説明

培養細胞の電気シグナル計測デバイスおよび該デバイスを用いる電気シグナル計測方法

【課題】培養細胞を良好な状態に保ち、その電気シグナルの計測をリアルタイムでかつ高精度に行うことができる電気シグナル計測デバイスおよび該デバイスを用いる電気シグナル計測方法を提供する。
【解決手段】半透膜3によって二つに区分けされたコンパートメントが内部に設けられた支持体2に電極が設けられた培養細胞の電気シグナル計測デバイス1であって、前記コンパートメントは、半透膜3により上部コンパートメント4と下部コンパートメント5に区分けされ、上部コンパートメント4には上部電極61が設けられ、下部コンパートメント5には、該上部電極61に対向して対向面621が半透膜3に接触して下部電極62が設けられており、上部コンパートメント4と下部コンパートメント5に別々に流体を灌流させる上部灌流用流路および下部灌流用流路が支持体2に設けられている培養細胞の電気シグナル計測デバイス1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞に電界を印加した時のインピーダンス等の電流応答を、リアルタイムで高精度に計測することができる電気シグナル計測デバイスおよび該デバイスを用いる電気シグナル計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
接着性の培養細胞あるいは該培養細胞が形成する組織の状態を、非侵襲的にリアルタイムに解析することは、各種疾病の発病メカニズムの解析や、創薬研究を行う上で極めて有用な手段である。そして、より有用な情報を得るためには、ミクロレベルで高精度に解析できることが必要となる。医療、創薬に関わる分野においてはまさに、このような解析が可能であるマイクロ流体デバイスの開発が強く望まれている。
【0003】
一般的に、培養細胞あるいは該培養細胞が形成する組織の構造や内部状態を詳細に解析するためには、解析時に培養細胞を良好な状態に保つことと、高精度な解析手法を採用することの双方が求められる。
そして従来は、解析手法として、例えば、培養細胞の電気抵抗や電気的インピーダンスをリアルタイムで計測する手法が用いられてきている。特に、インピーダンスを計測する手法は、リアルタイムにかつ非侵襲的に培養細胞に関するより多くの情報が得られるため有用である。このような培養細胞のインピーダンスを計測する手法として、例えば、微細加工技術により薄膜平面上に電極をパターニングしたデバイスを用いる方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。
【非特許文献1】Linderholm,P.,Brouard,M.,Barrandon,Y.,Renaud,P.Monitoring stem cell growth using a microelectrode array.XII ICEBI 2004 Gdansk.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、非特許文献1に記載の方法をはじめ従来の方法は、培養細胞の良好な状態での保持と、高精度な解析の双方を両立したものではなく、より詳細な情報を得るためには精度が不十分であるという問題点があった。これは、細胞の培養に用いる装置が、生体内の環境条件を反映したものではなく、生体内とは大きく異なる環境であるため培養細胞を良好な状態に保つことができないことと、インピーダンス等の計測に用いる電極の形状や配置状態が、微弱な電気信号を測定するために適したものではないことが理由であった。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、培養細胞を良好な状態に保ちつつ、その電気シグナルの計測をリアルタイムでかつ高精度に行うことができる電気シグナル計測デバイスおよび該デバイスを用いる電気シグナル計測方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意研究した結果、生体内に近い環境を再現できる細胞培養デバイスを開発し、該デバイス内に設けた半透膜上で細胞を培養し、該半透膜の上下に培養細胞を挟むようにして電極を所定の条件で配置して、培養細胞に電界を印加することで、培養細胞を良好な状態に保ちつつ電気シグナルの計測をリアルタイムにかつ高精度に行うことができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、前記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、半透膜によって二つに区分けされたコンパートメントが内部に設けられた支持体に、電極が設けられている培養細胞の電気シグナル計測デバイスであって、前記コンパートメントは、前記半透膜により上部コンパートメントおよび下部コンパートメントに区分けされ、上部コンパートメントには上部電極が設けられ、下部コンパートメントには、該上部電極に対向して、対向面が前記半透膜に接触して下部電極が設けられており、上部コンパートメントと下部コンパートメントに別々に流体を灌流させるための上部灌流用流路および下部灌流用流路が支持体に設けられていることを特徴とする培養細胞の電気シグナル計測デバイスである。
請求項2に記載の発明は、前記上部電極の下部電極に対向する面と、前記半透膜の上部電極に対向する面との距離が1mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスである。
請求項3に記載の発明は、前記上部電極および下部電極の測定面の厚みが、0.5mm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスである。
請求項4に記載の発明は、前記上部電極および下部電極の材質が金メッキされた真鍮であり、これら電極の測定面の形状が、直径3mm以下の円形であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスである。
請求項5に記載の発明は、前記支持体の材質が、ポリジメチルシロキサンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスである。
請求項6に記載の発明は、インピーダンス計測用である請求項1〜5のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスである。
請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスが、基板上に複数設けられていることを特徴とする培養細胞の電気シグナル計測アレイである。
請求項8に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスを用いて、培養細胞の電気シグナルを計測する方法であって、上部コンパートメント側の半透膜上の、上部電極と下部電極との間の位置に細胞を導入し、上部コンパートメントに流体を、下部コンパートメントに培養液を別々に灌流させながら半透膜上で前記細胞を培養し、上部電極および下部電極より培養細胞に電界を印加して得られる培養細胞の電流応答を計測することを特徴とする培養細胞の電気シグナル計測方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、培養細胞を良好な状態に保ちつつ、その電気シグナルの計測をリアルタイムにかつ高精度に行うことができる
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を、図面を参照しながら詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施形態に何ら限定されるものではない。
図1は、本発明の培養細胞の電気シグナル計測デバイス(以下、デバイスと略記することがある)の、一実施形態を示す縦断面図である。
本発明のデバイス1は、支持体2内部に、半透膜3によって区分けされた上部コンパートメント4と下部コンパートメント5が設けられている。支持体2上部に貫通して設けられている穴を介して、上部コンパートメント4には上部電極61が設けられ、支持体2下部に貫通して設けられている穴を介して、下部コンパートメント5には下部電極62が設けられている。上部電極61および下部電極62は対向して配置され、これらが一対の電極を構成しており、これら電極間に載置された培養細胞7に電界を印加して、培養細胞の電気シグナルが計測できるようになっている。
【0010】
上部電極61は、その下部電極に対向する面611と反対側の面(すなわち、支持体上部対向面)612が、支持体2上部の内表面211と接触するように設けられている。しかし、本発明においては、必ずしもこのように接触している必要はなく、培養細胞7の電気シグナルの計測精度を損なわない範囲で、上部電極61の支持体上部対向面612が内表面211から離間するように、上部電極61を設けても良い。
【0011】
上部電極61は、培養細胞7に接触しないように設けることが好ましい。
また、上部電極61の下部電極に対向する面611と、前記半透膜3の上部電極に対向する面31との距離は1mm以下であることが好ましい。
上部電極61をこのような好ましい配置状態とすることによって、培養細胞7の電気シグナル計測精度をより向上させることができる。
【0012】
上部コンパートメント4の高さ、すなわち、支持体2上部の内表面211と、半透膜3の上部電極に対向する面31との距離は、1mm以下であることが好ましい。
また、上部コンパートメント4の高さは、培養細胞7の大きさの1.5倍〜5倍であることが好ましく、1.5倍〜2倍であることがより好ましい。
このような距離にすることで、下部コンパートメント5内を還流する培養液から供給される栄養成分や酸素の濃度を、上部コンパートメント4内において高く維持することができ、細胞培養環境を実際の生体内に近い環境とすることができて、細胞の培養を良好に行うことができる。
【0013】
下部コンパートメント5の高さ、すなわち、支持体2下部の内表面221と、半透膜3の下部電極に対向する面32との距離は、特に限定されない。
【0014】
下部電極62は、上部電極61に対向してその対向面621が、半透膜3の下部電極対向面32に接触して設けられている。この時の、接触面にかかる圧力は特に限定されず、下部電極62と半透膜3との間に培養液が灌流しなければ、半透膜3が傷つかない範囲で任意に選択することができる。このように、下部電極62を半透膜3に接触させて設けて、下部電極62と半透膜3との間を培養液が灌流しないようにすることで、インピーダンス等の電気シグナルの計測を高感度かつ高精度に行うことができる。
【0015】
上部電極61および下部電極62の測定面の厚み、すなわち、上部電極61であればその下部電極に対向する面611と支持体上部対向面612との間の厚さ、下部電極62であれば、その上部電極に対向する面621と支持体2下部に対向する面622との間の厚さは、それぞれ0.5mm以下であることが好ましい。
【0016】
上部電極61および下部電極62の形状は特に限定されない。
また、上部電極61および下部電極62の材質も、電界を印加できるものであれば特に限定されず、従来公知のものを用いれば良い。好ましい材質としては、例えば、金メッキされた真鍮、白金、チタン合金、金、ITO(Indium Tin Oxide:インジウム錫酸化物)等を挙げることができる。
これらの中でも、上部電極61および下部電極62として、材質が金メッキされた真鍮であり、これら電極の測定面の形状が、直径3mm以下の円形であるものを好ましいものとして挙げることができる。このような好ましい材質および形状のものとして、釘状のものが市販されており、入手が容易である。
なお、本発明においては、図1に示した支持体2上部の内表面211のうち上部電極61が接触している面、および/または半透膜3上の下部電極62が接触している面の上に、真空蒸着などの方法により前記材質からなる金属薄膜を形成し、これを電極として用いても良い。
【0017】
半透膜3は、支持体2内部のコンパートメントを上部コンパートメント4と下部コンパートメント5とに区分けするように、支持体2に固定されて設けられている。また半透膜3は、品質が劣化した時に容易に交換できるよう、支持体2に対して着脱可能とされていることが好ましい。
そして、半透膜3上の上部コンパートメント4側で、細胞の培養が行われる。
【0018】
半透膜3としては、細胞が浸潤せず、例えば、下部コンパートメント5内を灌流する培養液中の栄養成分や酸素等、あるいは上部コンパートメント4内の培養細胞7からの老廃物等の物質の交換が行われる孔径のものが用いられる。具体的には、半透膜3の孔径は、0.4μm以上、3μm未満であることが好ましく、0.4μm以上、1μm以下であることが好ましい。このように、下限を0.4μm以上とすることで、上部コンパートメント4と下部コンパートメント5との間の物質交換が速やかに行われる。
また、半透膜3の材質としては、培養細胞7に対して適合性を有するものであれば特に限定されず、例えば、ポリエチレン、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン等が挙げられる。
半透膜3の厚さは、培養細胞7の電気シグナル計測精度を損なわない範囲であれば特に限定されないが、物質交換を極力速やかに行うため、10〜20μmの範囲内であることが好ましい。
このようなものとして、具体的には、例えば、一般的に透析膜、精密濾過等に用いられる半透膜として市販されているものを用いることができる。
【0019】
支持体2の材質としては、培養細胞7に対して適合性を有するものであれば特に限定されない。
好ましい材質としては、外気中の酸素を透過させてデバイス1内の培養液や流体に供給することができる、酸素透過性材料が挙げられる。酸素透過性材料としては、培養細胞7に対して適合性を有するものであれば従来公知の任意の酸素透過性材料を用いることができ、例えば、酸素透過性コンタクトレンズ等に用いられている生体適合性の酸素透過性材料等を挙げることができる。特に、透明性を有するものであれば、外側からデバイス内の培養細胞7を観察できるためより好ましい。
酸素透過性材料として、具体的には、例えば、生体適合性のシリコーンゴムが挙げられる。なかでも、生体適合性および透明性を有し、さらに安価な材料であることからポリジメチルシロキサン(以下、PDMSと略記する)が好ましい。
【0020】
支持体2には、上部コンパートメント4と下部コンパートメント5に別々に流体を灌流させるための上部灌流用流路(図示略)および下部灌流用流路(図示略)が設けられている。これら流路は、例えば、上部コンパートメント4と下部コンパートメント5の所定の場所に設けられた穴に、それぞれ配管(図示略)等を接続することで設けることができる。配管の材質は特に限定されない。
下部コンパートメント5に流体として細胞培養に必要な培養液を灌流させて、半透膜3を介して栄養成分や酸素等を培養細胞7に供給し、培養細胞7から排出された老廃物等を下部コンパートメント5から排出させるため、本発明においては、下部灌流用流路として、培養液供給用流路および培養液排出用流路を別々に下部コンパートメント5に設けることが好ましい。
また、培養液の組成は、培養する細胞の種類に応じて適宜選択すれば良い。
【0021】
また、上部コンパートメント4においては、上部灌流用流路を介して、流体を持続的または間欠的に灌流できるようになっている。上部コンパートメント4内の流体を灌流させることにより、半透膜3上の培養細胞7に流動が付加され、これにより、細胞培養部位の環境が実際の生体内の環境に近づき、細胞の培養を良好に行うことができる。また、上部灌流用流路を介して、培養細胞7の培養環境(pH、グルコース濃度、生理活性物質濃度等)のモニタリングを行うこともできる。
上部コンパートメント4に灌流させる流体としては、培養細胞7に悪影響を与えないものであれば特に限定されないが、培養液が好ましい。
【0022】
本発明のデバイス1を用いて電気シグナルを計測する培養細胞7の種類は特に限定されず、目的に応じて適宜選択すれば良い。例えば、小腸由来Caco−2細胞は本発明に好適である。
【0023】
本発明のデバイス1は、上部電極61および下部電極62を、外部電極(図示略)に電気的に接続することで、培養細胞の電気シグナル計測に用いることができる。例えば、これら電極を直流電源に接続すれば培養細胞の電気抵抗値を計測することができ、交流電源に接続すれば培養細胞のインピーダンスを計測することができる。すなわち、目的に応じて接続する外部電極を選択すれば良い。
【0024】
本発明のデバイス1は極めて小さく、構造も単純であるため、例えば、複数個を同一の基板上に設けて電気シグナル計測アレイとして用いることもできる。この時の基板の種類、アレイ化する方法、アレイの形態等は特に限定されず、目的に応じて選択することができる。このような電気シグナル計測アレイは、多数のサンプルのスクリーニング等に好適に用いられる。
【0025】
本発明のデバイス1は、例えば、以下のように作製することができる。すなわち、上部電極61挿通用の穴および上部灌流用流路接続用の穴をそれぞれ設けた所定の形状の上側支持体21と、下部電極62挿通用の穴および下部灌流用流路接続用の穴をそれぞれ設けた所定の形状の下側支持体22を作製する。次いで、上側支持体21に上部電極61を挿通し、下側支持体22に下部電極62を挿通した後、上部電極61と下部電極62とが対向するように、上側支持体21と下側支持体22の端部を、半透膜3を挟んで張り合わせる。この時、下部電極62は、その上部電極対向面621が半透膜3に接触してこれらの間に隙間ができないように位置決めを行う。そして、上部灌流用流路接続用の穴および下部灌流用流路接続用の穴に配管を接続して、支持体2に上部灌流用流路および下部灌流用流路を設ければ、本発明のデバイス1が得られる。
このように本発明のデバイス1は、構造が単純であり、上部電極61および下部電極62として、市販の釘状のものを用いることもできるため、容易に作製することができる。
【0026】
本発明のデバイス1を用いて、培養細胞の電気シグナルは以下のように計測される。すなわち、上部コンパートメント4側の半透膜3上の、上部電極61と下部電極62との間の位置に細胞を導入し、上部コンパートメント4に流体を、下部コンパートメント5に培養液を別々に灌流させながら半透膜3上で前記細胞を培養し、上部電極61および下部電極62より培養細胞7に電界を印加して、その結果得られる培養細胞7の電流応答を計測する。本発明のデバイス1を外部の直流電源に接続して電界を印加すれば、培養細胞の電気抵抗値を計測することができ、交流電源に接続すれば、培養細胞のインピーダンスを計測することができる。インピーダンスを計測することで、培養細胞に関するより多くの情報が得られる。
【0027】
培養細胞に電界を印加する条件は特に限定されず、計測目的、培養細胞の種類に応じて適宜選択すれば良い。
【0028】
電気シグナルの計測を行う時は、細胞培養を停止する必要はなく、培養中の細胞をリアルタイムで計測することができる。例えば、培養細胞成長過程、培養細胞の膜構造等の組織形成過程をリアルタイムで計測することができる。また、上部コンパートメント4での流体の灌流と下部コンパートメント5での培養液の灌流とは別々に行われるため、例えば、上部コンパートメント4に薬物等を添加すれば、この薬物等に対する培養細胞の応答もリアルタイムで計測することができる。
【0029】
本発明のデバイス1においては、上述のように上部コンパートメント4で流体を灌流させ、下部コンパートメント5で培養液を灌流させることにより、下部コンパートメント5から半透膜3を介して栄養成分や酸素等が培養細胞7に供給されると同時に、培養細胞7から排出された老廃物等が半透膜3を介して下部コンパートメント5に回収される。すなわち、半透膜3上の培養細胞7に対し、栄養成分や酸素が一定の方向から供給され、培養細胞7から排出された老廃物等も一定の方向から回収されることになり、血管等を介して栄養成分や酸素の供給と老廃物等の排出を行う、実際の生体内の環境と類似した環境を再現することができ、細胞の培養を良好に行うことができる。
【0030】
なお、ここで言う灌流とは、単に流体が流れることを指し、流体が一定方向に流れるいわゆる還流や、流体の流れる方向が逐次変化するものも含まれる。ただし、下部コンパートメント5においては、前述のように下部灌流用流路として、培養液供給用流路および培養液排出用流路を別々に設けて、培養液を一定方向に持続的に還流させることが好ましい。
このようにすることで、培養細胞7に対する栄養成分や酸素の供給と、培養細胞7から排出された老廃物等のデバイス1外への排出を効率的に行うことができ、細胞の培養をより良好に行うことができる。
【0031】
上部コンパートメント4内の流体の流速および下部コンパートメント5内の培養液の流速は、細胞培養を阻害せず、培養細胞の電気シグナル計測精度を損なわない範囲であれば、特に限定されない。
【0032】
下部コンパートメント5で灌流させている培養液は、培養細胞から排出された老廃物や分泌物等を除去するために、少なくとも3〜4日毎に交換することが好ましい。
【0033】
その他の細胞の培養条件および培養方法は、用いる細胞の種類に応じて適宜選択すれば良く、特に限定されない。
【0034】
以上述べたように、本発明のデバイスでは、下部電極を半透膜に接触させて設けて、下部電極と半透膜との間を培養液が灌流しないようにすることで、インピーダンス等の電気シグナルの計測を高感度かつ高精度に行うことができる。
上部コンパートメントでの流体の灌流と下部コンパートメントでの培養液の灌流とは別々に行われるため、例えば、上部コンパートメントに薬物等を添加すれば、この薬物等に対する培養細胞の応答もリアルタイムで計測することができる。
上部コンパートメントの高さが低く、好ましくは1mm以下とすることで、半透膜上の細胞を良好に培養することができる。
そして、本発明のデバイスは極めて小さく構造も単純であるため、複数個を同一の基板上に設けて、容易に電気シグナル計測アレイとして用いることもでき、多数のサンプルのスクリーニング等に好適である。
このような本発明のデバイスを用いることで、抵抗値だけでなくインピーダンス計測が可能であり、半透膜上の培養細胞を非侵襲的にリアルタイムで解析することができ、より多くの情報が得られる。
【実施例】
【0035】
以下、具体的実施例により本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
(実施例1)
◎インピーダンス計測による培養細胞の膜状構造形成の確認
図1に示す本発明のデバイスを用いて、小腸由来Caco−2細胞の培養を行いながら、該細胞のインピーダンス計測を行った。
用いたデバイスは、具体的には、以下のようなものである。すなわち、支持体はPDMS製であり、支持体内のコンパートメントのサイズ(上部コンパートメントと下部コンパートメントを合わせたサイズ)は縦15mm、横6mm、高さ1.6mmである。これを、孔径0.4μm、厚さ14μmのポリエステル製多孔質膜(コーニング社製、コード3450)を半透膜として用いて、区分けして、上部コンパートメント、下部コンパートメントの高さを共に約0.8mmとした。
上部電極および下部電極として、長さ15mm、外径0.5mmで、頭部が厚さ0.4mm、直径1.2mmの円形状である金メッキされた真鍮製の釘状のものを、頭部の平坦面を測定面として用いた。また、上部電極は、下部電極に対抗する面と反対側の面を上側支持体内面に接触させて支持体に固定し、下部電極は、上部電極に対抗する面を半透膜に接触させて支持体に固定した。この時、上部電極の下部電極に対抗する面と半透膜との間の距離は0.4mmであった。そして、これら電極を交流電源に接続した。
【0036】
細胞の培養条件およびインピーダンスの計測条件は以下の通りである。
培養条件:培養液として、DMEM(Dulbecco‘s Minimum Essential Medium)に10%ウシ胎仔血清、1%MEM可欠アミノ酸溶液、20mM HEPES緩衝液、100規定/mLペニシリン、100μgストレプトマイシン、1μgアンフォテリシンを加えたものを使用し、周囲温度を37℃、二酸化炭素濃度を5%に保った条件で培養を行った。
計測条件:計測は、市販のインピーダンスアナライザーを用いて、1Hz〜10MHzの周波数帯について10mV振幅の交流電場を電極間に印加して行った。
【0037】
培養液は2日ごとに交換し、培養液交換の前後にインピーダンス計測を行った。結果を図2に示す。なお、図2中の凡例において、例えば「3日」とは、細胞培養開始から3日目の培養液交換前のことを指し、例えば、「3日交換後」とは、細胞培養開始から3日目の培養液交換後のことを指す。
図2(a)は、計測したインピーダンスの振幅スペクトルであり、グラフ縦軸はインピーダンスの振幅の絶対値を示す。図2(a)より、培養開始から7日目までは細胞成長が確認された。そして9日目以降にインピーダンス振幅の顕著な増加(18KΩ)が認められ、細胞間におけるタイトジャンクションの形成および細胞の膜状構造の形成が確認された。
【0038】
また図2(b)は、計測したインピーダンスの位相スペクトルであり、グラフ縦軸は位相(θ)を示す。図2(b)より、培養開始から7日目までは、低周波数側への曲線のシフトと、特徴的な10Hz付近のピークの出現が認められ、この間の細胞成長が確認された。そして9日目以降は、低周波数側への顕著な曲線のシフトと、10Hz付近のθの顕著な減少(θ=50°)が認められ、培養細胞の膜状構造の形成が確認された。
以上により、本発明のデバイスを用いて培養細胞のインピーダンスを高精度にリアルタイムで測定することができ、細胞成長、細胞間のタイトジャンクションの形成、および細胞の膜状構造の形成を正確に確認することができた。
【0039】
(実施例2)
◎インピーダンス計測による培養細胞への塩化第二銅(CuCl)添加の影響の確認
実施例1で用いたデバイスを用いて、塩化第二銅を添加された小腸由来Caco−2細胞の培養を行いながら、インピーダンス計測を行った。
細胞の培養条件およびインピーダンスの計測条件は実施例1と同様である。
【0040】
培養液は2日ごとに交換し、培養液交換の前後にインピーダンス計測を行った。
そして、培養開始後7日目までは通常培養を行い、インピーダンス計測後、培養液に30μMの濃度となるように塩化第二銅を添加して、塩化第二銅添加直後(添加後0時間)から添加後4時間までそのまま細胞培養を継続した。4時間経過後にインピーダンスを計測し、塩化第二銅を含む培養液を、塩化第二銅を含まない培養液で洗い流すことにより、培養細胞をデバイス内部に残した状態で洗浄操作を行った。この間適宜、培養細胞のインピーダンスを計測した。その結果を図3に示す。なお、図3中の凡例において、例えば「3日」とは、細胞培養開始から3日目のことを指し、例えば、「7日添加後4時間」とは、細胞培養開始から7日目の塩化第二銅添加後4時間のことを指す。
【0041】
図3(a)は、計測したインピーダンスの振幅スペクトルであり、グラフ縦軸はインピーダンスの振幅の絶対値を示す。培養開始後5日目に、インピーダンスの振幅が顕著に増加し、7日目に振幅が最大となっていることが認められた。すなわち、培養開始後3日目から5日目の間に、培養細胞の膜状構造の形成が起こっていることが確認された。
そして、7日目に塩化第二銅を添加してから4時間後までは、インピーダンスの振幅変化がほとんど認められず、膜状構造が機能していることが確認された。続いて、培養細胞を洗浄後にデバイスへ戻してから塩化第二銅添加の効果が表れ、添加後25時間で、インピーダンスの振幅が低下していることが認められ、膜状構造の崩壊が確認された。そして添加後48時間で再びインピーダンスの振幅増加が認められ、膜状構造が再生していること確認された。すなわち、塩化第二銅による培養細胞の膜状構造への添加効果は、時間経過とともに消失することが確認された。
【0042】
また図3(b)は、計測したインピーダンスの位相スペクトルであり、グラフ縦軸は位相(θ)を示す。培養開始後3日目から7日目にかけて、曲線の低周波数側へのシフトと、特徴的な10Hz付近のθの減少(θ=−62°)が認められ、培養細胞の膜状構造の形成が確認された。
そして7日目に塩化第二銅を添加してから4時間後までは、曲線に大きな変化はなく、膜状構造がそのまま機能していることが確認された。続いて、培養細胞を洗浄後にデバイスへ戻してから塩化第二銅添加の効果が表れ、添加後25時間で、曲線の高周波数側へのシフトと、特徴的な10Hz付近のθの増加(θ=−53°)が認められ、膜状構造の崩壊が確認された。さらに添加後48時間で、新たに曲線の低周波数側へのシフトと、特徴的な10Hz付近のθの減少(θ=−58°)が認められ、膜状構造の再生が確認された。すなわち、塩化第二銅の添加が培養細胞の膜状構造へおよぼす効果は、時間経過とともに消失することを、本発明のデバイスを用いて培養細胞のインピーダンスを高精度にリアルタイムで測定することで確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、細胞の培養条件の最適化、培養細胞の状態の観察はもとより、医薬品の創薬プロセスで重要な薬物動態解析や医薬品候補物質のスクリーニング、さらには化学物質の環境毒性の計測等、極めて広範囲の分野での利用に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の培養細胞の電気シグナル計測デバイスの一例を示す縦断面図である。
【図2】実施例1における培養細胞のインピーダンス計測結果を示すグラフであり、図2(a)はインピーダンスの振幅スペクトルであり、図2(b)はインピーダンスの位相スペクトルである。
【図3】実施例2における培養細胞のインピーダンス計測結果を示すグラフであり、図3(a)はインピーダンスの振幅スペクトルであり、図3(b)はインピーダンスの位相スペクトルである。
【符号の説明】
【0045】
1・・・電気シグナル計測デバイス、2・・・支持体、3・・・半透膜、4・・・上部コンパートメント、5・・・下部コンパートメント、61・・・上部電極、62・・・下部電極、621・・・下部電極の上部電極対向面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半透膜によって二つに区分けされたコンパートメントが内部に設けられた支持体に、電極が設けられている培養細胞の電気シグナル計測デバイスであって、
前記コンパートメントは、前記半透膜により上部コンパートメントおよび下部コンパートメントに区分けされ、
上部コンパートメントには上部電極が設けられ、下部コンパートメントには、該上部電極に対向して、対向面が前記半透膜に接触して下部電極が設けられており、
上部コンパートメントと下部コンパートメントに別々に流体を灌流させるための上部灌流用流路および下部灌流用流路が支持体に設けられていることを特徴とする培養細胞の電気シグナル計測デバイス。
【請求項2】
前記上部電極の下部電極に対向する面と、前記半透膜の上部電極に対向する面との距離が1mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイス。
【請求項3】
前記上部電極および下部電極の測定面の厚みが、0.5mm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイス。
【請求項4】
前記上部電極および下部電極の材質が金メッキされた真鍮であり、これら電極の測定面の形状が、直径3mm以下の円形であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイス。
【請求項5】
前記支持体の材質が、ポリジメチルシロキサンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイス。
【請求項6】
インピーダンス計測用である請求項1〜5のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイス。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスが、基板上に複数設けられていることを特徴とする培養細胞の電気シグナル計測アレイ。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の培養細胞の電気シグナル計測デバイスを用いて、培養細胞の電気シグナルを計測する方法であって、
上部コンパートメント側の半透膜上の、上部電極と下部電極との間の位置に細胞を導入し、上部コンパートメントに流体を、下部コンパートメントに培養液を別々に灌流させながら半透膜上で前記細胞を培養し、
上部電極および下部電極より培養細胞に電界を印加して得られる培養細胞の電流応答を計測することを特徴とする培養細胞の電気シグナル計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−215473(P2007−215473A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−39230(P2006−39230)
【出願日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【Fターム(参考)】