説明

塗工液の塗布方法、塗布装置、及び塗膜

【課題】 短時間で簡便に塗膜を形成することができ、均一な塗膜を形成することができ、塗膜の膜厚の制御が可能な塗工液の塗布方法、塗布装置、及び塗膜を提供すること。
【解決手段】基材5と、前記基材5の表面に密着可能な押さえ板3との間に塗工液を導入し、前記押さえ板3を、前記基材5の表面に密着させつつ、前記基材5に対して相対的にスライドさせることを特徴とする塗布方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、基材の表面に塗膜を形成するために塗工液を基材上に塗布する塗布方法、塗布装置、及び塗膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光触媒は、ガラス、金属、セラミクス、プラスチックなど、さまざまな適応先と用途が考えられている。酸化チタンなどの光触媒は通常粉体であり、光触媒の超親水性や酸化分解機能を利用するためには、薄膜化する必要がある。さらに、ガラスや反射板等に光触媒を適用する場合、基材の透過率や反射率を損なわないために、光触媒薄膜には透明性が要求される。
【0003】
光触媒薄膜を作成する手法としては、湿式と乾式とがある。湿式の光触媒薄膜作成方法では、固体である酸化チタンの微粒子が溶媒中に分散しているゾルとして供される光触媒コーティング液を、主にスプレーコート、ディップコート、スピンコート、ローラーコート、刷毛塗り等の方法(非特許文献1参照)で基材の表面に付着させ、その後乾燥、熱処理により薄膜を作成する。
【0004】
また、乾式の光触媒薄膜作成方法では、プラズマにより発生したイオン化ガスをチタンターゲットに入射し、叩き出されたチタン原子を酸素と反応させて基板に堆積させるスパッタ製膜法や、チタンアルコキシドなどの揮発性のチタン化合物を、加熱してある基板に吹き付ける化学的気相成長法(CVD)等が行われている(非特許文献2参照)。
【非特許文献1】加工技術研究会 「コーティング」編集委員会 「コーティング−ハード技術の過去・現在から未来を学ぶ−」 加工技術研究会 (2002年)
【非特許文献2】大谷文章 「イラスト・図解 光触媒の仕組みがわかる本」技術評論社 (2003年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、湿式の光触媒薄膜作成方法では、塗膜の膜厚を制御するため、まずコーティング方法の選定から初めて、塗工液のレオロジー的特性の改良、塗工環境、コーティング装置の運転条件等、さまざまな要因を制御しなければならなかった。
【0006】
また、ブレードコート、バーコート、ナイフコート等の塗布された塗料を掻き落とすタイプのコーティング方法では、押し付け圧力を変化させることによって膜厚を制御するが、押し付け部材の機械的精度がボトルネックとなり、5μm以下の薄い塗膜の作成が困難であるという問題があった。また、これらのコーティング法は、粘度の高い塗工液の塗布は困難であるという問題があった。
【0007】
また、特に基材の透明性、反射特性、色合い、風合いなどを変化させないためには、非常に薄い塗膜を形成する必要があるが、従来の湿式コーティング方法では、膜厚の精密なコントロールが困難であるという問題があった。つまり、従来のスプレーコート、ディップコート、スピンコート等の光触媒コーティング方法では、その塗膜品質がコーティング液のレオロジー的特性(粘性、塑性、弾性、チキソトロピー性)に強く依存するため、膜厚が厚くなったり、塗りムラができ易かった。
【0008】
また、乾式のコーティング方法では、真空装置が必要であるため、基材の面積が大きくなるほど大掛かりで高価になり、また、成膜速度は遅く大量生産には不向きであるという問題があった。
【0009】
本発明は、短時間で簡便に塗膜を形成することができ、均一な塗膜を形成することができ、塗膜の膜厚の制御が可能な塗工液の塗布方法、塗布装置、及び塗膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)請求項1の発明は、
基材と、前記基材の表面に密着可能な押さえ板との間に塗工液を導入し、前記押さえ板を、前記基材の表面に密着させつつ、前記基材に対して相対的にスライドさせることを特徴とする塗布方法を要旨とする。
【0011】
本発明の塗布方法は、基材と押さえ板とで塗工液を挟むことにより、塗工液を均一に押し広げ、その後、基材もしくは押さえ板をスライドさせることにより、コーティングを行うものである。そのため、塗膜の厚さは、塗工液の粘度等の物性に左右されず、基材と押さえ板との間にかける圧力で制御可能である。よって、本発明によれば、均一な膜厚の塗膜を短時間で形成することができる。
【0012】
また、本発明では、作成する塗膜の厚みに応じて必要最低限の塗工液を供給すればよいので、コーティング液の無駄を少なくすることができる。
本発明の塗布方法は、例えば、次のようにして行うことができる。
(i)塗工液を塗布する基材(被コーティング基材)を設置する。
(ii)塗工液を基材上に供給する。
(iii)押さえ板を、基材の表面のうち塗工液を供給した部分の上に、均一に押し付ける。ここまでの工程により、塗工液は、基材と押さえ板との間に導入される。このとき、基材と押さえ板とが接する部分全体に塗工液が広がることが好ましい。
(iv)基材に対する押さえ板の押し付け力を調整し、その押し付け力を固定する。
(v)基材に対する押さえ板の押し付け力を保ちつつ、基材に対して押さえ板を相対的にスライドさせる(コーティングを行う)。
【0013】
本発明で用いる基材は、例えば、塗工液を塗布する部分が平面であるものが好ましい。この場合、押さえ板のうち、基材に密着する部分も平面となる。また、基材は、例えば、塗工液を塗布する部分が曲面であるものであってもよい。この場合は、押さえ板のうち、基材の密着する部分も、基材の形状に応じた曲面となる。ただし、この場合でも、基材と押さえ板とがスムーズにスライドできる形状であることが好ましい。例えば、互いに密着した基材と押さえ板とを、スライド方向に沿った断面で見たとき、基材と押さえ板との境界が直線となるような形状が好ましい。また、基材は、例えば、ロール状で提供されるものであってもよい。この場合は、基材の塗工液を塗布する部分は、ロールから送り出された後、平面もしくは曲面といった前記基材形状となることが好ましい。ただし、この場合でも、押さえ板は、基材に対してスムーズにスライドできる形状が好ましい。
【0014】
本発明の塗布方法は、光触媒、光機能薄膜、センサー、磁気材料、感光性記録材料等のさまざまな製品で使用される塗工液の塗布に適用が可能である。塗工液の粘度は0.001〜10000000Pa・sの範囲が好ましく、その中でも0.001〜100Pa・sの範囲が一層好ましい。また、押さえ板を基材に押しつける圧力は、100〜200000Paの範囲が好ましい。
【0015】
本発明において、押さえ板の基材に対するスライドは、例えば、直線に沿って行うものであってもよいし、曲線に沿って行うものであっても良い。また、スライドは、基材を固定した状態で押さえ板をスライドさせてもよいし、押さえ板を固定した状態で基材をスライドさせてもよいし、両者を移動させてもよい。基材に対する押さえ板の相対的なスライド速度は0.001〜3m/sの範囲が好ましい。
(2)請求項2の発明は、
前記基材のうち前記塗工液を塗布する部分と、前記押さえ板とが接しなくなるまで、前記押さえ板をスライドさせることを特徴とする請求項1記載の塗布方法を要旨とする。
【0016】
本発明において押さえ板のスライドは、押さえ板が、基材のうち塗工液を塗布する部分の上を通過し、その部分と接しなくなるまで行われる。
一般に、押さえ板と基材とを引き離すとき、その場所で塗膜の膜厚の不均一が生じ易いが、本発明では、押さえ板を、基材のうち塗工液を塗布する部分と接しなくなるまでスライドさせるので、押さえ板と基材とを引き離す場所は、基材のうち塗工液を塗布する部分の外になる。その結果として、基材のうち塗工液を塗布する部分に塗膜の膜厚の不均一が生じない。
(3)請求項3の発明は、
前記基材の表面に塗布する前記塗工液の膜厚に応じて、前記押さえ板を前記基材に押しつける圧力を調整することを特徴とする請求項1又は2記載の塗布方法を要旨とする。
【0017】
本発明では、押さえ板を基材に押しつける圧力(または押しつけ力)を大きくすれば塗膜の膜厚を薄くすることができ、圧力を小さくすれば塗膜の膜厚を厚くすることができる。つまり、塗膜の厚さを、塗工液の粘度等の物性に左右されず、基材と押さえ板との間にかける圧力で制御可能である。そのため、本発明によれば、所望の膜厚を有する塗膜を形成することができる。
(4)請求項4の発明は、
前記押さえ板の材質を前記基材の材質と同じにすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0018】
本発明では、押さえ板の材質が基材の材質と同じであるから、押さえ板のうち、基材と密着する面にも、基材と同様の塗膜が形成される。そのため、基材と同時に、押さえ板にも塗膜を形成することができる。
【0019】
基材の材質としては、例えば、ガラス、金属、セラミクス、樹脂、紙、布等が挙げられる。
(5)請求項5の発明は、
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分の面積S1と、前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分のうち、前記スライドの開始時において前記押さえ板と密着する部分の面積S2との間に、下記の関係が成立することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0020】
S2/S1≧0.1
本発明では、上記の数式が成立することにより、形成される塗膜の膜厚を一層均一にすることができる。
【0021】
S2/S1の比率は、0.5以上が好ましく、0.6以上が一層好ましく、その中でも1が好ましい。
(6)請求項6の発明は、
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分の前記スライドの方向における長さL1と、前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分のうち、前記スライドの開始時において前記押さえ板と密着する部分の前記スライドの方向における長さL2との間に、下記の関係が成立することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0022】
L2/L1≧0.1
本発明では、上記の数式が成立することにより、形成される塗膜の膜厚を一層均一にすることができる。
【0023】
L2/L1の比率は、0.5以上が好ましく、0.6以上が一層好ましく、その中でも1が好ましい。
(7)請求項7の発明は、
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分のうち、前記スライドの開始時において前記押さえ板と密着する部分の前記スライドの方向における長さL2が10mm以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0024】
本発明によれば、L2の長さが10mm以上であるので、基材と押さえ板との密着面が十分広くなり、塗膜を一層均一に塗布することができる。
本発明において、L2の長さの上限は、例えば、基材の表面において塗工液を塗布する部分のスライドの方向における長さL1とすることができる。あるいは、L2の長さの上限は3000mmとすることができる。
(8)請求項8の発明は、
前記押さえ板の幅が、前記基材の表面において前期塗工液を塗布する部分の幅以上であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0025】
本発明では、押さえ板の幅が、基材の表面において塗工液を塗布する部分の幅以上であるので、押さえ板が、塗工液を塗布する部分の幅全体を覆う。その結果として、塗工液を塗布する部分全体に均一に塗膜を形成することができる。
【0026】
本発明において、押さえ板の幅は、例えば、基板の表面全体に塗工液を塗布する場合には、基材の幅と同じか、それより広くすることができる。
本発明における幅とは、押さえ板の基材に対する相対的なスライド方向と直交する方向をいう。
(9)請求項9の発明は、
前記押さえ板において前記スライド中に前記基材と接する部分のうち、前記スライドの方向での最後尾が、前記スライドの開始時において前記基材と密着していることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0027】
本発明によれば、基材上に形成される塗膜の膜厚が不本意に薄くなってしまうようなことがない。これは、以下のような理由による。
仮に、押さえ板のスライド方向における最後尾が、スライドの開始時において基材と接していない場合、その最後尾の部分にはスライド開始時において塗工液が塗布されておらず、スライドが進むにつれて、はじめて基材と接し、塗工液が付着するようになる。つまり、押さえ板のスライド方向における最後尾は、スライドが進むにつれて、他の部分にあった塗工液を奪い取ってしまう。こうなると、結果として、基材に形成される塗膜の膜厚が薄くなってしまう。
【0028】
しかし、本発明では、押さえ板においてスライド中に基材と接する部分のうち、スライド方向における最後尾が、スライドの開始時において基材と密着している(従って、その部分には既に塗工液が付着している)から、他の部分の塗工液を奪ってしまうようなことがなく、上記のような問題が生じない。
(10)請求項10の発明は、
前記基材と前記押さえ板との間に電場をかけることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0029】
本発明では、基材と押さえ板との間に電場をかけるので、例えば、塗工液に、電場により配列を変える成分が含まれている場合、その成分を電場により配列させることができる。そのような塗工液としては、例えば、液晶成分を含むディスプレー用の塗工液、カーボンナノチューブ成分を含む電界放出素子用の塗工液等がある。
(11)請求項11の発明は、
前記基材及び/又は前記押さえ板を加熱することを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の塗布方法を要旨とする。
【0030】
本発明では、基材、押さえ板、またはその両方を加熱するので、例えば、塗工液の温度を上昇させることでその粘度を低下させ、一層スムーズに塗布を行うことができる。基材/及び又は押さえ板の温度としては20〜300℃の範囲が好適である。
(12)請求項12の発明は、
請求項1〜11のいずれかに記載の塗布方法を実施するための塗布装置であって、前記基材の表面に密着可能な押さえ板と、前記押さえ板を前記基材の表面に密着させた状態で支持可能な支持手段と、前記押さえ板を、前記基材に密着させたまま、前記基材に対して相対的にスライドさせるスライド手段と、を備えることを特徴とする塗布装置を要旨とする。
【0031】
本発明の塗布装置を用いれば、請求項1〜11の塗布方法を実施することができる。本発明の塗布装置は、例えば、基材を設置する台を更に備えていてもよい。また、スライド手段は、固定した基材に対し押さえ板をスライドさせるものであってもよいし、固定した押さえ板に対し基材をスライドさせるものであってもよいし、基材と押さえ板の両者を移動させるものであってもよい。
(13)請求項13の発明は、
請求項1〜11のいずれかに記載の塗布方法により形成した塗膜を要旨とする。
【0032】
本発明の塗膜は、請求項1〜11のいずれかに記載の塗布方法で形成することにより、均一な膜厚を有する。また、請求項1〜11のいずれかに記載の塗布方法は、膜厚の制御が可能であるから、本発明の塗膜は所望の膜厚とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0034】
(a)コーティング剤(塗工液)の調製
チタニアナノシート(TNS)の分散液である5wt%のCNET−1(石原産業製)をエタノールで希釈し、0.25wt%のCNET−1アルコール分散液(TNSコーティング剤)を製造した。使用したTNSコーティング剤の20℃における粘度はかなり低く、約1.8mPa・sであった。
【0035】
(b)塗布装置の構成
塗布装置1の構成を図1を用いて説明する。
塗布装置1は、押さえ板3を備えており、また、押さえ板3を基材5の表面に密着させた状態で支持可能な支持手段としての、押さえ板取り付け板7、支柱9、直線ガイドレール11、梁13、エアシリンダー15、17、19を備えている。更に、塗布装置1は、押さえ板3を基材5に対して相対的にスライドさせるスライド手段としての直線ガイドレール21と、基材を設置する台23とを備えている。
【0036】
上記押さえ板3は、板状の部材であって、基材5の形状にしたがって最適な形状のものに交換可能である。ここでは、基材5の形状が、後述するように75mm×150mm×厚さ5mmであるので、それと同寸法のものを用いた。押さえ板3の材質は、ガラス、鉄、ステンレス等を用いることができる。この押さえ板3は、水平に配置された板状部材である押さえ板取り付け板7の下面に取り付けられている。押さえ板取り付け板7の一方の端部は、鉛直に立設された支柱9の側面に沿って設けられた直線ガイドレール11に、上下動自在に取り付けられている。従って、押さえ板取り付け板7及びそれに取り付けられた押さえ板3は、水平方向の向きを維持したまま、上下動可能である。
【0037】
上記梁13は、支柱9の上端付近から水平方向に張り出しており、上記エアシリンダー15、17、19は、その梁13と押さえ板取り付け板7との間に取り付けられている。中央のエアシリンダー17は所定の下向きの荷重を押さえ板取り付け板7に加える作用を奏し、両端のエアシリンダー15、19は押さえ板取り付け板7及び押さえ板3の重量をキャンセルする作用を奏する。従って、エアシリンダー15、17、19は、全体として、押さえ板3が基材5に加える荷重がエアシリンダー17による荷重となるように作用する。
【0038】
上記直線ガイドレール21は、支柱9の下端を水平動自在に保持する。支柱9は、図示しない駆動装置(例えばモーター)により、鉛直方向の向きを維持したまま、直線ガイドレール21の上を水平方向にスライド可能である。このとき、支柱9に直線ガイドレール11及び押さえ板取り付け板7を介して取り付けられた押さえ板3も、水平方向の向きを維持したまま、水平方向にスライドする。
【0039】
上記台23は、水平に設置された板状部材であり、その上面に基材5を設置することができる。この台23の位置は、支柱9及び直線ガイドレール21に対して一定の位置であり、台23の上面に設置された基材5が、押さえ板3と対抗するようになる位置である。
【0040】
(c)塗布方法の実施
(c−1)塗布装置1を用いて行った塗布方法を図2を用いて説明する。
まず、基材5として、75mm×150mm×厚さ5mmのパイレックス(登録商標)ガラス基板を台23の上に固定した。基材5の向きは、その長手方向が塗布装置1のスライド方向(図2における左右方向)となる向きとした。そして、基材5の上に前記(a)で調製したコーティング剤(塗工液)を0.2ml滴下した。
【0041】
次に、押し付け荷重20kgで押さえ板3を基材5に押しつけた。このとき、基材5の上面全てが、押さえ板3と密着するようにした。従って、基材5の上面全体(基材5の表面において塗工液を塗布する部分)の面積S1と、基材5の上面のうち、押さえ板3と密着する部分の面積S2とは等しくなる。また、基材5の上面(基材5の表面において塗工液を塗布する部分)のスライドの方向(図2における左右方向)の長さL1(150mm)と、基材5の上面のうち、押さえ板3と密着する部分のスライドの方向における長さL2(150mm)とは等しくなる。また、押さえ板3の下面(押さえ板3においてスライド中に基材5と密着する部分)のうち、スライド方向における最後尾(図2における左端)の部分3aは、押さえ板3が基材5に押しつけられたとき(スライドの開始前)、既に基材5と密着している。また、押さえ板3を基材5に押しつけたとき、コーティング剤は、基材5と押さえ板3との接触面全体に広がった。
【0042】
次に、基材5を台23上に固定したまま、支柱9を直線ガイドレール21に沿って水平方向にスライドさせることにより(図1参照)、押さえ板3を水平方向(図2における右方向)にスライドさせた。スライドは、押さえ板3と基材5とが接触しなくなるまで(すなわち押さえ板3の最後尾3aが基材5の上を通り過ぎるまで)行った。スライドの速度は約1m/sとした。
【0043】
ここまでの工程で、基材5の上面には均一にコーティング剤が塗布された。なお、押え板3を基材5に押し付けてから塗布が終了するまでに要した時間は0.5秒以下であった。
【0044】
その後、基材5を塗布装置1から取り出し、500℃にて焼成を行った。
(c−2)基材5の上に供給するコーティング剤の量を1.0mlとした他は前記(c−1)と同様に塗布を行った。
【0045】
(c−3)押さえ板3の押しつけ荷重を1kgとした他は前記(c−1)と同様に塗布を行った。
(d)塗膜の評価
それぞれの塗膜について、全光線透過率と濁度測定を行った。その測定装置として日本電色社製NDH5000Wを用いた。TNSコーティング剤は、白色の液体であるため、簡便な全光線透過率、及び濁度測定から、各塗膜の相対的な膜厚を比較することができる。全光線透過率は比較的厚い塗膜の場合に、膜厚が厚くなるほど下がる傾向にある。一方、濁度は拡散透過率/全光線透過率であり、全光線透過率で大きな変化がでない薄い塗膜の場合に、厚い膜ほど数値が大きくなる傾向を示す。
【0046】
測定は、基材5の短辺の中線上の3点X、Y、Zで行った。このうち、Yは中線の中心点であり、Xは、中線上において一方の短辺から35mmの点であり、Zは、中線上において、他方の短辺から35mmの点である。また、レファレンスとして、未コートのガラス基板の測定も行った。その結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

この表1に示すように、未コートのガラス基板の全光線透過率が92.30であるのに対して、押し付け荷重20kgで作成した塗膜は、基材の全光線透過率をほとんど変化させないくらいに薄いことがわかる。ただし、未コートの基板と比較して濁度が増加していることから、塗膜が形成されていることがわかる。また、全光線透過率と濁度が、測定場所で変化していないこと、及び濁度が低いことから、均一で薄い塗膜が形成されていることがわかる。一方、押し付け荷重1kgで作成した塗膜は全光線透過率を下げ濁度を上昇させていることから、同じ粘度の低いコーティング液を用いても厚い膜が形成されていることがわかる。
【0048】
したがって、使用したTNSコーティング液の量が0.2mlでも1.0mlでも、塗膜の厚さには寄与せず、押し付け荷重によって塗膜の厚さが決定される。このときの濁度は0.6%から3.9%の範囲であった。
【実施例2】
【0049】
基本的には前記実施例1と同様に、塗布方法を実施した。ただし、本実施例2では、塗工液として、カンペハピオ社製の白色水性塗料であるスーパーヒットウレタンE01を用いた。使用した塗料の20℃における粘度は約10000mPa・sであった。
【0050】
また、基材5上に滴下する塗料の量は1.0mlとし、押し付け荷重は20kgの場合と1kgの場合をそれぞれ実施した。
塗布後、基材5を切断し、その断面を日立ハイテクノロジーズ社製の走査電子顕微鏡S−4800形にて観察した。押し付け荷重が20kgの場合の断面写真を図3に示し、押し付け荷重が1kgの場合の断面写真を図4に示す。これら写真に基づき、塗膜の膜厚を測定した。押し付け荷重20kgで作成した塗膜は8μm、押し付け荷重1kgで作成した塗膜は133μmであった。
【0051】
この結果から、押さえ板3を基材5に押しつける力により、塗膜の膜厚を制御できることが確認できた。
また、本実施例2で使用した塗料は、粘度が約10000mPa・sと高いが、均一な塗膜が形成できていた。従って、この結果は、本発明の塗布方法が、さまざまな粘度をもつ塗工液に適応可能であることを示している。
【実施例3】
【0052】
基本的には前記実施例1と同様に、塗布方法を実施した。ただし、本実施例3では、塗工液として、テトラエトキシシラン(TEOS)をエタノールに溶かし、1wt%のアルコール溶液としたものを用いた。また、基材5上に滴下する塗料の量は0.2mlとし、押し付け荷重は1kgとした。また、塗布後の焼成温度は400℃とした。焼成によって基材5の表面にはシリカ(SiO2)の塗膜が形成された。
【0053】
形成された塗膜に対し、前記実施例1と同様に、全光線透過率及び濁度の測定を行った。その結果を表2に示す。
【0054】
【表2】

また、比較対象として、同じテトラエトキシシランのアルコール溶液を、ガラス基板にスピンコートにより塗布した。具体的には、50mm×50mm×厚さ3mmのパイレックス(登録商標)ガラス基板に回転速度、1200rpmにてスピンコートを行った。より詳細には、回転の立ち上がりが5秒間、設定回転数を維持した状態で20秒間、回転を止めるまでに5秒間のスピンコートを行った。そして、コート後に400℃にて焼成を行った。その後、このスピンコートを実施したものについても、同様に全光線透過率と濁度測定を行った。その結果を上記表2に示す。
【0055】
表2に示すように、本発明の塗布方法による全光線透過率は90.09%、濁度は1.65%であった。これに対し、スピンコートにより塗布したサンプルの全光線透過率は88.63%、濁度は5.49%であった。この測定結果は、本発明の塗布方法は、スピンコートと比較して、薄い塗膜を形成することができることを示す。
【実施例4】
【0056】
図5に本実施例4の塗布装置1の構成を示す。この塗布装置1の構成は基本的には前記実施例1と同様であるが、更に、台23と押さえ板取り付け板7との間に直流電圧を印可する直流電源25を備えている。
【0057】
本実施例4の塗布装置1は、前記実施例1と同様の塗布方法を実施できるとともに、塗布のときに、台23と押さえ板取り付け板7との間に直流電圧を印可することで、基材5と押さえ板3との間に存在する塗工液に直流電圧を印可することができる。
【0058】
このことにより、塗工液に、電場により配列を変える成分が含まれている場合、その成分を配列させることができる。
【実施例5】
【0059】
図6に本実施例5の塗布装置1の構成を示す。この塗布装置1の構成は基本的には前記実施例1と同様であるが、更に、押さえ板3と押さえ板取り付け板7との間に設けられた板状のヒーター27と、台23と基材5との間に取り付けられた板状のヒーター29とを備えている。
【0060】
本実施例5の塗布装置1は、前記実施例1と同様の塗布方法を実施できるとともに、塗布のときに、ヒーター27とヒーター29とにより、基材5と押さえ板3との間に存在する塗工液を加温することができる。このことにより、塗工液の粘度を低下させ、一層スムーズに塗布を行うことができる。
(比較例1)
前記実施例1で製造したTNSコーティング剤を用い、75mm×150mm×厚さ5mmのパイレックス(登録商標)ガラス基板に回転速度、500rpm、1000rpm、1500rpmにてスピンコートを行った。詳細には、回転の立ち上がりが5秒間、設定回転数を維持した状態で20秒間、回転を止めるまでに5秒間の計30秒間でスピンコートを行った。コート後に500℃にて焼成を行った。その後、前記実施例1と同様に全光線透過率と濁度測定を行った。その結果を表3に示す。
【0061】
【表3】

表3に示すように、スピンコートでは、いずれの回転条件でも、中心点であるYでの全光線透過率が低く濁度が高いことから、中心付近の膜厚が厚く周辺部が薄い不均一な塗膜となることがわかる。また、500rpmでは、塗膜は星状に広がり、ガラス前面を覆っていなかった。
(比較例2)
前記実施例1で製造したTNSコーティング剤を用い、75mm×150mm×厚さ5mmのパイレックス(登録商標)ガラス基板に、引き上げ速度、10cm/min、50cm/min、100cm/minにてディップコートを行った。パイレックス(登録商標)ガラス基板をコーティング剤に浸漬した後からコーティング終了までに要する時間は、10cm/minで90秒、50cm/minで18秒、100cm/minで9秒であった。コート後に500℃にて焼成を行った。
【0062】
その後、前記実施例1と同様に全光線透過率と濁度測定を行った。その結果を表4に示す。なお、ガラス基板をコーティング剤から引き上げるときのガラス基板の向きは、測定場所X、Y、Zが上から下に並ぶ向きとした。
【0063】
【表4】

表4に示すように、ディップコートでは、いずれの引き上げ条件でも、測定場所がXからYへと、基材の下部に行くにつれて全光線透過率が低く濁度が高くなっていることから、基材の上部は薄く、下部に行くにつれて厚くなる不均一な塗膜となることがわかる。
(比較例3)
前記実施例1で製造したTNSコーティング剤を用い、75mm×150mm×厚さ5mmのパイレックス(登録商標)ガラス基板に、スプレーコートを行った。詳細には、空気圧0.1MPaで40cm離れた場所から2秒間、及び5秒間のスプレーを行った。コート後に500℃にて焼成を行った。その後、前記実施例1と同様に全光線透過率と濁度測定を行った。その結果を表5に示す。
【0064】
【表5】

表5に示すように、スプレーコートでは、全光線透過率、及び濁度に傾向的な変化はなく、ほぼ均一な塗膜が形成されている。しかし、スプレーコートでは、スプレーから噴出した塗工液の粒子が基材表面に付着していくため、目視では、塗工液が付着している点と付着していない点が明確に識別でき、かなりのムラがあった。
(比較例4)
前記実施例2で使用した塗料を用い、75mm×150mm×厚さ5mmのパイレックス(登録商標)ガラス基板に回転速度、500rpm、1000rpm、1500rpmにてスピンコートを行った。詳細には、回転の立ち上がりが5秒間、設定回転数を維持した状態で20秒間、回転を止めるまでに5秒間の計30秒間でスピンコートを行った。コート後に500℃にて焼成を行った。
【0065】
塗料の粘度が高いために、均一な塗膜にはならなかった。500rpmでは塗料はほとんど広がらなかった。1000rpm、及び1500rpmでは塗料は星状に広がり、全面をコートするにはいたらなかった。
【0066】
コートされた部分の膜厚を前記実施例2と同様に測定したところ、500rpmでは137μm、1000rpmでは68μm、1500rpmでは20μmであった。
尚、本発明は前記実施例になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】塗布装置の構成を表す説明図である。
【図2】塗布装置を用いた塗布方法を表す説明図である。
【図3】塗料を塗布した基材の断面写真である。
【図4】塗料を塗布した基材の断面写真である。
【図5】塗布装置及び塗布方法を表す説明図である。
【図6】塗布装置及び塗布方法を表す説明図である。
【符号の説明】
【0068】
1・・・塗布装置
3・・・押さえ板
5・・・基材
7・・・押さえ板取り付け板
11、21・・・ガイドレール
15、17、19・・・エアシリンダー
23・・・台
25・・・直流電源
27、29・・・ヒーター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面に密着可能な押さえ板との間に塗工液を導入し、
前記押さえ板を、前記基材の表面に密着させつつ、前記基材に対して相対的にスライドさせることを特徴とする塗布方法。
【請求項2】
前記基材のうち前記塗工液を塗布する部分と、前記押さえ板とが接しなくなるまで、前記押さえ板をスライドさせることを特徴とする請求項1記載の塗布方法。
【請求項3】
前記基材の表面に塗布する前記塗工液の膜厚に応じて、前記押さえ板を前記基材に押しつける圧力を調整することを特徴とする請求項1又は2記載の塗布方法。
【請求項4】
前記押さえ板の材質を前記基材の材質と同じにすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の塗布方法。
【請求項5】
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分の面積S1と、
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分のうち、前記スライドの開始時において前記押さえ板と密着する部分の面積S2との間に、下記の関係が成立することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の塗布方法。
S2/S1≧0.1
【請求項6】
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分の前記スライドの方向における長さL1と、
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分のうち、前記スライドの開始時において前記押さえ板と密着する部分の前記スライドの方向における長さL2との間に、下記の関係が成立することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の塗布方法。
L2/L1≧0.1
【請求項7】
前記基材の表面において前記塗工液を塗布する部分のうち、前記スライドの開始時において前記押さえ板と密着する部分の前記スライドの方向における長さL2が10mm以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の塗布方法。
【請求項8】
前記押さえ板の幅が、前記基材の表面において前期塗工液を塗布する部分の幅以上であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の塗布方法。
【請求項9】
前記押さえ板において前記スライド中に前記基材と接する部分のうち、前記スライドの方向での最後尾が、前記スライドの開始時において前記基材と密着していることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の塗布方法。
【請求項10】
前記基材と前記押さえ板との間に電場をかけることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の塗布方法。
【請求項11】
前記基材及び/又は前記押さえ板を加熱することを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の塗布方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれかに記載の塗布方法を実施するための塗布装置であって、
前記基材の表面に密着可能な押さえ板と、
前記押さえ板を前記基材の表面に密着させた状態で支持可能な支持手段と、
前記押さえ板を、前記基材に密着させたまま、前記基材に対して相対的にスライドさせるスライド手段と、を備えることを特徴とする塗布装置。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれかに記載の塗布方法により形成した塗膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−320871(P2006−320871A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−148577(P2005−148577)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(390021577)東海旅客鉄道株式会社 (413)
【Fターム(参考)】