、内部欠陥が少なく破壊靭性値に与える悪影響が少ないからである。
【0073】
本発明に係る第1の正方晶固体電解質シートにおける結晶粒の平均径は0.1〜0.8μmの範囲が好ましく、且つ結晶粒の変動係数は30%以下であることが望ましい。ちなみに、結晶粒の平均径が0.1μm未満の微細なものでは、焼結不足で十分に緻密化されていないため満足な強度が得られない。逆に結晶粒の平均径が0.8μmを超えて過度に大きくなると、強度や高温耐久性が不足気味になる。また、結晶粒の変動係数が30%を超えると、固体電解質シート中の結晶粒径の分布が広くなって強度や高温耐久性が悪くなると共に、ワイブル係数が10以下に低下する傾向が生じてくる。ここでワイブル係数とは、強度バラツキの度合いを反映する定数と見做され、この値が低いものはバラツキが大きく信頼性の乏しいものと評価される。
【0074】
この様な結晶粒径の正方晶固体電解質シートを得るには、前駆体となるグリーンシートを製造する際の原料スラリーとして、当該スラリー中の固形物の平均粒径が0.15〜0.8μm、より好ましくは0.20〜0.40μmの範囲で、90体積%粒子径が0.6〜2μm、更に好ましくは0.8〜1.2μmであるものを使用することが望ましい。
【0075】
本発明に係る第2の固体電解質シートは、立方晶を主体とする。具体的には、固体電解質シートにおけるジルコニア結晶のX線回折パターンから各ピーク強度を求め、各強度値と下記式から立方晶比率(%)を求め、当該立方晶比率が90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましい、97%以上がさらに好ましい。
【0076】
立方晶比率(%)=(100-単斜晶比率)×[c(400)]÷[t(400)+t(004)+c(400)]
[式中、c(400)は立方晶(400)面のピーク強度を示し、t(400)は正方晶(400)面のピーク強度を示し、t(004)は正方晶(004)面のピーク強度を示す]
【0077】
本発明に係る第2の正方晶固体電解質シートは、アルミナを0.01〜4質量%含有する。アルミナによって、立方晶ジルコニアによる優れた酸素イオン導電性を保ちつつ、強度も高めることができる。
【0078】
本発明に係る第2の立方晶固体電解質シートのビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値は1.6MPa・m0.5以上であり、且つ破壊靭性値の変動係数が30%以下である。かかる破壊靭性値であれば、固体酸化物形燃料電池の固体電解質シートとして利用しても、十分な耐性を発揮することができる。
【0079】
また、シート面内の破壊靭性値の変動係数を30%以下、より好ましくは25%以下、更に好ましくは20%以下に抑えたものは、固体酸化物形燃料電池用固体電解質膜として実用化する際に局部的な応力集中を起こすこともなく、安定して優れた耐荷重性能を発揮する。かかる均質な固体電解質シートは、焼成工程後、全面に渡って極力均一に冷却することで得られる。
【0080】
本発明に係る第2の立方晶固体電解質シートのより好ましい実施形態としては、固体電解質シートの厚み方向断面内に観察される1μm2以上の閉気孔の数が、1000μm2当り10個未満、より好ましくは8個以下で、且つ同断面内に観察される閉気孔の開孔面積が全て5μm2以下、より好ましくは2μm2以下のものが挙げられる。即ち、シート断面内の閉気孔の数が少なく、且つそのサイズが小さいものほど、内部欠陥が少なく破壊靭性値に与える悪影響が少ないからである。
【0081】
本発明に係る第2の立方晶固体電解質シートにおける結晶粒の平均径は2〜5μmの範囲が好ましく、且つ結晶粒の変動係数は40%以下であることが望ましい。ちなみに、結晶粒の平均径が2μm未満の微細なものでは、焼結不足で十分に緻密化されていないため満足な強度が得られない。逆に結晶粒の平均径が5μmを超えて過度に大きくなると、強度や高温耐久性が不足気味になる。また、結晶粒の変動係数が40%を超えると、固体電解質シート中の結晶粒径の分布が広くなって強度や高温耐久性が悪くなると共に、ワイブル係数が10以下に低下する傾向が生じてくる。
【0082】
この様な結晶粒径の正方晶固体電解質シートを得るには、前駆体となるグリーンシートを製造する際の原料スラリーとして、当該スラリー中の固形物の平均粒径が0.08〜0.8μm、90体積%粒子径が2μm以下であるものを使用することが望ましい。
【実施例】
【0083】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0084】
尚、実施例および比較例の固体電解質シートの強度や破壊靭性値などの評価法は下記の通りである。
【0085】
グリーンシートの圧縮弾性率の測定:
グリーンシートの圧縮弾性率は、JIS K7181に準じて測定した。具体的には、万能材料試験装置(インストロン社製、型式4301)を用い、試験試料として直径49.6mmのグリーンシートを直径50mmの圧縮治具にセットした。このグリーンシートに対して、室温下、圧縮速度0.5cm/分で圧縮応力を付与し、任意の2点における応力の差(σ2−σ1)を、各点における歪値の差(ε21)で除した値を求めた。5枚のグリーンシートにつき同様の測定を行い、その平均値を圧縮弾性率とした。
【0086】
曲げ強度の測定:
供試シートをダイヤモンドカッターで幅5mm、長さ50mmの短冊状に切断し、テストピースとした。このテストピース20本を用いて、JIS R1601に準拠して、3点曲げ強度を測定した。具体的には、3点曲げ強度試験用治具を取付けた万能材料試験装置(インストロン社製、型式4301)を用いて、スパン20mm、クロスヘッド速度0.5mm/分の条件で測定し、その平均値を3点曲げ強度とした。次いで、得られた20点の測定結果から、最小自乗法によりワイブル係数を求めた。
【0087】
破壊靭性値とその変動係数:
破壊靱性値の測定法はJIS規格に定められているが、本発明では、シート状成形体にも応用できるIF法を採用した。即ち、島津製作所製のビッカース硬度計「HSV−20型」を使用し、10枚の供試シートのそれぞれ任意の位置5箇所で、正方晶電解質シートの場合は荷重2500gf、立方晶電解質シートの場合は荷重500gfに対する硬度を測定した。得られた50点の測定値の平均値を、破壊靭性値とした。50点の測定値における最大値と最小値も合わせて求めた。また、下記式によって変動係数を算出した。
変動係数=(測定値の標準偏差/平均値)×100(%)
【0088】
結晶粒径:
各供試シートの表面を走査型電子顕微鏡で写真撮影し、15000倍写真の視野内全結晶粒のサイズをノギスで測定し、それらの測定値を基に、結晶粒径の平均値、最大値、最小値、および変動係数を求めた。この際、写真視野内の端縁に位置するグレインで粒子全体が現れていないものは測定対象から外した。
【0089】
1μm2以上の閉気孔数:
供試シートを、任意に切断した。その断面において、任意の10箇所を1000倍でSEM観察して1μm2以上の閉気孔の数を調べて平均値を求め、1000μm2当りの個数に換算して閉気孔数とした。
【0090】
模擬荷重負荷試験:
万能材料試験装置(インストロン社製、型式4301)の試料台に供試ジルコニアシートを置き、さらにその周縁から内側5mmの範囲に、シール材を模擬したフェルト(アルミナ質、厚さ0.5mm)を置き、その上部に平板を置いてから0.02MPaの荷重をクロスヘッド速度0.5mm/分で負荷した。この荷重負荷試験を20枚の供試シート毎に荷重負荷を3回繰り返し、割れ等により破壊されたシート枚数の割合から下記の基準で評価した。
◎:2%以下(優秀)、○:10%以下(良好)、×:10%超(不良)
【0091】
導電率の測定:
曲げ強度の測定で用いたものと同様のテストピースに、直径0.2mmの白金線を1cm間隔で4ヵ所巻付け、白金ペーストを塗ってから100℃で乾燥・固定して電流・電圧端子とした。白金線がテストピースに密着する様に、白金線を巻いたテストピースの両端をアルミナ板で挟んだ。上から約500gの荷重をかけた状態で800℃に曝し、外側の2端子に0.1mAの一定電流を流し、デジタルマルチメーター(アドバンテスト社製の商品名「TR6845型」)を用いて、内側の2端子の電圧を直流4端子法により測定した。
【0092】
単斜晶比率:
固体電解質シートにおけるジルコニア結晶のX線回折パターンから、単斜晶(111)面および(-111)面のピーク強度、並びに正方晶および立方晶(111)面のピーク強度を求める。各強度値と下記式から、単斜晶比率(%)を求めた。
単斜晶比率(%)=[m(111)+m(-111)]/[m(111)+m(-111)+tc(111)]×100
[式中、m(111)は単斜晶(111)面のピーク強度を示し、m(-111)は単斜晶(-111)面のピーク強度を示し、tc(111)は正方晶および立方晶(111)面のピーク強度を示す]
【0093】
なお、X線回折装置としては、広角ゴニオメーターと湾曲モノクロメーターが附属された理学電器社製のX線回折装置「RU−300」を使用した。X線としては、50kV/300mAのCuKα1を照射した。得られた回折ピークに対して、平滑化処理、バックグラウンド処理、Kα2除去などの処理を行った。
【0094】
立方晶比率:
単斜晶比率と同様に、固体電解質シートにおけるジルコニア結晶のX線回折パターンから各ピーク強度を求め、各強度値と下記式から立方晶比率(%)を求めた。
立方晶比率(%)=(100-単斜晶比率)×[c(400)]÷[t(400)+t(004)+c(400)]
[式中、c(400)は立方晶(400)面のピーク強度を示し、t(400)は正方晶(400)面のピーク強度を示し、t(004)は正方晶(004)面のピーク強度を示す]
【0095】
シート厚さの測定:
マイクロメータを使用し、10枚の供試シートの任意の10箇所を測定してその平均値とフレ幅を求めた。
【0096】
形状の測定:
ノギスを使用し、10枚の供試シートの任意の10箇所を測定してその平均値とフレ幅を求めた。
【0097】
実施例1
3.0モル%イットリア安定化ジルコニア粉末(住友大阪セメント社製、商品名「OZC−3Y」)100質量部、アルミナ粉末(昭和電工社製、商品名「AL−160SG」)0.5質量部、メタクリル酸エステル系バインダー(数平均分子量:30,000、ガラス転移温度:−8℃)14質量部、可塑剤としてアジピン酸系ポリエステル(大日本インキ社製、商品名「ポリサイザーW−320」)2質量部、分散媒としてトルエン/2−プロパノール(質量比=4/1)混合溶剤50質量部を、直径10mmのジルコニア製ボールを装入したナイロン製のポットミルに入れた。当該混合物を50rpmで48時間混練することにより、グリーンシート製造用のスラリーを得た。
【0098】
このスラリーの一部を採取し、トルエン/2−プロパノール(質量比=4/1)の混合溶剤で希釈して、堀場製作所製のレーザー回折式粒度分布測定装置「LA−920」により、スラリー中の固形成分の粒度分布を測定した。その結果、平均粒径(50%体積径)は0.3μm、90%体積径は1.1μmであった。
【0099】
このスラリーを濃縮脱泡して、23℃における粘度を2Pa・sに調整した。当該スラリーを200メッシュのフィルターに通した後、ドクターブレード法によりポリエチレンテレフタレートシート上に塗工し、100℃で乾燥することにより、厚さ約0.1mmのグリーンシートを得た。このグリーンシートを直径49.6mmの円形に切断し、直径50mmの圧縮用治具を取付けた万能装置(インストロン製、型式4301)を用いて10枚のグリーンシートの弾性圧縮率を測定したところ、平均値は20.8MPaであった。
【0100】
上記切断前のグリーンシートを直径約155mmの円形に切断した後、単軸圧縮成形機(神藤金属工業所製、型式「S−37.5」)を用いて16MPaで1分間プレスしてから焼成を行なった。この時、1100℃以上での昇温速度は1deg/min以下とし、1370℃で1時間保持し、焼結温度1420℃で3時間保持した。冷却時には、500℃から200℃までの温度域の経過時間が120分間となる様に制御した。この間の冷却速度の制御は、室温の空気を焼成炉へ導入しながら、理化工業社製のプログラム温度調節計を用いて行った。この方法で、直径120mmの円形、厚さが0.1mmの3.0モル%イットリア安定化ジルコニアシートを得た。
【0101】
実施例2〜6
表1に示す組成や製造条件で、実施例1と同様の方法によって、実施例2〜6のジルコニアシートを得た。なお、表中の「xφ」は直径xmmの円形であることを示し、「y□」は一辺ymmの正方形であることを示す。
【0102】
【表1】

【0103】
実施例1〜6の破壊靭性値などの特性を測定した結果を、表2に示す。
【0104】
【表2】

【0105】
上記結果の通り、本発明方法により製造された固体電解質シートは、破壊靭性などにおいて優れた特性を有する。
【0106】
比較例1〜5
表3に示す組成や製造条件で、実施例1と同様の方法によって、比較例1〜5のジルコニアシートを得た。なお、表3中の下線は、本発明の規定範囲外の製造条件であることを示す。
【0107】
【表3】

【0108】
比較例1〜5の破壊靭性値などの特性を測定した結果を、表4に示す。
【0109】
【表4】

【0110】
上記結果の通り、本発明の規定条件外の方法により製造された固体電解質シートは、破壊靭性などにおいて、本発明に係るシートよりも劣る。
【0111】
実施例7〜12
表5に示す組成や製造条件で、実施例6と同様の方法によって、実施例7〜12のジルコニアシートを得た。
【0112】
【表5】

【0113】
実施例7〜12の破壊靭性値などの特性を測定した結果を、表6に示す。
【0114】
【表6】

【0115】
上記結果の通り、本発明方法により製造された固体電解質シートは、破壊靭性などにおいて優れた特性を有する。
【0116】
比較例6〜10
表7に示す組成や製造条件で、実施例6と同様の方法によって、比較例6〜10のジルコニアシートを得た。なお、表7中の下線は、本発明の規定範囲外の製造条件であることを示す。
【0117】
【表7】

【0118】
比較例6〜10の破壊靭性値などの特性を測定した結果を、表8に示す。
【0119】
【表8】

【0120】
上記結果の通り、本発明の規定条件外の方法により製造された固体電解質シートは、破壊靭性などにおいて、本発明に係るシートよりも劣る。
【符号の説明】
【0121】
A PETフィルム
B グリーンシート
C アクリル板
P プレス板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
立方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、
アルミナを0.01〜4質量%含有し、
ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が1.6MPa・m0.5以上であり、且つ
ジルコニア粒子が、安定化剤としてスカンジウム、および/またはイッテルビウムの酸化物を含む安定化ジルコニアからなり、
破壊靭性値の変動係数が30%以下
であることを特徴とする固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シート。
【請求項2】
結晶粒の平均径が2〜5μmであり、結晶粒径の変動係数が40%以下である請求項1に記載の固体電解質シート。
【請求項3】
厚さが0.1〜1mmである請求項1または2に記載の固体電解質シート。
【請求項4】
平面部面積が50〜900cm2である請求項1〜3のいずれかに記載の固体電解質シート。
【請求項5】
前記安定化ジルコニアは、スカンジウム、および/またはイッテルビウムの酸化物を7〜12モル%含むものである請求項1〜4のいずれかに記載の固体電解質シート。
【請求項6】
前記結晶構造における立方晶ジルコニアの比率は90%以上である請求項1〜5のいずれかに記載の固体電解質シート。
【請求項7】
前記固体電解質シートの厚み方向断面内に観察される1μm2以上の閉気孔数が1000μm2当り10個未満、且つ前記断面内に観察される閉気孔面積が5μm2以下である請求項1〜6のいずれかに記載の固体電解質シート。
【請求項8】
正方晶ジルコニア主体の結晶構造を有し、
ビッカース圧子圧入法により求められる破壊靭性値の平均値が3.6MPa・m0.5以上であり、且つ
破壊靭性値の変動係数が20%以下
であることを特徴とする固体酸化物形燃料電池用の固体電解質シート。
【請求項9】
下記計算式によって算出される単斜晶の比率が20%未満である請求項8に記載の固体電解質シート。
単斜晶比率(%)=[m(111)+m(-111)]/[m(111)+m(-111)+tc(111)]×100
[式中、m(111)は単斜晶(111)面のピーク強度を示し、m(-111)は単斜晶(-111)面のピーク強度を示し、tc(111)は正方晶および立方晶(111)面のピーク強度を示す]
【請求項10】
結晶粒の平均径が0.1〜0.8μmであり、結晶粒径の変動係数が30%以下である請求項8または9に記載の固体電解質シート。
【請求項11】
ジルコニア粒子が、安定化剤としてスカンジウム、イットリウム、およびイッテルビウムからなる群より選択される少なくとも1種の元素の酸化物を3〜6モル%含む安定化ジルコニアからなる請求項8〜10の何れかに記載の固体電解質シート。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2013−8684(P2013−8684A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−179421(P2012−179421)
【出願日】平成24年8月13日(2012.8.13)
【分割の表示】特願2007−526901(P2007−526901)の分割
【原出願日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】