説明

変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共発現する形質転換細胞及びトランスジェニック非ヒト動物

【課題】神経変性疾患のモデルとなる形質転換細胞およびトランスジェニック非ヒト動物を提供する。また、当該トランスジェニック非ヒト動物の作製方法、神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法、及び神経変性疾患の治療薬の副作用の検定方法を提供する。
【解決手段】本発明の形質転換細胞は、宿主細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン遺伝子及びαシヌクレイン遺伝子が導入されたものである。本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、中枢神経系細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン遺伝子及びαシヌクレイン遺伝子が導入されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経変性疾患のモデルとなる形質転換細胞およびトランスジェニック非ヒト動物に関する。詳しくは、変異型βシヌクレイン及びαシヌクレインを過剰発現する形質転換細胞、並びに、中枢神経系細胞において変異型βシヌクレイン及びαシヌクレインを発現するトランスジェニック非ヒト動物に関する。
また、本発明は、当該非ヒト動物の作製方法、並びに、当該形質転換細胞又は当該非ヒト動物を用いた神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法、及び神経変性疾患の治療薬の副作用の検定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病(Parkinson's disease: PD)は、振戦、硬直、歩行障害等のパーキンソンニズムを呈し、病理組織学的には、中脳黒質におけるドーパミン産生神経細胞の脱落、及び、神経細胞内封入体であるレビー小体の形成を特徴とする神経変性疾患である。
PDでみられる神経細胞内封入体と同様の封入体の形成は、アルツハイマー病に次ぐ頻度でみられる進行性の痴呆を伴った、痴呆性レビー小体病(dementia with Lewy body: DLB)や多系統萎縮症(Multiple system atrophy: MSA)などでも観察されている。近年、これらの神経変性疾患(DLB, MSA)の病態において、α-シヌクレイン(α-syn)の蓄積及び凝集が大きく関与していることが示された(非特許文献1)。これらの神経変性疾患はα-シヌクレイノパチーという疾患群に分類され(非特許文献1,2)、PDの関連疾患として取り扱われている。
【0003】
α-synと神経変性疾患:
ヒトα-synは、140アミノ酸からなり、主として神経細胞の前シナプスに局在するリン酸化タンパク質であり、アミノ酸配列上、相同性の高いβ-syn及びγ-synとともにシヌクレインペプチドファミリーを形成する(非特許文献3)。神経変性におけるα-synの重要性が確立されたのは、α-synのミスセンス変異である A53T, A30P,及び E46Kが家族性のPDやDLBに連鎖することが報告され (図1)、いずれにおいてもα-synの凝集能が増加し、神経変性との関連性が示されたことによる(非特許文献4,5,6)。
これに関連して、多くの研究室においてα-syn過剰発現型トランスジェニック(Tg)マウスの開発が精力的に試みられた。カリフォルニア大学サンディエゴ校のEliezer Masliah教授らのグループにより作製されたTgマウスの脳は、免疫組織染色により、α-synやユビキチンに陽性である封入体様構造物を呈し、また、行動学的には、ロタロッドで平衡運動感覚能力が有意に低下していることなどにより、これらのTgマウスがパーキンソン病のモデルの最初の報告として受け入れられた(非特許文献7)。しかしながら封入体中にあるα-synはアミロイド繊維を形成しておらず、また、神経細胞死などの所見が見られないことなど、PDやDLBの完全な病態モデルであえるとは言い難い。α-synTgマウスの作製はその後、多くのグループによってなされたが、いずれも、典型的なレビー小体様の封入体と認めるにはいたっていない。
【0004】
P123Hβ-syn過剰発現Tgマウス:
Synタンパク質のミスセンス変異は、α-synだけではなく、β-synやγ-synにおいても報告されている(非特許文献8)。この報告において、β-synの70番目のバリンがメチオニンに置換した変異(V70M)と、123番目のプロリンがヒスチジンに置換した変異(P123H)とが同定され、それぞれ孤発性、及び、家族性DLBに連鎖していた (図1)。しかしながら、α-synのミスセンス変異の場合と異なり、P123Hの浸透率が高くないこと、また、P123H患者の脳組織におけるレビー小体が、抗β-syn抗体により染色されなかったことなどから、これらの変異が家族性DLBの確実な原因であるかどうかは明らかではない。
本発明者は、変異型β-synは、ミスセンス変異により凝集能を獲得した結果(gain of function)、神経変性促進的に作用するようになったのではないかと考え、これをin vivoで証明するため、β-syn P123H過剰発現型Tgマウスの作製及び解析を行った。その結果、複数のラインの(F0及びF1マウス)脳組織標本において大脳基底核などの特異的な領域にレビー小体様の封入体が形成されること等が観察された。これらの封入体は、形態的にヒトのPD脳やDLB脳に形成されるレビー小体に酷似し、対称的で繊細な円形像を呈していた。次いで、免疫組織染色により封入体を解析した結果、封入体は、抗β-syn抗体及び抗β-syn P123H抗体により染色され、さらには抗α-syn抗体によっても強く染色された。この結果は、内因性のマウスα-synが外因性の変異型β-syn凝集に巻き込まれて封入体形成に関していることを示すものであり、変異型β-synとα-synとの相互作用がレビー小体形成の機序として重要である可能性を意味するものであった。
【0005】
【非特許文献1】Hashimoto M et al., Brain Pathol., vol.9, p.707-720, 1999
【非特許文献2】藤田雅代ら, Cognition and Dementia, vol.4, p.282-289, 2005
【非特許文献3】Fujita M et al., Neuropathology, vol.26, p.383-392, 2006
【非特許文献4】Polymeropoulos MH et al., Science, vol.276, p.2045-2047, 1997
【非特許文献5】Kruger R et al., Nat. Genet., vol.18, p.106-108, 1998
【非特許文献6】Zarranz JJ et al., Ann. Neurol., vol.55, p.164-173, 2004
【非特許文献7】Masliah E et al., Science, vol.287, p.1265-1269, 2000
【非特許文献8】Ohtake H, Neurology 63 805-811, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、神経変性疾患のモデルとなる形質転換細胞およびトランスジェニック非ヒト動物を提供することを目的とする。
また本発明は、当該トランスジェニック非ヒト動物の作製方法、神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法、及び神経変性疾患の治療薬の副作用の検定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1) 宿主細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン遺伝子、及びαシヌクレイン遺伝子が導入された形質転換細胞。
本発明の形質転換細胞としては、例えば、変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に過剰発現するものが挙げられ、具体的には、変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に安定発現するもの、並びに、変異型βシヌクレイン及びαシヌクレインのいずれか一方を安定発現し、他方を一過性発現するものが挙げられる。ここで、一方を安定発現し、他方を一過性発現するものとしては、例えば、変異型βシヌクレインを安定発現し、αシヌクレインを一過性発現するものが挙げられる。
本発明の形質転換細胞としては、例えば、前記αシヌクレインが野生型αシヌクレインであるものが挙げられる。
本発明の形質転換細胞としては、例えば、前記変異型βシヌクレインが、自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するものであるものが挙げられる。また、前記変異型βシヌクレインとしては、例えば、以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a) 野生型βシヌクレインのアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸のうち少なくとも1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 当該置換されたアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するタンパク質
ここで、上記(a)又は(b)のタンパク質としては、例えば、第70番目のアミノ酸がメチオニンに置換されたもの、及び/又は、第123番目のアミノ酸がヒスチジンに置換されたものが挙げられる。
本発明の形質転換細胞としては、例えば、動物細胞又は酵母の形質転換細胞であるものが挙げられる。ここで、動物細胞としては、例えば、中枢神経系細胞、末梢神経系細胞又は神経芽細胞が挙げられる。
【0008】
(2) 中枢神経系細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン遺伝子、及びαシヌクレイン遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、例えば、中枢神経系細胞において変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に過剰発現するものが挙げられ、具体的には、、変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に安定発現するものが挙げられる。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、例えば、中枢神経系細胞において機能するプロモーター及び変異型βシヌクレイン遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物と、中枢神経系細胞において機能するプロモーター及びαシヌクレインが導入されたトランスジェニック非ヒト動物とを交配させて得られるものが挙げられる。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、例えば、前記αシヌクレインが野生型αシヌクレインであるものが挙げられる。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、例えば、前記変異型βシヌクレイン遺伝子及びαシヌクレインが、脳神経細胞及び/又は中枢神経系グリア細胞において発現するものが挙げられる。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、例えば、前記変異型βシヌクレインが、自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するものであるものが挙げられる。また、前記変異型βシヌクレインとしては、例えば、以下の(a)又は(b)のタンパク質が挙げられる。
(a) 野生型βシヌクレインのアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸のうち少なくとも1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 当該置換されたアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するタンパク質
ここで、上記(a)又は(b)のタンパク質としては、例えば、第70番目のアミノ酸がメチオニンに置換されたもの、及び/又は、第123番目のアミノ酸がヒスチジンに置換されたものが挙げられる。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物としては、例えば、非ヒト動物が齧歯類動物であるものが挙げられ、齧歯類動物としては、例えば、マウス及びラットが挙げられる。
【0009】
(3) 中枢神経系細胞において機能するプロモーター及び変異型βシヌクレイン遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物と、中枢神経系細胞において機能するプロモーター及びαシヌクレインが導入されたトランスジェニック非ヒト動物とを交配させる工程を含む、中枢神経系細胞において変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物の作製方法。
【0010】
(4) 前記(2)記載のトランスジェニック非ヒト動物に候補物質を投与する工程、及び当該候補物質投与後の非ヒト動物の神経変性疾患に関する病態を評価する工程を含む、神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法。
(5) 前記(1)記載の形質転換細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法。
当該スクリーニング方法において、上記細胞活性としては、例えば、神経突起伸張能、生存能、増殖能、並びにレビー小体様封入体の形成率、細胞内形成数及び大きさからなる群より選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
(6) 前記(2)記載のトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法。
当該スクリーニング方法において、上記非ヒト動物としては、例えば、胎生期の非ヒト動物が挙げられる。また、中枢神経系細胞としては、例えば、その初代培養細胞が挙げられる。
当該スクリーニング方法としては、例えば、中枢神経系細胞が脳神経細胞であり、かつ、上記細胞活性が神経突起伸張能、生存能、並びにレビー小体様封入体の形成率、細胞内形成数及び大きさからなる群より選ばれる少なくとも1種である方法、並びに、中枢神経系細胞がグリア細胞であり、かつ、上記細胞活性が増殖能、生存能、並びにレビー小体様封入体の形成率、細胞内形成数及び大きさからなる群より選ばれる少なくとも1種である方法が挙げられる。
【0011】
(7) 前記(2)記載のトランスジェニック非ヒト動物に神経変性疾患の治療薬を投与する工程、及び当該薬物投与後の非ヒト動物における副作用の有無を検出する工程を含む、神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法。
(8) 前記(1)記載の形質転換細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法。
当該検定方法において、上記細胞活性としては、例えば、神経突起伸張能、増殖能及び生存能からなる群より選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
(9) 前記(2)記載のトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法。
当該検定方法において、上記非ヒト動物としては、例えば、胎生期の非ヒト動物が挙げられる。また、中枢神経系細胞としては、例えば、その初代培養細胞が挙げられる。
当該検定方法としては、例えば、中枢神経系細胞が脳神経細胞であり、細胞活性が神経突起伸張能及び/又は生存能である方法、並びに、中枢神経系細胞がグリア細胞であり、細胞活性が増殖能及び/又は生存能である方法が挙げられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、神経変性疾患の有用なモデルとなる新規な形質転換細胞及びトランスジェニック非ヒト動物が提供される。本発明の形質転換細胞及びトランスジェニック非ヒト動物は、ヒトの神経変性疾患の病態と極めてよく似た表現型(具体的には、PD脳やDLB脳のレビー小体に酷似した封入体の形成)を有するため、PD及びDLB等の神経変性疾患の治療薬のスクリーニング、及び、当該疾患の治療薬の副作用の検定に利用することができ、極めて有用なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0014】
1.本発明の概要
培養細胞における変異型β-synの解析:
(1) 変異型β-syn(P123H)過剰発現B103神経芽細胞の樹立
従来より、Tgマウスによる解析の前段階として培養細胞をモデルにした解析が行われている。細胞培養モデルは、また、シグナル伝達などの分子レベルにおける解析を容易にするなどの利点がある。例えば、α-synを過剰発現したラットB103神経芽細胞においては、神経突起伸長の低下やMAPKシグナル活性の低下などが認められており、これらは神経変性のメカニズムに合致するものであった。このような理由から、本発明者は、B103神経芽細胞に変異型β-syn(V70M, P123H)を恒常的に過剰発現させて(安定発現させて)、当該細胞の解析を行った。その結果、P123H及びV70Mのいずれの変異型β-synを過剰発現させた場合でも、細胞の細胞質に大きな封入体が形成されることが示された(図2-B)。免疫組織化学的解析により、これらの封入体は抗β-syn抗体に対して陽性であり、またカテプシンBやLAMPIIなどのリソソームマーカーに対しても高頻度で陽性であったが、プロテアソームのサブユニットやγ-チューブリンになどのアグレッソームに対する抗体とは反応性が低かった。これらのことより、封入体はリソソームに関係した構造物であることが示された。実際、電子顕微鏡で観察したところ、変異型β-syn(V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞において多くの膜構造を含んだオートファゴソーム様の封入体と、電子密度の高い多重膜構造を有する封入体との、2種類の封入体の形成が認められた(図3-A)。これらの封入体は、野生型β-syn過剰発現B103神経芽細胞においては認められなかった。
【0015】
(2) 変異型β-syn及びα-synによる相乗的封入体形成
PD脳の黒質における典型的なレビー小体は酸性であり、ヘマトキシリン/エオジン染色(HE染色)によって赤染することが知られている。本発明者が樹立した変異型β-syn(V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞における封入体は、オートファゴソームやリソソーム様の形態を呈することから、酸性であると考えられた。実際のところ、変異型β-syn(V70M, P123H)過剰発現細胞の封入体はHE染色で赤染することが示された(図2-C)。最大径が2μm以上の封入体数を種々の細胞で比較したところ(図2-D)、野生型β-syn過剰発現細胞やベクターのみ導入した対照細胞には全く観察されず、野生型α-syn過剰発現細胞においてもせいぜい0.2%以下の細胞にしか封入体形成は見られなかった。そして、P123Hβ-syn過剰発現細胞においては、5〜6%程度に封入体形成が認められ、V70Mβ-syn過剰発現細胞においてはそれより若干少ないものの、3〜4%において封入体形成が認められた。これに対し、変異型β-syn(V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞においてα-synを一過性に形質導入して過剰発現させた場合は、封入体数が顕著に増加することが認められた。具体的には、P123Hβ-syn過剰発現細胞にα-synを一過性発現させた場合は、15〜16%の封入体形成が認められ、V70Mβ-syn過剰発現細胞にα-synを一過性発現させた場合は、10〜11%の封入体形成が認められた。対照的に、野生型β-syn過剰発現B103神経芽細胞にα-synを一過性発現させた場合は、封入体形成は認められなかった。また、ベクターのみ導入した対照細胞にα-synを一過性発現させた場合は、2〜3%の封入体形成にとどまった。一方、α-syn過剰発現B103神経芽細胞に変異型β-syn(V70M, P123H)を一過性発現させた場合にも、封入体数の有意な増加が認められた。しかし、α-syn過剰発現B103神経芽細胞に野生型β-synを一過性発現させても、封入体形成は認められなかった。以上のことから、封入体形成においては、変異型β-syn(V70M, P123H)とα-synとの相互作用が重要であることが示された。
【0016】
HE染色による封入体数評価の結果の有効性は、他の組織学的手法により確認され、例えば、蛍光免疫二重染色により変異型β-syn(V70M, P123H)とα-synとが封入体に共在することが示された(図2-B)。また、電子顕微鏡によりオートファゴソームなどのリソソーム様構造物が顕著に増加し、さらに免疫電顕による観察においては、変異型β-syn (V70M, P123H)及びα-synのそれぞれの金コロイド粒子が封入体内の膜様構造に接して共在することが示された(図3-B)。
以上の結果から認められた、神経芽細胞での封入体形成に関する変異体β-synとα-synとの相乗的な効果は、変異型β-syn Tgマウスとα-syn Tgマウスとの交差実験の結果を予測するのに有用な情報となるものである。すなわち、変異型β-syn Tgマウスとα-syn Tgマウスとの交配により、中枢神経系細胞において前記封入体を顕著に形成し得る、有用な神経変性疾患モデルマウスが得られることが理解できる。
【0017】
(3) タンパク質凝集による神経毒性に対する防御機構としての封入体形成
PDなどの神経変性病変に出現するレビー小体は、以前は、神経変性を促進すると考えられてきたが、最近はレビー小体により凝集したタンパク質が封入体内に隔離されることによりむしろ神経保護的に働いているのではないかという考え方が有力となっている。例えば、PDの脳組織標本においても、レビー小体の形成が見られるのは主として生存している神経細胞においてであり、細胞死した神経細胞においては見られないという結果が報告されている。そこで、本発明者は、上記と同様の考え方が、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞における封入体に対しても適用可能なものか確認した。すなわち、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞にα-synを一過性に過剰発現させて封入体形成を誘導させ、この細胞に対してオートファジー・リソソーム阻害剤を加えたところ、封入体形成が有意に抑制された(図4-A)。この条件下において、生化学的には変異型β-syn及びα-synのいずれのタンパク質も蓄積し、オリゴマー形成の促進が観察された(図4-B)。また、同様の条件下において、TUNELアッセイを行った結果、細胞死が有意に引き起こされていることが観察された(図4-C, 図4-D)。これとは対照的に、野生型β-syn過剰発現B103神経芽細胞にα-synを一過性に過剰発現させた細胞においては、封入体形成は見られず、また、オートファジー・リソソーム阻害剤を加えても同じ条件下において有意な細胞死は観察できなかった。
これらの結果により、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞における封入体は神経毒性を持った変異型β-synやα-synの蓄積に対する代償的な機序として形成されたものと考えられた。従って、このことはレビー小体による神経保護の概念に一致するものであり、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞における封入体が、レビー小体のモデルとして有用であることを示すものである。
【0018】
(4) シンフィリン-1による封入体形成との類似性
これまで報告された細胞培養系におけるレビー小体のモデルとしては、シンフィリン-1に関連するものがよく知られている。シンフィリン-1はα-synの結合タンパク質であり、レビー小体においても存在していることから、封入体形成に関して重要な役割を持つと考えられている。ここで興味深いことは、これまで培養細胞にシンフィリン-1を過剰発現して生じた封入体の解析の結果が、多くの点において変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞における封入体の形成と類似していることである。具体的には、まず、シンフィリン-1による封入体は、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞における封入体と同様に、HE染色によって赤染し、いずれも酸性の封入体である。次に、293細胞やSH-SY5y神経芽細胞などにおいてα-synとの共発現により封入体数が有意に上昇する。さらに、293細胞にシンフィリン-1を過剰発現させて形成させた封入体を電子顕微鏡により解析した場合、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞における封入体の場合と同様に、オートファゴソーム様の封入体と電子密度の高いリソソーム様の封入体との2種類が観察され、両封入体は微細構造においても類似している。他方で、免疫電顕により、α-synの金コロイド粒子がフィブリル様の構造物に付着することが観察されている。そして、本発明者も、変異型β-syn(V70M, P123H) 過剰発現B103神経芽細胞の封入体において、変異型β-synとα-synとが共在することを観察している。
以上の通り、シンフィリン-1による封入体と変異型β-synの封入体とは多くの点で類似しており、シンフィリン-1による封入体に対してこれまで当業者により多大な注意が払われてきたことを考慮すれば、本発明は極めて意義深いものと言える。
【0019】
本発明者は、以上のように、変異型β-synの神経変性作用としての封入体形成に関する独自の新しい知見を得た。これまで、変異型β-synとα-synとを共過剰発現する形質転換細胞(形質転換B103神経芽細胞など)やTg非ヒト動物(Tgマウス)は知られておらず、また、PD脳又はDLB脳のレビー小体に酷似した封入体の形成が顕著に認められる形質転換細胞及びTg非ヒト動物は他に例を見ない。これらの点を考慮すると、本発明にかかる形質転換細胞及びTg非ヒト動物は、極めてユニークなものであり、神経変性疾患の病態における封入体(レビー小体)形成の機序の理解を深めるとともに、神経変性疾患の治療薬及び治療法を開発し得る強力なツールとなるため、極めて有用なものである。
なお、本明細書においては、α-syn、β-syn及びγ-synのタンパク質分子並びに遺伝子は、野生型か変異型かに関わらず、また明記しているか否かに関わらず、いずれもヒト由来のものを示すこととする。
【0020】
2.形質転換細胞
本発明の形質転換細胞は、宿主細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン(変異型β-syn)遺伝子、及びαシヌクレイン(α-syn)遺伝子が導入された細胞(以下、「変異型β-syn/α-syn形質転換細胞」と言うことがある。)である。
本発明の形質転換細胞は、変異型β-synとα-synとを共に過剰発現するものであり、これにより神経変性疾患のモデル細胞系として有用なものとなり得る。
【0021】
(1) 形質転換細胞の作製方法の概要
通常、所望の宿主細胞において目的タンパク質(本発明では変異型β-syn及びα-syn)を過剰発現させるためには、まず、目的タンパク質遺伝子を同一の又は異なる発現ベクターに組み込んだ組換えベクターを構築することが必要である。この際、発現ベクターに組込む遺伝子には、予め、宿主細胞において機能するプロモーターを連結しておくことが好ましく、そのほか、Kozak配列、ターミネーター、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、及び選択マーカー等を連結しておくこともできる。なお、上記プロモーター等の遺伝子発現に必要な各要素は、初めから目的タンパク質遺伝子に含まれていてもよいし、もともと発現ベクターに含まれている場合はそれを利用してもよく、特に限定はされない。
発現ベクターに目的タンパク質遺伝子を組込む方法としては、例えば、制限酵素を用いる方法や、トポイソメラーゼを用いる方法など、公知の遺伝子組換え技術を利用した各種方法が採用できる。また、発現ベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、レトロウイルスベクター、人工染色体DNAなど、特に限定はされず、使用する宿主細胞に適したベクターを適宜選択して使用することができる。
【0022】
次いで、構築した組換えベクターを宿主細胞に導入して形質転換体を得、これを培養することにより、目的タンパク質を過剰発現させることができる。なお、本発明で言う「形質転換」とは、宿主細胞に外来遺伝子を導入することを意味し、具体的には、宿主細胞にプラスミドDNA等を導入して(形質転換)外来遺伝子を導入すること、及び、宿主細胞に各種ウイルス及びファージを感染させて(形質導入)外来遺伝子を導入することをいずれも含む意味である。
宿主細胞としては、組換えベクターが導入された後、目的タンパク質を過剰発現することができるものであれば、特に限定はされず、適宜選択することができ、例えば、ヒト、マウス及びラット等の各種哺乳動物由来の動物細胞や、酵母細胞などが用いられる。動物細胞としては、例えば、ヒト繊維芽細胞、CHO細胞、サル細胞COS-7、Vero、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞、中枢神経系細胞、末梢神経系細胞、神経芽細胞等が用いられる。
【0023】
形質転換細胞を得る方法、すなわち組換えベクターを宿主細胞に導入する方法としては、特に限定はされず、宿主細胞と発現ベクターとの種類の組み合わせを考慮して、適宜選択することができるが、例えば、リポフェクション法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、ヒートショック法、PEG法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、並びに、DNAウイルスやRNAウイルス等の各種ウイルスを感染させる方法などが好ましく挙げられる。
得られる形質転換細胞においては、組換えベクターに含まれる遺伝子のコドン型は、実際に用いた宿主細胞のコドン型と一致していてもよいし、異なっていてもよく、限定はされない。
以上に概要を述べた形質転換細胞の作製方法は、本発明の形質転換細胞(変異型β-syn/α-syn形質転換細胞)の作製においても任意に適用される。
【0024】
(2) 変異型β-syn/α-syn形質転換細胞
本発明の形質転換細胞において、目的タンパク質である変異型β-syn及びα-synの発現態様は、宿主細胞において共に安定発現する態様であってもよいし、共に一過性発現する態様であってもよいし、あるいは、一方を安定発現し、他方を一過性発現する態様であってもよく、特に限定はされないが、中でも、共に安定発現する態様、及び一方を安定発現し、他方を一過性発現する態様が好ましい。また、一方を安定発現し、他方を一過性発現する態様については、変異型β-synとα-synとがいずれの発現態様であってもよいが、具体的には、変異型β-synを安定発現し、α-synを一過性発現する態様がより好ましい。
ここで、本発明でいう「安定発現」とは、宿主細胞の染色体内に組み込まれた遺伝子(染色体内遺伝子)に基づく恒常的な発現を意味し、一方、「一過性発現」とは、宿主細胞内の染色体に組み込まれていない遺伝子(染色体外遺伝子)に基づく非恒常的な発現を意味する。
本発明の形質転換細胞において、宿主細胞としては、限定はされないが、動物細胞及び酵母細胞が好ましく、動物細胞がより好ましい。動物細胞としては、ヒト由来細胞であっても非ヒト由来細胞であってもよく、限定はされない。非ヒト動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ラビット、ブタ、イヌ、ネコ、サル、ヒツジ、ウシ及びウマ等の哺乳類動物が好ましく挙げられ、中でも、マウス、ラット及びモルモット等の齧歯類(ネズミ目)動物がより好ましく、特に好ましくはマウス及びラットである。また、動物細胞の細胞種としては、限定はされないが、中枢神経系細胞、末梢神経系細胞、神経芽細胞等が特に好ましい。一方、酵母としては、限定はされないが、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等が好ましく挙げられる。
【0025】
宿主細胞に目的タンパク質遺伝子(変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子)を導入するには、前述したように、通常、これら遺伝子を含む組換えベクターを用いるが、この際、宿主細胞内で安定発現させる場合は、染色体DNAと組換え可能な公知の発現ベクター(安定発現ベクター)を用いることが好ましく、一過性発現をさせる場合は、染色体DNAとの組換えがなく細胞内で自立複製が可能な公知の発現ベクター(一過性発現ベクター)を用いることが好ましい。なお、安定発現又は一過性発現をさせる場合に用いるベクターとしては、安定発現ベクターと一過性発現ベクターとの両方の機能を有するベクターを適宜用いてもよい。安定発現ベクターは、動物細胞用のものとして、例えば、pCEP4ベクター及びpTargetベクターなどの公知のベクターを用いることができ、酵母細胞用のものとして、公知の各種ベクターを用いることができる。また、一過性発現ベクターは、動物細胞用のものとして、例えば、pCEP4ベクター及びpTargetベクターなどの公知のベクターを用いることができ、酵母細胞用のものとして、公知の各種ベクターを用いることができる。
【0026】
なお、上記各種発現ベクターとしては、宿主細胞において機能するプロモーターを含むものを公知のものから適宜選択して利用し、当該プロモーターにより宿主細胞における目的タンパク質遺伝子の発現制御を行うようにする。宿主細胞において機能するプロモーターの制御下にある変異型β-syn遺伝子やα-syn遺伝子を導入することができる発現ベクターが好ましい。ここで、「プロモーターの制御下にある」とは、当該プロモーターが機能して変異型β-syn遺伝子やα-syn遺伝子が宿主細胞において過剰発現され得るように、すなわち、当該プロモーターがこれら遺伝子に作用可能なように、連結されたものであることを意味する。
具体的に、中枢神経系細胞において機能するプロモーターとしては、限定はされないが、例えば、Thy-1プロモーター(脳特異的)、Neuron-Specific Enolaseプロモーター(脳特異的)及びTα1プロモーター(脳特異的)及びプリオンプロモーター(脳特異的)等の中枢神経細胞用プロモーター、並びに、グリア細胞など中枢神経系に存在し得る各種細胞用の公知のプロモーターが挙げられる。中枢神経系細胞において機能するプロモーターは、中枢神経細胞用プロモーターとしての機能と、中枢神経系に存在し得る各種細胞用プロモーターとしての機能とを両方有するものであってもよい。また、末梢神経系細胞において機能するプロモーターとしては、限定はされず、末梢神経細胞用の公知のプロモーター、及び末梢神経系に存在し得る各種細胞用の公知のプロモーターが挙げられる。末梢神経細胞用の公知のプロモーターとしては、中枢神経細胞用プロモーターとして上記列挙したものを同様に使用することができ、また末梢神経系に存在し得る各種細胞用の公知のプロモーターとしては、中枢神経系に存在し得る各種細胞用の公知のプロモーターが同様に使用することができる。末梢神経系細胞において機能するプロモーターは、末梢神経細胞用プロモーターとしての機能と、末梢神経系に存在し得る各種細胞用プロモーターとしての機能とを両方有するものであってもよい。さらに、神経芽細胞において機能するプロモーターとしては、例えば、CMVプロモーター等の公知のプロモーターが挙げられる。
【0027】
発現ベクターに挿入する変異型β-syn遺伝子は、以下の通り作製することができる。
具体的には、まず、ヒトのcDNA遺伝子ライブラリーからPCR等の方法により野生型β-syn遺伝子断片を得、この遺伝子断片を用いて野生型β-syn遺伝子をスクリーニングする。野生型β-syn遺伝子には、必要により、エピトープタグ等をコードするDNAを連結しておいてもよい。スクリーニングした野生型β-syn遺伝子は、組換えDNA技術を用いて、適当なプラスミドベクターに挿入しておいてもよい。あるいは、上記スクリーニングをする代わりに、予め野生型β-syn遺伝子が挿入された市販のプラスミドベクターを使用してもよい。
野生型ヒトβ-syn遺伝子の塩基配列情報(配列番号1)は、公知のデータベースから容易に入手することができ、例えば、米国生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information(NCBI),ウェブサイト:http://www.ncbi.nlm.nih.gov)により提供されるGenBankデータベースにおいて「アクセッション番号:BC002902」として公表されている。配列番号1において、野生型ヒトβ-synのコード領域(CDS)は第252番目〜第656番目であるため、配列番号1に示す全長配列の代わりに上記コード領域を使用することも可能である。
【0028】
次いで、野生型β-syn遺伝子の塩基配列に変異を加えて、変異型β-synタンパク質をコードする変異型β-syn遺伝子を得る。ここで、本発明でいう変異型β-synタンパク質とは、自己凝集促進活性及びαシヌクレイン(α-syn)凝集促進活性のいずれか又は両方を有するタンパク質を意味する。「自己凝集促進活性」とは、自己、すなわち変異型β-syn同士が互いに凝集する活性を意味し、構造的に本来凝集しにくい野生型β-syn同士の凝集の程度に比べて、変異型β-syn同士の凝集の程度が高いと認められる物性であればよい。また、「α-syn凝集促進活性」とは、α-syn同士を互いに凝集させる活性を意味し、野生型β-synの存在下におけるα-syn同士の凝集の程度が、野生型β-synの非存在下におけるα-syn同士の凝集の程度に比べて高いと認められる物性であればよい。
【0029】
本発明でいう変異型β-synタンパク質は、具体的には、(a) 野生型β-synのアミノ酸配列(配列番号2)において第70番目及び第123番目のアミノ酸のうち少なくとも1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質であるか、あるいは、(b) 当該置換されたアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり且つ自己凝集促進活性及び/又はα-syn凝集促進活性を有するタンパク質が好ましく挙げられる。これらの中でも、特に、上記第70番目のアミノ酸(バリン)が他のアミノ酸としてメチオニンに置換されたもの、及び/又は、上記第123番目のアミノ酸(プロリン)が他のアミノ酸としてヒスチジンに置換されたものが好ましい。配列番号1に示される塩基配列において、上記第70番目のアミノ酸をコードする塩基は第459番目〜第461番目の塩基「gtg」であり、上記第123番目のアミノ酸をコードする塩基は第618番目〜第620番目の塩基「ccc」である。よって、変異型β-synタンパク質の遺伝子を構築する場合は、これら塩基配列(「gtg」,「ccc」)が所望のアミノ酸をコードする配列となるように変異を加えればよい。例えば、上記第70番目のアミノ酸(バリン)をメチオニンに置換する場合は、「gtg」から「atg」となるように第459番目の塩基に変異置換を加えればよく、上記第123番目のアミノ酸(プロリン)をヒスチジンに置換する場合は、「ccc」から「cat」又は「cac」となるように第619番目や第620番目の塩基に変異置換を加えればよい。
【0030】
上記の変異置換型の遺伝子(変異型β-synをコードする遺伝子)は、例えば、Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (1987-1997) 等に記載の部位特異的変位誘発法に準じて調製することができる。具体的には、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キットを用いて調製することができ、当該キットとしては、例えば、QuickChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社製)、GeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社製)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km等:タカラバイオ社製)等が好ましく挙げられる。
【0031】
また、後述する実施例に記載のように、所望のアミノ酸のコドンを示す塩基となるようにミスセンス変異が導入されるように設計したPCRプライマーを用い、野生型β-synをコードする塩基配列を含むDNA等をテンプレートとして、適当な条件下でPCRを行うことにより調製することもできる。PCRに用いるDNAポリメラーゼは、限定はされないが、正確性の高いDNAポリメラーゼであることが好ましく、例えば、Pwo DNA(ポリメラーゼロシュ・ダイアグノスティックス)、Pfu DNAポリメラーゼ(プロメガ)、プラチナPfx DNAポリメラーゼ(インビトロジェン)、KOD DNAポリメラーゼ(東洋紡)、KOD-plus-ポリメラーゼ(東洋紡)等が好ましい。PCRの反応条件は、用いるDNAポリメラーゼの最適温度、合成するDNAの長さや種類等により適宜設定すればよいが、例えば、サイクル条件であれば「90〜98℃で5〜30秒(熱変性・解離)→50〜65℃で5〜30秒(アニーリング)→65〜80℃で30〜1200秒(合成・伸長)」を1サイクルとして合計20〜200サイクル行う条件が好ましい。
【0032】
さらに本発明においては、上記のごとく得られた変異型β-syn遺伝子の塩基配列またはそのコード領域の塩基配列に相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、自己凝集促進活性及び/又はα-syn凝集促進活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を使用することもできる。「ストリンジェントな条件」としては、例えば、ハイブリダイゼーションにおいて洗浄時の塩濃度が100〜900mM、好ましくは100〜300mMであり、温度が50〜70℃、好ましくは55〜65℃の条件が挙げられる。ハイブリダイゼーション法の詳細な手順については、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」 (Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons (1987-1997) )等を参照することができる。ハイブリダイズするDNAとしては、その相補配列に対して少なくとも50%以上、好ましくは70%、さらに好ましくは80%、より一層好ましくは90%(例えば、95%以上、さらには99%)の同一性を有する塩基配列を含むDNAが挙げられる。
【0033】
一方、発現ベクターに挿入するα-syn遺伝子は、野生型のα-synをコードする遺伝子であることが好ましいが、限定はされず、α-synと実質的に同等の活性を有するタンパク質をコードする変異型α-syn遺伝子であってもよい。変異型α-syn遺伝子の具体的態様は、限定はされず、またその作製方法は前述した変異型β-syn遺伝子と同様の手法により行うことができる。なお、野生型ヒトα-syn遺伝子の塩基配列情報(配列番号3)は、公知のデータベースから容易に入手することができ、例えば、NCBI(ウェブサイト:http://www.ncbi.nlm.nih.gov)により提供されるGenBankデータベースにおいて「アクセッション番号:L08850」として公表されている。配列番号3において、野生型ヒトα-synのコード領域(CDS)は第53番目〜第475番目であるため、配列番号3に示す全長配列の代わりに上記コード領域を使用することも可能である。なお、配列番号4に、上記コード領域によりコードされる野生型α-synタンパク質のアミノ酸配列を示す。
【0034】
本発明において、宿主細胞への変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子の導入は、同時に行ってもよいし、一方を先に他方を後に行ってもよく、特に限定はされない。すなわち、両遺伝子を同時に導入する場合は、所望の発現ベクター中のプロモーター制御下に両遺伝子をバイシストロン的に挿入した組換えベクターを用いて、宿主細胞の形質転換を行ってもよいし、あるいは、所望の発現ベクター中のプロモーター制御下に各々の遺伝子をモノシストロン的に挿入した1組の(2種の)組換えベクターを同時に用いて、宿主細胞の形質転換を行ってもよい。また、一方の遺伝子を先に他方の遺伝子を後に導入する場合は、上記モノシストロン的に挿入した1組の(2種の)組換えベクターのうち、いずれか一方のベクターで先に形質転換し、その後得られた形質転換細胞に対して他方のベクターで形質転換すればよい。
【0035】
本発明の形質転換細胞は、変異型β-syn及びα-synを共に過剰発現することを特徴とするが、過剰発現をするクローンの選択は、野生型タンパク質を同様の発現態様で発現させたときの発現量と比較して同程度の発現量を示すものを選択することが好ましい。例えば、変異型β-synを安定発現させるように形質転換した場合は、野生型β-synを安定発現させるように形質転換した細胞における野生型β-synの発現量と比較して同定度の変異型β-synを発現するクローンを選択すればよい。なお、本発明の形質転換細胞における目的タンパク質の発現の検出及び定量は、ウエスタンブロット法等の公知の方法により確認することができる。
本発明の形質転換細胞は、細胞内に、ヒトのPD又はDLB脳に見られるレビー小体に酷似した封入体(レビー小体様の封入体)が形成されたものが好ましく、神経変性疾患のモデル細胞系として極めて有用である。
【0036】
3.トランスジェニック非ヒト動物
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、中枢神経系細胞において機能するプロモーター、変異型β-syn遺伝子、及びα-syn遺伝子が導入された動物である(以下、「変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物」と言うことがある。)。
本発明のトランスジェニック非ヒト動物は、中枢神経系細胞において変異型β-synとα-synとを共に過剰発現するものであり、これにより神経変性疾患のモデル細胞系として有用なものとなり得る。
通常、所望の遺伝子を目的組織において特異的に発現させる場合は、組織特異的なプロモーターを利用する。本発明は、変異型β-syn遺伝子とα-syn遺伝子とを中枢神経系細胞において特異的に発現させることを目的とし、変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子を、中枢神経系細胞において機能するプロモーターにより発現制御するようにする。中枢神経系細胞において機能するプロモーターとしては、限定はされないが、例えば、前記2.(2)の項において記載したものと同様のものが好ましい。
【0037】
本発明の非ヒト動物において変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子を発現させる「中枢神経系細胞」は、限定はされず、例えば、脳神経細胞(大脳、間脳、中脳、小脳の各神経細胞)、延髄神経細胞及び脊髄神経細胞等の中枢神経細胞、並びに、グリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト及びマイクログリア等)が挙げられ、中でも脳神経細胞及びグリア細胞が好ましく、より好ましくは脳神経細胞である。なお、本発明で言う「グリア細胞」とは、中枢神経系に存在するグリア細胞(中枢神経系グリア細胞)を意味する。
変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物は、中枢神経系細胞において機能するプロモーターの制御下にある変異型β-syn遺伝子と、同プロモーターの制御下にあるα-syn遺伝子を共に導入した非ヒト動物であり、当該動物の染色体DNAに、上記プロモーター制御下の変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子が、ホモ遺伝子型(+/+)又はヘテロ遺伝子型(+/-)で導入されたものである。変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物は、変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子と共に導入される上記プロモーターの制御により、変異型β-synとα-synとが共に中枢神経系細胞特異的に発現亢進されたものである。
ここで、「プロモーターの制御下にある」とは、当該プロモーターが機能して変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子が共に中枢神経系細胞において特異的に発現され得るように、すなわち、当該プロモーターが変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子に作用可能なように、連結されたものであることを意味する。
【0038】
また、本明細書において、変異型β-syn遺伝子の遺伝子型を表す「(+/+)」及び「(+/-)」の表記は、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を作出するために導入される変異型β-syn遺伝子、すなわち「中枢神経系細胞において機能するプロモーターの制御下にある変異型β-syn遺伝子」についての遺伝子型を示しており、「(+/+)」はホモ導入、「(+/-)」はヘテロ導入の遺伝子型を意味する。同様に、「(-/-)」の表記は、本発明のトランスジェニック非ヒト動物を作出するために導入される変異型β-syn遺伝子についての遺伝子型を意味するものであり、この場合は、「中枢神経系細胞において機能するプロモーターの制御下にある変異型β-syn遺伝子」が導入されていない非トランスジェニック非ヒト動物を意味する。上述した変異型β-syn遺伝子の遺伝子型の表記は、α-syn遺伝子の遺伝子型の表記についても同様に適用される。
本発明に用い得る非ヒト動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ラビット、ブタ、イヌ、ネコ、サル、ヒツジ、ウシ及びウマ等のヒトを除く哺乳類動物が挙げられ、中でも、マウス、ラット及びモルモット等の齧歯類(ネズミ目)動物が好ましく、より好ましくはマウスである。
本発明の非ヒト動物は、中枢神経系細胞、特に脳神経細胞において、ヒトのPD又はDLB脳に見られるレビー小体に酷似した封入体(レビー小体様の封入体)が形成されたものが好ましい。また本発明の非ヒト動物は、ヒトのPD又はDLBなど、ヒトにおける神経変性疾患と同様の病態を有するものが好ましい。これら非ヒト動物は、ヒトにおける神経変性疾患のモデル動物として極めて有用である。
【0039】
以下に、本発明の非ヒト動物の作出方法について説明する。ここでは、非ヒト動物としてマウスを用いた場合を例に挙げて説明するが、他の非ヒト動物を用いる場合についても同様の方法を適用することができる。
変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスは、公知の作出(作製)方法、すなわち受精卵前核へのDNAマイクロインジェクションによる方法、胚性幹細胞(ES細胞)にDNAを導入した後キメラを作製する方法、及びレトロウイルスベクターを初期発生胚に感染させて導入する方法等を利用して作出することができる。これらの方法については、例えば、「Manipulating the Mouse Embryo-A Laboratory Manual, 2nd Ed. (1994) Hogan B et al., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor」、「マウス ラボマニュアル 第2版 −ポストゲノム時代の実験法−(第271〜296頁), 発行日:2003年5月26日(初版), 編集:東京都臨床医学総合研究所 実験動物研究部門, 発行者:平野皓正, 発行所:シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社」、「発生工学実験マニュアル (1987) 勝木元也(編)講談社サイエンティフィク, 東京」、「マウス胚の操作マニュアル 第2版 (1997) Hogan B et al.(著), 山内一也ら(訳)近代出版, 東京」、「Gordon, J. W. (1993) Guide to Techniques in Mouse Development (Wassarman, P. M., and DePamphilis, M. L., Eds.), Academic Press, San Diego」等に記載されており、これらの記載を適宜参照してトランスジェニックマウスを作出することができる。
【0040】
変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスは、前述したように、変異型β-synとα-synとを共に過剰発現するものであるが、通常は、変異型β-synとα-synとを共に安定発現するものが、神経変性疾患モデルマウスとして好ましい。このような安定発現型の変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスを作出する方法は、限定はされないが、例えば、変異型β-synを安定発現するトランスジェニックマウスと、α-synを安定発現するトランスジェニックマウスとを、それぞれ別個に作出し、両トランスジェニックマウスを公知の手法により交配させて、変異型β-syn及びα-synを共に安定発現するトランスジェニックマウスを得る方法が好ましく挙げられる。また、変異型β-syn及びα-synのいずれか一方を安定発現するトランスジェニックマウスの作出方法において、変異型β-syn遺伝子を含むDNA構築物とα-syn遺伝子を含むDNA構築物とを同時に用いるか又は変異型β-syn遺伝子とα-syn遺伝子とを共に含むバイシストロン的なDNA構築物を同時に用いる以外は同様にして、変異型β-syn及びα-synを共に安定発現するトランスジェニックマウスを得る方法も好ましい。さらには、ウイルスベクターを利用して、変異型β-syn及びα-synを共に安定発現するトランスジェニックマウスを得る方法も好ましく、交配実験により当該マウスを作製するのに比べて大幅な時間の短縮が可能になる等の効果が得られる。このウイルスベクターを利用する方法としては、例えば、予め作製した変異型β-synトランスジェニックマウスに対し、α-synをコードするcDNAを組み込んだレンチウイルスベクターを大脳に注入して変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスを得ることができる。このとき片側の大脳半球にα-synを発現させ、他側の大脳半球にはコントロールとしてGFPを発現させるか又は温熱処理して不活化したウイルスを注入することにより、1個体で実験群及び対照群を共に備えた変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスを得ることができる。数週間後、これらのマウスの左右脳に対して病理学的解析を行い、神経変性効果を評価し得る。なお、ここで言う「安定発現」とは前記2.(2)の項において説明した通りである。
【0041】
以下、前述した公知の作出方法の中でも、最も一般的である受精卵前核へのDNAマイクロインジェクション法を用いる場合について、以下の(i)〜(vii)に概略を説明する。ただし、以下では、変異型β-syn遺伝子を安定発現させる作出方法についてのみ説明するが、当該方法は、α-syn遺伝子を安定発現させる作出方法や、変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子を共に安定発現させる作出方法についても同様に適用できる。また、変異型β-syn遺伝子を安定発現させる作出方法、及びα-syn遺伝子を安定発現させる作出方法によって得られたトランスジェニックマウスは、前述した交配による変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスの作出方法に好ましく用いることができる。
【0042】
(i) 変異型β-syn遺伝子を調製する。
変異型β-syn遺伝子の調製については、前記2.(2)の項で説明した通りである。
(ii) 受精卵に導入する目的のDNA構築物を調製する。
中枢神経系細胞において機能するプロモーター(例えば、Thy-1プロモーター)制御下で導入遺伝子が発現制御されるように設計されたベクターに、組換えDNA技術を用いて、変異型β-syn遺伝子を挿入する。上記挿入後のベクターを制限酵素処理等して、目的のDNA構築物、すなわちThy-1プロモーター及びその制御下にある変異型β-syn遺伝子を含むDNA断片を得る。
(iii) 雌のマウスにホルモンを注射して強制的に過剰排卵させ、受精を行い、交尾後1日目の卵管から受精卵を摘出する。
(iv) 核が融合する前の時期の受精卵に、顕微鏡下で目的のDNA構築物を雄性全核中にマイクロインジェクションにより注入する。
(v) マイクロインジェクション後の受精卵を約20個程度、仮親となる偽妊娠雌マウスの子宮又は卵管内に移植する。
(vi) 移植後の雌マウスを通常の飼育条件下で飼育し、仔マウスを出産させる。
(vii) 仔マウスの一部(尾の先端や耳介片など)からゲノムDNAを抽出し、PCR法又はサザンブロット法等により、Thy-1プロモーターの制御下にある変異型β-syn遺伝子の導入の成否を確認する。
【0043】
以上の(i)〜(vii)のようにして作出された変異型β-synトランスジェニックマウスは、野生型のマウスと交配させることにより、ヘテロ遺伝子型マウス(+/-)を得ることができる。さらに、このヘテロ遺伝子型のマウス同士を交配させることにより、ホモ遺伝子型マウス(+/+)を得ることができる。また、メンデルの法則に従い、変異型β-synトランスジェニックマウスと共に、同腹の対照マウス(-/-)を得ることもできる。
【0044】
変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスにおいて、中枢神経系特異的に変異型β-synが発現していることの確認は、例えば、当該マウスの脳の所定の部位(視床下部など)からRNAを抽出してRT-PCR法及びノーザンブロット法等により確認する方法や、当該マウスの脳における変異型β-synの発現をウエスタンブロット法等により確認する方法などを用いて行うことができる。
変異型β-syn/α-synトランスジェニックマウスは、中枢神経系特異的に変異型β-syn及びα-synを共に過剰発現することを特徴とするが、過剰発現クローンの選択は、野生型タンパク質を同様の発現態様で発現させたとき(すなわち安定発現させたとき)の発現量と比較して同程度の発現量を示すものを選択することが好ましい。例えば、変異型β-synを安定発現させたトランスジェニックマウスの場合は、野生型β-synを安定発現させたトランスジェニックマウスにおける野生型β-synの発現量と比較して同定度の変異型β-synを発現するクローンを選択すればよい。
【0045】
4.スクリーニング方法
(1) 非ヒト動物を用いる方法
前述の通り、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物は、ヒトの神経変性疾患の病態とよく一致するため、これら疾患の治療薬の開発において極めて有用なものである。そこで本発明は、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物を用いた神経変性疾患の治療薬のスクリーニング方法、並びに当該方法により得られる神経変性疾患の治療薬を提供する。ここで、神経変性疾患としては、例えば、パーキンソン病(PD)、痴呆性レビー小体病(DLB)、多系統萎縮症及びレビー小体亜系型アルツハイマー病等の各種疾患を含む。
【0046】
本発明において、神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法は、以下の(a)及び(b)の工程を含む。
(a) 変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物に、候補物質を投与する工程(投与工程)
(b) 上記トランスジェニック非ヒト動物について、神経変性疾患の病態を評価する工程(評価工程)
「神経変性疾患の病態を評価する」とは、候補物質を投与した後におけるトランスジェニック非ヒト動物の神経変性疾患に関する病態の表現型を解析することを意味し、候補物質の投与前後のトランスジェニック非ヒト動物の神経変性疾患に関する病態を比較検討すること、あるいは、候補物質を投与した被験動物と投与しない対照動物との比較検討を行うことのいずれをも意味するものである。
【0047】
被験動物の表現型と対照動物の表現型との比較を行なう方法について、以下に説明する。
「対照動物」は、被験動物との比較対照に使用されるに適している限り限定されるものではなく、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+)又は(+/-)〕であっても、同腹の非トランスジェニック(-/-)の非ヒト動物であっても、トランスジェニック動物でない野生型非ヒト動物であってもよい。ここで、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物の遺伝子型として示す「(+/+)、(+/-)及び(-/-)」は、いずれも、変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子の両方の遺伝子型について示しているものとする。ただし、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物において、変異型β-syn遺伝子及びα-syn遺伝子の遺伝子型は、互いに同じであることが好ましいが、互いに異なっていてもよく、限定はされない。互いに異なっている場合としては、例えば、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+)又は(+/-)〕と示したときに、変異型β-synの遺伝子型は(+/+)であり、α-synの遺伝子型は(+/-)である場合が挙げられる。
【0048】
前述した比較検討は、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+),(+/-)〕を被験動物とし、当該被験動物以外の非ヒト動物(-/-)を対照動物として用いて、上記(a)及び(b)の工程を含む方法を採用することができる。また、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+),(+/-)〕を被験動物として用い、候補物質を投与しない変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+),(+/-)〕を対照動物として用いることもできる。
本発明の非ヒト動物と同腹又は同種の野生型非ヒト動物は、正確な比較実験を行うことができる点で対照動物として好ましい。
なお、本発明のスクリーニング方法は、必要に応じ、他の工程を含んでいてもよい。
【0049】
以下に、上記各工程について説明する。
(a) 投与工程
被験動物及び対照動物としては、特に限定されるものではないが、通常、同種の非ヒト動物を用いる。また被験動物及び対照動物は、同腹の動物を用いることが好ましく、同性及び同齢の動物を用いることがより好ましい。さらに被験動物及び対照動物は、飼料の摂取量以外の飼育条件は同様であることが好ましい。
被験動物としては、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物(+/+)を用いてもよいし、又は変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物(+/-)を用いてもよい。また被験動物は、神経変性疾患の症状を呈するものを用いることができる。対照動物として、変異型β-syn及びα-synについて非トランスジェニック(-/-)の非ヒト動物を用いることができる。
被験動物に投与する候補物質としては、限定はされないが、天然又は人為的に合成された各種ペプチド、タンパク質(酵素や抗体を含む)、核酸(ポリヌクレオチド(DNA, RNA)、オリゴヌクレオチド(siRNA等)、ペプチド核酸(PNA)など)、低分子又は高分子有機化合物等を例示することができる。
候補物質の投与は、経口的又は非経口的に行うことができ、限定はされず、いずれの場合も公知の投与方法及び投与条件等を採用することができる。投与量についても、被験動物の種類及び状態、並びに候補物質の種類等を考慮して、適宜設定可能である。
【0050】
(b) 評価工程
神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする場合は、候補物質が投与された被験動物、及び候補物質が投与されていない対照動物について、各種評価項目、例えば、レビー小体様封入体の有無、大小又は個数、寿命、平衡運動感覚能力(ロタロッド)及び記憶能力(水迷路)等を比較評価することが好ましい。これら評価項目の評価(測定方法等)は、公知の手段及び手順により行うことができる。
変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物(+/+)又は変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物(+/-)を対照として使用した場合は、被験動物における評価項目の内容が対照動物と比較して優れたものとなったとき、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。「優れたものとなったとき」とは、例えば、レビー小体様封入体が無くなること、小さくなること又は少なくなること、寿命が延びること、平衡運動感覚能力(ロタロッド)が高くなることの少なくとも1つを満たすときを意味する。
同腹の非トランスジェニック(-/-)の非ヒト動物を対照として使用した場合は、被験動物における評価項目の内容が対照動物と比較して同等又は優れたものとなったとき、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
被験動物に候補物質を投与する前の段階を対照として使用する場合は、ホモ遺伝子型(+/+)又はヘテロ遺伝子型(+/-)を対照としたときと同様の基準で候補物質投与後の被験動物を比較評価することができる。
【0051】
(2) 中枢神経系細胞を用いる方法
本発明は、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞を用いた変性疾患の治療薬のスクリーニング方法、並びに当該方法により得られる変性疾患の治療薬を提供することができる。前記4.(1)の方法がin vivo法であるのに対し、中枢神経系細胞を用いる本方法は、in vitro法と言うことができる。
上記スクリーニング方法において、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞としては、当該中枢神経系細胞の初代培養細胞(初代培養中枢神経系細胞)を用いることが好ましい。また、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞としては、胎生期にある当該非ヒト動物由来の中枢神経系細胞が好ましい。胎生期の期間は、使用する非ヒト動物の種類により異なるため、特に限定はされず、各非ヒト動物に特有の公知の期間が適用される。
【0052】
上記スクリーニング方法は、詳しくは、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングするというものである。また、当該方法のうち、より好ましい態様としては、例えば、胎生期にある変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物から採取された初代培養中枢神経系細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法が挙げられる。
ここで、中枢神経系細胞の細胞活性としては、限定はされず、各々の中枢神経系細胞の機能及び特性等に関わる種々の活性を挙げることができる。種々の活性の測定方法は、公知の方法が採用できる。上記スクリーニング方法においては、例えば、中枢神経系細胞が脳神経細胞であるときは、細胞活性が神経突起伸張能及び/又は生存能であることが特に好ましく、中枢神経系細胞がグリア細胞であるときは、細胞活性が増殖能及び/又は生存能であることが特に好ましい。また、上記スクリーニング方法においては、中枢神経系細胞の細胞活性が、例えば、封入体(レビー小体様封入体)の形成率、細胞内形成数及び大きさであることが、特に好ましい。
【0053】
中枢神経系細胞が脳神経細胞であるときは、脳神経細胞に候補物質を接触させた場合に、神経突起伸張能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、高い伸長率(伸長速度)を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。また、脳神経細胞に候補物質を接触させた場合に、生存能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、長い寿命又は高い生存率を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
一方、中枢神経系細胞がグリア細胞であるときは、グリア細胞に候補物質を接触させた場合に、増殖能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、高い増殖率(増殖速度)を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。また、グリア細胞に候補物質を接触させた場合に、生存能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、長い寿命又は高い生存率を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
【0054】
さらに、中枢神経系細胞に候補物質を接触させた場合に、レビー小体様封入体の形成率(細胞個数基準)の測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、形成率が低い(すなわちレビー小体様封入体を形成した細胞の個数が少ない)と評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。同様に、中枢神経系細胞に候補物質を接触させた場合に、細胞あたりのレビー小体様封入体形成数の測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、少ないと評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。また同様に、中枢神経系細胞に候補物質を接触させた場合に、レビー小体様封入体の大きさに関する測定結果が、候補物質を接触させない細胞等と比較して、初めから小さいか又はそれ以上大きくなりにくいと評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
【0055】
(3) 本発明の形質転換細胞を用いる方法
本発明は、前記2.の項に記載した形質転換細胞を用いた変性疾患の治療薬のスクリーニング方法、並びに当該方法により得られる変性疾患の治療薬を提供することができる。前記4.(1)の方法がin vivo法であるのに対し、本発明の形質転換細胞を用いる本方法は、in vitro法と言うことができる。
上記スクリーニング方法は、詳しくは、本発明の形質転換細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性又はを測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングするというものである。
ここで、本発明の形質転換細胞の細胞活性としては、限定はされず、該形質転換細胞の機能及び特性等に関わる種々の活性を挙げることができる。種々の活性の測定方法は、公知の方法が採用できる。上記スクリーニング方法においては、測定対象とする細胞活性が、例えば、神経突起伸張能、増殖能、生存能、並びに封入体(レビー小体様封入体)の形成率、細胞内形成数及び大きさであることが、特に好ましい。
【0056】
例えば、本発明の形質転換細胞が、脳神経細胞等の各種神経細胞や神経芽細胞であるときは、これら細胞に候補物質を接触させた場合に、神経突起伸張能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、高い伸長率(伸長速度)を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
また、本発明の形質転換細胞としての各種動物細胞及び酵母に候補物質を接触させた場合に、増殖能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、高い増殖率(増殖速度)を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。同様に、本発明の形質転換細胞としての各種動物細胞及び酵母に候補物質を接触させた場合に、生存能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、長い寿命又は高い生存率を有すると評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
【0057】
さらに、本発明の形質転換細胞に候補物質を接触させた場合に、レビー小体様封入体の形成率(細胞個数基準)の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、形成率が低いと評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。同様に、本発明の形質転換細胞に候補物質を接触させた場合に、細胞あたりのレビー小体様封入体形成数の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、個数が少ないと評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。また同様に、本発明の形質転換細胞に候補物質を接触させた場合に、レビー小体様封入体の大きさに関する測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、初めから小さいか又はそれ以上大きくなりにくいと評価できれば、候補物質を神経変性疾患の治療薬として選択することができる。
【0058】
5.副作用の検定方法
(1) 非ヒト動物を用いる方法
上述したスクリーニング方法により得られる神経変性疾患の治療薬が優れた効能を示すものであっても、投与した動物に悪影響を及ぼす副作用を持つ場合は有用なものとは言い難いため、上記薬物の副作用の検定は重要である。同様に、公知の又は別途開発された神経変性疾患の治療薬に関しても、その副作用の検定は重要である。そこで本発明は、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物を用いた神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法を提供する。ここで、神経変性疾患としては、前記4.の項に記載した疾患と同様のものが挙げられる。
【0059】
本発明の検定方法は、以下の(a)及び(b)の工程を含むものである。
(a) 被験動物に、神経変性疾患の治療薬を投与する工程(投与工程)
(b) 被験動物と対照動物とを比較評価する工程、又は被験動物における副作用の有無を検出する工程(評価工程)
なお、本発明の検定方法は、必要に応じ、他の工程を含んでいてもよい。
本発明においては、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+),(+/-)〕を被験動物とし、非トランスジェニック非ヒト動物(-/-)、又は変異型β-synトランスジェニック非ヒト動物〔(+/+),(+/-)〕を対照動物として用いて、両動物の副作用の有無を比較検討することもできる。
【0060】
以下に、上記各工程について説明する。
(a) 投与工程
使用する被験動物及び対照動物については、前記スクリーニング方法と同様である。
各薬物の投与は、その種類に応じ、経口的又は非経口的に行うことができ、投与方法及び投与条件等についても、被験動物の種類や状態を考慮して適宜設定することができる。また各薬物は、薬学的に許容し得る塩又は水和物の状態で投与してもよいし、さらに、薬学的に許容し得る公知の担体とともに投与してもよく、限定はされない。
(b) 評価工程
副作用の有無に関しては、被験動物及び対照動物について、あるいは薬物の投与前後の被験動物について、例えば、体重変化、造血機能、及び生殖機能からなる群より選ばれる少なくとも1つが挙げられる。対照非ヒト動物と、神経変性疾患の治療薬を投与した被験動物とについて、これら評価項目を比較することにより、当該治療薬による副作用の有無、及び副作用の種類や症状の程度等について容易に検定できる。
【0061】
各評価の方法(測定方法等)は、公知の手段及び手順により行うことができるが、以下に例示して説明する。
<体重変化についての比較評価>
本評価方法では、被験動物が、神経変性疾患の治療薬を投与した後、非投与群である対照動物と同様の飼育条件において、対照動物と比べて体重変化に違いが見られるかを検定する。
<造血機能についての比較評価>
本評価方法では、被験動物が、神経変性疾患の治療薬を投与した後も末梢血中の各種血液細胞(赤血球、リンパ球及び好中球等)の存在比率と絶対数が正常の範囲にあるかどうかを検定する。
<生殖機能についての比較評価>
本評価方法では、10週齢を越えた雄と雌の生殖能を検定する。対照動物は、少なくとも遺伝的背景がC57BL/6である限りは、雄も雌も次世代の子供をつくることができるため、神経変性疾患の治療薬を投与した被験動物と有効に比較できる。
【0062】
(2) 中枢神経系細胞を用いる方法
本発明は、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞を用いた神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法を提供することができる。前記4.(1)の方法がin vivo法であるのに対し、中枢神経系細胞を用いる本方法は、in vitro法と言うことができる。
上記検定方法において、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞としては、当該中枢神経系細胞の初代培養細胞(初代培養中枢神経系細胞)を用いることが好ましい。また、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞としては、胎生期にある当該非ヒト動物由来の中枢神経系細胞が好ましい。胎生期の期間については、前記4.(2)で述べた通りである。
【0063】
上記検定方法は、詳しくは、変異型β-syn/α-synトランスジェニック非ヒト動物由来の中枢神経系細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定するというものである。また、当該方法のうち、より好ましい態様としては、例えば、胎生期にある変異型β-synトランスジェニック非ヒト動物から採取された初代培養中枢神経系細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法が挙げられる。
ここで、中枢神経系細胞の細胞活性としては、限定はされず、各々の中枢神経系細胞の機能及び特性等に関わる種々の活性を挙げることができる。種々の活性の測定方法は、公知の方法が採用できる。上記検定方法においては、例えば、中枢神経系細胞が脳神経細胞であるときは、細胞活性が神経突起伸張能及び/又は生存能であることが特に好ましく、中枢神経系細胞がグリア細胞であるときは、細胞活性が増殖能及び/又は生存能であることが特に好ましい。
【0064】
中枢神経系細胞が脳神経細胞であるときは、脳神経細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させた場合に、神経突起伸張能の測定結果が、当該治療薬を接触させない細胞等と比較して、同等又は高い伸長率(伸長速度)を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。また、脳神経細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させた場合に、生存能の測定結果が、当該治療薬を接触させない細胞等と比較して、同等若しくは長い寿命又は同等若しくは高い生存率を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。
一方、中枢神経系細胞がグリア細胞であるときは、グリア細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させた場合に、増殖能の測定結果が、当該治療薬を接触させない細胞等と比較して、同等又は高い増殖率(増殖速度)を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。また、グリア細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させた場合に、生存能の測定結果が、当該治療薬を接触させない細胞等と比較して、同等若しくは長い寿命又は同等若しくは高い生存率を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。
【0065】
(3) 本発明の形質転換細胞を用いる方法
本発明は、前記2.の項に記載した形質転換細胞を用いた神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法を提供することができる。前記4.(1)の方法がin vivo法であるのに対し、本発明の形質転換細胞を用いる本方法は、in vitro法と言うことができる。
上記検定方法は、詳しくは、本発明の形質転換細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定するというものである。
ここで、本発明の形質転換細胞の細胞活性としては、限定はされず、該形質転換細胞の機能及び特性等に関わる種々の活性を挙げることができる。種々の活性の測定方法は、公知の方法が採用できる。上記検定方法においては、測定対象とする細胞活性が、例えば、神経突起伸張能、増殖能及び生存能であることが、特に好ましい。
例えば、本発明の形質転換細胞が、脳神経細胞等の各種神経細胞や神経芽細胞であるときは、これら細胞に候補物質を接触させた場合に、神経突起伸張能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、同等又は高い伸長率(伸長速度)を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。
【0066】
また、本発明の形質転換細胞としての各種動物細胞及び酵母に候補物質を接触させた場合に、増殖能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、同等又は高い増殖率(増殖速度)を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。同様に、本発明の形質転換細胞としての各種動物細胞及び酵母に候補物質を接触させた場合に、生存能の測定結果が、候補物質を接触させない細胞と比較して、同等若しくは長い寿命又は同等若しくは高い生存率を有すると評価できれば、当該治療薬が副作用を有しないと判断することができる。

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0067】
1.変異型β-syn (V70M, P123H)発現ベクターの作製
以下の通り、変異型β-syn(V70M, P123H)のcDNAを含む発現ベクターを、それぞれPCRを用いた方法により作製した。
【0068】
(1) β-syn V70M遺伝子を含むcDNA断片の調製
β-synのN-末端およびNotI制限酵素認識部位の塩基配列を含むフォワードプライマー(Fプライマー):
NotI-N-b-syn: 5'-ACATCGCGGCCGCATGGACGTGTTCATGAAGGGCCTG-3'(配列番号5)
と、β-synのアミノ酸配列の第70番目のバリン(V)をメチオニン(M)に置換するように設計された塩基配列を含むリバースプライマー(Rプライマー):
5'-CCAGAGAACACAGCTCCTCC-3'(配列番号6)
とのプライマーセット、並びに、β-synの第70番目のバリンをメチオニンに置換するように設計された塩基配列を含むFプライマー:
5'-GGAGGAGCTATGTTCTCTGG-3'(配列番号7)
と、β-synのC-末端およびBamHI制限酵素認識部位の塩基配列を含むRプライマー:
BamHI-C-b-syn: 5'-ACATCGGATCCCTACGCCTCTGGCTCATACTCCT-3'(配列番号8)
とのプライマーセットを用意し、各プライマーセットごとに、それぞれpCEP-β-syn(野生型) (Takenouchi et al., Mol. Cell. Neurosci., vol. 17(1), p. 141-150, 2001)を鋳型(テンプレート)にして、以下の反応液組成および反応条件で、PCRを行った。
【0069】
<反応液組成>
テンプレート(pCEP-β-syn;10ng/μl): 1μl
10×buffer: 5μl
2.5mM dNTP: 4μl
Pfuポリメラーゼ: 0.5μl
Fプライマー (10μM): 2.5μl
Rプライマー (10μM): 2.5μl
滅菌水: 34.5μl
合計: 50μl
【0070】
<反応条件>
94℃で5分間加熱後、「熱変性・解離:95℃(30sec)→アニーリング:55℃(30sec)→合成・伸長:72℃(30sec)」を1サイクルとして計35サイクル行い、72℃で10分間保温後に4℃で冷却した。
【0071】
各プライマーセットを用いたPCRにより得られた2種のDNA断片(PCR産物)を、それぞれ1%アガロースゲルで切り出して純化した後、適当な条件下で互いにアニールさせた。次いで、アニールして得られたDNA断片をテンプレートとし、β-synのN-末端を含むFプライマー(配列番号5)と、β-synのC-末端を含むRプライマー(配列番号8)とのプライマーセットを用いて、以下の反応液組成および反応条件で再度PCRを行った。その結果、PCR産物として、β-syn V70M遺伝子の全長を含むcDNA断片を得た。
【0072】
<反応液組成>
テンプレート(10ng/μl): 1μl
10×buffer: 5μl
2.5mM dNTP: 4μl
Pfuポリメラーゼ: 0.5μl
Fプライマー (10μM): 2.5μl
Rプライマー (10μM): 2.5μl
滅菌水: 34.5μl
合計: 50μl
【0073】
<反応条件>
94℃で5分間加熱後、「熱変性・解離:95℃(30sec)→アニーリング:55℃(30sec)→合成・伸長:72℃(30sec)」を1サイクルとして計35サイクル行い、72℃で10分間保温後に4℃で冷却した。
【0074】
(2) β-syn P123H遺伝子を含むcDNA断片の調製
前述したNotI-N-b-synプライマー(Fプライマー;配列番号5)と、β-synの第123番目のプロリン(P)をヒスチジン(H)に置換するように設計された塩基配列並びにβ-synのC-末端およびBamHI制限酵素認識部位の塩基配列を含むRプライマー:
5'-ACATCGGATCCTACGCCTCTGGCTCATACTCCTGATATTCCTCCTGGTGTGGGT-3'(配列番号9)
とのプライマーセットを用い、pCEP-β-syn (野生型)をテンプレートにして、以下の反応液組成および反応条件で、PCRを行った。その結果、PCR産物として、β-syn P123H全長を含むcDNA断片を得た。
【0075】
<反応液組成>
テンプレート(pCEP-β-syn;10ng/μl): 1μl
10×buffer: 5μl
2.5mM dNTP: 4μl
Pfuポリメラーゼ: 0.5μl
Fプライマー (10μM): 2.5μl
Rプライマー (10μM): 2.5μl
滅菌水: 34.5μl
合計: 50μl
【0076】
<反応条件>
94℃で5分間加熱後、「熱変性・解離:95℃(30sec)→アニーリング:55℃(30sec)→合成・伸長:72℃(30sec)」を1サイクルとして計35サイクル行い、72℃で10分間保温後に4℃で冷却した。
【0077】
(3) β-syn V70M発現ベクター及びβ-syn P123H発現ベクターの構築
上記(1)及び(2)で得られた2種のcDNA断片を、NotI, BamHIで消化した後、T4リガーゼ(TAKARA)によりpCEPのNotI, BamHI部位にそれぞれ挿入した。その結果、変異型β-syn (V70M, P123H)の全長を含む2種の発現ベクター用プラスミドを得た。その後、これらプラスミドのシークエンスを確認した。次いで、リポフェクタミン2000(インビトロジェン社)により、これらプラスミドをそれぞれ293細胞に一過性に形質導入し、ウエスタンブロット法によりタンパク質レベルでの発現を確認した。このようにして、CMVプロモーターに誘導される2種の発現ベクター、すなわち「pCEP-β-syn V70M」及び「pCEP-β-syn P123H」を構築した。
【0078】
2.変異型β-syn (V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞の樹立
上記2種の発現ベクター(pCEP-β-syn V70M 及び pCEP-β-syn P123H)を、ラットB103神経芽細胞にリポフェクタミン2000を用いて形質導入した後、ハイグロマイシン(100ug/ml、カルビオケム)の存在下でセレクションし、数週間後に形成されたコロニーより、それぞれ十数個のクローンを得た。これらの細胞株の細胞抽出液を用いてウエスタンブロットを行い、変異型β-synであるβ-syn P123Hおよびβ-syn V70Mのタンパク質レベルにおける発現量を評価した。図2-Aに示すように、野生型β-syn 過剰発現B103神経芽細胞(βwt-1〜3)と同程度の高発現量を有する3クローンをそれぞれ選出し(βP123H-1〜3,βV70M-1〜3)、これらクローンに対して以下の実験を行った。
【0079】
3.変異型β-syn (V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞の解析
(1) 免疫組織化学的解析(図2-B)
被験対象となる細胞を、ポリリシンでコーティングしたカバースリップ上に増殖させ、70%コンフルエンス程度の状態において4%パラホルムアルデヒドで固定し、さらに0.1%トリトンX-100で処理することにより細胞膜の透過性を亢進させ、細胞標本を調製した。
被験対象となる細胞としては、野生型α-syn 過剰発現B103神経芽細胞(α-syn)、野生型β-syn 過剰発現B103神経芽細胞(β-syn)、変異型β-syn V70M過剰発現B103神経芽細胞(V70M)、変異型β-syn P123H過剰発現B103神経芽細胞(P123H)、及び
変異型β-syn P123H過剰発現B103神経芽細胞に対して野生型α-syn発現ベクター(pCEP-α-syn)を形質導入した細胞(P123H/tα-syn)を作製して用いた。これら被験細胞は、所定の宿主B103神経芽細胞に対し、リポフェクタミン2000を用いて所定の発現ベクター(所望の遺伝子を挿入した組換えpCEPベクター)を形質導入した後、ハイグロマイシン(100ug/ml、カルビオケム)の存在下で48〜72時間培養することにより得た。なお、前記「P123H/tα-syn」の表記は、変異型β-syn P123Hを安定過剰発現する細胞において、野生型α-synを一過性過剰発現するように形質転換した細胞を意味し、以下、本明細書及び図面で示される他の同形式の表記(例えば「V70M/tα-syn」「α-syn/tP123H」「β-syn/tα-syn」)も同様の意味である。
調製した各細胞標本に対し、3%ヤギ血清/5%BSAでブロッキング後、1次抗体を添加して一晩反応させた。洗浄後、蛍光標識した2次抗体を添加して1時間反応させた。なお、二重染色を行う場合は2種類の1次抗体を同時に添加し、それぞれの1次抗体に対応する2種類の2次抗体を同時に添加した以外は、同様に反応を行った。さらに、DAPI(4',6-ジアミノ-2-フェニルインドール)にて核染色した。その後、各細胞標本を水系封入剤で封入し、レビー小体様封入体等に重点をおいて共焦点レーザースキャン顕微鏡(Laser Scanning Confocal Microscopy, LSCM)(FV1000、オリンパス社)を用いて観察し、撮影した。その結果を図2-Bに示した。
なお、抗体は、1次抗体として、抗β-synP123H抗体(ラビットポリクローナル抗体、自家製)、抗β-syn抗体及び抗α-syn抗体(いずれも、マウスモノクローナル抗体、BD社)、抗ユビキチン抗体(マウスモノクローナル抗体、ケミコン社)、抗カテプシンB抗体(ラビットポリクローナル抗体、カルビオケム社)および抗LampII抗体(ラビットポリクローナル抗体、サンタクルーズ社)を使用し、2次抗体として、Alexa-fluor-488標識抗マウス抗体及びAlexa-fluor-555標識抗ラビット抗体(いずれもインビトロジェン社)を使用した。
【0080】
(2) HE染色による封入体の解析(図2-C, 2-D)
各細胞標本にヘマトキシリン/エオジンを加えて染色(HE染色)を行った後、脱水、透徹、封入した。その後、明視野の光学顕微鏡により、レビー小体様封入体の形成等の所見に焦点を当てて、各細胞標本の染色像を観察した。その結果を図2-Cに示した。また、各細胞標本における封入体形成細胞の割合を比較し、その結果を図2-Dに示した。
これらの結果から、変異型β-syn (V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞においてα-synを一過性発現させた場合は、α-synを一過性発現させていない場合などに比べて、封入体形成細胞の割合が顕著に増加することが認められた(図2-C, 2-D)。また、α-syn過剰発現B103神経芽細胞において変異型β-syn (V70M, P123H)を一過性発現させた場合も、同様に、封入体形成細胞の割合が顕著に増加することが認められた(図2-C, 2-D)。
【0081】
(3) 電子顕微鏡による観察(図3-A, 3-B)
(3-1) 通常の電子顕微鏡による観察(図3-A)
各被験細胞を0.25%トリプシン/1mM EDTAを使って収集し、2.5%グルタールアルデヒド液で固定した。遠心して収集した細胞を、0.1Mカコジル酸ナトリウム緩衝液で洗浄し、さらにオスミウム 鉄シアン化カリウムで後固定し、ミクロトーム(Quetol812、日新イーエム社)により超薄切片を切り出した。これを酢酸ウラン及び硝酸鉛で染色し、電子顕微鏡(H-7500、日立製作所)により観察した。
その結果、変異型β-syn P123H過剰発現細胞おいてのみ特異的にマクロリソソーム、巨大化したオートファゴソーム、及び電子密度の高いミエリノーマなど、種々の巨大化したリソソーム様構造物の形成が確認された(図3-A中 a)。これらの構造物は、変異型β-syn P123H過剰発現細胞においてα-synを一過性に過剰発現させることにより顕著に増加した(図3-A中 d,e,f)。
【0082】
(3-2) 免疫電顕による観察(図3-B)
被験細胞は、変異型β-syn P123H過剰発現細胞においてα-synを一過性に過剰発現させた細胞とした。この被験細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定した後、リン酸緩衝液で洗浄して、ミクロトーム(LR-White resin、日新イーエム社)で超薄切片を調製した。この超薄切片を、10%過酸化水素含有メタノールで処理した後、1%BSAでブロッキングして、1次モノクローナル抗体と一晩反応させ、洗浄後、10nm金コロイドの付着したヤギ抗マウス抗体で1時間反応させた。なお、二重染色を行う場合は、1次抗体としてモノクローナル抗体及びラビットポリクローナル抗体を同時に添加し、10nm金コロイドの付着したヤギ抗マウス抗体及び5nm金コロイドの付着したゴート抗ラビット抗体の2種類の2次抗体を同時に添加した以外は、同様に反応を行った。
このようにして調製した超薄切片を、酢酸ウラン及び硝酸鉛で染色した後、電子顕微鏡(H-7500、日立製作所社)により観察した。
その結果、変異型β-syn及びα-synのそれぞれの免疫金コロイド粒子が、変異型β-synP123H過剰発現細胞の細胞質封入体内に共在していることが観察された(図3-B)。
【0083】
(4) 細胞死の解析(図4-A〜4-D)
各被験細胞について、3-MA(3-methyladenine)によるオートファジー阻害、及びアンモニウムクロライド(NH4Cl)によるリソソーム機能不全誘導による、細胞死の判定をTUNEL染色(ロシュ社)により行い、その結果を定量化して評価した。
各被験細胞を70%コンフルエンス程度の状態にし、4%パラホルムアルデヒドで固定した後、リン酸緩衝液で洗浄して、TUNEL反応液により一晩染色した。その後、LSCM(FV1000、オリンパス社)での観察により、赤く染色した細胞像が死細胞として確認された。また、定量化は、DAPIにより細胞数をカウントし、全体の細胞数に対する死細胞数の割合で算出した。
その結果、変異型β-syn P123H過剰発現B103神経芽細胞にα-synを一過性で過剰発現させ、3-MA(3-methyladenine)やNH4Cl等のオートファジー・リソソーム阻害剤を加えた場合は、封入体形成が低減されることが認められた(図4-A)。また、変異型β-syn及びα-synが顕著に蓄積することがウエスタンブロット法により確認され(図4-B)、細胞死が亢進することがTUNEL法により確認された(図4-C, 4-D)。以上より、変異型β-synとα-synとの共発現による封入体形成の促進は、細胞の防御的な反応であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】各シヌクレインタンパク質のミスセンス変異を示す図である。シヌクレインファミリーはα-、β-、及びγ-synの3種のタンパク質より構成され、いずれのタンパク質においても、家族性PD/DLBに連鎖するようなミスセンス変異が報告されている(α-syn: A30K, E46K, A53T、β-syn: V70M, P123H、γ-syn: V84Z)。
【図2−A】変異型β-syn (V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞の樹立に関する図である(図2−Bにおいても同様)。 (A)は、B103神経芽細胞に変異型β-syn(V70M, P123)を恒常的に過剰発現(安定過剰発現)させて、それぞれの細胞株をウエスタンブロット法で解析し、発現を確認した図である。
【図2−B】(B)は、免疫組織化学的解析の結果を示す図である。この結果から、変異型β-syn(V70M, P123) 過剰発現細胞の細胞質に大きな封入体を形成することが観察された。また、これらの封入体は、ユビキチン(Ub)や、さらにカテプシンB(CatB;リソソーム酵素)やLampII(リソソーム膜タンパク質)などのリソソームマーカーに対して陽性であった。
【図2−C】封入体形成における変異型β-synとα-synによる相乗作用に関する図である(図2−Dにおいても同様)。 (C)は、HE染色により、変異型β-synP123過剰発現細胞において赤色の封入体を確認した結果を示す図である。これらの封入体は、変異型β-synP123過剰発現細胞にα-synを一過性に発現させることにより増加した。
【図2−D】(D)は、変異型β-syn(V70M, P123) 過剰発現細胞及びその他の細胞におけるα-synの一過性発現の有無等により、封入体形成細胞の割合を比較した図である。
【0085】
【図3−A】変異型β-syn (V70M, P123H)過剰発現B103神経芽細胞の微細構造解析に関する図である(図3−Bにおいても同様)。 (A)は、電子顕微鏡で変異型β-syn P123H (図中a)、野生型β-syn (図中b)、及び野生型α-syn (図中c)の過剰発現細胞を観察した結果を示す図である。その結果、変異型β-syn P123H過剰発現細胞おいてのみ特異的にマクロリソソーム、巨大化したオートファゴソーム、及び電子密度の高いミエリノーマなど、種々の巨大化したリソソーム様構造物の形成が確認された。これらの構造物は、変異型β-synP123H過剰発現細胞においてα-synを一過性に過剰発現させることにより顕著に増加した(図中 d,e,f)。
【図3−B】(B)は、免疫電顕により、変異型β-syn P123H及びα-synの局在を調べた結果を示す図である。この結果から、変異型β-syn P123H及びα-synの各分子は変異型β-synP123H過剰発現細胞の細胞質封入体において共局在していることが観察された。
【0086】
【図4−A】タンパク質凝集による神経毒性に対する防御機構としての封入体形成に関する図である。詳しくは、変異型β-syn P123H過剰発現細胞(及び、対照としての野生型β-syn過剰発現細胞)にα-synを一過性に過剰発現させて封入体形成を誘導する過程において、これらの細胞にオートファジー・リソソーム阻害剤(3-MA又はNH4Cl)を加えたときの、封入対形成に対する影響に関する図である(図4−B〜図4−Dにおいても同様。)。 (A)は、HE染色を行い、封入体形成細胞の割合を比較した結果を示す図である。変異型β-syn P123H過剰発現細胞においては、3-MAやNH4Clを加えた場合は、加えなかった場合(-)に対して、封入体形成細胞の割合が減少した。
【図4−B】(B)は、ウエスタンブロット法による分析結果を示す図である。変異型β-syn P123H過剰発現細胞では、界面活性剤可溶性分画(solible)においても不溶性分画(insolible)と同様にβ-syn P123Hのオリゴマー形成が認められ、また、界面活性剤不溶性分画においても可溶性分画と同様にβ-syn P123Hの蓄積や凝集が認められた。同様に、これらの両分画においてα-synの蓄積も観察された。
【0087】
【図4−C】細胞死の誘導に関する結果を示すである。詳しくは、変異型β-syn P123H過剰発現細胞にα-synを一過性に過剰発現させた系においてのみ、特異的に細胞死が誘導されたことを示す図である(図4Dにおいても同様。) (C)は、TUNEL染色による、細胞死に至った細胞の検出像を示す図である。赤色はDNAのニックの存在(すなわち死細胞)を示す。青色はDAPIにより核染色された細胞(すなわち生細胞)を示す。
【図4−D】(D)は、TUNEL染色により検出される死細胞の割合を比較した図である。
【配列表フリーテキスト】
【0088】
配列番号5:合成DNA
配列番号6:合成DNA
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
配列番号9:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
宿主細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン遺伝子、及びαシヌクレイン遺伝子が導入された形質転換細胞。
【請求項2】
変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に過剰発現する、請求項1記載の細胞。
【請求項3】
変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に安定発現する、請求項2記載の細胞。
【請求項4】
変異型βシヌクレイン及びαシヌクレインのいずれか一方を安定発現し、他方を一過性発現する、請求項2記載の細胞。
【請求項5】
変異型βシヌクレインを安定発現し、αシヌクレインを一過性発現する、請求項4記載の細胞。
【請求項6】
αシヌクレインが野生型αシヌクレインである、請求項1記載の細胞。
【請求項7】
変異型βシヌクレインが、自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するものである、請求項1記載の細胞。
【請求項8】
変異型βシヌクレインが以下の(a)又は(b)のタンパク質である、請求項1記載の細胞。
(a) 野生型βシヌクレインのアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸のうち少なくとも1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 当該置換されたアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するタンパク質
【請求項9】
第70番目のアミノ酸がメチオニンに置換されたもの、及び/又は、第123番目のアミノ酸がヒスチジンに置換されたものである、請求項8記載の細胞。
【請求項10】
動物細胞又は酵母の形質転換細胞である、請求項1記載の細胞。
【請求項11】
動物細胞が、中枢神経系細胞、末梢神経系細胞又は神経芽細胞である、請求項10記載の細胞。
【請求項12】
中枢神経系細胞において機能するプロモーター、変異型βシヌクレイン遺伝子、及びαシヌクレイン遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項13】
中枢神経系細胞において変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に過剰発現する、請求項12記載の非ヒト動物。
【請求項14】
変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に安定発現する、請求項13記載の非ヒト動物。
【請求項15】
中枢神経系細胞において機能するプロモーター及び変異型βシヌクレイン遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物と、中枢神経系細胞において機能するプロモーター及びαシヌクレインが導入されたトランスジェニック非ヒト動物とを交配させて得られる、請求項14記載の非ヒト動物。
【請求項16】
αシヌクレインが野生型αシヌクレインである、請求項12記載の非ヒト動物。
【請求項17】
変異型βシヌクレイン遺伝子及びαシヌクレインが、脳神経細胞及び/又は中枢神経系グリア細胞において発現するものである、請求項12記載の非ヒト動物。
【請求項18】
変異型βシヌクレインが、自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するものである、請求項12記載の非ヒト動物。
【請求項19】
変異型βシヌクレインが以下の(a)又は(b)のタンパク質である、請求項12記載の非ヒト動物。
(a) 野生型βシヌクレインのアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸のうち少なくとも1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 当該置換されたアミノ酸配列において第70番目及び第123番目のアミノ酸を除く1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ自己凝集促進活性及び/又はαシヌクレイン凝集促進活性を有するタンパク質
【請求項20】
第70番目のアミノ酸がメチオニンに置換されたもの、及び/又は、第123番目のアミノ酸がヒスチジンに置換されたものである、請求項19記載の非ヒト動物。
【請求項21】
非ヒト動物が齧歯類動物である、請求項12記載の非ヒト動物。
【請求項22】
齧歯類動物がマウス又はラットである、請求項21記載の非ヒト動物。
【請求項23】
中枢神経系細胞において機能するプロモーター及び変異型βシヌクレイン遺伝子が導入されたトランスジェニック非ヒト動物と、中枢神経系細胞において機能するプロモーター及びαシヌクレインが導入されたトランスジェニック非ヒト動物とを交配させる工程を含む、中枢神経系細胞において変異型βシヌクレインとαシヌクレインとを共に過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物の作製方法。
【請求項24】
請求項12記載の非ヒト動物に候補物質を投与する工程、及び当該候補物質投与後の非ヒト動物の神経変性疾患に関する病態を評価する工程を含む、神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法。
【請求項25】
請求項1記載の細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法。
【請求項26】
細胞活性が、神経突起伸張能、生存能、増殖能、並びにレビー小体様封入体の形成率、細胞内形成数及び大きさからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項25記載の方法。
【請求項27】
請求項12記載の非ヒト動物由来の中枢神経系細胞に候補物質を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬をスクリーニングする方法。
【請求項28】
前記非ヒト動物が胎生期の非ヒト動物である、請求項27記載の方法。
【請求項29】
中枢神経系細胞が初代培養細胞である、請求項27記載の方法。
【請求項30】
中枢神経系細胞が脳神経細胞であり、細胞活性が神経突起伸張能、生存能、並びにレビー小体様封入体の形成率、細胞内形成数及び大きさからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項27記載の方法。
【請求項31】
中枢神経系細胞がグリア細胞であり、細胞活性が増殖能、生存能、並びにレビー小体様封入体の形成率、細胞内形成数及び大きさからなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項27記載の方法。
【請求項32】
請求項12記載の非ヒト動物に神経変性疾患の治療薬を投与する工程、及び当該薬物投与後の非ヒト動物における副作用の有無を検出する工程を含む、神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法。
【請求項33】
請求項1記載の細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法。
【請求項34】
細胞活性が、神経突起伸張能、増殖能及び生存能からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項33記載の方法。
【請求項35】
請求項12記載の非ヒト動物由来の中枢神経系細胞に神経変性疾患の治療薬を接触させて当該細胞の細胞活性を測定し、得られる測定結果を指標として神経変性疾患の治療薬の副作用を検定する方法。
【請求項36】
前記非ヒト動物が胎生期の非ヒト動物である、請求項35記載の方法。
【請求項37】
中枢神経系細胞が初代培養細胞である、請求項35記載の方法。
【請求項38】
中枢神経系細胞が脳神経細胞であり、細胞活性が神経突起伸張能及び/又は生存能である、請求項35記載の方法。
【請求項39】
中枢神経系細胞がグリア細胞であり、細胞活性が増殖能及び/又は生存能である、請求項35記載の方法。

【図1】
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【図2−A】
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【図2−B】
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【図2−C】
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【図2−D】
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【図3−A】
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【図3−B】
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【図4−A】
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【図4−B】
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【図4−C】
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【図4−D】
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【公開番号】特開2008−220174(P2008−220174A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−58272(P2007−58272)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【Fターム(参考)】