説明

密封装置

【課題】コストを抑えて、環状部材の外周端部に対するシールリップの接着力を向上させることができる密封装置を提供する。
【解決手段】流体圧力により軸方向一方側へ移動するピストンシール3の軸方向一方側において当該ピストンシール3と同軸心状に配置された環状のキャンセルプレート2は、金属製の環状部材8と、この環状部材8とピストンシール3との間をシールするために環状部材8の外周端部81に接着されたシールリップ9とを有する。外周端部81は、当該外周端部81を軸方向に貫通する複数の貫通孔82を周方向所定間隔おきに有している。そして、シールリップ9は、未加硫のゴム素材を外周端部81に加硫接着することにより、環状部材8の外周端部81を軸方向両側から挟み込む一対の環状鍔部12,13と、各貫通孔82に充填された状態で両環状鍔部12,13同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部14とを当該シールリップ9の構成部分として一体成形している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機(AT)に用いられ、軸方向に摺動可能なピストンシールを備えた密封装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車の自動変速機の動力接続部には、流体圧力により軸方向一方側へ移動して多板クラッチを押圧する環状のピストンシールと、このピストンシールの軸方向一方側に当該ピストンシールと同軸心状に配置された環状のキャンセルプレートとを備えた密封装置が組み込まれている(特許文献1参照)。前記キャンセルプレートは、ピストンシールと対向する金属製の環状部材と、この環状部材と前記ピストンシールとの間をシールするために前記環状部材の外周端部に接着されたシールリップとを備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−45713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記キャンセルプレートのシールリップは、環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込む一対の環状鍔部を有しており、当該シールリップの接着力が高められている。その一方で、シールリップを接着するにあたり、環状部材の外周端部に表面処理(接着剤塗装)を施す必要があるが、その表面処理ではばらつきが生じ易い。これは、環状部材の外周端部といった狭い範囲に軸方向両側から表面処理を行う必要があるため、その作業が不安定なものとなり、接着剤の塗りむら等が生じ易いからである。そのため、表面処理にばらつきのある環状部材の外周端部にシールリップを接着しても、その接着力の低下が否めず、経時的に剥がれが生じるおそれがある。
しかも、表面処理にかかる工数、費用も多大なものであり、かかる点から、表面処理にばらつきが生じないように更に労力を費やすと、さらなるコストアップを招くことになる。
【0005】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、環状部材の外周端部に対するシールリップの接着力を向上させることができるとともに、当該外周端部の表面処理に要するコストを抑えることができる密封装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、本発明では、流体圧力により軸方向一方側へ移動して多板クラッチを押圧する環状のピストンシールと、このピストンシールの軸線方向一方側に当該ピストンシールと同軸心状に配置された環状のキャンセルプレートとを備えた密封装置であって、前記キャンセルプレートは、前記ピストンシールと対向する金属製の環状部材と、この環状部材と前記ピストンシールとの間をシールするために前記環状部材の外周端部に接着されたシールリップとを有し、前記環状部材の外周端部は、その外周端部を軸方向に貫通する複数の貫通孔を周方向所定間隔おきに有し、前記シールリップは、前記環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込む一対の環状鍔部と、前記各貫通孔に充填された状態で前記両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部とを有することを特徴としている。
前記構成の密封装置によれば、環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込んで接着する一対の環状鍔部同士が、環状部材の外周端部の各貫通孔に充填された充填部によって軸方向に一体に繋がっているので、両環状鍔部が各貫通孔内の充填部によって環状部材の外周端部に弾性的に繋がれた状態となり、環状部材の外周端部に対する両環状鍔部の接着力が効果的に向上する。このため、表面処理にばらつきのある環状部材の外周端部にシールリップを接着しても、両環状鍔部の接着力が各貫通孔内の充填部によってアシストされて十分に高められ、シールリップに経時的に剥がれが生じるのを抑制することができる。
しかも、表面処理にばらつきが生じないように更に労力を費やす必要がなく、表面処理にかかる工数、費用を抑えることができる。
【0007】
また、前記シールリップは、未加硫のゴム素材を前記環状部材の外周端部に加硫接着することにより、前記一対の環状鍔部と前記充填部とを当該シールリップの構成部分として一体成形したものであることが好ましい。この場合、一対の環状鍔部と充填部とがシールリップの構成部分として一体成形されるので、一対の環状鍔部と充填部とが一体成形されずに別途接着材等により接着されて両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐようにしたものに比して、簡単かつ安価にシールリップを環状部材の外周端部に接着することができる。
【0008】
また、前記各貫通孔は、周方向に長い長孔であることが好ましい。この場合、各貫通孔に充填された充填部の充填容量が周方向に拡大され、その拡大された充填部の容積によって両環状鍔部同士の弾性的な繋がり強度が増大し、環状部材の外周端部に対する両環状鍔部の接着力をより一層効果的に向上させることができる。
【0009】
更に、前記キャンセルプレートは自動変速機の動力接続部であることが好ましい。これによれば、環状部材の外周端部に対する両環状鍔部の接着力が向上できることから、自動変速機の動力接続部における動力伝達の耐久性を高く維持できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の密封装置によれば、環状部材の外周端部に対しその各貫通孔に充填された状態で両環状鍔部を繋ぐ充填部によって当該両環状鍔部の接着力を効果的に向上させることができるとともに、環状部材の外周端部の表面処理に要するコストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施の形態に係る密封装置が自動変速機に組み込まれた状態を示す断面図である。
【図2】貫通孔で切断した環状部材の外周端部付近の断面図である。
【図3】環状部材の正面図である。
【図4】実施の形態の変形例に係わる環状部材の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る密封装置が自動変速機に組み込まれた状態を示している。この密封装置1は、キャンセルプレート2と、このキャンセルプレート2が組み込まれたピストンシール3と、キャンセルプレート2とピストンシール3の間に配置されたスプリング4とを備えている。このうち、キャンセルプレート2とピストンシール3とは同軸心状に配置され、ピストンシール3は、ハウジング5やキャンセルプレート2に対して軸方向に移動可能とされている。ピストンシール3とハウジング5との間は圧力室6となっており、この圧力室6に制御油が供給されて圧力室6の圧力が高められると、図1に二点鎖線で示すように、流体圧によりピストンシール3がスプリング4の付勢力に抗して軸方向一方側(図1では右側)へ移動し、当該ピストンシール3の外周端部により多板クラッチ7を押圧することで動力伝達が行われる。
【0013】
ピストンシール3は、板金プレス加工により成形された金属製の環状部材31と、この環状部材31とハウジング5との間をシールするために前記環状部材31の外周側に接着されたシール部材32とを備えている。環状部材31は、軸方向他方側(図1では左側)へ突出する突出部31aと、この突出部31aの径方向内側に位置するスプリング受け部31bと、スプリング受け部31bの径方向内側においてハウジング5に沿って軸方向一方側へ延びる円筒部31cとを有している。そして、シール部材32は、突出部31aに設けられている。また、環状部材31の内周側はOリング33によってシールされている。このOリング33は、円筒部31cが外嵌されたハウジング5の溝内に収容され、ハウジング5と環状部材31の内周端部(円筒部31c)との間をシールしている。なお、図1中31dは、スプリング受け部31bに取り付けられた断面略L字状のスプリング受け材であって、スプリング受け部31bよりも広い面積の平坦面を有し、スプリング4を直に受けている。
【0014】
キャンセルプレート2は、板金プレス加工により成形された金属製の環状部材8と、この環状部材8の外周端部81とピストンシール3との間をシールするために接着されたシールリップ9とを備えている。環状部材8は、径方向外側に位置する外周部8aと、その径方向内側に位置するスプリング受け部8bとを有している。また、シールリップ9としては、水素化ニトリルゴム(HNBR)、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等のいずれかのゴム素材から選ばれたものが適用されている。そして、図2に示すように、シールリップ9は、リップ本体10と、このリップ本体10と一体となった接着部分11とからなる。この接着部分11は、多板クラッチ7側(図2では右側)の第1環状鍔部12とその反対側の第2環状鍔部13とを有し、これら各環状鍔部12,13によって断面略コ字状に形成されている。そして、第1及び第2環状鍔部12,13により、環状部材8の外周端部81が軸方向両側から挟み込まれており、その環状部材8の外周端部81に対するシールリップ9の接着強度が高められている。また、スプリング受け部8bの内周端部は、止め輪8cによってハウジング5に保持されている。この止め輪8cには、スプリング4の付勢力がスプリング受け部8bを介在して作用しており、これによって、スプリング受け部8bの内周端部をハウジング5に圧接させてシールしている。
【0015】
また、図3にも示すように、環状部材8の外周端部81は、その外周端部81を軸方向に貫通する複数の貫通孔82を周方向所定間隔おきに有している。各貫通孔82は、それぞれ略真円形状に開口している。そして、シールリップ9は、前記一対の第1及び第2環状鍔部12,13と、各貫通孔82に充填された状態で一対の第1及び第2環状鍔部12,13同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部14とを有している。また、シールリップ9は、図示しない金型を用いて未加硫のゴム素材を外周端部81に加硫接着することにより、一対の第1及び第2環状鍔部12,13と充填部14とを当該シールリップ9の構成部分として一体成形したものである。具体的には、環状部材8の外周端部81における表面未処理部位を金型の上型と下型とで挟んで該両型のキャビティ内に外周端部81の表面処理部位を臨ませた状態で型締めした後に、キャビティ内に注入された未加硫のゴム素材によって、シールリップ9が成形されるとともに、その接着部分11が外周端部81に加硫接着される。このとき、接着部分11に、未加硫のゴム素材が環状部材8の外周端部81の軸方向両側にそれぞれ充填されて環状の第1および第2環状鍔部12,13が成形されるととともに、各貫通孔82にも未加硫のゴム素材が充填されこの状態で両環状鍔部12,13同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部14が成形される。
【0016】
前記実施の形態によれば、シールリップ9を環状部材8の外周端部81に加硫接着する際に外周端部81を軸方向両側から挟み込んで当該外周端部81に加硫接着される一対の環状鍔部12,13同士が、外周端部81の貫通孔82に充填された充填部14によって一体に繋がれた状態となり、外周端部81に対する両環状鍔部12,13の接着力が効果的に向上する。このため、表面処理にばらつきのある環状部材8の外周端部81にシールリップ9を加硫接着しても、両環状鍔部12,13の接着力が各貫通孔82内の充填部14によってアシストされて十分に高められ、シールリップ9の経時的な剥がれを確実に防止することができる。
【0017】
そして、キャンセルプレート2(環状部材8)を自動変速機の動力接続部として用いることで、当該動力接続部における動力伝達の耐久性を高く維持できる。
また、環状部材8の外周端部81の表面処理にばらつきが生じないように更に労力を費やす必要がなく、表面処理にかかる工数、費用を抑えてコストダウンを図ることができる。
しかも、水素化ニトリルゴム(HNBR)、ニトリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等から選ばれたいずれかのゴム素材からなるシールリップ9は、いずれのゴム素材も機械的強度及び耐久性が優れているので、充填部14の信頼性が高いものとなり、両環状鍔部12,13の接着力を長期に亘って確保することができる。
【0018】
更に、シールリップ9は、未加硫のゴム素材を環状部材8の外周端部81に加硫接着することにより、一対の環状鍔部12,13と充填部14とを当該シールリップ9の構成部分として一体成形しているので、一対の環状鍔部と充填部とが一体成形されずに別途接着材等により接着されて両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐようにしたものに比して、簡単かつ安価にシールリップ9を環状部材8の外周端部81に接着することができる。
【0019】
なお、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その他種々の変形例を包含している。例えば、前記実施の形態では、環状部材8の外周端部81の貫通孔82を略真円形としたが、図4に示すように、各貫通孔83が周方向に長い長孔であってもよい。この場合、充填部14の容積が周方向に拡大されて両環状鍔部12,13間での連結強度が増大し、環状部材8の外周端部81に対する両環状鍔部12,13の接着力をより一層向上させることができる。
【0020】
また、前記実施の形態では、環状部材8の外周端部81を臨ませたキャビティ内に未加硫のゴム素材を注入してシールリップ9の全てを一体成形したが、例えばシールリップのリップ本体を予め成形しておき、このリップ本体の基部(接着部分側)と環状部材の外周端部とをキャビティ内に臨ませ、このキャビティ内に未加硫のゴム素材を注入してリップ本体の基部に接着部分が一体成形されるようにしてもよい。また、シールリップのリップ本体と接着部分(一対の環状鍔部および充填部)とを予め一体成形しておき、一対の環状鍔部のうち一方の環状鍔部と充填部の軸方向一端とが一体成形されずに別途接着材等により接着されて両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐようにしてもよい。
【符号の説明】
【0021】
1 密封装置
2 キャンセルプレート
3 ピストンシール
4 スプリング
5 ハウジング
7 多板クラッチ
8 環状部材
9 シールリップ
11 接着部分
12 第1環状鍔部
13 第2環状鍔部
14 充填部
81 外周端部
82,83 貫通孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体圧力により軸方向一方側へ移動して多板クラッチを押圧する環状のピストンシールと、このピストンシールの軸線方向一方側に当該ピストンシールと同軸心状に配置された環状のキャンセルプレートとを備えた密封装置であって、
前記キャンセルプレートは、前記ピストンシールと対向する金属製の環状部材と、この環状部材と前記ピストンシールとの間をシールするために前記環状部材の外周端部に接着されたシールリップとを有し、
前記環状部材の外周端部は、その外周端部を軸方向に貫通する複数の貫通孔を周方向所定間隔おきに有し、
前記シールリップは、前記環状部材の外周端部を軸方向両側から挟み込む一対の環状鍔部と、前記各貫通孔に充填された状態で前記両環状鍔部同士を軸方向に一体に繋ぐ充填部とを有することを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記シールリップは、未加硫のゴム素材を前記環状部材の外周端部に加硫接着することにより、前記一対の環状鍔部と前記充填部とを当該シールリップの構成部分として一体成形したものである請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記各貫通孔は、周方向に長い長孔である請求項1または2に記載の密封装置。
【請求項4】
前記キャンセルプレートは自動変速機の動力接続部である請求項1〜3のいずれか1つに記載の密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−265946(P2010−265946A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−116200(P2009−116200)
【出願日】平成21年5月13日(2009.5.13)
【出願人】(000167196)光洋シーリングテクノ株式会社 (57)
【Fターム(参考)】