説明

多官能(メタ)アクリレートの製造方法

【課題】エステル交換反応により多官能(メタ)アクリレートの製造する場合において、回収触媒を何度リサイクルして使用しても着色やゲル化を引き起こすことがない多官能(メタ)アクリレートの製造方法の提供。
【解決手段】スズ触媒、多価アルコール及び(メタ)アクリル酸アルキルを還流下でエステル交換反応し、反応液を炭化水素溶媒で抽出して得た回収触媒液を強酸処理し、得られた再生触媒を別のエステル交換反応に使用する多官能(メタ)アクリレートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光硬化性組成物や熱硬化性組成物の主原料として有用な2個以上の(メタ)アクリロイル基を有する化合物〔本明細書では、「多官能(メタ)アクリレート」という。〕の製造方法に関し、マイケル付加副生物が少ないエステル交換反応を利用し、かつ反応触媒を回収・再利用することによって製造コストを下げることができ、精製に伴う排水の発生も少ない特長を持つ。本発明によって製造される多官能アクリレートはレジスト材料、光導波路やレンズシート等の光学材料、塗料・コーティング材料、粘接着剤の原料として使用することができる。
【背景技術】
【0002】
多官能(メタ)アクリレートの製造方法としては、酸触媒を用いて多価アルコールと(メタ)アクリル酸を脱水エステル化反応する方法が一般的であるが、マイケル付加副生物の混入や多量の排水の生成が問題となっている。この問題を解決するために、(メタ)アクリル酸の代わりに低級(メタ)アクリレートを使用するエステル交換反応では、マイケル付加副生物の量は顕著に低下することが知られている。
【0003】
しかし、一般にエステル交換反応用の触媒として使用される塩基性触媒、スズ系触媒、チタン系触媒及びジルコニウム系触媒等を用いた場合、1個の(メタ)アクリロイル基を有する化合物〔本明細書では、「単官能(メタ)アクリレート」という。〕の合成には十分な触媒活性が得られるものの、(メタ)アクリロイル基数が増加すると反応速度が著しく低下するため実用的でない。
【0004】
スズ系触媒の一種であるスタノキサン系触媒を用いると多官能アクリレートでも実用的な反応速度が得られることが報告されている。
例えば、アルキル基としてメチル基を有するトリスタノキサンを触媒に用いてエステル交換し、反応液を温水で抽出して触媒を回収する例がある(特許文献1〜3)。
又、ヒドロキシアルキル(メタ)アクリレートの合成において、アルキル基にブチル基を有するジスタノキサンを触媒とし、反応液を有機溶剤で抽出して触媒を回収する報告がある(特許文献4〜7)。
【0005】
一方、ジアルキルスズオキサイド等のスズ触媒を(メタ)アクリル酸や(メタ)アクリル酸エステルで処理し、これをエステル交換触媒として利用すると、触媒活性が向上して触媒の繰り返し使用も可能になるという報告がある(特許文献8及び9)。更には、ジアルキルスズオキサイドを触媒に用い、反応中の水分を適正範囲に制御することによって、反応活性が高く触媒の回収利用も可能なるという報告がある(特許文献10)。この報告では回収触媒の分析を実施しており、回収触媒はジメタクリロイルオキシ−テトラブチル−ジスタノキサンであることが分かっている。回収触媒にアルコールを加えて熱処理した後、エステル交換反応の触媒に用いることによって触媒活性が向上するという報告もある(特許文献11)。
【0006】
【特許文献1】特開2003−190819号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2003−171345号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2004−190019号公報(段落番号[0054])
【特許文献4】特開平11−43466号公報(特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2000−128831号公報(特許請求の範囲)
【特許文献6】特開2000−159726号公報(特許請求の範囲)
【特許文献7】特開2000−159727号公報(特許請求の範囲)
【特許文献8】特開平7−188108号公報(特許請求の範囲)
【特許文献9】特開2001−187763号公報(特許請求の範囲)
【特許文献10】特開2004−217575号公報(特許請求の範囲)
【特許文献11】特開2006−28066号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上の従来技術から、スタノキサン系触媒を用いて(メタ)アクリレートとアルコールを反応するとエステル交換反応が進むこと、ジアルキルスズオキサイドは反応系中の水分でジスタノキサンに変換し触媒活性が向上すると推定した。
しかしながら、反応後にスズ触媒を再使用した場合、反応中に着色やゲル化を起こやすくなってしまい、単純に回収触媒の再利用を繰返す方法では、多官能アクリレートを安定して製造することは困難であった。
本発明が解決しようとする課題は、エステル交換反応により多官能(メタ)アクリレートの製造する場合において、回収触媒を何度リサイクルして使用しても着色やゲル化を引き起こすことがない多官能(メタ)アクリレートの製造方法を見出すことにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明らは鋭意検討を重ねた結果、1)触媒としてジアルキルスズオキサイドを用いると反応中にジアクリロイルオキシ−テトラアルキル−ジスタノキサンに変換し、反応中に着色やゲル化を起こしやすい、2)触媒としてジスタノキサンを用いると、電子吸引性置換基がヒドロキシ基やアルコキシ基の時はそのほぼ100%が(メタ)アクリロイルオキシ基に変化し、クロロ基の場合はその一部が(メタ)アクリロイルオキシ基に変化する。3)2)の触媒のリサイクルを繰返すとジスタノキサン中のアクリロイルオキシ基濃度がしだいに増加し、着色やゲル化を起こし易くなることを見出した。
この知見に基づき、触媒の回収方法や処理条件につき鋭意検討した結果、回収触媒液を塩酸等の強酸で処理することにより、着色・ゲル化の原因と目されるスズ触媒中の(メタ)アクリロイルオキシ基をハロゲン基に戻すことができることを見出し、本発明を完成した。
以下、本発明を詳細に説明する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、触媒の有効利用が可能となり、触媒を複数回使用しても、反応中に着色やゲル化を起こやすことなく多官能(メタ)アクリレートを製造することが可能となり、低コストで高純度の多官能アクリレートが製造できる。又、脱水エステル化法で問題となっている排水の問題も解決でき、環境に優しい製造プロセスが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.スズ触媒
本発明で使用できるスズ触媒としては、単核の有機スズ化合物、多核のスズ化合物及び環状スズ化合物が挙げられ、好適には多核のスズ化合物と環状スズ化合物が使用される。
【0011】
単核の有機スズ化合物としては、ジアルキルスズジハライド、ジアルキルスズジカルボキシレート及びジアルキルスズジアルコラート等が挙げられる。
ジアルキルスズジハライドの具体例としては、ジブチルスズジクロライド及びジオクチルスズジクロライド等が挙げられる。ジアルキルスズジカルボキシレートの具体例としては、ジブチルスズジアセテート、ジブチルスズジラウレート、ジオクチルスズジアセテート及びジオクチルスズジラウレート等が挙げられる。
【0012】
多核のスズ化合物としてはジスタノキサンやトリスタノキサン等のスタノキサン系化合物が好ましく用いられ、式(4)の構造を持つジスタノキサンが特に好ましく用いられる。
Z−Sn(R)2−O−Sn(R)2−W (4)
ここでRは炭素数2〜12の線状、分岐状又は環状のアルキル基を表す。Rの好ましい例としては、ブチル基とオクチル基が挙げられる。
Z,Wは同一又は異なる電子吸引性基を表し、スズ原子と結合する原子上に孤立電子対を有するハロゲン原子、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アシルオキシ基及びチオシアン酸基が挙げられる。Z,Wの好ましい例としては、ハロゲン原子としては、塩素原子が挙げられ、ヒドロキシ基、アルコキシ基としては、メトキシ基及びエトキシ基が挙げられ、アシルオキシ基としては、アセトキシ基、アクリロイルオキシ基及びメタクリロイルオキシ基が挙げられる。
【0013】
環状スズ化合物としては式(5)の六員環構造を持つジアルキルスズオキサイドが好ましく用いられる。
【0014】
【化1】

【0015】
ここでRは炭素数2〜12の線状、分岐状又は環状のアルキル基であり、Rがブチル基であるジブチルスズオキサイドとRがオクチル基であるジオクチルスズオキサイドが好ましく用いられる。
【0016】
スズ触媒としては、これらの中でも、ジアルキルスズオキサイド及びジスタノキサン化合物が特に好ましい。
【0017】
2.多価アルコール
本発明で原料として使用される多価アルコールは、2価以上の脂肪族、脂環族又は芳香族アルコールである。
2価アルコールを例示すると、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ノナンジオール、ネオペンチルグリール、シクロヘキサンジオール、シクロヘキサンジメタノール、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールS及びそのアルキル置換体等が挙げられる。
3価アルコールを例示すると、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタン、グリセリン、トリヒドロキシエチルイソシアヌレート及びそのアルキル置換体等が挙げられる。
4価以上のアルコールとしては、ペンタエリスリトール、ジトリメチロールプロパン、ヘキシトール、ソルビトール、マンニトール、ジペンタエリスリトール、ジグリセリン及びそのアルキル置換体等が挙げられる。
【0018】
多価アルコールとしては、上記多価アルコールにアルキレンオキサイドを付加したポリオールであっても良い。この場合のアルキレンオキサイドとしては、エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、ブチンオキサイド等を使用できる。この中ではエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドが好ましく使用される。アルキレンオキサイドのアルコール基への付加モル数は、1〜10モルが好ましく1〜5モルが更に好ましい。
【0019】
3.(メタ)アクリル酸アルキル
本発明で原料として使用される(メタ)アクリル酸アルキルは、アクリル酸又はメタクリル酸のアルキルエステルであり、アルキル基の炭素数が8以下のものが好ましく、4以下のものが更に好ましく使用される。
好ましい(メタ)アクリル酸アルキルを例示すると、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸イソプロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸ペンチル、(メタ)アクリル酸イソペンチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル及び(メタ)アクリル酸2−エチル−ヘキシル等が挙げられる。
【0020】
4.エステル交換反応
本発明では、スズ触媒、多価アルコール及び(メタ)アクリル酸アルキルを還流下でエステル交換反応を行う。
【0021】
本発明では、ラジカル重合性の高い(メタ)アクリル酸アルキルを原料に使用することからも、エステル交換反応時の重合を抑制するために重合禁止剤を使用するのが好ましい。
重合禁止剤としてはベンゾキノン、ハイドロキノン、カテコール、ジフェニルベンゾキノン、ハイドロキノンモノメチルエーテル、ナフトキノン、t−ブチルカテコール、t−ブチルフェノール、ジメチル−t−ブチルフェノール、t−ブチルクレゾール、ジブチルヒドロキシトルエン及びフェノチアジン等が挙げられる。
重合禁止剤の添加量は、原料である(メタ)アクリル酸アルキルの使用量に対して質量で5〜10000ppmであり、50〜1000ppmが好ましい。50ppm未満では重合防止効果が不十分であり、1000ppmを越えると着色し易く、生成物の硬化性を損ねたりし易い。
【0022】
又、重合を抑制する他の効果的な方法として、酸素含有気体の雰囲気下で反応したり、酸素含有気体を反応液中に導入しながら反応する方法がある。典型的な酸素含有気体は空気であるが、工業的には引火爆発危険を考えて酸素濃度3〜15%に下げた気体が好適に使用される。酸素含有気体は酸素又は空気と不活性ガスを混合することによって調製できる。不活性ガスとしては窒素やアルゴンが常用される。
【0023】
本発明のエステル交換反応は、原料である(メタ)アクリル酸アルキル自体を過剰に使用することによって、反応溶媒を使用しないで行うことができる。しかし、生成アルコールを効率的に系外に除去するため、又は原料や生成物を均一溶解する等の目的で溶媒を使用してもよい。この場合、生成アルコールと共沸可能で、生成物である多官能(メタ)アクリレートを溶解する反応溶媒を使用するのが好ましい。反応溶媒の例としては、ベンゼン、トルエン及びキシレン等の芳香族炭化水素、シクロヘキサン等の脂環族の炭化水素、n−ヘキサン及びn−ヘプタン等の脂肪族炭化水素、並びにメチルエチルエトン及びメチルイソブチルケトン等のケトンが挙げられる。
【0024】
エステル交換反応は、還流状態で生成アルコールを系外に留去しながら行う。還流塔の高さを調節することによって、生成アルコールと原料(メタ)アクリル酸アルキルとの分離性をコントロールできる。反応温度は生成アルコールや原料(メタ)アクリル酸アルキル、反応溶媒等に依存するが、生成アルコールの沸点以上に調節するのが好ましい。反応温度は原料である(メタ)アクリル酸アルキルや反応溶媒の選定、圧力の制御(加圧又は減圧)によってある程度は調節できる。好ましい反応温度は60〜160℃であり、80〜150℃が更に好ましい。反応温度が60℃未満では反応速度が遅く、160℃を越えると着色やゲル化が起こりやすい。
【0025】
5.触媒回収
反応終了後の反応液は、炭化水素溶媒によってスズ触媒を抽出し、抽出液を減圧して脱溶剤すれば回収触媒液が得られる。通常この回収触媒液は、(メタ)アクリル酸アルキルや反応溶媒、抽出溶媒に触媒が溶解したものである。
この回収触媒液はそのまま別バッチの反応触媒として使用することができるが、単なる抽出のみで触媒回収するプロセスを繰返すと、触媒が徐々に劣化し、反応時に着色やゲル化を起こしやすくなる。本発明では、触媒の劣化度合いに応じた頻度で後に説明する強酸処理を施し、新品同様に触媒を再生することにある。又、未処理の回収触媒を保存しておいて、一定量蓄積した段階で本発明の強酸処理を行っても良い。
【0026】
抽出に使用する炭化水素溶媒としては、脂肪族、脂環族及び芳香族の炭化水素が使用でき、生成物である多官能アクリレートと触媒の溶解度差が大きいことから、脂肪族及び脂環族の炭化水素が好ましく、脂肪族炭化水素が更に好ましく使用される。
脂肪族炭化水素としては、ペンタン、2−メチルブタン、ヘキサン、2−メチルペンタン、3−メチルペンタン、2,2−ジメチルブタン、2,3−ジメチルブタン、ヘプタン、2−メチルヘキサン、2,3−ジメチルペンタン、2,4−ジメチルペンタン、オクタン、2,2,3−トリメチルペンタン、2,2,4−トリメチルペンタン、ノナン、2,2,5−トリメチルヘキサン、デカン及びドデカン等が挙げられる。
脂環族炭化水素としては、シクロペンタン、メチルシクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン及びエチルシクロヘキサン等が挙げられる。
これら炭化水素は、2種以上の混合物として使用することもできる。
これらの中でも、ヘキサン及びヘプタンが特に好ましく使用できる。
【0027】
抽出で使用する炭化水素溶媒の割合としては、使用する原料、触媒等に応じて適宜設定すれば良いが、反応液に対して0.2〜2倍が好ましい。抽出操作は、触媒の回収状況に応じて、複数回繰り返すこともできる。
【0028】
反応液中に原料(メタ)アクリル酸アルキルや反応溶媒を多量に含んだ状態で抽出操作を行うと、抽出液中に多官能(メタ)アクリレートが移動して収率が低下する。従って、エステル交換反応の終期に(メタ)アクリル酸アルキルや反応溶媒をできるだけ留出除去しておくか、反応終了後に減圧留去して濃縮するのが好ましい。
【0029】
スズ触媒としてジアルキルスズオキサイド又はジスタノキサン化合物を使用する場合は、アルキル基として、オクチル基等長鎖のアルキル基を用いれば、より疎水性の強いジスタノキサンが得られる。逆にメチル基等短鎖のアルキル基を用いれば、より親水性のジスタノキサンが得られる。この場合、使用するスズ触媒のアルキル基の種類に応じて、触媒回収に用いる炭化水素溶媒を選択すればよい。
【0030】
回収触媒液は、強酸で処理する。
これにより、ジアルキルスズオキシサイド又はジスタノキサン化合物を使用した場合の触媒の活性低下の原因であった(メタ)アクリロイルオキシ基を有するスズ触媒において、スズ触媒中の(メタ)アクリロイルオキシ基がハロゲン化物に変換され、スズ触媒を再使用した場合にも反応中に着色やゲル化を起こすことなく高収率で(メタ)アクリレートを製造することができる。
ジスタノキサン化合物のより具体的な例としては、下記式(1)又は式(2)で表されるアシルオキシ基含有ジスタノキサン化合物が、強酸と反応させることにより、下記式(3)で表されるジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサン(3)に変換される。
Y−Sn(R)2−O−Sn(R)2−Y (1)
X−Sn(R)2−O−Sn(R)2−Y (2)
X−Sn(R)2−O−Sn(R)2−X (3)
〔式(1)〜(3)において、Rは炭素数1〜12のアルキル基、Xはハロゲン基、Yはアシルオキシ基を表す。〕
Xのハロゲン基としては、クロロ基が好ましく、Yのアシル基としては、(メタ)アクリロイルオキシ基が好ましい。
【0031】
この際に使用する強酸としては、塩酸、臭酸及びヨード酸等のハロゲン化水素、硫酸、硝酸が挙げられ、この中ではハロゲン化水素が好ましい。なお、ここで言うハロゲン化水素とはその水溶液(塩酸、臭酸、ヨード酸等)をも意味する。特に好ましい強酸は塩酸である。
ハロゲン化水素は、通常水溶液で使用する。ハロゲン化水素水溶液の濃度としては、使用する触媒等に応じて適宜設定すれば良いが、1〜36重量%が好ましい。
【0032】
強酸処理の方法としては、通常は常温で回収触媒液に強酸を滴下するだけでよく、必要に応じて加熱しても良い。
回収触媒液に対する強酸の割合としては、使用する触媒及び強酸水溶液の濃度等に応じて適宜設定すれば良いが、回収触媒液に対して1〜20重量%が好ましい。
スズ触媒としてジアルキルスズオキサイド又はジスタノキサン化合物を使用する場合は、瞬時に反応して対応するジハロ―テトラアルキル―ジスタノキサンが生成する。
スズ触媒としてジアルキルスズオキサイド又はジスタノキサン化合物を使用する場合は、炭化水素溶媒の種類にもよるが、生成するジハロ―テトラアルキル―ジスタノキサンは結晶性が高いため、滴下と同時に沈殿生成し、ろ過することによって高純度のジハロ―テトラアルキル―ジスタノキサンが単離できる。
再結晶溶媒としては極性有機溶媒、特にアルコール類が適しており、具体的にはメタノール、エタノール、イソプロパノール等が好適に使用できる。強酸の添加前又は添加後に、回収触媒液をいずれかの再結晶溶媒で適当な濃度に希釈すればよい。結晶生成液を加熱して均一溶液にした後、放冷して再結晶させれば更に高純度のジハロ―テトラアルキル―ジスタノキサンが単離できる。生成物の純度を更に高めるために繰り返し再結晶精製を行うこともできる。
【0033】
6.ジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサンの製造方法
以上、回収触媒の再生方法としての強酸処理について記述したが、バージンの触媒合成方法として、同様の強酸を用いる反応を利用することができる。
すなわち、有機スズとして最も汎用性の高いジアルキルスズオキサイド又はジスタノキサンとハロゲン化水素の反応で、ジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサンが簡便かつ高収率に合成できる。
【0034】
ジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサンの合成方法としては、ジアルキルスズジハライドを塩基触媒存在下で加水分解する方法(非特許文献1)や、芳香族溶媒中で等モルのジアルキルスズオキサイドとジアルキルスズジハライドを反応する方法(非特許文献2)が一般に知られている。
しかし前者では副生する塩の除去が必要であり、後者では単離・精製工程が必要になるため、工業的製造には適用し難い。又、両者とも工業的入手が困難又は不安定なジアルキルスズジハライドを使用するという難点もある。
一方、ジアルキルスズオキサイドと塩酸を沸騰メタノール中で反応させた結果、ジアルキルスズジクロライドとジクロロ−テトラアルキル−ジスタノキサンの混合物を得たという報告がある(非特許文献3)。この際のジスタノキサンの収率は50%以下と低い上、副生するジアルキルスズジクロライドとの分離が必要である。
【0035】
【非特許文献1】ジャーナル オブ オーガノメタル ケミストリー(J.Organometal.Chem)、1巻、81-88頁、1963年
【非特許文献2】テトラヘドロン(Tetrahedron)、55巻、2899-2910頁、1999年
【非特許文献3】ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサイオティ(JACS)、82巻、3285-3287頁、1960年
【0036】
本発明によるジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサン合成の具体例として、ジブチルスズオキサイドと塩酸からジクロロ−テトラブチル−ジスタノキサンを合成する方法を説明する。
溶媒として炭素数2以上のアルコールを使用し、等モルのジブチルスズオキサイドと塩酸を数時間加熱還流し、放冷後生成した結晶をろ過すれば、90%以上の収率で高純度の目的物を得ることができる。
この際使用する塩酸に特に制約はなく、工業的に入手できる35%農塩酸を使用すればよい。
アルコールの量は、ジブチルスズオキサイドと塩酸の合計量100重量部に対し200〜2000重量部が好ましく、300〜1000重量部が更に好ましい。使用するアルコールの量が下限量より少ないと生成物の純度が低下し、上限量より多いと収量が低下する。アルコールとしては、エタノール、プロパノール、イソプロパノール及びブタノール等の炭素数2以上の一価の脂肪族アルコールが好適に使用でき、エタノール及びイソプロパノールが特に好ましく使用される。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を具体的に示すため下記実施例により詳細に説明するが、本発明が下記実施例に限定されるものではない。
【0038】
○参考例1(クロロ−ヒドロキシ−テトラブチル−ジスタノキサンの製造)
冷却管と攪拌機を設置した1L4つ口フラスコに、ジブチルスズオキサイドを62.2g(0.25mol)、ジブチルスズジクロライドを25.3g(0.083mol)、エタノールを(試薬一級)を624.5g及び蒸留水41.6gを仕込み、オイルバスに浸して加熱攪拌し、内液温度約80℃で6時間反応させた。
一晩放冷し析出した結晶をろ過・乾燥して、クロロ−ヒドロキシ−テトラブチル−ジスタノキサン(以下、CHBSという)の結晶82.5g(収率92.7%)を得た。119Sn−NMR(溶媒:重水素化クロロホルム、基準物質:テトラメチルスズ)のケミカルシフトは−115.2ppm及び175.0ppmであり、高純度の目的物であることを確認した。
【0039】
○実施例1(多官能アクリレートの製造)
蒸留装置、攪拌機、温度計及びガス導入管を備えた300mL4つ口フラスコに、参考例1で合成したCHBSを6.3g(11.8mmol)、ジペンタエリスリトールを35.60g(0.84eq.)、アクリル酸イソブチルを207.2g(1.62eq.)、ハイドロキノンを0.27g及びハイドロキノンモノメチルエーテルの0.27gを仕込んだ。
フラスコをオイルバスに浸漬して加熱攪拌し、留出液を反応系外に除去しながら8時間反応させジペンタリスリトールポリアクリレートを製造した。反応中は留出液量に等しい量のアクリル酸イソブチルを随時追加して反応液量を一定に保ったが、最後の2時間はアクリル酸イソブチルの補給を停止して反応液を濃縮させた。ジペンタエリスリトールはアクリル酸イソブチルに不溶であるため、反応液の外観は白濁状態だが、反応終期には透明化した。反応中に内液温度は128℃から135℃に上昇した。又、留出液中のイソブタノール量をガスクロマトグラフィーで測定して反応率を計算すると、反応終了時の反応率は86.7%であった。
【0040】
反応終了後の反応液量は148.3gであった。等量のヘキサンで3回抽出した。抽出操作は、室温で10分混合後10分静置して、相分離した上層(ヘキサン相)を分離する方法で行った。ヘキサン層を合わせてハイドロキノンを0.15g添加し、減圧下で低沸分を留去して濃縮した。得られた回収触媒液の量は20.5gであり、元素分析によるとスズ含量13.53%と定量された。この量から99.2%(モル換算、以下同様)の触媒が回収されたと分かった。
この回収触媒を119Sn−NMRで分析したところ多数のピークが出現し、別途合成したクロロ−アクリロイルオキシ−テトラブチル−ジスタノキサンのスペクトルと一致した。又、1H−NMR(溶媒:重水素化クロロホルム、基準物質:テトラメチルシラン)スペクトルにおけるアクリル基のピーク(5.6〜6.6ppm)の面積比から、ジスタノキサン一分子当たり1.0個のアクリル基が存在することが分かった。
【0041】
この回収触媒液にエタノール21.2gを添加し、更に溶液を混合しながら35%HClを1.22g(11.7mmol)滴下した。一晩放置して析出した結晶をろ過・乾燥し、再生触媒の結晶5.70gを得た。再生触媒を119Sn−NMR(溶媒:重水素化クロロホルム、基準物質:テトラメチルスズ)で分析したところ、ケミカルシフトは−92.2ppm及び140.3ppmであり、ジクロロ−テトラブチル−ジスタノキサン(以下、DCBSという)であることが分かった。エステル交換反応に用いた触媒量に対する再生触媒の回収率は87.5%と計算された。
一方、ヘキサン抽出の残渣はアセトン30gで希釈してろ過した後、減圧下で溶媒を除去し、多官能アクリレート生成物68.1gを得た。H−NMRのピーク強度からは、平均アクリル基数は5.2であり、反応率84.8%と計算された。又、液体クロマトグラフィーのスペクトルにはマイケル付加物(多官能アクリレートの二重結合にアクリル酸が付加したもの)のピークは観察されず、高純度の多官能アクリレートであることが確認できた。
【0042】
○実施例1−2(多官能アクリレートの製造)
触媒として実施例1で得た再生触媒(DCBS)を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、実施例1と全く同様の方法でエステル交換反応とその後の触媒回収・再生処理を行った。
反応時間9時間で、ガスクロマトグラフィーから計算した反応率は92.9%であった。119Sn−NMRのケミカルシフトからDCBSであることを確認し、回収・再生処理後の触媒の回収率は83.2%であった。
【0043】
○実施例1−3〜1−5(多官能アクリレートの製造)
実施例1−2と同様の方法で、回収・再生触媒のリサイクル試験を更に3回行った。反応時間と反応率、回収・再生触媒の回収率の値を表1に示す。119Sn−NMRのピークより触媒構造はいずれもDCBSであり、純度の低下は確認されなかった。
【0044】
【表1】

【0045】
○比較例1(多官能アクリレートの製造)
ヘキサン抽出で得た回収触媒の塩酸による再生処理を行わないこと以外は、実施例と全く同様の方法で多官能アクリレートを合成した。反応時間8時間で反応率は87.8%であった。又、回収触媒の回収率は98.5%であった。
回収触媒の1H−NMRスペクトルにおけるアクリル基のピークの面積比から、ジスタノキサン一分子当たり1.0個のアクリル基が存在することが分かった。
【0046】
○比較例1−2(多官能アクリレートの製造)
触媒として比較例1で得た回収触媒を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、比較例1と全く同様の方法でエステル交換反応とその後の触媒回収を行った。反応液と回収触媒液には着色が見られた。
反応時間9時間で、ガスクロマトグラフィーから計算した反応率は90.2%であった。又、回収触媒の回収率は99.0%であった。
回収触媒の1H−NMRスペクトルにおけるアクリル基のピークの面積比から、ジスタノキサン一分子当たり1.2個のアクリル基が存在することが分かった。
【0047】
○比較例1−3(多官能アクリレートの製造)
触媒として比較例1−2で得た回収触媒を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、比較例1−2と全く同様の方法でエステル交換反応を行った。しかし、反応時間1時間の時点で反応液が増粘・ゲル化した。反応液の着色は比較例1−2の場合と比較して更に顕著であった。
【0048】
【表2】

【0049】
○実施例2(DCBSの製造)
冷却管と攪拌機を設置した300mL4つ口フラスコにジブチルスズオキサイドを30.60g(0.12mol)、35%HClを13.10g(0.12mol)及びエタノールの162.2gを仕込み、オイルバスに浸して加熱攪拌し、内液温度約80℃で2時間反応させた。一晩放冷し析出した結晶をろ過・乾燥して、DCBSの結晶30.21g(収率90.7%)を得た。
119Sn−NMR (溶媒:重水素化クロロホルム、基準物質:テトラメチルスズ)のケミカルシフトは−92.2ppm及び140.3ppmであり、高純度の目的物であることを確認した。
【0050】
○実施例3(多官能アクリレートの製造)
蒸留装置、攪拌機、温度計、ガス導入管を設置した300mL4つ口フラスコに、実施例2で合成したDCBSを6.52g(11.8mmol)、ジペンタエリスリトール(広栄化学製)を35.60g(0.84eq.)、アクリル酸イソブチル(試薬一級)を207.2g(1.62eq.)、ハイドロキノン(試薬特級)を0.27g及びハイドロキノンモノメチルエーテル(試薬特級)を0.27gを仕込んだ。
フラスコをオイルバスに浸漬して加熱攪拌し、留出液を反応系外に除去しながら9時間反応させた。反応中は留出液量に等しい量のアクリル酸イソブチルを随時追加して反応液量を一定に保ったが、最後の1時間はアクリル酸イソブチルの補給を停止して反応液を濃縮させた。ジペンタエリスリトールはアクリル酸イソブチルに不溶であるため、反応液の外観は白濁状態だが、反応終期には透明化した。反応中に内液温度は128℃から137℃に上昇した。又、留出液中のイソブタノール量をガスクロマトグラフィーで測定して反応率を計算すると、反応終了時の反応率は92.9%であった。
【0051】
反応終了後の反応液量は144.8gであった。等量のヘキサンで3回抽出した。抽出操作は、室温で10分混合後10分静置して、相分離した上層(ヘキサン相)を分離する方法で行った。ヘキサン層を合わせてハイドロキノンを0.15g添加し、減圧下で低沸分を留去して濃縮し、15.6gの回収触媒液を得た。この回収触媒液にエタノール26.2gを添加し、更に溶液を混合しながら35%HClを1.22g(11.7mmol)滴下した。一晩放置後て析出した結晶をろ過・乾燥し、再生触媒の結晶5.34gを得た。119Sn−NMRスペクトルから、再生触媒はDCBSであることを確認した。エステル交換反応に用いた触媒量に対する再生触媒の回収率は81.9%であった。
【0052】
一方、ヘキサン抽出の残渣はアセトン30gで希釈してろ過した後、減圧下で溶媒を除去し、多官能アクリレート生成物71.8gを得た。H−NMRのピーク強度からは、平均アクリル基数は5.5であり、反応率92.0%と計算された。又、液体クロマトグラフィーのスペクトルにはマイケル付加物(多官能アクリレートの二重結合にアクリル酸が付加したもの)のピークは観察されず、高純度の多官能アクリレートであることが確認できた。
【0053】
○実施例3−2(多官能アクリレートの製造)
触媒として実施例3で得た再生触媒を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、実施例3と全く同様の方法でエステル交換反応とその後の触媒回収・再生処理を行った。反応時間9時間で、ガスクロマトグラフィーから計算した反応率は92.2%であった。回収・再生処理後の触媒の回収率は82.4%であった。
【0054】
○実施例3−3〜3−5(多官能アクリレートの製造)
実施例3−2と同様の方法で、回収・再生触媒のリサイクル試験を更に3回行った。反応時間と反応率、回収・再生触媒の回収率の値を表3に示す。119Sn−NMRのピークより触媒構造はいずれもDCBSであり、純度の低下は確認されなかった。
【0055】
【表3】

【0056】
○比較例3(多官能アクリレートの製造)
ヘキサン抽出で得た回収触媒の塩酸による再生処理を行わないこと以外は、実施例3と全く同様の方法で多官能アクリレートを合成した。反応時間9時間で反応率は91.0%であった。又、回収触媒の回収率は92.2%であった。
【0057】
○比較例3−2(多官能アクリレートの製造)
触媒として比較例3で得た回収触媒を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、比較例3と全く同様の方法でエステル交換反応とその後の触媒回収を行った。反応時間9時間で、ガスクロマトグラフィーから計算した反応率は92.4%であった。又、回収触媒の回収率は94.4%であった。
【0058】
○比較例3−3(多官能アクリレートの製造)
触媒として比較例3−2で得た回収触媒を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、比較例3−2と全く同様の方法でエステル交換反応とその後の触媒回収を行った。反応時間9時間で、ガスクロマトグラフィーから計算した反応率は93.0%であった。又、回収触媒の回収率は93.2%であった。
【0059】
○比較例3−4(多官能アクリレートの製造)
触媒として比較例3−3で得た回収触媒を用い、反応スケールを0.8倍に縮小したこと以外は、比較例3−3と全く同様の方法でエステル交換反応とその後の触媒回収を行った。しかし、反応終了直前の9時間の時点で反応液が増粘・ゲル化した。この時点でのガスクロマトグラフィーから計算した反応率は91.5%であった。又、反応液の着色は繰り返し数に比例して増加する傾向であった。
【0060】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、多官能(メタ)アクリレートの製造方法に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スズ触媒、多価アルコール及び(メタ)アクリル酸アルキルを還流下でエステル交換反応し、反応液を炭化水素溶媒で抽出して得た回収触媒液を強酸処理し、得られた再生触媒を別のエステル交換反応に使用する多官能(メタ)アクリレートの製造方法。
【請求項2】
スズ触媒がジアルキルスズオキサイド又はジスタノキサン化合物である請求項1記載の多官能(メタ)アクリレートの製造方法。
【請求項3】
強酸としてハロゲン化水素を用いる請求項1又は請求項2記載の多官能(メタ)アクリレートの製造方法。
【請求項4】
ジアルキルスズオキサイド又は、下記式(1)又は式(2)で表されるアシルオキシ基含有ジスタノキサン化合物とハロゲン化水素を反応させる下記式(3)で表されるジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサン(3)の製造方法。
Y−Sn(R)2−O−Sn(R)2−Y (1)
X−Sn(R)2−O−Sn(R)2−Y (2)
X−Sn(R)2−O−Sn(R)2−X (3)
〔式(1)〜(3)において、Rは炭素数1〜12のアルキル基、Xはハロゲン基、Yはアシルオキシ基を表す。〕
【請求項5】
式(1)〜(3)においてXのハロゲン基がクロロ基であり、ハロゲン化水素が塩酸であり、反応溶媒として炭素数2以上のアルコールを用いる請求項4記載のジハロ−テトラアルキル−ジスタノキサンの製造方法。

【公開番号】特開2008−231003(P2008−231003A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−71247(P2007−71247)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)
【Fターム(参考)】