説明

塗膜乾燥炉

【課題】炉内温度の上昇を抑制して、ワークに対して分子間の水素結合を切断する能力に優れる近赤外線を集中的に放射して、塗膜を効率よく、連続して加熱乾燥することができる塗膜乾燥炉を提供する。
【解決手段】リチウムイオン電池用電極塗膜のような、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜を炉体内部で走行させつつ乾燥させる塗膜乾燥炉である。炉体10の内部に配置される赤外線ヒーター11が、フィラメント12の外周がローパスフィルターとして機能する管13、14によって同心円状に覆われ、これらの複数の管の間16に流体の流路を形成した構造を有するものである。これにより炉内温度の上昇を抑制して有機溶媒蒸気の爆発を防止しながら、ワークに対して分子間の水素結合を切断する能力に優れる3.5μm以下の近赤外線を集中的に放射して、塗膜を効率よく加熱乾燥する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池用電極塗膜や太陽光発電用電極塗膜などの塗膜の連続乾燥に用いられる塗膜乾燥炉に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池用電極塗膜や太陽光発電用電極塗膜等の製造プロセスにおいて、シート表面に塗膜が形成されたワークを加熱乾燥する場合には、図1に示すように炉体10の内部でワークを移動させながら、炉内に配置された複数本の赤外線ヒーター50による赤外線加熱や熱風加熱を行う乾燥方法がある。このような炉に用いられる赤外線ヒーター50としては、図2に示すように中央のフィラメント51の周囲に保護管52を配置した構造のものも広く用いられている(特許文献1)。なお53はフィラメント51の支持体である。
【0003】
上記のような塗膜の成分には、分子間に水素結合を有する水や有機溶媒等が含まれている。このため塗膜乾燥炉の生産性を高めるためには、赤外線ヒーター50から多くの熱量を炉内に放射し、ワークに含有されている水や有機溶媒を速やかに蒸発させることが必要となる。
【0004】
そこで従来は、図2に示すヒーターを使用する場合では、赤外線ヒーター50のフィラメント51の温度を高め、放射エネルギーを増加させる方法を取るのが普通であった。フィラメント51の温度が高まると、図3に示すように放射スペクトルのピークが短波長側に移行することが知られており、特にフィラメント51の温度を700℃以上とすると、放射スペクトルの主波長が近赤外線領域である3.5μm以下となる。この近赤外線は、蒸発を阻害する分子間の水素結合を切断する能力に優れるといわれており、赤外線ヒーター50のフィラメント51の温度を高めることはこの点からも効果的である。なお本明細書においては波長が3.5μm以下の領域を近赤外線領域という。
【0005】
ところが、赤外線ヒーター50のフィラメント温度を高めると、次第にその周囲を取り巻く保護管52の温度も上昇し、保護管52自体が放射体となって赤外線を放射する。例えば保護管52の温度が300℃であるとすると、図3に示すように主波長が5μmの赤外線が炉内に放射されることで、ワークと炉壁を加熱することができる。但しその条件ではねらいとする3.5μm以下の近赤外線領域の輻射エネルギーは微々たる量である。そのため、前記の水素結合の切断ができない。当該3.5μm以下の輻射エネルギーを増大させようとすると、遠赤外領域の輻射エネルギーも増大し、ワークや炉壁を過熱してしまう。また蒸発した有機溶媒の着火点を越え、爆発事故に至る可能性がある。
【0006】
なお、特許文献2〜特許文献4には流体加熱用の赤外線ヒーターが記載されている。特許文献2のヒーターはハロゲンヒーターであり、透明石英管の中心に挿入されている。この透明石英管には加熱すべき気体の導入口と噴出口とが形成され、その中を流れる気体を加熱するものである。また特許文献3には、タングステンヒーターをシリカガラス管の内部に封入した放射管をシリカガラスからなる冷却管の内部に装入し、放射管と冷却管との間に形成された通路に加熱すべき液体またはガスを流しながら加熱する赤外線エレメントが記載されている。さらに特許文献4には、ハロゲンランプが封入された第2の中空管を、流体の流入部と流出部とを備えた第1の中空管の内部に装入し、第1の中空管内の流体を加熱するようにした液体加熱器が記載されている。しかしこれらは何れもヒーターの周囲の流路を流れる流体を加熱するためのヒーターであり、炉内のワーク加熱用のものではない。
【0007】
このほか特許文献5には、炉体の中心に石英保護管を設置してその中に加熱対象物を入れ、その周囲に配置した4つの赤外線ヒーターによって2000℃程度の高温に加熱する加熱炉が記載されている。ヒーターの外面を覆う保護管が軟化変形することを防止するために冷却空気が用いられている。しかしこの特許文献5も石英保護管の内容物を加熱するためのものであり、炉内のワーク加熱用のものではないうえ、温度域も全く異なるものである。
【0008】
さらに特許文献6には、反応室内に二重管式ヒーターを配置した気相成長装置が開示されている。この二重管式ヒーターは外側管と内側管との間を空冷することにより表面温度を下げ、ヒーター表面への反応物の不要堆積を防止するとともに、外側管を構成する石英ガラスの熱応力の緩和を図っている。しかしここに開示されているのはバッチ式の気相成長装置であって、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する水や有機溶媒等が含まれる塗膜を連続的に乾燥させる炉ではない。また本気相成長装置では、その炉内壁が間接水冷されており、エネルギー放散が甚大で、特に大型の連続炉では不経済である。このように、出願人が調査した先行技術文献中には、炉内温度の上昇を抑制しながら、水素結合を有する塗膜を効率的に乾燥させる技術は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−294337号公報
【特許文献2】特開平8−35724号公報
【特許文献3】特開2004−273453号公報
【特許文献4】特許第2583159号公報
【特許文献5】特開昭58−102482号公報
【特許文献6】特開昭62−97324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、炉内温度の上昇を抑制して、ワークに対して分子間の水素結合を切断する能力に優れる近赤外線を集中的に放射して、塗膜を効率よく、連続して加熱乾燥することができる塗膜乾燥炉を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するためになされた本発明は、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜を炉体内部で走行させつつ乾燥させる塗膜乾燥炉であって、炉体の内部に赤外線ヒーターを備え、前記赤外線ヒーターは、フィラメントの外周がローパスフィルターとして機能する管によって同心円状に覆われ、これらの複数の管の間に流体の流路を形成した構造を有するものであることを特徴とするものである。なお、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜は、例えばリチウムイオン電池用電極塗膜または太陽光発電用電極塗膜である。
【0012】
本発明においては、流体を空気とし、炉体の前半部に配置された赤外線ヒーターから排出される熱風を、再度炉内に導入することで、ワークから揮発する溶剤を効率よく炉外へ排気できる。また、炉体の内壁を赤外線放射率の小さい反射性材料により構成することが好ましい。また、流体の種類により、赤外線ヒーターの放射波長を制御することができる。このほか、フィラメントの外周を覆う管を3重とし、それらの管の間に形成された流体の流路に、互いに逆方向に流体を流すことができる。さらに、赤外線ヒーター自身の長手方向に複数の流体出入口を形成することもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の塗膜乾燥炉は、フィラメントの外周がローパスフィルターとして機能する管によって同心円状に覆われ、これらの複数の管の間に流体の流路を形成した構造を有する赤外線ヒーターを炉体の内部に備える。この赤外線ヒーターはフィラメントを700℃以上1200℃以下の高温にして選択的に塗膜の乾燥に効果的な3.5μm以下の短波長のピーク波長を調節した赤外線を放射することができ、ロール トゥ ロールのような連続炉においても十分な乾燥を可能とする。また、分子間の水素結合の切断に寄与する3.5μm以下の波長のみを選択するため、3.5μmより大きい長波長による炉内温度上昇が起こらず、効率的な塗膜の乾燥が可能となる。また、結果的にヒーター表面温度を低減できるので、リチウムイオン電池の電極乾燥工程で発生する爆発性揮発物に対して、発火の懸念なく使用することができる。
【0014】
なお、図5に示すような赤外線ヒーターの通路16を流れる空気を炉体の後半部において炉内に熱風として供給すれば、炉体の後半部分におけるワーク温度の高温化が防止され、乾燥炉出口での室温との急激な温度変化による熱収縮も防ぐことができ、エネルギーの無駄がなくなる。さらに炉体の内壁を赤外線放射率の小さい反射性材料により構成すれば、炉壁が赤外線を吸収して炉壁自体が発熱体となることが防止でき、炉内雰囲気温度の抑制に効果的である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】従来の塗膜乾燥炉の説明図である。
【図2】従来の赤外線ヒーターの断面図である。
【図3】赤外線ヒーターの放射スペクトルを示すグラフである。
【図4】本発明の第1の実施形態を示す説明図である。
【図5】第1の実施形態に用いられる赤外線ヒーターの断面図である。
【図6】第1の実施形態に用いられる赤外線ヒーターの断面図である。
【図7】赤外線ヒーターの放射スペクトルを示すグラフである。
【図8】赤外線ヒーターの表面温度と放射スペクトルの関係を示すグラフである。
【図9】本発明の第2の実施形態を示す説明図である。
【図10】本発明の第3の実施形態を示す説明図である。
【図11】本発明の第4の実施形態を示す説明図である。
【図12】本発明の第5の実施形態の説明図である。
【図13】具体的な赤外線ヒーターの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の実施形態を詳細に説明する。
図4は本発明の第1の実施形態を示す説明図である。10は塗膜乾燥炉の炉体であり、その内部をフィルム状のワークWが一方向に連続的に移動しながら連続的に乾燥される。フィルム状のワークWの表面には、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜が形成されている。この実施形態では、塗膜はリチウムイオン電池用電極塗膜である。
【0017】
リチウムイオン電池の電極は、正極材または負極材である活物質の粉末(電極材)を、バインダと導電材と溶剤とともに混練した電極材ペーストを、アルニウムや銅等の金属シート上に塗布して厚みが100μm〜300μm前後の塗膜を形成したうえ、乾燥させて製造されている。電極材は正極材としてはコバルト酸リチウム、バインダとしてはPVDF、導電材としてはカーボン、溶剤としてはNMPが一般的である。この実施形態では正極用の電極材としてコバルト酸リチウムを用いたが、ニッケル酸リチウム、マンガン酸リチウムであってもよい。また負極用の電極材は例えばグラファイトである。これらは何れも微細な粉末である。
【0018】
バインダは前記したように電極材と導電材としてのカーボン粉末とを接着するための成分であり、この実施形態ではPVDF(ポリフッ化ビニリデン)である。溶剤はこの実施形態ではNMP(N−メチル−ピロリドン)である。しかしバインダや溶剤の種類はこれに限定されるものではなく、リチウムイオン電池用電極塗膜の構成材料として公知の各種の物質を用いることができる。
【0019】
炉体10の前半部の第1ゾーン21と第2ゾーン22の炉内天井には、赤外線ヒーター11が、適宜の間隔で配置されている。この赤外線ヒーター11は、図5、図6に示すように、フィラメント12の外周が複数の管13、14によって同心円状に覆われ、これらの複数の管の間に流体の流路を形成した構造のものである。内側の管13はフィラメント12の保護管であり、石英ガラスやホウ珪酸クラウンガラスなどの赤外線透過性の保護管である。また外側の管14は内側の管13の外周に流体を流すための管であり、これらの保護管は図7に示すように電磁波のローパスフィルタとしての機能を有するものである。材質としては、石英ガラスやホウ珪酸クラウンガラスなどがあるが、耐熱性、耐熱衝撃性、経済性に優れた保護管としては、石英ガラス管を用いることが好ましい。
【0020】
製品物性に起因する上限温度が定められた乾燥炉内において、塗膜の乾燥に効果的であると考えられる短波長(3.5μm以下)の赤外線ふく射が支配的になるように制御することは実際には容易ではない。その理由として、プランクの放射法則により、当該波長域を主体とする放射体の温度が最低でも700℃を超える高温になるという点があげられる。通常の乾燥炉内において、発火性の揮発有機溶剤と接するヒーターの表面温度が700℃を超えるのは許容されないし、仮に許容されたとしても、放射の理論面から以下のような問題点が推察される。まず当該高温の放射体からは、たしかに短波長の放射が優先的に放射されるが、一方でステファン・ボルツマンの法則により、単位面積あたりの放射エネルギーも莫大なものになる。そうすると、最終的には炉内各部において必要以上の温度上昇を招き、特に省エネルギー性や、搬送停止時における製品の耐熱性の面から、大量生産目的の乾燥プロセスとして成立させることが不可能であった。
【0021】
これに対して図5、図6に示した形状のヒーターにおいては、放射体が細いフィラメント形状をなしているため放射面積および熱容量がともに小さく、ヒーター1本あたりで見た場合「短波長の赤外線を少量放射する」という放射源としての特徴を持つことを意味する。すなわち、当該フィラメント自身の温度上昇が容易で、当該フィラメントの温度を変更し、さらにはヒーター設置本数(ピッチ)の調整により、炉内単位体積中での放射面積(総エネルギー生成量)の制御も容易である。また、700℃〜1200℃で通電しているフィラメントは通電を停止すれば瞬時に温度が低下するため、搬送停止時における安全性もきわめて高い。当該特徴に加えさらに管の冷却機構を導入することにより、前述の各問題が解消され、幅広い用途を前提とした乾燥炉内のふく射の波長制御が可能になる。
【0022】
フィラメント12は700〜1200℃に通電加熱され、波長が3μm付近にピークを持つ赤外線を放射するが、石英ガラスやホウ珪酸クラウンガラスなどは、3.5μm以下の波長の赤外線を透過し、3.5μm以上の波長の赤外線を吸収するローパスフィルタとしての機能を有するため、管13および管14はフィラメント12から放射された電磁波のうち、波長が3.5μm未満の赤外線を選択的に透過して炉内に供給する。この波長領域の赤外線エネルギーはNMP等の溶剤に直接吸収され熱に変換されやすく、また溶剤ないし水の分子間における水素結合の振動数とも合致するため、リチウムイオン電池用電極塗膜を効率よく乾燥させることができる。
【0023】
しかし管13および管14は、3.5μmよりも長波長領域においては逆にふく射の吸収体となり、赤外線エネルギーを吸収することによりそれ自体が昇温する。前述の温度におけるフィラメント12からは3.5μmよりも長波長領域の赤外線も相当量放射されているため、そのままでは管温度(発火性の揮発有機溶剤との接点の温度)が上昇する懸念が生ずる。またその結果、管自身も赤外線の放射体となり、主として3.5μmよりも長波長の赤外線を炉内に二次放射する。このような長波長の赤外線は、3μm付近の赤外線に比較するとやや乾燥効果への寄与低下が考えられるのみならず、炉内壁における当該赤外線の吸収による壁温度上昇を経由して炉内流体温度をも上昇させ、リチウムイオン電池用電極塗膜においては炉内各部の温度を溶媒の着火点以上に上昇させる恐れがある。
【0024】
そこで本発明では管13と管14との間の空間16に流体を流し、管13および管14に一旦吸収された長波長領域の赤外線のエネルギーを、対流熱伝達の形で変換して前記流体に伝達し系外に除去することが可能になる。その結果、最終的に炉内に供給される赤外線の波長を短波長域に限定するとともに、フィラメント12が高温で継続的に通電加熱されている状況においても、管13および管14、とりわけリチウムイオン電池用電極塗膜においては、揮発有機溶剤と直接接触する管14を安全温度である(溶剤の着火点以下である)200℃以下、より好ましくは150℃以下に維持することが可能になる。流体は例えば空気、不活性ガスなどであるが、本実施形態では流体供給口17から空気を吹き込み、加熱された空気を流体排出口18から取り出している。なお、流体排出口18から取り出された空気は、条件にもよるが100℃以上の熱風となる場合もあるから、後半部のフローティング搬送用の熱風の一部として熱風スリット20から炉内に供給することが好ましい。
【0025】
このような構造の赤外線ヒーター11は、波長が3.5μm未満の赤外線を選択的に炉内に供給することができ、しかも赤外線ヒーター11の表面温度は例えば200℃以下の低温に保たれているので、炉内温度を200℃以下、より好ましくは150℃以下とすることができる。このため溶剤の着火や爆発などの恐れがない。また炉体10の内壁を赤外線放射率の小さい反射性材料により構成すれば、炉壁の昇温をより効果的に抑制することができる。そのような材料としては例えば、光沢のあるステンレス鋼板を使用することができる。
【0026】
上記した赤外線ヒーター11のほか、前半部の第1ゾーン21と第2ゾーン22の炉内には、熱風をリチウムイオン電池用電極塗膜に向かって吹き付けるための熱風スリット19が多数配置されている。天井部の熱風スリット19は赤外線ヒーター31の間から熱風を吹き付けるように配置されている。下側の熱風スリット20はリチウムイオン電池用電極塗膜の下面に向かって熱風を吹き付ける。
【0027】
この実施形態の塗膜乾燥炉では、図4に示す第1ゾーン21を初期状態とし、第2ゾーン22を中期状態とし、第3ゾーン23と第4ゾーン24を終期状態としてリチウムイオン電池用電極塗膜の乾燥を行うものであり、それに応じて各ゾーンにおける赤外線ヒーター11の温度、熱風温度などを個別に制御することはいうまでもない、なおこの実施形態では第3ゾーン23と第4ゾーン24には赤外線ヒーター11が配置されておらず、熱風のみによる乾燥を行っているが、赤外線ヒーター11をより広い範囲で配置することもできる。
【0028】
代表的なヒーターの設定例を表1と表2に示す。ヒーター表面温度の設定温度としてはフィラメント温度ではなく外側の管14の温度を示す。放射赤外線の主体部分は中心のフィラメントから放射され、管14を透過して外部に出てくるものなので、管14の温度が低くとも加熱効果において全く問題ない。むしろ、前述したようにヒーターの炉内流体との接触部が安全温度以下に保たれていることを示す。実際の運用時には、ヒーターへの通電量(w)、気体流量により制御することも可能である。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】
なお、太陽光発電用電極塗膜もやはり3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜であるので、上記したリチウムイオン電池用電極塗膜と同様に本発明の塗膜乾燥炉で乾燥させることができる。
【0032】
また本発明においては、流体の種類や流量を任意に制御することもできる。図8に示すように流体の流量を増減することによって、赤外線ヒーター11の表面温度を変更し、3.5μm以上の放射スペクトルを調整することができる。これを利用して、赤外線ヒーター11の放射波長同一としつつ、炉体の長手方向で温度バランスを変化させることが可能となる。例えば分子間の水素結合を積極的に切断する必要のあるゾーンでは赤外線ヒーター11の冷却を強化して近赤外線をワークWに放射し、その後は冷却を緩和してワーク全体を昇温させるという使い分けが可能となる。
【0033】
図9は本発明の第2の実施形態の説明図であり、赤外線ヒーター11がその長手方向に複数の流体供給口17と流体排出口18とを備えた構造である。図9では中央の2箇所に流体供給口17が設けられ、流体は外側に向かって流れて両端部の流体排出口18から排出される。
【0034】
図10は本発明の第3の実施形態の説明図であり、赤外線ヒーター11の平面図である。この第3の実施形態では1本の赤外線ヒーター11は端部に流体の流体供給口17と流体排出口18とを1個ずつ備えているが、流体の流れる方向を交互に逆方向に設定してある。これによって赤外線ヒーター11の炉幅方向に温度勾配があっても、ワークWへの影響を緩和することが可能となる。
【0035】
図11は本発明の第4の実施形態の説明図であり、炉体1の前半部分に配置された各赤外線ヒーター11から空気をヘッダー25に回収し、炉体1の後半部分に配置された供給口20から炉体1の内部に吹き込む。各赤外線ヒーター11の流路16を通過した流体は100〜200℃程度に加熱されているため、これを炉体1の他のゾーンに吹き込むことにより、炉内の温度分布を乱すことなく、炉内の溶媒ガスを押し出すことができ、炉体の後半部分におけるワーク温度の高温化が防止され、乾燥炉出口での室温との急激な温度変化による熱収縮も防ぐことができる。
【0036】
図12は本発明の第5の実施形態の説明図であり、フィラメント12の外周を覆う管を3重としたものである。それらの管の間に形成された2つの流体の流路16に、異種の流体を流すことも、同種の流体を流すこともできる。何れの場合にも流体の流れ方向を外側と内側とで逆方向にすれば、赤外線ヒーター11の長さ方向の温度分布を均一化できる効果が得られる。
【0037】
上記したように、本発明ではフィラメント12の外周が複数の管13、14によって同心円状に覆われた赤外線ヒーター11を使用するが、工業的に使用するためには上記した機能が確実に得られるほかに、できるだけ安価に製作することができ、メンテナンスが容易であり、しかも安全性に優れることが求められる。図13はより具体的な赤外線ヒーター11の構造を示す図である。この赤外線ヒーター11は、外側の管14の両端部を一対の有底筒状体30により保持させたものである。外側の管14は石英ガラス管であり、有底筒状体30は好ましくは金属製である。有底筒状体30は円筒部の外側端にキャップ31を気密に取り付けたものである。これらの有底筒状体30の内部にはホルダー32が配置されており、これらのホルダー32により内側の管13が外側の管14の中心位置に支持されている。内側の管13は石英ガラス管の内部にフィラメント12を備えたもので、市販の直管ヒーターをそのまま使用することができる。
【0038】
これらの有底筒状体30はそれぞれ流体出入口33を備えている。空気などの流体はいずれか一方の有底筒状体30の流体出入口33から供給され、外側の管14と内側の管13との間に形成された流体の流路16を通過する間にこれらの管13、14を冷却し、他方の有底筒状体30の流体出入口33から排出される。
【0039】
また、これらの有底筒状体30には短管状の配線引出部34が設けられている。内側の管13のフィラメント12につながる電気配線35は配線引出部34を通して外部に引き出されるが、配線引出部34に封止部36を形成することによって、有底筒状体30の内外を遮断し、炉内雰囲気が電気配線35と直接接触することを防止している。フィラメント12の近傍は高温となるため、この構造によって炉内雰囲気との接触をなくし、爆発事故の危険を防止している。
【0040】
このような構造の赤外線ヒーター11は、市販の直管ヒーターをそのまま使用することができ、必要な流量に応じた太さの石英管と組み合わせることによって、比較的安価に製作可能である。またフィラメント12が断線した場合にも、キャップ31を取り外して内側の管13を抜き出すことによって容易に交換可能であるから、メンテナンス性に優れる。また流量調整も容易に行うことができ、赤外線ヒーター11の表面温度の制御が容易である。さらに有底筒状体30、30の内部は流体が通過しているため、電気配線35の封止部36も過度に加熱されることがない。上記の赤外線ヒーター11は、一対の有底筒状体30を炉壁の外部に位置するように配置すれば、メンテナンス性が高まるとともに、流体の打ち込みや排出も容易となる。
【実施例】
【0041】
長さが4mの炉体を前後2mずつに区画し、前側の2mの部分の炉内天井部に、0.1mピッチで図2に示した断面構造の赤外線ヒーターを19本配置した。炉室の高さは0.3mであり、赤外線ヒーターの設置高さは0.25mである。また各赤外線ヒーターの外周管の材質は石英ガラスであり、その直径は20mmである。赤外線ヒーターのフィラメント温度を850℃とし、その外周に空気を流して赤外線ヒーターの外表面温度を187℃に維持した。なお投入した空気は、流入時は20℃であるが赤外線ヒーターから出たときには129℃になっていた。赤外線ヒーターから放射される赤外線のスペクトルを測定したところ、ピーク波長が3.2μmの近赤外線が放射されていた。また炉壁の温度は183℃で定常状態となり、溶剤爆発の危険がある200℃よりも低温に維持することができた。
【0042】
なお、従来型の乾燥炉では炉壁の温度を200℃以下に維持するためにはヒーター温度を460℃としなければならず、この場合にはピーク波長は4.2μmとなっていた。従来型の塗膜乾燥炉は溶剤蒸気が爆発するおそれがあるため、塗膜乾燥には使用することができない。
【符号の説明】
【0043】
W ワーク
10 炉体
11 赤外線ヒーター
12 フィラメント
13 管
14 管
16 空間
17 流体供給口
18 流体排出口
19 熱風スリット
20 熱風スリット
21 第1ゾーン
22 第2ゾーン
23 第3ゾーン
24 第4ゾーン
25 ヘッダー
30 有底筒状体
31 キャップ
32 ホルダー
33 流体出入口
34 配線引出部
35 電気配線
36 封止部
50 従来の赤外線ヒーター
51 フィラメント
52 保護管
53 支持体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜を炉体内部で走行させつつ乾燥させる塗膜乾燥炉であって、炉体の内部に赤外線ヒーターを備え、前記赤外線ヒーターは、フィラメントの外周がローパスフィルターとして機能する管によって同心円状に覆われ、これらの複数の管の間に流体の流路を形成した構造を有するものであることを特徴とする塗膜乾燥炉。
【請求項2】
3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持ち、水素結合を有する塗膜が、リチウムイオン電池用電極塗膜または太陽光発電用電極塗膜であることを特徴とする請求項1記載の塗膜乾燥炉。
【請求項3】
流体を空気とし、炉体の前半部に配置された赤外線ヒーターから排出される熱風を、炉体の後半部において炉内に供給することを特徴とする請求項1記載の塗膜乾燥炉。
【請求項4】
炉体の内壁を赤外線放射率の小さい反射性材料により構成したことを特徴とする請求項1記載の塗膜乾燥炉。
【請求項5】
流体の種類により、赤外線ヒーターの放射波長を制御したことを特徴とする請求項1記載の塗膜乾燥炉。
【請求項6】
フィラメントの外周を覆う管を3重とし、それらの管の間に形成された流体の流路に、互いに逆方向に流体を流したことを特徴とする請求項1記載の塗膜乾燥炉。
【請求項7】
赤外線ヒーター自身の長手方向に複数の流体出入口を形成したことを特徴とする請求項1記載の塗膜乾燥炉。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−132662(P2012−132662A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−89767(P2011−89767)
【出願日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【特許番号】特許第4790092号(P4790092)
【特許公報発行日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】