説明

室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板およびその温間成形方法

【課題】980MPa級以上の強度を確保しつつ、室温での成形性および温間での成形加重低減効果を兼備する高強度鋼板およびその温間成形方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.3%、Si:1〜3%、Mn:1.8〜3%、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、N:0.002〜0.03%を含み、残部が鉄および不純物からなる成分組成を有し、全組織に対する面積率で、ベイニティック・フェライト:50〜85%、残留γ:3%以上、マルテンサイト+前記残留γ:10〜45%、フェライト:5〜40%の各相を含む組織を有し、前記残留オーステナイト中のC濃度(Cγ)が0.3〜1.2質量%であり、前記成分組成中のNの一部または全部が固溶Nであり、該固溶N量が30〜100ppmである高強度鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板およびその温間成形方法に関する。なお、本発明の高強度鋼板としては、冷延鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、および、合金化溶融亜鉛めっき鋼板が含まれる。
【背景技術】
【0002】
自動車用骨格部品に供される薄鋼板は衝突安全性と燃費改善を実現するため、高強度化が求められている。そのため、鋼板強度を980MPa級以上に高強度化しつつも、プレス成形性を確保することが要求されている。980MPa級以上の高強度鋼板において、高強度化と成形性確保を両立させるにはTRIP効果を活用した鋼を用いることが有効であることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
上記特許文献1には、ベイナイトまたはベイニティック・フェライトを主相とし、残留オーステナイト(γR)を面積率で3%以上含有する高強度鋼板が開示されている。しかしながら、この高強度鋼板は、室温での引張強度980MPa以上で全伸びが20%に達しておらず、さらなる機械的特性(以下、単に「特性」ともいう。)の改善が求められる。
【0004】
また、TRIP鋼板は成形性に優れるものの、強度が高い分だけプレス成形時の荷重が高くなるため、部品のサイズによってはTRIP鋼板の適用が困難になる。
【0005】
プレス成形の荷重を低減するための技術としては、ホットプレス(またはホットスタンプ)と呼ばれる、900℃程度の高温域でプレス成形することで荷重を低減しつつ、その後の冷却を制御することで鋼板組織をマルテンサイト化して高強度化を実現する技術が提案されている(例えば、特許文献2参照)。しかしながら、この技術は、加熱時に鋼板の酸化が著しい、加熱時間が長くかかる、冷却制御が必須となる等、製造上の問題があるため、より低温域で荷重低減と高強度化を両立しうる技術の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−193193号公報
【特許文献2】特開2011−31254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、980MPa級以上の室温強度を確保しつつ、室温での成形性のみならず温間での成形加重低減効果をも兼備する高強度鋼板およびその温間成形方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載の発明は、
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C :0.02〜0.3%、
Si:1.0〜3.0%、
Mn:1.8〜3.0%、
P :0.1%以下(0%を含む)、
S :0.01%以下(0%を含む)、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.01〜0.03%
を含み、残部が鉄および不純物からなる成分組成を有し、
全組織に対する面積率で(以下、組織について同じ。)、
ベイニティック・フェライト:50〜85%、
残留オーステナイト:3%以上、
マルテンサイト+前記残留オーステナイト:10〜45%、
フェライト:5〜40%
の各相を含む組織を有し、
前記残留オーステナイト中のC濃度(Cγ)が0.3〜1.2質量%であり、
前記成分組成中のNの一部または全部が固溶Nであり、該固溶N量が30〜100ppmである
ことを特徴とする室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板である。
【0009】
請求項2に記載の発明は、
全組織中の転位密度が5×1015−2以下である請求項1に記載の室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板である。
【0010】
請求項3に記載の発明は、
成分組成が、さらに、
Cr:0.01〜3.0%
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜2.0%、
Ni:0.01〜2.0%、
B :0.00001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1または2に記載の室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板である。
【0011】
請求項4に記載の発明は、
成分組成が、さらに、
Ca :0.0005〜0.01%、
Mg :0.0005〜0.01%、
REM:0.0001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板である。
【0012】
請求項5に記載の発明は、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の高強度鋼板を、100〜250℃に加熱後、3600s以内に成形することを特徴とする高強度鋼板の温間成形方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、全組織に対する面積率で、ベイニティック・フェライト:50〜90%、残留オーステナイト:3%以上、マルテンサイト+前記残留オーステナイト:10〜45%、フェライト:40%以下(0%を含む)を含む組織を有し、前記残留オーステナイト中のC濃度(Cγ)が0.3〜1.2質量%であり、成分組成中のNの一部または全部が固溶Nであり、該固溶N量が30〜100ppmであるものとすることで、980MPa級以上の室温強度を確保しつつ、室温での成形性のみならず温間での成形加重低減効果をも兼備する高強度鋼板、およびその温間成形方法を提供できるようになった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上述したように、本発明者らは、上記従来技術と同様の、転位密度の高い下部組織(マトリックス)を有するベイニティック・フェライトと残留オーステナイト(γR)を含有するTRIP鋼板に着目し、室温強度を確保しつつ、室温での成形性のみならず温間での成形加重低減効果をもさらに改善すべく、さらに検討を重ねてきた。
【0015】
本発明者らは、温間での成形加重低減効果をもさらに向上させるためには、100〜250℃の温度域で加工したときに、室温で強度を得るために活用していたTRIP現象(残留オーステナイトからマルテンサイトへの変態挙動)を、固溶N量を増加させることにより抑制することで、温間(上記100〜250℃の温度域)での強度を低下させることが有効であると考えた。
【0016】
具体的には、室温での高強度化と温間での成形加重低減効果向上の両立を実現するために、面積率で5〜40%のフェライトを導入することで、マトリックス(母相)の強度を低くし、残留オーステナイト(γ)の面積率を3%以上、該γ中のC濃度(Cγ)を0.3〜1.2質量%とすることで、TRIP現象(ひずみ誘起変態)を促進して加工硬化を促して強度向上を図り、さらに、固溶N量を30〜100ppmとすることで、100〜250℃の温度域でのTRIP現象を抑制してこの温度域での強度を低下することによって、室温強度と温間での成形荷重低減作用を並存しうることを見出した。
【0017】
そして、上記知見に基づいてさらに検討を進め、本発明を完成するに至った。
【0018】
以下、まず本発明鋼板を特徴づける組織について説明する。
【0019】
〔本発明鋼板の組織〕
上述したとおり、本発明鋼板は、上記従来技術と同じくTRIP鋼の組織をベースとするものであるが、特に、フェライトを所定量含有するとともに、所定の炭素濃度のγを所定量含有し、さらに固溶Nを所定量含有する点で、上記従来技術と相違している。
【0020】
<ベイニティック・フェライト:50〜85%>
本発明における「ベイニティック・フェライト」とは、ベイナイト組織が転位密度の高いラス状組織を持った下部組織を有しており、組織内に炭化物を有していない点で、ベイナイト組織とは明らかに異なり、また、転位密度がないかあるいは極めて少ない下部組織を有するポリゴナル・フェライト組織、あるいは細かいサブグレイン等の下部組織を持った準ポリゴナル・フェライト組織とも異なっている(日本鉄鋼協会 基礎研究会 発行「鋼のベイナイト写真集−1」参照)。この組織は、光学顕微鏡観察やSEM観察するとアシキュラー状を呈しており、区別が困難であるため、ベイナイト組織やポリゴナル・フェライト組織等との明確な違いを判定するには、TEM観察による下部組織の同定が必要である。
【0021】
このように本発明鋼板の組織は、均一微細で延性に富み、かつ、転位密度が高く強度が高いベイニティック・フェライトを母相とすることで強度と成形性のバランスを高めることができる。
【0022】
本発明鋼板では、上記ベイニティック・フェライト組織の量は、全組織に対して面積率で50〜85%(好ましくは60〜85%、より好ましくは70〜85%)であることが必要である。これにより、上記ベイニティック・フェライト組織による効果が有効に発揮されるからである。なお、上記ベイニティック・フェライト組織の量は、γRとのバランスによって定められるものであり、所望の特性を発揮し得るよう、適切に制御することが推奨される。
【0023】
<残留オーステナイト(γ)を全組織に対して面積率で3%以上含有>
γRは全伸びの向上に有用であり、このような作用を有効に発揮させるためには、全組織に対して面積率で3%以上(好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上)存在することが必要である。
【0024】
<マルテンサイト+上記残留オーステナイト(γ):10〜45%>
強度確保のため、組織中にマルテンサイトを一部導入するが、マルテンサイトの量が多くなりすぎると成形性が確保できなくなるので、全組織に対してマルテンサイト+γの合計面積率で10%以上(好ましくは12%以上、より好ましくは16%以上)45%以下に制限した。
【0025】
<フェライト:5〜40%>
フェライトは軟質相であるため、高強度化には寄与しないが、延性を高めるのには有効であることから、強度と伸びのバランスを高めるため、強度が保証できる面積率5%以上(好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上)40%以下(好ましくは35%以下、より好ましくは30%以下)の範囲で導入する。
【0026】
<残留オーステナイト(γ)中のC濃度(Cγ):0.3〜1.2質量%>
Cγは、加工時にγRがマルテンサイトに変態する安定度に影響する指標である。CγRが低すぎると、γRが不安定なため、応力付与後、塑性変形する前に加工誘起マルテンサイト変態が起るため、張り出し成形性が得られなくなる。一方、CγRが高すぎると、γRが安定になりすぎて、加工を加えても加工誘起マルテンサイト変態が起らないため、やはり張り出し成形性が得られなくなる。十分な張り出し成形性を得るためには、Cγは0.3〜1.2質量%とする必要がある。好ましくは0.4〜0.9質量%である。
【0027】
<固溶N量:30〜100ppm>
固溶Nは、室温での変形時には残留オーステナイトに取り込まれて、フェライトの変形の妨げにならない。一方100〜250℃の温度域では、一般的に残留オーステナイトの自由エネルギー的な安定度が高まるため、変形時においてTRIP現象が抑制されて強度が低下する。さらに、フェライト中の固溶N量が増加し、かつ、Nの拡散速度が大きくなるため、変形中に移動している転位を固着し、動的ひずみ時効が起こる。そうすると、ひずみ時効により転位の移動が抑制され、母相と残留オーステナイトの界面に溜まる転位が減少し、残留オーステナイトからマルテンサイトへの変態挙動、すなわちTRIP現象の抑制効果がさらに高まるため、成形時における荷重低減効果を高めることができる。このような作用を有効に発揮させるため、固溶N量の下限は30ppmとする。ただし、固溶N量が過剰になると動的ひずみ時効の効果が大きくなりすぎ、逆にマトリックスでの変形が強く抑制され、延性が劣化するので、その上限は100ppmとする。
【0028】
<その他:ベイナイト(0%を含む)>
本発明の鋼板は、上記組織のみ(ベイニティック・フェライト、マルテンサイト、残留オーステナイト、および、フェライトの混合組織)からなっていてもよいが、本発明の作用を損なわない範囲で、他の異種組織として、ベイナイトを有していてもよい。この組織は本発明鋼板の製造過程で必然的に残存し得るものであるが、少なければ少ない程よく、全組織に対して面積率で5%以下、より好ましくは3%以下に制御することが推奨される。
【0029】
<転位密度:5×1015−2以下>
300℃程度以下の温度域では、転位による強化機構は温度依存性が小さいため、100〜250℃でTRIP効果が小さくなったときに、強度をより確実に低下させるには、転位密度をある程度低下させておくことが望ましく、5×1015−2以下とすることが推奨される。さらに好ましくは、4×1015−2以下、特に好ましくは、3×1015−2以下である。
【0030】
〔各相の面積率、γ中のC濃度(Cγ)、固溶N量、および、転位密度の各測定方法〕
ここで、各相の面積率、γ中のC濃度(Cγ)、固溶N量、および、転位密度の各測定方法について説明する。
【0031】
鋼板中組織の各相の面積率については、鋼板をレペラー腐食し、透過型電子顕微鏡(TEM;倍率1500倍)観察により、例えば白い領域を「マルテンサイト+残留オーステナイト(γ)」と定義して組織を同定した後、光学顕微鏡観察(倍率1000倍)により各相の面積率を測定した。
【0032】
なお、γRの面積率およびγR中のC濃度(Cγ)については、各供試鋼板の1/4の厚さまで研削した後、化学研磨してからX線回折法により測定した(ISIJ Int.Vol.33,(1933),No.7,p.776)。
【0033】
また、フェライトの面積率については、各供試鋼板をナイタール腐食し、走査型電子顕微鏡(SEM;倍率2000倍)観察により、黒い領域をフェライトと同定して面積率を求めた。
【0034】
固溶N量については、JIS G 1228に準拠し、抽出残渣分析(メッシュ径0.1μm)で析出型のN量を測定し、鋼中の全N量から全析出型N量を差し引いて算出した。
【0035】
転位密度については、X線半価幅で測定する方法(特開2008−144233号公報の段落[0021]〜[0032]参照)により測定した。
【0036】
次に、本発明鋼板を構成する成分組成について説明する。以下、化学成分の単位はすべて質量%である。
【0037】
〔本発明鋼板の成分組成〕
C:0.02〜0.3%
Cは、高強度を確保しつつ、所望の主要組織(ベイニティック・フェライト+マルテンサイト+γR)を得るために必須の元素であり、このような作用を有効に発揮させるためには0.02%以上(好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.10%以上)添加する必要がある。ただし、0.3%超では溶接に適さない。
【0038】
Si:1.0〜3.0%
Siは、γRが分解して炭化物が生成するのを有効に抑制する元素である。特にSiは、固溶強化元素としても有用である。このような作用を有効に発揮させるためには、Siを1.0%以上添加する必要がある。好ましくは1.1%以上、より好ましくは1.2%以上である。ただし、Siを3.0%を超えて添加すると、ベイニティック・フェライト+マルテンサイト組織の生成が阻害される他、熱間変形抵抗が高くなって溶接部の脆化を起こしやすくなり、さらには鋼板の表面性状にも悪影響を及ぼすので、その上限を3.0%とする。好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0039】
Mn:1.8〜3.0%
Mnは、固溶強化元素として有効に作用する他、変態を促進してベイニティック・フェライト+マルテンサイト組織の生成を促進する作用も発揮する。さらにはγを安定化し、所望のγRを得るために必要な元素である。また、焼入れ性の向上にも寄与する。このような作用を有効に発揮させるためには、1.8%以上添加することが必要である。好ましくは1.9%以上、より好ましくは2.0%以上である。ただし、3.0%を超えて添加すると、鋳片割れが生じる等の悪影響が見られる。好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.5%以下である。
【0040】
P :0.1%以下(0%を含む)
Pは不純物元素として不可避的に存在するが、所望のγRを確保するために添加してもよい元素である。ただし、0.1%を超えて添加すると二次加工性が劣化する。より好ましくは0.03%以下である。
【0041】
S :0.01%以下(0%を含む)
Sも不純物元素として不可避的に存在し、MnS等の硫化物系介在物を形成し、割れの起点となって加工性を劣化させる元素である。好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。
【0042】
Al:0.001〜0.1%
Alは、脱酸剤として添加されるとともに、上記Siと相俟って、γRが分解して炭化物が生成するのを有効に抑制する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Alを0.001%以上添加する必要がある。ただし、過剰に添加しても効果が飽和し経済的に無駄であるので、その上限を0.1%とする。
【0043】
N:0.01〜0.03%
Nは、一般にはひずみ時効によりフェライトの延性を低下させるため、含有量を制限するか、AlやTiなどの窒化物形成元素で固定化させている。
しかしながら、本発明鋼板では、上述のように温間成形時において積極的に固溶Nを活用する観点から従来鋼より高めにNを含有させる必要があり、そのN含有量の下限は、固溶N量を確保するため0.01%(100ppm)とする。しかしながら、N含有量が高すぎると、本発明の材料のような低炭素鋼では鋳造が困難になるため、製造自体ができなくなるので、その上限を0.03%とする。
【0044】
本発明の鋼は上記成分を基本的に含有し、残部が実質的に鉄および不可避的不純物であるが、その他、本発明の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を添加することができる。
【0045】
Cr:0.01〜3.0%
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜2.0%、
Ni:0.01〜2.0%、
B :0.00001〜0.01%の1種または2種以上
これらの元素は、鋼の強化元素として有用であるとともに、γRの安定化や所定量の確保に有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Mo:0.01%以上(より好ましくは0.02%以上)、Cu:0.01%以上(より好ましくは0.1%以上)、Ni:0.01%以上(より好ましくは0.1%以上)、B:0.00001%以上(より好ましくは0.0002%以上)を、それぞれ添加することが推奨される。ただし、Crは3.0%、Moは1.0%、CuおよびNiはそれぞれ2.0%、Bは0.01%を超えて添加しても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄である。より好ましくはCr:2.0%以下、Mo:0.8%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、B:0.0030%以下である。
【0046】
Ca :0.0005〜0.01%、
Mg :0.0005〜0.01%、
REM:0.0001〜0.01%の1種または2種以上
これらの元素は、鋼中硫化物の形態を制御し、加工性向上に有効な元素である。ここで、本発明に用いられるREM(希土類元素)としては、Sc、Y、ランタノイド等が挙げられる。上記作用を有効に発揮させるためには、CaおよびMgはそれぞれ0.0005%以上(より好ましくは0.0001%以上)、REMは0.0001%以上(より好ましくは0.0002%以上)添加することが推奨される。ただし、CaおよびMgはそれぞれ0.01%、REMは0.01%を超えて添加しても上記効果が飽和してしまい、経済的に無駄である。より好ましくはCaおよびMgは0.003%以下、REMは0.006%以下である。
【0047】
〔温間加工方法〕
上記本発明鋼板は、100〜250℃の間の適正な温度に加熱した後、3600s以内(より好ましくは1200s以内)に加工するのが特に推奨される。
【0048】
γRの安定度が最適になる温度条件下で、γRの分解が起る前に加工することにより、成形性を最大化させることができる。
【0049】
この温間加工方法で加工された部品は、その断面内で冷却後の強度が均一化され、同一断面内における強度分布が大きい部品に比べて低強度の部分が少なくなるので、部品強度を高めることができる。
【0050】
すなわち、γRを含む鋼板は一般に低降伏比であり、かつ、低ひずみ域での加工硬化率が高い。そのため、付与するひずみ量が小さい領域での、ひずみ付与後の強度、特に降伏応力のひずみ量依存性が非常に大きくなる。プレス加工により部品を成形する場合、部位により加わるひずみ量が異なり、部分的にはほとんどひずみが加わらないような領域も存在する。このため、部品内において加工の加わる領域と加工の加わらない領域とで大きな強度差が生じ、部品内に強度分布が形成されることがある。このような強度分布が存在する場合、強度の低い領域が降伏することで変形や座屈が起こるため、部品強度としては最も強度の低い部分が律速することとなる。
【0051】
γRを含む鋼で降伏応力が低い原因は、γRを導入する際に、同時に形成されるマルテンサイトが、変態時に周囲の母相中に可動転位を導入するためと考えられる。したがって、加工量の少ない領域でもこの転位の移動を防止すれば、降伏応力が向上でき、部品強度を高められる。可動転位の移動を抑制するには、素材を加熱して可動転位をなくしたり、固溶炭素などのひずみ時効で止めたりすることが有効であり、そうすることで降伏応力を高めることができる。
【0052】
そのため、γRを含む鋼板を100〜250℃の間の適正温度に加熱してプレス成形(温間加工)すると、ひずみの小さい部分でも降伏強度が高くなって、部品中の強度分布が小さくなることで部品強度を向上させることができることとなる。
【0053】
次に、上記本発明鋼板を得るための好ましい製造方法を以下に説明する。
【0054】
〔本発明鋼板の好ましい製造方法〕
本発明鋼板は、上記成分組成を満足する鋼材を、熱間圧延し、ついで冷間圧延した後、熱処理を行って製造する。
【0055】
[熱間圧延条件]
熱間圧延条件は特に限定されるものではないが、例えば熱間圧延の仕上げ温度(圧延終了温度、FDT)を800〜900℃、巻取り温度を400〜600℃としてもよい。
【0056】
[冷間圧延条件]
また、冷間圧延の際の冷延率は30〜70%としつつ、以下の熱処理条件にて熱処理を施す。
【0057】
[熱処理条件]
熱処理条件については、所定の加熱速度で急速昇温し、フェライト+オーステナイト(α+γ)2相域の高温側温度域で均熱して組織の過半をオーステナイト化したのち、所定の冷却速度で急冷して過冷した後、その過冷温度で所定時間保持してオーステンパ処理することで所望の組織を得ることができる。なお、所望の組織を著しく分解させることなく、本発明の作用を損なわない範囲で、めっき、さらには合金化処理してもよい。
【0058】
具体的には、上記冷間圧延後の冷延材を、10℃/s以上の加熱速度で急速加熱し、(0.4Ac1+0.6Ac3)〜(0.1Ac1+0.9Ac3)の温度域で10〜60sの時間保持した後、10℃/s以上の平均冷却速度で350〜500℃の温度域まで急冷して過冷し、この急冷停止温度(過冷温度)で10〜1800sの時間保持してオーステンパ処理した後、常温まで冷却する。
【0059】
<10℃/s以上の加熱速度で急速加熱>
昇温時間を短くすることで、Al等の窒化物形成元素によるNの固定化を抑制して固溶N量を確保するためである。
【0060】
<(0.4Ac1+0.6Ac3)〜(0.1Ac1+0.9Ac3)の温度域で10〜60sの時間保持>
2相域の高温側の温度域で所定時間保持することで、組織の過半をオーステナイト化し、冷却時にオーステナイトからの逆変態で生成するベイニティック・フェライトの分率を確保するためである。なお、保持時間が長すぎるとAl等の窒化物形成元素によるNの固定化が進むので、その上限を60sとした。
【0061】
<10℃/s以上の平均冷却速度で、350〜500℃の温度域まで急冷して過冷し、この急冷停止温度(過冷温度)で10〜1800sの時間保持>
オーステンパ処理することで所望の組織を得るためである。
【実施例】
【0062】
本発明の効果を確証するため、成分組成および熱処理条件を変化させた場合における高強度鋼板の室温および温間における機械的特性の影響について調査した。下記表1に示す各成分組成からなる供試鋼を真空溶製し、板厚30mmのスラブとした後、当該スラブを1200℃に加熱し、圧延終了温度(FDT)900℃、巻取り温度650℃で板厚2.4mmに熱間圧延し、その後、冷延率50%で冷間圧延して板厚1.2mmの冷延材とし、下記表2に示す熱処理を施した。具体的には、上記冷延材を、均熱温度T1℃まで平均加熱速度HR1℃/sの加熱速度で加熱してその温度で均熱時間t1秒保持した後、CR1℃/sの冷却速度で冷却停止温度(過冷温度)T2まで冷却し、その温度でt2秒保持した後、空冷するか、もしくは、冷却停止温度(過冷温度)T2℃でt2秒保持した後、さらに保持温度T3℃でt3秒保持したのち、空冷した。
【0063】
このようにして得られた鋼板について、上記[発明を実施するための形態]の項で説明した測定方法により、各相の面積率、γ中のC濃度(Cγ)、固溶N量、および、転位密度を測定した。
【0064】
また、上記鋼板について、室温および温間での機械的特性を評価するため、室温での引張強度(TS)および伸び(EL)、ならびに、150℃での引張強度(TS)を、それぞれ測定した。そして、温間成形による荷重低減効果を評価する指標としてΔTS=温間(150℃)でのTS−室温でのTSを算出した。
【0065】
これらの結果を表3に示す。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】

【0069】
これらの表に示すように、本発明鋼板である、鋼No.1〜3、10〜17はいずれも、本発明の成分組成の範囲を満足する鋼種を用い、推奨の熱処理条件で熱処理を施した結果、本発明の組織規定の要件を充足しており、室温での980kPa以上の強度(TS)を確保しつつ、室温での伸び(EL)および温間での成形荷重低減効果(ΔTS)に優れた高強度鋼板が得られた。
【0070】
これに対し、比較鋼である、鋼No.4〜8はいずれも、本発明で規定する成分組成の要件を満足しない鋼種を用いたため、推奨の熱処理条件で熱処理を施しているものの、本発明の組織規定の要件を充足せず、室温強度(TS)、室温伸び(EL)および温間での荷重低減効果(ΔTS)の少なくともいずれかの特性が劣っている。
【0071】
また、別の比較鋼である、鋼No.18〜21、24、28はいずれも、本発明の成分組成の範囲を満足する鋼種を用いたものの、推奨の熱処理条件を外れた条件で熱処理を施した結果、本発明の組織の要件を充足せず、やはり、室温強度(TS)、室温伸び(EL)および温間での荷重低減効果(ΔTS)の少なくともいずれかの特性が劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で(以下、化学成分について同じ。)、
C :0.02〜0.3%、
Si:1.0〜3.0%、
Mn:1.8〜3.0%、
P :0.1%以下(0%を含む)、
S :0.01%以下(0%を含む)、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.01〜0.03%
を含み、残部が鉄および不純物からなる成分組成を有し、
全組織に対する面積率で(以下、組織について同じ。)、
ベイニティック・フェライト:50〜85%、
残留オーステナイト:3%以上、
マルテンサイト+前記残留オーステナイト:10〜45%、
フェライト:5〜40%
の各相を含む組織を有し、
前記残留オーステナイト中のC濃度(Cγ)が0.3〜1.2質量%であり、
前記成分組成中のNの一部または全部が固溶Nであり、該固溶N量が30〜100ppmである
ことを特徴とする室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板。
【請求項2】
全組織中の転位密度が5×1015−2以下である請求項1に記載の室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板。
【請求項3】
成分組成が、さらに、
Cr:0.01〜3.0%
Mo:0.01〜1.0%、
Cu:0.01〜2.0%、
Ni:0.01〜2.0%、
B :0.00001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1または2に記載の室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板。
【請求項4】
成分組成が、さらに、
Ca :0.0005〜0.01%、
Mg :0.0005〜0.01%、
REM:0.0001〜0.01%の1種または2種以上
を含むものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の室温および温間での成形性に優れた高強度鋼板。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の高強度鋼板を、100〜250℃に加熱後、3600s以内に成形することを特徴とする高強度鋼板の温間成形方法。

【公開番号】特開2013−40382(P2013−40382A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−178477(P2011−178477)
【出願日】平成23年8月17日(2011.8.17)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】