説明

培養人工骨及びその作製方法

【課題】多孔質ハイドロキシアパタイト(HAp)・ブロック体を基材として用いた培養人工骨及びその作製方法を提供する。
【解決手段】 多孔質HAp・ブロック体を酸水溶液に浸漬後、蒸留水で洗浄し、乾燥させた前記多孔質HAp・ブロック体に細胞を播種、培養し石灰化を誘導することにより作製する。使用する多孔質HAp・ブロック体としては、気孔率が70%以上であることが好ましい。使用する酸水溶液はリン酸水溶液であることが好ましく、使用する細胞としては、造骨細胞への分化能を有する前骨芽細胞又は骨膜細胞、又は歯根膜細胞を培養した細胞が好適に用いられる。培養はローテーターを用いて回転培養により行うことが好ましい。このような作製方法により得られた培養人工骨は、歯科分野のみならず人工骨関連分野全般に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質ハイドロキシアパタイト(HAp)・ブロック体を基材として用いた培養人工骨及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療は、次の3つに大きく分類することができる。すなわち、増殖因子に加えて、基材(細胞の足場)単独の移植、細胞単独の移植、基材と細胞の組合せによる移植、である。さらに、基材と細胞の組合せは、細胞採取後の即時移植と培養による細胞操作後の移植の2つに分けられる。培養人工骨というのは、後者であり、「インビトロ(in vitro)で造骨能を発現した状態まで細胞インテリジェント化を進めてから移植することにより、自家骨移植に匹敵する治療効果を引き出す」ことを目的としている。しかし、これは基材の表面およびその直下において可能であったが、表面から1mm以上入った内部では不可能とされてきた。
【0003】
また、ハイドロキシアパタイト顆粒を使って高密度培養と石灰化を可能にする例(特許文献1)があったが、これでは移植の際に欠損部の形状によって保持できず適用からはずされることがあった。そして、いろいろの応力に対して、形態を保持できないという欠点があった。
【0004】
また、ポリ乳酸などの高分子基材を使って高密度培養と石灰化を可能にした例(特許文献2)も多々あるが、生体内で分解されやすいというのは長所であるが、やはり機械的な外力に弱いという欠点を持っていた。
【非特許文献1】Kawai N, Niwa S, Sato M, Sato Y, Suwa Y, Ichihara I: Bone formation by cells from femurs cultured among three-dimensionally arranged hydroxyapatite granules. J Biomed Mater Res 37:1-8,1997.
【非特許文献2】Ishaug-Riley SL, Crane-Kruger GM, Yaszemski MJ, Mikos AG: Three-dimensional culture of rat calvarial osteoblasts in porous biodegradable polymers. Biomaterials 19:1405-1412,1998.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明者らは、基材として用いるハイドロキシアパタイト(HAp)の深部気孔へ細胞を浸透させ、基材内部での細胞増殖と石灰化が可能な、培養人工骨の作製方法とそれにより得られた培養人工骨を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このように、上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、本発明者らは、基材として用いる多孔質ハイドロキシアパタイト(HAp)を酸水溶液で脱灰する表面処理を行い、ハイドロキシアパタイト表面の親和性のムラを改善することにより、ハイドロキシアパタイトの深部気孔へ細胞を浸透させ、基材内部での細胞増殖とインビトロ(in vitro)での石灰化が可能となることを見出し、本発明に想到した。
【0007】
本発明における請求項1記載の培養人工骨の作製方法は、多孔質ハイドロキシアパタイト(HAp)・ブロック体を酸水溶液に浸漬後、蒸留水で洗浄し、乾燥させた前記多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体に細胞を播種、培養し石灰化を誘導することにより作製することを特徴とする。
【0008】
本発明における請求項2記載の培養人工骨の作製方法は、請求項1において、前記多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体が気孔率70%以上であることを特徴とする。
【0009】
本発明における請求項3記載の培養人工骨の作製方法は、請求項1において、前記酸水溶液がリン酸水溶液であることを特徴とする。
【0010】
本発明における請求項4記載の培養人工骨の作製方法は、請求項1において、前記細胞が、造骨細胞への分化能を有する前骨芽細胞又は骨膜細胞、又は歯根膜細胞を培養した細胞であることを特徴とする。
【0011】
本発明における請求項5記載の培養人工骨の作製方法は、請求項1において、前記培養をローテーターを用いて回転培養により行うことを特徴とする。
【0012】
本発明における請求項6記載の培養人工骨は、請求項1〜5いずれかに記載の作製方法で得られたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明による培養人工骨の作製方法によれば、骨芽細胞系の前駆細胞や骨髄幹細胞を用いずに、骨膜細胞や歯根膜細胞(PDL)を用いて石灰化を誘導することができる。また、本発明を用いることにより、小規模骨欠損に対応した培養人工骨の開発が容易になる。そして、本発明によれば、歯周組織再生にあたらしい治療技術を提供できる。さらに、培養人工骨の作製に高額なうえに操作の煩雑な培養機器(バイオリアクター)を使用しないため、治療費のコストダウンと生産性の向上が期待できる。そのほか、本発明の培養人工骨は、歯科分野のみならず人工骨関連分野(整形外科分野等)全般に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明における培養人工骨の作製方法は、多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体を酸水溶液に短時間、好ましくは1分〜5分間浸漬させ、脱灰する表面処理(エッチング)を施した後、蒸留水で洗浄し、乾燥させる。そして、前記多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体に細胞を播種し、播種した細胞を気孔深部まで浸透させ、培養し石灰化を誘導することにより作製するものである。
【0016】
脱灰とは、生物の硬組織からカルシウム塩が溶出する現象、あるいはそれを引き起こさせる実験操作をいう。ここでは、リン酸カルシウムの一種であるハイドロキシアパタイトからリン酸カルシウムを溶出させる操作をいう。本発明において、基材として使用する多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体は、気孔の連通孔が十分でなく、細胞の老廃物を通すのに十分でない。そのため、酸水溶液で短時間浸漬することにより脱灰する表面処理(エッチング)を施す。この表面処理により、ハイドロキシアパタイト表面における親和性のムラを改善し、細胞との付着性を高め細胞を播種しやすくする。そして、ハイドロキシアパタイト・ブロック体のすみずみ、気孔深部まで酸水溶液を浸透させることにより、ハイドロキシアパタイト・ブロック体気孔深部における薄い壁に穴を開け、細い連結孔を太くする。この操作により、基材の表面およびその直下において可能であったが、表面から1mm以上入った内部では不可能とされてきた、ハイドロキシアパタイトの深部気孔へ細胞を浸透させることが可能となる。それにより、ハイドロキシアパタイト・ブロック体深部気孔における細胞の培養と石灰化が可能となる。このような本発明の作製方法により、多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体を基材として用いて、多孔体であり、より骨に近い培養人工骨を作製することができる。またそれにより、気効率50%以上であると構造的に脆いという欠点があったハイドロキシアパタイト・ブロック体について、播種した細胞の気孔深部での増殖と石灰化により、気孔率が50%以上であっても強度を保持した培養人工骨を作製することができる。
【0017】
そして、本発明に用いる多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体としては、気孔率が70%以上であることが好ましい。気孔率が70%より小さいと脱灰による連通孔の拡大が不可能であるため好ましくなく、気孔率が70%以上であると基本構造を保った状態での連通孔の拡大が可能なため、好ましい。使用する多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体は、市販されているものでよく、たとえば、ペンタックス社からセルヤード(Cellyard−AX)(登録商標)(φ5mm x 厚さ2mm、85%気孔率)が市販されている。
【0018】
そして、本発明に用いる酸水溶液としてはリン酸水溶液であることが好ましく、中でも、2〜3規定に希釈したリン酸水溶液であることが好ましい。
【0019】
また、浸漬による脱灰(エッチング)時間は短時間でよく、好ましくは1分〜5分間である。1分以下であると連通孔の拡大が不十分のため好ましくなく、5分以上であると表層の崩壊が顕著となるため好ましくない。
【0020】
そして、本発明で用いる細胞としては、造骨細胞への分化能を有する前骨芽細胞又は骨膜細胞、又は歯根膜細胞を培養した細胞が好適に用いられる。ここで、多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体への細胞の播種方法の一例を以下に示す。サブコンフルエントまで培養した細胞を通常の継代培養と同様にトリプシン/EDTA溶液で剥離し、アテロコラーゲンを含むDMEM培地に1−4 x 10 cells/mLの細胞密度で懸濁する。この細胞懸濁液を35−mm ディッシュ(dish)内に置いたHApブロック体上に載せるように播種し、自然に染み込ませるようにする。出来るだけ懸濁液があふれないように、液量や播種速度を調節する。ブロック体上をカバーグラスで覆い、そのままCOインキュベータ内で1−4時間程度静置して、ゲル化させる。その後、牛胎児血清を含む培養液を1.5mL程度加えて、1日培養する。
【0021】
そして、本発明の培養人工骨の作製方法は、多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体に播種した細胞の培養を好ましくはローテーターを用いて回転培養により行う。細胞を播種し培養した多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体は、培養液とともに、滅菌処理を施したディスポーザブルの遠沈管あるいはガス透過性フィルム製のパウチに封入し、ホルダーを介してローテーターに架ける。ローテーターは培養用COインキュベータあるいはガス置換可能な恒温槽に格納し、そこで回転培養を行う。その際、必要に応じて、一週間に1−2回の割合で培養液の交換を行う。
【0022】
このような上記作製方法により得られた培養人工骨は、歯科分野のみならず人工骨関連分野(整形外科分野等)全般に使用することができる。
【0023】
以下に本発明の実施例によって、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【0024】
(生命倫理)
ヒト由来骨膜細胞および歯根膜細胞を使用するに当たって、新潟大学医歯学総合病院の倫理規定に基づき作成した実験計画を新潟大学歯学部倫理委員会で承認を受けた(平成18年6月22日、平成17年5月9日)。さらに、インフォームドコンセントにより、その都度、患者に対して培養骨膜シート移植後の残骸からの骨膜細胞の採取、および歯根膜組織からの歯根膜細胞の採取と実験への供与について説明し、同意を得られることを前提とした。
【実施例1】
【0025】
(実験材料と方法およびその意義)
1.HApブロック体の表面処理
ペンタックス社から市販されている超多孔質HApブロック体(セルヤード(Cellyard−AX)(登録商標)、φ5mm x 厚さ2mm、85%気孔率)を2−3規定に希釈したリン酸水溶液中で短時間(通常は1分間)脱灰する。その後、蒸留水でゆっくりと揺らすように洗浄する。これを5回繰り返す。キムワイプなどの清潔な紙で吸水する。これは完全な乾燥まで待つ必要はなく、適当なところで滅菌パウチに密封し、オートクレーブに掛ける。終了後は、直ちに乾燥機に掛けて水分をとばす。
【0026】
2.HApブロック体への細胞播種
サブコンフルエントの細胞を通常の継代培養と同様にトリプシン(trypsin)/EDTA溶液で剥離し、アテロコラーゲンを含むDMEM溶液(コラーゲン ナチュラル ソリューション(Collagen Neutral Solution), DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle's Medium), コーケンセルゲン(KOKENCELLGEN)(登録商標)) に1−4 x 10 cells/mLの細胞密度で懸濁する。この細胞懸濁液を35−mm ディッシュ(dish)内に置いたHApブロック体上に載せるように播種し、自然に染み込ませるようにする。出来るだけ懸濁液があふれないように、液量や播種速度を調節する。ブロック体上をカバーグラスで覆い、そのままCOインキュベータ内で1−4時間程度静置して、ゲル化させる。その後、牛胎児血清を含む培養液を1.5mL程度加えて、1日培養する。
【0027】
3.回転培養
滅菌処理を施したディスポーザブルの遠沈管あるいはガス透過性フィルム製のパウチにHApブロック体を培養液とともに封入し、ホルダーを介してローテーターに架ける。ローテーターは培養用COインキュベータあるいはガス置換可能な恒温槽に格納し、そこで回転培養を行なう。必要に応じて、一週間に1−2回の割合で培養液の交換を行なう。
【0028】
4.HAp深部気孔での細胞密度と石灰化に関する評価
一定期間培養の後、HAp多孔体ブロックは冷蔵した10%中性ホルマリン中で4時間以上固定した。水洗して余分なホルマリン液を除いた後、爪切り鋏等でブロックを中心線に沿って矢状断し、破断面を作成した。これを0.2%クリスタル紫(crystal violet)染色液、あるいは40mMアリザリンレッド(Alizarin red)−S染色液で染色した。その結果は、顕微鏡で観察した。
【0029】
その結果は図1、2に示した。ここで、図1は、HAp多孔体ブロックの中心部気孔で細胞が高密度で増殖している様子を示す。図2は、HAp多孔体ブロックの中心部気孔で細胞が石灰化物を形成している様子を示す。また、図2において、左図がネガティブ・コントロールで、右図の矢印が石灰化物を示している。図1、2より、これまでは表面から0.1mm程度の細胞の浸透や石灰化が報告されていただけであるが、厚さ2mmのブロックの中心部まで、細胞が高密度に増殖し、そこで石灰化を誘導することも可能であることを証明した。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例1において、HAp多孔体ブロックの中心部気孔で細胞が高密度で増殖している様子を示す写真である。
【図2】実施例1において、HAp多孔体ブロックの中心部気孔で細胞が石灰化物を形成している様子を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質ハイドロキシアパタイト(HAp)・ブロック体を酸水溶液に浸漬後、蒸留水で洗浄し、乾燥させた前記多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体に細胞を播種、培養し石灰化を誘導することを特徴とする培養人工骨の作製方法。
【請求項2】
前記多孔質ハイドロキシアパタイト・ブロック体が気孔率70%以上であることを特徴とする請求項1記載の培養人工骨の作製方法。
【請求項3】
前記酸水溶液がリン酸水溶液であることを特徴とする請求項1記載の培養人工骨の作製方法。
【請求項4】
前記細胞が、造骨細胞への分化能を有する前骨芽細胞又は骨膜細胞、又は歯根膜細胞を培養した細胞であることを特徴とする請求項1記載の培養人工骨の作製方法。
【請求項5】
前記培養をローテーターを用いて回転培養により行うことを特徴とする請求項1記載の培養人工骨の作製方法。
【請求項6】
請求項1〜5いずれかに記載の作製方法で得られた培養人工骨。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−212265(P2008−212265A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−51153(P2007−51153)
【出願日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】