説明

大腸癌の診断及び予後判定のための用具セット及び方法

【課題】
本発明の一の実施形態では、大腸癌の存在を示す生物指標化合物(バイオマーカー、biomarker)及びその組み合わせを特定することにより大腸癌を発見する方法、及び用具セットを提供する。
【解決手段】
本発明の一実施形態は、被検体の大腸癌を検出する方法であって、該被検体から生体サンプルを取得する行程と、該生体サンプルに含まれる一つ又は複数のバイオマーカを検出する行程と、前記生体サンプルにおける一つ又は複数のバイオマーカの濃度及び/又は発現レベル(expression level)を、正常な対照サンプル(control sample)における一つ又は複数のバイオマーカの濃度及び/又は発現レベルと比較する行程と、を有する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌を診断する方法に関し、特に、バイオマーカのパネル(panel)を用いて、生体サンプルから大腸癌を診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸癌(colorectal cancer、CRC)は、米国社会に多く蔓延する第3位の悪性腫瘍であり、2005年には新たにおよそ145,000人が大腸癌と診断され、56,000人が死亡している。治療法が進歩しているとはいえ、その有効性に大きな進展はなく、特に、初期段階で診断を受けた患者が長く生存しているという事実から見ても、罹患率や死亡率を減少させる基本施策は早期診断である。癌の進行段階がステージIである患者の5年生存率は85%であるのに対し、ステージIIの患者では65〜75%、ステージIIIの患者では35〜50%である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
大腸癌についての最も一般的な非侵襲性試験は、便潜血検査(fecal occult blood test、FOBT)である。都合の悪いことに、FOBTは、偽陽性となる確率が高いことに加え、全ての癌が出血するとは限らないことから、その感度(診断における適中率)は約50%程度であり、初期の悪性腫瘍を検出できない場合がある。癌胎児性抗原(carcinoembryonic antigen:CEA)、糖鎖抗原19−9、及び脂質関連シアル酸などの多くの血清マーカも、大腸癌について研究されてきた。しかしながら、これらの血清マーカは感度が低いことから、アメリカ臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology)は、いずれの血清マーカも大腸癌のスクリーニングや診断の用途には推奨できないとし、その使用は手術後の調査用途に限るべきとしている。結腸癌を検出するための最も信頼できる標準的方法として、結腸鏡検査やS状結腸鏡検査があるが、これらの侵襲性試験は、高価で、高度に訓練を受けた人員を必要とし、不快感があり、かつ、腸穿孔の発生リスクと死亡リスクとを増大させる。また、内視鏡に対して通常行われる殺菌処理は、バクテリアや多くのヴィールスに効果がある反面、プリオンに対しては効果がないことがあり、その結果、結腸鏡検査は、患者をプリオン病に晒してしまう可能性がある。上記の状況から、大腸癌についての新しいバイオマーカ試験や診断テストの実現が、今なお強く望まれている。大腸癌の治療は、その癌の進み具合に強く依存しているため、臨床医、研究者、及び様々な医療関係者、究極的には患者も含めた全ての人々が、大腸癌の進行段階特定のための診断ツールを探し求め続けているのである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
以下に示す詳細な説明は、添付図面に関連付けて理解することができる。
ただし、以下に示す詳細な説明は、本発明を例示するものであって、発明の内容を特定の実施例に限定することを意図したものではない。
【0005】
本発明の実施形態について、まずその全体を概説した後、実験結果について説明する。以下の詳細説明の後に、配列リストを記載した2つの追加資料を付す。
【0006】
タンパク質の特定及び定量化についての、質量分析法を基礎とする各種の手法により、複雑な生体サンプルについての包括的かつ大規模な比較プロテオーム解析が可能となっている。特に、多重反応モニタリング質量分析(multiple-reaction-monitoring mass spectrometry、MRM-MS)は、最先端の質量分析法であり、複合生体混合物(complex biological mixture)に含まれている特定のペプチドの同定と定量化を、非常に高感度かつ高速に実行することができる。このためMRM-MSは、候補マーカに基づいて臨床試料のスクリーニングを短時間で大量に処理し得る手法として期待されている。MRM-MSは、製薬業における微小分子の検出手段として、あるいは、臨床研究室における薬物代謝物の分析手段として確立された手法である。疾患検出に用いることができると考えられるバイオマーカが非常に多い場合には、ELISA等の従来の診断ツールは、高価な試薬を要しかつ処理時間が長いことから、一般的にはプロテオーム解析に用いるのは適当でない。可搬型装置によるMRM-MS分析は、安価でかつ短時間処理が可能となることから、臨床検査部門における次世代の分析プラットフォームとして魅力的な選択肢であり、大腸癌の進行段階特定を行う診断ツールを開発するための基盤として有望なものである。
【0007】
本発明の一実施形態は、大腸癌に関連付けられた一群のバイオマーカを特定することを、基礎の一部としている。これらのバイオマーカのリストを、表1に示す。これらのバイオマーカは、大腸癌患者の生体サンプルにおいては、正常な対照試料(control sample。以下、「対照サンプル」と称する。)とは異なるレベルで存在する。したがって、本発明の一実施形態は、表1に示された少なくとも一つのバイオマーカの量又はレベルを検出又は測定することにより種々の進行段階にある大腸癌の診断、予後判定、及びモニタリングを行う方法に関する。本発明の特定の実施形態では、表1に示されたバイオマーカのうちの、少なくとも2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ等々(少なくとも9乃至20、あるいはそれ以上の種類のバイオマーカを、任意の組み合わせで含むものとする)の種類のバイオマーカの存在、量、及び/又はレベルを測定する。本発明の他の実施形態では、癌胎児性抗原(CEA)、糖鎖抗原19−9などの、表1に示されていない追加のバイオマーカの量やレベルも測定され、本発明に係る更に別の実施形態では、これらの追加のバイオマーカが測定されて、異なる種類の癌や他の病変が検出される。
【0008】
「生体サンプル」という用語は、人間の患者から採取された何らかの生体サンプルを言い、組織サンプル、細胞サンプル、腫瘍サンプル、及び、血液、血清、血漿、又は尿などの生体液を含む。本発明の一実施形態では、生体サンプルは血清である。
【0009】
「バイオマーカ」とは、生体内の細胞又は組織により生成された分子であって、その存在、その発現レベル、あるいはその形態が、癌(例えば大腸癌)と関連付けられる。このような分子には、核酸、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、ペプチド、ポリペプチド、及び、ポリヌクレオチド、ペプチド、ポリペプチドを含むタンパク質や、多糖体、脂質、あるいは種々の微小分子や作用基(functional group)を付加することによ修飾されたタンパク質が含まれる。
【0010】
〔診断方法〕
本発明の一実施形態では、被検体から採取した生体サンプルに含まれる、表1に示す一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルと、一つ又は複数の対照サンプルに含まれる上記一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルとの違いから、被検体における大腸癌の存在を検出する。一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルは、対照サンプルより生体サンプルにおいて大きい場合もあれば(即ち、発現上昇型バイオマーカ、up-regulated biomarker)、対照サンプルより生体サンプルにおいて小さい場合もある(即ち、発現低下型バイオマーカ、down-regulated biomarker)。発現上昇型バイオマーカの発現レベルをクラス分けする場合の閾値は、対照サンプルにおける発現レベルに対する固定の乗数とすることができ、その値は、バイオマーカの種類と診断対象である病変に依存して、約1.05〜約50となる。同様に、発現低下型バイオマーカの発現レベルをクラス分けする場合の閾値は、対照サンプルにおける発現レベルに対する固定の乗数とすることができ、その値は、バイオマーカの種類と診断対象である病変に依存して、約0.9〜約0.1以下となる。
【0011】
本発明の一実施形態は、ステージII及びステージIIIの大腸癌とステージIの大腸癌とを識別する方法である。この方法は、(1)大腸癌を持つ被検体からの生体サンプルにおける、表1に示す一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルを測定するステップと、(2)被検体の生体サンプルにおける一つ又は複数のバイオマーカの上記発現レベルを、対照サンプルにおける上記一つ又は複数のバイオマーカの発現レベル又は予め定めた値とを比較して、その被検体のサンプルにおける上記一つ又は複数のバイオマーカの発現変化の程度を特定するステップと、(3)ステップ(2)において特定した各バイオマーカの発現変化の程度を、ステージIの大腸癌について予め測定された参照値と比較するステップと、を有している。一つ又は複数の発現上昇型バイオマーカの発現変化の程度がステージIの大腸癌について予め測定された参照値よりも大きいとき、及び/又は、一つ又は複数の発現低下型バイオマーカの発現レベルの倍率変化がステージIの大腸癌について予め測定された参照値よりも小さい場合は、その被検体は、ステージII又はステージIIIの大腸癌を持つものと診断される。
【0012】
本発明の他の実施形態は、大腸癌の治療管理、大腸癌に対して行った治療法の有効性のモニタリング、及び、癌の治癒確認に用いられる方法である。この方法は、(1)大腸癌を持つ被検体から採取した生体サンプルにおける、表1に示す一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルを繰り返し測定するステップと、(2)上記サンプルについての測定された一つ又は複数のバイオマーカの、上記発現レベルの各測定値を、対照サンプル群における上記一つ又は複数のバイオマーカの発現レベル、又は治療過程における一連の比較対照として予め測定された対照値(control value)と比較するステップと、(3)上記一つ又は複数のバイオマーカのそれぞれについて、上記一つ又は複数のバイオマーカの各発現レベルとそれらに対応する対照値との差異が減少したときは、その一つ又は複数のバイオマーカに関して治療は効果的であったものと判断するステップと、(4)治療が効果的であったものとされたバイオマーカの数の、バイオマーカの総数に対する、割合を特定して、治療の総合的な有効性を決定するステップと、を有している。
【0013】
本発明の一実施形態は、生体サンプルにおけるバイオマーカの発現を検出することのできる、大腸癌診断キットである。例えば、このキットは、酵素免疫法(ELISA)、放射免疫測定法(radioimmunoassay、RIA)、及び/又は、免疫組織化学的試験(immunohistochemical test)などの、抗体に基づく免疫測定法を実行するのに適した試薬を含むことができる。例えば、このキットは、表1にリストされた、一つ又は複数のバイオマーカであるタンパク質に固有の結合剤(例えば、抗体)やフラグメントを含むことができる。さらにキットは、一つ又は二つの標準物質(standard)、アッセイ希釈液(assay diluent)、洗浄バッファ(wash buffer)、及び、マイクロタイタープレート(microtiter plate)のような固体支持体(solid support)を含むことができる。本発明の他の実施形態では、キットには、表1に示す一つ又は複数のタンパク質バイオマーカをコードする核酸を測定するための、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(reverse-transcription polymerase chain reaction、RT-PCR)分析に適した試薬を含むことができる。例えば、そのキットには、生体サンプルからトータルRNAを分離する一つ又は複数の手段と、分離したトータルRNAからcDNAを生成する手段と、表1にリストされた一つ又は複数のタンパク質バイオマーカをコードする核酸を増幅するのに適したプライマーのいくつかのペアを含むことができる。
【0014】
〔バイオマーカを検出する方法〕
本発明の一実施形態である方法を用いて、一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルを公知の技術により測定することができる。以下に示すように、種々の技術を用いて、mRNA及び/又はタンパク質レベルのバイオマーカを検出することができる。質量分析法は、この分野では周知の技術であり、タンパク質などの生体分子の定量化及び/又は特定に用いられている。本発明の一実施形態では、タンデム質量分析(MS/MS)、液体クロマトグラフィ・タンデム質量分析(LC/MS/MS)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(matrix assisted laser desorption ionization time-of-flight mass spectrometry、MALDI-TOF/MS)、表面増強レーザ脱離イオン化質量分析(surface enhanced laser desorption ionization mass spectrometry、SELDI-MS)のような質量分析法と組み合わされた、高圧液体クロマトグラフィ(high pressure liquid chromatograph、HPLC)やゲル電気泳動法などのクロマトグラフ技術を用いて、表1にリストされた一つ又は複数のマーカを検出することができる。本発明の一実施形態は、(1)大腸癌を持っているか、又は持っている疑いのある被検体から採取した生体サンプルにおける、表1に示す一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルを測定するステップと、(2)上記生体サンプルにおける上記バイオマーカの濃度及び/又は発現レベルを、これに対応する対照サンプル群における濃度及び/又は発現レベル若しくは予め測定された値と比較するステップと、を有する方法である。本発明の特定の実施形態では、検査された一つ又は複数のバイオマーカの被検体における発現レベルが、対照サンプルにおける発現レベルと比較して、発現上昇又は発現低下についての閾値より、それぞれ、大きいか又は小さい場合、若しくは、上記バイオマーカについて測定された濃度が、予め測定された所定値に対応する濃度閾値より大きいか又は小さい場合に、大腸癌が存在するものと判断される。しかしながら、調査された一つ又は複数のバイオマーカの発現レベル又は濃度を差分として表現することにより、大腸癌の存在を判断することもできる。
【0015】
本発明の一実施形態では、表1にリストされたバイオマーカを、MRM-MSを用いて特定し、分析し、定量化することができる。タンパク質バイオマーカから切り離された特定のトリプシンペプチドを、そのタンパク質バイオマーカの化学量論的な代表物として選択することができる。選択されたトリプシンペプチドの量は、そのタンパク質の濃度尺度を与える内部標準物質として安定同位体標識ペプチドを用い、当該安定同位体標識ペプチドに対する相対量として測定するか、又は、その発現レベルを対照サンプルと比較することにより相対量として測定することができる。一つの分析方法として、相対的定量MRM-MSを組み合わせたLC/MS/MSに基づく分析法を用いることができる。
【0016】
本発明の他の実施形態では、ウエスタンブロット法分析や酵素標識免疫測定法(enzyme-linked immunoabsorbent assay、ELISA)などの免疫学的方法を用いてバイオマーカのタンパク質を測定することにより、生体サンプルに含まれる当該バイオマーカを検出することができる。バイオマーカのタンパク質の測定には、種々の免疫学的測定法を用いることができる。表1に示す種々のバイオマーカについての固有の抗体は、標準的な技術を用いて容易に取得又は生成することができる。
【0017】
本発明の更に他の実施形態では、表1に示すタンパク質バイオマーカをコードする核酸(例えば、mRNA)を測定することにより、生体サンプルに含まれる上記バイオマーカを検出することができる。本発明の一実施形態では、生体サンプルからRNAが分離される。変性アガロースゲルの上でRNAを前処理し、前処理したRNAをニトロセルロースやナイロンメンブレン等の適切な支持体にトランスファ(transfer)してノーザンブロッティングを行うことにより、RNA転写物(RNA transcript)の検出を行うことができる。次に、上記前処理を行ったRNAに対し、放射標識されたcRNA又はRNAとのハイブリッド形成を行い(hybridize)、洗浄した後、オートラジオグラフィ(autoradiography)により分析を行う。RNA転写物の検出は、RT-PCRなどの様々な公知の増幅手法を用いても行うことができる。
【0018】
〔治療法のスクリーニング〕
バイオマーカの発現は、与えられた被検体におけるゲノムレベルの異常発現(例えば、遺伝子増幅)、転写レベルの異常発現(例えば、mRNA転写物生成の増加)、又はタンパク質レベルの異常発現(例えば、翻訳、翻訳後修飾など)のいずれかの結果と考えられる。増加方向に異常発現するバイオマーカは、それらの生物的活性及び/又は生物的発現を阻害する物質を使用して調整することができ、減少方向に異常発現するバイオマーカは、それらの生物的活性又は生物的発現を促進する物質を使用して調整することができる。このような物質は、大腸癌を持つ患者の治療に用いることができ、「治療薬」と呼ばれる。表1に示すバイオマーカと直接的又は間接的に相互作用することのできる物質は、酵母ツーハイブリッド(yeast-2-hybrid)法やファージディスプレイ(phage display)を含む、結合試験法(binding assay)などの様々な公知の方法を用いて特定することができる。本発明の一実施形態は、以下に示す表1にリストされた一つ又は複数のバイオマーカの異常発現に起因する大腸癌を治療するための治療薬をスクリーニングする方法を提供する。
【0019】
【表1】


【0020】
本発明は、表1にリストされたバイオマーカに限られるものではないと理解すべきである。大腸癌及び他の種類の癌、又は他の病変を検出するための、他のバイオマーカが見出される可能性がある。
【0021】
付録1:表1に示す20種のバイオマーカについてのアミノ酸配列を示す。
付録2:表1に示す20種のバイオマーカについてのヌクレオチド配列を示す。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】14個の血清試料のSDS-PAGEゲルの画像を示す図である。
【図2A】1μg/mlのウサギポリクローナル・アンチヒューマン・フィブロネクチン抗体を用いた、大腸癌を含む血清試料と正常な血清試料のウェスタン・ブロットを示す図である。
【図2B】陰性標準試料として1μg/mlのウサギIgG1アイソタイプ抗体を用いた、大腸癌を含む血清試料と正常な血清試料のウェスタン・ブロットを示す図である。
【図3】α-1-酸性糖タンパク質1(a-1-acid glycoprotein 1、ORM 1)ワーキングペプチド(working peptide)の、選択反応モニタリング質量分析(selected-reaction-monitoring mass spectrometry、SRM-MS)における代表的なクロマトグラムを示す図である。
【図4】33個の血清サンプルについての3つのORM1ワーキングペプチドの、多重反応モニタリング質量分析(multiple-reaction-monitoring mass spectrometry、MRM-MS)における代表的なペプチド傾向線を示す図である。
【図5】アミロイドAタンパク質(SAA2)、ORM1、プラズマ・セリーン・プロテアーゼ阻害剤(SERPINA3)、及びC9補体成分(C9 complement component)の血清値を、癌の場合と正常な場合とについて比較するボックスプロット(箱ひげ図)を示す図である。
【図6】SERPINA3、ORM1、SAA2、及びC9についての行列散布図である。.
【図7】血漿サンプルと血清サンプルについての階層的クラスタ分析を示す図である。
【図8】C9タンパク質の3つのトランジション・ペプチド(transition peptide)についてのMRM-MS C9傾向線を示す図である。
【図9】ランダム・フォレスト・モデル(random-forest model)を用いた場合の、48個の血清サンプルセットについての受信者操作特性(Receiver Operating Characteristic、ROC)曲線を示す図である。
【図10】ブースティング法(boosting method)により作成された、48個の血清サンプルセットについてのROC曲線を示す図である。
【図11】ランダム・フォレスト・モデルにより作成された、33個の血清サンプルセットについてのROC曲線を示す図である。
【図12】ランダム・フォレスト・モデルにより作成された、13個の血清サンプルセットについてのROC曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
〔例〕
本発明は、ここに記載された例に限定されるものと解釈すべきではない。本発明の実施形態は、通常の知識を持つ当業者が有する技術の範囲内における、任意の及び全ての応用、及び、全ての等価な変形を含むものとする。
【0024】
1.例1:大腸癌に関するバイオマーカの特定:発見段階〕
〔血清サンプルの試験〕
大腸癌を持つ8個のサンプルと、年齢及び性別を対応させた6個の正常な対照サンプル6個とを含む、総数14個の血清サンプルを調査した:8個の大腸癌サンプルについての大腸癌の進行段階は、2個がステージI、2個がステージII、2個がステージIII、2個がステージIVである。
【0025】
〔ゲル・エンハンスト(Gel-Enchanced)LC/MS/MS〕
MARS-7スピンカラム(アジレント社製)を用いて、各血清サンプルにつき2μLを用いて不要タンパク質の選択除去(ディプリーション)を行い、除去後にタンパク質の量を測定した。SDS-PAGEローディングバッファ(loading buffer)を用いて、各サンプルにつき20μgを可溶化した。4-12% Bis-Tris Novexゲル(インビトロジェン社製)に、各サンプルを一つずつ浸み込ませた。図1は、14個の血清サンプルの、SDS-PAGEゲル画像である。101〜114の各レーンには、各血清サンプルを20μgずつロードしている。ゲルは、クーマシー染料(SimplyBlue(登録商標))を用いて着色した後、格子を使って1レーンずつ24個のバンド(帯)に分けた。
【0026】
〔ゲル内消化(In-gel digestion)〕
各バンドについて、ProGuestワークステーションを用いて、以下のようにトリプシン消化を行った。(1)DTTを用い60℃で各サンプルを還元し、室温まで冷却する。(2)続いて、ヨードアセトアミドにより各サンプルをアルキル化し、37℃のトリプシン存在下で4時間にわたって孵置する。(3)次に、ギ酸を加えて反応を停止させる。
【0027】
〔LC/MS/MS〕
Thermo LTQ Orbitrap XL を用いたnano LC/MS/MSにより、ゲル内消化物(gel digests)を分析した。30μlの加水分解物質を、フローレート10μL/minで75μm C12ベント付きカラムにロードし、300nL/minの速さで溶出させた。1時間グラジエント溶出(one hour gradient)を行った。プロダクトイオンデータを、Mascot検索エンジンを用いてIPI Human v3.38データベースで検索した。Mascot検索に使用したパラメータは、以下のとおりである。
【0028】
検索の種類(Type of search):MS/MS イオンサーチ(Ion Search)、
酵素(Enzyme):トリプシン(Trypsin)、
固定修飾(Fixed modifications):カルバミドメチル(Carbamidomethyl)(C)、
可変修飾(Variable modifications):酸化(Oxidation (M, Acetyl (N-term, Pyro-glu (N-term Q))、
質量値(Mass values):モノアイソトピック(Monoisotopic)、
タンパク質質量(Protein Mass):無制限(Unrestricted)、
ペプチド質量許容差(Peptide Mass Tolerance):± 10 ppm (Orbitrap); ± 2.0 Da (LTQ)、
フラグメント質量許容差(Fragment Mass Tolerance):± 0.5 Da (LTQ)、
切断ミス最大数(Max Missed Cleavage):1。
【0029】
誤り発見率(false discovery rate)を評価して正しいタンパク質同定ができるように、Mascot検索エンジンの出力ファイルをScaffoldプログラム(www.proteomesoftware.com)により分析し、レーン毎の非冗長リストを生成するための対照調査及びフィルタリングを行った。出力は、タンパク質毎のスペクトルカウント(spectral count)である。スペクトルカウントは、サンプル間における存在量の半定量的尺度をなす(semi-quantitative measure of abundance across samples)。スペクトルカウントは、合致したペプチドの数と、それらのペプチドが検出された回数を示している。
【0030】
〔結果〕
全部で435種のタンパク質を特定した。ボックスプロットとスチューデントt検定法を用いて、p値<0.05を持つ42種のタンパク質を特定した。さらに、S-plus統計処理ソフトウェアによる探索的データ解析及び主成分分析を用いて、統計解析を行い、42種のマーカについての、病変サンプルと正常サンプルの間における差異を調査した。これらのマーカの生物学的/臨床的な関連性についての主成分分析の結果から、表1にリストした20種のバイオマーカから成るセットが導き出された。例2において後述するように、MRM-MS分析により、これらの20種のタンパク質の有効性を検証した。プロダクトイオン・スペクトラムの、断片化データ(fragmentation data)の特性に基づいて、10種のタンパク質を選択した。
【0031】
2.例2:バイオマーカの免疫検出
表1にリストしたバイオマーカの発現を検証するため、ウェスタン免疫ブロットを行った。ORM1、GSN、SAA、PROZ、PON3、MCAM1、PZP、及びFN1に対する抗体は、サンタクルーズバイオテクノロジー社から取得した。発見段階で用いたサンプルから11個の血清サンプルを選択し、各血清サンプルの1μlの部分標本を、SDS-PAGEローディングバッファ内で可溶化し、4-12% Bis-Tris Novex ゲル (インヴィトロジェン社製)にロードした。これらのゲルを、120Vの電圧で60分間の電気泳動にかけ、Bio-Radセミドライ式電気ブロッティング装置(Bio-Rad semi-dry electroblotting unit)を90分間用いて、SDS-PAGE ゲル内で分離した血清タンパク質をニトロセルロースメンブレンに転写した。ブロット部分は、Starting Block(登録商標)ブロッキングバッファ(ピアス社製)によりブロックし、一次抗体と共に一晩、4℃の状態で孵置した後、Tween 20を0.05%含むTBS(TBS-T)により10分洗浄を3回行った。次に、ブロット部分を、二次抗体に結合させたホースラディッシュペルオキシダーゼ(Horseradish Peroxidase、HRP)と共に室温で1時間孵置した後、TBS-Tにより15分洗浄を4回行った。SuperSignal Substrate(ピアス社製)を用いて信号検出を行い、Kodak 2000 Image Stationを用いてブロットを画像化した。図2Aは、1μg/mlのウサギポリクローナル・アンチヒューマン・フィブロネクチン抗体を用いた、大腸癌を持つ血清試料と正常な血清試料のウェスタン・ブロットを示す図、及び、図2Bは、陰性標準試料として1μg/mlのウサギIgG1アイソタイプ抗体を用いた、大腸癌を持つ血清試料と正常な血清試料のウェスタン・ブロットを示す図である。図2A及び図2Bに示されたレーンの番号を、左から右に向かって1乃至11とする。一番左のレーン1はステージIの結腸癌サンプル、レーン2はレーン1及びレーン3と被験者の年齢及び性別を整合させた正常サンプル、レーン3はステージIIAの結腸癌サンプル、レーン4はレーン5と被験者の年齢及び性別を整合させた正常サンプル、レーン5はステージIIIAの結腸癌サンプル、レーン6はステージIIIBの結腸癌サンプル、レーン7はレーン6の被験者と年齢及び性別を整合させた正常サンプル、レーン8はステージIVの結腸癌サンプル、レーン9はレーン8の結腸癌サンプルの被験者と年齢及び性別を整合させた正常サンプル、レーン10はステージIの結腸癌サンプル、ステージ11はレーン10の結腸癌サンプルの被験者と年齢及び性別を整合させた正常サンプルを示している。各レーンには、1μlの血清サンプルがロードされている。
【0032】
3.例3:MRM-MS分析の開発と検証:MRM-MSによるペプチドパネルの選択
表1にリストしたバイオマーカのペプチドは、MRM-MS分析手法におけるディスカバリーデータ(discovery data)から選択したものである。貯蔵しておいた病変サンプル及び正常サンプルについてのMRM-MS分析を行うことで容易に解析することのできるペプチドのパネル(panel)の範囲で、全てのタンパク質を個別に調査した。良好な結果を示したペプチドについては、最も量の多い二つのプロダクトイオンを見出すためのスキャンを1回だけ行うこととして、病変サンプル群及び正常サンプル群について再度分析を実施した。最も良好な結果を示すものとして選択された一つ又は複数のペプチドをそれぞれ含む10種のタンパク質を、多重測定に用いるMRM-MSパネルとして選択した。図3は、α-1-酸性糖タンパク質1(ORM 1)ワーキング・ペプチド(working peptide)の、選択反応モニタリング質量分析(SRM-MS)における代表的なクロマトグラムを示す図である。
【0033】
〔10多重(10-plex)相対的タンパク質MRM-MS分析〕
これらの10種のバイオマーカを用いる10多重(10-plex)相対的タンパク質分析法を開発した。10種のバイオマーカについてのMRM-MS分析に用いられた、トランジション・ペプチド(transition peptide)の配列(sequence)の要約を、表3に示す。この分析手法の性能を評価するため、例1における正常サンプルを3つに分け、各サンプルについて前処理から質量分析までを行って解析し、本分析手法の再現性を評価した。
【0034】
〔ディプリーション(Depletion)〕
(1)製造元から示された手順に従い、MARS7スピンカラム(アジレント社製)を用いて、15μLの血清について、不要タンパク質の選択除去を行った。(2)続いて、5KDa MWCO スピンフィルターを用いて、サンプルのバッファを25mMの炭酸水素アンモニウムに置換した。(3)次に、ブラッドフォード(Bradford)法によるタンパク質定量分析を行った
【0035】
〔溶液消化(Solution digestion)〕
サンプルのタンパク質消化を次のように行った:(1)DTTを用いて60℃で還元し、室温まで冷却。(2)ヨードアセトアミドによりアルキル化し、トリプシン存在下で37℃18時間の孵置。(3)ギ酸付加により反応停止の後、上澄みについての直接分析(direct analysis)。
【0036】
〔LC/MRM-MS〕
ペプチドの分離は、C12レジンを充填した内寸15cm×100μmのカラム(Jupiter Proteo、フェノメネックス社製)を用いて、一定流量800nm/Lにて、グラジエント条件下(under gradient condition)で分離した。グラジエント条件の概要を表2に示す。溶剤Aの成分は、0.1%のギ酸と0.1%のアセトニトリルとを含んだ水であり、溶剤Bの成分は、0.1%のギ酸を含むアセトニトリルである。サンプルは、捕獲法(trapping strategy)を用いてカラム上にロードした。注入量は30μLとし、各サンプルについてカラム内に500ngのペプチドが装填されるように実験を最適化した。注入から次の注入までの時間で測った全実行時間(runtime)は20分であった。
【0037】
【表2】

【0038】
サーモフィニガン(ThermoFinnigan)社製タンデム四重極(TSQ Ultra)質量分析計をSRMモードで用いて、ペプチドの検出を行った。質量計の設定は、スプレイ電圧2.2V、キャピラリー温度250℃である。Q1(hSRM)では分解能0.2 FWHM、Q3では分解能0.7 FWHMを用いた。衝突ガスは、圧力1.5 mTorrのアルゴンとした。SRMトランジション毎の滞留時間(dwell time)は、10 msであった。MRM-MSによる実験は、すべて3回実行し、データは、LCQuanソフトウェア・パッケージ(サーモフィニガン社製)を用いて処理した。
【0039】
〔結果〕
10種の全タンパク質についての、各トランジション・ペプチド(transition peptide)の解析的相対標準偏差パーセント(percent analytical relative standard deviation、%RSD)及び技術的%RSDの要約を、表4に示す。トランジション・ペプチドでは、C2タンパク質を除き、解析的%RSD及び技術的%RSD共に低い値を示した(それぞれ、<10%及び<20%)。ここで、解析的%RSDとは、各サンプルからそれぞれ3回の注入を行って得られた相対標準偏差パーセントであり、技術的%RSDとは、各サンプルをそれぞれ3回処理し(ディプリーション3回、消化3回)、各処理毎に1回の注入を行って得られた相対標準偏差パーセントをいう。
【0040】
【表3】


【0041】
【表4】

【0042】
選択されたトリプシンペプチドの量は、そのタンパク質の濃度尺度を与える内部標準物質として安定同位体標識ペプチドを用い、当該安定同位体標識ペプチドと比較した相対量として測定するか、又は、その発現レベルを対照サンプルと比較した相対量として測定することができる。
【0043】
4.例4:33個の血清サンプル(第1回目の数量拡大サンプル)を用いて行った10種のバイオマーカについての有効性検証
結腸癌についての10種のタンパク質バイオマーカの相対的な発現レベルを、患者から採取した33個の血清サンプルにおいてモニタした。併せて、バイオマーカ発見に用いた13個のサンプルにおいても、上記バイオマーカの発現レベルをモニタした。この33個のサンプルセットは、年齢性別を整合させた18個の正常な血清サンプルと、15個の結腸癌を持つ血清サンプルとで構成されている。この15個の結腸癌の血清サンプルの、癌の進行段階は、4個がステージI、5個がステージII、8個がステージIII、1個がステージIVである。33個の血清サンプルは、同じ機関から同じ収集手順により集められたものである。例1で用いた最初の14個のサンプルのうちの、13個のサンプルについても、同じ分析手法により検査を行った。すべてのサンプルについて、等量のタンパク質を分析処理した。各サンプルの2つの分析用複製物(analytical replicates)からデータを収集して分析を行った。後述するデータ概要では、正常なサンプルグループについての各タンパク質の平均値に対する、特定の進行段階(ステージ)にある病変サンプル全体についての、当該タンパク質の平均値の比率を示す。図4は、33個の血清サンプルについての3つのORM1ワーキングペプチドの、選択反応モニタリング質量分析(SRM-MS)における代表的なペプチド傾向線を示す図である。サンプルID番号38715から38732までは、正常な被検体のサンプルであり、サンプルID番号38733から38750までは、結腸癌を持つ被検体のサンプルである
【0044】
〔サンプル前処理段階〕
サンプルの順番はランダムとし、同じグループからのサンプルが連続して処理されないようにした。サンプルの前処理は次のように行った:(1)ディプリーション、(2)例3と同様の溶液消化。ただし、サンプルは96個のウェル(well、窪み)を持つプレートに収容し、トリプシン存在下で一晩消化した。
【0045】
〔LC/MRM-MS〕
各サンプルに内部標準物質を加えた。その後、各サンプルを、例3に示した条件と同じLC/MRM-MS条件を用いて検査した。
【0046】
〔結果〕
【表5】

10種のバイオマーカはすべて、発現が異なっていた。この血清サンプル群においては、10種のバイオマーカのうちの7つは、大腸癌の一つ又は複数のステージについて、p値0.05以下の範囲で癌グループと正常グループとで異なる発現を示すことが確認された。
【0047】
〔統計的分析〕
S-plus統計処理ソフトウェアを用いて、探索的データ解析、多変量解析、及び判別分析を行った。図5は、アミロイドAタンパク質(SAA2)、ORM1、プラズマ・セリーン・プロテアーゼ阻害剤(SERPINA3)、及びC9補体成分の血清値を、癌の場合と正常な場合とについて比較するボックスプロット(箱ひげ図)を示す図である。図5では、x軸はスペクトルカウントを示し、y軸はサンプルのカテゴリ(癌及び正常)を示している。図6は、SERPINA3、ORM1、SAA2、及びC9についての行列散布図である。x軸及びy軸に沿って付されたラベルは、スペクトルカウントを示している。丸は対照サンプル群を示し、三角は癌サンプル群を示している。癌サンプルと対照サンプルとの間には、両者を区分する空間が認められる。これは、癌状態と正常状態との間の差異が、これらの変数(即ち、バイオマーカ)の組み合わせに関連していることを示唆している。
【0048】
病的状態と正常状態とを分類するクラシファイヤ(classifier、分類手段)としてC9、ORM1、SAA2、及びSERPINA3の4つのマーカを使い、これら複数のバイオマーカの異なる組み合わせについて、多変量解析と判別解析を行った。17個の癌サンプルのうちの16個のサンプルは、癌を持つものとして正しく分類され、15個の正常サンプルのうちの15個のサンプルは正常なものとして正しく分類された。4つのマーカを用いて解析を行ったときの、S-plus統計処理ソフトウェアの出力であるプラグイン分類表(plug-in classification table)を表6に示す。
【0049】
【表6】

【0050】
判別解析では、病的状態と正常状態とを分類するクラシファイヤとしてC9、ORM1、SAA2、SERPINA3、PZP、PRG4、及びPROZの7つのマーカを用いた。17個の癌サンプルのうちの16個のサンプルは、癌を持つものとして正しく分類され、15個の正常サンプルのうちの15個のサンプルは正常なものとして正しく分類された。7つのマーカを用いて解析を行ったときの、S-plus統計処理ソフトウェアの出力であるプラグイン分類表(plug-in classification table)を表7に示す。
【0051】
【表7】

【0052】
病的状態と正常状態とを分類するクラシファイヤとしてC9、ORM1、SAA2、SERPINA3、PZP、PRG4、PROZ、及びGSNの8つのマーカを用い、異分散共変量構成(heteroscedastic covariance structure)での判別解析を行った。17個の癌サンプルのうちの17個のサンプルが、癌を持つものとして正しく分類され、15個の正常サンプルのうちの15個のサンプルが正常なものとして正しく分類された。S-plus統計処理ソフトウェアの出力であるプラグイン分類表(plug-in classification table)を表8に示す。
【0053】
【表8】

【0054】
複数のバイオマーカを使用すると、検査の適中率(predictive value)が増加し、診断、患者の層別化、及び患者のモニタリングといった臨床用途での有用性が高まる。
【0055】
5.例5:血漿サンプルセットにおける10種のバイオマーカの有効性検証
10多重相対的タンパク質MRM-MS分析を、血漿サンプルについてテストした。サンプルは全て治療前及び手術前に収集したものである。大腸癌を持つ5個の血漿サンプルと1個の正常なプール血漿サンプルとを、正常な血清サンプルと大腸癌を持つ血清サンプルと共に検査した。大腸癌を持つ上記5個の血漿サンプルは、1個のステージIの癌サンプルと、2個のステージIIの癌サンプルと、2個のステージIIIの癌サンプルと、で構成されている。各サンプルを、例3に示したのと同じ手順により、LC/MRM-MS用に前処理を行って処理した。
【0056】
〔LC/MRM-MS〕
各サンプルに内部標準物質を加えた。その後、例3に示した条件と同じLC/MRM-MS条件を用いて、各サンプルを検査した。
【0057】
〔結果〕
PROG4を除く全てのバイオマーカが検出された。この血漿サンプル群においては、PZP_pep2 (SEQ ID NO: 17) を除き、9種のバイオマーカの全てのトランジション・ペプチド(transition peptide)が、癌サンプル群と正常サンプル群とで異なる発現を示すことが確認された。9種のバイオマーカについての、各トランジション・ペプチドの変化の程度及びp値を、表9にリストした。9種のバイオマーカのトランジション・ペプチドは、C2_pepl(SEQ ID NO: 18)、SAA2 (SEQ ID NO: 22)、及びPROZ_pepl(SEQ ID NO 20)を除き、p値が全て0.05未満であった。図7は、血漿サンプルと血清サンプルの階層的クラスタ分析を示す図である。図7において、C-plasmaと書かれているのは、大腸癌を持つ血漿サンプルである。
【0058】
【表9】


【0059】
6.例6:48個の血清サンプル(第2回目の数量拡大サンプル)を用いた、10種のバイオマーカについての有効性検証
健康な人から採取したサンプルと癌患者から採取したサンプルとを含む48個の血清サンプルについての、10種のタンパク質バイオマーカの相対量データを取得することにより、結腸癌に関するこれら10種のバイオマーカの相対的な発現レベルを更に確認して、有効性を検証した。この48個の血清サンプルは、例4で使用した33個の血清サンプルと同じ機関から収集したものである。48個のサンプルのうち、24個は結腸鏡検査で陰性を確認した健康な人から採取したサンプルであり、残りの24個は種々のステージにある大腸癌患者から採取したサンプルである。この24個の大腸癌サンプルには、ステージIの患者からのサンプル1個と、ステージIIの患者からのサンプル12個と、ステージIIIの患者からのサンプル6個と、ステージIVの患者からのサンプル5個が含まれている。
【0060】
〔サンプル前処理段階〕
サンプルの処理の順番はランダムとし、同じグループから採取したサンプルが連続して処理されないようにした。各サンプルにつき、3回の重複処理を行った(同じサンプルについて、質量分析を3回行った)。サンプルの準備は次のように行った:(1)ディプリーション、(2)例3と同様の溶液消化。ただし、サンプルは96個のウェル(well、窪み)を持つプレートに収容し、トリプシン存在下で一晩消化した。
【0061】
〔LC/MRM-MS〕
各サンプルに内部標準物質を加えた。その後、各サンプルを、例3に示した条件と同じLC/MRM-MS条件を用いて検査した。図8は、C9タンパク質の3つのトランジション・ペプチドについてのMRM-MS C9傾向線を示す図である。
【0062】
〔結果〕
これらのサンプルからは、10種のタンパク質のうちの8種が検出された。PRG4とSAA2は検出されなかった。これらのタンパク質のうち、C9、FN1、GSN、及びSERPINA3の4種(10種のペプチド)については、健康なグループと結腸癌を持つグループとを比較した場合のp値は0.05未満であった。表10は、ステージ(進行段階)の異なる各癌グループについてのp値(t検定)を示している(ステージII、ステージIII、及びステージIVの癌グループを健康グループと比較した結果である)。ステージIの癌サンプルについては、数量が1個であったのでp値は示されていない。
【0063】
【表10】

【表11】


【0064】
〔統計解析〕
表9に示すペプチドのうち、C2_pepl(SEQ ID NO 18)、PROZ_pepl(SEQ ID NO 20) 及びPZP_pep2(SEQ ID NO 17)を除く17種のペプチドを使用して統計解析を行った。ランダム・フォレスト(Random Forest)及びブースティング(Boosting)という2つの分類法を用いて受信者動作特性(Receiver operating Characteristic、ROC)曲線を作成し、結腸癌患者と対照被検体とを識別する際の、バイオマーカの診断精度を評価した。この分析は、以下のように行った:(1)48個の血清サンプルを、32個のサンプルから成るトレーニングセットと、16個のサンプルから成るテストセットとに、ランダムに分割する;(2)分割後に、トレーニングセットのデータを、ランダム・フォレスト・モデルとブースティング・モデルに適合させる。このテストデータセットについて上記モデルを評価し、変数重要度(variable importance)とROC曲線下面積(area under ROC curves)とを記録する;(3)上記のランダムなサンプル分割を100回行って、ステップ(1)及び(2)を100回繰り返す。100回のランダム分割について、得られた結果を平均化した。図9は、ランダム・フォレスト・モデルを用いた場合の、48個の血清サンプルセットについての受信者操作特性(ROC)曲線を示す図である。曲線下面積(area under curve、AUC)は0.868、標準偏差は8.7%である。図10は、ブースティング法を用いた場合の、48個の血清サンプルセットについてのROC曲線を示す図である。曲線下面積(AUC)は0.901、標準偏差は5.4%である。両手法による分析結果では、感度(sensitivity)は80%、特定性(specificity)は80%となった。
【0065】
図11は、ランダム・フォレスト・モデルにより作成された、33個の血清サンプルセットについてのROC曲線を示す図である。さらに、48個のサンプルセットをトレーニング・セットとして用いて、ランダム・フォレスト・モデルに基づく統計解析を行い、例4で使用した33個の血清モデルの検査を行った。図11に示すROC曲線が得られ、ALUは0.891であった。このROC曲線に基くと、特定性は90%、感度は85%となる。33個の血清サンプルセット、及び、例4で用いた13個の血清サンプルセットについても、ランダム・フォレスト法を用いた統計解析を行った。図12は、13個の血清サンプルセットについての、ランダム・フォレスト・モデルにより作成されたROC曲線を示す図である。図12に示すROC曲線は、33個の血清サンプルをトレーニング・セットとして用いて13個の血清サンプルを検査して得られたものである。ALUは0.953であり、この値は、感度が約83%、特定性が約95%であることを示している。
【0066】
7.例7:絶対的定量MRM-MS分析法の開発
安定アイソトープ希釈質量分析(stable isotope dilution mass spectrometry)を用いて、絶対的定量MRM-MS分析法を更に開発した。この分析法では、サンプル消化時に目標タンパク質をトリプシン消化(trypsin digestion)することにより得られる“特徴”ペプチドを選択して、タンパク質の定量化を行う。これらの特徴ペプチドは、固有の配列を持ち(即ち、ゲノム内の他のタンパク質の中には存在しない)、そのタンパク質自身の、定量的、化学量論的な代理物として用いられる。この特徴ペプチドを合成し、安定同位体で標識して内部標準物として用いれば、標識された体外由来の特徴ペプチドからの信号と体内由来の標識されていない特徴ペプチドからの信号とを比較することにより、目標とするタンパク質の濃度を測定することができる。定量化に用いるペプチド標準物の性能を最適化すべく、表1に示す各タンパク質について、表3にリストしたトランジション・ペプチド以外のペプチドを特徴ペプチドの選択肢とし、これらのペプチドについて評価を行った。
【0067】
〔特徴ペプチドの選択と検出〕
各タンパク質についての特徴ペプチドの候補群を、そのペプチドが血清スペクトル・ライブラリに含まれているか否かに基づいて作成した。この血清スペクトル・ライブラリは、例1に示した発見実験の際に観測された全てのペプチドについての照合データであり、各ペプチドのサイズや、アミノ酸組成などの物理データが含まれている。
【0068】
6つの対照サンプルと6つの病変サンプルを用いて、対照プールと病変プールの2つのプールを作成した。特徴ペプチドの全ての候補を含む各タンパク質について、両サンプル群の分析を行った。Skylineプログラムを用いて、マスクロマトグラムを視覚的に調査した。次に示す一つ又は複数の基準に適合するものは特徴ペプチドの候補から除外した:(1)どちらのサンプル群においてもピークを示さないもの;(2)ピークは検出されたが、生成イオン比(product ion ratio)が両サンプル群間で同様でないもの;(3)干渉によるものと考えられる複数のピークが検出されたもの。対照プールからの3個のサンプルと病変プールからの3個のサンプルを3回に分けて準備し(varA、varB、varC)、分散検定も行った。次に、これら3個のサンプルのそれぞれについて、分析を3回行った。これらのサンプルには、以下のような処理を行っている:(1)ディプリーション、(2)例3と同様の溶液消化(但し、血清サンプルの量は15μlではなく10μlとした)。次に、例3と同様のLC/MRM-MS条件を用いて、サンプルを検査した。解析的分散(analytical variance)と技術的分散(technical variance)が20%より大きいペプチドを、候補から除外した。
【0069】
〔多重分析法の検証〕
選択したペプチドを用いて、多重分析法を構築した。選択した特徴ペプチドを用いるこの多重分析法を更に評価するため、分散検定とパイロット試験を行った。表12は、多重分析用に選択しパイロット試験に用いたペプチドのリストである。
【0070】
【表12】


【0071】
〔分散検定〕
対照プールからの3個のサンプルと病変プールからの3個のサンプルとで構成される貯蔵サンプル(pooled sample)を3回に分けて前処理し、varA、varB、varCの3つのサンプル群を作成した。各サンプル群について3回の分析を行った。これらの3回の分析は、それぞれ異なる日に行った。サンプルは、以下のように処理した:(1)ディプリーション、(2)例3と同様の溶液消化(但し、血清サンプルの量は15μlではなく10μlとした)。各サンプルに、内部標準物質を加えた。次に、例3と同様のLC/MRM-MS条件を用いてサンプルを検査した。
【0072】
〔パイロット試験〕
正常な血清サンプル6個と大腸癌を持つ血清サンプル6個(このうち、2個がステージII、3個がステージIII、1個がステージIVである)から成る12個の血清サンプルについて、3回の試験を行った。表13は、多重分析法で検査された13種のタンパク質についての疾病対対照比率(disease-to-control ratio)とp値である。表14は、多重分析法を用いて13種のタンパク質をペプチドレベルで検査したときの、選択されたペプチドについての病変対正常比率とp値である。
【0073】
【表13】

【0074】
【表14】





【0075】
13種のタンパク質のパネルのうち、ORM1、GSN、C9、FN1、SERPINA3、C2、PRG4、SAA2、及びCFHR2の9種のタンパク質は、一つ又は複数のペプチドにおいてp値が0.05未満である。表12に示すペプチドからSEQ ID NO 23、SEQ ID NO 5、SEQ ID NO 25、SEQ ID NO28、SEQ ID NO31、SEQ ID NO 18、SEQ ID NO 34、SEQ ID NO 44、SEQ ID NO 48、及びSEQ ID NO 53を除いた46種のペプチドを、特徴ペプチドとして選択した。46種の軽いペプチドと、重同位体で標識された46種のペプチドとを含む92種のペプチドは、サーモ・フィッシャー・サイエンティフィック(Thermo-Fisher Scientific)社から入手した。この重同位体は、C末端リシン(C-terminus lysine)又はアルギニンに標識されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体における大腸癌を検出する方法であって、
被検体から生体サンプルを採取する工程と、
前記生体サンプルについて、表1に示す一つ又は複数のバイオマーカの発現レベルを測定する工程と、
前記一つ又は複数のバイオマーカについて測定された前記発現レベルを、正常な対照サンプルにおける前記一つ又は複数のバイオマーカの対応する発現レベルと比較する工程と、
前記比較に基づき、前記被検体が大腸癌を持つ可能性を決定する工程と、
を有する方法。
【請求項2】
前記生体サンプルは、全血、血漿、血清、組織サンプル、尿、細胞サンプル、及び癌サンプルの群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生体サンプルは血清である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
被検体から採取された一つ又は複数のバイオマーカの前記発現レベルは、正常な対照サンプルにおける発現レベルと比較した差異を有し、かつ、前記差異は、被検体における大腸癌の存在を示すものである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記差異は、正常な対照サンプルと比較して、被検体において増加し、少なくとも1.05倍より大きく、かつ、前記差異は、被検体における大腸癌の存在を示すものである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記差異は、正常な対照サンプルと比較して、被検体において減少し、少なくとも0.9倍より少なく、かつ、前記差異は、被検体における大腸癌の存在を示すものである、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記一つ又は複数のバイオマーカはタンパク質である、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記一つ又は複数のバイオマーカは、ORM1、GSN、補体C2、補体C9、PZP、CRP、CFHR1、CFHR2、SERPINA3、HABP2、CNDP1、CFHR2、SAA2、補体C3類似のLOC653879(LOC653879 similar to Complement C3)、PROZ、PON3、RARRES2、GGH、PRG4、MCAM、及びFN1から選択される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記一つ又は複数のバイオマーカは、ORM1、GSN、C9、FN1、 SERPINA3、PZP、C2、PROZ、PRG、及びSAA2から選択される、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記差異は、質量分析法、免疫組織化学的方法、ELISA、又はウェスタン・ブロット法により測定される、請求項4に記載の方法。
【請求項11】
前記差異は、相対的定量多重反応モニタリング(MRM-MS)-LC/MS/MSにより測定される、請求項4に記載の方法。
【請求項12】
前記差異は、表1に示す一つ又は複数のバイオマーカから抽出されたペプチドに対応する安定同位体標識ペプチドを用いた、定量多重反応モニタリング(MRM-MS)-LC/MS/MSにより測定される、請求項4に記載の方法。
【請求項13】
前記一つ又は複数のバイオマーカは核酸である、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
生体サンプルにおける前記一つ又は複数の核酸バイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度を、正常な対照サンプルにおける一つ又は複数の核酸バイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度と比較する工程を更に含む、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記一つ又は複数の核酸バイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度は、RT-PCRにより検出される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
生体サンプルに含まれる、表1にリストされた一つ又は複数のバイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度を、正常な対照サンプルにおける前記一つ又は複数のバイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度と比較することにより、大腸癌を検出するためのキットであって、バイオマーカに対し選択的に結合させる抗体又は抗体フラグメントと、使用説明書とを備えるキット。
【請求項17】
生体サンプルに含まれる、一つ又は複数の核酸バイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度を、正常な対照サンプルにおける前記一つ又は複数の核酸バイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度と比較することにより、大腸癌を検出するためのキットであって、mRNA抽出バッファと、少なくとも一つの逆転写酵素と、表1にリストされたタンパク質バイオマーカの一つ又は複数のアミノ酸残基(amino acid residues)を核酸配列にコードさせる少なくとも一組のプライマと、使用説明書とを備えるキット。
【請求項18】
生体サンプルに含まれる、表1にリストされた一つ又は複数のバイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度を、正常な対照サンプルにおける前記一つ又は複数のバイオマーカの、存在又は不存在、若しくは総量又は濃度と比較することにより、大腸癌を検出するためのキットであって、表1にリストされた一つ又は複数のバイオマーカから抽出されるペプチドに対応する同位体標識ペプチドと、内部標準物質と、一組の校正物質と、使用説明書とを備えるキット。
【請求項19】
前記一つ又は複数のバイオマーカは更にCEAを含む、請求項1乃至18に記載の方法。
【請求項20】
前記一つ又は複数のバイオマーカは、更にCEAと糖鎖抗原19−9とを含む、請求項1乃至20に記載の方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図2A】
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【図2B】
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【図7】
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【公表番号】特表2012−517607(P2012−517607A)
【公表日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−550133(P2011−550133)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際出願番号】PCT/US2010/000416
【国際公開番号】WO2010/096154
【国際公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【出願人】(511195633)オンコノム,インコーポレイテッド (1)
【氏名又は名称原語表記】ONCONOME,INC
【Fターム(参考)】