説明

圧粉磁心およびその製造方法

【課題】渦電流損失とヒステリシス損失の両方を低減した高強度で低鉄損の圧粉磁心を得る。
【解決手段】シリコン樹脂で被覆された鉄系磁性金属粉末を加圧成型し、得られた成型体を600℃未満の低い温度で水蒸気中で加熱処理し、さらに、600℃以上の温度で非酸化性雰囲気で焼鈍することにより、該磁心を形成する粉末粒子が、SiO相で被覆されており、SiO層上にFe相が形成されている圧粉磁心を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性金属粉末を成型した圧粉磁心、特に、ヒステリシス損失の低い圧粉磁心およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器やモータなどに用いられる磁心として、絶縁材料により被覆された磁性金属粉末を加圧成型して製造された圧粉磁心が用いられている。このような圧粉磁心は、軟磁気特性が優れているばかりでなく、機械的性質が良好であることも必要である。
絶縁材料により被覆された磁性金属粉末を加圧成型して製造された圧粉磁心は、高温に加熱すると絶縁被覆が損傷するため、焼結処理を行うことができず、また、高い圧力で成型すると絶縁皮膜が破壊されて、渦電流損が悪化するおそれもあり、十分な抗折強度を得ることが困難である。
【0003】
この問題を解決するために、絶縁材料により被覆された磁性金属粉末に潤滑剤を添加して加圧成型し、得られた圧粉成型体を水蒸気中で加熱処理することが、特許文献1及びその技術をさらに改良した特許文献2などによって知られている。
たとえば、特許文献2では、リンを含む無機皮膜を有する電磁軟質鉄または鉄基合金粉末を潤滑剤と混合して加圧成型した後、得られた圧粉成型体を、まず非還元性雰囲気で500℃で熱処理して皮膜を劣化させずに潤滑剤を気化させ、その後さらに、550℃の温度で水蒸気中で加熱する処理をしている。この水蒸気処理により、鉄基粒子の表面が酸化されて、圧粉成型体の曲げ強度が大きく改善されている。
【0004】
ところで、磁性金属粉末を加圧成型して圧粉磁心とする際、磁性金属粉末に加工歪みが加えられるため、圧粉磁心は、内部に加工歪を有しており、この歪に起因してヒステリシス損失が悪化している。
ヒステリシス損失の低減には、圧粉成形体を600℃以上の温度で焼鈍することにより、内部歪を充分に除去することが有効であるが、上記特許文献では、いずれの熱処理も600℃より低い加熱温度で行われているため、圧粉磁心内の歪を充分除去できておらず、ヒステリシス損失が十分低減されないという問題がある。
【0005】
リンを含む無機皮膜は、600℃以上の加熱では分解して劣化してしまい、電気絶縁性が確保できなくなり、渦電流損失が悪化するという問題があり、上記特許文献では、無機皮膜による絶縁性の確保と水蒸気処理による圧粉磁心の強度を確保できても、内部歪による損失を十分低減できるものとなっていない。
そのため、渦電流損失とヒステリシス損失の両方を低減して低損失にするためには、600℃以上での焼鈍を可能として、電気絶縁性を確保した上でさらに内部歪を除去できるようにすることが有効である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2001−510286号公報
【特許文献2】特表2008−544520号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、加熱処理による酸化によって強度を改善した圧粉磁心において、電気絶縁性を劣化させないで600℃以上の温度での焼鈍を可能として、渦電流損失とヒステリシス損失の両方を低減した高強度低鉄損の圧粉磁心を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、シリコン樹脂で被覆された鉄系磁性金属粉末を用い、加熱により、軟質のシリコン樹脂を硬質で、耐熱性のあるSiOに変化させ、さらには、SiO層上にFe酸化物層を形成させ、さらには歪を除去することにより、上記課題を解決できることを見出したことに基づいてなされたものである。
【0009】
そのような本発明は、鉄系磁性金属粉末を成型した圧粉磁心であって、該磁心を形成する粉末粒子は、SiO層で被覆されており、さらに、SiO層上にFe酸化物層が形成されていることを特徴とする圧粉磁心にある。
なお、上記圧粉磁心において、Fe酸化物層がFe層であってもよく、また、SiO層は、シリコン樹脂が加熱によりSiOに構造変化してなるものであってもよい。
【0010】
さらに、本発明は、粉末粒子がシリコン樹脂で被覆された鉄系磁性金属粉末を加圧成型する工程と、得られた圧粉成型体を加熱処理する工程とを有する圧粉磁心の製造方法において、前記加熱処理する工程が、(a)60〜300℃で加熱してシリコン樹脂を硬化する工程と、(b)硬化したシリコン樹脂をSiOに変化させてSiO層を形成する工程と、(c)600℃未満の温度で水蒸気処理することにより、前記SiO層上にFe酸化物層を形成する工程と、(d)非酸化性雰囲気で600℃以上の温度に加熱することによって前記圧粉成型体のひずみを除去する工程とを含むことを特徴とする圧粉磁心の製造方法にある。
なお、上記圧粉磁心の製造方法において、(b)と(c)の工程は同時に行ってもよいし、また、(c)と(d)の工程は同時に行ってもよい。また、(d)の工程における非酸化性雰囲気は、真空または不活性ガスを含む雰囲気であってよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、加熱処理によって強度を改善するとともに、渦電流損失とヒステリシス損失の両方を低減した高強度で低鉄損の鉄系磁性金属粉末よりなる圧粉磁心を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の圧粉磁心の断面の一部を示す電子顕微鏡写真を用いた図である。
【図2】従来品と本発明品の損失を比較して示す図である。
【図3】加熱処理における焼鈍と水蒸気処理の順序の影響を比較して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
本発明者らは、比較的耐熱性のある圧粉磁心の絶縁材料として、従来から知られているシリコン樹脂に着目して検討を重ねた。その結果、加熱処理によって、軟質のシリコン樹脂を硬質で、耐熱性のあるSiOに変化させることにより、上記課題を解決できることを見出した。
以下、本発明の基本原理及び本発明に係る圧粉磁心について説明する。
【0014】
本発明では、シリコン樹脂で被覆された鉄系磁性金属粉末を用い、その粉末原料を加圧成型した後に、加熱処理する。加熱処理では、軟質のシリコン樹脂を硬質で耐熱性のあるSiOに変化させる。また、水蒸気中での加熱処理(水蒸気処理)により、SiO層上にFe酸化物層が形成されるようにする。
生成するSiO層には、欠陥(空隙)が約5%程度存在しているが、水蒸気処理中の加熱により、粉末粒子中のFe成分が欠陥中に拡散し、さらに酸化されて、Fe酸化物層が、欠陥を生めるようにSiO層上に生成されて、圧粉磁心の強度が向上する。
【0015】
図1に、後述の実施例で得られた圧粉磁心の電子顕微鏡写真を示す。図1より、該磁心を形成する個々の鉄系磁性金属粉末粒子は、シリコン樹脂から生成したSiO層によって被覆されており、鉄系磁性金属粉末粒子間に存在するSiO層上にFe酸化物(Fe)層が形成されていることがわかる。
このように、磁心を形成する粉末粒子は、SiO層とFe酸化物層よりなる被覆層で被覆されているので、600℃以上の温度に加熱しても、絶縁性に問題が生じることはなく、成型に伴う内部歪の除去された圧粉磁心が得られる。
【0016】
ここで、鉄系磁性金属粉末として、たとえば、純鉄や、Fe−Si系合金、Fe−N系合金、Fe−B系合金、Fe−Co系合金、Fe−Al−Si系合金などの公知の鉄基軟磁性合金を用いることができる。
また、シリコン樹脂としては、特定のものに限定されず、シリコン樹脂として市販されているものを用いることができる。
【0017】
次に、本発明に係る圧粉磁心の製造方法について説明する。
原料粉末として、個々の粉末粒子が樹脂によって被覆された鉄系金属磁性粉末を用いる。粉末の粒度やシリコン樹脂の被覆厚みは特に限定されるものではなく、通常用いられている範囲でよいが、一例をあげると、粒度は30〜400μmの範囲、被覆厚みは、10〜300nmの範囲である。
【0018】
シリコン樹脂による皮膜の形成方法は特に限定されるものではなく、湿式被覆法やスプレー法などの公知の方法を適宜採用できる。
シリコン樹脂は可塑性であるため、粉末原料の加圧成型時に破損することなく、所定の形状に成形できる。また、可塑性のため、必ずしも成型時に潤滑剤を原料粉末に混合する必要はない。
シリコン樹脂によって被覆された原料粉末を、圧力500〜1500MPaの範囲で成形し圧粉成型体を得る。なお、成型の際の好ましい温度範囲は、60〜200℃である。
【0019】
以上のようにして得られた圧粉成型体に加熱処理を施して、圧粉磁心を得る。
加熱処理の工程は、60〜300℃で加熱してシリコン樹脂を硬化する工程と、硬化したシリコン樹脂を加熱によりSiOに変化させてSiO層を形成する工程と、前記SiO層上にFe酸化物層を形成する工程と、加熱して前記圧粉成型体のひずみを除去する工程とを含んでいる。
【0020】
生成したSiO層上にFe酸化物層を形成する工程では、600℃未満、より好ましくは550℃以下の温度で水蒸気処理を実施する。水蒸気温度の下限は、400℃以上が好ましい。生成されるSiO層には、空隙にともなう欠陥が約5%程度存在する。このため、水蒸気処理中の加熱により、鉄系金属磁性粉末粒子からFe原子が欠陥中に拡散し、Fe酸化物層(Fe層)が欠陥を生めるようにSiO層上に生成される。これにより、圧粉成型体の強度が向上する。
なお、水蒸気処理の温度を600℃未満とするのは、生成するFe酸化物をFeとし、脆いFeを生成させないためである。そのために、水蒸気処理の時間は5分〜120分が好ましい。
【0021】
これらのSiO層を形成する工程とFe酸化物層を形成する工程は、別々に行ってもよいし、SiO層を形成する工程も水蒸気雰囲気中で行って、これらの工程を組み合わせて同時に行うこともできる。
【0022】
ひずみを除去する工程では、水蒸気処理された圧粉成型体を、さらに、300℃以上の温度で焼鈍するが、その際、少なくとも600℃以上の温度となるような期間を含むように加熱して、成型に伴う内部歪を除去する。この工程では、成形時に発生したひずみをリセットするのに必要な条件下で、それを達成するのに必要な温度及び時間で、非酸化性雰囲気下で実施する。非酸化性雰囲気としては、真空雰囲気や、窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気のいずれでもよいが、好ましくは真空雰囲気下である。
加熱温度は、通常、300℃もしくはそれ以上から、絶縁被膜の熱分解温度を下回る温度、例えば300〜910℃の温度で実施する。加熱保持時間は、通常、1分間から10時間である。
なお、ひずみを除去する焼鈍は、水蒸気処理に続いて、それと組み合わせて同時に実施してもよく、SiO層を形成する工程の後、水蒸気処理前に実施してもよい。
【0023】
以上によって、600℃以上の温度での加熱によって内部歪が除去され、渦電流損失とヒステリシス損失の両方を低減した高強度で低鉄損の鉄系磁性金属粉末よりなる圧粉磁心を得ることができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例により、本発明の実施可能性および効果についてさらに説明する。
(実施例1)
原料粉末として、水アトマイズ鉄粉(ヘガネス社製、商品名:ABC100.30)を用い、この粉末粒子をシリコン樹脂(信越シリコーン社製、商品名:KR−220L)で被覆した鉄系磁性金属粉末を作成し、この磁性金属粉末を1000MPaの圧力で加圧成型して圧粉成型体を得た。次に、この成型体に530℃の温度で40分間の水蒸気処理を行い、ついで、600℃の温度で真空雰囲気中で60分間の焼鈍を行って本発明品を得た。
また、同じ水アトマイズ鉄粉を用いて、リン酸系被膜を有する粉末を作成し、これに同様の水蒸気処理をすることで、従来品を得た。
得られた本発明品について組織の電子顕微鏡観察を行うとともに、本発明品及び従来品の鉄損を測定した。
【0025】
図1に、得られた本発明品の断面の一部を示す。600℃の非酸化性雰囲気で焼鈍した場合でも、磁性金属粒子上にSiO層が見られ、皮膜が分解せず、磁性金属粒子間の絶縁が保たれていることが確認できる。
図2に、従来品と本発明品の損失の比較を示す。本発明品の渦電流損失(∝電気絶縁性)は、従来品と同等であり、ヒステリシス損失が低下していることから、600℃の焼鈍でも電気絶縁性を確保した上でさらに加工歪が除去できていることが分かる。
【0026】
(実施例2)
実施例1で得られた本発明の圧粉成型体に、600℃非酸化性雰囲気の焼鈍と水蒸気処理の順序を変えて加熱処理を実施した。水蒸気処理と焼鈍の条件は、実施例1と同様とした。
図3に、焼鈍して水蒸気処理した場合と、水蒸気処理して焼鈍した場合の得られた製品の損失の比較を示す。図に示されるように、水蒸気処理後に焼鈍をした方が良好な結果が得られた。
【0027】
以上説明した実施の形態は本発明の例であり、本発明は、該実施の形態により制限されるものではなく、上記以外の実施の形態でも実施可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系磁性金属粉末を成型した圧粉磁心であって、該磁心を形成する粉末粒子はSiO層で被覆されており、さらに、SiO層上にFe酸化物層が形成されていることを特徴とする圧粉磁心。
【請求項2】
前記Fe酸化物がFeであることを特徴とする請求項1に記載の圧粉磁心。
【請求項3】
前記SiO層は、シリコン樹脂が加熱によりSiOに構造変化してなることを特徴とする請求項1または2に記載の圧粉磁心。
【請求項4】
粉末粒子がシリコン樹脂で被覆された鉄系磁性金属粉末を加圧成型する工程と、得られた圧粉成型体を加熱処理する工程とを有する圧粉磁心の製造方法において、
前記加熱処理する工程が、
60〜300℃で加熱してシリコン樹脂を硬化する工程と
硬化したシリコン樹脂をSiOに変化させてSiO層を形成する工程と
前記SiO層上に600℃未満の温度で水蒸気処理することによりFe酸化物層を形成する工程と
600℃以上の非酸化性雰囲気で加熱して前記圧粉成型体のひずみを除去する工程と、
を含むことを特徴とする圧粉磁心の製造方法。
【請求項5】
前記加熱処理する工程において、前記のSiO層を形成する工程と前記のFe酸化物層を形成する工程とを同時に行うことを特徴とする請求項4に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項6】
前記加熱処理する工程において、前記のFe酸化物層を形成する工程と前記の圧粉成型体のひずみを除去する工程とを同時に行うことを特徴とする請求項4に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項7】
前記加熱処理する工程における非酸化性雰囲気は、真空または不活性ガス雰囲気であることを特徴とする請求項4に記載の圧粉磁心の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−233827(P2011−233827A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−105271(P2010−105271)
【出願日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】