説明

容器壁の厚み推定方法、装置、コンピュータプログラム

【課題】容器壁内部の温度計算を行わなくとも、容器内に高温物質が存在する状態で、容器壁の厚みを直接的にかつ精度よく推定できる容器壁の厚み推定方法を提供する。
【解決手段】容器の外壁面の温度計測点にて計測された温度h(ti)が入力されるとともに、温度h(ti)を基に熱流束を熱伝導率で除した物理量g(ti)を算出する(S103)。そして、残存厚みの仮定値l〜を設定し、変数v(l〜,ti)を求める(S104)。次に、式(10)のMA×VB=Vbを解くことにより、B0(l〜)、B1(l〜)、・・・、BN(l〜)を求め(S105)、式(11)のp(l〜,t)を算出する(S106)。設定値ε以下となるp(l〜,t)が得られるまで演算処理を繰り返し(S107)、設定値ε以下となったときの仮定値l〜を容器壁の残存厚みlとして決定する(S108)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内壁面と外壁面とに温度差を有する容器における容器壁の厚み推定方法、装置、コンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
高炉、転炉、脱ガス炉、燃焼による鋼材加熱炉、石炭ガス化反応炉等の高温のガス反応又は液体反応を伴う反応容器や、混銑車、溶銑鍋、溶鋼鍋等の溶鉄を運搬する容器を使用しての操業を管理する場合、これら高温物質を取り扱う容器の壁の状況(例えば、内壁面の損耗状態)を観測し、管理する必要がある。
【0003】
従来、容器壁の損耗状態は、容器内に溶鋼等の高温物質が存在しないときに、内壁面の状態を目視で観察することで管理されてきた。
【0004】
しかしながら、容器内に高温物質が存在しないときでも、高温物質の排出直後には耐火物表面は500℃以上の高温に熱せられている。上記のような目視による推定では、損耗状態を定量的な数値として捉えることは極めて困難であり、定性的な管理とならざるを得ない。また、容器内に高温物質が存在しないことを条件とした管理を余儀無くされるため、稼動中の高温物質の流出という事態を管理することができなかった。
【0005】
ここで、容器壁の損耗状態は、容器壁の厚みによって判断することができる。例えば、損耗が均一な形状で1次元形状に近似できる場合、容器壁が熱的に定常状態にあれば、容器壁内部の温度分布は直線状になる。したがって、容器壁の厚みLは、容器の外壁面で計測した熱流束Q、容器壁の厚み方向の熱伝導率kx、容器の内壁面温度Tin、及び容器の外壁面温度Toutを用いて次式(51)より推定できる。
【0006】
【数1】

【0007】
しかしながら、実際の容器壁の温度は、稼動(容器内に高温物質が存在する)・非稼動(容器内に高温物質が存在しない)の時間サイクルによって異なった値を示すため、容器の外壁面で計測した熱流束Qも非定常的に変化する。これに加え、容器壁内部の温度分布は曲線形状で非定常的に変化するため、上式で容器壁の厚みを推定すると、大きな誤差を引き起こすことになる。
【0008】
一方、容器壁内部の熱伝導現象を非定常熱伝導逆問題と考えて、容器壁に設置した温度計測手段によって計測された温度データを基に、非定常熱伝導逆問題により容器壁内部の温度を計算し、容器壁の温度が溶鉄の凝固温度に一致する位置を検索することにより容器壁の厚みを推定する方法が提案されている(特許文献1を参照)。
【0009】
【特許文献1】特開2001−234217号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に開示されている逆問題解析は、容器壁内部の温度を計算した結果から間接的に容器壁の厚みを推定するものである。そのため、特に容器内への高温物質の装入直後は温度計算結果が安定せず、容器壁の厚み推定精度の低下が懸念される。
【0011】
本発明は上記のような点に鑑みてなされたものであり、従来法のように容器壁内部の温度計算を行わなくとも、容器内に高温物質が存在する状態で、容器壁の厚みを直接的にかつ精度よく推定できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明による容器壁の厚み推定手法は、内壁面と外壁面とに温度差を有する容器における容器壁の厚みを推定するものであって、
前記外壁面における温度h(t)及び熱流束を熱伝導率で除した物理量g(t)を取得し、
容器壁の厚みの仮定値l〜を設定し、
内壁面(x=0)から外壁面方向をx軸とし、式(101)における容器壁の温度u(x,t)の代替として変数v(x,t)を定義して導入した式(102)から、変数v(l〜,ti)を算出し、
変数w(x,t)を定義して導入した式(103)から、変数w(x,t)を式(104)により表わし、式(104)に基づき式(105)のMA×VB=Vbを解くことによりVBを決定し、
式(106)で表わされるp(l〜,t)が設定値以下となる仮定値l〜を容器壁の厚みとして決定するようにした。
【0013】
【数2】

【0014】
【数3】

【0015】
【数4】

【0016】
ここで、内壁面と外壁面とに温度差を有する容器としては、高炉、転炉、脱ガス炉、燃焼による鋼材加熱炉、石炭ガス化反応炉等の高温のガス反応又は液体反応を伴う反応容器や、混銑車、溶銑鍋、溶鋼鍋等の溶鉄を運搬する容器等がある。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、従来法のように容器壁内部の温度計算を行わなくとも、容器内に高温物質が存在する状態で、容器壁の厚みを直接的にかつ精度よく推定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。
まず、本発明による容器壁の厚み推定手法の基本的な考え方について説明する。図1は、容器壁の一部を表わす図であり、x=0が容器の内壁面の位置である。同図において、容器壁の残存厚みl、容器内に存在する高温物質の温度f(t)=UM、容器壁の温度u(x,t)(外壁面の温度計測点にて計測された温度h(t))、温度h(t)を基に算出した熱流束(又は外壁面の温度計測点にて計測された熱流束)を熱伝導率で除した物理量g(t)である。
【0019】
(定式化)
式(1)は、非定常熱伝導方程式を表わす。なお。utは∂u/∂tを、uxxは∂2u/∂x2を表わす。式(1)において、αは熱拡散係数、u(x,0)=u0(x)は容器壁の温度の初期値である。この場合、容器壁の温度の初期値u(x,0)=u0(x)は未知である。
【0020】
また、高温物質の温度UM、外気温度ua、熱拡散係数α、放射伝熱のステファンボルツマン係数σ、容器壁の熱伝導率λは正の定数である。
【0021】
【数5】

【0022】
ここで、式(3)を導入してフーリエ展開することにより、式(1)の容器壁の温度u(x,t)は式(4)のように求められる。
【0023】
【数6】

【0024】
【数7】

【0025】
x=lとすると、式(5)が得られる。
【0026】
【数8】

【0027】
ところが、コンピュータによる演算処理を実行する場合、式(5)の右辺において、特に第2項、第3項の計算は打ち切り誤差を引き起こしやすいという問題がある。
【0028】
そこで、本発明においては、容器壁の温度u(x,t)の代替として変数v(x,t)を定義し、式(6)を導入する。式(6)において、変数の初期値v(x,0)=xg(0)+f(0)は、内壁面の熱流束を熱伝導率で除した物理量の初期値g(0)、及び、内壁面の温度の初期値(即ち、高温物質の温度)f(0)をいずれも既知とできるので、既知とすることができる。したがって、変数v(x,t)については、例えば後退差分法により直接計算することができる。
【0029】
【数9】

【0030】
さらに、容器壁の温度u(x,t)と変数v(x,t)との差をw(x,t)と定義すると、式(7)のようになる。
【0031】
【数10】

【0032】
ここで、上述したのと同様にフーリエ展開することにより、式(7)の変数w(x,t)は式(8)のように求められる。式(8)においては、式(4)と比較して明らかなように、第2項、第3項のない簡単な式とすることができる。
【0033】
【数11】

【0034】
また、w(l,t)=u(l,t)−v(l,t)である。そして、u(l,t)は既知のh(t)であり、また、v(l,t)は式(6)から後退差分法により直接計算することができる。したがって、w(l,t)が既知であるとして、式(8)からBn(l)の近似値を得ることができる。
【0035】
(残存厚みlを求めるための逆問題)
逆問題においては、容器壁の残存厚みlは未知であり、したがって変数v(l,t)は未知であるが、u(l,t)は計測値h(t)として与えられる。式(8)から式(9)が得られる。
【0036】
【数12】

【0037】
以下述べるように、最適化計算により、容器壁の残存厚みlの近似値を得ることができる。即ち、観察時間を(Tst,Tend)と設定し、Tst<T1<T2<Tendとする。そして、T1=t1<t2<・・・<tM=T2と均一格子にする。残存厚みの仮定値l〜>0は既知条件とする。なお、本明細書において、l〜の表記は、lの上に〜が付されているものとする。
【0038】
【数13】

【0039】
ここで、外壁面の温度計測点にて計測された温度h(t)は既知で、変数v(l〜,ti)は仮定値l〜を与えることにより式(6)から後退差分法により求められる。式(10)のように、MAはM×(N+1)行列、VBは(N+1)×1ベクトル、VbはM×1ベクトルであって、MA×VB=Vbを解くことにより、B0(l〜)、B1(l〜)、・・・、BN(l〜)が求められる。
【0040】
そして、実測によるw(l,t)と計算によるw(l〜,t)との差分を表わす式(11)を定義する。t∈(T2,Tend)としてBi(l〜)を式(11)に代入すると、p(l〜,t)が得られるので、p(l〜,t)が0に近づくように残存厚みの仮定値l〜を選択することにより、その仮定値l〜を容器壁の残存厚みlの近似値として求めることができる。
【0041】
【数14】

【0042】
図2は、本実施形態に係る容器壁の厚み推定装置の概略構成を示す図である。また、図3は、本実施形態における容器壁の厚み推定処理を説明するためのフローチャートである。
【0043】
図2において、101は入力部であり、容器の外壁面の温度計測点にて計測された温度h(ti)が入力される(ステップS101)。
【0044】
102は熱流束算出部であり、入力部101に入力される温度h(ti)を基に熱流束を算出し、熱伝導率で除した物理量g(ti)を算出する(ステップS102)。なお、外壁面の温度計測点にて計測された熱流束が入力部101に入力されるようにしてもよく、その場合、熱流束算出部102は不要である。
【0045】
103は演算部であり、上述した容器壁の厚み推定手法により容器壁の厚みを演算する。即ち、まず残存厚みの仮定値l〜を設定する(ステップS103)。次に、仮定値l〜を与えることにより、式(6)から変数v(l〜,ti)を求める(ステップS104)。そして、式(10)のMA×VB=Vbを解くことにより、B0(l〜)、B1(l〜)、・・・、BN(l〜)を求め(ステップS105)、式(11)のp(l〜,t)を算出する(ステップS106)。設定値ε以下となるp(l〜,t)が得られるまでステップS103〜S106を繰り返し(ステップS107)、設定値ε以下となったときの仮定値l〜を容器壁の残存厚みlとして決定する(ステップS108)。
【0046】
104は出力部であり、演算部103により演算、推定された容器壁の残存厚みを、例えば不図示のディスプレイに表示等する。
【0047】
(実施例)
本発明の手法(本法)による容器壁の厚みの推定結果について説明する。予め厚みが分かっている3種の溶鋼鍋(容器壁の厚み100mm、150mm、200mm)について、本法と、従来法(特許文献1に開示された手法)とにより容器壁の厚みを推定し、その結果を比較した。
【0048】
本実施例において、溶鋼鍋(耐火物)の熱拡散係数αは0.00865m2/Hr(熱伝導率:8.49W/m/K、比熱:1214.2J/kg/K、密度2910kg/m3)であった。
【0049】
また、図4〜6に、各溶鋼鍋の外壁面の温度及び熱流束のデータを示す。本実施例では、受鋼から1200秒経過後、外壁面の温度計測点にて5秒おきに温度を5回計測し、各温度を基に熱流束を算出した。
【0050】
図7に示すように、従来法では、特に容器壁が厚い溶鋼鍋において、残存厚みの推定値に誤差が生じやすくなっている。既述したように、従来法では、容器壁内部の温度を計算した結果から間接的に容器壁の厚みを推定するため、この誤差が生じたものと考えられる。
【0051】
それに対して、本法では、いずれの溶鋼鍋においても、実際の厚みと推定厚みとが略一致しており、良好な推定値が得られた。
【0052】
以上述べた本発明の目的は、上述した実施形態の機能を実現するソフトウェアのプログラムコードを記録した記憶媒体を、システム或いは装置に供給し、そのシステム或いは装置のコンピュータ(又はCPUやMPU)が記憶媒体に格納されたプログラムコードを読み出し実行することによっても、達成されることは言うまでもない。
【0053】
この場合、記憶媒体から読み出されたプログラムコード自体が上述した実施形態の機能を実現することになり、プログラムコード自体及びそのプログラムコードを記憶した記憶媒体は本発明を構成することになる。プログラムコードを供給するための記憶媒体としては、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、CD−R、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等を用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】容器壁の一部を表わす図である。
【図2】本実施形態に係る容器壁の厚み推定装置の概略構成を示す図である。
【図3】本実施形態における容器壁の厚み推定処理を説明するためのフローチャートである。
【図4】容器壁の厚みが100mmの場合における外壁面の温度及び熱流束のデータを示す特性図である。
【図5】容器壁の厚みが150mmの場合における外壁面の温度及び熱流束のデータを示す特性図である。
【図6】容器壁の厚みが200mmの場合における外壁面の温度及び熱流束のデータを示す特性図である。
【図7】本法と従来法とにより容器壁の厚みを推定した結果を比較する特性図である。
【符号の説明】
【0055】
101 入力部
102 熱流束算出部
103 演算部
104 出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内壁面と外壁面とに温度差を有する容器における容器壁の厚み推定方法であって、
前記外壁面における温度h(t)及び熱流束を熱伝導率で除した物理量g(t)を取得する手順と、
容器壁の厚みの仮定値l〜を設定する手順と、
内壁面(x=0)から外壁面方向をx軸とし、式(101)における容器壁の温度u(x,t)の代替として変数v(x,t)を定義して導入した式(102)から、変数v(l〜,ti)を算出する手順と、
【数1】

変数w(x,t)を定義して導入した式(103)から、変数w(x,t)を式(104)により表わし、式(104)に基づき式(105)のMA×VB=Vbを解くことによりVBを決定する手順と、
【数2】

式(106)で表わされるp(l〜,t)が設定値以下となる仮定値l〜を容器壁の厚みとして決定する手順と、
【数3】

を有することを特徴とする容器壁の厚み推定方法。
【請求項2】
内壁面と外壁面とに温度差を有する容器における容器壁の厚み推定装置であって、
前記外壁面における温度h(t)及び熱流束を熱伝導率で除した物理量g(t)を取得する手段と、
容器壁の厚みの仮定値l〜を設定する手段と、
内壁面(x=0)から外壁面方向をx軸とし、式(101)における容器壁の温度u(x,t)の代替として変数v(x,t)を定義して導入した式(102)から、変数v(l〜,ti)を算出する手段と、
【数4】

変数w(x,t)を定義して導入した式(103)から、変数w(x,t)を式(104)により表わし、式(104)に基づき式(105)のMA×VB=Vbを解くことによりVBを決定する手段と、
【数5】

式(106)で表わされるp(l〜,t)が設定値以下となる仮定値l〜を容器壁の厚みとして決定する手段と、
【数6】

を備えたことを特徴とする容器壁の厚み推定装置。
【請求項3】
内壁面と外壁面とに温度差を有する容器における容器壁の厚み推定演算をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムであって、
前記外壁面における温度h(t)及び熱流束を熱伝導率で除した物理量g(t)を取得する処理と、
容器壁の厚みの仮定値l〜を設定する処理と、
内壁面(x=0)から外壁面方向をx軸とし、式(101)における容器壁の温度u(x,t)の代替として変数v(x,t)を定義して導入した式(102)から、変数v(l〜,ti)を算出する処理と、
【数7】

変数w(x,t)を定義して導入した式(103)から、変数w(x,t)を式(104)により表わし、式(104)に基づき式(105)のMA×VB=Vbを解くことによりVBを決定する処理と、
【数8】

式(106)で表わされるp(l〜,t)が設定値以下となる仮定値l〜を容器壁の厚みとして決定する処理と、
【数9】

をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−63593(P2008−63593A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−239413(P2006−239413)
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16、17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「エネルギー使用合理化技術戦略的開発 エネルギー有効利用基盤技術先導研究開発 固定エネルギー削減のための非定常伝熱逆問題センシング技術の研究開発」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】