説明

多能性幹細胞の選別方法

【課題】本発明は、分化多能性を維持した多能性幹細胞を効率的かつ簡便に選択する方法の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、分化多能性を有するとされる細胞集団から、E−カドヘリン、あるいは、E−カドヘリン及びc−Kitの発現を指標にして、分化多能性を維持する細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法である。さらに、本発明は、細胞の大きさ、細胞密度、細胞の自家蛍光及び/又は細胞の生死に基づいて、多能性幹細胞の候補細胞を分取し、該分取した多能性幹細胞の候補細胞から、E−カドヘリン及びc−Kitの細胞表面上での発現を指標にして、分化多能性を維持する細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞の選別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分化多能性を有する細胞は、多能性幹細胞などと称され、生体を構成する全ての臓器や組織へ分化する能力を保持していることから、何らかの疾患で損傷した臓器などを再生する上で極めて有効な手段として期待されている。当初、分化多能性を有する細胞としては、ES細胞(胚性幹細胞;Embryonic Stem cells)の多能性に着目し、医療分野あるいは基礎研究分野においてその利用性について精力的な研究が行われてきた。しかし、ES細胞は生命の起源となる胚から取得されるものであるため、その使用上、倫理的な問題に直面することとなった。また、ES細胞から調製した組織などは、移植の段階で拒絶反応を引き起こすおそれがあり、このような免疫的な問題を克服する必要もあった。そこで、近年、ES細胞を用いた場合に生じ得る倫理上の問題と免疫学上の問題を解決することができる分化多能性細胞として、iPS細胞(人工多能性幹細胞;induced pluripotent stem cells)に多くの期待が寄せられるようになってきた。
マウスのiPS細胞は、Yamanakaらによって、Nanog遺伝子の発現を指標にし、マウス線維芽細胞へOct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycの4つの遺伝子を導入することにより、初めて樹立された。さらに、ヒトのiPS細胞についても、Thomsonらが、ヒトの線維芽細胞に、OCT3/4、SOX2、Nanog、LIN28を導入してヒトiPS細胞を樹立し、また、Yamanakaらは、OCT3/4、SOX2、KLF4、C−MYCをヒトの線維芽細胞に導入して、同じくiPS細胞を樹立した。
【0003】
iPS細胞は、ES細胞の持つ倫理的問題と免疫学上の問題を克服した理想的な分化多能性細胞ではあるが、人工的に作り出されている点から、安全性の面(例えば、癌化など)でさらに研究を進める必要がある。ES細胞については、上記問題を含みつつも、生来の分化多能性を備えた細胞であることから、依然として、研究対象としては重要な位置を占めている。
以上のように、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞を研究対象にする機会は益々増えて行くことが予想されている現状において、多能性幹細胞本来の性質を備えている細胞を迅速に簡易な方法で取得することも、重要な課題の一つである。
ES細胞やiPS細胞などは、一見均一な細胞集団を形成しているように見えるが、例えば、ES細胞については、膜表面抗原や転写因子の発現量の違いからいくつかの分画に分かれることが示唆されている。また、iPS細胞についてもその樹立過程において遺伝子導入後に生じる未分化様コロニーには、不完全な初期化により生じたコロニーも存在することが分かっている。従って、このように不均一な細胞集団から同一の分化多能性を保持した細胞集団を調製することは、今後の研究開発を促進していく上でも、重要なことである。
【0004】
これまでに、多能性幹細胞の未分化性を識別するマーカーの使用に関し、例えば、絨毛膜絨毛、羊水、胎盤などから、c−Kit陽性細胞を選択して多能性胎児性幹細胞を調製する方法(特許文献1)、脂肪組織などからp75NTR及びc−Kit陽性細胞を選択して多能性幹細胞を調製する方法(特許文献2)、また、精巣細胞をグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)を含む培地で培養し、SSEA−1、CD9、c−Kitなどのマーカーの発現を手掛かりにして多能性幹細胞を取得することができること(特許文献3)などが報告されているが、より効率的な多能性幹細胞の調製を可能にするマーカーが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2003/042405
【特許文献2】特開2006−230235
【特許文献3】WO2005/100548
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでに分化多能性を保持する多能性幹細胞として、例えば、ES細胞やiPS細胞の調製方法などが数多く報告されているが、これらの方法で調製された細胞集団の中には、未分化状態をすでに喪失した細胞が少なからず含まれており、効率的な分化誘導を行う上での障害となることがあった。
そこで、本発明は、分化多能性を維持する細胞を選別し、多能性幹細胞を効率的に調製する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を行ったところ、E−カドヘリン及びc−Kitの発現を指標にして、分化多能性を維持する細胞を効率的に選別することに成功し、本発明を完成させた。
これまでにも、細胞表面上でのc−Kitの発現を指標にして分化多能性を維持した細胞を選択する方法が報告されているが、c−Kitのみを指標にした場合には、多能性幹細胞以外のc−Kit陽性細胞(例えば、生殖細胞、造血細胞など)の混入を防ぐことが難しかった。そこで、発明者らは、c−Kitの他にE−カドヘリンの細胞表面上での発現を多能性幹細胞の選択の指標に加えることで、混入細胞の除去に成功した。
よって、本発明は、分化多能性を有するとされる細胞の集団から、E−カドヘリン及びc−Kitの細胞表面上での発現を指標にして、分化多能性を維持する細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法を提供する。
さらに、本発明者らは、細胞の大きさの差異、細胞密度の差異、細胞の自家蛍光の差異及び/又は細胞の生死に基づいて、多能性幹細胞の候補細胞を分取し、分取した多能性幹細胞の候補細胞から、E−カドヘリン及びc−Kitを細胞表面上に発現する細胞を選別すれば、多能性幹細胞以外のE−カドヘリン又はc−Kit発現細胞、及び/又は死細胞を有効に除去することができ、より効率的に多能性幹細胞を調製することができることを見出した。
よって、本発明は、細胞の大きさ、細胞密度、細胞の自家蛍光及び/又は細胞の生死に基づいて、多能性幹細胞の候補細胞を分取し、該分取した多能性幹細胞の候補細胞から、E−カドヘリン及びc−Kitの細胞表面上での発現を指標にして、分化多能性を維持する細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法を提供する。
また、本発明は、上記本発明の方法を実施するためのキット及び装置を提供する。
【0008】
すなわち、本発明の以下の(1)〜(15)に関する。
(1)本発明の第1の形態は、「細胞集団からE−カドヘリン陽性及びc−Kit陽性細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法」である。
(2)本発明の第2の形態は、「前記細胞集団が、細胞の大きさ、細胞密度、細胞の自家蛍光及び/又は細胞の生死を指標にして、多能性幹細胞の候補細胞として分取されたものである上記(1)に記載の方法」である。
(3)本発明の第3の形態は、「前記候補細胞の分取が、フローサイトメーターにより行われる上記(2)に記載の方法」である。
(4)本発明の第4の形態は、「前記分取が、前方散乱光及び側方散乱光にゲートを設定して行われる上記(3)に記載の方法」である。
(5)本発明の第5の形態は、「前記分取が、蛍光にゲートを設定して行われる上記(3)又は(4)に記載の方法」である。
(6)本発明の第6の形態は、「前記分取が、ヨウ化プロピジウム(PI)で細胞を染色して行われる上記(3)乃至(5)のいずれかに記載の方法」である。
(7)本発明の第7の形態は、「前記分取が、580nm〜640nm波長範囲の蛍光にゲートを設定して行われる、上記(5)又は(6)に記載の方法」である。
(8)本発明の第8の形態は、「前記E−カドヘリン陽性及びc−Kit陽性細胞の選別がE−カドヘリンに対する抗体及びc−Kitに対する抗体を用いて行われる上記(1)乃至(7)のいずれかに記載の方法」である。
(9)本発明の第9の形態は、「前記抗体が蛍光色素又は酵素を結合したものである上記(8)に記載の方法」である。
(10)本発明の第10の形態は、「前記選別が、フローサイトメーターによって行われる上記(1)乃至(9)のいずれかに記載の方法」である。
(11)本発明の第11の形態は、「前記抗体が、固定化可能な担体に担持されて行われる上記(1)乃至(9)のいずれかに記載の方法」である。
(12)本発明の第12の形態は、「前記細胞集団が、ES細胞を含む細胞集団である上記(1)乃至(11)のいずれかに記載の方法」である。
(13)本発明の第13の形態は、「前記細胞集団が、iPS細胞を含む細胞集団である上記(1)乃至(11)のいずれかに記載の方法」である。
(14)本発明の第14の形態は、「E−カドヘリン抗体及びc−Kit抗体を含む多能性幹細胞を選別するためのキット」である。
(15)本発明の第15の形態は、「E−カドヘリン抗体及びc−Kit抗体を固定化した担体及び該抗体−担体結合体を固定化する保持部を具備し、該抗体−担体結合体が液体と接触可能な構造を備えた上記(1)乃至(13)のいずれかに記載の方法に使用するための装置」である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、分化多能性を喪失した細胞を含む細胞集団の中から、分化多能性を維持する細胞を簡便かつ効率的に選別し、完全な分化多能性を維持した多能性幹細胞を調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】多能性幹細胞を細胞の大きさ、細胞密度、自家蛍光及び細胞表面抗原を指標にして調製する方法の概念図を示す。
【図2】ゲート設定を行う場合(A)と行わない場合(B)において得られる多能性幹細胞の均一性の比較を示す。
【図3】E14tg2a ES細胞株を用いた膜表面抗原の発現解析結果を示す。
【図4】EB3−DsRed−NVtT細胞株を用いた細胞表面抗原とNanogとの相関関係を示す。Mo−Flo及びFlow−joを使用した測定結果を、横軸をNanogの発現レベル、縦軸を各種転写因子(c−Kit、sca−1、SSEA1、SSEA4、CD9及びE−カドヘリン)の発現レベルとして表示した。
【図5】c−Kit陽性細胞(c−Kit)、c−Kit陰性細胞(c−Kit)、SSEA陽性細胞(SSEA)、SSEA陰性細胞(SSEA−)、E−カドヘリン陽性細胞(E−カドヘリン)中における、分化多能性因子(Nanog、Rex1、Oct3/4、Sox2、Klf4)の発現状況につき、RT−PCRにより解析した結果を示す。MEFはマウス胎児線維芽細胞に対して、また、DWは水のみのコントロールに対して、同様の解析を行った結果である。
【図6】フローサイトメーターによりc−Kit陽性及びc−Kit陰性細胞を分取し、アルカリフォスファターゼ染色により未分化性の評価を行った結果を示す。
【図7】胚盤胞注入法を用いたキメラ形成能の評価方法の概略を示す。
【図8】iPS細胞樹立過程におけるc−Kit及びE−カドヘリンの経時的な発現の変化を示す。3因子は、Klf4、Sox2、Oct3/4の導入により作製したiPS細胞、4因子は、Klf4、Sox2、Oct3/4、c−Mycの導入により作製したiPS細胞の結果を示す。
【図9】iPS細胞樹立過程における細胞形態の変化を位相差顕微鏡により観察像を示す。
【図10】各分画の培養細胞におけるアルカリフォスファターゼ染色よる未分化性評価を行った結果を示す。Aは、検出されたコロニー写真であり、Bはアルカリフォスファターゼで染色されたコロニーの数と染色された細胞の顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、E−カドヘリン及びc−Kitの細胞表面上での発現を指標として、完全な分化多能性を維持する多能性幹細胞(又は、単に幹細胞とも記載する)を調製する方法である。本発明によれば、分化多能性を有するとされ、一見均一な細胞集団の中から、分化多能性を維持する幹細胞と分化多能性を喪失した細胞を区別し、分化多能性を維持する多能性幹細胞を選別することが可能となる。つまり、ある細胞集団中、E−カドヘリン陽性及びc−Kit陽性の細胞を同定し、これらの陽性細胞を完全な分化多能性を維持する幹細胞として選別することができる。このように選別された幹細胞を、定法に従い、分化多能性を保持し、かつ分裂増殖が可能な状態で培養を行えば、完全な分化多能性を維持した幹細胞の集団を調製することができる。
本明細書において、「細胞集団」又は「細胞の集団」とは、当該技術分野において通常理解される意味であり、複数の細胞の集まりのことであるが、例えば、分化多能性を喪失した細胞(分化多能性の一部を喪失した細胞を含む)及び/又は完全な分化多能性を維持した細胞(すなわち、本来の意味における多能性幹細胞又は幹細胞)を含む細胞の集まりのことである。そのような細胞の集まりとしては、特に限定はしないが、例えば、分化多能性を喪失した細胞を含むES細胞集団、不完全な初期化状態(完全に未分化な状態ではないこと)にある細胞を含むiPS細胞集団などを挙げることができる。また、インビトロにおける培養状態にある細胞の集団のみならず、生体中に組織又は器官の一部として含まれる細胞の集団をも含む概念である。
「ES細胞」は、一般的には、胚盤胞期の受精卵をフィーダー細胞と共に一緒に培養し、増殖した内部細胞塊由来の細胞をばらばらにして、さらに、植え継ぐ操作を繰り返し、最終的に「ES細胞株」として樹立することができる。このように、ES細胞は、受精卵から取得することが多いが、その他、脂肪組織(特許文献2を参照のこと)、絨毛膜絨毛、羊水、胎盤(特許文献1を参照のこと)、精巣細胞(特許文献3を参照のこと)など、受精卵以外から取得され、ES細胞類似の特徴を持ち、分化多能性を有するES細胞様の細胞も知られており、これらの細胞集団も本発明にかかる「細胞集団」又は「細胞の集団」に含まれる。
【0012】
また、「iPS」細胞とは、人工多能性幹細胞若しくは誘導多能性幹細胞とも称される分化多能性を獲得した細胞のことで、体細胞(例えば、線維芽細胞など)へ分化多能性を付与する数種類の転写因子(以下、ここでは「分化多能性因子」と称する)遺伝子を導入することにより、ES細胞と同等の分化多能性を獲得した細胞のことである。「分化多能性因子」としては、すでに多くの因子が報告されており、限定はしないが、例えば、Octファミリー(例えば、Oct3/4)、Soxファミリー(例えば、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15及びSox17など)、Klfファミリー(例えば、Klf4、Klf2など)、Mycファミリー(例えば、c−Myc、N−Myc、L−Mycなど)、Nanog、LIN28などを挙げることができる。iPS細胞の樹立方法については、多くの文献が発行されているので、それらを参考にすることができる(例えば、Takahashiら,Cell 2006,126:663−676;Okitaら,Nature 2007,448:313−317;Wernigら,Nature 2007,448:318−324;Maheraliら,Cell Stem Cell 2007,1:55−70;Parkら,Nature 2007,451:141−146;Nakagawaら,Nat Biotechnol 2008,26:101−106;Wernigら,Cell Stem Cell 2008,10:10−12;Yuら,Science 2007,318:1917−1920;Takahashiら,Cell 2007,131:861−872;Stadtfeldら,Science 2008 322:945−949などを参照のこと)。
【0013】
本明細書中に記載される「細胞」の由来は、ヒト及び非ヒト動物(例えば、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、トリなど)であり特に限定はされない。また、「多能性幹細胞」又は「幹細胞」とは、当業者によって理解されている意味と異なるものではなく、例えば、細胞分裂を経ても同じ分化能を維持し、理論上すべての生体中の組織(細胞)に分化することができる細胞のことを意味する。
【0014】
「E−カドヘリン」は、クラシック・カドヘリンサブファミリーに分類され、細胞表面に存在して細胞同士を接着する働きを担う糖鎖結合型の膜タンパク質である。クラシック・カドヘリンとして、E−カドヘリンの他、LCAM、N−カドヘリン、P−カドヘリンなど約20種類近く存在する。クラシック・カドヘリンは、5つのドメイン(ECドメイン)を細胞外に有し、1つの膜貫通セグメントと細胞内ドメインからなる構造を有する。その細胞内ドメインにはカテニンが結合し、細胞骨格との連結を行っている。
また、「c−Kit」は、CD117とも称され、造血幹細胞、生殖細胞などの細胞表面上に発現するチロシンキナーゼ活性を有するサイトカインレセプター(レセプターチロシンキナーゼタイプIII)のことである。これまでに、「CD(Cluster of defferentiation)」で始まる一群のタンパク質は、細胞の分化段階の指標として利用されており、c−Kitは、骨髄中の特定のタイプの造血細胞前駆体を同定するための細胞表面マーカーとして利用されてきた。c−Kitのリガンドとしては、サイトカイン幹細胞因子(SCF)が知られており、c−KitがSCFと結合すると、二量体を形成し、セカンドメッセンジャーを介して細胞内シグナルを活性化する。
【0015】
本発明は、細胞表面上にE−カドヘリンが発現している細胞(E−カドヘリン陽性細胞)又はc−Kitが発現している細胞(c−Kit陽性細胞)を認識又は識別し、これらの細胞を選別する工程を含む。細胞表面上のE−カドヘリン、c−Kitを認識するための手段としては、特に限定はしないが、これらのタンパク質と特異的に結合する分子、例えば、抗体を利用することができる。E−カドヘリン、c−Kitに対する抗体は、市販のものを購入して使用することができる(例えば、Pharmingen社、TAKARA社、eBioscience社などから購入可能である)。
【0016】
また、E−カドヘリン、c−Kitに対する抗体は、所望の抗原認識性及び親和性を備えたものを取得するために、自ら調製することも可能である。
本発明で使用可能な抗体には、E−カドヘリン又はC−Kitに対するモノエピトープ特異抗体、ポリエピトープ特異抗体、単一鎖抗体、及びこれらの断片(例えば、Fv、F(ab’)、Fabなど)が含まれる。これらの抗体には、例えば、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体などが含まれる。
ポリクローナル抗体は、例えば、哺乳類宿主動物に対して、免疫原及びアジュバントの混合物をインジェクトすることにより調製することができる。通常は、免疫原及び/又はアジュバントを宿主動物の皮下又は腹腔内へ複数回インジェクトする。免疫原には、E−カドヘリン又はc−Kit、あるいは、これらのタンパク質の部分(例えば、細胞表面上に露出した部分など)を使用することができる。アジュバントとしては、完全フロイト及びモノホスホリル脂質A合成−トレハロースジコリノミコレート(MPL−TDM)などを挙げることができる。
【0017】
モノクローナル抗体は、例えば、ハイブリドーマ法を用いて調製することができる。
この方法には以下に示す4つの工程が含まれる:(i)宿主動物または、宿主動物由来のリンパ球を免疫する、(ii)モノクローナル抗体分泌性(又は潜在的に分泌性)のリンパ球を回収する、(iii)リンパ球を不死化細胞に融合させる、(iv)所望のモノクローナル抗体を分泌する細胞を選択する。
マウス、ラット、モルモット、ハムスター、又は他の適当な宿主動物が、免疫動物として選択され免疫原がインジェクトされる。あるいは、免疫動物から取得したリンパ球をインビトロで免疫化してもよい。
免疫後、宿主動物から得られたリンパ球はハイブリドーマ細胞を樹立するために、ポリエチレングリコールなどの融合剤を用いて不死化細胞株と融合する。融合細胞としては、トランスフォーメーションによって不死化されたげっ歯類、ウシ、又はヒトのミエローマ細胞が使用されるか、ラット若しくはマウスのミエローマ細胞株が使用される。細胞融合を行った後、融合しなかったリンパ球及び不死化細胞株の成長又は生存を阻害する一又は複数の基質を含む適切な培地中で細胞を生育させる。通常の技術では、酵素のヒポキサンチングアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HGPRT又はHPRT)を欠く親細胞を使用する。この場合、ヒポキサンチン、アミノプテリン及びチミジンがHGPRT欠損細胞の成長を阻害し、ハイブリドーマの成長を許容する培地(HAT培地)に添加される。このようにして得られたハイブリドーマから、所望の抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマが生育する培地から、定法に従い、目的のモノクローナル抗体を取得することができる。
【0018】
抗体を使用した分化多能性を維持した多能性幹細胞の選別は、限定はしないが、例えば、抗体に蛍光色素などを結合させ、免疫組織化学的手法による観察を行い、該蛍光色素によって標識された細胞をE−カドヘリン陽性又はc−Kit陽性細胞として同定する方法、抗体に酵素(例えば、アルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼなど)の基質などを結合させ、酵素法により発色させ、E−カドヘリン陽性又はc−Kit陽性細胞を同定する方法などを使用して行うことができる。
なお、本発明における「抗体」には、該抗体を認識するのに使用される蛍光色素や酵素などの検出分子を結合した抗体も含まれる。
【0019】
E−カドヘリン陽性細胞及びc−Kit陽性細胞は、E−カドヘリン抗体及びc−Kit抗体を担体に固定化して担持させた該抗体−担体結合体を、多能性幹細胞を含む細胞集団と適当な条件下(例えば、生理的なイオン強度、pH)にて懸濁、混合し、適当な時間(例えば、1時間から一晩)及び温度(例えば、4℃〜37℃程度)にてインキュベートすることで、E−カドヘリン陽性細胞又はc−Kit陽性細胞と抗体とを結合させ、細胞−抗体−担体複合体を適当な方法で回収し、調製することができる。ここで、抗体を固定化し担持させるための担体は、抗体が固定化されるものであればいかなる形状、組成のものであってもよく、例えば、磁気ビーズ、結合したProteinAやProteinGが結合したアガロース、セファロースなどの樹脂、又は抗体が平面に結合した板状の部材(プレート)、膜、チューブなどが使用可能である。例えば、磁気ビーズを使用する場合には、磁気ビーズを結合させたE−カドヘリン抗体又はc−Kit抗体(アビジン又はストレプトアビジンとビオチンとの結合を利用する)を、E−カドヘリン陽性細胞又はc−Kit陽性細胞に各々結合させ、磁力によりこれらの陽性細胞を特異的に選別し、該細胞をさらに培養等することで調製することができる。あるいは、磁力を利用する方法以外にも、E−カドヘリン陽性細胞又はc−Kit陽性細胞に、各々結合したE−カドヘリン抗体又はc−Kit抗体を、アガロース又はセファロースと結合したProteinA若しくはProteinGなどを利用して、これらの陽性細胞を選別することも可能である。
【0020】
さらに、E−カドヘリン陽性細胞又はc−Kit陽性細胞の選別は、蛍光色素などを結合させた抗体を使用し、蛍光を指標にして細胞を分離する方法、例えば、フローサイトメトリー法などを利用したセルソーターシステム(FACSなどのフローサイトメーター)など、当該技術分野において周知の手法によっても可能である。フローサイトメーターとしては、いかなるものも利用可能であるが、例えば、ベクトン・ディッキンソン社(FACS Vantage、FACSAria、FACSCaliburなど)、ダコ・ジャパン社(Mo−Floなど)、ベックマン・コールター社(EPICS ALTRAなど)から購入することができる。さらに、フローサイトメーターにより目的細胞を選択、分取する上でフローサイトメーターの使用に供されるソフトウェアとしては、例えば、Flow−jo(Tree Star社)、CellQuest(ベクトン・ディッキンソン社)などを、使用する装置に応じて使用することができる。
なお、本明細書においては、「フローサイトメーター」とは、セルソーター(細胞装置)機能を備えたもの及び備えないものの両方を意味する。
【0021】
さらに、本発明は、細胞の大きさの差異、細胞密度の差異、細胞の自家蛍光の差異及び/又は細胞の生死に基づいて、多能性幹細胞の候補生細胞(多能性幹細胞の生きた候補細胞)を分取し、該分取した多能性幹細胞の候補生細胞から、E−カドヘリン及びc−Kitの細胞表面上での発現を指標にして、分化多能性を維持する細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法を提供する。
多能性幹細胞は、その細胞の大きさ、細胞密度、自家蛍光(細胞表面の官能基の種類や量を特徴付ける蛍光)に関し、多能性幹細胞以外の細胞と異なる特徴を有している。従って、多能性幹細胞に特徴的な細胞の大きさ、細胞密度、自家蛍光による選別と、E−カドヘリン及びc−Kitの発現を指標した選別を組み合わせることで、さらに、効果的に多能性幹細胞を選別することが可能となる。
また、生細胞と死細胞を区別することができる適当な色素で細胞を染色し、生細胞を分取する手段をさらに組み合わせることで、生きた多能性幹細胞を効率的に選別することが可能となる。
多能性幹細胞に特徴的な細胞の大きさ、細胞密度、自家蛍光を有する細胞を選別する方法は、当該技術分野において公知の方法を当業者が適宜選択して実施することができるが、例えば、フローサイトメーターを用いて実施することができる。フローサイトメーターを使用する場合、限定はしないが、例えば、細胞の大きさによる多能性幹細胞の候補細胞の絞り込みは、前方散乱光(forward scatter:FSC)を基準にし、細胞密度による絞り込みは、側方散乱光(side scatter;SSC)を基準にすることができる。フローサイトメーターによる場合、多能性幹細胞を細胞の大きさ及び細胞密度について、FSC及びSSCにゲートを設定し(図1、左図)、自家蛍光について、ある波長領域蛍光の強度にゲートを設定することで(図1、中央図)、多能性幹細胞候補の絞り込みを行うことができる。このようにして絞り込まれた多能性幹細胞候補について、さらに、c−Kit及びE−カドヘリンの発現を指標に多能性幹細胞を選別すると(図1、右図)、夾雑細胞が除かれた均一な多能性幹細胞の集団を調製することができる。例えば、MEF(マウス胎児線維芽細胞)などの混入が予想されるような場合には、FSCを10〜10程度の範囲に、SSCを10〜10程度の範囲に、また、自家蛍光につき、例えば、580nm〜640nm(610±30nm)の蛍光波長範囲において、多能性幹細胞からの蛍光強度はMEFからの蛍光強度よりも弱いので、蛍光強度が10〜10程度の範囲にゲート設定すると、c−Kit及びE−カドヘリンによる選別後のMEFの混入(図2A中楕円で囲んだ部分の細胞集団)を防ぐことができる(図2A、下段、MEFとES、iPSを比較のこと)(以上の設定は、例えば、Mo−Flo及びFlow−joを使用する場合に利用することができる)。
また、生細胞と死細胞は、細胞の生死によって染色の程度が異なる色素、限定はしないが、例えば、ヨウ化プロピジウム(Propidium iodide;PI)などによって細胞を染色し、細胞からの蛍光強度の差異によって生細胞と死細胞の区別が可能である。
なお、「ゲート」の設定とは、フローサイトメトリー法において用いられる通常の意味と異なるものではなく、目的の細胞集団を分取するために、例えば、FSC、SSC、特定の蛍光波長における蛍光強度などに選択範囲(分画の範囲)を設定することである。
【0022】
細胞の大きさ、細胞密度に関するゲートは、多能性幹細胞のFSC及びSSCの強度範囲を、使用するフローサイトメーターで予め測定しておくことで、測定した値を指標に容易に設定することができる。
同様に、自家蛍光に関するゲートについても、任意の蛍光波長範囲における多能性幹細胞の自家蛍光の強度範囲と混入が予想される細胞(例えば、MEFなど)の自家蛍光強度範囲を、使用するフローサイトメーターで予め測定しておくことで、測定した値を指標に、多能性幹細胞のみを分取できるゲートを容易に設定することができる。
また、細胞の生死の区別については、細胞の生死によって染色の程度が異なる色素であればいかなるものであっても使用可能であり、色素の励起蛍光波長に適した波長範囲の蛍光を検出して、その強度の差異により容易に区別することができる。さらに、自家蛍光の差異による区別と細胞の生死による区別は、検出する蛍光の波長範囲を適切に選択することで同時に行うことが可能である。例えば、MEFの混入が予想され場合に、細胞の生死を区別するには、特定の励起光(例えば、PIの場合、488nm)で励起して得られる特定波長領域の蛍光(例えば、PIの場合、580nm〜640nm(610±30nm))の強度は、生きた多能性幹細胞、MEF、死細胞の順に強くなるので、得られる強度を指標にしてゲート設定が可能である。
【0023】
また、本発明は、多能性幹細胞を調製するためのキットを提供することができる。このようなキットは、c−Kit抗体及びE−カドヘリン抗体(あらかじめ蛍光色素が結合されていてもよい)を含む他、洗浄試薬、蛍光色素、酵素、発色団、磁気ビーズ、プロテインA又はプロテインG結合担体の他、板状、膜状、チューブ状担体、抗体結合試薬(例えば、ビオチン−アビジン結合などを行うのに必要な試薬)などを含むことができる。キット中に含まれる試薬等は、構成成分が活性を長期間有効に持続し、容器の材質によって吸着されず、変質を受けないような何れかの種類の容器中に供給される。例えば、封着されたガラスアンプルは、窒素ガスのような中性で不反応性ガスの下において包装されたバッファーを含む。アンプルは、ガラス、ポリカーボネート、ポリスチレンなどの有機ポリマー、セラミック、金属、又は試薬を保持するために通常用いられる他の何れかの適切な材料などから構成される。
また、キットには使用説明書も添付される。キットの使用説明は、紙又は他の材質上に印刷され、及び/又はフロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、Zipディスク、ビデオテープ、オーディオテープなどの電気的又は電磁的に読み取り可能な媒体として供給されてもよい。詳細な使用説明は、キット内に実際に添付されていてもよく、あるいは、キットの製造者又は分配者によって指定され又は電子メール等で通知されるウェブサイトに掲載されていてもよい。
【0024】
さらに、本発明は、本発明の方法の実施に適した装置を提供する。当該装置は、E−カドヘリン抗体及びc−Kit抗体を固定化した担体及び該担体を固定化する保持部を具備し、該抗体−担体結合体と液体が接触可能な構成を備えたものである。ここで、「担体」とは、抗体が固定化されるものであればいかなる形状、組成のものであってもよく、例えば、磁気ビーズ、結合したProteinAやProteinGが結合したアガロース、セファロースなどの樹脂、又は抗体が平面に結合した板状の部材(プレート)、膜、チューブなどが使用可能である。また、「保持部」とは、抗体を結合した担体を保持する機能を備えた部分のことであり、例えば、担体がビーズ状のものであれば、これが充填可能なカラム状の部分のことであり、金属、ガラスなどいかなるものであってもよい。担体が板状の部材(プレートなど)、あるいは、膜状若しくはチューブ状の部材の場合には、該板状又は膜状若しくはチューブ状の部材を直接保持するクランプのようなものであっても、内部に該板状又は膜状若しくはチューブ状部材を収納する容器状ものであってもよい。さらに、「液体が接触可能な構成」とは、目的とするE−カドヘリン陽性及びc−Kit陽性細胞以外の夾雑物(例えば、フリーな抗体、多能性幹細胞以外の細胞など)を洗浄液などで洗い流すことができ、また、目的の細胞を取得するために液体により回収することが可能な構成であればいかなるものであってもよい。例えば、保持部としてカラムなどを使用する場合には、カラム内部において抗体(又は、抗体−担体結合体)とバッファーなどの液体とが接触可能であればよく、また、プレート又は膜若しくはチューブを担体として使用する場合には、プレート又は膜若しくはチューブ上に固定化された抗体(又は、抗体−担体結合体)と液体が接触可能な容器状の閉じた空間によってプレート又は膜若しくはチューブが覆われていればよい。
さらに、本発明の装置には、担体、試料(細胞など)、バッファーなどの溶液を保持部に充填又は注入するための注入口、保持部から排出又は回収するための排出口を適宜備えていてもよい。
本発明の装置は、本発明のキットの構成要素であってもよい。
【0025】
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
1.ES細胞株に関する解析
1−1.ES 細胞株の培養
フィーダー細胞非依存性マウス胚性幹細胞株(mouse embryonic stem cell;mESc)のE14tg2a、EB3−DsRed、EB3−DsRed−NVtTは、ゼラチンコートを施したディッシュにて、Glagow’s Modified Eagle’s Medium(GMEM;Sigma,St.Louis,MO)に、10% ウシ胎児血清(FBS;Nichirei)、0.1mM 2−メルカプトメタノール(Invitorogen)、0.1mM 非必須アミノ酸(Invitorogen)、1mM ピルビン酸ナトリウム塩(Invitorogen)、1% L−グルタミン−ペニシリン−ストレプトマイシン(Sigma)、1,000U/ml leukiemia inhibitory factor(LIF; Millipore)(Feeder−Free medium)を添加した培地で培養した。
EB3−DsRed−NVtTは、EB3−DsRed細胞のNanogプロモーター下流に、IRES配列を介して黄色蛍光遺伝子VenusとNeomycin耐性遺伝子を繋いだ配列をloxPにより挟み、その下流にテトラサイクリントランス活性化タンパク質(tTA)遺伝子をつなげたベクターをエレクトロポレーション法により導入した細胞である。
E14tg2a細胞は、129/ola由来の細胞であり、HPRT陰性のES細胞株である。
EB3−DsRed細胞は、丹羽仁史博士(理研発生・再生科学総合研究センター)から供与して頂いたもので、EB3 ES細胞株に、CAGp−DsRedベクターを導入しDsRedを強制発現させた細胞である。EB3細胞は、E14tg2a細胞のOct−3/4遺伝子座下流に薬剤耐性遺伝子BSDを、IRES配列を用いてノックインした細胞である。
【0027】
1−2.フローサイトメーターを用いたES細胞の膜表面抗原の発現解析
E14tg2a細胞を、2.0×10の濃度で、φ10cmディッシュにまき、2日間培養した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄後、トリプシン処理を施し、細胞を縣濁した。細胞懸濁液に、抗体(表1を参照のこと)を、0.02 μg /10細胞となるように加え、氷上で30分静置した。3%FBSを含んだPBS(staining medium;SM)で洗浄後、1μg/ml ヨウ化プロピジウム(Propidium iodide;PI)を含んだSM(PI/SM)で再懸濁し、Mo−Flo(Beckman Coulter)と解析ソフトウェア、Flow−joを使用し解析した。
解析の結果から、多能性幹細胞に固有の細胞の大きさ、細胞密度、自家蛍光量を有する細胞として、FSCが10〜10程度、SSCが10〜10程度、また、PI染色によって得られる蛍光(励起波長;488nm、蛍光波長;610±30nm)が、10〜10程度の細胞を多能性幹細胞の候補細胞とした(図2)。
また、ラット由来の精製抗体(色素標識なし)、又は、ビオチン結合抗体を用いた場合は、SM で洗浄後、二次抗体として、精製抗体に対してAlexa 647 conjugated goat anti Rat IgG(Invitrogen)を0.2μg/10細胞、ビオチン結合抗体には、Phycoerythrin(PE)conjugated streptavidinを0.04μg/10細胞となるように加え、氷上で30分静置した。SMで2度洗浄後、PI/SM中に再懸濁し解析した。
【0028】
【表1】

【0029】
この方法で一次解析を行なった後、染色される抗体に関しては同じ量で、染色の程度が悪い抗体に関しては抗体の量及び反応時間を検討しながらより良い染色条件を決定し二次解析及び三次解析を行なった(表2)。抗体による解析の結果、E14tg2a ES細胞株において染色された細胞の割合をその抗体別に分類し、各抗体に対応する抗原がES細胞株の表面に発現される頻度について解析を行った(図3)。
【表2】

【0030】
染色条件の検討結果及び各抗体に対する抗原の発現頻度の解析結果に基づき、EB3−DsRed−NVtT細胞を用いて、未分化細胞において発現の高いとされる転写因子 Nanogと、本結果から選択されたc−Kit、sca−1、SSEA1、SSEA4、CD9、E−カドヘリンとの相関をMo−Flo、Flow−joを使用し解析した。(図4)。
なお、PIは、細胞内のDNAに結合する色素で、細胞膜透過性が低いため生細胞を染色することができず、細胞膜の透過性が上がった死細胞を染色する。この特性を利用して死細胞の識別、除去を行った。
【0031】
1−3.細胞の分取とRT−PCR
次に、c−Kit陽性細胞(c−Kit)、c−Kit陰性細胞(c−Kit)、SSEA陽性細胞(SSEA)、SSEA陰性細胞(SSEA)、E−カドヘリン陽性細胞(E−カドヘリン)中における、分化多能性因子(Nanog、Rex1、Oct3/4、Sox2、Klf4)の発現状況について検討を行った。
E14tg2a細胞の懸濁液にRat anti mouse E−cadherin(TAKARA)を1μg/10細胞の割合で加え、氷上で30分静置した。SMで洗浄後、Alexa Fuluor 647 conjugated goat anti Rat IgG(Invitrogen)を2μg/10細胞の割合で加え、氷上で30分静置した。SMで2度洗浄後、PE conjugated anti human/mouse SSEA1(R&D systems)を0.1μg/10細胞とPE−Cy7 conjugated anti mouse c−Kit(eBioscyence)を0.06μg/10細胞の割合で加え、氷上で30分静置した。SMで洗浄後、1μg/ml PI/SMで再懸濁し、Mo−Floにより、c−Kit陽性・陰性、SSEA1陽性・陰性細胞、E−カドヘリン陽性細胞を、TRIZOL(Invitrogen)中へ分取した。
フェノール・クロロホルム法により、RNAを分離、エタノール沈殿で精製後、Thermo Script RT−PCR system(invitrogen)のOligo(dT)20primerを用いて逆転写しcDNAを作製した。Gapdhを内部標準とし、Taq polymeraseHS(TAKARA)を用いてGene Amp PCR system 9700(Applied Biosystems;AB)によりPCRを行った(図5)。この結果、c−Kit陽性ES細胞は、未分化維持に重要とされる遺伝子の高い発現レベルを示しており、また、E−カドヘリンについても、c−Kitよりは発現レベルが下がるものの、未分化関連遺伝子のなかで特にSox2、Oct3/4の高い発現が見られた。
【0032】
RT−PCRで使用したプライマーの配列は以下の通りである。
Nanog(Forward):5’-CAGGAGTTTGAGGGTAGCTC-3’(配列番号1)
Nanog(Reverse):5’-CGGTTCATCATGGTACAGTC-3’(配列番号2)
Rex1(Forward):5’-ACGAGTGGCAGTTTCTTCTTGGGA-3’(配列番号3)
Rex1(Reverse):5’-TATGACTCACTTCCAGGGGGCACT-3’(配列番号4)
Oct3/4(Forward):5’-TGCGGGCGGACATGGGGAGATCC-3’(配列番号5)
Oct3/4(Reverse):5’-TCTTTCCACCAGGCCCCCGGCTC-3’(配列番号6)
sox2(Forward):5’-TTGCCTTAAACAAGACCACGAAA-3’(配列番号7)
sox2(Reverse):5’-TAGAGCTAGACTCCGGGCGATGA-3’(配列番号8)
Klf4(Forward):5’-TCGCTTCCTCTTCCTCCGACACA-3’(配列番号9)
Klf4(Reverse):5’-GCGAACTCACTCACACAGGCGAGAAACC-3’(配列番号10)
Gapdh(Forward):5’-TGCACCACCAACTGCTTA G-3’(配列番号11)
Gapdh(Reverse):5’-GGATGCAGGGATGATGTTC-3’(配列番号12)
【0033】
1−4.c−Kit陽性、陰性細胞の分取及びアルカリフォスファターゼ染色による未分化性の評価
E14tg2a細胞の懸濁液にAllophycocyanin(APC)conjugated anti mouse c−Kit(eBioscience)を0.06 μg/10細胞の割合で加え、氷上で30分静置した。SMで洗浄後、PI/SMで再懸濁し、ゼラチンコート処理した6ウェルプレートの各ウェルにc−Kit陽性、c−Kit陰性細胞を4000個ずつMo−Floを用いて分取した。翌日培地を換え、3日後にMo−FloとFlow−joを用い、各ウェルのc−Kitの発現を解析した。また、一部のウェルを10% ホルマリンを含むメタノールで固定し、0.1M Tris−HCl(pH 9.5)で洗浄後、Alkaline Phosphatase Substrate Kit II(VECTOR)を用いて、15分間染色処理を施した。0.1M Tris−HCl(pH9.5)で洗浄後、PBSに置換し、顕微鏡下で観察した(図6)。この結果、c−Kit陽性ES細胞は密な未分化様コロニーを形成していることが明らかとなった。
【0034】
1−5.胚盤胞注入法を用いたキメラ形成能の評価
EB3−DsRed細胞のc−Kit陽性、c−Kit陰性、c−Kit陽性及びSSEA1陽性、c−Kit陽性及びSSEA1陰性、c−Kit陽性及びSca−1陽性、c−Kit陽性及びSca−1陰性、E−カドヘリン陽性細胞を、各々、Mo−Floを用いて96ウェルプレートの各ウェルへ分取し、胚盤胞に注入するES細胞として調製した(図7)。
本実験で使用した胚盤胞は、ホスト胚として凍結保存しておいたBDF1×C57BL6由来の桑実胚を、KSOM−AA(Millipore)を使用し、胚盤胞へと培養(1日間)したものを用いた。
顕微鏡下でマイクロマニピュレーターを用いて分取したES細胞を1個の胚盤胞に対して5個の割合で、腔へ注入した。胚の回復を待った後、交配後2.5日目の偽妊娠ICR 系統マウスの子宮へと移植し、移植後11日目(胎齢13.5日目)に帝王切開し胎仔を取り出した。得られた胎仔を蛍光顕微鏡下で観察しキメラ形成の判定を行った(表3)。
【0035】
【表3】

【0036】
2.iPS細胞株に関する解析
2−1.iPS細胞の樹立
遺伝子導入(Klf4、Sox2、Oct3/4、c−Myc)用のレトロウイルス(Yamanakaら,Cell 2006 126:663−676 参照)を感染させる2日前、凍結保存してあるマウス胎児線維芽細胞(Mouse embryonic fibroblast;MEF)をゼラチンコートしたディッシュ上、10% ウシ胎児血清(FBS;HANA−NESCO BIO CORP)、1% L−グルタミン−ペニシリン−ストレプトマイシン(Sigma)を添加したDulbecco’s Modified Eagle’s(DMEM;Sigma,St.Louis,MO)(MEF培地)を使用して、凍結保存から起こし培養した。
遺伝子導入は以下のように行った。
ウイルス感染1日前、MEF培地を、6ウェルプレートに各ウェル1×10細胞ずつ撒きなおした。
0日目(ウイルス感染の日);感染前にMEFを硫酸プロタミン(10mg/ml)を1μl/mlの割合で添加した培地に交換した。ウイルスストック(Klf4、Sox2、Oct3/4、c−Myc)各1本ずつ融かし、1ウェルに25μlずつ加えた。
1日目;新しいMEF培地に交換した。
2日目;ウイルスが感染した感染したMEF培地1ウェル分を、6ウェルプレートの各 ウェルに12等分して撒きなおした。
3〜21日目;MEF培地から、15% knockout serum replacement(KSR;invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトメタノール(Invitorogen)、0.1mM 非必須アミノ酸(Invitorogen)、HEPES緩衝液(Invitorogen)、1% L−グルタミン−ペニシリン−ストレプトマイシン(Sigma)、1,000U/ml leukiemia inhibitory factor(LIF;Millipore)を添加したDulbecco’s Modified Eagle’s Medium(Invitrogen)(KSR ES培地)に交換した。2日に1回の割合で培地交換を行った。
【0037】
実験に使用したマウス胎児線維芽細胞は、胎齢13.5日目のB6マウス胎児より調製した。具体的には、1胎児分、φ10cmディッシュ1枚とし、継代1〜2回目で、φ15cmディッシュ1枚に植え継ぎ、これを3本分して凍結保存しておいた細胞を使用した。
感染に使用したウイルスは、293GPG細胞から産生された上清を濃縮して使用した。具体的には、MEF培地に1μg/ml テトラサイクリン(SIGMA)、2μg/ml ピューロマイシン(SIGMA)、0.3mg/ml G418を添加した培地を使用して、poly L−Lysine(Invtrogen)コートしたφ10cmディッシュで培養し、〜80%コンフルエントになった状態で、ディッシュ4枚に撒きなおし、その後、再び〜80% コンフルエントになった段階で、培地をMEF培地に交換した。培地交換から2日目及び3日目に、上清を回収し、0.45μmのフィルターを通し、4℃ 6,000gで24時間超遠心した。上清を除き、500μlのKSR ES培地に懸濁し、50μlずつ凍結保存した。
【0038】
2−2.フローサイトメーターによる細胞膜表面抗原の経時的変化の解析とアルカリフォスファターゼ染色による未分化性の評価
調製したiPS細胞は、7、14、21日目にディッシュから剥がし、Rat anti mouse E−cadherin(TAKARA)を1μg/10細胞となるように加え、氷上で30分間静置した。SMで洗い、Alexa Fuluor 647 conjugated goat anti Rat IgG(Invitrogen)を2μg/10細胞となるように加え、氷上で30分間静置した。SMで2度洗浄後、PE−Cy7 conjugated anti mouse c−Kit(eBioscyence)を0.06μg/10細胞となるように加え、氷上で30分間静置した。SM で洗い、PI/SMに再懸濁し、Mo−Floで解析した(図8)。また、細胞の形態変化を顕微鏡下で観察した(図9)。
14、21日目にc−Kit陽性及びE−カドヘリン陽性、c−Kit陽性及びE−カドヘリン陰性、c−Kit陰性及びE−カドヘリン陽性、c−Kit陰性及びE−カドヘリン陰性細胞、各々、4000個を、予めフィーダー細胞を培養しておいた24ウェルプレートに1ウェルずつMo−Floで分取した。5日間、KSR ES培地で培養し、E14tg2a細胞を染色した場合と同様に、Alkaline Phosphatase Substrate Kit II(VECTOR)を用いて染色した。顕微鏡下、アルカリフォスファターゼ陽性コロニーの数を数え、染色状態の強弱を強陽性(++)、弱陽性(+)、陰性(−)に分類し、各分類のコロニー数から未分化様細胞がどの分画でより効率的に分取されたかを評価した(図10)。
この結果から、21日目において、c−Kit及びE−カドヘリンが共に陽性の細胞から選択的に未分化様細胞のコロニーが生じることが明らかとなった(図10、day21)。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、分化多能性を維持する多能性幹細胞を効率的に選別する方法であり、医療分野等において利用される分化多能性細胞の効率的な調製に極めて有効な手段を極めて有効な手段を提供するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞集団からE−カドヘリン陽性及びc−Kit陽性細胞を選別し、多能性幹細胞を調製する方法。
【請求項2】
前記細胞集団が、細胞の大きさ、細胞密度、細胞の自家蛍光及び/又は細胞の生死を指標にして、多能性幹細胞の候補細胞として分取されたものである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記候補細胞の分取が、フローサイトメーターにより行われる請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記分取が、前方散乱光及び側方散乱光にゲートを設定して行われる請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記分取が、蛍光にゲートを設定して行われる請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記分取が、ヨウ化プロピジウム(PI)で細胞を染色して行われる請求項3乃至5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記分取が、580nm〜640nm波長範囲の蛍光にゲートを設定して行われる、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記E−カドヘリン陽性及びc−Kit陽性細胞の選別がE−カドヘリンに対する抗体及びc−Kitに対する抗体を用いて行われる請求項1乃至7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記抗体が蛍光色素又は酵素を結合したものである請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記選別が、フローサイトメーターによって行われる請求項1乃至9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記抗体が、固定化可能な担体に担持されて行われる請求項1乃至9のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記細胞集団が、ES細胞を含む細胞集団である請求項1乃至11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記細胞集団が、iPS細胞を含む細胞集団である請求項1乃至11のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
E−カドヘリン抗体及びc−Kit抗体を含む多能性幹細胞を選別するためのキット。
【請求項15】
E−カドヘリン抗体及びc−Kit抗体を固定化した担体及び該抗体−担体結合体を固定化する保持部を具備し、該抗体−担体結合体が液体と接触可能な構造を備えた、請求項1乃至13のいずれかに記載の方法に使用するための装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−200676(P2010−200676A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−50008(P2009−50008)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名 再生医療(第8回 日本再生医療学会総会プログラム・抄録)第8巻/増刊号 頒布日 平成21年 2月 5日 発行所 メディカルレビュー社 該当ページ 第140ページ
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度文部科学省、「科学技術試験研究委託事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】