説明

多糖解重合物の製造方法

【課題】非金属の酸や酵素等を用いて多糖類を分解して二糖類以上の多糖解重合物を製造するにあたり、多糖解重合物を重合度に拘わらず多糖解重合物を十分に析出させて、なおかつ、析出させた後の酸と有機溶媒とを容易に分離可能とし、サイクル全体での多糖解重合物及び用いる酸と有機溶媒の回収率を向上させる。
【解決手段】酸水溶液の水と上記酸との重量混合比を30:70〜5:95とし、常温で気体又は液体であり沸点が100℃未満である鎖状エーテルを添加、溶解させることで、液の極性を低下させることで多糖解重合物を析出させて回収し、析出した前記多糖解重合物を分離した後の酸−水−エーテル相溶液から、上記鎖状エーテルを蒸発させて、上記無機酸の水溶液と上記鎖状エーテルとを分離し、それぞれを上記の工程で再度利用する、多糖解重合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、多糖類を分解して多糖解重合物を得る製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
資源保護のため、そのままではエネルギー源として用いることが困難な多糖類であるセルロース、澱粉、キシラン、グルコマンナン、キチン、キトサンやそれらを含むパルプ、木材、稲わら、バガスなどのバイオマス原料を、酸や酵素等により分解し、分子量の小さい多糖解重合物として利用することが一般に行われている。このような多糖解重合物は、分解しただけでは溶液の中に混在しているので、多糖解重合物を精製したり、溶液中から多糖解重合物を取り出したりするための種々の方法が検討されている。その方法としては、C1からC4までの親水性アルコールや、プロパノンやメチルエチルケトンなどの有機溶媒を多糖解重合物の溶液に添加することで、多糖解重合物を沈殿させ、溶液を相分離させて、重合度の違いにより精製した溶液を得ることが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、セルロースを濃塩酸と濃硫酸との混合溶液、又は濃蟻酸と濃硫酸の混合溶液中で処理した後、その溶液にアセトン、メタノール、エタノールなどを添加して、多糖解重合物を沈殿させることで酸と分離する方法が記載されている(第2頁左欄25行目〜33行目)。
【0004】
特許文献2には、多糖解重合物の中でも分子量の小さいオリゴ糖を精製するために、炭素数の多いアルコールを加えることが記載されており、そのようなアルコールの例としてイソプロパノール、ブタノール等が挙げられている(第3頁右上欄)。多糖解重合物の溶液にこれらのアルコールを加えると、高重合度成分が沈殿、析出し、そのまま静置すると、オリゴ糖等の濃度が向上した上層と、高重合度成分の濃度が向上した下層とに分離できる。
【0005】
特許文献3には、多糖解重合物であるオリゴ糖類含有シロップにメタノール、エタノール、イソプロパノール、ブタノール等のアルコール類やプロパノン、メチルエチルケトン等のケトン類などの有機溶媒を添加し、一旦加熱した後で、冷却させることにより、液層を、単糖類や二糖類の多い上層と、三糖類以上のオリゴ糖が多く含まれる下層とに分離して、下層を取り出すことにより、三糖類以上のオリゴ糖類含有率を向上させる方法が記載されている。
【0006】
ところで、特許文献1〜3において多糖解重合物を取り出した後の液は、アルコールと酸とが混合した溶液であり、そのままでは再利用しづらい。かといってこのような混合物をそのまま廃棄したのでは、環境上好ましくないし、収率の点からもアルコールと酸の再利用を促進すべきである。一般にこのような酸とアルコールの混合液から酸を回収する方法としては、アルコールの沸点以上に加熱して蒸留し、アルコール成分を除去する方法がよく用いられる。
【0007】
また、この他に、多糖類である植物系繊維材料を、加温加圧条件下でクラスター酸触媒を用いて、多糖解重合物を通り越して一気に分解し、単糖類であるグルコースを生成させる方法が特許文献4に記載されている。このクラスター酸触媒とはいわゆるポリ酸であり、擬溶融状態で酸としての挙動を示す。このポリ酸により多糖類を分解して生じるグルコースは、その溶液に、エーテルやアルコールのような、クラスター酸を溶解してもグルコースを溶解しない有機溶媒(特許文献4[0015][0016])を添加し、析出させることによって容易に分離できる。ただし、特許文献4の発明は段落[0005]に記載のように、その後酵母を用いてグルコースをさらにエタノールにまで分解することが目的であり、クラスター酸触媒による分解は単糖類にまで分解することが主目的となっている。このため、二糖類以上の多糖解重合物を得る特許文献1〜3とは目的と効果が異なる。また、濃硫酸や塩酸などのクラスター酸でない酸を用いる場合には、分離、回収して再利用することが非常に困難である旨も段落[0005]に記載されている。
【0008】
この他に、多糖類である植物系繊維材料を分解する方法としては、水溶液中で酵素によって多糖類を分解する方法がある。ただし、酵素で分解された多糖解重合物は水溶性であるため、そこから多糖解重合物を析出させる方法が問題となる。具体的には、上記の特許文献1〜3と同様の方法により析出させる方法が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特公昭57−53801号公報
【特許文献2】特開昭62−118894号公報
【特許文献3】特開平7−82287号公報
【特許文献4】特開2008−271787号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1及び2のように、多糖解重合物の水溶液に、炭素数が1〜4の、親水性であるアルコールを添加した場合には、特許文献2に記載のように、多糖解重合物のうち高重合度成分を沈殿させることができても、二糖類などの低重合度成分は水溶液中に溶解したままで、析出物として得ることは難しかった。特許文献3の方法では、重合度ごとのシロップに分離することはできても、それらを全て析出物として得るには別の工程が必要であった。
【0011】
一方、特許文献4のようにクラスター酸触媒(ポリ酸)を用いて多糖類を分解する場合は、温度を低下させることでクラスター酸触媒が固形化するので(特許文献4[0028])、糖を析出させた後に、有機溶媒との分離も容易である。しかし、特許文献1又は2のように一般的な酸である非金属の無機酸を用いる場合には、このような分離方法は採用できない。
【0012】
また、特許文献4は単糖類への分解を前提としている。これは、ポリ酸の性質による。特許文献4[0013]の記載から、酸による糖の加水分解を単糖類まで進めることなくオリゴ糖までの分解で止めるには、反応系中の水分量を少なくし、途中で糖の分解に必要となる水分が系中に存在しなくなるようにすればよいことがわかる。ポリ酸は結晶水として水を含むため、反応系中の水分量を少なくするには、ポリ酸の結晶水量を少なくする必要がある。しかし、ポリ酸の結晶水量を少なくした場合、特許文献4[0043]に記載されているように、加水分解に結晶水が使われてしまうと、ポリ酸が擬溶融状態を保てなくなって凝固状態となり、触媒機能の低下、多糖類への反応性低下、粘度上昇などの弊害が出てくると考えられる。以上のような理由から、ポリ酸による分解は単糖類への分解に限られてしまい、オリゴ糖までで分解を止めることは困難であると考えられる。さらに、特許文献4実施例8[0087]に記載してあるように、結晶水量が少なくなると擬溶融状態になる温度が高くなり、多糖類の反応率は向上するが、生成した単糖が過分解して単糖類の収率が下がるという問題もある。従って、多糖類の分解にあたり、分解時や分解後に単糖の過分解によって生じる不純物の生成を避けるために、オリゴ糖までの分解に留めるためには、特許文献1又は2のように、硫酸やリン酸などの非金属の無機酸を用いるのが現実的である。
【0013】
一方、非金属の無機酸水溶液とアルコールとの混合溶液からの一般的な分離方法として、酸と水とアルコールとの混合溶液から蒸留によりアルコール成分を除去する方法を採用することが考えられる。しかし、加熱によってアルコール分子が二分子縮合したエーテル化合物が生成しやすく、蒸留したアルコール中にこのエーテル化合物が含まれて混合体となってしまい、回収後に再び析出に用いることが困難になってしまう。また、アルコール成分の除去率を上げるためには高温で蒸留する必要があるが、高温では上記の縮合反応が起こりやすくなるため、エーテル化合物の生成量も多くなってしまう。
【0014】
よって、酸に溶けた糖類を析出させるために親水性アルコールを用いると、析出させることはできるが問題がある。アルコールよりも極性の低い溶媒でも、析出させる可能性があるが、一般に極性の低い炭化水素系溶媒、例えばエーテル類は、水と相溶しないため、酸水溶液からの多糖解重合物の析出沈殿には適さないという問題点があった。
【0015】
そこでこの発明は、単糖類まで一気に分解してしまうポリ酸ではなく、オリゴ糖までの分解に留めることが容易な非金属の酸や酵素を用いて多糖類を分解し、二糖類以上の多糖解重合物を製造するにあたり、多糖解重合物の水溶液に酸を介在させ、多糖解重合物を重合度に拘わらず十分に析出させて、なおかつ、析出させた後の酸と有機溶媒とを容易に分離可能とし、多糖解重合物の回収率を向上させるとともに、使用する酸及び有機溶媒も出来るだけ再利用可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
この発明は、非金属の無機酸または酵素等により多糖類を分解した多糖解重合物を溶解しており、酸を水溶液中に介在させ、水と上記無機酸との重量混合比が30:70〜5:95である酸水溶液に、常温で気体又は液体であり沸点が100℃未満である鎖状エーテルを添加して溶解させ、液中の極性を低下させることで、前記多糖解重合物を析出沈殿させてこれを回収し、析出した前記多糖解重合物を分離した後の酸−水−エーテル相溶液から、上記鎖状エーテルを蒸発させ、上記無機酸の水溶液と上記鎖状エーテルとを分離することで、上記の課題を解決したのである。
【0017】
この解決手段は、鎖状エーテルと水溶性の液酸とを組み合わせた場合における、新たに見出した性質を利用している。その性質とは、鎖状エーテルは通常の酸水溶液には溶解しないが、極めて高濃度の酸水溶液に対しては溶解可能であり、かつ、鎖状エーテルが酸水溶液に溶解すると、液全体の極性が下がり、その極性変化により、酸水溶液が溶解していた溶質、すなわち、多糖解重合物を析出させることができるというものである。
【0018】
この効果が十分に発揮されるためには、用いるエーテルが鎖状エーテルでなければならない。環状エーテルでは極性が高すぎて、酸水溶液に溶解させても極性の低下が不十分で多糖解重合物を析出させる効果が十分に働かないためである。なおかつ、炭素数2以上であり、沸点が100℃未満であることが望ましい。すなわち、常温下では気体であるジメチルエーテルやエチルメチルエーテルでもよい。このような常温で気体のエーテル類の場合、溶液に溶解させるには、例えば溶液へのバブリングを行う。一方、エーテルを酸水溶液と分離する際には、エーテルを蒸発させることで容易に分離できるが、沸点が100℃以上では水が先に蒸発してしまい、分離がうまくいかない。なお、強酸とエーテル類が接触すると過酸化物を生じることがあるので、過酸化物を生じないジメチルエーテルが最も好ましい。
【0019】
また、十分に鎖状エーテルを溶解させることができる極めて高濃度の酸水溶液とは、水と上記酸との重量混合比が30:70〜5:95である必要があるので、無機酸ではあっても塩酸は対象外となる。また、硝酸は利用不可能ではないが、エーテルと共に蒸発しやすいため、回収に困難を伴う。なお、無機酸に限定されるのは、有機酸ではエーテルと共沸を起こしてしまい酸とエーテルの分離が困難になってしまうためである。従って、硫酸、又はリン酸が特に適当となる。
【発明の効果】
【0020】
この発明により、多糖類を非金属の無機酸又は酵素等で分解した多糖解重合物を効率よく析出させて回収できるとともに、それに用いた酸水溶液と、有機溶媒である鎖状エーテルとを、鎖状エーテルの蒸発により容易に分離して再利用できるので、製造サイクル全体の再利用率を従来法よりも向上させることができる。また、再利用のために必要な酸水溶液とエーテルとの分離に必要な設備は蒸発のみで可能であり、遠心分離機等は不要であるため、設備負担も抑えることができる。さらに、析出に用いる鎖状エーテルは、それ自体に対する多糖解重合物の溶解度の低さによって多糖解重合物を析出させるのではなく、溶液の極性の低下によって析出させるので、特許文献4[0015]で用いるような糖に対する貧溶媒として性質を利用する用法よりも、エーテルの使用量を少なく抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、この発明について詳細に説明する。
この発明は、多糖類を分解して得られる多糖解重合物の酸水溶液に、鎖状エーテルを添加して多糖解重合物の析出物を回収する製造方法である。
【0022】
原料として用いる上記の多糖類とは、グルコースなどの単糖類が重合したものをいい、セルロース、澱粉、キシラン、グルコマンナン、キチン、キトサンやそれらを含むパルプ、木材、古紙、稲わら、バガスなどのバイオマス原料などが挙げられる。これらはいわゆるバイオマス燃料として使用可能なものである。この発明ではこれら多糖類を分解した、二糖類又は三糖類以上の多糖類、いわゆるオリゴ糖であって、元の多糖類より重合度が低下した多糖解重合物を得る。上記多糖類を分解する方法としては、酸、酵素、超臨界水や亜臨界水を用いる方法が挙げられる。
【0023】
上記酵素を用いて上記多糖類を分解する場合、具体的な酵素としては、澱粉系多糖類に対してはα−アミラーゼ等が挙げられ、セルロース系多糖類に対してはセルラーゼ等が挙げられる。これらのうち、オリゴ糖を生成するものを選んで用いることで、単糖類まで分解せず、二糖類以上の多糖解重合物とすることができる。分解方法としては、上記多糖類を、上記酵素を含有する水溶液に浸漬させて、酵素の適温にまで加熱するといった方法が挙げられる。得られる多糖解重合物は基本的に水に可溶であるので、酵素と多糖解重合物との水溶液が得られる。なお、セルロース系多糖類とは、セルロース、キシラン、グルコマンナン、パルプ、木材等のβ−1,4結合を有する多糖類をいい、澱粉系多糖類とは澱粉等のα−1,4結合を有する多糖類をいう。この他に、キチン系の多糖類に対しても、同様に最適な酵素を選ぶことにより、オリゴ糖を生成するものを選べばよい。
【0024】
上記超臨界水や亜臨界水を用いて上記多糖類を分解する場合、その分解方法としては、上記多糖類に水を加えてスラリーとし、そのスラリーを370℃、22MPa程度にする。その後、常温常圧に戻すことで、多糖解重合物を溶解した水溶液となる。ただし、超臨界水又は亜臨界水で長時間処理すると、単糖類にまで分解し、また単糖の過分解も進行するため、この分解手法は短時間で処理を行うとよい。
【0025】
上記酸を用いて多糖類を分解する場合、その酸は、水溶性の無機酸である必要がある。ポリ酸(クラスター酸)であると、分解された糖の二量化がほとんど起こらずに、単糖類にまで分解されてしまうだけでなく、その他の挙動も全く異なるため、この発明が適用しにくい。また、有機酸では上記鎖状エーテルとの分離の際に共沸を起こしてしまうため、分離できなくなってしまう。このような条件を満たす水溶性の無機酸としては、例えば、硫酸、硝酸、塩酸、リン酸が挙げられるが、このうち、塩酸は後述する濃度の条件を満たし得ないため、この発明では利用できない。また、硝酸は利用可能ではあるが、比較的蒸発しやすいため、後述する鎖状エーテルとの分離が難しくなる場合がある。なお、濃酸による分解を進行させる際の酸の濃度は、硫酸であれば72重量%以上、リン酸であれば80重量%以上であれば、分解反応が好適に進行する。これらの濃度未満の希酸を用いた場合、多糖類と酸水溶液との加水分解反応が不均一反応となるために、多糖類に比べて速やかに進行するオリゴ糖の分解が進んで単糖にまで分解されてしまう。上記の条件を満たす濃酸であると、多糖類が一度酸に溶解した後に加水分解反応が進行するために、均一反応となり、多糖類とオリゴ糖の分解速度がほぼ同等となる。また、濃酸であることにより加水分解と脱水縮合が同時に進行し、その反応がある程度オリゴ糖が生成した状態で収束するために、単糖類の生成を十分に抑えることができる。具体的な濃酸の添加量は、分解する上記多糖類の量と、酸濃度を低下させることになる上記多糖類の含水率に応じて必要量を添加するようにする。
【0026】
上記の多糖類の分解方法のうち、上記酸を用いない場合には上記酸を添加して酸水溶液とし、上記酸を用いた場合でも、必要に応じて上記酸を添加して濃度を上げた上で、上記多糖解重合物の析出工程を行う。
【0027】
上記多糖解重合物を、酸水溶液から析出させるにあたっては、その酸水溶液における水と上記酸との重量混合比を30:70〜5:95とする。この中でも特に、25:75〜10:90が望ましい。5:95よりも酸が過剰になると、逆に上記鎖状エーテルに対して酸が溶解してしまい、上記鎖状エーテルの添加によって起こすべき現象が起こらなくなってしまう。10:90〜5:95では、この上記鎖状エーテルへの溶解がわずかに起こってしまうおそれがあるが、10:90より水が過剰であればそのおそれがない。
【0028】
水と酸との重量混合比を上記の範囲とするには、一旦多糖類を酸により分解した場合は、上記の多糖解重合物の水溶液を得た後で上記の酸を添加して上記の範囲の重量混合比としてもよいし、多糖類を分解し多糖解重合物を得る段階から予め上記の範囲の重量混合比としておいてもよい。また、酸以外により分解した場合は、上記の重量混合比となるように、酸を添加する。
【0029】
上記多糖解重合物を溶解した酸水溶液は、上記鎖状エーテルを添加する際の上記多糖解重合物の濃度が、20重量%以上であると好ましい。20重量%未満では、析出する上記多糖解重合物の量が少なすぎるか、又はそもそも析出しないおそれがあり、効率が悪い。一方で、60重量%以上溶解することは現実的ではない。なお、上記多糖解重合物の溶解量を増やすためには、上記酸水溶液と接触して分解させる上記多糖類の量を増やせばよい。もしくは、酸を介在させる前の酵素等で分解した多糖解重合物の溶液濃度を上げて、酸を介在させればよい。
【0030】
上記鎖状エーテルの添加、溶解により、上記酸水溶液の極性が低下し、上記多糖解重合物が析出する。この上記鎖状エーテルは、常温で気体又は液体であり沸点が100℃未満である。沸点が100℃以上であると、蒸留による水との分離が困難になるため、沸点が100℃未満であることが必要であり、80℃未満であると好ましく、常温以下であるとより好ましい。具体的には、気体のジメチルエーテル、エチルメチルエーテル、液体のジエチルエーテル、ジプロピルエーテルなどが挙げられる。これらは混合物でもよいが単独で用いる方が、蒸留しやすく好ましい。特に、上記酸と接触しても過酸化物を形成しないジメチルエーテルを単独で用いることが最も好ましい。なお、環状エーテルは極性が強いために水と相溶してしまい、多糖解重合物を析出させるための極性低下効果が不十分となるので、利用できない。
【0031】
上記鎖状エーテルのより具体的な好ましい条件は以下の通りである。まず、上記鎖状エーテル100重量部に対する純水、又は上記の重量混合比の範囲の酸水溶液の溶解度が、10重量部以下であることが好ましい。また、純水100重量部に対する上記鎖状エーテルの溶解度も10重量部以下であると好ましい。これらの溶解度は低いほどよい。一方で、上記の重量混合比の範囲である酸水溶液100重量部に対する上記鎖状エーテルの溶解度が30重量部以上、且つ溶解後の酸−水−エーテル相溶液(以下、「酸エーテル水溶液」と略記する。)の酸濃度が55重量%以下であると好ましい。少なくとも30重量部程度は溶解、且つ溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度が55重量%以下にならないと、液全体の極性変化が不十分となるからである。なお、酸水溶液100重量部に対する溶解度は基本的には高ければよいが、酸水溶液の濃度により、酸水溶液に対する鎖状エーテルの溶解量が異なり、実際には75〜130重量部が上記酸水溶液に溶解し、溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度が40〜50重量%となる範囲が現実的な値である。これ以上の鎖状エーテルを酸水溶液に添加しても、鎖状エーテルの溶解量以上となり、溶解しなかった鎖状エーテルが層分離する。その場合、酸水溶液と余剰の鎖状エーテルを分離する必要があり、工程が煩雑となる。
【0032】
上記の具体例のうち、ジメチルエーテルは、それ自体100重量部に対する純水の溶解度が8であり、純水100重量部に対する溶解度が8であり、重量混合比25:75の硫酸水溶液100重量部に対する溶解度が88である。これを含め、沸点100℃未満の鎖状エーテルと純水及び硫酸水溶液との間の、液100重量部に対する溶解度を下記表1に示す。硫酸水溶液への溶解度は、エーテルの種類に関わらず全て同じ溶解度となる。また、純水への溶解度、純水の溶解度は炭素数が多くなるにつれて低くなる。
【0033】
【表1】

【0034】
上記の鎖状エーテルが気体である場合、上記酸水溶液への添加方法は、溶液中へのバブリングや、加圧下もしくは沸点以下に冷却して液化し、添加することにより行うことができる。一方、鎖状エーテルが液体である場合は、液体をそのまま溶液に混合し、攪拌すれば溶解する。
【0035】
上記酸水溶液に上記鎖状エーテルを溶解させる量は、上記酸水溶液100重量部に対して、30重量部以上であり、溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度が55重量%以下であると好ましく、30重量部以上であり、溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度が50重量%以下であるとより好ましい。30重量部未満、溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度が55重量%以上では、極性の低下が不十分で、上記多糖解重合物の析出量が不十分となってしまう。一方で、上記鎖状エーテルの溶解量は、溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度の下限にして40重量%が限度であり、それ以上上記鎖状エーテルを添加させても上記鎖状エーテルが溶解せずに添加した鎖状エーテルが層分離し、それ以上の極性低下が起こらず、ほとんどの場合、溶解後の酸エーテル水溶液の酸濃度が40〜50重量%になる溶解量で十分な極性の低下が起こる。
【0036】
上記鎖状エーテルの溶解により析出する上記多糖解重合物の析出量は、含有する多糖解重合物の濃度に応じて増え、また、添加する上記鎖状エーテルの量に応じても増える。例えば、セルロースを75重量%硫酸で加水分解して得られた多糖解重合物を含む酸水溶液として(1)多糖解重合物10gと75重量%硫酸40gの酸水溶液にジエチルエーテルを添加した場合、(2)多糖解重合物10gと75重量%硫酸20gの溶液にジエチルエーテルを添加した場合のそれぞれについて、ジエチルエーテルの添加量を増加させていったときの多糖解重合物の析出量は下記の表2のようになる。ジメチルエーテル等、他の鎖状エーテルを用いた場合も、同様の傾向となる。
【0037】
【表2】

【0038】
上記酸水溶液から析出した上記多糖解重合物の析出物は、ろ過、遠心分離等の一般的な固液分離法により、酸水溶液と上記鎖状エーテルとの混合溶液から分離して回収することができる。得られる析出物の純度が高い場合、固体の粒子状であり、溶液との分離が容易である。特に上記鎖状エーテルとしてジメチルエーテルを用いると、過酸化物を生じないため、純度の点からより好ましい。ただし、得られる析出物には、多糖解重合物以外の不純物が含まれる場合がある。この不純物は原料となる多糖類の種類によって異なるが、例えば多糖類を含むバイオマス原料として木材を用いた場合におけるリグニンのような、水に不溶性の不純物である。上記析出物がこのような不純物を多く含む場合は、得られた析出物に水を添加して、多糖解重合物を一旦溶解させた後、水に溶解しない不純物をろ過などで固液分離する。分離した後の溶液に、再度酸を添加して水と酸との質量比を上記の重量混合比に調整した後、再度上記鎖状エーテルを添加して上記多糖解重合物を析出させることにより、純度の高い上記多糖解重合物の析出物を得ることができる。このような再析出で用いた上記鎖状エーテルと上記酸も同様に再利用可能である。
【0039】
こうして得られた上記多糖解重合物の析出物は、二糖類、三糖類以上のオリゴ糖などからなり、原料の多糖類に比して高い収率でこれらの上記多糖解重合物を得ることができる。この析出物はバイオマスとしてそのまま利用してもよいし、さらに酵素糖化やそのまま発酵等を行い、バイオエタノールの製造に用いてもよい。多糖類の分解を二糖類以上のオリゴ糖で止めているため、単糖製造時と比べて過分解物の量が少なく、酵素糖化、発酵工程での酵素や菌に対する阻害物質の量が少ないものとなる。
【0040】
次に、上記多糖解重合物を析出、分離させた後に残る、酸エーテル水溶液(酸−水−エーテル相溶液)は、そのままでは再利用できないので、上記鎖状エーテルと上記酸水溶液とに分離する。分離するには、加熱、減圧、又はその両方により、上記鎖状エーテルを蒸発させることによって行う。蒸発、又は蒸留により得られた上記鎖状エーテルは、そのまま、上記多糖解重合物を析出させる際に用いる上記鎖状エーテルとして用いることができる。
【0041】
なお、常温で気体であるジメチルエーテルの場合、具体的な回収方法としては、酸エーテル水溶液を入れた蒸発用容器にチューブ等を連結し、−55℃程度の冷却トラップを通過させるようにし、この冷却トラップで液化したものを回収する方法が挙げられる。また、工業スケールでは、ジメチルエーテルが5MPa程度の圧力下では常温で液化し、加圧下では沸点が上昇することを利用して、全工程を加圧下で操作を行うことで、冷却負担を少なくすることが出来る。ジメチルエーテルの蒸発時には加圧である範囲で圧力を下げて沸点を下げることで一旦揮散させ、その後、その圧力下における沸点(常温よりは高い)以下に冷却することで、ジメチルエーテルを液化し、回収することができる。
【0042】
一方、上記鎖状エーテルと分離した後に残る上記酸水溶液は、そのままで再び上記多糖類の分解に用いてもよいし、一旦精製して不純物等を取り除いたり、濃度を調節したりしてから上記多糖類の分解に用いてもよい。また、酸水溶液中に残存する不純物は、酸水溶液の循環利用サイクルを繰り返す間に炭化して不溶化すると考えられる。不溶化した不純物は、酸加水分解反応終了後や、多糖解重合物の水溶液に酸を添加した後の、多糖解重合物が溶解している状態で、固液分離することで回収することができる。
【実施例】
【0043】
以下、この発明を具体的に実施した例を説明する。まず、この発明の前提となる、鎖状エーテル類が示す希酸に対しては不溶難溶でありながら、特定範囲の濃酸に対しては可溶であるという性質についての検証を参考例として示す。
【0044】
<試薬>
・硫酸……ナカライテスク(株)製:特級
・リン酸……ナカライテスク(株)製:特級
・ジエチルエーテル……ナカライテスク(株)製:特級
・ジメチルエーテル……東京化成工業(株)製
・アビセル……MERCK社製:結晶性セルロース(重量平均分子量:80,000)
・コーンスターチ……日本コーンスターチ(株)製:含有水分率12.5%
・α−アミラーゼ……ノボザイム社製:BAN−240L
【0045】
(参考例)
濃度を変更した硫酸水溶液10gにジエチルエーテルを10g添加して撹拌を1時間行った。撹拌後、層分離した酸水溶液とジエチルエーテルを分け、それぞれの酸水溶液に溶解したジエチルエーテル量、ジエチルエーテルに溶解した硫酸量を測定した。その結果を表3に示す。
【0046】
【表3】

【0047】
酸水溶液の硫酸濃度が30重量%以下ではジエチルエーテルは酸水溶液にほとんど溶解しないが、硫酸濃度が40重量%以上では酸水溶液にジエチルエーテルが溶解し、酸水溶液の濃度が約40重量%に下がる。硫酸濃度が70重量%以上で、ジエチルエーテルの溶解量はほぼ一定の最大値となり、本願発明における好適な溶解を起こす。一方、硫酸がジエチルエーテルに溶解する量はわずかであるが、硫酸濃度が高くなるにつれて、ジエチルエーテルへの硫酸の溶解量が増加し、90重量%を超えると無視できない値となってくる。
【0048】
(実施例1)
ガラスオートクレーブTEM−V300(耐圧硝子工業(株)製)のガラス容器中で、アビセル(結晶性セルロース)10gと75重量%硫酸40gを40℃で撹拌しながら30分間加水分解して、セルロース解重合物(重量平均分子量1700)を得た。その溶液に−45℃で液化させた液化ジメチルエーテル27gを添加して密封状態で溶液温度が室温になるまで撹拌し、セルロース解重合物を沈殿析出させた。ガラスオートクレーブのコックを開いて常圧に戻し、析出した沈殿物とジメチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液をデカンテーションにより固液分離した。そのまま開放系で静置してジメチルエーテルを除去し、セルロース解重合物9.4g(収率94%)を得た。一方、セルロース解重合物と固液分離したジメチルエーテルが溶解した酸水溶液60g(硫酸濃度:45.2重量%)を常圧にて加熱撹拌しながら、ジメチルエーテルを揮発させた。回収した硫酸溶液は36.3g(硫酸濃度74.2重量%)であった。回収した硫酸溶液に残渣は見られず、この回収した硫酸溶液を用いてアビセルの分解が可能であった。ジメチルエーテルの回収については、ガラスオートクレーブを開放系にする際に、ガラスオートクレーブにチューブと、−55℃に冷却した冷却トラップとを連結させ、コック開放時に揮散するジメチルエーテルを冷却トラップ内で液化させた。また、析出した沈殿物中に残存、および酸水溶液中に溶解したジメチルエーテルは、揮散したものを同様に冷却トラップ中で液化させ回収した。回収したジメチルエーテル量は、22gであった。これは、チューブの連結部分などから漏れがあったためと考えられる。
【0049】
(実施例2)
実施例1で用いる75重量%硫酸を40gから20gに変更し、攪拌して加水分解する時間を30分間から1時間に変更した以外は同様の手順を行い、平均分子量1500のセルロース解重合物を得た。次に、ガラスオートクレーブに連結したジメチルエーテルボンベから、その溶液にジメチルエーテルガス14gをバブリングし、ほぼ全量を溶解させた。密封状態で80分間撹拌し、セルロース解重合物を沈殿析出させた。ガラスオートクレーブのコックを開いて常圧に戻し、析出した沈殿物とジメチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液をデカンテーションにより固液分離した。そのまま開放系で静置してジメチルエーテルを除去し、セルロース解重合物9.5g(収率95%)を得た。一方、セルロース解重合物と固液分離したジメチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液33g(硫酸濃度:42.0重量%)を常圧にて加熱撹拌しながら、ジメチルエーテルを揮発させた。回収した硫酸溶液は19.4g(硫酸濃度72.2重量%)であった。回収した硫酸溶液に残渣は見られず、この回収した硫酸溶液を用いてアビセルの分解が可能であった。ジメチルエーテルの回収は、実施例1と同様の操作で行った。回収したジメチルエーテル量は11gであった。
【0050】
(実施例3)
ビーカー中で、段ボール古紙(セルロース含有率70%)10gと75重量%硫酸20gを40℃で撹拌しながら1時間加水分解して、セルロースの多糖解重合物(平均分子量1100)を得た。加水分解反応後の溶液には不溶の残渣が分散しており、ペースト状に近い溶液となった。
・回収操作1 その溶液にジエチルエーテル14gを添加して撹拌し、多糖解重合物を沈殿析出させた。析出した沈殿物とジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液をろ過により固液分離し、ジエチルエーテル5gで洗浄した。得られた析出物を減圧状態にて静置し、ジエチルエーテルを除去し、多糖解重合物と残渣分の混合物9.1gを得た。
・回収操作2 この混合物に水25gを添加し、多糖解重合物を再溶解し、残渣分をろ過により除去し、多糖解重合物の溶液32gを得た(多糖解重合物6.8g含有)。この溶液に97重量%濃硫酸を75g添加し、硫酸濃度70重量%の溶液を107g得た。その溶液にジエチルエーテル60gを添加して撹拌し、多糖解重合物を沈殿析出させた。析出した沈殿物とジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液をろ過により固液分離し、ジエチルエーテル5gで洗浄した。得られた析出物を減圧状態にて静置し、ジエチルエーテルを除去し、多糖解重合物6.7g(収率96% 対段ボール古紙中含有セルロース分)を得た。
回収操作1で多糖解重合物と固液分離したジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液33g(硫酸濃度:44重量%)と回収操作2で多糖解重合物と固液分離したジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液164g(硫酸濃度:45重量%)を混合し、ジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液を197g(硫酸濃度:45重量%)を得た。このジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液をナスフラスコに入れ、エバポレーターにより減圧しながらジエチルエーテルを除去した。回収した硫酸溶液は118g(硫酸濃度74重量%)であった。回収した硫酸溶液に残渣は見られず、この回収した硫酸溶液を用いて段ボール古紙の分解が可能であった。また、減圧して除去したジエチルエーテルは、実施例1と同様に−55℃の冷却トラップにて回収した。回収したジエチルエーテル量は82gであった。
【0051】
(実施例4)
コーンスターチ11.4gを2規定の水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH7に調整しつつ、30重量%のスラリーとした。次に酵素としてα−アミラーゼをコーンスターチ固形分に対して0.084%分添加して、70℃で10分間加水分解した。その後、加温して溶液温度95℃以上で10分間加熱しα−アミラーゼを失活させ、澱粉の多糖解重合物(平均分子量3300)の溶液を得た。その溶液に85重量%リン酸を175g添加し、リン酸濃度75重量%の溶液を208g得た。その溶液にジエチルエーテル 132gを添加して撹拌し、澱粉の多糖解重合物を沈殿析出させた。析出した沈殿物とジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液(酸−水−エーテル相溶液)をろ過により固液分離し、ジエチルエーテル5gで洗浄した。得られた析出物を減圧状態にて静置し、ジエチルエーテルを除去し、多糖解重合物 9.6g(収率96%)を得た。
一方、上記ろ過により、多糖解重合物と固液分離したジエチルエーテルが溶解した酸エーテル水溶液を341g(リン酸濃度:45重量%)得た。この酸エーテル水溶液をナスフラスコに入れ、エバポレーターにより減圧しながらジエチルエーテルを除去した。回収したリン酸溶液は193g(リン酸濃度75重量%)であった。回収したリン酸溶液に残渣は見られず、この回収したリン酸溶液はリン酸濃度85重量%まで濃縮して、再度多糖解重合物の水溶液に添加して同様の操作で多糖解重合物の沈殿析出が可能であった。また、減圧して除去したジエチルエーテルは、実施例1と同様に−55℃の冷却トラップにて回収した。回収したジエチルエーテル量は135gであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖類を分解した多糖解重合物を溶解しており、水と非金属の無機酸との重量混合比が30:70〜5:95である酸水溶液に、常温で気体又は液体であり沸点が100℃未満である鎖状エーテルを添加して溶解させ、液中の極性を低下させることで、前記多糖解重合物を析出沈殿させてこれを回収し、
析出した前記多糖解重合物を分離した後の酸−水−エーテル相溶液から、上記鎖状エーテルを蒸発させて、上記無機酸の水溶液と上記鎖状エーテルとを分離し、それらの少なくとも一方を回収する多糖解重合物の製造方法。
【請求項2】
上記の分離して回収した上記無機酸の水溶液と上記鎖状エーテルとの一方又は両方を上記の工程で再度利用する、請求項1に記載の多糖解重合物の製造方法。
【請求項3】
上記鎖状エーテルがジメチルエーテルである請求項1又は2に記載の多糖解重合物の製造方法。
【請求項4】
上記酸が硫酸又はリン酸である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の多糖解重合物の製造方法。

【公開番号】特開2011−37974(P2011−37974A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−185783(P2009−185783)
【出願日】平成21年8月10日(2009.8.10)
【出願人】(000115980)レンゴー株式会社 (502)
【Fターム(参考)】