説明

圧電素子及びその製造方法、液体噴射ヘッド及びその製造方法、並びに液体噴射装置

【課題】駆動時の変位量を可及的に大きく確保しつつ、駆動回数に伴う変位低下率を抑制することが可能な圧電素子及びその製造方法、液体噴射ヘッド及びその製造方法、並びに液体噴射装置を提供する。
【解決手段】Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示す組成を有する圧電体前駆体膜を焼成して圧電体膜とする焼成工程と、焼成工程において焼成された圧電体膜に対し、窒素ガスを含むガスを吹き付ける冷却工程(ガス供給工程)とを含み、冷却工程において、圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるように、N2ガスの供給を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、インクジェット式記録ヘッド等の液体噴射ヘッドの駆動源として用いられる圧電素子及びその製造方法、液体噴射ヘッド及びその製造方法、並びに液体噴射装置に関し、特に、駆動時の変位量を可及的に大きく確保しつつ、経時による変位低下を抑制することが可能な圧電素子及びその製造方法、液体噴射ヘッド及びその製造方法、並びに液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、液体噴射装置は、液体を噴射可能な液体噴射ヘッドを備え、この液体噴射ヘッドから各種の液体を噴射する装置である。この液体噴射装置の代表的なものとして、例えば、液体噴射ヘッドとしてのインクジェット式記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドという)を備え、この記録ヘッドのノズル開口から液体状のインクを記録紙等の記録媒体(噴射対象物)に対して噴射・着弾させてドットを形成することで画像等の記録を行うインクジェット式プリンター等の画像記録装置を挙げることができる。また、近年においては、この画像記録装置に限らず、液晶ディスプレー等のカラーフィルターの製造装置等、各種の製造装置にも液体噴射装置が応用されている。
【0003】
液体噴射ヘッドにおいて液体を噴射するための駆動源、即ち、ヘッド流路内の液体に圧力変動を生じさせるための圧力発生手段として用いられる圧電素子は、圧電材料からなる圧電体膜を電極で挟んで成る素子である。圧電体膜は、例えば、結晶化した圧電性セラミックス、具体的には、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)により構成されている(例えば、特許文献1参照)。そして、この圧電素子の特性は、PZTの組成によって変化する。例えば、チタン(Ti)とジルコニウム(Zr)の組成比において、Tiの割合を大きくする程、駆動時の変位量(初期変位量)をより大きくできることが判っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−306709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記組成比において、Tiの割合を大きくし過ぎると、駆動回数に伴う変位低下率が大きくなることが判っている。逆に、Zrの割合を大きくする程、駆動時の変位量の最大値は小さくなるが、変位低下率を抑えることができる。つまり、初期変位量の確保と変位低下率の抑制とはトレードオフの関係にあり、両方を高い次元で両立することは困難であった。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、駆動時の変位量を可及的に大きく確保しつつ、駆動回数に伴う変位低下率を抑制することが可能な圧電素子及びその製造方法、液体噴射ヘッド及びその製造方法、並びに液体噴射装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記目的を達成するために提案されたものであり、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有する圧電素子であって、
前記圧電体膜の組成比について、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示し、
前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上であることを特徴とする。
【0008】
また、本発明は、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有する圧電素子の製造方法であって、
Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示す組成を有する圧電体前駆体膜を焼成して圧電体膜とする焼成工程と、
前記焼成工程において焼成された圧電体膜に対し、窒素ガスを含むガスを吹き付けるガス供給工程と、を含み、
前記ガス供給工程において、前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるように、前記ガスの供給を調整することを特徴とする。
なお、「圧電体前駆体膜」とは、Pb、Zr、及びTiを含む金属有機物を触媒に溶解・分散したゾルを塗布乾燥してゲル化したものを意味する。
また、「ガスの供給を調整」とは、ガスの流量、供給時間、吹きつけ方向等を調整することを意味する。
【0009】
また、本発明は、ノズル開口、当該ノズル開口に連通する圧力発生室、及び圧電素子を備え、当該圧電素子の作動により前記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドであって、
前記圧電素子は、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有し、
前記圧電体膜の組成比について、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示し、
前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上であることを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明は、ノズル開口、当該ノズル開口に連通する圧力発生室、及び圧電素子を備え、当該圧電素子の作動により前記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドを製造する製造方法であって、
Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示す組成を有する圧電体前駆体膜を焼成して圧電体膜とする焼成工程と、
前記焼成工程において焼成された圧電体膜に対し、窒素ガスを含むガスを吹き付けるガス供給工程と、を含み、
前記ガス供給工程において、前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるように、前記ガスの供給を調整することを特徴とする。
【0011】
そして、本発明は、ノズル開口、当該ノズル開口に連通する圧力発生室、及び圧電素子を有し、当該圧電素子の作動により前記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドを備えた液体噴射装置であって、
前記圧電素子は、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有し、
前記圧電体膜の組成比について、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示し、
前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上であることを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、ZrとTiの組成比をZr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrとすることで、駆動時の変位量(最大変位量)を確保することができ、また、圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるようにすることで、駆動回数に伴う変位低下率を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】記録ヘッドの分解斜視図である。
【図2】記録ヘッドの平面図及び断面図である。
【図3】記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図4】記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図5】圧電体層の分極−電界におけるヒステリシス特性を示す図である。
【図6】ヒステリシス特性の変化について検証する実験結果を示す図である。
【図7】ヒステリシス特性の変化について検証する実験結果を示す図である。
【図8】プリンターの構成を説明する斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態を、添付図面を参照して説明する。なお、以下に述べる実施の形態では、本発明の好適な具体例として種々の限定がされているが、本発明の範囲は、以下の説明において特に本発明を限定する旨の記載がない限り、これらの態様に限られるものではない。また、以下の説明は、本発明の液体噴射装置として、液体噴射ヘッドの一種であるインクジェット式記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドという。)を備えたインクジェット式記録装置(以下、プリンターという。)を例に挙げて行う。
【0015】
まず、記録ヘッド1について説明する。
図1は、本実施形態の記録ヘッド1の構成を示す分解斜視図であり、図2(a)は記録ヘッド1の平面図、図2(b)は(a)におけるA−A′線断面図である。本実施形態における記録ヘッド1は、流路形成基板2、ノズルプレート3、弾性体膜4、絶縁体膜5、圧電素子6、及び、保護基板7等を積層して構成されている。
流路形成基板2は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、この流路形成基板2には、複数の圧力発生室9がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板2の圧力発生室9の長手方向外側の領域には連通部10が形成され、連通部10と各圧力発生室9とが、圧力発生室9毎に設けられたインク供給路11を介して連通されている。なお、連通部10は、後述する保護基板7のリザーバー部20と連通して各圧力発生室9の共通のインク室となるリザーバー21の一部を構成する。インク供給路11は、圧力発生室9よりも狭い幅で形成されており、連通部10から圧力発生室9に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。
【0016】
流路形成基板2の開口面側には、各圧力発生室9のインク供給路11とは反対側の端部に連通するノズル開口12が開設されたノズルプレート3が接着剤や熱溶着フィルム等を介して固着されている。なお、ノズルプレート3は、厚さが例えば、0.01〜1mmで、線膨張係数が300℃以下で、例えば2.5〜4.5[×10-6/℃]であるガラスセラミックス、シリコン単結晶基板又はステンレス鋼などからなる。
【0017】
一方、流路形成基板2の開口面とは反対側には、厚さが例えば約1.0μmの二酸化シリコン(SiO)からなる弾性膜4が形成され、この弾性膜4上には、厚さが例えば、約0.4μmの酸化ジルコニウム(ZrO)からなる絶縁体膜5が形成されている。また、この絶縁体膜5上には、厚さが例えば、約0.2μmの下電極膜14と、厚さが例えば、約1.0μmの圧電体層15(圧電体膜32)と、厚さが例えば、約0.05μmの上電極膜16とが形成され、これらにより圧電素子6が構成されている。ここで、圧電素子6は、下電極膜14、圧電体層15、及び上電極膜16を含む部分をいう。一般的には、圧電素子6の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層15を圧力発生室9毎にパターニングして構成する。そして、ここでは、パターニングされた何れか一方の電極及び圧電体層15から構成され、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧電体能動部という。本実施形態では、下電極膜14は圧電素子6の共通電極とし、上電極膜16を圧電素子6の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合によってこれを逆にする構成とすることもできる。何れの場合においても、圧力発生室9毎に圧電体能動部が形成されていることになる。また、このような各圧電素子6の上電極膜16には、例えば、金(Au)等からなるリード電極17がそれぞれ接続され、このリード電極17を介して各圧電素子6に選択的に電圧が印加されるようになっている。
【0018】
流路形成基板2上の圧電素子6側の面には、圧電素子6に対向する領域にその変位を阻害しない程度の大きさの空間となる圧電素子保持部19を有する保護基板7が接合されている。圧電素子6は、この圧電素子保持部19内に収容されるため、外部環境の影響を殆ど受けない状態で保護されている。さらに、保護基板7には、流路形成基板2の連通部10に対応する領域にリザーバー部20が設けられている。このリザーバー部20は、保護基板7を厚さ方向に貫通して圧力発生室9の並設方向に沿って設けられており、上述したように流路形成基板2の連通部10と連通されて各圧力発生室9の共通のインク室となるリザーバー21を構成している。
【0019】
また、保護基板7の圧電素子保持部19とリザーバー部20との間の領域には、保護基板7を厚さ方向に貫通する貫通孔22が設けられ、この貫通孔22内に下電極膜14の一部及びリード電極17の先端部が露出され、これら下電極膜14及びリード電極17には、図示しないが、駆動ICからの接続配線の一端が接続される。保護基板7上には、封止膜23及び固定板24とからなるコンプライアンス基板25が接合されている。封止膜23は、剛性が低く可撓性を有する材料(例えば、厚さが6μmのポリフェニレンサルファイドフィルム)からなり、この封止膜23によってリザーバー部20の一方面が封止されている。また、固定板24は、金属等の硬質の材料(例えば、厚さが30μmのステンレス鋼等)で形成される。この固定板24のリザーバー21に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部26となっているため、リザーバー21の一方面は可撓性を有する封止膜23のみで封止されている。
【0020】
上記構成の記録ヘッド1では、図示しない外部インク供給手段からインクを取り込み、リザーバー21からノズル開口12に至るまで内部をインクで満たした後、図示しないプリンターコントローラー側からの駆動信号の供給により、圧力発生室9に対応するそれぞれの下電極膜14と上電極膜16との間に電圧を印加し、弾性膜4、絶縁体膜5、下電極膜14及び圧電体層15を撓み変形させることにより各圧力発生室9内の圧力が高まり、この圧力変動を制御することで、ノズル開口12からインク滴が噴射(吐出)される。
【0021】
ここで、このような記録ヘッド1の製造方法について、図3及び図4を参照して説明する。なお、図3及び図4は、圧力発生室9の長手方向の断面図である。
まず、図3(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー29を約1100℃の拡散炉で熱酸化し、その表面に弾性膜4を構成する二酸化シリコン膜30を形成する。次いで、図3(b)に示すように、弾性膜4(二酸化シリコン膜30)上に、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜5を形成する。具体的には、まず、弾性膜4上に、例えば、DCスパッタ法によりジルコニウム層を形成し、このジルコニウム層を熱酸化することにより酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜5を形成する。次いで、図3(c)に示すように、例えば、白金(Pt)とイリジウム(Ir)とを絶縁体膜5上に積層することにより下電極膜14を形成後、この下電極膜14を所定形状にパターニングする。
【0022】
次に、図3(d)に示すように、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)からなる圧電体層15を形成する。ここで、本実施形態では、金属有機物を触媒に溶解・分散したゾルを塗布・乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体膜32を得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いて圧電体層15を形成している。
【0023】
圧電体層15の具体的な形成手順としては、まず、図4(a)に示すように、下電極膜14上に圧電体前駆体膜31を成膜する。すなわち、下電極膜14が形成された流路形成基板2上に金属有機化合物を含むゾル(溶液)を塗布する(塗布工程)。次いで、圧電体前駆体膜31を、室温からゾルの主溶媒である溶剤の沸点よりも低い温度に加熱して一定時間乾燥させ、ゾルの溶媒を蒸発させることで圧電体前駆体膜31を乾燥させる(第1の乾燥工程)。
【0024】
ここで、ゾルの主溶媒は、特に限定されないが、例えば、エタノール系の溶剤を用いることが好ましく、本実施形態では、沸点が176℃である2−n−ブトキシエタノールを用いている。このため、本実施形態では、第1の乾燥工程において、塗布したゾルを溶剤の沸点である176℃以下、例えば、約140℃前後に加熱して3分間程度保持することで、圧電体前駆体膜31を乾燥させている。
【0025】
次いで、圧電体前駆体膜31を再び加熱することにより、例えば、本実施形態では、第1の乾燥工程よりも高い温度まで上昇させて一定時間保持し、ゾルの主溶媒をさらに蒸発させて圧電体前駆体膜31を乾燥させる(第2の乾燥工程)。第2の乾燥工程における到達温度は、140℃〜170℃に設定されている。乾燥時間は、5〜50分間程度であることが好ましい。
【0026】
また、このような乾燥工程で用いる加熱装置としては、例えば、クリーンオーブン(拡散炉)、あるいはベーク装置等が挙げられるが、特に、ベーク装置を用いることが好ましい。クリーンオーブンでは、熱風を当てることによって温度を制御しているため、流路形成基板用ウェハーの面内方向で、圧電体前駆体膜の特性がばらつきやすいからである。
【0027】
このような第1及び第2の乾燥工程によって圧電体前駆体膜31を乾燥後、さらに大気雰囲気下において一定の温度で一定時間、圧電体前駆体膜31を脱脂する(脱脂工程)。なお、ここで言う脱脂とは、ゾル膜の有機成分を、例えば、NO、CO、HO等として離脱させることである。
【0028】
脱脂工程における加熱方法は、特に限定されないが、本実施形態では、ホットプレート上に流路形成基板用ウェハーを載置して、圧電体前駆体膜31を所定の温度まで上昇させている。昇温レートを低下させる際には、流路形成基板用ウェハー29よりも外径が若干大きい所定厚さのアルミ板である治具を介してウェハーを加熱する。脱脂工程での脱脂温度は、350℃〜450℃の範囲の温度に設定されている。温度が高すぎると結晶化が始まってしまい、逆に温度が低すぎるとZr/Ti組成の分布が大きくなってしまう。また、脱脂工程は、10分以上行うことが好ましい。
【0029】
また、圧電体膜の結晶性を向上させるためには、脱脂工程における昇温レートが重要である。具体的には、脱脂工程における昇温レートは15[℃/sec]以上にされている。これにより、圧電体膜の(100)配向強度を向上でき、且つ圧電体膜を構成する鉛以外の成分の組成割合の分布、例えば、Zr/Ti組成の分布も小さく抑えることができる。
【0030】
なお、ここで言う「昇温レート」とは、加熱開始時の温度(室温)と到達温度との温度差の20%上昇した温度から、温度差の80%の温度に達するまでの温度の時間変化率と規定する。例えば、室温25℃から100℃まで50秒で昇温させた場合の昇温レートは、(100−25)×(0.8−0.2)/50=0.9[℃/sec]となる。
【0031】
そして、このような塗布工程・第1の乾燥工程・第2の乾燥工程・脱脂工程を所定回数、例えば、本実施形態では、2回繰り返すことで、図4(b)に示すように、所定厚の圧電体前駆体膜31を形成する。なお、本実施形態では、塗布工程・第1の乾燥・第2の乾燥・脱脂工程を2回繰り返すことで所定厚の圧電体前駆体膜31を形成する構成を例示したが、勿論、繰り返し回数は2回に限らず、1回のみでもよいし、3回以上でもよい。
【0032】
その後、この圧電体前駆体膜31を加熱処理することによって結晶化させ、圧電体層15を形成する(焼成工程)。焼結条件は材料により異なるが、本実施形態では、例えば、700℃前後で数分〜数十分間加熱を行って圧電体前駆体膜31を焼成して圧電体膜32を形成する。加熱装置としては、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置が使用され、焼成工程の昇温レートは100[℃/sec]〜150[℃/sec]に設定され、急速加熱されるようになっている。昇温レートが100[℃/sec]〜150[℃/sec]に設定されて急速加熱されることにより、膜内の異物が減少される。
【0033】
焼成工程において圧電体前駆体膜31を結晶化させて圧電体膜32を形成したならば、続いて、冷却工程(本発明におけるガス供給工程に相当)を行う。この冷却工程では、焼成された圧電体膜32に対し、窒素(N)を含むガス(冷却ガス)を吹き付けることにより、圧電体膜32を冷却する。本実施形態では、この冷却工程において、例えば、室温の冷却ガスをウェハーの面方向に数分間流すことにより、700℃前後から400℃前後まで圧電体膜32を冷却する。この冷却工程における冷却ガスとして窒素を含むガスを選択したのは、この窒素ガスの作用により圧電体膜32の特性を調整するためである。この点の詳細については後述する。
【0034】
このようにして、塗布工程、第1及び第2の乾燥工程、脱脂工程、焼成工程、及び、冷却工程を、複数回繰り返すことで、図4(c)に示すように、複数層、本実施形態では、合計5層の圧電体膜32からなる所定厚さの圧電体層15を形成する。例えば、ゾルの塗布1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、圧電体層15全体の膜厚は約1μmとなる。
【0035】
ここで、圧電体層15の組成、即ち、塗布工程で塗布されるゾルの組成について説明する。ゾルの組成は、圧電体層15(圧電素子6)の変位量(初期変位量)と耐久性(駆動回数に伴う変位低下率)を考慮して最適値に設定することが重要である。特に、Zr/Ti比は、変位量と変位低下率に大きく係わっている。具体的には、Zr/Ti比においてTiの割合を大きくする程、駆動時の変位量(最大変位量)が大きくなる一方で変位低下率が大きくなる傾向にある。逆に、Zr/Ti比においてZrの割合を大きくする程、駆動時の変位量は小さくなるが、変位低下率を抑えることができる。
本実施形態例では、Pb:Zr:Ti組成が、1.18:0.516:0.484であるゾルを用いている。即ち、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrとしている。そして、圧電体層15の変位量と耐久性を両立させるべく、上記の冷却工程において、冷却ガスとして窒素を含むガスを用い、この窒素ガスの作用により圧電体膜32の特性を調整している。以下、この点について説明する。
【0036】
図5は、圧電体層15(圧電体膜32)の分極−電界におけるヒステリシス特性を示す図である。このヒステリシス特性の測定条件としては、周波数66Hz、±20Vの三角波を印加して行った。なお、横軸は電界(E)、縦軸は分極(P)である。同図に示すように、圧電体層15は、印加する電界を変化させると、2つの抗電界(正極側抗電界Vc(+)、負極側抗電界Vc(−))を境として分極の正負が反転するヒステリシス特性を有する。ここでは、飽和分極点をPmとし、残留分極をPrとしている。また、正負両残留分極Prの間隔を2Prとしている。このヒステリシス特性は、上記のZr/Ti比に応じて変化する。具体的には、Zr/Ti比おいてTiの割合を大きくする程、一点鎖線Bで示すように、正極側抗電界Vc(+)と負極側抗電界Vc(−)の間隔が大きくなり、また、正負両極の残留分極の間隔2Prも大きくなる。これに対し、Zr/Ti比おいてZrの割合を大きくする程、二点鎖線Cで示すように、正極側抗電界Vc(+)と負極側抗電界Vc(−)の間隔は狭まり、2Prの間隔も小さくなる。
【0037】
本実施形態においては、このような圧電体層15(圧電体膜32)のヒステリシス特性を、冷却工程における冷却ガスの供給によって調整している。この点について、冷却工程で用いる冷却ガスとして、NガスとOガスの2種類を用いて、ヒステリシス特性の変化について検証する実験を行った。この実験では、冷却ガスによる特性変化を判り易くするため、意図的に、流路形成基板用ウェハー29上に形成された圧電体膜32に対して冷却ガスが偏って当たるようにしている。具体的には、ウェハー面内において、オリエンテーション・フラット(オリフラ)OF側よりも、このオリフラとは反対側(反OF)で圧電体膜32に冷却ガスがより多く当たるように調整した。
【0038】
図6(a)は正側の飽和分極点Pm、図6(b)は正負の両残留分極Prの間隔2Pr、図6(c)は負極側抗電界Vc(−)のウェハー面内分布をそれぞれ示している。また、図7は、Nガス(OF側、反OF側)とOガスの、Pm、2Pr、Vc(−)、Pm/2Pr、及び、変位低下率を示した表である。冷却ガスとして、Nガスを用いた場合、2PrとVc(−)に関してウェハー面内における値の偏りが見られた。具体的には、Nガスがより多く当たる反OF側では、2PrがOF側と比較して小さくなり、また、Vc(−)はOF側と比較して正側寄りにシフトしている。そして、Nガスがより多く当たる反OF側では、変位低下率が8〜9%となり、10%以下に抑えることができた。また、OF側では、変位低下率が11〜13%であった。
【0039】
一方、冷却ガスとしてOガスを用いた場合、2PrとVc(−)に関してウェハー面内における値の偏りは少なかった。ウェハー全体で、N2ガスの場合よりも2Prが大きく、また、Vc(−)はNガスの場合と比較して負側にシフトしている。そして、この場合の変位低下率は、14〜16%であった。なお、焼成工程後に、冷却ガスを用いずに放置した場合も、Oガスを用いた場合と同様な結果となった。また、飽和分極点Pmについては、ウェハー面内における偏りは殆ど見られなかった。
【0040】
以上の結果から、冷却工程においてNガスを吹き付けることによって圧電体層15のヒステリシス特性に変化が生じていることが判る。これは、Nによって圧電体層15(圧電体膜32)の表面が還元されているものと考えられる。そして、上記のように、冷却工程でNガスを用いることにより、変位低下率を可及的に抑えることができる。
ここで、従来で採用されているZr/Ti組成よりもTiリッチ側にすると、ヒステリシスは2Prが大きくなり、Vc(−)はマイナス側にシフトする。つまり、冷却ガスとしてOガスを採用することは、組成をTiリッチ側にするのと同等な効果がある。また、よりTiリッチにする程、変位低下率は大きくなる。冷却ガスがNガスであれば、従来(現状)のZr:Ti組成(0.516:0.484、つまり、Zrリッチ)を採用しつつもOガスで冷却した場合と比べてZrリッチとした場合の特性となるため、変位低下を小さく抑えられる。
【0041】
上記の結果を踏まえ、本実施形態においては、冷却工程において冷却ガスとしてNガスを用い、このNガスの作用により、圧電体層15(圧電体膜32)の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるように、ガスの供給を調整している。具体的には、ガスの流量、供給時間、吹きつけ方向等により調整する。
【0042】
以上の工程を経ることで、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示す組成を有し、分極−電界ヒステリシス特性において飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となる圧電体膜32(圧電体層15)を有する圧電素子6を製造することができる。これにより、駆動時の高い変位量(初期変位量)を確保しつつも、駆動回数に伴う変位低下率を抑制することが可能な圧電素子6を得ることが可能となる。
【0043】
次に、上記の圧電素子6を圧力発生手段として備えた記録ヘッド1を搭載したプリンターについて説明する。
図8は、本実施形態におけるプリンター34の構成を説明する斜視図である。このプリンター34は、インクカートリッジ35が取り付けられるカートリッジ装着部36を有し、記録ヘッド1を搭載するキャリッジ37を備えている。そして、キャリッジ37は、ガイドロッド38に軸支された状態で、駆動プーリー39と遊転プーリー40との間に架設したタイミングベルト41に接続されている。そして、この駆動プーリー39はパルスモーター42の回転軸に接合されており、このパルスモーター42の作動によってキャリッジ37が記録紙46(記録媒体又は着弾対象の一種。)の幅方向、即ち、主走査方向に移動するようになっている。
【0044】
ガイドロッド38の下方には、このガイドロッド38と平行に紙送りローラー43が配置されている。この紙送りローラー43は、紙送りモーター44からの駆動力によって回転されて、プラテン45上の記録紙46を副走査方向へ搬送するように構成されている。
【0045】
キャリッジ37の移動範囲内であって、記録紙等の吐出対象に対して画像等の印刷が行われる記録領域よりも外側の端部領域には、記録ヘッド1の移動の基点となるホームポジションが設定されている。このホームポジション側には、記録ヘッド1のノズル形成面をキャッピング(封止)可能なキャッピング機構47と、ノズル形成面をワイピングするためのワイピング機構48とが隣り合わせて配設されている。
【0046】
上記構成のプリンター34では、キャリッジ37のカートリッジ装着部36に搭載されているインクカートリッジ35からのインクが記録ヘッド1に供給され、記録ヘッド1は圧電素子6を駆動することでキャリッジ37の主走査方向の移動に合わせて記録紙46に対してインクを吐出してドットを形成する。そして、このような記録ヘッド1の主走査におけるインクの吐出と副走査方向への記録紙46の搬送が繰り返されながら、当該記録紙46に画像や文字等が印刷される。
【0047】
このように、本発明に係る圧電素子6を圧力発生手段として用いるプリンター34では、圧電素子6の駆動回数に伴う変位低下率を抑制することが可能であるため、より高い信頼性を確保することができる。
【0048】
また、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。また、上述した実施形態では、インクジェット式記録ヘッドを例示して本発明を説明したが、勿論、インク以外の液体を噴射するものにも適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。また、これらの液体噴射ヘッドを搭載した液体噴射装置にも本発明は好適である。
【符号の説明】
【0049】
1…記録ヘッド,6…圧電素子,14…下電極膜,15…圧電体層,16…上電極膜,29…流路形成基板用ウェハー,31…圧電体前駆体膜,32…圧電体膜,34…プリンター



【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有する圧電素子であって、
前記圧電体膜の組成比について、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示し、
前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上であることを特徴とする圧電素子。
【請求項2】
鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有する圧電素子の製造方法であって、
Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示す組成を有する圧電体前駆体膜を焼成して圧電体膜とする焼成工程と、
前記焼成工程において焼成された圧電体膜に対し、窒素ガスを含むガスを吹き付けるガス供給工程と、を含み、
前記ガス供給工程において、前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるように、前記ガスの供給を調整することを特徴とする圧電素子の製造方法。
【請求項3】
ノズル開口、当該ノズル開口に連通する圧力発生室、及び圧電素子を備え、当該圧電素子の作動により前記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドであって、
前記圧電素子は、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有し、
前記圧電体膜の組成比について、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示し、
前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上であることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項4】
ノズル開口、当該ノズル開口に連通する圧力発生室、及び圧電素子を備え、当該圧電素子の作動により前記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドを製造する製造方法であって、
Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示す組成を有する圧電体前駆体膜を焼成して圧電体膜とする焼成工程と、
前記焼成工程において焼成された圧電体膜に対し、窒素ガスを含むガスを吹き付けるガス供給工程と、を含み、
前記ガス供給工程において、前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上となるように、前記ガスの供給を調整することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項5】
ノズル開口、当該ノズル開口に連通する圧力発生室、及び圧電素子を有し、当該圧電素子の作動により前記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドを備えた液体噴射装置であって、
前記圧電素子は、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、及びチタン(Ti)を含んで構成される圧電体膜を有し、
前記圧電体膜の組成比について、Zr/Ti+Zr>Ti/Ti+Zrの関係を示し、
前記圧電体膜の分極−電界ヒステリシス特性において、飽和分極Pmと残留分極Prとの関係Pm/2Prが1.95以上、尚且つ、負側の抗電界Vc(−)が−1.75V以上であることを特徴とする液体噴射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−135748(P2010−135748A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−214140(P2009−214140)
【出願日】平成21年9月16日(2009.9.16)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】