説明

多段階抽出チップ

【課題】
マイクロチップ中の流路で多段階抽出を行なう。
【解決手段】
2枚の基板内の表面にそれぞれ断面積が異なる溝を形成し、両基板の溝形成面を張り合わせることで、断面積の異なる流路部分からなる断面凸型の流路をチップ内に形成する。流路14aはひとつながりで蛇行しており、流路14bは複数に分岐しており、流路14aと流路14bが接するところで抽出可能な流路を形成している。導入口から性質の異なる溶媒を2種類流すと、流路14aと14bが接するところで多段階に抽出できる。流路内面を親水性又は疎水性に化学処理することで二相流がより安定し、抽出効果が増大する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化学反応や分析を行なわせるために、微量溶液中の物質、例えば微生物、蛋白質、核酸、糖質、抗原、抗体又はこれらが結合した混合物をマイクロチャンネル(微細流路)中で抽出する、多段階抽出チップに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、分析化学の分野ではμTAS(Micro Total Systems)の研究が盛んになりつつあり、マイクロチップを用いて分析の高速化、省サンプル化及び省溶媒化を図ることが期待されている。マイクロチップの微小空間中での反応は、従来の化学操作を用いた反応よりも反応効率を向上できる可能性も示されている。
【0003】
化学プロセスや装置の使用をマイクロサイズで行なう場合、マクロサイズで行なう場合に比べて、化学反応が起きる単位体積あたりの界面積(比界面積という)が大きいことから、液体と液体の界面で起こる現象の効率は高くなる。また、流体力学によりマイクロチャンネルを流れる液体は流路が微細なためにレイノルズ数が小さくなり、流れと同じ方向に平行な2層が形成されやすい。
【0004】
例えば水とフェノールのような混じらない2液間で抽出を行う場合、流路が通常サイズのとき、液体は2層になったままでは反応場となる比界面積が小さく不利であるが、流路の空間サイズが小さいときは拡散距離が短くなると同時に反応の比界面積も大きいので、機械的な混合を行う必要がなく、分子の拡散のみにより混合抽出が可能となる。
【0005】
これまで、マイクロチャンネルにおいて二相流を安定化させるために、底面に溝状のガイドを設ける方法(非特許文献1参照。)や、底面に破線状ガイドラインを設ける方法(非特許文献2参照。)、オクタデシルトリクロロシランのトルエン溶液で化学修飾を行うことで疎水性に処理する方法(非特許文献3参照。)がとられてきている。しかし、より簡便な方法で二相流を安定に流すことができ、それによって溶媒抽出を行なう方法が望まれている。
【特許文献1】特開2000-298079
【非特許文献1】Anal. Chem., 74, 1565-1571 (2001)
【非特許文献2】第7回化学とマイクロナノシステム研究会 講演予稿集 P52 2P08
【非特許文献3】第7回化学とマイクロナノシステム研究会 講演予稿集 P59 2P15
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マイクロチャンネルにおいて抽出を行なう場合、一枚の基板に流路を形成し、これにカバーとなる基板を接合する方法が一般にとられてきたが、多段階抽出が可能な流路を形成する場合、基板上での流路の形成が複雑になり難しかった。そこで、より簡便に多段階の相間分子輸送による溶媒抽出ができる流路形成が望まれている。
一般にマイクロチャンネルでは、レイノルズ数が小さいため二相流が形成されやすいが、溶媒の粘性やチャンネル表面との表面張力などにより、溶媒の種類によっては、二相流が形成されにくい場合がある。たとえば、ジクロロメタン/水、クロロホルム/水、n−へキサン/水などがこの例にあたる。つまりこれらの溶媒を用いてマイクロチャンネル中で相間分子輸送を行って溶媒抽出を行うことは、界面が不安定化しプラグ流になってしまうことから難しい。
本発明は、簡単な流路形状によってマイクロチップで多段階抽出を行なうことを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一般にマイクロチップは、一方の接合面に流路等を形成した基板にカバーを張り合わせて作製する。そのため、流路形状に多段階抽出機能を組み込むと流路の配置が複雑になる。上下基板に流路を形成することが可能であるので、本発明は、上基板と下基板のそれぞれの接合面に異なる形状の流路を形成し、接合し密着させることで、一方の基板のみに流路を形成した場合のような複雑な流路配置を無くし、1枚のマイクロチップに多段階抽出用の流路を集積化する。
【0008】
本発明は、幅と深さが1mm以下である断面形状の溝を有する2枚の基板を接合して形成したチップにおいて、前記基板を接合した界面には、溝が形成された面同士を接合することによってそれぞれ内部流路が形成され、前記一方の基板の流路は一本の連続した形状であり、他方の基板の流路は複数本の並列流路を含み、前記他方の並列流路が一方の流路と異なる位置で合流し、各合流部分で相間分子輸送による抽出を行なうことを特徴とする多段階抽出チップである。
前記他方の流路は1本の流路が内部で複数本に分岐して、前記並列流路を形成しているものとすることができる。
【0009】
前記両流路の合流部分の流路の断面形状が凸型であり、一方の基板の流路の断面形状は他方の基板の流路の断面形状と比べて断面積及び幅が大きいものとすることができる。
前記両流路の合流部分の流路の断面形状が凸型であり、一方の基板の流路の内面が親水性であり、他方の基板の流路の内面が前記一方の基板の流路の内面より疎水性であるようにすることができる。具体的には、一方の基板の流路と他方の基板の流路の一方又は両方が親水性又は疎水性に化学修飾されていたり、一方の基板が親水性、他方の基板が疎水性となっている。
【発明の効果】
【0010】
1つの流路における抽出の場合、抽出効率は経時変化にともない平衡状態に近づき低下するが、上下の基板で別々の流路が形成された本発明の場合、抽出される側の流路を一本の連続した流路形状とし、抽出する側の流路を抽出回数に応じた複数の流路をもつ並列流路として複数個所で合流させることで、各合流部分で相関分子輸送による初期濃度での抽出が行なえ、抽出効率を上げることができる。
【0011】
流路の合流部分の断面形状を凸型にし、一方の基板の流路の断面形状が他方の基板の流路の断面形状と比べて断面積及び幅が大きいチップとすることで、合流部分の流路で安定な2相流が形成され、溶媒抽出が効率よく行なわれる。
断面形状が異なる前記流路形状と併せて、又はそれとは別に一方の基板の流路の内面が親水性であり、他方の基板の流路の内面が前記一方の基板の流路の内面より疎水性であるチップ構成とすることや、一方の基板の流路と他方の基板の流路の一方又は両方が親水性又は疎水性に化学修飾されているチップ構成とすることによっても、流路の2相流が安定化する。
流路の内面を親水性又は疎水性に処理することによっても2相流が安定化され、より一層抽出効率を上げることができる。
【0012】
気―液の界面安定化においては、マイクロチャンネルを利用した気―液反応など合成反応にも応用でき、二相流の界面において抽出操作することもできる。
本発明の構成はごく単純な構造であり様々なチップ作製工程に導入できるため、バルブ等を組み込んだ複雑なマイクロチップにも展開可能であり、マイクロチップの高度集積化やマイクロチップ中の多層液形成のための新しい技術手段が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の一実施例を詳細に示す。
多段階抽出チップの一実施例を図1及び図2により説明する。
図1において、(A)はカバーとなる上基板10、(B)は下基板12、(C)は両基板10,12を接合した状態である。これらの基板10,12は例えば石英ガラス基板である。上基板10及び12は上から見た図である。両基板10,12は流路を形成できる材質であればよい。
【0014】
図2において、(A)は流路14aと流路14bが重なって形成される流路14のX−X位置での、(B)は流路14aと基板12が重なって形成される流路14aのY−Y位置での、(C)は流路14bと基板10が重なって形成される流路14bのZ−Z位置での断面図である。
【0015】
ガラス基板10のガラス基板12との接触面側には、100μmの幅40、40μmの深さ42を持つ試料を流すための流路14aと、試料導入用の穴16及び排出用の穴18と、溶媒導入用の穴20及び、排出用の穴22が形成されている。流路14aは蛇行しており、一端は試料導入穴16、他端は排出穴18とつながっている。
【0016】
ガラス基板12のガラス基板10との接触面側には、300μmの幅46、40μmの深さ48を持つ流路14bが形成されている。溝14bは基板内で3本の並列した流路15a,15b,15cに分岐しており、流路14bの一端は、基板10に形成されている貫通穴である溶媒導入穴20とつながり、他端は基板10に形成されている貫通穴である溶媒排出穴22とつながっている。基板12の上に基板10を、流路形成面が重なるように例えばフッ酸溶液により接合で密着させたものが、(C)に示されるチップ24である。
【0017】
流路14aと14bは異なる流路形状をしていることから、チップ24内には5本の並列した流路と、試料及び溶媒の導入穴及び排出穴が形成されている。
前記流路の幅40,46と深さ42,48は例示であって、幅、深さとも変更することができる。
【0018】
図2(A)に示されるX−X断面図では基板10,12の溝が向かい合って密着しているが、(B)に示されるY−Y断面図及び(C)に示されるZ−Z断面図では、溝と基板が向かい合って接合されていることで流路14a及び14bを形成している。
図1(C)で、流路14aに導入穴16から抽出したい試料を導入し、流路14bに導入穴20から抽出する溶媒を導入する。溶媒は流路15a,15b,15cに分岐して並列に流れ、断面が図2(A)で示されるような2つの流路14aと14bが合流している流路で溶媒抽出が行なわれる。流路14aのみが存在する位置では試料は抽出溶媒と接していないので溶媒抽出は行なわれない。また、流路14bのみが存在する位置では溶媒のみが流路14bを流れているが、試料液とは接していないので溶媒抽出は行なわれない。
【0019】
流路14aを流れる試料水は、流路15a,15b,15cによって、それぞれ初期濃度の溶媒によって抽出されるために、抽出効果が増大する。
導入穴16から導かれた試料水は流路14aを流れて抽出された後、排出穴18から流れ出ることによって回収される。導入穴20から導かれた溶媒は流路14bを流れて抽出した後、排出穴22から流れ出ることによって回収される。
【0020】
本発明の断面形状の違いによる効果を説明する。
流路14において、導入穴16から気体を流し、導入穴20から水を流すと、流れやすい空気が流路幅の狭い方であるガラス基板10の流路14aを流れ、流れにくい水がガラス基板12の流路14bを流れるために、流路14中の二相流が安定し、ガラス基板10の流路部分14aに空気が、ガラス基板12の流路部分14bに水が選択的に流れる。
【0021】
前記実施例の流路は、断面形状が上側と下側の基板で異なることを特徴としているが、流路内面を化学修飾することにより、さらに流路中の二相流を安定化することができる。例えば、オクタデシルトリクロロシランのトルエン溶液で化学修飾を行うことで疎水性に処理することができ、また、TiO2などの光触媒によって親水性に処理することができる。
【0022】
二相流を安定化させる手段として、化学修飾する方法以外に、疎水性又は親水性の基板を用いることもできる。例えば、ガラス基板を用いることで親水性とし、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を基板として用いることで疎水性とすることもできる。
【0023】
前記に示した二相流を安定化させる手段は組み合わせることが可能であり、例えば、ガラス基板にエッチングで流路を形成し、これを化学処理したものを親水性基板として用い、PTFE基板にエッチングで流路を形成したものを疎水性基板として用いることができる。
【0024】
本発明による流路の断面形状は2つの基板の接触部によって決定されるが、図2(A)に示されたX−X断面図の他の形状例を図3に示す。それぞれの断面形状の加工の手段について、(B),(C),(D),(F),(H)に示す三角形又は台形の部分についてはシリコン基板のアルカリによる異方性エッチングにより、また(A),(B),(C),(E),(G)に示す矩形についてはドライエッチングによる異方性エッチングの方法により、(E),(F),(G),(H)に示す曲線をもつ部分についてはウエットエッチングの方法により、それぞれ形成することが可能である。流路の断面形状は前記形状には限定されず、流路14a,14bの幅40,46、深さ42,48及び形状は変更することができる。
【0025】
基板に流路となる溝を形成した2枚の基板を張り合わせて作製したマイクロチップの製造方法の一例を図4に示す。
(A)まず、ガラス基板30を洗浄した後、その表面にSiやCr等を成膜し、その上にフォトレジスト32をコーティングする。
(B)次に、フォトマスク34を用いてUV(紫外)光をフォトレジスト32に露光する。
(C)その後、フォトレジスト32を現像してパターニングする。
(D)パターニングされたフォトレジスト32をマスクとして、SiやCr等をエッチングしてパターニングし、SiやCr等のパターンをマスクとしてガラス基板30を例えば46%フッ酸水溶液にてエッチングして、流路溝36を形成する。
(E)フォトレジスト32を除去し、SiやCr等を除去する。
(F)同様にして他の基板に断面の大きさの異なる流路溝を形成し、両基板の溝が形成されている面を向かい合わせ、フッ酸溶液により接合で密着させることにより流路38を形成する。
【0026】
基板の素材としては、ガラス基板の他、シリコン基板や樹脂基板を用いることができる。いずれの場合も上基板と下基板の接合面に、化学的に、機械的に、あるいはレーザー照射やイオンエッチング等の各種の手段によって流路となる溝を形成し、それらの溝が重なるように張り合わせることで、本発明で使用する凸型形状の流路を作りこむことができる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明による多段階抽出チップは、微少量の液―液抽出や微少量の気―液反応に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】一実施例の多段階抽出チップの流路形状の平面図を示しており、(A),(B)はそれぞれの基板の流路形状を示す平面図、(C)は両基板を重ね合わせたときの流路形状を示す平面図である。
【図2】(A)から(C)はそれぞれ図1(C)の流路上の断面形状を示す断面図である。
【図3】(A)から(H)は両流路の合流部分の断面形状の例を示す断面図である。
【図4】エッチング法による流路形成方法を示す工程断面図である。
【符号の説明】
【0029】
10,12,24 ガラス基板
14a,14b,14 流路
16,20 導入口
18,22 排出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幅と深さが1mm以下である断面形状の溝を有する2枚の基板を接合して形成したチップにおいて、
前記基板を接合した界面には、溝が形成された面同士を接合することによってそれぞれ内部流路が形成され、
前記一方の基板の流路は一本の連続した形状であり、他方の基板の流路は複数本の並列流路を含み、
前記他方の流路の並列流路が一方の流路と異なる位置で合流し、各合流部分で相間分子輸送による抽出を行なうことを特徴とする多段階抽出チップ。
【請求項2】
前記他方の流路は1本の流路が複数本に分岐して、前記並列流路を形成している請求項1に記載の多段階抽出チップ。
【請求項3】
前記両流路の合流部分の流路の断面形状が凸型であり、一方の基板の流路の断面形状は他方の基板の流路の断面形状と比べて断面積及び幅が大きい請求項1又は2に記載の多段階抽出チップ。
【請求項4】
前記両流路の合流部分の流路の断面形状が凸型であり、一方の基板の流路の内面が親水性であり、他方の基板の流路の内面が前記一方の基板の流路の内面より疎水性である請求項1から3のいずれかに記載の多段階抽出チップ。
【請求項5】
前記合流部分の流路における一方の基板の流路と他方の基板の流路の一方又は両方が親水性又は疎水性に化学修飾されている請求項3又は4に記載の多段階抽出チップ。
【請求項6】
一方の基板が親水性、他方の基板が疎水性である請求項1から5のいずれかに記載の多段階抽出チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−75680(P2006−75680A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−260166(P2004−260166)
【出願日】平成16年9月7日(2004.9.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「革新的部材産業創出プログラム マイクロ分析・生産システムプロジェクト」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】